さて、肝心のリサイタルですが、隣席の超ファンのご婦人から、最初にドイツ語でシフが内容の紹介があると教えられていました。彼女からドイツ語は分かるのって訊かれて、全然分からないと答えました。ところが、シフはマイクを持って、今日はドイツ語でなく、英語で話しますと言って、客席に軽いどよめき。インターナショナルな音楽祭なので英語で話すことにしたようです。短いスピーチと言って、話し始めましたが、とっても長い話です。それも前半のバッハとバルトークについてだけです。バッハとバルトークは似た作曲家という観点での話でした。二人とも一流のキーボードプレーヤー。二人とも子供(自分の子供)の練習用のプリミティブな作品を書いたこと。それもプリミティヴなのは子供が弾くときのことで、大人は装飾音やアーティキュレーションで高度な作品に変身すること。最後に二人とも自国のナショナリズムを基盤としながらも、作品はインターナショナルなものに昇華していること。バッハもバルトークの自国の壁を越えて、真のヨーロピアンであったこと。これがシフが一番訴えたいことだったのかな。ヨーロッパも世界もナショナリズムに偏ってきている、困難な時代に直面していますからね。
前半のバッハの2声のインヴェンションはいつも聴きなれている、あの子供の練習曲とは一線を画しています。なめらかなタッチ、めくるめくようなスピード感、とりわけ、長調の曲の演奏が見事です。心に残ったのは、F-durとa-mollの2曲。その素晴らしい響きに酔いしれました。バルトークはさすがに最初の≪子供のために≫は民謡をベースにしたプリミティヴな曲でさほどの感銘はありませんが、楽しくは聴けました。残りのロンドとブルレスケは前衛的な響きをシフらしい優しい表現で包み込んで、同国の先達をリスペクトするような演奏。なかなか聴けない曲と演奏でした。
後半もシフ教授からの講義で始まります。ヤナーチェクの『草かげの小径にて』はロマンティックな小路の散策を思わせる、雰囲気たっぷりの演奏。ヤナーチェクらしいモラヴィアの語法も感じさせるところはさすがです。特に左手の使い方が見事でした。ピュアーな美しさは何か哀感をはらんでいるような感じてしまいます。また、ヤナーチェクのオペラを彷彿とさせる部分もあり、ヤナーチェクの独特の音楽世界を堪能しました。
続くシューマン。シフの弾くシューマンもいいですねー! 瑞々しくて、ロマンティックなシューマン・ワールドを満喫しました。まさに心の琴線にふれる風情の演奏でした。
アンコールはシューマンの有名曲。耳馴染んだ名曲で楽しめました。アラベスクのフィナーレのロマンティックさにはうっとりとして、桃源郷にいる心地でした。締めの『楽しき農夫』は子供のためのアルバムという今日のテーマに合わせたんでしょう。あまりの有名曲に会場がざわつきました。
今日のプログラムは以下です。
ピアノ:アンドラーシュ・シフ
J.C.バッハ:2声のインヴェンションBWV 772–776
バルトーク:子供のために~10の小品, Sz. 42 初版
28. Mr. White Goes to Jailパルランド「ホワイトさんは刑務所に行く」
29. Dinner at My Houseアレグロ「我が家の夕食は…」
31. I remember Mamaアレグロ・スケルザンド「ママを思い出すの」
32. Wedding Day and Nightアレグロ・イロニコ「婚礼の昼と夜」
33. Light the Way to My Loveアレグロ・イロニコ「婚礼の昼と夜」
35. Old Maidアレグロ・ノン・トロッポ「古くからのメイド」
36. Absent is My Sweetheartアレグレット「お休みは私の恋人」
37. The Lovely Girls of Budapestヴィヴァーチェ「ブダペストの可愛い少女」
38. In a Good Mood「上機嫌で」
42. The Swineherd's Danceアレグロ・ヴィヴァーチェ「豚飼いの踊り」
J.C.バッハ:2声のインヴェンション, BWV 777–781
バルトーク:民謡の旋律による3つのロンド, Sz. 84
J.C.バッハ:2声のインヴェンション, BWV 782–786
バルトーク:3つのブルレスク, Sz 47
≪休憩≫
ヤナーチェク:『草かげの小径にて』(第1集)
シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集, Op. 6
≪アンコール≫
シューマン:アラベスク
シューマン:「子供のためのアルバム」より第10曲『楽しき農夫』
コンサート終了後、夫人の塩川悠子さんと目が合ったので、素晴らしかったですと賛辞をおくると、ありがとうございますという返事をいただきました。
なお、J.C.バッハ、ヤナーチェク、シューマンはシフのCDで予習しました。ヤナーチェク以外は若い頃の演奏で、今日の演奏は驚くべき円熟を感じるものでした。バルトークはコチシュのバルトーク全集で予習しました(子供のためにはシャンドール)。
いよいよ明日はわが人生をかけたコンサートです。saraiの音楽人生の締めくくりになるでしょうか。期待と恐れの入り混じった心境です。そう、この旅の目的である敬愛するハイティンクの指揮するウィーン・フィルで最愛の曲、マーラーの交響曲第9番を聴きます。
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