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アンドラーシュ・シフ・ピアノ・リサイタル3@ザルツブルク・モーツァルティウム大ホール 2017.8.2

アンドラーシュ・シフのピアノ・リサイタル。3回にわたるミニチクルスの3回目です。今日は最前列中央で聴きます。お隣は何故かまた、前回・前々回と同じ超ファンの年配のご婦人。席の場所は変わったのに一緒にシフトとは奇妙な縁です。もうお会いすることはないでしょうがシフを縁としたつながりを感じます。また、友人であるシフの夫人、塩川悠子さんが彼女に挨拶に来られました。

さて、今日も英語での講義で始まります。

前半のバッハのカプリッチョはアンジェラ・ヒューイットで聴いたばかりですが、シフは豊かな響きの安定した演奏で若きバッハの傑作をしっかりと聴かせてくれました。続くバルトークのミクロコスモスの『ブルガリアのリズムによる6つの舞曲』は力作だけに、シフも渾身の演奏。激しいリズムの難曲をパーフェクトに演奏。前衛的にして、実に音楽的な演奏です。バルトークの真骨頂を見事に表現してくれました。続くバッハのデュエットはそれほど耳馴染みがないせいか、最初あれっと思います。その前のバルトークと同じような前衛的が響きがして、一瞬、まだ、バルトークが続いているのかと錯覚します。考えてみれば、バッハとバルトークほど、抽象的な響きの音楽を作り出した作曲家はいませんね。ピュアーな絶対音楽の世界はいつまで経っても常に前衛的であり続けます。バッハとバルトークは200年の時間の隔たりを乗り越えて、音楽の根っこでつながっているような気がしてなりません。大変な天才です。この二人の間に存在した天才、ベートーヴェンとマーラーは音楽表現に主観と劇的なものを持ち込んでいますから、異質な存在でしょう。ともあれ、バッハのデュエットはシフのますます冴えわたる演奏でバッハの素晴らしさを体感させてくれました。続いて、また、バルトークのミクロコスモスの『ブルガリアのリズムによる6つの舞曲』、バッハの4つのデュエットの残りが演奏され、ますます、音楽が熱くなっていきます。そして、前半のプログラムの最後に置かれたバルトークのピアノ・ソナタの凄まじく素晴らしい演奏には、ただただ圧倒されるだけです。シフって、こんなに熱いピアニストだったんですね。同じハンガリーのバルトークということもあるんでしょうが、音楽的共感に満ちた最高の演奏でした。テクニックも完璧でしたが、それ以上にバルトークの音楽の本質に踏み込んだ演奏と言えます。民俗音楽を抽象音楽に昇華させたバルトーク。彼のピアノ音楽はよく打楽器的な表現と言われますが、確かに乗りの良いリズムがベースにはなっています。しかし、本質はその心地よさを突き抜けたところにある人間の本性、不安や絶望が純粋音楽として描きつくされていることです。そういう、どろどろとしたものをないまぜにして、シフのピアノは純粋な音楽美を見事に表現してくれました。

後半もシフの講義で始まります。

ヤナーチェクの≪霧の中で≫はとても美しい音楽。シフは繰り返して出てくる主題を印象的に感じさせながら、ロマンティックとも言えるような演奏で聴き手の心をぐっと引き寄せます。ヤナーチェクの素晴らしさを教えてくれるような演奏に感銘を覚えました。
今回のチクルスの最後を締めくくるのはシューマンのピアノ曲の最高峰のひとつである幻想曲です。シフはベーゼンドルファーの深くて、豊かな響きを駆使して、シューマンの青春の輝き、ロマン、祝典性、優しい愛を語りかけてきます。シューマンのピアノ曲の多様性をこれ以上はないほどに表出した稀有な演奏でした。何も言うことはありません。こういうシューマンが聴けて、幸せ感に浸るのみです。シューマンって本当にいいなあ!

