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名曲!シューマンのピアノ五重奏曲:ゲヴァントハウス弦楽四重奏団&仲道郁代@東京オペラシティ コンサートホール 2016.9.29

いよいよ秋らしくなると、室内楽のシーズンです。コンサートも室内楽が続きます。今日は仲道郁代のデビュー30周年ということでお祝いも兼ねて出かけます。ゲヴァントハウス弦楽四重奏団との共演で室内楽を楽しみます。そう言えば、ちょうど2年前にも今日のコンサートと双子のようなコンサートを聴きました。ピアノがピーター・レーゼルに置き換わり、シューマンがブラームスに置き換わったようなものです。弦楽四重奏は同じゲヴァントハウス弦楽四重奏団でした。そのときの記事はここです。とても素晴らしいブラームスのピアノ五重奏曲でした。さて、今日のシューマンのピアノ五重奏曲はどうでしょうね。

前半は弦楽四重奏曲の有名曲が続きます。
まず、ハイドンの弦楽四重奏曲第67番「ひばり」です。ドイツ伝統の弦楽四重奏団であるゲヴァントハウス弦楽四重奏団ですから、重厚で骨太のハイドンを聴かされると思っていたら、とんでもありません。なんとも繊細で優雅な演奏です。ドイツ的というよりもウィーン風といった風情です。何とも美しいアンサンブルでハイドンの名作を心ゆくまで楽しませてもらいました。とりわけ、第1ヴァイオリンのエルベンの抑制のきいた品のよい演奏にうっとりとしました。

次は、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」です。ドイツの弦楽四重奏団でチェコものとは選曲誤りかと思いましたが、考えてみたら、本拠地のライプツィヒはチェコも近いので、そう遠い関係でもないのかもしれません。でも第1楽章は正直、硬い表情の演奏でぎこちなく聴こえます。やはり、武骨な演奏になるのかと思っていたら、第2楽章がとてつもなく美しい演奏です。まさにボヘミアの美しい風景を思わせるような究極の美を感じます。第1ヴァイオリンのエルベンのヴァイオリンの響きが例えようもないほどの美しさです。第3楽章、第4楽章も見事な演奏でした。いい意味で予測を覆してくれた名演でした。

休憩後はいよいよ期待のシューマンのピアノ五重奏曲です。仲道郁代がドイツ人の大男たちに囲まれて、ステージに登場します。新しいドレスに身を包み、いつも以上の艶やかさです。演奏はゲヴァントハウス弦楽四重奏団は文句なしの美しい響き。仲道郁代はちょっとパワー不足でいつものタッチの美しさも不足気味。第2楽章の中間部でのピアノが活躍する部分でも、弦楽四重奏としっくりとかみ合っていません。このまま、終わるのかと思っていたら、第3楽章は出色の出来。ピアノの響きも美しく、弦楽四重奏とのバランスも素晴らしいです。第4楽章にもそのまま突入。終盤の対位法的な部分では少しパワー不足で残念でしたが、フィナーレの高揚感は素晴らしいものでした。全体的に考えると、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団の文句の付けようもないドイツ的な響きと仲道郁代の繊細なタッチがうまくかみ合わなかったという感じです。お互いにもう少し共演を重ねるとよいアンサンブルになるのかもしれません。ゲヴァントハウス弦楽四重奏団とは気心の知れたピーター・レーゼルがピアノを弾けば、素晴らしい演奏になったでしょうが、別に仲道郁代の演奏が悪かったわけではありません。むしろ大変な熱演だったんです。単にまだ相性が悪いというだけのことでしょう。音楽って難しいものです。アンコールで演奏した第3楽章は素晴らしい出来でした。全編、こんな感じの演奏だったら、素晴らしい演奏だったのに残念なことです。

ところで、仲道郁代さんはおいくつになってもとても美しいです。カーテンコール時のにこやかな笑顔を見ると、saraiもドキドキします。まるでアイドルです。11月のデビュー30周年記念のソロリサイタルが楽しみです。得意のショパン、思いっ切り弾いてくださいね!!

今日のプログラムを紹介しておきます。

  弦楽四重奏:ゲヴァントハウス弦楽四重奏団
   ヴァイオリン:フランク=ミヒャエル・エルベン
   ヴァイオリン:コンラート・ズスケ
   ヴィオラ:アントン・ジヴァエフ
   チェロ:レオナルド・フレイ-マイバッハ

  ピアノ:仲道郁代

  ハイドン:弦楽四重奏曲第67番 ニ長調「ひばり」Op.64-5
  ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番 ヘ長調「アメリカ」Op.96

  《休憩》

  シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op.44

   《アンコール》
     シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op.44から第3楽章

シューマンの名曲を聴くので、CD(またはアナログディスク)で聴ける名演を予習しました。

 ゼルキン&ブッシュ四重奏団(アナログディスク)
 ゼルキン&ブダペスト弦楽四重奏団(アナログディスク)
 リヒテル&ボロディン弦楽四重奏団
 レーゼル&ゲヴァントハウス弦楽四重奏団

すべて名演です。ブッシュ四重奏団が思ったほどの素晴らしさではなかったのが意外でした。レーゼル&ゲヴァントハウス弦楽四重奏団はとても素晴らしい演奏です。ゲヴァントハウス弦楽四重奏団は今日のメンバーとは異なっています。名演の誉れ高いデムス&ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団はウィーン風なので、今回はあえて聴くのを避けました。



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さすがのドヴォルザーク!プラハ・グァルネリ・トリオ@上大岡ひまわりの郷 2016.9.25

プラハ・グァルネリ・トリオはこの上大岡ひまわりの郷に2回目の登場です。前回はスーク、スメタナというお国ものは聴けましたが、やはり、ドヴォルザークが聴けなかったのが残念でした。今回はそのドヴォルザークの傑作の「ドゥムキー」が聴けます。

前半はシューベルトの作品です。
まず、シューベルトのノットゥルノ。シューベルトらしい、ほのぼのとした作品です。プラハ・グァルネリ・トリオは堅実な演奏で気持ちよく聴かせてくれました。

次はシューベルトのピアノ三重奏曲 第2番。今年はこの曲に縁があるとみえて、今回がこの曲を聴く2回目です。1回目は宮崎国際音楽祭の「ヴェルニコフ・トリオ」(バヴェル・ヴェルニコフ、古川展生、菊池洋子)の演奏で聴きました。とてもダイナミックな演奏でした。今回は常設のピアノ三重奏団らしく、落ち着いた演奏を聴かせてくれます。素晴らしかったのはロンド・ソナタ形式の長大な第4楽章です。ここへきて、そこまで響きが薄かったヴァイオリンが復活し、美しい響きを聴かせてくれます。安定したチェロ、粒立ちのよいタッチのピアノとともに見事なアンサンブルの響きです。スケールの大きな演奏ではありませんが、気持ちのよいシューベルトでした。

休憩後はお国もののドヴォルザークのピアノ三重奏曲 第4番、通称「ドゥムキー」です。組曲形式の異色のピアノ三重奏曲です。民俗色あふれるメロディーが次々に現れる音楽をプラハ・グァルネリ・トリオは美しく紡いでいきます。完全に手の内にはいっているという感があります。終始、楽しく、そして、気持ちよく聴けました。何もこれ以上は望むものはありません。よいものを聴かせてもらいました。

アンコールの2曲は前回のコンサートでも聴かせてもらったお国ものの2曲。これまた、気持ちよく聴けました。こういうインティメットな表現の室内楽は楽しく聴けますね。

今日のプログラムを紹介しておきます。

  プラハ・グァルネリ・トリオ
   ヴァイオリン:チェネック・パヴリーク
   チェロ:マリク・イエリエ
   ピアノ:イヴァン・クラーンスキー

  シューベルト:ノットゥルノ 変ホ長調 D.897
  シューベルト:ピアノ三重奏曲 第2番 変ホ長調 D.929

  《休憩》

  ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲 第4番 ホ短調 Op.90「ドゥムキー」

   《アンコール》
     スーク:ピアノ三重奏のための《エレジー》 Op.23
     ドヴォルザーク:ユモレスク



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情感あふれるベルリオーズに感銘・・・スダーン&東京交響楽団@サントリーホール 2016.9.24

東京交響楽団の創立70周年記念公演と銘打って、ベルリオーズの大作、劇的物語「ファウストの劫罰」を海外からの豪華な歌手陣と共に演奏するというのでこれは聴き逃がせません。特に最近、活躍中のソフィー・コッシュとミハイル・ペトレンコへの期待が大きいところです。また、東京交響楽団は声楽を含む大作への取り組みも魅力です。今年4月に聴いたブラームスのドイツ・レクイエムはソプラノのチェン・レイスと合唱(東響コーラス)が素晴らしかったんです。今回も合唱の東響コーラスに期待大です。

冒頭、いきなり、素晴らしいヴィオラの演奏にうっとりします。とても美しい響きです。続いて弦楽セクションによる抒情的な旋律にも魅了されます。ベルリオーズは幻想交響曲以外はあまり聴いたことがありませんが、ベルリオーズのロマンあふれる、みずみずしい抒情性には心を奪われます。ファウスト役のテノールのマイケル・スパイアーズのリリックな歌唱もこの音楽にぴったりです。このテノールはまったく知りませんでしたが、歌手陣のなかで最高に素晴らしい歌唱を聴かせてくれました。このファウスト役を得意にしているそうですね。東京交響楽団とスパイアーズによる情感あふれる演奏が今日のベルリオーズの音楽を一貫して素晴らしい高みに押し上げていたと思います。もちろん、指揮者のユベール・スダーンのベテランらしいタクトも貢献していました。そして、忘れてはならないのが原作の《ファウスト》を書いたゲーテの美しい詩句です。この詩句があるからこそ、ベルリオーズが情感に満ちた音楽を作り上げたわけだし、その音楽の流れに忠実に再現したのが今日の演奏家たちです。

後半の第3部になって、期待のメゾ・ソプラノのソフィー・コッシュが登場しました。saraiはこのソフィー・コッシュを過去3回聴いたことがあります。

 2001年9月29日 バイエルン国立歌劇場の来日公演、東京文化会館、歌劇「フィガロの結婚」、指揮:メータ コッシュはケルビーノ役
 2002年10月5日 ウィーン国立歌劇場、ウィーン国立歌劇場、楽劇「ナクソス島のアリアドネ」、指揮:ハーガー コッシュは作曲家役
 2003年12月15日 パリオペラ座、パリ・オペラ座(ガルニエ)、楽劇「ナクソス島のアリアドネ」、指揮:スタインバーグ コッシュは作曲家役

最初に聴いたバイエルン国立歌劇場の来日公演がソフィー・コッシュの初来日で今回はそれ以来の来日だそうです。当時はソフィー・コッシュではなく、ゾフィー・コッホとドイツ語読みで表記されていたので、てっきりドイツ系のソプラノと思っていました。今回初めて、そのときのドイツ語表記が誤りで実はフランス語表記のソフィー・コッシュだと知りました。両親ともフランス人の生粋のフランス人なのだそうです。ともあれ、当時も今もズボン役を歌うことが多く、今は楽劇「薔薇の騎士」のオクタヴィアン役で頭角を現しています。2014年のザルツブルグ音楽祭でストヤノヴァとエルトマンの3人で素晴らしい公演を行ったことはNHKのBSでも放映があり、話題になりました。このほか、歌劇「ウェルテル」でも活躍しているようです。実はsaraiは15年ほど前に聴いたときは印象の薄い歌手だったんです。それがいつの間にか、ザルツブルグ音楽祭でオクタヴィアンを歌うようになっていたとはびっくりしました。今回聴いてみて、以前のような初々しさはなくなったもののすっかりと舞台を盛り上げる貫禄、オーラがあるように変わっていました。最後に情感たっぷりに歌い上げるところは見事なものでした。テノールのスパイアーズの素晴らし過ぎる歌唱に食われてはいましたが、saraiの期待を裏切らない歌唱ではありました。

メフィストフェレス役のバスのミハイル・ペトレンコもさすがの歌唱。美しい響きの声で見事な狂言回しを演じていました。彼がメフィストフェレスをやると、その美しい声のためにあまり悪役には聴こえないとこころが弱点といえば弱点です。

東響コーラスは相変わらずの好演です。フランス語の歌詞を楽譜も見ないで歌っていたのは凄い。特に終盤の女性合唱で宗教的な歌を歌っていたところには胸がジーンときました。

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  指揮:ユベール・スダーン
  ファウスト(テノール):マイケル・スパイアーズ
  メフィストフェレス(バス):ミハイル・ペトレンコ
  マルグリート(メゾ・ソプラノ):ソフィー・コッシュ
  ブランデル(バス・バリトン):北川辰彦
  児童合唱:東京少年少女合唱隊(合唱指揮:長谷川久恵)
  混声合唱:東響コーラス(合唱指揮:安藤常光)
  管弦楽:東京交響楽団

  ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」Op.24

東京交響楽団の次の声楽ものはモーツァルトの歌劇《コジ・ファン・トゥッテ》です。saraiの大好きなソプラノ、ミア・パーションの声が聴けるのが嬉しいな。


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鬼神のごとき上原彩子のプロコフィエフ_ゲッツェル&神奈川フィル@神奈川県民ホール 2016.9.22

連日、素晴らしいコンサートが続きます。今日は上原彩子、お得意のプログラム、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番です。saraiの期待を裏切らない上原彩子のピアノ演奏でした。ちょうど、鍵盤の上を走る彼女の手がよく見える席でしたが(もちろん、偶然にそういう席に座ったわけじゃありません)、聴覚ばかりでなく視覚でも、その凄まじい演奏に釘付けになりました。切れのよいタッチ、硬質の美しい響き、それでいて繊細な音楽表現、究極とも思えるピアノ演奏でした。このプロコフィエフの難曲をパーフェクトに弾き切っただけでなく、オーケストラともぴったりと合わせたのも驚きです。もっともゲッツェル&神奈川フィルが好サポートしたとも言えます。第1楽章の見事な演奏、第2楽章の繊細さとスリリングさの交差する演奏、第3楽章は走りまくる凄まじい演奏にsaraiは高揚するばかり。この鬼神のごとき上原彩子の演奏でsaraiはエネルギーをたっぷりと注入してもらった感じでエネルギー量が倍増して、元気一杯になれました。元気印のような上原彩子に感謝です。先週はアンナ・ヴィニツカヤのダイナミックな超絶技巧の大迫力のピアノでプロコフィエフのピアノ協奏曲 第2番を聴いたばかりです。こうして、プロコフィエフの名曲を素晴らしい演奏で堪能できて、幸せです。そうそう、上原彩子の弾いたアンコールのラフマニノフのプレリュードの美しさといったら、これはもうたまりませんでした。この曲って、こんなのだったっけと思い返すほどです。ラフマニノフを弾かせると無敵の上原彩子です。

《展覧会の絵》には触れないでおきましょう。もうちょっと管が頑張ってくれればね・・・。《展覧会の絵》と言えば、近くフォーレ四重奏団の演奏でピアノ四重奏版の珍しい《展覧会の絵》を聴きます。素晴らしい演奏が聴けそうな予感です。さらに上原彩子のピアノ独奏でも聴く予定です。これも素晴らしい筈です。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:サッシャ・ゲッツェル
  ピアノ:上原彩子
  管弦楽:神奈川フィル

  ムソルグスキー:交響詩「はげ山の一夜」
  プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番ハ長調Op.26
   《アンコール》ラフマニノフ:プレリュードOp.32-5

   《休憩》

  ムソルグスキー(ラヴェル編曲):展覧会の絵




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       上原彩子,  

至芸と言うべきでしょうか・・・ヨーヨー・マ J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲全曲演奏会@サントリーホール 2016.9.21

秋の音楽シーズン真っ只中で連日のサントリーホール通いです。バッハの無伴奏チェロ組曲を全曲通しで聴くのも初めてだし、ヨーヨー・マを実演で聴くのも初めてです。どうして、高額チケットを買ってまで出かけることにしたのかというと、ヨーヨー・マのバッハの無伴奏チェロ組曲をCDで聴いて、その素晴らしい演奏に魅了されたからです。バッハの無伴奏チェロ組曲をCDでまとめ聴きした結果、古い録音のパブロ・カザルスは別格として、ヨーヨー・マの新盤(1982年録音の旧盤ではなく、1996年録音の新盤)とミッシャ・マイスキー新・旧盤(1984年録音:旧盤、1999年録音:新盤)が双璧の演奏に感じられました。そのヨーヨー・マのバッハの無伴奏チェロ組曲の全曲が一晩のリサイタルで聴けるというので大いに期待して出かけることにしたんです。

