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クルレンツィスは最高の演奏で閉幕 バルトリはデスピーナでもアジリタ全開 モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》@ルツェルン音楽祭 2019.9.15

ルツェルン音楽祭を通して、今日の《コジ・ファン・トゥッテ》が最高の演奏でした。モーツァルトのオペラの最高峰にふさわしい驚異的なレベルの演奏です。何と言っても、3人の女声歌手が究極の歌唱を聴かせてくれました。まずはフィオルディリージ役を歌うナデージダ・パヴロヴァが今日も会心の歌唱。彼女の透き通った潤いのある声を聴いているだけで幸せです。ウィーン、ルツェルンで計4回聴きましたが、今や、現役のソプラノでは一番のお気に入りです。モーツァルトのオペラしか聴いていませんが、評判の高いタチアーナも素晴らしい歌唱なんでしょう。彼女は抒情的な歌唱も見事ですが、力のある声の響きも持ち、超絶的なコロラトゥーラも聴かせてくれます。ルチアの狂乱の場なんかも聴きたいところです。ともかく、今回のヨーロッパ遠征でこの素晴らしいソプラノと出会えたのは望外の喜びです。唯一の問題は彼女の名前が舌を噛みそうな覚えにくさ。
バルトリのデスピーナ! 彼女が今後歌う機会があるのでしょうか。バルトリはデスピーナを歌っても自然にアジリタします。彼女でないと歌えないデスピーナ。こんなスーパーキャストで聴けるのもルツェルン音楽祭ならではです。しかも、デスピーナ役にバルトリ以上の適任はないと断じられるような素晴らしい歌唱でした。
ドラベッラ役のポーラ・マリヒーはウィーンでの歌唱もよかったのですが、今日の歌唱は絶好調。安定した中音域から澄み切った高音域までむらのない響きの歌唱で、特にナデージダ・パヴロヴァとの2重唱の美しいこと。恐れ入りました。
女声の3人は絶対的なレベルの歌唱で、今後、これ以上のキャストでの《コジ・ファン・トゥッテ》は登場しないのではないかと思わせるような完璧の演奏でした。
男声3人も素晴らしい歌唱でしたが、女声のあまりの素晴らしさに比すものではありません。
クルレンツィス指揮のムジカエテルナの音楽的な精度の高さはこの4日間を通じてのものですが、聴けば聴くほど、その演奏の細かいところまで磨き抜かれたところに絶句するだけです。それにモーツァルトの音楽に対してのリスペクトと愛情の強さも尋常ではなく、実に丁寧で誠実な演奏です。歌手に合わせて、オーケストラの響きを変えていたのは、モーツァルトの楽譜に書かれていることなのか、どうかはsaraiはよく知りませんが、こんな演奏を今まで聴いたことがないのは確かです。ピチカートとかチェロを床に叩きつけるとか、足を踏み鳴らすとか、普通のオーケストラではやらないことを多用しており、それが演奏効果として、有効に機能していました。

演奏の個々に触れる必要はないでしょう。すべてが素晴らしかったんですからね。それでも、いくつかは触れておきましょう。第2幕のフィオルディリージの長大なアリアにはとりわけ、魅了されました。第2幕の2組の仮のカップルのラヴソングは最高。特にフィオルディリージとフェランドのかりそめの恋愛が真実の恋愛に成就する(saraiはそう解釈しています)ところはモーツァルトの音楽が素晴らしいのですが、それをきちんと演奏で実現しているのは素晴らしく、うっとりを通り越して、魅了され尽くしました。第1幕、第2幕の終幕の5重唱、6重唱のオーケストラと一体化した凄まじい高揚感はあきれるばかりです。短いパウゼを置いた急速なテンポの変化も素晴らしかったです。そうそう、序曲もそうでしたが、アップテンポのオーケストラの疾走感は素晴らしいです。特に古楽器を使っている管楽器がその急速なテンポで見事な演奏を聴かせてくれたのが印象に残りました。オーボエ、フルートをはじめとした名人たちの演奏に魅惑されました。レシタティーボで伴奏パートを務めた通奏低音、特にフォルテピアノのマリア・シャバショワは美貌だけでなく、素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

キャストは以下です。(デスピーナ役がチェチーリア・バルトリに変わった以外はウィーン・コンツェルトハウスと共通)

 モーツァルト:歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』 K.588 全曲


 ナデージダ・パヴロヴァ(フィオルディリージ)
 ポーラ・マリヒー(ドラベッラ)
 コンスタンティン・スチコフ(グリエルモ)
 ミンジェ・レイ(フェランド)
 チェチーリア・バルトリ(デスピーナ)
 コンスタンティン・ヴォルフ(ドン・アルフォンソ)*
 ムジカエテルナ
 ムジカエテルナ合唱団
 テオドール・クルレンツィス(指揮)
 ニーナ・ヴォロビオヴァ(演出)
  *クルレンツィスのCDでも同一キャスト


今回のダ・ポンテ3部作を総括すると、モーツァルトのオペラはその真の姿を現すために、240年ほどの時を経て、天才クルレンツィスの登場を待っていたということになるでしょうか。saraiはその歴史的な場面に立ち会わせてもらいました。そして、モーツァルトの天才の真の意味を知ることになりました。2人の天才にダブルで感謝することになったルツェルン音楽祭でした。1954年8月22日、あの素晴らしいフルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管弦楽団のベートーヴェンの交響曲第9番が演奏されて以来の画期的なコンサートと言えるでしょう。(アバドのファンの方、ごめんなさい)

