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ドレスデンで音楽・美術三昧:ドレスデンカードはお得?

2013年6月13日木曜日@ドレスデン/1回目

旅の14日目です。旅も半ばを過ぎました。今日はドレスデンDresden滞在3日目になります。

昨日は凄い《ばらの騎士》を見て・聴いて、その後、ウィーンWienからのお友達Steppkeさん、Feriさん、それにミュンヘンで声を掛けられた当ブログの読者ご夫妻と遅くまでわいわいやってホテルに戻り、感動を忘れないうちにブログを書き、寝たのは明け方近く・・・朝はゆっくり遅くまで寝ることにします。

さあ、お昼近くになって起き出します。今日もドレスデンは晴れています。気温も上がってきて暑いくらいです。半袖でいい感じです。
すっかり定着したランチがてらの散策から1日がスタートです。
まず、ドレスデンカードをゲットしましょう。ドレスデンカードには2種類あります。1日券は、乗り物がフリーで美術館などが割引になります。2日券は、1日券に比べるとかなり高いのですが、ほとんどの美術館などが無料になります。2つ以上の美術館に行くならば、2日券の方がお得ですね。というわけで、今日と明日の2日間は、ドレスデンカードの2日間券をフルに使って楽しみましょう。ということで、ドレスデンカードを購入するためにツーリストインフォメーションに向かいます。ツーリストインフォメーションがあるという文化宮殿Kulturpalastに行くと、移転したようで張り紙がしてあります。張り紙に従っていくと、フラウエン教会Frauenkirche近くのノイマルクト広場Neumarkt Platzに面した新しい建物に到着。この建物QF-Passageは素晴らしく綺麗なショッピングモールです。その建物QF-Passageのどこにあるのかがちょっと分かりづらく迷いますが、地下にあることを何とか発見。赤字に白の“i”のマークが見えます。


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周りのお店に比べて不釣り合いなカウンターです。


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窓口は空いているので、すぐにドレスデンカードをゲット。


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ファミリー用の2日券を購入。このカードで大人2人、子供4人までが使えて、48ユーロ。美術館にせっせと通って、何とか元を取りましょう。


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ドレスデンカードを入手できたので、1階に上がりましょう。


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ここにアジアンフードのスナックがあり、興味をそそられますが、食事は後にするのでパス。


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1階に上がると、昨夜も御一緒したお友達のSteppkeさんとばったり遭遇。ビックリと言えばビックリですが、同じ観光客ですから、さほどに広くもないドレスデンの旧市街で行くところは決まっていますよね。お互いの今日の行動の情報交換をして別れます。

さて、今日はアルテ・マイスター絵画館Gemäldegalerie Alte Meisterに行きましょう。ツヴィンガー宮殿Zwingerの中にあります。ドレスデン城Residenzschlossの横を歩いて向かいます。もうすっかり旧市街の地理は頭にはいっています。


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ツヴィンガー宮殿に到着。昨日も来たばかりです。


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アルテ・マイスター絵画館までのルートを地図で確認しておきましょう。


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アルテ・マイスター絵画館でドレスデンカードを見せると、当然ですがフリーパスです。館内で写真を撮りたいので写真撮影許可チケットがないか尋ねると、基本的に写真撮影は不可とのこと。残念です。ネットではそれらしい情報もあったのですけどね。まずは食い気で、カフェレストランに向かいます。なかなか分かりづらいのですが、「CAFEこちら」という表示に従って進むと、美術館の中に入った挙げ句に最終的には美術館から出た所にあります。


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お隣のゼンパーオパーSemperoperとの間の中庭のような静かな緑に囲まれたところにテラス席もあります。そこでランチを食べましょう。なかなか良い感じです。


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メニューを見ていると、シュパーゲルの文字を発見。もうこれに決まりですね。我ながら、よくよく、シュパーゲルが好きですね・・・。
ドリンクは白ワインを飲みたいところですが、これからしっかりと絵画鑑賞したいので、自重してミネラルウォーターにします。


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料理が運ばれてきます。
シュパーゲルと分厚いステーキの一皿です。


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それと、シュパーゲルとグリーンアスパラガスとラザニアの炒めもの。


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いずれもなかなか美味しいです。炒めものは、郷土料理というよりは今風のおしゃれな1品です。我が家のメニューにも加えたいくらいです。

ランチの後は絵画鑑賞です。


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ドレスデンで音楽・美術三昧:アルテ・マイスター絵画館のイタリア絵画

2013年6月13日木曜日@ドレスデン/2回目

アルテ・マイスター絵画館Gemäldegalerie Alte Meisterのカフェでのランチも終え、本来の絵画鑑賞を始めましょう。

まずはこのアルテ・マイスター絵画館の歴史をおさらいしておきましょう。この美術館はドイツ・バロック建築の最高傑作と言われるツヴィンガー宮殿Zwingerの中にあります。17世紀末、アウグスト強王August II Mocny、すなわち、ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世Friedrich August I.(ポーランド王としてはアウグスト2世)の下でザクセン公国Herzogtum Sachsenは繁栄を極めます。アウグスト強王は首都ドレスデンDresdenをヨーロッパ1の華麗な都にすべく、壮麗なバロック建築を建て続け、大公がポーランド王になった記念に建てたのがこのツヴィンガー宮殿でした。建築家マティアス・D・ペッペルマンと宮廷彫刻家ペルモーザーが23年の歳月をかけ、バロック芸術の粋を集めて完成させたもので、《ドイツ・バロックの真珠》と謳われました。
アウグスト強王は美術への造詣も深く、歴代のザクセン公が収集してきた絵画コレクションをさらに充実させ、1722年に1938点の宮廷所有の絵画をもって、ツヴィンガー宮殿の中に《絵画館》を設立しました。そして、アウグスト強王の息子のフリードリヒ・アウグスト2世Friedrich August II.(ポーランド王としてはアウグスト3世)は父親の遺志を継ぎ、この宮廷コレクションをヨーロッパ有数のものに高めていきます。ジョルジョーネの《眠れるヴィーナス》、レンブラントの《放蕩息子の酒宴》、そして、遂に念願のラファエロの傑作を手に入れます。代理人をイタリアのピアツェンツァのシスティーナ教会に送り、《システィーナの聖母》の購入に成功します。この作品は現在、アルテ・マイスター絵画館を代表する傑作になっています。この作品が届いたときにフリードリヒ・アウグスト2世は「偉大なラファエロのために道を開けろ」と叫んだという逸話が残っていますが、フリードリヒ・アウグスト2世の気持ちの一端は理解できますね。フリードリヒ・アウグスト2世は絵画収集のほかにも、東洋磁器をコレクションし、さらにはマイセン陶磁器を完成させました。今でもマイセン陶磁器は我々の垂涎の一品ですから、凄い業績です。1763年にフリードリヒ・アウグスト2世が亡くなり、その5年後の1768年にまだ学生だった19歳のゲーテがこの宮廷コレクションを見ることができ、感動の言葉を残しています。このコレクションを《華麗と清らかさ》と評したそうです。その後、1831年に宮廷絵画館はザクセンの国立美術館として公共化されます。1847年に建築家ゴットフリート・ゼンパーGottfried Semperの設計でツヴィンガー宮殿内に現在のアルテ・マイスター絵画館の建物が増設され、1855年に近代的な美術館が公開されます。アルテ・マイスター絵画館には14世紀から18世紀の絵画が展示されています。19世紀以降の近代絵画はブリュールのテラスBrühlsche Terrasseに面して建つアルベルティーヌムAlbertinumの中にあるノイエ・マイスター絵画館Galerie Neue Meisterで展示されています。アルテ・マイスター絵画館の建物を設計したゼンパーはその後、ウィーンWienの美術史美術館Kunsthistorisches Museumの設計も手がけたそうです。名建築家だったんですね。
アルテ・マイスター絵画館の展示総数は約600点。ミュンヘン、ベルリンと並ぶドイツ屈指のコレクションです。しかし、第2次世界大戦ではドレスデンの街と同様に苦渋の歴史を歩みました。戦災を受けたばかりでなく、コレクションは一時ソ連軍に接収されました。ようやく、1956年にコレクションはドレスデンに戻ってきましたが、戦災で破壊された絵画は200点余り、行方不明になった作品は500点とも言われています。爆撃で破壊されたツヴィンガー宮殿は1960年に見事に復旧されました。

