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プラハで音楽・美術三昧:ドレスデンからプラハへ電車でGO

2013年6月15日土曜日@ドレスデン~プラハ/1回目

旅の16日目です。今日はドレスデン滞在5日目です。

ドレスデンDresdenは今日もドイツ晴れ。ずっと好天が続きます。その気持ちのよいドレスデンを発って、今日はプラハPrahaまで鉄道の旅です。
ゆったりした11時8分発の列車なので、相変わらず朝はのんびりです。昨日日本人オーナーのワイン屋さんで買い求めたフランケンワインもしっかりカバンに詰め、かなり重くなった荷物をガラガラ引いて駅に向かいます。駅まではトラムを利用します。ドレスデンカードの有効期限は昨日までだったので、停留所の自動販売機で1回券を購入します。


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1回券は2ユーロ、日本円で300円ほどですから、駅までの2駅ほどの短距離としてはかなり高価ですが、チケットなしで乗ると高額の罰金を取られるので律儀に購入します。ドレスデンの市内交通でも前回の旅では実際にチケットのチェックがありました。今回の旅ではたまたまチェックはありませんでしたが、違法行為は厳禁でしょう。


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ドレスデンのトラムは黄色い車体が印象的です。


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駅前でトラムを降りて、広場の先にあるドレスデン中央駅Dresden HBFに向かいます。


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天井が高く、明るいドレスデン中央駅の構内に入ります。


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ずっと朝御飯らしいものを食べていないので、何だかたっぷりのコーヒーか紅茶が飲みたくなります。まだ発車までに30分ほどあるので、ドレスデン中央駅のベーグル屋さんで朝食を食べていきましょう。


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saraiが注文の列に並んでいると、日本人の母娘が後ろに並びます。ドレスデンでヴァイオリンを勉強しているお嬢さんのもとにお母さんが遊びに来たとのことで、これからプラハへ一泊旅行に出掛けるようです。とっても上品なお母さんで、ライプツィッヒLeipzigでバッハの音楽も楽しむそうです。ところで、saraiが並んでいる列といっても、前に1人いるだけです。これがなかなか進まない。ようやく大きなカップに入ったたっぷりのコーヒーと温かいベーグルを手にしたときには、発車15分前。美味しいコーヒーを急いで飲みます。


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ベーグルはなかなか、これで分量があります。


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大急ぎで食べられるだけ食べて、残りのベーグルを持ってホームに駆け込みます。
ホームは駅の中央にあるターミナル形式のホームではなく、駅の一番端にある通過型の3番線です。これは前回の旅で経験済ですから、迷うことなく直行。
ホームに行くと、既にプラハ経由ウィーン行のECは入線しています。チケットはネットで購入済です。


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あえて指定席は予約しませんでした。前回の旅で、ドレスデンからプラハへの電車はがらがらに空いていたので、指定は不必要だと思ったんです。そういう経験もあったので、ちょっとのんびりしすぎたかもしれません。土曜日ということもあるのか、車内は混雑していてほぼ満席状態。今日は2等車なので指定をとるべきでした。車内の席の空き具合の様子を眺めながらどんどんホームを移動します。混んでいる車両を通り過ぎて、とうとう先頭車両まで来てしまいます。この先頭車両で何とか座席を確保。ホッと安心して席に落ち着くと、何だか最前列の席の方が騒がしいです。男の子が10人ほど乗り込んでいて、ゲームの音楽は流れるは、奇声は発するは、大声で話すは、やりたい放題です。この集団とずっとプラハまで一緒することになってしまいますが、座れたので良しとするしかないですね。満席状態で、移動する席もありません。
やがて電車が出発します。これが車内の様子。まだ相席なら座れそうですね。


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ところで、席にはDBの電車説明パンフレットが置いてあります。自分の乗っている電車の各種情報が記載されています。この電車はEC173のハンブルクHamburg発のヴィラッハVillach行ですが、その詳しい運行情報が分かります。DBはICE、EC、ICなどの特急電車には必ず装備されていて、とても便利なサービスです。


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ドレスデンからプラハまでの停車駅と時刻も掲載されていて、とても参考になります。プラハまで2時間半の旅です。


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出発して10分もすると、電車は緑の平原の中を走ります。


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やがてエルベ川Elbe沿いを走りだします。


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美しいエルベ川沿いなのですが、ノロノロ運転です。


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そのノロノロ運転も仕方ありません。エルベ川は相変わらず、高い水位です。


