奇人・変人・超人トラーゼ 豪快なプロコフィエフ@トッパンホール 2018.5.23

異形のピアニスト、アレクサンドル・トラーゼのすべてを味わい尽くすようなピアノ・リサイタルでした。実に変わった人ですね。天衣無縫とでも言えばいいのでしょうか。その人間性と音楽が直結しているのも面白いところです。そもそもは彼がプロコフィエフ、とりわけ、ピアノ協奏曲に一家言あることを知り、そのCDを聴き始めていたので、彼のリサイタルに足を運んだのですが、その変わった人間性と音楽に驚愕することになりました。

前半のプログラムは軽くハイドンのピアノ・ソナタから始まります。実にユニークなハイドンです。新古典的な演奏と言えばいいのでしょうか。圧倒的な技巧で見事な指回し。ハイドンの美しいメロディーを独特の節回しである意味、好き勝手にあしらっていきます。それが十分にハイドンの音楽になっているところがさすがではあります。まあ、正統的な演奏ではありませんが、きっとご本人もそれを承知の上で現代のピアニストはこういう弾き方もできるよとデモンストレーションしているのでしょう。もちろん、今日のテーマはプロコフィエフですから、彼の新古典的なアプローチの原点はここにあるということも言いたいのでしょう。ユニークな演奏ですから、退屈する暇もありません。楽しいハイドンでした。

続くプログラムは本命のプロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番です。これは素晴らしい演奏です。もちろん、この曲を取り上げるピアニストはたいてい、凄い演奏をします。自信のない人は恥ずかしくて、取り上げられませんからね。そういう点を考えた上でも凄い演奏です。単純な爆演ではありませんが、フォルティシモのときはピアノが轟音を上げて、床鳴りがするほどの大音響です。音量の差が大きなダイナミックな演奏ですが、弱音から強音への切り替えのスイッチの速さに驚嘆します。saraiが好む演奏スタイルはクリアで切れ味鋭いタッチでぐいぐい進んでいく演奏ですが、トラーゼはそういうタイプではなく、もっと強靭でエネルギー感に満ちたパワーあふれる演奏です。こういうタイプの演奏を初めて聴きますが、こういうプロコフィエフも説得力があります。高速ジェット機的な演奏もいいですが、こういう重戦車的な演奏もいいですね。プロコフィエフの世界を堪能しました。

後半のプログラムはプロコフィエフのピアノ協奏曲尽くしです。ピアノ・リサイタルとしては異例のプログラムです。まずはアレクサンドル・トラーゼが最も得意とするピアノ協奏曲第2番です。第1楽章のカデンツァを聴かせてくれます。この曲はトラーゼが独自の解釈を行ったことで知られています。プロコフィエフの友人の音楽家マクシミリアン・シュミットゴフの拳銃自殺を悼み、そのレクイエムとして全曲が構成されているというトラーゼの解釈がとても有名です。カデンツァは第1主題が静かに何度も繰り返されながら進行していきます。そして、最後は高潮して、大轟音で圧倒され、また、静かに収斂します。途轍もない演奏です。ピアノという楽器の限りない可能性を知りました。人類が作り出した究極の楽器です。ピアノ1台でオーケストラも凌駕できます。細かい感想などは不要の圧倒的な演奏でした。

最後は2台のピアノによるプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番です。耳馴染んだ名曲ですが、オーケストラ抜きの演奏を聴くのは初めてです。この2台のピアノのための楽譜はプロコフィエフ自身が書いたものだそうです。第1楽章はやはり変な感じです。独奏ピアノの部分は普通ですが、オーケストラ部分を受け持つ第2ピアノはやはり違和感があります。あの独特の色彩感が欠如しています。第1楽章の途中でトラーゼが立ち上がって、ピアノをチェックしています。第1楽章が終わったところで演奏がストップ。真ん中のペダルがおかしいそうです。調律師が登場します。ピアノをチェックして、俄か修理が始まります。その様子を心配そうに見ていたトラーゼが一言、ピアノを壊しちゃったと言って、聴衆を笑わせます。そりゃ、こんなにピアノを痛めつけるほど、叩きまくれば、ピアノも壊れるでしょう。トラーゼは人生で何台のピアノを壊したんでしょう。まあ、調律師が無事に壊れた部品を交換して、演奏再開です。第2楽章以降はまた、物凄い大音響の演奏が続きました。2台のピアノによる演奏の是非はともかく、トラーゼの独奏ピアノは凄い迫力でした。この人のプロコフィエフはピアノ協奏曲でもっとも光を放つことが体感できました。