サントリーホールの客席に座って、ステージを見るとぽつんと椅子が一脚置いてあるだけです。当たり前の光景ですが、それをみて、ふと考え込んでしまいます。バッハの無伴奏チェロ組曲を全曲通しで聴くというとほぼ2時間半ほどはかかります。たった一人のチェロをサントリーホールの大ホールの大勢の聴衆がじっと長時間聴き入るというのは大変なことです。演奏家の心の持ち方、聴衆の一人としてのsaraiの心の持ち方はどうあるべきなのでしょう。ピアノ独奏のリサイタルでは当たり前のことではありますが、ピアノという巨大なマシンを介しての演奏家と聴衆というのと違って、ちっぽけなチェロではほぼ無防備な状態での対峙になります。てなことを考えているうちにヨーヨー・マが人懐こい微笑みを浮かべて、片手を挙げながら、ステージに現れます。やはり、なんだか、お互いに居心地が悪いですね。

まず、無伴奏チェロ組曲の第1番をすっと弾き始めます。自然体のようでありながら、結構、緊張しているようです。CDで聴いた印象とはかなり異なり、抑えた表現に思えます。無伴奏チェロ組曲の中でもポピュラーな第1番ですから、とても耳馴染みしている旋律が流れますが、朗々とした響きではなく、まるでオリジナル楽器のように地味な印象の演奏です。もちろん、モダン楽器での演奏ですが、ここはひねりを入れて、耳慣れない演奏スタイルで弾いているんでしょうか。それでも達者な演奏ですから、楽しんで聴いていましたが、今一つ物足りない感じは残ります。ヨーヨー・マって、こんな感じなのって思いながらの鑑賞です。それでも集中力が切れずに聴き続けたのは何か、saraiを惹き付けるものがあるからでしょう。

次は第2番です。ニ短調の哀調に満ちた音楽が響いてきます。これはツボを押さえた演奏で心に響いてきます。第1番以上に集中力が高まって、聴き入ってしまいます。

次の第3番に至って、ヨーヨー・マのチェロが響き渡ります。演奏に先立ちコップの水をぐいと一口飲み(ここで聴衆の笑いが起きる)、その勢いでプレリュードを朗々とした響きで突っ込んで歌い上げます。これこそ、モダン楽器で弾く無伴奏チェロ組曲の醍醐味っていう感じです。そういう弾き方でも品格を損なわないのはさすがですね。圧倒的な迫力でジーグまで一気呵成に弾いてしまいました。これは素晴らしい。第1番を抑え気味に弾いて、哀調あふれる第2番から、圧倒的な第3番という、考え抜かれた構成での演奏だったのでしょうか。そういえば、それぞれの組曲もプレリュードと5曲の舞曲をテンポを明確に変えて、組曲全体の構成をよく考えた演奏でした。クーラントだけを取れば、速過ぎる感じもありましたが、全体の構成を考えると妥当なテンポに思えました。ヨーヨー・マは無伴奏チェロ組曲の全曲の演奏会を開くにあたって、よくよく構成を熟慮したものと思えます。少なくとも休憩前の前半の演奏を聴いた段階ではそのように感じて、ヨーヨー・マの音楽的な実力と頭のよさに舌を巻きました。

休憩後、まずは第4番ですが、あれっと思います。先ほどの第3番同様の朗々たる響きで素晴らしい演奏です。ということは前半の演奏は全体の構成を考えたというよりもエンジンがかかって、しり上がりに響きがよくなったということだったのでしょうか。まあ、ともかく、地味な印象の拭えない第4番を素晴らしい演奏で弾き切ってしまいました。saraiの集中力も続いています。

次は第5番です。ハ短調の暗い響きでフランス風序曲の形式をとるプレリュードが弾かれます。後半のフーガ風の音楽が見事です。ところが次のアルマンドに入ったところでsaraiの集中力が遂に続かなくなります。見事な演奏が続きますが、短調の曲はどうしても暗めの響きになり、それはsaraiの集中力を高める支えにはなりません。気のせいか、ヨーヨー・マの音楽的な緊張感も下がり気味のような印象です。それも致し方ないでしょう。一人でこんなに長時間、緊張感のある曲を弾き続けるなんて超人的な努力を要しますね。第5番の終曲のジーグを弾き終った後、ヨーヨー・マは暗い顔をして、聴衆も拍手なし。何故?

最後の第6番です。これ凄い演奏です。集中力の落ちていたsaraiも当然のように復活しました。5弦のチェロのために書かれたこの組曲はハイポジションの演奏が多くなり、美しい響きが目立ちます。プレリュードは圧倒的な迫力。長大なアルマンドは繊細さにあふれた音楽です。長大なアルマンドを弾き切ったヨーヨー・マは山場を乗り切ったという感じに思えます。saraiもともかく集中力を持続できて、山場を乗り切ったという感じ。クーラントをさらっと弾き終り、その後のサラバンドはこの日の演奏の白眉とも言える素晴らしい演奏です。その演奏の素晴らしさに魅了されて、saraiは呆然とします。さらにガヴォットの素晴らしい演奏で追い打ちをかけられます。いやはや、素晴らし過ぎるヨーヨー・マです。終曲のジーグも凄まじい気魄で弾き切りました。満場、やんやの拍手。最後はスタンディングオベーションでヨーヨー・マを讃えます。

色々と感想を書きましたが、ヨーヨー・マの無伴奏チェロ組曲はもう至芸とも言っていいレベルに達しています。ちょっとしたミスもありましたが、そんなことは問題にならないような芸術の高みに達しています。ただただ、脱帽の演奏でした。

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  ヨーヨー・マ J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲全曲演奏会

  チェロ:ヨーヨー・マ


   無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007
   無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV1008
   無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1009

   《休憩》

   無伴奏チェロ組曲第4番 変ホ長調 BWV1010
   無伴奏チェロ組曲第5番 ハ短調 BWV1011
   無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV1012

    《アンコール》
     マーク・オコナー:アパラチア・ワルツ

saraiは知りませんでしたが、ヨーヨー・マが日本で無伴奏チェロ組曲の全曲を演奏したのは今回で6度目だそうです。前回は2013年だったそうですから、うかつにもsaraiは聴き逃がしていたのですね。日本での全曲演奏がすべてサントリーホールだというのも驚きです。何分にも高額なコンサートなので、次の機会はどうするか、悩みそうです。マイスキーが全曲演奏するのならば、間違いなく聴きますけどね。



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鉄壁のアンサンブルのショスタコーヴィチ・・・インバル&東京都交響楽団@サントリーホール 2016.9.20

今日でインバルの80歳記念&都響デビュー25年記念のアニバーサリーコンサートシリーズもシメです。東京芸術劇場を皮切りに東京文化会館、サントリーホールで3回続いたコンサートはいずれも圧巻の出来でしたが、今日はその中でも最高の出来栄え。共演者も変わり、演奏曲目も多彩な3回のコンサートでしたが、一体どれだけリハーサルを重ねたら、ここまでやれるのって感じで驚かされました。

とにかく、今日のメインの曲目、ショスタコーヴィチの交響曲第8番はその解釈が難しい音楽ですが、ある意味、今日の演奏はそういう懸念を嘲笑うかのような驚きの演奏。この音楽が持つ歴史的な意味合い、戦争や絶望といった劇的な解釈からは離れて、純粋に音楽芸術を追及した究極の演奏ではなかったかと思います。音楽そのものが持つ自立性、いわゆる絶対音楽そのものです。都響はこれまでも素晴らしい音楽を聴かせてくれましたが、今日はまさに鉄壁のアンサンブル。美しくて分厚い弦の響き、安定感のある管の響き、自在なテンポの揺れ。世界的にみても超一流のオーケストラのみが実現できる最高の音楽を展開してくれました。おそらく、この音楽を引き出したのは指揮者のインバルでしょう。最弱音から最強音までアンサンブルが崩れることはまったくありませんでした。ショスタコーヴィチの音楽も見事に表現されていました。インバルは無理にショスタコーヴィチが音楽に内在させた意味合いを追及することなしに譜面に書かれた音楽の美しさを徹底的に表現しようとしたのではないでしょうか。その結果、これまで聴いたことのないような純粋な音楽美をこの曲から感じとることができました。ゲルギエフのような戦争シンフォニーとしてのアプローチもあるでしょうが、インバルのような純粋音楽のアプローチもまた素晴らしいものでした。これからインバルと都響のショスタコーヴィチの音楽への取り組みをそういう観点から聴いていきたいと思います。また、楽しみが増えました。

前半のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番もとても素晴らしい演奏でした。冒頭の都響の弦の響きだけでモーツァルトの音楽の愉悦が感じとられて、思わず、saraiはにんまりとしました。小編成のオーケストラの最高の響きです。以前、ハイティンク指揮のシカゴ交響楽団の演奏でモーツァルトの交響曲第41番を聴いたときの記憶が戻ってきました。あのとき、最高のモーツァルトの音楽の響きを聴きましたが、それに優るとも劣らないようなアンサンブルの素晴らしさです。ヴァイオリンのオーギュスタン・デュメイは最初は期待していたほどの響きが聴けませんでしたが、次第に調子を上げ、その艶やかな高音の響きが冴えわたるようになりました。とりわけ、第2楽章の天上のような音楽は期待以上のものでした。第3楽章も肩から力が抜けたような絶妙のヴァイオリンの響きで魅了してくれました。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲で、ピアノ協奏曲にもひけをとらないような演奏が聴けるとは驚き以外の何ものでもありませんでした。

およそ3カ月ぶりのサントリーホールでしたが、とても素晴らしい音楽を聴けて、幸福でした。台風襲来を恐れずに出かけてきて、本当によかった!!

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  指揮:エリアフ・インバル
  ヴァイオリン:オーギュスタン・デュメイ
  管弦楽:東京都交響楽団

  モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
  《アンコール》 なし

   《休憩》

  ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 Op.65



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キュッヒルの美しい響きのゴルトマルク_神奈川フィル@横浜みなとみらいホール 2016.9.17

8月末でウィーン・フィルを退団のライナー・キュッヒルが早速、日本で演奏するというので聴くことにしました。演目はゴルトマルクのヴァイオリン協奏曲第1番。もちろん、ゴルトマルクの曲なんて聴いたことがありませんから、予習は欠かせません。幸い、この曲にはミルシテインが1957年にハリー・ブレック指揮、フィルハーモニア管と録音した素晴らしいCDがあります。ミルシテインの演奏の中でも傑出したもので、そのヴィルトゥオーソ的な演奏にはまったく魅了されるばかりです。今更ながら、ミルシテインの素晴らしさを再認識し、ゴルトマルクのヴァイオリン協奏曲第1番の聴きばえのする音楽にも魅惑されます。で、今日のキュッヒルの演奏ですが、出だしが固い演奏になったことを除いて、正確無比な音程と艶やかな響きは見事なものでした。ミルシテインのようなヴィルトゥオーソではありませんが、ウィーン風といった感じの魅力に満ちており、ゴルトマルクのヴァイオリン協奏曲第1番の美しさを十分に味わうことができました。特に第2楽章の魅惑的な美しさ、第3楽章の切れの良く、迫力に満ちた表現はさすがの演奏に思えました。ウィーン・フィル退団後のライナー・キュッヒルのソロや室内楽での一層の活躍は大いに期待できそうです。

後半のプログラム、マーラーの交響曲第5番ですが、第3楽章までは聴かなかったことにしましょう。何か書くと愚痴になってしまいます。出だしのトランペットのソロからつまづいたのですから仕様がありませんね。第4楽章は有名なアダージェット。神奈川フィルの弦楽パート、特にヴァイオリンのセクションの透明な響きが魅力です。少しばかり、テンポがスロー過ぎたので間延びしたのは指揮者のゲッツェルに帰するものがあります。ノーマルなテンポならば、もっと美しい演奏になったのが悔やまれるところではあります。第5楽章も弦楽セクションの健闘が目立ち、不調の管楽セクションをカバーしていました。指揮のゲッツェルがもう少しきめ細かい表現をしてくれたらと思うところもありましたが、第4楽章、第5楽章はそれなりに心地よく聴けました。全体的にはもう一つの演奏で残念でした。以前聴いたマーラーの交響曲第6番(金聖響指揮、2014.3.20)では素晴らしい演奏を聴かせてくれた神奈川フィルの今後の健闘を祈りたいと思います。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:サッシャ・ゲッツェル
  ヴァイオリン:ライナー・キュッヒル
  管弦楽:神奈川フィル

  ゴルトマルク:ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調Op.28
   《アンコール》バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番から サラバンド

   《休憩》

  マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調




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       キュッヒル,  

ヴィニツカヤは美貌だけじゃなかった!!衝撃のプロコフィエフ・・・インバル&東京都交響楽団@東京文化会館 2016.9.15

今回はインバルの80歳記念&都響デビュー25年記念のアニバーサリーコンサートの2回目です。既に東京芸術劇場で素晴らしいシューベルトを聴きました。この東京文化会館ではバルトークが聴けるので期待して出かけました。

まずはグリンカの歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲です。これって、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルのお得意の曲ですね。予習で聴きましたが、引き締まって、猛スピードの演奏に大変な感銘を受けました。世の中にパーフェクトというものがあるとしたら、こういう演奏のことだと確信させられました。そういう最高レベルの音楽を聴いた上で今日の演奏を聴きました。正直、驚愕しました。これって、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルと甲乙つけがたい演奏じゃないですか。猛スピードでの突進、そして、素晴らしいアンサンブル。引き締まった上に弦の美しさも聴かせてくれます。インバルがこういう指揮をするとはびっくりですが、もちろん、ムラヴィンスキーのことは意識してやっているんでしょう。その指揮に応えた都響のアンサンブル力のレベルの高さには唖然としました。相当にリハーサルを重ねたと見えます。2週間で全く演目の違う3回ものコンサートをこなすのに、よく、こんな高いレベルまで持っていけたものだと舌を巻きます。どんな練習を重ねたのか知りたいものです。たった10分ほどの短い音楽ですが、凄い演奏に絶句しました。

次はプロコフィエフのピアノ協奏曲 第2番です。音楽もさることながら、パンフレットで見るピアニストのアンナ・ヴィニツカヤの凄い美貌に魅了され、本当にそんな美人が登場して、難曲のプロコフィエフを演奏できるのかと興味津々です。やがて、写真通りの美人、それもグラマーな女優のようなピアニストが登場。これは凄いですね。冒頭のピアノ演奏はなんだかぶっきらぼうな感じ、よく言えば無機的な演奏です。でもそれは最初だけの印象でした。第1楽章の実に長大なカデンツァ(カデンツァというよりもピアノ独奏曲?)に入り、そのダイナミックな超絶技巧の大迫力に圧倒されてしまいます。予習したのは超絶技巧では誰にも負けないキーシンの演奏でしたが、実演の迫力あるピアノを聴くとまったく別物に感じられます。オーケストラとも丁々発止で、ピアノとオーケストラが合っているかどうかも俄かに判断できません。それほど両者は思い切った演奏をしています。スリリングを通り越して、未知の領地にはいっているみたい。このプロコフィエフのピアノ協奏曲 第2番がこんなに凄い曲だとはいうことは初めて知った思いです。有名な第3番よりも凄いかも知れませんが、演奏が超難しそうです。ずっと度肝を抜かれて聴いていましたが、第4楽章の抒情を湛えた美しいピアノには、それまでとの落差が大きくて、一気に天上に上り詰める思いを抱かされます。この一筋縄ではいかないような抒情的なメロディーが難しい技巧で繰り返されるたびに音楽の深淵を感じさせられます、やがて、感動的なフィナーレ、いやあ、凄い演奏を聴いてしまったなあ。美貌は期待していましたが、こんな超ど級の音楽を聴くことになるとは想像していませんでした。恐るべし、アンナ・ヴィニツカヤ。翌日の横浜みなとみらいホールでのリサイタルにもかけつけようと決心しましたが、既に遅し。既に後方席しか残っていなかったので、それは断念しました、また、いつか機会があれば、聴かせてもらいましょう。アンコールはチャイコフスキーでした。憧れに満ちた夢見るような演奏に心が和みました。

休憩後、バルトークの管弦楽のための協奏曲です。これは腕に自信のないオーケストラには弾けない曲ですね。バルトークが白血病で病床にいながら、最後の気力を奮って、心血を注いだ最晩年の大傑作です。とても病床にあったとは思えないエネルギーに満ちた音楽・・・生きていく人たちに生きる力をバルトークはプレゼントしてくれました。インバル&都響は実に見事にこの難曲を演奏してくれました。低弦の分厚いハーモニー、そして、高弦の切れのある響きは特に格別でした。インバルが暗譜でオーケストラを自在にドライブしていたのも見事。saraiが青春時代、繰り返しレコードが擦り切れるほど聴いた大好きな曲ですが、心底、堪能しました。日本のオーケストラがここまで演奏してくれて、感無量です。完璧とまではいきませんでしたが、これは名演と言えるでしょう。インバル&都響に感謝したい思いです。

