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大晦日は聘珍樓で食べ納め、ジルヴェスターコンサート@みなとみらいホールで聴き納め

あけまして、おめでとうございます。今年もsaraiのブログ、よろしくお願いします。

昨日の大晦日は恒例のジルヴェスターコンサート@みなとみらいホールで年越しです。みなとみらいに住んでいる娘夫婦のところに車を走らせて、一緒にまず、中華街で1年の食べ納め。久しぶりに中華街のお気に入りの名店、聘珍樓での食事です。1年を締めくくる食事なので、少し、贅沢をして、『吉祥之筵(きっしょうのえん)』(6300円)のコースメニューをいただくことにしました。
すぐにコース料理が開始。個室が予約できなかったので、大部屋のテーブルで、回転テーブルはなし。それでも、スタッフのかたのサービスがよく、すべての料理を手際よく、とりわけてくれます。回転テーブルで自分たちで料理をとりわけるよりも楽です。それに大部屋と言っても、お洒落なしつらえなので、これからは個室はやめて、大部屋にしようかな。大部屋は1階と2階にあるそうですが、今回は2階でした。

まず、魚滑(真鯛の広東式刺身)。イタリアンのカルパッチョの中華料理版のようなものです。


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本格窯焼きチャーシュー。表面のパリッとした食感が美味しい一品。ピーナッツが添えらているのが面白いです。


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タラバ蟹肉入りフカヒレスープ。フカヒレスープというよりもたっぷり入った蟹の味が強いので、蟹スープみたい。美味しいですけど、フカヒレスープも味わいたいところ。


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イカと海老のXO醤炒め。シーフードたっぷりですが、結構、辛い!


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本格窯焼き北京ダック。自分で巻かなくても、スタッフのかたが全部やってくれて、楽々です。しかし、北京ダックだけは、昔、本場の北京で食べた味が忘れられません。


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帆立貝のガーリック蒸し。これはとろっとした出汁が美味しかったです。


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最後は当然、チャーハンだと思っていたら、豚スペアリブの豆鼓蒸しご飯。初めて、こんなものを食べました。スペアリブの骨を外すのが面倒でしたが、意外な味に舌鼓。


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ウーロン茶もここで出してくれました。


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デザートは豆乳入り杏仁豆腐。


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もちろん、飲み物はいただきました。フランスの白ワイン。


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このたっぷりしたコースをいただいているうちに、2時間があっという間に過ぎてしまいました。店の外に出ると、とっぷりと夜は更けています。


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やってきたときは聘珍樓本店前で大晦日のセールをやっていましたが、店を出たときは、すっかり、商品が片づけられ、早くもお正月用の売り場に模様替えの工事中。びっくりです。


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思いのほか、食事に時間をかけすぎて、地下鉄でゆっくりとみなとみらいホールに向かう余裕もなくなりました。中華街の雑踏のなか、ちょうど、タクシーがやってきたので、それに飛び乗って、みなとみらいホールに横付け。結構、ぎりぎりの時間でしたが、セーフ。

みなとみらいホールのジルヴェスターコンサートは今年で第15回目。ホールも開館15周年です。そして、saraiもジルヴェスターコンサートに通うのもこれで15回。全部聴いてます。よく通ったものです。でも、そろそろ、マンネリ気味の感もあります。プログラムもほぼ固定化してますからね。
今回のプログラムは以下です。

《第1部》
池辺晋一郎:ヨコハマ・ファンファーレ
ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調より第3楽章 横山幸雄(Pf)
ボロディン:弦楽四重奏曲第2番ニ長調より第3楽章《夜想曲》 漆原啓子(Vn)、漆原朝子(Vn)、百武由紀(Va)、新倉瞳(Vc)
リャードフ:「6つの小品」Op.3より前奏曲、「2つの小品」Op.9よりワルツ 桑生美千佳(Pf)
ブラームス:太鼓の歌、お前の青い瞳、ことづて 与那城敬(Bar)、桑生美千佳(Pf)
中田喜直:悲しくなったときは(作詞:寺山修司)、霧と話した(作詞:鎌田忠良) 砂川涼子(Sop)、桑生美千佳(Pf)

《休憩》

《第2部》
劉天華:空山鳥語、リムスキー・コルサコフ:熊蜂の飛行 チャン・ヒナ(二胡)
ヴォルフ:イタリア風セレナーデ
マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲
伊福部昭:ゴジラのテーマ
池辺晋一郎:NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」メインテーマ
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調より第1楽章
R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」より冒頭の部分
エルガー:威風堂々第1番
J.シュトラウス1世:ラデツキー行進曲

【出 演】

音楽監督:池辺晋一郎、飯森範親(Cond)、徳永二男(エグゼクティブ・ディレクター/Vn)、朝岡聡(MC)、漆原啓子(Vn)、漆原朝子(Vn)、百武由紀(Va)
新倉瞳(Vc)、横山幸雄(Pf)、桑生美千佳(Pf)、砂川涼子(Sop)、与那城敬(Bar)、チャン・ヒナ(二胡)
横浜みなとみらいホール ジルヴェスターオーケストラ(コンサートマスター:石田泰尚、扇谷泰朋、神谷未穂、高木和弘、藤原浜雄、三浦章宏)

まあ、コンサートと言っても、ある意味、お祭りのようなもの。そんなに凄い音楽が聴けると期待しているわけではありません。
とは言え、前半はオーケストラが全然、ホールに響いてこなくて、がっくり。これでは楽しめません。後半は一転して、よく響くようになってきました。後半の前の休憩でカツがはいったのでしょうか。
印象に残ったものだけ、ピックアップしてみます。

ソプラノの砂川涼子の歌う中田喜直の2曲は胸にジーンときました。日本の歌曲は日本人が歌うのが一番ですね。砂川涼子の抑えた声量での澄み切った声に感銘を受けました。特に2曲目の《霧と話した》は大きな感動が胸に残りました。素晴らしい歌唱でした。まあ、容姿も素晴らしかったのもよかったしね。

リャードフのピアノ曲って、初めて聴きましたが、特に2曲目のワルツはまるでショパンそのもの。知らずに聴いていたら、ショパンだと誤認しそうです。

ヴォルフの残した数少ない器楽曲の《イタリア風セレナーデ》は初めて聴きました。よいものが聴けたと思います。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲はいつ聴いても美しいです。オペラのシーンも脳裏をよぎり、薄幸の女性サントゥッツァのことを思うと、やるせない気持ちになります。

伊福部昭の《ゴジラのテーマ》はなかなかの迫力。オーケストラの生演奏で聴くと面白さが分かります。

年越しのカウントダウンはR.シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」です。やはり、R.シュトラウスを聴くと、saraiのウィーンへの想いが燃え上がります。そうだ!ウィーンへ行こう! saraiの今年の旅はウィーンで決定! 明日、旅の概要を発表します。
肝心のカウントダウンは見事、ぴったりと成功。1秒の狂いもなく、12時ちょうどに曲が終わりました。マエストロ飯森範親にやんやの声援です。
でも、会場は真っ暗闇。ぽっと明るくなると、R.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」・・・というよりも、《2001年宇宙の旅》で使われた冒頭部分のみが晴れやかに2014年の開始を告げます。パイプオルガンの響きがかっこいいですね。年も明けて、2014年はR.シュトラウスのアニバーサリーイヤー。ウィーンでR.シュトラウスを聴きましょう。R.シュトラウスはウィーンで聴かないとね。

最後はラデツキー行進曲を手拍子してコンサート完了。

今回の収穫はsaraiのウィーンへの郷愁が沸き立ったことです。R.シュトラウスはやはり好きな作曲家です。1年の最後と1年の始まりがR.シュトラウスの音楽だったのは、とてもよかったと思います。2014年はたくさん、R.シュトラウスを聴きましょう。



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saraiの音楽総決算2013:オーケストラ・声楽曲編

今年の音楽の総決算もいよいよ最後になりました。そして、ブログも今年の書き納めです。

今回はオーケストラ・声楽曲編です。なお、今年からはこのジャンルから、協奏曲は別ジャンルに独立させました。
このジャンルは今年も素晴らしいコンサートが多く、特にハイティンク、ティーレマンが指揮したコンサートは素晴らしく、感動、また、感動でした。
ちなみに昨年の結果はここです。

で、今年は以下をベスト10に選びました。

1位 ブルックナー/交響曲第8番:ハイティンク+コンセルトヘボウ管@コンセルトヘボウ 2013.4.5
2位 ベートーヴェン・チクルス2回目:ティーレマン+ウィーン・フィル@サントリーホール 2013.11.10
3位 ブルックナー/交響曲第9番:ハイティンク+ロンドン交響楽団@みなとみらいホール 2013.3.10
4位 《グレの歌》ジェイ・ハンター・モリス、デノケ、藤村実穂子、ナガノ、ウィーン響@ウィーン・コンツェルトハウス 2013.6.22
5位 マーラー/交響曲第2番《復活》フォン・オッター、ラトル+ベルリン・フィル@コンツェルトハウス 2013.6.5
6位 マーラー/交響曲第5番、リュッケルトの5つの歌:インバル+都響+フェルミリオン@サントリーホール 2013.1.22
7位 ブルックナー/交響曲第7番:ラトル+ベルリン・フィル@ウィーン・コンツェルトハウス 2013.6.3
8位 バルトーク《中国の不思議な役人》ヤンソンス+ウィーン・フィル@ウィーン楽友協会 2013.4.24
9位 《幻想交響曲》ソキエフ+ウィーン・フィル@ウィーン楽友協会 2013.6.7
10位 チェコ音楽:フルシャ&東京都交響楽団@東京文化会館 2013.11.19

1位をこのハイティンクにするか、ティーレマンにするか、ずい分、迷いましたが、やはり、ハイティンクのブルックナーは凄かったという思いに駆られました。もう、2度とこんなブルックナーの交響曲第8番は聴けないでしょう。saraiの人生の到達点とも言っていい特別なコンサートでした。その3日後にも同じ内容のコンサートを聴きました。こちらも素晴らしい演奏でした。そのときの記事はここです。

ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスはsaraiの人生で最高のベートーヴェン。特に奇数番号の交響曲はどれも素晴らしく、とりわけ、第5番は究極の演奏でした。もちろん、第9番も素晴らしい出来でした。ティーレマン+ウィーン・フィルは最強のコンビです。今回のベートーヴェン交響曲チクルスの1回目、3回目、4回目の記事は以下。
 1回目3回目4回目

このハイティンクとロンドン交響楽団によるブルックナーの交響曲第9番は感動の度合いで言えば、今年最高だったかもしれません。第1楽章から第3楽章までずっと感動の大波に襲われていました。そういう意味では、これを1位をしてもおかしくありませんが、逆に言うと、それほど、1位のブルックナーの交響曲第8番と2位のティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスは凄かったということです。いずれにせよ、この1位から3位までは順位付けの意味はさほどありません。なお、このコンサートの3日前のサントリーホールでの同じ内容のコンサートでも、素晴らしいブルックナーの交響曲第9番でした。そのときの記事はここです。ただ、みなとみらいホールでのこの日の演奏はさらにそれを上回る究極とも思える演奏だったんです。

スーパーキャストによるシェーンベルクの超大作《グレの歌》は凄い演奏でした。ヴァルデマール王のジェイ・ハンター・モリス、トーヴェのアンゲラ・デノケ、森鳩の藤村実穂子、いずれも鳥肌ものの最高の歌唱。大好きなデノケは絶好調ではなかったものの、それをカバーする音楽性高い歌唱、そして、それを上回る藤村実穂子の森鳩。今、森鳩を歌わせて、藤村実穂子以上に歌える人はいないでしょう。初めて聴いたジェイ・ハンター・モリスはもう若くはありませんが、本格デビューして間もないヘルデン・テノール。こんな凄いテノールは久々に聴きました。いずれ、ワーグナーを聴かせてもらいましょう。もちろん、200人以上の大合唱団(Wiener Singakademie、Orfeo Catala、Cor de Cambra del Palau de la Musica Catalana、Herren des Chores des Slowakischen Nationaltheaters)の威力は凄まじく、感動を通り越して戦慄を覚えたほどでした。

遂に待望のフォン・オッターのマーラーが聴けました。それもラトル指揮ベルリン・フィルとの交響曲第2番《復活》です。期待を上回る演奏にうるうるでした。翌日も同じ内容のコンサート、この日と同じく、素晴らしい演奏でした。そのときの記事はここです。今、思い出しても、身震いするような《復活》でした。

インバル+都響のマーラーは今年も好調。特にこの日の第5番は素晴らしい演奏でした。フェルミリオンが歌った《リュッケルトの詩による5つの歌》も素晴らしく、第5曲《私はこの世に捨てられて》には参ってしまいました。

あまり期待せずに聴いたラトル+ベルリン・フィルのブルックナーの交響曲第7番でしたが、超弩級の演奏で、これまで聴いてきたプレートル指揮ウィーン・フィル、ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンとも拮抗するものでした。ラトルの実力があなどれないことに初めて、思い至りました。このコンサートは来日公演でも聴かれたかたが多いでしょうね。

これもそんなに期待せずに聴いたヤンソンス+ウィーン・フィルによるバルトークの《中国の不思議な役人》でしたが、あの古色蒼然としたウィーン楽友協会のグローサーザールに響いた音楽はセンセーショナルとも思えるもので、saraiは大変、興奮して聴き入ってしまいました。いまだにバルトークは新鮮さを失っていないのに驚きを禁じ得ないコンサートでした。

ウィーン・フィルの演奏したベルリオーズ《幻想交響曲》はありえないような美しさに満ちた演奏に魅了されました。そのあまりの美しさに笑みを通り越して、高笑いが出そうになって困りました。こういう音楽もあるんですね。

フルシャが都響を振るチェコ音楽は聴き逃せません。このコンサートでは、ドヴォルザークの《弦楽のための夜想曲》、マルティヌーの《オーボエと小オーケストラのための協奏曲》、スークの交響曲第2番《アスラエル》となかなか聴く機会のないマイナーとも言える曲ばかり。これらのチェコ音楽にすっかり堪能しました。もっとも、チェコ音楽と言っても、それほどボヘミア風でないところも面白いところでした。

最後に今年のコンサート・オペラ・リサイタルのなかで大賞を選定するとすれば、最後まで迷いに迷って、これにしました。

 ブルックナー/交響曲第8番:ハイティンク+コンセルトヘボウ管@コンセルトヘボウ

ブルックナー畢生の大作を老巨匠ハイティンクが熟成した境地で聴かせてくれました。ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスも2度と聴けないようなものでしたが、ハイティンクのブルックナーもこの交響曲第8番を2回聴き、ロンドン交響楽団との交響曲第9番も2回とも素晴らしい演奏だったことを考慮して、ハイティンクのブルックナーの集大成として、大賞に選びました。これまで、ウィーン勢が大賞を獲得してきましたが、ハイティンクの素晴らしい音楽が結実したものです。ハイティンクの今後のますますの活躍に期待したいと思います。

また、来年の感動に期待しながら、今年の総括は幕としましょう。

今年も当ブログを読んでいただいたみなさんには感謝です。また、来年も引き続き、ご愛読ください。

saraiと配偶者は娘夫婦と一緒に今年最後のジルヴェスターコンサートにこれから出かけます。今年の聴き納めです。その前に中華街の聘珍樓で美味しいものの食べ納めもします。

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saraiの音楽総決算2013:協奏曲編

今年から、音楽の総決算でオーケストラ・声楽曲編から協奏曲を別ジャンルに分離しました。

今回はその協奏曲編です。
このジャンルは、saraiのお気に入りのヒラリー・ハーン、庄司紗矢香、上原彩子が今年も素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

今年は以下をベスト5に選びました。

1位 ショパン/ピアノ協奏曲第1番:上原彩子+プラハ響@みなとみらいホール 2013.1.13
2位 シベリウス/ヴァイオリン協奏曲:ヒラリー・ハーン+ネルソンス+バーミンガム市響@東京オペラシティ 2013.11.18
3位 ブラームス/ヴァイオリン協奏曲:庄司紗矢香+大野和士+ウィーン響@サントリーホール 2013.5.13
4位 ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第2番:ハイティンク+ピリス+ロンドン交響楽団@みなとみらいホール 2013.3.10
5位 バルトーク/ヴァイオリン協奏曲第2番:庄司紗矢香+インバル+東京都響_2回目@サントリーホール 2013.12.20
5位 プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第2番:庄司紗矢香+セガン+ロッテルダム・フィル@サントリーホール 2013.1.31
5位 プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第3番:小山実稚恵+クリスチャン・ヤルヴィ+東京都響@サントリーホール 2013.10.16


繊細にして、大胆・・・それが上原彩子の弾くショパンのピアノ協奏曲第1番でした。まさに鬼気迫る演奏でした。saraiの聴いた最高のショパンです。上原彩子の自由闊達なピアノに見事に合わせたボロヴィチの棒さばきも称賛できます。実はこのコンサートの5日前にもサントリーホールで、同じメンバーでのショパンのピアノ協奏曲第1番を聴きましたが、そのときの演奏には感銘を受けなかったんです。そのときの記事はここです。たった5日で天と地のような演奏・・・音楽って、難しいものですね。

saraiの愛するヒラリー・ハーンもずい分、演奏スタイルが変わってきたなということを確信したシベリウスのヴァイオリン協奏曲でした。人間的な温かみや熱い情念の燃えたぎる演奏です。とても素晴らしく、そして、聴いていて、saraiも熱く高揚する演奏でした。本来、これが今年の1位になるところですが、上原彩子の弾くショパンが凄過ぎたので、こういう順位に落ち着きました。

素晴らしく急成長を遂げた庄司紗矢香の弾くブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴いて、感涙しきりのsaraiでした。このところ、庄司紗矢香の演奏は、聴くたびに感銘を受け続けています。この1~2年ほどは、彼女の音楽的熟成の凄さに唸りっぱなしです。天下のウィーン交響楽団をバックに堂々たる演奏。世界的にもトップクラスのヴァイオリニストの一人になったことを確信させられる演奏でした。

ピリスのピアノの素晴らしさに魅了されたベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番でした。巨匠ハイティンクを向こうに回し、ピリスの音楽性が光るコンサートでもありました。ただ、この日のコンサートは、その後に演奏されたブルックナーの交響曲第9番が凄い演奏だったので、どうしても、このピリスのベートーヴェンの印象が薄くなってしまいますが、最高の演奏だったんです。このコンサートの3日前のサントリーホールでの同じプログラムでも、素晴らしい演奏でした。そのときの記事はここです。2回ともピリスのピアノは最高でしたが、2回目のほうがオーケストラのアンサンブルがよかったので、ランキングでは2回目をとり上げました。

聴くたびに快演を聴かせてくれる庄司紗矢香のバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番でした。上記のブラームスのヴァイオリン協奏曲にも優るとも劣らない演奏でした。前日の東京文化会館での演奏も素晴らしいものでした。そのときの記事はここです。

これもまた庄司紗矢香の聴かせてくれたプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番の素晴らしい演奏でした。同列の5位としました。庄司紗矢香の力まない演奏は高いレベルのプロコフィエフでした。このところの庄司紗矢香の演奏からは目を離せません。

恐ろしく精度が高く、熱い演奏を繰り広げてくれた小山実稚恵のプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番も同列の5位にします。小山実稚恵、渾身の演奏でした。

いよいよ、次回は最終回、大賞も発表します。そして、大晦日でもありますね。

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saraiの音楽総決算2013:オペラ・オペレッタ・バレエ編

さて、前回に引き続き、今年の音楽の総決算です。

今回はオペラ・オペレッタ・バレエ編です。
今年は国内で久々にオペラを聴きましたがたった一つだけ。残りはすべて海外での公演。結果的に今年も海外で聴いたオペラからの選定になります。あっ、バレエもやはり、海外で見たものだけです。
ちなみに昨年の結果はここです。

で、今年は以下をベスト10に選びました。

1位 ティーレマン、ガランチャ、シュヴァネヴィルムス《薔薇の騎士》@ドレスデン国立歌劇場 2013.6.12
2位 フレミング、シャーデ、リドル、キルヒシュラーガー《カプリッチョ》@ウィーン国立歌劇場 2013.6.20
3位 ガランチャ、アラーニャ《ウェルテル》@ウィーン国立歌劇場 2013.4.20
4位 《フィガロの結婚》@プラハ・エステート劇場 2013.6.18
5位 驚異的な新人デビュー《ロメオとジュリエット》@ウィーン国立歌劇場 2013.6.21
6位 《シモン・ボッカネグラ》@ハンガリー国立歌劇場 2013.5.31
7位 オペレッタ《こうもり》@ウィーン・フォルクスオーパー 2013.4.18
8位 ベルリオーズ《ベアトリスとベネディクト》@アン・デア・ウィーン劇場 2013.4.17
9位 バロックオペラ《リナルド》@チューリッヒ歌劇場 2013.4.14
10位 バレエ《真夏の夜の夢》@ウィーン・フォルクスオーパー 2013.4.19

今年も素晴らしい《薔薇の騎士》を堪能しました。シュヴァネヴィルムスの元帥夫人、ガランチャのオクタヴィアン、そして、ティーレマンの指揮という、これ以上、望むべくもないキャスト。期待通りの公演で、かって聴いたクライバーの来日公演と拮抗するレベル・・・大変な感動でした。ところで、この公演の直前、ヨーロッパを襲った大水で一時は公演キャンセルも心配していただけに、この公演が聴けたことはとても幸運でした。

さすがにウィーンとしか言いようがないR・シュトラウスの最後にして、畢生の楽劇《カプリッチョ》でした。まったく、一分の隙もないキャストによる素晴らしい公演でした。エッシェンバッハがこの公演でウィーン国立歌劇場デビューというのも意外でしたが、見事な指揮でした。もちろん、マドレーヌを歌ったルネ・フレミングの素晴らしさも忘れることはできません。

いやはや、今、思い出しても最高に素晴らしかった《ウェルテル》でした。これを今年の1位にしてもよかったのですが、迷った結果、豪華キャストの《薔薇の騎士》に決めました。感動の大きさでは、この《ウェルテル》が1番でした。ガランチャとアラーニャの絶唱がすべてです。

名のある歌手は一人もいませんでしたが、とても感銘の深い《フィガロの結婚》でした。さすがにモーツァルトゆかりのエステート劇場の公演だと感じました。今年はプラハ、ブダペストで初めてオペラを聴きましたが、いずれも音楽的に感銘を受け、驚かされました。かって、ハプスブルグの都だった両都市の文化度の高さはいまだに健在ですね。

《ロメオとジュリエット》はニーノ・マチャイゼの代役で登場したジュリエット役の新人ソプラノ、ソーニャ・ヨンチェヴァの素晴らしい歌唱がすべてでした。その素晴らしさに驚嘆しました。ロメオを歌ったベチャーラも期待通りの熱唱でしたが、ソーニャのウィーン・デビューを聴いて、その夜は興奮しました。

ヴェルディのオペラは男の渋い声が決めるということを実感した《シモン・ボッカネグラ》でした。プラハ同様、名のある歌手は一人もいませんでしたが、素晴らしい公演で、ハンガリー国立歌劇場の実力に脱帽の思いでした。1週間後に聴いたバイエルン国立歌劇場の《シモン・ボッカネグラ》をはるかに上回る内容でした。

フォルクスオーパー極め付きとも言える《こうもり》でした。歌手が粒揃いで、不満の残る歌手は一人もいなかったのは《こうもり》を聴いて、初めてのことでした。最高だったのは、アデーレ役のベアーテ・リッターです。素晴らしいスープレットです。今までは、アデーレ役はスープレットでは物足りない感じもありましたが、彼女の場合は違います。高域の澄み切った声の魅力に参ってしまいました。

アン・デア・ウィーン劇場のオペラにははずれがありません。マイナーな演目のベルリオーズ作曲の《ベアトリスとベネディクト》も素晴らしい公演でした。このオペラで最高に素晴らしかったのは、第1幕終盤の女声重唱(エロー、ユルシュール)の夜想曲《静けき清らかに澄んだ夜よ》と、それをさらに上回った第2幕前半での女声3重唱(ベアトリス、エロー、ユルシュール)の《私は、心が愛に満たされて》です。夢見るような美しい歌唱に心がとろけてしまいそうでした。もちろん、ベアトリスを歌ったマレーネ・エルンマンの熱演も忘れられません。

バロックオペラ《リナルド》はともかく、アイヴァー・ボルトン指揮のチューリヒ歌劇場“ラ・シンティラ”管弦楽団の素晴らしいヘンデルに聴き入ってしまいました。ヘンデルのオペラを聴いて、オーケストラの演奏に参ってしまいました。それほど、ヘンデルの魅力を堪能させてくれる演奏でした。リナルド役のソニア・プリーナも素晴らしい歌唱でした。

シェークスピアの名作をベースに楽しく、美しいバレエに堪能したヨルマ・エロ振付の《真夏の夜の夢》でした。パック役のミハイル・ソスノヴィッチが素晴らしい活躍で魅せてくれました。ティターニア役のオルガ・エシナ、長身の彼女はスタイル抜群で、美人。立っているだけでも、絵になりますが、ステップ、ターン、すべてが美しく、うっとりしました。

さて、番外になりますが、以下のオペラも印象深くはありました。

ガランチャ、アラーニャ《カルメン》@ウィーン国立歌劇場 2013.6.2

本来はランクインすべきオペラですが、《カルメン》としては評価が難しく、番外にしました。それというのも、ガランチャがカルメン役としては、歌唱も容姿も美し過ぎるからです。ガランチャの美しさが罪になってしまいました。オペラ《カルメン》を離れると、ガランチャのファンには堪らない公演ではありました。

