FC2ブログ
 
  

川久保賜紀は好演・・・しかし、東京交響楽団はどうした!@サントリーホール 2020.9.26

今日のコンサートも海外からの音楽家の来日中止の影響で、日本人による代演となりました。とりわけ、期待していたアリーナ・イブラギモヴァのヴァイオリンが聴けないのが残念です。かくなる上は川久保賜紀のヴァイオリンに期待するしかありません。ずいぶん前に川久保賜紀の演奏を聴いて、saraiの好みに合わないので、切り捨ててきた経緯があります(川久保賜紀のファンのかた、ごめんなさい!)。実は何を聴いたかも忘れるくらい昔の話です。今の川久保賜紀はどうなんだろうと不安に思いつつ、演奏に臨みました。今日はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲 第1番ですから、日本人演奏家が比較的、取り組みやすい音楽です。日本人音楽家、それもヴァイオリンとなると、世界的な水準でいっても、最高レベルの技術は当たり前の感があります。あとは音楽性の問題だけです。今日のショスタコーヴィチの協奏曲では第1楽章と第3楽章にとてつもない音楽性が要求されます。それにもうひとつの問題点があります。これは聴く側のsaraiにあります。当ブログでも書きましたが、今年の1月に同じ曲を庄司紗矢香のヴァイオリンで聴きましたが、それが物凄い演奏で大変に感動したんです。

 庄司紗矢香の空前絶後のショスタコーヴィチに驚愕! サロネン&フィルハーモニア管弦楽団@東京芸術劇場 2020.1.28

庄司紗矢香の魂の歌とも思える超絶的な演奏でした。これ以上の演奏は世界中の誰にも無理でしょう。そういうものを今年、聴いたばかりなので、今日の演奏の前に大きな壁として、庄司紗矢香が立ちはだかるんです。
前置きが長くなりましたが、今日の演奏のことについて述べましょう。一言で言えば、不安に思っていたことは払拭されました。川久保賜紀のヴァイオリンは技術的に完璧で、何よりリズム感がよく、一番の美点はヴァイオリンの響きが美しいことです。ダブルストップのあたりの演奏に彼女のよさが一番出ていました。それに自然で素直な音楽表現にも好感が持てました。結果的に大変、満足できました。第3楽章の後半あたりでも感銘を受けました。が、もちろん、庄司紗矢香のように魂を揺さぶられるということはありません。それはそれでいいでしょう。色んな音楽の形、表現がありますからね。

後半はバルトークの《管弦楽のための協奏曲》です。現在、saraiの一押しのオーケストラ、東響の最上の演奏を期待していました。オーケストラがその腕前を披露するのに、これ以上の曲目はありませんからね。ヨーロッパの一流オーケストラにも比肩するような演奏をしてきた東響にとって、saraiを驚愕させることくらい、簡単なことでしょう。しかしながら、その期待は水泡に帰しました。もちろん、東響の地力を発揮して、それなりの演奏は聴かせてくれました。が、それ以上のものは聴けませんでした。今日からコロナ禍で続けていたSD(ソーシャルディスタンス)対応の座席配置は終了し、全座席が開放されました。そういう気の緩みもあったんでしょうか。鉄壁のアンサンブル、弦パートの美しい響きは最後まで聴けませんでした。何かの事情で十分なリハーサルが積めなかったとしか思えません。あるいは10月に予定されていたジョナサン・ノット指揮の目玉コンサートが中止になったことも影響しているのかしらね。

やはり、東響のレベルをここまで引き上げてきた音楽監督のジョナサン・ノットの1日も早い来日が望まれます。海外音楽家の渡航許可は日本の文化振興にとっての急務であることを声を大にして、訴えたいと思います。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:尾高忠明(リオネル・ブランギエの代演)
  ヴァイオリン:川久保賜紀(アリーナ・イブラギモヴァの代演)
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:グレブ・ニキティン

  リャードフ:交響詩「魔法にかけられた湖」Op.62
  ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲 第1番

   《休憩》

  バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz.116


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のリャードフの交響詩「魔法にかけられた湖」は以下のCDを聴きました。

 ヴァシリー・シナイスキー指揮BBCフィル 2000年4月12-13日 マンチェスター、ニュー・ブロードキャスティング・ハウス セッション録音

美しく、まとまった演奏です。


2曲目のショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番を予習したCDは以下です。

  リサ・バティアシュヴィリ、エサ=ペッカ・サロネン指揮バイエルン放送交響楽団 2010年5月 ミュンヘン、ヘルクレスザール セッション録音
  ヒラリー・ハーン、マレク・ヤノフスキ指揮オスロ・フィルハーモニー管弦楽団 2002年、オスロ セッション録音

バティアシュヴィリの美しい響きの演奏は完璧に思えました。しかし、22歳のヒラリー・ハーンの演奏を聴くと絶句します。そのクールな演奏はこの曲の真髄の迫るものに思えました。ヒラリーの青春の残像です。以前聴いたオイストラフもさすがに初演しただけのことはあり、最高の演奏だった記憶があります。


3曲目のバルトークの《管弦楽のための協奏曲》は以下のハイレゾ音源を聴きました。

 フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団 1955年10月22日、シカゴ、オーケストラ・ホール セッション録音
 
とても古い演奏ですが、いまだに決定盤の地位は揺るぎません。ハイレゾで音質も素晴らしく、最新録音にも負けません。saraiが学生時代に衝撃を受けたのがこのLPレコードでした。併録されていた《弦と打楽器とチェレスタのための音楽》はさらに素晴らしい演奏で、これもいまだに決定盤の地位は揺るぎません。50年も座右に置き、繰り返し聴いている名盤中の名盤です。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!








テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

究極のポリフォニー音楽、ロ短調ミサ曲は平和を希求する!:バッハ・コレギウム・ジャパン@東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル 2020.9.20

今年はバッハ・コレギウム・ジャパンの創立30周年の年で、バッハの3大宗教曲が演奏されます。8月の素晴らしかったマタイ受難曲に続いて、今日はロ短調ミサ曲。この二つは特別な音楽で、西欧音楽の頂点に立つ作品です。コロナ禍の会場は人数が半数以下に制限されましたが、バッハをこよなく愛する聴衆が詰めかけました。そして、それにふさわしい最高の演奏を聴くことができました。

ステージ上は演奏者間の距離を開けるため、ステージをフルに使った配置。最後列はオーケストラが弧状に1列に並び、その前に合唱隊が2列に並びます。合唱隊の前列はソプラノとアルト。後列はテノールとバスです。前回のマタイ受難曲と同様の配置ですが、音の響きの広がりが素晴らしく、納得の響きです。演奏者間の距離が広がり、合わせるのが難しい筈ですが、名人たちの集団はこの配置の演奏を完璧にマスターしたようです。コロナ禍の賜物ですが、今後もこの配置がよいのではと思ってしまいます。

今日の演奏は、何と言っても、合唱のフーガの演奏の素晴らしい響きが聴きもので、合唱、古楽オーケストラ、通奏低音のポリフォニーの極致を極める清冽で迫力のある音響に魅せられました。海外演奏家の来日が遠のいている現在、日本人だけの演奏で世界最高レベルのバッハが聴けるのは何と嬉しいことでしょう。

今日の演奏をかいつまんで概観してみましょう。

第1部. ミサ(キリエ (Kyrie)とグロリア (Gloria))

第1曲はKyrie eleison . 五部合唱です。まず、冒頭のキリエと歌われる合唱の素晴らしい響きに魅了されます。その後、器楽合奏を挟み、素晴らしい合唱のフーガが展開され、そのフーガの織りなす綾とそれを支える通奏低音の響き、古楽器のオーケストラの響きが混然一体にになり、ポリフォニーの究極を味わわせてくれます。こんな音楽はほかにありません。

第2曲はChriste eleison. 二重唱(ソプラノ1、2)です。ヴァイオリンの明澄な響きに乗って、ソプラノの美しい響きが聴けます。澤江衣里の美しい声はまずまずです。

第3曲はKyrie eleison. 四部合唱です。これは終始素晴らしい演奏。第1部では最高の演奏でした。合唱のフーガの素晴らしさに圧倒されました。感動でうるうる状態になります。

第4曲はGloria in excelsis. 五部合唱です。トランペットが響き渡り、晴れやかな合唱に心が浮き立ちます。終盤の高潮は圧倒的です。

第5曲はEt in terra pax. 五部合唱です。平和を希求する静謐とも思える音楽に深い感銘を覚えます。

第6曲はLaudamus te. 若松夏美の素晴らしいヴァイオリンオブリガートに聴き惚れます。そのヴァイオリンに先導されて、アリア(ソプラノ)が歌われます。澤江衣里の美しい声にうっとりとします。

第7曲はGratias agimus tibi. 四部合唱です。相変わらず、素晴らしい響きです。その響きの明澄さに心洗われる思いです。

第8曲はDomine Deus. 二重唱(ソプラノ、テノール)です。フラウト・トラヴェルソの明澄で素朴な響きが最高です。菅きよみ、前田りり子のコンビの演奏は見事です。

第9曲はQui tollis peccata mundi. 四部合唱です。しみじみとした感動の合唱です。

第10曲はQui sedes ad dexteram Patris. 三宮正満の名人芸のオーボエ・ダモーレに聴き惚れます。オーボエ・ダモーレに伴奏されて、アリア(アルト)が歌われます。布施奈緒子の歌唱はまずまずです。

第11曲はQuoniam tu solus sanctus. 日高剛の素晴らしいコルノ・ダ・カッチャのオブリガートが素晴らしいです。コルノ・ダ・カッチャはホルンの古楽器で、演奏が超難しそうです。アリア(バス)は加耒 徹の歌唱ですが、これもまあまあですね。