今日のプログラムは以下です。

 ピアノ:アンドラーシュ・シフ

 J.C.バッハ:カプリッチョ『最愛の兄の旅立ちに寄せて』変ロ長調, BWV 992
 バルトーク:ミクロコスモス~『ブルガリアのリズムによる6つの舞曲』 (第6巻), Sz. 107, No. 1–3
 J.C.バッハ:4つのデュエット第1番 ホ短調, BWV 802(クラヴィーア練習曲集第3部)
 J.C.バッハ:4つのデュエット第2番 ヘ長調, BWV 803(クラヴィーア練習曲集第3部)
 バルトーク:ミクロコスモス~『ブルガリアのリズムによる6つの舞曲』 (第6巻), Sz. 107, No. 4–6
 J.C.バッハ:4つのデュエット第3番 ト長調, BWV 804(クラヴィーア練習曲集第3部)
 J.C.バッハ:4つのデュエット第4番 イ短調, BWV 805(クラヴィーア練習曲集第3部)
 バルトーク:ピアノ・ソナタ, Sz. 80

  ≪休憩≫

 ヤナーチェク:霧の中で
 シューマン:幻想曲 Op. 17

  ≪アンコール≫

 J.C.バッハ:前奏曲とフーガ(平均律クラヴィーア曲集??)
 バルトーク??
 シューマン??

素晴らしいチクルスでした。シフの音楽的教養の高さを彼のスピーチで知ることができましたが、それ以上に彼の人間性、優しさや温かさが印象的でした。それにピアノを弾くときのシフの表情・・・音楽を慈しむような表情がなんとも素晴らしい。本当に音楽を愛する人なんですね。彼の音楽的進化は留まるところを知らないようです。今年はシフのリサイタルを5回も聴き、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ヤナーチェク、バルトークの代表的な作品を聴かせてもらいましたが、いずれも最上級の演奏でした。いまや、ピアノの世界では最高の巨匠に上り詰めているようです。聴き逃してはいけないピアニストです。次は何を聴かせてくれるでしょう。


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       シフ,  

アンドラーシュ・シフ・ピアノ・リサイタル2@ザルツブルク・モーツァルティウム大ホール 2017.7.29

アンドラーシュ・シフのピアノ・リサイタル。3回にわたるミニチクルスの2回目です。今日も最前列の良い席で聴きます。お隣は前回と同じ超ファンの年配のご婦人。友人であるシフの夫人、塩川悠子さんとドイツ語で話し込んでいました。

さて、今日も英語での曲目に関する講義から始まります。実に丁寧な解説でした。特にバルトークの≪戸外にて≫は、彼のオペラやオーケストラ曲との関連についても触れ、シフの並々ならぬバルトークへの傾倒ぶりがうかがいしれました。

前半のバッハの3声のシンフォニアはもちろん、素晴らしい演奏。ただ、やはり、フランス組曲やパルティータが聴きたくなります。むしろ、前半はバルトークの演奏の素晴らしさが際立ちました。シフは現在、最高のバッハ演奏者ですが、バルトークも他の追随を許さないでしょう。前半のプログラムの最後に置いた≪戸外にて≫の第4曲「夜の音楽」、第5曲「狩」は凄い演奏でした。第4曲「夜の音楽」はシフの解説でもあったオペラ≪青髭公の城≫の湖の場面を思い起こさせるような冷たくて荒涼な雰囲気を見事に表現していました。もちろん、野外の夜の自然の匂いやおどろおどろしたところも感じさせます。ディープでダークな最高の演奏でした。第5曲「狩」は一転して、激しく攻撃的な音楽が展開されます。シフの解説したとおり、≪中国の不思議な役人≫の終盤の音楽を思い起こさせられます。“追跡”chaseの音楽です。追跡しているのか、されているのか、聴き手の受け取り方次第でしょう。激しくヒートアップして、圧巻のフィナーレでした。

後半もシフ教授からの講義で始まります。最初、ぐっと考え込んだ挙句の一言。政治と芸術はセパレートされているものだというメッセージ。含蓄のある言葉です。知性派のシフらしい表現に会場からは拍手があがります。ヤナーチェクのピアノソナタはチェコの政治にまつわる人間の死に触発されて作曲されたそうです。シフはそういう経緯で作曲された音楽も、純粋な人間の精神性のなかに昇華していくものだということを言いたかったのではないでしょうか。最後にヤナーチェクもシューマンも偉大な詩人だという言葉で締めくくりました。なるほどね。
ヤナーチェクのピアノ・ソナタは執拗に繰り返される主題が心に沁みてきました。詩情に満ちた素晴らしい演奏でした。ヤナーチェクらしいモラヴィア風の語法も見事に表現されて、彼のオペラの音楽を聴いているような感覚に陥りました。なんと素晴らしいヤナーチェクでしょう。続くシューマンも詩情に満ちた演奏。二人の偉大な詩人の音楽を表現できるシフこそ、ピアノの詩人でしょう。