さて、前置きが長くなりましたが、アルテ・マイスター絵画館の名品の数々を見ていきましょう。まずはイタリア絵画から見ていきます。イタリア絵画のコレクションの充実には目を見張るばかりです。ボッティチェリ、ラファエロ、ジョルジョーネ、ティツィアーノ、マンテーニャ、パルミジャニーノなどの名画です。

マンテーニャの《聖家族》です。1495年から1500年ころ、マンテーニャ64~69歳の作品です。ヴェネツィア派を代表する画家でもあり、義弟にあたるジョヴァンニ・ベリーニと共通する作風も感じます。実に緻密な描き方に感嘆します。それに彼の作品らしく、画面からは静謐な空気が感じられもします。見事な作品です。


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ジョルジョーネの《眠れるヴィーナス》です。ジョルジョーネは1510年、30代半ばでこの世を去りましたが、そのとき、この作品は未完成の遺作として残されました。彼の死の翌年頃に弟弟子にあたるティツィアーノの手でこの作品は完成されました。アルカディアを思わせる田園風景の中にまどろみながら横たわる裸身のヴィーナス。この構図の作品の先駆となったものですが、どの作品よりもこの先輩格の作品が一番、saraiを魅了してくれます。実物の美しさには息を呑みます。さすがのティツィアーノも後年、この構図で名画《ウルビーノのヴィーナス》を描くものの、この作品を超えることはできなかったというのがsaraiの感想です。なお、ジョルジョーネは愛人からペストをうつされて亡くなりましたが、弟弟子のティツィアーノも80歳を過ぎて、ペストで亡くなります。さほどにヴェネツィアはペストに繰り返し、襲われた街でした。


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そのティツィアーノの《白い衣装をつけた婦人の肖像》です。1555年頃、ティツィアーノ70歳頃の作品です。このころ、ティツィアーノは押しも押されぬヴェネティア派の巨匠。この作品も非のうちどころのない素晴らしいものです。結局、ティツィアーノはこういう女性を描いた作品が一番、saraiの心にぴったりきます。女性の安定した美とでもいうのか、揺るぎのない美の世界を感じます。なお、この絵のモデルはティツィアーノの娘ラヴィニアと言われています。ラヴィニアはこの頃、25歳くらいの筈です。なかなかの美人ですね。


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ピントリッキオの《少年の肖像》です。1480年から1485年ころ、ピントリッキオ26~31歳の作品です。ピントリッキオはそれほど有名ではありませんが、ラファエロの師であったペルジーノに学んだ人です。少年のきりっとした目線が印象的ですが、その風貌から、モデルはラファエロと言われたこともありました。この作品は画家の若い頃の作品ということもあり、まだ、荒削りな印象もありますが、強い意志も感じます。師のペルジーノの作品の艶やかさにはまだまだ及ばないものの、典雅な雰囲気はその影響を受けたものでしょう。


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ボッティチェリの《聖ゼノビウスの生涯の4つの場面》です。1500年頃、ボッティチェリ55歳頃の作品です。ボッティチェリとしては最後期の作品の一つです。この作品はフィレンツェの守護聖人ゼノビウスを主題にした4連作の一つです。残りの3点はロンドン・ナショナル・ギャラリー、メトロポリタン美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリーに所蔵されています。これら4点の作品は、1体の聖遺物箱の側面を飾っていました。聖遺物箱というのは、聖人の遺体や遺物を納めるための容器のことです。制作当時はフィレンツェの教会にこの聖遺物箱が置かれていたようですが、その後、箱が解体され、4枚の作品は離散しました。できれば、4枚一緒に見たいものですね。
この作品はゼノビウス司教の奇蹟と死が描かれています。ボッティチェリは当時、政治的に混乱していたフィレンツェの秩序の回復を願い、死者の蘇生で名高い聖人を描いたようです。画面は4つに分かれ、左から、時間の異なる場面が順に描かれています。一番左は荷車に轢かれる少年、次は息絶えた少年を抱きながら泣き叫ぶ母親、次はゼノビウスの奇蹟の力で蘇った少年と抱き合う母親、最後は修道士に囲まれて死を迎えるゼノビウス。
ボッティチェリの後期の作品らしく、以前の明かるい色調と輝くような美しさはありませんが、難しい時代を生き、人生の困難さを味わいつくした画家の深い諦念を感じさせられる名作です。


