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ジルヴェスターコンサート@横浜みなとみらいホール 2011.12.31

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお付き合いください。
昨年はアップ記事数374。今年は昨年を上回る記事数、記事内容をめざします。ご期待ください。

年跨ぎは我が家恒例の横浜みなとみらいホールのジルヴェスターコンサートです。昨年同様、娘夫婦と4人です。コンサートの前にはいつもちゃんとしたディナーをいただくことにしています。今回はちょっと足を伸ばし、中華街の有名店、聘珍樓本店でいただきました。オードブルから最後の杏仁豆腐までとても美味しいコースでした。まだまだ、時間がたっぷりあったので、中華街からみなとみらいホールまで山下公園沿いに歩いていくことにしました。腹ごなしにちょうどいいでしょう。大桟橋、赤煉瓦倉庫と過ぎます。赤煉瓦倉庫では特設リンクでアイススケートを楽しむ人達がいます。なかなかロマンチックな雰囲気です。コスモワールドの大観覧車もライトアップしてとても綺麗。橋を渡ると、みなとみらいホールです。もう、8時半くらいで既に開場しています。コートを預けて、ホールに入ります。今日は前から3列目に陣取ります。
このジルヴェスターコンサートは第1回以来、1回も休むことなく、もう10年以上も聴いています。
今回のキャストは以下です。

  音楽監督:池辺晋一郎
  指揮:飯森範親
  司会:朝岡聡
  ヴァイオリン:徳永二男、漆原啓子、漆原朝子
  ピアノ:菊池洋子
  ソプラノ:安藤赴美子
  テノール:小原啓楼
  管弦楽:横浜みなとみらいホール・ジルヴェスターオーケストラ
  コンサートマスター:三浦章宏(東フィル)、扇谷泰明(日フィル)、藤原浜雄(読フィル)、石田泰尚(神奈フィル)、高木和弘(東響)、神谷未穂(仙台フィル)

かなり、ヴァイオリンの布陣が強力ですね。
今回のプログラムは以下です。

  ◆池辺晋一郎:ヨコハマ・ファンファーレ
  ◆ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
  ◆バルトーク:管弦楽のための協奏曲より 第2楽章
  ◆マスネ:タイスの瞑想曲
  ◆ヴェルディ:「運命の力」序曲
  ◆ヴェルディ:オペラアリア
         「リゴレット」より、《女心の歌》
         「椿姫」より、《ああそはかの人か》、《花から花へ》、《パリを離れて》、《乾杯の歌》

    《休憩》

  ◆リスト:ラ・カンパネラ
  ◆アレンスキー:ピアノ三重奏曲第1番ニ短調 op.32 より 第3楽章、第4楽章
  ◆モーツァルト:2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネ ハ長調 K.190 より 第1楽章
  ◆ピアソラ :ブエノスアイレスの四季より “春”“秋”
  ◆チャイコフスキー:祝典序曲「1812年」Op.49
  ◆マックス・スタイナー:「風とともに去りぬ」より “タラのテーマ”(キャンベル・ワトソン編曲)
  ◆ベートーヴェン:交響曲第8番より 第Ⅰ楽章
  ◆J.シュトラウス1世:ラデツキー行進曲

プログラムで気になるところは、アレンスキーって誰でしょう。知りません。カウントダウン曲はチャイコフスキーの《1812年》です。どうしてでしょう? 子供の頃はよく聴きましたが、ずい分長い間聴いていません。また、何故、「風とともに去りぬ」が演奏されるんでしょう。色々と謎の多いプログラムです。

いつもの通り、現在はこのホールの館長をしている池辺晋一郎がこのジルヴェスターコンサートのために作曲したファンファーレからコンサート開始です。ドビュッシー、バルトークと進み、お馴染みの《タイスの瞑想曲》です。ヴァイオリンのソロは東京交響楽団のコンサートマスター高木和弘ですが、実に美しい響き。耳慣れたメロディーですがなかなかいいものです。続いて《運命の力》序曲です。久しく、オペラ《運命の力》を見ていないので、オペラのシーンを思い浮かべ、無性に見たくなります。続いて、ヴェルディのアリアです。テノールの小原啓楼は初めて聴きますが、明るい声でイタリア人のテノールのような響きで好感を持てます。これで高音が安定すれば、文句なしです。ソプラノの安藤赴美子も初めて聴きますが、日本人離れした声量でなかなかの逸材です。saraiとしてはソプラノの声に透明感を求めるので、そのあたりが残念なところ。また、もう少し、声をコントロールして、平板な歌にならないようにしてくれればとも思いました。いずれにせよ、大変な潜在能力を持った歌手なので、順調に育ってほしいものです。

休憩後はリストの超名曲からです。ピアノは菊地洋子で、この人も初めて聴きます。音のタッチはクリアーでsarai好みの音です。好演に感じました。もっとも配偶者は厳しく、予習したCDの美しい演奏には及ばないとのことですが、それもその筈、リストの大御所ボレットのCDですからね。続いてはアレンスキーです。ロシア人の作曲家とのことですが、ロシアではチャイコフスキーのピアノ3重奏曲《ある芸術家の思い出》が発表されて以降、ピアノ3重奏曲は故人へ捧げられる伝統があるそうで、この曲もそうした曲だそうです。今回選曲したのはこの曲を大震災の被害者の追悼にあてるためだそうです。そして、この曲も演奏もこの日最高のものでした。室内楽らしく、実にインティメットな曲・演奏で初聴きながら、感動しました。なかでもピアノの菊地洋子が全体のベースとなって演奏を支えていたことに強い印象を受けました。本当に音楽的な感性を持ったピアニストです。彼女はモーツァルトのスペシャリストとのことですから、リサイタルを是非聴こうと思いました。彼女からも紀尾井ホールでのモーツァルト・リサイタルの紹介があったので、早速、チケットを購入しました。2月のリサイタルが楽しみです。
続いて、モーツァルト、ピアソラと進み、いよいよ、カウントダウンにはいります。チャイコフスキーです。「1812年」を選曲したのは、200を足すと2012年になるからだそうです。なるほどね。飯森範親のまことに見事な指揮で、「1812年」は1秒と違わずにぴったり12時ちょうどに完了。会場はおおいに盛り上がりました。それに「1812年」は大砲の音がはいりますが、今どきですから、飯森範親の所有するサンプリング音源で凄いサウンドがスピーカーから流れ、同時にそのスピーカー(3カ所)のまわりに配置したライトがピカピカと光りました。「1812年」はこれくらい派手にやらなくっちゃあね。うん、納得!
新年にはいり、最初の曲は「風とともに去りぬ」です。これは日本で映画公開されたのが1952年で公開60周年だそうです。saraiとほぼ同じ年輪を刻んでいます。この曲を聴きながら、名文句「Tomorrow is another day」を思い出しました。色々あった1年ですが、明日に希望を持ちたいものです。続いて、ベートーヴェンの交響曲第8番です。10月にウィーン楽友協会でウィーン・フィルの演奏で感銘を受けたばかりです。この曲は1812年に作曲されたそうです。ちょうど200年前です。
最後は恒例のラデツキー行進曲で幕。

2011年最後のコンサートで2012年最初のコンサートでした。



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今年の音楽総決算:オーケストラ・声楽曲編

今年の音楽の総決算もいよいよ最後になりました。

今回はオーケストラ・声楽曲編です。
このジャンルは毎年素晴らしいコンサートが多く、いつも感動に浸り、音楽家の方達に感謝と尊敬でいっぱいです。今年も素晴らしいコンサートが多く、ベストの選択が大変です。
ちなみに昨年の結果はここです。

で、今年は以下をベスト10に選びました。

1位 ブルックナー7番:プレートル+ウィーン・フィル@ウィーン楽友協会 10.30
2位 マーラー9番:ラトル+ベルリン・フィル@サントリーホール 11.24
3位 ベートーヴェン8番:エッシェンバッハ+ウィーン・フィル@ウィーン楽友協会 10.23
4位 ブルックナー8番:シャイー+ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管@サントリーホール 3.4
5位 ショスタコーヴィチ5番:インバル+東京都響@東京文化会館 12.12
6位 英雄の生涯:ティーレマン+ミュンヘン・フィル@ミュンヘン・ガスタイク 4.16
7位 チャイコフスキー2番:上原彩子+東京都響@サントリーホール 9.27
8位 メンデルスゾーン:庄司紗矢香、テミルカーノフ、サンクトペテルブルグ・フィル@サントリーホール 11.1
9位 ベルク:ツィンマーマン、アラン・ギルバート+東京都響@サントリーホール 7.18
10位 マーラー4番:ハーディング+マーラー室内管@Bunkamuraオーチャードホール 6.7

次点 マーラー1番:ネルソンズ+ウィーン交響楽団@ウィーン楽友協会 10.28

プレートル+ウィーン・フィルは昨年の来日公演に続いての連覇です。今年は特にウィーン楽友協会の素晴らしい響きもあいまって、感動の演奏でした。事前にゲネプロも体験し、リンツにブルックナー詣でもすませての期待を裏切らない素晴らしいブルックナーを聴かせてくれました。もう、このコンビでのブルックナーもこれが最後ではないでしょうか。これも忘れられない思い出になりそうです。

ラトル+ベルリン・フィルのマーラーの交響曲9番も快演でした。ベルリン・フィル初体験にふさわしい高水準のマーラー、それも9番です。ラトルの地味でオーケストラの自発性に委ねた指揮ぶりも印象的でした。来年はベルリン・フィルをベルリンの本拠地で聴けそうなので、今から楽しみです。

3位以降はそんなに大きな差はなく、かなり、順位選定には迷いました。
エッシェンバッハ+ウィーン・フィルのベートーヴェンの8番はウィーン・フィルを初めて楽友協会で聴いた、saraiにとって記念すべきコンサートということでこの順位です。このホールで聴いたベートーヴェンはまさに新鮮そのもの。8番ですら、こんな風ですから、ティーレマンのチクルスはいかほどだったかというのは想像するだに凄そうです。ビデオで聴いた演奏はそんなにピンときませんでしたが、やはり、ここは生で聴くべきホールです。

シャイー+ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のブルックナーの交響曲第8番は予想以上の素晴らしさ。あの長大な曲を集中して聴くことができました。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を振るシャイーは初めて聴きましたが、なかなか相性もよさそうです。長く続け、さらに練成していくことを期待したいものです。

日本のオーケストラもなかなかのものです。インバルが指揮する東京都交響楽団は一味違います。今年、12月定期のショスタコーヴィチのプログラムは第5番も第12番も素晴らしい演奏でした。特にここに選定した第5番はあまりに有名過ぎる曲ですが、インバルの実に丁寧なスコアを読み切ったような指揮に都響が限界までの能力を出し切った凄い演奏でした。時として、アンサンブルが崩れるほどまでの挑戦的な演奏、もう1度、再挑戦を期待したいものです。

ティーレマン+ミュンヘン・フィルのR・シュトラウスの《英雄の生涯》はさすがの演奏でした。如何せん、ミュンヘンのガスタイクホールは巨大過ぎて、saraiの席も結構ステージから遠く、その演奏の全容を把握しきれなかったというところでした。もっと、ベストの席で聴ければ、ベスト3は固かったでしょう。

上原彩子が東京都響の定期演奏会に登場してのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番は初めて聴いた曲ですが、上原彩子のピアノの素晴らしさにいつもながら魅了されました。まさにパーフェクトな演奏でした。昨年のチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番も素晴らしい演奏でベスト10に選定しましたが、彼女のチャイコフスキーはさすがに素晴らしいものです。今年はラヴェルのピアノ協奏曲も聴きましたが、これも快演でした。来年の1月のリサイタルが楽しみです。

日本人演奏家ではもう一人、庄司紗矢香がsaraiのお気に入り。彼女がいつも相性のよいテミルカーノフ+サンクトペテルブルグ・フィルと共演したコンサートは期待通りのものでした。CDではがっかりした演奏だったメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を魂のこもった演奏を聴かせてくれました。メンデルスゾーンというとあまりに名曲過ぎて、いつもは敬遠するんですが、この日の演奏は新鮮で刺激的でした。来年はヒラリー・ハーンでもこのメンデルスゾーンを聴く予定です。その聴き比べも楽しみです。

ツィンマーマンがアラン・ギルバート+東京都響と共演したベルクのヴァイオリン協奏曲も驚くほどレベルの高い演奏でした。パーフェクトと言っても過言でないヴァイオリンでした。なお、アラン・ギルバートのスケールの大きな音楽の作り方にも共感を覚えました。

ハーディング+マーラー室内管弦楽団のマーラーの交響曲第4番は胸の熱くなる演奏でした。オーケストラはこじんまりとした響きでしたが、誠実な音楽作りでじっくりとマーラーを堪能できました。ソプラノのモイツァ・エルトマンも美人であるだけでなく、初々しい歌唱に共感を覚えました。

以上がベスト10でいずれも今思い出しても素晴らしい演奏ばかりです。次点はネルソンズ+ウィーン交響楽団のウィーン楽友協会でのマーラーの巨人としました。同じ楽友協会で聴いたゴンザレス+ウィーン・トーンキュストラー管弦楽団のマーラーの交響曲第6番もよかったのですが、ネルソンズのあまりにダイナミックで熱狂的とも言える指揮ぶりに驚嘆して選定しました。もしも曲目がマーラーの巨人でなく、交響曲第2番以降ならば、きっとベスト10に入れたでしょう。

最後に収穫の多かった今年のコンサート・オペラ・リサイタルのなかで大賞を選定するとすれば、今まで書いてきたベスト10とは矛盾してしまいますが、

 ネトレプコ+ガランチャ《アンナ・ボレーナ》@ウィーン国立歌劇場

になります。こんなプラチナオペラはなかなか聴けないし、それに最近のネトレプコの異常な太り方をみていると、あのときはまだまだ正常の範囲内でしたから、今後はどうなるか不安です。声には関係ないかもしれませんが・・・。ともかく素晴らしいオペラでした。

また、来年の感動に期待しながら、今年の総括に幕。




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今年の音楽総決算:オペラ・オペレッタ編

さて、前回に引き続き、今年の音楽の総決算です。

今回はオペラ・オペレッタ編です。
今年は6月のメトロポリタンオペラ以外はすべて海外でオペラ・オペレッタを聴きました。そういうわけでベストもほとんど海外でのオペラとなりました。オペラはどうしてもそうなりますね。
ちなみに昨年の結果はここです。

で、今年は以下をベスト10に選びました。

1位 カミラ・ニュルンド《サロメ》@ウィーン国立歌劇場 10.22
2位 ネトレプコ+ガランチャ《アンナ・ボレーナ》@ウィーン国立歌劇場 4.11
3位 デノケ《カーチャ・カバノヴァ》@パリオペラ座(ガルニエ宮) 4.1
4位 フリットリ/MET《ラ・ボエーム》@NHKホール 2011.6.17
5位 マレーナ・エルンマン+スピノージ《セルセ》@アン・デア・ウィーン劇場 10.25
6位 エヴァ・ヨハンソン《エレクトラ》@ローマ歌劇場 10.8
7位 ダムラウ/MET《ルチア》@東京文化会館 6.16
8位 ヤンソンス+バイエルン放送響《エウゲニ・オネーギン》@ミュンヘン・ヘルクレスザール 4.14
9位 シュヴァンネヴィルムス+ヨルダン《薔薇の騎士》@ミラノ・スカラ座 10.7
10位 《チャルダッシュの女王》@ウィーン・フォルクスオーパー 4.13

特別選 グルベローヴァ《ノルマ》@ミュンヘン・バイエルン国立歌劇場 4.15

カミラ・ニュルンドの《サロメ》はウィーン国立歌劇場のオーケストラの最高に美しい響きとあいまって、ネトレプコ、ガランチャという超弩級のオペラを押しのけて堂々の1位です。とにかく圧倒的に素晴らしく、感動で終始うるうる状態でした。今年はR・シュトラウスのオペラの当たり年でいずれも素晴しい公演でしたが、なかでもこれは一生忘れられないオペラになりそうです。saraiのベスト10でもネトレプコの3連覇を阻んだ予想外の名演でした。

ネトレプコとガランチャというスーパースターの夢の共演のプラチナオペラ《アンナ・ボレーナ》は本来なら、今年の最高のオペラになる筈でした。今でもネトレプコの最後のホーム・スイート・ホームのメロディを歌うシーンがまぶたに浮かんでくるくらい感動的なオペラでした。《サロメ》と同列1位にしたいくらい凄い公演でした。ですが、涙を飲んで、2位にしましょう。それくらい《サロメ》が圧倒的だったということです。初めて聴いたガランチャのインパクトも大きく、来年は4月にウィーン国立歌劇場にガランチャが出るかもしれない《薔薇の騎士》を聴きに行く予定です。

デノケの《カーチャ・カバノヴァ》は期待以上の素晴しい公演でした。何といってもデノケの歌唱がすべてと言っていいくらい、カーチャ役がはまっていました。上品な高音の響きは忘れられません。また、ネトピルの指揮が的確でヤナーチェックの独特の語法の音楽を見事に表現し、パリ国立オペラ座管弦楽団も彼の指揮に応えて、素晴しい響きを出していました。オーケストラだけでも聴きものでした。

大震災後で来日がやきもきさせられたメトロポリタンオペラでフリットリがミミを歌った《ラ・ボエーム》です。本当はフリットリには、《ドン・カルロ》のエリザベッタを歌って欲しかったんですが(その場合はベスト10には《ドン・カルロ》が確実にはいったでしょう)、フリットリの歌ったミミは本当に素晴しかった。まさに聖なる歌唱でした。フレーニ以外でここまでミミを歌える人がいるとは思ってもいませんでした。

アン・デア・ウィーン劇場でのバロック・オペラ《セルセ》は素晴しい公演でベスト3に入れたいくらいですが、ほかのオペラが凄過ぎて、この5位に甘んずることになりました。まあ、マレーナ・エルンマンが宝塚の男役みたいにかっこよくて、それでいて超絶技巧の歌唱までこなすとなると参りますね。他の歌手もそれぞれ素晴しく、演出も実によく考え抜かれており、見事な公演でした。スピノージ指揮のバロックアンサンブルも好演でした。

ローマ歌劇場の《エレクトラ》はそれは素晴しい出来ばえでした。特にタイトルロールのエヴァ・ヨハンソンの素晴しさといってははっきり言って驚きました。世界は広く、まだまだ、未知の素晴しい歌手がいるもんだと認識を新たにしました。と共にR・シュトラウスのオペラの素晴しさを再確認したのも事実です。ほかのオペラを聴いていなければ、これを1位にしても何もおかしくない出来ばえでした。

ダムラウがタイトルロールを歌った《ルチア》です。これもメトロポリタンオペラの来日公演でした。「狂乱の場」のダムラウの歌唱はまあ見事というしかない美しい響きでした。今、あれ以上歌える人は誰もいないでしょう。声の響きだけなら、ネトレプコよりも上です。エドガルド役のベチャワのフィナーレの歌唱にも泣かされました。感動したオペラです。

ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団の《エウゲニ・オネーギン》はミュンヘンのヘルクレスザールでのコンサート形式での上演でした。コンサート形式でなかったら、ベスト3を争ったであろうという素晴しい演奏でした。歌手陣も粒揃い。ヤンソンスの指揮を見直した公演でした。それにオーケストラの響きの素晴しかったこと!

