見落としていたフランス美術を見るために3階に戻ります。
フランス系の作品では、ピカソの作品のコレクションが素晴らしく、まるで、ピカソ展を見ているような感じです。実際、これまで日本で見たピカソ展も、この美術館の収蔵品のレベルに達していないものも多いと思うほどです。特に《立つ女》の迫力には圧倒され、大変な感銘を受けます。
セザンヌ、ゴッホも素晴らしく、セザンヌ好きでないsaraiも静物の小さな絵には、とても惹かれてしまいます。
また、配偶者が評価してやまないアンリ・ルソーの《私自身、肖像=風景》はアンリ・ルソーの代表作といってもいい素晴らしい作品です。
まずはそのアンリ・ルソーの《私自身、肖像=風景》です。1890年頃、アンリ・ルソー46歳頃の作品です。アンリ・ルソーが画壇にデビューしたのは1885年、この作品が描かれた5年前に遡ります。彼はパリ市の税関職員のかたわら、あくまでも日曜画家として活動していましたが、プロの画家になりたいという強い思いが募ってきたのはこの頃です。この作品は自ら芸術家宣言をした記念碑的なもので、実際、3年後には税関職員を辞して、画業に専念することになります。この作品の背景に描かれているのは、フランス革命100周年を記念して開かれた1889年のパリ万国博覧会で、パリ市民には評判の悪かったエッフェル塔も描き込まれています。アンリ・ルソー自身は万国博覧会に通い詰めているくらい、万国博覧会がお気に入りで、エッフェル塔も無邪気に好んでいたそうです。そのエッフェル塔をバックに大きく自分の姿を画家として描くことで、己の意気込みを示しています。アンリ・ルソーは素朴派の画家の一人として、一見稚拙に思える絵画表現が逆に独特の個性を感じさせる味わい深さで今日、人気を呼んでいます。この作品も実にアンバランスな構図ですが、強調すべき対象、この場合は画家自身を大きく描き、天真爛漫な画風は不思議な魅力に満ちています。彼を高く評価したのはピカソでしたが、あまりに絵の上手すぎるピカソには、真似したくてもできないアンリ・ルソーの絵に強く惹きつけられたのでしょう。少し、絵の細部に立ち入ると、空には気球が浮かびます。アンリ・ルソーはよく気球や飛行船を好んで取り上げましたが、新しい技術・文明には、子供のようにとびつきました。手に持つパレットには、二人の女性の名前が描かれています。一人はこの作品を描く2年前に亡くした妻クレマンス、もう一人はこの頃片思いしていた女性マリー。後にマリーに失恋し、再婚した妻ジョゼフィーヌの名を代わりに描きいれます。胸にバッジを付けていますが、作品完成の14年後に地区の芸術協会の正教師になった印に贈られたもので、それを誇らしげに描き加えました。ある意味、自意識の塊のようにも見える絵ですが、画家のあまりに天真爛漫さに微笑ましく思えてしまいます。それどころか、実際に間近に見た、この作品は、色彩の見事さ、デフォルメと強調のバランスの微妙さ、等々、その素晴らしい魅力にとらわれてしまう傑作中の傑作でした。

ピエール・ボナールの《プロヴァンスの会話(庭にて)》です。1913年から1914年頃、ボナール46~47歳頃の作品です。ボナールはナビ派の画家に分類されますが、むしろ、彼独特の作風の作品が多いように思えます。ボナールは妻マルトが病弱だったこともあり、1909年からは夏を南仏の高級リゾート地サントロペで過ごすようになりました。この作品は南仏の明るい陽光を暖色系の色彩で描いたもので、画家自身と妻マルトの語らいが描かれているようです。saraiはボナールのぼけぼけの色彩感覚は結構、苦手なのですが、画家の個性としては認めざるを得ないところもありますね。

ボナールの《白い帽子の若い女性》です。1919年頃、ボナール52歳頃の作品です。この作品のモデルは妻マルトでしょうか。マルトは入浴姿で描かれることがほとんどで、こういうきっちりした肖像は珍しいので、別人かもしれません。それにマルトにしては若すぎるかな。ボナールにしてはクリアーな描き方の作品で好感を持てます。

ラウル・デュフィの《港にて》です。1930年頃、デュフィ53歳頃の作品です。デュフィは「色彩の魔術師」と評されるほど、鮮やかな色彩に満ちた作品が魅力的ですが、この作品は落ち着いたシックな色調で描かれています。それでもデュフィお得意の青をベースにした色彩配置は見事です。

デュフィの《背景に海がある静物》です。1925年頃、デュフィ48歳頃の作品です。この作品は上の作品よりもさらに渋い色調で描かれています。茶色で全体をまとめ、お洒落と言えば、お洒落に見えないこともありませんが、ちょっと、デュフィらしさに欠けるかなという印象です。

キース・ヴァン・ドンゲンの《裸婦》です。1904年から1905年頃、ヴァン・ドンゲン27~28歳頃の作品です。ヴァン・ドンゲンはオランダ生まれで、エコール・ド・パリを代表する画家の一人。この作品を描いた頃はフォーヴィスム(野獣派)に属していましたが、ボリューム感のある女性の体がこちらに迫ってくるような迫力に満ちた作品です。女性の体が画面からはみださんばかりの力強さでエネルギーに満ちた、魅力的な作品です。