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  指揮:エリアフ・インバル
  ピアノ:アンナ・ヴィニツカヤ
  管弦楽:東京都交響楽団

  グリンカ:歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲
  プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 Op.16
  《アンコール》 チャイコフスキー:四季 Op.37bより4月《松雪草》

   《休憩》

  バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz.116

今日も、インバルが振るときの都響は素晴らしく充実した演奏を聴かせてくれました。来週のショスタコーヴィチの名曲(交響曲第8番)も楽しみです。デュメイのモーツァルトも期待できそうです。


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       ヴィニツカヤ,  

精妙にして音楽的:ハーゲン・カルテット@東京オペラシティ コンサートホール 2016.9.14

ハーゲン・カルテットの4人はやはり進化していますね。昔はテクニックでバリバリ弾いていた印象がありましたが、かなり抑え気味の演奏で熟成した深みが感じられます。最初のバッハは精妙な表現で納得の演奏です。フーガの楽しさをとことん味わわせてくれます。ここまではコンサート全体の前奏曲のようなもので軽い感じ。次のショスタコーヴィチはうーんと唸ります。なるほど、ハーゲン・カルテットが演奏するとショスタコーヴィチはこうなるのねって思います。そもそもバッハのフーガの技法が終わった後、短い休止だけで続けて演奏します。その心はバッハとショスタコーヴィチは同じトーン、同じテーストだっていうことです。バッハからは200年も離れていますが、音楽の精神は変わらないっていうことを言いたいんでしょう。確かにまったく違和感なしに連続して聴くことができます。しかし、ショスタコーヴィチの音楽が進行するにつれて、その本質が露わになってきます。やはり、暗く沈んだ音楽です。ハーゲン・カルテットの抑え気味の演奏がそれをさらに強調します。第2楽章こそ、激しく燃え上がりますが、トータルには悲痛なトーンが貫かれます。そして、次第に心に浮かんでくるイメージはレクイエムです。これは弦楽四重奏による鎮魂の歌です。ハーゲン・カルテットの熟成した響きがショスタコーヴィチの音楽を見事に表現しました。重いテーマではありますが、ハーゲン・カルテットは意外にさらっとそれを聴かせてくれました。室内楽の妙味ですね。

休憩後、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番です。いつものように終楽章(第6楽章)は大フーガが演奏されます。これも無闇に弾き過ぎないで、抑えた演奏が続きます。そして、第5楽章のカヴァティーナをしっとりと歌い上げて、一挙に大フーガで演奏は燃え上がります。大変な迫力です。この大フーガへの布石として、それまでの抑えた演奏が活きてきます。大フーガはパーフェクトな素晴らしい演奏で何も言うべき言葉を持ちません。以前聴いたベートーヴェン・ツィクルスでの名演が思い出されます。ハーゲン・カルテットの大フーガは最高です。

今日のプログラムは以下のとおりでした。

ハーゲン・カルテット Hagen Quartett
    ルーカス・ハーゲン Lukas Hagen (ヴァイオリン)
    ライナー・シュミット Rainer Schmidt (ヴァイオリン)
    ヴェロニカ・ハーゲンVeronika Hagen (ヴィオラ)
    クレメンス・ハーゲン Clemens Hagen (チェロ)

  J. S. バッハ:フーガの技法~ コントラプンクトゥス1~4
  ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番 ハ短調 Op.110

   《休憩》

  ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130
  ベートーヴェン:大フーガ Op.133

今度は是非、バルトークの弦楽四重奏曲を聴かせてもらいたいものです。それも全6曲を聴きたいな!


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       ハーゲン・カルテット,  

シューベルト再発見・・・インバル&東京都交響楽団@東京芸術劇場 2016.9.10

今日は秋の怒涛のコンサート・シーズンの幕開け。ザルツブルグ音楽祭以来、1ヵ月ぶりのコンサートです。これから、今月は10回、来月も10回のコンサートを楽しみます。
今回はインバルの80歳記念&都響デビュー25年記念のアニバーサリーコンサートです。ここ東京芸術劇場を皮切りに東京文化会館、サントリーホールで3回聴きます。共演者も変わり、演奏曲目も多彩です。インバルも80歳を超え、いよいよ、真の巨匠入りかと思うと感無量です。saraiがインバルを初めて聴いたのは、saraiのリタイアした翌日という記念すべき日でした。およそ6年前のことです。演奏曲目もマーラーの交響曲第2番《復活》というsaraiのリタイアにふさわしいものでした。涙なしには聴けない素晴らしい演奏でした。そのときの記事はここです。その後のインバル&都響の思い出に残るコンサートと言えば、その翌年2011年のショスタコーヴィチの交響曲第5番、2012年~2014年のマーラーツィクルス(特に番外の《大地の歌》、第3番、第4番、第5番、第8番、第9番、番外編の第10番)です。そして、この中で最高だったのはやはり、マーラーツィクルスを締めくくったサントリーホールでのマーラーの交響曲第9番でした。

インバルはメータ、オザワと同世代なんですね。ご本人のインタビューでは都響との第3次マーラーサイクルに意欲満々のようでご同慶の至りです。実現を願いたいものです。何なら、来年からでもいいですよ。

久しぶりに生の音楽を聴きます。やっぱり、音楽はいいなあ。最初のターニャ・テツラフの独奏チェロで始まるエルガーのチェロ協奏曲を聴きながら、心底、音楽を聴く楽しさを感じました。ターニャ・テツラフのチェロはu>今年のトッパンホール・室内楽フェスティヴァルで聴いたばかりです。そのときは彼女の柔らかい演奏に感銘を受けました。今日の演奏は協奏曲なので、もっと彼女の意思が前面に出たような感じの演奏ではあり、情感に満ちた気持ちのよい演奏です。予習で聴いたデュ・プレとは同じ女性と言ってもタイプが違いますね。感動するのはデュ・プレの演奏でしょうが、音楽の深い思いに沈み込めるのはターニャ・テツラフかな。ターニャ・テツラフは兄のヴァイオリニストのクリスティアン・テツラフ同様に知性派ですね。都響もうまくサポートして好演でした。

休憩後、シューベルトの交響曲第8番《ザ・グレート》です。これは大変、素晴らしい演奏。シューベルトの交響曲の素晴らしさを再発見させてくれました。シューベルトと言えば、saraiは後期のピアノ独奏曲が大好きですが、交響曲も同様に素晴らしいことを今更ながら、感じてしまいました。まるでブラームスの交響曲第0番と呼びたいほど、ロマン派の交響曲はこの曲なしにはありえなかったと思うほどです。第1楽章はブラームスの交響曲第2番を思い起こさせられますし、第4楽章はシューマンの祝祭的な気分の音楽を想起させられます。長大な第2楽章が聴きもので音楽と演奏に酔ってしまいました。そして、第4楽章で強い感銘を受けて、大満足の演奏でした。これからCDでもこの曲を集中的に聴いてみたい気分になりました。

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  指揮:エリアフ・インバル
  チェロ:ターニャ・テツラフ
  管弦楽:東京都交響楽団

  エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調 op.85
  《アンコール》 J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV 1009よりサラバンド

   《休憩》

  シューベルト:交響曲第8番 ハ長調 D944 《ザ・グレート》

それにしても、インバルが振るときの都響は素晴らしく充実した演奏を聴かせてくれます。よほどの信頼関係なんですね。来週のバルトーク(管弦楽のための協奏曲)が楽しみです。


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ロマンあふれるカルミナ・ブラーナ_神奈川フィル@神奈川県民ホール 2016.7.16

連日、深夜まで旅の準備中ではっきり言って睡眠不足。今日のプログラムは声楽曲。最初はモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の耳慣れたアリアが続き、気持ちよくなって、ついふらっとしてしまいます。ソプラノの三宅理恵はいかにも清楚なスープレットで、彼女の歌うツェルリーナを聴いていると、魅了はされますが、感動というところまではいかないので、いつの間にか、意識が遠のき、寝落ちの状態です。でも、後で考えてみると、彼女は後半のプログラムに備えて、少しセーブして歌っていたようです。前半の歌劇「ドン・ジョヴァンニ」のアリア集はあっという間に終わってしまいました。もう少し、曲目を増やしてもらってもよかったのではと思いますが、寝落ちしたsaraiには、そんなことを言う資格はありっませんね。

後半のプログラム、オルフの《カルミナ・ブラーナ》はオーケストラの背後に大合唱団、神奈川フィル合唱団がすらっと並びます。基本的にアマチュアの合唱団でしょうから、どれほどの迫力があるのでしょうか。冒頭の《おお、運命の女神よO Fortuna》が始まります。この有名なフレーズが実に大迫力で歌われます。背筋がぞくぞくするほど感銘を覚えます。第2曲の《運命の女神の痛手をFortune plango vulnera》でもダイナミックな合唱が続きます。しかし、いつしか、saraiは気持ちよくなって、また寝落ち。時々、この素晴らしい合唱を聴きますが、またすぐに寝落ち。フォルテッシモがホールに響き渡っても関係なしの有様。まあ、ポイント、ポイントはちゃんと?聴いてはいるんです。第3部になって、テノール独唱と入れ替わりにソプラノの三宅理恵が登場します。同時に横浜少年少女合唱団も舞台上に上がります。役者が揃ったという感じです。でも、美しいソプラノ独唱の《愛神はどこもかしこも飛び回るAmor volat undique》を聴いて、また気持ちよくなって寝落ち・・・。このままの状態で今日の公演を聴き終わるのかしらと思っていたら、さにあらず。ソプラノ独奏の有名な《天秤棒に心をかけて In trutina》を聴いて、心が洗い清められるような感覚になって、すっかりと覚醒します。三宅理恵の抑えた歌唱が心にしみじみと響いてきます。現世の愛の喜びを歌っていますが、内容とは離れて、清澄そのものの歌声です。惜しむらくは曲が短いことです。繰り返しをもう1回ほど追加してくれればいいのにね。続いて、合唱、児童合唱、バリトンソロ、ソプラノソロが一緒になっての《今こそ愉悦の季節 Tempus est iocundum 》です。歌詞の通り、実に愉悦に満ちたノリの良い音楽が繰り広げられます。こちらの気持ちもだんだんと高揚していきます。男の恋心が燃え上がる様子が見事に表現されます。続いて、いよいよソプラノ独唱の三宅理恵が持てる力をすべて出し切って、大変な高音で頂点を作ります。《とても、いとしいお方 Dilcissime 》です。男の恋心をしっかりと受け止める決心を歌い上げます。短い曲ではありますが、多分、三宅理恵は彼女の全精力をここに注ぎ込んだんでしょう。ちょっと高音が上がりきっていないようにも思えましたが、そんなことは問題にならないような渾身の歌声に感銘を受けました。そして、大合唱が実にロマンチックかつ迫力十分に美しい乙女を讃える賛歌を絶唱します。これは感動ものです。《アヴェ、この上なく姿美しい女 Ave formosissima》です。そして、締めは冒頭の合唱に戻ります。《おお、運命の女神よ O Fortuna》です。感動の大合唱です。神奈川フィル合唱団は見事な歌声を聴かせてくれました。saraiは満足です。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:現田茂夫
  ソプラノ:三宅理恵
  テノール:中井亮一
  バリトン:吉江忠男
  合唱:横浜少年少女合唱団 神奈川フィル合唱団
  管弦楽:神奈川フィル

  モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」より序曲、
         「酒がまわったら今度は踊りだ」
         「ぶってよ、マゼット」
         「私の幸せは彼女にかかって」
         「お互い手を取り合おう」

   《休憩》

  オルフ:カルミナ・ブラーナ 


これでヨーロッパ遠征前の国内のコンサートはお終い。次は《ブレゲンツ音楽祭》、《ザルツブルグ音楽祭》のレポートをお届けしますので、ご期待ください。


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神奈川フィルの会心のハイドンを堪能@神奈川県立音楽堂 2016.7.9

とっても気持ち良く聴けたハイドンでした。特に小編成の弦楽オーケストラの見事なアンサンブルの心地良いこと! 古典派の音楽の真髄を聴く思いです。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:川瀬賢太郎
  ヴァイオリン:郷古廉
  管弦楽:神奈川フィル

  バルトーク:弦楽のためのディヴェルティメントSz.113
  ハイドン:ヴァイオリン協奏曲ハ長調Hob.VIIa:1

   《休憩》

  ハイドン:交響曲第92番ト長調Hob.I:92「オックスフォード」


まず、最初はバルトークの弦楽のためのディヴェルティメント。彼のオーケストラ曲の最高傑作の《弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽》と《管弦楽のための協奏曲》に挟まれた期間に作曲された弦楽オーケストラのための作品です。音楽的には打楽器がなくて、バルトークらしさがもうひとつと感じます。それでも《弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽》と同じくパウル・ザッハーの率いるバーゼル室内管弦楽団のために書かれた作品で、《弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽》を彷彿とさせる緊張感の高い作品です。今日の演奏はバルトークが指示した楽器編成の最小構成で行われましたが、saraiはもう少し大きな構成のほうが迫力があったかなと思います。ただ、素晴らしいアンサンブルではありました。特に第2楽章は冒頭からピアニッシモの緊張感の高い音楽が展開されて、耳をそばだてて聴き入ります。作曲された1939年のヨーロッパの不安な状況をものがたるような暗くて重い音楽です。夜の音楽ですね。中間部では一転して強烈なインパクトの音楽に変わりますが、暗い緊張感は持続します。そして、また、冒頭の暗く沈んだ音楽に戻ります。素晴らしい演奏でした。しかし、繰り返しますが、もうちょっと編成を大きくしていればもっと聴き応えがあったかなと思ってしまいました。

次はハイドンのヴァイオリン協奏曲ハ長調です。ハイドンの残したヴァイオリン協奏曲は真作と認められているものが4曲。今日演奏されるのは第1番です。ハイドンの初期の作品であり、ハイドンというよりもバロック的な雰囲気の作品です。冒頭の弦楽合奏の素晴らしさにたちまち惹き込まれてしまいます。先ほどのバルトークとは違い、ここでは小編成の弦楽オーケストラがその美質を遺憾なく発揮します。パーフェクトな響きにただただうっとりと聴き入ってしまいます。そして、その弦楽合奏で奏でられていた主題が今度は颯爽と加わってきた独奏ヴァイオリンによってダブル・ストップで勢いよく弾かれます。いいですねー。ハイドンにこんなに素晴らしいヴァイオリン協奏曲があったんですね。saraiは初めて聴きます。郷古廉のヴァイオリンは美しい響きで音楽をストレートに表現していきます。若さに満ちた好感を持てる演奏です。妙な細工はなしにバリバリと弾いていきます。弦楽オーケストラともぴったりと息が合って、素晴らしいアンサンブル。独奏ヴァイオリンも弦楽オーケストラもどちらも大満足の演奏。緩徐楽章の第2楽章も実に爽やかな演奏。そして、第3楽章もノリのよい演奏で最後まで大変気持ちよく聴けました。こんな素晴らしいハイドンが聴けるとは思っていませんでした。満足感でいっぱいです。神奈川フィルもなかなかやりますね。

休憩後、ハイドンの交響曲第92番ト長調「オックスフォード」です。冒頭の序奏の美しいアンサンブルから惹き付けられます。主部にはいると一層、アンサンブルが冴えわたります。前半の2曲は管楽器がなかったので、余計、響きがリッチに感じられます。そこまで意識したプログラムだったんでしょうか。もちろん、素晴らしいのは小編成の弦楽セクションですが、管楽器が加わることで弦楽セクションの響きの素晴らしさが際立ちます。演奏の切れの良さも抜群に感じます。細かい感想は書きませんが、ともかく、第1楽章から第4楽章まで、響きといい、ノリの良さといい、パーフェクトな演奏でした。このホールの演奏会シリーズではハイドンの交響曲を連続して演奏しているそうですが、今日の演奏を聴く限り、神奈川フィルとハイドンは余程相性が良さそうです。多分、小編成のモーツァルトも良さそうな気がします。今後、注目です。


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河村尚子の熱いラフマニノフ_山田和樹&バーミンガム市交響楽団@サントリーホール 2016.6.28