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ラファエロの《システィーナの聖母》です。1512年から1513年頃、ラファエロ30歳頃の脂ののりきった時期の作品です。ラファエロがローマ教皇ユリウス2世の依頼でピアツェンツァのシスティーナ教会の祭壇画として描きました。上部に開かれたカーテン、下部に2人の天使が描かれ、装飾的な雰囲気を出しています。画面左の人物はシスティーナ教会の守護聖人の聖シクストゥス(シスト)でモデルは教皇ユリウス2世と言われています。右側の人物はユリウス2世の一門デッラ・ローヴェレ家の守護聖人の聖バルバラです。なお、聖母のモデルはラファエロの愛人ラ・フォルナリーナではないかとも言われています。ラファエロの聖母子の絵には珍しく、祭壇画ということで、269.5×201というとても大きな絵です。聖母子を代表する美しい絵のひとつに見入ってしまいます。ところで、この絵に描かれている2人の天使はこの美術館はおろか、ドレスデンのアイドルとして、至る所で見かけます。これこそ、ラファエロの最高傑作ではないかと配偶者とも笑ってしまいます。


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コレッジョの《羊飼いの礼拝》です。1522年から1530年頃、コレッジョ33~41歳頃の作品です。コレッジョは北イタリアのパルマで活躍した画家です。以前、パルマで大聖堂を埋め尽くすコレッジョの素晴らしい絵を見たことを思い出します。この作品はそのときの素晴らしい絵にも劣らぬものに感じます。馬小屋で生まれたキリストを羊飼いたちが礼拝している聖なる夜を描いたものですが、光の当て方の見事さは後年のカラヴァッジョを思わせます。一瞬の動きも描き出す筆力も素晴らしいです。同じテーマを描くエル・グレコも延長線上に感じられます。この作品はフリードリヒ・アウグスト2世がモデナのエステ家のコレクションを一括購入した際の一枚だそうですが、その頃から、この作品は有名だったそうです。それはそうでしょうね。


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パルミジャニーノの《ばらの聖母》です。1529年から1530年頃、パルミジャニーノ26~27歳頃の作品です。パルミジャニーノはコレッジョと並ぶパルマの2大巨匠の一人です。パルミジャニーノはコレッジョとも近い年代の画家ですが、見ての通り、作風は一挙に新しくなります。マニュエリスムというスタイルを確立した画家です。この作品では、大人びた雰囲気の幼児キリストがエロティックな肢体の聖母マリアに脇の下から一輪のばらを手渡そうとしています。これは若きパルミジャニーノの実に野心的な作品です。こういう絵には、saraiは惹きつけられてしまいます。


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ティントレットの《アルシノエの救出》です。1555年から1556年、ティントレット37~38歳頃の作品です。ティントレットはティツィアーノに続くヴェネツィア派の巨匠の一人です。ド迫力のダイナミックな画面構成で見る者を釘付けにする作品で知られています。現代のハリウッド映画のエンターテインメント作品の先駆けとも思えます。この作品は古代ローマの詩人ルキアノスの作品を題材にしています。エジプトの女王クレオパトラの妹アルシノエ王女はローマのカエサルのエジプト占拠で海中の塔に閉じ込められます。アレキサンドリアの騎士ガニュメデスがそのアルシノエ王女を塔から救い出します。そのシーンを劇的に描いた、いかにもティントレットらしさが満載の作品です。鎖の巻き付いた女性の白い裸身はムードたっぷりといったところです。芸術性は・・・うーん?


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これもティントレットの《悪魔を打ち負かす大天使ミカエル》です。1590年、ティントレット72歳頃の作品です。老いて、ますます、画面構成が派手になっていったティントレットの大作です。当時の人は大喝采でこの作品を迎えたんでしょうね。誰にでも分かりやすい大スペクタクルですものね。


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ヴェロネーゼの《クッチーナ家の人々のいる聖母子》です。1571年、ヴェロネーゼ43歳頃の作品です。ヴェロネーゼもティントレットと並び立つヴェネツィア派の巨匠です。ヴェロネーゼも華麗な宗教画の大作を得意にした画家ですが、ティントレットに比べると、上品に見えてしまいますね。結構、これも派手な作品ではあります。この作品はヴェネツィアの貴族クッチーナ家のために描いた4枚の連作の中の1枚です。画面は大理石の柱で左右に分かれていて、左側は聖母子で、その両脇に洗礼者聖ヨハネと聖ヒエロニムス、そして、天使。右側は聖母子を礼拝するクッチーナ家の人々で、キリスト教の3つの徳である信仰(白い女性)、愛(赤い女性)、希望(緑の女性)に導かれています。この絵はほかの3枚とともにクッチーナ家の宮殿の大広間を装飾していました。芸術性はともかくとして、見事な作品ではあります。


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ほかにもイタリア絵画でご紹介したい名品もありますが、これでアルテ・マイスター絵画館のイタリア絵画のコレクションの素晴らしさはご理解いただけるでしょう。

次はフランドル・オランダ絵画を見ます。


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ドレスデンで音楽・美術三昧:アルテ・マイスター絵画館のフランドル・オランダ絵画1回目

2013年6月13日木曜日@ドレスデン/3回目

充実したイタリア絵画コレクションの次はフランドル・オランダ絵画を見ていきましょう。
フランドル・オランダ絵画では、ヤン・ファン・エイク珠玉の1枚とフェルメールの貴重な2枚に感銘を受けます。レンブラントの作品も充実しています。

まずはヤン・ファン・エイクの《三連祭壇画(トリプティカ)》です。1437年、ヤン・ファン・エイク47歳頃の作品です。この作品は当初、デューラーの作とされていました。しかし、この作品の精巧な油彩画技法がヤン・ファン・エイクその人のものに他ならないとの美術史家の意見も多く、1958年の額縁の洗浄修復の際に下の縁から「ヤン・ファン・エイク、1437年、我れ描き完成す」という銘文が発見され、ヤン・ファン・エイクの作品であることが判明しました。さて、この作品は祭壇画と言っても、教会に飾られるような大きなものではなく、縦が30センチほど、幅が全体で55センチほどの小さなもので、富裕な市民が自宅に飾るものです。しかし、小さいとは言え、細密画法に長けたヤン・ファン・エイクが作り上げたこの祭壇画は膨大な内容を秘めた作品になっています。中央は聖母子が描かれていますが、聖母の衣の赤の色彩の輝かしさに目を奪われます。右翼は聖カタリナが描かれ、ドレスの青い色彩、そして、冠の見事な細密表現には驚かされます。左翼は大天使ミカエルが描かれ、その鎧で身を固めた大天使ミカエルがこの絵の寄進者を聖母に紹介しています。
見れば見るほど奥深い絵です。どれだけ見ても見尽すことは不可能でしょう。ヤン・ファン・エイクは初めて油彩画技法を完成させた画家と言われていますが、いまだに彼を超える油彩画を描ける画家はいないのではないでしょうか。このアルテ・マイスター絵画館で名画を1枚選ぶのなら、saraiは間違いなく、この1枚を選ぶでしょう。次の旅はヤン・ファン・エイクを尋ねて、ベルギーのゲントやブルージュを訪れたいものです。