第12曲はCum Sancto Spiritu. 五部合唱です。第1部の最後を飾る壮麗な音楽です。終盤の圧倒的なアーメンに感動します。

ここで休憩です。後半は第2部以降です。後半は前半以上の素晴らしい音楽でした。細部の感想は省略します。力尽きました。


第2部. ニケーア信経 (Symbolum Nicenum)

第3部.サンクトゥス(Sanctus)

第4部.ホザンナ、ベネディクトゥス、アニュス・デイとドナ・ノビス・パーチェム(Hosanna, Benedictus, Agnus Dei)

後半の合唱は前半と同様の感想ですが、ますます、素晴らしい響きでした。ベネディクトゥスのテノールの西村 悟のアリアは素晴らしいですが、それ以上にフラウト・トラヴェルソの菅きよみの独奏は素晴らしいの一語。アニュス・デイの布施奈緒子のアリア歌唱も美しいものでした。圧巻だったのは最後の第27曲の合唱。Dona nobis pacem.(我らに平和を与えたまえ)。清澄さの限りを尽くした最高の歌唱はバッハの名作を締めくくるのにふさわしいものでした。最後はトランペットも加わって、全器楽と合唱が高らかに平和を願いながら、壮麗に音楽を閉じました。


BCJのロ短調ミサ曲がこんなに素晴らしいのだったら、マタイ受難曲と同様に毎年、演奏してもらいたいものです。


今日のプログラムは以下です。


  指揮:鈴木 優人
  ソプラノⅠ:澤江衣里
  ソプラノⅡ:松井亜希
  アルト:布施奈緒子
  テノール:西村 悟
  バス:加耒 徹
  フラウト・トラヴェルソ:菅きよみ、前田りり子
  オーボエ:三宮正満、荒井豪、森綾香
  コルノ・ダ・カッチャ:日高剛
  ヴァイオリン(コンサートマスター):若松夏美
  チェロ:山本徹
  ヴィオラ・ダ・ガンバ:福沢宏
  合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン


J. S. バッハ

《ミサ曲 ロ短調》 BWV 232

第1部

 《休憩》

第2部~第4部


最後に予習について、まとめておきます。

3枚組のLPレコードを聴きました。

 カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団 1961年
  マリア・シュターダー、ヘルタ・テッパー
  エルンスト・ヘフリガー、キート・エンゲン、
  ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ

かなり古い演奏ですが、今でもその価値は永遠のものです。独唱者の顔ぶれが凄いです。このLPレコードとリヒター盤のマタイ受難曲のLPレコードを聴くためにレコードプレーヤーと真空管アンプを持っているようなものです。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       バッハ・コレギウム・ジャパン,  

ベートーヴェン再発見の旅 圧巻の「ハンマークラヴィーア」 イリーナ・メジューエワ・ベートーヴェン・ピアノソナタ全曲演奏会@東京文化会館 小ホール 2020.9.6

コロナ禍で1回目から4回目までが中止になっていたイリーナ・メジューエワのベートーヴェン・ピアノソナタ全曲演奏会がようやく、第5回目と第6回目で開始になりました。
期待を上回る素晴らしい演奏で、saraiにつたない言葉で表現できない高次元のベートーヴェンを聴かせてくれました。日本に永く在住し、日本人ピアニストの一人とも思えるメジューエワですが、その演奏スタイルはまさにロシアが伝統としてきた強靭でスケールの大きい表現のベートーヴェンです。繊細で精神性を重んじるスタイルの対極にあるようなピアニズムですが、実に説得力のある演奏です。ある意味、エミール・ギレリスの演奏を生で聴いているような感覚です。もっともsaraiはギレリスを生で聴いたことはありません。

今日聴いた7曲のソナタはすべて、素晴らしい演奏でした。個々の演奏に触れませんが、彼女の強靭なスタイルの演奏が光ったのは、第28番と第29番「ハンマークラヴィーア」でした。とりわけ、対位法技法で書かれた極度に演奏困難なパートは凄まじいばかりに突き抜けた演奏で圧巻でした。そして、第29番「ハンマークラヴィーア」の長大な第3楽章の深い音楽表現、第4楽章の圧倒的な演奏は、正直、saraiの音楽的素養の枠をはみ出る高次元のものでした。予習が不十分だったことを露呈してしまいました。反省しています。これほどの演奏ならば、それなりに向き合っていかねばならないでしょう。
中途半端な感想しか書けませんでした。本当に凄い演奏を聴くと、音楽を言葉で表現することがむなしくなります。今日の演奏はそういうレベルの演奏でした。

後期ソナタ(第30番、第31番、第32番)はしっかり予習して聴かせてもらいます。楽しみでもあります。


今日のプログラムは以下です。

  ピアノ:イリーナ・メジューエワ

  <ベートーヴェン 生誕250周年記念 イリーナ・メジューエワ ピアノソナタ全曲演奏会 第5回>

  ピアノ・ソナタ第7番 ニ長調 Op.10-3
  ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 Op.13「悲愴」

   《休憩》

  ピアノソナタ第12番 変イ長調 Op.26
  ピアノソナタ第28番 イ長調 Op.101


  <ベートーヴェン 生誕250周年記念 イリーナ・メジューエワ ピアノソナタ全曲演奏会 第6回>

  ピアノソナタ第10番 ト長調 Op.14-2
  ピアノソナタ第15番ニ長調 Op.28「田園」

   《休憩》

  ピアノソナタ第29番 変ロ長調 Op.106「ハンマークラヴィーア」


   《アンコール》
  6つのバガテル Op.126 から 第1番 ト長調 アンダンテ・コン・モート


最後に予習について、まとめておきます。以下のCDを聴きました。

 エミール・ギレリス ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ集 1972-1985年 セッション録音
 アンドラーシュ・シフ ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集 2004~2006年 チューリッヒ、トーンハレ ライヴ録音

ギレリスの男性的な演奏、シフの美しく音楽的な表現、いずれも絶品です。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

伊藤恵の魅惑に満ちたモーツァルト20番、飯森範親の渾身のベートーヴェン5番に感動! with 東京交響楽団@東京オペラシティコンサートホール 2020.9.5

まずは期待していた伊藤恵のピアノは素晴らしい音色で魅了してくれました。彼女はキャリアで最高のレベルに達しています。コロナ禍のお陰で、田部京子を始めにこういう素晴らしい日本人ピアニストが聴けるのは嬉しいところです。飯森範親指揮の東京交響楽団も素晴らしいサポートです。モーツァルトの名曲、ピアノ協奏曲第20番の実演では、最高の演奏でした。
第1楽章、抑え気味に入ったオーケストラ演奏がとても魅力的でその美しいアンサンブルに聴き入ります。そして、何とも美しいタッチで伊藤恵がピアノを奏で始めます。彼女のピアノって、こんなに美しい響きだったっけと感銘と驚きを覚えます。終始、その美しいピアノの響きに感じ入るうちにカデンツァに入ります。ベートーヴェンが書いたカデンツァですね。ともすると、男性的で堂々としたカデンツァはモーツァルトの音楽とは様式感の違いを感じさせてしまいますが、伊藤恵は巧みにそういう違和感を感じさせないような見事な演奏で、かつ、ヴィルトゥオーゾ的な華麗さも表現します。
第2楽章、ピアノのソロで美しい旋律線を描き出し、オーケストラも加わって、魅惑の音楽が奏でられます。中間部の激しいピアノのパートも楽々と弾きこなし、再び、冒頭の旋律に回帰し、抒情味あふれる表現と美しいピアノの響きで楽章をしめくくります。
第3楽章、勢いよく、切れのあるピアノで華やかに音楽が進行します。そして、圧巻だったのは後半です。高潮したピアノはカデンツァを経て、美しく上り詰めます。見事な伊藤恵のピアノでした。東響のアンサンブルも最高でした。

実は、今日は午前中にゲネプロを聴かせてもらい、既に伊藤恵の素晴らしいピアノは実感していましたが、本番はさらに音楽的にノリが違いました。素晴らしいモーツァルトでしたし、伊藤恵自身もモーツァルトの音楽を楽しんでいる様子がうかがえて、saraiの心も和みました。

そうそう、アンコールはモーツァルトのソナチネ。シンプルな曲ですが、名人が弾くととても素晴らしいです。力が抜けて、ずばぬけて美しい音楽が心に沁みました。

後半はベートーヴェンの交響曲 第5番「運命」。名曲中の名曲ですが、それだけに演奏は難しいですね。なにせ、聴衆にとって、数々の名演奏が耳にこびりついていますからね。午前中のゲネプロでは、ほとんど練習なし。指揮の飯森範親によると、昨日、たっぷりとリハーサルをやったので、一部の確認だけしか練習しないので、あとは本番のお楽しみということでした。むむっ、かなりの自信と見ました。
で、本番ですが、余程、飯森範親はスコアを読み込んだとみえて、オリジナリティあふれる会心の演奏です。それに東響の分厚いポリフォニーの響きが凄いです。トゥッティでは音塊がステージから飛んでくる感じです。saraiもずい分、この曲は聴いてきましたが、こういう演奏は初体験です。記憶の底を探すと、ラトル指揮ウィーン・フィルの快速演奏のモダンさとも近いような感じですが、今日の演奏はもっと古典様式に寄り添っているように思えます。また、ハイティンク指揮ロンドン交響楽団のモダンできっちりとアンサンブルの揃った名演とも近い感じもありますが、今日の演奏はもっとスケール感があるように思えます。要はオリジナル演奏とは別路線のモダン演奏でありながら、ベートーヴェンの作り上げた古典様式の本質に切り込むという意欲的な表現スタイルであると感じます。
第1楽章はすべてを要約したような演奏で、東響のアンサンブルをここまでドライブしたのは見事としか言えません。基本はポリフォニーの疾走ですが、歌わせるところは歌わせるという自在な演奏です。第3楽章の美しい対位法的展開を経て、圧巻の第4楽章に至ります。指揮者の熱い思いは、こういうコロナ禍故なのでしょうか。音楽のチカラは何にも負けないというメッセージが伝わってきて、共感と感動に至ります。凄まじいコーダに脱帽です。最後に東京の素晴らしい弦楽セクション、それに木管ソロの美しい響きに感謝します。うーん、素晴らしい「運命」でした。ただひとつ、残念だったのは指揮者コールができなかったことです。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:飯森範親(マクシム・エメリャニチェフの代演)
  ピアノ:伊藤恵(マクシム・エメリャニチェフの代演)
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:水谷晃