アンコールで再び、先ほどピアノが不調だったピアノ協奏曲第3番の第1楽章をフルに弾きなおしてくれました。これは素晴らしい演奏でした。第2ピアノのキム・シウォンも本来の力を発揮して、色彩感あふれるピアノでオーケストラが不要に思えるような演奏。これならば、2台のピアノ版もなかなかいいなと納得です。最後は第3楽章も部分的にアンコール演奏。耳がプロコフィエフで充満してしまいました。大満足です。

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  ピアノ:アレクサンドル・トラーゼ

  ハイドン:ピアノ・ソナタ第49(59)番 変ホ長調 Hob.XVI-49
  プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 Op.83《戦争ソナタ》

   《休憩》

  プロコフィエフ(トラーゼ編):ピアノ協奏曲第2番 ト短調 Op.16より 第1楽章 カデンツァ
  プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 Op.26[第2ピアノ:キム・シウォン]

   《アンコール》

  プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 Op.26より 第1楽章[第2ピアノ:キム・シウォン]
  ストラヴィンスキー:《ペトルーシュカ》からの3楽章より 第1楽章 ピアノ:キム・シウォン
  プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 Op.26より 第3楽章(一部分)[第2ピアノ:キム・シウォン]


最後に予習についてまとめておきます。

まず、ハイドンのピアノ・ソナタ第49(59)番 Hob.XVI-49は以下のCDを聴きました。

 アンドラーシュ・シフ 1997年

素晴らしく美しい演奏です。こんな演奏を聴くとハイドンにはまってしまいそうです。このCDボックスにはハイドンの後期のソナタが中心に9曲も収められています。まだ、3曲しか聴いていません。すべて聴く価値がありそうです。

次はプロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番ですが、これは以下のCDを聴きました。

 マッティ・ラエカリオ プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ全集 1989~1999年

ラエカリオのプロコフィエフは初めて聴きましたが、評判通りの素晴らしさ。それにこのクリアでシャープな演奏はsaraiの好みです。ワクワクするような素晴らしい演奏です。早く全ソナタを聴きましょう。

最後にプロコフィエフのピアノ協奏曲です。これはもちろん、トラーゼのCDを聴きました。

 プロコフィエフ・ピアノ協奏曲全集 アレクサンドル・トラーゼ、ワレリー・ゲルギエフ&マリインスキー歌劇場管弦楽団 1995年

何の文句もない名演奏です。役者が揃っていますが、とろわけ、トラーゼのピアノが素晴らしいです。



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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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反省しているsaraiです。

そうですね。アラームをセットしておかなかったのは痛恨の極みです。温かいご指導ありがとうございます。

バイロイト、ご一緒しますか?

03/19 11:51 sarai

saraiさま、
暖かくなりましたね。お元気ですか?
ザルツブルクの常連さんになったら、いよいよバイロイトにデビューですか!いいなあ!
バイロイトは敷居が高いイメージだ

03/19 05:46 えりちゃ

saraiです。コメントありがとうございました。

お褒めをいただき、光栄です。

あなたもいつの日か、ご自分なりの旅を実現してください。
saraiの旅はもうすぐ終わるでし

03/15 01:48 sarai

素敵ですね。私がいつか巡りたいと考えていたコース網羅です!
シニアになってこんな旅が出来るご夫妻、憧れます。

いつか叶えます!参考になりました。
有難う御座いまし

03/14 21:00 

quietplaceさん、初めまして。saraiです。

ヴィニツカヤは都響の定期でプロコフィエフの2番を聴いて、その凄い演奏に驚き、曲目未定の状態で今回のリサイタルのチケット

02/03 21:15 sarai

こんばんは。quietplaceといいます。ヴィニツカヤ聴かれたのですね。その演奏会は気になっていたのですが、ついに行けず。
プロコフィエフのソナタの第3楽章は難曲のようで

02/03 20:18 quietplace

えりちゃさん、ご無沙汰しています。
何かと忙しくて、風邪をひいている暇はありません。
とあるボランティア活動とコンサート通い(予習含む)です。

ええーっ、ザルツブ

12/21 02:24 sarai
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