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線路に水が迫っているわけではありませんが、水が引いたばかりで地盤がよくないようです。やっと水位が下がったエルベ川ですが、まだまだこんな状況です。
家の中まで水が入ったのか、快晴の週末を利用しての片付けに励む姿も見受けられます。

そのノロノロ運転のままで、エルベ川の景勝地ザクセンスイスSaechsische Schweizを通過します。川岸に切り立った岩が絶景を形作っています。


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このザクセンスイスを車窓からゆっくり見物するには、電車の速度が極端に遅いのはいいことではあります。綺麗な眺めを堪能します。


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電車はゆっくりとプラハに向かっていきます。運行できなくなるような感じではないのが救いです。


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プラハで音楽・美術三昧:プラハへ遅れるものの無事に到着

2013年6月15日土曜日@ドレスデン~プラハ/2回目

ドイツ国鉄DBの特急電車ECでドレスデンDresdenからプラハPrahaへ向かっています。大雨の影響で地盤の緩んだエルベ河畔を徐行しながら、最初の停車駅バート・シャンダウBad Schandauに到着。既にここまでで15分ほどの遅れです。この駅はドイツ国内最後の停車駅です。ドイツでの6日間の旅は鉄道が大水の影響を受けたものの何とか予定通りに完了できました。


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エルベ川Elbeの上流はチェコ国内に入ると、ヴルタヴァ川Vltava(ドイツ語ではモルダウ川Moldau)に名前が変わります。もう、このあたりはチェコ国内です。電車はヴルタヴァ川に沿って走ります。ヴルタヴァ川の流れも濁流ですが、水位はそれほど高くはありません。


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チェコ国内のウースチー・ナド・ラベム本駅Usti nad Labem hl.n.に到着。さらに遅れが広がり、25分ほどの遅れです。


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遅れをひきづりながら、電車はウースチー・ナド・ラベム本駅を出発。


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電車は少しずつ遅れながらも、やがて、ボヘミアの野を走りだします。


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ようやく、電車はプラハに近づきます。ここで蛇行するヴルタヴァ川を渡ります。空は青空、好天気です。


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ヴルタヴァ川の鉄橋の中ほどです。


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ヴルタヴァ川を渡り終えます。


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プラハ市内に入り、いったん、プラハ・ホレショヴィッツェ駅Praha Holesoviceに停車。駅を発車し、再度、ヴルタヴァ川を渡ると、プラハの市街地の中心です。


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結局、プラハには40分ほどの遅れで到着。大水の影響があった割には、まあまあの遅れにとどまりました。電車を降りて、プラハ本駅Praha hlavní nádražíの構内に出ます。駅の構内は意外に新しいですね。プラハ本駅は、何だか人でごった返しています。sarai達の列車は40分遅れでしたが、1時間遅れや2時間遅れの列車もあるようです。まだまだ、鉄道の混乱は続くようですね。


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ドレスデンからプラハまでの鉄道ルートを地図で確認しておきましょう。


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新しい街に着いてまずしなくてはいけないことは、足の確保です。そして、通貨の違う国に来てまず困ることは、コインがないということです。自動販売機は使えません。足を確保するために市内交通の3日間乗り放題券を買いたいので、ツーリストインフォメーションに行くのが最適でしょう。探して探して駅の中をウロウロ。ここは鉄道のチケット売り場ですから、市内交通のチケットは購入できないようです。


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やはり、ツーリストインフォメーションを探しましょう。駅構内を歩き回ります。


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ツーリストインフォメーションは見つかりませんでしたが、ツーリストポイントというショップをようやく見つけます。


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早速、列に並んで、チケットを購入しましょう。


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市内交通乗り放題の3日間券は購入できますが、驚いたことに支払いはユーロのみでチェコの通貨コルナは使えません。どうなっているんでしょうか。まあ、ユーロはたっぷり持っているので、チケットを購入。3日間券は一人分310コルナで、実際はユーロで購入。13ユーロほどです。日本円で1500円くらいです。