河村尚子がラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を弾くというので、大変期待して聴きに行くことにしました。河村尚子と言えば、彼女の弾いたプロコフィエフの戦争ソナタの1曲、ピアノ・ソナタ第6番の圧巻の演奏は今でも忘れられません。そのときの記事はここです。こんなにプロコフィエフが弾けるんだから、当然、ラフマニノフも素晴らしいに違いないというのがsaraiの意見なんです。で、どうだったかというと、saraiの期待に応えてくれる素晴らしい演奏です。冒頭のシンプルなメロディーのところはえらくまろやかな響きでエッと驚きましたが、それはテクニック的に余裕のパートだからなんだと思いました。もっと鮮鋭な響きなんだろうと想像していたからの驚きでしたが、彼女はそのまろやかな響きでこの難曲の難しいパートも弾きこなしていきます。フォルテッシモでは流石にまろやかな響きは崩れて、割れんばかりの大音響が炸裂します。なかなかのパワーです。もっともsaraiは最前列でピアノの真ん前で聴いているので、もっと後ろの席ならば、フォルテッシモでももっとまろやかに響くのかもしれません。いずれにせよ、最前列ではピアノとオーケストラのバランスが崩れ、ほとんどピアノの音しか聴こえません。でも、saraiのようなピアノ好きにはそれは承知の上のことで、その崩れたバランスでいいんです。第1楽章、第2楽章と河村尚子の迫力満点のピアノに聴き惚れます。でも、ラフマニノフ特有のやるせなさが聴こえてこないのが唯一の不満です。美しいロマンティシズムは感じられるし、一種の狂気のような叫びも聴こえてきます。しかし、期待していた第3楽章が始まると、そういうsaraiの思いの数々はすべて吹っ飛びます。河村尚子の熱い響きが弾丸のようにsaraiの体を貫いていきます。凄い気魄も伝わってきます。もう、saraiはピアノの響きと一体化して、意識が飛びそうです。そして、クライマックスはフィナーレ。熱いロマンの響きがピアノとオーケストラから発せられて、感動の波が押し寄せてきます。音楽に浸る喜びに優るものは人生にはありません。素晴らし過ぎる河村尚子の熱いラフマニノフでした。

日本期待の若手指揮者である山田和樹は実は初聴きです。彼のマーラー・ツィクルスにも食指が動いたのですが、これ以上、音楽スケジュールがたて込むと大変なので自重しました。今日聴いた感想ですが、その素直な音楽性は好ましく思えました。妙な思い入れのない、よい意味で普通の音楽作りです。それにとても丁寧で手抜きのない音楽が流れます。それが如実に現れたのが最初に演奏されたベートーヴェンの『エグモント』序曲です。軽く演奏してもよかったのでしょうが、実に誠実に作り込まれた音楽に聴き入ってしまいました。きびきびと若さにあふれた音楽に爽やかささえ感じました。もちろん、きっちりとアインザッツも決め、重厚な音楽でもありました。でも一番の良さはオーソドックスな音楽表現であったことです。ベートーヴェンをベートーヴェンらしくということです。これは最後に演奏されたベートーヴェンの交響曲第7番にもそのままあてはまります。どこがどうという感想は控えますが、バーミンガム市交響楽団のしっかりしたアンサンブルを引き出して、正統的なベートーヴェンを聴かせてくれました。モダン過ぎず、重過ぎもせず、現代に演奏されるべきベートーヴェンという感じの演奏で、ワーグナーが絶賛して評した《舞踏の聖化(Apotheose des Tanzes)》を十分に表現し尽くした音楽作りに聴き惚れました。山田和樹は今後が楽しみである指揮者であることを実感しました。どういう方向に進んでいくのか注視していきたいですね。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:山田和樹
  ピアノ:河村尚子
  管弦楽:バーミンガム市交響楽団

  ベートーヴェン:劇音楽『エグモント』序曲
  ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調 Op.30
   《アンコール》 ラフマニノフ:エチュード Op.33-8

   《休憩》

   ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 Op.92

   《アンコール》
     ウォルトン:「ヘンリー5世」より「彼女の唇に触れて別れなん」


ところで今日の河村尚子の弾いたラフマニノフのピアノ協奏曲第3番はとても素晴らしかったのですが、未だにsaraiの聴いたベストのラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は上原彩子の演奏です。そのときの記事はここです。もう4年前のことです。今の上原彩子ならば、もっと凄い演奏になりそうです。あー、聴きたい!!



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       河村尚子,  

名古屋フィル&神奈川フィル_スペシャル・ジョイント・コンサート@横浜みなとみらいホール 2016.6.25

創立50周年の名古屋フィルと、昨年、創立45周年だった神奈川フィルが大編成のオーケストラを組んで、ショスタコーヴィチの交響曲第7番に挑むという注目のコンサートです。指揮は両者で指揮者を務めている川瀬賢太郎です。さらにモーツァルト演奏には絶対の信頼がおける菊池洋子がピアノ協奏曲第21番も弾くという垂涎のプログラム。これは聴くしかありません。実は神奈川フィルを聴くのはこれが2回目です。1回目は原因不明の高熱にうなされながら、聴いたマーラーでした。よかったような気もしますが、夢まぼろしの世界で聴いたコンサートでした。そのときの記事はここです。で、ちゃんと神奈川フィルを聴くのは実質、今日が初めてです。名古屋フィルを聴くのも初めて、川瀬賢太郎を聴くのも初めてです。菊池洋子は今年の宮崎音楽祭で聴いたばかりです。そのとき弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタとヴァイオリン・ソナタは素晴らしい演奏でした。そのときの記事はここです。ただ、菊池洋子がオーケストラと共演するのを聴くのは初めてです。ソロで弾くときと同様に素晴らしいモーツァルトを聴かせてくれるのでしょうか。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:川瀬賢太郎
  ピアノ:菊池洋子
  管弦楽:名古屋フィル&神奈川フィル

  モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467

   《休憩》

  ショスタコーヴィチ:交響曲第7番ハ長調Op.60「レニングラード」

   《アンコール》

 チャイコフスキー:バレエ《白鳥の湖》より終幕の音楽


まず、最初のモーツァルトのピアノ協奏曲第21番ですが、まさに人生の喜びを味わうことになります。大好きなモーツァルトのピアノ協奏曲で至福の演奏が聴けたのですからね。何と言っても、菊池洋子の演奏が素晴らしいです。モーツァルト演奏はこうでなくてはというような粒立ちのよいタッチのピアノの響きです。彼女の足元を見ますが、ペダルは時折踏んでいるようですが、あまりは踏んでいないようです。ですから響きの大きさは小さくなりますが、その切れのよいタッチの素晴らしいこと。粒立ちのよい響きだけでなく、第2楽章の美しい歌わせ方も素晴らしく、音楽表現も見事です。圧巻だったのは第3楽章の音階や素早いパッセージの完璧な演奏です。しかもオーケストラとの微妙なコミュニケーションも見事です。ここまでモーツァルトを弾きこなせる日本人ピアニストがいるのは嬉しいですね。応援していきたいピアニストの一人です。もう一息でピリスやペライアの域に達するのではないでしょうか。オーケストラは名古屋フィル&神奈川フィルの混合チームでしたが、特にヴァイオリンを始めとした弦楽セクションが素晴らしい響きを聴かせてくれました。指揮の川瀬賢太郎の無理のないサポートもよかったと思います。ともかく、音楽を聴く喜びを与えてくれる素晴らしい演奏でした。
ちなみに予習したCDはピリスの新旧の録音です。

 ピリス、グシュルバウアー&リスボン・グルベンキアン財団室内管弦楽団
 ピリス、アバード&ヨーロッパ室内管弦楽団

ともかく、ピリスのモーツァルトは素晴らしいです。もっとも、saraiは最近、クララ・ハスキルの弾くモーツァルトにはまっていて、ほとんどすべてのCDを収集して聴いているところです。残念ながら、ハスキルはこの第21番は録音を残していません。第19番とか、第20番は多くの録音を残してくれているんですが、彼女の好みは偏っていて、この第21番は好みから外れていたようです。きっと素晴らしい演奏をしたに違いないのに残念です。

休憩後は総勢130名の名古屋フィル&神奈川フィルの混合チームによるショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」です。冒頭の演奏される「人間のテーマ」は弦楽の響きが心地よく、さほどに大オーケストラを感じさせる音量ではありません。あれっと思っていたら、ボレロのリズムによる「戦争のテーマ」が頂点に達したときの凄まじい音量ははっきり言って、うるさいくらい。それがずっと持続しますから、耳がどうにかなりそうです。それでも弦楽セクションだけのパートでは心地よい響きに落ち着きます。その繰り返しでいささか聴くのも疲れます。川瀬賢太郎の指揮は激しい音量のときの姿はなかなか絵になりますね。でもうるさいです。大音量でもうるさくないような響きになれば、最高なんですけどね。大音量のとき以外は特に弦楽セクションの響きはとても美しいんです。ともかく長大な第1楽章を聴いて、疲れ果てました。第2楽章はそううるさい感じはありませんが、第1楽章で疲れた耳はなかなか回復しません。第2楽章が終わったときにこれでまだ半分聴いただけと思うだけでどっと疲れが出てきます。ところがこの後の第3楽章~第4楽章が素晴らしかったんです。特にヴィオラに始まる弦楽合奏による鎮魂を思わせる音楽の崇高さには胸を打たれます。非人間的な戦争へのアンチテーゼとも思える音楽は人間の尊厳がいかに大切かを表現しているように感じます。感動で胸が一杯になってしまいます。川瀬賢太郎の見事な指揮、混合チームの素晴らしいアンサンブルによる最高の演奏です。これまでこの曲を聴いていて、こういう思いに駆られたのは初めてのことです。この後、フィナーレまでの演奏の素晴らしさは圧巻でした。フィナーレでは、「こんな理不尽な世界であっても人間は生き抜いていくんだ」という強いメッセージ性を感じました。第3楽章~第4楽章の素晴らしい演奏はそれまでの疲れを吹き飛ばしてくれました。やはり、聴きに来てよかったと思わせられるコンサートでした。
ちなみに予習したCDは以下です。

 バーンスタイン、シカゴ交響楽団
 ムラヴィンスキー、レニングラード・フィル

それぞれの指揮者の個性が出た演奏で、どちらもオーケストラの実力が大変なものです。しかし、やはり、この曲は生演奏で聴くのがいいですね。

ところでこの曲は戦争をテーマにして、ソ連時代の国民の意識高揚の一面もあるということで賛否両論のある曲ではあります。saraiの尊敬する作曲家バルトークは当時、亡命先の米国で「国家の奴隷にまでなって作曲するものは、馬鹿」という批判的なコメントを出し、自作の《管弦楽のための協奏曲》でもこの交響曲第7番の「戦争のテーマ」を揶揄的に引用したくらいです。ショスタコーヴィチもそのバルトークのコメントは承知していたようで、自作でバルトークの作品を引用したりしています。悲しい戦争の時代、そして、人間の尊厳が傷つけられる時代には、芸術家も無縁ではいられません。バルトークもショスタコーヴィチもsaraiが好んで聴いている作曲家であり、それぞれの思い、それも内に秘めた思いがあることは理解しているつもりです。それぞれの個性に合ったスタイルで人間の生きる道を模索した音楽を作ってくれたと思っています。芸術家が世界情勢とは無縁でいられない時代は今でも続いています。音楽の力で人間が人間たりえること・・・そういう音楽を聴いていきたいとsaraiは祈っています。今日のこの曲もsaraiはポジティブに捉えたいと思っています。国家発揚の音楽ではなくて、人間に生きる力を与える音楽だと・・・。

盛大な拍手の続く中、思わぬアンコール曲が始まります。何と《白鳥の湖》です。すぐに終幕の場面であることに気が付きます。ジークフリート王子と悪魔ロットバルトの壮絶な戦いの場面です。オデット姫の美しい姿も重なるシーンです。この場面の終結は正義が悪に打ち勝ち、ハッピーエンドというソ連時代に改変されたシナリオとそれ以前の魂の救済もなく、オデット姫も死ぬという悲しい結末の両極パターンがあるのはバレエファンは皆承知しています。さて、今日の音楽はどちらのシナリオに向けた音楽になっているのかを聴き取りましょう。通常ではありえないようなグランド・オーケストラによるグラマラスな音楽が続きます。意外にこういう演奏もよいものです。ということはこの音楽は言うまでもなく、正義の勝利、つまりは人間の勝利ということになります。単純なハッピーエンドというよりも人間賛歌のようなものでしょうか。アンコールにこういう音楽を持ってきた川瀬賢太郎の音楽的センスのよさにも拍手です。そもそもアンコールをやること自体、異例なことですからね。ショスタコーヴィチの交響曲第7番のような大曲の後ならなおさらです。コンサートマスターの石田泰尚も疲れたというように手を振っていたと後で配偶者が言っていました。ご苦労様でした。



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苦難の天才の挽歌!パシフィカ・クァルテット:ショスタコーヴィチ・プロジェクト第4回@鶴見サルビアホール 2016.6.16

今日はパシフィカ・クァルテットによるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲チクルスの4回目を聴きます。今回が最終回です。ショスタコーヴィチの人生、最後の10年間の作品を聴きました。瞑想と思索の海の中に沈み込んでいくような感覚に陥りました。一昨日に聴いた第12番のような激しい高まりはもうありません。苦難の時代を生き抜いたショスタコーヴィチが辿り着いたのは・・・?

今日のプログラムは以下のとおりです。

  ショスタコーヴィチ・プロジェクト

  パシフィカ・クァルテット
    シミン・ガナートラvn、 シッビ・バーンハートソンvn
    マスミ・バーロスタードva、 ブランドン・ヴェイモスvc

  弦楽四重奏曲 第11番 Op.122
  弦楽四重奏曲 第13番 Op.138

   《休憩》

  弦楽四重奏曲 第14番 Op.142

   《休憩》

  弦楽四重奏曲 第15番 Op.144

今日は第11番と第13番~第15番を聴きます。この第11番から第15番が作曲された時期はブレジネフ体制で文化人の活動が抑圧された時期です。この苦難の時期ではありますが、ショスタコーヴィチは世界的な名声と実績によって、比較的、自由に活動できたようです。しかし、ショスタコーヴィチも晩年を迎え、健康を害し、最期の時に向かっていきます。作品内容もノントナールの技法も用いて、瞑想的で思索的なものに収束していきます。かっての派手な勢いのスタイルは影をひそめます。自分の昔の作品やシューベルトやベートーヴェンなどの名作からの音型の引用が多いのも特徴です。人生の総決算といった風情でしょうか。最晩年の第14番、第15番では自分の死期を悟ったかのような音楽になり、聴く者も心を痛めずにはいられません。

まず最初の短い休憩前は第11番と第13番です。第11番は1966年の作。関係ありませんが、saraiが地方の進学校で高校生活を送り、ショスタコーヴィチの交響曲第5番に出会って夢中になって聴いていた頃です。出入りしていたレコード店のお兄さんにsaraiはショスタコーヴィチ好きとからかわれていました。コンサートの話に戻りますが、第1楽章の冒頭のノントナール風のメロディーを第1ヴァイオリンのシミン・ガナートラが美しくロマンティックに奏でます。実に瞑想的でうっとりと魅了されます。途中、少しの盛り上がりはあるものの、瞑想的な雰囲気のままに短い組曲のような全7楽章の曲は終わります。
休憩なしにそのまま第13番です。第13番は1969年から1970年の作。関係ありませんが、saraiが配偶者と出会って、交際を始めた頃です。ショスタコーヴィチの交響曲も第7番や第9番を聴き始めた頃です。このとき、ショスタコーヴィチに残された時間はもうわずか5年だったんですね。コンサートの話に戻りますが、ヴィオラの独奏で静かに音楽が開始され、またまた、第1ヴァイオリンの独奏で瞑想的な雰囲気にはいっていきます。4人の独奏が多いのも晩年の弦楽四重奏曲に共通した特徴です。じっと静かに息をひそめて聴き入ります。このホールに集まった100人の聴衆も同様に身じろぎもせずに静謐で思索的な音楽に耳を傾けています。まるでショスタコーヴィチを偲ぶ会を催しているかの雰囲気です。単一楽章で休みなく演奏された曲が静かに閉じてもしばらくは沈黙は破られません。

短い休憩の後、第14番です。第14番は1973年の作。関係ありませんが、saraiが配偶者と結婚した年です。生活が激変し、あまり、音楽に没頭できる時間がなくなりました。ショスタコーヴィチはもはや最晩年です。最後の交響曲もこの2年前に作曲されました。この曲は3楽章のシンプルな構成です。第2楽章の瞑想的で美しい音楽が耳に残ります。第3楽章のフィナーレで魅惑的でロマンティックなメロディーが演奏されると、もはや、残された弦楽四重奏曲は最後の1曲であることを痛感させられて、何かしら胸がしめつけられるような感慨を覚えます。このときのショスタコーヴィチは現在のsaraiと同世代だったんです。ところで最後のロマンティックなメロディーはショスタコーヴィチのオペラ《ムツェンスク群のマクベス夫人》の第4幕のカテリーナのアリアから引用されたものなんだそうです。心に沁みる音楽です。まるで弦楽四重奏で奏でられるオペラのようです。