  ハイドン:交響曲 第103番 変ホ長調 Hob.I-103「太鼓連打」
  モーツァルト:ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466
   《アンコール》モーツァルト:ピアノソナタ 第15番 ハ長調 K. 545 より 第1楽章 アレグロ ハ長調

   《休憩》

  ベートーヴェン:交響曲 第5番 ハ短調 op.67「運命」


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のハイドンの交響曲 第103番「太鼓連打」は以下のCDを聴きました。

 コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1976年11月 アムステルダム、コンセルトヘボウ セッション録音

コリン・デイヴィスの安定した指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の豊麗な演奏、こういうハイドンもいいものです。


2曲目のモーツァルトのピアノ協奏曲 第20番は以下のCDを聴きました。

 クリフォード・カーゾン、ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団 1970年 セッション録音
 クララ・ハスキル、イーゴリ・マルケヴィチ指揮コンセール・ラムルー管弦楽団 1960年11月14日-18日、パリ、Salle de la Chime セッション録音
 
いつもハスキルの各種のCDばかり聴いているので、名盤の誉れ高いカーゾンの演奏を聴いてみました。ブリテンの個性的な指揮も素晴らしいのですが、カーゾンのピアノの響きがもうひとつピュアーさを欠くのが不満です。結局、また、ハスキルのCDを聴いてしまいます。心にぴたっとはまるようなパーフェクトな演奏です。でも、ハスキルの一番のお気に入りの演奏は別にあります。1959年のルツェルン音楽祭でオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団と共演したライヴ演奏のハイレゾ音源シリーズです。


3曲目のベートーヴェンの交響曲 第5番「運命」は以下のLPレコードを聴きました。

 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル 1954年5月23日、ベルリン、Titania Palast ライヴ録音
 
やはり、フルトヴェングラーのベートーヴェンは特別です。中でも、第3番、第5番、第9番は際立って輝きます。この演奏はフルトヴェングラーの第5番の最後の録音、最晩年の演奏です。saraiはフルトヴェングラーの最晩年、1954年の演奏をとりわけ、好んでいます。今回聴いたのはコロナ禍の最中に購入したフルトヴェングラーの1947年から1954年にかけてのベルリンでのベルリン・フィルとのライヴ公演を網羅した14枚組の重量盤LPレコード(180g)のボックスセットの中の1枚です。これまでの勢いや激しさは影を潜め、自然なスタイルで人生の集大成をはかるような雰囲気の演奏です。うーん、いいなあ。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

若き日のモーツァルトのヴァイオリン作品・・・大谷康子&東京交響楽団:モーツァルト・マチネ 第42回@ミューザ川崎シンフォニーホール 2020.8.22

今日は朝11時からのミューザ川崎でのモーツァルト・マチネ。朝が弱いsaraiには毎回、結構きつい時間帯のコンサートです。今日のモーツァルト・マチネでも、一部、寝落ちしましたが、全体としては気持ちよく聴けました。いい意味でも悪い意味でも、すっきりしたモーツァルトらしい演奏でした。東響は相変わらず、美しいアンサンブルの響きを聴かせてくれました。

まず、2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネです。モーツァルトが18歳のときの作品です。若いころの作品ですが、ヴァイオリン協奏曲などもすべて10代の頃に書かれているので、若書きというほどのことはありません。実は初聴きですが、モーツァルトらしい馴染みやすい作品なので、気持ちよく聴けます。題名は《2つのヴァイオリンのための》となっていますが、協奏交響曲のような感じです。実際、ソロ楽器は2つのヴァイオリンのほかにオーボエとチェロが大活躍します。とりわけ、荒絵理子のメリハリがあって、気迫に満ちた演奏に聴き惚れました。演奏機会の少ない作品を聴けて満足でした。

最後は、ヴァイオリン協奏曲 第5番「トルコ風」です。この有名な作品が美しい演奏で聴けて、楽しめましたが、モーツァルトと言えば、クルレンツィスのようにもっと本質に切り込んで、新たな姿を見せてほしいものです。気持ちよく聴いて、少し寝落ちしてしまったことへの言い訳けめきますが、やはり、美しく演奏できるのは当たり前で、現代にモーツァルトを演奏するのなら、それもこんなにポピュラーな作品を演奏するのなら、何か聴くものにおっと思わせるものを提示してほしいものです。今や、日本の音楽界は世界的に高いレベルにあるので、そういう挑戦は必須だと思う、贅沢な聴衆からの高いレベルの注文です。演奏自体はパーフェクトでした。


今日のプログラムは以下です。

  指揮/ヴァイオリン:大谷康子
  管弦楽:東京交響楽団 コンサートマスター:水谷晃

  <オール・モーツァルト・プログラム>

  2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネ ハ長調 K.190(186E)
  ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 「トルコ風」 K.219

   休憩なし


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目の2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネを予習したCDは以下です。

 ユリア・フィッシャー、ゴルダン・ニコリッチ、ヤコフ・クライツベルク指揮オランダ室内管弦楽団 2007年2月、メノナイト教会、ハーレム、オランダ セッション録音

特に個性が前に出た演奏ではありませんが、水準以上の演奏ではあります。


2曲目のヴァイオリン協奏曲 第5番「トルコ風」を予習したCDは以下です。

 アンネ=ゾフィー・ムター、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル 1978年2月 ベルリン、フィルハーモニー セッション録音

ムターが14歳で録音した記念すべきデビュー盤です。後年、2005年にロンドン・フィルを弾き振りしたCDは実は秘かに愛聴している個性的な演奏ですが、このデビュー盤ではとても素直に清純な演奏を聴かせてくれます。カラヤンもそっと包み込みように優しく伴奏しています。こういう演奏も好きですが、繰り返し聴きたいのは姉御のムターのやりたい放題の演奏のほうです。何と言っても聴いていて楽しめますからね。でも、ちゃんとモーツァルトからは逸脱していません。以前、今年亡くなった母に演奏者名を伏せて、2005年のムターの弾き振り盤を聴いてもらいましたが、好きな演奏だと言ってくれました。何か嬉しかった思い出です。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

ヴァイオリンの超新星、辻彩奈の外連味のない演奏に心躍る!@東京オペラシティコンサートホール 2020.8.15

いやあ、素晴らしい。久しぶりにこんな逸材に出会えました。辻彩奈を聴くのは2度目ですが、前回はヴィヴァルディの四季だったので、はっきりとは評価できなかったので、実質、今回が初聴きのようなものです。ヴァイオリニストでは庄司紗矢香以来の天才の出現です。実に清々しい演奏を聴かせてもらい、大きな感銘を覚えました。

今日は午前中にゲネプロを聴かせてもらい、午後は本番という贅沢な音楽鑑賞です。ゲネプロでも辻彩奈のヴァイオリンは輝いていました。ワクワクする気持ちを抱きながら、本番の演奏に臨みました。

前半はストラヴィンスキーのバレエ音楽「カルタ遊び」から始まります。この曲は初めて聴きます。面白い曲ではありますが、《春の祭典》のような先鋭さは影を潜め、優等生的に新古典主義に回帰したようなもどかしさを感じます。演奏自体は東響の素晴らしいオーケストラの響きで最高ではありますけどね。ラヴェルのラ・ヴァルスやロッシーニの《セヴィリアの理髪師》をパロディってて、そのあたりの弦楽パートや木管の響きの素晴らしさに酔いしれて聴いていたので、十分に楽しませてもらいましたが、やはり、《春の祭典》だったら、どんな演奏になったんだろうと、余計なことを考えてしまいます。

次はいよいよ、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番です。ゲネプロのときと違って、辻彩奈はマスクを外して登場します。そう言えば、指揮者の沼尻竜典とコンサートマスターの水谷晃もゲネプロの時と違って、マスクを着けていません。これでいいんですよね。水谷晃の発案のようです。とりわけ、ソロ奏者はマスクを着けずに思いっきり、演奏してもらいたいものです。もちろん、客席の聴衆は全員マスク着用です。
冒頭のオーケストラのワクワク感たっぷりの序奏に乗って、辻彩奈の清冽な響きがホールの空間に満ちます。たちまち、saraiの心を持っていかれます。ヴァイオリンの音の響きも美しいし、音楽的な表現も見事ですが、それ以上に何か華というか、オーラに輝いています。第1楽章の主部に入り、その瑞々しい演奏に魅了されます。スケール感のある演奏を聴いていて、チョン・キュンファのことを想起します。あのレベルの演奏に達しています。その演奏に感銘を覚えているうちに第1楽章から第2楽章に移行していきます。第2楽章のまるでR.シュトラウスの音楽のような静謐な美しさを辻彩奈は弱音の響きを効果的に使って、歌い上げていきます。何という素晴らしい音楽なのでしょう。オーケストラもそれに呼応しながら、大きなうねりの音楽で高潮していきます。第1楽章以上の素晴らしさにただただ、うっとりと音楽に酔ってしまいます。後期ロマン派の精華を味わい尽くす思いです。第2楽章がいつまでも続いてほしいと念じますが、無情にも第3楽章に移行します。第3楽章は一転して、勢いのある音楽です。saraiの好みは第2楽章の静謐の美です。ところが期待していなかった第3楽章は冒頭から、辻彩奈の光り輝くような演奏で素晴らしいこと、この上なしという見事さです。パワーがありながらも音楽の美を歌い上げるという離れ業のような凄い演奏です。第3楽章は東響の最高の演奏と相俟って、辻彩奈の凄い演奏に感嘆しているうちに、終盤を迎えます。フィナーレは辻彩奈がぐんぐん加速して、圧倒的な高みに達します。