アンコールでバッハのイタリア協奏曲を聴くのは3度目です。シフのお気に入りのアンコール曲なんでしょう。

今日のプログラムは以下です。

 ピアノ:アンドラーシュ・シフ

 J.C.バッハ:3声のシンフォニア, BWV 787–791
 バルトーク:組曲, Op. 14 Sz. 62
 J.C.バッハ:3声のシンフォニア, BWV 792–796
 バルトーク:戸外にて - 5つの小品, Sz. 81, No. 1–3
 J.C.バッハ:3声のシンフォニア, BWV 797–801
 バルトーク:戸外にて - 5つの小品, Sz. 81, No. 4–5

  ≪休憩≫

 ヤナーチェク:ピアノソナタ 変ホ短調『1905年10月1日 街頭にて』
 シューマン:ピアノ・ソナタ 嬰へ短調, Op. 11

  ≪アンコール≫

 バルトーク:3つのブルレスク, Sz 47から第2曲
 バルトーク:民謡の旋律による3つのロンド, Sz. 84から??
 J.C.バッハ:イタリア協奏曲第1楽章

チクルスの最終回になる3回目はさらに素晴らしいものになるような予感がします。


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       シフ,  

アンドラーシュ・シフ・ピアノ・リサイタル1@ザルツブルク・モーツァルティウム大ホール 2017.7.27

今年のザルツブルク音楽祭、まず、手始めはアンドラーシュ・シフのピアノ・リサイタル。3回にわたるミニチクルスの1回目です。最前列の良い席で聴きます。お隣の地元の年配のご婦人が良い席ねって話しかけてきます。彼女はシフの大ファンだということで、数知れないほどシフのピアノを聴いてきたそうです。もちろん、シフの奥さんが日本人の塩川悠子だということもご承知です。だから、日本人の我々に親近感を抱いたのかもしれません。彼女がその塩川悠子が5列目の真ん中に座っているわよと言うので、立ち上がって見ると、確かにそれらしい方がいらっしゃいました。実はその後、休憩時間にわざわざ塩川悠子が隣席の彼女のところに挨拶に来たのには驚きました。友人なのかって訊いたら、そうだということ。もしかしたら、シフの最高のファンなのかもしれません。開演に先立って、このモーツァルティウムに移設してあるモーツァルトが魔笛を作曲した小屋を見に行きました。ようやく、間近に見ることができました。作曲小屋はモーツァルトの時代から簡素な木製の小屋ですね。マーラーの作曲小屋と似たものです。

さて、肝心のリサイタルですが、隣席の超ファンのご婦人から、最初にドイツ語でシフが内容の紹介があると教えられていました。彼女からドイツ語は分かるのって訊かれて、全然分からないと答えました。ところが、シフはマイクを持って、今日はドイツ語でなく、英語で話しますと言って、客席に軽いどよめき。インターナショナルな音楽祭なので英語で話すことにしたようです。短いスピーチと言って、話し始めましたが、とっても長い話です。それも前半のバッハとバルトークについてだけです。バッハとバルトークは似た作曲家という観点での話でした。二人とも一流のキーボードプレーヤー。二人とも子供(自分の子供)の練習用のプリミティブな作品を書いたこと。それもプリミティヴなのは子供が弾くときのことで、大人は装飾音やアーティキュレーションで高度な作品に変身すること。最後に二人とも自国のナショナリズムを基盤としながらも、作品はインターナショナルなものに昇華していること。バッハもバルトークの自国の壁を越えて、真のヨーロピアンであったこと。これがシフが一番訴えたいことだったのかな。ヨーロッパも世界もナショナリズムに偏ってきている、困難な時代に直面していますからね。

