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素晴らしきクルレンツィスの世界、開幕 モーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》@ルツェルン音楽祭 2019.9.12

既にウィーンでクルレンツィスのダ・ポンテ3部作のうち、《ドン・ジョヴァンニ》と《コジ・ファン・トゥッテ》を聴いて、究極とも思える音楽的な精度の高さに驚嘆していました。しかし、本番ともいえるルツェルン音楽祭のクルレンツィスの公演が《フィガロの結婚》で開幕して、クルレンツィスの作り出すモーツァルトのオペラの凄さがさらに実感できました。無茶無茶、勢いの良い序曲から圧倒されます。モーツァルトのオペラ、ここにありという感じです。

基本的なスタイルは《ドン・ジョヴァンニ》と《コジ・ファン・トゥッテ》と同じです。いまさらながら、クルレンツィスのモーツァルトへのシンパシーとリスペクトの思いが実感されます。まるでモーツァルトの魂がクルレンツィスに乗り移って指揮しているんじゃないかと錯覚します。モーツァルトのオペラも新時代を迎えました。モーツァルトの音楽の深さが再発掘されたという思いでいっぱいになります。モーツァルトの音楽の天才性はこのクルレンツィスの天才の登場を待って、明らかにされたという感です。音楽のちょっとした端々の微妙なニュアンスに込めたモーツァルトの深い音楽性は驚異的であり、それをとことん追求したのがクルレンツィスです。今までの指揮者はただただ譜面の表面だけをなぞっていたのかという疑念さえ湧いてきます。アリアや重唱はクルレンツィス自身が個々の歌手の喉を使って、歌っているかのようです。実際、彼は声を出さずに歌っています。彼の感じた歌を歌手がクルレンツィスの意向に沿って歌っています。かって、カラヤンも同様の試みをしていましたが、明らかに資質が違います。同じアプローチでも、クルレンツィスの天才性が光ります。譜面の読み込みの深さが常人とは明らかに異なるレベルです。譜面を通して、作曲家モーツァルトの精神に到達したかの如くです。こういうことを書いていたら、切りがありません。ここらで今日の演奏内容に触れましょう。

今日も女声陣が素晴らしいです。主要なキャストのスザンナ、伯爵夫人、ケルビーノは際立っていましたし、マルチェリーナ、バラバリーナも見事な歌唱。男声陣はと言えば、これも素晴らしい。特にフィガロ、伯爵の渋くて、ダイナミックな歌唱が見事です。結局、どこにも隙のない歌唱で、これだけの歌手を揃えた公演は史上最強ではないかと思います。ピカ一だったのは伯爵夫人を歌ったエカテリーナ・シチェルバチェンコ。ドンナ・アンナ、フィオルディリージを歌ったナデージダ・パヴロヴァが最強のモーツァルト歌いと書きましたが、クルレンツィスはさらにこのエカテリーナ・シチェルバチェンコという隠し球も持っていたようです。いかにもクルレンツィス好みの透明な響きの声とソット・ヴォーチェの静謐な歌唱が素晴らしいです。第3幕のアリアで冒頭の旋律がソット・ヴォーチェで繰り返されるところで、あまりの美しさにsaraiは感動のあまり、涙が出ました。ドラベッラを歌ったポーラ・マリヒーのケルビーノも最高です。第2幕のアリアはこれまで聴いたケルビーノの中で最高レベル。細かい装飾音符の歌い方がピタッとはまっています。きっと、クルレンツィスがこだわって、熱血指導した賜物でしょう。あと、第3幕での伯爵夫人とスザンナのデュエットの見事な歌唱にも絶句しました。いちいち書いていたら、切りがあありませんね。それでも一番の聴きものだったオーケストラと声楽のアンサンブルの素晴らしさは讃えないといけないでしょう。各幕の終盤の凄まじい盛り上がりは尋常ではありませんでした。フォルテピアノ、オーボエの見事の技も忘れられません。

ともかく、これまでの音楽演奏とは別次元の世界をクルレンツィスは築き上げました。恐るべき才能としか、言えません。4日間連続公演の初日を聴いて、早くも無理してきてよかったという感慨がいっぱいです。

そうそう、公演終了後、席を立ち、ホールから出ようと歩いていると、チャーミングな女性と目が合ってしまいました。saraiが思わず、コパチンスカヤ・・・と言葉を漏らすと、彼女はにっこりとほほ笑んでくれます。思わず、手を差し出すと、暖かい手で握手してくれました。よく考えたら、彼女とは今年、2回目の握手です。彼女は覚えていないでしょうが、クルレンツィスとの日本公演の初日のパーティーで握手したんです。あのときも今日と同じチャーミングな笑顔でした。だから何って言わないでくださいね。

今日のキャストは以下です。

 モーツァルト:オペラ《フィガロの結婚》

 アンドレイ・ボンダレンコ(バス・バリトン:アルマヴィーヴァ伯爵)*
 エカテリーナ・シチェルバチェンコ(ソプラノ:伯爵夫人ロジーナ)
 アレックス・エスポジト(バス・バリトン:フィガロ)
 オルガ・クルチンスカ(ソプラノ:スザンナ)
 ポーラ・マリヒー(メゾ・ソプラノ:ケルビーノ)
 ダリア・チェリャトニコヴァ(メゾ・ソプラノ:マルチェリーナ)
 エウゲニ・スタビスキー(バス:バルトロ)
 クリスティアン・アダム(テノール:ドン・バジーリオ)*
 ファニー・アントネルー(ソプラノ:バルバリーナ) (CDではスザンナを歌っていた)
 ガリー・アガザニアン(バス:アントニオ)
 ムジカエテルナ
 ムジカエテルナ合唱団
 テオドール・クルレンツィス(指揮)
 ニーナ・ヴォロビオヴァ(演出)
  *クルレンツィスのCDでも同一キャスト