何という素晴らしいヴァイオリニストが出現したんでしょう。その演奏たるや、まさに恐いもの知らずで、弾きたい放題の感もありますが、ちゃんと音楽の枠におさまっています。もっといい楽器を手に入れれば、さらなる輝きも期待できそうな予感もあります。これから、彼女の音楽を楽しみに人生を過ごしていきたいとsaraiに思わしめるような素晴らしいコンサートでした。
そうそう、アンコールで弾いたバッハの無伴奏ですが、よい意味であっけらかんとした演奏。無理に難しく弾くことはありません。リラックスして聴けるバッハでした。選曲もこれでよかったでしょう。

後半はベートーヴェンの交響曲 第2番。沼尻竜典の指揮の下、東響の素晴らしいアンサンブルで堪能させてもらいました。何もコメントする必要のない演奏です。第1楽章の颯爽としたところ、第2楽章の一点の曇りのない美しさ、第4楽章の高揚。ベートーヴェンの交響曲の中で一番、聴いていない曲ですが、やはり、素晴らしいです。何故にフルトヴェングラーはこの曲をあまり演奏しなかったのか、不思議です。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:沼尻竜典(ジョナサン・ノットの代演)
  ヴァイオリン:辻 彩奈
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:水谷晃

  ストラヴィンスキー:バレエ音楽「カルタ遊び」
  ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
   《アンコール》J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第3番 ホ長調 BWV.1006より第3曲《ロンド風のガボットGavotte en Rondeau》

   《休憩》

  ベートーヴェン:交響曲 第2番 ニ長調 Op.36


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のストラヴィンスキーのバレエ音楽「カルタ遊び」は以下のCDを聴きました。

 クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団 1974年10月 ロンドン、セッション録音

見事な演奏です。


2曲目のブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番は以下のCDを聴きました。

 アンネ・ゾフィー・ムター、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル 1980年 セッション録音
 
とても若干17歳の少女だったムターが天下のカラヤンを向こうに回して演奏したとは思えない素晴らしさ。やはり、ムターは凄い。


3曲目のベートーヴェンの交響曲 第2番は以下のCDを聴きました。

 ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィル 1971~73年、ミュンヘン、セッション録音
 
今まで聴いたことのない人の演奏を聴いてみようと思って、これを聴きましたが、全集のほかの曲も聴いてみたくなりました。立派な演奏で、活き活きした演奏です。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!








テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

鈴木雅明の愛と信念を貫いた一期一会のマタイ受難曲:バッハ・コレギウム・ジャパン@東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル 2020.8.3

コロナ禍で聖金曜日から真夏に延期になったバッハ・コレギウム・ジャパンのバッハ《マタイ受難曲》。聴衆を半減して、昼夜2回公演にして、実現させた鈴木雅明、執念の演奏は、期待に違わず、最高の名演! 
ステージ上は演奏者間の距離を開けるため、ステージをフルに使った配置。最後列は2群のオーケストラが弧状に1列に並び、その前に2群の合唱隊が1列に並びます。中央には通奏低音が3列に並び、チェロだけが前列を占めるという苦心の配置です。その前に3人ずつの2群のソプラノが並んでいます。指揮者の横には、エヴァンゲリストの櫻田亮と独唱者用の椅子。鈴木雅明が考え抜いた配置なんでしょう。実際、演奏を聴いてみると、納得の響きです。問題点があるとすれば、演奏者間の距離が広がり、合わせるのが難しそうです。そこは指揮者の技量とBCJの名人たちが困難を克服します。オブリガートのソロ奏者がアリアを歌う歌手と近くに寄って演奏する場面もありましたが、これは演奏効果を狙ってのものでしょう。

その演奏ですが、一言で言えば、マタイ受難曲に人生をかけてきたとも思える鈴木雅明のこの曲にかける愛と信念がすべてです。コロナの逆境をバネにして、彼を中心に集まった日本古楽界の名人たちが実に集中力の高い演奏を繰り広げます。有名どころの名曲はもちろん、日頃は聴き流してしまいがちなパートも素晴らしい演奏で魅了してくれます。彼らはどうやら、新次元の演奏レベルに達したような感があります。誤解のないように言いますが、ある意味、完璧な演奏ではなかったんです。海外からの独唱者も参加できずに全員、日本人だけの演奏。聴き劣りのするような歌唱もあったんですが、それは彼らも承知の上。それを盛り立てようとする必死の演奏が聴けました。そういうことがあったにもかかわらず、実に内容のある高レベルの演奏が聴けたんです。
そうそう、櫻田亮の美声と気魄の歌唱は凄かった! 彼は昼の公演でも歌った筈ですが、そんなことを感じさせない素晴らしい歌唱が最後まで続きました。むしろ、後半になるほど、どんどん、彼の歌唱は激していき、高域の声がさえ渡ります。脱帽です。ペテロの否みで、“激しく泣いた”というフレーズの“ビターリッヒ”の美しく、余韻のある歌唱には、深く感銘を受けました。
凄かったと言えば、菅きよみのフラウト・トラヴェルソのオブリガート・・・第49曲のアリアの《アウス・リーベ(愛故に)》です。アリア冒頭の物悲しいフラウト・トラヴェルソの響きを聴いて、saraiの心が一気に崩壊します。ぽろぽろと涙が頬を伝わって落ちます。森麻季の独唱もよかったのですが、さざめく涙は菅きよみのフラウト・トラヴェルソの響き故です。今日一番、感動の頂点に達しました。アリアが終わって、鈴木雅明は一瞬、パウゼを入れます。指揮者の彼とて、感銘を覚えたと思われます。菅きよみはバロック奏者として素晴らしいレベルに達しましたね。
三宮正満のオーボエも素晴らしい響きでした。ソロのパートでの自在な演奏、朗々とした響きに聴き惚れました。若松夏美のオブリガート・・・《エルバルメ・ディッヒ、マイン・ゴット(憐れみたまえ、我が神よ)》のアリアでのヴァイオリンの響き、最高でした。
今日の演奏で一番驚いたのは、実は鈴木雅明の指揮です。これまで何度も聴いていますが、これまではオリジナル派の演奏スタイルで幾分、早めのきびきびした演奏であったような気がしますが、冒頭の導入部でゆったりしたテンポでの演奏に驚かされます。テンポだけでなく、ロマンティックな表現になっています。予習で聴いたリヒターほど古びた感じではありませんが、めざす音楽の根っこは同じに感じられます。saraiも古い人間ですから、こういう演奏には同調してしまいます。これまで以上に感銘の度合が大きかったように思えます。彼のマタイ受難曲にかける愛と信念の向かう先は古典の中にロマンを見出すということなんでしょうか。いずれにせよ、彼の大きな情熱のうねりにただただ、リスペクトの念を抱くのみです。演奏者もきっと同じように感じていたのでしょう。それが今日の素晴らしい最高の演奏につながっていました。
それに演奏の基軸をなす通奏低音はチェロの鈴木秀美、オルガンの鈴木優人という鈴木ファミリーがきっちりと押さえて、今日の難しい配置の演奏を支えていたことも触れておくべきでしょう。

ほかにもいろいろと書くべきこと、感じたことは多々あったような気がしますが、このあたりで終わりましょう。来年はちゃんと聖金曜日に聴けるでしょうか。アフターコロナでBCJのマタイ受難曲はさらなる高みに向かうことは間違いないでしょう。来年以降もBCJのマタイ受難曲とは長い付き合いが続きそうです。saraiの人生であと何回聴けるか、そういうことが気になってきました。それにしても今日の演奏は一期一会のような緊張感と集中力に満ちたものでした。


今日のプログラムは以下です。


  指揮:鈴木雅明
  エヴァンゲリスト:櫻田 亮
  イエス:加耒 徹
  ソプラノ:森 麻季、松井亜希
  アルト:青木洋也、久保法之、布施奈緒子
  テノール:中嶋克彦、谷口洋介
  バス:浦野智行、渡辺祐介
  オルガン:鈴木優人
  フラウト・トラヴェルソ/リコーダー:菅きよみ、前田りり子
  フラウト・トラヴェルソ:鶴田洋子、岩井春菜
  オーボエ:三宮正満、荒井豪、森綾香、小花恭佳
  ヴァイオリン(コンサートマスター):若松夏美、高田あずみ
  チェロ:鈴木秀美、山本徹
  ヴィオラ・ダ・ガンバ:福沢宏
  合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン


J. S. バッハ

マタイ受難曲 BWV 244

第1部

 《休憩》

第2部


最後に予習について、まとめておきます。

4枚組のLPレコードを聴きました。

 カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団 1958年
  エルンスト・ヘフリガー(T,福音史家)
  キート・エンゲン(B,イエス)
  イルムガルト・ゼーフリート(S)
  ヘルタ・テッパー(A)
  ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)

何も言うことのない凄い演奏です。CDでは残響の多い音質で、それはそれでよかったのですが、LPレコードはもっと自然な音質で音楽がすっと入ってくる感じです。中古レコードですが、ほとんどノイズもなく、saraiの宝物です。繰り返して聴く愛聴盤です。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       バッハ・コレギウム・ジャパン,  