前半のバッハの2声のインヴェンションはいつも聴きなれている、あの子供の練習曲とは一線を画しています。なめらかなタッチ、めくるめくようなスピード感、とりわけ、長調の曲の演奏が見事です。心に残ったのは、F-durとa-mollの2曲。その素晴らしい響きに酔いしれました。バルトークはさすがに最初の≪子供のために≫は民謡をベースにしたプリミティヴな曲でさほどの感銘はありませんが、楽しくは聴けました。残りのロンドとブルレスケは前衛的な響きをシフらしい優しい表現で包み込んで、同国の先達をリスペクトするような演奏。なかなか聴けない曲と演奏でした。

後半もシフ教授からの講義で始まります。ヤナーチェクの『草かげの小径にて』はロマンティックな小路の散策を思わせる、雰囲気たっぷりの演奏。ヤナーチェクらしいモラヴィアの語法も感じさせるところはさすがです。特に左手の使い方が見事でした。ピュアーな美しさは何か哀感をはらんでいるような感じてしまいます。また、ヤナーチェクのオペラを彷彿とさせる部分もあり、ヤナーチェクの独特の音楽世界を堪能しました。
続くシューマン。シフの弾くシューマンもいいですねー! 瑞々しくて、ロマンティックなシューマン・ワールドを満喫しました。まさに心の琴線にふれる風情の演奏でした。

アンコールはシューマンの有名曲。耳馴染んだ名曲で楽しめました。アラベスクのフィナーレのロマンティックさにはうっとりとして、桃源郷にいる心地でした。締めの『楽しき農夫』は子供のためのアルバムという今日のテーマに合わせたんでしょう。あまりの有名曲に会場がざわつきました。

今日のプログラムは以下です。

 ピアノ:アンドラーシュ・シフ

 J.C.バッハ:2声のインヴェンションBWV 772–776
 バルトーク:子供のために~10の小品, Sz. 42 初版
  28. Mr. White Goes to Jailパルランド「ホワイトさんは刑務所に行く」
  29. Dinner at My Houseアレグロ「我が家の夕食は…」
  31. I remember Mamaアレグロ・スケルザンド「ママを思い出すの」
  32. Wedding Day and Nightアレグロ・イロニコ「婚礼の昼と夜」
  33. Light the Way to My Loveアレグロ・イロニコ「婚礼の昼と夜」
  35. Old Maidアレグロ・ノン・トロッポ「古くからのメイド」
  36. Absent is My Sweetheartアレグレット「お休みは私の恋人」
  37. The Lovely Girls of Budapestヴィヴァーチェ「ブダペストの可愛い少女」
  38. In a Good Mood「上機嫌で」
  42. The Swineherd's Danceアレグロ・ヴィヴァーチェ「豚飼いの踊り」
 J.C.バッハ:2声のインヴェンション, BWV 777–781
 バルトーク:民謡の旋律による3つのロンド, Sz. 84
 J.C.バッハ:2声のインヴェンション, BWV 782–786
 バルトーク:3つのブルレスク, Sz 47

  ≪休憩≫

 ヤナーチェク:『草かげの小径にて』(第1集) 
 シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集, Op. 6

  ≪アンコール≫

 シューマン:アラベスク
 シューマン:「子供のためのアルバム」より第10曲『楽しき農夫』

コンサート終了後、夫人の塩川悠子さんと目が合ったので、素晴らしかったですと賛辞をおくると、ありがとうございますという返事をいただきました。

なお、J.C.バッハ、ヤナーチェク、シューマンはシフのCDで予習しました。ヤナーチェク以外は若い頃の演奏で、今日の演奏は驚くべき円熟を感じるものでした。バルトークはコチシュのバルトーク全集で予習しました(子供のためにはシャンドール)。
いよいよ明日はわが人生をかけたコンサートです。saraiの音楽人生の締めくくりになるでしょうか。期待と恐れの入り混じった心境です。そう、この旅の目的である敬愛するハイティンクの指揮するウィーン・フィルで最愛の曲、マーラーの交響曲第9番を聴きます。