予習したCDはもちろん、クルレンツィス。キャストは以下です。

 アンドレイ・ボンダレンコ(バス・バリトン:アルマヴィーヴァ伯爵)
 ジモーネ・ケルメス(ソプラノ:伯爵夫人ロジーナ)
 クリスティアン・ヴァン・ホルン(バス・バリトン:フィガロ)
 ファニー・アントネルー(ソプラノ:スザンナ)
 マリー=エレン・ネジ(メゾ・ソプラノ:ケルビーノ)
 マリア・フォシュストローム(メゾ・ソプラノ:マルチェリーナ)
 ニコライ・ロスクトキン(バス:バルトロ)
 クリスティアン・アダム(テノール:ドン・バジーリオ)
 ムジカ・エテルナ(ピリオド楽器オーケストラと合唱団)
 テオドール・クルレンツィス(指揮)

 録音時期:2012年9月24日~10月4日
 録音場所:ペルミ国立チャイコフスキー・オペラ&バレエ劇場
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

(以下の内容は既に書いたものです。今回も自分の文章をパクりました。ごめんなさい。)
オペラですから、本来は映像付きがよいのですが、《フィガロの結婚》だと、CDで聴いていても、映像が頭に浮かびます。saraiのお気に入りの3大オペラの一つですからね。実演でも10回以上は聴いています。
で、肝心の演奏ですが、予想通り、序曲からきびきびしたテンポで展開していきます。素晴らしいのは、音楽が活き活きしていて、CDでありながら、実演を聴いている感覚に陥ることです。それにオーケストラの演奏だけでなく、アリアの歌わせ方がとても見事です。ケルビーノの2つのアリア、フィガロの《もう飛ぶまいぞ、この蝶々》、伯爵夫人ロジーナの第3幕のアリア、スザンナのアリアと伯爵夫人とのデュエットなど、とりわけ、有名アリアが素晴らしいです。ずっと聴き惚れていましたが、やはり、フィナーレでアルマヴィーヴァ伯爵が『Contessa,perdono!』と伯爵夫人に許しを乞う歌唱では、強い感銘を受けて、うるっとします。この後、伯爵夫人が『Più docile io sono, e dico di sì.』と優しく許しを与えると、もう、たまりません。saraiの感情が崩壊します。その後のトゥッティも素晴らしいです。もう天国の世界です。そして、トゥッティがそのまま、テンポアップして、勢いよく、素晴らしいオペラを締めます。この実演を聴いたら、オペラ終了後、しばらく、立てなくなりそうです。ルツェルン音楽祭の本番はコンサート形式ですが、そんなことは関係ありません。究極のオペラが聴けそうです。長年、ヨーロッパ遠征してきて、音楽を聴いてきた集大成になるでしょう。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       クルレンツィス,        コパチンスカヤ,  

伝説に残るクルレンツィスのチャイコフスキー コパチンスカヤも最高! @すみだトリフォニーホール 2019.2.11

昨日の日本デビューも鮮烈でしたが、今日のクルレンツィス&ムジカエテルナは伝説に残るに違いない、最高のチャイコフスキーを聴かせてくれました。コパチンスカヤも昨日と同様に素晴らしく個性的な名演です。今日のコンサートはあり得ないようなレベルの音楽で、saraiはただただ、満足にため息をもらすばかりでした。

前半は昨日と同じチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲です。昨日だけ聴いた人、今日だけ聴いた人は同じくらいの感動を得られたでしょう。いずれも最高水準の演奏でしたからね。昨日は初日のコンサート、しかもクルレンツィス&ムジカエテルナの日本デビューのコンサートということで、とても緊張感の高い演奏でした。パトリツィア・コパチンスカヤは音楽の自由人、常に己の思うがままの音楽を奏でます。したがって、彼女はさほど、異なる演奏をしたわけではありません。昨日の演奏ではクルレンツィスがコパンスカヤのやりたい放題の演奏を細心の気配りで受け止めて、ぴったりとオーケストラをコパチンスカヤのヴァイオリンに合わせていたんです。それは完璧なオーケストラのドライブでした。で、今日はクルレンツィスの高性能の脳細胞にきっちりと昨日のコパチンスカヤの演奏の残像が残っていて、それほどの神経を使うことなく、やすやすとコパチンスカヤの演奏にオーケストラを合わせることができていました。その分、クルレンツィスは思うが儘の音楽を展開することができて、昨日以上にオーケストラからリッチな響きを引き出すことができていたように思えます。音楽的には今日の演奏のほうが幾分、高いレベルにありましたが、昨日の緊張感に満ちた演奏も捨てがたいとは思います。聴く立場のsaraiも今日はリラックスして聴けましたから、より楽しめましたが、昨日のような脳の深部が痺れるような極上の感覚が薄れたのも確かです。しかし、何度聴いても凄い演奏で、聴き飽きることはありません。演奏の細部に関する感想は昨日の記事をご参照ください。基本的にはほぼ同じ演奏ではありました。まあ、こんな凄い演奏が毎日きっちりとなし遂げられるのは驚異的ではあります。
コパチンスカヤのアンコールは何と昨日とまったく同じ3曲でした。昨日同様、パーフェクトな演奏でした。しかし、やりたい放題の演奏でありながら、しっかり、音楽になっているんですから、彼女は天性の音楽家なんですね。