事前収録映像のノットが指揮した東響、ベートーヴェンも会心の演奏@サントリーホール 2020.7.25

事前収録した映像版のジョナサン・ノットが再び、登場。今回はベートーヴェンの交響曲、「英雄」です。映像の間近に陣取って、しっかりと聴かせてもらいました。もう、前回のような緊張感はありませんが、その代わり、自然に聴くことができました。

第1楽章は幾分早いテンポのせいか、少し演奏が固い感じですが、それでも高揚感にあふれる演奏です。終盤の盛り上がりに感銘を覚えます。第2楽章に入る前に異例のチューニング。オーケストラのメンバーも気合を入れ直すようです。
第2楽章の冒頭の葬送行進曲の主題は何というか、弦楽パートの魂の入った弱音の美しい響きがまさに悲愴な雰囲気を醸し出して、心に響きます。オーボエは少し響かせ過ぎの印象はありますが、美しいソロではあります。深い精神性に満ちた演奏が続き、ノットとベートーヴェンが一体化したような音楽にただただ聴き入ってしまいます。圧巻の演奏に魅了されました。
第3楽章はとても切れのある演奏。あのホルンのパートもパーフェクトです。あっという間に次の終楽章に突入。
第4楽章は最高の演奏。ノットの指揮は満を持していたかの如く、微妙にテンポを揺らしながら、オーケストラをインスパイアします。リズムの乗りも素晴らしく、saraiも浮遊感を覚えます。行進曲での推進力は素晴らしく、高揚感に浸ります。対位法パートでの弦楽セクションの素晴らしい響きにも魅了されます。いったん、沈静化した音楽が最後に爆発し、輝きに満ちたコーダの高潮は最高でした。

素晴らしいベートーヴェンでした。ただ、これが生のノットの指揮なら、さらなる感動があったでしょう。10月の来日はなんとしても実現してほしいものです。生のノットで最高の《トリスタンとイゾルテ》を聴きたい!


今日のプログラムは以下です。

  指揮:ジョナサン・ノット(ベートーヴェンに映像にて出演)
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:グレブ・ニキティン

  ストラヴィンスキー:ハ調の交響曲

   《休憩》

  ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調op.55 「英雄」


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のストラヴィンスキーのハ調の交響曲は以下のCDを聴きました。

 サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル 2007年9月20-22日 フィルハーモニー、ベルリン ライヴ録音

いかにもラトルらしい切れのある演奏。ベルリン・フィルの流石の実力です。


2曲目のベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」は以下のCDを聴きました。

 レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル 1964年1月27日 ニューヨーク、マンハッタン・センター セッション録音
 
最近、あまり、世評にのぼることがないCDですが、saraiにとっては思い入れのある演奏です。子供のころ、あまり、お小遣いがなく、初めて、この曲のLPを買うに当たって、カラヤン&ベルリン・フィルを買うか、バーンスタイン&ニューヨーク・フィルを買うか、レコード屋さんのお兄さんにお願いして、比較試聴をさせてもらい、選んだのが、カラヤン盤。痛恨の選択でした。あのとき、買っておくべきはバーンスタイン盤でした。お陰でこの曲の何たるかがずっと分からずにいました。今回、久しぶりにこの演奏を聴き、あのカッコいいバーンスタインの若さにあふれる突っ込んだ演奏の素晴らしさに感動しました。もう子供時代には戻れませんが、その頃の気持ちでこの演奏を聴くと、甘酸っぱい思い出に浸れます。もっともこの曲はフルトヴェングラーの残した12の録音に優る演奏は何もありませんけどね。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       ジョナサン・ノット,  

事前収録映像のノットが指揮した東響、感動のドヴォルザーク@東京オペラシティコンサートホール 2020.7.18

コロナのお陰で実現した凄いコンサートでした。事前に収録したジョナサン・ノットの映像が指揮する東響は、リアルなジョナサン・ノットが指揮する東響と遜色ない豊かな響きと音楽性の高い表現で聴衆を感動の渦に引き込みました。間違いなく今年聴いたコンサートの中で最高のコンサートでした。映像で指揮するノットは暗譜で見事な指揮。彼の頭の中で東響のサウンドが鳴っていたんでしょう。その映像を見ながら演奏した東響も見事でした。ある意味、ひとつ間違えたら破綻するというハラハラドキドキ感でその演奏に聴き入りました。終楽章のコーダの盛り上がりは極上の出来で、ドヴォルザークのこの曲でこんなに感動したことはありません。最後は感動の涙でした。映像で挨拶を送るノットに最高の拍手を送りました。本当はスタンディングオベーションすべきでしたが、コロナ禍の中のコンサートなので、自粛しました。すると、映像が事前収録したものから、オンラインでスイスにいるジョナサン・ノットの画像に切り替わります。彼もこの演奏をオンラインで聴いていたようです。我々が耳にした演奏を数秒遅れで聴いていたんでしょう。まるで奇跡のようなコミュニケーションです。ノットもきっと満足の演奏だったでしょう。また、彼のオンライン映像に大いに拍手を送りました。
今日の貴重な体験で音楽とは何かということを深く考えさせられました。きっちりした演奏技術が必須であることは大前提ですが、その上でいつも音楽性とか、精神性ということだけを重視してきました。しかし、本当に重要なのはそういうことではなく、“愛と信念”が音楽を至上のものに引き上げるということが初めて分かりました。“愛と信念”を指揮者、オーケストラ、聴衆が共有することこそ、音楽の奥義であると実感しました。コロナのために音楽を聴く機会は不自由になりましたが、音楽に対する“愛と信念”を持って、諦めずに遠いヨーロッパから映像出演という信じられないような形でのアプローチをしたノット、そのノットの心意気に反応して、“愛と信念”の演奏を聴かせてくれた東響のメンバー、そして、“愛と信念”でこの場に集まった聴衆、3者の“愛と信念”が一体化したことでありえないような素晴らしいコンサートが実現しました。

今日の素晴らしい演奏について、細部への言及は不要でしょう。ただ、熱い感動がありました。

来週のサントリーホールでの演奏、ベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》はこれ以上の歴史に残るようなものになるかもしれません。お昼と夜の2回公演ですが、最初の昼の部のほうがより“愛と信念”を感じられるような気がします。東響のメンバーが最初の演奏で燃え尽きるかもしれませんからね。ちなみにsaraiが聴くのは夜の部。うーん、間違えたかな・・・。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:ジョナサン・ノット(ドヴォルザークに映像にて出演)
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:水谷晃

  ブリテン:フランク・ブリッジの主題による変奏曲 Op.10 (指揮無し)

   《休憩》

  ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 Op.88


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のブリテンの《フランク・ブリッジの主題による変奏曲》は以下のCDを聴きました。

 ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団 1966年12月 ロンドン、キングスウェイホール セッション録音

作曲家自身の指揮による美しい演奏です。


2曲目のドヴォルザークの交響曲第8番は以下のCDを聴きました。

 ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィル 1966年 ベルリン、イエス・キリスト教会 セッション録音
 
期待以上の素晴らしい演奏。ベルリン・フィルの美質を引き出したクーベリックの指揮が光ります。チェコ・フィルの演奏に並び立つレベルの演奏です。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!








テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       ジョナサン・ノット,  

田部京子のベートーヴェンは熱いパトスの奔流@すみだトリフォニーホール 2020.7.17

コンサートがなかなか聴けない日々が続きますが、その中で、田部京子のベートーヴェンを聴く機会があるのは僥倖としか言えません。先月は東響とのコンビでのベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番でしたが、今日は新日フィルとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。いずれも彼女のCDも出ていない作品で絶対に聴き逃がせません。今回は昨日になって、ぎりぎりのタイミングで追加チケットが売り出されて、慌ててゲット。実際に会場に行ってみると、かなり空席が目立ちます。もちろん、席は前後左右は空けた配置ですが、その配置でもかなりの空席。何故に追加チケットの販売がぎりぎりになったのか、謎です。それにしてもこれでは、コンサートはかなりの赤字でしょう。某大物政治家の3密の3000人規模のパーティーが許されるのなら、整然と行われるオーケストラコンサートが定員半分以下の1000人に制限する理由は判然としません。政治資金が必要な以上にオーケストラの維持費用は死活問題です。制限するのなら、オーケストラへの資金援助は必須でしょう。せっかく日本のオーケストラが欧米のオーケストラの水準まで向上したのに、この音楽文化が後退することになるのは国としての損失です。そういうことを思わせるような素晴らしいオーケストラの演奏でした。頑張れ!新日フィル。

さて、本題に戻りましょう。前半は田部京子が独奏ピアノを弾くベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。実はこの曲、最近のsaraiのお気に入りの作品の一つです。昨年のアンドラーシュ・シフの演奏は最高でした。
今日の演奏ですが、まず、長いオーケストラの主題提示部が続きますが、オーケストラのピュアーで美しい響きに魅了されます。ほとんど、この新日フィルは聴いていませんし、指揮者の太田弦は多分、初聴きですが、彼らの演奏の見事さに聴き惚れます。そして、田部京子のピアノが満を持して入ってきます。中盤まではエンジンがかからずに彼女のいつもの切れがありません。高域の響きも少し繊細さを欠きます。何せマスク着用での演奏なので、集中力のある演奏が困難なのかしら。しかし、第1楽章の後半あたりから、だんだん、全開モード。集中力のある演奏で切れも響きもよくなります。とりわけ、カデンツァでは、華麗なピアニズム・・・使い古された表現ですが、熱いパトスがほとばしる素晴らしい演奏にぐっと惹き付けられます。第2楽章は何というか、気高い精神の音楽表現でベートーヴェンの本質を突いた最高の音楽が展開されます。ベートーヴェンが作り上げた高邁で深い精神世界を田部京子の詩情あふれるピアノが歌い上げて、太田弦指揮の新日フィルが美しい響きでしっかりと支えます。人間でありながら、神の領域に上り詰めたベートーヴェンの音楽の素晴らしさを現代の日本の音楽家たちが忠実に再現していきます。何か不思議な感覚です。ウィーンの自然の中を散策しながら深い思索にふけるベートーヴェンの姿が現出したような思いに駆られます。音楽は人間が作り上げた最高の文化であることを実感しつつ、また、こうして、生の音楽が聴けることに感謝しながら、演奏家たちと思いを一つにして、最高の音楽を味わいます。第3楽章は音楽の祝祭であり、突進する勢いで終始、奏でられます。高揚する気持ちでフィナーレを迎えます。素晴らしい演奏でした。ただ、田部京子はまだまだ余力を残した演奏。これ以上の演奏ができるだろうと思います。いつか、最高の演奏を聴かせてもらいましょう。もしかしたら、明日のコンサートではもっと弾けるかもしれません。残念ながら、明日は東響のコンサートがあるので、今日と同じ内容のこのコンサートが聴けず、残念です。