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       シフ,  

未曽有の高み・・・アンドラーシュ・シフ・ピアノ・リサイタル_最終版@東京オペラシティ コンサートホール 2017.3.23

一昨日のリサイタルも一生に何度聴けるかという素晴らしいものでしたが、今日のリサイタルは歴史に残ると言っても過言でない圧巻のコンサートでした。最近のsaraiはクララ・ハスキルの実演が聴けなかったことを最も残念に思っていましたが(saraiが10歳のときにクララは他界したので仕方がないことですが)、今日のアンドラーシュ・シフのリサイタルが聴けて、生きていて本当によかったと感じ、クララ・ハスキルが聴けなかった思いを払拭することができました。それほど素晴らしいリサイタルでした。

最初に演奏されたモーツァルトは一昨日の不満を解消してくれる会心の演奏。モーツァルトの最後のピアノ・ソナタの深さを初めて分からせてもらえるような演奏でした。そして、シューベルトはあり得ないような最高の演奏。一昨日演奏されたピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959でシューベルトは音楽的には最高点に達したかも知れませんが、今日のピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960で精神的に最高点に達したと確信させてくれるような魂のこもった演奏でした。ここでsaraiは集中力を使い果してしまし、いったん集中力が落ちてしまいます。ハイドンの素晴らしい演奏が始まっても一向に身が入りません。美しい響きと躍動感に満ちたハイドンのソナタが頭の上を通り過ぎていきました。そして、ベートーヴェンの最後のソナタが始まってもその状態が続きます。部分的にはその素晴らしい演奏に聴き入りますが、すぐに集中力が途切れます。そして、第2楽章の後半に至って、まさに神が舞い降りてきました。あまりの素晴らしい演奏によって、再び、集中力が戻ってきたんです。シフが奏でる驚異的とも思える究極の演奏にじっと耳を傾けます。ベートーヴェンがその最後のピアノ・ソナタで人間としての苦悩の末に自ら神の域に達したことを悟らせてくれるようなシフの超絶的な(技巧ではなく精神的に)演奏の前にsaraiはただただ、感動するのみでした。ベートーヴェンとシフが作り出した音楽の力によって、神の世界を垣間見せてもらった思いです。

素晴らしい音楽作品、たゆまない努力と才能でとことんまで音楽を表現し尽くす演奏者、それを受容する聴衆の心と体力、それらが一体になったときに歴史的な芸術事件が起きるのだと思いました。奇跡のようなコンサートでした。

今日のプログラムは以下です。

  ピアノ:アンドラーシュ・シフ
 
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第18(17)番 ニ長調 K.576
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960
ハイドン:ピアノ・ソナタ第62番 変ホ長調 Hob. XVI: 52
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 op.111
  ※休憩なし

  《アンコール》

J.S.バッハ:ゴールドベルク変奏曲BWV.988~アリア
J.S.バッハ:パルティータ第1番変ロ長調BWV.825~メヌエットとジーグ
ブラームス:3つの間奏曲Op.117~第1番 変ホ長調
バルトーク:「子供のために」BB53,Sz.42~第2巻40番《豚飼いの踊り》・・・昨日記載の情報は誤りでした。訂正します。
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第16(15)番ハ長調K.545~第1楽章 アレグロ ハ長調
シューベルト:即興曲集D899~第2曲変ホ長調
シューマン:『子供のためのアルバム』Op.68~第1部第10曲 楽しき農夫


まず、最初はモーツァルトのピアノ・ソナタ第18(17)番 ニ長調 K.576です。一昨日はモーツァルトの響きに多少なりとも不満が残ったんですが、今日は実に粒立ちのよい響き。それでいて、円熟したシフらしい温かく、まろやかな響きも兼ね備えています。モーツァルトのピアノ・ソナタを聴くときはどうしてもペダルの踏み方が気になって、そちらに視線がいってしまいます。もちろん、シフはほとんど、ペダルを踏みません。足を離していることも多いです。しかし、ここぞという響かせところでは躊躇なく、軽くペダルに触れています。実に微妙な感じです。第1楽章は歯切れよく、あまり弱音効果は狙わない明快な演奏です。それでも、明るさの中にある種の哀しみの翳を感じさせる深みのある表現にぐいぐい惹き込まれます。第2楽章は最高のモーツァルトでした。やはり、シフは緩徐楽章の表現力が抜群です。その美しい演奏は形容ができません。中間部のメロディアスな表現はアイロニーに満ちています。第3楽章にはいると、一転して、軽快に弾むような演奏に変わります。実に愉悦感に満ちた演奏です。やはり、モーツァルトは最後までモーツァルトであり続けます。円熟したには違いありませんが、永遠の青年像のまま、モーツァルトは最後のピアノ・ソナタを締めくくりました。シフの見事なモーツァルトでした。若い頃のCDに聴くシフのモーツァルトも素晴らしいですが、ここには巨匠となったシフでしか描き出せないモーツァルトがありました。