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ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの《磔刑:聖ヨハネ、聖母マリア、マグダラのマリアを伴うキリスト》です。1460年から1470年頃、ファン・デル・ウェイデン60~70歳頃の作品です。ファン・デル・ウェイデンは現在では、ヤン・ファン・エイクと並ぶ初期フランドルの巨匠と評価されています。15世紀後半はヤン・ファン・エイクを凌ぐ人気すらあったと言われていますが、その後、忘れ去られ、最近になって再評価が進んできた画家です。ただ、この作品はファン・デル・ウェイデン自身の作ではなく、ファン・デル・ウェイデンの作品に習って、彼を信奉する仲間の画家が描いたものとの説が強くなっています。要はファン・デル・ウェイデンの作品ならば、もっと素晴らしいだろうとのことです。実際、後日、プラド美術館で見たファン・デル・ウェイデンの《十字架降下》はヤン・ファン・エイクと見まごうばかりの素晴らしい作品でした。


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ルーベンスの《レダと白鳥》です。1598年から1600年頃、ルーベンス21~23歳頃の作品です。ルーベンスの若い頃の作品ですが、既に十分な筆力を持っていたことが分かりますね。この作品はギリシャ神話の有名な1シーンを描いています。女好きでもある、神の中の神ゼウスは見染めた女性レダを求めて、白鳥に姿を変えて、まんまと事をなしとげます。この絵は初々しいルーベンスを感じさせられます。成熟していないからこそのルーベンスの魅力を感じます。


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ルーベンスの《酔っ払いのヘラクレス》です。1613年から1614年頃、ルーベンス36~37歳頃の作品です。この作品はギリシャ神話から題材を取り、逞しい筋肉の英雄ヘラクレスが酔っ払ってニンフとサトゥロスに導かれて連れ去られるシーンが描かれています。こういう力強く劇的な絵はルーベンスの専売特許ですね。しかもルーベンスの絵の中でも質の良い作品だと感じます。


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ルーベンスの《老女と石炭籠》です。1616年から1618年頃、ルーベンス39~41歳頃の作品です。この作品は夜のシーンで、手を温めている老女、残り火に息を吹きかけている少年、火を一心に見つめている青年、その3人が石炭籠を中心に集まっています。ルーベンスのこのような絵は初めて見ました。明らかにカラヴァッジョの闇と光の表現の影響が感じられます。実際、ルーベンスがこのような夜のシーンの作品を描き始めたのはイタリア訪問後だったそうです。巨匠ルーベンスさえ、カラヴァッジョの作品には畏敬の念を感じたようです。この作品では、石炭籠の光が中心にありますが、これは神の光を暗示しているのでしょう。その光に息を吹きかけるのはキリストでしょうか。カラヴァッジョの技法を完全消化して、鮮やかな構図を作り上げたルーベンスの画力に脱帽です。


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ルーベンスの《狩りから帰るディアナ》です。1616年頃、ルーベンス39歳頃の作品です。この作品は狩りの女神ディアナと男たちの肉体美を描き上げたももです。ディアナはギリシャ神話で活躍するオリュンポス12神の一人で、太陽の神アポロンの双子の妹です。この作品は《酔っ払いのヘラクレス》と同系列のものと言えますが、同時期に《老女と石炭籠》というまったく別傾向の作品も描いているのですから、ルーベンスの画力の幅広さには舌を巻きます。


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ルーベンスの《水浴のバテシバ》です。1635年頃、ルーベンス58歳頃の作品です。この作品は旧約聖書の《サムエル記》に書かれたエピソードを描いています。水浴と言っても、泉の水で体を洗ってもらっているのが人妻のバテシバ。その美しい裸体を盗み見たのがイスラエル王国のダヴィデ王。バテシバの夫の兵士ウリアは戦に出征中でしたが、ダヴィデ王はこのバテシバを宮殿に招いて愛人にし、兵士ウリアを戦の最前線に送り出して戦死させてしまいます。この作品はダヴィデ王自身は登場させずに、黒人の少年にダヴィデからバテシバへの恋文を届けさせています。何のことはない、ルーベンスは旧約聖書を引用することで、女性の豊満なヌードを描く正当性を得ているだけです。ですから、この作品は赤い布と女性の白い肌の対比で、女性の美しさがいかに表現されているかを鑑賞するのが本質と言えるでしょう。saraiはルーベンスのこの手の女性表現は苦手です。


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フランドル・オランダ絵画について、見てきましたが、まだ、レンブラント、フェルメールという巨匠の作品が続きます。


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ドレスデンで音楽・美術三昧:アルテ・マイスター絵画館のフランドル・オランダ絵画2回目

2013年6月13日木曜日@ドレスデン/4回目

前回に続いて、アルテ・マイスター絵画館のフランドル・オランダ絵画の続きを見ていきましょう。このセクションには、イタリア絵画以上に素晴らしい作品が並びます。中でも、これから見ていくフェルメールとレンブラントの作品は凄いとしか言いようがありません。

ヴァン・ダイクの《赤い腕バンドをつけた鎧の男の肖像》です。1625年から1627年頃、ヴァン・ダイク26~28歳頃の作品です。ヴァン・ダイクはイタリアでの修行でルネサンスの巨匠やティツィアーノの作品から強い影響を受けました。当時、肖像画家を自任していたヴァン・ダイクが描いた作品ですが、暗めの落ち着いた色調で凛々しい若い男性の鎧を着けた姿を見事に表現しています。若い男の顔の表情の表現が素晴らしいですね。心の静かな内面まで感じさせられます。


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レンブラントの《サスキア》です。1633年頃、レンブラント27歳頃の作品です。レンブラントが世話になっていた美術商の親戚の娘サスキアと結婚することになるのはこの作品が描かれた翌年の1634年のことです。サスキアはレンブラントよりも6歳ほど若く、サスキアの父は元レーワルデン市長で上流市民階級に属していました。レンブラントはこの結婚を通じて、上流市民階級の多くの顧客を獲得することになります。レンブラントが人気肖像画家として華やかに活躍するのはサスキアが死去する1642年までのことでした。レンブラントが人生の幸福感を味わったのはこの時期でした。この時期にサスキアはレンブラントの油彩作品だけでも10数点の作品に登場し、私生活においても芸術活動においてもなくてはならない存在でした。この作品でのサスキアの微笑みは来たるべきレンブラントの黄金時代を予感させるものですね。