次回はオーケストラ・声楽曲編です。

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saraiの音楽総決算2013:ピアノ・室内楽編

今年もブログの締めくくりはsarai恒例の音楽総決算です。

今年は国内・海外合わせて、厳選したコンサート・オペラに計72回足を運びました。それらについてはすべて当ブログで報告済みですが、今回から4回のシリーズでそれらからベストの音楽会を選んで、今年の音楽の総決算としたいと思います。
今回はピアノ・リサイタルと室内楽編です。
ちなみに昨年の結果はここです。

今年は以下をベスト5に選びました。

1位 ベートーヴェン弦楽四重奏曲チクルス⑥:ハーゲン・カルテット@トッパンホール 2013.10.1
2位 ヒラリー・ハーン・ヴァイオリン・リサイタル@東京オペラシティ 2013.5.14
3位 アトリウム弦楽四重奏団_ショスタコーヴィチ・マラソン@武蔵野市民文化会館 2013.12.1
4位 マレイ・ペライア・ピアノ・リサイタル@サントリーホール 2013.10.24
5位 バッハ・ヴァイオリン・ソナタ全曲:ツィンマーマン@トッパンホール 2013.10.6

ハーゲン・カルテットのベートーヴェン弦楽四重奏曲チクルスはsaraiの生涯の財産とも言える素晴らしい音楽体験でした。同じ年にティーレマン指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスも聴けたのは奇跡とも思える音楽的事件だったと思います。今回の弦楽四重奏曲チクルスは特にベートーヴェンの最高傑作である後期の第13番、第14番、第15番の音楽の高みと言ったら、驚くべきものでした。なかでも最終日の第13番はフィナーレの第6楽章をオリジナルの大フーガに据えた演奏でしたが、その凄まじい気魄の演奏には圧倒的な感動を覚えました。チクルスのラストにこれを持ってきた意図が納得できるものでした。チクルスの1回目から5回目の詳細記事は以下に書きました。

 1回目
 2回目
 3回目
 4回目
 5回目

ヒラリー・ハーン・ヴァイオリン・リサイタルはともかく、バッハのシャコンヌが素晴らしい演奏で衝撃的でした。モーツァルトもフォーレも素晴らしく、一層、ヒラリーの魅力を感じてしまいました。音楽的だけでなく、容姿もますます磨きがかかってきました。その美しい体を揺らしながらの美しい演奏には、もうぞっこんです。本当はこちらを1位にしたかったところですが、ヒラリー・ハーンはまだ今後も素晴らしい演奏を聴き続けていくことになりますので、今回だけは2位としました。なお、今回はみなとみらいホールと東京オペラシティの両方のリサイタルを聴きましたが、2回目の東京オペラシティでのリサイタルがベストでした。1回目のみなとみらいホールのリサイタルの詳細記事はここ

アトリウム弦楽四重奏団のショスタコーヴィチ・マラソンと銘打ったコンサートは1日でショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲、全15曲を演奏してしまうという破格のもの。朝の11時から夜の10時までの超ロング・コンサートでした。ショスタコーヴィチの創造力の頂点をなす第8番、第9番も素晴らしかったのですが、後期の第13番、第14番、第15番が最高の演奏でした。それって、上記のハーゲン・カルテットのベートーヴェン弦楽四重奏曲チクルスみたいですね。最後の第15番は照明をすべて落として、真っ暗な中、ステージ上の譜面台の明かりだけがぽーっと光っているだけの幻想的な演出。ショスタコーヴィチの死の前年に作られた作品にふさわしい演奏でもありました。聴き通すのに疲れましたが、ショスタコーヴィチの音楽と人生の真髄に触れた思いに感動しました。このコンサートもハーゲン・カルテットのベートーヴェン弦楽四重奏曲チクルスに匹敵するレベルの素晴らしいものでした。

ペライア・ピアノ・リサイタルは迫力のある演奏スタイルでペライアの別の一面を聴いた思いでもありました。素晴らしかった反面、彼の美質であるピュアーなタッチの響きが損なわれていた感もあり、今後、ペライアが年輪を重ね、力の抜けた演奏スタイルに熟成していくのを期待していきたい気持ちにもなりました。音楽は難しいものです。

ツィンマーマンのヴァイオリンによるバッハ・ヴァイオリン・ソナタ全曲の演奏は演奏者自身の個性を抑えて、バッハの音楽そのものを浮き立たせて表現するという、うーんと唸らせるようなリサイタル。おかげでバッハの天才ぶりをたっぷり堪能しました。ピアノのパーチェもツィンマーマンと同様の意識での演奏。見事なプロの技、そして、音楽性に感銘を受けました。

以上のほかに、次点として、もうひとつ。

ミシェル・ダルベルト・ピアノ・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷ホール 2013.11.24

ドビュッシー、ラヴェルのフランスものの物凄い演奏に驚嘆。特にラヴェルの《夜のガスパール》は気魄に満ちた凄絶な演奏で、大変感動しました。以前、アンリ・バルダの演奏でフランスのピアノ音楽で初めて、感銘を受けましたが、それ以上とも思える演奏でした。

今年は素晴らしい室内楽を聴くことができて、幸せな1年でした。

次回はオペラ・オペレッタ編です。

ところで、当ブログ初の試みとして、読者のみなさんはどういう作曲家がお好きか、アンケートをお願いしています。
以下のリンクをクリックするとアンケートページにジャンプするので、saraiの好きな作曲家30人の中から、読者のお好きな作曲家をお答えください。よろしくお願いします。

好きな作曲家20人+1アンケート


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ベートーヴェンはお好き?

CDも所有枚数が1000枚に近づきだした頃から、自分の所有CDの管理が頭の中だけでは難しくなり、PCでデータベース化することにしました。フリーソフトでは、なかなか、ぴったりするものがなく、当初はAccessを使って、クラシックCD用データベースを自作しました。その後、インターネットの隆盛により、世の中はWebアプリが全盛になり、Accessアプリでは、ネットからのDB検索もできず、不便な思いをしていました。一念発起して、AccessアプリのクラシックCD用データベースをWebアプリ化することにし、PHPとORACLE(もちろん、無償版)で本格的にRDB化しました。
今は快適に自分専用のクラシックCD用データベースを利用しています。
これがCD検索画面です。ちょっと画面の内容が見づらいので、画面をクリックすると、拡大されます。


xyNZMUgdcF1dac.jpg



検索内容は、ベートーヴェンの交響曲第9番のCDでハイティンク指揮のものを検索しています。3件ヒットした結果が表示されています。

数日前に思い立って、DBに登録されているCDの集計機能をレベルアップして、作曲家別のCD枚数の一覧(枚数順)を作成できるようにしました。
その結果が以下のリストです(1位から19位まで)。

順位 作曲家   アルバム数 CD枚数 割合

1 ベートーヴェン   153 356 15.17%
2 モーツァルト    132 224  9.55%
3 マーラー        77 170  7.25%
4 ブラームス     109 143  6.10%
5 シューベルト      80 126  5.37%
6 バッハ         81 123  5.24%
7 ブルックナー      48 116  4.94%
8 ショパン        42  84   3.58%
9 ショスタコーヴィチ   36  80   3.41%
10 シューマン      70  76   3.24%
11 ハイドン       26  67   2.86%
12 チャイコフスキー   62  50   2.13%
12 ドヴォルザーク    45  50   2.13%
14 R.シュトラウス    31  43   1.83%
15 バルトーク      34  42   1.79%
16 ヴェルディ      39  36   1.53%
17 ストラヴィンスキー  18  31   1.32%
18 プッチーニ      32  30   1.28%
19 シベリウス      16  29   1.24%
19 リスト        26  29   1.24%
総計 219名      1041 2346 100.0%


一応、客観的に、この20人の作曲家がsaraiのお気に入りの作曲家ということになります。
まあ、妥当な結果と言えますが、これはCDだけの集計で、DVDやBDは除いているので、オペラの作曲家が過小評価されています。ワーグナーがランクインしていないのが、その顕著なものです。saraiはオペラはCDではなく、DVDで聴く場合が多いんです。ちなみにワーグナーのCDランキングは22位です。

トップのベートーヴェンは断トツです。これはsaraiが全集マニアであることにも起因しています。例えば、交響曲全集が20組、ピアノ・ソナタ全集が6組です。いずれにせよ、ベートーヴェンがsaraiの音楽の原点です。
2位のモーツァルトも全集が多いです。ピアノ・ソナタ全集は8組・・・ベートーヴェンを上回ります。
3位のマーラーは特殊です。もともと交響曲に偏っていますからね。交響曲全集は8組あり、1組平均10枚だとしても、これだけで80枚になりますものね。

というところで、当ブログ初の試みとして、読者のみなさんはどういう作曲家がお好きか、アンケートをお願いしたいと考えました。
saraiの好きな作曲家20人プラス、ワーグナーの中から(32人の作曲家に改定)、読者のお好きな作曲家をお答えください。よろしくお願いします。



因みにこのアンケートに答えるとすると、saraiの回答は以下になります。
 ベートーヴェン、モーツァルト、マーラー 、ブラームス、シューベルト、バッハ、ブルックナー、シューマン、R.シュトラウス、バルトーク、ヴェルディ、プッチーニ、ワーグナー



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この記事へのコメント

1, saraiさん 2013/12/28 03:25
好きな作曲家アンケートに早速、以下のコメントをいただきました。

ドビュッシー、メンデルスゾーン、フォーレ、ラベル、ヨハン・シュトラウスなども選択肢に入れた方がよい。

それもそうなので、saraiのCDランキング30位までの作曲家に広げました。実際は32位まで同ランクだったため、32人の作曲家を挙げています。

2, saraiさん 2013/12/30 01:27
現在、17人のかたにアンケート回答いただきました。
意外にも、チャイコフスキーがトップを快走中です。追うのは、ベートーヴェンとモーツァルト。これは妥当なところです。ショスタコーヴィチ、プロコフィエフが0票というのも、意外でした。

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バルトーク2題_快演!庄司紗矢香、深遠!インバル:東京都交響楽団_2回目@サントリーホール 2013.12.20

今日も昨日に引き続き、超弩級のバルトーク作品を2つも聴くという贅沢なコンサートです。これが実質、saraiの聴く今年のラストコンサートになります。今年71回目のコンサートです。まだ、大晦日のジルヴェスターコンサートはありますけどね。インバルの東京都交響楽団のプリンシパルコンダクターとしての定期公演も残すは来年3月のマーラーの交響曲第9番のみ。色んな意味で大切なコンサートです。

結果は期待に違わぬ素晴らしいコンサートでした。

まず、庄司紗矢香のヴァイオリンとインバル指揮の都響によるバルトークの後期の大作ヴァイオリン協奏曲第2番。庄司紗矢香のバルトーク、昨日も素晴らしい最高の演奏でしたが、今日はさらに魂をぶつけるような荒々しい響き、瑞々しい表現と感動の名演。第1楽章の冒頭は深々とした響きに魅了され、終盤、4分音のメロディーのあたりから演奏は高揚し、カデンツァは感動の響き、オーケストラと一緒にぐんぐん、高みに駆け上がり、興奮のフィナーレ。
第2楽章は瞑想的なメロディーが美しく響き、深いため息のような変奏が続き、終盤の悲しみに満ちた表現の素晴らしさに深く胸を打たれました。
第3楽章も終盤の凄まじい盛り上がりに驚嘆。圧巻のフィナーレ。これ以上、望むべくもない庄司紗矢香、渾身の演奏でした。都響の演奏も昨日を上回る出来で、バルトークの音楽の真髄に迫るものでした。インバル指揮の都響の素晴らしさにはいつもながら、舌を巻きます。
聴衆の熱い拍手が続き、庄司紗矢香は昨日同様、ハンガリー民謡のアンコール曲を演奏。その素朴な音楽にマジャール平原の農民、牧畜民のたくましい姿をイメージさせられました。こういうアンコール曲を探してくる庄司紗矢香の音楽センスに脱帽です。

休憩後、コンサート形式でのオペラ《青ひげ公の城》です。登場人物は青ひげ公と新妻ユディットの2人だけ。この2役を歌ったマルクス・アイフェとイルディコ・コムロシの素晴らしい歌唱で大変な感銘を受けました。青ひげ公役のアイフェは昨日もその冷徹さを感じさせる表現に感銘を受けましたが、声量的に大オーケストラに押され気味でそのあたりに不満が残りましたが、今日は絶好調。大変声が出て、大オーケストラに抗して、強い響きを発していました。彼の知的な歌唱は、感情を抑え込む青ひげ公の性格を見事に表現していました。マルクス・アイフェは今年の6月、ウィーン国立歌劇場で、R・シュトラウスの楽劇《カプリッチョ》のオリヴィエ役で見事な歌唱を聴きました。そのときも詩人らしさを感じさせる知的な歌唱に感銘を受けました。そのときの記事はここです。
ユディット役のコムロシは美しい声の響きですが、それよりも自国の大作曲家バルトークへの思い入れもかくほどかと思わせられる入魂の歌唱。全身全霊を込めて、ユディットになりきっています。それにマジャール語の発音が見事(だと思います・・・)。アイフェの青ひげ公とは違って、愛情にあふれる女心を熱く歌い上げます。その中にも、不安そうな感情を織り混ぜた表現が見事です。
インバルの作り出すバルトークの世界は、まず、静かな低弦が夜の闇の底から徐々に浮かび上がってきます。7つの扉を開けてと迫るユディットと青ひげ公の葛藤で音楽が高潮します。第1、第2の扉を開けるシーンでは、緊張感の高く、奇妙な響きが印象的。第3、第4の扉では、妖しい美しさが表現されます。完璧にバルトークの世界を表現しつくすインバルに感銘を覚えます。そして、第5の扉を開けるシーンが音楽的頂点です。この作品もバルトーク得意のアーチ型の構造のようで、ここを最高峰に冒頭とフィナーレが対称形になっているようです。このシーンでは、昨日はステージの袖に8人の金管奏者(トランペット4、トロンボーン4)のバンタが立ち、強烈な音響を浴びせかけてきました。今日はサントリーホールのオルガンの前にバンタが立ち、パイプオルガンとともに激しい音響を響かせていましたが、昨日よりも遠くからの演奏のため、強烈さは昨日ほどではありませんでした。しかし、そのためにアイフェと音響的なバランスがよくなっていた感じです。第6の扉を開けるシーンは、チェレスタ、ハープ、フルート、クラリネットのアルペジョが絶大な効果を発揮して、不安に満ちた感情を醸し出します。異様な音楽表現が顕著になってきます。さらに最後の扉を開けることについての男女の凄まじい葛藤が見事に音楽表現され、高潮した音楽に否応なく強く引き込まれていきます。第7の扉を開けるシーンはもう静かな安寧に覆われている感じもあります。戦慄のフィナーレもそれほどの感情の爆発もなく、ある意味、淡々と進んでいきます。そして、また、冒頭と同様に低弦が奏する夜の闇の底に音楽は沈み込んでいきます。たった1時間ほどの男女の心理葛藤劇とは思えないほど、どこまでも深い音楽表現がぎっしりと詰め込まれた傑作オペラをインバルは最高の演奏で我々に提示してくれました。都響のアンサンブルの精度の高さも特筆ものでした。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:エリアフ・インバル
  ヴァイオリン:庄司紗矢香
  メゾソプラノ(ユディット):イルディコ・コムロシ
  バリトン(青ひげ公):マルクス・アイフェ
  管弦楽:東京都交響楽団

  バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番 Sz.112
   《アンコール》ハンガリー民謡

   《休憩》

  バルトーク:歌劇《青ひげ公の城》 Op.11 Sz.48 (演奏会形式)

やはり、インバルはますます熟成しており、都響のドライブも見事。ベルティーニと同様に桂冠指揮者に就任するそうですが、まだまだ、現役として、都響を振ってほしいと願っています。80歳を超えたところで、都響とどんな熟成した音楽を作り出していくか、この耳で聴き届けていきたいと念願しています。2014年度のプログラムでは不満です。2015年度のプログラムではインバルの指揮する公演をもっともっと増やしていくことを都響のプログラム企画者に懇請するものです。


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       庄司紗矢香,  

バルトーク2題_快演!庄司紗矢香、深遠!インバル:東京都交響楽団_1回目@東京文化会館 2013.12.19

今日の東京都交響楽団の定期公演は文字通り、待ちに待ったコンサートです。ですから、明日、サントリーホールである同一内容のコンサートにも行きます。そんなsaraiに、一緒に連れて行かれる配偶者は呆れ顔です。実はこのコンサートはいわくつきのコンサートなんです。2年半前の大震災の後、予定していた9回のコンサート(その後はヨーロッパ遠征)のうち、聴けたのは1回だけで、残りの8回はキャンセルか、延期。当ブログでも、1回だけ聴くことのできたコンサートは《9分の1のコンサート》として紹介しました。
今回のコンサートはキャンセルされたコンサートの復活コンサートなんです。特に楽しみにしていたものだったので、復活して大喜び。それで2回聴くことにしました。これ以外にも既に復活済のコンサートがあります。

 9分の2のコンサート:パク・ヘユン・ヴァイオリンリサイタル@紀尾井ホール 2011.7.27
 上々のブルックナー9番:インバル+東京都響@東京文化会館 2013.5.9

来年も復活コンサートがあります。

 キルヒシュラーガー_歌曲リサイタル@東京文化会館 2014.4.6

これで何とか9分の5のコンサートにまで復活することが出来そうです。残りも別の形で聴けているので、大震災の影響はsaraiの場合、ほぼ、3年で回復です。直接大震災の被害を受けたかたのできる限り速くの復旧、立ち直りをお祈りします。被害のレベルがsaraiとは違い過ぎるでしょうが、ただただ、遠くからお祈りするばかりです。

さて、今日のコンサート、バルトークの名作が2曲、バルトーク好きのsaraiとしてはとても贅沢なコンサートです。それもインバル指揮の都響、そして、大ファンの庄司紗矢香のヴァイオリンとくれば、何も言うことはありません。
庄司紗矢香のバルトーク、初めて聴きましたが、素晴らしい最高の演奏でした。先鋭さもあり、成熟もしているというすべてを包含した演奏。冒頭の低弦のたっぷりした響きは野性味さえ感じました。そして、高弦での美しい旋律にうっとり。動から静まで完璧な引き分け。とりわけ、ソロ演奏(カデンツァ?)の堂々とした表現、姿形はまだあどけなさも残りますが、演奏する音楽は風格も感じさせます。このバルトークの名曲は大変な緊張感を湛えていますが、庄司紗矢香は強い精神力の演奏でその緊張感を持続したばかりでなく、バルトークの秘めた悲しみまでも表出する圧巻の演奏でした。庄司紗矢香のレパートリーにもっとバルトークを加えていってほしいと強く思いました。特に無伴奏ヴァイオリン・ソナタを聴きたいところです。インバル指揮の都響も好サポート。素晴らしいバルトークの演奏でした。
庄司紗矢香のアンコールは舞台袖から1枚の楽譜を持ってくるので、あれっと思ったら、彼女自身の声で《ハンガリー民謡》を演奏するという説明がありました。適切なアンコール曲ですね。バルトークとコダーイはハンガリー各地でハンガリー民謡を収集し、自分の楽曲に使ったそうですからね。やはり、バルトーク自身の曲を聴いている感じの素晴らしい演奏でした。

休憩後はバルトーク唯一のオペラ、《青ひげ公の城》です。これについては明日のブログで、サントリーホールの演奏も含めて紹介します。独唱の二人の充実した歌唱に感銘を受けました。特にメゾソプラノ(ユディット)のイルディコ・コムロシの入魂の熱演には聴き惚れました。バリトン(青ひげ公)のマルクス・アイフェの美声も立派。インバル指揮の都響も絶好調で素晴らしい演奏。なんせ、今日のコンサートマスターは矢部達哉ですが、その隣にはやはりコンサートマスターの四方恭子という万全の布陣です。

ところで、開演前にステージ上の四方さんと目が合い、お互いに微笑みあってしまいました。先日のパーティで談笑しただけなのに覚えてくれていたようです。ありがとうございます!

今日のプログラムは以下です。

  指揮:エリアフ・インバル
  ヴァイオリン:庄司紗矢香
  メゾソプラノ(ユディット):イルディコ・コムロシ
  バリトン(青ひげ公):マルクス・アイフェ
  管弦楽:東京都交響楽団

  バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番 Sz.112
   《アンコール》ハンガリー民謡

   《休憩》

  バルトーク:歌劇《青ひげ公の城》 Op.11 Sz.48 (演奏会形式)

明日も今日以上の演奏を聴かせてくれることを疑いません。楽しみです。


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       庄司紗矢香,  

やるせないブラームスの響き:メイエ+アルティ弦楽四重奏団@文京シビックホール 2013.12.11

年の瀬も迫り、室内楽のコンサートも今日でお終い。今年の〆はクラリネット五重奏曲。もちろん、モーツァルトとブラームスの晩年の名作を聴きます。クラリネットはフランスのポール・メイエ、弦楽四重奏団は日本人のトップ奏者たちによるアルティ弦楽四重奏団です。

前半のモーツァルトはぐっと抑えた音量で渋いアンサンブル。ホールが大きいために響きの豊かさが乏しいのが残念ですが、古典的な表現の派手さを控えたアンサンブルでした。これはこれでよいのですが、どうしても単調に聴こえてしまいます。終始、メイエのクラリネットが抑えた音量のせいか、フランス人らしくなく、暗い響きに思えました。大好きな第2楽章もあっさりとした早めのテンポ。もう少し、粘って演奏してもらいたいところですが、それは趣味の問題ですね。

後半のブラームスは冒頭から、悲しく、やるさない音楽です。モーツァルトと異なり、抑えるところは抑えますが、盛り上がるところはぐっと響きが豊かになります。晩年のブラームスが最後に書いた大作だけに、暗い情感の音楽が続き、メイエもアルティ弦楽四重奏団もそれを綿々と演奏していきます。この曲から第1ヴァイオリンの席に着いた矢部達哉のロマンティックな響き、ヴィオラの川本嘉子の美しい響きが胸に迫ります。メイエの室内楽のアンサンブルに徹したクラリネットはもう少し、派手さも欲しくなるところではありますが、侘しいブラームスの表現にはよかったかもしれません。素晴らしい演奏に実に堪能させられました。

今日のキャスト、プログラムは以下です。

  クラリネット:ポール・メイエ
  弦楽四重奏:アルティ弦楽四重奏団
         豊島泰嗣(第1/第2ヴァイオリン)、
         矢部達哉(第2/第1ヴァイオリン)、
         川本嘉子(ヴィオラ)、
         上村昇(チェロ)

  モーツァルト:クラリネット五重奏曲イ長調 K.581

   《休憩》

  ブラームス:クラリネット五重奏曲ロ短調 Op.115

     《アンコール》
       チャイコフスキー/武満徹編:秋の歌(ピアノ組曲《四季》より『秋の歌』の編曲版)

アンコール曲はまったく知らない曲でしたが、チャイコフスキーの原曲を武満徹がクラリネット五重奏用に編曲したものでした。1993年に八ヶ岳高原音楽祭で初演されましたが、そのときのメンバーの一人が今日も演奏していたヴァイオリンの豊島泰嗣です。彼の思い入れのある曲なんでしょう。見事な演奏でした。

今年はハーゲン・カルテットのベートーヴェン弦楽四重奏曲チクルスで始まった実りの多い室内楽の年でしたが、この素晴らしいブラームスのクラリネット五重奏曲で終わり、とても満足です。
今年は来週のオーケストラのコンサートでsaraiの音楽三昧もいよいよ完了です。最後まで気の抜けないコンサートが続きます。


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《トスカ》トリノ歌劇場@東京文化会館 2013.12.5

国内でオペラを聴いたのはもう2年以上も前。大震災直後のメトロポリタン歌劇場以来になります。オペラに一緒に連れだって通っていた母はそのときを限りにオペラ卒業宣言。高齢で、もう厳しいということです。saraiも仲間を失って、国内のオペラは原則、止めにしました。メトロポリタン歌劇場の最後の公演はフリットリが素晴らしいミミを歌ってくれました。その後、オペラはヨーロッパ遠征で聴くことにしました。これは配偶者と一緒です。
今夜、久々に禁を破って国内でのオペラを聴くことにしたのは、大好きなフリットリがトスカを歌うからでした。フリットリのレパートリーは限られており、プッチーニであれば、《ラ・ボエーム》か《修道女アンジェリカ》あたりで、トスカを歌うというのは初耳で、これは聴いておかねばと思ったんです。ところが、無情にもフリットリは降板。芸術上の理由(スピントのような強い声の役は今後、歌わない)からということで、健康上のものでもなく、スケジュール上も問題はなかったようです。フリットリは今後、別の来日公演も予定されていますが、NBS招聘のものなので、行くことはありません。やはり、国内のオペラは打ち止めにせよという天からのお告げでしょうか。

前置きが長くなってしまいましたが、結局、買ってしまったチケットはキャンセルもできないので、今夜、《トスカ》を聴きました。久しぶりに聴く《トスカ》ですが、プッチーニの繊細で甘美な旋律には耳を奪われます。オーケストラの響きを聴いているだけでも、オペラの楽しみを満喫。歌手はアルヴァレスのカヴァラドッシが素晴らしい出来。肝心のトスカ役のラセットですが、メトロポリタン歌劇場でもトスカを歌っているので、それなりの歌唱ですが、とても感動させられるレベルではありません。無難以上の出来で、心のこもった演技ですが、心の底からの心情が伝わってくるような歌唱ではありませんでした。もっとも、saraiがフリットリの代役ということで彼女へ期待する気持ちが不足していたことも差し引いておかないといけないでしょう。トスカ役は力強さだけでなく、抒情も表現できないといけないというなかなかの難役ですから、歌いこなせる人はそうはいないという現実もあります。これまで本当に満足できたのは、パヴァロッティと共演したときのグレギーナくらいです。そのギレギーナさえ、次に聴いたときはがっかりした記憶があります。まあ、今夜はアルヴァレスの歌唱が素晴らしかったというところで可としておきましょう。それにしてもフリットリのトスカを一度聴いてみたかったですね(しつこい!)