ミラノ・スカラ座の《薔薇の騎士》です。このオペラを見たときはミラノ・スカラ座の実力に脱帽でした。ただ、この後にもっと凄いR・シュトラウスのオペラをローマ歌劇場、ウィーン国立歌劇場で見ることになってしまい、やはり世界は広いを実感。でも、この公演もなかなかでした。シュヴァンネヴィルムスの元帥夫人は特別よかったです。ヨルダンのクライバーもどきの指揮もおもしろかったし。

ウィーン・フォルクスオーパーのオペレッタ《チャルダッシュの女王》です。オペラがどれも出来がよかったので、オペレッタのはいる余地がなくなりました。ひとつ入れるなら、これです。ヨイママンは楽しかったしね。

グルベローヴァの《ノルマ》は枠外で特別です。これでグルベローヴァの聴き納めにします。後半は彼女らしい素晴しい歌唱で最後を飾ってくれました。もう、こういうコロラトゥーラを聴くことはできないでしょうね。少なくともsaraiは・・・。

いつもの年なら、1位から4位までの《サロメ》、《アンナ・ボレーナ》、《カーチャ・カバノヴァ》、《ラ・ボエーム》のどれもトップになるようなオペラでした。
オペラは満足以上のものが与えられた1年となりました。

次回はオーケストラ・声楽曲編です。



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saraiの音楽総決算:ピアノ・室内楽編

いよいよ、今年も押し迫りました。今年もsarai恒例の音楽総決算です。

今年は3月の大震災・原発事故もあり、直後のコンサートはほとんどキャンセルという悲しい現実もありました。被害者のかたのご苦労に比べられはしませんが、楽しみにしていたコンサートも流れて音楽ファンとして残念な思いでした。
そういう1年ではありましたが、今回から3回のシリーズで今年生で聴いた音楽会のベストを選んで、今年の音楽の総決算としたいと思います。
今回はピアノ・リサイタルと室内楽編です。
ちなみに昨年の結果はここです。

今年は以下をベスト10に選びました。

1位 マレイ・ペライア・ピアノ・リサイタル@サントリーホール 11.5
2位 エレーヌ・グリモー・ピアノ・リサイタル@神奈川県立音楽堂 1.15
3位 内田光子ピアノ・リサイタル@サントリーホール 11.7
4位 エベーヌ弦楽四重奏団@上大岡・ひまわりの郷 11.6
5位 庄司紗矢香ヴァイオリン・リサイタルinラ・フォル・ジュル・オ・ジャポン@東京国際フォーラム 5.5
6位 森麻季+仲道郁代@横浜みなとみらいホール 3.19
7位 ユリアンナ・アヴデーエワ・ピアノ・リサイタル@東京オペラシティ 11.5
8位 レジス・パスキエ・ヴァイオリン・リサイタル@上大岡ひまわりの郷 12.4
9位 レイフ・オヴェ・アンスネス・ピアノ・リサイタル@東京オペラシティ 9.22
10位 伊藤恵ピアノ・リサイタル@紀尾井ホール 4.29

マレイ・ペライア・ピアノ・リサイタルは文句なしに生涯で最高のピアノ・リサイタル。断然、ぶっちぎりのトップです。すべての演奏が素晴しかったのですが、ブラームスの美しさは格別でした。来年は追っかけではありませんが、ベルリンまでベルリン・フィルと共演するコンサートを聴きに出かける予定です。

エレーヌ・グリモー・ピアノ・リサイタルは彼女の魅力にとらわれてしまったリサイタルです。ベルクとリストが素晴しかったです。それに何といってもサイン会で言葉を交わし、握手してもらったことが忘れられません。あっ、音楽とは関係ないですね。でも彼女の笑顔は素敵だった・・・。

内田光子ピアノ・リサイタルは実に精神性の高いシューベルトを聴かせてもらったリサイタルでした。長大なソナタ3曲もまとめて聴ける機会はそんなにないし、すべてがパーフェクトというのも驚異的です。今、彼女のシューベルト作品集のCDを聴いているところです。やはり、シューベルトのピアノ曲は最高です。そう言えば、ペライアのリサイタルのアンコールの最後もシューベルトの即興曲でしたが、とても美しい演奏でした。

エベーヌ弦楽四重奏団はフランスの音楽団体ですが、極上のドイツ・オーストリア音楽を聴かせてもらいました。まだ若手ですが、注目すべき演奏団体です。

庄司紗矢香ヴァイオリン・リサイタルはオール・ブラームスのミニコンサートでした。最近の庄司紗矢香の変化、成長といっていいと思いますが、それがはっきりと見えてきたリサイタルで、とても満足できたものでした。大震災の影響で海外の演奏家のコンサートキャンセルが相次ぐなかで、急遽企画されたコンサートでした。お蔭でこういうものが聴けてよかったです。

森麻季+仲道郁代のデュオリサイタルは大震災後の1週間後に開催された希有なリサイタルでした。saraiが震災後1ヶ月間にチケットを購入していたコンサート9つのうち、唯一開催された貴重なコンサートだったんです。当日、曲目変更で歌われたフォーレのレクィエムは森麻季の素晴しい歌唱で心にしみ入るものでした。

ユリアンナ・アヴデーエワ・ピアノ・リサイタルは前から一度、聴きたかったアヴデーエワのピアノを聴くために、ペライアのリサイタルを聴く前に無理して行ったリサイタルでした。同じ日にピアノ・リサイタルを2回も聴くのは初めてでした。そうした甲斐もあり、よく考え抜かれた構成のプログラムで彼女のピアノ音楽のカタログのような多彩な響きが聴けました。今後も彼女のリサイタルは聴き逃せません。

レジス・パスキエ・ヴァイオリン・リサイタルはある意味、特殊なリサイタルでした。前半はがっかりし、後半はとても集中して聴いたというアンバランスなものでした。後半のバルトークのソナタ第1番は出色の出来で、久々に素晴しいバルトークを聴きました。

レイフ・オヴェ・アンスネス・ピアノ・リサイタルは北欧の暗い響きのピアノで印象的なリサイタルでした。変な話ですが、アンコールの最後で弾かれたグリークの抒情小曲集の素晴しさっていったらありません。

伊藤恵ピアノ・リサイタルはハイドンとシューベルトのピアノ曲をじっくりと聴かせてくれた中身の濃いリサイタルでした。このリサイタルを聴いて、ハイドンのピアノ・ソナタ全曲を聴いてみる気になりました。これから、CDを聴くところです。

次回はオペラ・オペレッタ編です。



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インバル/ラクリン/東京都響playsショスタコーヴィチ@サントリーホール 2011.12.20

今日は実質、今年聴く最後のコンサートになります。
前半はウィーンの俊英ラクリンのヴァイオリンの素晴らしい音色に聴き惚れ、後半はインバルと都響の全身全霊を傾けたようなショスタコーヴィチのショスタコーヴィチのショスタコーヴィチの大音響にすっかり満足し、まさに今年をしめくくるにふさわしいと思えるコンサートでした。
今日のプログラムは以下の通りです。

 指揮:エリアフ・インバル
 ヴァイオリン:ジュリアン・ラクリン
 管弦楽:東京都交響楽団
 
 ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 Op.77

  《アンコール》 バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 より “サラバンド”

  《休憩》

 ショスタコーヴィチ:交響曲第12番ニ短調 Op.112《1917年》

まずはショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番です。
この曲は終始、ソロのヴァイオリンが弾きまくる曲ですから、ヴァイオリニストの出来がすべてと言っても過言ではないでしょう。ただ、前日予習のために聴いた演奏が初演者であるオイストラッフとムラヴィンスキーのあまりに凄すぎる演奏だったので、まず、これを超える演奏は不可能とも思えます。ですから、聴く前から少し、こわごわという感じで聴き始めました。低弦の序奏に続いて、すぐにソロのヴァイオリンがはいってきます。ラクリンのヴァイオリンは第1楽章の性格上も抑えた響きですが、ヴィブラートのきいた美しい音です。十分に満足できる演奏です。昨日のCDさえ聴かなければ、感動ものの演奏だったと言えるでしょう。ラクリンは生では初めて聴きましたが、素晴らしいヴァイオリニストです。瞑想的な演奏もフィナーレのリズムに乗りきった演奏も素晴らしいものでした。アンコールのバッハの無伴奏は妙な思い入れのないすっきりした演奏でした。こういう贅肉のない演奏もいいですね。

休憩後は交響曲第12番です。この曲はあの素晴らしい第10番の後に作曲された第11番とセットになるもので、前回聴いた第5番と同様に色々と取沙汰されることの多い音楽ですが、saraiとしてはやはり音楽は理性で聴くのではなく、感性で聴くという思いがあります。作曲の背景や思想を無視するわけではありませんが、もっと虚心坦懐に音楽に接したいという気持ちが強いんです。感性で聴くと書きながら、何これ理屈を言っているわけですが、要はこの壮大な曲を気持ちよく楽しめてしまったということです。インバルの指揮もストレートな表現で実に圧倒的なもので、第5番のときのように細かいニュアンス付けよりもひたすら推進力のある音楽を目指しているようです。都響もその能力いっぱいに今まで聴いたこともないような分厚く、切れのよい演奏でした。弦は美しいというよりも迫力があり、管も頑張っていました。まさに指揮者もオーケストラも一体になった名演でした。フィナーレの大音響は生ならではのもの。やはり、生は最高です。

これでこのコンビのショスタコーヴィチは2曲聴きましたが、期待以上の出来です。来年3月の大作、第4番が待ち遠しいです。第5番、第12番とはまったく傾向が異なるので、どういう演奏になるでしょう。



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インバル+東京都響playsショスタコーヴィチ@東京文化会館 2011.12.12

今日のように素晴らしい演奏に巡り合うと本当に幸せな気持ちになります。都響の定期会員になって、最高の演奏でした。決してパーフェクトな演奏ではありませんでしたが、そんなことは問題ではありません。演奏者の熱い思いが伝わる演奏でした。ここまでくると、音楽的によいとか悪いとか第3者的な気持ちでいられなくなります。要はみんなで感動を共有できたかどうかでしょう。インバルの指揮もいつになく、細かい表情をつけた丁寧なものです。あまりのテンポの変化、ダイナミズムの変化にオーケストラも完璧についていけたわけではありませんが、やはり、こういう個性的な指揮を期待しているんです。
とりあえず、今日のプログラムを紹介します。

 指揮:エリアフ・インバル
 チェロ:ガブリエル・リプキン
 管弦楽:東京都交響楽団
 
 ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番 Op.126

  《休憩》

 ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調 Op.47

上記の感想は休憩後の交響曲第5番に関するものですが、まずは最初のチェロ協奏曲について、述べます。

リプキンのチェロの音色は深く美しいです。冒頭のチェロ独奏は美しいというよりも沈痛な響きですが、その深い音色に救われる思いです。ショスタコーヴィチの後期の音楽はどうしてこんなに沈痛なんでしょう。時代状況もあったかも知れませんが、ベートーヴェンの音楽が中期の輝かしいものから後期の深く精神的なものに変化したように、ショスタコーヴィチの音楽も精神性を深めると同時に沈痛さを持つようになったような気がします。
第1楽章は徹頭徹尾、沈痛な表情を崩しません。実に聴き応えのある音楽が展開されていきました。チェロの素晴らしい響きがこの音楽の中核をしっかりと支えていました。
第2楽章以降は少し表情を緩めますが、底流には沈痛さがあります。重い重い音楽です。

休憩後、冒頭に既に激賞した交響曲第5番です。色々と取沙汰されることの多い音楽ですが、中期の輝かしい傑作であることは間違いありません。それに少年時代、saraiが夢中になった曲で思いも深いものがあります。ですから、作曲の背景とか時代背景とかは忘れて、ただただ音楽的に楽しむ気持ちで臨みます。

第1楽章はあの有名な低弦の合奏で開始されます。弦楽合奏は続き、第1ヴァイオリンが主旋律を演奏するあたりは都響のもっとも得意とするところです。今日も第1ヴァイオリンは素晴らしい響きです。次に木管のソロが続きますが、フルート、オーボエの音色の素晴らしさに驚かされます。都響って、木管がこんなに上手かったでしょうか。ともかく、第1ヴァイオリン、木管の響きに気持ちよくなっているうちにこの楽章はあっという間に終わりました。

第2楽章は結構テンポがスローに感じます。まあ、それ以上にインバルが細かいニュアンスを付けた指示を出し、テンポが揺れます。聴いているほうとしてはとても面白く感じますが、ともすると若干の破綻もありますが、かえってそれが楽趣をそそられます。聴いたこともないようなパッセージがあらわれるからです。実に面白いです。もっと合奏を完璧に仕立てあげていくことも良いでしょうが、これはこれで未完成の荒削りの妙も感じます。全体としてはオーケストラはよくインバルの注文に応えた良い演奏です。

第3楽章、これは素晴らしい! 弦楽合奏で始まる美しい演奏です。何の文句もない演奏です。長大な楽章で、この交響曲の中核をなす重要な楽章です。このあたりから、演奏も熱を帯びてきました。saraiもぐっと手に力がはいります。深く心に刻まれる演奏です。十分に満喫したところでこの楽章は閉じられますが、間髪をおかず、次の終楽章に突入します。

第4楽章、超有名なジャジャンジャンジャン~とド派手な曲が始まります。前楽章とのあまりの対比に高揚感が高まり、思わず、感極まってしまいます。曲の持っていき方がとても上手いし、何より、熱のこもった演奏にこちらまで熱くなります。お互いストレート勝負って感じです。この高揚感はフィナーレで最高潮に盛り上がります。指揮者の意図通りに乗せられてしまいました。分かっていても、その術中にはまってしまうという実にレベルの高い素晴しい演奏でした。最後、早過ぎる拍手の聴衆もいましたが、許しましょう。そんな気分の終わり方ではありました。

来年秋からのインバルのマーラーチクルスも楽しみになりました。このように細かい表情を付けたマーラーならば聴いてみたいです。少々の傷のある演奏でも構いません。saraiの心を燃焼させてくれる演奏を期待しましょう。2番、5番あたりが期待です。

もっとも今月はまだサントリーホールでのショスタコーヴィチの交響曲12番とヴァイオリン協奏曲も残っています。今年最後のコンサートにふさわしい演奏を期待しましょう。



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フルシャ+東京都響 plays ドヴォルザーク/スターバト・マーテル@サントリーホール 2011.12.7

今日は都響のスペシャルコンサートで1年ぶりにフルシャの指揮でチェコ音楽を聴きます。
前回のヤナーチェクのグラゴル・ミサの素晴らしい演奏が思い出されます。そのときの記事はここです。
今回も4人のソロ歌手はチェコおよびスロヴァキアからフルシャが選りすぐったメンバーで大いに期待できます。
今日の演奏者とプログラムは以下です。

 指揮:ヤクブ・フルシャ
 ソプラノ:シモナ・シャトゥロヴァー
 メゾソプラノ:ヤナ・ヴァリンゲロヴァー
 テノール:トマシュ・ユハース
 バス:ペテル・ミクラーシュ
 合唱:晋友会合唱団
 管弦楽:東京都交響楽団
 
 ドヴォルザーク:スターバト・マーテル Op.58

演奏はオーケストラの前奏で始まりますが、意外に重々しい感じです。もっと清々しい響きを想像していました。もっとも聴いている席の関係かもしれません。今日は最前列の中央に陣取りました。
合唱はまず男声合唱からはいってきますが、女声合唱がまことに美しい響きで続きます。合唱がとても素晴らしいです。
次にソロ歌手が歌い始めますが、それぞれ素晴らしい声でとても聴きごたえがあります。よく、ここまでのメンバーを揃えたという感じです。テノールはとても張りのある声で声量も豊かですが、あまりにオペラ的な歌い方なのが少し残念ですが、それを言ったら贅沢かも知れません。ソプラノの美しい声の響きはパーフェクト。メゾソプラノは少し声量がありませんが最前列では気になりません。歌には関係ありませんが彼女はとても美人。オペラでは見栄えがするでしょうね。バスは少し年齢を重ねたかたですが老練な歌い振りです。

第1曲は「スターバト・マーテル・ドロローサ・・・」の歌詞で始まる長大な曲ですが、ソロ歌手の歌声に聞き惚れているうちにあっという間に終わってしまった感じです。それにしてもドヴォルザークのメロディーの美しいこと、うっとりです。

第2曲もソロ歌手の4重唱に聴き惚れました。

第3曲はよく合唱団で歌われる曲だそうですが、まったくもって合唱の素晴しいこと、圧倒的です。

以降、美しい合唱曲やソロが続き、いよいよフィナーレに近づきます。

第10曲は終曲です。4重唱で始まり、合唱も加わり、アーメンの歌詞で頂点に達します。素晴しい高揚感です。いったん、オーケストラだけの演奏になり、ペースダウンして、再び、最後の頂点に・・・そして、静かに終わります。実に美しい曲です。

予習したCDはクーベリック盤(バイエルン放送交響楽団)、サヴァリッシュ盤(チェコ・フィル)でしたが、あまり、ドヴォルザークらしい民俗的なメロディーは感じられませんでしたが、今日のフルシャの描いたスターバト・マーテルは実にチェコの響きに満ちていました。特にソロ歌手達がラテン語の歌詞ながら、スラヴの雰囲気を感じさせる歌唱をしたのは、まさにわざわざ本場からフルシャが歌手達を連れてきた甲斐があったわけですね。またしてもフルシャはチェコ音楽の真髄を聴かせてくれました。来年の3月はフルシャが音楽監督をしているプラハ・フィルと来日して、ドヴォルザークの交響曲を聴かせてくれます。楽しみに待ちましょう。




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レジス・パスキエ・ヴァイオリン・リサイタル@上大岡ひまわりの郷 2011.12.4

今日はいつもの上大岡ひまわりの郷コンサートシリーズです。定期会員みたいなっています。いつもかぶりつきの席で室内楽・ピアノを楽しんでいます。
今日の演奏とプログラムは以下です。

 ヴァイオリン:レジス・パスキエ
 ピアノ:金子陽子

 モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番変ロ長調 K.454(当初発表のK.302から当日変更)
 シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調 Op.121

  《休憩》

 バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第1番 Sz.75
 ラヴェル:ツィガーヌ

  《アンコール》
   ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタから第2楽章(ブルース)

前半の演奏については語ることがありません。ただ、シューマンのソナタの第3楽章はとてもsaraiが好きなのですが、とても美しい演奏でした。前半が終わったところでこのまま終わったら、ブログに何も書けないと不満をぶつぶつと配偶者に語りかけていました。

後半のバルトーク。saraiのとても好きな曲です。弦楽四重奏曲同様、ベートーヴェン以降の西洋音楽史でバルトークの作品は20世紀の大きな頂きをなしていると考えています。
このソナタをまことに見事に演奏。ヴァイオリンがよく響き、バルトークの先鋭な曲想が熱く表現されます。なにより、演奏者の気迫がひしひしと伝わってくる素晴しい演奏です。saraiも思わず、体に力がはいってしまいます。
第1楽章は無調っぽい曲想が緊張感高く展開されます。ヴァイオリンの音色も美しく、それ故に無調性がさらに強調されます。間にはいるピアノの激しいパッセージも煽り立てるかのごとくで熱い音楽になります。
第2楽章は長いヴァイオリンのソロが続き、スローテンポながら、緊張感は持続します。
第3楽章はバルトークらしい民俗的なメロディーで親しみやすく感じます。この楽章は無調性よりもリズムの激しさで緊張感が高められます。
久しぶりに生でバルトークのソナタを聴きましたが、期待以上の驚くべきレベルの演奏で感動しました。ずい分前に諏訪内晶子の見事なバルトークを聴いて以来です。この素晴しいソナタはもっともっとリサイタルで取り上げてほしいものです。

ラヴェルのツィガーヌはパスキエのお得意の曲らしく、この曲だけは暗譜で演奏。バルトークの延長戦上に感じる見事な演奏でした。プログラム的にはアンコール的な意味合いの構成ですね。ですから、アンコールなしでも、もう十分に後半の2曲で満足でした。
それにこんな演奏の後にふにゃふにゃしたアンコール曲を弾かれると興ざめだと思っていたら、さすがにパスキエは理性的な音楽家でした。
ラヴェルのソナタを弾いてくれました。これもなかなかの演奏。ほとんど暗譜での演奏でした。あまり馴染みはない曲ですが、苦手なラヴェルも気持ちよく聴けました。パスキエはやはりフランスものはお得意のようです。
弾く曲によって、こんなに演奏家への感じ方が変わってしまうのも珍しい経験です。

最終的には、後半のプログラムだけで大満足のリサイタルでした。



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嵐、そして薄明のマーラー9番:ラトル+ベルリン・フィル@サントリーホール 2011.11.24