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とりあえず、足を確保できたので、ホテルに向かいましょう。ところがsaraiは思い違いをしていて、ホテルはプラハ本駅の前ではなく、一つ地下鉄で移動したムゼウム駅Muzeumからヴァーツラフ通りVáclavské náměstíを歩いて少し入ったところです。思い違いをしていた理由は今日から泊まるK+K Hotelはプラハに2軒あり、1軒はプラハ本駅の前で、もう1軒のほうが予約したホテルだったんです。駅を出る前に間違いに気が付いて、よかった・・・。
早速、購入したての3日間券を活用して、地下鉄の改札を抜けます。もっとも、最初から地下鉄に乗るつもりなら、地下鉄の窓口で3日間券を購入するのが早道でしたね。


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プラハ本駅には地下鉄も乗り入れており、地下鉄C線プラハ本駅hlavní nádražíがあります。


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地下鉄C線のホームに下ります。ここから、1駅隣のムゼウム駅まで移動します。


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この後、まずはホテルに荷物を置いて、プラハ散策に出発します。


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プラハで音楽・美術三昧:プラハ散策へ出発

2013年6月15日土曜日@プラハ/3回目

プラハPrahaのホテルに到着です。ホテルはK+K Hotel Fenix。ホテルまでの経路は地図を参照してください。
 ① プラハ本駅Praha hlavní nádražíから地下鉄C線でムゼウム駅Muzeumまで1駅移動
 ② ムゼウム駅からヴァーツラフ通りVáclavské náměstíを歩いて、ちょっと脇道を左に折れて数分


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観光客の行き交うヴァーツラフ通りから少し脇に入ったところにある観光に便利な場所にあります。
レセプションでチェックイン。


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小奇麗なロビーです。


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これが入ってきた入り口。


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キーホルダーになっているホテルカードをもらって、5階の部屋に向かいます。


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部屋もなかなかこざっぱりとした綺麗です。ベッドも広々としていてお洒落です。


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明るい窓辺の籐椅子もリラックスできそうです。


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これが水回り。Eメールで依頼していたバスタブもあります。


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窓の外はちょっとしたバルコニーになっています。


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さて、部屋に荷物を置いたところで、行動開始。電車の遅れもあったので、もう午後3時です。ホテルを出て、ヴァーツラフ通りに出ます。ムゼウム駅の方を眺めると、重厚な国立博物館Národní muzeumの姿が見えます。


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これからプラハ国立美術館Národní galerie v Prazeに向かうので、ヴァーツラフ通りをムゼウム駅とは反対の旧市街の中心、ムーステク駅Můstekの方に歩きます。通りの真ん中は花盛りです。


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ヴァーツラフ通り沿いには由緒ある建物が立ち並び、古くからの高級ホテルもあります。


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トラムの走るインドジシュカー通りJindřišská uliceまで来ました。国立博物館も少し離れましたね。


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ここは観光客で混雑するところですが、警察車両を停めてしっかりと警備を固めています。外国人には安心ですね。


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ヴァーツラフ通りの先の突き当りはムーステク駅の辺りでしょう。ムーステク駅は地下鉄A線と地下鉄B線が交差する地下鉄駅です。ちなみにプラハの地下鉄はA線,B線,C線の3路線のみで、トラムが網の目のように走っています。プラハの街はトラムを乗りこなす必要があります。


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インドジシュカー通りを眺めると聖ヘンリーの塔Jindřišská věž(Henry's Bell Tower)が見えます。実はこれを見て、saraiは火薬塔Prašná bránaと誤認したんです。プラハは百塔の街と呼ばれるほど多くの塔がありますから、似たような塔もあります。この誤認のせいで、後で道に迷うことになってしまうんです。


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ここにあるトラム乗り場ヴァーツラフ広場Václavské náměstíからトラムに乗り、トラム24番で、ヴィレトゥルジェニー宮殿Veletržní palácにあるプラハ国立美術館Národní galerie v Prazeの分館に向かいます。

これまで歩いたところを地図で示しておきます。赤の矢印のようにホテルからヴァーツラフ通りを歩き、インドジシュカー通りまで来て、国立博物館やムーステク駅の方を眺め、インドジシュカー通りにある聖ヘンリーの塔(地図の右上)を眺め、トラム乗り場からトラムに乗ります。


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プラハで音楽・美術三昧:プラハ国立美術館のチェコ美術・・・ミュシャ発見!

