今日ののキャストとプログラムは前日とまったく、同じです。
指揮:クリスティアン・ティーレマン
ヴァイオリン:ライナー・キュッヒル
管弦楽:ウィーン・フィル
シューマン:序曲、スケルツォとフィナーレ Op.52
シューマン:交響曲第1番 変ロ長調 Op.38《春》
《休憩》
シューマン:ヴァイオリンとオーケストラのためのファンタジー ハ長調 Op.131
シューマン:交響曲第4番 ニ短調 Op.120
今日の席からもは指揮者が出入りするドアの中がよく見えます。ティーレマンの姿が見えて、最初に拍手するのはsaraiの役目のようです。
基本的には、コンサートの内容は前日と変わらないので、《差分》を中心に書きます。前日の感想も合わせて、読んでいただければと思います。
まず、《序曲、スケルツォとフィナーレ》です。この席では、左右の対向配置のヴァイオリンが極めて近く、集団としてまとまって響いてくるのではなく、直接、個々の奏者の音が聞こえてくる感じで、前日の音響とのあまりの違いにすごく戸惑いながらの聴き始めになりました。
そういうわけで、静かな演奏ではさすがのウィーン・フィルのヴァイオリンも少し不揃いに感じます。音量が高まると不思議に揃って響いてきます。序曲でのロマンチックな倦怠感があまり前日ほどは感じられません。場所のせいもありますが、前日ほどの出来ではないようです。それでも、主題部での弦の美しい響きは変わりません。ただ、前日のように身震いすることはありません。
序曲が終わったところで、今日は聴衆から拍手が出ることはありません。スケルツォのリズミカルなフレーズは前日同様の美しい響きです。
最後のフィナーレの快活で悦びに満ちた弦の響きは前日同様です。耳が贅沢になったのか、聴いている席の音響のせいか、前日の素晴らしい演奏には及ばない感じです。誤解のないように言えば、前日と比べての話で、シューマンを実感させる素晴らしい演奏には違いありません。saraiも熱狂的に拍手しました。
ティーレマンが再度登場し、前日同様、拍手も鳴り止まらないうちに、交響曲第1番《春》の第1楽章を始めます。高音弦の上昇音形のフレーズの響きの美しさには前日同様うっとりします。ただ、全体に前日に比べて、演奏の精度がもうひとつです。
第2楽章にはいり、ヴァイオリンの綿綿とした旋律が続きます。ティーレマンが第1ヴァイオリンに音量を抑えに抑えるように指示を出しているのは前日同様ですが、前日よりも指示があっさり。ウィーン・フィルとはそれなりに折り合いがついたようですね。
第3楽章のスケルツォは前日同様、悠々たるテンポのスケールの大きな素晴らしい響きです。
そして、輝かしい第4楽章に突入。祝典的に開始し、ヴァイオリンのリズミカルで美しい旋律が続きます。今日は昨日と違い、対向配置の第2、第1ヴァイオリンのこの旋律がステレオ的に綺麗に響きます。とても美しいパートです。フルートソロに続くパートでも、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンが呼応して、その旋律を引き継いでいく様が美しく聴こえてきます。とても素晴らしく感じます。祝典的なフレーズがたっぷりと響き、そのまま、コーダに突入。ティーレマンの圧倒的な盛り上げ方は天才的、カリスマ的です。素晴らしいフィナーレです。ただ、今日の前半の2曲はいまひとつの感は否めずです。後半に期待しましょう
ここで休憩。sarai自身も感性の感度が前日よりも落ちている感じです。休憩中に立て直しましょう。
休憩後はコンサートマスターのキュッヒルがソロヴァイオリンとして、登場です。
《ヴァイオリンとオーケストラのためのファンタジー》という滅多に演奏されない曲。
キュッヒルのソロヴァイオリンは最初から、前日を上回る熱演。そこらのソロヴァイオリニストにはとても弾けないような美しい響きの演奏です。オーケストラとの音質の同質性もあり、アンサンブルも含め、素晴らしい演奏です。前日の若干の不満を吹き飛ばす快演でした。