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レンブラントの《放蕩息子の酒宴の場面を演じるレンブラントとサスキア》です。1635年頃、レンブラント29歳頃の作品です。この作品は28歳で上流市民階級の娘サスキアと結婚したレンブラントがその翌年、幸福と喜びの絶頂の様子を描いたものです。ちょっと浮かれ過ぎの感もありますが、人生の絶頂期ということで許されるのではないでしょうか。しかし、近年になって、この作品の解釈が変わってきました。以前は題名も単に《レンブラントとサスキア》ということでした。今では、新約聖書・ルカ福音書にある放蕩息子の物語の主題が作品に秘められていると考えられています。それはそうですよね。あれだけの天才画家レンブラントが単に楽天的なものを描くわけがありませんよね。そう考えると、一種のアイロニーさえ感じられます。


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レンブラントの《ガニュメデスの誘拐》です。1635年頃、レンブラント29歳頃の作品です。この作品では鷲に姿を変えたユピテルが、トロイア王国の建国者トロスの息子で、絶世の美少年のガニュメデスをお小姓として天上に誘拐する様が描かれています。もっとも美少年と言ってもガニュメデスの泣き叫ぶ顔は悲惨さを超えてユーモラスでもあり、また、恐ろしさのあまり、放尿している様子も微笑ましいものです。迫力と言い、ユーモアと言い、構図の見事さも含め、天才レンブラントの鮮やかな作品と言えるでしょう


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レンブラントの《婚宴で謎をかけるサムソン》です。1638年頃、レンブラント32歳頃の作品です。この作品で描かれている内容は長い物語の一部の場面です。ここで描かれている場面はサムソンがペリシテ人の娘と結婚する場面です。この結婚式でサムソンは列席したペリシテ人たちにひとつの謎かけをして、謎を解いた者に賞品として、衣を与えることを約束します。その謎とは「食べるものから食べものが出た。強いものから甘いものが出た。強いものとは何か?甘いものとは何か?」です。こんな謎は解けっこありません。単にその結婚式の前に、サムソンがライオンを倒し、そのライオンの死体にミツバチが群がったことを見た経験を踏まえての謎かけだったんです。もちろん、誰も答えられなかったわけです。画面の中央にでんと座って、強い光があたっているのがペリシテ人の花嫁です。その右側にいる長い髪の男がサムソンでペリシテ人の男たちに夢中になって、謎かけをしています。この絵では、その後の物語の展開も暗示しているようです。花嫁と花婿のちぐはくさ加減です。
この場面の後日檀は次のようなものです。花嫁にせがまれて、つい、サムソンが謎の答え、すなわち、強いものはライオンで、甘いものはミツバチだと明かします。花嫁はペリシテ人の一人にぽろりとこの正解を教えていまいます。正解を言い当てられたサムソンは何と残虐にもほかのペリシテ人たちを殺して奪った衣をこの男に与えます。その残虐行為に怒った花嫁の父親によって、サムソンの結婚は数日で終了。その後、サムソンはますますペリシテ人に残虐行為を働きます。
このレンブラントの描いた歴史物語は光の使い方こそ、彼の面目躍如ですが、絵そのものからの感銘はさほど受けないというのがsaraiの正直な感想です。


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レンブラントの《赤い花を持つサスキア》です。1641年頃、レンブラント35歳頃の作品です。サスキアの落ち着いた美しさが内面から滲め出てきているようです。21歳でレンブラントと結婚したサスキアはこのとき28歳で、サスキアも、そして、レンブラントも人生の頂点。しかし、この翌年に突然、サスキアは亡くなります。これが人間の運命でしょうか。


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フェルメールの《娼家にて》です。1656年頃、フェルメール24歳頃の作品です。この作品はフェルメールの初期作品で、署名はもちろん、年記もはいっています。年記がはいった作品はわずか3点しかなく、この作品はその最初のものです。この作品は一見、風俗画ですが、テーマは放蕩息子を扱ったもので、宗教画家を目指したというフェルメールの過渡的な作品とも言えるでしょう。正直なところ、saraiには一見して、この作品がフェルメールの真作かどうかがよく分かりません。フェルメール好きのsaraiにしても、こんな作品をありがたがって鑑賞する趣味はありません。


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フェルメールの《手紙を読む女》です。1659年頃、フェルメール27歳頃の作品です。この作品はこの窓辺から差す光とその光に照らされた室内で女が無心の行為にふけるというフェルメール劇場の開幕となった記念碑的作品です。この典型的パターンに到達したフェルメールは世界の永遠を写し取る大芸術家に飛翔しました。本当に素晴らしい作品です。saraiは《デルフトの風景》と《牛乳を注ぐ女》の2作を異常に愛していますが、この作品もそれらに次いで好きな作品です。窓辺で手紙を読みふける女の一瞬の姿を精密に描き切ることで、大袈裟に言えば、宇宙の永遠の神秘を描きとったと思える、フェルメールの天才的な芸術性を強く感じます。アルテ・マイスター絵画館では、ヤン・ファン・エイクの《3連祭壇画》と並ぶ至宝と思います。


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フランドル・オランダ絵画は本当に堪能しました。次はドイツ絵画に移りますが、何と言ってもsaraiの大好きなクラナッハの作品が楽しみです。


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ドレスデンで音楽・美術三昧:アルテ・マイスター絵画館のドイツ絵画、スペイン絵画

2013年6月13日木曜日@ドレスデン/5回目

ドレスデンDresdenのアルテ・マイスター絵画館Gemäldegalerie Alte Meisterで絵画鑑賞中です。次はドイツ絵画を見ます。この美術館はクラナッハの作品が充実していてsaraiは、大満足です。

まずはハウスブーフの画家の《ピエタ》です。1480年頃の作品です。この作者は1470年代から1500年にかけて、ライン川の中流地域で活躍したと思われる画家で、姓名不詳です。ドイツ南西部のヴォルフエック城に所蔵されていた家庭用祈祷書《ハウスブーフ》の作者であったことから、ハウスブーフの画家Hausbuchmeisterと呼ばれています。素朴ながら、力強い表現が印象深い作品です。


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アルブレヒト・デューラーの《聖母の7つの悲しみ》です。1495年から1496年頃、デューラー24~25歳頃の作品です。この作品はデューラーがニュルンベルクNürnbergに居を定めた後、初めての大きな制作になりました。7枚のそれぞれの場面はキリストの生涯からのものです。中央の欠けている部分は本来、《悲しみの聖母》Mater Dolorosaがありましたが、これは現在、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークに所蔵されています。7枚の各パネルは左上からぐるりと反時計周りに、順に《キリストの割礼》、《エジプトへの逃避》、《博士たちと議論するキリスト》、《十字架を担うキリスト》、《十字架へのはりつけ》、《キリストの磔刑》、《キリストの哀悼》が描かれています。デューラーにしては、まだまだ、細かい表現がこれからの感はありますが、よく構成された作品ではあります。


