まず、前半はチャイコフスキーの交響曲第3番『ポーランド』です。この曲を実演で聴くのは多分、3回目くらいでしょうか。そんなに聴く曲ではありません。5楽章構成の長大な曲です。第1楽章の序奏が始まりますが、若干、抑えた感じの演奏です。ノットらしい丁寧な表現で曲想が明快に示されます。saraiがそんなに聴き込んだ曲ではありませんが、すべてのフレーズがすっと受容されて、どの楽節も耳馴染みがよく感じられます。ある意味、啓蒙的な演奏です。アンサンブルがきっちり整っているとずっと感じます。第2楽章以降も印象は変わらず、美しく聴きやすい演奏が続きます。尖ったところのないまろやかな音楽が心地よく響きます。全体の5楽章はいわゆるアーチ構造になっており、第3楽章のアンダンテ・エレジアーコが中心的な位置を占めます。ノットはこの第3楽章をゆったりと素晴らしく美しく演奏していきます。牧歌的な音楽ですが、それほどロシア的な表現ではなく、それでもどこか懐かしさを感じさせるような演奏です。うっとりと聴き入ります。続く第4楽章のスケルツォで軽やかな音楽に転じた後、第5楽章のポロネーズに入ります。民俗的な雰囲気も感じる音楽ですが、途中、弦楽の各声部によるフーガが見事なアンサンブルで展開されます。対向配置の効果が発揮されて、弦の各声部がくっきりと浮かび上がるような演奏に魅了されます。そして、最後は壮大なコーダで盛り上がります。ノットがこの曲を初めて演奏するとは思えないほど、完璧に把握して、東響をきっちりとコントロールしていました。そして、個人的な感覚ですが、今までになく、この曲の全楽章の曲想がすっぽりと脳内に入り込みました。ある意味、この曲を《理解》したと言えそうです。
休憩後、チャイコフスキーの交響曲第4番です。これは誰でも知っている有名な作品。冒頭、金管のファンファーレが運命の動機を歌い上げます。突っ込んだ演奏ではなく、マイルドでカンタービレしているような演奏で始まります。主部も暗い音楽ではありますが、美しいアンサンブルの表現が続きます。耳馴染みした音楽が続いていきますが、流石に先ほどの第3番とは異なり、整ってはいますが、それなりに突っ込んだ表現で高潮していきます。対向配置の弦の各声部が明確に演奏されるのは先ほどの第3番以上です。弦の響きは高音部が美しく響き渡ります。ノットはこの第4番は第3番からいかにチャイコフスキーが音楽表現の幅を広げたのかを明確に示そうとしているようです。実際、その試みは成功し、楽章をおうごとに音楽は高潮していきます。第4楽章は華やかな祝祭的な盛り上がりを演出し、それまでの抑えた表現はほぼ開放したような演奏です。第1楽章冒頭の金管のファンファーレが回帰するところもそれなりに強い演奏に変化し、最後のコーダも大いに盛り上がります。しかしながら、野放図な音楽表現までの盛り上がりではなく、音楽的に十分なレベルまでの盛り上がりです。それで十分でしょうとノットは言わんばかり。確かに納得です。
普通に聴いていれば、いつもの第4番と変わりがないようにも聴こえますが、なるほどと思えるノットのこだわりにつまった第4番でした。
今後、ノットはチャイコフスキーの第5番、第6番も演奏しそうな雰囲気を感じました。多分、交響曲全曲の演奏になるのでしょう。さすがにマンフレッド交響曲はないかもしれませんね。第6番《悲愴》はマーラー風の演奏になるのではないかとひそかに予想しています。
今日のプログラムは以下のとおりでした。
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2023 オープニングコンサート
指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:東京交響楽団 コンサートマスター:グレブ・ニキティン
チャイコフスキー:交響曲第3番 ニ長調 Op. 29 『ポーランド』
《休憩》
チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 Op. 36
最後に予習について、まとめておきます。
1曲目のチャイコフスキーの交響曲第3番『ポーランド』を予習したCDは以下です。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1979年10月15-19日、アムステルダム、コンセルトヘボウ セッション録音
ハイティンクがコンセルトヘボウ菅を完全に掌中に収めた時期の円熟して、自然な表現のチャイコフスキーと言えます。
2曲目のチャイコフスキーの交響曲第4番を予習したCDは以下です。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1978年12月18-19日、アムステルダム、コンセルトヘボウ セッション録音
ハイティンクは自然な表現ながら、それなりに熱い演奏も聴かせてくれます。ロシア的ではありませんが、バランスのとれた一聴の価値ある演奏です。
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