休憩後、最後の第15番です。ショスタコーヴィチの死の前年の1974年の作です。全6楽章ですが、すべてアダージョで切れ目なく演奏されます。これこそ白鳥の歌というか、挽歌ですね。ショスタコーヴィチの音楽葬に列席している気分になります。第1楽章はエレジーと名付けられて、美しく静謐な音楽が流れます。第1ヴァイオリンのシミン・ガナートラの物悲しく、ロマンティックな響きを聴いていると、不意にこみ上げるものがあります。この音型はシューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と少女」から引用しているという話もありますがsaraiには聴き分けられません。ともかく、パシフィカ・クァルテットの演奏は素晴らしく美しいです。こんなに感極まるのはマーラーの交響曲第9番みたいに思えます。第2楽章のセレナード、第3楽章の間奏曲は運命に抗うかのように激するところもありますが、パシフィカ・クァルテットの演奏はダイナミックでありながら、美しいアンサンブルと独奏を聴かせてくれます。第4楽章の夜想曲はもうそれは美しく、瞑想的に暗い闇を表現する演奏です。パシフィカ・クァルテットの見事な演奏にただただ耳を傾けるのみです。第5楽章の葬送行進曲に入ります。ショスタコーヴィチが残してくれた音楽も終局に向かいつつあります。ホール全体に緊張感が漂っています。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」から引用した音型が痛切に響き渡ります。これも夜の闇のもうひとつの表現。ショスタコーヴィチは間近に迫った自分の死と向かい合って、敬愛したベートーヴェンの音楽を遺言のように残したんですね。まるでベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲のように思索的な表現が続きます。パシフィカ・クァルテットはショスタコーヴィチの音楽の伝道者であるかのようにひたすら音楽に奉仕するスタイルの演奏を展開します。saraiはその挽歌に耳を傾けるのみで頭の中は純粋な音楽で満たされます。最後の第6楽章のエピローグにはいります。ショスタコーヴィチも既に表現すべきことはすべて表現したのか、格段の展開はなく、肩の力の抜けたシンプルな音楽が流れます。パシフィカ・クァルテットは最後まで美しい音楽を奏でます。そして、そっと静かに密やかに音楽は消え去ります。この先は無。ショスタコーヴィチもパシフィカ・クァルテットもなすべきことはなして、すべては完璧に終わります。saraiも満足です。聴くべきものはすべて聴いて、何も思い残すところはありません。

パシフィカ・クァルテットのショスタコーヴィチ・プロジェクトにはただ感謝するのみです。最後の第15番が最高の音楽であり、最高の演奏でした。それも全15曲を聴けたからのことです。第12番も凄かったし、第8番も見事な演奏でした。第5番、第7番も忘れられない演奏でした。一人の天才作曲家の人生と音楽に没頭できた四日間でした。


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明日への希望!!パシフィカ・クァルテット:ショスタコーヴィチ・プロジェクト第3回@鶴見サルビアホール 2016.6.14

今日はパシフィカ・クァルテットによるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲チクルスの3回目を聴きます。日を追うごとにますます素晴らしい演奏になっていきます。後半に演奏された第12番はそのあまりに素晴らしい演奏で、インスパイアされる思いに駆られました。まるでバルトークの弦楽四重奏曲を聴いたときのように明日を生き抜くエネルギーをもらった感じです。

今日のプログラムは以下のとおりです。

  ショスタコーヴィチ・プロジェクト

  パシフィカ・クァルテット
    シミン・ガナートラvn、 シッビ・バーンハートソンvn
    マスミ・バーロスタードva、 ブランドン・ヴェイモスvc

  弦楽四重奏曲 第10番 Op.118
  弦楽四重奏曲 第9番 Op.117

   《休憩》

  弦楽四重奏曲 第12番 Op.133

今日は第9番から第12番までを聴きます。第11番と第13番以降は最終日に聴きます。この第9番から第12番が作曲された時期はフルシチョフ体制からブレジネフ体制への移行の時期。比較的、芸術統制が緩んだ時期から再び統制が強められた時期にあたります。ショスタコーヴィチも創作力が頂点に達した時期から、次第に創作力が下り坂になった時期にあたります。その中で彼が自己の内面をどう作品に反映させていったのか。そして、パシフィカ・クァルテットがそれをどう表現していくのか・・・いよいよ、このショスタコーヴィチ・プロジェクトも佳境に入っていきます。

まず前半は第10番と第9番です。いずれも1964年の作。関係ありませんが、日本は東京オリンピック一色に盛り上がっていました。saraiがショスタコーヴィチの交響曲第5番に出会うのも間もなくのことです。コンサートの話に戻りますが、連日のショスタコーヴィチ漬けでsaraiも疲労気味。自宅ではCDで予習もしているので、頭の中はショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲だらけになっています。どうも前半のプログラムは集中して聴けません。パシフィカ・クァルテットは昨日同様の力演ですが、saraiは第8番の素晴らしかった演奏から脱却できずに、第10番と第9番もなんだか区別できずに同じような曲に感じてしまいます。猛烈に高揚して演奏しているのが心に響いてこないという感じ。マンネリですね。特に第9番は好きな曲だし、傑作なんですけどね。正直、ふわっーと頭の中を通り過ぎていきました。このまま、このコンサートも終わってしまうのかと不安になります。

しかし、休憩後、第12番は大変、集中して聴けます。それはそうでしょう。saraiは前半、体力を温存していたようなものですからね。1968年に作曲されたこの曲はショスタコーヴィチには珍しく、ノントナール風のテーストで第1楽章がスタートします。そのため、不安定な捉えどころのないような雰囲気の曲想が続きます。それでもしっかりとパシフィカ・クァルテットの美しいとでも表現できるような演奏についていきます。第2楽章の終盤になって、俄然、緊張感が高まります。第1ヴァイオリンがピチカートのソロを演奏し始めてからです。ノントナール風の雰囲気は一掃されて、決然とした和声に落ち着きます。パシフィカ・クァルテットが猛然とダッシュしていきます。物凄い響きでホールが満たされます。saraiの心に響いてきたメッセージは《希望》です。苦しい時代であっても人は決然として生き抜いていく・・・明日に《希望》があるのだから!! saraiの心の中に熱い気持ちが高まっていきます。パシフィカ・クァルテットが熱い心をインスパイアしてくれます。演奏者と聴衆の心、さらには作曲家の心が共感の輪でつながっていくことが実感できる素晴らしい高みに上り詰めていきます。圧倒的なフィナーレに我を忘れてしまうほどの感動がありました。これほどの演奏をしてくれたパシフィカ・クァルテットの4人に感謝です。saraiも若くはありませんが、現実世界でも頑張って生きていこうという強い気持ちを音楽のチカラで与えてもらいました。

2日後は最終日のコンサートです。どういうグランドフィナーレになるのでしょうか。



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パシフィカ・クァルテット:ショスタコーヴィチ・プロジェクト第2回@鶴見サルビアホール 2016.6.13

今日はパシフィカ・クァルテットによるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲チクルスの2回目を聴きます。初日から大変な熱演でしたが、今日はさらに素晴らしい演奏。特に前半に演奏された第5番と後半に演奏された第8番は会心の演奏に圧倒される思いでした。

今日のプログラムは以下のとおりです。

  ショスタコーヴィチ・プロジェクト

  パシフィカ・クァルテット
    シミン・ガナートラvn、 シッビ・バーンハートソンvn
    マスミ・バーロスタードva、 ブランドン・ヴェイモスvc

  弦楽四重奏曲 第4番 Op.83
  弦楽四重奏曲 第5番 Op.92

   《休憩》

  弦楽四重奏曲 第6番 Op.101
  弦楽四重奏曲 第8番 Op.110

今日は既に初日に演奏された第7番を除き、第4番から第8番までを聴きます。ショスタコーヴィチにとってはジダーノフ批判を浴びて厳しい冬の時代、そして、スターリンの死を経て、フルシチョフ体制に移行して、比較的、自由な創作活動が行えるようになった時期にあたり、作品の雰囲気も変遷していきます。

まず最初は第4番です。もう、すっかりとパシフィカ・クァルテットの演奏スタイルは分かっているので、ほぼ、予想通りの演奏です。作品自体はジダーノフ批判を浴びて、交響曲の作曲もできない状況ですが、それほど鬱屈した音楽になっているわけではありません。パシフィカ・クァルテットの美しくてロマンティックな表現で聴くと、そういう厳しい冬の時代の作品には思えません。それにしても、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は同じようなパッセージが執拗に繰り返されます。ある意味、聴く側はそれを我慢しながら聴くわけで、まるで修行のようなものです。ここに集まった100人の聴衆はよほどの物好きですね。もちろん、saraiもそうなんですけどね。しかし、パシフィカ・クァルテットの第1ヴァイオリンのシミン・ガナートラはとてもロマンティックなメロディーを奏でてくれて、これがショスタコーヴィチなのかと疑いたくなるような演奏で耳を楽しませてくれます。もちろん、クールな演奏もよいのでしょうが、これが彼女のスタイルなんですね。厳しい時代のショスタコーヴィチの作品もロマンティックなスタイルで聴かせてもらいました。

次の第5番は大変な力演でした。3楽章が続けて演奏されますが、長大な作品です。同じようなメロディーが執拗に繰り返されます。ドミトリー・ショスタコーヴィチの頭文字DSHの音型が基本になっています。第2楽章は瞑想的な音楽をシミン・ガナートラのヴァイオリンが実にロマンティックに奏でてくれます。もう、うっとりして聴き入ります。よい意味でショスタコーヴィチではありません。一転して、第3楽章は激しい音楽に心が揺さぶられます。こういう強烈なインパクトの演奏もパシフィカ・クァルテットの得意とするところのようです。いやはや、第5番の素晴らしさにすっかり魅惑されました。ところでこの作品の後に交響曲第10番が作曲されることになります。同じようなベースを持つ両曲ですが、今日の演奏を聴く限り、まったく印象を異にします。交響曲第10番と言えば、saraiの持つ印象は沈痛さということに尽きます。一方、今日の弦楽四重奏曲第5番は美しくて、希望さえ感じられるような音楽です。パシフィカ・クァルテットは救いのある音楽をプレゼントしてくれました。持ち前の温か味のある響きがそう感じさせてくれるようです。こういうショスタコーヴィチもよいでしょう。

休憩後、第6番です。最初の妻ニーナの死、母の死もありましたが、私生活でも第2の妻マルガリータとの結婚(短命には終わりましたが)もあり、決定的なのはスターリン体制の崩壊で自由な作曲環境になったのが大きいのでしょう。ショスタコーヴィチにしてはとても明るい音楽です。パシフィカ・クァルテットが演奏するとさらに明るい音楽になります。しかし、第3楽章はパシフィカ・クァルテットが演奏しても哀しい挽歌です。でもロマンティックで心に響きます。4楽章中、白眉の音楽に耳を傾けました。

最後は第8番です。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲中、恐らく一番人気でよく演奏される音楽です。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は内省的な音楽がほとんどですが、この作品は例外的に外面的な派手さもあり、聴きやすい作品です。パシフィカ・クァルテットはその音楽を見事に盛り上げて演奏してくれました。一番集中して聴けました。ダイナミックな部分の演奏の強烈なインパクトはもちろん、ちょっとしたメロディアスなところの表現の温かさも心に響いてきます。ここまで第1番から第8番まで聴きましたが、この第8番が最高に素晴らしい演奏に思えました。

これで半分聴きました。あと残り半分のコンサートが続きます。次第に難しい音楽に入っていきます。さて、どう聴かせてくれるでしょうか。


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昔も今もさすがのバッハ!ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル@横浜みなとみらいホール 2016.6.12

saraiの最も愛する音楽家ヒラリー・ハーンですが、今回ばかりは不安いっぱいで、購入したチケットもこのリサイタルのみ。いつもは聴ける公演はすべて足を運んでいましたが、今回はこれ一本に絞りました。それと言うのも前回の来日公演でのブラームスのヴァイオリン協奏曲がとても期待外れだったからです。そのときの記事はここここ。あまり、思い出したくないコンサートです。

不安感もあり、大きな期待を抱かずに聴き始めます。まずはモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ 第27番です。これはモーツァルトとしてもシンプルな音楽です。ヒラリーのヴァイオリンは派手過ぎず、抑え過ぎずという中庸な表現で今まで聴いた彼女のモーツァルトの中ではよい出来でした。ただ、彼女のヴァイオリンの響きがもう一つに感じます。あの絶頂期の素晴らしい響きとは一線を画しているように感じます。心配ですね。

次はバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番です。これは素晴らしいです。第2楽章の長大なフーガは聴き応え十分です。ヴァイオリンの響きがどうのこうのということはもうどうでもいいです。シャコンヌと同じくらい素晴らしい音楽です。終始冷静で心のこもった音楽は終盤熱く高揚します。圧巻の素晴らしさです。この楽章の終了後、一部の聴衆から拍手があがりますが、まあ許しましょう。ここで一息ついて、第3楽章に進みます。緩やかなラルゴが静謐に演奏されます。ヒラリーの人生にも色んなことがあったのでしょう。哀しみを感じるような深みのある音楽です。心にしみじみと響いてきます。そして、本当に素晴らしかったのは第4楽章のアレグロ・アッサイです。これは究極のバッハ。パーフェクトなバッハです。シンプルなパッセージさえも何かしらの意味を持っているように聴こえてきます。完璧なテクニックでヴァイオリンの響きも冴え渡ります。終盤の熱い盛り上がりには感銘を受けました。彼女が20歳にもならない頃に録音したこの曲のCDはsaraiの愛聴盤ですが、あのころはひたすら何も考えずにバッハの音楽に奉仕していた演奏でした。それが素晴らしい演奏になっていたのはバッハの音楽の素晴らしさと彼女の若さの勢いが見事に調和したからだったんでしょう。今日の演奏はあの頃の勢いはないかもしれませんが、深い人生の哀感が音楽を高めています。

ヒラリーは現在、音楽家としての岐路に立っているような感じがします。ここを乗り越えて、素晴らしい音楽家に大成することを祈らずにはいられません。

今日のプログラムは以下です。

  ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
  ピアノ:コリー・スマイス

  モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 第27番 ト長調 K.379
  J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005

   《休憩》

  アントン・ガルシア・アブリル:6つのパルティータより
                 第2曲『無限の広がり』、第3曲『愛』
  アーロン・コープランド:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
  ティナ・デヴィッドソン: 地上の青い曲線(27のアンコールピースより)

   《アンコール》

  佐藤聰明:微風Bifu
  マーク・アントニー・ターネジ:ヒラリーのホーダウンHilary's Hoedown
  マックス・リヒター:慰撫Mercy

後半とアンコールはいずれも現代あるいはそれに近い時代の作品でした。素晴らしいヴァイオリンではありましたが、これが彼女の目指す方向なのでしょうか。


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       ヒラリー・ハーン,  

パシフィカ・クァルテット:ショスタコーヴィチ・プロジェクト第1回@鶴見サルビアホール 2016.6.10

今日からパシフィカ・クァルテットによるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲を聴きます。それも定員わずか100名の鶴見サルビアホールで聴くという贅沢な鑑賞です。アメリカの団体パシフィカ・クァルテットはこのショスタコーヴィチ・プロジェクトのためだけに来日したのだそうです。期待してしまいますね。

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  ショスタコーヴィチ・プロジェクト

  パシフィカ・クァルテット
    シミン・ガナートラvn、 シッビ・バーンハートソンvn
    マスミ・バーロスタードva、 ブランドン・ヴェイモスvc

  弦楽四重奏曲 第1番 Op.49
  弦楽四重奏曲 第2番 Op.68

   《休憩》

  弦楽四重奏曲 第7番 Op.108
  弦楽四重奏曲 第3番 Op.73

初日からショスタコーヴィチをたっぷりと堪能しました。わずか2時間ほどのコンサートと思えないほどの充実した時間を持てました。

今日は第7番をはさんで、第1番から第3番までを聴きます。弦楽四重奏曲としては初期の作品ですが、ショスタコーヴィチがこの弦楽四重奏曲に取り組み始めたのは、交響曲第5番を作曲した後のことです。したがって、音楽的にはとても充実した作品で聴き応えがあります。