後半はチャイコフスキーの交響曲第4番。saraiが生涯で聴いてきたチャイコフスキーの音楽の最高峰とも言える演奏でした。交響曲第5番・第6番なども含めての評価です。冒頭の運命の動機の序奏を聴いただけで、途轍もない演奏になる予感が走ります。主部が始まり、何とも憂鬱な雰囲気の音楽が展開されていきます。ロシアの大地に根差すような、やるせなさに心が震えます。さらにチャイコフスキーのオペラを思い起こさせるような演劇的なイメージが脳裏をよぎります。運命に翻弄される人間の絶望感、それでいて希望にすがりたいという心情がオペラの背景のように音楽の中に浮かび上がります。《エウゲニ・オネーギン》か《スペードの女王》かな。第1楽章ではなく、第1幕を聴いている錯覚に陥ります。ここで思い当たりますが、このオーケストラはやはりロシアのオーケストラ。しかもオペラハウスのピットに入っているオーケストラです。これまで聴いたのはザルツブルク音楽祭でしたから、あまり、ロシアのイメージはありませんでしたが、もしかしたら、正統的なロシアの音楽伝統を継承しているのでしょうか。そういうことをちらっと思いつつ、ロシア的な憂鬱な響きに集中して、心が高潮していきます。繰り返し現れる運命の動機に聴く者の心も翻弄されます。第1幕、いや違った、第1楽章は圧倒的な高みでフィナーレを迎えます。長大な楽章でした。
第2楽章は哀愁を帯びながら、沈潜した音楽が進行していきます。オペラで言えば、主人公の鬱屈した心の独白ですが、そこには甘い思いも含まれています。複雑なもつれるような表情をクルレンツィスは抑えた美しい響きの中に込めて、聴く者を魅惑します。これも長大な楽章ですが、最上級の音楽がそこにあります。
第3楽章は人々のざわめきのような響きが支配します。オペラのような雰囲気は続いています。そう言えば、以前、と言っても30年ほども前ですが、ウィーン国立歌劇場で《スペードの女王》を振った小澤征爾が、このオペラは《エウゲニ・オネーギン》と同様に、歌付きの交響曲のようなものだという意味のことを言っていたことを思い出します。saraiはそれを思い出しながら、逆にチャイコフスキーの交響曲は歌なしのオペラのようなものだという感懐に思い至ります。チャイコフスキーはマーラーのように交響曲にドラマの要素を持ち込んだ作曲家なのでしょうか。ざわめきが続きながら、この短い楽章は終わります。
第4楽章は圧倒的な響きで幕を開けます。ムジカエテルナの大編成のオーケストラの響きの素晴らしさは極上のレベルです。とりわけ、立奏している弦楽器パートのさざめきたつような響きはほかでは聴けないような独特の響きです。しかも完璧主義者のクルレンツィスが鍛え上げた強靭なアンサンブルはかってのムラヴィンスキーが鍛え上げたレニングラード・フィルを想起させます。もちろん、響きの質は違い、現代流のしなやかさを持つアンサンブルですけどね。祝典ムード風の音楽が華やかに展開されますが、クルレンツィスはきっちりと陰影を付けて、深い音楽を味わわせてくれます。そして、再び、第1楽章冒頭の運命の動機が回帰するところへの誘導の素晴らしさに感じ入ります。運命に翻弄される人間の悲劇性を歌い上げつつ、圧巻のフィナーレ。深く、深く、感動しました。

saraiは結局、ムラヴィンスキーもスヴェトラーノフも実演では聴いていませんが、録音での演奏から推定して、今日のクルレンツィス&ムジカエテルナは日本でのチャイコフスキー演奏の頂点をなすものであると実感しました。伝説として、語り継がれることになるでしょう。もっとも、まだ、サントリーホールの公演は残っているので、その後に今回のクルレンツィス&ムジカエテルナの意義はいかなるものであったのかを考えてみましょう。

あっ、まだ、アンコールがありました。これってアンコールなのっていうレベルの超素晴らしい幻想序曲「ロメオとジュリエット」でした。初めて、こんな名曲であることを認識しました。冒頭では何の曲か、分からず、聴いたことにない曲だと思うほど、素晴らしい響きの連続。途中で有名な旋律が流れて、初めて、曲を認識できました。相当に弾き込んだに違いない演奏でした。サントリーホールでは、地味な曲が演奏されると思っていましたが、この幻想序曲「ロメオとジュリエット」を聴くに及び、俄然、期待感がつのります。でも、サントリーホールではアンコール曲はどうするんだろう? 入らぬ心配をしてしまいました。ちなみにこれでサントリーホールへの予習が一つ終わりましたね。組曲第3番が交響曲並みに長いので、何とか、それを明日聴きましょう。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:テオドール・クルレンツィス
  ヴァイオリン: パトリツィア・コパチンスカヤ
  管弦楽:ムジカエテルナ

  チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
   《アンコール》
     ミヨー: ヴァイオリン、クラリネット、ピアノのための組曲 op.157bから 第2曲
       (ムジカエテルナ首席クラリネット奏者とデュオで)
     リゲティ: バラードとダンス(2つのヴァイオリンのための編曲)
       (ムジカエテルナ・コンサートマスターとデュオで)
     ホルヘ・サンチェス=チョン:クリン(コパチンスカヤに捧げる)

   《休憩》

  チャイコフスキー: 交響曲第4番 へ短調 Op.36

   《アンコール》
     チャイコフスキー: 幻想序曲「ロメオとジュリエット」


最後に予習について、まとめておきます。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は以下のCDを聴きました。(前日の内容と同じですが、参考のために掲載します。)

 ワディム・レーピン、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ管弦楽団 2002年7月2~4日、フィンランド、ミッケリ音楽祭 マルティ・タルヴェラ・ホール ライヴ録音

ともかく、色んな意味でバランスに優れた演奏です。レーピンは安定感もありますが、野性味もあり、第3楽章の迫力は凄まじいものです。特筆されるのはゲルギエフのチャイコフスキーの深い解釈で感銘を受けます。にもかかわらず、何となく、この演奏を最高だと感じないのは何故でしょうか。やはり、ヴァイオリンの響きに人を惹き付けてやまない魅力がもう一つということでしょうか。