予習したCDはもちろん、クルレンツィス。キャストは以下です。

 ジモーネ・ケルメス(フィオルディリージ)
 マレーナ・エルンマン(フィオルディリージ)
 クリストファー・マルトマン(グリエルモ)
 ケネス・ターヴァー(フェランド)
 アンナ・カシヤン(デスピーナ)
 コンスタンティン・ヴォルフ(ドン・アルフォンソ)
 ムジカエテルナ(ピリオド楽器オーケストラと合唱団)
 テオドール・クルレンツィス(指揮)

 録音時期:2013年1月9-13日
 録音場所:ロシア、ペルミ、チャイコフスキー記念国立オペラ&バレエ劇場
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)


(以下の内容は既に書いたものです。今回も自分の文章をパクりました。ごめんなさい。)
クルレンツィス&ムジカエテルナのモーツァルトのオペラ、ダ・ポンテ3部作の第1弾の《フィガロの結婚》の2012年9月の録音の直後に、この《コジ・ファン・トゥッテ》は録音されました。クルレンツィスらしい隅々まで徹底したこだわりの演奏です。スタイルは《フィガロの結婚》とほぼ同じですが、ソット・ヴォーチェを駆使して、音楽の精度はさらに向上しています。この後に続く《ドン・ジョヴァンニ》と同じレベルの素晴らしさです。ただ、演奏は美しいのですが、若干、上滑り気味でこのオペラの持つ真の深みが感じられないのが残念です。これから先は実演に期待しましょう。



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       クルレンツィス,  

クルレンツィスが目指す道 モーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》@ルツェルン音楽祭 2019.9.14

ウィーンのコンツェルトハウスで物凄い演奏を聴いたばかりのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》ですが、無論、クルレンツィスはさらに完成度を高めた演奏を聴かせてくれました。

クルレンツィスは意外にも、オーケストラ以上に歌手の歌唱に気を配っています。ウィーンでの演奏を踏まえて、歌手の歌唱のレベルの等質化を図ったように感じます。男声陣では、ドン・ジョヴァンニ、レポレッロ、マゼットという3人のバリトンが渋みを増した張りのある歌唱にレベルアップ。一昨日聴いた《フィガロの結婚》でのバリトン歌手たちのレベルの高い歌唱と並ぶものです。女性陣では素晴らしかったドンナ・アンナ役のナデージダ・パヴロヴァがさらに際立った歌唱を聴かせてくれます。また、ドンナ・エルヴィーラがウィーンとは見違えるような素晴らしい歌唱。とっても重要な役どころですから、クルレンツィスが磨きをかけたに相違ありません。さらにツェルリーナ役のクリスティーナ・ガンシュが本来の実力を発揮して、透明で美しい響きの歌唱を聴かせてくれます。ウィーンでの歌唱を上回るものです。結局、ソプラノ3人、バリトン3人の素晴らしい歌唱でウィーン以上に完成度の高い演奏になりました。テノールのケネス・ターヴァーはウィーンと同様の素晴らしい歌唱です。
オーケストラもさらに鮮鋭さを増した究極の響き。序曲冒頭のシリアスで劇的な響きは驚異的。途中で切り換わる軽快に疾走する表現も戦慄を覚えるほどです。

一体、クルレンツィスはどれほどの高みの演奏を目指しているんだろうと驚きを禁じ得ません。クルレンツィス以前はモーツァルトのオペラと言えば、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、軽妙で気楽に聴く音楽の代表のようなものであったように思います。しかし、クルレンツィスはその価値の転換を図り、精妙で深さのある音楽、ある意味、聴くものにとって、その中身を理解するのがとても難しい音楽に変質させてしまいました。今日の《ドン・ジョヴァンニ》だけのことを言っているのではなく、ダ・ポンテ3部作のすべて、あるいはモーツァルトのオペラすべてがそうです。そういうことを感じながら、それでも、まだ、クルレンツィスの天才はどこにあるのかをsaraiは考え続けています。

今日のキャストは以下です。(ウィーン・コンツェルトハウスと共通)

 モーツァルト:歌劇『ドン・ジョヴァンニ』 K.527 全曲

 ディミトリス・ティリアコス(バリトン/ドン・ジョヴァンニ)*
 ロバート・ロイド(バス/騎士長)
 ナデージダ・パヴロヴァ(ソプラノ/ドンナ・アンナ)
 ケネス・ターヴァー(テノール/ドン・オッターヴィオ)*
 フェデリカ・ロンバルディ(ソプラノ/ドンナ・エルヴィーラ)
 カイル・ケテルセン(バリトン/レポレッロ)
 ルーベン・ドローレ(バリトン/マゼット)
 クリスティーナ・ガンシュ(ソプラノ/ツェルリーナ)*
 ムジカエテルナ
 ムジカエテルナ合唱団
 テオドール・クルレンツィス(指揮)
 ニーナ・ヴォロビオヴァ(演出)
  *クルレンツィスのCDでも同一キャスト


第1幕ではドンナ・エルヴィーラ役のフェデリカ・ロンバルディの深い響きの歌唱が印象的でした。しかし、それ以上にムジカ・エテルナの響きの豊かさ(あらゆる意味で)が驚異的なレベルに達していました。ゾーンに入った演奏で、どこをとってみても文句のつけようがないどころか、どうしてこんな音楽表現ができるのか、saraiの理解をはるかに超えた超絶的な演奏です。終幕の7重唱は歌唱もオーケストラも最高の音楽に昇華しています。しかし、聴く側のsaraiも疲れる!!