2013年6月15日土曜日@プラハ/4回目

トラム乗り場ヴァーツラフ広場Václavské náměstíからトラムに乗り、ヴィレトゥルジェニー宮殿Veletržní palácにあるプラハ国立美術館Národní galerie v Prazeの分館に向かいます。

やってきた14番のトラムに乗り、路線地図と見比べて景色を楽しんでいたsaraiが、あれ~と大きな声を配偶者に出します。路線地図とは異なる走り方です。変だ変だと思いながら進むうちに、思っていたのとは反対側にヴィレトゥルジェニー宮殿を見つけて、慌ててトラムを降ります。目的の国立美術館にはたどり着きましたが、どうもトラムの経路については納得いきません。
後でよく調べてみると、本当は24番のトラムに乗らないといけなかったようで、乗った14番のトラムは途中から別経路をたどり、24番のトラムとは逆方向からヴィレトゥルジェニー宮殿の停留所に向かうようです。
次の路線図をご覧ください。ヴァーツラフ広場から、14番のトラムは緑色、24番のトラムは水色で北の方に進み、ヴルタヴァ川Vltavaの手前で東西に分かれます。そこから並行してヴルタヴァ川を隣り合った橋で渡り、ぐるりと回ってヴルタヴァ川に戻ってきますが、お互い逆方向を進むようになります。要するに循環線になっていて、右回りと左回りというのが14番と24番のトラムだったんです。実は白状すると、今になってみると自分がどっちのトラムに乗ったのか定かではなく、そもそもプラハのトラムの14番と24番の路線がごっちゃになって運行されていたのではないかと疑念を持っています。


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さて、プラハ国立美術館の分館に入館します。プラハ国立美術館はプラハ城Pražský hrad近くにもありますが、こちらの分館には、19~21世紀のチェコの美術作品、チェコ以外のインターナショナルな美術作品が収められています。5年前の訪問ではあまり時間がなく慌ただしい鑑賞になったので、今回はじっくりと見ようということでの再訪です。その気にさせるような充実したコレクションだったんです。入館チケットは1人240コルナ、日本円で千円ちょっとです。


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英語版のパンフレットも入手。


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1階から4階までが展示室です。上の4階までエレベーターで上って、そこから順番に見ていきましょう。4階は19世紀から20世紀初頭にかけてのチェコ美術作品が展示されています。ここの目玉は何と言ってもミュシャの油絵作品です。

前回の訪問ではどうしても見つけられなかったミュシャの《スラーヴィア》があっさりと見つかり、これだけでもう上機嫌です。どうです。いい作品でしょう。
ミュシャの創作活動の頂点はパリ時代のポスター制作にあると思いますが、油彩作品の中では、この作品はsaraiが一番好きな作品です。
《スラーヴィア》は1908年、ミュシャ48歳の作品です。パリで活躍していたミュシャはチェコへの祖国愛にめざめ、大作《スラヴ叙事詩》の着想を得て、パトロンを求めて、パリを離れて、1906年に2度目の渡米を果たします。そこには2年前に出会った親スラヴのアメリカ人大富豪のチャールズ・クレインがいました。結局、ミュシャの6年がかりの熱意にクレインが応えてくれるのは1910年のことでした。そのさなか、クレインの2人の娘フランシスとジョゼフィンをよく描きました。この作品は妹ジョゼフィンの結婚のお祝いに彼女をモデルとして、スラヴの女神スラーヴィヤにジョゼフィンを見立てて描き上げた傑作です。作品中には様々な寓意が含まれていますが、寓意を込めて、女神像を描くのは、ボッティチェリを連想します。女性美を賛美する作風も似ていますね。この作品は油彩だけでなく、テンペラの技法も混在させています。油彩とテンペラを混在させる描き方は大作《スラヴ叙事詩》にも引き継がれていきます。テンペラという点でもボッティチェリとの共通点を感じます。絵画の周辺部分には、文様として、植物が丁寧に描き込まれています。ボッティチェリが背景に詳細な植物を描き込んだことを連想します。


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次もミュシャの《カリタス》です。1886年、ミュシャ26歳の作品です。ミュシャは19歳でウィーンに出て、工房で舞台装飾職人として働いていましたが、人員削減のため21歳で失職します。その後、ミクロフの大地主クーエン伯爵が援助してくれるという幸運で、25歳で初めて本格的な美術教育をミュンヘン美術アカデミーで受けることになります。この作品については詳細は分かりませんが、データが正確ならば、本格的に絵を学びだした翌年に描いたことになります。後年の作品を思わせる素晴らしい出来です。saraiの感覚では、もっと後の時代の作品に思えるのですが・・・。