次はいよいよ、シューベルトの最後のピアノ・ソナタを聴きます。シフは来日前のインタビューで、シューベルトの最後の3つのソナタは同時に書かれたもので、内容的に最後のピアノ・ソナタと感じるのは一昨日弾いたピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959であるという趣旨の発言をしていました。確かに音楽的なレベルで言えば、そうかなとも思いますが、今日のピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960は誰でも心の奥底に響いてくる、特別なものという感覚はあると思います。音楽を超えた何かです。ですから、予習しているときにも感じましたが、この曲を愛奏しているピアニストが多いのもそういうことかなとも思います。ということで、この曲がシューベルトの最後のソナタであるかどうかは別として、シューベルトの特別のピアノ・ソナタを聴くという緊張感を持って、シフが弾き始めるのを待ちます。意外に抑えた響きではなく、少しくぐもってはいますが、はっきりした響きであのタ・タ・タ・タータ・ターンという何とも言えない素晴らしいメロディーが弾かれ始めます。そして、あの不可解なトリルが弾かれますが、あまり、ぼんやりした響きではなく、しっかりと明確な響きです。もちろん、これらは一般的な演奏と比べての話であって、全体的には抑えた表現ではあります。そして、次第に音楽ははっきりとした姿を現してきます。この長大な第1楽章はここから圧巻の展開を果たします。この第1楽章は難しい音楽だと思うんです。シフは実に精神性の高い見事な音楽を聴かせてくれました。フォルテ、あるいはフォルテシモの圧倒的な響きには震撼させられましたし、何よりもシューベルトの打ち震えるような心の機微を完璧に表現し尽くしてくれました。大変な感銘を受けました。そして、大好きな第2楽章が始まります。いつもは水墨画的に感じる楽章ですが、今日の演奏は光も色も感じます。心は感動に満たされます。いつまでも終わらないでほしいと願ってしまうような美しい音楽が続きました。第2楽章が感動のうちに終わり、一体、この後にどういう音楽が続けられるんだろうと思ってしまいます。シフはちょっとためらったように時間をおいて、そっと第3楽章を弾き始めます。いつも終楽章へのつなぎの音楽に感じますが、この日の演奏は際立って、美しい演奏です。第2楽章の残照を忘れさせてくれるような輝くような音楽に心が浮き立ちます。この比較的短い楽章が終わり、すぐに第4楽章の冒頭のバーンという響きが打ち鳴らされます。紆余曲折して、最強音の頂点にいったん上りつめます。圧倒的な演奏に感動します。そして、また沈静化した音楽はフィナーレに向かって、シューベルトの心の襞を紡いでいきます。シフが最後に作り出した強烈な音楽のインパクトは如何ばかりのものだったでしょう。圧倒的なフィナーレにsaraiの魂は感動するのみです。これ以上、何も言うことはありません。

ある意味、放心状態に陥りました。普通なら、この曲でリサイタルを終わるところでしょう。これ以上、音楽を聴き続ける耳も体力もありません。それでも、無情にハイドンの最後のソナタ、ピアノ・ソナタ第62番 変ホ長調 Hob. XVI: 52が素晴らしい響きで始まります。しかもその活き活きとした表現は見事です。しかし、残念ながら、saraiはその音楽についていけませんでした。この曲って、こんなに長かったっけと思うほど、第1楽章がいつまでも続きます。別のシテュエーションで聴きたかったですね。アドレナリンの切れたsaraiの頭上をハイドンの素晴らしい音楽が通り過ぎていきました。