今日のキャストは以下です。

指揮:ジャナンドレア・ノセダ
演出:ジャン・ルイ・グリンダ

トスカ:パトリシア・ラセット
カヴァラドッシ:マルセロ・アルバレス
スカルピア:ラド・アタネリ
アンジェロッティ:ホセ・アントニオ・ガルシア
堂守:マッテオ・ペイローネ
スポレッタ:ルカ・カザリン
シャルローネ:フェデリコ・ロンギ
看守:ジュゼッペ・カポフェッリ
牧童:阿部昇真 (TOKYO FM 少年合唱団)
トリノ王立歌劇場管弦楽団・合唱団
TOKYO FM 少年合唱団 [合唱指導:米屋恵子、林ゆか、小林茉莉花]

まだ、来年のヨーロッパ遠征の計画は立っていませんが、また、ヨーロッパでオペラが聴きたくなりました。業のようなものです。


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感動の体験:アトリウム弦楽四重奏団_ショスタコーヴィチ・マラソン@武蔵野市民文化会館 2013.12.1

今日のコンサートは朝の11時から夜の10時までの超ロング・コンサート。1日でショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲、15曲すべてを聴いてしまうという恐るべき企画です。まあ、1日でベートーヴェンの交響曲全曲を聴くというものは昨年もありましたが、それに匹敵するか、あるいは上回るかもしれません。しかも料金はたった5千円。5回分のコンサートのボリュームなので、1回のコンサートあたり千円ということになります。会場は三鷹駅近くの武蔵野市民文化会館の小ホールです。このホールが満席状態。人のことは言えませんが、好きものが多いですね。

コンサートは5コマに分かれており、1コマは前半2曲で休憩15分、後半1曲という感じで、全5コマで15曲になります。コマとコマの間は約40分の休みがあり、その間に昼食や夕食を急いで食べることになります。このほか、saraiの場合は横浜の自宅から片道2時間かかりますから、このコンサートは朝9時に家を出て、帰りは夜12時を過ぎることになります。まさに修行ということです。

もちろん、予習という準備も必要です。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は既に聴いているフィッツウィリアム弦楽四重奏団のほかに、ブロドスキー弦楽四重奏団、ルビオ弦楽四重奏団、ボロディン弦楽四重奏団(新盤)を聴き、そこで力尽きました・・・疲れた! 本当はさらにボロディン弦楽四重奏団(旧盤:第1番~第13番)とエマーソン弦楽四重奏団を聴こうと思ったんですが、それは今後の課題にします。あと、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲のほとんどを初演したベートーヴェン弦楽四重奏団も聴きたいところです。

今日、演奏したアトリウム弦楽四重奏団は初聴きでその名前すら知りませんでしたが、大変な実力の持ち主でした。ロシア出身の弦楽四重奏団で現在はベルリンを活動の本拠にしています。2000年にサンクト・ペテルブルグ音楽院に学ぶ4人で結成。現在、メンバーは30代半ばということです。若いですね。彼らはインターナショナルな響きのモダンなスタイルのアンサンブルで、繊細で精密な音楽表現を志向しているグループに思われましたが、ロシア風の熱い音楽表現も随所に感じられました。メンバーでは特に第1ヴァイオリンのアレクセイ・ナウメンコの美しい響きが印象的。紅一点のチェロのアンナ・ゴレロヴァのスケールが大きく、深々とした響きも素晴らしいものでした。第2ヴァイオリンのアントン・イリューニンは目立つシーンが少なかったですが、なかなかの実力を発揮していました。ヴィオラのドミトリー・ピツルコの響きも素晴らしく、是非、このヴィオラでバルトークの弦楽四重奏曲も聴いてみたいと感じました。いずれも粒ぞろいの実力者の集団です。

今日のコンサートは、いずれの曲も高い水準の演奏でびっくりです。それも尻上がりに調子を上げていきます。白眉は第9番、第8番。素晴らしい演奏でした。
ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は雪解け(スターリンが死去し、その後を継いだフルシチョフがスターリン批判演説)以降、変質していったように思います。第10番あたりが境目でしょうか。トナーリティは堅持するものの、ノントナールな要素がどんどん増えていきます。トナーリティと音楽の芸術性の高さは関係ありませんが、ショスタコーヴィチの創造力の頂点がこの第9番、第8番あたりにあったように感じます。そして、これらの作品はそれほどノントナールな響きは感じられません。体制下では、西欧風のノントナールな要素は封じ込められたのでしょう。しかし、体制下で自由が束縛されていても芸術的な創造力はみなぎっていたと感じます。
以上のように書いたのは、4コマ目の第12番まで聴いたところでした。最後の5コマ目を聴いて、以上の前言は翻さなければなりません。この最後のコマの第13番~第15番が最高の演奏で、これらの後期の弦楽四重奏曲の真価を今夜、初めて、実感しました。ノントナールな響きも板に着いたというか、自分の芸術の中に見事に取り込んでいます。全曲聴き終わった時点で総括すると、第10番あたりまではある意味、保守的とも思えます。少なくとも、第13番以降はバルトークの弦楽四重奏曲にも比肩する素晴らしい作品群です。20世紀、バルトークの跡を継いだのは紛れもなく、ショスタコーヴィチだということを確信できました。

今日のマラソンコンサートでショスタコーヴィチの人生を追体験したような感すらありました。交響曲第5番の成功の後に書いた最初の弦楽四重奏曲から、最後の交響曲の第15番の後、死の前年に書いた最後の弦楽四重奏曲まで、彼の人生を辿る旅でした。

では、今日のコンサートの感想を順に書いていきましょう。

1コマ目のプログラムです。

  午前11時

  弦楽四重奏曲第1番ハ長調 Op.49(1938)
  弦楽四重奏曲第2番イ長調 Op.68(1944)

   《休憩》

  弦楽四重奏曲第3番ヘ長調 Op.73(1946)

まず、第1番です。第2楽章、冒頭、ヴィオラのソロが美しく、それにチェロのピチカートが入ってくるところの美しい演奏は際立っていました。第4楽章、フィナーレは圧巻の迫力でした。

次は第2番です。第1楽章、明らかにここからアトリウム弦楽四重奏団のエンジンがかかってきました。第1ヴァイオリンの高域での下降旋律の美しさは素晴らしく、気魄の力演です。この調子で最期の第15番まで続くのだろうかと心配になるほどです。第2楽章、第1ヴァイオリン以外は単一音の持続、その上に第1ヴァイオリンの自在な飛翔。途中、全楽器が熱く歌い上げ、最後はまた最初の単一音の持続と第1ヴァイオリンの自在な飛翔に戻ります。第1ヴァイオリンの美しい響きが光ります。第4楽章、主題が各楽器に順番に引き継がれ、そして、頂点を迎えます。最後は迫力のフィナーレでしめです。

次は第3番です。第1楽章、肩の力の抜けた軽妙な開始ですが、響きの美しさが素晴らしいです。この曲から、さらに響きに磨きがかかってきました。いよいよ、エンジン全開です。ところでショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は軽い始まりと言っても油断ができません。単純で明快な主題、あるいは動機としか言えないようなものがそのまま展開して終わるのかと思っていたら、途中で大変身して、激しく高潮していくことがよくあります。この楽章も激しく高潮して、素晴らしい演奏になりました。第3楽章、スターリンを密かにパロディったとも言われる楽章ですが、激しい気魄の見事な演奏です。第4楽章、厳かな演奏が続き、最後はチェロのソロで静かに終わり、休みなく、次の楽章に。第5楽章、激しい演奏が続きますが、最後は第1楽章の冒頭のメロディーが回想され、音楽も沈静し、第1ヴァイオリンのピチカートが3度鳴らされて、曲を閉じます。素晴らしい演奏でした。

2コマ目のプログラムです。

  午後1時30分

  弦楽四重奏曲第4番ニ長調 Op.83(1949)
  弦楽四重奏曲第5番変ロ長調 Op.92(1952)

   《休憩》

  弦楽四重奏曲第6番ト長調 Op.101(1956)

まず、第4番です。第1楽章、辻音楽師のアコーディオンか、あるいは古い教会のオルガンかを思わせる素朴なメロディーで始まりますが、音楽は次第に複雑に高揚していきます。第2楽章、第2ヴァイオリンとヴィオラの伴奏に乗って、第1ヴァイオリンが美しい響きを聴かせてくれます。まったく、第1ヴァイオリンのナウメンコの響きは冴えわたっています。それにチェロも加わって、リッチなサウンドを響かせます。とても美しい音楽です。第3楽章、歯切れのよい演奏。第4楽章、静謐なフィナーレが印象的。心に沁みてきます。

次は第5番です。全3楽章が続けて演奏されます。全体に瞑想的な気分が支配的で夢でも見ているかの如き、美しい演奏です。途中、激しく高揚するところもあり、迫力のあるアンサンブルの響きも魅力的でした。

次は第6番です。この曲を作曲する前に最初の妻ニーナの死、母の死もありましたが、「雪解け」も始まり、私生活でも第2の妻マルガリータとの結婚(短命には終わりましたが)もあり、この曲は全体に明るさが支配的に感じます。それもこのアトリウム弦楽四重奏団の解釈なんでしょう。第3楽章、この楽章は葬送とも言われており、軽い悲しみをたたえているものの、聴きようによっては、少し憂鬱さを秘めた心の安定感とも感じます。ショスタコーヴィチとしては、不思議な曲です。

3コマ目のプログラムです。

  午後3時50分

  弦楽四重奏曲第7番嬰ヘ短調 Op.108(1960)
  弦楽四重奏曲第8番変ハ短調 Op.110(1960)

   《休憩》

  弦楽四重奏曲第9番変ホ長調 Op.117(1964)

まず、第7番です。第3楽章の強い響きのフーガと静かなフィナーレが印象的でした。

次は第8番です。いよいよ、全15曲の弦楽四重奏曲もこの曲で折り返し。この曲はショスタコーヴィチの創造力が頂点に達した名曲。15曲中、もっとも有名な作品です。第1楽章の静謐さから第2楽章の激しい表現への突然の飛躍の見事さに感服します。フィナーレは静謐な響きで消え入るように曲を閉じます。アトリウム弦楽四重奏団の気魄と繊細さが発揮された素晴らしい演奏でした。美しい響きに魅了され、音楽の味わいを堪能しました。

次は第9番です。第8番と双璧をなす創作力が頂点に達した作品です。今日、これまでの中では最高の演奏でした。第1楽章、ヤナーチェックっぽいと感じるメロディーが新鮮に響きます。第2楽章、一転して、官能的とも思える響きにうっとりと夢見心地になります。まるで「トリスタンとイゾルデ」を思わせますが、禁断の愛ではなく、第3の若い妻イリーナへのときめきでしょうか。ショスタコーヴィチは50代半ばです。第3楽章、スケルツォですが、まるでウィリアム・テル序曲のようなリズム音型で激しい突進を見せます。第5楽章、これまでの各楽章のテーマを回想し、最後は激しい突進で劇的なフィナーレとなります。会場がどよめくような素晴らしい出来でした。saraiも強い感銘を受けました。

4コマ目のプログラムです。

  午後5時50分

  弦楽四重奏曲第10番変イ長調 Op.118(1964)
  弦楽四重奏曲第11番ヘ短調 Op.122(1966)

   《休憩》

  弦楽四重奏曲第12番変ニ長調 Op.133(1968)

このあたりで、聴くほうのこちらの疲れも頂点に達してきました。少し、集中力がなくなったかもしれません。そのあたりを勘案して、saraiの感想を読んでくださいね。

まず、第10番です。第2楽章、シンフォニックな激しい響き。第4楽章、フィナーレの第1ヴァイオリンのノントナールな響きが印象的でした。

次は第11番です。第1楽章、ノントナールな響きが美しく感じます。第1ヴァイオリンの演奏も見事です。全体的に素晴らしい演奏でした。第9番、第8番に次ぐ高いレベルの演奏でした。実に美しい響きが耳に残りました。

次は第12番です。トナーリティはあるのですが、どんどん、ノントナールな響きに満たされていき、疲れてきた耳には、捉えどころがなくなってきます。演奏が美しいだけに、かえって訴求力のない音楽に聴こえてきて、意識が音楽から乖離していきます。

5コマ目のプログラムです。これが最終セッションです。

  午後8時20分

  弦楽四重奏曲第13番変ロ短調 Op.138(1970)
  弦楽四重奏曲第14番嬰ヘ長調 Op.142(1973)

   《休憩》

  弦楽四重奏曲第15番変ホ短調 Op.144(1974)

1時間強の長い休憩で、また、saraiも復活を遂げました。じっくり、集中して、最後まで聴きとおしましょう。

まず、第13番です。これは今日一番の名演でした。ノントナールな響きが幽玄の響きに感じられます。それだけ、アトリウム弦楽四重奏団のアンサンブルが冴えわたっており、響きが純化しているということでもあります。ショスタコーヴィチの創造力のピークは過ぎたかもしれませんが、これは枯淡の境地でしょうか。この曲がこんなに素晴らしいことを初めて、今夜の彼らの演奏で教えられました。

次は第14番です。関係ありませんが、saraiと配偶者はこの曲が作曲された年に結婚しました。第1楽章、ちょっと散漫な音楽に聴こえます。第2楽章、第13番と同様に素晴らしい響きです。緩徐楽章がノントナールな響きに合っているようです。しかし、頂点は第3楽章のフィナーレにあります。弦楽四重奏曲の極致とも思える響きの彩の輝き。甘美とも思える究極の響きに強く胸を打たれました。

次は第15番です。関係ありませんが、saraiと配偶者の長男はこの曲が作曲された年に生まれました。
演奏開始前、サプライズで場内が真っ暗になりました。4つの譜面台を照らす光だけが見えます。この曲は死の前年に作曲されましたが、ショスタコーヴィチは自らの死を悟っていたそうです。最後にして、最長の告別の弦楽四重奏曲です。この第15番の演奏の演出として、この暗闇は素晴らしいアイディアですね。もう、演奏の中身には触れません。最高に素晴らしい演奏でした。胸にジーンとくるだけでした。この感動は、全15曲を1日、聴きとおして、味わったものだけに与えられる最高のプレゼントだと思います。因みにこの第15番ほど、このアトリウム弦楽四重奏団にふさわしい曲目はありません。前作の第14番までは必ず、ベートーヴェン弦楽四重奏団が初演を受け持っていましたが、この第15番では、ショスタコーヴィチの長年の盟友ベートーヴェン弦楽四重奏団のメンバーも欠落し、演奏できず、代わりに初演したのは、タネーエフ弦楽四重奏団でした。そのタネーエフ弦楽四重奏団から直接、指導を受けたのがこのアトリウム弦楽四重奏団です。まさにショスタコーヴィチからの直系です。話を戻しましょう。演奏が終わり、譜面台を照らしていた光も消えました。真の暗闇です。ぱらぱらと拍手は置きますが、大半の人は身じろぎもせずに余韻の中にいます。やがて、照明が付き、明るくなると、もう、会場全体がスタンディングオベーション。演奏者も聴衆も一体になって、連帯感で結ばれた感動の時です。

これだけのコンサートは人生でも何度も経験できるものではありません。


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この記事へのコメント

1, anさん 2013/12/03 23:30
sarai様、毎日とても楽しみに拝見しております。
一度だけ、昨年10月サントリーホールでのティーレマン記事へのコメントをさせていただいた者です。
その折にはお優しいお返事をありがとうございました。

この度もたいへん詳しく貴重な報告と感想に感謝でいっぱいです。
そして 武蔵野文化会館までようこそおいでくださいました!
武蔵野市に住みながら、この日はどうしても都合がつかず、演奏はもちろん、聴衆の様子もとても気になっておりました。
sarai様はじめ聴衆のみな様さすがですね。 
こういう壮大なプログラムは、奏者だけでなく聴衆も一体となって作り上げていかないと成功しないのでしょう。

アトリウム弦楽四重奏団は いつだったか、朝のBCクラシッククラブで観たのですが、若いのに素晴らしい!という印象を持ったことをよく覚えています。

sarai様、これからもよろしくお願いいたします。 お礼まで。

2, saraiさん 2013/12/04 02:53
anさん、こんばんは。saraiです。

武蔵野に住まれているのなら、聴けなかったのは残念でしたね。素晴らしいコンサートでした。ハーゲン・カルテットのベートーヴェン・チクルスにも匹敵する内容で、料金は?分の1。15曲聴き終わったときの感動は何とも表現できません。聴衆全体が盟友に思えました。

コメントをいただき、また、力づけられました。また、コメントで力を与えてくださいね。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

ショスタコーヴィチ_交響曲第13番:東京都交響楽団@サントリーホール 2013.11.28

東京都交響楽団のサントリーホールの定期公演です。今日の公演は人気がないのか、客席に空席が目立ちます。ショスタコーヴィチの交響曲のなかでも演奏機会の少ない第13番だからかもしれません。この曲の真価は計りがたいというのが正直なところですが、音楽的には、後期のショスタコーヴィチの特徴の出た、いい音楽です。ただ、この曲のベースとなっているエフトゥシェンコの詩の内容が反体制とは言え、イデオロギー的なものであることが問題だと思えます。体制的であろうと反体制的であろうと、芸術にイデオロギーを持ち込むのは少なくともsaraiには抵抗があります。ベートーヴェンの第9番のように、人間の友愛を歌うものとは、本質的に違いがあります。その抵抗感を一時的に抑制してみると、バス独唱のディデンコの深々とした歌唱が素晴らしく、ロシア版の一人オペラ、あるいはオラトリオを聴いている感覚に陥ります。各楽章の盛り上がる部分では感動さえ覚えました。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:ヘヘス・ロペス=コボス
  管弦楽:東京都交響楽団
  バス:ニコライ・ディデンコ
  男性合唱:2期会合唱団

  トゥリーナ:闘牛士の祈り Op.34(弦楽合奏版)
  ラヴェル:スペイン狂詩曲

   《休憩》

  ショスタコーヴィチ:交響曲第13番変ロ長調 Op.113《バービイ・ヤール》

まず、トゥリーナの《闘牛士の祈り》です。この曲はオリジナルはリュート四重奏曲だそうですが、いろんな編曲があり、管弦楽版もあります。今日はあえて、弦楽合奏版が選択されたようです。まあ、難しい曲ではないし、ムード音楽を聴いている気分です。都響の弦楽セクションの素晴らしい響きを堪能しました。今日は弦楽セクションはほぼベストメンバーで、そのサウンドに聴き惚れるのみでした。

次はラヴェルの《スペイン狂詩曲》です。これは紛れもない名曲。よく知っている旋律のオンパレード。都響の美しく、ダイナミックな響きを楽しむばかりです。スペイン出身の指揮者はスペイン風の雰囲気を見事に表現します。

休憩後、今日のメインのショスタコーヴィチの交響曲第13番です。エフトゥシェンコの詩《バービイ・ヤール》に曲をつけたのが第1楽章。《バービイ・ヤール》は第2次世界大戦中にナチスがユダヤ人を大量虐殺したキエフ近郊の渓谷です。民族差別に踏み込んだ内容になっています。残りの第2楽章から第5楽章もエフトゥシェンコの詩に基づいています。いずれも当時のソ連の諸問題に踏み込んだ内容です。あれほど、体制側からの批判にピリピリし、恐怖感を抱いていたショスタコーヴィチが思い切って作曲した作品です。それというのも、スターリンが没し、フルシチョフのスターリン批判で一気に雪解けに向かった状況下だからだったようです。詩の内容の好みの問題は別として、ともかく、バス独唱のディデンコの歌唱が素晴らしいです。その巨躯からの深々とした声量はもちろん、多彩な表現も見事です。ロシア語の歌詞はロシア人の彼が歌いこなすのは当然として、男性的な歌唱から柔らかい歌唱まで、文句なしです。交響曲というよりも、管弦楽伴奏付きの声楽曲として、大いに楽しめました。男性合唱はオーケストラの後ろに立っていることもあり、迫力に欠けたのが残念。都響は見事な演奏でしたが、特に第5楽章のコーダでのヴァイオリンとヴィオラのソロ2重奏は素晴らしいの一語。コンサートマスターの矢部達哉とヴィオラ首席の店村眞積のさすがの演奏でした。《音楽》的には、素晴らしい演奏でした。この曲を実演で聴くのは初めてでしたが、とても感銘を覚えました。

このショスタコーヴィチは、実は3日後の日曜のコンサートに続く序奏なんです。1日でショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲15曲全曲を聴くプロジェクトです。このところ、毎日、精力的に予習に励んでいます。そのうち、ショスタコーヴィチの交響曲15曲全曲のチクルスとか、ありませんかね・・・。


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フランス音楽の真髄:ミシェル・ダルベルト・ピアノ・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷ホール 2013.11.24

いやはや、世界は広い。ミシェル・ダルベルトというピアニストは名前は知っていましたが、実際に聴くのは初めて。プログラム前半のシューマン、シューベルトはまあまあという感じでしたが、後半のドビュッシー、ラヴェルは物凄い演奏。特にラヴェルの《夜のガスパール》は驚異的とも思える演奏でした。ラヴェルのピアノ曲と言えば、同じ、この横浜上大岡ひまわりの郷ホールで聴いたアンリ・バルダに感銘を受けましたが、今日のミシェル・ダルベルトはそれ以上にも思える演奏でした。やはり、フランス系の音楽家が演奏するフランス音楽は本質を突いているようです。

この日のプログラムは以下の内容です。

 ピアノ:ミシェル・ダルベルト

 シューマン:3つの幻想的小品 Op.111
 シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番ハ短調 D.958

  《休憩》

 ドビュッシー:《映像》第1集
 ドビュッシー:子供の領分
 ラヴェル:夜のガスパール

  《アンコール》

    ショパン:前奏曲嬰ハ短調 Op.45

前半はドイツ・オーストリアのロマン派の音楽です。

まず、シューマンの《3つの幻想的小品》です。のっけから、ピアノの響きの明るさに驚きます。フランス人のピアニストの音ですね。これはこれで面白いですが、違和感も覚えます。シューマンらしいロマン派の味わいに欠けるのが残念です。特に第2曲のしみじみとした感じが表出されないのが残念。まあ、こういう響きのシューマンは聴いたことがないので、それなりに楽しんで聴けました。

次は、シューベルトのピアノ・ソナタ第19番ハ短調 D.958です。シューベルトの最晩年の最後の3曲のソナタ、D.958、D,959、D.960のうちの1曲。saraiの愛する音楽です。
この曲は明るい響きにも違和感を覚えません。美しい演奏です。特にインテンポで演奏する部分の歯切れの良さには感銘を覚えます。一方、細かい表情を付けて演奏する部分で、タメをきかせて、丁寧に演奏してくれるのはよいのですが、何か、しっくりきません。これはドイツ系のピアニストの重厚な演奏とはちょっと違うからかもしれません。聴き慣れれば、こういう演奏も楽しめるのかもしれません。いずれにせよ、先ほどのシューマンを上回る演奏でした。

休憩後、ドビュッシーの《映像》第1集です。第1曲の《水に映る影》の色彩感に満ちた煌めくようなピアノの響きには、もう、うっとりとします。こんな素晴らしいドビュッシーを聴いたのは初めてです。第3曲の《動き》の圧倒的なピアニズムにも感銘を覚えます。明瞭な響きが大音量で迫ってきます。かぶりつきで聴いているんです。今日は《映像》は第1集だけなのがとても残念。第2集も聴きたかったところです。

次は、ドビュッシーの《子供の領分》です。第3曲《人形のセレナード》、第4曲《雪が踊っている》は見事な演奏。明るく冴えた音色に魅了されます。

最後は、ラヴェルの《夜のガスパール》です。これは第3曲《スカルボ》の中盤から終盤にかけての気魄に満ちた凄絶な演奏に感動します。超難曲に対して、チャレンジャブルでミスを恐れぬ気合のはいった演奏。テクニックだけでなく、音楽の真髄を極めた演奏です。大袈裟に言えば、ピアノ演奏の極致とも思えます。よもや、ここでこんな凄い演奏に出会うとは予想だにしませんでした。ミシェル・ダルベルト渾身の演奏です。彼も精も根も尽き果てた感じです。それほど、集中力のある演奏でした。聴いているこちらとて、大変な集中力を要求されました。一音たりとも聴き逃さないという気持ちでこの演奏を受けとめました。

もちろん、演奏後、盛大な拍手。再三のカーテンコールで、アンコール。ショパンのプレリュードです。これも見事な演奏。明るい響きにもかかわらず、憂いをふくんだ演奏にうっとりしました。これで、彼はもう、これ以上、弾けないよという仕草。それはそうでしょう。あれだけ弾けば、限界でしょう。久々に素晴らしいフランス音楽が聴けて、満足のリサイタルでした。


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ディープなチェコ音楽:フルシャ&東京都交響楽団@東京文化会館 2013.11.19

いつも聴いている東京都交響楽団の定期公演はサントリーホールの定期公演ですが、フルシャがお国もののチェコ音楽、それもとびっきり、ディープな曲を指揮するとあっては、これは聴いておかねばという気持ちになり、文化会館での定期公園に特別遠征です。今日のチェコ音楽の中でもお目当てはマルティヌーのオーボエ協奏曲です。フルシャの指揮でマルティヌーが聴けるのならば、これはどうしても聴き逃せません。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:ヤクブ・フルシャ
  管弦楽:東京都交響楽団
  オーボエ:広田智之