今までメジャーオーケストラで唯一敬遠?してきたベルリン・フィルを初めて聴きました。高額すぎるチケットにもめげずに聴くことにしたのは、もちろん、演奏曲目がマーラーの交響曲第9番だからです。オーケストラ作品の最高峰と思っている作品を能力の高いオーケストラで聴ける機会は逃せません。昨年はウィーン・フィルの演奏は聴き逃したもののゲルギエフ指揮のロンドン交響楽団の感動的な演奏に出会いました。
ベルリン・フィルはドイツ的な響きに欠けるのであまり好みではないのですが、マーラーの9番となると話は別です。バーンスタイン指揮の素晴らしいCDもありますし、バルビローリ指揮のCDも忘れられません。期待十分でした。そして、今日は想像以上の素晴らしい演奏が展開されました。まさに狂乱の嵐のような音の波が次々と押し寄せる様はベルリン・フィルの独壇場かも知れません。そして、それ以上にピアノッシモの美しさは例えようもありません。フィナーレの後も静寂の音楽が続いていました。ラトルがうながさない限り、この静寂は永遠に続いたかもしれません。

第1楽章、静かに音楽が開始されます。次第に先鋭な響きとなることを予想していましたが、実にまろやかな響きが続きます。まったく角のない響き、今まで聴いたことのないような響きです。それも続く感情の大きなうねりに飲み込まれていきます。何というスケールの大きな音楽でしょう。激情の波はオーケストラの疾風怒涛のような演奏で大きく盛り上がります。アンサンブルが揃っているかどうかも分からないような凄絶な演奏に押しつぶされそうになります。まだ、第1楽章です。いきなりトップスピードで疾駆するスポーツカーのようです。これでは第3楽章以降は一体どうなるのかという思いに駆られます。この楽章が終わり、もう、十分に音楽を味わい尽くした思いです。

第2楽章、ここは少し息をつきましょう。聴く方も持ちませんからね。ただ、時折、嵐が襲来して、休息はなかなか許されません。

第3楽章、ブルレスケです。見事な弦楽合奏、木管パートの演奏、そして、またしても大きな感情のうねりで凄絶な演奏。この合奏能力は人間の力を超えているかのようです。破綻一歩手前の凄い演奏です。とても冷静に聴いていられるものではありません。そして、哀切を極めた美しいメロディー、堪りませんね。一気にフィナーレまで突き進みます。間を置かずに終楽章にはいります。

第4楽章、このアダージョはマーラーが到達した頂点の音楽。第1番《巨人》から何と長い道のりだったでしょう。音楽を超えた音楽。美の究極です。ベルリン・フィルの弦の素晴らしさ、木管の素晴らしさ。ただただ、堪能するのみです。フルートのブラウの演奏に聞き惚れたかと思うと、樫本大進の素晴しいヴァイオリンの響きに聴き惚れます。終盤のチェロの独奏の甘美さ、saraiは密かに愛の動機と呼んでいます。残り火が燃え立つように一度、生への憧れが盛り上がり、その後は薄明の世界。現世との静謐な惜別です。死という永遠の世界に静かに静かに同化していきます。そして、完全な静寂。これは終わりであって、始めでもあります。本来はこのまま拍手なしに静かに聴衆は立ち去るのがよいのでしょう。それぞれの感懐にひたりながら、己の生と死に思いをいたすのです。それほど、よいフィナーレでした。

最後は楽団員の立ち去ったステージに表れたラトルにほとんど残っていた聴衆は総立ちになっての拍手。それにふさわしい演奏でした。ラトルはその盛大な拍手に応えて短いスピーチ。コンサートの後にはスピーチはないんだけどと言いながら、みなさんに愛を送りますって言って締めくくりました。それでも、拍手はやまず、最後はコンサートマスターの樫本大進を伴って、登場。ようやく、長いカーテンコールが終わりました。

実に素晴しい演奏でした。昨年のゲルギエフ+ロンドン響と比べて、お互い遜色なし。違いと言えば、崩壊寸前までの壮絶な演奏を繰り広げたベルリン・フィル、音楽的なシンパシーに満ちたゲルギエフの暗く深い指揮というところです。ラトルの指揮はベルリン・フィルを究極まで駆り立てたドライブが印象的ですが、初聴きで音楽的な面についてはもう少し聴かないと論評できません。来年4月にベルリンのフィルハーモニーにラトル、ペライア、ベルリン・フィルを聴きに行くことを計画しているので、本拠地での実力について、もう少し言えるかもしれません。
マーラーの9番もロンドン響、ベルリン・フィルと聴いてくると、音楽ファンとしての欲が出ます。何とか、ウィーン・フィル、コンセルトヘボウ、シカゴ響というビッグ5すべてで聴いてみたいものです。あ、バイエルン放送交響楽団でも聴きたいですね。



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この記事へのコメント

1, ハルくんさん 2011/12/03 11:33
こんにちは。
コメントが遅れて申し訳ありません。

これまでベルリンフィルを何となく敬遠されていたとのこと。実は僕も全く同じです。昨年予定されたウイーンフィルのマラ9には飛びついたのですけれども。
今回も財政面の理由もあってパスいたしましたが、saraiさんの感想を読むと聴きたかったなあと思います。とにかく自分で聴いてみないとわからないですからね。

それにしてもウイーンフィルのマラ9を聴ける機会は果たしてこれから有るのでしょうか・・・

2, saraiさん 2011/12/04 00:50
ハルくんさん、コメントいつもありがとうございます。

第3楽章の熱い演奏はバーンスタイン指揮のCDを彷彿とさせるものでした。やはり、ベルリン・フィルの演奏能力の高さは尋常ではありませんね。ライブはいいです。

ウィーン・フィルの演奏はやはり、ウィーン楽友協会で聴きたいですね。ハルくんさんも退職後の楽しみにとっておいてはいかがですか。

2012年のハイティンク指揮ロンドン響の来日演奏会のブルックナー9番も何とか聴きたいですね。

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東京都響、ボージチ、フレディ・ケンプ@東京文化会館 2011.11.11

今日は日程の都合上、振替公演を聴くので、いつものステージ近くの席でなく、2階席の左手から見下ろす席で聴くことになりました。文化会館のこのあたりの席は初めてです。オーケストラの音ではなく、動きが鳥瞰できるので、面白いと言えば面白いです。ただ、あまり音が響いてこない感じが残念です。

今日のキャスト、プログラムは以下です。

 指揮:ヴォルフガング・ボージチ
 ピアノ:フレディ・ケンプ
 管弦楽:東京都交響楽団

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488

  《休憩》

 R・シュトラウス:家庭交響曲 Op.53

最初はモーツァルトのピアノ協奏曲。ピアノはフレディ・ケンプ、チャイコフスキーコンクールで3位になった人気ピアニストとのことですが、saraiは初聴きです。名前から、ウィルヘルム・ケンプを思い出しますが、事実、彼の父親はドイツ人でウィルヘルム・ケンプと親戚関係とのことです。さて、彼の演奏ですが、音楽性はあり、どんなモーツァルトを弾こうとしているか、意図は分かりますが、モーツァルトの音楽にしては、タッチの均一性や粒立ちの揃い具合が今一つ。テクニックの面からの課題がありそうです。ただ、第2楽章の中間あたりから、演奏の精度はかなり良くなったことは確かで、第3楽章はかなりの好演とも言えます。最初から、この調子だったらと悔やまれます。もちろん、saraiはかなり響きの良くない席で聴いていたし、今週はアヴデーエワ、ペライア、内田光子という素晴らしいピアノを聴いていたので、その分、厳し過ぎる聴き方をしていたかも知れないので、彼のファンの方には悪しからず。
アンコール曲はショパンの練習曲《別れの曲》。これも今週、ペライアのアンコール曲で素晴らしい演奏を聴いたばかりで、今一つに感じたのは致し方のないところかも知れません。
オーケストラは第1ヴァイオリンが文字通り、目を惹きました。コンサートマスターの四方恭子以下、10人ずらっと全員女性が並びます。東京都響が誇る強力な女性奏者たち。彼女らの音が東京都響の響きそのものと言っても差し支えないほど素晴らしい演奏家たちです。弦楽合奏が主体のモーツァルトのこの協奏曲、美しく響かせていました。それにしてもこの曲は弦以外は管が7人だけ。打楽器もなし。何とすっきりした構成でここまでの曲を作り上げたことか、モーツァルトの才能は無限です。

休憩後はR・シュトラウスです。今度はステージいっぱいに大オーケストラが並びます。この《家庭交響曲》は表題音楽ですが、その内容は幸せな家庭の日常ということで、それを如何に音楽で表現したかというのを聴くのも一興です。ただ、saraiはこの手の標題音楽は苦手です。オペラのように言葉を使って表現するのは大好きですが、楽器のみの場合は絶対音楽が好きです。R・シュトラウスの場合、オペラは大好きなのに交響詩とかはなかなか馴染めません。で、今日は聴き方を工夫して、表現している具体的な内容はなるべく無視して、絶対音楽のように聴いてみました。変な聴き方かも知れませんが、結果的にはこれは良さそうです。これからはR・シュトラウスの交響詩はこんな風に聴いてみようかと思っています。
それはそれとして、今日の東京都響の演奏は素晴らしいの一語です。R・シュトラウスの音の響きが多彩に演奏されて、圧倒的です。こんな演奏はもっとステージ近くのよく響く席で堪能してみたかったものです。各ソロパートもよく演奏していました。とりわけ、四方恭子のソロヴァイオリンの素晴らしい響きにはうっとりです。フィナーレでの盛り上がりでの弦・管の合奏の迫力は響きの美しさと相俟って、何もいうことがありません。最近の東京都響の演奏でもトップクラスのものでした。

次のフルシャの指揮するドヴォルザークの《スターバト・マーテル》が楽しみになりました。



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内田光子ピアノ・リサイタル@サントリーホール 2011.11.7

はっきり言って、昨年のサントリーホールでの内田光子のモーツァルトのピアノ協奏曲の弾き振りは期待外れの結果でした。指揮はよかったんですが、肝心のピアノの響きが思わしくありませんでした。今回はリサイタルということでピアノの音に集中して聴いてみましょう。彼女本来の響きが聴けるか、期待と不安がないまぜです。

今日のプログラムは以下です。シューベルトの後期のソナタ3つ、すべて大作です。

 シューベルト:ピアノ・ソナタ ハ短調 D958
 シューベルト:ピアノ・ソナタ イ長調 D959

  《休憩》

 シューベルト:ピアノ・ソナタ 変ロ長調 D960

昨年とは、最初の1音から違いました。クリアーというのではありませんが、深い響きです。思いっきり、強弱をつけて、音楽の表情を明確にした演奏です。シューベルトの音楽への愛情と理解がベースとなった演奏とも感じられます。
ハ短調のソナタは彼女のCDでは今一つに思えましたが、今日の演奏は素晴らしい演奏です。

しかし、さらに素晴らしかったのは次の2曲。パーフェクトな演奏です。シューベルトの憧憬に満ちた音楽を余すところなく表現していました。一体、何に対する憧憬でしょう。色々な心の動きが深い響きで演奏されます。
特にどちらの2曲も第2楽章のゆっくりしたメロディーの美しさはうっとりと聴くのみです。このしみじみとした音楽は後期のシューベルトを聴く喜びですが、それを内田光子は最高の演奏で聴衆に与えてくれました。

長大なソナタ3曲、彼女は最後まで丁寧に、そして真摯に演奏しきってくれました。大変な体力と精神的集中力を要するリサイタルですが、完璧な演奏でした。
昨年のsaraiの不完全燃焼を完全に払拭してもらいました。
実に長大なソナタなので、細かく感想を書くことができず、申し訳ありません。素晴らしいシューベルトだったということだけを述べるに留めさせていただきます。


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1, レイネさん 2011/11/09 16:41
この春、同じプログラムで内田さんの演奏を聴きました。(オランダです)
シューベルトへの愛情は並々ならぬ彼女ですから、精神統一してシューベルトの霊が憑依した
巫女さんのようで、聴衆を別世界に案内してくれました。
最後のソナタは、速めのテンポでしたが馬力で押していくのではなく、音の隅々まで光っていて、
凄まじい集中力に圧倒されました。

また最近シューベルト練習してます。ピアノ・ソナタは長大なので即興曲ですが。自分に一番
しっくりくる作曲家のような気がします。

2, saraiさん 2011/11/10 00:12
レイネさん、こんばんは。

シューベルトのピアノ曲いいですよね。即興曲といえば、記事にも書きましたがペライアの演奏素晴しかったです。最近はCDではアラウの最晩年の3つの小品D.946のあまりにも素晴しい演奏に感涙しました。レイネさんの演奏も一度聴いてみたいですね。youtubeにアップしませんか?

内田光子さんはCDのシューベルト集よりも、やはりおっしゃるとおり、ライブの集中力が凄かったですね。あの長大なソナタ3つ弾ききるだけでも大変なのにね。

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エベーヌ弦楽四重奏団@上大岡・ひまわりの郷 2011.11.6

秋の日の午後はブラームスの室内楽に浸る気分になります。
これはブログ友達のハルくんさんの名言のパクリですが、今日のコンサートにはまさにぴったりの表現でした。
本来は秋の日の木漏れ日の下で味わうのが一番ですが、生憎、今日は曇り空で小雨模様。そういう感じの天気にもブラームスの室内楽は心に沁みます。
フランスのエベーヌ弦楽四重奏団のブラームスは「やるせなさ」を感じさせる演奏です。ドイツ・オーストリア系のグループのような骨太さよりもフランスのエスプリ、もっと言うと鬱々とした情念を感じさせられる響き・表現です。この季節に相応しい気分の演奏です。暗いと言っては身も蓋もありませんが、人間は本来、弱い存在で「やるせなさ」を常に内に秘めながら、生きていかなくてはならない。このあたりにブラームスの本質があるような気がしてなりません。よくブラームスはベートーヴェンの継承者のような言われ方もしますが、ポジティブなベートーヴェンとは隔たりが大きいような気がします。もちろん、ベートーヴェンも交響曲とは違い、後期の弦楽四重奏曲では精神的な深み、あるいは悩み・鬱屈感とも言っていいものに到達するわけですが、人間存在の芯はしっかりした上でのものです。
今日のコンサートで、フランスの演奏グループこそ、ブラームスの室内楽の「やるせなさ」を表現するのに最適であると感じました。とても素晴しいブラームスを聴けた喜び(あるいは哀しみ)が胸に刻み込まれた演奏でした。
エベーヌ弦楽四重奏団は設立して10年ほどの若い男性4人のグループですが、熟成したグループにも表現できないような人間存在の「やるせなさ」を表現してくれました。若さ故の表現なのかもしれません。テクニックと音楽性を両立させた卓越グループでフランスものだけでなく、ドイツ・ウィーンものの演奏にも今後期待できそうです。シューベルト、シューマンあたりは聴いてみたいものです。

今日のプログラムは以下です。

 モーツァルト:弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調 K.465 《不協和音》
 ボロディン:弦楽四重奏曲 第2番 ニ長調

  《休憩》

 ブラームス:弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 Op.51-2

  《アンコール》

   ミザルー:パルプフィクションのテーマ

まず、モーツァルトの有名曲はとても美しい音で序奏を始め、初めて聴くこの団体の力量に少しびっくりです。研ぎ澄まされたアンサンブルで小ホールの特性を活かしたピアノッシモの表現も意欲的で美しい演奏を繰り広げました。外声部が内声部に対して、バランス的に強く感じましたが演奏の傷というよりもこの団体の特徴にも感じました。メロディー線が明快で聴きやすい印象です。

次のボロディンは第1楽章の実にロマンチックな演奏に心を奪われました。芸術的にはどうかというと難しくなりますが、うっとりと聴き惚れたのは事実。この曲はそれでいいのではないでしょうか。もちろん、超有名な第3楽章の演奏もチェロが奏でるメロディー、引き継いで第1ヴァイオリンが演奏するメロディー、とても美しく、これも心地よく聴けました。それにこのボロディンの曲、ロシア5人組の一人の作曲ということでもっとロシア臭さを予想していましたが、エベーヌ弦楽四重奏団の演奏はフランス的なエスプリを感じさせるものであったのが意外でした。

休憩後のブラームスが意外にも、もっとも優れた演奏でした。冒頭にも書いた通り、第1楽章の第1主題から実にやるせない。どうしてこんなにやるせないのか、これがブラームスの室内楽なのか。そういえば、名曲《クラリネット五重奏曲》も相当にやるせないですね。ただ、こんなに《やるせなさ》を前面に表出した演奏は聴いたような気がしません。フランス人の知性・性格のなせる業なんでしょうか。やるせないまま第一楽章が終わります。第一楽章では強奏しても《やるせなさ》がつのるばかりと感じます。
第2楽章では、一層、この《やるせなさ》が強まるばかり。見事といえば、見事な表現です。もちろん、聴いているこちらも《やるせなさ》を感じ、気持ちは暗く沈みます。ロマンチックという表現は通り越しています。
第3楽章は軽い感じの楽章ですが、気分は変わりません。
第4楽章は冒頭、高揚しますが、すぐに沈み込み、またまた、《やるせなさ》に包まれます。このまま、ある意味、見事な演奏はフィナーレ。
素晴しい演奏なのですが、強く拍手するような気分にはなれません。誰か、ブラボーか、声をあげていましたが、この場にふさわしかったのか疑問です。静かにしみじみと共感の拍手を送るのがこの演奏への賛辞だったでしょう。

曇り空の秋の日の午後にふさわしい名演奏でした。



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最高!マレイ・ペライア・ピアノ・リサイタル@サントリーホール 2011.11.5

今日2回目のコンサートはマレイ・ペライアのピアノ・リサイタルです。場所はサントリーホール。オペラシティからは意外に近くて、地下鉄を乗り継いで20分ほど。楽勝で間に合いました。今日は6時開演と早いので、少し心配でしたが杞憂でした。

ペライアと言えば、ずっと、モーツァルト弾きという印象がありましたが、最近、彼のCDに少しはまっていて、印象が変わりつつあるところです。バッハ、ベートーヴェンなど素晴しいCDです。とはいっても、今も彼が弾き振りをしたモーツァルトのピアノ協奏曲全集を聴いているところです。

今日のリサイタルですが、そのモーツァルトの曲目はないプログラムでしたが、まったくもって素晴しいリサイタルで、saraiの独断と偏見で彼を現存する世界最高のピアニストと断じたいと思います。それほど素晴しい演奏でした。まさか音楽の都ウィーンから帰国後1週間も経たずして、こんな素晴しい音楽が東京で聴けるとは思ってもみませんでした。我が生涯で最高のピアノ・リサイタルでした。
透き通るようなピュアーなタッチと決して濁らない響きの素晴しい音をベースに実に丁寧で音楽的な表現、まさにsaraiがピアノ演奏に求めるすべてが完璧に備わっている演奏でした。バッハからショパンに至るまで、ゆるぎのない安定した表現は驚異的でもありました。

今日のプログラムは以下です。

  J.S.バッハ:フランス組曲第5番 ト長調 BWV816
  ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 op.90
  ブラームス:4つの小品 op.119

  《休憩》

  シューマン:『子供の情景』 op.15
  ショパン:24の前奏曲から第8番 嬰ヘ短調 op.28
       :マズルカ第21番 嬰ハ短調 op.30-4
       :スケルツォ第3番 嬰ハ短調 op.39

  《アンコール》

  ショパン:練習曲 ホ長調 op 10-3「別れの曲」
  ショパン:練習曲 嬰ハ短調 op. 10-4
  シューベルト:即興曲 変ホ長調 op. 90-2, D.899/2