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次もミュシャの《女性のヌードとカエル》です。1890年、ミュシャ30歳の作品です。パリに移って、自由画塾に通っていたミュシャはこの作品を描いた前年にクーエン伯爵の援助を打ち切られ、経済的に困窮します。本の挿絵の仕事をしながら生活をしていたころに描かれました。作品の質は正直言って、うーん・・・ですが、ミュシャらしさは感じられます。


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ヴィテスラフ・カルル・マチェックの《春の祭(寓意的なシーン)》です。1889年、マチェック24歳の作品です。マチェックは1887年にミュシャと共にパリに移り、共に絵を学んだ同朋です。ミュシャよりも5歳年下ですが、ミュシャと影響し合っていたのか、画風が似ていますね。彼はパリに移った翌年の1888年にパリを離れ、祖国チェコに戻り、創作活動を続けます。この作品はプラハに戻った直後に描かれたものです。なお、マチェックの代表作は1993年、マチェック28歳のときに描かれた《 預言者リブザ 》で、オルセー美術館で見ることができます。


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ヴィテスラフ・カルル・マチェックの《魅惑の風景》です。1890年、マチェック25歳の作品です。象徴主義的な作風ですね。見事な作品に感じました。


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アントニン・フデチェックの《月光のなかの海》です。1902年、フデチェック30歳の作品です。フデチェックもミュシャと同時代を生きたチェコの画家です。彼は一時、ミュンヘンでも美術の勉強をしましたが、プラハで活動しました。この作品が描かれた年はイタリアとシチリアに旅していますから、この作品はその旅の経験を描いたものでしょうか。明るいイタリアの海とは思えない作品ですが、これがチェコの画家の感性でしょうか。妙に気になる作品でした。


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このミュシャと同時代のチェコの画家たちの作品が膨大に展示されていますが、とてもきちんと見ている時間はないので、ささっと見るだけにします。

次に1階下の3階に下りて、20世紀前半のチェコの画家の作品を見ます。ここでもなかなか水準の高い作品が並んでいますが、これも見きれないので、ささっと通過。
一番目立った、この1枚だけをご紹介します。

エミール・フィラの《水浴の後の2人の婦人》です。1936年、フィラ54歳の作品です。フィラはブラックやピカソとも個人的な親交を結び、キュビズムを作品に取り込み、長くキュビズムに打ち込んだ画家です。この作品も明らかにその延長線上にあります。何故か、優しさを感じられる作品でつい、立ち止まって見入ってしまいました。


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この3階には、工業デザインの展示もあります。これは20世紀前半のクラシックカー。既にチェコでもこういう車が作られていたんですね。


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2階に下ります。ここにも工業デザインの展示があります。第2次世界戦後のものです。
サイドカーの丸っこいデザインがかわいいですね。


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これは1961年に製造されたロードスター。共産政権下で、こういうスポーツタイプの乗用車が生産されていたんですね。


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2階では、20世紀後半以降、現代までのチェコの画家の作品の展示も続いています。ここでも一番目立った、この1枚だけをご紹介します。

ドロータ・サドフスカの《Aminata T.の肖像》です。2003年、サドフスカ30歳の作品です。彼女はチェコではなく、スロヴァキアの画家です。かってはチェコ・スロヴァキアとして、同じ国でしたが、1993年にビロード離婚と呼ばれる2国分離に至りました。チェコの画家のコーナーに作品が展示されているということは、まあ、今でも隣国として、仲良くやっているということでしょう。この作品はちょっと見ただけでは写真かと思えるような超リアルな油彩で描かれた精密画です。日本でも流行している現代の潮流のひとつです。それにしても見事な作品に驚嘆しました。


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チェコの画家の作品はここまでで、この後は20世紀以降のチェコ以外の画家の作品を見ていきます。この展示が素晴らしいんです。


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プラハで音楽・美術三昧:プラハ国立美術館の20世紀美術・・・クリムト、シーレ、ココシュカ

2013年6月15日土曜日@プラハ/5回目

プラハ国立美術館Národní galerie v Prazeでチェコ美術を見てきましたが、水準の高い作品が膨大に展示されていて、ボヘミア(チェコ)の芸術家の作品を見直す訪問にもなりました。
この後は1階に下りて、20世紀以降のチェコ以外の画家の作品を見ていきます。特に、ウィーン世紀末芸術のクリムト、シーレ、ココシュカの名画には恐れ入りました。なかでも、クリムトの大作《乙女たち》はウィーン以外の美術館の展示作品では、saraiの知る限り、最高の作品に思えます。