  ドヴォルザーク:弦楽のための夜想曲 ロ長調 Op.40 B.47
  マルティヌー:オーボエと小オーケストラのための協奏曲 H.353

   《休憩》

  スーク:交響曲第2番ハ短調 Op.27《アスラエル》

まず、ドヴォルザークの夜想曲です。これは滅多に聴けない曲です。もちろん、初聴きです。これは弦楽5部のための曲です。弦楽セレナードを連想すると、美しそうな曲であることが予想されます。しかし、手元に予習用のCDさえ持っていません。原曲が弦楽四重奏曲第4番の第2楽章なので、それで代用して予習。しかし、実際にはそれなりにこの原曲を書き換えたようで、少し、内容が異なっていました。
今日の演奏はとても瞑想的で静謐に感じます。saraiは予習が中途半端なこともあって、消化不足気味ですが、それでも心に沁みる演奏です。フルシャは完璧にこの曲を把握しきっているようです。やわらかで大きな振りの見事な指揮。また、都響の弦楽セクションは素晴らしい響き。今日は四方恭子、矢部達哉のダブルコンマスでほぼベストの布陣。この布陣では、素晴らしくて、当たり前でしょう。10分足らずの短い曲ですが、ホール全体がチェコ色に染まるような美しい演奏にすっかり堪能しました。

次はマルティヌーのオーボエ協奏曲。この曲はモーツァルト、R・シュトラウスと合わせて、3大オーボエ協奏曲と言われている名曲だそうです。もっとも、誰が3大オーボエ協奏曲を決めたのは知りません(笑い)。ともあれ、3大オーボエ協奏曲自体がニッチだし、その上、マルティヌーとくれば、これはなかなか聴く機会がありません。これももちろん、初聴きです。これはちゃんとCDできちんと予習しました。マルティヌーらしいモダンな音響の明るい曲です。もっともモダンと言っても、作曲されたのが1955年ですから、この時期、調性もあり、構成も古典的な、この曲は、時代の先をいくモダンとは言えないかもしれません。ただ、現代的な視点で考え直せば、調性があろうがなかろうが、その作曲家の個性を反映し、かつ、訴求性のある音楽ならば、聴くに値する芸術と思います。そういう意味では、今後、もっと演奏機会が増えていく曲の一つになりうると思います。それはマルティヌーの音楽全体にも言える話です。ただ、大きな問題は若いうちにチェコを出たまま、歴史の大波(ナチス、冷戦体制)に呑み込まれ、死ぬまでチェコに帰国することはままならず、そのため、チェコという音楽基盤が希薄になったということがあります。このオーボエ協奏曲もボヘミア的な雰囲気は感じません。インターナショナルな音楽、悪く言えば、国籍不明にも感じてしまいます。saraiの聴き込みも不足していますから、もっとマルティヌーを聴き込んでいけば、印象も変わっていくかもしれません。何だかんだと言いながら、大変、興味を持っている作曲家の一人なんです。
今日のオーボエは都響の首席の広田智之。このところ、都響の木管は好調なので、彼の演奏も期待できます。実際、綺麗な響きのオーボエに満足でしたし、やはり、フルシャのサポートは素晴らしいものでした。楽章を追って、音楽のノリもよくなっていきました。第3楽章はノーカット版の演奏だったので、CDで聴くことのできなかった2番目のカデンツァも聴けて、満足。この曲もsaraiがまだまだ消化不足でしたが、珍しい曲が聴けて満足といったところ。

休憩後、スークの交響曲第2番《アスラエル》です。ヨゼフ・スークは同名の孫のヴァイオリニストのほうが身近な存在です。この祖父のほうのスークはこれまで、ヴァイオリンの小曲くらいしか聴いた覚えがありません。しかし、彼はドヴォルザークの直系の弟子で、彼の妻もドヴォルザークの愛娘なんだそうです。チェコの正統的な音楽の中心にいた人なんですね。ちなみにマルティヌーはプラハ音楽院でスークから教育を受けたそうです。
この交響曲第2番《アスラエル》は5楽章構成で全体は2部に分かれ、第1部は師ドヴォルザークの死を追悼するもの、第2部は愛妻の死を追悼するものです。愛妻オティーリエは前述した通り、ドヴォルザークの娘ですが、父ドヴォルザークの死の翌年、若干27歳の若さで父の後を追うように亡くなったそうです。師と愛妻を次々と失ったスークの胸中はいかばかりだったでしょう。
今日の演奏はフルシャの暗譜での気魄のこもったもの。第1部は師の追悼にふさわしく、実にダイナミックな迫力満点の演奏。ただ、日本人的感覚では、追悼という厳かな雰囲気が乏しいのが不思議です。国民性の違いでしょうか。ドヴォルザークで連想するボヘミア的な要素も多くはありません。第2部は愛妻の死を悼むということで、第1部よりは胸に迫るものがあります。第4楽章は静謐な音楽の中で、優しい愛情が感じられる美しさにあふれています。四方恭子のヴァイオリンソロも華を添えます。亡き妻の思い出という風情が感じられます。第5楽章に至り、激情が噴出します。妻の死とそれに対する嘆き、怒り、もろもろの感情でしょうか。フルシャも激しい指揮、受けて立つ都響も渾身の演奏。しかし、その激しさよりもラストの静けさがより印象的でした。繊細なフィナーレがこの曲の最大の聴きどころに思えました。

チェコ音楽への共感・理解が不足しているsaraiですが、フルシャの演奏するチェコ音楽には、とても惹かれます。チェコ音楽の真髄に迫っていくようなフルシャには、今後とも期待しましょう。来シーズンもマルティヌーの交響曲第4番とカンタータ《花束》が予定されています。楽しみです。既にマルティヌーの交響曲第6番は素晴らしい演奏で聴いているので、残りは4曲です。フルシャがマルティヌーの交響曲を全曲、演奏してくれることを願うばかりです。


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変容と賛美:ヒラリー・ハーン:シベリウス_ヴァイオリン協奏曲&ネルソンス@東京オペラシティ 2013.11.18

昨日まで、世界最高のオーケストラ、ウィーン・フィルでベートーヴェンの交響曲チクルスを聴いていて、今日は世界最高のヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーン(saraiはそう確信しています。)を聴くなんて、これは望外の喜び以外の何物でもありません。彼女のヴァイオリンって言ったら、もう、その音色・響きを聴いているだけでも、うっとり、満足です。ましてや、名曲、シベリウスのヴァイオリン協奏曲です。その素晴らしいヴァイオリンの響きでたっぷりと美しい音楽を紡いでいきます。かぶりつきで聴いていると、その繊細さから、ダイナミックな響きまで、細かく聴き取れることができ、その素晴らしさに圧倒され、息もできないほどです。何と魅惑的な響きなんでしょう。それにこのヴァイオリンのよく響くこと、クレモナのヴァイオリンでないとは驚きです。シベリウスのヴァイオリン協奏曲がこんなにヴァイオリンのソロが多いのは初めて気が付きました。それはもう、ヒラリーのヴァイオリンを十分に堪能することができます。ヴァイオリンが休みの部分でも、いつものように彼女はオーケストラが演奏しているのを見ながら、聴きながら、それに合わせて、体をゆすって、その音楽エネルギーを体内に蓄積し、そのエネルギーをまた、爆発的に発散します。したがって、ヴァイオリンを弾いていようが、いまいが、この曲の間は、ヒラリーがすべてを支配していました。実に甘美な世界でした。考えてみれば、今年は2回目の来日。前回5月のリサイタルで十分に聴かせてもらったばかりでしたが、この半年は待ち遠しかった思いです。そのリサイタルのときの様子はここここに書きました。素晴らしいシャコンヌでした。

ヒラリー・ハーンの弾くシベリウスのヴァイオリン協奏曲を聴くのは、これで2度目。ちょうど、5年前に聴きました。そのときとは、ずい分、演奏スタイルが変わりました。ヒラリー・ハーンはその5年前の頃にCDを出していますから、現在との違いが明確です。5年前の実演はCDの演奏と同じスタイルでさらに精度を上げた演奏でした。
今回彼女のヴァイオリンを聴いて、最近の彼女の変化が顕著なことに驚かされます。これまでは、天才少女時代から、アイスドールとも評されることの多い時代を通じて、クールでモダン、そして、パーフェクトな演奏を貫いてきました。それが彼女の独自性でもあり、これまでのどのヴァイオリニストとも異なる個性で、それをsaraiは愛してきました。その個性が顕著に頂点を迎えたのは、今、顧みると、5年前のシベリウスのヴァイオリン協奏曲を弾いたときでした。北欧の自然を感じさせられるこの名曲を彼女は実に怜悧に演奏しました。人によっては血の通っていない音楽と感じたかもしれませんが、心の奥底で燃える情熱が外面的にストレートに出ていなかっただけで、冷たい火が燃え上がるような素晴らしい演奏でした。そして、何と言っても、その演奏のパーフェクトさは驚異的でもありました。
今日のシベリウスは、第1楽章から、人間の温かみが感じられ、熱情があふれ出るような演奏です。新しい顔のヒラリーも、やはり、saraiの愛するヒラリーです。第2楽章も静謐さよりもふつふつとたぎる情熱が感じられます。そして、第3楽章にはいると、熱情を超えて、自由奔放な演奏が展開されます。その音楽だけでなく、体全体を使ったアクションの奔放さにも驚きます。ちょっと、やり過ぎの感もありますが、とても高揚させられる素晴らしい音楽に感動を禁じえませんでした。こういったクールさをかなぐりすてた演奏スタイルでは、今まで感じてきた演奏のパーフェクトさというのも、もう、その任を解かれたような感じに思えます。これまで通り、素晴らしいテクニックですが、パーフェクト志向の演奏ではなくなった、血の通った人間の演奏に聴こえます。ただし、これらは熟成してきたヒラリーが新たに獲得した多面性とも考えらます。これまでの演奏スタイルと新たな演奏スタイルを、曲やシテュエーションで使い分けていくという新たなステージにはいったとも考えられます。実際、アンコールのバッハの無伴奏では、バッハらしい静謐な演奏。もっとも、熱情も見え隠れしてはいましたので、単に従来の演奏スタイルの継承ということでもなさそうですが、これはヒラリーらしいパーフェクトな演奏。ところで、ヒラリーのコンサートやリサイタルでは、バッハの無伴奏のアンコールがプレゼントされるのが大きな楽しみです。今夜もシベリウスの大曲1曲を聴いたのと同じくらいの満足感がバッハのサラバンドから得られました。

指揮のネルソンスですが、彼は一昨年にウィーンの楽友協会で聴いて以来です。そのときはマーラーの交響曲第1番《巨人》を熱く演奏しました。その時の記事はここ。彼の肥満ぶりもそこそこおさまっているようです。まあ、あんなにオーバーアクションの指揮で大汗をかいていますから、そんなにぶくぶくとはならないでしょうね。彼のやりたい放題のとても熱過ぎる指揮も健在です。最初のワーグナーのローエングリンの前奏曲は繊細さと雄々しさがないまぜになった力演でした。この人のワーグナーはよさそうです。本質を突いた演奏でした。久々のワーグナーを聴き、魂が震える思いでした。また、長大なワーグナーの楽劇に耽溺したい思いにも駆られる見事な演奏でした。シベリウスの協奏曲もやはり熱い演奏。今日のヒラリーの情熱的で奔放な演奏に合っています。両者、共感しあっている演奏でなかなかのものでした。これがサロネンの指揮だったら、ヒラリーの演奏も違ったものになったかもしれません。協奏曲の面白さは、そういう演奏者の組み合わせの妙というのもありますね。
休憩後は名曲アワー。ドヴォルザークの超有名曲《新世界より》です。もちろん、これもネルソンスの熱い魂のやりたい放題。時として、低弦の響きにボヘミアを感じるところもありますが、印象に残ったのはド迫力の超熱い演奏、理屈なしに楽しませてもらいました。
初めて聴くバーミンガム市交響楽団はいかにもブリティッシュ・サウンドという感じで手堅い演奏。一人一人の力量以上にアンサンブル力の確かさに感銘を受けました。
アンコールの際はネルソンスが客席のほうに振り返って、長々と英語でスピーチ。来てくれて、ありがとうとか、クラシック音楽を愛する人たちと一緒の時間が過ごせて嬉しいとか、日本語が話せなくて、ごめんなさいとか、分かりやすい発音でのスピーチでしたが、肝心のアンコール曲がメランコリック・・・としか分からなかったので、きっと知らない作曲家だろうと思ったら、後でエミール・ダージンズという人の作品だと分かりました。美しい曲でした。エミール・ダージンズというのは、ネルソンスと同郷のラトヴィアの作曲家。チャイコフスキーとか、今日も演奏されたシベリウスの影響を受けた人だそうです。道理でどことなく、シベリウスの《悲しきワルツ》に似た雰囲気の曲でした。

今日のプログラムは以下です。

  ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
  指揮:アンドリス・ネルソンス
  管弦楽:バーミングガム市交響楽団

  ワーグナー:歌劇「ローエングリン」~第1幕への前奏曲
  シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Op.47
   《アンコール》バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番から「サラバンド」

  《休憩》

  ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調 Op.95「新世界より」
   《アンコール》エミール・ダージンズ:憂鬱なワルツ

今日はヒラリー・ハーンに夢中になる日でした。しかし、世界最高のヴァイオリニストと世界最高のオーケストラがニアミスしたのだから、できれば、夢の共演でヒラリー・ハーンのヴァイオリン、ティーレマン指揮ウィーン・フィルでベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲がやれなかったのがとても残念。今年、5月には、ヒラリー・ハーンとウィーン・フィルがウィーンで共演(何故か、それもシベリウス)したのだから、是非、やってほしかったですね。そうすれば、ベートーヴェンの交響曲と協奏曲(ピアノ、ヴァイオリン)全曲になったのにね。ついでにチェロを見つければ、トリプル・コンチェルトというのもあったのに・・・。果てしなく、贅沢発言が続くsaraiでした。


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       ヒラリー・ハーン,  

感動の第9番、ティーレマン+ウィーン・フィル:ベートーヴェン・チクルス④@サントリーホール 2013.11.17

ベートーヴェン交響曲チクルス4日目です。期待を上回る空前絶後のチクルスが完了し、満足と感謝の気持ちで一杯です。

第9番、やはり、素晴らしかった。第3楽章のしみじみとした風情に心がピュアーになり、第4楽章は何度も感動の大波に襲われました。それでも、まだ、ティーレマンは余力を残していると感じました。大変なポテンシャルを持った天才指揮者です。彼はまだ、さらなる高みに上っていくことが予感されます。しかし、saraiはこれでベートーヴェンは完了してもいいと満足の境地です。万全の予習をして、その努力に対して、素晴らしい贈り物をいただいたという感覚です。音楽・演奏に完璧など、ありようもないのですが、今回のチクルスはあえて、完璧と評価してもいいと思っています。奇数番号の交響曲はすべて、感動がありました。偶数番号(第1番も含めて)の交響曲はすべて感銘を受けました。つまり、4日間とも、すべて、感動と感銘の毎日だったということです。これは完璧と言ってもいいのではないでしょうか。些細な技術的ミスはまったく気にしない性質なので、ティーレマンとウィーン・フィル(殊更、コンサートマスターのライナー・キュッヒル)が何を表現しようとして、どう達成したか、その芸術性、精神性のみを受けとめたいと思います。もう、これ以上のものは今後聴くことはないでしょうし、その必要もないほどの満足感です。
その上で、今回のチクルスの最高の演奏と感じたのは、自分でも驚くことに、チクルス2日目の交響曲第5番ハ短調《運命》です。50年目の邂逅と銘打ちましたが、初めて、クラシック音楽をちゃんと聴いたのが50年前に聴いた《運命》。その環が閉じたような思いに駆られています。この演奏だけは、決して、今後とも、ティーレマンが超えることはないでしょう。奇跡のような音楽でした。熟成して、どうにかなるような類の音楽ではありませんでした。

さて、今日のコンサートに話を戻しましょう。

今日のプログラムは以下です。

指揮:クリスティアン・ティーレマン
管弦楽:ウィーン・フィル

ベートーヴェン交響曲チクルス第4日

第8番ヘ長調Op.93

《休憩》

第9番ニ短調Op.125《合唱付》

今日の演奏について、軽くおさらいしておきます。

まず、第8番です。

この第8番は、ある意味、今回のチクルスで一番、感銘が小さかったというのが正直なところです。素晴らしい演奏でしたが、このチクルスでは、ほかの曲はもっと素晴らしかったという感じ。もっと、素晴らしい演奏ができたのではという感じが残りました。どこにも不満はないのですが、もっと、強烈なインパクトが欲しかったという贅沢な感想です。もちろん、第4楽章などはぞくぞくするほどのワクワク感はありました。ウィーン・フィルの美しい響きが聴けただけでよしとしないといけませんが、ティーレマンの強力な押しが欲しかった・・・

次は、第9番です。

第1楽章、堂々とした音楽。けれども、ここでは感動にまでは至れません。

第2楽章、重厚なスケルツォ。ここでも感動にまでは至れません。

第3楽章、何という深く、しみじみとした音楽でしょう。こういう響きはウィーン・フィルの独壇場です。心に響いてきて、様々な思いに駆られます。その思いに対して、この音楽が優しく、すべてを包み込んで、それでよかったんだよと語りかけてくれます。心の平安です。そして、希望、生きる力を与えてくれます。ベートーヴェンは天才ですが、それでいてヒューマンさを併せ持っています。この楽章は人間が創造した最高のものです。

第4楽章、ともかく、ウィーン楽友協会合唱団が素晴らしい。この第9番を初演した団体はその伝統を引き継いでいるのでしょう。大変な実力を持っています。ウィーン・フィルの後ろに立っているのに、オーケストラの音響を突き抜けて、素晴らしいコーラスが響いてきます。管弦楽のフガートの後、歓喜の主題が高らかに歌われると、感動の大波に襲われました。2度目の感動の大波はソプラノ合唱に導かれた2重フーガの合唱です。清らかにして、力強い、その合唱は何という高みに連れていってくれるのでしょう。最後の大波はもちろん、フィナーレ。最後の4重唱が終わった後の管弦楽と合唱の上り詰めていく力の凄まじさ。もう、たまりません。

これでチクルス完了。最後にえりちゃさんに謝辞。こんな素晴らしいチクルスのチケットをシベリア上空にいたsaraiに代わって、予約してくれたこと、感謝しても、しきれません。その価値はえりちゃさん、ご自身が一番、お分かりでしょう。何といっても、4日間、隣り合った席で感動を分かち合ったのですからね。

最後の最後ですが、今日の2曲の予習について、リンクを張っておきます。何かのご参考になればと思います。なお、第9番については、最後の予習で、フルトヴェングラーの戦後のCDを2枚追加して聴きました。その感想も付け加えました。最晩年(1954年)のバイロイト音楽祭は音は最低ですが、演奏は最高でした。

交響曲第8番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第9番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここに書きました。



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この記事へのコメント

1, michelangeloさん 2013/11/18 00:37
sarai様

感動のレポート、心待ちにしていました。海外でもティーレマン氏の実演に沢山触れられるsarai様のベートーヴェン・ツィクルス、最後の最後まで目が離せず楽しみにしていました。

私はミューザ川崎にて1日早く聴いて参りましたが、第8番にしても第9番にしても非常に似通った印象を持っております。ホールも日時も、違うことを承知の上で。今回とても興味深かったのは、ティーレマン氏のアイデンティティーが色濃く滲み出る日と、ウィーン・フィルが強く姿を現す日があったこと。

熱気に包まれた開場ですれ違うことが出来ませんでしたが、同じ日・同じ時に交響曲第5番ハ短調《運命》の奇跡に遭遇できたこと、人生最大のギフトだと思っています。大変貴重なベートーヴェン・ツィクルス体験談を語って下さり、感謝致しております。ありがとう御座います。

2, saraiさん 2013/11/18 02:02
michelangeloさん、こんばんは。

まだ、音楽を聴き始めて、そんなに日が経たないのに、非常な慧眼には頭が下がります。おっしゃる通り、ティーレマンはウィーン・フィルの自律性に委ねるときと、ティーレマン節を奏でる場合が極端ではありましたね。それだけ、ティーレマンがそれぞれの音楽を鋭敏に描き分けようとしていたのでしょう。全般に奇数番号は彼の強い意志が働いていたように感じました。ある意味、フルトヴェングラー的でしょうか。
そうですか。第5番に共鳴したのですね。今、思っても、あの第5番は身震いします。ブログ読了、ありがとうございました。

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       ティーレマン,  

驚愕のフィナーレ、ティーレマン+ウィーン・フィル:ベートーヴェン・チクルス③@サントリーホール 2013.11.15

ベートーヴェン交響曲チクルス3日目です。

まったく、ティーレマンには驚かされます。今日のコンサートは第6番、第7番と素晴らしい演奏が続きましたが、どちらかと言えば、ウィーン・フィルの美しい響きを活かした自然とも思える演奏で、やりたい放題のティーレマン節は炸裂しません。こういう演奏でも、ティーレマンの作り出す音楽は素晴らしいので、ティーレマンもいくつもの引き出しを持った、多様性を持った音楽家であることが分かります。今日はこのまま、典雅な演奏で終わるのかと思っていたら、最後の第7番の終楽章から様相が変わってきて、明らかに、ティーレマンの気魄がだんだん高まっていくのが分かります。そして、最後のフィナーレで大爆発。もう、何がどうなったのかは判然としませんが、ティーレマンが体を大きく使って、物凄い身振りをすると共に、ウィーン・フィルの演奏のテンションが一気にあがり、爆演。慄然とするような驚愕のフィナーレです。こんな無茶苦茶とも思えるフィナーレで感動させるのは、今まで、フルトヴェングラーの専売特許だと思っていました。実際、そんな人は誰もいませんでした。

いやはや、これまでの2日間と合わせて、大変なチクルスになってきました。こうなると、最後の第9番はどうなるでしょう。

今日のプログラムは以下です。

指揮:クリスティアン・ティーレマン
管弦楽:ウィーン・フィル

ベートーヴェン交響曲チクルス第3日

第6番ヘ長調Op.68《田園》

《休憩》

第7番イ長調Op.92

今日ももう、これ以上書く必要はないかもしれませんが、一応、今日の演奏について、軽く触れておきます。

まず、第6番《田園》です。

第1楽章、実に柔らかな響き。この第6番は1936年のワルター指揮の演奏を思い起こさせるような、これぞ、《田園》という演奏。もちろん、演奏スタイルは全然異なりますが、ウィーン・フィルの柔らかな響きがあまり変わっていなくて、その響きが《田園》にぴったりなんです。やはり、この《田園》はウィーン・フィルの演奏が独壇場です。ティーレマンもあまり、余計な手を加えないで自然な演奏に徹しています。聴衆としては、ただ、うっとりと耳を傾けるだけです。この曲だけはティーレマンの指揮よりもウィーン・フィルの伝統的で典雅な響きがすべてです。もちろん、一瞬一瞬のタメの利いた演奏の素晴らしさはティーレマンの指揮ならばこそではありますけどね。

第2楽章、ますます、弦の響きが典雅さを増していきます。それに木管のソロの素晴らしいこと! 一部、木管の特定パートに問題はありましたが、そんな些細なことはまったく気にならない素晴らしい演奏です。フルーリーのフルートの美しい響き、クラリネットの抑えた深い響き、まるで、木管と弦楽のためのコンチェルトを聴いているような思いになります。

第3楽章、田舎の賑わい、楽しさも加わって、祝典性さえ感じます。ウィーン・フィルの名人技を聴き入るのみです。

第4楽章、激しい嵐が吹き荒れる大迫力の演奏ですが、響きの柔らかさは失われません。それにしてもティーレマンのパワフルなあおりで凄まじい音楽です。

第5楽章、ミレーの農民画を思わずイメージしてしまう静謐で祈りの音楽です。もっとも、この曲はウィーンの街はずれ、ウィーンの森近くのハイリゲンシュタットで作曲されたので、ああいうフランスの平原とは異なりますが、これがベートーヴェンの内面に投影された心象風景なんでしょう。ティーレマンはあくまでも自然なスタイルで、この曲のしみじみとしたところを表現し、時に気持ちの高揚感を表現していました。

この第6番《田園》はティーレマンがうまく、ウィーン・フィルの美しい響きを活かしつつ、必要最小限、ダイナミックさを付け加えた素晴らしい名演奏でした。

次は、第7番です。

第1楽章、素晴らしいアインザッツの和音がピタッと決まり、序奏が開始。何て、美しい序奏でしょう。テンポも見事。アンサンブルも一糸乱れずです。そして、輝かしい主題がトゥッティで高らかに奏でられ、主部が始まります。その導入部分のフルーリーのフルートソロも見事です。この楽章、ティーレマンはそんなにルバートはせずに、雄渾とも思える演奏。その演奏に釘付けになるような魅力的な音楽でした。

第2楽章、いやはや、素晴らしいアレグレット。何も言うことはありません。ティーレマンも無駄な動きなし。芯の通った美しさを堪能するのみです。

第3楽章、力強い演奏。ここでも音楽は自然に流れていきます。古典的なスタイルの演奏もいいものです。

第4楽章、怒涛の音楽。ティーレマンはここぞというところでアッチェレランド。それで熱くヒートしていきます。そして、前述した通り、圧巻のフィナーレ。

この第7番を聴いて、ティーレマンがいかに凄い指揮者であるかを再認識しました。硬軟織り交ぜての多様な音楽を聴かせてくれます。彼はどこまで底力があるのか、計り知れないポテンシャルを持っているようですね。

最後に今日の2曲の予習について、リンクを張っておきます。何かのご参考になればと思います。

交響曲第6番《田園》については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第7番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここ、5回目をここ、6回目をここ