フェルナン・レジェの《風景の中の恋人たち》です。1952年頃、レジェ71歳頃の作品です。これは笑ってしまうくらいレジェそのものといった作品ですね。レジェの作品は特徴が明快過ぎて、贋作も多いようです。贋作が多いということは魅力があることの裏返しとも言えます。モノトーンで描いた人の体の線、そして、そのモティーフと無関係に塗られた赤と緑と青の配合と調和が見事な傑作です。何と言っても、絵に安定感があるのがいいですね。

マリー・ローランサンの《風景の中の少女たち》です。1930年代、ローランサン45~54歳頃の作品です。ローランサンはいくつになっても、こういう乙女チックな絵でとてもいいです。芸術性なんかはほうりだして、彼女の世界に浸りましょう。

マルク・シャガールの《サーカス》です。1927年頃、シャガール40歳頃の作品です。ベラルーシ出身のシャガールは子供のときから、サーカスに親しんでいました。ただ、彼はサーカスに楽しさだけでなく、哀感も感じていたそうです。この作品が描かれた1927年にシャガールは画商ヴォラールから、一連のサーカスを題材とした版画集の制作を依頼されます。そのため、サーカス公演の指定席が与えられ、連日、サーカス見物に通いました。その過程で、この作品は連作の1枚として描かれました。この作品では、鮮やかな衣装の女性と頭飾りをつけた動物が浮遊感を持って、重なっています。そして、どこかペーソスが感じられる作品になっています。この後、サーカスはシャガールの主要な題材のひとつになります。

モーリス・ヴラマンクの《赤い卵のある静物》です。1920年から1930年頃、ヴラマンク44~54歳頃の作品です。ヴラマンクは友人の画家ドランによって、マティスに紹介され、フォーヴィスム(野獣派)とも目されますが、本来、根っからの自由主義者で、自分の才能だけを信じ、独自の作風を貫きました。例外として、ゴッホにだけは影響を受け、チューブから絞り出した原色の絵の具を塗りたくる表現主義的な作風の時期もありました。その後、第1次世界大戦後は、フォーヴィスム(野獣派)を離れて、セザンヌに近い作風に転換します。この作品からもその一端が見えてきます。ただ、この作品もセザンヌ風のところもあるとは言え、あくまでもヴラマンク独自の個性を貫いています。孤高の画家の一人ですね。展示会でヴラマンクの作品を見ると、いつも独自の存在感を感じます

シュザンヌ・ヴァラドンの《窓の前の花》です。1930年頃、ヴァラドン65歳頃の作品です。画家モーリス・ユトリロの母として知られるヴァラドンはもともと画家のモデル出身だったこともあり、軽く見られがちですが、その作品にはいつも感心させられます。息子ユトリロとはまったく個性が異なりますが、saraiはユトリロよりもヴァラドンの才能のほうを高く評価しています。ヴァラドンの描いた作品の多くは人物を描いたもので、この作品のような花の絵は珍しいようです。それでも彼女の特徴である簡潔な線と高いデッサン力はこの作品にも表れています。背景の額など、ジョポニズムの影響が感じらます。繊細な芸術性があふれる傑作です。

アンドレ・ドランの《木々のある風景》です。1925年頃、ドラン45歳頃の作品です。ドランはフォーヴィスム(野獣派)の画家で、マティスと共にフォーヴィスム(野獣派)の指導的な存在でした。ただ、多彩な作風を駆使した作品を残しています。ここ時期はイタリア旅行の後、古典回帰し、落ち着いた画風の作品となっています。

ドランの《座る女》です。1920年頃、ドラン40歳頃の作品です。この作品は翌年のイタリア旅行で古典回帰する前のものですが、比較的、落ち着いた作品になっています。

ドランの《水差しのある静物》です。1913年頃、ドラン33歳頃の作品です。この作品はどう見ても、セザンヌの影響なしでは成立しない作品に思えます。多視点で描かれています。

ドランの《籠のある静物》です。1914年頃、ドラン34歳頃の作品です。上の作品同様、セザンヌの影響を受け、それを自分の中に取り入れたものです。

ドランの《水浴する人たち》です。1908年頃、ドラン28歳頃の作品です。この作品はフォーヴィスム(野獣派)そのものいう感じですね。傑作です。

ドランの《モントルイユ・シュル・メール(Montreuil-sur-Mer)》です。1910年頃、ドラン30歳頃の作品です。モントルイユ・シュル・メールはフランスの大西洋に面した港町。この作品もセザンヌの面で構成する風景画の影響が感じられます。見事な完成度の傑作です。色彩の調和が何とも魅力的です。

ドランの《カダケスの風景(Cadaques)》です。1910年頃、ドラン30歳頃の作品です。カダケスはフランスに近いスペインの港町。上の作品と同一のシリーズですね。このパターンはすっかり完成形となったようで、いずれも見事な傑作です。抑制した色使いの見事なことには脱帽です。

フランス美術の膨大なコレクションはまだまだ続きます。
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