まずはバッハです。最近、彼が力を入れている作曲家です。彼が登場し、拍手が止み、ピアノの前に座ると、ホール全体が異常な静けさ。聴衆の期待感とそれにペライア自身の静かなオーラでホールが満たされます。静かで軽快な音でフランス組曲が始まります。何と素晴しく透明なタッチでしょう。生でこんなバッハが聴けるなんて、感動です。第3曲のサラバンドの静謐な響きは何者にも比肩できません。うっとりとして聴きいるだけです。何も語る必要のないパーフェクトな演奏です。パルティータも聴いてみたくなるところですが、もう十分にバッハを味わわせてもらいました。これでリサイタルを終えてももう満足という感じです。

次はベートーヴェンです。一転してベートーヴェンらしい張りのある和音がばーんと響きわたります。それでいて、一貫して、透明なタッチは変わりません。ベートーヴェンのソナタでは演奏機会が多いとは言えない曲ですが、ベートーヴェンのソナタはすべて選りすぐりの名曲揃いです。その名曲を素晴しい響きで弾き進め、saraiはあまりの素晴しさにうなります。人によってはもっと重厚な表現を求めるかもしれませんが、CDでもクラウディオ・アラウの新旧の演奏が一番のお好みであるsaraiにとって、こういうベートーヴェンが最高です。やはり、ベートーヴェンといえども美しくなくてはねと思います。

前半の最後はブラームスです。前半のプログラムだけで、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスとくるのは音楽の王道を行くようなものですね。1曲目の《間奏曲》の音の雫が天から降ってくるような演奏には参ります。なんという響きでしょう! こういう音楽を作曲したブラームスはもちろん偉大ですが、ピアノ演奏の極致ともいえる表現です。《4つの小品》という名前はついていますが、ブラームス最後のピアノ曲はソナタという感じで聴こえます。ブラームスの真髄といっても言い過ぎではない演奏です。彼のブラームスも今後聴きたいと思わされました。

休憩後はシューマンの馴染みの名曲です。美しい響きで聴くこの曲は格別と言えます。第1曲の優しいタッチから、最終曲のしみじみとした表現まで心地よく聴け、まったく素晴しい演奏です。そう言えば、以前、アムステルダムからNHKが生中継したハイティンク+コンセルトヘボウ管の放送でペライアがシューマンのピアノ協奏曲を弾いたことを思い出しました。ハイティンクへのインタビューによると、他の曲を打診していたところ、ペライアの強い希望でシューマンのピアノ協奏曲になったそうです。このときはブルックナーの交響曲第9番がメインだったので、確かに組み合わせとしては少し変わってました。普通はモーツァルトか、ベートーヴェンの1番か、2番っていうところが普通でしょう。最近は彼はシューマンにそれほどの思い入れがあるんだと思います。それに相応しい名演でした。

最後はショパンです。彼のショパンっていうと少し違和感がありましたが、そんな危惧はまったく不要でした。透き通った音色で素晴しいショパン。驚いたのは最後のスケルツォ。美しい演奏でしたが、フィナーレの盛り上がりで珍しく彼の演奏が熱くなり、ミスタッチまであるような凄い力演でした。すべての虚飾をかなぐりすてた彼の捨て身とも言える演奏に胸が熱くなりました。

満場、大変な拍手の嵐。これは誰が聴いてもその素晴しさが分かるリサイタルでした。音楽はみな自分の好みがありますが、この演奏はそういうことを言わせない素晴しさでした。その怒濤の拍手のなか、実に美しい《別れの曲》がアンコールです。美し過ぎる演奏に脱帽です。続けて、さらに練習曲。彼は2曲をセットと考えたようですね。

そして、今日、一番の演奏だったシューベルト。saraiの大好きな即興曲です。この曲は即興曲集の他の曲に比べて、今まではもうひとつに感じていましたが、この演奏でこの曲の真価を知りました。流れるような音列のピュアーな響きの美しさ、強打する和音の透徹した力強さ、シューベルトを超えたシューベルトです。今後、彼のシューベルトを聴くのが楽しさです。

最後はスタンディングオベーションで彼の演奏を讃えてました。まだ、聴いていない素晴しいピアニストもいることを承知の上で、ペライアは世界最高のピアニストであると思いました。異論もあるでしょうが、それほどの演奏であったというでお許しくださいね。

今日は2回のピアノ・リサイタルを聴いて、実に充実した1日となりました。


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       ペライア,  

ユリアンナ・アヴデーエワ・ピアノ・リサイタル@東京オペラシティ 2011.11.5

今日はダブルヘッダーでコンサートを聴きます。
一つ目はユリアーナ・アヴデーエワのピアノ・リサイタルです。初台のオペラシティに急ぎます。ダブルということで久しぶりにsaraiの単独行動。配偶者に帰国早々ダブルは悪いので一人で聴きます。

このアヴデーエワのリサイタルに無理して行くのは、理由があります。昨年、彼女がショパンコンクール優勝直後の来日コンサートでのショパンの協奏曲を聴いて、たちまちその演奏に魅了されました。そのコンサートはテレビで聴いたのですが生で聴かなかったのを後悔させられるような素晴らしい演奏でした。そのとき、今度は必ず生で聴こうと心に誓いました。そして、今日ようやくその日が来ました。ですから、夜のコンサートの前に無理してこのリサイタルを入れたんです。
何と今日もNHKのTVカメラがはいっていたので、後日、このリサイタルの模様は放送されるようです。少なくとも今回はテレビ放送を聴いて、後悔することはありません。

今日のプログラムは以下です。前半はショパン、ラヴェル、プロコフィエフといった近世のピアノの系譜をたどるようなもの。後半はリストですが、その裏にはワーグナーが控えているという凝ったプログラム構成になっています。

ショパン:舟歌嬰ヘ長調op.60
ラヴェル:ソナチネ
プロコフィエフ:ピアノソナタ第2番ニ短調op.14

《休憩》

リスト: 悲しみのゴンドラ II/灰色の雲/調性のないバガテル/ハンガリー狂詩曲第17番ニ短調
ワーグナー/リスト編:歌劇「タンホイザー」序曲

  《アンコール》

 チャイコフスキー:瞑想曲op.72-5
 ショパン:マズルカニ長調op.33-2
 ショパン:ノクターンホ長調op.62-2

まずはショパン。彼女が椅子に腰かけるや否や、即演奏開始。さすがに上手い。響きが多彩で音の数が多く感じます。タッチは必ずしもsaraiの好みのクリアーなものではないのですが、音楽の質が高く、特にゆったりしたメロディアスなパートでの節回しのうまさには魅了されるのみです。これはショパンの協奏曲の第2楽章でも感じたことです。並大抵のピアニストではとてもこうは弾けません。舟歌も名曲ですが、バラードやスケルツォだったら、もっと痺れていたに違いません。きっと本人もそのことを承知の上での選曲だったような気がします。だって、1曲目で満足しきってしまうなんて、リサイタル全体が成立しなくなります。そう感じさせるほどメロディーの歌わせ方が尋常ではありません。本来、この舟歌の終わったところで怒涛の拍手喝采になるべきところですが、聴衆の反応は意外に冷静です。どうなっているんだろう。

次はラヴェル。ますます、響きが多彩になり、色彩感のある音です。ラヴェルは弾き方によっては退屈な演奏になりますが、シンプルそうなソナティネも彼女の手にかかれば、千変万化の響きで複雑な曲になります。ただ、例えば、「夜のガスパール」だったらもっと凄いんじゃないかなとも思わせられます。これも滅多に聴けない素晴らしい演奏ですが、聴衆の反応はこれも冷静。不思議です。

前半最後はプロコフィエフ。ショパン、ラヴェルときてのプロコフィエフのせいか、ソナタも初期のもの。プロコフィエフと言えば、saraiは切れ味鋭いタッチでガンガン行くのが好みですが、彼女はやはり多彩な響きで煌めくような演奏です。これはこれで素晴らしい。第3楽章の迫力はそれはそれは響きまくって凄いし、リズムにもよく乗っています。これも惜しむらくは戦争ソナタでなかったこと。どんなに凄いか想像してしまいます。また、演奏直後、1男性の蛮声が飛んだことも残念です。せめてブラボーの一声は出せなかったのか。あるいは拍手だけで済まなかったのか。若干、興醒めでした。

このように前半のプログラムは巧みに彼女が描き切ったシナリオに思えます。彼女の音楽のカタログを聴かせる。十分に彼女の多彩な才能・音楽性を認知させる。そのうえで、もっと彼女に酔いしれる将来のリサイタルに期待させる。saraiはそのたくらみに乗りました。次のリサイタルも聴かせてもらいます。もっと凄い演奏が聴けるでしょう。

と、ここまで書いたところで本日2回目のコンサートを聴きました。ペライアのピアノ・リサイタルです。とても素晴らしくて、この後が書きにくくなりました。ペライアは別記事で書きますから、本稿ではアヴデーエワのリサイタルを続けましょう。

後半はリストのプログラム。まずはリスト後期の3曲です。幻想的というか、神秘主義的というか、内に重いものを秘めた曲です。リストの友人というか、娘婿というか、リヒャルト・ワーグナーが亡くなった前後に書かれた曲です。そのワーグナーの死がこれらの曲の気分に重なっているのでしょうか。偶然ですが、1週間前にウィーンで最後に聴いた、とても感動的だったプレートル+ウィーン・フィル演奏のブルックナーの交響曲第7番もちょうど第2楽章を作曲中にワーグナーの死の知らせが届き、ブルックナーは師匠・恩人ワーグナーの死を知り、号泣したと言われています。この1週間はワーグナーの死にまつわる音楽を聴くことになりました。
アヴデーエワの演奏はこれらのあまり演奏機会の少ない曲をとても深い響きでしみじみと聴かせてくれました。これで彼女のリストがどうだというのは難しいですが、魅了された演奏であったことは間違いありません。
そして、最後はこの1週間の閉じられなかった環、すなわち、ワーグナーを堪能させてくれました。リストのピアノ編曲とは言え、正真正銘ワーグナーの名曲《タンポイザー序曲》です。実に楽しめる演奏でした。豪快で色彩感のある演奏で、オーケストラ曲をピアノで弾くならこうでしょうって感じの演奏です。《展覧会の絵》みたいなものですね。もっとも、あれは逆でピアノ曲をオーケストラ曲に書き直したわけですが。

アンコールの1曲目はチャイコフスキー。美しい演奏でした。
後の2曲はショパンです。やはり、抜群に上手い。ショパンでリサイタルを始め、ショパンで終わる。このリサイタルも環が閉じられたわけです。

ショパンに内包されたラヴェル、プロコフィエフ、リストを聴き、このピアニストは既にショパンコンクールの優勝者という呪縛を乗り越え、これからの飛躍を開始しています。また、聴くべきピアニストが一人増えたようです。



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       アヴデーエワ,  

庄司紗矢香、テミルカーノフ、サンクトペテルブルグ・フィル@サントリーホール 2011.11.1

昨日、ウィーンから急ぎ帰り、駆けつけたコンサートです。saraiは大の庄司紗矢香ファンでこのコンサートに非常に期待していたんです。曲目はメンデルスゾーンの協奏曲という実にありふれたものですで、また、一見、ロシアのオーケストラと演奏するのはミスマッチにも思えます。ただ、庄司紗矢香ファンとしては、かなり前の彼女のメンデルゾーンとチャイコフスキーの協奏曲のCDがとても残念な出来だったので、彼女と相性のよいと言っていいテミルカーノフ指揮サンクトペテルブルグ・フィルとの共演できっと彼女の成長を示してくれると信じていました。事実、前回、同じ組み合わせでのチャイコフスキーの協奏曲はとてもいい演奏でしたからね。
で、結果はというと、日程を切り詰めて帰国したのに十分以上値する満足できる演奏でした。庄司紗矢香は数年迷いの時期も感じられましたが、このところ、すっかり、自分の音楽を見定めて、一切の迷いもなくなった感じです。今日は自分の気持ち、精神的なものをヴァイオリンに託して語りかけるという演奏です。音響的には以前の方がヴァイオリンが鳴っていた印象もありますが、やはり、音楽は最後は如何に精神的なものを演奏者と聴衆が共有するかということに尽きます。そういう意味でとても心に響く演奏でした。テミルカーノフもいつものように庄司紗矢香を優しく包み込み、オーケストラも彼女を引き立てるための最上のサポート。saraiには独奏ヴァイオリンだけが響き、オーケストラの音は記憶にありません。配偶者はそれを聞き、やっぱりねと言ってました。一般的な意味での協奏曲としてはどうかということはありますが、ずっと庄司紗矢香の成長を楽しみにしてきたsaraiの嬉しかった気持ちはそういうことは蚊帳の外。saraiの気持ちをどうか汲んでください。

さて、今日のプログラムは以下です。

 指揮:ユーリー・テミルカーノフ
 ヴァイオリン:庄司紗矢香
 管弦楽:サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団

 ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲
 メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 Op.64
  《アンコール》
   J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 BWV1004から「サラバンド」

  《休憩》

 ストラヴィンスキー:バレエ音楽《春の祭典》
  《アンコール》
   エルガー:エニグマ変奏曲から「ニムロッド」


まずはロッシーニです。かなり小さい編成です。配置は対向配置。美しい演奏です。ロシアのオーケストラとは言え、やはり一流のオーケストラですね。終了と同時にそのまま、オペラが始まるのが聴きたくなったくらいですから、よい演奏でした。

続いて、いよいよ、庄司紗矢香の登場です。真っ赤なドレスでスリムな体を包んで、大人っぽいメイクアップ。あまり、saraiの好みではありませんが、音楽とは関係ありませんね。オーケストラも先程とほとんどそのまま。
第1楽章、独奏ヴァイオリンとオーケストラがあの有名な第1主題を奏でます。とても上品な出だし。抑えているとも言えるくらい。しかし、その小さめの響きがしみじみと心に沁みます。ああ、あのCDでの演奏とはまったく違います。音楽を自分の心にしっかりと刻み込んだ演奏です。時折はダイナミックな演奏にもなりますが、基本的には心の音楽。こういうメンデルスゾーンもあるんですね。
第2楽章、第1楽章からは切れ目なく音楽は続きます。テンポはスローになりましたが、基本的には心の音楽というスタイルはそのまま続きます。すっかり庄司紗矢香のヴァイオリンの響きとsaraiの心が一体化した感じ。とてもいい感じです。
第3楽章、一気にテンポアップして切れ味よい演奏です。心の音楽はここで脱却。気持ち良くフィナーレに突入。

ただただ、満足。庄司紗矢香はすっかり自分のスタイルを確立したようです。そして、その音楽はsaraiにもとっても納得でき、心を通い合わせられる音楽です。これで世界に通用するかどうかは分かりませんが、saraiとしてはこの道を突き進んでほしいと思います。彼女は単なるヴァイオリニストを超えて、とてもいい音楽家、そして、芸術家になりつつあります。その過程を見守っていければと思います。

ちなみに庄司紗矢香のアンコール、バッハの無伴奏も彼女の世界を作って、心に染みる音楽です。まるでリサイタルを聴いたような錯覚にとらわれました。

休憩後はストラヴィンスキーの残した20世紀を代表する曲のひとつです。世界の一流オーケストラが合奏力・技術力を競い合うとてもテクニカルな曲でもあります。木管のロシア的な響きで始まりますが、よく響き合い、好演です。いい意味でインターナショナルな響きではなく、ロシアの農村を感じさせられます。やがて、有名な弦楽器合奏のガッ、ガッ、ガッ、ガッ、・・・というリズム楽器と化した響きです。これは重戦車のように重々しく響きます。朴訥で重厚、一流オーケストラでありながら、ウィーンやドイツのオーケストラとは一線を画しています。この重厚な厚みのある演奏を感心して聴いているうちにいつの間にか意識が飛びます。このあたりになって、時差ぼけの睡魔が襲ってきたようです。あるいは庄司紗矢香に入れ込んで聴いていたツケが回ってきたのか分かりません。後半の大音響でもびくともせずに睡魔が断続的に襲います。なんだかとてもよい演奏に感じましたが、ちゃんと聴き取れたわけではありません。悪しからず。

アンコールのエルガーはちゃんと聴けました。分厚いサウンドですがとても美しい演奏でした。エニグマをもっと聴きたい感じでした。

ウィーンの音楽とは違いますが、楽しく、しみじみと聴けたコンサートでした。
それにしても、サントリーホールの響きはとてもいいですが、やはり、ウィーン楽友協会の信じられない響き、全身が音と共鳴するような響きはとても忘れられるものではありません。日本のホールももっともっと熟成を重ねてほしいですね。

最後に関係者の方々に強い要望です。是非、今回の組み合わせの演奏者でメンデルスゾーンとチャイコフスキーの協奏曲を再録音して、以前のチョン・ミョンフンとのCDを置き換えてほしいということです。日本の音楽界、庄司紗矢香にとって、とても重要なことです。


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       庄司紗矢香,  

上原彩子+東京都響@サントリーホール 2011.9.27

やはり、コンサートに通い続けると、こんな名曲・名演奏にぶつかることもあります。上原彩子の演奏するチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番です。あの有名な第1番ではありませんよ。このコンサートまで、この曲はまったく知らずにいました。こんなに長くクラシック音楽を聴いているのにです。
もちろん、第1番っていうのだから、第2番もあるんだろうとは思ったことがありますが、こんなに話題にならないのだから、よほど価値のないものだろうと想像していました。
とりあえず、コンサートに先立って、CDで予習ですが、あまりCDはないようです。ここは本場ものということでエミール・ギレリスの演奏するCDを入手。劇的過ぎるほど劇的な曲で第1番の協奏曲とはかなり趣が異なります。まあ、聴いていて退屈する曲ではないので、コンサートでもそれなりに楽しめそうだと結論付けたところで本番に臨みました。

今日は東京都交響楽団の定期演奏会。会場はサントリーホールです。
今夜のプログラムは以下です。

 プロコフィエフ:歌劇《戦争と平和》序曲 Op.91
 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第2番ト長調 Op.44(原典版)

  《休憩》

 プロコフィエフ:交響曲第5番変ロ長調 Op.100

指揮はマーティン・ブラビンスです。

まず、プロコフィエフの歌劇《戦争と平和》序曲です。ほんの5分ほどの短い曲です。新古典というか、社会主義リアリズムというか、明快そうな曲ですが、演奏は妙に大げさでこのホールには珍しく強音の響きが崩れ、ある意味うるさく感じられます。この指揮者が大きな音をオーケストラに要求しているのかもしれません。あまり、楽しめませんでした。

次はお目当ての上原彩子です。
これは冒頭に書いた通り、まことに見事な演奏。キレがあるとともに、抒情性も兼ね備えた滅多に聴けないピアノ演奏です。
オーケストラもピアノをステージに備えるために、少し、ステージから下がったせいか、音量も適度です。というのもsaraiの定期会員席が2列目とかなりステージに近いせいもあります。
そうそう、上原彩子のコンサートでいつも気になるピアノですが、今日もスタインウェイです。特に今日の曲目のような大音量の曲の場合、パワーがあり、音の豊かなスタインウェイがいいですね。
第1楽章、まさにダイナミックな演奏。風格さえ感じさせるピアノ演奏。素晴らしいです。響きもたっぷり。ピアノソロの部分ははっとする美しさです。
第2楽章にはいると、その傾向が如実に表れます。まず、コンサートマスターの矢部達哉の素晴らしいヴァイオリンソロ。続いて、チェロの古川展生の気迫のこもったソロ。さすがにこの二人は違うなと思って聴いていたら、続いての上原彩子のソロの抒情的な演奏、まあ、うっとりとして聴くだけ。これは哀歌です。一体、何の哀歌でしょう。ここだけ聴いても今夜のコンサートを聴いた甲斐があったというものです。まるでジャズのジャムセッションみたいな構成です。
やがて、この3人が一緒に演奏する部分があります。まさにピアノ3重奏です。ベートーヴェンのトリプルコンチェルトよりも素晴らしい。
第3楽章では、ピアノの目くるめく華やかな演奏に耳を奪われっぱなし。ここでもソロの素晴らしいこと。
この日の演奏は原典版で45分という長大なものでしたが、その長さを感じさせない名演でした。これまでは短縮改訂版での演奏が多かったそうです。
今後、この曲もメジャーになるに違いありません。もっともピアニストの大変な力量が要求されるでしょうが。