 ヤッシャ・ハイフェッツ、フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団 1957年録音 ハイレゾ

やはり、ハイフェッツは天才ヴァイオリニストであることを痛感しました。ハイレゾの素晴らしい音で聴くと、彼が持てる最高の技量のすべてをチャイコフスキーの傑作音楽のために捧げていることがしっかり実感できます。すべての楽章が最高の演奏でsaraiの感性が刺激され尽くします。とりわけ、第2楽章の中間の木管ソロとの競演はシカゴ響の名人たちとの凄すぎる響きに呆然としてしまいます。これぞ天国の音楽です。ハイフェッツの魅力を堪能できる最高の1枚です。

 アンネ・ゾフィー・ムター、アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィル 2003年9月、ムジークフェライン ライヴ録音

これは隠れた名盤ですね。ちょっと聴くとムターのくせのある弾き方が気になりますが、だんだんと彼女の素晴らしい響きと音楽の魅力に惹き付けられていきます。ともかく、カラヤン自身の音楽は好みませんが、カラヤンが見出した音楽家はすべて素晴らしいです。そういうカラヤンの音楽を聴く力は天才的とも思えます。もちろん、ムターはカラヤンとの録音もありますが、それは聴いていません。ちなみにカラヤンが見出した才能の一人がミレッラ・フレーニです。この演奏はすべての楽章において魅力的ですが、特に第3楽章のフィナーレの凄まじさには心躍るものがあります。ウィーン・フィルはさすがの演奏です。

 リサ・バティアシュヴィリ、ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン 2015年6月 ベルリン

バティアシュヴィリの官能的な美音が聴きものですが、ザルツブルク音楽祭で聴いた実演と比べると、恍惚的な陶酔感は味わえません。やはり、彼女はライヴでのみ、その本質が聴けるヴァイオリニストです。その点、ムター姉御はセッション録音でも毒をはらんだ魅力を発散してくれます。いやはや、音楽は難しい。

 アイザック・スターン、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団 1958年3月録音 セッション録音

セッション録音の素晴らしさを満喫させてくれます。録音も演奏も最高水準です。やはり、アイザック・スターンは名人ですね。ライヴのようなスリル感はありませんが、それはないものねだりでしょう。

 ダヴィッド・オイストラフ、ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ・フィル 1968年 ライブ録音

スターン盤がセッション録音の最高水準をいくものだとすれば、このオイストラフ盤はライヴ録音の素晴らしさを満喫させてくれます。そのたっぷりしたスケール感のある演奏は他のヴァイオリニストとの格の違いを見せつけるかのごとく、これぞヴィルトゥオーゾという極上の演奏です。これは何度聴いても、また、聴きたくなるような最高の演奏です。

 パトリシア・コパチンスカヤ、テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ 2014年5月、ペルミ国立チャイコフスキー・オペラ&バレエ劇場

今回、聴くコパチンスカヤとクルレンツィスのコンビでの演奏です。正直、唖然としてしまいました。配偶者はこれは同じチャイコフスキーの協奏曲なのって、訊くくらいです。もちろん、賛否両論あるでしょう。明らかにコパチンスカヤが主導権を持った演奏ですが、その天衣無縫とも言える演奏にぴったりとオーケストラをつけるクルレンツィスも凄い。終いには両者がやりたい放題にやって、楽趣は尽きることがありません。saraiはやりたい放題でありながら、音楽性を失わない、こういう演奏は好きですよ。一体、生での演奏はどうなるのか、楽しみです。おとなしく合わせるのか、もっと、ばりばりと演奏して、崩壊するのか、予測はできません。


チャイコフスキーの交響曲第4番は以下のCDを聴きました。

 ジョス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナ 2000年9月6日ブリュッセル ライヴ録音

この曲はまだ、クルレンツィスは録音していないと思うので、同じく、オリジナル派のインマゼール指揮アニマ・エテルナを聴いてみました。でも、多分、クルレンツィスとはかなり、傾向が違うと思われる演奏です。非常にノーブルで端正とも思える表現です。運命の嵐が吹き荒れるという風情ではなく、落ち着いた演奏で、抒情さえ漂います。全体にバレエ音楽を感じてしまうような、きめ細かい表情の音楽です。ある意味、新鮮に感じる演奏です。ムラヴィンスキー流の演奏とは対極にあると言えるのかもしれませんが、妙に説得力はあります。クルレンツィスはそれらの中間くらいの演奏なのか、あるいは激しく燃え上がる演奏なのか、興味は尽きません。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       クルレンツィス,        コパチンスカヤ,  

圧巻の日本デビュー!クルレンツィス&ムジカエテルナ コパチンスカヤもハチャメチャの快演 @Bunkamuraオーチャードホール 2019.2.10 プレミアムパーティー付き

凄い!!!! やはり、クルレンツィスは音楽の世界を変える。
ヴァイオリン協奏曲でのコパチンスカヤとの超高度な演奏による、めくるめく音楽を聴かせてくれたかと思うと、交響曲第6番では正面から正攻法で熱く燃え上がる音楽を聴かせてくれました。この超人の底知れぬ実力を見せつけられて、言葉を失うばかりです。
彼はある日、譜面から、ほかの人とは違う何かを読み取れる力が自分にあることに気が付いたそうですが、まさにクルレンツィスがどんな音楽を聴かせてくれるかは凡人たるsaraiには予想もできません。超有名曲のチャイコフスキーの交響曲第6番をどのように仕立て上げてくるのか、固唾を飲んで聴きましたが、両端楽章の凄まじい気魄の演奏は圧倒的でした。とりわけ、終楽章のディープな表現、真っ向から悲劇に突っ込んでいく真摯な姿勢には、ただただ、音楽を愛する者として、心の底からリスペクトの念を禁じ得ませんでした。