まず最初は第1番です。冒頭の響きで驚きます。もっと精妙かつ軽快な演奏を想像していましたが、たっぷりとした響きに満ちたロマンティックとも言えるような演奏です。虚を突かれる思いです。考えてみれば、歴史的な背景(初期の作品は第2次世界大戦の前後に作曲されました)を抜きにしても、色々な演奏スタイルがあっていいかもしれません。まるでロマン派の音楽を聴いているような感覚におちいります。パシフィカ・クァルテットの演奏はダイナミックで豊饒な印象を受けます。先鋭な演奏ではありませんが熱い演奏を繰り広げます。ショスタコーヴィチの演奏としては異色かもしれません。もっともショスタコーヴィチにゆかりがあり、定評あるボロディン弦楽四重奏団の演奏スタイルもある意味、熱くロマンティックではありますね。予習で今聴いているエマーソン弦楽四重奏団とあまりに演奏スタイルが異なるので違和感があるだけなのかもしれません。ちなみにこれまでCDで聴いてきた演奏は以下です。

 フィッツウィリアム弦楽四重奏団
 ブロドスキー弦楽四重奏団
 ルビオ弦楽四重奏団
 ボロディン弦楽四重奏団(新盤)

次の第2番も基本的には同じスタイルの演奏です。しかし、この大作の演奏は大変な力演です。この一曲を持ってしてもショスタコーヴィチを大作曲家たらしめることを確信させるかのごとき素晴らしい演奏です。根底にあるのはロマンティシズムに満ちたスタイルの演奏で、4人の奏でる音楽の雄弁なこと、この上なしの印象です。この調子で第15番まで弾き切ることは想像しがたいものがあります。第1ヴァイオリンの女性奏者シミン・ガナートラの力感あふれる演奏とヴィオラ奏者のマスミ・バーロスタードの力強くて明確な演奏が特に目立ちます。

休憩後、第7番です。短い曲とは言え、大変に凝縮度の高い作品です。さすがに第1番、第2番とは15年以上も後の作品ですから、味わいがまったく異なります。全体に暗く沈んだ音楽ですが、激しく高揚する部分の迫力は凄まじいものがあります。そういうところの荒れ狂うような響きはパシフィカ・クァルテットの真骨頂なのでしょう。とても見事です。

最後は第3番です。この作品も色んな表情を見せてくれます。屈託ない明るさに始まり、高潮したり、沈んだりしながら、第3楽章では激しく燃え上がります。スターリンを密かにパロディったとも言われています。最後の第5楽章では激しく燃焼した後、静かに曲を閉じます。大変、聴き応えがありました。

ともかく、この狭いホールはとてもよく音が響き、たった4人の弦楽器とは思えないほどのヴォリュームで音楽が響き渡ります。ちょっとした室内オーケストラのようです。ショスタコーヴィチの迫力ある音楽を聴くには最適かもしれません。とても圧倒されました。あと3回のコンサートが続きます。楽しみです。


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精妙なボストリッジの歌唱・・・大野和士&東京都交響楽団@サントリーホール 2016.6.9

今日は実に多彩なプログラム。ブリテン、ドビュッシー、スクリャービンです。冒頭のブリテンの「4つの海の間奏曲」以外は初聴きの曲です。CDでも多分、聴いたことがありません。一応、CDで予習はしましたが、なかなか難解な曲ばかりです。

まず、最初のブリテンの「4つの海の間奏曲」ですが、これは都響の美しいアンサンブルが光る演奏。冒頭から。ヴァイオリン群のユニゾンの響きの美しさに魅了されます。ブリテンの傑作オペラのドラマティックな内容を彷彿とさせる演奏でした。

次もブリテン。テノール独唱と弦楽合奏による《イリュミナシオン》です。これは参りました。精妙なボストリッジの歌唱が素晴らしくて、心に迫るのですが、浅学なsaraiにとって、ランボーの詩の内容が難解で意味が理解できません。フランス語はもちろん分かりませんが、その日本語訳も意味不明なんです。同性愛者だったブリテンの同性の恋人への心情もこめられているそうですが、これもあまり理解できません。決して耽溺的な音楽ではありませんが、魂の叫びらしきものは感じられます。浅いレベルで音楽は楽しめましたが、文化的に深いレベルでの同調はできなかったというのが正直なところです。芸術文化への理解がそれなりにできているつもりでしたが、あまりに自分のレベルの低さに落ち込みました。まずはフランス詩を少しは勉強しないと話になりませんね。自分の弱点を知りました。残念です。

休憩後、ドビュッシーの《夜想曲》です。いかにもドビュッシーらしい音楽が流れます。指揮者の大野和士によると、最初の曲の「雲」はセーヌ川の上に浮かぶ雲が描かれており、ドミソの和音のドが欠如しているために無重力的な浮遊感があるのだそうで、もし、ドの音が和音の底部を支える音として付きまとえば、雲はたちまちにして、セーヌ川に落ち込むそうな・・・。この音楽家的な発想は彼が子供のときから感じていたというのですから、やはり、音楽家は我々、素人とは次元を異にしていることが分かります。saraiのような素人が聴けば、ドビュッシーの東洋音階に基づく不安定感のある和音の響きで、とりとめのない柔らかさが雲を表現しているようだとしか感じられません。茫洋としたドビュッシーの音楽をそういうことを思いながら聴いていると、どうやら退屈せずに済みました。なお、その大野和士のメッセージを今月の解説から見つけ出したのは配偶者でした。彼女も見るべきところを見ていますね。まあ、大野和士と配偶者のお陰でドビュッシーの音楽をいつもと違う観点で楽しめました。

最後はスクリャービンの《法悦の詩》です。今のところ、スクリャービンは初期の頃の美しい作品のほうが好みです。神秘主義に走った後の作品はまだ何とも感想がありません。まあ、都響のきらめくような音響の洪水は凄いですけどね。おいおい、スクリャービンも聴き込んでいきましょう。

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  指揮:大野和士
  テノール:イアン・ボストリッジ
  管弦楽:東京都交響楽団

  ブリテン:歌劇『ピーター・グライムズ』より「4つの海の間奏曲」Op.33a
  ブリテン:イリュミナシオン Op.18

   《休憩》

  ドビュッシー:《夜想曲》より「雲」「祭」
  スクリャービン:法悦の詩 Op.54 (交響曲第4番)

今回も大野和士のプログラムは意欲的ではありました。また、何と言っても、ボストリッジの多彩な表現の歌唱が聴けたのも収穫でした。そのうち、ドイツ・リートも聴かせてもらいましょう。


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気迫の演奏!!庄司紗矢香:無伴奏ヴァイオリン・リサイタル@紀尾井ホール 2016.6.7

庄司紗矢香の無伴奏ヴァイオリン・リサイタルを今日もまた聴きます。saraiが聴くのは2回目ですが、今日の公演は国内ツアーの8回目にして、最終公演です。最後が東京公演で締めということで、庄司紗矢香も気合の入れ方が尋常ではありません。それは彼女の表情からも窺い知れます。終始、しかめっ面での演奏です。いつもはふんわりとした柔らかい表情での演奏が多いのですが、よほどの気持ちの入れ方なんでしょう。そのため、実に気迫のこもった演奏が続きます。ただ、少し、肩に力が入り過ぎなのか、前回聴いたときよりもヴァイオリンの響きがもうひとつに感じます。音色のピュアーさも欠ける印象です。
最初の曲、バッハの《幻想曲とフーガ》は前回のような朗々とした響きはありませんが、厳しい演奏で、それはそれで素晴らしいです。
次のバルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタは第1楽章の冒頭は音程に安定感がありません。心配して聴いていると、徐々に安定感を増して、第3楽章は弱音の美しい音色に聴き惚れます。第4楽章も素晴らしい演奏。ただ、響きも含めた全体の演奏は明らかに前回が素晴らしい演奏でした。

休憩後、後半は見事な演奏でした。細川俊夫の新作は前回聴いた曲と同じ曲とは思えないほどの気迫の演奏。鬼気迫るものがあります。作曲家自身はシャーマニズムを念頭に置いて、庄司紗矢香をシャーマン(巫女)に見立てたとのことですが、前回と異なり、まさに庄司紗矢香は巫女が乗り移ったかのごとき演奏です。現代日本の天才音楽家二人が見事な音楽を作り上げてくれました。大変な感銘を受けました。
最後のバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番は前回同様、素晴らしい演奏。聴き惚れました。ただ、気迫が優り過ぎて、少し前のめりの感はあります。前回聴いたときのような愉悦感は欠けたかもしれません。まあ、それは贅沢過ぎる感想でしょう。十分に素晴らしい演奏でした。

今日のプログラムは以下です。

  J.S.バッハ:幻想曲とフーガ ト短調 BWV542(ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ編)
  バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Sz.117

   《休憩》

  細川俊夫:ヴァイオリン独奏のための「エクスタシス」・・・新作(2016)《庄司紗矢香委嘱作品・日本初演》
  J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004

前回、川口リリアホールで聴いたときと感想記事はここです。


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       庄司紗矢香,  

藤原真理チェロ・リサイタル@上大岡ひまわりの郷 2016.6.5

お昼のひと時、気持ちのよい時間が持てました。同世代の音楽家である藤原真理さんのチェロは初めて聴きましたが、無理のないボウイングでありながら、朗々とした深い響きが美しく耳に心地よく感じられます。もっとも、最初に演奏されたバッハの無伴奏チェロ組曲だけは一味違う演奏でした。彼女が若い頃から弾き続けているこだわりの曲なんでしょう。チェリストにとっては特別な曲である筈のこの作品は演奏者が自身の音楽性を最も表現する曲です。したがって、どれひとつ取っても同じような演奏はありません。で、彼女の演奏ですが、実に自然体にこだわった演奏です。自我をがりがりに表出する演奏とは対極にあるような演奏です。ある意味、ちょっと物足りない感じはありますが、彼女の長い音楽人生の果てに到達した枯れた心境なのかもしれません。きっと若い頃の演奏はこうではなかったでしょう。その特徴が最も活かされたのがサラバンドでした。実に静謐な演奏は心に沁みました。

メインの曲はこのほかにはベートーヴェンのチェロ・ソナタ 第1番だけです。チェロはよかったのですが、ピアノがもうひとつ。よく弾けてはいますが、もうひとつ突き抜けたところが欲しい感じです。もっとも予習したのがロストロポーヴィチ&リヒテルの名人コンビで、特にリヒテルの鮮やかなピアノの素晴らしさが耳に残ってしまったので、誰が弾いても不満を感じてしまいます。

ほかの曲はアンコールピースのような小曲です。チェロの響きの美しさに聴き惚れました。また、藤原真理さんの飾らない人柄が音楽にも滲み出ていたのが印象的でもありました。

今日のプログラムは以下です。

  チェロ:藤原真理
  ピアノ:倉戸テル

  J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番
  J.S.バッハ:アリオーソ
  J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ

   《休憩》

  ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第1番
  ベートーヴェン: 「魔笛」の主題による12の変奏曲
  パラディス:シチリアーノ
  フォーレ:シチリアーノ

   《アンコール》

    ジョン・レノン:イマージン
    サン・サーンス:白鳥



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上原彩子、究極のピアニズム ラフマニノフのプレリュード@東京オペラシティ コンサートホール 2016.6.3

まあ、言うべき言葉がありません。実際に何を書いたらいいのか、途方にくれます。ただ、上原彩子がピアノを弾き、ひたすら、その響きに身を委ねていた自分がいた・・・ただ、それだけのこと。音楽の純粋さに向き合ってしまうと音楽自身がすべてであって、それを言葉に言い換えることなど何の意味があるでしょう。それにしてもこのところの上原彩子の音楽的充実度はどれほどのものでしょう。その素晴らしさがsaraiから言葉を奪ってしまいます。
上原彩子の演奏するラフマニノフは恐ろしいほど豊潤な響きの音楽に到達してきました。前回、彼女の弾くラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番を聴いて、やるせなくて、狂おしいラフマニノフの魂の叫びを感じましたが、今日はラフマニノフではあっても、そういうロシア的な魂よりも純粋に高められた音楽の響き、ピアノの音自身といってもいいかもしれませんが、無垢なピアノの音響が聴き取れました。これは何でしょう。ラフマニノフを聴くという点においては不満の残る演奏だったかもかもしれませんが、そういうことではなくて、作曲家や演奏家の個性を超えた音楽のミューズ的な本質に迫る演奏であったようにも思えます。芸術はその道具たる音楽や絵画を通して、神の領域に至る試みであるとすれば、そういう意味では、芸術が神に近づいた一夜を上原彩子は作り出してくれたとも思えます。

面倒なことを書きましたが、実はラフマニノフは上記のようなことしか書けないほど、豊潤なピアノの響きの奔流であったということです。一方、スクリャービンはロシア的な個性の音楽に仕立てあがっていました。よく、初期のスクリャービンはショパンの影響うんぬんを言われますが、上原彩子の弾くスクリャービンはラフマニノフ同様、ロシア的な精神に満ちた音楽であることを実感させてくれました。アンコールの最後で弾いたスクリャービンの練習曲は上原彩子とスクリャービンの魂が同化したかと思えるような凄絶な演奏でした。この音楽で感動しない人はいないでしょう。saraiはこの短い音楽で心を揺さぶられて、涙が滲みました。

今日のプログラムは以下です。

  ラフマニノフ:前奏曲「鐘」幻想的小品集 Op.3より第2番
  ラフマニノフ:10の前奏曲 Op.23より 第4番、第5番、第6番、第7番
  スクリャービン:24の前奏曲 Op.11

   《休憩》

  ラフマニノフ:13の前奏曲 Op.32

   《アンコール》

    ラフマニノフ:楽興の時第5番Op.16-5
    スクリャービン:練習曲嬰ニ短調「悲愴(Pathetic)」Op.8-12

予習したCDは以下です。

 ラフマニノフ  リヒテルの1960年10月28日のカーネギーホールのライブ(リヒテル ザ・コンプリート・アルバム・コレクションより)
 スクリャービン ヴェルデニコフ(ロシア・ピアニズム名盤選より)

リヒテルのライブCDはモノラルですが、音質は鑑賞には差し支えないレベル。演奏は圧倒的です。今日の上原彩子の演奏とは異なり、ラフマニノフの魂と同調するような凄まじいものです。前奏曲が抜粋で半分ほどの曲しか聞けないが残念ですが、こういうCDを聴くとほかのCDが聴けなくなります。
ヴェルデニコフのスクリャービンは静かで美しい演奏。ある意味、上原彩子の今日の演奏とは対極にあるような演奏です。



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       上原彩子,  

尖がったバルトーク、最高!!庄司紗矢香@川口リリアホール 2016.5.27

庄司紗矢香の初の無伴奏ヴァイオリン・リサイタルです。そして、期待を裏切ることのない素晴らしいリサイタルにsaraiは嬉しいばかりでした。バッハとバルトーク、200年以上の隔たりはありますが、無伴奏ヴァイオリンの頂上に君臨する名作です。それが敬愛する庄司紗矢香のヴァイオリンで聴けるのですから、1年間期待して待ち続けてきたリサイタルです。さらに庄司紗矢香のために書かれた細川俊夫の新作まで聴けるのですから、期待するなというのが無理です。ただ、心配だったのは、これほどの作品を彼女が弾き切るだけの体力があるのかということです。バッハもバルトークも緊張感を持続して演奏することを演奏家に強いる作品です。そう言えば、バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタが初演された1944年のユーディ・メニューヒンのリサイタルでもバッハが弾かれたそうです。もちろん、そのことを意識した庄司紗矢香のプログラムなんでしょう。さらに細川俊夫の新作の初演まで絡めるとは実にチャレンジャブルなプログラムではありませんか。

今日のプログラムは以下です。

  J.S.バッハ:幻想曲とフーガ ト短調 BWV542(ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ編)
  バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Sz.117

   《休憩》

  細川俊夫:ヴァイオリン独奏のための「エクスタシス」・・・新作(2016)《庄司紗矢香委嘱作品・世界初演》
  J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004

会場は初遠征の川口リリアホール。川口駅のすぐ駅前にありました。横浜からは東京・上野ラインで赤羽まで直通で行け、京浜東北線でその赤羽の隣の駅が川口です。
今日のチケットは早々に完売したそうです。少し小ぶりな音楽ホールはもちろん満席です。saraiはこの日のチケットを入手するために川口リリアホールの会員になり、優先販売のチケットを入手しました。

開演時刻になり、静まり返るホールのステージに庄司紗矢香が登場。新しい赤い水玉のスカートのドレスで気合十分なようです。

最初はバッハの幻想曲とフーガ。原曲はオルガン独奏曲。バッハの傑作のひとつです。この曲ほどオルガンの特性が活かされた曲もないと感じるので、ヴァイオリン独奏ではスケール感が出ないだろうと危惧していましたが、さにあらず。庄司紗矢香の朗々と響き渡るヴォリューム感のあるヴァイオリンの演奏は見事の一言。前半の幻想曲は自在な演奏でありながら、どっしりと安定感もあります。これって、ヴァイオリン独奏のために書かれた曲なのかと錯覚するような演奏です。後半のフーガはさらに素晴らしい演奏。フーガの様式感を完全に手の内に収めた見事な演奏です。ともかく庄司紗矢香の美しいヴァイオリンの音色に唖然としました。とてもよく響きました。