後半はシューベルトの交響曲第8番 「グレイト」。第1楽章冒頭のホルンで、テンポがかなり早いので、ちょっと違和感を覚えます。もう少し、ゆったりと重厚なテンポでないとしっくりきません。しかし、これが若き指揮者の太田弦の表現のようです。saraiは今まで、この曲はシューベルトの遺作で最後の交響曲という意識で聴いてきました。ですから、それらしい音楽を期待してしまいます。まあ、考えてみれば、シューベルト自身、この曲が最後の交響曲という意識はなかったでしょう。そうだとすれば、この曲は本来はシューベルトの中期を飾る交響曲で、シューベルトの本当の音楽的熟成はこの後に作曲されるだろう、4曲ほどの交響曲の先にあったはずでしょう。今日の若い指揮者はそのあたりを考えて、ベートーヴェンであれば、第3番《英雄》あたりの位置づけで、このシューベルトの交響曲を演奏しているのではないかと思いながら、saraiもそういう意識を持って、演奏に聴き入ります。うんうん、少し違和感はあるものの若きシューベルトの意欲に燃えた作品として、なかなか素晴らしい演奏ではあります。それに新日フィルのオーケストラの澄み切った響きも素晴らしいです。第1楽章のテンポに慣れたせいか、第2楽章、第3楽章はこれまで聴いてきた演奏とさほど差異は感じられません。ただ、清新な演奏ではあります。そして、第4楽章の晴れやかな音楽は若きシューベルトがこれから、新しい音楽を切り開いていく気概に満ちた宣言のようにも感じられます。その伸びやかな高揚感にあふれた音楽にsaraiも同調して、気分が高揚します。これがシューベルトの中期の音楽だとすれば、シューベルトの音楽的才能はモーツァルトやベートーヴェンを超えるかもしれないと驚愕します。あの遺作の3曲のピアノ・ソナタも中期の作品(ベートーヴェンで言えば、アパッショナータやワルトシュタイン)とすれば、後期のピアノ・ソナタはどんな高みに上り詰めたんでしょうか。太田弦が提示した音楽はある意味、衝撃的でした。もっとも、音楽表現自体はよく練れた穏当なものではありました。これからはシューベルトの晩年の作品の聴き方が変わるかもしれません。やはり、生で聴く音楽は色々と感じるところがあります。早く、音楽が普通に聴ける状況になることを切に願います。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:太田弦
  ピアノ:田部京子
  管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団  コンサートマスター:崔文洙

  ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 Op. 15

   《休憩》

  シューベルト:交響曲第8番 ハ長調 D944 「グレイト」


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のベートーヴェンのピアノ協奏曲 第1番は以下のCDを聴きました。

 内田光子、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル 2010年2月4日 ベルリン、フィルハーモニール ライヴ録音
 アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン交響楽団 1979年、TV放送のために催された特別公開演奏会でのライヴ録音
 
何といっても、ジュリーニの指揮での分厚い響きの素晴らしさとミケランジェリの切れ味鋭いピアノの演奏は最高の音楽を聴かせてくれます。ミケランジェリの録音の中でも最高の1枚です。一方、ラトルはモダンな表現でこの曲の別の一面を聴かせてくれ、内田光子のピアノも素晴らしいタッチの響きを聴かせてくれ、ミケランジェリ盤に肉薄します。


2曲目のシューベルトの交響曲第8番 「グレイト」は以下のCDを聴きました。

 ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団 1970年、セッション録音
 
ゆったりしたテンポのスケール感のある演奏ですが、それでいて活き活きとした見事な演奏です。これはセルの最後の録音のうちの一つ。ハイレゾでの音質も素晴らしいです。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!








テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       田部京子,  

東響の川崎定期も再開! 田部京子の圧巻のピアノ@ミューザ川崎シンフォニーホール 2020.6.28

一昨日は実に3か月ぶりにコンサートでしたが、聴き逃がせない迫真のコンサートでした。今日は場所をサントリーホールからミューザ川崎シンフォニーホールに変えて、まったく同じコンサートを聴きます。田部京子と東響のコンビで聴けるコンサートがコロナのお陰で実現したんですから、絶対に聴き逃がせません。何度でも聴きたいコンサートです。

今日はいずれの曲もサントリーホールでの演奏を上回る精度と熱気です。

最初はベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲。東響の弦楽アンサンブルは見事に輝きを取り戻りました。冒頭の和音から素晴らしいアンサンブルの響きです。そして、主部に入ってからの細かい動きになると、さらに弦楽アンサンブルが高い精度の音楽を展開します。完璧とも思える演奏でした。指揮の飯守泰次郎の音楽作りも文句なしです。

次はベートーヴェンのピアノ協奏曲 第3番。田部京子は今日も好調。さらに繊細さを極めたピアノです。第1楽章はディテールをよい感覚で磨き上げていきます。ほっそりした白い指が鍵盤を動き回る様に見とれてしまいます。東響の弦楽アンサンブルとの心地よい響きに魅了されます。長大な楽章ですが、田部京子のピアノの響き、律動的な進行に心がとろけそうです。カデンツァでの名技は素晴らしく華麗で、これぞ、ピアノ協奏曲の極みです。第2楽章はピアノのソロで心の独白が語られます。ベートーヴェンの内なる魂の声を田部京子が代演しているかのごとくです。孤高の精神が深い思索にふけっています。やがて、オーケストラの演奏が加わり、その思索はウィーンの美しい自然の中を散策しながらのものであることを悟ります。自然を感じながら、沈潜した思いは次第に解き放たれていきます。自然と自己が一体化して、心が高揚していきます。オーケストラに自然を奏でさせ、独奏ピアノで己の心の奥底を語っていくという卓抜なベートーヴェンの音楽に心を打たれます。田部京子のピアノの表現力と東響の美しいアンサンブルでこそ、このベートーヴェンの音楽の本質が描き尽くされます。素晴らしくて、深い表現の音楽に共感するだけです。初めて、この協奏曲の本質の一端に触れることができました。第3楽章は一転して、きびきびした音楽が展開されます。今日も東響の女性陣の木管アンサンブルが見事な演奏を聴かせてくれます。とりわけ、クラリネットとファゴットの深い響きに感銘を覚えます。やがて、短いカデンツァを経て、田部京子のピアノが主導して急速なテンポアップ。圧巻のコーダに心が浮き立ちます。素晴らしい演奏でした。一昨日に続いての演奏ですが、何度も聴きたいと念じてしまうような最高の演奏でした。

休憩後、メンデルスゾーンの交響曲 第3番「スコットランド」。東響の弦楽器アンサンブルが最高に近い出来でその響きの美しさに聴き惚れます。木管の4人の女性奏者の見事な演奏も華を添えます。すべての楽章が素晴らしい演奏で、メンデルスゾーンの音楽の美しさや郷愁に満ちた響きを堪能しました。こういう音楽は細かい感想は不要に思えます。ただただ、音楽の素晴らしさに興じるのみです。指揮者の飯守泰次郎の音楽作りが成功したのでしょう。生涯で聴いた最高の「スコットランド」でした。今日も指揮者コールになりましたが、それも当然でしょう。

こういう素晴らしい音楽を聴かせてくれた東響、そして、田部京子に感謝するのみです。音楽なしの人生はあり得ません。


今日のプログラムは以下です。サントリーホール定期演奏会と同じです。

  指揮:飯守泰次郎
  ピアノ:田部京子
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:水谷晃

  ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」序曲 Op.43
  ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 Op.37

《アンコール》 メンデルスゾーン:無言歌集 第2集から「ベネツィアの小舟 第2」嬰ヘ短調 Op.30-6

   《休憩》

  メンデルスゾーン:交響曲 第3番 イ短調 op.56「スコットランド」


最後に予習について、まとめておきます(前回と同じです)。

1曲目のベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲は以下のCDを聴きました。

 レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル 1968年11月 ウィーン、ムジークフェライン大ホール ライヴ録音


2曲目のベートーヴェンのピアノ協奏曲 第3番は以下のCDを聴きました。

 内田光子、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル 2010年2月10日 ベルリン、フィルハーモニール ライヴ録音
 アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン交響楽団 1979年、TV放送のために催された特別公開演奏会でのライヴ録音
 
内田光子はクルト・ザンデルリンクとの力演も記憶に残りますが、このCDもその強靭でかつ繊細なスタイルの演奏で見事な演奏です。ミケランジェリとジュリーニはもう何も言うことのない歴史に残る名演です。


3曲目のメンデルスゾーンの交響曲 第3番「スコットランド」は以下のCDを聴きました。

 オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団 1960年1月22,25,27,28日、ロンドン、アビー・ロード・スタジオ セッション録音
 
クレンペラーということで荘重な演奏を予想していたら、なんとなんと瑞々しくて軽やかな演奏。メンデルスゾーンの本質を突く素晴らしい演奏です。巨匠の凄さを再認識しました。決定盤のひとつでしょう。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!








テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       田部京子,  

東響のサントリー定期、再開! コンサートのない日常は非日常だったことを痛感! 愛する東響よ、頑張れ!@サントリーホール 2020.6.26

実に3か月ぶりにコンサート。もはや、コンサートのない日常に慣れつつありました。でもそれは本当は非日常だったんです。マスクをかけたコンマスの水谷晃が現れて、大きな拍手が起きると、saraiの胸がジーンとなりました。ああ、この場所、サントリーホールこそ、saraiがいるべき場所でした。ここで音楽を聴いていないsaraiは人生を生きていない抜け殻のような存在です。それに東響が自分にとって、実にかけがいのない存在であることを実感しました。既に多額の寄付をしましたが、さらに追加の寄付をして、応援をしないといけないと自覚しました。

久しぶりに再開したサントリーホールに行くと、エントランスはスタッフの方が大勢いて、ものものしい感じ。まずは手のアルコール消毒を促されます。次いで、平積みになっているプログラムを自分自身で手に取ります。チケットは半券を自分で切って、箱に投入。これでやっとホールに入場します。
自分の席にいくと、左右の隣席と前後の席は空席。ホール全体がこの状況。要するに定員の半数の席になっているということです。開演になるころにはその状態でほぼ全体が埋まっていて、それほど、空席が目立つ感じではありません。いつもよりゆったりという感じで、これならいつもこれでいいかなって思います。オーケストラの経営がこれでは立ち行かないことはもちろんですけどね。

オーケストラは管楽器奏者以外はみんなマスク着用。指揮者もそしてピアノの田部京子もマスク着用。聴いているこちらもマスク着用していると息苦しくなりますが、実際に演奏するかたは酸欠状態にならないのか、心配ですが、やはり、そこはプロ。何事もなかったように音楽を奏でていきます。

最初はベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲。東響はブランクを感じさせない素晴らしいアンサンブル。弦楽器パートはさすがにいつもの最高のレベルではありませんでしたが、十分、満足しました。女性奏者が中心の木管パートが今日の白眉でした。主部のリズミカルな部分の演奏が見事でした。

次はベートーヴェンのピアノ協奏曲 第3番。田部京子のベートーヴェンは古典主義の様式感にのっとりつつも、美音と切れの良いタッチ、それにいつもの詩情にあふれた素晴らしい演奏でした。第1楽章はスケール感よりも繊細で粒立ちのよいタッチが印象的な演奏です。東響のアンサンブルともバランスよく、まろやかな響きで、古典主義の王道をいくような音楽です。第2楽章のピアノのソロが始まると、その美しい響きに聴き惚れるのみです。まさに田部京子の独壇場。抒情に満ちた音楽は天国的です。第3楽章はロンドの軽やかな音楽が続きますが、終盤に至り、高潮していきます。圧倒的なコーダで音楽を閉じます。
3か月振りのコンサートがこの田部京子と東響という最高のコンビで聴けたことにただただ感謝したくなるような素晴らしい演奏でした。完全に満足しました。これ以上の音楽は聴けません。来月に聴く筈だった田部京子のリサイタルは残念ながら、中止になりましたが、代わりにこんなものが聴けるとはね。

休憩後、メンデルスゾーンの交響曲 第3番「スコットランド」。東響の弦楽器パートもだんだん、本領を発揮して、響きが研ぎ澄まされていきます。哀愁に満ちた旋律美の底にメンデルスゾーンの古典回帰とも思える端正な音楽が潜んでいることを明確に表現するような演奏です。つまり、表面的な美しさは表出していますが、メンデルスゾーンの音楽はそれだけではなく、どこか、古典的な哀しみにあふれていることもあわせて表現するような深い演奏です。ここでも木管パートの素晴らしさが際立ちます。とりわけ、クラリネットは最高! この曲を聴き終えて、saraiはメンデルスゾーンの最高傑作であると断じたい気持ちになりました。メンデルスゾーンの再評価が進む中、素晴らしい演奏に出会えました。

やはり、実演に優る音楽はありませんね。音楽の世界も我々の下に戻ってくれつつあることを喜びたい気持ちでいっぱいです。
もちろん、2日後の川崎定期にも駆けつけますよ。同じプログラムですが、それがいいんです。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:飯守泰次郎
  ピアノ:田部京子
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:水谷晃

  ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」序曲 Op.43
  ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 Op.37

《アンコール》 メンデルスゾーン:無言歌集 第2集から「ベネツィアの小舟」

   《休憩》

  メンデルスゾーン:交響曲 第3番 イ短調 op.56「スコットランド」


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲は以下のCDを聴きました。

 レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル 1968年11月 ウィーン、ムジークフェライン大ホール ライヴ録音


2曲目のベートーヴェンのピアノ協奏曲 第3番は以下のCDを聴きました。

 内田光子、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル 2010年2月10日 ベルリン、フィルハーモニール ライヴ録音
 アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン交響楽団 1979年、TV放送のために催された特別公開演奏会でのライヴ録音
 
内田光子はクルト・ザンデルリンクとの力演も記憶に残りますが、このCDもその強靭でかつ繊細なスタイルの演奏で見事な演奏です。ミケランジェリとジュリーニはもう何も言うことのない歴史に残る名演です。


3曲目のメンデルスゾーンの交響曲 第3番「スコットランド」は以下のCDを聴きました。

 オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団 1960年1月22,25,27,28日、ロンドン、アビー・ロード・スタジオ セッション録音
 
クレンペラーということで荘重な演奏を予想していたら、なんとなんと瑞々しくて軽やかな演奏。メンデルスゾーンの本質を突く素晴らしい演奏です。巨匠の凄さを再認識しました。決定盤のひとつでしょう。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!








テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       田部京子,  

自然なモーツァルトに衝撃! 上原彩子ピアノ・リサイタル@東京オペラシティ コンサートホール 2020.3.25

上原彩子にはまっていたsaraiもここ3年半ほど、彼女の演奏から遠ざかっていました。それは彼女の演奏がラフマニノフ、チャイコフスキーなどのロシアものがあれほど素晴らしいのに、モーツァルト、ベートーヴェンなどのドイツ・オーストリアなどの古典音楽~ロマン派があまりにも不満だらけで、それを聴くのが怖くなって、コンサートに行ってなかったんです。まさか、久しぶりに聴くコンサートがウイルスが蔓延する異常な状況下で開かれるとは・・・絶句です。今日のコンサートは、期待というよりも不安だらけというのが正直なところです。

1曲目はモーツァルトのキラキラ星変奏曲・・・いきなり、モーツァルトです。大丈夫でしょうか。えっ、これって、ちゃんとモーツァルトの響き、音楽になっています。こんな上原彩子、ここ10年以上、聴いてきましたが、初めてです。今まで響かせ過ぎだった演奏はすっかり、スタイルが変わって、saraiが理想とするモーツァルトの音楽になっています。ピュアーな響きも美しいし、音階もスムーズです。肩の力が抜けたというか、無理のない自然なモーツァルトです。だからと言って、くぐもった響きではなく、ピーンと立った響きが明快に聴こえてきます。単調な演奏ではなく、活き活きとした音楽が適度な緊張感のもとで聴こえてきます。この3年半の間に何か劇的な変化があったようです。鍵盤の上を走る手を見ても無理のない運指が見てとれます。手はほとんど鍵盤に張り付いたままで10本の指だけがハンマーのように鍵盤を叩いて、美しく純粋な音色を奏でています。その響きは品格の高さすら感じます。この曲は結構長いのですが、終始、楽しく、心躍らせながら、聴き入りました。素晴らしい演奏でした。遂に上原彩子がモーツァルトを弾きこなしました。クララ・ハスキルの気品の高い演奏とまではいかないにしても、モーツァルト弾きのピアニストと言っても過言ではありません。上原彩子のファンとしては嬉しいばかりです。

2曲目はチャイコフスキーの創作主題と変奏。ぱっとモーツァルトとは弾き方を変えます。上原彩子のお得意のチャイコフスキーですから、安心して聴けます。ダイナミックな素晴らしい演奏です。遂に上原彩子は作曲家によって、スタイルを変えて、弾き分けるようになったんですね。さらに次のチャイコフスキーの「四季」からの2曲はテクニックではなく、音楽性で聴かせてくれます。ロシアの憂鬱感を表出した素晴らしい演奏です。特に 3月「ひばりの歌」の暗い情感に魅了されました。

前半最後はまた、モーツァルト。これも問題ありません。すっかりとモーツァルトの様式感をマスターしたようです。非凡と言ってもよい素晴らしい演奏です。何と言っても、その響きの美しさが最高です。緩徐楽章での抒情味あふれる演奏も素晴らしいし、終楽章の素早いパッセージの技巧も見事。モーツァルトらしさを表出しただけでなく、やはり、上原彩子が弾く音楽としての輝きも感じる演奏です。もう、完全にモーツァルトを征服したようです。どの曲を弾かせても素晴らしい演奏をすることは予想できます。

後半のプログラムのモーツァルトも万全の演奏でした。ですが、圧巻だったのは最後のチャイコフスキーのグランド・ソナタ。この難曲、大曲を熱く燃え上がるようにバリバリと歌い上げました。素晴らしかったのは両端楽章です。超絶的な演奏で圧倒されるのみ。これ以上の演奏は望めないというレベルです。モーツァルトもよかったけど、やっぱり、上原彩子の弾くチャイコフスキーは凄過ぎ!