もう、これ以上書いても、賛辞の嵐だけになりそうですが、クルレンツィス&ムジカエテルナの初めての来日公演は今日が初日。saraiは東京での残りの2公演も聴きます。最後のサントリーホールでの公演を聴いた後で、総括します。今日の演奏にもう少し、触れておきましょう。

前半はパトリツィア・コパチンスカヤをヴァイオリン独奏に迎えて、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲で、この記念すべき初来日コンサートを幕開けします。クルレンツィスが初来日でどんな演奏を聴かせてくれるのかが最大の関心事ですが、こと、このヴァイオリン協奏曲に関しては、パトリツィア・コパチンスカヤの天衣無縫とも思える演奏が素晴らしく、文句なしに彼女が主役です。どのフレーズをとってみても、コパチンスカヤの独特でありながら、音楽的に納得できる演奏が輝きます。真の意味で彼女の奏でる音楽に聴き惚れました。彼女もクルレンツィスと同様に、楽譜から、ほかの人には読み取れない音楽を汲み上げる能力が備わっているようです。これまで聴いたことのないようなチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聴かせてくれました。自在のテンポ転換、究極の弱音表現、圧倒的なダイナミズム、それらがピタッとはまって、緊張感のある音楽世界を構築していきます。第1楽章が終わった時点で、これまで音楽を聴いてきて、味わったことのないような感覚に襲われます。脳の深部がジーンと痺れるような感覚です。新しい感動の形なのかもしれません。あっ、書き忘れましたが、クルレンツィス&ムジカエテルナもコパチンスカヤの演奏に連動するかのごとく、物凄い演奏をしてくれました。オーケストラ全体がひとつの有機体のようにコパチンスカヤのハチャメチャとも思える自在な演奏に対して、パーフェクトに絡み合っていきます。クルレンツィスの指揮能力は異次元レベルです。こんな繊細な指揮って、初めて見ました。コパチンスカヤがどんなに勝手な演奏をしても、クルレンツィスは即座に応答します。というか、クルレンツィスがコパチンスカヤのやりたい放題を助長して、協奏曲の奥義を極めているような感さえ覚えます。
第2楽章にはいると、コパチンスカヤはヴァイオリンの響きを極限まで抑えて、弱音で奏で始めます。静謐というよりも、弱音による緊張感の増大です。無論、クルレンツィスもオーケストラの響きをコパチンスカヤ以上に抑えて、まるで聴力検査のような緊張状態を醸し出します。普通の演奏は美しいメロディーを歌い上げるところですが、彼らは異形の演奏を続けます。正直、これが正解の演奏かどうかは即断できませんが、聴き入ってしまったのは事実です。
第3楽章はコパチンスカヤの独壇場。これでもか、これでもかと、彼女しか表現できないような独特のフレーズを投げかけてきます。その圧倒的な音楽性に驚嘆するだけです。目まぐるしいテンポの変化とそれに見事に呼応するクルレンツィス指揮下のムジカエテルナのスリリングな音楽の魅力にとらわれているうちに、いつしか、音楽は高揚して、大団円を迎えます。圧倒的な盛り上がりのコーダにまたも、脳の深部がうずきます。異次元の音楽でした。
アンコールは3曲。まるでコパチンスカヤのミニコンサートのようになりました。素晴らしい演奏だったことは言うまでもありません。リゲティが聴き応えがありましたし、3曲目はコパチンスカヤの声入りの大熱演。クルレンツィスは初来日にあえて、コパチンスカヤを同道した意味が分かったような気がしました。

後半はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。前半のコパチンスカヤとの協奏曲を聴いた後では、えらく、普通の演奏に聴こえてしまいますが、ある意味、正統派の演奏と言えるかもしれません。ただし、徹底的に練り上げた完璧主義者のクルレンツィスだけがなしうる演奏です。第1楽章から全開モードで、悲痛な叫びが聴こえてきます。とても突っ込んだ演奏です。この「悲愴」からはクルレンツィスお得意のオーケストラ奏者が立っての演奏スタイルですが、奏者たちがあまり体をゆすらないで演奏しているのに驚きます。以前はクルレンツィスの体の動きに連動して、全員が体をゆすっていましたが、この曲の深刻さに鑑みて、生真面目に演奏しているんでしょうか。
第2楽章、第3楽章は抑え気味の演奏です。まるで来たるべき第4楽章にエネルギーを溜め込んでいるかのようです。
第4楽章は冒頭から、物に憑かれたような凄い演奏が始まります。クルレンツィスはこの第4楽章にすべてをかけているようです。悲痛で深刻な音楽がディープに奏でられます。クルレンツィスは全身全霊を傾けて、音楽を高潮させていきます。人間の避けることのできない死に向かって、抗うのか、あるいは突き進むのか、熱くて力強い推進力の音楽を激しい気魄で歌い上げます。消え去るようなフィナーレではなくて、何かの思いを秘めたようにぷっつりと曲を閉じます。それは再生への思いなのか、永遠の闇への思いなのか・・・長い長い静寂の時が続きます。ふと、saraiは思います。いつか、クルレンツィスはマーラーの交響曲第9番を演奏するとき、第4楽章をどう閉じるのか。どういう思いで閉じるのか。恐ろしいほど長い静寂の時間を演奏者と聴衆が共有しました。これがチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」ですね。

この記念すべきコンサートの終了後、プレミアムパーティーに参加しました。クルレンツィスの生真面目極まりないスピーチの後、彼の『カンパイ』の音頭でワイングラスを掲げました。チャーミングなコパチンスカヤとも長身のクルレンツィスとも握手を交わせて、saraiはご機嫌モード。配偶者は優しく見守っていてくれました。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:テオドール・クルレンツィス
  ヴァイオリン: パトリツィア・コパチンスカヤ
  管弦楽:ムジカエテルナ

  チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
   《アンコール》
     ミヨー: ヴァイオリン、クラリネット、ピアノのための組曲 op.157bから 第2曲
       (ムジカエテルナ首席クラリネット奏者とデュオで)
     リゲティ: バラードとダンス(2つのヴァイオリンのための編曲)
       (ムジカエテルナ・コンサートマスターとデュオで)
     ホルヘ・サンチェス=チョン:クリン(コパチンスカヤに捧げる)

   《休憩》

  チャイコフスキー: 交響曲第6番 ロ短調 Op.74 「悲愴」

最後に予習について、まとめておきます。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は以下のCDを聴きました。

 ワディム・レーピン、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ管弦楽団 2002年7月2~4日、フィンランド、ミッケリ音楽祭 マルティ・タルヴェラ・ホール ライヴ録音

ともかく、色んな意味でバランスに優れた演奏です。レーピンは安定感もありますが、野性味もあり、第3楽章の迫力は凄まじいものです。特筆されるのはゲルギエフのチャイコフスキーの深い解釈で感銘を受けます。にもかかわらず、何となく、この演奏を最高だと感じないのは何故でしょうか。やはり、ヴァイオリンの響きに人を惹き付けてやまない魅力がもう一つということでしょうか。

 ヤッシャ・ハイフェッツ、フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団 1957年録音 ハイレゾ

やはり、ハイフェッツは天才ヴァイオリニストであることを痛感しました。ハイレゾの素晴らしい音で聴くと、彼が持てる最高の技量のすべてをチャイコフスキーの傑作音楽のために捧げていることがしっかり実感できます。すべての楽章が最高の演奏でsaraiの感性が刺激され尽くします。とりわけ、第2楽章の中間の木管ソロとの競演はシカゴ響の名人たちとの凄すぎる響きに呆然としてしまいます。これぞ天国の音楽です。ハイフェッツの魅力を堪能できる最高の1枚です。

 アンネ・ゾフィー・ムター、アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィル 2003年9月、ムジークフェライン ライヴ録音

これは隠れた名盤ですね。ちょっと聴くとムターのくせのある弾き方が気になりますが、だんだんと彼女の素晴らしい響きと音楽の魅力に惹き付けられていきます。ともかく、カラヤン自身の音楽は好みませんが、カラヤンが見出した音楽家はすべて素晴らしいです。そういうカラヤンの音楽家を見出す力は天才的とも思えます。もちろん、ムターはカラヤンとの録音もありますが、それは聴いていません。ちなみにカラヤンが見出した才能の一人がミレッラ・フレーニです。話をムターの演奏に戻しましょう。この演奏はすべての楽章において魅力的ですが、特に第3楽章のフィナーレの凄まじさには心躍るものがあります。ウィーン・フィルはさすがの演奏です。

 リサ・バティアシュヴィリ、ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン 2015年6月 ベルリン

バティアシュヴィリの官能的な美音が聴きものですが、ザルツブルク音楽祭で聴いた実演と比べると、恍惚的な陶酔感は味わえません。やはり、彼女はライヴでのみ、その本質が聴けるヴァイオリニストです。その点、ムター姉御はセッション録音でも毒をはらんだ魅力を発散してくれます。いやはや、音楽は難しい。

 アイザック・スターン、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団 1958年3月録音 セッション録音

セッション録音の素晴らしさを満喫させてくれます。録音も演奏も最高水準です。やはり、アイザック・スターンは名人ですね。ライヴのようなスリル感はありませんが、それはないものねだりでしょう。

 ダヴィッド・オイストラフ、ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ・フィル 1968年 ライブ録音

スターン盤がセッション録音の最高水準をいくものだとすれば、このオイストラフ盤はライヴ録音の素晴らしさを満喫させてくれます。そのたっぷりしたスケール感のある演奏は他のヴァイオリニストとの格の違いを見せつけるかのごとく、これぞヴィルトゥオーゾという極上の演奏です。これは何度聴いても、また、聴きたくなるような最高の演奏です。もっともsaraiが聴き馴染んできたのはオイストラフがオーマンディと組んで演奏したセッション録音盤です。あれも素晴らしいんですが・・・。

 パトリシア・コパチンスカヤ、テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ 2014年5月、ペルミ国立チャイコフスキー・オペラ&バレエ劇場

今回、聴くコパチンスカヤとクルレンツィスのコンビでの演奏です。正直、唖然としてしまいました。配偶者はこれは同じチャイコフスキーの協奏曲なのって、訊くくらいです。もちろん、賛否両論あるでしょう。明らかにコパチンスカヤが主導権を持った演奏ですが、その天衣無縫とも言える演奏にぴったりとオーケストラをつけるクルレンツィスも凄い。終いには両者がやりたい放題にやって、楽趣は尽きることがありません。saraiはやりたい放題でありながら、音楽性を失わない、こういう演奏は好きですよ。一体、生での演奏はどうなるのか、楽しみです。おとなしく合わせるのか、もっと、ばりばりと演奏して、崩壊するのか、予測はできません。


チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」はもちろん、予習は不要ですが、これだけは聴いておかねばという以下のCDを聴きました。

 テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ 2015年2月9-15日録音 フンクハウス・ベルリン・ナレーパシュトラッセ

コパチンスカヤとのヴァイオリン協奏曲を聴いた後でこれを聴くと、あまりに普通の演奏に聴こえてしまいます。やはり、コパチンスカヤが加わるととんでもないことになるようです。とはいえ、この演奏も第4楽章に至ると、普通聴く、深刻な音楽とは一線を画します。芯の通った強さがずっと持続します。人は強く前を向いて、己の厳しい人生に立ち向かっていくというメッセージ性も感じます。しかし、そういうことではなく、不要な人間ドラマを排して、音楽の高みを目指した演奏なのかもしれません。クルレンツィスの音楽への精進のようなものが実演で聴けるのでしょうか。