次はいよいよ、バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ。saraiの予想では、バルトークを古典のようにリリックに演奏するのではないかと思っていました。しかし、最初の1小節でそれは間違いだと思い知らされます。72年前の作曲された時点に遡ったような前衛的で攻撃的な演奏です。尖がった演奏で丸まったところは微塵もありません。素晴らしい音色とテクニックでバルトークの音楽の本質を突いてきます。そうです・・・バルトークはこうでなくっちゃね。この作品はバルトークがナチスの手から逃れてアメリカで亡命生活を強いられ、白血病で闘っていた頃、大ヴァイオリニストのユーディ・メニューヒンが委嘱したものです。当初はヴァイオリン協奏曲を委嘱したかったようですが、バルトークの病状を見て、もう少し軽い作品ということで無伴奏ソナタを委嘱したようです。軽い・・・とんでもないです。バルトークは不屈の魂で燃えるような作品を作り上げました。バルトークは病にも逆境にも負けずに最後まで前衛的な作曲家でありつづけました。そういう作曲経緯を知っていれば、この無伴奏ヴァイオリン・ソナタを古典的な演奏で流すことなどはできる筈がありません。庄司紗矢香の芸術家魂を改めて感じました。外面は美しく、そして内面は燃えるような素晴らしい演奏でした。72年の時を超えてつながった二人の芸術家の心にsaraiの心も熱くなりました。
予習は以下の5枚のCDを聴きました。

 ユーディ・メニューヒン3枚 1947年、1957年、1974年
 イザベル・ファウスト
 ヴィクトリア・ムローヴァ

ファウストは彼女のデビュー盤です。古典的とも思える演奏でなかなか聴き応えがあります。庄司紗矢香もこの路線かと思いましたが、違いましたね。メニューヒンは魂の演奏とでも言いましょうか、とても突っ込んだ演奏です。聴くほうも辛くなるような演奏です。それでも年を経るうちに少しずつ角がとれてきて、最後の1974年が一番聴きやすい感じです。ムローヴァは基本的にはメニューヒン路線ですが、かなり、マイルドではあります。正統派のムローヴァか、古典演奏路線のファウストか、どちらかが良さそうに思いました。しかし、庄司紗矢香の演奏はメニューヒンの最初の1947年が一番近い感じです。きっと、1944年の初演の演奏を目指したんじゃないでしょうか。今日の庄司紗矢香の演奏を聴いて、saraiは猛烈に反省しました。芸術家への敬意に欠けていたようです。もっとメニューヒンの本質的な演奏に耳を傾けてみましょう。

休憩後は細川俊夫の新作です。おろそかに感想は書けません。なかなかの力作で美しさと力を兼ね備えた作品で庄司紗矢香の演奏も見事です。作曲家自身はシャーマニズムを念頭に置いて、庄司紗矢香をシャーマン(巫女)に見立てたとのことですが、庄司紗矢香の演奏は巫女のような演奏ではなく、現代に生きる音楽家そのものに思えます。そのギャップをどう埋めていくか、庄司紗矢香の演奏はまだ発展途上のようです。saraiは再度、聴く予定があるので、そのときにもう一度、この作品と演奏について考えてみたいと思います。

最後はバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番です。名曲中の名曲。庄司紗矢香のヴァイオリンは愉悦に満ちたバッハの世界を美しく演奏していきます。何も言うことのない演奏。ただただ、満足して、うっとりと聴き入ります。庄司紗矢香がこういうバッハを演奏してくれることにsaraiは嬉しく思うばかりです。最後のシャコンヌでsaraiの意識は宇宙に飛ばされた感じ。あまりの満足感でふーっと意識が朧げになっただけですが、それも致し方ないような美しい演奏です。バッハと庄司紗矢香でsaraiは幸福感でいっぱいになって、それがすべて。今度はバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータの全曲演奏会を是非、実現させてください→庄司紗矢香様!

10日後にもう一度、同じプログラムを聴く予定です。楽しみです。


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       庄司紗矢香,  

トッパンホール室内楽フェスティバル:6日目@トッパンホール 2016.5.22

今日はトッパンホール室内楽フェスティバルの6日目ですが、saraiが聴くのはこれが3回目のコンサートです。今日がこの室内楽フェスティバルの最終日です。今日はシューベルトの最晩年の名作を聴きます。

今日のプログラムは以下です。

  シューベルト:白鳥の歌 D957
     テノール:ユリアン・プレガルディエン
     ピアノ:マーティン・ヘルムヘン

   《休憩》

  シューベルト:弦楽五重奏曲 ハ長調 D956
     ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ
     ヴァイオリン:日下紗矢子
     ヴィオラ:鈴木 学
     チェロ:ターニャ・テツラフ
     チェロ:マリー=エリザベート・ヘッカー


最初はシューベルトの《白鳥の歌》です。これは先日の《詩人の恋》のそこそこの出来から言って、そんなに期待しないで聴き始めます。ところが素晴らしい歌唱だったんです。前半はルートヴィッヒ・レルシュタープの詩による7曲ですが、第6曲の《遠い地でIn der Ferne》の心のこもった歌唱に魅了されます。そして、圧巻だったのは後半のハイネの詩による6曲。まずは第8曲の《アトラスDer Atlas》のデモーニッシュとも思える歌に圧倒されます。続く第9曲の《あの娘の絵姿》の美しい歌唱にうっとりさせられます。ユリアン・プレガルディエンって、こんなに美声だったんでしょうか。そして、最高に素晴らしかったのは第12曲の《海辺でAm Meer》。詩の内容に深く入り込んだ絶唱です。もちろん、シューベルトの音楽も最高です。感動しました。さらにハイネの詩の歌曲の最後の第13曲の《もう一人の俺Der Doppelgänger》も暗く沈んだ心情が心に響いてくる素晴らしい歌唱。最晩年、それもシューベルトの早過ぎる死に先立つこと、わずか3か月前に書かれた作品の凄絶な内容をユリアン・プレガルディエンがいかに素晴らしく表現したか、驚愕するような歌唱に感銘を受けました。ピアノのマーティン・ヘルムヘンもとてもバランスのよい演奏でした。

休憩後はシューベルトの弦楽五重奏曲。これもシューベルト最晩年の傑作です。シューベルトの死のわずか2か月前に作曲されたそうです。これは大変、期待して聴きました。名人揃いなので、演奏の質は高かったのですが、もうひとつ、saraiの心には響いてきません。第4楽章などはクリスティアン・テツラフらしい弱音のアンサンブルの表現に耳を傾けるところもありましたが、肝心のシューベルトらしいメロディの魅力に乏しいと感じました。第1ヴァイオリンを弾くクリスティアン・テツラフの問題です。彼は素晴らしい音楽家ですが、こういうドイツ的な抒情性を特徴とするシューベルトの歌謡性の音楽には向かないのかもしれません。もっとなよやかなロマン性を素直に表出してもらいたいのですが、彼のような知性派の音楽家は考え過ぎるのかもしれませんね。約2か月前に聴いたロータス・カルテット&ペーター・ブック(元メロス・カルテット)の素晴らしかった演奏に軍配を上げます。そのときの演奏についての記事はここです。
また、予習で聴いたCDが素晴らしかったことも付記しておきます。以下のCDです。

 ヴェーグ四重奏団&パブロ・カザルス

ともかく、第1ヴァイオリンのシャンドール・ヴェーグの個性的な表現が素晴らしいです。ちょっと古めかしい演奏かもしれませんが、シューベルトの本質を突くような演奏です。

シューベルトの弦楽五重奏曲は今一つでしたが、このトッパンホール室内楽フェスティバルを通じて、クリスティアン・テツラフの大変な才能には惹き付けられるものを感じました。これから、注目していきましょう。


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トッパンホール室内楽フェスティバル:3日目@トッパンホール 2016.5.18

今日はトッパンホール室内楽フェスティバルの3日目ですが、saraiが聴くのはこれが2回目のコンサートです。今日はブラームスの室内楽をたっぷりと聴かせてもらいます。

今日のプログラムは以下です。

  ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 Op.78《雨の歌》
     ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ
     ピアノ:ラルス・フォークト

  シューマン:詩人の恋 Op.48
     テノール:ユリアン・プレガルディエン
     ピアノ:ラルス・フォークト


   《休憩》

  ブラームス:ピアノ四重奏曲第2番 イ長調 Op.26
     ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ
     ヴィオラ:レイチェル・ロバーツ
     チェロ:ターニャ・テツラフ
     ピアノ:ラルス・フォークト

最初はブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番《雨の歌》です。これは期待通りのとてもよい演奏でした。特に第1楽章の第1主題のひそやかでとてもロマンティックなヴァイオリンの演奏にすっかり魅了されました。繰り返し演奏されるたびに胸にジーンと響いてきます。クリスティアン・テツラフのあえて抑制した響きと表現にうっとりします。決して美音ではないのですが、やはり、音楽は最終的に心を打つ表現力に尽きます。彼の弱音での表現力の素晴らしさは特筆すべきものです。もっとも強音ではもっと美しい響きが欲しいものですが、二兎を追うことは困難なことかもしれません。彼はかってストラディヴァリウスを弾いていたそうですが、現在、ドイツの現代楽器を選択したとのことで、それが彼の響きと表現に関連しているのではないでしょうか。saraiは今回がクリスティアン・テツラフの初聴きなので、過去の演奏と比較することはできません。小さな響きに耳をそばだてて聴き入ってしまいました。ラルス・フォークトのピアノもクリスティアン・テツラフのヴァイオリンにもっと寄り添って、繊細な表現を志向してもらいたかったところです。トータルにはラルス・フォークトのピアノも決して悪い演奏ではなかったんですが・・・。

次のシューマンの《詩人の恋》は最高の演奏とは言えませんが、何と言っても作品が素晴らしいことで、トータルにはとても満足して聴けました。歌曲でこれほどのピアノパートを作曲したシューマンのありあまるほどの才能には改めて驚愕の思いです。ラルス・フォークトのピアノも時として、鍵盤を強く叩き過ぎることを除くと、とても素晴らしい演奏でした。シューマンのピアノ独奏曲が聴きたくなったほどの出来のよい演奏です。宝石のように散りばめられた美しいタッチのピアノの響きに強く惹かれました。テノールのユリアン・プレガルディエンですが、実はsaraiがチケットを買った時点では、彼の父親のクリストフ・プレガルディエンと誤認していて、本当に聴きたかったのは父親のほうだったんです。実際、これまで、トッパンホールには父親のクリストフ・プレガルディエンが何度も登場していたし、そもそも彼の息子もテノール歌手だなんて知りませんでしたからね。ともあれ、ユリアン・プレガルディエンは決して美声ではありませんが、その真摯な表現はこの《詩人の恋》に向いています。しかし、まだ、完成度という点では、今ひとつだったでしょうか。それでも抒情的な曲(作品全体が抒情的ですが、その中でもという意味で)での表現には心惹かれました。特に1曲あげれば、第12曲の《まばゆく明るい夏の朝に》は素晴らしい歌唱でした。全体では最初のうちは固い印象でしたが、徐々に音楽に深く入り込んだ歌唱になり、第4曲あたりからはなかなかの歌唱でした。いずれにせよ、シューマンの傑作を気持ちよく聴かせてくれましたから、お二人の演奏には満足です。

休憩後はブラームスのピアノ四重奏曲第2番。第1楽章はシューマンを思わせる祝祭的な楽曲ですが、4人の演奏者がそれをバランスよく聴かせてくれました。ここでもクリスティアン・テツラフのヴァイオリンの弱音表現の素晴らしさが光ります。第2楽章が美しく抒情的に演奏されて、最後の第4楽章は再び、祝祭的なムードで結ばれます。フィナーレの盛り上がりが一番、印象的でした。何せ、とても長大な作品で、ブラームスを満喫させてもらいました。文句のない演奏でした。

次は第6回目のコンサート、すなわち、最終日のコンサートを聴きます。シューベルトの傑作、弦楽五重奏曲が楽しみです。


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トッパンホール室内楽フェスティバル:2日目@トッパンホール 2016.5.16

トッパンホールが15周年シーズンの特別企画として、6回にわたる室内楽フェスティバルを開催中です。ヴァイオリニストのクリスティアン・テツラフを中心にピアノのラルス・フォークト、妹のチェリストのターニャ・テツラフ、ヴィオラのレイチェル・ロバーツなどテツラフ・ファミリーを中心としたメンバーで、ブラームス、シューマン、シューベルトというロマン派の作曲家の作品を取り上げています。実はsaraiはまだ、彼らの演奏は聴いていなかったので、ちょうど良い機会なので聴いてみることにしました。6回のうちの3回、クリスティアン・テツラフを中心に聴いてみます。今日は室内楽フェスティバル自体は2回目ですが、saraiはこれが最初に聴くコンサートです。

今日のプログラムは以下です。

  ブラームス:チェロ・ソナタ第2番 ヘ長調 Op.99
     チェロ:ターニャ・テツラフ
     ピアノ:ラルス・フォークト

  シェーンベルク:浄められた夜 Op.4
     ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ
     ヴァイオリン:久保田 巧
     ヴィオラ:レイチェル・ロバーツ
     ヴィオラ:原 麻理子
     チェロ:ターニャ・テツラフ
     チェロ:マリー=エリザベート・ヘッカー


   《休憩》

  シューマン:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 Op.63
     ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ
     チェロ:ターニャ・テツラフ
     ピアノ:ラルス・フォークト

最初はブラームスのチェロ・ソナタ第2番。saraiは耳馴染みのある曲ではありません。手持ちのCDで予習しておくことにします。フルニエかデュ・プレかビルスマかロストロポーヴィチですが、今回のコンサートのチェリストは女性なので、デュ・プレ&バレンボイムを聴くことにします。デュ・プレの演奏は女性と思えないくらいダイナミックで熱い演奏です。一方、今日のターニャ・テツラフは演奏はスケール感のあるものですが、アタックは柔らかくて、深々とした響きに満ちた演奏。とてもよい演奏に感じました。ややもすると、チェロは気迫だけが先走ってしまう演奏が多いのですが、彼女の演奏は知情意のバランスのとれた温かみのある演奏で、熱くなるべきところはしっかりと熱い演奏になっていて、気持ちよく聴けました。

次のシェーンベルクの《浄められた夜》はある意味、衝撃的な演奏。やはり、シェーンベルクは天才的な作曲家であったことを再認識させられました。まずは6人の弦楽器奏者がステージに現れるところでビックリします。リーダーのクリスティアン・テツラフ以外はすべて女性。それも色とりどりの鮮やかなドレスを身にまとっています。ステージが妙に華やぎます。低弦から静かに曲が始まりますが、どんどん曲が進行するにつれて、6人の弦楽器が多様な響きでそれぞれの個性を発揮します。この曲はこんな曲だったのかと驚かされます。いわば、アンチ・アンサンブルとも思えます。アンサンブルが合っていないのではなく、あえて、和声感を出さないような演奏です。とても新鮮に感じます。終盤に至って、これが見事に和声感のある演奏に収束していきます。シェーンベルクが後期ロマン派の絶頂、そして、黄昏に放った作品は和声を超えた和声の音楽だったんですね。この表題音楽のメロドラマに惑わされて聴いていた自分の不明さに今更ながら気づかされます。それにしてもこの演奏をリードしていたクリスティアン・テツラフの抑制した知的な演奏表現には脱帽です。彼の演奏でシェーンベルクの何たるかを教えられた思いです。もちろん、この後期ロマン派の傑作は色んな解釈があるでしょうが、テツラフの卓越した音楽解釈は素晴らしいとしか言いようがありません。

休憩後のシューマンのピアノ三重奏曲第1番はさらに素晴らしい演奏。クリスティアン・テツラフのヴァイオリンに魅了され尽くしてしまいました。彼が支配した演奏と言えるでしょう。それにしてもシューマンの作り出した素晴らしい音楽に感銘を受けました。特に第3楽章のインティメットな音楽・・・それを繊細な表現で聴かせてくれたクリスティアン・テツラフのヴァイオリン。そして、第4楽章はシューマンらしい祝祭的な主題に満たされた音楽をテツラフを主体としたトリオが華やかに盛り上げます。久しぶりに素晴らしいシューマンの室内楽を満喫しました。圧巻の演奏でした。

次は第3回目のコンサートを聴きます。クリスティアン・テツラフのブラームスが楽しみです。


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レジス・パスキエ&金子陽子 デュオ・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷 2016.5.15