第2幕では、ドン・ジョヴァンニのセレナードが素晴らしくてうっとり。そして、ドンナ・アンナを歌うナデージダ・パヴロヴァの歌唱がウィーンでの歌唱をさらに超えて、異次元のレベル。その澄んだ透明な声の響きの美しさ、そして、コロラトゥーラの超絶技巧の限りを尽くした歌唱は驚異的です。これからのモーツァルトのオペラは彼女の存在を抜きにしては語れないでしょう。大変なソプラノ歌手が出現したものです。これが聴けただけでもルツェルン音楽祭に足を運んだ甲斐がありました。こういう歌手を抜擢し、その歌唱と音楽表現を指導したクルレンツィスは音楽界のカリスマであるだけでなく、新時代の帝王にふさわしい逸材と言えるでしょう。

今日も終盤の地獄落ちで、クルレンツィス&ムジカエテルナの凄まじい音響と音楽が炸裂します。身震いを覚えるような迫力で、終幕。ウィーンと同様にウィーン版のエンディングです。やがて、カーテンコールで満場、スタンディングオベーション。と、クルレンツィスがプラハ版のエンディングの演奏を始めるかと思うと、さにあらず。騎士長役のロイドを指さすと、ロイドがウィーン版のエンディングでしたとコール。そうです。ここはウィーンではないので、ウィーン版の説明が必要とクルレンツィスが考えたのでしょう。で、プラハ版のエンディングの演奏が始まります。
やはり、プラハ版のエンディングは必要です。ドンナ・アンナを歌うナデージダ・パヴロヴァの美しい歌唱が再び聴けるからです。あらゆる意味で、満足しました。

予習したCDはもちろん、クルレンツィス。キャストは以下です。

 ディミトリス・ティリアコス(バリトン/ドン・ジョヴァンニ)
 ヴィート・プリアンテ(バリトン/レポレッロ)
 ミカ・カレス(バス/騎士長)
 ミルト・パパタナシュ(ソプラノ/ドンナ・アンナ)
 ケネス・ターヴァー(テノール/ドン・オッターヴィオ)
 カリーナ・ゴーヴァン(ソプラノ/ドンナ・エルヴィーラ)
 グイード・ロコンソロ(バリトン/マゼット)
 クリスティーナ・ガンシュ(ソプラノ/ツェルリーナ)
 ムジカエテルナ
 テオドール・クルレンツィス(指揮)

 録音時期:2015年11月23日~12月7日
 録音場所:ペルミ国立チャイコフスキー・オペラ&バレエ劇場
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

(以下の内容は既に書いたものです。自分の文章を2度もパクりました。ごめんなさい。)
クルレンツィス&ムジカエテルナのモーツァルトのオペラ、ダ・ポンテ3部作の第1弾の《フィガロの結婚》の録音は2012年9月でしたから、3部作の締めくくりになる、この《ドン・ジョヴァンニ》はその3年後ということになります。この3年の間のクルレンツィス&ムジカエテルナの躍進ぶりがこの録音に現れています。きびきびした序曲の開始は同じですが、その演奏精度の向上がはっきりと分ります。妙にデモーニッシュになり過ぎず、その明快ですっきりした演奏に魅惑されます。序曲が終わり、ドン・ジョヴァンニとレポレッロが登場しますが、その明暗がくっきりとした上質とも思える演奏に驚愕します。モーツァルトでこんな演奏が可能なんですね。ドン・ジョヴァンニは終始、ソット・ヴォーチェを駆使して、その色男ぶりを強調します。ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオの美男美女を思わせる美声コンビの歌唱も見事。《フィガロの結婚》では若干、違和感を感じたフォルテピアノもこのオペラでは実に有効に機能します。そう言えば、一昨年のザルツブルク音楽祭で聴いた《皇帝ティトの慈悲》でもフォルテピアノが見事でした。記憶が蘇ってきます。こんなに繊細さを極めたような《ドン・ジョヴァンニ》は初めて聴きます。実に新鮮で、かつ、このオペラの本質を突いているように感じます。第1幕のフィナーレの7重唱を聴いていると、saraiの頭が混乱してきます。えっ、こんな曲だったっけ? 何という発想の演奏でしょう。複雑かつ究極の精度の恐るべき演奏です。結局、この高い精度を保って、第2幕も素晴らしい演奏が続きました。これまで聴いてきた《ドン・ジョヴァンニ》とは、一線を画す演奏です。というよりも、モーツァルトのオペラで、こういう演奏が可能だったとは予想だにできなかった演奏です。一昨年のザルツブルク音楽祭での《皇帝ティトの慈悲》でsaraiの音楽の価値観がひっくり返された意味がじわっと分かってきたような気がします。やはり、これまでの音楽演奏とは、まったく次元の異なる演奏です。やはり、クルレンツィスの音楽の原点はモーツァルトのオペラにこそ、ありそうです。