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       クルレンツィス,        コパチンスカヤ,  

バルトークは常に前衛であり続ける! パトリツィア・コパチンスカヤ ヴァイオリン・リサイタル@トッパンホール 2019.1.14

遂にというか、満を持してというか、禁断のヴァイオリニストのパトリツィア・コパチンスカヤを聴いてしまいました。噂に違わず、実に個性的な演奏を聴かせてくれました。一言で言えば、表現力に満ちた音楽ということでしょうか。美しい響きで魅惑しようとかいうことは一切考えず、音楽で表現したいことを実現するためには、ほかのことはすべて犠牲にするという、きっぱりとしたアプローチです。音楽家というよりも、芸術家なんでしょうね。こういう高次元の音楽を聴かされると、己がいかに素人なのかということを思い知らされて、何も書けなくなってしまいます。美しい音楽を聴きに行ったら、音楽を超えた哲学の講義を受けてしまったようなものです。その音楽がどうのこうのって言う感想を書くことが野暮になってしまいます。それでも恥を忍んで、何か書いてみましょう。どうせsaraiは素人なんだし、どんな的外れなことを書いても構わないでしょう。

そもそも、コパチンスカヤのヴァイオリンは来月のクルレンツィス&ムジカ・エテルナの初来日のコンサートで聴く予定です。それに先立っての偵察くらいの軽い気持ちで聴くことにしたんんです。今日のプログラムも実に個性的です。考え抜いた結果なのか、彼女の好みの曲をさっと選んだだけなのかも分かりません。しかし、今日の解説プログラムが卓抜な内容で色んなヒントがあります。誰が書いたのかと思ったら、何と片山杜秀氏です。解説プログラムと言うにはあまりに深い内容です。こういう解説プログラムは捨てるに捨てられずに困ってしまいます。要は彼女の出身国であるヨーロッパの小国、モルドヴァから論を開始して、地政学的に話を発展させ、この地域のヴァイオリン文化の根深さを掘り起こし、返す刀で今日のプログラムの曲目がその地域といかに関連したものかを説いています。何となく、ロマ、ユダヤ、半島文化と関連した音楽であることを否応なく納得させられます。しかし、今日、追加になったクララ・シューマンはれっきとしたドイツ音楽の主流に連なるものでしょう・・・それはどうなのって、片山氏に問いたくなります。終演後、片山氏を見かけたので、近づいていって、素晴らしい解説をありがとうございますって、声を掛けましたが、いや、それほどのことはと軽くいなされて、クララ・シューマンのことは訊きそびれてしまいました・・・。

あまり書き過ぎるとぼろが出るので、軽く、演奏内容に触れてみましょう。

プーランクのヴァイオリン・ソナタは初聴きです。スペイン内戦で殺された詩人、ガルシア・ロルカの思い出に捧げた曲なんだそうです。コパチンスカヤの演奏は哀しみに満ちたという感想では言い表せない深い表現です。心の内面に沈み込んでいくような近寄りがたさ、辛さを内包した表現です。プーランクはそこまで想定して、この音楽を書いたんでしょうか。のっけから、凄い音楽を聴かされます。

続いて、クララ・シューマンのロマンスです。響きを極限まで抑えた演奏で、香り高いロマンに満ちた音楽を表現していきます。これもクララ・シューマンがこんなに気品に満ちた素晴らしい作品を本当に書いたのって、驚愕します。コパチンスカヤの表現力のなせるわざのような気がします。何故か、この曲を前奏のようにして、そのまま、バルトークのヴァイオリン・ソナタ第2番の演奏に入っていきます。その演奏の実に新鮮で、かつ、前衛的なことに感銘を受けます。まるでこの曲の初演でも聴かされているような感じです。最近の現代音楽の生ぬるさに思いが至ります。第2楽章のピチカートはこれまで聴いたことのないような素晴らしい響きです。激しく燃え上がる音楽にインスパイアされます。そうです。この緊張感こそバルトークです。久々に真にバルトークらしいバルトークを聴きました。バルトークは既に古典だと言っている輩には、この演奏を聴かせて、バルトークは常に前衛であり続けるって言いたくなります。そういう演奏でした。不意にコパチンスカヤが第1ヴァイオリンを弾くバルトークの弦楽四重奏曲を聴きたくなります。彼女が仲間を集めて、演奏してくれないかな・・・見果てぬ夢です。コパチンスカヤ・クァルテットって、いい感じじゃない?

後半のエネスクのヴァイオリン・ソナタ第3番はルーマニア民俗風という副題がついていますが、コパチンスカヤの表現はそんなローカルなものではありません。前半のプーランク~バルトークは椅子に座ってのびっくりのスタイルの演奏でしたが、後半はちゃんと立っての演奏です。そのせいか、その音楽の気宇壮大なこと、グローバルな演奏です。あっけにとられて聴き入ります。凄いけど、曲が曲なので、普通の音楽と言えば、普通です。

最後は何故か、ポピュラーなラヴェルのツィガーヌです。でも、コパチンスカヤが弾くと、こうなるのねっていう気品の高さです。集中して聴いていないと、これがあのツィガーヌであることが分からなくなるような演奏です。聴衆にもそれなりの聴く耳を要求するような演奏です。気持ちよく聴きたければ、普通の人が弾く美しい響きの演奏を聴いたほうがいいでしょう。もしかしたら、ラヴェルはこういうコパチンスカヤが表現するような音楽を書いたんでしょうか。やはり、コパチンスカヤは只者ではありません。

ところでピアノのポリーナ・レシェンコも凄い演奏を聴かせてくれました。コパチンスカヤの表現レベルの高さに相当する素晴らしさ。才能は才能を呼ぶのですね。こういう二人の音楽に対峙するためには、saraiもまだまだ音楽修行が足りないことを実感しました。音楽に向き合う姿勢を正すべきなのかもしれません。そういう意味でもインスパイアされました。でも・・・ふーっ、疲れた!!