まず、そのグスターフ・クリムトの《乙女たち》です。1913年、クリムト50歳の作品です。この作品はクリムトの後期の代表作です。これを描いた5年後、クリムトはウィーンの自宅で脳卒中で倒れ、55年の華やかな生涯を終えます。この作品は描かれた年にブダペストの展覧会に出品され、翌年にプラハ国立美術館が買い上げました。この作品でまず、目に映るのは7人の乙女たちの艶めかしい顔の表情です。顔以外の体は絡まり合って、楕円形の塊になっています。その楕円形の中は顔以外は衣装の色鮮やかな文様で飾られています。背景は真っ黒な虚無です。空虚さと歓喜が入り混じって、クリムト独特の世界が表現されています。世紀末的な美しさが輝く傑作です。


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クリムトの《水辺の城館》です。1908年から1909年、クリムト45~46歳頃の作品です。上の作品よりも5年ほど前に描かれたものです。クリムトは恋人のエミリエ・フレーゲと毎年の夏、ザルツカンマーグートのアッター湖で過ごしました。クリムトの風景画のほとんどはこのアッター湖で描かれました。この作品のように正方形の画面というのがクリムトの風景画です。この作品は望遠鏡で眺めて、描いたそうです。湖に舟を浮かべて、そこから描いた絵も多いのですが、これは対岸から描いたのでしょうか。湖面のさざ波が立っていないので、風も吹いていないようです。アッター湖の静かな自然が感じられ、安らぎを覚える作品です。


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エゴン・シーレの《花のある静物》です。1911年、シーレ21歳頃の作品です。シーレ初期の作品ですが、ゴッホの表現主義的な画法に大いに影響された頃で、この作品も表現主義が感じられます。表面的な美とは一線を画するシーレの世界が開かれつつあるように感じます。


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シーレの《みごもる女と死霊》です。1911年、シーレ21歳頃の作品です。シーレが多く描いた生と死をテーマにした作品です。この年、21歳のシーレはモデルを務めていた17歳の少女ヴァリ・ノイツェルと同棲を始めましたが、決して、心は満たされていなかったようですね。


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オスカー・ココシュカの《アルバート・エーレンシュタイン(Albert Ehrenstein)》です。1914年、ココシュカ28歳頃の作品です。アルバート・エーレンシュタインはココシュカと同世代のドイツの詩人、小説家です。この肖像画はまるでココシュカの自画像を見ているような錯覚を覚えます。顔はまったく違いますが、雰囲気がそっくりに感じます。深い物思いにふけっていますが、一体、どんな想念にかられているんでしょう。ココシュカはこの頃、アルマ・マーラー(未亡人)との満たされない恋愛に苦しんでいました。最高傑作でsaraiの最も愛する美術作品の《風の花嫁》もその体験を昇華したもので、この年に描かれました。


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ココシュカの《プラハ、クラマール館からの眺め》です。1934年から1935年、ココシュカ38~39歳頃の作品です。ココシュカはアルマに失恋したことと第1次世界大戦への従軍で頭部に傷を負ったことの痛手から、なかなか立ち直れませんでしたが、1920年代初頭にようやく気持ちに整理をつけ、ドレスデンで芸術活動を行っていました。その後、ナチスの政権下の1933年にプラハに逃れます。プラハはココシュカの父の出身地です。この作品はその時代に描かれたものです。プラハの街並みやプラハ城がココシュカらしいタッチで描かれた素晴らしい作品です。


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ココシュカの《プラハのカレル橋とフラチャニ城》です。1934年、ココシュカ38歳頃の作品です。この作品も上の作品と同様にプラハの風景を描いたものですが、実にお洒落にプラハで最高の景色を描き出しています。この風景を実際に見てみたいものです。一体、どこから見た景色なんでしょう。


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ココシュカの《プラハのカレル橋》です。1934年、ココシュカ38歳頃の作品です。ココシュカはたいそう、カレル橋の風景が気に入ったようで、色んな視点から美しい風景を描いています。これはヴルタヴァ川の河畔から見たカレル橋ですね。フランス印象派の画家がパリの風景を描いたことを想起させられます。