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       クルレンツィス,  

バルトリとクルレンツィス、世紀の共演@ルツェルン音楽祭 2019.9.13

チェチーリア・バルトリとクルレンツィスの初共演とのことです。歴史に残る公演に立ち会えただけでも嬉しく思いますが、その演奏たるや、驚異的なものでした。不世出の希代のメゾ・ソプラノのバルトリは常に驚異的な超絶技巧の歌唱を聴かせてくれるので、とりたて、今日の歌唱だけを讃えるものではありません。一方、クルレンツィスの天才はいつも別次元の音楽を聴かせてくれます。その二人が共演するとどうなるか・・・結果は最高のものでした。互いがリスペクトし合いつつも、己の音楽を貫きとおし、天才同士ならではの未曽有の音楽を作り出しました。先に演奏したのはクルレンツィス。壮麗かつ精度の高い音楽を展開します。冒頭のキリエは初めて聴く音楽のような新鮮さと活力に満ちて、新たなモーツァルト像を提供してくれます。続くカンタータ 「悔悟するダヴィデ」でも、深い音楽性に満ちた合唱で始まります。そこへ初共演のバルトリが加わります。最初は彼女がクルレンツィスに息を合わせます。しかし、彼らの音楽性は基本的に同じ基盤に立っているような気がします。基本的に静謐な弱音をもとに音楽を組み立てて、ここぞというところで一気に音楽を爆発させます。ですから、無理のない形でお互いを意識し過ぎずに個性的な音楽をそれぞれ展開していきます。そもそも、天才指揮者クルレンツィスは共演相手が勝手気ままに演奏してもぴたっとオーケストラをつけていくことは、コパチンスカヤのヴァイオリンでも実感しています。ましてや、百戦錬磨のバルトリは個性的なアジリタを展開しつつもアンサンブルはしっかりと合わせていきます。曲が変わるたびに次第に自在な音楽が響き合い、強烈な個性を帯びた最高級の音楽が展開されていきます。クルレンツィスはいつか、後ろに下がり、アンサンブルの基盤をささえ、バルトリが思いっきり、歌唱していくという構図が出来上がっていきます。バルトリがメゾの曲だけでなく、ソプラノの曲も楽々と歌い込んで、しかも並みのソプラノ歌手では真似のできない骨太の歌唱を展開していく様に驚嘆するのみです。ドンナ・エルヴィーラのアリアをこんな風に歌った歌手はいまだかって知りません。フルトヴェングラーのもとでドンナ・エルヴィーラを歌ったシュヴァルツコップを凄いと思っていましたが、バルトリは別次元の歌唱。コロラトゥーラならぬアジリタの歌唱が素晴らしいです。圧巻だったのは最後のコンサートアリア。こんなにアジリタが炸裂する歌唱は初めて聴きました。凄い!! そして、感動はまだありました。アンコールの「エクスルターテ・ユビラーテ」の《アレルヤ》はやりたい放題のアジリタ尽くし。バルトリ・ワールドを満喫しました。バルトリ抜きの曲目でのクルレンツィスはどれも音楽的な精度を磨き抜いたモーツァルトを聴かせてくれました。明日以降のモーツァルトの予告編ですね。まったく、クルレンツィスはモーツァルト像を新たに書き換えてくれました。恐るべし、クルレンツィス。そして、素晴らしきかな、バルトリ。

今日のプログラムとキャストは以下です。

ムジカエテルナ(ピリオド楽器オーケストラと合唱団)
テオドール・クルレンツィス(指揮)
チェチーリア・バルトリ(メゾ・ソプラノ)
ミンジェ・レイ(テノール〉

オール・モーツアルト作品

キリエ ニ短調Kyrie in D minor, K. 341 (386a)
カンタータ 「悔悟するダヴィデ」より Excerpts from the cantata Davide penitente, K. 469
 第1曲 合唱とソプラノ「私は弱々しい声で主を呼びました」 Andante moderato ハ短調 Coro : Alzai le flebili voci
 第2曲 合唱「神の栄光を歌おう」 Allegro vivace ハ長調 Coro : Cantiam le glorie
 第3曲 アリア(ソプラノ)「不毛の悩みは遠ざかり」 Allegro aperto ヘ長調 Aria Soprano II : Lungi le cure ingrate

歌劇『皇帝ティートの慈悲』より、
 第1幕第4曲 行進曲March from La Clemenza di Tito, K. 621
 第1幕第5曲 合唱「保ちたまえ」Serbate, oh Dei custodi from La Clemenza di Tito, K. 621 (Chorus)
 第2幕第19曲 ロンド「この今のときだけでも」(セストのアリア)Deh per questo istante solo from La Clemenza di Tito, K. 621 (Sesto’s aria)
 序曲Overture to La Clemenza di Tito, K. 621
 第1幕第9曲 アリア「私は行く」(セストのアリア)Parto, parto, ma tu ben mio from La Clemenza di Tito, K. 621 (Sesto’s aria)

  《休憩》

歌劇『ドン・ジョヴァンニ』より、
 序曲Overture to Don Giovanni, K. 527
 第21b曲 ドンナ・エルヴィーラのレシタティーヴォとアリア「あの恩知らずの人は私を裏切った」In quali ecessi, o numi … Mi tradi aus Don Giovanni, K. 527 (Donna Elvira’s aria)

歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』より、
 序曲Overture to Così fan tutte, K. 588
 第2幕第29曲「もうすぐ腕に抱かれ」(フィオルディリージとフェランドの二重唱)Fra gli amplessi in pochi istanti from Così fan tutte, K. 588 (duet for Fiordiligi and Ferrando)