新年早々から、凄いコンサートでした。アンコール曲も凄かったし、お洒落でした。

この日のプログラムは以下の内容です。

 ヴァイオリン:パトリツィア・コパチンスカヤ
 ピアノ:ポリーナ・レシェンコ

  プーランク:ヴァイオリン・ソナタ
  クララ・シューマン:ピアノとヴァイオリンのための3つのロマンス Op.22より 第1曲 Andante Molto
  バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第2番 Sz76

  《休憩》

  エネスク:ヴァイオリン・ソナタ第3番 イ短調 Op.25《ルーマニア民俗風》
  ラヴェル:ツィガーヌ

  《アンコール》

    ギヤ・カンチェリ:Rag-Gidon-Time


最後に予習について触れておきます。


1曲目のプーランクのヴァイオリン・ソナタは以下のCDで予習をしました。

 アラベラ・美歩・シュタインバッハー、ロベルト・クーレック 2007年5月7-10日 バイエルン音楽スタジオ

美しい演奏です。何の不満もありませんが、正直、どこが聴きどころか、どう聴けばよいのか、分かりません。受け手のsaraiの問題かもしれません。


2曲目のクララ・シューマンは当日追加の曲目ですから、予習していません。

3曲目のバルトークのヴァイオリン・ソナタ第2番は以下のCDで予習をしました。

   ジェイムズ・エーネス、アンドルー・アームストロング 2011年5月30日-6月1日 ポットン・ホール ダンウィッチ、サフォーク州、イギリス

たまには聴いてみたことのない人の演奏を聴いてみようと思ったところ、大当たり。とても美しい響きの演奏です。本文とは矛盾しますが、バルトークもいい意味でもう古典だと思っていまいます。聴き疲れのしない演奏です。


4曲目のエネスクのヴァイオリン・ソナタ第3番は以下のCDで予習をしました。

 レオニダス・カヴァコス、ペーテル・ナジ 2002年3月

ルーマニアの民族色が色濃い演奏で魅力的な出来です。


5曲目のラヴェルのツィガーヌは以下のCDで予習をしました。

 オーギュスタン・デュメイ、マリア・ジョアン・ピリス 1993年9月、10月 ミュンヘン

これは素晴らしい演奏です。決定盤と言えるのではないでしょうか。



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クルレンツィス&ムジカエテルナ・・・ザルツブルクのリベンジは東京で

今年のザルツブルク音楽祭のクルレンツィス&ムジカエテルナはチケットが現状、取れず、残念な状況です。来年の来日公演は是が非でもチケットをゲットする必要があります。初来日なので、どれほどの人気か、はかりかねますが、ザルツブルク音楽祭の轍を踏まないように念には念を入れて、今日、無事に3回セット券を最速でゲットしました。東京でのコンサート日程は以下のとおりです。

 2019年 2/10(日) 15:00 Bunkamuraオーチャードホール
 2019年 2/11(月・祝) 15:00 すみだトリフォニーホール
 2019年 2/13(水) 19:00 サントリーホール

オール・チャイコフスキー・プログラムです。サントリーホール以外はコパチンスカヤのヴァイオリンも聴けます。

今日はクルレンツィス&ムジカエテルナ初来日公演2019を記念したキックオフイベントがすみだトリフォニーホールで開かれて、そ会の場でセット券の最速先行発売がありました。saraiも馬鹿ですね。わざわざ出かけていきました。それも開場1時間前に会場に到着。なんと既に3人の方が入口前に並んでいました。開場時間には20人以上も並びました。みなさんも好きですね。早く並んだお陰で、そこそこのチケットを購入できました。これでザルツブルク音楽祭のリベンジとまではいきませんが、最低保障にはなったでしょうか。もちろん、ザルツブルク音楽祭のチケットも最後まであきらめませんよ!
キックオフイベントは KICK OFF NIGHT! と題して、カジモト、オーチャードホール、トリフォニーホールの社長さんほかのご挨拶と担当マネージャーのお話し、そして、クルレンツィスのドキュメンタリー映像の放映があり、またまた、気持ちが高まりました。

ところで東京の公演に加えて、大阪のフェスティバルホールでの公演も決まったようです。関西のかたには朗報ですね。聴き逃がせませんよ。



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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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お返事ありがとうございます。
本当に!私もレイルジェットや美術館の手配もしているので、祈るような気持ちです。

03/10 19:06 kico

kicoさん、初めまして。saraiです。

心配ですね。私はそのまま、沈静化するのを待っています。シュターツオーパーのチケットも購入しました。何としても行こうとは思って

03/09 22:12 sarai

はじめまして。私も同じ時期にウィーン滞在の計画をしており、楽友協会でのベルリンフィルのチケットを購入しました。が、新型コロナの件で、そもそも旅行に出られるのかど

03/09 16:59 kico

お役に立てて、なによりです。我が家では今でもメインのCDプレーヤーとして活躍しています。ただ、最近はCDはいったんリッピングしてHDDに格納し、USBオーディオでオーディ

01/18 15:18 sarai

父からアンプとセットで譲り受けたもののトレイが動かず困っていましたが、
ブログを見て自分で購入・修理することができました。
利益目的でもなくまた素人でも分かる記事

01/18 13:50 hisa

のりしんさん

saraiです。コメントお寄せいただき、ありがとうございました。
同じ追っかけ仲間、今後ともよろしくお願いいたします。
彼女の声は素晴らしいですね。

12/01 12:07 sarai

私も中村さんの追っかけやっております。昨日の演奏も圧倒的でしたね。中村さんの歌を聴いていると、なぜか涙腺が緩んで来ます。

12/01 09:39 のりしん
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