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       ティーレマン,  

50年目の邂逅、ティーレマン+ウィーン・フィル:ベートーヴェン・チクルス②@サントリーホール 2013.11.10

ベートーヴェン交響曲チクルス2日目になる今日のコンサートは素晴らしかった1日目を上回る驚異的な演奏でした。大変な感動の気持ちに包まれました。最初の第4番も素晴らしかったのですが、後半の第5番《運命》はオーケストラ演奏の極致とも思える演奏でした。

第5番《運命》はsaraiの音楽生活の原点とも言えるものです。《邂逅》という言葉は必ずしも正確な言葉の使い方ではないことを承知の上で、あえて、自分の気持ちを表現するために使いました。saraiが中学生になって、初めて本格的なクラシック音楽に接したのが、この第5番《運命》でした。そして、今年でちょうど50年、この原点とも言える第5番《運命》の想像を絶する超名演を実演で聴くことができた思いを《邂逅》という言葉に託しました。
今日のコンサートを聴くために50年に渡る長い音楽の旅を続けてきたのだという、感慨に襲われています。50年前にこの第5番《運命》を聴いて以来、実に様々な音楽に接してきました。オペラにものめり込みましたし、素晴らしい音楽を求めて、ヨーロッパ遠征にも出かけるようになりました。幾度も感動の体験もしてきました。しかし、今日ほどの目くるめく感動があったでしょうか。ティーレマンとウィーン・フィルは爆発力のある第5番《運命》を聴かせてくれました。第3楽章からのアタッカを経て第4楽章の輝かしい主題が鳴り響くと、大きな感動の波が押し寄せてきました。ティーレマンの音楽にsaraiが同調した瞬間です。感動の振幅は自分の許容度を超えて、針が振り切れてしまい、後は頭が真っ白。冷静に音楽を鑑賞できなかったのは残念ですが、それほど、空前絶後の音楽だったと言えます。

まだ、チクルス2日目でやっと半分が終わったところですが、早くもこのチクルスにかけるsaraiの思いが果たされました。このチクルスへの期待はここに書きました。そこから、引用しますが、次のような思いだったんです。

saraiの音楽人生(そんな人生ってあるのっていう突っ込みはなし!)において、ひとつのエポックになると思います。何せ、ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲と言えば、当代を代表するものです。大げさに言えば、もう、フルトヴェングラーが60年近く前に亡くなって以来、最高のベートーヴェンが聴けるかもしれない。それも全交響曲を東京で聴けます。今後、saraiが生きているうちの最後のチャンスになるかもしれません。

以上の大げさとも言える期待が実現してしまいました。例え、残りのコンサートが凡演に終わろうととも(まあ、ありえないでしょうが)、今日の第5番《運命》が聴けただけで、音楽を愛する一聴衆として、音楽人生の頂点を極めた思いです。それにこれまでの全5曲は最高の演奏でもありました。第7番、そして、第9番はどういう演奏になるでしょう。やはり、さらなる期待も膨らんでいきます。

今日のプログラムは以下です。

指揮:クリスティアン・ティーレマン
管弦楽:ウィーン・フィル

ベートーヴェン交響曲チクルス第2日

第4番変ロ長調Op.60

《休憩》

第5番ハ短調Op.67《運命》

今日はもう、これ以上書く必要はありませんが、一応、今日の演奏について、軽く触れておきます。

まず、第4番です。
第1楽章、精妙な序奏に続き、エネルギーに満ちた主部。弦のうねるような響きが基盤になっています。自在なルバートはティーレマンのやりたい放題の印象ですが、それが決まっているんです。それにしても、ここまでウィーン・フィルを絶妙にコントロールするのも凄いし、また、ティーレマンの自由な棒さばきに合わせるウィーン・フィルの合奏力も凄いと感じます。これはオペラ指揮者としてのティーレマンとオペラのピットで修羅場をくぐり抜けてきたウィーン・フィルの職人技の合体したものだと一人合点します。演奏風景を見ていて、こんなに面白いことは、かってなかったことです。
第2楽章、ともかく、木管、特にクラリネット独奏の美しさには聴き惚れてしまいました。そして、それに合わせる室内楽的な弦の合奏はまるでクラリネット5重奏曲を聴く思いです。変な思いが頭をよぎります。ベートーヴェンがクラリネット5重奏曲を書いてくれれば、どんなに素晴らしかっただろうということです。それほど透明な美しさがありました。この音楽を聴かせてくれたティーレマンには頭が下がります。
第3楽章、地響きのするような底固い響きが強烈に鳴り響き、パワフルな演奏に圧倒される思いでした。
第4楽章、これは冒頭から、ウィーン・フィルの素晴らしい合奏力に括目する思い。テンポはそんなに揺らさずに自然な流れで、活き活きとした演奏が次第に白熱していきます。この第4番で一番の聴きものでした。素晴らしい演奏に爽快感を感じました。
この第4番はティーレマンのCDでは実に不満を覚えた演奏でしたが、実演では素晴らしい納得の演奏でした。

次は、感動の第5番《運命》です。
第1楽章、冒頭の運命の動機、ダダダダーンの素晴らしい響きが心に突き刺さります。緩急のルバート、そのルバートの過程でタメができ、トゥッティで熱いエネルギーが噴出されます。この繰り返しに心が躍ります。コーダが終わり、ふーっと息をもらしてしまうほどの力演です。
第2楽章、前半は普通の出来かなと思って聴いていましたが、後半での凄い盛り上がりに陶然とした思いでした。
第3楽章、爽快な演奏にだんだんと引き込まれて、凄い集中した状態でアタッカに。アタッカの静かではありますが、緊張を孕んだ雰囲気に呑み込まれていきます。
第4楽章、それまでの緊張感が勝利のファンファーレで一気に開放されて、もう、息もできないほどの感動の渦に巻き込まれます。後はもうティーレマンにインスパイアされるだけです。息も絶え絶えになりながら、頭は真っ白。いつの間にか圧倒的なコーダ。ティーレマンとウィーン・フィルの凄まじい気力の演奏に茫然自失状態になりました。

大阪の同一プログラムのコンサートでは、この後、エグモント序曲がアンコールとして演奏されたそうですが、もちろん、今日はそんなものはまったく不要でした。

最後に今日の2曲の予習について、リンクを張っておきます。何かのご参考になればと思います。

交響曲第4番についてはここ
交響曲第5番《運命》については1回目はここ、2回目はここ、3回目はここ



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鮮鋭にして濃密、マーラー交響曲第7番:インバル&東京都交響楽団@東京芸術劇場 2013.11.9

先週のショッキングな第6番に続いて、今日は第7番です。

今日の交響曲第7番は第5番、第6番と同様に声楽なしの器楽だけの絶対音楽です。第2番から第4番までの声楽付きの交響曲と一線を画しています。しかし、第5番、第6番とも大いに趣を異にしています。それは第7番はマーラーの内面の独白、叫びが感じ取れないことです。悪く言えば、意味が分かりづらい音楽とも言え、そのせいか、人気も今一つで、演奏機会も少ないようです。こういうチクルスでもないと、なかなか耳にする機会もありません。しかし、良く言えば、妙な思い入れなしに冷静にマーラーの作りだした音楽芸術を鑑賞できるとも思えます。実際、今日の演奏はその通りでした。先週の第6番に比べると、心理的に余裕を持って、聴いていることができました。
聴いていて、強く感じたのは2点です。

一つ目は、鮮鋭さです。インバルの表現する第7番は実に鮮鋭な響きです。具現化するのは、ますますレベルアップしてきた都響の管弦楽。またまた、コンサートミストレスの四方恭子以下ずらっと並んだ女性陣の第1ヴァイオリンを始めとした充実した弦楽セクション、そして、管楽セクションも実に好調です。この鮮鋭さは後に続くバルトークを予感します。夜の濃密な空気感もバルトークの夜の作品を連想します。また、この第7番は5楽章構成で、第3楽章を中心に綺麗な対称型のアーチ構成になっており、バルトークの同様な構成の作品群を思い起こします。マーラーは第5番でも同様な5楽章構成を採用していますが、この第7番ほど、対称型にはなっていません。ちょっと話がずれてきましたが、要するに今日の演奏を聴いて、この作品は他の作品以上に後の時代の音楽に大きな影響を与えたのではないかという思いです。先端的な作品であったろうと感じました。

2つ目は、濃密なロマンチシズムを感じたことです。第2楽章、第4楽章は《Nachtmusik:夜の音楽》と名付けられていますが、これは夏の夜でしょう。夜の濃密な空気、それもねっとりした空気が感じられます。まさに後期ロマン派の最後を飾るような音楽です。調性音楽のぎりぎりなところに感じます。これは新ヴィーン楽派のアルバン・ベルクに引き継がれるものです。コンサート後、インバルはマーラーの音楽について、シェーベルクとベルクに言及して、彼らがマーラーの音楽を聖なるものと評していたと紹介していました。saraiの感想と直接の関連はありませんが、もしかして、インバルはこの第7番を新ヴィーン楽派を念頭に置いて、演奏したのかしらね。まあ、考え過ぎかもしれませんが、調性のあるなしは別にして、これこそ、ウィーンの濃密な音楽の系列をなす作品であることは間違いないでしょう。そう感じさせるような今日の演奏でした。

番外としては、いつもとりあげられる、この第7番の構成上の問題があります。第5楽章がそれまでの第4楽章までの夜の雰囲気と打って変わって、祝典的な音楽になるのは、マーラーの失敗ではないかという主張です。saraiとしては、第1楽章の終盤だって、十分、祝典的だとは思いますが、確かに、意識して聴くと、この第7番は第4楽章で静かに終わっても、感銘のある作品であるようにも思います。しみじみとした第4楽章に続いて、楽天的とも思える第5楽章は浮いて聴こえなくもないですからね。まあ、第5楽章は番外のエピソード編のようにして聴くものかしらと頭を捻ってはいます。そして、今日の演奏がどうなるか、興味津々として聴いていました。しかし、インバルはさすがに老練です。そんな素人の思いを嘲笑うか如く、何と、第3楽章後、舞台裏に引っこんで、長々と所用を済ませてきました。その後、第4楽章が終わり、余韻もなしに、続けざまに第5楽章を演奏するという挙に出ました。これでは、全体が2部構成で、しかも第4楽章は第5楽章の序章のような扱いです。素人が頭を捻る暇もありませんでした。後で聞くと、前日のみなとみらいホールの演奏では、同様に第3楽章後にいったん、インバルは舞台裏に消えたそうですが、すぐに出てきたようです。今日は、さらにこの構成を明確化したのでしょう。思い出すと、以前もインバルはこのチクルスで同じ手法をとって、長大なマーラーの交響曲を2部構成にしていましたが、それは声楽陣の入場の関係もあると思っていました。インバルはかなり、強い意味を込めて、途中休憩を入れるようです。第7番のこの2部構成の意味はsaraiにとって、謎です。どなたか、ご教授いただけると幸いです。saraiはこの第7番はほとんどCDでしか、この曲に接していないので、実演でどう演奏されるかはCDからは分かりません。

全体的には、とても音響的に楽しめた演奏でした。都響はそういう高いレベルの演奏をしてくれました。テノールホルン、ホルンを始めとする金管の見事な演奏にも感嘆しました。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:エリアフ・インバル
  管弦楽:東京都交響楽団

  マーラー:交響曲第7番ホ短調《夜の歌》

マーラー・チクルスも残すところ、あと2曲。第9番が楽しみですが、もうすぐ終わるという寂しさもあります。インバルも今期でプリンシパル・コンダクターの契約も切れるので、とても残念です。ブルックナーもショスタコーヴィチも中途半端です。ただ、来期はクック版のマーラーの交響曲第10番を指揮してくれるということなので、以前のベルティーニのマーラー・チクルスの第9番での悲しい思いは味わわなくてもいいかもしれません。

ところで、今日はコンサート後にインバルの指揮者デビュー50周年のパーティーに参加してみました。定期会員70人が抽選で参加できるものです。有料の2000円でしたけどね。憧れの女性第1ヴァイオリン奏者の方たちとお話させてもらいました。かなり、突っ込んだお話も聴けましたが、やはり、プライベートな会話は秘密ということですよね。みなさん、初対面のsaraiに率直な会話、ありがとうございました。


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いきなり感動の名演、ティーレマン+ウィーン・フィル:ベートーヴェン・チクルス①@サントリーホール 2013.11.8

待ちに待ったティーレマンとウィーン・フィルによるベートーヴェン交響曲チクルスが始まりました。大変な期待をしていましたが、それはそれ、聴いてみるまでは不安感もあります。十分に予習をして、ティーレマンのベートーヴェンがどういうものかは十分把握していたつもりですが、CDの記録と生演奏は別物ですからね。もちろん、CDはライブ録音なので、生演奏に近い筈ですが、ホールも異なります。

で、どうだったか・・・素晴らしい演奏でした。

まず、交響曲第1番を聴いて、これは最高だと思い、このチクルスの白眉だろうと思いました。

次に第2番、序奏の最初の和音を聴いた瞬間、これは素晴らしい演奏になることを確信。実際、最高の第2番でした。脳裏をよぎったのは、こんな素晴らしい音楽をフルトヴェングラーが何故、そんなに演奏を避けたのかということです。ほとんど、録音が残っていません。ともあれ、こんな素晴らしいベートーヴェンが聴けるなんて、このチクルスはこれで終わっても満足だと思ったほどの感銘を受けました。ところが、ティーレマンの真価はこんなものではありませんでした。

第3番《エロイカ》はありえないような奇跡が起こったとしか思えません。生涯最高のベートーヴェンです。実はこの《生涯最高のベートーヴェン》というのは一度使ったフレーズです。それはやはり、同じウィーン・フィルの《エロイカ》でした。巨匠プレートルの来日公演でした。一生、この《エロイカ》を超える《エロイカ》は聴けないだろうと思っていました。今夜、それが覆されたんです。まあ、冒頭のトゥッティの和音から、フィナーレまで、まったく、息の抜けない演奏。CDで聴いた演奏を大きく上回る演奏に度肝を抜かれました。最高に感動したのは、第2楽章の後半、対位法的に第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンと受け継がれる部分から、頂点に上り詰めていくところです。余りの感動に涙が滲みます。こんな素晴らしい第2楽章は聴いたことありません。第4楽章も高弦の美しさ、音楽に内在するチカラの凄まじさに茫然とするだけでした。第1楽章、雄渾という言葉そのものの力強く、それでいて、美しい演奏。第3楽章は軽く流すのかと思っていたら、剛球を投げ込んできたかのような凄まじい演奏。本当はもっと書くべきことは体にぎっしり詰まっていますが、とりあえずはこんなところで、お許しください。感動を吐き出さずに心の奥底にしまっておきたいんです。

今日のプログラムは以下です。

指揮:クリスティアン・ティーレマン
管弦楽:ウィーン・フィル

ベートーヴェン交響曲チクルス第1日

第1番ハ長調Op.21
第2番ニ長調Op.36

《休憩》

第3番変ホ長調Op.55《エロイカ》

これで第1日は感動のうちに終えましたが、まだ、あと、3日も残っているのは心豊かです。今日の《エロイカ》はsaraiにとって、歴史的な名演とも言えます。CDで聴けるフルトヴェングラーのウラニア盤と合わせて、生涯の宝です。

最後に今日の3曲の予習について、リンクを張っておきます。何かのご参考になればと思います。

交響曲第1番についてはここ
交響曲第2番についてはここ
交響曲第3番《英雄》についてはここ



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       ティーレマン,  

吉田秀コントラバス・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷ホール 2013.11.3

コントラバス・リサイタルというのは初体験です。あまり、ソロ演奏に向いた楽器ではないと思いますが、しっかり、その音色を聴かせてもらい、貴重な体験になりました。

この日のプログラムは以下の内容です。

 コントラバス:吉田秀(NHK交響楽団首席)
 ヴァイオリン:会田莉凡(あいだ りぼん)
 ピアノ:安宅薫(吉田秀の夫人)

 ヴィヴァルディ:チェロ・ソナタ第4番RV.45(コントラバス編曲版) 吉田
 ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ 会田
 グリエール:2つの小品 Op.9 吉田

  《休憩》

 ボッテジーニ:夢 吉田
 クーセヴィッキー:小さなワルツ Op.2 吉田
 ブルッフ:コル・ニドライ Op.47(コントラバス編曲版) 吉田
 ボッテジーニ:協奏的大二重奏曲 吉田、会田

  《アンコール》

    ボッテジーニ:エレジー 吉田
    ヴィエニャフスキ:スケルツォ・タランテラ Op.1 会田
    ビートルズ:イエスタデイ、ゲットバック 吉田、会田

いやはや、コントラバスは本当に渋いです。最初のヴィヴァルディのチェロ・ソナタは本来、しっとりとした曲ですが、コントラバスで弾くと、しっとりを通り越して、茫洋たる響きの世界です。編曲にも難がありそうな気がします。もっと、ハイポジションでメロディーが明確になってほしいと正直、思いました。

二曲目は昨年の日本音楽コンクールで一位になった会田莉凡のヴァイオリンで、ラヴェル。彼女はかなり硬くなっていたようで、ヴァイオリンの響きが冴えません。ラヴェルは美音で聴きたい曲ですから、これではダメですね。曲が進むにつれて、だんだんと響きはよくなりましたが、合格点とは言えません。今後の精進を願うばかりです。

三曲目はまた、コントラバスでグリエールの曲。グリエールというのは、プロコフィエフやハチャトゥリアンの先生で、ロシア(ソ連)で活躍した人だそうです。これはコントラバスのために作曲された曲で、ハイポジションを多用して、明確な旋律線が美しく、楽しめました。

後半の最初の2曲、ボッテジーニとクーセヴィッキーの曲も同様にコントラバスのために書かれた美しい曲。さりげない演奏で楽しめました。ボッテジーニは歌劇《アイーダ》を初演したイタリア人指揮者だそうで、コントラバスの曲を数多く作曲したそうです。クーセヴィッキーはもちろん、ボストン交響楽団の指揮者だった人で、もともとはコントラバス奏者だったそうです。作曲していたとは知りませんでした。

ブルッフの曲はチェロ独奏とオーケストラのための有名な曲ですが、これをコントラバス用に編曲したものが演奏されました。この編曲はよくできていて、美しい抒情が感じられます。ただ、チェロの場合の気合というものがこのコントラバスでは不足して、綺麗なメロディーがすっと流れていく印象です。それはそれでいいんですけどね。

最後のボッテジーニはヴァイオリンとコントラバスの協奏的な曲。迫力のある、よい演奏でした。ヴァイオリンの会田莉凡も先ほどのラヴェルのときのような硬さも取れ、音コン一位の実力の片鱗を聴かせてもらいました。若さの勢いと音楽の粗さが裏腹に感じますが、よい方向に伸びていってほしい人材です。吉田秀のコントラバスは安定した響きでさすがです。

辛口のコメントも書きましたが、吉田秀の穏やかな人柄、そして、彼の美しい夫人、安宅薫のきっちりしたピアノのサポートで、リサイタルは気持ちのよいものでした。何といっても、コントラバスの独奏という珍しいものが聴けたのも収穫でした。


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魂の救済なき音楽、マーラー交響曲第6番:インバル&東京都交響楽団@横浜みなとみらいホール 2013.11.2

今年1月の素晴らしかった第5番の後、いよいよ、インバル指揮東京都交響楽団のマーラー・チクルスが再開。今日は第6番、そして、来週は第7番。

今日の交響曲第6番は深刻な心理的ダメージを与えるかの如く、叩きつけるような凄まじい演奏でした。よい演奏とか、悪い演奏とかを論ずるレベルではありません。今日の演奏では明るさはまったく感じられず、悲しみ、慟哭、そして、永遠に自己の救済が得られないというメッセージを突きつけられるような演奏に頭が真っ白になるほどでした。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:エリアフ・インバル
  管弦楽:東京都交響楽団

  マーラー:交響曲第6番イ短調《悲劇的》

今日はマーラーの交響曲第6番、1曲だけです。
第1楽章、冒頭のマーチは響きの強い演奏です。決然とした演奏は以降も続き、盛り上がりの大きい演奏です。過去に聴いたCDでは、1991年のテンシュテット&ロンドン・フィルのライブ演奏を思い起こす、強烈なインパクトの演奏です。第2主題のいわゆるアルマのテーマも美しい響きではありますが、しっかりと芯のある演奏でアルマへの愛にあふれるという風には聴こえません。このあたりが今日の演奏のコンセプトの伏線になっています。つまり、愛をもってしても、自己は決して救済されないという残酷とも思えるメッセージが明確に示されます。神なき時代、愛も救いにはならないという究極の叫びが音楽を支配しています。もちろん、第1楽章では、まだ、そこまでのメッセージは示されず、ただ、魂の強烈な救いを求める叫びが聴こえてくるだけです。そして、アルマへの愛が究極のものには思えないという感じなんです。
こういうコンセプトの演奏では、どうしても第2楽章のスケルツォの重要性は薄れてしままいます。第1楽章の焼き直しにしか、聴こえません。
そして、後半にはいっていきます。第3楽章のアンダンテは通常の演奏では、アルマの愛に包まれた心の平安を感じるところですが、今日の演奏では、外面的な美しい楽想は感じても、心の平安は感じません。ここあたりから、今日の演奏の異様さを感じ始めます。都響の美しい木管の響きだけが気持ちを安らげてはくれます。しかし、第3楽章が後半に進むにつれて、心の平安どころか、心の悲しみが増していくばかり。そして、頂点では悲しみは慟哭にまで高まります。ある意味、感動に襲われますが、奥底は暗さが支配しています。
第4楽章は不安な気持ちが高まっていくばかりです。そして、救済は求めても得られないという究極のメッセージが強まっていきます。愛の動機は弱弱しく、負のエネルギーが高まるばかり。絶望的な感動に襲われます。人は決して救われないとう現実に、無理やり直面させられ、それに納得している自分に気づきます。ハンマーの打撃音は、死を意味します。死のみがすべてで、そこには救いはないというマーラーの絶望感。
インバルはどこまでを意図しての演奏なのかは判然としませんが、この第6番で、ここまでやるかという思いに駆られました。一体、第9番では、どういう演奏が可能なのでしょう。第9番に至る第7番、第8番はどういう解釈があり得るのでしょう。

マーラーの音楽を聴くことは、人の魂の奥底をのぞき込むという、音楽を超えた行為を覚悟することだと思い知りました。音楽的な感動を超えて、魂が震撼する思いに至りました。素晴らしい演奏ではありましたが、決して、素直にブラボーは叫べない演奏。それがインバルが提示したマーラーでした。複雑に絡み合う思いを引き摺りながら、ホールをあとにしました。
暗い感想になりました。人それぞれ、感じるところは異なります。別の感想もあるのでしょうね。


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ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスへの助走:交響曲第9番④ウィーン・フィル

今回で、この予習も完了です。何とか、ティーレマンの来日公演前に終えることができました。
今回はティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスの第4日(11月17日(日):交響曲第8番、第9番)のプログラムについて、聴きます。

なお、予習に向けての経緯はここ
交響曲第1番についてはここ
交響曲第2番についてはここ
交響曲第3番《英雄》についてはここ
交響曲第4番についてはここ
交響曲第5番《運命》については1回目はここ、2回目はここ、3回目はここ
交響曲第6番《田園》については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第7番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここ、5回目をここ、6回目をここ
交響曲第8番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第9番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここに書きました。

(全予習が完了したので、全予習へのリンクを上記に示します。参考にしてくださいね。)

今回も交響曲第9番ニ短調 Op.125について聴いていきます。
今回はウィーン・フィルの演奏の6枚を聴きます。

以下、録音年順に感想を書いていきます。


シュミット・イッセルシュテット 1965年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、素晴らしい響きの演奏を堪能。量感のたっぷりした演奏に満足。気持ちよく聴けます。ここぞというところの気魄のこもった表現も素晴らしいです。特に終盤の緊迫感に満ちた演奏には強く引き込まれてしまいます。
 第2楽章、ここはウィーン・フィルの引き締まった美しいアンサンブルが聴きものです。
 第3楽章、とても美しい演奏にうっとりと聴き惚れてしまいます。非常に精神性も高い、素晴らしい演奏です。今更ながら、シュミット・イッセルシュテットは凄い指揮者だったんですね。このアダージョでここまでの演奏をするとは思ってもいませんでした。考えてみれば、この世代の指揮者は間近にフルトヴェングラーの演奏を聴く機会も多く、その薫陶・影響を受けてきたのかもしれません。もちろん、ウィーン・フィルの団員も12年ほど前にはフルトヴェングラーの指揮で演奏していたわけですから、しっかり、その音楽が頭に刻み付けられていたでしょうしね。これはフルトヴェングラーの遺産とも言える演奏なんでしょう。
 第4楽章、冒頭から素晴らしい響きです。「歓喜」の主題は美しい録音です。そして、美しい演奏で聴けるのは格別の喜びに感じます。タルヴェラ(バス)のたっぷりした美声の独唱は見事。4重唱は豪華な歌手陣ですが、少し、固い歌唱に思えます。特にサザーランドはもっと伸びやかに歌ってもらいたかったところです。ジェイムズ・キング(テノール)の独唱は張りのある声で素晴らしいです。大合唱の「歓喜」の主題は素晴らしい響きです。続く合唱も美しさの極致、いや、素晴らしい! 終盤の4重唱は素晴らしいです。サザーランドも柔らかく美声を発揮しています。フィナーレは圧倒的です。