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アルブレヒト・デューラーの《ベルンハルト・フォン・レーゼンの肖像》です。1521年頃、デューラー50歳頃の作品です。デューラーは神聖ローマ帝国皇帝のマクシミリアン1世の寵愛を受けました。その皇帝が1519年に死去し、その翌年、デューラーはネーデルランドに旅立ちます。この作品はその旅先で制作されたものです。デューラーの日記の内容から、この作品のモデルはダンツィヒの商人一家の息子ベルンハルト・フォン・レーゼンと考えられています。この時代、商人は手紙を手にして描かれることが多く、この作品でも茶色の壁を背景に、黒い帽子と黒い衣装の男が手紙を手にして描かれています。円熟したデューラーの筆によるこの作品は、ゆるぎない安定感のもと、男の落ち着いた内面が見事に描き切れています。デューラーの傑作の1枚です。


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さて、いよいよ、クラナッハの作品群です。

ルーカス・クラナッハの《聖カタリナの殉教》です。1506年頃、クラナッハ34歳頃の作品です。1505年、ザクセン選帝侯のフリードリヒ賢明公はクラナッハをヴィッテンベルクWittenbergで宮廷画家として任じます。以来、クラナッハは3代のザクセン選帝侯に50年近く、仕えることになります。この作品は宮廷画家として、初めての大きな委嘱作品であり、初めての祭壇画でもありました。
フリードリヒ賢明公は1502年にヴィッテンベルクに大学を創立しましたが、この作品はそれを記念したものです。聖カタリナは学問の守護聖人。言い伝えによれば、聖カタリナはローマ皇帝が招集した50人の学者を論破して、キリスト教の優位性を示し、彼らをキリスト教に改宗させたそうです。しかし、その結果、彼女は死に追いやられます。釘の打ち付けられた車輪による拷問は神の力で打ち砕かれ、結局、斬首による殉教を遂げることになります。この作品の中央のパネルはそのシーンを描いています。左側のパネルは聖ドローテア、聖アグネス、聖クニグンダが描かれ、右側のパネルには、聖バルバラ、聖ウルスラ、聖マルガレートが描かれています。有名な聖女のオンパレードです。その聖女たちの中でも聖カタリナが史上最高のヒロインです。クラナッハはこれらの聖女たちを好んで取り上げました。この作品は美しく描かれた聖女たちの姿の素晴らしさがとても印象的です。女性を描かせたら右に出るもののいないクラナッハの真骨頂の作品と言えるでしょう。


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ルーカス・クラナッハの《ザクセンのハインリヒ敬虔公とその妻カタリーナ・フォン・メクレンブルク》です。1514年頃、クラナッハ42歳頃の作品です。ザクセン選帝侯のフリードリヒ賢明公はヴェッティン家の流れで、一方、ハインリヒ敬虔公は分派したアルベルティン系のザクセン公です。ハインリヒは、1512年にメックレンブルグ公マグヌス2世の娘カタリーナと結婚しましたが、その祝いとして、クラナッハに夫妻の肖像画を依頼しました。そこでクラナッハは、二人の肖像を一対の作品として完成させました。ハインリヒ敬虔公の堂々たる姿、そして、何よりも、カタリーナの才色兼備の美しさは素晴らしいです。


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ルーカス・クラナッハの《エデンの園》です。1530年頃、クラナッハ58歳頃の作品です。この作品は説明の必要はないでしょう。画面の中央にはアダムとイブが描かれています。クラナッハ得意の題材です。ここでは神から知恵の実の林檎を食べないように約束させられています。時間の経過していくほかの場面も一緒に描き込まれています。林檎を遂に食べてしまう場面、楽園から追放される場面とかです。題材は異なりますが、主君の狩猟場面を描いた作品、人間の黄金時代(ゴールデンエイジ)を描いた作品も同一系列上の作品群です。こういう傾向の作品は過去に多く鑑賞しました。クラナッハの得意の構図の一つです。


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ハンス・ホルバインの《モレット卿、シャルル・ド・ソリエの肖像》です。1534から1535年頃、ホルバイン36~38歳頃の作品です。ホルバインはドイツのアウグスブルク出身でスイス時代を経て、1532年ロンドンに赴き、ヘンリー8世の宮廷画家として、肖像を描いて花を開かせました。ヨーロッパ各地でホルバインの肖像画を見ることができます。特にヘンリー8世と彼の妻、愛人の肖像画が印象的です。この作品はモレット卿、シャルル・ド・ソリエを描いたものですが、彼は4人のフランス王の下で軍人、外交官を務めた人物で、この作品に登場するときは駐英フランス大使の職にありました。威風堂々とした姿で描かれていますが、ホルバインは実際よりも人物を立派に綺麗に粉飾する傾向がありますから、肖像画としては割り引いて見ないといけないでしょう。肖像画ではなく、モデルを用いた人間賛歌と思えば、素晴らしい作品です。


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次は18世紀に進み、スイス絵画を見ます。

ジーン・エティエン・リオタールの《ココアを運ぶ娘》です。1744年から1745年頃、リオタール42~43歳頃の作品です。リオタールっていう画家、全然知りませんが、ジュネーヴ生まれでヨーロッパを転々とした挙句、スイスで亡くなりますから、一応、スイス絵画の画家といってもいいでしょう。それに作風がまさにスイスらしい細密でリアリスティックなものです。絵の内容は当時、高級な飲み物だったココア(チョコレート)が主題になっていて、高価な陶磁器(マイセンと思われます)を運び、緊張している娘の内面が微笑ましく感じられます。


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最後はスペイン絵画を見ます。スペイン絵画ではムリリョの絵画が素晴らしいです。

エル・グレコの《盲人を癒すキリスト》です。1570年頃、エル・グレコ29歳頃の作品です。1567年にヴェネツィアに移住したエル・グレコがヴェネツィア・ルネサンス様式で描いた初期の作品です。後のスペイン時代に見られる熱い個性はまだ感じられません。言わば、借りてきた猫っていう感じでしょうか。ここにはトレドで巨匠に上り詰める人の片鱗も感じられないと言ったら、言い過ぎでしょうか。この人が10年も経ずして、トレドで素晴らしい作品を描くようになるのですから、人間、分からないものです。


