バルトークの物凄い演奏に鳥肌が立ちました。異次元のレベルの演奏です。あれは何年前だったでしょう。
庄司紗矢香が満を持して、バルトークとバッハの無伴奏ソナタを素晴らしい演奏で聴かせてくれましたが、今や、絶頂のときを迎えた彼女はまるで別人のような境地に至ったようです。今の彼女の演奏でバルトークとバッハの無伴奏を演奏したら、卒倒してしまうかもしれません。今日のバルトークの演奏のことを《極めた演奏》とでも表現するのかもしれません。
バルトークの極めて深い音楽を聴きながら、音楽の本質について、思いを致していました。時間芸術としての音楽は、作曲家が今から遠い過去の時代に自分の胸の内を音楽の譜面に書き留めて、時代を経た現在、演奏家がその譜面を解き明かして、音楽の響きとして、我々、聴衆に投げかけてきます。受け手である聴衆のほとんどは作曲家の書いた譜面を読むことなしに、演奏者が譜面を読み込み、解釈した内容を音楽として再現したものを聴き取って、その響きから、作曲家が創造した精神世界を理解し、共感します。つまり、作曲家の魂の精華を演奏者が共感して再現し、演奏者の魂の燃焼を聴衆が共感して、己が魂を共鳴させるわけです。今日の
庄司紗矢香&ヴィキングル・オラフソンのバルトークの演奏は作曲家・演奏者・聴衆の3者が共感し、魂が共鳴した、最高のレベルの音楽の実現の場となりました。散文的な内容は皆無の絶対的な音楽が魔法のように響き渡っていました。言葉の介在は不可能な世界です。音楽とはかくあるべきものなのでしょう。こういう厳しい音楽を感じることができるのは、バルトークとバッハの音楽に共通した特徴です。その違いと言えば、バッハは音楽の愉悦、バルトークは実存の深い感情、精神世界と言ってもいいかもしれませんが、そういうものが音楽芸術として自立しているところです。今日のバルトークは作曲家・演奏者・聴衆がおのおのの実存にかけて、魂のゆらぎや燃焼を深く共感したものです。いやはや、若い
庄司紗矢香にはいつもながら、インスパイアされます。途轍もない芸術家になりましたね。saraiもさらに精進して、彼女の演奏へのもっと深い共感・共鳴が得られるようにしたいと新たな思いを抱きました。
バルトークの音楽に先鞭をつけるような形で演奏されたバッハも厳しい音楽でした。第1楽章は美しい弱音のピアノのソロから始まり、第4の声部としてのヴァイオリンがそっと加わり、美しい音楽が実現します。そのあまりの楽興の深さに魂が共鳴し、嗚咽しそうになります。音楽の美しさの極限は厳しさです。散文的な言葉を持って表現することは不可能な世界です。
庄司紗矢香の深い表現のヴァイオリンはもちろん素晴らしいのですが、ヴィキングル・オラフソンの美しく抑えたタッチの弱音の表現も見事です。仄暗い聖堂で密やかに奏でられるかのごとく、バッハの驚異の傑作に心が震えました。
前半のバッハとバルトークですっかり圧倒されました。後半はプロコフィエフの佳曲で軽く心を和ませ、ブラームスのロマンの世界を満喫しました。ブラームスの愛に満ちた音楽をピアノのオラフソンがまことにロマンティックな響きで表現し、そのピアノの響きの上に
庄司紗矢香がヴァイオリン響きを柔らかく馴染ませて、味わい深い世界を創出します。考えてみれば、
庄司紗矢香のヴァイオリンを初めて聴いたのはブラームスのヴァイオリン協奏曲でした。日本人がブラームスをこんなに演奏できるのかと驚愕したことをまざまざと思い出します。それ以来、もう20年近い月日が経ちました。そのときは想像できなかったような芸術的な高みに庄司紗矢香は達して、ブラームスの本質を深く味わわせてくれるような演奏で第2番のソナタを聴かせてくれました。こんなに共感させてくれるようなブラームスを聴くのは滅多にないことです。
アンコールは2曲。歌謡性に満ちたバルトークのルーマニア民俗舞曲は自在な演奏で楽しませてくれます。懐かしく静謐な曲はウィーンの女流作曲家のシチリアーノ。こういう曲は庄司紗矢香は見事な弱音で完璧に抒情味豊かに弾きこなすようになりました。もう世界トップレベルのヴァイオリニストです。そう言えば、彼女のツイッターでシゲティのルーマニア民俗舞曲を紹介していました。彼女のヴァイオリンの目標はシゲティなのかな。方向性は正しいとsaraiも1票。
庄司紗矢香は足を痛めているようです。痛々しいです。早い治癒を念願しています。
今日のプログラムは以下のとおりです。
ヴァイオリン:庄司紗矢香
ピアノ:ヴィキングル・オラフソン
J. S. バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ短調 BWV 1018
バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第1番 Sz. 75
《休憩》
プロコフィエフ:5つのメロディ Op. 35bis
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op. 100
《アンコール》
バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
マリア・テレジア・フォン・パラディス:シチリアーノ
最後に予習について、まとめておきます。
バッハのヴァイオリン・ソナタ第5番を予習したCDは以下です。
ヘンリク・シェリング、ヘルムート・ヴァルヒャ 1969年6月5-8日,12,13日 パリ、リバン教会 セッション録音
決定盤です。二人の折り目正しい演奏はバッハの音楽に誠実です。
バルトークのヴァイオリン・ソナタ第1番を予習したCDは以下です。
ギドン・クレーメル、マルタ・アルゲリッチ 1988年6月 ミュンヘン、ヘルクレスザール セッション録音
クレーメルの美しい演奏に心惹かれます。精神的にも高いレベルの演奏に思えましたが、今日の庄司紗矢香の前では色を失います。
プロコフィエフの《5つのメロディ》を予習したCDは以下です。
アリーナ・イブラギモヴァ、 スティーヴン・オズボーン 2013年7月11-13日 ロンドン、ヘンリー・ウッド・ホール セッション録音
イブラギモヴァの安定した演奏です。
ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番を予習したCDは以下です。
ヨゼフ・シゲティ、ミエチスラフ・ホルショフスキ 1961年10月 セッション録音
シゲティのロマンティシズムに溺れ過ぎない至芸は襟を正して聴くべきものです。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