話は脱線しますが、この日の上原彩子を見てびっくり。すっかりスリムになっていました。お子さんを産む前はこんなだったでしょうか。見栄えも音楽性も一段とレベルアップした上原彩子でした。来年初めのサントリーホールでのリサイタルが一層楽しみになりました。

休憩後のプロコフィエフの交響曲第5番ですが、東京都響らしく、緻密な弦楽合奏が素晴らしかったです。ただ、やはり、強音では響きが崩れたのが如何にも残念です。指揮のブラビンスは協奏曲のときのように少し肩の力が抜けるといい演奏になるのになあと感じてしまいました。でも、あくまでも素人の感想です。

来週からヨーロッパへ旅立つので、国内の演奏会は次は11月の庄司紗矢香のコンチェルトまでありません。その分、10月はヨーロッパ、特にウィーンで連日のオペラ・オペレッタ・バレエ・コンサートで音楽に耽溺します。



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この記事へのコメント

1, ハルくんさん 2011/09/28 12:37
こんにちは。

ピアノ協奏曲2番は生で聴いたことも有りますしCDも持っていますが、正直言って曲に感銘を受けたことはありません。
上原さんの演奏がよほど良かったのかもしれませんね。
今度CDを聴きなおしてみます。

秋のヨーロッパいいですね。存分に楽しまれてきてください。

2, saraiさん 2011/09/28 23:36
こんばんは。

上原彩子のピアノソロの部分に感銘したというのが正確なところです。流石のギレリスも大袈裟といえば、大袈裟な演奏。それに上原彩子は原典版の演奏なので、ピアノソロのパートが十分に聴けたかもしれません(短縮版との違いは知りませんが)。CDは是非、原典版のかつ、ピアノソロパートにご注目ください。特に第2楽章です。YOU-TUBEの上原彩子のメッセージでも第2楽章に言及しています。

ヨーロッパですが、ウィーン楽友協会でプレートル+ウィーン・フィルでブルックナーの第7番を聴くのが一番の楽しみです。現在、CDで聴き比べ中。結果はハルくんさんのページに報告します。現在6枚聴きました。

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       上原彩子,  

レイフ・オヴェ・アンスネス・ピアノ・リサイタル@東京オペラシティ 2011.9.22

実に久しぶりのコンサートです。ほぼ、2か月ぶりです。夏になると、クラシック音楽は夏枯れになるようで、クラシック音楽ファンにとって、夏は鬼門です。演奏家の方々は長い夏休みでもとっているんでしょうか。

ともあれ、生で聴く音楽は素晴らしい。ピアノの音が耳を通して、頭の中まで沁みとおりました。

今夜聴いたピアニストのアンスネスは生では初聴きです。CDでは、彼の弾くグリークは誰よりも素晴らしいですが、他のものはあまり聴いていません。今日のプログラムではそのグリークがないのが少し残念です。
今夜のプログラムは以下です。

 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番ハ長調「ワルトシュタイン」Op.53
 ブラームス:バラードOp.10全4曲

  《休憩》

 ショパン:バラード第3番変イ長調Op.47
      ワルツ第13番変ニ長調Op.70-3
      ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2
      ワルツ第11番変ト長調Op.70-1
      夜想曲第17番ロ長調Op.60-1
      バラード第1番ト短調Op.23

まず、ベートーヴェンのワルトシュタインです。落ち着いた様子でステージに登場したアンスネスはピアノの前で短く息を整え、曲のイメージにはいっていきます。
ワルトシュタインの軽やかに疾駆する主題が響き豊かに演奏されます。まったく、自然な演奏です。衒いもなく、自然な流れですが、ベートーヴェンの本質はしっかり把握して、ゆるぎのない演奏です。あまりに自然で、欲を言えば、少し破綻も欲しくなりますが、それは望み過ぎでしょう。彼のタッチは硬質過ぎす、ちょうどよいという中庸な感じです。またまた、欲を言えば、タッチの強弱の幅をさらに広くして、弱音の表現を磨いてほしいなと、これも望み過ぎです。まあ、何の不満もない演奏で、久しぶりにいいピアノの演奏を聴いたというのが本音ではあります。
第2楽章にはいると、ベートーヴェンの後期のソナタにみられる精神性の高い世界が予感されるパートですが、彼の演奏はしっかりと弾けてはいますが、さらに精神の高みに達する演奏を今後期待したいという感じ。
そのまま、第3楽章になだれこみますが、これは素晴らしい。ダイナミックでありながら、はめを外さずという納得の演奏。

続いて、ブラームスのバラードです。
アンスネスのピアノの響きは暗めで沈んだ音色です。もちろん、タッチはクリアーでピュアーな音色ですが、その上で暗めの音色です。
そして、こういう響きがぴったりなのがブラームス。この日、最高の演奏でした。
まず、第1番から、劇的な迫力でありながら、暗く渋めで満足の演奏。
第2番は優しい響きが何とも言えず、よい。
第3番はもともと、とても好きな曲で、気持ちよく聴けました。
そして、第4番がとても素晴しい。シューマン風の旋律がロマンチックに響きます。ピアノの音色もこのあたりで最高に純度が高くなり、陶然とします。
こんな素晴しいブラームスは初めて聴きました。

休憩の後は、ショパンのリサイタルです。
彼の暗めの音色はショパンには合わないような気もしますが、なかなか聴かせてくれるのも事実です。それだけ、ショパンのピアノ曲は魅力に満ちているということでしょうか。
まずはバラードの3番ですが、これは当初のプログラムが変更になったもので、もともとはバラードの2番でした。saraiとしては当初の選曲のほうがよかったと感じています。休憩前がブラームスのシューマン風でロマンチックなバラード第4番だったので、曲想的に静かに叙情的に始まるバラード第2番のほうが構成として、よりよいと思うからです。ただ、一般受けするのは変更になった3番のほうでしょう。ショパンらしい魅力に満ちた演奏でした。
この後、ワルツを3曲。まあ、難しいことは言わずに単純に名曲の聴き慣れた響きに身を委ねましょう。いわゆるショパン弾きなら、もっと華やかに弾いたでしょうが、これもアンスネスの個性ですから、問題ありません。
ショパンの演奏では次の夜想曲17番が1番、アンスネスにぴったりで楽しめました。非常に瞑想的な演奏で暗めの響きが合っていました。よく、こんな選曲をできたものだと感心しました。
最後はバラード第1番。名曲中の名曲ですが、それを納得できる演奏で聴かせられたのはアンスネスの実力でしょう。この曲を聴いていると、ジョン・ノイマイヤー振付のバレエ《椿姫》の情熱的なシーンを思い出します。パリ・オペラ座の華、アニエス・ルテステュが狂おしくバラード第1番の旋律にのって踊っている姿が脳裏に浮かびます。それもあいまって、とても感動的に演奏を聴けました。

アンコールですが、まずはショパン。妥当なところです。

 ショパン:プレリュード第17番 変イ長調Op.28-17

ただ、先程の強烈なバラード第1番に比べると、盛り上がりがもうひとつ。
次は待ってました!グリーグです。それも名曲を2曲も・・・

 グリーグ:抒情小曲集 第5集 Op.54 II ノルウェー農民の行進曲
 グリーグ:抒情小曲集 第3集 Op.43 VI 春に寄す

これはもう素晴しい。多彩な響きでパーフェクトな演奏。まさに手の内にはいっているという演奏です。1昨日の王子ホールのリサイタルでは、プログラムに抒情小曲集がはいっていたそうですが、それは聴きものだったでしょうね。残念。

久々のコンサートはやはり、楽しかったです。禁断症状でした。また、来週もコンサート。音楽シーズンが到来しました。



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9分の2のコンサート:パク・ヘユン・ヴァイオリンリサイタル@紀尾井ホール 2011.7.27

大震災直後の3週間にコンサートに9回行く予定でしたが、軒並み公演キャンセルで聴けたのは唯1回だけ。ところが残り8回の中で公演キャンセルではなく、延期になったのが今日のパク・ヘユンのヴァイオリンリサイタル。実に4か月遅れの公演です。これで9回中、2回のコンサートになりました。もっとも、今でも公演キャンセルは続いており、その後、2回の公演がキャンセル。震災後、合計9回のキャンセルが現状です。

パク・ヘユンは韓国の若手ヴァイオリニスト。彼女は多分、20歳になるか、ならないくらいの若さ。昨年、サー・ロジャー・ノリントン指揮のシュトゥットガルト放送交響楽団とブラームスのヴァイオリン協奏曲を共演したのを聴いて、一発でその魅力に参りました。それはここでも報告済。そのときの公演が多分、日本初公演だったと思います。それ以来、ずっと彼女の演奏を聴きたくて待ち続けていました。やっと、今日、それが実現します。ちなみに今後はNHK交響楽団や東京交響楽団の演奏会にも登場するとのことです。これから、世界のメジャーな存在になるのではと予想しています。それくらい、期待している逸材です。

今日は早めに紀尾井ホールの最寄り駅のJR四ツ谷駅に到着。駅付近を散策し、ネットで評判の高い洋食エリーゼで早めの夕食。メンチカツ定食、ハンバーグ定食を食べましたが、リーズナブルな価格で満足な味です。開店の5時過ぎには、もう満席だったのでビックリ!
表通りのサンマルクカフェで時間調節をして、紀尾井ホールへ。

受付で古い日付(3月16日)のチケットを今日のチケットに交換して、入場。
すると、配偶者がエッと言って、壁の掲示を指さします。何でしょう。
おおっ! パク・ヘユンが体調不良のため、予定していたワックスマンの《カルメン幻想曲》を弾かず、ピアニストが代わりに独奏曲を弾くということです。なんだか、とても心配です。ちゃんとした演奏が可能でしょうか?

とりあえず、席に着き、演奏を待ちます。今日のプログラムは以下です。

 ヴァイオリン:パク・ヘユン
 ピアノ:マリアンナ・シリニャン

 リスト:ソナタ風幻想曲「ダンテ」を読んで ~巡礼の年第2年「イタリア」S.161(ピアノ独奏:変更曲目)
 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番ハ短調Op.30-2

  《休憩》

 R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調Op.18
 ラヴェル:ツィガーヌ

  《アンコール》
 バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調BWV1003よりアンダンテ

1曲目のリスト、これはピアノ独奏。低音域の力感あふれる演奏ですが、叙情的な部分での繊細な響きが聴こえてきません。この対比の妙がリストの美点なので、今一つの演奏です。また、美しいクリアーなタッチというのが理想ですが、それもまだまだ。パワーのあるピアニストだけに弱音の美しさを身につけてもらいたいものです。演奏自体はまあまあでしょうか。

次はベートーヴェンですが、パク・ヘユンのヴァイオリンは期待というよりも心配です。だって、体調不良なんだそうですからね。
案の定、いかにも生彩を欠いた演奏です。そもそも、譜面台を立てて、演奏するのがおかしな感じ。室内楽ですから、もちろん、譜面台を立てて、いいのですが、若手のパク・ヘユンが満を持してのリサイタルで、ベートーヴェンのソナタを譜面台を立てて演奏するとは夢にも思いませんでした。決して、弾き込みが不足していたわけではなかったでしょうが、自信満々の演奏とはほど遠い。よっぽど体調が悪いか、精神的に思わしくない状態に思えます。ほんの1年前、聴かせてくれた素晴らしいブラームスの協奏曲を弾いた人とは別人のようです。演奏自体は一応整っていましたが、音の響き、情感すべて、不満足です。前回、初恋にも似た感情で気持ちを入れ込んだ彼女ですから、是非、立ち直った演奏を聴かせてほしいと思います。次回のリサイタルでは素晴らしい演奏を聴かせてくれることを願います。

休憩後のR.シュトラウスは事前にもっとも期待していた曲です。きっと感動させてくれるだろうと楽しみにしていました。第2楽章の前半はその片鱗は聴けました。とても美しい演奏でうっとりしますが、それでも彼女ならもっと美しい響きを奏でられるのではとも思います。前半のベートーヴェンよりもかなりよい演奏ではありましたが、期待からはほど遠い内容です。

最後のツィガーヌは前半の独奏部分を乗り切れるか、心配していましたが、何とここで譜面台を撤去。独奏部分はかなり踏み込んだ演奏ではありました。それまでに比べると、自己表現を出した演奏です。もっとも、saraiは彼女にはさらに高いレベルの演奏を期待していました。

アンコールのバッハの無伴奏ですが、先週、ツィンマーマンの素晴らしい演奏を聴いたばかり。曲は別ですが、とても満足のいく演奏ではありません。

まったく思いが外れて、残念な演奏を聴くことになりました。若い演奏家として、一つ目の精神的な壁にぶつかっているような気もします。聴衆の我々はいつも音楽を気楽な立場で聴いていますが、演奏する立場は大変でしょう。たった一人で日々、練習・練習で、際限のない上をめざし、その結果をリサイタルでsaraiのような期待過剰の聴衆に聴かせるわけです。その精神的プレッシャーたるや、想像できないほどです。
それでも、saraiは言いたい。壁を乗り越えて、芸術家として、無限の未来を目指してほしい。あの1年前のブラームスが弾ける人はどこにもいないのだから、パク・ヘユンは世界のトッププレーヤーに絶対なれる筈だと確信しています。これからも過剰に期待し続けて、見守り続けます。また、あのときのブラームスのような溌剌として、美しい響きで情感にあふれた演奏が聴きたい!



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ツィンマーマン入魂のベルク:アラン・ギルバート+東京都響@サントリーホール 2011.7.18

いやはや、今日のコンサートの主役はまず、ヴァイオリニストのツィンマーマンです。ベルクの協奏曲を自在に弾きこなしたのは驚異的でした。また、それ以上にヴァイオリンを自分の声のように歌わせ、その紡ぎだすサウンドが実に音楽的なこと。音楽を存分に楽しませてくれました。大変な音楽家です。20世紀のベルクの作品だけでなく、アンコールで弾いたバッハの無伴奏パルティータの見事さ。技術もさることながら、その美しい音楽にうっとりと聴きいります。

そして、2人目の主役は指揮者のアラン・ギルバート。その大きな体を使って、実にスケールの大きな音楽を作り出します。東京都交響楽団の美しい弦楽セクションがさらに力強さを増したような感じです。ギルバートは以前の北ドイツ放送交響楽団の首席客演指揮者の時代に比べて、ニューヨーク・フィルの音楽監督になった今、体が一回り大きくなった(太った?)とともに、音楽のスケールも大きくなったようです。こういう音楽のスケールの大きな指揮者というと、一頃の故ジュリーニ(大好きな指揮者でした!)を思い出します。これから注目する指揮者の一人ですね。

さて、今日のコンサートは東京都交響楽団の都響スペシャルというもので、定期演奏会とは別枠。こういう注目のコンサートは定期演奏会に是非組み込んでもらいたいものです。会場はサントリーホールです。
プログラムは以下です。

 指揮:アラン・ギルバート
 ヴァイオリン:フランク・ペーター・ツィンマーマン
 管弦楽:東京都交響楽団 コンサート・マスター:矢部達哉

 ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
 ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の想い出に」
  《アンコール》バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番から サラバンド

  《休憩》

 ブラームス:交響曲第1番ハ短調 op.68

まずはブラームスの《ハイドンの主題による変奏曲》です。いつもどおり、ずらっと並ぶ第1ヴァイオリンの女性陣が目を引きます。コンサートマスターの矢部達哉以外は全部女性。また、矢部達哉の隣には、同じくソロコンサートマスターの四方恭子もいます。まさに最強の布陣です。これは期待できます。ところがこの曲は結構木管楽器が活躍し、なかなかヴァイオリンが登場しません。ヴァイオリンが活躍し、盛り上がるところではとてもスケールの大きな演奏でした。この曲はそんなに思い入れのある曲ではありませんが、やはりブラームスらしさを感じる曲だとは思いました。ギルバートの指揮はスケール感はありましたが、ブラームスの渋さはあっさりと捨ててしまったような演奏で、だからと言って、決して悪い演奏ではなく、個性の感じられるものでした。

次のベルクが今日のお目当ての曲です。
この曲は冒頭の12音技法の音列がとても印象的です。弱音ではいるヴァイオリンに注目です。すると、まるで見透かされたように、実に無機的な響きでの演奏。あれっと思ったら、次は打って変わって、たっぷりとレガートで叙情的な響き。ツィンマーマンはやりますね。
実に自在な演奏で、このベルクは自家薬籠中って感じです。まるで、ベルクのオペラでの声楽を聴いている感じです。基本的にはロマンチックな演奏です。純然たる12音技法の音楽でロマンチックというのもなんですが、ベルクって、そんなところがありますね。ちゃんとウィーンの音楽の系譜につながっています。ブラームス~マーラー~R・シュトラウスからベルクとスタイルは異なるものの底流ではちゃんと音楽のベースはつながっています。
と思って聴いていると、今度はだんだんと熱い演奏になっていきます。その流れの変化はオペラをみているです。
第2楽章にはいると、賛美歌のようなものも聴こえてきますが、レクィエムらしくないレクィエムでフィナーレ。これが20世紀のレクィエムですね。ツィンマーマンの演奏はパーフェクトで余裕・ゆとりも感じさせる奥深い演奏でした。ツィンマーマンは素晴らしい音楽家です。
ところで、このベルクのヴァイオリン協奏曲は副題に「ある天使の想い出に」とあるように、18歳という若さで夭逝したマノン・グロピウスに捧げられたものです。ベルクはこの若い娘を大変可愛がっていたようで、その死に大変ショックを受け、すぐ、この曲を作曲したとのこと。また、ベルク自身もこの曲を書き終えて、すぐに急死したそうです。ベルクの重要な作品といえます。
ちなみにマノン・グロピウスはドイツの大建築家グロピウスとマーラーの妻であったアルマ・マーラーがマーラーの死後再婚して生まれた娘です。アルマはその前にはココシュカとの恋愛もあり、あの名作《風の花嫁》誕生の源でもありました。もちろん、マーラーの音楽に色々な意味での影響も与えています。そのアルマの娘マノンがその死によって、このベルクの名作誕生の源となったのは1芸術ファンのsaraiにとっても感慨深いものがあります。この曲は20世紀を代表する名作のひとつですが、懐のとっても深い音楽で、まだまだ、saraiのものになったとはいいがたい作品です。これからの人生で長く向かい合っていかないといかない作品です。そうはいっても、今日の演奏自体、大変素晴らしいもので十分満足できました。今後、この曲を聴く上で今日の演奏は基準となるべきレベルの演奏でした。

アンコールのバッハの無伴奏パルティータはとても美しい演奏。ツィンマーマンの深い内面性を見た思いです。大満足です。

休憩後、ブラームスの交響曲第1番。序奏のスケールの大きな演奏には驚かされました。いつもの東京都交響楽団ではないみたい。ドイツのオーケストラを聴いているような感じです。第1楽章はずっと、そんな思いで聴いていました。素晴らしい演奏です。どちらかというと、この曲は苦手でなるべく避けているのですが、とても楽しめます。で、一番よかったのはこの第1楽章でした。有名な第4楽章はフィナーレの盛り上がりがとてもよかったというところ。
結局のところ、交響曲第2番でもやってくれれば、もっと、ギルバートと東京都交響楽団のコンビの評価ができたのですが、かなり、よさそうというところで評価は保留です。また、このコンビで是非、コンサートを企画してもらいたいものです。



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マーラーはベルリン・フィルで・・・

2011/07/05 00:04
世界の1流オーケストラを生で聴いてみたい。これはクラシックファンの夢です。
saraiもたいていのオーケストラを生で聴きました。そして、残った大物がベルリン・フィル。