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スルバランの《祈る聖ボナヴェントゥーラ》です。1628年から1629年頃、スルバラン30~31歳頃の作品です。スルバランもまたカラヴァッジョの光と影の明暗技法の洗礼を受けた画家です。この作品は聖フランチェスコの弟子であるボナヴェントゥーラの前に天使が現れ、次に選出されるローマ教皇の名前を告げるシーンが描かれています。画面右側には、コンクラーヴェに臨んでいる枢機卿たちの姿が描かれています。構図の素晴らしさはもとより、劇的な緊張感にあふれた名作です。


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ムリリョの《聖キアラ(聖クララ)の死》です。1645年から1646年頃、ムリリョ27~29歳頃の作品です。この作品はフランチェスコとともにフランチェスコ会派を起こした聖キアラの死の場面を描いたものです。アッシジの聖キアラ教会を訪問したときの感銘が蘇ってきます。


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ムリリョの《聖母子》です。1670年から1680年頃、ムリリョ53~63歳頃の作品です。ムリリョ晩年の超名作ですね。美しいマリアに抱かれたかわいいキリスト。名だたる聖母子作品のなかでも光を放つ素晴らしい作品です。ムリリョの最高傑作と言っても過言でないでしょう。


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ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館は展示作品の数は多くはないのですが、素晴らしい作品が多く、とても楽しめました。
次はドレスデンに多く名品が所蔵されているというフリードリッヒの絵を見たいところですが、これはノイエ・マイスター絵画館のほうに展示されているので、明日、ゆっくりと鑑賞することにします。


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ドレスデンで音楽・美術三昧:聖十字架教会の塔からのドレスデンの眺め

2013年6月13日木曜日@ドレスデン/6回目

アルテ・マイスター絵画館Gemäldegalerie Alte Meisterの傑作絵画群を1時間半ほどで堪能し、ツヴィンガー宮殿Zwingerの外に出ます。


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傍らにはゼンパーオパーSemperoperの美しい姿が見えます。今夜はここでバレエを見ます。また、後で戻ってきましょう。


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ゼンパーオパーの前には劇場広場Theaterplatzが広がり、その先には、カトリック旧宮廷教会Katholische Hofkircheが見えています。


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カトリック旧宮廷教会の横にはドレスデン城Residenzschloss。華麗なバロックの都ドレスデンDresdenで一番美しい場所です。何度見ても見飽きません。


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この後は、昨日空振りだった聖十字架教会Kreuzkircheの塔に登ってドレスデンの街を見下ろしてみましょう。

聖十字架教会までのルートを地図で確認しておきましょう。


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聖十字架教会は、ホテルの目の前なので、カバンなどの余計なものはホテルに置いて、身軽になって階段を上りましょう。配偶者が聖十字架教会でオルガン奏者の練習の響きを楽しんでいるあいだに、saraiが荷物をすべてホテルの部屋に置いてきます。さあ、これで上れなかったら情けないですね。ドレスデンカードで半額になる料金2人分3ユーロを支払って上ります。塔の入り口の扉を開けてくれるので、中にはいります。目の前には早速、階段がお出迎えです。


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これが今入ってきた入口のドア。こちらからは出口と書いてあります。既に固く閉じられています。


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2階まで上ると、オルガン席への入り口があります。ここまでは、塔に上る階段と2階への階段が共通になっています。


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この2階から、塔に上る専用階段が始まります。


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急な螺旋階段です。心して上りましょう。


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もう、鐘の横まで上ってきました。展望台はもうすぐ。


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大分汗をかきますが、256段の階段を一気に上り切ります。高さ54mの塔の展望台からの素晴らしい眺めが待っています。
目の前には、隣接する市庁舎Rathausの建物とその中央に98.5mのドーム型の塔が聳えています。塔の尖端には《黄金の男》像が立っています。


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視線を左に移すとドレスデンDresdenのシンボルのフラウエン教会Frauenkircheが目に入ります。


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少し左手を見ると、手前にアルトマルクト広場Altmarkt Platz、通りを挟んで文化宮殿Kulturpalast、その先がドレスデン城Residenzschloss、ツヴィンガー宮殿Zwingerが見えています。


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アルトマルクト広場を見下ろすと、暑い日差しを避けたのか、ほとんど、人影が見えません。


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少し、遠くを見渡すと、建物の向こうにエルベ川Elbeの蛇行する流れも見えます。見えている橋はアルベルト橋Albertbrückeのようです。旧市街と新市街をつなぐ橋の一つです。エルベ川はこの先、アウグスト強王の夏の離宮ピルニッツ宮殿Schloss Pillnitz、さらには、大自然の荒々しい景観のザクセン・スイスSachsische Schweizに遡っていきます。その先はチェコ国境です。その先はエルベ川もモルダウ川Moldau(チェコ語ではヴルタヴァ川Vltava)と名前を変えて、プラハPrahaの街に続きます。明後日はこのルートを鉄道で辿って、プラハに向かう予定です。


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遥か丘の上には古城も見えています。


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期待した通り、聖十字架教会の塔の上からは素晴らしい街の風景を眺めることができました。

この後はいつものパターンです。バレエを見る前にホテルで休みます。


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ドレスデンで音楽・美術三昧:ドイツ菓子の老舗クロイツカム、そして、エルベ川水害の復旧は?

2013年6月13日木曜日@ドレスデン/7回目

ホテルでゆっくり休憩した後、バレエを見るためにゼンパーオパーSemperoperに出かけます。今夜の開演時間は8時なので、バレエの前に、アルトマルクト広場Altmarkt PlatzにあるクロイツカムKreuzkammの本店(バウムクーヘンの発祥の店)でお茶していきましょう。クロイツカムはミュンヘンにも支店がある有名なお菓子屋さんです。
アルトマルクトの広場を通りかかると、子供たちがはしゃいで、水浴びをしています。天候不全も収まって、ようやく暖かくなりましたね。その実感が感じられる光景です。


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クロイツカムは大きなビルの中のテナントショップで、老舗の貫禄は感じられず、ちょっと残念ではあります。


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それでもカフェにはいると、中は可愛くて雰囲気のよいお店です。


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今回はバウムクーヘンではなく、ケーキをいただきます。
配偶者はホワイトチョコレートのケーキ。


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saraiはチョコレートケーキ。


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紅茶はガラスのカップで出てきます。カップも紅茶もダルマイアーのものです。


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大変美味しいケーキを楽しめました。

お茶の後、バレエの開演時間にまだ時間があるので、エルベ川Elbeの状況を観察しようと、エルベ川岸辺のブリュールのテラスBrühlsche Terrasseに向かいます。ブリュールのテラスはもともと、エルベ川の洪水から街を守る護岸のために築かれた岸壁でした。この岸壁からの眺めをアウグスト2世が大変気に入って、土地を所有していたブリュール伯爵から購入し、その後、アウグスト2世のお抱えの建築家によって、エルベ川に沿った見晴らしバルコニーが建設されました。この経緯から《ブリュールのテラス》と名付けられることになりました。かって、ドレスデンを訪れたゲーテはこの《ブリュールのテラス》からの眺めを絶賛して、《ヨーロッパのバルコニー》と呼んだという話が残っています。ゲーテは色んな名言?を残していますね。