さあ、最後はベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタです。気持ちを立て直して、ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 op.111に耳を傾けましょう。第1楽章は激しく、堂々たる演奏で展開されていきます。シフはまさにヴィルトゥオーソ的に圧巻の演奏です。しかし、saraiはここに至っても、なかなか音楽に入り込めません。素晴らしい音楽を耳で聴いているのに主情的な聴き方ができません。まだ、シューベルトで燃やし尽くされた心が戻ってきていません。ベートーヴェンが自らのものとした素晴らしいフーガをシフが描き尽していきます。バッハを最も得意にするシフならでは見事なフーガです。saraiはそれを放心の体で眺めているだけです。そして、遂にベートーヴェンが到達したピアノ音楽の最高峰とも思える第2楽章のアリエッタが始まります。何と美しい音楽でしょう。しかし、saraiの心は冷めきっています。そのまま、第3変奏まで進行します。素晴らしい音楽が目の前に展開されているのに、どこか遠くの風景でも見るように感じています。第4変奏が始まります。ふっと、saraiの心が明晰になり、ぱぁーっと音楽が流れ込んできます。まるで音楽の神が降りてきたような奇跡です。そして、シフの演奏する音楽の高貴さたるや、驚異的な高みにあります。連続するトリルが圧倒的に心に響きます。静かに音楽が終わるとき、大変な名演を聴いてしまったことを悟りました。会場もシーンと静まり返っています。シフも長い間、その弾き終えた姿のままでいたようです。saraiの視覚は凍り付いていたので見ていませんが、会場の静かな様子でそう感じました。お陰で素晴らしい音楽をかみしめることができました。拍手を控えてくれた素晴らしい聴衆に感謝するしかありません。

ベートーヴェンはその生涯において、ピアノ・ソナタをこの曲で完璧に完結したことを完全に理解することができました。これ以上、何を付け加えることがあるでしょう。
そして、若くして突然の死に見舞われたシューベルトもどうしてだか、彼のピアノ・ソナタを完璧な形で書き終えたことを完全に理解しました。
今日のピアノ・リサイタルはその二人の天才の偉業を完璧に聴衆に示してくれる究極の演奏が展開された、これ以上はないリサイタルになりました。アンドラーシュ・シフが到達した圧倒的な高みには目がくらむほどです。生涯、これ以上のピアノ・リサイタルは望むべくもないでしょう。

正直、アンコールは不要でした。一瞬、シフもその気になったかなと思いましたが、気持ちの優しいシフはアンコールをせずにいられないようです。それにしても、これだけの音楽を演奏した後に何を弾いても無粋になるでしょう。あっ、シフが静かに弾き始めたのは、バッハのゴールドベルク変奏曲です。saraiの心を嘲笑うかのごとく、西洋音楽の最高峰とも思える音楽を弾き始めました。バッハを忘れてもらっては困るねと言わんばっかりです。あれだけの音楽を弾き切ったシフはどこにエネルギーが残っているのか、超絶的に美しいアリアを弾き続けます。もしかしたら、この人はこの長大な音楽を弾き続けるのかと思っていると、アリアだけで弾くのを止めます。こんな素晴らしいものを日本人の聴衆に垣間見せたからには、いつか、日本でゴールドベルク変奏曲全曲を聴かせてくれるんでしょうね。→シフと関係者の方へ
まだ、アンコールは続きます。何と、saraiの一番好きな鍵盤音楽のバッハのパルティータです。これも素晴らしいです。これもいつか全曲聴かせてくださいね。→シフと関係者の方へ
何と次はブラームスの後期のピアノ曲です。saraiの知る限り、CDでもシフはブラームスのピアノ曲は《ヘンデルの主題による変奏曲》しか録音していない筈です。因みにあれは素晴らしい演奏でした。これを聴かせてくれるんだったら、次の企画はシューベルトとブラームスの後期ピアノ曲にチクルスってことでお願いしたいものです。→シフと関係者の方へ
あと、念願のシューベルトの即興曲も聴かせてもらえて、満足。モーツァルトのソナチネも一昨日のアンコールのときに比べて、格段の素晴らしさでした。