以前もご紹介した「グラモフォン」が選んだTop20(2008年)を見てみましょう。

1位:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
2位:ベルリン・フィル
3位:ウィーン・フィル
4位:ロンドン交響楽団
5位:シカゴ交響楽団
6位:バイエルン放送交響楽団
7位:クリーブランド管弦楽団
8位:ロサンゼルス・フィル
9位:ブダペスト祝祭管弦楽団
10位:シュターツカペレ・ドレスデン
11位:ボストン交響楽団
12位:ニューヨーク・フィル
13位:サンフランシスコ交響楽団
14位:マリインスキー歌劇場管弦楽団
15位:ロシア・ナショナル管弦楽団
16位:サンクトペテルブルク・フィル
17位:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
18位:メトロポリタン歌劇場管弦楽団
19位:サイトウ・キネン・オーケストラ
20位:チェコ・フィル

BEST10でまだ生で聴いていないのは2位のベルリン・フィルだけになりました。正確を期して言えば、8位のロサンゼルス・フィルは何十年も前の若かりし頃に聴いただけですが、ちゃんと演奏は記憶に残っています。あとはすべて最近の3年ほどで聴きましたから、自分なりの評価はできます。

で、いよいよ、ベルリン・フィルの秋の来日公演を聴くべく、大枚をはたきました。家族は呆れ顔!
ですが、曲目が何とマーラーの交響曲第9番。ベルリン・フィルの生を初めて聴くのにこれほど最適な曲はないというのがsaraiの勝手な言い分です。
昨年はゲルギエフ+ロンドン交響楽団の素晴らしいマーラー第9番を堪能しました。昨年もマーラーイヤー。そして、今年もマーラーイヤー。多分、2年間続いたマーラーイヤーの最後を飾るマーラーのコンサートにこのベルリン・フィルのマーラー第9番がなる筈です。昨年は聴く予定だったウィーン・フィルのマーラー第9番を聴き損ねましたが今度はベルリン・フィル。

ベルリン・フィルのマーラー第9番と言えば、CDで感動したバーンスタイン指揮のものが思い出されます。コンサートの前にはこのCDで予習しましょう。バーンスタインがカラヤンの牙城だったベルリン・フィルをただ1度だけ振った歴史的な演奏でもあり、ベルリン・フィルの気合のこもった演奏、バーンスタインの熱い指揮はまさに金字塔とも言えます。バーンスタインが振ったウィーン・フィルのビデオも戦慄するような演奏でしたが、このベルリン・フィルの演奏も1歩も引かない出来。マーラー演奏に関してベルリン・フィルはそれだけの力を持っているということです。

そのベルリン・フィルを指揮のサイモン・ラトルがどこまで鼓舞できるか、聴きものです。saraiとしてはハイティンクが指揮してくれれば言うことありませんけどね。ハイティンクは今年はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とシカゴ交響楽団でマーラー9番を振り、もちろん、素晴らしかったようです。チケットさえ手に入れば、世界のどこでも駆けつけたところなんですが、そんなに甘くありません。チケットが入手できるわけありません。

実はベルリン・フィルが生で聴くオーケストラとして最後まで残ったのはわけがあります。ドイツのオーケストラの重厚にして繊細な響きは大好きなんですが、TV,CDで聴く限り、ベルリン・フィルはドイツのオーケストラとは響きを異にして、非常にモダンでインターナショナルな響きがするんです。高性能なスポーツカーの響きです。指揮者によっては素晴らしい響きの音響だけがあり、そこには音楽を感じません。そのあたりが好みではなく、これまで聴くのを躊躇していました。それに加えて最高に高価なチケットなので、コストパフォーマンスが悪いわけです。

今回の来日公演はマーラーの交響曲第9番と聞き、彼らの並々ならぬ決意を感じました。その現場に立たなくてはと一瞬で思い立ちました。
前にも書きましたが、saraiにとって、マーラー9番は特別な曲です。人間の生と死に真っ正面から対峙した究極の作品。演奏する側も聴く側も生半可な気持ちではいられない音楽です。そして、フィナーレの後の静寂にすべてが込められています。これは生で聴くべき曲の最筆頭だと思います。

NHKのBSで5月18日のアバード指揮のベルリン・フィルのマーラー没後100周年記念コンサートが放送されました。昨日、その録画を聴きました。正直、最初のマーラー交響曲第10番アダージョはもっと美しく響いてほしいところ。そして、「大地の歌」、これはもうフォン・オッターのフィナーレの絶唱が凄かった。まるでかってのフェリアーが乗り移ったかと思うほどの歌唱です。聴こえるか、聴こえないか、瀬戸際のエーヴィッヒ、エーヴィッヒには痺れます。その絶唱を引き出したベルリン・フィルにも敬意を表したいと思います。木管のソロの素晴らしさが心に沁みました。
これはマーラー9番は期待するしかないですね。
全員の思いがひとつになれば、とてつもない演奏をする可能性を秘めたベルリン・フィル、その超演を楽しみに待ちましょう。



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神尾真由子ヴァイオリン・リサイタル@杜のホールはしもと 2011.6.25

久しぶりに神尾真由子のヴァイオリンを聴いてみようと思いました。前に聴いたのはお得意のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲でした。
以前、彼女は協奏曲の女王?とか呼ばれていて、オーケストラとの共演を得意にしていました。
事実、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は素晴らしい演奏でした。ただ、TVで聴くほかの演奏はもうひとつ。そういうこともあり、何となく、彼女のコンサートから足が遠のいていました。
今回は小さなホールでのリサイタルということで、じっくり最近の彼女のヴァイオリンを聴いてみようと思い、チケットを入手。

JR横浜線の橋本駅の駅前にある「杜のホールはしもと」は初めて行くホールですが、ビルの8,9階にある500人収容の立派なホールです。室内楽には最適ですね。今回は10周年記念コンサートとして企画されたとのことです。交通アクセスは結構便利です。周辺での食事も可能です。

今日のリサイタルのプログラムは以下。

 ヴァイオリン:神尾真由子
 ピアノ:鈴木慎崇

 パガニーニ:ヴァイオリン・ソナタ第12番ホ短調Op.3-6
 イザイ:悲劇的な詩Op.12
 タルティーニ:ヴァイオリン・ソナタ ト短調「悪魔のトリル」

  《休憩》

 パガニーニ:24のカプリースOp.1より
  第1番、第2番、第4番、第6番、第9番、第11番、第13番、
  第14番、第15番、第16番、第17番、第20番、第21番、第24番

  《アンコール》
 パガニーニ:24のカプリースOp.1より第10番

最初のパガニーニのヴァイオリン・ソナタは原曲はヴァイオリンとギターのためのソナタで後にピアノ版に編曲されたものです。そのせいか、神尾真由子のヴァイオリンは抑えた響きでの演奏。まあ、ギターとの演奏ならば、それはそれでいいですが、音量のあるピアノとの演奏なので、美しいメロディーを思いっきり、歌わせてもらいたいところ。少し、不満のある出だしですが、それは音楽の捉え方の問題で決して演奏の質が劣るわけではありません。あくまでもsaraiの感性の問題です。まあ、ほんの3分ちょっとの曲なので手馴らしってとこでしょう。

次はイザイの悲劇的な詩。これは初めて聴きました。いかにも大ヴァイオリニストであったイザイらしく、なかなかの難曲です。無伴奏ヴァイオリン・ソナタと似た感じです。神尾真由子のテクニックはとても素晴らしく、この難曲を楽々と弾きこなして、音楽表現に重点を置いたような演奏です。フツフツと熱い感情のたぎりが沸きだしてくるような神尾真由子らしい力演です。これは聴き応えがありました。

次はタルティーニの「悪魔のトリル」。ヴァイオリン曲の定番ですね。フィナーレに向かっての凄まじいテクニックに圧倒されました。こんな曲でも熱く演奏できるのは素晴らしいですね。ただ、精神性や深みを感じさせる曲ではないのが残念。たまに聴きたくなる曲ではあっても感動に至るような曲ではありません。演奏は素晴らしかったです。

休憩後はこの日一番注目のパガニーニのカプリースです。いやはや、どの曲も素晴らしい仕上がり。特に叙情的なメロディーラインの美しさ、超絶技巧の曲であることを忘れさせる高度な演奏です。有名な最後の第24番も楽々と弾き、熱いフィナーレです。現在、世界でもこれだけ弾けるヴァイオリニストは数えるほどしかいないでしょう。

アンコールもまたカプリースの別の曲。この第10番もまったく素晴らしい。きっと、この日演奏していない曲もすべて同じような高いレベルで弾くのでしょう。

この日のリサイタルは素晴らしい演奏で満足しました。しかし、こんなに演奏が素晴らしいのにもうひとつ感動に至りません。考えてみると、この日の選曲に問題があるような気がします。少なくともsaraiの趣味ではありません。パガニーニもイザイも決して嫌いではありませんが、何となく組み合わせが面白くありません。また、ここで「悪魔のトリル」を組み合わせる意図がよく分かりません。折角の才能ですから、今後、意欲的なプログラムに取り組むことを願いたいと思います。
楽しめそうなリサイタルがあれば、再度、聴いてみたいと思っています。



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リスト・イヤーならではの東京都響定期演奏会@東京文化会館 2011.6.20

本来はサントリーホールの東京都交響楽団の定期演奏会に行くのですが、先週はメトロポリタンオペラと重なったため、今日の東京文化会館の定期演奏会にチケットを振り替えました。
おかげで、滅多に聴けないリストのオーケストラ曲を聴くことができました。今年はリスト・イヤー(生誕200年)ですから、こういう曲を聴く絶好のチャンスではあります。

今日のプログラムは以下。

 小泉和裕指揮東京都交響楽団(コンサートマスター:矢部達哉)
 ピアノ:マルクス・グロー
 テノール:福井敬
 男声合唱:二期会合唱団

 リスト:ピアノ協奏曲第2番イ長調S.125
  
  《休憩》

 リスト:ファウスト交響曲S.108

リストのピアノ協奏曲といえば、普通は第1番のことです。チャイコフスキーの場合と同じですね。いずれもまだ第2番は聴いたことがありません。それが今年は両方とも聴けますが、今日はまずリストを聴きます。
ピアニストはドイツ人のマルクス・グロー、この人も今回初めて知りました。指揮の小泉和裕も多分初めて聴きます。なんだか、初物尽くしの感があります。
リストの1番は大変、派手なヴィルトゥオーゾ的な曲ですが、ほぼ同時期に作曲された2番はかなり趣が異なり、ロマン的・神秘主義的な傾向の曲です。2番はある意味、1番に比べると、捉えどころがないとも言えますが、精神性が高いとも思えます。
都響の弦セクションとグローのピアノが精妙な音楽を作り上げていきます。とても感性に優れた表現です。これがフランス音楽ならば、エスプリに満ちた演奏というのでしょうが、ドイツロマン派の音楽ですから、ロマン性にあふれた演奏というのでしょう。とても気持ちよく、聴けました。まあ、音楽ミーハーとしては通常は1番を聴いて、すかっとしたいところです。が、たまにはこういう曲を聴くのもいいものです。新鮮ですからね。
ピアニストのグローはタッチが美しく、粒立ちのよい響きでなかなか優秀なピアニストです。この曲だけでは判断できませんが、今後、注目しましょう。40代の中堅ピアニストです。グローと都響の共演はとても息があって、素晴らしいバランスでした。

休憩後は大曲のファウスト交響曲です。滅多に聴けない曲だと思っていたら、さすがに今年はリスト・イヤーということで盛んに演奏されているようです。もうひとつの秘曲ダンテ交響曲はほとんど聴けないようです。
で、なかでも指揮の小泉和裕がこの曲にかなり入れ込んでいるようで、既に大阪でも演奏したそうです。
ファウスト交響曲は3部からなり、2部まではオーケストラだけで演奏。3部の最後の5分間はテノール独唱と男声合唱がはいります。

第1部は《ファウスト》という題名で真理を探究するファウストを表現しています。曲想は後期ロマン主義を先取りしたような感じで、ワーグナーのトリスタンへ続く道を連想します。ということは、なかなかの名曲・・・かのバーンスタインもリストの最高傑作と評価し、2度も録音したとのこと。事前にそのバースタインのCDを聴きましたが、素晴らしい演奏でした。
都響は定評のある(saraiが勝手に言っている)弦楽セクションが絶好調。特に第1ヴァイオリンの女性奏者たちの素晴らしい演奏には舌を巻きます。切れ込みの鋭い演奏で、ユニゾンはぴたっと合い、一糸も乱れぬ素晴らしい響き。パーフェクトです。さぞや、指揮者の小泉和裕と練習を積んだことでしょう。その成果が表れた演奏です。

第2部は《グレートヒェン》という題名です。ファウストの憧れの女性、グレートヒェンを連想させる優美な楽想に満ちています。ここでも都響の強力な弦楽セクションがその実力を十分に発揮して、美しい響きでホールを満たします。

第3部は《メフィストフェレス》という題名で悪魔の暗い世界をグロテスクに表現しますが、楽想自体はこれまでのものを用いており、音楽の一貫性を志向しているようです。この曲の成り立ちにはベルリオーズがかかわっており、幻想交響曲でも使われたイデーフィクス(固定楽想)の影響があるのでしょう。
最後に《神秘の合唱》と呼ばれる男声合唱がハ長調ではいってきます。暗黒の世界に差す光を表現したとのことですが、鈍感なsaraiには明確には感じられません。むしろ、テノール独唱と合唱による劇的な表現のほうが耳に感じられます。お恥ずかしいことです。神秘性よりもドラマチック性を感じます。saraiのせいか、演奏の問題か、判断するほど、この曲を聴き込んだわけではありません。
まあ、ともかく、劇的にファウスト交響曲はフィナーレです。

感動というよりも爽快感が感じられた演奏でした。リストらしいと言えば、そうですね。オーケストラ曲としては最高傑作かも知れませんが、リストはピアノ曲のほうがやはり、好みです。ロ短調ソナタとか、巡礼の年とか、感動できる名曲がありますものね。
ただ、リストの滅多に聴けない曲をしっかりした演奏で聴けたので、収穫は多く、満足したコンサートでした。



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フリットリ新たな伝説・聖女ミミ!《ラ・ボエーム》:MET@NHKホール 2011.6.17

プッチーニの名作オペラ《ラ・ボエーム》はsaraiがオペラにのめりこむきっかけとなった記念的作品。そして、このオペラだけはミレッラ・フレーニのミミなしには成立しないものでした。
イタリア人プッチーニのオペラをイタリア人フレーニがすべてを歌い尽くす。そこには愛と死という人間として根源的なものがありますが、フレーニは一人の哀しい生身の女として演じきります。で、聴く者すべてを人間的共感に包み込むわけです。フレーニのミミはsaraiにとって、永遠に不滅のもの。今までは封印が解かれることは決してありませんでした。

フリットリは今までにないタイプのソプラノ歌手でしょう。イタリア人でありながら、決してイタリア臭くありません。なにか人間を超越している存在にも思えることがあります。一言で言えば、聖女の歌声を持つソプラノです。
フリットリでさえもフレーニのミミの封印を解くことは決してできません。しかし、もうひとつ別のミミを作り出すという破天荒なことをやってのけました。それはフレーニの歌うミミはあくまでも血の通った生身の人間であり、人間としての共感が我々聴衆との結びつきを作り上げたわけですが、フリットリは違います。フリットリは天上の世界から遣わされた天使が地上に舞い降り、生身の人間と一時の恋に落ち、そして、また、聖女として天界に帰って行くのです。その聖なる奇跡を我々聴衆がオペラとして目撃するわけです。

第1幕、どこからともなく、ロドルフォのもとに現れたミミ(フリットリ)はまことに優しげな声で「私の名はミミ」と語りかけます。その声ははかなげでもあります。ドラマチックな筈の愛の2重唱も人間ロドルフォと聖女ミミの決して通うことのない絆を強調するだけです。

第2幕の喧騒のなかでも、一人ミミは超越した存在として、冷静に周囲を見渡しているだけで、客観的な立場を貫きます。

第3幕、ここからは実に見事なフリットリの聖なる天上の声が響きわたります。ミミの別れ、それはミミの病気が原因ですが、それは天上の世界に戻る時期が近くなったとも言えます。だんだんと澄み渡っていくフリットリの高音の声の響きはミミが次第に聖化していくかのようです。とても生身の心や体が蝕まれた人間とはほど遠いものです。優しげにロドルフォを気づかう聖女ミミの純粋さがとても心を打ちます。このあたりからは涙なしには聴けなくなります。なんという感動でしょう。

第4幕、もうミミは完全に聖女に列せられます。声量を抑えて、澄みきって、どこまでも伸びていく高音は天上の世界の響きです。地上での想い出をひとつひとつ語りながら、ロドルフォを慰め、そして、天上に昇天していきます。残された我々人間は聖女ミミの姿を求めて、哀しみにくれます。

こういう聖女伝説はフレーニにもなしえなかった世界です。稀代のソプラノ、フリットリが作り上げた奇跡のオペラと言えるでしょう。人間の哀しみを表現したフレーニのミミは不滅ですが、ここに聖女ミミを誕生させたフリットリの新たな伝説が生まれました。そして、これも永遠に不滅でしょう。ラ・ボエームの封印が2重になってしまいました。

語っても語り尽くせない最高のオペラでした。こういうオペラに遭遇できて、とても幸せです。

最後に今夜のキャストをご紹介して幕とします。ルイージの指揮も聖女ミミを好サポートした見事なもので、メトロポリタン歌劇場管弦楽団の弦セクションの美しさが耳に残りました。ロドルフォを歌ったアルバレスは声量が足りませんが、その分、とてもロマンチックな歌唱で好印象。また、マルチェッロを歌ったマリウシュ・クヴィエチェンのバリトンの豊かな響きも忘れられません。ムゼッタを歌ったスザンナ・フィリップスは声がよく出て、とてもよい歌唱でした。

 プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》
 
 ファビオ・ルイージ指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団
 演出:フランコ・ゼッフィレッリ

 ミミ:バルバラ・フリットリ
 ロドルフォ:マルセロ・アルバレス
 マルチェッロ:マリウシュ・クヴィエチェン
 コッリーネ:ジョン・レリエ
 ショナール:エドワード・パークス
 ムゼッタ:スザンナ・フィリップス
 ベノワ/アルチンドロ:ポール・プリシュカ

これを持って、4夜聴いたメトロポリタンオペラも終幕です。結果的に震災後に素晴らしい公演を実施してくれた関係者のみなさんに感謝します。



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この記事へのコメント

1, 瑞光さん 2011/06/20 13:31
こんにちは

私は、この演目は
昨年のトリノオペラとくしくも同じになったので
スルーして「ルチア」2回という選択をしましたが
行けばよかったかもしれませんね。

個人的にはオケ・コンもほぼ同じような感想でした。
私も行ったコンサートについて書いてありますので
まあ読んでみてください。
ほぼ同じです。

2, saraiさん 2011/06/21 01:24
瑞光さん、こんばんは。
こちらにもコメントありがとうございます。

そうですね。「ルチア」2回という選択は二人のテノールを聴けたので正解だと思いますが、やはり、フリットリのミミは欠かせなかったでしょう。ゼッフィレッリの演出した舞台も見物でしたし・・・
六万四千円は決して高くなかったですよ、この内容では。

ブログ面白く読ませていただきました。基本的に同じ感想でしたね。ただ、R・シュトラウスはオケがまだ練習不足だったと思います。いかにアメリカのオケでももう少し、ドイツ的な響きが出せたと思いました。

最後にルチアで感涙した同類であることに喜びを禁じ得ませんでした。

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感動の《ルチア》:MET@東京文化会館 2011.6.16

日本のこういう状況のなかで、気持ちよく来日してくれたメンバーに感謝あるのみです。特に生まれたばかりの息子さんを連れて来日してくれたディアナ・ダムラウには特に感謝の意を捧げたいと思います。彼女の今夜の歌唱は素晴らしいという言葉では表現できないものです。ほぼ10年ぶりに聴きましたが、まさに世界最高のソプラノに成長していました。現在、彼女に比肩できるのはネトレプコ、フリットリ、デッセイくらいでしょう。それぞれタイプが異なりますが、非常に高いレベルでの独自性を持つディーヴァたちです。もちろん、別格のグルベローヴァはいますが、もう世代が異なりますね。