ブリュールのテラスに上る階段の前までやってきます。夕暮れの青空の碧さが目に染みます。


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ここまでのルートを地図で確認しておきましょう。


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ブリュールのテラスに上って、そこからエルベ川を見下ろすと、昨日に比べて、ずい分、水が引いています。エルベ川クルーズ船乗り場の前の道もすっかり水が引き、道としての姿を現しています。


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まだ水の引かない川岸のベンチに悠然と座っている長髪の青年もいるくらいですから、いかに洪水に対する危機感がなくなってきたか、わかりますね。しかし、水に浸かっているベンチに座って、一体、彼は何をしているんでしょうね。


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重機も出動して、川岸のゴミの片づけが始まっています。もう、完全復旧が間近い感じです。


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ブリュールのテラスの裏にはドレスデン要塞Festung Dresdenの堂々たる建物が建っています。水害とは無縁の感じです。ブリュールのテラスで洪水から守られていますから、当然と言えば、当然です。


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ブリュールのテラス自体も明るい日差しを浴びて、平和そのものに見えます。


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再び、エルベ川を見渡します。まだ、川岸の一部は冠水していますが、明日あたりは引きそうな勢いです。


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先ほどのベンチの青年の様子を見ますが、じっとそのままです。近くには親子で散策する姿も見えます。水害と平和な人々の営みが共存する様はとても違和感を感じますが、自然と人の共存関係は太古の昔から続いてきたものです。こんなものなのでしょうね。


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アウグストゥス橋Augustusbrückeのあたりを眺めると、エルベ川沿いの道は橋の下で水没しています。復旧間近と言えども、まだまだ、大変な状況なんだと感じます。


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ブリュールのテラスから、エルベ川水害の復旧状況の観察を続けます。


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ドレスデンで音楽・美術三昧:エルベ川水害の順調な復旧、そして、ライトアップされたドレスデンの美

2013年6月13日木曜日@ドレスデン/8回目

ブリュールのテラスBrühlsche Terrasseに立って、エルベ川水害の復旧の様子を見守っています。
既に川岸の道路(昨日は水に浸かっており、通行禁止)は全部ではありませんが、ほとんどの部分は水が引いています。しかし、妙に道路が水に濡れています。まだ、水に浸かっていたときの後遺症なのかなと頭を捻ります。


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すると、すぐにその答えが分かりました。消防の放水車が出て、道路清掃を始めていたんです。その放水で道路が濡れていたようです。


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放水車は元気よく、道を清めていきます。こういう自然災害からの復旧活動を見ると、無性に嬉しくなります。


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放水車は今度は向きを変えて、逆方向に向かいながら、道を洗っていきます。こうして、川の泥水で汚れた道もどんどん綺麗になっていきます。


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放水車が次第に遠ざかっていきます。このあたりで復旧活動の観察を切り上げましょう。


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きっと、明日はエルベ川クルーズも再開できるのではないでしょうか。今日の時点では、船着き場の一部が水没していますが、あと僅かで乗船可能でしょう。乗船チケット売り場の建物も水が引き、床が乾いています。ドレスデン完全復活、近しの感です。

観光客で賑わうブリュールのテラスを後にします。


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バレエを見るためにゼンパーオパーSemperoperに向かいます。これが今日のチケット。前のほうの中央の席です。


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今日はドレスデン国立バレエの公演です。バレエの公演は、観客席にさすがに子供が多いですね。オペラとはかなり雰囲気が違います。演目も、フォーサイス振付のモダンバレエで、こんな世界もあるのかという肉体と集団の美を楽しみました。詳細はここにアップ済です。

終演後、既にゼンパーオパーの外は宵闇に包まれています。目の前にライトアップされたカトリック旧宮廷教会Katholische Hofkircheの美しいバロック建築の建物が夜空を背景にぼーっと浮かび上がっています。


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劇場広場Theaterplatzの中央から振り返ると、美しいゼンパーオパーのライトアップされた姿が浮かび上がっています。重厚にして、優美ですね。


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ツヴィンガー宮殿Zwingerのゼンパーが増設したアルテ・マイスター絵画館Gemäldegalerie Alte Meisterの建物もライトアップされ、イタリア・ルネサンス様式の美しい姿を見せています。


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これはゼンパーオパーとその向かいに建つドレスデン城Residenzschlossのライトアップされた姿です。


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劇場広場を立ち去る前に、もう一度振り返って、ゼンパーオパーの美しい姿を脳裏に刻み付けます。


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お昼に見たドレスデンの美とはまた一味違った、もう一つの美を堪能しました。

明日も1日、ドレスデンカードをフル活用して、ドレスデンの美術館・博物館を精力的に見て回ります。夜は今度はドレスデンのオペレッタです。


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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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天野さん

saraiです。初めまして。コメントありがとうございます。ブログを書く励みになります。当日は快晴で素晴らしい日でしたが、夏の陽光がまぶしいほどで暑さに悩ま

09/27 14:15 sarai

充実した心豊かなご様子に励まされます.
情報、有り難うございました.
いつか、ふらっと訪ねてみたいです.

09/27 09:23 天野哲也

昨日投稿した記事の一部に誤りがありました。ドイツ騎士団の中庭はパスしないで、ちゃんと見ていました。追記・修正しました。申し訳ありません。

08/07 00:28 sarai

えりちゃさん、saraiです。お久しぶりです。

これは昨年の9月のウィーンですが、現在のコロナ禍では、古き良き日という風情ですね。もう、ポスト・コロナでは、行けたにし

07/20 12:41 sarai

Saraiさま、
お元気ですか?
新型コロナウィルス、自粛中。
このウィーンの散策を読んでいると、なんだか切なくて悲しくなってきました。
次はいつ行けるのかな、とか思う

07/20 05:08 えりちゃ

はじめまして。ブログ拝見させていただきました。私は、個人ブログを運営しているyuichironyjpと申します。フリーランサーとして活動しており、フリーランスで稼ぐ方法や、

06/14 23:46 Yuichironyjp

ありがたいコメント、嬉しいです。マーラーのファンのかたにこそ、読んでいただきたかったので、気持ちを共有できた思いです。自然の中にこそ、マーラーの音楽の本質はあり

04/23 23:45 sarai
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