ベーム 1970年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、力強く、美しい開始。そのまま、輝かしく、重厚な演奏が続きます。十分な気魄が感じられます。一瞬の隙もない演奏です。緊張感を持続したまま、コーダ。
 第2楽章、力強く堂々としたスケルツォ。中間部も弛緩せずに緊張感のある演奏です。
 第3楽章、ウィーン・フィルの演奏はまことに美しいです。ロマンと抒情に満ち溢れています。少し、内面性に欠けるきらいもありますが、それを補って余りある美しい響き。感動するというよりもうっとりとして聴く感じです。
 第4楽章、低弦の朗々とした響きに誘われて、音楽が進行していきます。リッダーブッシュ(バス)の独唱は実に力強くて素晴らしいです。4重唱はさすがにギネス・ジョーンズの力強い歌声が素晴らしいです。ジェス・トーマスの力感あふれるテノール独唱もよいです。エネルギーに満ちた弦楽合奏も素晴らしいです。合唱はシュターツオーパー合唱団の響きが素晴らしいですが、何かテンポ感が自分に合わず、ゆったりし過ぎの感じです。終盤の4重唱はギネス・ジョーンズがますます素晴らしいです。爆発的なエネルギーの噴出するフィナーレも圧巻です。

バーンスタイン 1979年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、気魄に満ち、輝かしく、タメの聴いた演奏です。一瞬一瞬の表情の変化が素晴らしいです。さすがにバーンスタイン渾身の演奏。よくよくスコアを読み込んだと思われる納得の演奏です。知的でかつ、情熱的な凄い演奏です。
 第2楽章、バーンスタインお得意のリズミックな演奏。これぞスケルツォという感じのノリノリの演奏です。中間部も実に明快な演奏。こういう演奏もあるのかと目を開かせられる思いです。
 第3楽章、自分の内面に何かを問い掛けるような、そして、何かを祈るような複雑な音楽です。そういう思いを振り払うように内面での葛藤が続きます。やがて、カタルシスに至ります。みな、自分に向かい合って、生きていかねばならない。そして、己の信じた道を進んでいくんだ・・・そんな風に優しく、語りかけてくれるような音楽です。これは彼のヒロイズムなのでしょう。彼だけの音楽観を持ったバーンスタイン。やはり、20世紀を代表する芸術家だったことをまた再認識させられました。これは聴き手を勇気づけ、励ましてくれる愛の音楽です。ヒューマンな音楽に静かに感動しましょう。
 第4楽章、ヒューマンな愛の音楽に続き、ダイナミックな愛のメッセージが始まります。これまでの第1楽章から第3楽章までを否定するのではなく、すべてをアウフヘーベンして、もっと高みをめざそうというメッセージです。バーンスタインが描き出すのは、歓喜の歌ではなく、愛と共感の歌です。あふれる思いが高らかに管弦楽で高らかに歌い上げられます。続いて、クルト・モルが哲学的とも思える声で厳粛に独唱。4重唱では、ギネス・ジョーンズが輝きを放ちます。シュターツオーパー合唱団のコーラスも感動的です。素晴らしい!! ヘルデン・テノールのルネ・コロの独唱も素晴らしいです。管弦楽のみで演奏されるフガートでは、弦楽合奏の清々しく力強い響きに魅了されます。見事な演奏です。最高です! 大合唱の歌う「歓喜」の主題は何て素晴らしいんでしょう。合唱の響きに魅惑されるのみです。続く合唱の美しさ・力強さに感動! 繊細を極める音楽表現に感銘を受けるのみです。もう、この後は頭が真っ白になって聴いていました。大変な音楽です。フルトヴェングラー以降にこんな音楽が可能だったとは・・・今まで、何を聴いていたのでしょう。感動で胸が張り裂けんばかりの思いになりました。

アバド 1986年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、ともかく美しい音楽です。おおらかでスケールも大きいです。明快でもあります。そして、頂点では激情も披露してくれます。脈々として、ロマンチシズムの香りも漂ってきます。素晴らしい音楽です。
 第2楽章、溌剌として、爽やかな演奏です。まるでロマン派の音楽を先取りしたような感じに思えます。中間部はきびきびとして、速いテンポで演奏されます。決して、爽やかさを損ねることはありません。
 第3楽章、憧憬を感じさせるロマンに満ち溢れた美しい音楽です。内面的な美しさが表現しているのは、心の平安でしょうか。表現しようとしているものが掴めそうで掴めないもどかしさを感じてしまいます。あくまでも音楽はどこまでも美しいのだけれども・・・。
 第4楽章、堂々として劇的な表現。管弦楽の演奏する「歓喜」の主題は優しさに満ちた表現です。ヘルマン・プライはよく響く声で独特の表現。ちょっとくせのある表現になっています。管弦楽のみで演奏されるフガートでは、ウィーン・フィルの弦楽合奏は美しく、切迫感のある表現は素晴らしいです。大合唱の「歓喜」の主題に続く、美しい合唱は祈りの声にも似て、とても厳粛で教会に響く合唱を思わせます。連続する合唱はともかく素晴らしく、聴き応え十分です。

ラトル 2002年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、自然で活き活きした演奏です。盛り上がるところは強烈ですが、やはり、自然な演奏です。ともかく、無理のない演奏です。
 第2楽章、自然な流れの躍動感のある演奏です。中間部はノリのよい演奏。
 第3楽章、温もりのある響きで爽やかな演奏。精神性は感じられますが、深い滋味までには至りません。アバドもそうですが、彼らがもっと年齢を重ねた演奏を聴いてみたいものです。
 第4楽章、冒頭はそう大げさに構えないであっさりとした演奏。管弦楽の演奏する「歓喜」の主題もさらっとした演奏です。ハンプソンはいつになく、力のこもった歌唱。「歓喜」の主題では、ようやく彼らしい柔らかい歌唱になります。4重唱では、バーバラ・ボニーの透き通った美声が素晴らしいです。合唱はいつものシュターツオーパー合唱団ではなく、ラトルが連れてきたバーミンガムの合唱団です。明るく明瞭な響きが印象的です。いつもながら、ウィーン・フィルの弦楽合奏の響きは素晴らしいです。「歓喜」の主題の大合唱はとても勢いのあるものです。若々しい素晴らしい合唱に満足です。ともかく、元気あふれる合唱です。フィナーレは合唱の勢いと迫力が素晴らしいです。

ティーレマン 2010年録音

 もちろん、これを聴くのが目的! これを最後に聴きます。

 第1楽章、柔らかい響きで壮麗に音楽を開始。荘重な響きですが、前進していくエネルギーが凄いと感じます。ごつごつした骨のある音楽です。
 第2楽章、ずっしりとした演奏です。中間部はゆったりした伸びやかな演奏。こんな重々しいスケルツォはなかなか聴けるものではありません。とても重心の低い演奏です。
 第3楽章、これはとても心に沁みてくるような音楽です。実に繊細さを極めたような演奏で感性を揺さぶられます。胸の奥底にまで忍び寄ってくる優しさがあります。色々な思いがかき立てられます。心の中から静かな感動が湧き起ってきます。後は静かに耳を傾けていきましょう。
 第4楽章、冒頭は実に深々とした響き。「歓喜」の主題は県弦楽の冴え冴えとした流麗な演奏から、管弦楽合奏の頂点に軽くアッチェレランドして、上り詰めます。そして、輝かしいバス独唱。4重唱はアンネッテ・ダッシュの力強いソプラノが素晴らしいです。合唱の頂点は素晴らしい高みです。ベチャーラはリリックとも思える美しいテノール独唱。そして、管弦楽のみで演奏されるフガートでは、弦楽合奏は一段と歩みを速めて、素晴らしい前進力。ここでぐっと溜めて、大合唱で「歓喜」の主題。実に輝かしいです。そして、教会の大伽藍に鳴り響くような美しいコーラス。まるで、聖シュテファン大聖堂で聴いているかのようです。哀切極まりない、繊細なコーラスの響き。2重フーガの合唱の美しさと迫力も凄いです。終盤の4重唱、やはり、アンネッテ・ダッシュが素晴らしいです。フィナーレの迫力は半端でなく、凄いです。思わず、雄叫びを上げたくなるほどです。


前回までに聴いたフルトヴェングラーの演奏する第9番が圧倒的でしたが、今回、ウィーン・フィルを指揮したバーンスタインの演奏もそれに劣らず、新しい表現の圧倒的な超名演でした。それにしても、この偉大な第9番の歴代の名演を続けざまに聴くのはとても許されない行為だったような気もします。もっと、大事に聴くべき曲ですね。

最後に肝心のティーレマンのベートーヴェン・チクルスの聴きどころです。

 1.何といっても、第3楽章以降が聴きものです。第3楽章でどれほど内面をえぐれるか。そして、輝かしい第4楽章。フィナーレでは文句なく感動の大波に呑み込まれるでしょう。
 2.ほかには、何も考えずに白紙の状態で最後の音楽に臨みたいものです。まるで決意表明のようになりましたが(笑い)、至極、本気です。


万全な予習を完了しました。こんなにベートーヴェンをまとめて聴いたのは初めてです。これで予習の幕を閉じます。ティーレマンとウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスを楽しみに待ちましょう。


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ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスへの助走:交響曲第9番③フルトヴェングラー2回目

今回もティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスの第4日(11月17日(日):交響曲第8番、第9番)のプログラムについて、聴いていきます。

なお、予習に向けての経緯はここ
交響曲第1番についてはここ
交響曲第2番についてはここ
交響曲第3番《英雄》についてはここ
交響曲第4番についてはここ
交響曲第5番《運命》については1回目はここ、2回目はここ、3回目はここ
交響曲第6番《田園》については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第7番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここ、5回目をここ、6回目をここ
交響曲第8番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第9番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここに書きました。

(全予習が完了したので、全予習へのリンクを上記に示します。参考にしてくださいね。)

今回も交響曲第9番ニ短調 Op.125について聴いていきます。
今回はフルトヴェングラーの2回目です。
前回もご紹介した通り、フルトヴェングラーの交響曲第9番の全録音、12~13種類のうち、7枚以上のCDを聴きます。さらにあと2枚(*のもの)を聴きたいと思っています。以下がそのリストです。前回は1.だけを聴きました。

 1.1942年3月22日、ベルリン・フィル、ライヴ録音、ベルリン(メロディア)
 *1 1951年1月7日、ウィーン・フィル、ライヴ録音、ウィーン(ORFEO盤)
 2.1951年7月29日、バイロイト祝祭管弦楽団、ライヴ録音:編集盤?、バイロイト音楽祭(EMI新リマスター盤)
 3.1951年7月29日、バイロイト祝祭管弦楽団、ライヴ録音、バイロイト音楽祭(ORFEO盤)
 4.1951年8月31日、ウィーン・フィル、ライブ録音、ザルツブルグ音楽祭(ORFEO盤)
 5.1952年2月3日、ウィーン・フィル、ライブ録音、ニコライ記念コンサート(TAHRA盤)
 6.1953年5月31(30?)日、ウィーン・フィル、ライブ録音、ニコライ記念コンサート(ALTUS盤)
 *2 1954年8月9日、バイロイト祝祭管弦楽団、ライヴ録音、バイロイト音楽祭(ORFEO盤)
 7.1954年8月22日、フィルハーモニア管弦楽団、ライブ録音、ルツェルン音楽祭(ORFEO盤)

今回は前回紹介した1.の録音以外、残りの6つの録音を聴いていきます。


では、録音年順に感想を書いていきます。今回は戦後の演奏です。最後の1954年のルツェルン音楽祭の演奏まで聴き進めます。

*1 1951年1月7日、ウィーン・フィル

 これは戦後、最初に録音されたフルトヴェングラーの第9番です。ウィーン・フィルとの最初の録音でもあります。この録音はこれまでコーダの最終部分のピッチが狂ったものしかCD化されていませんでしたが、専用のピッチ修正マシンが開発されて、この問題が解決したそうです。そのCDが最近出たORFEO盤です。これは今のところ、1944年-1954年のフルトヴェングラーのウィーンでのコンサートをまとめて18枚組のセットにしたORFEO盤しかありません。単売が望まれますね。
 
 第1楽章、壮大な開始。重々しい荘厳な音楽。次第にウィーン・フィルの美しい響きが輝き始めます。フルトヴェングラー指揮のウィーン・フィルの響きは格別です。終盤には、この響きが悲劇性を帯びてきます。
 第2楽章、ロマンチックに演奏されるスケルツォ。ウィーン・フィルの響きが際立って美しいです。
 第3楽章、静謐で安寧に満ちた最高級の音楽。賛辞を送っても送り切れません。素晴らしい音楽です。もう、涙して、演奏に耳を傾けるしかありません。人間が作り出した最高の音楽です。
 第4楽章、雄弁な音楽が荘重に語られます。歓喜の主題はそれはもう美しい演奏です。聴きなれた旋律が格別な美しさに輝きます。軽くアッチェレランドして、トゥッティで歌い上げられるのは見事としか、言いようがありません。エーデルマンのソロは実に壮大。4重唱でのゼーフリートの歌唱も輝くようです。美しく荘厳なコーラスが続いていきます。中でも、2重フーガの素晴らしいこと。終盤の4重唱も素晴らしいです。繊細を極めた表現にうっとりと聴き入ります。フィナーレの突進も凄まじいばかり。

1952年、1953年のウィーン・フィルの第9番とも比肩できる素晴らしい演奏です。

2.1951年7月29日、バイロイト祝祭管弦楽団、編集版?

 EMI全集からの1枚ですが、これは1951年に再開されたバイロイト音楽祭のライブ録音です。一般的には、フルトヴェングラー最高の第9番、ということは史上最高の第9番と評されることが多いものです。もちろん、saraiの愛聴盤です。以前はEMIの旧リマスター盤、あっ、その前はもちろんアナログ・ディスクで聴いていましたし、今まではEMIの最新リマスター盤で聴いていました。今回は新たに第2世代のLPレコードからの復刻盤というふれこみのDELTA盤で聴きます。
 
 第1楽章、壮大なスケールの演奏。やはり、噂通り、この復刻盤は素晴らしい音質です。LPレコードからの復刻と言ってもスクラッチノイズもありません。厚みのある響きで堂々とした音楽です。ただ、1942年盤を聴いた後では、あの凄味は感じません。ある意味、落ち着いて、巨大な音楽を楽しむことができます。
 第2楽章、重厚な響きで、ぐいぐいと何かを駆り立てていくような勢いの音楽。中間部では優しい響きも聴かれます。
 第3楽章、これは美しい演奏。とても優しくて温かみにあふれています。何かを回想するような音楽です。懐かしい思い出とか・・・。深く心に刻みつけられる音楽です。
 第4楽章、ドラマチックな音楽・表現です。管弦楽の演奏する「歓喜」の主題もアッチェレランドして迫力が凄いです。エーデルマンの堂々たるバス独唱も素晴らしいです。4重唱のシュヴァルツコップの美声にうっとり。コーラスも威力十分。管弦楽のみで演奏されるフガートの演奏の凄いこと。その後の大合唱も凄いです。劇的でかつ美しいです。天上の世界に飛翔してしまいそうです。最後の4重唱ではまたシュヴァルツコップが素晴らしく、パーフェクト! 最後に異常に長く伸びるソプラノの響きは驚嘆すべきものです。第9番ではシュヴァルツコップを超えるソプラノを聴いたことがありません。その後、最後の突進!! 圧倒的なコーダ。またしても、なだれこむようなフィナーレです。これはこの伝説的な名演の中でも、誰もが賞賛する感動のフィナーレですね。燃えるフルトヴェングラーの指揮は彼の頭の中で疾風のように突き進み、オーケストラのメンバーは誰も着いていけなかったと思える演奏です。

3.1951年7月29日、バイロイト祝祭管弦楽団、実況録音版?

 これは基本的には、2.の演奏と同じもの。しかし、編集なしの本番の実況録音版ということです。ということで、2.との違いの確認を中心に第4楽章だけを聴いてみます。

 第4楽章、音質はまあまあよくて、それ程、聴く上での遜色はありません。ただ、音の輝かしさが少し足りないかなという感じです。管弦楽の演奏する「歓喜」の主題は2.ほどはアッチェレランドしないので迫力感に欠けます。また、シュヴァルツコップの輝かしい美声も聴こえてこないので4重唱の美しさに欠けます。しかし、終盤の4重唱ではシュヴァルツコップの美声が聴こえ、素晴らしいです。コーダでは管弦楽がそれほどは崩壊しませんが、これでも迫力十分かなと思います。基本的には、もちろん、同じ演奏なので、素晴らしいし、無編集ということなので、資料的な価値も高いと思います。ただ、やっぱり、ずっと聴き通すと、音質が劣るのが分かります。それが一番の問題でしょうか。ORFEOがさらなる音質向上に成功すると、ずっと価値が高まるでしょう。

4.1951年8月31日、ウィーン・フィル

 1951年のザルツブルク音楽祭の閉幕コンサートの録音です。2.と3.のバイロイト音楽祭の1か月後の演奏で、こちらはウィーン・フィルとなれば、とても期待してしまいます。

 第1楽章、ウィーン・フィルらしい柔らかい響きで落ち着いた演奏です。やはり、フルトヴェングラーの指揮するウィーン・フィルのベートーヴェンは素晴らしいです。フルトヴェングラーのロマンチックな感性とウィーン・フィルのしなやかな美しい響きが合っているんでしょう。ウィーン・フィルの柔らかい美しい響きがフルトヴェングラーにインスパイアされて、白熱していくのが感動的です。
 第2楽章、キレよりもしなやかさを感じますが、迫力ある演奏でもあります。これはとても素晴らしい演奏です。フルトヴェングラーとウィーン・フィルならではでしょう。スケールが大きく、偉大な音楽になっています。
 第3楽章、これはあまり情緒に流されずにしっかりと音楽を鳴らしています。その分、雰囲気に乏しくも感じます。それでも美しく、流麗な音楽ではあります。
 第4楽章、これは体にズシンと響いてくるような大迫力で始まります。この日のウィーン・フィルはずい分、しっかりした響きです。管弦楽の演奏する「歓喜」の主題は軽くアッチェレランドします。グラインドル(バス)の独唱は堂々として素晴らしいです。4重唱では、ゼーフリート(ソプラノ)の美声も素晴らしいです。合唱の迫力も凄まじいものです。やがて、最終の合唱に突入します。やはり凄まじいです。管弦楽のコーダはやはり凄いとしか言えません。

5.1952年2月3日、ウィーン・フィル

 これは《ニコライの第9》として知られる名演です。フルトヴェングラーの第9番として、最高だと推す声も多いようです。
 
 第1楽章、実に雄渾で壮大で素晴らしいです。そして、ウィーン・フィルの美しい響きが加わるのですから、これ以上望めないような素晴らしい演奏になっています。ここでは、激情ではなく、ロマン性が全体をおおっており、悲愴さまでも感じられます。
 第2楽章、引き締まってはいますが、たっぷりとした音楽的要素がぎっしりと詰まった素晴らしい演奏です。ザルツブルグの表現をさらに一歩進めたもので、理想的とも思える音楽です。何という音楽的充実度でしょう。中間部も美しく、とても魅力的です。まるで熟した果実のようです。音楽的緊張感は最後まで続き、とても素晴らしいです。
 第3楽章、もう最初からグッときてしまいます。静かな感動です。美しいとかどうとかのレベルではありません。生身の人間としてのベートーヴェン、そして、フルトヴェングラーが到達した安らかな境地。この一端を味わわせてもらえる幸せだけでもう胸が一杯で何も言えません。思わず涙の滴が落ちてきます。ただじっと、この奇跡のような芸術に耳を傾けましょう。
 第4楽章、前楽章の感動から覚めやらぬ前に、雄弁な音楽が始まってしまいます。それにしても、いつにない、この雄弁さにはたじろいてしまいます。管弦楽の演奏する「歓喜」の主題の優美さはいかばかりでしょう。それがアッチェレランドして、感動的に上り詰めていきます。ペル(バス)の独唱もこの雰囲気を十分に引き継ぎます。コーラスも強力です。4重唱も見事です。管弦楽のみで演奏されるフガートの演奏も凄い演奏です。気魄が伝わってきます。そして、素晴らしい大合唱で頂点へ。なおも分厚い合唱が続いていきます。最後の4重唱も終わり、コーダに向けて、物凄い演奏となり、フィナーレ。深い感動!

6.1953年5月31(30?)日、ウィーン・フィル

 1953年1月のニコライ記念コンサートがフルトヴェングラーが途中で倒れて中止になり、その代替コンサートが4カ月後の5月30日、31日に行われた際の録音です。従来からある録音が大方、31日のものとされていますが、30日と記載されている資料もあり、どちらかややこしい状況にあります。そこへ、30日のものだというORF(オーストリア放送協会)のマスターテープが発見され、新たにCD化されました。これで両方、揃ったことになりますが、依然として、どちらが30日でどちらが31日なのかという疑念ははっきりしたわけではなさそうです。ここでは、従来からあった5月31日の録音を聴きます。ALTUS盤で聴きますが、このCDには5月30日の演奏と明記されています。困ったものです。いずれにせよ、この2日間がフルトヴェングラーとウィーン・フィルの最後の第9番の演奏になってしまったようです。

 第1楽章、まさに世界の始まり。幽玄の中から忽然と明るい光がぱっと差し込んできます。いつもより、さらに遅いテンポのゆったりした演奏です。荘重な音楽です。ウィーン・フィルはいつも通り、美しい響きですが、重厚さを増している印象があります。曲の性格上、そう聴こえるのかもしれませんけどね。
 第2楽章、何とも気魄にみちた演奏です。推進力のある演奏ですが、ロマン性も感じられます。中間部は束の間の休息。優しい音楽が流れます。再び、力強い音楽に復帰して、曲を閉じます。
 第3楽章、抑えた味わい深い音楽。この音楽を聴いて、何を思うのかは、その聴き手の人生そのものに寄るでしょう。その人のこれまでの歩みがそれを決めるのではないかと思います。カタルシスを感じさせる音楽です。すべて心を解き放ち、俗事から自由になりましょう。何故って、こんなに生きている世界も人生も美しいのだから・・・そう、優しく語りかけてくる音楽です。こういう音楽を私たちに残してくれたベートーヴェンとフルトヴェングラーに感謝するのみです。
 第4楽章、間を置かずに雄弁な音楽が開始。実に見事な演奏です。管弦楽の演奏する「歓喜」の主題は、素晴らしい弦の響きで奏で続けられます。ちょっとテンポを速めて、トゥッティで輝かしく歌い上げられます。実に格調高い演奏です。シェフラー(バリトン)の気持ちを込めた独唱は見事です。4重唱ではゼーフリートの美声がひときわ響きます。管弦楽のみで演奏されるフガートでのシャープで流麗な弦の響きは素晴らしいです。そして、壮麗な大合唱で歓喜の主題。感動! 続く、まるで教会音楽のような美しいコーラスに胸がしめつけられる思いです。最後の4重唱でもゼーフリートの天使のような声にうっとりします。その後、フィナーレに突入。コーダはいつもよりもさらに激しく、音楽を超えた表現です。ウィーン・フィルとの最後の第9番にふさわしい名演です。

*2 1954年8月9日、バイロイト祝祭管弦楽団

 2度目のバイロイト音楽祭からのものであり、最後のルツェルン音楽祭の演奏の2週間ほど前のものです。音質は悪いなりにORFEO盤は聴ける水準にまで改善されています。最晩年のフルトヴェングラーの演奏は貴重で聴き逃せません。それも第9番とくれば、なおさらです。なお、この演奏はかの吉田秀和が実際にその場で聴き、後年、絶賛したことでも知られています。(これは誰が聴いても絶賛するでしょうけどね。あっ、茶々を入れているわけではありませんよ。)

 第1楽章、いかにも力のみなぎった演奏でフルトヴェングラーの気力の充実ぶりがうかがえます。一拍一拍に気合が感じられます。多分、体調はもうよくなかった筈です。その体力の衰えた自らを奮い立たせるかのようにも感じられます。
 第2楽章、これもまた力のこもった突進力のある演奏。中間部は長閑な気分の演奏で、聴く側のこちらもしばしの休憩です。
 第3楽章、安らぎに満ちた、何とも言えない音楽。本当にフルトヴェングラーのみに許された、平安と瞑想の、哲学的とも思える超絶的な音楽。もう、音質がいいの、悪いのというのは関係ありません。ただただ、感動で胸が一杯になって何も言えません。何て素晴らしいのでしょう。たゆたう音の波にゆったりと身を任せて、音楽の神髄を聴き入るのみでした。
 第4楽章、強烈な、そして、鮮烈な響きで音楽が始まります。まず、一音一音が意味を持って迫ってきます。歓喜の主題は最高です! アッチェレランドも凄いです。これ以上の演奏は聴いたことがありません。ヴィントガッセンの独唱もこの演奏にふさわしい素晴らしさです。かなり、力がはいった、前のめりの歌唱になっていますが、これはこれで、いたしかたのないところでしょう。声楽陣もこの雰囲気に入り込み、凄まじい歌唱です。ウェーバーのヘルデン・テノールも大迫力です。高らかに歌われる歓喜の主題はもう歴史に残る素晴らしさ。オーケストラも声楽も完全に忘我の境地でフルトヴェングラーの世界に入り込んでいることが分かります。(かくいうsaraiもその世界に入り込んでいます。) 空前絶後の演奏です。そして、最後は最高のコーダ。もう言うことなしです。

 音質は声楽とオーケストラの音量バランスもおかしいし、音質最低ですが、ORFEOができるだけの改善はしたようです。演奏はこれ以上ない最高のもの。もし、素晴らしい音楽を聴きたければ、少々の音の悪さは我慢しないといけません。そこには、考えられない感動が待っています。

7.1954年8月22日、フィルハーモニア管弦楽団

 死に先立つこと、3か月前のルツェルン音楽祭からの録音で、最後の第9番でもあります。これもフルトヴェングラーの最高の第9番という声も多い有名な演奏です。

 第1楽章、明快な響きでの素晴らしい滑り出し。何と明澄な音楽でしょう。3か月後に死を迎えるフルトヴェングラーは大変高い境地に達しており、すべてを見通したかのような音楽を作り出します。フィルハーモニア管弦楽団も実に素晴らしい響き。こんなに素晴らしいオーケストラだったのでしょうか。常に増して、悲劇性が強く感じられる演奏に大きな感銘を受けます。音楽はどんどん純化していきます。胸に迫るものがあります。劇的に曲は閉じられます。
 第2楽章、実に冴え渡った音楽。これも明快な響きに満ちています。最高に素晴らしい音楽です。音楽の要素はシンプルなものに絞り込まれて、余計なものは一切ありません。純化された要素だけが残された音楽です。中間部になっても、演奏は本質的に変わらず、実にシンプルそのものです。シンプルという言葉は“自然な”という言葉にも置き換えられるものです。
 第3楽章、最初の弦の長いフレーズの第1音を聴いただけで、もう、聴き手の心は彼岸に飛ばされてしまいます。まさに白鳥の歌です。心が純化されていく思いです。この音楽に出会うために自分がこれまで生きてきたことを実感させられます。この音楽に優しく包まれて、もう、自分は・・・・これ以上は書けません。絶句・・・。
 第4楽章、夢のような音楽から現実に引き戻されます。夢のままで終わりたかったという願望が募ります。やがて、「歓喜」の主題。闇の底から響いてきます。だんだん光が満ちてきます。高弦の響きで明るい光が差してきます。そして、「歓喜」の頂点へ。続いて、エーデルマンの登場。さすがの堂々たる歌唱。力強さと輝きに満ちています。次いで、豪華な独唱者たちによる4重唱。やはり、シュヴァルツコップの輝きは群を抜いています。合唱の素晴らしさも凄い! ヘフリガーの若々しい歌唱。ヘルデン・テノールではありませんが、素晴らしいです。続く管弦楽のみで演奏されるフガートでの切迫した響きが胸を揺さぶります。そして、大合唱の「歓喜」の主題の歌声。圧倒されるのみです。美しい合唱が続いていきます。もう陶酔の極です。遂に最後の4重唱。凄い迫力で、そして、美しいです。シュヴァルツコップの絶唱は何て素晴らしいんでしょう。そして、フィナーレです。恐ろしいほどの凄さ。これほどの高みはいまだかってありませんでした。そして、同時にこれがフルトヴェングラーの第9番の本当のフィナーレでもありました。

 巨匠の最後の第9番にふさわしい超名演。これだけの演奏を聴かせてくれれば、もうこれだけで十分です。合掌!!