フリーメイソンのための葬送音楽Masonic Funeral Music in C minor, K. 477 (479a)
劇唱「どうしてあなたを忘れられようか」とロンド「恐れないで、愛する人よ」Concert aria Ch’io mi scordi di te … Non temer, amato bene, K. 505

  《アンコール》

モテット「エクスルターテ・ユビラーテ」 K.165 (158a).より、第3楽章 アレグロ ヘ長調 《アレルヤ》


さて、今日の予習は以下の演奏を聴きました。

キリエ ニ短調 K. 341 (386a)
 モンテヴェルディ合唱団、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、指揮:ジョン・エリオット・ガーディナー 1986年11月30日、ロンドン、セント・ジョンズ教会

カンタータ 「悔悟するダヴィデ」より K. 469 第8曲 不毛の悩みは遠ざかり
 チェチーリア・バルトリ、ウィーン室内管弦楽団、ジョルジー・フィッシャー(指揮) 1993年3-4月、モーツァルトザール、コンツェルトハウス、ウィーン

歌劇『皇帝ティートの慈悲』より、
 第1幕第4曲 行進曲
 第1幕第5曲 合唱「保ちたまえ」
 第2幕第19曲 ロンド「この今のときだけでも」(セストのアリア)
 序曲
 第1幕第9曲 アリア「私は行く」(セストのアリア)

 セストのアリア2曲
  チェチーリア・バルトリ、ウィーン室内管弦楽団、ジョルジー・フィッシャー(指揮) 1990年、モーツァルトザール、コンツェルトハウス、ウィーン

 その他のオーケストラ曲、合唱曲
  RIAS室内合唱団、フライブルク・バロック・オーケストラ、ルネ・ヤーコプス(指揮) 2005年 セッション録音

歌劇『ドン・ジョヴァンニ』より、
 序曲
 第21b曲「あの恩知らずの人は私を裏切った」

  バルトリの録音が見つからなかったためにパス。

歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』より、
 序曲
 第2幕「もうすぐ腕に抱かれ」(フィオルディリージとフェランドの二重唱)

  バルトリの録音が見つからなかったためにパス。

フリーメイソンのための葬送音楽 K. 477 (479a)
 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ラファエル・クーベリック(指揮) オットー・クレンペラー追悼コンサート 1974年1月14日 ロイヤル・フェスティヴァル・ホール、ロンドン ライヴ録音
 
劇唱「どうしてあなたを忘れられようか」とロンド「恐れないで、愛する人よ」 K. 505
 チェチーリア・バルトリ、アンドラーシュ・シフ、ウィーン室内管弦楽団、ジョルジー・フィッシャー(指揮) 1990年、モーツァルトザール、コンツェルトハウス、ウィーン

(以下の内容は既に書いたものです。今回も自分の文章をパクりました。ごめんなさい。)
以上のようにバルトリの歌唱を中心に聴きましたが、おそらく、真ん中の休憩前、前半の最後に歌われるセストのアリア「私は行く」はクラリネットと絡んでの絶唱です。バルトリならではのアジリタも素晴らしく、この1曲を聴くだけでも、このコンサートを聴く甲斐があると思いました。それに今回はクルレンツィスとの初めての共演という期待もあります。後半の最後のコンサートアリアK.505も素晴らしい歌唱。アンドラーシュ・シフのベーゼンドルファーの美しいピアノの響きも素晴らしいです。今回のリサイタルでは、モダン・ピアノではなく、フォルテピアノの演奏になるんでしょうね。saraiとしては、誰か有名ピアニストがサプライズ登場して(バルトリつながりではシフ、クルレンツィスつながりではメルニコフ)、モダン・ピアノで演奏してくれたほうが嬉しいのですが・・・。
カンタータ 「悔悟するダヴィデ」 K. 469については、第8曲 不毛の悩みは遠ざかり だけがバルトリの歌唱で録音されていました。若い頃のバルトリは今以上の澄み切った美声で、とてもバルトリとは分からないような歌唱でびっくりです。セストのもう一つのアリアもアジリタがないせいか、すっきりと美しい歌唱です。ほぼ30年前の歌唱ですからね。

バルトリが歌わないクルレンツィス&ムジカエテルナの演奏は、既に聴き終えた歌劇『ドン・ジョヴァンニ』と歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』以外はクルレンツィス&ムジカエテルナの録音が見当たりません。で、なるべく、ピリオド奏法の録音を聴きます。キリエK.341はガーディナー他のものを聴きましたが、荘重な演奏です。クルレンツィスはもっと軽快な演奏になるのかな。歌劇『皇帝ティートの慈悲』は名匠ルネ・ヤーコプスの演奏。断片的に聴いたわけですが、素晴らしい演奏です。傾向的にはクルレンツィスと似た傾向の演奏と受け止めました。フリーメイソンのための葬送音楽は名指揮者の追悼によく演奏されるんですね。フルトヴェングラーの葬儀の際はヨッフム指揮のベルリン・フィル、カール・ベームの追悼コンサートではヨッフム指揮のウィーン・フィル、そして、今回聴いたのはオットー・クレンペラーの追悼コンサートをクーベリックが指揮したものです。いずれも巨匠ゆかりのオーケストラが他の巨匠に指揮されるという類似点があります。この曲はそういう位置づけの曲なのですね。クーベリックの指揮は見事です。あまり、彼のモーツァルトは評価されていないようですが、とても素晴らしいです。そう言えば、クーベリックはクララ・ハスキルとの幻に終わったモーツァルトのピアノ協奏曲全集というのがありました。二人は熱望していましたが、クーベリックがデッカ所属、ハスキルがフィリップス所属という壁に阻まれて、実現しませんでした。それどころか、彼らのモーツァルトの共演はまったく録音として残されていません。全集が実現していれば、音楽史上、輝くべき成果になったことは間違いありません。結局、彼らの共演はシューマンとショパンの協奏曲だけが残されています。もちろん、素晴らしい演奏です。ともかく、クーベリックのモーツァルトはいいです。