音楽とは不思議なものです。今日のコンサートは本編の演奏よりも短いアンコール曲のほうが心に響いてきました。それも名も知らぬ作曲家の作品だったんです。アンコールの前にヴァイオリンのレジス・パスキエからアンコール曲についてのコメントがありました。それも彼自身の思い出話を含むもので、異例なことですね。その話をかいつまんで紹介しましょう。まずは聴衆は英語は分かるか、フランス語は分かるかという自明の問から始まります。もっともフランス人としては自明な問いかけではなかったのかも知れません。ゆっくりした英語で彼はさらに問いかけます。自分の音楽教師はナディア・ブーランジェだが、彼女のことをみなさんは知っていますか? 実はsaraiも初めて聞く名前だったのですが、ほとんどの聴衆も知らなかったようです。すると、パスキエは自分が小さな子供の頃にナディア・ブーランジェのもとをレナード・バーンスタインが訪れた思い出を語ります。ナディア・ブーランジェはそれほど著名な音楽教師だったことを言いたかったようです。実際、後で調べてみると彼女に師事した音楽家は実に多彩な顔触れです。特にピアソラへの影響が知られているようです。ともあれ、アンコール曲はそのナディア・ブーランジェの作った曲かと思っていると、そうではなく、彼女の妹のリリ・ブーランジェの短い作品だということで彼のお話は終わります。もちろん、saraiはその作曲家の名前も初耳です。
そのアンコール曲ですが、フォーレを思わせるようなフランスの香り高い音楽です。パスキエの演奏と言ったら、それまで本編で弾いていたウィーンの作曲家の作品とはうって変わって、実にナイーブな感覚の演奏です。思い入れの深い作品のようです。とても素晴らしい演奏にうっとりと聴き入ってしまいました。こういう演奏をするんだったら、本編もラヴェルとかドビュッシーとかフォーレとか言ったフランス音楽を聴かせてくれたらよかったのにと思ってしまいました。この作品を作曲したリリ・ブーランジェはとても才能に恵まれた作曲家で若くしてパリ音楽院で女性として初めてローマ大賞を受賞した人でしたが、幼い頃から臓器不全に冒されていて、24歳で夭折してしまったそうです。パスキエは日本の聴衆にこういう素晴らしい作曲家がいたことを紹介しようとしたんでしょう。素晴らしいアンコール曲の演奏に本編の演奏のとき以上に熱くなって拍手を送りました。きっと、パスキエはリリ・ブーランジェの姉のナディアから直伝でこの曲を学んだに違いありませんね。とてもよいものが聴けて、満足です。

肝心の本編の演奏ですが、モーツァルトもベートーヴェンも真面目できっちりした演奏で文句の付け所はありませんが、saraiとしてはもっと柔らかいウィーン風の演奏が好みです。シューベルトも同じ感想ですが、それでも、最後の幻想曲は名曲ですから、第2楽章の美しさには聴き入ってしまいました。それにしても幻想曲は演奏上、大変な難曲であることも分かりました。それに晩年のシューベルトはどれも長いですね。

今日のプログラムは以下です。

  ヴァイオリン:レジス・パスキエ
  ピアノ:金子陽子

  モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 第41番 K.481
  ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第7番 Op.30-2

   《休憩》

  シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第1番 D.384
  シューベルト:幻想曲 D.934

  《アンコール》

  リリ・ブーランジェ:ヴァイオリンとピアノのための夜想曲 ヘ長調

実はレジス・パスキエの演奏はこの同じホールで5年ほど前に聴いています。そのときのブログの記事を読んでみると、まったく今日と同じような感想だったので思わず笑ってしまいました。やはり、フランスものがよいようです。それに硬質な演奏はバルトークにむいているようです。そのときの記事はここです。


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第21回宮崎国際音楽祭「ヴェルニコフ・トリオ」~ウィーンの風にのせて~@都城市総合文化センター中ホール 2016.5.9

九州の実家に帰省するにあたり、ついでと言っては何ですが、宮崎国際音楽祭も聴いてみようとプログラムをチェックすると、面白そうな室内楽のコンサートを発見。ヴァイオリンのヴェルニコフ、ピアノの菊池洋子、チェロの古川展生でピアノ三重奏をやるようです。もっともその時点ではプログラムは発表されていませんでしたが、何でも構わないでしょう。~ウィーンの風にのせて~というタイトルが付いているので、ベートーヴェンなどのウィーンの作曲家の誰かの作品でしょう。

当日、車を走らせて、都城市総合文化センターに駆けつけました。もちろん、初めて訪れるホールです。なかなか立派なホールです。自由席なので、早めに並んで、2列目の中央の席をゲット。

前半はモーツァルトのピアノ・ソナタとヴァイオリン・ソナタが素晴らしい演奏。そうなんです。前半のプログラムはピアノ三重奏曲ではなくて、ピアノを軸としたデュオとソロの曲でした。久しぶりに聴く菊池洋子のモーツァルトのピアノ・ソナタは流石の演奏。濁りのないタッチでありながら、重量感も感じさせる独特のモーツァルトの演奏ですが、モーツァルト演奏のひとつの規範を示すような会心の演奏です。長大な第3楽章の変奏曲は変奏ごとに表情をがらっと変えながらの多面的なスタイルの演奏で楽趣は尽きません。意外に難しいモーツァルトを見事に弾きこなす菊池洋子はやはり只者ではありません。もっと評価が高まってもおかしくない逸材です。願わくば、聴き逃してしまったモーツァルトのピアノ・ソナタ全曲演奏会をもう一度企画してもらいたいものです。ところで4年ほど前に聴いた菊池洋子のリサイタルの記事はここです。モーツァルトのピアノ・ソナタ、中期の第10番と第14番を聴きました。今日と同様に素晴らしい演奏でした。

続くヴァイオリン・ソナタはヴェルニコフの安定感ある美音と菊池洋子の抑制された表現が相まって、見事としか言えない素晴らしい演奏。これまた、お二人のモーツァルトのヴァイオリン・ソナタの連続演奏会を聴きたいものです。シンプルなK.304の2楽章構成のソナタですが、第1楽章の第1主題はヴァイオリンの響きに物悲しさを感じます。短調の調べなんですね。予習で聴いたグリュミオー&ハスキルはもっと明るい印象がありましたが、より陰影を感じる演奏です。圧巻だったのは第2楽章。パリで最愛の母を亡くしたこともあるのでしょうが、繊細極まりない音楽です。その曲を奏でる2人の演奏はまさに天国的な高みにある美しさ。心にしみじみと響いてきます。これ以上のモーツァルト演奏は考えられないほどのパーフェクトな演奏にうっとりと聴き入りました。saraiがこれまでに聴いたモーツァルトのヴァイオリン・ソナタで最高の演奏でした。この短いソナタを聴くだけでもこのコンサートに足を運んだ甲斐がありました。

後半はシューベルトの晩年の大作の一つであるピアノ三重奏曲第2番 D.929です。晩年の特徴であるとっても長い作品です。50分を超える演奏でシューベルトを堪能しました。随所にシューベルトらしい美しいメロディーはありますが、歌謡性よりもダイナミックな表現が先行します。そのためにシューベルトの作品中、それほどの人気作になっていませんが、聴き込んでいくと、その起伏に富む音楽はシューベルトが晩年に作曲したというよりも、音楽的に絶頂に上り詰めていく過程の作品であることに思い至ります。せめて5年、できれば10年生きていてくれたら、シューベルトは大変な作品を遺してくれただろう・・・そう思わせてくれるような勢いに満ちた作品、そして、演奏でした。特にロンド・ソナタ形式の第4楽章はその長さも含めて、大変、聴き応えのある音楽であり、演奏でした。初聴きでしたが、聴けば聴くほど、その素晴らしさに捉われそうな予感がします。そういう演奏をプレゼントしてくれた3人の音楽家に感謝です。

プログラムとキャストは以下です。

  ヴァイオリン:バヴェル・ヴェルニコフ
  チェロ:古川展生
  ピアノ:菊池洋子

  ベートーヴェン:「ユダス・マカベウス」の「見よ勇者は帰る」の主題による12の変奏曲 ト長調 WoO.45
  モーツァルト:ピアノ・ソナタ第6番 ニ長調 K.284
  モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 第21番 ホ短調 K.304

   《休憩》

  シューベルト:ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 Op.100 D.929

   《アンコール》

   シューベルト:ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 Op.100 D.929より第3楽章

ところで、慣れない都城市総合文化センターで女性スタッフのかたの献身的とも言えるご親切な対応に感銘を受けました。コンサート待ちのためのカフェを紹介いただいただけでなく、わざわざ案内までしていただきました。地方の文化の醸成に今後も力を尽くしてください。ありがとうございました。


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仲道郁代 プレイエルを弾く@横浜上大岡ひまわりの郷 2016.4.24

仲道郁代の画期的なリサイタルでした。ショパンがパリで活躍中に演奏したピアノと同じ型式のピアノであるプレイエル社製のピアノでのリサイタルです。仲道郁代が5年前にフランスで購入したピアノを彼女の自宅からひまわりの郷ホールに運び込んでのオール・ショパン・プログラムのリサイタルです。見るからに優美で華奢なピアノです。スタインウェイのコンサートグランドピアノに比べると一回り小さなピアノです。どんな響きがするのか、楽しみですね。ちなみに仲道郁代の話によると、プレイエルピアノだけで構成するコンサートは初めてとのことです。意外ですね。彼女がプレイエルとスタインウェイを弾き比べするコンサートをやったことは知っていたので、当然、プレイエルだけのコンサートも既にやっていると思っていました。やはり、今日のホールのような観客席400人程度の小さなホールでないと音量の小さなプレイエルでのコンサートは難しいのでしょう。よくぞ、この小さなホールでのコンサートに彼女のような人気ピアニストが来てくれたものです。感謝です。さすがに今日のリサイタルはチケット完売だということです。さらに舞台奥に50人ほどの階段席が増設されています。このホールで初めて見る光景です。

相変わらず美しい仲道郁代がシルバーのお姫様ドレスをまとって、ステージに登場。ピアノの上には既にワイヤレスマイクが用意されています。いつものようにトークでリサイタルは始まります。彼女の独特のスタイルのリサイタルですが、もう、すっかり慣れました。彼女のトークが結構、楽しみになっているんです。舞台と客席が一体化して、和やかな雰囲気になります。いつもの真剣勝負のようなクラシックのコンサートも大好きですが、こういうスタイルもよいものです。

最初はお馴染みの幻想即興曲です。ずいぶん、響きの異なるピアノの音色に戸惑います。なんだか、音がぶっきらぼうな感じです。よく聴くと、鍵盤を叩いた後の音の減衰が早くて、響きが渇いて聴こえるんです。もちろん、音量も小さめですし、ピッチが低いせいか、地味な印象を受けます。いつもの派手な響きの幻想即興曲とは風合いが違い、この曲はプレイエルでの演奏には向かない感じではあります。それでもショパンはこんな感じのピアノで演奏していたんだと思うと一種の感銘を受けてしまいます。

ところが2曲目のノクターン 第1番では、美しい音色にうっとりしてしまいます。冒頭の主題の高音からの響きがとても耳に心地よいです。繊細さの極みのような響きと演奏です。子供のころからショパンの曲では最もsaraiが好んで聴いた曲ですが、saraiの理想とするような演奏です。音の減衰が早いことが一種のノンペダル奏法と同じような効果を生んで、音が濁らないピュアーな響きになっているような気がします。いやはや、素晴らしい演奏でした。この曲が聴けただけで満足です。

3曲目のノクターン 第2番もとても美しい演奏。ショパンの音楽で一番有名かもしれないほど聴き過ぎた曲がとても新鮮に耳に響きます。こういう静かな音楽をプレイエルのピアノで聴くのはとっても贅沢な時間に思えます。

次の「革命」はポリーニの目覚ましいテクニックの演奏で一世を風靡した練習曲集のレコードが忘れられない曲です。ああいう演奏はスタインウェイ抜きには考えられないわけですが、仲道郁代のプレイエルでの演奏はその対極にあるようなものです。さすがにこれはスタインウェイの登場をショパンが待っていたような音楽です。プレイエルの容量オーバーの感じを受けます。

同じ練習曲でも「別れの曲」はなかなかプレイエルの響きも心地よく感じます。それも中間部の激しいタッチの部分もいいんです。胸に沁みる演奏です。

前半最後のバラード 第1番はまあまあという感じです。曲の素晴らしさは伝わってきました。プレイエルの限界も若干感じる部分もありました。

前半の途中で調律師のかたとのトークもあり、プレイエルに関する興味深い話も聴けました。そして、休憩時間には、自由に舞台に上がって、ごく近くからプレイエルのピアノを見せてもらえました。木目の美しい輝きに包まれたピアノです。ご自身が所有する貴重なピアノを惜しげもなく見せてくれる仲道郁代は本当に音楽を愛し、その気持ちを聴衆と共有させてくれる稀なタイプの優しい音楽家ですね。ますます、好感度上昇です。

後半はワルツ8曲。ショパンが生きている間に出版されたワルツ全曲だそうです。ほかのワルツはすべて、死後に出版されたものだそうです。この8曲はショパンが校訂した楽譜がありますから、価値の高いものですね。プレイエルでのワルツの演奏はそれはもう、最高の響きです。どの曲も演奏も音楽表現も見事で、ただただ耳を傾けるのみです。こういう素晴らしい響きが聴けるとは思っていませんでした。もう、スタインウェイなどは聴けないと思うほどです。個々の曲にうんぬんすることはやめましょう。そうそう、仲道郁代は後半はゴールドのドレスに着替えてきましたが、とてもお似合いでした。耳だけでなく眼も楽しませてくれます。

最後は英雄ポロネーズです。こういう曲はプレイエル向きではないと思いながら聴き始めましたが、これまた素晴らしい演奏。どうやら、saraiの耳はプレイエルに慣らされたようです。仲道郁代の演奏も最高でした。

アンコールはいつもの2曲です。ノクターンはそれはもう、素晴らしい演奏でした。何度も彼女の演奏を聴いてきましたが、このプレイエルでの演奏は格別の響きでした。お見事です。

今日のプログラムは以下です。

  ピアノ:仲道郁代

   オール・ショパン・プログラム

    幻想即興曲 嬰ハ短調op. 66
    ノクターン 第1番 変ロ短調 op.9-1
    ノクターン 第2番 変ホ長調 op.9-2
    12の練習曲op.10 第12番 ハ短調「革命」
    12の練習曲op.10 第3番 ホ長調 「別れの曲」
    バラード 第1番 ト短調 op.23

     《休憩》

    ワルツ 第1番 変ホ長調 op.18 「華麗なる大円舞曲」
    ワルツ 第2番 変イ長調 op.34-1 「華麗なる円舞曲」
    ワルツ 第3番 イ短調 op.34-2 「華麗なる円舞曲」
    ワルツ 第4番 ヘ長調 op.34-3 「華麗なる円舞曲」
    ワルツ 第5番 変イ長調 op.42
    ワルツ 第6番 変ニ長調 op.64-1 「小犬のワルツ」
    ワルツ 第7番 嬰ハ短調 op.64-2
    ワルツ 第8番 変イ長調 op.64-3
    ポロネーズ 第6番 変イ長調 「英雄」op.53

    《アンコール》

    ノクターン 第20番 嬰ハ短調 「遺作」
    エルガー:愛の挨拶

     使用ピアノ:1842年製造/プレイエル社製/鍵盤80鍵/ピッチ430Hz/仲道郁代所蔵



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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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ありがたいコメント、嬉しいです。マーラーのファンのかたにこそ、読んでいただきたかったので、気持ちを共有できた思いです。自然の中にこそ、マーラーの音楽の本質はあり

04/23 23:45 sarai

マーラーの作品を聴きながら、ブログを読ませていただいています。
読みながら画像を見て、マーラーの過ごした風景に想いを馳せて楽しんでいます。
素敵なブログをありがと

04/23 21:47 

マーラー6番ですか・・・ハンマー打撃は勘弁してほしいものです。あったとしても、3回目の打撃だけは・・・

04/11 18:10 sarai

まさにマーラー6番な状況です笑

04/11 17:51 kico

お互い、残念でしたね。今年でヨーロッパ遠征を終わりにする予定でしたが、悲劇的な状況になりました。天はまだ我に旅を続けよというご託宣を与えたのでしょうか。1年延期

04/11 03:13 sarai

以前にもコメントさせていただいた者です。来ましたね、楽友協会からのメール。私たちはとりあえず1年延期としましたが、どうでしょうね。困っている人が多い中贅沢な悩み

04/11 00:33 kico

お返事ありがとうございます。
本当に!私もレイルジェットや美術館の手配もしているので、祈るような気持ちです。

03/10 19:06 kico
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