これでフルトヴェングラーの7つの第9番の演奏を聴き終えました。どれも凄い演奏です。この中から一つだけ選ぶなら、ということはなしです。全部聴かないといけません。未聴の分も早々に聴きます。いずれも音楽的文化遺産です。

こんなフルトヴェングラーの演奏を聴いた後で聴く演奏ってありえませんが、それでも次回はこの交響曲第9番のウィーン・フィルの演奏を聴いて、予習の幕を閉じます。後はティーレマンの来日を待つだけです。


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ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスへの助走:交響曲第9番②フルトヴェングラー1回目

今回もティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスの第4日(11月17日(日):交響曲第8番、第9番)のプログラムについて、聴いていきます。

なお、予習に向けての経緯はここ
交響曲第1番についてはここ
交響曲第2番についてはここ
交響曲第3番《英雄》についてはここ
交響曲第4番についてはここ
交響曲第5番《運命》については1回目はここ、2回目はここ、3回目はここ
交響曲第6番《田園》については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第7番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここ、5回目をここ、6回目をここ
交響曲第8番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第9番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここに書きました。

(全予習が完了したので、全予習へのリンクを上記に示します。参考にしてくださいね。)

今回も交響曲第9番ニ短調 Op.125について聴いていきます。
今回はフルトヴェングラーの1回目です。
フルトヴェングラーはこの第9番を1913年のリューベックでのコンサート以来、1954年8月22日のルツェルン音楽祭まで、計79回も指揮しました。フルトヴェングラーとベートーヴェンの交響曲第9番は切っても切り離されない関係にあります。
フルトヴェングラーの交響曲第9番の録音は最初の1937年の録音以来、12~13種類のものが知られていて、そのうち、7枚以上のCDを聴いていきます。今後、余裕があれば、さらにあと2枚(*のもの)を聴きたいと思っています。この2枚で戦後のフルトヴェングラーの交響曲第9番の録音は網羅できることになります(最近、1953年5月30日のものとされる録音がCD化されていますが、それは除きます)。

 1.1942年3月22日、ベルリン・フィル、ライヴ録音、ベルリン(メロディア)
 *1 1951年1月7日、ウィーン・フィル、ライヴ録音、ウィーン(ORFEO盤)
 2.1951年7月29日、バイロイト祝祭管弦楽団、ライヴ録音:編集盤?、バイロイト音楽祭(EMI新リマスター盤)
 3.1951年7月29日、バイロイト祝祭管弦楽団、ライヴ録音、バイロイト音楽祭(ORFEO盤)
 4.1951年8月31日、ウィーン・フィル、ライブ録音、ザルツブルグ音楽祭(ORFEO盤)
 5.1952年2月3日、ウィーン・フィル、ライブ録音、ニコライ記念コンサート(TAHRA盤)
 6.1953年5月31(30?)日、ウィーン・フィル、ライブ録音、ニコライ記念コンサート(ALTUS盤)
 *2 1954年8月9日、バイロイト祝祭管弦楽団、ライヴ録音、バイロイト音楽祭(ORFEO盤)
 7.1954年8月22日、フィルハーモニア管弦楽団、ライブ録音、ルツェルン音楽祭(ORFEO盤)

 1.は戦時中の録音です。このマスターテープはベルリンに進出したソ連軍がベルリンの放送局からソ連に持ち帰ったもので、それをもとにロシアのメロディアがリマスターしたCDです。なお、ベルリン・フィルとの録音は戦前のものしか残っていません。戦後に録音したものはフルトヴェングラー自身の希望で破棄されました。そのうちに、何らかの録音が蘇るかもしれませんね。
 *1は戦後の最初の録音でウィーン・フィルとの最初の録音です。この1951年は3種類もの演奏が残されています。この録音はコーダの最終部分のピッチが狂ったものしかCD化されていませんでしたが、専用のピッチ修正マシンが開発されて、この問題が解決したそうです。そのCDが最近出されたORFEO盤です。
 2.はEMIのベートーヴェン交響曲全集の1枚で、戦後再開した最初のバイロイト音楽祭の録音です。これはリハーサルの演奏も含めた編集がなされているようです。
 3.は上記のバイロイト音楽祭での実況録音盤。基本的には2と同じ演奏ですが、こちらは編集なしなので、細部に違いがあります。放送用の録音が残されていたのが発見されたそうです。
 4.は1951年のザルツブルグ音楽祭閉幕コンサートからのものです。オーケストラはウィーン・フィルです。なお、ウィーン・フィルとの録音は戦後のものしか残っていません。ベルリン・フィルと逆ですね。フルトヴェングラーは第9番をウィーン・フィルと52回も演奏しました。そのうち、38回は次のニコライ記念コンサートです。
 5.は1952年のニコライ記念コンサートからのものです。オーケストラはウィーン・フィルです。
 6.は1953年の延期されたニコライ記念コンサートからのものです。フルトヴェングラーはこの年の1月、ニコライ記念コンサートの演奏中に倒れたため、この5月に再度、演奏しました。5月30日、31日と演奏しましたが、この演奏がどちらのものかは諸説があり、もし、31日のものならば、これがウィーン・フィルとの最後の第9番の演奏になります。なお、5月30日の演奏とするものもCD化されています。
 *2は2度目のバイロイト音楽祭からのものであり、最後のルツェルン音楽祭の演奏の2週間ほど前のものです。音質は悪いそうですが、最晩年のフルトヴェングラーの演奏は貴重で聴き逃せません。
 7.は1954年のルツェルン音楽祭からのものです。これがフルトヴェングラー最後の第9番になりました。


では、録音年順に感想を書いていきます。今回は戦前の演奏、一つだけに絞ります。それほど、この演奏は感銘の度合いが強烈なもので、これを聴くと、もう、ほかの演奏が聴けなくくらい壮絶なものだと思います。

1.1942年3月22日、ベルリン・フィル

 以前はこの演奏はオーパス蔵盤で聴いていましたが、今回はマスターテープからリマスターしたメロディア盤を聴きます。戦時中のフルトヴェングラーの録音は異様な緊張感に包まれているのが特徴です。

 第1楽章、最初から、物凄く緊張度の高い、大迫力の演奏です。音質は最高です。さすがにメロディアの最新リマスター盤です。みなさんにも是非お勧めしたいところですが、なかなか入手が難しいのが問題です。この演奏はもう別次元としか言いようのない音楽を表現しています。完全燃焼の音楽にエクスタシーを感じてしまいます。第1楽章から、ここまでやられるとたまりません。これはまるで生命をかけたようなただ1度だけの芸術に思えます。生半可な気持ちでは、この演奏に相対することはできそうにありません。
 第2楽章、この楽章も大変凝集力のある演奏ですが、凄過ぎた第1楽章の演奏の後なので、ちょっと一息つける感じで助かります。聴く側のこちらの体力が持ちませんからね。
 第3楽章、この超スローテンポは何でしょう。まるでこれでは、マーラーのアダージョを聴いているようです。しかし、そこから紡ぎだされる音楽の美しさと言ったら、空前絶後のものです。悲しさ、侘しさ、まるで人生への決別を告げる歌です。やはり、マーラーの第9番と相通じるものがあります。マーラーのあのアダージョの前にベートーヴェンがこういう曲を書いていたとは、何故今まで気が付かなかったのでしょう。この曲はこういう思いっきりスローなテンポで演奏すると、こんな風に聴こえるんですね。必ずしもベートーヴェンの作曲意図とは外れるかもしれない後期ロマン派的な演奏かなとも思いますが、実際に聴いている最中は頭が真っ白になって、美し過ぎる音楽にもうたまりません。
 後半は、希望、人生の美しさを感じさせる生の喜びを歌いあげます。やはり、ベートーヴェンは凄いですね。今更ながら、その天才芸術家だったことに畏敬の念を禁じ得ません。そして、それを如実に教えてくれたのはフルトヴェングラーです。この第9番はこの楽章で終わっても、不滅の金字塔のような作品だったでしょう。しかし、第9番はまだ続いていき、さらなる高みに達していきます。
 第4楽章、凄い気魄! 圧倒的です。冒頭の管弦楽パートが終わり、声楽が加わって、音楽はますます輝きを放っていきます。独唱者たちも素晴らしく、それ以上にコーラスが大迫力です。管弦楽だけでのフガートから、いよいよ佳境にはいっていきます。凄い勢いで管弦楽が一気に突進。そして、物凄い大合唱で歓喜の歌が歌われます。鳥肌の立つような迫力です。テンポを落として、美しい合唱。女声合唱は天上からの天使の歌声のように降り注いできます。女声合唱に導かれた2重フーガで、また、音楽は勢いを取り戻します。そして、4重唱。もう、終局は近くなってきました。音楽は凄い高みに達していきます。ただただ、圧倒されるだけです。4重唱が美しいソプラノの声を聴きながら終わると、アッチェレランドしたオーケストラが物凄い勢いで突進し、合唱もその後に続きます。いったん、テンポを落とすのももどかしく、合唱が頂点を極めると、その後はオーケストラはもうメチャクチャ。単なる音響の塊になって、フィナーレになだれ込みます。このあたり、もう、音楽になっていませんが、もう、音楽を超えた何かです。

 究極の音楽を聴きました。ティーレマンのベートーヴェン・チクルスの予習に名を借りてのベートーヴェンの全交響曲を聴く企ても、この演奏に辿り着くためのものだったと自分の胸の内で悟りました。予習はもうここで切り上げても後悔の念は残りそうにありません。しかし、それも読者のみなさんに大変失礼ですよね。ここからは番外編のつもりで聴いていきましょう。もう、残りは少しです。


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最高のシューベルト、マレイ・ペライア・ピアノ・リサイタル@サントリーホール 2013.10.24

わざわざ、ペライアのピアノが聴きたくて、ベルリンまで行ってから、もう、1年半経ちます。久々の美しいピアノの音色に耳を傾けましょう。ベルリンでのコンサートの記事はここ

表題に書いたシューベルトは実はアンコールの最初に弾かれた即興曲です。2年前のサントリーホールでのリサイタルでもアンコール曲として弾かれた曲です。余程、お気に入りの曲なんでしょう。本割にはシューベルトがなかったので、残念に思っていたら、アンコールでいきなり、耳馴染みのメロディーが弾かれたので、まずは嬉しや。そして、その素晴らしい演奏に気持ちが舞い上がってしまうようになります。体がとろけるような素晴らしい音楽でした。
で、本割ですが、ともかく、ペライアは絶好調でいつになく、がんがんとパワーフルにピアノを豊かに響かせます。これはちょっと、思いと違って、困惑してしまいました。saraiが好きなのは、ペライアのピュアーな美しいタッチなんです。今日は最前列で聴いているせいもあって、迫力は満点です。それは素晴らしいのですが、求めていたものが違うような・・・。
ベートーヴェンの熱情はまさに熱情的な演奏。後半のシューマンの《ウィーンの謝肉祭の道化》が一番、ぴったりくる演奏で、これはとても感銘を受けました。

今日のプログラムは以下です。

ヨハン・セバスティアン・バッハ:フランス組曲第4番ホ長調 BWV815
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調Op.57《熱情》

《休憩》

シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26
ショパン:即興曲第2番嬰ヘ長調 Op.36
ショパン:スケルツォ第2番変ロ長調 Op.31

《アンコール》

シューベルト:即興曲変ホ長調 Op.90-2(D899-2)
ショパン:練習曲Op.10-4
ショパン:練習曲Op.25-1 「エオリアン・ハープ」
ショパン:夜想曲Op.15-1


まず、バッハのフランス組曲第4番。予習しようと思って、ペライアの全曲CDボックスから探しますが、ありません。イギリス組曲は録音していましたが、フランス組曲は未録音だったんですね。後で調べると、最近、全曲録音したそうで、まだ、CD化されていません。おっつけ、リリースされるんでしょう。予習はシフの昔のCDの素晴らしい演奏で聴きました。今日の演奏は一つ一つの音がしっかりしたタッチで弾かれて、芯の通った音楽になっています。これがペライアのフランス組曲なんですね。当初の発表では、パルティータが弾かれることになっていましたが、同じような傾向の音楽なので、きっと、このような演奏になったんだろうなと思いました。もっと静謐な音楽を予想していましたが、分厚い響きの美しい演奏でした。趣味的に言えば、ペライアには、もっと力の抜けた演奏を期待していました。でも、満足ではあります。

次は、ベートーヴェンの熱情。これはかなり昔のペライアの録音で聴きました。合わせて、アラウの新盤でも聴きました。これがよくありませんでした。アラウの新盤はまったく熱情という題名からは程遠い演奏。しかし、第3楽章の美しさと言ったら、もう、天国的としか言えない味わいに満ちています。高齢に達したアラウの孤高の音楽です。ペライアの今日の演奏は凄い迫力の、まさに熱情らしい熱情です。第3楽章はもうミスタッチを恐れない勇気ある演奏。物凄い気魄の渾身の演奏です。普通なら、大興奮で感動するところでしょうが、saraiはアラウの毒に冒されています。ちょっと、引いてしまいました。予習はせめて、アラウの旧盤にしておけばよかったと後悔した始末です。それにしても、これがペライアとは信じられない、とても熱い演奏でした。

休憩後、シューマンの《ウィーンの謝肉祭の道化》です。これはとても素晴らしい演奏でした。第1曲のロンド主題の力強い美しさに魅了されます。それに1番目のエピソードが一転して静かな美しさで素晴らしいです。第2曲のロマンスも綺麗な演奏にうっとり。第3曲のスケルツィーノは元気さの中に悲哀も感じられます。第4曲のインテルメッツォは豊かな響きの音楽。最後の第5曲はエネルギーに満ちた力強い演奏で華やかに全曲を閉じます。何故か、ペライアのシューマンはとても素晴らしいです。ベルリンで聴いたピアノ協奏曲も前回のリサイタルで聴いた《子供の情景》もすべて最高の演奏。《ウィーンの謝肉祭の道化》はそんなに聴きこんでいない曲でしたが、素晴らしい名曲であることが認識できました。

次はショパンの即興曲第2番とスケルツォ第2番。続けて、演奏されました。即興曲第2番はショパンとしては地味な曲。最後に華やかなところもありますが、淡々とした演奏。スケルツォ第2番はショパンの中でもベストテンにはいる超有名曲。saraiも若いころ、人並みにこの曲に夢中になっていたことを思い出しました。激情もあり、繊細な美しさもあり、聴きどころ満載です。ここはペライアの見事な腕前に惚れ惚れしながら、じっと聴き入ります。素晴らしい響きにうっとりしました。

アンコールは何と4曲。ペライアはお疲れの様子でしたが、聴衆が沸き立ったので、それに応えてくれたようです。シューベルトの即興曲は前述した通り、最高の演奏。2番目に演奏されたショパンの練習曲Op.10-4は前回もアンコール曲でした。見事な演奏。3番目もショパンの練習曲。有名な「エオリアン・ハープ」です。これは素晴らしい演奏。演奏後、わっと歓声があがりました。最後を締めたのはショパンの夜想曲。静かな内省的な演奏。演奏後、会場も静まり返りました。これでおしまい。またまた、満足。

今日はペライアのエネルギーに満ち溢れた演奏に圧倒されました。彼はまだ66歳とピアニストとしては若いので、まだ枯れていくのは10年以上先でしょね。どう変容していくのか、同世代の人間として、見守っていきたいと思います。来年はアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズを引き連れて、来日し、弾き振りするそうですが、これはパスです。どうも弾き振りは苦手です。モーツァルトかベートーヴェンのピアノ協奏曲でしょうか。


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       ペライア,  

ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスへの助走:交響曲第9番①ウィーン・フィル以外

ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスも遂に2週間ほどに迫りました。予習も最終段階です。

今回もティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスの第4日(11月17日(日):交響曲第8番、第9番)のプログラムについて、聴いていきます。

なお、予習に向けての経緯はここ
交響曲第1番についてはここ
交響曲第2番についてはここ
交響曲第3番《英雄》についてはここ
交響曲第4番についてはここ
交響曲第5番《運命》については1回目はここ、2回目はここ、3回目はここ
交響曲第6番《田園》については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第7番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここ、5回目をここ、6回目をここ
交響曲第8番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第9番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここに書きました。

(全予習が完了したので、全予習へのリンクを上記に示します。参考にしてくださいね。)

今回からは遂に、交響曲第9番ニ短調 Op.125について聴いていきます。
交響曲第9番は交響曲第8番が作曲された1812年から12年後の1824年に初稿が完成しました。大変な労作だったわけです。初演は1824年5月7日にウィーンで行われました。この第9番は規模も大きく、4人の独唱者と4部合唱を必要とするため、完全な形での演奏が困難で初演後、しばらくしてからは演奏されなくなりました。これを完全復活させたのは誰あろう、リヒャルト・ワーグナーです。それ以来、この第9番は傑作とされるようになりました。また、ワーグナーはバイロイト祝祭劇場の建設を始めるにあたり、その定礎を記念して、この第9番を演奏しました。その所以もあって、この第9番はバイロイト音楽祭で演奏される唯一のワーグナー以外の作品になっているそうです。今回取り上げる演奏として、フルトヴェングラーが第2次世界大戦後に復活した1951年のバイロイト音楽祭での演奏をありますが、これはそういう事情からのものです。フルトヴェングラー以外には、リヒャルト・シュトラウス、パウル・ヒンデミットがバイロイト音楽祭で第9番を演奏しています。そして、2001年にはティーレマンも演奏しました。フルトヴェングラー最後のバイロイト音楽祭での演奏は1954年ですから、ほぼ、半世紀後になります。こういう事実からも、今回のティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスは日本における大変重要な音楽的事件であることが分かります。

第9番については、語っても語りつくせないものがありますが、それ以上に名指揮者たちが全身全霊を込めた名演奏が多く残っていることが重要です。

その名演の数々を聴いていきます。今回から4回に分けて、ご紹介します。特に、フルトヴェングラーは最重要なので、2回に分けての特集です。

・ウィーン・フィル以外(6枚)
・フルトヴェングラー(7枚+)は2回シリーズで
・ウィーン・フィル(6枚)

計19枚以上聴きます。

今回はウィーン・フィル以外の6枚を聴きます。

以下、録音年順に感想を書いていきます。


トスカニーニ、NBC交響楽団 1952年録音 モノラル

 こちらは2回目の全集盤です。最近リリースされたトスカニーニ大全集からの1枚です。

 第1楽章、引き締まったアンサンブル。そして、明快なスタイル。トスカニーニは確信を持って、己が道を突き進みます。一気呵成な演奏です。
 第2楽章、素晴らしいアンサンブル。一糸乱れずに見事な響きです。
 第3楽章、天国的な美しい世界を描き切っています。ここまで、各楽章の性格を描き分けてみせたのは実に見事。天上からの美しい光が差してくるような素晴らしい演奏です。
 第4楽章、冒頭の素晴らしい響き・・・これは凄い。パーフェクトです。続く「歓喜」の主題も実に美しい演奏。バス独唱のはいりも立派です。独唱陣、合唱も加わり、素晴らしい高みに上っていきます。声楽陣も素晴らしく、音楽的頂点が続き、圧巻のフィナーレ。感動です。

ワルター、コロンビア交響楽団 1959年録音

 全集盤(2回目)からの1枚です。

 第1楽章、彫琢された素晴らしいとしか言いようもない音楽です。すべてを包み込んでくれるような大きさと格調の高さがあります。
 第2楽章、このオーケストラとしては最高のアンサンブルのパフォーマンスを発揮した見事な演奏。余程のメンバーを揃えたのでしょう。品格がある上に切れのよいアンサンブル。
 第3楽章、これはこれは何という演奏でしょう。音楽の“美”の頂点を極めたような演奏です。この演奏は少年時代から聴き続けてきたものですが、この歳になって、ようやく、この音楽の素晴らしさが実感できました。まあ、この音楽は子供には分からなかったかもしれません。体の奥底から静かな感動が湧き起ってきます。永遠の時を刻んでいくように感じる音楽です。
 第4楽章、これまでの静けさを打ち破るように強烈な響き。続く説得力のある音楽。見事なアンサンブルに耳を傾けるのみです。肌触りのよいこと、この上なし。管弦楽の演奏する「歓喜」の主題が頂点に達するところでは早くも感動。声楽とオーケストラが混然一体になっての演奏ではもう感動の嵐です。そして、フィナーレではどうしようもない感動に打ち震えます。

コンヴィチュニー、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1959/61年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の美しい響き。そのリッチなサウンドがゆったりとしたテンポで偉大な曲を紡いでいきます。これはとても素晴らしい演奏です。
 第2楽章、これもとんでもなく切れ味のよいライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の響き。ただただ、陶然として聴き惚れるだけです。
 第3楽章、これはこの曲の美しい雰囲気を出し切れずに少し硬い表情になっています。しばらくすると、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団本来の素晴らしい響きが聴こえてきます。弦主体の演奏は深い響きで魅了します。
 第4楽章、管弦楽の演奏する「歓喜」の主題は素晴らしい響きです。うっとりと聴き惚れます。テオ・アダムのバス独唱が素晴らしく充実しています。声楽陣が素晴らしく充実しており、圧倒されます。教会の合唱隊を思わせるような清らかな合唱に胸が熱くなります。最後の4重唱の素晴らしさ、続く合唱も素晴らしく、これでは感動するしかありません。圧巻のフィナーレです。

クーべリック、バイエルン放送交響楽団 1975年録音

 全集盤からの1枚です。すべて、異なるオーケストラを指揮した画期的な全集ですが、この第9番はバイエルン放送交響楽団を指揮しています。

 第1楽章、まさに世界の創造という感じの悠久の広がりのある演奏。成熟という言葉がしっくりくるような音楽であり、演奏です。
 第2楽章、リズム感に優れた表現で実に切れがよいです。中間部での木管の響きの美しさは特筆に値します。
 第3楽章、敬虔とでも言うような厳かな響きに実に心が清められる思いです。ワルターの演奏した究極の美を再び思い起こさせます。
 第4楽章、くっきりと曲想が浮かび上がる明確なメッセージ性を持った演奏です。気品も感じられます。トマス・スチュアートの独唱もさすが。豪華な歌手たちの4重唱もさすが。特にヘレン・ドナートの美声が素晴らしいです。フィナーレの大合唱とオーケストラの大音響がヘラクレスザール(多分ね)の強靭なホールに響き渡るのは凄い迫力です。

ジュリーニ、ベルリン・フィル 1989/90年録音

 ジュリーニが全集を残さなかったのはとても残念です。それでも第9番はこの録音があります。

 第1楽章、明快にして、雄渾。一点の曇りもありません。ベルリン・フィルのパーフェクトなアンサンブルにも感嘆の念を禁じえません。
 第2楽章、シンフォニックな演奏。豊かな響きです。
 第3楽章、ゆったりとした静かな演奏ですが、芯のしっかりした響き。弱音でさえもあくまでもシンフォニック。特に低弦の響きが美しいです。この曲では低弦の響きが音楽の持つ内面性をうまく表現できますね。
 第4楽章、ベルリン・フィルらしく、硬質の響きで隈取のはっきりした演奏。低弦の美しさが群を抜いています。声楽陣は可もなく不可もなしという出来に感じます。オーケストラの響きが上回っています。もったいないですね。それでも、後半では、合唱も段々と研ぎ澄まされて、純化してきます。コーダのオーケストラは凄い突っ込みです。

 全体の演奏の出来としては、ジュリーニならば、シカゴ交響楽団かウィーン・フィルと演奏すれば、もっとよかったのではないかというのが正直な感想です。

ハイティンク、ロンドン交響楽団 2006年録音

 全集盤(3回目)からの1枚です。

 第1楽章、活力あふれる演奏。ハイティンクの気力十分。ダイナミックレンジが大きくとられた優秀録音で、ボリューム大き目で聴く必要があります。
 第2楽章、精度の高い演奏です。ロンドン交響楽団のアンサンブルもよく揃っています。
 第3楽章、何とも肌触りの優しい音楽。過去・現在・未来、すべてを慈しむような優しさにあふれています。癒しでの音楽というよりも、すべてをそっと包み込んでくれるような音楽。ハイティンク畢生の名演です。
 第4楽章、ここまできて、ようやくオーケストラの配置が対向配置であることに気が付きました。それはそれとして、実に丁寧な演奏です。独唱、合唱、オーケストラのアンサンブルがとても素晴らしいです。じわじわと感動が込み上げてきます。後半の合唱も素晴らしく、もう感動しっぱなしです。10分間、涙の滲む思いでした。本当に素晴らし過ぎる最高の第9番でした。人生最高の名盤のひとつです。

ここまで凄い演奏ばかり。とりわけ、ハイティンク、ロンドン交響楽団の素晴らしさには圧倒されました。ワルター、トスカニーニも超名演です。

次回はこの交響曲第9番の一番の聴きもの、フルトヴェングラーの伝説の録音を聴きます。身が引き締まる思いです。


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この記事へのコメント

1, 和田さん 2013/11/18 10:55
ちょっと昨日の演奏について教えてください。 3列34番で聴いたのですが、人間の声より器楽の音が目立ち、フルトヴェングラーのLPや中之島のアバトの演奏に比べ肉声が主役になっていないと感じられました。これは、単に聴いた位置の問題であるのか、他の聴衆は違和感がなかったのでしょうか。 アバトの公演では、後ろに立った歌手が良く見えたのに反し、サントリーホールでは歌手が良く見えない低い位置にいるように感じたのですが ?