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       クルレンツィス,  

素晴らしきクルレンツィスの世界、開幕 モーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》@ルツェルン音楽祭 2019.9.12

既にウィーンでクルレンツィスのダ・ポンテ3部作のうち、《ドン・ジョヴァンニ》と《コジ・ファン・トゥッテ》を聴いて、究極とも思える音楽的な精度の高さに驚嘆していました。しかし、本番ともいえるルツェルン音楽祭のクルレンツィスの公演が《フィガロの結婚》で開幕して、クルレンツィスの作り出すモーツァルトのオペラの凄さがさらに実感できました。無茶無茶、勢いの良い序曲から圧倒されます。モーツァルトのオペラ、ここにありという感じです。

基本的なスタイルは《ドン・ジョヴァンニ》と《コジ・ファン・トゥッテ》と同じです。いまさらながら、クルレンツィスのモーツァルトへのシンパシーとリスペクトの思いが実感されます。まるでモーツァルトの魂がクルレンツィスに乗り移って指揮しているんじゃないかと錯覚します。モーツァルトのオペラも新時代を迎えました。モーツァルトの音楽の深さが再発掘されたという思いでいっぱいになります。モーツァルトの音楽の天才性はこのクルレンツィスの天才の登場を待って、明らかにされたという感です。音楽のちょっとした端々の微妙なニュアンスに込めたモーツァルトの深い音楽性は驚異的であり、それをとことん追求したのがクルレンツィスです。今までの指揮者はただただ譜面の表面だけをなぞっていたのかという疑念さえ湧いてきます。アリアや重唱はクルレンツィス自身が個々の歌手の喉を使って、歌っているかのようです。実際、彼は声を出さずに歌っています。彼の感じた歌を歌手がクルレンツィスの意向に沿って歌っています。かって、カラヤンも同様の試みをしていましたが、明らかに資質が違います。同じアプローチでも、クルレンツィスの天才性が光ります。譜面の読み込みの深さが常人とは明らかに異なるレベルです。譜面を通して、作曲家モーツァルトの精神に到達したかの如くです。こういうことを書いていたら、切りがありません。ここらで今日の演奏内容に触れましょう。

今日も女声陣が素晴らしいです。主要なキャストのスザンナ、伯爵夫人、ケルビーノは際立っていましたし、マルチェリーナ、バラバリーナも見事な歌唱。男声陣はと言えば、これも素晴らしい。特にフィガロ、伯爵の渋くて、ダイナミックな歌唱が見事です。結局、どこにも隙のない歌唱で、これだけの歌手を揃えた公演は史上最強ではないかと思います。ピカ一だったのは伯爵夫人を歌ったエカテリーナ・シチェルバチェンコ。ドンナ・アンナ、フィオルディリージを歌ったナデージダ・パヴロヴァが最強のモーツァルト歌いと書きましたが、クルレンツィスはさらにこのエカテリーナ・シチェルバチェンコという隠し球も持っていたようです。いかにもクルレンツィス好みの透明な響きの声とソット・ヴォーチェの静謐な歌唱が素晴らしいです。第3幕のアリアで冒頭の旋律がソット・ヴォーチェで繰り返されるところで、あまりの美しさにsaraiは感動のあまり、涙が出ました。ドラベッラを歌ったポーラ・マリヒーのケルビーノも最高です。第2幕のアリアはこれまで聴いたケルビーノの中で最高レベル。細かい装飾音符の歌い方がピタッとはまっています。きっと、クルレンツィスがこだわって、熱血指導した賜物でしょう。あと、第3幕での伯爵夫人とスザンナのデュエットの見事な歌唱にも絶句しました。いちいち書いていたら、切りがあありませんね。それでも一番の聴きものだったオーケストラと声楽のアンサンブルの素晴らしさは讃えないといけないでしょう。各幕の終盤の凄まじい盛り上がりは尋常ではありませんでした。フォルテピアノ、オーボエの見事の技も忘れられません。

ともかく、これまでの音楽演奏とは別次元の世界をクルレンツィスは築き上げました。恐るべき才能としか、言えません。4日間連続公演の初日を聴いて、早くも無理してきてよかったという感慨がいっぱいです。

そうそう、公演終了後、席を立ち、ホールから出ようと歩いていると、チャーミングな女性と目が合ってしまいました。saraiが思わず、コパチンスカヤ・・・と言葉を漏らすと、彼女はにっこりとほほ笑んでくれます。思わず、手を差し出すと、暖かい手で握手してくれました。よく考えたら、彼女とは今年、2回目の握手です。彼女は覚えていないでしょうが、クルレンツィスとの日本公演の初日のパーティーで握手したんです。あのときも今日と同じチャーミングな笑顔でした。だから何って言わないでくださいね。