バルトークとシューマンの続きは、夏のザルツブルク音楽祭で聴かせてもらいます。もちろん、バッハもね。



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       シフ,  

未曽有の高み・・・アンドラーシュ・シフ・ピアノ・リサイタル_とりあえず版@東京オペラシティ コンサートホール 2017.3.23

一昨日のリサイタルも一生に何度聴けるかという素晴らしいものでしたが、今日のリサイタルは歴史に残ると言っても過言でない圧巻のコンサートでした。最近のsaraiはクララ・ハスキルの実演が聴けなかったことを最も残念に思っていましたが(saraiが10歳のときにクララは他界したので仕方がないことですが)、今日のアンドラーシュ・シフのリサイタルが聴けて、生きていて本当によかったと感じ、クララ・ハスキルが聴けなかった思いを払拭することができました。
最初に演奏されたモーツァルトは一昨日の不満を解消してくれる会心の演奏。そして、シューベルトはあり得ないような最高の演奏。ここでsaraiはいったん集中力が落ちて、ハイドンの素晴らしい演奏に身が入りません。ベートーヴェンの素晴らしい演奏もその状態が続きましたが、第2楽章の後半に至って、まさに神が舞い降りてきました。再び、集中力を取り戻し、究極の演奏に耳を傾けます。ベートーヴェンがその最後のピアノ・ソナタで人間としての苦悩の末に自ら神の域に達したことを悟らせてくれるようなシフの超絶的な(技巧ではなく精神的に)演奏の前にsaraiはただただ、感動するのみでした。

・・・今日はここで力尽きたので、残りは明日ということで、申し訳けありません。

今日のプログラムは以下です。

  ピアノ:アンドラーシュ・シフ
 
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第18(17)番 ニ長調 K.576
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960
ハイドン:ピアノ・ソナタ 変ホ長調 Hob. XVI: 52
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 op.111
  ※休憩なし

  《アンコール》

J.S.バッハ:ゴールドベルク変奏曲BWV.988~アリア
J.S.バッハ:パルティータ第1番変ロ長調BWV.825~メヌエットとジーグ
ブラームス:3つの間奏曲Op.117~第1番 変ホ長調
バルトーク:ルーマニア民俗舞曲??
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第16(15)番ハ長調K.545~第1楽章 アレグロ ハ長調
シューベルト:即興曲集D899~第2曲変ホ長調
シューマン:『子供のためのアルバム』Op.68~第1部第10曲 楽しき農夫




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sarai

Author:sarai
オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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たかぼんさん、初めまして。saraiです。

嬉しいコメント、ありがとうございます。ブッシュ四重奏団は素晴らしいですよ。とりわけ、第14番は最高です。
もっとも、ブッシュ

09/17 02:04 sarai

とても素晴らしいお話をお聞かせ頂き感謝いたします。
私は今まで、後期の4曲はブダペスト四重奏団できまり!と思っておりました。
ブッシュ四重奏団は別なレコード(死

09/16 13:52 たかぼん

ミケランジェロさん、saraiです。

遅レスで申し訳けありません。敬愛するジョナサン・ノットをご評価いただき、ありがとうございます。

相変わらず、独自の音楽探求を続

06/23 23:50 sarai

こんにちは。

ジョナサン・ノット氏の公演鑑賞を拝読したく参りました。毎回とても沢山の公演記録を私達に届けて下さり、ありがとうございます。

マエストロは数年前のイ

06/14 08:27 michelangelo

えりちゃさん、コメントありがとうございます。
最終公演に行きますが、ムーティ&ウィーン・フィルは渾身の力で凄い演奏を聴かせてくれますよ。特にシューベルトは有終の

11/09 22:13 sarai

尻上がりに素晴らしくなりました!
あの弦の響きにもうハマるのですよ!
あと2公演ありますが、もう既に同じプログラムを2回演奏しているので、ますます良くなるか、ち

11/09 10:56 えりちゃ

えりちゃさん、お久しぶりです。saraiです。

なかなか、海外渡航の見通し、立ちませんね。来年あたりはどうでしょうね。長期戦覚悟で我慢するしかありませんね。

こちら

04/10 02:37 sarai
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