2, saraiさん 2013/11/18 15:47
和田さん、初めまして。

私は4列30番でした。同じような位置ですね。そんなに違和感は感じませんでしたが、人それぞれでしょう。合唱はよく聴こえてバランスがいいと感じました。4重唱は少し聴こえにくかったかもしれません。サントリーホールは前列に傾斜がないため、オーケストラ後方はよく見えません。木管奏者もほとんど見えません。音はちゃんと聴こえますけどね。
ちなみに4重唱では、ソプラノの声が通りにくく、あまり聴こえてきませんでした。CDと同じアネッテ・ダッシュが登場してくれればとは感じました。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスへの助走:交響曲第8番③ウィーン・フィル

ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスの第4日(11月17日(日):交響曲第8番、第9番)のプログラムについて、聴いていきます。

なお、予習に向けての経緯はここ
交響曲第1番についてはここ
交響曲第2番についてはここ
交響曲第3番《英雄》についてはここ
交響曲第4番についてはここ
交響曲第5番《運命》については1回目はここ、2回目はここ、3回目はここ
交響曲第6番《田園》については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第7番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここ、5回目をここ、6回目をここ
交響曲第8番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第9番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここに書きました。

(全予習が完了したので、全予習へのリンクを上記に示します。参考にしてくださいね。)

今回は前回に続いて、交響曲第8番ヘ長調 Op.93について聴きます。

今回はウィーン・フィルの1954年から2009年までの7枚を聴きます。

以下、録音年順に感想を書いていきます。


フルトヴェングラー 1954年録音

 これは全集盤(EMI)ではなく、亡くなる僅か3か月前のザルツブルク音楽祭の閉幕コンサート(1954年8月30日)のライブ録音です。このコンサートでは、第7番も一緒に演奏されました。さらに大フーガの管弦楽版も演奏されました。本稿の意図からは外れますが、それも是非、取り上げたいので、以下に感想を書きます。第7番については既に感想を書きました。それにしても、この最晩年のフルトヴェングラーの孤高の境地たるや、恐ろしいほどのもので、ベートーヴェンの交響曲の第5番から第9番まで、大変な演奏ばかりです。実はこのザルツブルク音楽祭の閉幕コンサートの3週間後、ベルリン・フィルとの2回のコンサート(9月19日、20日)がフルトヴェングラーの最後のコンサートになりますが、このときにベートーヴェンの交響曲第1番を取り上げており、録音も残っているようです。これがフルトヴェングラー最後のベートーヴェンのようです。是非とも1度聴いてみたいものです。

 第1楽章、矢折れ、刀尽きた英雄が最後の力を振り絞っているかの如きの演奏に聴こえてしまいます。巨匠の死が迫っているのを知っている聴き手の感傷でしょうか。時折、平明な美しさが感じられます。
 第2楽章、ウィーン・フィルの美しい弦楽合奏による、たおやかな音楽です。
 第3楽章、古典的な造形美の音楽。ただ、音楽の歩みが重く感じられます。第1楽章と同様です。フルトヴェングラーの肉体・精神の状態を反映しているのでしょうか。
 第4楽章、これはとても気力が充実した演奏。文字通り、生命を燃焼するような演奏に思えてなりません。見事にフィナーレを締めくくります。

 次に大フーガが演奏されました。ベートーヴェンが9曲の交響曲を書き上げた後、後期の弦楽四重奏曲、5曲を作曲しますが、第13番の終楽章として、作曲された大フーガは中でも革新的で素晴らしい作品です。ポスト交響曲第9番として、この大フーガを巨匠の最晩年の演奏で聴いてみましょう。

 大フーガ、激しく切ない音楽です。ウィーン・フィルの弦楽セクションの見事なアンサンブルを駆使して、生命を燃やし尽くすような白鳥の歌。身もだえするような音楽が永遠に続いていくように感じます。そして、深く沈潜するような内面からの声が聞こえてきます。大変、深い感動を与えてくれる演奏でした。

シュミット・イッセルシュテット 1968年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、とてもスケールの大きな演奏。ウィーン・フィルの美しいアンサンブルが響き渡ります。高弦の美しいこと、その艶っぽさに感銘を受けます。演奏の切れも素晴らしく、シュミット・イッセルシュテット会心の演奏と言えるでしょう。
 第2楽章、リズムの刻みとメロディーラインのバランスが絶妙でとても美しいです。
 第3楽章、響きのたっぷりしたリッチな音楽です。
 第4楽章、何も言うことなし。ともかく、愉悦に浸れる素晴らしい音楽が展開されます。弦はもとより、木管の美しい響きが印象的です。

ベーム 1972年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、凝縮力の高い演奏。ちょっと、響きが硬い印象もあります。後半にかけて、音楽の展開がドラマティックに感じられます。それだけ、求心力が強い演奏とも言えるでしょう。
 第2楽章、ゆったりしていますが律動的な要素に重点を置いた表現です。
 第3楽章、力感に重点を置いた表現。トリオは牧歌的です。
 第4楽章、出だしは響きが混濁して聴こえますが、次第に響きが純化され、表現も美しくなっていきます。最後は力強さも増して、堂々としたフィナーレです。

バーンスタイン 1978年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、まとまりはありますが、今一つのりきれていない印象。バーンスタインらしい溌剌さもさほど感じられず、ウィーン・フィルの響きの美しさも物足りない感じです。
 第2楽章、これももう一つ、リズミックさが物足りない感じです。バーンスタインとウィーン・フィルがお互いに遠慮しあったような中途半端さを感じます。
 第3楽章、これは響きも豊かでふわっとした音楽作りが美しいです。トリオの牧歌的な響きも美しいです。
 第4楽章、この楽章は響きも音楽の流麗さも申し分ありません。特にトゥッティでの精悍さは素晴らしいです。コーダのアンサンブルも最高です。終わりよければ、すべてよしというところですね。何といってもライブですからね。

アバド 1987年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、ウィーン・フィルの柔らかい響きを存分に活かした演奏。アバドらしく、終始一貫続いていく美しい演奏には感銘を受けます。
 第2楽章、この楽章も美しいです。弦の奏でるメロディーが美しく響きます。満足です。
 第3楽章、たっぷりした美しい響きで堪能させてくれる演奏。トリオは憧れに満ちた音楽です。
 第4楽章、実に活き活きと勢いのある演奏。アバドの気魄めいたものも垣間見えます。

ラトル 2002年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、細部にはユニークな表現もみられますが、全体としては意外にオーソドックスで美しい響きの演奏です。
 第2楽章、驚くほどクリアーな演奏。ウィーン・フィルの美質とラトルの洗練さがぴったり合ったものなのかしらね。。
 第3楽章、この楽章はもっとたっぷりと豊かな響きで満たしてほしかった感じに思えます。アバドの演奏スタイルのほうがよかったような・・・。
 第4楽章、これは素晴らしいです。響き、流れ、共に満足です。微妙な間や弱音の繊細さまで見事に決まっています。いかにもラトルらしい知的な音楽作りの技を見せつけられた思いです。

ティーレマン 2009年録音

 もちろん、これを聴くのが目的! これを最後に聴きます。

 第1楽章、驚くほど、柔らかな開始。優美な演奏が続いていきます。次第に精悍な顔に変容していきます。最後は整然としたコーダ。
 第2楽章、清潔感のある演奏です。バランスもとってもいいです。
 第3楽章、丁寧に表情付けをした細心の演奏。トリオも実に丁寧な演奏です。
 第4楽章、押しまくる演奏ではなく、流麗で優美な演奏。とても美しい演奏です。終盤、タメを作ったりして、やはり、ティーレマンらしい演奏ではありますが、もっと迫力のある演奏をしてくるだろうと思ったのは大外れでした。こういうティーレマンの演奏もいいですけどね。


今回聴いたウィーン・フィルの演奏もいずれも素晴らしいものばかりです。フルトヴェングラーの演奏は別格ですが、どれか、選ぶのなら、シュミット・イッセルシュテットとアバドでしょうか。ティーレマンもほぼ同レベルです。ウィーン・フィル以外の演奏にも名演が目白押し。トスカニーニ、ワルター、シューリヒトという3巨匠は格別ですし、ハイティンク、バーンスタイン(ニューヨーク・フィル)、クーベリック、コンヴィチュニーも見事な名演奏です。この第8番は何故か、素晴らしい演奏が多いようです。

最後に肝心のティーレマンのベートーヴェン・チクルスの聴きどころです。

 1.実演でも、こういう優美な演奏をするのか、それとも迫力ある演奏に変容するのか、とても興味深いところです。かなり即興性のあるティーレマンなので、その場にならないと分からないでしょう。
 2.もし、優美な演奏なら、ウィーン・フィルの美しい響きを思いっ切り楽しむことになりますね。
 3.いずれにせよ、この第8番の後に、休憩後とは言え、大曲の第9番が控えているので、あまり、この第8番に入れ込み過ぎると、聴き手のこちらの体力が持ちませんから、ほどほどにして、聴くことも肝要です。。


次回は遂に交響曲第9番に突入します。やはり、凄い演奏が目白押しです。


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ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスへの助走:交響曲第8番②ウィーン・フィル以外2回目

ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスの第4日(11月17日(日):交響曲第8番、第9番)のプログラムについて、聴いていきます。

なお、予習に向けての経緯はここ
交響曲第1番についてはここ
交響曲第2番についてはここ
交響曲第3番《英雄》についてはここ
交響曲第4番についてはここ
交響曲第5番《運命》については1回目はここ、2回目はここ、3回目はここ
交響曲第6番《田園》については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第7番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここ、5回目をここ、6回目をここ
交響曲第8番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第9番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここに書きました。

(全予習が完了したので、全予習へのリンクを上記に示します。参考にしてくださいね。)

今回は前回に続いて、交響曲第8番ヘ長調 Op.93について聴きます。

今回はウィーン・フィル以外の内、1958年以降の6枚を聴きます。すべて、ステレオ録音になります。

以下、録音年順に感想を書いていきます。


ワルター、コロンビア交響楽団 1958年録音

 全集盤(2回目)からの1枚です。

 第1楽章、大変、明快な音楽。力みも思い入れもなく、自然な音楽がすっと流れていきます。名人だけがなし得る芸術。ワルターが芸術家として、大変なレベルに達していたことが窺い知れます。これがウィーン・フィル相手だとどうだったのかなとつい想像してしまいます。いずれにせよ、本当に見事な演奏です。感嘆してしまいます。
 第2楽章、無理のない柔らかい音楽がいとも簡単にさらっと流れていきます。これは規範となるべき演奏だと感じます。
 第3楽章、古典的で典雅な音楽をまさに一幅の絵にしたような完璧さに、それ以上言うべき言葉を持ちません。
 第4楽章、何と柔らかく気品のある演奏でしょう。ワルターの至芸にじっと耳を傾けるのみです。

コンヴィチュニー、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1960年録音

 全集盤からの1枚です。

 第1楽章、生気みなぎる演奏。何よりもライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の響きの素晴らしさ。これはこの全集の中でも特に優れた演奏です。とても素晴らしいです。
 第2楽章、とても速いテンポ。さらっと通り過ぎていく感じです。
 第3楽章、これも速めのテンポ。重心の低い、がっちりした演奏。ここでもライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のアンサンブルの素晴らしさが印象的です。
 第4楽章、素晴らしい響きの音楽が展開されます。瑞々しい豊潤な音楽に魅了されます。これも名演です。

バーンスタイン、ニューヨーク・フィル 1963年録音

 バーンスタインの旧盤の全集からの1枚です。ウィーン・フィルとの全集に先立つこと、15年ほど前の録音です。現在から、ちょうど50年前の録音です。

 第1楽章、清新で瑞々しい演奏。この頃のバーンスタインは若くて勢いがあって、本当によかったです。こういうベートーヴェンの演奏にも心躍らされます。
 第2楽章、リズミックな音楽はバーンスタインが得意にするもの。実に心地よい音楽です。
 第3楽章、元気一杯の音楽。田園の宴という感じでしょうか。楽しげな雰囲気の音楽はとてもよいものです。
 第4楽章、躍動感のある演奏ですが、意外にテンポは落ち着いています。いかにも張りきった指揮で微笑ましく感じます。力感あふれるフィナーレは素直に気持ちがよいものです。

クーべリック、クリーブランド管弦楽団 1975年録音

 全集盤からの1枚です。すべて、異なるオーケストラを指揮した画期的な全集ですが、この第8番はクリーブランド管弦楽団を指揮しています。

 第1楽章、溌剌とした演奏ですが、柔らかい抒情も秘めているように感じます。やがて、熱情あふれる音楽になっていき、ぐっと気持ちが惹きつけられます。コーダの熱い盛り上がりも見事です。
 第2楽章、実に柔らかい優美な音楽。
 第3楽章、抒情的な歌い回しが見事でロマンチックな気分を味わわせてくれます。力感もありますけどね。
 第4楽章、勢いのある迫力と、瑞々しい感性の抒情が、バランスよくミックスされている素晴らしい表現です。何度でも聴きたくなるような超名演。

ハイティンク、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1987年録音

 ハイティンクについてはロンドン交響楽団との3回目の全集を聴いてきましたが、やはり、手兵とも言えるアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との2回目の全集についても聴いておきましょう。なお、1回目の全集はロンドン・フィルとのものですが、最近になって、ようやくCD化されるそうです。若いころのベートーヴェン演奏がどうだったのか、大変、興味深いですね。

 第1楽章、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のまろやかで深い響きで真正のベートーヴェンの世界を紡いでいきます。この時期のハイティンクは個性がないという世評ですが、それは円熟してきたことの裏返しの表現ではないかと思います。作曲家のスコアにのみ奉仕していく厳しい姿勢が貫かれている素晴らしい演奏であると感じます。何といっても、この素晴らしい響きはどうでしょう。
 第2楽章、過不足のないバランスのよい演奏。
 第3楽章、こんなに無色透明なベートーヴェンも珍しいです。実にベートーヴェンに忠実な演奏です。
 第4楽章、この楽章は勢いのある演奏です。それもベートーヴェンの意図に沿ったものなのでしょう。

 ベートーヴェンの交響曲にリファレンスというものが存在するとすれば、まさにこれがそのリファレンス盤。また、この全集を第1番から聴き直してみないといけないなと感じた次第です。

ハイティンク、ロンドン交響楽団 2005/6年録音

 全集盤(3回目)からの1枚です。

 第1楽章、簡潔な表現できびきびした演奏。余計な装飾はすべて排除したような禁欲的とも思える演奏です。それでも、ロンドン交響楽団のアンサンブルは素晴らしく美しいです。何故か心に迫ってくる演奏です。
 第2楽章、流麗で美しい響きは何かの感情を呼び起こします。オペラ的な世界でしょうか。とても素晴らしい演奏です。
 第3楽章、トリオの部分の表情豊かな演奏が印象的です。
 第4楽章、ともかく見事な演奏。一言で内容を述べるのは困難です。柔らかい響きで、メロディーラインの美しさも際立っています。控え目でありそうで、迫力も感じさせられます。音楽的内容がぎっしりと詰まっている、熟成した、大人の音楽です。

 2回目と3回目の全集盤の違いは驚くほどです。ハイティンクの精神的な変容が感じられます。これは是非とも、1回目の全集も聴いてみなければという強い気持ちが湧いてきました。


次回はこの交響曲第8番の演奏について、ウィーン・フィルの1954年のフルトヴェングラーの演奏から、2009年のティーレマンの演奏まで、7種類の録音を聴きます。


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ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスへの助走:交響曲第8番①ウィーン・フィル以外1回目

ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスもいよいよ迫ってきました。予習も山場に差し掛かってきました。焦って、予習を進めていきます。

今回からはティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスの第4日(11月17日(日):交響曲第8番、第9番)のプログラムについて、聴いていきます。いよいよ、最終日のプログラムです。

なお、予習に向けての経緯はここ
交響曲第1番についてはここ
交響曲第2番についてはここ
交響曲第3番《英雄》についてはここ
交響曲第4番についてはここ
交響曲第5番《運命》については1回目はここ、2回目はここ、3回目はここ
交響曲第6番《田園》については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第7番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここ、5回目をここ、6回目をここ
交響曲第8番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ
交響曲第9番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここに書きました。

(全予習が完了したので、全予習へのリンクを上記に示します。参考にしてくださいね。)


今回からはまず、交響曲第8番ヘ長調 Op.93について聴いていきます。
交響曲第8番は1812年に作曲されました。前作の交響曲第7番とほぼ同時期に作曲されたことになります。非公開の初演はウィーンのルドルフ大公邸で1813年4月20日、交響曲第7番も一緒に行われました。交響曲第5番と交響曲第6番が同時に初演されたのと同じく、ペアのような関係の第7番と第8番です。交響曲第5番と交響曲第6番は両方とも革新的な作品でしたが、交響曲第7番と交響曲第8番は正統的な古典手法に回帰した作品です。公開初演は交響曲第7番に遅れて、1814年2月27日にウィーンで行われました。
この交響曲第8番は規模が小さく、地味な印象ですが、今回、改めて、聴きなおして、大変、優れた作品であることを再認識しました。規模は別にして、交響曲第7番と同等の作品です。実際、ベートーヴェン自身も大変、自信を持っていたそうです。

その名演の数々を聴いていきます。今回から3回に分けて、ご紹介します。

・ウィーン・フィル以外(11枚)
  1957年以前のモノラル盤(5枚)、1958年以降のステレオ盤(6枚)
・ウィーン・フィル(7枚)

計18枚聴きます。

今回はウィーン・フィル以外の内、1939年から1957年までの5枚を聴きます。すべて、モノラル録音になります。

以下、録音年順に感想を書いていきます。


トスカニーニ、NBC交響楽団 1939年録音 モノラル

 トスカニーニはNBC交響楽団との間でベートーヴェン交響曲全集を2回、録音しています。これは1回目の全集の録音です。

 第1楽章、まさに怒涛のような音の塊が響き渡ります。凄い気魄の演奏です。一気に気持ちが高揚させられます。トスカニーニは音楽の持つ根源的な力を知っているんですね。いやはや、凄い演奏です。
 第2楽章、実に歯切れがよくて、まるでヴェルディのオペラを聴いているような錯覚に陥ってしまいます。
 第3楽章、引き締まった表現で古典的な音楽を楽しませてくれます。アンサンブルが何とも見事です。
 第4楽章、流麗さと歯切れの良さを織り混ぜて、驚異的なアンサンブルを聴かせてくれます。この演奏を聴いて、第8番が他に劣らない名曲であることをはっきりと再認識させられました。

ワルター、ニューヨーク・フィル 1942年録音 モノラル

 ワルターの1回目のベートーヴェン交響曲全集です。フィラデルフィア交響楽団を指揮した交響曲第6番以外はニューヨーク・フィルを指揮しています。ワルターがニューヨーク・フィルを指揮したものを初めて聴いてみます。

 第1楽章、トゥッティの音の分離がよくないのが気になりますが、厳しい表現の中に柔らかさを持った演奏です。60代のワルターの覇気が感じられます。
 第2楽章、柔らかいリズムを刻みながら、潤いのある表現で音楽を展開していきます。
 第3楽章、ワルターらしく優美な演奏です。それでいて、芯の通った表現です。この曲の本質を突いていると感じました。
 第4楽章、力強さと優美さのバランスのとれた演奏。これがワルターの音楽の真髄なんでしょう。終盤の音楽の熱さにも驚きます。これもワルターなんですね。

トスカニーニ、NBC交響楽団 1952年録音 モノラル

 こちらは2回目の全集盤です。最近リリースされたトスカニーニ大全集からの1枚です。

 第1楽章、1939年の火の玉のような激しさは影をひそめましたが、アンサンブルの精度は高まり、力強く、美しい演奏です。中盤の弦楽合奏が素晴らしく、感動してしまいます。
 第2楽章、バランスのとれた見事なアンサンブルで比較的落ち着いた表現です。
 第3楽章、トスカニーニにしては、力強さの中にも典雅さを感じさせる表現に感銘を受けます。
 第4楽章、きびきびとリズムを刻みながらも旋律線を美しく表現するという実に見事な演奏。厳しい音楽の中にこそ、本当の美があることを教えられます。引き締まったコーダに大いなる感銘を受けます。

フルトヴェングラー、ベルリン・フィル 1953年録音 モノラル

 これはドイツ・グラモフォンから、The Originalsというシリーズで出ているCDで、交響曲第7番とセットになっています。亡くなる前年、晩年の演奏です。

 第1楽章、ベルリン・フィルの強力なアンサンブルが深々とした響きを轟かせます。堂々とした重量感のある、それでいて、美しい演奏。これがフルトヴェングラーのベートーヴェンです。何という雄々しい演奏でしょう。深く感動するだけです。
 第2楽章、艶やかな弦楽合奏を主体に粛々と厳かな音楽。聴き応え十分です。
 第3楽章、豊潤な音楽。祝祭的な気分さえ漂います。この曲から、こんなにたっぷりとしたものを引き出すとは驚きです。
 第4楽章、豊かな響きで始まった音楽も次第にアッチェレランドして、白熱化していきます。いったん、沈静化した嵐も終盤、激しく高揚してフィナーレ。素晴らしい演奏です。

シューリヒト、パリ音楽院管弦楽団 1957年録音 モノラル

 シューリヒトの全集盤、交響曲第7番の演奏が素晴らしかったので、全集版から、もう1曲聴いてみます。

 第1楽章、これがシューリヒトの第8番なのかと驚いてしまいます。何とも、まろやかで、ふわっとした明るい演奏です。まるで別の曲を聴いているような感じです。しかし、次第に、切れ味鋭い演奏であることにも気が付きます。だんだんと演奏に引き込まれていきます。とても素晴らしい演奏です。
 第2楽章、流麗でモダンとも言えるスタイルで古典音楽を浮き彫りにする演奏。実にスマートです。
 第3楽章、典雅なスタイルで古典音楽を見事に表現。まさに正統的な演奏です。
 第4楽章、高弦の美しい響きにのって、流麗で優美な音楽が耳に心地よく感じます。これもスマートな音楽です。こういう演奏もいいものです。


次回はこの交響曲第8番のウィーン・フィル以外の演奏、1958年以降のステレオ録音を聴きます。


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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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はじめまして。ブログ拝見させていただきました。私は、個人ブログを運営しているyuichironyjpと申します。フリーランサーとして活動しており、フリーランスで稼ぐ方法や、

06/14 23:46 Yuichironyjp

ありがたいコメント、嬉しいです。マーラーのファンのかたにこそ、読んでいただきたかったので、気持ちを共有できた思いです。自然の中にこそ、マーラーの音楽の本質はあり

04/23 23:45 sarai

マーラーの作品を聴きながら、ブログを読ませていただいています。
読みながら画像を見て、マーラーの過ごした風景に想いを馳せて楽しんでいます。
素敵なブログをありがと

04/23 21:47 

マーラー6番ですか・・・ハンマー打撃は勘弁してほしいものです。あったとしても、3回目の打撃だけは・・・

04/11 18:10 sarai

まさにマーラー6番な状況です笑

04/11 17:51 kico

お互い、残念でしたね。今年でヨーロッパ遠征を終わりにする予定でしたが、悲劇的な状況になりました。天はまだ我に旅を続けよというご託宣を与えたのでしょうか。1年延期

04/11 03:13 sarai

以前にもコメントさせていただいた者です。来ましたね、楽友協会からのメール。私たちはとりあえず1年延期としましたが、どうでしょうね。困っている人が多い中贅沢な悩み

04/11 00:33 kico
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