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伝説的なピアニストが描くのは実存的な世界 アンドレイ・ガヴリーロフ ピアノ・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷ホール 2020.11.23

昨春、幻のピアニストと思っていたアンドレイ・ガヴリーロフの物凄い演奏をこの小さなホールでかぶりつきで聴き、大変な感銘を受けました。まさか、こんな状況でまたまた聴けるとは想像だにしていませんでしたが、今度もかぶりつきで聴けるという僥倖にあずかりました。前回を上回る凄い演奏にただただ圧倒されました。
正統派の知性派を代表する世界最高のピアニスト、アンドラーシュ・シフ、ヴィルトゥオーゾの伝統を一身に背負う個性派を代表する世界最高のピアニスト、アンドレイ・ガヴリーロフ。この二人のピアニストの凄い演奏をコロナの年の日本で聴けたのは大変な僥倖でしたが、実はお二人に共通点がありました。お二人とも奥様が日本人です。ですから、コロナ禍でも来日が可能になり、また、日本でのコンサートに意欲的だったわけです。

ともあれ、今日の演奏・・・異端のショパン、とても聴きたかったのですが、期待通りの素晴らしい演奏で、その響きは印象派のドビュッシーにつながることに初めて気づかされました。極めて、フランス風のエスプリに満ちたショパンは初体験です。最初に弾いた第1番のノクターンだけは、まだ、調子が出ずに濁った音色や弾きそこないもありましたが、それでかえって、ガヴリーロフがいかに繊細な演奏をしているのかを知ることができました。繊細さだけではなく、即興性も兼ね備えた究極のショパンでした。

リストのピアノ・ソナタ ロ短調・・・これはピアノ演奏の可能性の限りを尽くした、物凄い演奏で、ロマン性のかけらもなく、今を生きるピアニストの実存をかけた生命の証明をこの曲に託したという風情の圧巻の芸術でした。宗教性、愛、色んな要素をないまぜにした圧倒的な表現は恐るべき高みに上り、かって、若いころのリヒテルがカーネギーホールで響かせたライヴの名演を霞ませるほどの素晴らしさで深く感動するのみでした。こんな演奏を聴くと、今後、リストは誰が弾いても満足できないでしょう。しかし、リストは本当にこんな凄い作品を書いたのでしょうか。それとも、ガヴリーロフがこのリストの曲に託して、己のピアノ芸術を作り上げたものなのでしょうか。saraiは思うのです。音楽という芸術は作曲家と演奏家が互いをアウフヘーベンしてこそ、本当の芸術に昇華するものだと・・・。昨年、ルツェルン音楽祭で聴いたクルレンツィスのモーツァルトのダ・ポンテ3部作もそういう芸術だったと今更ながら、理解できました。(この演奏を聴いていて、脳裏に浮かんだイメージはベルニーニの最高傑作《福者ルドヴィカ》と《聖テレサの法悦》でした。宗教性と愛の渾然一体に思いが至りました。)


20分の休憩では湧き上がったsaraiの高揚感は静まるものではありません。高鳴る心のsaraiの前にガヴリーロフが現れて、前回のコンサートで聴きたくなったプロコフィエフの戦争ソナタを望み通り、演奏してくれます。第7番のソナタでは爆演に心を持っていかれたでしょうが、第8番は無機的で静謐な表現の中に人間の温かみを感じるような演奏が続きます。これが第2次世界大戦の最中に書かれたプロコフィエフの表現する実存、すなわち、人間を描いたものなのかと秘かに感じます。時として、爆発的な感情の炸裂もありますが、音楽の底には限界状況をじっと耐え抜いて、生き抜く人間の切なさがあります。第3楽章に至り、テンポよく音楽が展開していきます。そして、ガヴリーロフのピアノがどんどん熱く燃え上がって、ある種のカタルシスに至り、深い感動と共感が生まれます。ピアノは突然のように終わり、同時にガヴリーロフはピアノの前から、軽業師のように立ち上がります。完璧な終止です。

ショパン、リスト、プロコフィエフ、聴きたいものはすべて聴き尽くした思いです。ガヴリーロフも燃焼し尽くしたでしょうが、saraiもともに燃焼し尽くしました。完全燃焼とはかくも爽やかな思いに至るものなのですね。

アンコール曲3曲・・・すべて、凄い演奏。何も語る言葉はありません。最後は愛してやまないモーツァルトの幻想曲ニ短調。saraiの心の奥底を見透かしたかのような選曲と演奏。グレン・グールドの演奏が究極だと思っていましたが、こんな演奏があるとは、絶句です。