今日のキャストは以下です。

 モーツァルト:オペラ《フィガロの結婚》

 アンドレイ・ボンダレンコ(バス・バリトン:アルマヴィーヴァ伯爵)*
 エカテリーナ・シチェルバチェンコ(ソプラノ:伯爵夫人ロジーナ)
 アレックス・エスポジト(バス・バリトン:フィガロ)
 オルガ・クルチンスカ(ソプラノ:スザンナ)
 ポーラ・マリヒー(メゾ・ソプラノ:ケルビーノ)
 ダリア・チェリャトニコヴァ(メゾ・ソプラノ:マルチェリーナ)
 エウゲニ・スタビスキー(バス:バルトロ)
 クリスティアン・アダム(テノール:ドン・バジーリオ)*
 ファニー・アントネルー(ソプラノ:バルバリーナ) (CDではスザンナを歌っていた)
 ガリー・アガザニアン(バス:アントニオ)
 ムジカエテルナ
 ムジカエテルナ合唱団
 テオドール・クルレンツィス(指揮)
 ニーナ・ヴォロビオヴァ(演出)
  *クルレンツィスのCDでも同一キャスト



予習したCDはもちろん、クルレンツィス。キャストは以下です。

 アンドレイ・ボンダレンコ(バス・バリトン:アルマヴィーヴァ伯爵)
 ジモーネ・ケルメス(ソプラノ:伯爵夫人ロジーナ)
 クリスティアン・ヴァン・ホルン(バス・バリトン:フィガロ)
 ファニー・アントネルー(ソプラノ:スザンナ)
 マリー=エレン・ネジ(メゾ・ソプラノ:ケルビーノ)
 マリア・フォシュストローム(メゾ・ソプラノ:マルチェリーナ)
 ニコライ・ロスクトキン(バス:バルトロ)
 クリスティアン・アダム(テノール:ドン・バジーリオ)
 ムジカ・エテルナ(ピリオド楽器オーケストラと合唱団)
 テオドール・クルレンツィス(指揮)

 録音時期:2012年9月24日~10月4日
 録音場所:ペルミ国立チャイコフスキー・オペラ&バレエ劇場
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

(以下の内容は既に書いたものです。今回も自分の文章をパクりました。ごめんなさい。)
オペラですから、本来は映像付きがよいのですが、《フィガロの結婚》だと、CDで聴いていても、映像が頭に浮かびます。saraiのお気に入りの3大オペラの一つですからね。実演でも10回以上は聴いています。
で、肝心の演奏ですが、予想通り、序曲からきびきびしたテンポで展開していきます。素晴らしいのは、音楽が活き活きしていて、CDでありながら、実演を聴いている感覚に陥ることです。それにオーケストラの演奏だけでなく、アリアの歌わせ方がとても見事です。ケルビーノの2つのアリア、フィガロの《もう飛ぶまいぞ、この蝶々》、伯爵夫人ロジーナの第3幕のアリア、スザンナのアリアと伯爵夫人とのデュエットなど、とりわけ、有名アリアが素晴らしいです。ずっと聴き惚れていましたが、やはり、フィナーレでアルマヴィーヴァ伯爵が『Contessa,perdono!』と伯爵夫人に許しを乞う歌唱では、強い感銘を受けて、うるっとします。この後、伯爵夫人が『Più docile io sono, e dico di sì.』と優しく許しを与えると、もう、たまりません。saraiの感情が崩壊します。その後のトゥッティも素晴らしいです。もう天国の世界です。そして、トゥッティがそのまま、テンポアップして、勢いよく、素晴らしいオペラを締めます。この実演を聴いたら、オペラ終了後、しばらく、立てなくなりそうです。ルツェルン音楽祭の本番はコンサート形式ですが、そんなことは関係ありません。究極のオペラが聴けそうです。長年、ヨーロッパ遠征してきて、音楽を聴いてきた集大成になるでしょう。



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       クルレンツィス,        コパチンスカヤ,  

クルレンツィスは進化する!モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》@ウィーン・コンツェルトハウス 2019.9.9

音楽的には、一昨日の《ドン・ジョヴァンニ》以上の演奏に思えました。作品自体もモーツァルトのオペラの最高傑作だと確信させる素晴らしいレベルの演奏です。歌手ではフィオルディリージ役を歌うナデージダ・パヴロヴァがドンナ・アンナに続く素晴らしい歌唱。クルレンツィスはどえらい逸材を発掘しましたね。現在、これ以上のモーツァルトのオペラを歌うソプラノはいないでしょう。《フィガロの結婚》でも伯爵夫人を歌ってもらいたいくらいです。そのナデージダ・パヴロヴァを中心に素晴らしいアンサンブルの歌唱でした。もちろん、クルレンツィスがすべてを仕切っています。歌手もオーケストラも自由に演奏しているような雰囲気を醸し出していますが、すべてはクルレンツィスの掌の中にあるのは明らかです。CDでは少々の不満がありましたが、この実演では音楽の精度が磨き抜かれ、まさに天才モーツァルトがこのオペラで意図した音楽はこういうことだったのかと目を開かれる思いです。モーツァルトのオペラの集大成の作品であることが実感できました。アリアを少なめにして、アンサンブルとしてのオペラで音楽の純度を高めた作品です。それを天才クルレンツィスは見事に再現してみせました。歌と器楽の融合体としてのオペラはこういうものなのですね。今回のキャストはCDとは主要な4人を総入れ替えして、若返りを図りました。クルレンツィスの意図は、声の透明性が高く、ソット・ヴォーチェを有効に歌える歌手を選定したものと思われます。クルレンツィスの音楽の本質がそこにあるからです。オーケストラの演奏も同じく、透明性が高く、特に弱音の効果を高めた演奏が基本に思えます。オーケストラと言えば、管楽器の鄙びた音色がモーツァルトのオペラにピタッとはまっていました。それに《ドン・ジョヴァンニ》のときに書くのを忘れていましたが、フォルテピアノのマリア・シャバショワは美貌だけでなく、素晴らしい演奏を聴かせてくれます。クルレンツィスの音楽には欠かせない逸材です。天才クルレンツィスのもとには、続々と高い音楽性を持つ人材が参集しているようです。