さて、今日のプログラムとキャストは以下です。

 ドニゼッティ:歌劇《ランメルムーアのルチア》
 
 ジャナンドレア・ノセダ指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団
 演出:メアリー・ジマーマン

 ルチア:ディアナ・ダムラウ
 エドガルド:ピョートル・ベチャワ
 エンリーコ:ジェリコ・ルチッチ
 ライモンド:イリダール・アブドラザコフ
 アリーサ:テオドラ・ハンスローヴェ
 アルトゥーロ:マシュー・プレンク
 ノルマンノ:エドゥアルド・ヴァルデス

第1幕の第1場、ルチッチの美しく豊かなバリトンが響きわたります。素晴らしいですね。生で聴くのは初めてです。得意役のマクベスを聴いてみたいものです。
で、第1幕の第2場、いよいよ期待のダムラウが登場しますが、最初のアリアでは、まだ、あまり声が出ていません。アリア後半の声を張り上げるところになると、突如、実に美しい高音の響きが聴かれるようになりました。続いて、ベチャワも登場して、2人で別れの2重唱を歌うあたりはもう澄みきっていて芯のある素晴らしい響きです。ベチャワは声は十分出ていますが、この歌は少し平板な感じでもう一つです。ただ、あまり技巧を凝らさないで歌っていくのはきっと終盤での切々と歌うところにつなげていくためだとも考えられます。いずれにせよ、この2重唱はsaraiが大好きな歌なので、ダムラウの歌唱にはすっかり満足です。

休憩後、第2幕の第1場、ルチッチ扮する兄とダムラウ扮するルチアの対決の場面ですが、ここは激しいやりとりというよりも、ダムラウは等身大の哀れな女性としてのルチアを演じていました。これはこれで彼女の個性ですから、面白く聴きました。アブドラザコフ扮するライモンドがルチアを家のために犠牲になって結婚するように諭すところは、どのプロダクションもそうですが、なにかもうひとつ説得力に欠けます。ダムラウはここでも等身大の哀れな女性としてのルチアを演じていました。ですから、抑え気味の歌唱です。このあたりはこれくらいの盛り上がりで納得です。
続いて、第2幕の第2場はルチアとアルトゥーロの結婚の手続きの場面。ダムラウは相変わらず、等身大の哀れな女性を演じます。ここにベチャワ扮するエドガルドが飛び込んできて、怒りまくるところですが、なかなかの迫力での歌唱、聴きいってしまいます。

休憩後、このオペラの最大の見せ場の第3幕です。第1場はルチッチとベチャワの対決シーン。よく省略される場面ですが、今回のプロダクションは丁寧に作られています。この後の布石となるシーンですから、省略なしにやったのは正解でしょう。2人ともよく声が伸び、いい場面になっています。
そして、遂に第2場は「狂乱の場」です。ここはダムラウの一人舞台。現代を代表するソプラノにふさわしい素晴らしい歌唱です。特にフルートと絡み合うところでの自在な高音の響き、まさに驚異的です。この美しさは多分、ネトレプコ、デッセイよりも上です。パーフェクトを通り越しています。フィナーレに向かってのコロラテューラの技巧を凝らした歌唱の素晴らしいこと、完璧にコントロールされたクリスタルの輝きを思わせる高音の響き、ただただ呆然と聴きいるのみです。最後の超高音の叫びでまるでこのオペラも幕を閉じた感があります。
しかし、METのこのプロダクションはこの後に続く第3場が泣かせるんです。まず、ベチャワの素晴らしいアリアで愛する人のいない人生の哀しさが胸につきささるようです。その後、ルチアが正気を失って、エドガルドに恋い焦がれながら、死んでいくことを知り、エドガルドは「ルチアが死ぬ」と哀切を込めた歌唱。このベチャワの歌唱はとても涙なしには聴けません。突然、愛するルチアがこの世からいなくなる衝撃ははかりしれませんが、このオペラでは、saraiを含めた聴衆にその悲しみが共有されます。ここで涙しない聴衆はオペラを聴く資格なしと断じたいと思うくらいです。
そして、最後は天使として現れたルチアに導かれて、エドガルドは自害を果たします。哀しい結末ですが、あえて、ハッピーエンドといいたいと思います。それが救いというものでしょう。人は愛の力で最後は救われる。そう信じたいオペラの結末です。
それにしても、この演出で最後にルチアを再度登場させたのは、とてもよい考えだと思います。演出のジマーマンにもブラボー!!

ということで、昨日の《ドン・カルロ》に比べて、なんという素晴らしさでしょう。新世代の《ルチア》として、とても感動した公演でした。



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この記事へのコメント

1, 瑞光さん 2011/06/20 13:26
こんにちは

本当にMETのルチアは素晴らしかったですね。

私は2回出かけましたが
2回ともテノールが違うので
すごく楽しめました。
初日でしたので、ものすごく興奮したのを覚えております。

2回目は

同じ日に出かけたみたいで、
この日もとてもよかったと思います。
おっしゃるようにダムラウは
初日の方が良かった印象ですが、初日よりも堂々としておりました。


本当に
良い公演に巡り合えたと、心から感謝しております。

2, saraiさん 2011/06/20 13:38
瑞光さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

ダムラウは初日はさらによかったんですね。それは聴きたかった。来年の6月はウィーン国立歌劇場でも、ベチャワと一緒にルチアを歌うようです。きっと、ますます磨きがかかるでしょうね。
ところで初日というと、テノールはカレーヤの代わりにビリャソンが歌ったんですよね。これは聴きたかったですね。特に第1幕の2重唱はCDで聴きましたが、素晴らしかったので、きっと、生ではもっと聴き応えがあったでしょう。

また、当ブログにお越しくださいね。では。

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5分の2の《ドン・カルロ》:MET@NHKホール 2011.6.15

ヴェルディの歌劇《ドン・カルロ》は彼の最高傑作ともいっていいくらい素晴らしいオペラです。友情、悲恋、満たされぬ愛、人生の黄昏の苦悩、宗教の権威と国権、民衆の嘆きと怒りなどの様々な要素がヴェルディの筆で丹念に描き込まれ、美しくもドラマチックなオペラに昇華しています。

このオペラをメトロポリタンオペラの総力で5人のスーパースターを並べ、まさに現在最高のキャストでのプラチナオペラが実現する筈でした。
が、結局、歌手のキャンセルが相次ぎ、当初発表されたメンバー5人のうち、残ったのは2人だけ。あとは代役。5分の2のオペラになってしまいました。まあ、そう書くと代役の方に失礼にあたりますね。代役の方もよく歌いました。予想以上と言ってもいいでしょう。
当初の主な配役は以下。

 エリザベッタ:バルバラ・フリットリ
 ドン・カルロ:ヨナス・カウフマン
 フィリッポ2世:ルネ・パーペ
 ロドリーゴ:ディミトリ・ホロストフスキー
 エボリ公女:オルガ・ボロディナ

このうち、最終的に歌ったのはルネ・パーペとディミトリ・ホロストフスキーの2人です。
結論から言えば、2人残っても、このオペラは感動できたでしょう。その2人はバルバラ・フリットリとルネ・パーペの2人です。他は泣く泣く代役でも我慢できたと思います。特にバルバラ・フリットリのエリザベッタは世界中探しても誰も代わりは務まらないでしょう。それくらい、彼女のはまり役です。1昨年のミラノ・スカラ座の来日公演での最終幕での愛の2重唱はフリットリの天上の歌声、聖なる歌声に胸が打ち震えました。

今回の代役3人の顔ぶれは以下です。

 エリザベッタ:マリーナ・ポプラフスカヤ
 ドン・カルロ:ヨンフン・リー
 エボリ公女:エカテリーナ・グバノヴァ

まずはエリザベッタを歌ったポプラフスカヤに触れないわけにはいきません。この交代が一番の問題だったわけです。ところが彼女は予想以上の出来。まったく及第点の歌唱。特に中音域の透き通った響きは絶賛できます。ただ、高音域の歌声が詰まり気味でソプラノとしてはかなり辛いところです。もっとも高音域の響きが綺麗だったとしても、イタリア最高のディーヴァであるフリットリのレベルとは格段の違いがあります。それは人の心をうち震わせるカリスマ的な力としか表現できません。フリットリだって、何を歌っても素晴らしいわけではありません。昨年、ミュンヘンで聴いたフィガロの伯爵夫人はヴィブラートのかかり過ぎの歌声でもう一つ本領を発揮できていませんでした。しかし、こと、エリザベッタに関しては、無垢な聖女としての役柄に合わせた天使のような歌声は彼女だけのもの。で、最終幕はその歌唱で盛り上がって、感動のうちに幕というのが期待したシナリオです。
今日のオペラはこれがすべて。最終幕はみんなよく歌いましたが、それだけのこと。感動はありませんでした。

フィリッポ2世を歌ったルネ・パーペはさすがによかったです。ただ、これも比べると1昨年のスカラ座のほうが少しよかったですね。でも、満足の歌唱でした。人生の黄昏の悲哀は胸にくるものがありました。

ロドリーゴを歌ったディミトリ・ホロストフスキーは期待したほどではなく、決して絶好調というわけではなかったみたいです。それでも、さすがに大物歌手です。ロドリーゴが死ぬ場面の歌唱は力も抜けて、とても素晴らしいものでした。歌唱に波があったのが残念でした。

代役で一番よかったのはドン・カルロを歌ったヨンフン・リーです。これは及第点。高音も伸び、性格表現もよく、何の不満なし。

もう一人の代役、エボリ公女を歌ったエカテリーナ・グバノヴァはまあ及第点の歌唱でしょう。エボリ公女としては十分でしょう。もっとも本来歌う筈だったボロディナにはそれ以上を期待していましたが・・・

指揮のファビオ・ルイージには何の不満もありません。見事な指揮でした。

愚痴のオンパレードで申し訳けありませんが、いいこともありました。それは今回の公演の公式プログラムが無料で配布されたことです。通常、2000円はしますよね。もっとも、内容はキャストが交代前のものでとても売り物にならなかったんでしょうが、それでもラッキー。明日以降ももらえそうです。同じものを3冊もいりませんけどね。欲しいかたはご連絡いただければ2冊までは進呈しますよ。

そうそう、嬉しいことがもうひとつ。ひとつ前の座席にsaraiもファンの一人であるピアニストのI.N.さんがいらっしゃったことです。娘さんとお二人でいらっしゃってました。思わず、休憩時間に声をおかけしてしまいました。いつもどおりのお洒落で美しいかたでした。今年のサントリーホールでのリサイタルは素晴らしかったですねと言うと、来年3月もやるので是非いらしてくださいということでした。ふらふらっと行ってしまいそう。もっとも来年の3月あたりはウィーンでいいオペラをやってそうなので、どうなるか、???です。

ということで今日は不在のフリットリの偉大さをあらためて感じることになりましたが、こうなると是非ともそれを挽回するミミをフリットリが歌ってくれることを願うのみです。明日はダムラウのルチアです。



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この記事へのコメント

1, ハルくんさん 2011/06/17 22:16
saraiさん、こんばんは。

ドン・カルロは素晴らしいオペラですよね。
今回はパスでしたが、一昨年のミラノスカラ座の感動が思い出されます。あの時のフリットリは凄かったです。今回は配役変更で残念でしたね。

それにしてもI・Nさんとお話されたとは羨ましい!
僕も美人演奏家には滅法弱いのですが、生I・Nさんを見たことはありません。いやー、ぜひ一度拝んでみたいものです。

2, saraiさん 2011/06/18 00:23
ハルくんさん、こんばんは。
今、最後のラ・ボエームから帰ってきたところです。
内容は・・・今から記事を書くので、そちらをご覧いただきますが、フリットリは最高のディーヴァだとだけ、言わせていただきます。

ドン・カルロは歴史に残る名演になる筈だったので、正直、今でも悔しいです。単なるよい公演に留まってしまいました。

しかし、天は我を見放さず、I.N.さんとの思わぬ出会いを演出してくれました。ステージ通りのとても綺麗なかたでした。この後、一気にテンションがあがり、ドン・カルロもそっちのけだったかも・・・・

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メトロポリタンオペラ特別コンサート@サントリーホール 2011.6.14

ネトレプコの降板など、すったもんだもありましたが、新たな出演者、新たなプログラムでメトロポリタンオペラ特別コンサートの日がやってきました。ネトレプコのファンであるsaraiはやっぱり、正直なところ残念です。チケットも高額でしたからね。

まず、今日のプログラムは以下です。

 ベッリーニ:歌劇《ノルマ》序曲
 ベッリーニ:歌劇《清教徒》より、リッカルドのアリア「おお、永遠に君を失った」
  バリトン:マリウシュ・クヴィエチェン
 ベッリーニ:歌劇《清教徒》より、エルヴィラのアリア「優しい声が私を呼んでいる・・・さあ、いらっしゃい愛しい人よ」
  ソプラノ:ディアナ・ダムラウ
 R・シュトラウス:交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》Op.28

  《休憩》

 ヴェルディ:歌劇《運命の力》序曲
 ヴェルディ:歌劇《イル・トロヴァトーレ》より、レオノーラのアリア「穏やかな夜」
  ソプラノ:バルバラ・フリットリ
  メゾ・ソプラノ:エディタ・クルチャク
 ヴェルディ:歌劇《仮面舞踏会》より、リッカルドのアリア「永遠に君を失えば」
  テノール:ピュートル・ベチャワ
 R・シュトラウス:交響詩《ドン・ファン》Op.20

  《アンコール》
 プッチーニ:歌劇《マノン・レスコー》間奏曲

 演奏:ファビオ・ルイージ指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団

会場はもちろんサントリーホールです。オペラと違って、ステージの前で歌う歌手が近くで聴けるのがいいですね。それに今日の席は前から4列目の中央。最高のポジションです。

まずは聞き慣れた《ノルマ》序曲です。まあ、特別に感じるところはありません。普通の演奏です。悪いというわけじゃありません。

次は《清教徒》のリッカルドのアリアをクヴィエチェンが歌います。昨年、バイエルン国立歌劇場で《フィガロの結婚》でアルマヴィーヴァ伯爵を聴きましたが、とても素晴らしい声だったので今日も大変期待しました。ですが、今日はもうひとつ声が響かない感じです。それなりの歌で終わってしまいました。曲の選択の問題か、喉の調子が今一つだったかはわかりませんが、不完全燃焼です。オペラ本番では是非、実力を発揮してもらいたいと思います。

で、次はいよいよ期待のダムラウです。2002年にウィーン国立歌劇場でツェルビネッタを聴いて以来、ほぼ10年ぶりに聴きます。10年前はまだ若手でそんなに存在感はありませんでした。それにその頃はグルベローヴァの素晴らしいツェルビネッタを聴いていたので、それほどの歌唱には思えませんでした。もっともグルベローヴァが凄過ぎるといえば、そうなんですけどね。
今日は登場からして、もう押しも押されぬ世界のソプラノとしての貫祿(オーラ)が感じられます。今日は《清教徒》の狂乱の場です。今回はオペラ本番で《ルチア》も歌うので、何と続けて、狂乱の場を2つも聴けるんですね。嬉しいことです。(4月にはウィーン国立歌劇場でネトレプコの歌う《アンナ・ボレーナ》の狂乱の場も聴いたしね。)
で、まずは正気を失ったエルヴィラが切々と歌いあげる聴かせどころ。ここはもう一つ、ピュアーな声が響いてきません。泣かせどころなのに残念。このあたりはグルベローヴァやネトレプコはさすがに聴かせるんですが・・・。
後半のコロラテューラの技巧を駆使するところになり、ダムラウの本領発揮です。実に磨き上げられた光沢感のある声の響きで聴かせます。エンジン全開で超高音を張り上げて、圧倒してきます。素晴らしい!! さすがに超1級のソプラノです。
ですが、saraiとしては、この曲ではそれでもやはり、グルベローヴァやネトレプコに軍配をあげてしまいます。ダムラウは最近出たCDでは、ティーレマン指揮ミュンヘン・フィルでR・シュトラウスの歌曲を歌っていますが、それは次元の違う素晴らしい歌唱でした。やはり、R・シュトラウスを聴きたかったのが本当の気持ちです。もっと、素晴らしい歌声が聴けたでしょう。

前半最後は交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》です。ルイージのお手並み拝見というところ。曲の組み立て方はよいのですが、オーケストラがR・シュトラウスにしっくりこないという感じです。以前、ルイージがシュターツカペレ・ドレスデンでR・シュトラウスを演奏したときは無理のないよい演奏でした。あれは《ツァラトゥストラはかく語りき》だったでしょうか。曲こそ違え、演奏の本質は同じ。やはり、ルイージはオーストリア・ドイツ系のオーケストラがぴったりと合うようです。少なくとも、R・シュトラウスはね。それでも、フィナーレの叙情的な部分の演奏はその前の高揚した部分と対比させて、しみじみと感じさせてくれました。ドイツ的な響きに不満はあるものの楽しめた演奏ではありました。さすが、R・シュトラウスに入れ込んでいるルイージの指揮棒さばきですね。ところで、そのルイージの指揮ぶりですが、バッタのように跳んだり、撥ねたり、とても激しく忙しいものでした。何とか、自分のイメージに合わせようとする精一杯の努力だったんでしょうか。確かに十分なリハーサルはつめなかったでしょうからね。ご苦労様です。

これで休憩です。まあ、よかったんじゃないでしょうか。

休憩後、《運命の力》序曲です。まあ、これは名曲ですし、メトも得意でしょう。なかなか聴かせてくれました。以前、ウィーン国立歌劇場で聴いたのには及びませんが、素晴らしい演奏ではありました。

で、いよいよ大好きなソプラノのフリットリの登場です。今日もなかなか美しい。彼女が《イル・トロヴァトーレ》を歌うとは知りませんでした。でも、第1声から、あのフリットリの澄みきった天上の声です。後半に向けて、切々と叙情的に歌うのではなく、かなり、劇的に歌うので、天上の聖なる声もほぼ第1声だけで残念でしたが、ドラマチックな歌唱も素晴らしく、呆然と聴き惚れてしまいました。やはり、フリットリは素晴らしいソプラノであることを再確認しました。曲を選べば、ネトレプコと覇を競えるのは彼女だけです。かえすがえすも、フリットリが《ドン・カルロ》のエリザベッタを歌わないのは残念。今、彼女以上にエリザベッタを歌える人はいません。かくなる上はフリットリが昨年以上のミミを聴かせてくれることを期待するだけです。

次はベチャワが《仮面舞踏会》のリッカルドのアリアを歌います。これはよかった。オペラ全体を聴きたいくらいです。誰がアメーリアを歌うかが問題です。ダニエラ・デッシーあたりがいいかも知れません。もしかしたら、マッティラあたりもいいかも知れない。それにしても、ベチャワはいいテノールになってきました。最近はいいテノールが増えてきたので、いい傾向です。saraiはどうしてもソプラノ好きなので、テノールに対する注文はそんなに厳しくありません。そういう意味ではベチャワを始め、いいテノールが目白押しです。

最後はまた、R・シュトラウスの交響詩《ドン・ファン》。オーケストラの響きへの違和感はともかく、特に叙情的な部分の演奏が楽しめました。強奏はあまり美しく響いてこなかったのが残念です。ルイージの曲の構成力は文句なしで楽しめました。

で、アンコールですが、オーケストラの演奏では、これが最高によかったです。《マノン・レスコー》間奏曲のプッチーニ節が胸にびんびんきました。プッチーニには痺れますね。メトもオペラになると俄然、実力発揮です。これはどうもフリットリが歌う《ラ・ボエーム》に期待でしょうか。

明日から、3夜連続で《ドン・カルロ》、《ランメルルーアのルチア》、《ラ・ボエーム》を聴きます。もちろん、毎日、ブログに感想を書きますので、是非お読みください。



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ハーディング+マーラー室内管@Bunkamuraオーチャードホール 201.6.7

今日は久しぶりに国内で海外のオーケストラのコンサートを聴きます。震災前のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団以来でしょうか。