ホロヴィッツもリヒテルも実演は聴かず終いでしたが、そんなことを吹き飛ばしてくれるような破格の巨人、ガヴリーロフの究極の演奏に究極の満足感を覚えました。


この日のプログラムは以下の内容です。

 ピアノ:アンドレイ・ガヴリーロフ

  ショパン:夜想曲 第1番ロ短調 Op.9-1 / 第8番変ニ長調 Op.27-2 / 第4番ヘ長調 Op.15-1 / 第20番嬰ハ短調(遺作)
  リスト: ピアノ・ソナタ ロ短調

  《休憩》

  プロコフィエフ: ピアノ・ソナタ 第8番 Op.84「戦争ソナタ」

  《アンコール》

    ラフマニノフ:幻想的小品集 第1曲 エレジー 変ホ短調 Op.3-1
    プロコフィエフ:4つの小品 悪魔的暗示 Op.4-4
    モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397/385g


最後に予習について触れておきます。

1曲目のショパンの夜想曲はもちろん、ガヴリーロフのCDで予習をしました。

  アンドレイ・ガヴリーロフ 2013年録音

こんな夜想曲は聴いたことがありません。ガヴリーロフのリサイタルの予習は彼の演奏を聴くしかありません。クルレンツィスと同じですね。


2曲目のリストのピアノ・ソナタ ロ短調は以下のCDで予習をしました。

  スヴィヤトスラフ・リヒテル 1965年5月18日 ニューヨーク、カーネギー・ホール ライヴ録音

若い頃のリヒテルでしか弾けないような没入感たっぷりの演奏です。究極の演奏だと思っていました。今日のガヴリーロフを聴くまでは・・・。


3曲目のプロコフィエフのピアノ・ソナタ 第8番はもちろん、ガヴリーロフのCDで予習をしました。

  アンドレイ・ガヴリーロフ 1992年録音

ガヴリーロフは2000年頃を境に変わったのではないでしょうか。この演奏も凄いけれども、今のガヴリーロフの予習にはなり得ないと思います。ただ、再録音してほしいとは思いません。実演を聴けば分かりますが、彼の即興性は録音できるような代物ではありません。



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       ガヴリーロフ,  

現代のヴィルトゥオーゾ、シューマンの狂気に肉薄 アンドレイ・ガヴリーロフ ピアノ・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷ホール 2019.6.30

いやはや、まさか、saraiの地元で幻とも思えるアンドレイ・ガヴリーロフの演奏が聴けるとは思っていませんでした。それもかぶりつきで伝説的なピアニストの演奏が聴けました。11年ぶりの来日公演なんだそうです。今回、首都圏では、今日のコンサートだけなんだそうです。やはり、このピアニストはたまが違います。破格の演奏を聴かせてくれました。シューマンもムソルグスキーもアンコールも圧倒的な演奏でした。爆演とも言えますが、その一言で片付けられないような凄い演奏。やりたい放題の演奏ですが、それが実に音楽性に満ちているのは、ガヴリーロフの魂の燃焼が聴く側の我々に伝わってくるからでしょう。彼の演奏は常に全力投球。手抜きは一切なし。演奏の途中で肩で息をしているほど、思い切り、音楽にのめりこむような感じです。

前半のシューマンは最初の《蝶々》から、ガヴリーロフの個性が浮き彫りになったような演奏。節回しが独特です。魅惑的で面白い演奏にぐっと惹き付けられます。
圧巻だったのは、交響的練習曲。まさに題名通り、交響的な演奏です。終始、鍵盤を叩きまくり、しかも、ペダルを踏み続けるので、凄まじい音響の嵐です。その大音響の先にシューマンの秘めたような狂気まで露わになります。時折、音響の嵐が静まり、シューマンの抒情的なロマンも際立ちます。第9変奏(フィナーレの前の曲)でもそういうロマンが感じられますが、その底には潜在的な狂気も感じます。なるほど、シューマンは若い時から、後の狂気を内在していたのですね。そういうことを感じさせるほど、ガヴリーロフの一見、自由奔放なピアノは深い音楽性に裏打ちされています。フィナーレでは一変して、そういう狂気は吹き飛ばすような祝祭に満ちた音楽に昇華します。なんとも素晴らしいシューマンでした。こういうシューマンの演奏もあるんですね。最高の交響的練習曲を聴かせてもらいました。あの美しい遺作変奏曲が聴けないのは残念でしたが、確かに今日の演奏には遺作変奏曲はふさわしくないような気がします。シューマン自身が編纂した今日の1852年改訂版が真の交響的練習曲であることを納得させてくれるような演奏でした。