演奏の内容にも若干触れておきます。上に述べたようにナデージダ・パヴロヴァが素晴らしく、第1幕と第2幕で歌ったアリアは最高。第2幕のドラベッラとグリエルモの2重唱はうっとりするようなラブソング。同じく第2幕のフィオルディリージとフェランドの2重唱はぞくぞくするような愛の成就に魅了されました。他も聴きどころ満載で書き切れません。

なお、今回のモーツァルトのオペラ・チクルスはホールの中央の座席の一部を取り払って、録音機材が並べられていました。ライヴ録音した模様です。そのうちにCD化されるのでしょう。前回のCDの録音から5年も経っていませんが、クルレンツィスの音楽的進化は明らかです。みなさんも自身の耳で確かめられるでしょう。

キャストは以下です。(デスピーナ役がチェチーリア・バルトリに変わる以外はルツェルン音楽祭と共通)

 モーツァルト:歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』 K.588 全曲


 ナデージダ・パヴロヴァ(フィオルディリージ)
 ポーラ・マリヒー(ドラベッラ)
 コンスタンティン・スチコフ(グリエルモ)
 ミンジェ・レイ(フェランド)
 アンナ・カシヤン(デスピーナ)*
 コンスタンティン・ヴォルフ(ドン・アルフォンソ)*
 ムジカエテルナ
 ムジカエテルナ合唱団
 テオドール・クルレンツィス(指揮)
 ニーナ・ヴォロビオヴァ(演出)
  *クルレンツィスのCDでも同一キャスト


予習したCDはもちろん、クルレンツィス。キャストは以下です。

 ジモーネ・ケルメス(フィオルディリージ)
 マレーナ・エルンマン(フィオルディリージ)
 クリストファー・マルトマン(グリエルモ)
 ケネス・ターヴァー(フェランド)
 アンナ・カシヤン(デスピーナ)
 コンスタンティン・ヴォルフ(ドン・アルフォンソ)
 ムジカエテルナ(ピリオド楽器オーケストラと合唱団)
 テオドール・クルレンツィス(指揮)

 録音時期:2013年1月9-13日
 録音場所:ロシア、ペルミ、チャイコフスキー記念国立オペラ&バレエ劇場
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)


(以下の内容は既に書いたものです。今回も自分の文章をパクりました。ごめんなさい。)
クルレンツィス&ムジカエテルナのモーツァルトのオペラ、ダ・ポンテ3部作の第1弾の《フィガロの結婚》の2012年9月の録音の直後に、この《コジ・ファン・トゥッテ》は録音されました。クルレンツィスらしい隅々まで徹底したこだわりの演奏です。スタイルは《フィガロの結婚》とほぼ同じですが、ソット・ヴォーチェを駆使して、音楽の精度はさらに向上しています。この後に続く《ドン・ジョヴァンニ》と同じレベルの素晴らしさです。ただ、演奏は美しいのですが、若干、上滑り気味でこのオペラの持つ真の深みが感じられないのが残念です。これから先は実演に期待しましょう。



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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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はじめまして。ブログ拝見させていただきました。私は、個人ブログを運営しているyuichironyjpと申します。フリーランサーとして活動しており、フリーランスで稼ぐ方法や、

06/14 23:46 Yuichironyjp

ありがたいコメント、嬉しいです。マーラーのファンのかたにこそ、読んでいただきたかったので、気持ちを共有できた思いです。自然の中にこそ、マーラーの音楽の本質はあり

04/23 23:45 sarai

マーラーの作品を聴きながら、ブログを読ませていただいています。
読みながら画像を見て、マーラーの過ごした風景に想いを馳せて楽しんでいます。
素敵なブログをありがと

04/23 21:47 

マーラー6番ですか・・・ハンマー打撃は勘弁してほしいものです。あったとしても、3回目の打撃だけは・・・

04/11 18:10 sarai

まさにマーラー6番な状況です笑

04/11 17:51 kico

お互い、残念でしたね。今年でヨーロッパ遠征を終わりにする予定でしたが、悲劇的な状況になりました。天はまだ我に旅を続けよというご託宣を与えたのでしょうか。1年延期

04/11 03:13 sarai

以前にもコメントさせていただいた者です。来ましたね、楽友協会からのメール。私たちはとりあえず1年延期としましたが、どうでしょうね。困っている人が多い中贅沢な悩み

04/11 00:33 kico
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