ちょうど家からコンサートに出かけるときにEメールを開くと、今月末に来演予定だったドレスデン・フィルが公演キャンセルになり、チケットの払い戻しだということです。がっくり。でもまあ、考え方によっては、今日のコンサートは実に希有なコンサートだともいえます。こんな折りに日本公演をやってくれるのは本当にありがたいですね。今日のコンサートはしっかり大事に聴かせてもらいましょう。

さて、今日の演奏は以下です。

 指揮:ダニエル・ハーディング
 ソプラノ:モイツァ・エルトマン
 管弦楽:マーラー・チェンバー・オーケストラ

で、プログラムは以下。

 マーラー:《花の章》
 マーラー:歌曲集《子供の不思議な角笛》より
       「むだな骨折り」
       「この世の生活」
       「ラインの伝説」
       「美しいトランペットが鳴り響く所」
       「だれがこの歌を作ったのだろう」

   《休憩》

 マーラー:交響曲第4番ト長調

今日はチェンバー・オーケストラということですが、楽団員45名のところを来日メンバーは70名に増員しての公演だそうです。それでもマーラー演奏としてはずい分少ないメンバーになりますね。一体どんな感じの演奏になるのでしょうか。興味津々といったところです。
ところで、実は今日のコンサートの出演メンバーはすべて生聴きとしては初めてなんです。特にハーディングは今までまったく縁がありませんでした。これも今日の楽しみのひとつです。

さて、最初に演奏される《花の章》ですが、これは交響曲第1番《巨人》のために作曲された曲ですが、結局、最終的に使われず、《花の章》という単独の曲として演奏されます。この曲は、実はsaraiも初の生聴きなんです。CDでも今回の予習で初めて聴きました。あまり演奏の機会のない曲です。
静かに曲が始まり、木管の美しい響きがゆったりと流れます。ゆったりと美しい響きが続くものの曲は短く終わります。マーラーにしては実にあっさりとした曲です。それほどインパクトのない曲ですから、あまり、オーケストラの実力は判断できません。

次は歌曲集の角笛です。黒いドレスに美しい肢体を包んだモイツァ・エルトマンがゆっくりと立ち上がり、表情豊かに角笛の曲を次々と歌います。エルトマンはふくよかでピュアーな声のソプラノというタイプではなく、少し粗削りなスープレットという感じで、ボーイソプラノ的な響きの声です。意外にマーラーには向いているようです。声も容姿も少女らしさを失っていないという感じで、この年齢のときのエルトマンを聴けるのは幸運かも知れません。特に「美しいトランペットが鳴り響く所」の美しい歌の響きが印象的でした。角笛がこんなに面白く聴けるとは思っていなかったので、それがなかなかの収穫でした。伴奏のオーケストラも表情豊かな演奏で、マーラーの歌曲らしく、マーラーチックなメロディーが散りばめられていて、面白く聴き通せました。

休憩後はいよいよ、交響曲第4番です。第1楽章、第2楽章とオーケストラのアンサンブルはパーフェクトではありませんが、彫の深い演奏です。ハーディングが実に丁寧な指示で強弱、リズムの細かくダイナミックな変化を曲に与えようとします。オーケストラもよくその指示に応えますが、ここまでやると完璧というわけにはいきませんね。パッセージの頭に強いアクセントをつけていたのが、いい場合もそうでない場合もありましたが、独自の表現で面白く聴きました。まあ、ウィーン・フィルのような美しい響きというわけにはいきませんが、とても気持ちのなごむ優しい響きのオーケストラです。このあたりが人気の秘密でしょうか。
第3楽章はsaraiが特に好きな楽章ですが、とてもスローなテンポで旋律を歌わせ、ぎりぎりのところまでテンポを引っ張り、それが破綻しないのはさすがで、うっとりと聴きいってしまいました。納得の演奏です。それにしてもハーディングの実に丁寧な指示には恐れ入りました。オーケストラもしっかりとそれに合わせ、これはこれでなかなかの演奏です。この長い楽章もうっとりと聴きいっているうちにあっと言う間に終わり、すぐに終楽章に突入。
再び、エルトマンの歌唱ですが、これは実によかったです。声の響きがこの曲にぴったり。もっと美しいソプラノもいますが、この初々しさは出せないでしょう。短い楽章もまだ聴き足りないと思っているうちに終わり、しみじみ・・・
マーラーの熱い思いとか、彼岸への憧れ・恐れといったものとは、この曲も演奏も遠い感じですが、それはそれで、ほのぼのと楽しい音楽がそこにあり、曲を聴き終えた後は何か嬉しい感じが心に残ります。

ハーディングはカリスマ的な指揮者ではなく、真摯にていねいに音楽を作るタイプですね。マーラー・チェンバー・オーケストラは手兵とあって、ハーディングにぴったりと寄り添って、気持ちのよい音楽を作り上げていました。

音楽の余韻に浸りながら、配偶者とは言葉を交わすこともなく、無言で帰途につきました。こういうときに言葉をしまっておけるのは、長く一緒に人生を歩んだ夫婦ならではと、密かに配偶者に感謝です。

マーラーを聴いた後って、寡黙になりたくなりませんか?



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アトリウム弦楽四重奏団@上大岡・ひまわりの郷 2011.5.29

今日は台風の影響で強い雨の中、久しぶりに上大岡・ひまわりの郷のコンサート・シリーズに出かけました。
前回は安永徹&市野あゆみのデュオ・リサイタルでチケットも買ってありましたが、ちょうどヨーロッパの旅の最中で行けませんでしたので、今回のコンサートは3カ月ぶりになります。
今回はロシアのアトリウム弦楽四重奏団ということで、実は名前も知らない団体です。コンクールで2回も優勝したらしいので、それなりの実力でしょう。このコンサートのプロデューサーによると、最近は海外からの演奏家の来日キャンセルが相次いでいるので、直前まで心配で、成田に到着した連絡を受け、ほっと安心したそうです。

で、ちょっと話題がそれますが、これからの海外から来日公演の大物は何といっても6月のメトロポリタンオペラです。saraiも一連の公演チケットを購入済で楽しみにしているので、本当に来日するか、気になっていたところです。先日、NYタイムスに総裁のピーター・ゲルブの「日本で予定通り、公演する」という声明が記事に掲載され、一安心しました。が、直後に音楽監督のジェームズ・レヴァインが体調不良で降板し、代わりに指揮者のファビオ・ルイージが来日するとのこと。これは問題ありません。むしろ、ルイージがレヴァインの後の音楽監督を引き継ぐ前触れなのかということのほうが興味深い感じでした。ルイージはドレスデン国立歌劇場の音楽監督からチューリッヒ歌劇場の音楽監督に移動したばかりですが、早くも次はメトロポリタンオペラかって勘繰りたくなりますね。確かにルイージのようなレパートリーの広い指揮者は引く手あまたなのかも。
それはそれとして、数日後の「ドン・カルロ」の出演者交代には正直落胆しました。エボリ公女を歌う筈だったボロディナが喉の不調で3カ月休養だとのこと。重要な役だし、それにボロディナのエボリ公女が楽しみだったので非常に残念です。また、ドン・カルロ役、すなわち、タイトルロールを歌うヨナス・カウフマンは地震及び原発問題への懸念のため来日を断念しました。彼の来日を楽しみにしていたsaraiの母はとても落胆していました。年寄りには気の毒ですよ。今年、カウフマンはほかにもボローニャ歌劇場、バイエルン国立歌劇場で来日予定でTVでも盛んに宣伝していますが、大丈夫なんでしょうか。こんな状況で彼の出演するオペラのチケットを売り、また降板ならば、チケットの販売の責任はどうなるのでしょう。saraiとしては最低ネトレプコとフリットリが来てくれればOKです。ニュースではフリットリはもう名古屋に着いたようで一安心。

話を今日のコンサートに戻しましょう。
アトリウム弦楽四重奏団は男性3人に女性チェリストのロシア人の団体です。
今日のプログラムは以下のとおりでなかなか良い選曲です。

 ハイドン:弦楽四重奏曲第78番変ロ長調「日の出」Op.76 No.4
 ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第9番変ホ長調 Op.117

  《休憩》

 チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第2番ヘ長調 Op.22

  《アンコール》
  チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番より、アンダンテ・カンタービレ
  ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏のための2つの小品から、第2曲「ポルカ」

最初にお断りしておきますが、今日のコンサートはなんだかんだ言っても結構楽しみました。小ホールの前から2列目というかぶりつきで、室内楽の名曲をプロの弦楽四重奏団の演奏で聴いたので当然です。
その上で苦言を呈さないといけないこともあります。
最初のハイドンはなかなか繊細なアンサンブルで始まり、期待しました。アンサンブルはよく、響きもよいのですが、何か覇気に乏しく、平板な感じです。ハイドンってそんなものと言ってしまってはそれまで。もっとスマートなモダンな演奏を期待していました。もう一度書きますが、演奏はしっかりしていて問題はありません。聴いていて楽しくもあります。でも、もう一つ、個性に満ちた活気のある演奏が聴きたかったというところです。

次はショスタコーヴィチ。これは傑作ですが、聴いていて、とても難度の高い曲。事前の予習にエマーソン弦楽四重奏団のCDを聴きましたが、唖然とするほどの素晴らしい演奏。今日も期待していました。
しかし、きっちりは弾いていても何か凄いという演奏ではありません。少し、がっかりしていると、第3楽章の途中から、第2ヴァイオリンが俄然、激しく覇気に満ちたフレーズを引き始めたのを皮切りにぐーんとヒートアップ。ここから思い切った表現が続き、白熱した演奏。テクニックはともかく、こういうのを聴きたかったんです。こういう表現の第3楽章の後では、抑え気味の第4楽章もそれなりに聴けますから不思議ですね。また、第5楽章も熱い演奏でフィナーレ。少し満足です。まあ、全体としては、そうテクニックが凄いわけでなく、表現力もいま一つの感でした。もちろん、これは現代を代表するハーゲン弦楽四重奏団やエマーソン弦楽四重奏団と比べての話。さらなるレベルアップを期待しましょう。

20分の休憩の後、チャイコフスキーです。同じロシアの血でこちらをうならせるような演奏を期待します。特に第1楽章はあのチャイコフスキー特有の熱にうかされたような音楽に満ちた名曲です。ボロディン弦楽四重奏団のCDで事前予習しましたが、弦楽四重奏曲でありながら、まるでオペラのモノローグのアリアを聴いているような感覚に襲われる曲です。ところがこれもきちんとは弾けていますが、表現力は今ひとつ。濃密なモノローグがあまり聴こえてきません。それでも雰囲気はなかなかいい感じです。
全体にべールに覆われて、切れがもうひとつという感じで終始しましたが、それでも好演ではありました。不思議と退屈はしないんです。今日の演奏では、このチャイコフスキーが一番よく弾けていました。名曲ですね。

アンコールはやはり、チャイコフスキーつながりでアンダンテ・カンタービレ。とても美しい演奏でした。とくに3部形式の最後の抑えたアンサンブルはとてもよかったです。もう一つのアンコールはショスタコーヴィチつながりでポルカ。諧謔的な曲ですが、こういう曲はうまく聴かせますね。素晴らしいです。

というわけで何か物足りない弦楽四重奏団ですが、意外に演奏は楽しめました。まだまだ、将来に期待できるということでしょうか。
それにしても正直なところ、小ホールでハーゲン弦楽四重奏団やエマーソン弦楽四重奏団を無性に聴きたくなりました。



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《ブルックナー2番》インバル+東京都響@文化会館 2011.5.18

つい1週間前に久しぶりに東京都響のコンサートを聴きましたが、早くも今日、また、東京都響のコンサートを聴きました。4月にヨーロッパの旅で聴けなかった定期演奏会の振替分です。なので、いつものサントリーホールではなく、東京文化会館の定期演奏会です。

折角、上野に出かけたので、コンサートの前に東京国立博物館で開催中の写楽展に行ってみました。それについては次回にでもご紹介しましょう。

今夜のプログラムは以下です。

 指揮:エリアフ・インバル
 管弦楽:東京都交響楽団

 プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調 Op,63
  ヴァイオリンソロ:ブラッハ・マルキン
  《休憩》
 ブルックナー:交響曲第2番ハ短調(ノヴァーク版)


プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番は1年ほど前に庄司紗矢香のヴァイオリンで聴きました。正直、ホール(ミューザ川崎)の響きが今ひとつできちんと聴き取れませんでしたが、今日の演奏との比較はできるでしょう。

ステージに都響のメンバーが登場してきました。今夜は四方恭子がコンサートミストレスで独奏もあります。

さて、ヴァイオリニストのマルキンとインバルが登場です。マルキンは経歴を読むと、米国フィラデルフィアのカーティス音楽院でヒラリー・ハーンの後輩のようです。
第1楽章はヴァイオリンソロで始まります。もっとそっとメロディーを奏でるかと思っていると、意外にしっかりした音で弾き始めましたが、響きはとても美しく、これはこれで結構。テンポ早く弾く部分もしっかりとした演奏です。いい演奏ですが、少し無機的でノリが足りない感じ。プロコフィエフはもう少しスリリングな演奏が好みです。
第2楽章はオーケストラのピティカートに乗って、とても美しい響き。うっとりします。ここも中間部のノリが今ひとつの感じです。
第3楽章はばりばりと弾いてほしいところですが、少しおとなしい演奏。演奏は美しく、技巧もしっかりしていますが、もっと自分を表に出した演奏がほしいところ。
今後、彼女の個性をどう伸ばしていくかが課題でしょう。プロコフィエフを聴いた後の爽快感に欠けたのが残念でしたが、演奏は美しいものでした。
庄司紗矢香の演奏は特に第3楽章のばりばりと弾いた爽快感は流石のものでしたから、演奏としては庄司紗矢香が1枚上の印象でした。

休憩後はいよいよブルックナー。これまで、日本のオーケストラのブルックナーはどうしても重量感・清涼感ともにもう一つの印象が多く、先日のライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のようなブルックナーはドイツ系のオーケストラでしか聴けない音・響きでした。今夜はどうでしょう。

結論から言うと、都響で聴いたブルックナーではもっともよい出来に思われました。都響の誇る素晴らしい弦楽セクションが完全に機能し、とても美しいブルックナーでした。交響曲第2番はブルックナーの交響曲では1番、0番に続く初期の交響曲の3曲目で後期の交響曲に比べると、金管楽器の咆哮がそんなに多くなく、美しい弦楽合奏のパートが多く、都響の特性に向いています。特にゆったりした弦楽合奏は都響の真骨頂。第1楽章から第4楽章まで楽しく聴けました。
第4楽章のフィナーレはインバルも熱くなり、盛り上げていましたが、なかなかのブルックナーに仕上がっていました。さらに弦楽の演奏の精度があがり、響きが透明になれば、この曲は都響の看板にもなれそうです。

またまたsaraiのホームオーケストラが高水準で演奏してくれるのを続けざまに聴き、音楽を楽しんだ1夜になりました。



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《英雄の生涯》インバル+東京都響@サントリーホール 2011.5.11

3月に楽しみにしていた東京都響の2回のコンサートが中止になり、4月はヨーロッパ旅行中で聴けず、今夜、久しぶりに東京都響のコンサートを聴きました。
実に12月以来、5カ月ぶりです。これでも定期演奏会の会員なんですけどね。

今夜のプログラムは以下です。

 指揮:エリアフ・インバル
 管弦楽:東京都交響楽団

 シューベルト:交響曲第5番変ロ長調 D.485
  《休憩》
 R・シュトラウス:交響詩《英雄の生涯》
  ヴァイオリンソロ:矢部達哉

《英雄の生涯》といえば、ミュンヘンのガスタイクでティーレマン指揮ミュンヘン・フィルで聴いて、まだ1カ月経っていません。あのときの素晴らしかった演奏とどうしても比べてしまいそうですね。

サントリーホールのステージにメンバーが登場してきました。今夜は矢部達哉がコンサートマスターで独奏もありますが、その横には同じくソロコンサートマスターの四方恭子が座りました。で、指揮は昨年11月以来のインバルです。最高のメンバーが揃いましたね。

最初のシューベルトは小編成での演奏です。いかにも古典形式といった風情の交響曲を綺麗なアンサンブルで演奏していきます。モーツァルトの交響曲を綺麗に響かせているのと同様に感じます。気持ちのいい演奏です。ほとんど弦楽器主体の曲ですから、いかにも東京都響に向いていますね。とてもいい演奏でした。
ところでこの選曲は面白く感じました。ハイティンク+シカゴ交響楽団が来日公演で《英雄の生涯》を演奏した際に、先に演奏したのが小編成でのモーツァルトの《ジュピター》でした。今回も意図は同じで小編成の古典交響曲を美しく演奏し、その後に超大編成の《英雄の生涯》を演奏し、対比の妙を感じさせるというものでしょう。ちなみにティーレマン指揮ミュンヘン・フィルはオールR・シュトラウスプログラムでした。プログラムでの選曲も面白いものですね。

さて、休憩後、いよいよ《英雄の生涯》です。いつ聴いてもこの曲の出だしは何か胸にジーンときます。この日も低弦が響かせる颯爽とした音楽に心が浮き立つ思いです。このオーケストラの弦セクションは本当に聴き応えがあります。まあ、これが楽しみで定期演奏会を聴いているんですけどね。
何度もこの低弦のメロディーは繰り返されますがとてもよいです。
戦いの部分では段々と大音響が響きますが、迫力はあるものの、もう少し、響きのクリアーさが欲しいところ。シカゴ響はもちろん、ミュンヘン・フィルもきっちりと響かせていました。
フィナーレに近づき、弦がしっとりとした演奏をしたところはとても心に響くものがありました。フィナーレよければ、すべてよしで満足の演奏でした。
矢部達哉のソロも素晴らしく、日本のオケのコンサートマスターでここまで弾ける人はいないのではないでしょうか。

で、ティーレマン指揮ミュンヘン・フィルと比べてですが、まあ大差はないというもののアンサンブル力の差でしょうか、音楽の瑞々しさ・若々しさという面で一日の長の差があったのは仕方ないでしょう。何といっても、ドイツのオーケストラの合奏力と響きの深さは凄いですし、ティーレマンのオーラもなかなかですからね。

それでもsaraiのホームオーケストラがこの高水準で演奏してくれるのを久々に聴き、音楽の楽しさに酔わせてもらいました。
来週も同じコンビの文化会館の定期演奏会を聴きます。今度はブルックナー。なかなか厳しい演目ですが、期待しましょう。



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首都圏の様々なジャンルのクラシックコンサート、オペラの感動をレポートします。在京オケ・海外オケ、室内楽、ピアノ、古楽、声楽、オペラ。バロックから現代まで、幅広く、深く、クラシック音楽の真髄を堪能します。
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08/04 21:31 G線上のアリア

じじいさん、コメントありがとうございます。saraiです。
思えば、もう10年前のコンサートです。
これがsaraiの聴いたハイティンク最高のコンサートでした。
その後、ザル

07/08 18:59 sarai

CDでしか聴いてはいません。
公演では小沢、ショルティだけ

ベーム、ケルテス、ショルティ、クーベリック、
クルト。ザンデルリング、ヴァント、ハイティンク
、チェリブ

07/08 15:53 じじい@

saraiです。
久々のコメント、ありがとうございます。
哀愁のヨーロッパ、懐かしく思い出してもらえたようで、記事の書き甲斐がありました。マイセンはやはりカップは高く

06/18 12:46 sarai

私も18年前にドレスデンでバームクーヘン食べました。マイセンではB級品でもコーヒー茶碗1客日本円で5万円程して庶民には高くて買えなかったですよ。奥様はもしかして◯良女

06/18 08:33 五十棲郁子

 ≪…明恵上人…≫の、仏眼仏母(ぶつげんぶつも)から、百人一首の本歌取りで数の言葉ヒフミヨ(1234)に、華厳の精神を・・・

もろともにあはれとおもへ山ざくら 花よりほか

通りすがりさん

コメント、ありがとうございます。正直、もう2年ほど前のコンサートなので、詳細は覚えておらず、自分の文章を信じるしかないのですが、生演奏とテレビで

05/13 23:47 sarai
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