この曲の終了後、前日同様、ティーレマンとキュッヒルの愛情に満ちた態度はほほえましいものでした。ティーレマンとウィーン・フィルも蜜月状態なんでしょう。ウィーン・フィルはこの不世出との思えるカリスマ指揮者を離さないためにも、音楽監督ポストを復活して、ティーレマンを迎えてほしいと思います。ティーレマンは信奉者も嫌う人も半ばするかも知れませんが、その才能は誰しも認めるでしょう。シュターツカペレ・ドレスデンとウィーン・フィルに君臨し、新世代のスーパースターとして、西洋音楽を盛り立てていってほしいと心から思うものです。ティーレマンを嫌いなかたもここらで気持ちの整理をつけてもいいだけの、ティーレマンは音楽的成熟度に達していると思います。決して、恣意的な音楽表現ではなく、伝統に根差した新しい表現で広く共感を得るだけの高みに上りつつあると思います。それにクラシック界にもそろそろ新しいスターも必要でしょう。
再び、キュッヒルがコンサートマスター席に戻り、最後の交響曲第4番です。前日の素晴らしい演奏に何を付け加える必要があるでしょう。あのままで十分だと思い、固唾を飲みながら演奏を待ちます。
今回も、ティーレマンは拍手も止まぬうちにタクトを打ち下ろします。前日とは、序奏から違っていました。オーケストラをあまり抑えません。印象的な旋律が美しく流れます。まるでフルトヴェングラーみたいに聴こえます。(前日はフルトヴェングラーの伝説的名演と比べないといったのに性懲りもなく、また、比べてしまっている。)その序奏の勢いに乗って、主題部のロマンチックな旋律が美しく歌いあげられます。とても素晴らし過ぎる。ウィーン・フィルの美しい高弦がうねるように響き続け、前日の桃源郷のような音楽の世界を通り越し、彼岸の世界にいっちゃいます。ワーグナーすら感じてしまいます。今日も素晴らしい音楽に向かい合い、それに身を委ねる自分、ただ、それだけです。昨日以上に完全に音楽と一体化できました。流麗な音楽で体が揺れ始めそうです。それを必死に食い止めながら、ダイナミズムを心で受け止めます。そして、ティーレマンがまたしても高揚感に満ちたコーダをたたき込んできます。凄い音楽です。
第2楽章はチェロの独奏とキュッヒルのヴァイオリン独奏で癒されながら、一息つきます。
第3楽章のスケルツォは弦楽合奏の分厚く、美しい響きが前日以上に迫ってきます。こんな音楽をやられたら、堪らないですね。繰り返して演奏されるこの素晴らしい弦楽合奏に気持ちは高揚するばかりです。いったん、沈静化した音楽は、アタッカでぐんぐんクレシェンドしながら、終楽章へ突入。
第4楽章は一気にテンポを上げ、祝典的でもあり、瑞々しい悦びにも満ちた主題が合奏され、頂点を目指し始めます。理屈抜きで、ウィーン・フィルの素晴らしさ、楽友協会のホールに音の素晴らしい響きに体がとろけそうです。ティーレマンが剛直に音楽を推進していき高みを目指していきます。前日同様、いったん、テンポをスローダウンし、スケール感と美しい響きを整え直して、オーケストラの響きが磨き上げながら来たるべき頂点への期待を高めていきます。そして、終盤に向かい、ティーレマンもテンションがあがります。テンポを一気に上げ、誰も上ったことのない頂上に上りつめていきます。ティーレマンは前日以上に凄まじい気迫に満ちています。感動の痺れるようなフィナーレでした。神のごときティーレマンの指揮に、ただただ、ひれ伏すのみです。実際、ひれ伏す席なんです。まさか、あの素晴らしかった昨日以上の演奏に出会えるとは想像していませんでした。楽友協会のホールは沸きに沸きました。指揮者だけのステージ登場も2回に及びました。もし、これが東京なら、5回は呼びだしたでしょう。ティーレマン渾身のシューマンでした。
このコンビでシューマンのCDを録音すれば、フルトヴェングラーの伝説的名演と並び立つ名演になるでしょう。それほどのシューマン(第4番)でした。
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