後半は展覧会の絵。ヴィルトゥオーゾの演奏はこういうものだという見本のような演奏です。1960年以前のリヒテルやホロヴィッツの演奏が現代によみがえったような凄まじい演奏です。いや、むしろ、それ以上かもしれません。リヒテルの1958年のソフィアでのライヴ録音を思い出します。まあ、あれほど、自分を失った演奏ではなく、テンポも突っ込んでいませんから、燃焼した演奏とは言え、どこか冷めた自分を持ち続けた演奏ではありました。実際、コケティッシュな部分では笑みを浮かべながら、聴衆の様子を窺う余裕さえありました。バーバ・ヤガーからキエフの大門に至る終盤の高揚にはとても興奮させられました。やはり、展覧会の絵はこうでなくっちゃね。

演奏を終えて、聴衆の万雷の拍手に応えるガヴリーロフの嬉しそうな笑顔、そして、スポーツ選手のようなガッツポーズが印象的。ヴィルトゥオーゾにして、自由人。ある意味、ホロヴィッツみたいですね。そして、アンコール。saraiが期待していたショパンのノクターンです。CDで聴いたとおりの異端の演奏。彼にしか表現できないような自在な音楽。中間部の豪快な演奏にはまたしても驚かされます。これでアンコールはお終いかと思っていたら、何と、プロコフィエフを演奏してくれます。これは何とも凄いプロコフィエフでした。プロコフィエフが若いときにこんな曲を書いたのも凄いですが、演奏するガヴリーロフの超絶技巧と音響の凄まじさ、それに高い音楽性にただただひれ伏すのみです。このプロコフィエフが今日の最高の演奏でした。戦争ソナタを是非とも聴かせてもらいたいものです。気絶するような演奏になるんでしょう。

現代にこのようなピアニストがいるのは驚異です。ポゴレリッチとかファジル・サイとか、異才もいますが、ガヴリーロフの破格さは比類のないものだと思いました。こんな凄いピアニストが聴けて、幸運でした。ザルツブルクでグリゴリー・ソコロフを聴いたとき以上の感銘を受けました。


この日のプログラムは以下の内容です。

 ピアノ:アンドレイ・ガヴリーロフ

  シューマン:蝶々 Op.2
  シューマン:交響的練習曲 Op.12 <1852年版>

  《休憩》

  ムソルグスキー:展覧会の絵

  《アンコール》

    ショパン:夜想曲第4番 ヘ長調 Op.15-1
    プロコフィエフ:4つの小品 悪魔的暗示 Op.4-4


最後に予習について触れておきます。

1曲目のシューマンの蝶々は以下のCDで予習をしました。

  田部京子 2007年12月5日 浜離宮朝日ホール ライヴ録音
  伊藤恵 1990年1月23-25日 田園ホール・エローラ(松伏町中央公民館) セッション録音

日本を代表するピアニスト二人がシューマンを得意にしているのは嬉しいです。いずれも素晴らしい演奏。海外のピアニストを含めても、出色のシューマンです。田部京子の詩的な表現、伊藤恵のドイツ的な重厚な演奏、最高のシューマンです。


2曲目のシューマンの交響的練習曲は以下のCDで予習をしました。

  田部京子 1999年8月10-13日 群馬 笠懸野文化ホール セッション録音
  伊藤恵 2000年1月12-14日 ベルフォーレ(坂東市民音楽ホール) セッション録音

二人のシューマンはここでも素晴らしい演奏。伊藤恵はシューマニア・シリーズ13枚のCDで素晴らしいシューマンのピアノ独奏曲の全曲を聴かせてくれます。田部京子はシューマン・アルバムは2枚だけですが、珠玉の演奏です。


3曲目のムソルグスキーの展覧会の絵は以下のCDで予習をしました。

  アナトール・ウゴルスキ 1991年 ハンブルク セッション録音

展覧会の絵と言えば、リヒテルとホロヴィッツの歴史的な演奏に尽きてしまいますが、彼らの豪快な演奏の対極にあるようなウゴルスキのクリアーな演奏も見事です。



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金婚式、おめでとうございます!!!
大学入学直後からの長いお付き合い、素晴らしい伴侶に巡り逢われて、幸せな人生ですね!
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10/07 08:57 堀内えり

 ≪…長調のいきいきとした溌剌さ、短調の抒情性、バッハの音楽の奥深さ…≫を、長調と短調の振り子時計の割り振り」による十進法と音楽の1オクターブの12等分の割り付けに

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07/08 15:53 じじい@

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久々のコメント、ありがとうございます。
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06/18 12:46 sarai

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06/18 08:33 五十棲郁子

 ≪…明恵上人…≫の、仏眼仏母(ぶつげんぶつも)から、百人一首の本歌取りで数の言葉ヒフミヨ(1234)に、華厳の精神を・・・

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