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ココシュカの《赤い卵》です。1940年から1941年、ココシュカ44~45歳頃の作品です。第2次世界大戦中に描かれた作品で、色んな要素が詰め込まれたアヴァンギャルドな絵画に思えます。ココシュカなりにシニックに戦争を描いたものなのでしょうか。


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エドヴァルド・ムンクの《水辺の踊り》です。1900年頃、ムンク37歳頃の作品です。ムンクは5歳のときの母ラウラの病死、14歳のときの姉ソフィアの死によって、生の行きつく先の死に深い思いを持つようになり、それがムンクの芸術の出発点であると言われています。性への憧れや畏怖もその芸術の根幹をなしています。この作品では、2人の女性のダンスが中心にありますが、ムンクが喪失した2人の女性と無関係ではないでしょう。2人の女性は柱のような月の光に浮かび上がっています。ムンクにとって、黄色い月の光は過去に導くものです。この作品は代表作の一連の「生命のフリーズ」の作品と同時期に描かれ、その中の1作『生命の踊り』とも関連性を持っています。トゥラ・ラーセンと交際していた時期の作品でもありますが、この作品が描かれた2年後に破滅的な破局を迎えます。


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ムンクの《リューベック近くの海辺の風景》です。1907年頃、ムンク44歳頃の作品です。リューベックはドイツのバルト海に面した港町。リューベックには、ムンクがこの頃、盛んに交友した眼科医で美術愛好家のマックス・リンデがいました。その交友の間に描かれた作品でしょう。表現主義的ではありますが、落ち着いた風景画にとどまっています。


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ホアン・ミロの《コンポジション》です。1933年頃、ミロ40歳頃の作品です。バルセロナ出身のシュールレアリスムの旗手であるミロは、この作品では、不思議な形態のモティーフを画面に散りばめて、幻想的な世界を作り上げています。摩訶不思議な世界を描かせたら超1級のミロの代表的とも思える作品です。


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ベルナール・ビュッフェの《ヌード》です。1953年頃、ビュッフェ25歳頃の作品です。ビュッフェの若い頃の作品ですね。モノトーンで描かれた禁欲的とも言える裸体画です。これも美の1形態なのでしょうか。静岡県長泉町のベルナール・ビュフェ美術館(世界最大のビュッフェ作品のコレクション)をよく訪れて、彼の作品には親近感を抱いているため、こうして、海外で彼の作品を見ると、何か懐かしいものに出会ったような感懐を持ちます。


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ここまで見たところで1階の展示室は終了。あれっという感じです。ほかにも充実した作品のコレクションがある筈です。慌てて、館内案内のパンフレットを調べると、19世紀から20世紀のフランス美術が3階にあったようです。見逃していました。また、急いで、3階に戻りましょう。次はそのフランス美術の作品群を見ていきましょう。


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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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昨日投稿した記事の一部に誤りがありました。ドイツ騎士団の中庭はパスしないで、ちゃんと見ていました。追記・修正しました。申し訳ありません。

08/07 00:28 sarai

えりちゃさん、saraiです。お久しぶりです。

これは昨年の9月のウィーンですが、現在のコロナ禍では、古き良き日という風情ですね。もう、ポスト・コロナでは、行けたにし

07/20 12:41 sarai

Saraiさま、
お元気ですか?
新型コロナウィルス、自粛中。
このウィーンの散策を読んでいると、なんだか切なくて悲しくなってきました。
次はいつ行けるのかな、とか思う

07/20 05:08 えりちゃ

はじめまして。ブログ拝見させていただきました。私は、個人ブログを運営しているyuichironyjpと申します。フリーランサーとして活動しており、フリーランスで稼ぐ方法や、

06/14 23:46 Yuichironyjp

ありがたいコメント、嬉しいです。マーラーのファンのかたにこそ、読んでいただきたかったので、気持ちを共有できた思いです。自然の中にこそ、マーラーの音楽の本質はあり

04/23 23:45 sarai

マーラーの作品を聴きながら、ブログを読ませていただいています。
読みながら画像を見て、マーラーの過ごした風景に想いを馳せて楽しんでいます。
素敵なブログをありがと

04/23 21:47 

マーラー6番ですか・・・ハンマー打撃は勘弁してほしいものです。あったとしても、3回目の打撃だけは・・・

04/11 18:10 sarai
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