また、saraiが大好きだった上原彩子がレベルアップして、戻ってきてくれました。また、これからは安心して、聴きまくります。


今日のプログラムは以下です。

  モーツァルト:キラキラ星変奏曲 ハ長調 K. 265
  チャイコフスキー:創作主題と変奏 ヘ長調 Op. 19-6
  チャイコフスキー:「四季」 Op. 37bisより 3月「ひばりの歌」、6月「舟歌」
  モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第12番 ヘ長調 K. 332 

   《休憩》

  モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第4番 変ホ長調 K. 282
  チャイコフスキー:グランド・ソナタ ト長調 Op. 37

   《アンコール》

    チャイコフスキー/上原彩子編曲:6つの歌曲Op.6より第5曲「なぜ」
    モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番 イ長調K.331「トルコ行進曲つき」第1楽章
    チャイコフスキー:18の小品 Op.72より第14曲「悲しい歌」


最後に予習について、まとめておきます。以下のCDを聴きました。

まず、モーツァルトはアンドラーシュ・シフの21枚組のモーツァルト・アルバムを聴きました。

 アンドラーシュ・シフ/モーツァルト録音集(21CD) 1980-94年

シフの若い頃の録音ですが、素晴らしく美しい響きです。どの曲も手抜きのない丁寧な演奏で魅了されます。このレベルの演奏ならば、再録音の必要はありません。

チャイコフスキーは以下の超ど級アルバムです。

 ヴァレンティーナ・リシッツァ チャイコフスキー・ソロ・ピアノ作品全集(10CD) 2017年12月~2018年4月 ウィーン

若くてめきめきと頭角を現してきたウクライナ出身の女性ピアニスト、ヴァレンティーナ・リシッツァが何とも驚くべきアルバムを作り上げました。その超絶的なテクニックと音楽性で、チャイコフスキーのピアノ作品を網羅してくれました。チャイコフスキー好きにはたまらないアルバムです。グランド・ソナタは何とも凄まじい演奏です。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       上原彩子,  

飯森範親&東京交響楽団、会心のラヴェル@東京オペラシティコンサートホール 2020.3.21

ドイツの現代のレアもので新境地を開いている飯森範親が今度は何と、オール・ラヴェルのプログラムに挑戦。ラヴェルのような純粋なフランスものはフランス人指揮者、さらにはフランスのオーケストラに限るというのがsaraiの偏見です。日本人指揮者が日本のオーケストラでというのは余りに敷居が高過ぎると思うのですが・・・。特にドイツものを得意にしていると思われる飯森範親にとってはとてもリスキーだと思われます。ところがです! まず、1曲目のラ・ヴァルスが出色の出来です。冒頭の低弦の暗雲の到来を告げるようなピアニッシモの音からゾクゾクします。次いで、明快なウィンナーワルツの響きがストレートに表現されて、実に魅惑的です。いわゆるフランスのエスプリは感じられませんが、もしかして、ラヴェルの音楽にはそういうことはそう重要ではないのかもしれないと思わせるような、すっきりした演奏です。この曲、ラ・ヴァルスはヨハン・シュトラウスへのオマージュがもととなっているので、ラヴェルの音楽も単純にフランス音楽と区切るべきではないのかもしれません。実に説得力のある音楽が最後まで展開されます。美しいウィンナーワルツの調べとおどろおどろしい低弦の暗い響きが交錯する見事な演奏でした。日本人指揮者がここまでのレベルのラヴェルを演奏するのは初めて聴きました。飯森範親はラヴェルを攻略したのでしょうか。実は残りのラヴェルもすべて、高次元の演奏でした。もちろん、東響の素晴らしいアンサンブルがあってのことです。ジョナサン・ノットのもとで東響は飛躍を続けていますが、飯森範親も東響から素晴らしい響きを引き出すことができるのを聴いて、東響はもう次の段階に進みつつあることを確信しました。
最後に演奏されたボレロですが、聴いていて、先日亡くなった母のことを思い出しました。大阪の中之島のフェスティバルホールだったと思うのですが、多分、20年ほど前、母と配偶者と一緒にパリ管を聴いた折、このボレロが演奏されました。パリ管の管楽器の響きにいたく感銘を受けました。演奏内容に関係ありませんが、小太鼓奏者がどこで演奏していたのか、3人ともよく分からなかったと後で話題になりました。今日もそうですが、小太鼓はいつもの打楽器の場所ではなく、弦楽器パートの中に埋没して演奏していたんです。ともあれ、今日のボレロの終盤の物凄い音圧の高さに仰天しました。終盤は熱い演奏でした。パリ管の演奏にも匹敵する素晴らしい演奏でした。東響は弦楽パートだけでなく、木管セクションも素晴らしく充実してきました。飯森範親と東響で《展覧会の絵》を演奏すると凄いことになりそうです。

そうそう、ラヴェル以外に異色ピアニストのファジル・サイの新作が新倉 瞳のチェロで初演されました。初演とは思えない新倉 瞳の見事な演奏でした。曲自体もトルコの音楽の旋律を織り交ぜた親しみやすく、楽しめました。私見ながら、ファジル・サイはピアニストよりも作曲家としての才能のほうに恵まれているような気がします。ファジル・サイのピアノのファンの方にはゴメンナサイ。
新倉 瞳のチェロも初めて聴きましたが、なかなか、やるものですね。音楽には関係ありませんが、白と黒の大胆な配色で背中が大きく見えるドレスも素晴らしかったです。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:飯森範親
  チェロ:新倉 瞳
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:グレブ・ニキティン

  ラヴェル:ラ・ヴァルス
  ファジル・サイ:「11月の夜想曲」チェロと管弦楽のために (新倉瞳による委嘱作品)

   《休憩》

  ラヴェル:道化師の朝の歌(ピアノ曲集《鏡》第4曲のラヴェル自身の管弦楽編曲)
  ラヴェル:スペイン狂詩曲
  ラヴェル:ボレロ


最後に予習について、まとめておきます。

 シャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団 1968年9~10月
   ボレロ、スペイン狂詩曲

 ピエール・ブーレーズ指揮ニューヨーク・フィル 1973,74年録音
   ラ・ヴァルス
   
 ピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団 1969,70年録音
   道化師の朝の歌

 アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団 1961~62年録音
   ボレロ、スペイン狂詩曲、ラ・ヴァルス

ミュンシュのボレロの終盤の熱い高まりに感銘を受けました。最後のテンポアップも凄まじい! クリュイタンスは流石ですね。素晴らしいラヴェルです。ブーレーズはアメリカのオーケストラのせいか、もう一つ、心に迫りません。結論としては、ミュンシュは別格として、クリュイタンスが最高です。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

ブラームスの晩年の名作、至高の演奏 アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル@東京オペラシティ コンサートホール 2020.3.19

シフのブラームスを聴くというsaraiの夢がまさか叶うとは思ってもいなかったんです。それがコロナ・ウィルス騒ぎの真っ最中の先週と今日で実現するとは何という僥倖でしょう。前回は晩年のブラームスのOp.116の素晴らしい演奏を聴きました。今日はOp.117の3つの間奏曲のうっとりとするような演奏をシフの美しいピアノの響きで聴き、そして、いよいよ、名作、Op.118の6つの小品です。第1曲から素晴らしい演奏です。圧倒的だったのは最後の第6曲。間奏曲というよりも幻想曲という風情のファンタジーに満ちた魅惑の演奏です。途中からはラプソディーの雰囲気に変わり、激しく燃え上がります。最後はまた幻想的な雰囲気で静謐に終わります。何て素晴らしい演奏なんでしょう。
しかし、最高に素晴らしかったのはブラームスの晩年の名作の最後を飾るOp.119の4つの小品です。最初の2曲はアイロニーに満ちた哀切極まりない演奏です。ブラームスがこの分野でいかに高みに達したかを示してくれる素晴らしい演奏に聴き惚れます。そして、最後の第4曲。ラプソディーが高らかに歌われます。魂の高揚・・・何というレベルの演奏でしょう。
saraiが夢に思い描いていた通りの素晴らしい演奏でした。CDにも録音していないので、まさにシフのブラームスの晩年の名作は初聴きだったんです。以前、Op.117の第1曲の間奏曲をアンコールで聴いて以来、シフがこういうレベルの演奏をするだろうと期待していましたが、その通りの演奏でした。ただただ、満足です。

ブラームス以外も素晴らしい演奏でした。シューマンの最後のピアノ曲はある意味、痛々しい音楽ではあります。幻想曲やクライスレリアーナ、交響的練習曲などの晴れやかなピアノ曲とはまったく雰囲気を異にします。シューマンが最後の力を振り絞って、歌い上げた白鳥の歌とでも表現しましょうか。それをシフは実に誠実に演奏しました。シューマンを愛するシフでなければ、こうは演奏できなかったでしょう。音楽とはかくも人間的なものなのですね。ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスの晩年の作品とは様相が異なりますが、シフは大作曲家の晩年の作品に焦点を合わせたような演奏活動をしていますが、このシューマンは異色なものです。シフは我々にこのシューマンの最後の作品はいかに価値あるものかを問いかけるものです。saraiもこれから、じっくりとこの作品に向かい合っていきましょう。

モーツァルトのロンド イ短調 K.511は素晴らしく美しい作品です。シフが今日の演奏で教えてくれました。幻想曲 ニ短調 k.397、幻想曲 ハ短調 k.475と同様に座右に置いておきたい名曲ですね。これもシフが我々にこの名曲を忘れてはいませんかと問いかけてきたようなものです。

バッハの平均律は安定した見事な演奏。何も言うことはありません。うっとりと聴いただけです。プレリュードの美しさ、フーガがだんだんと音の密度を濃くして楽興に至る素晴らしさには参りました。シフにとって、バッハは音楽の原点なのでしょう。いつでもその最高の音楽を取り出すことができますね。

最後に弾いたベートーヴェンの告別ソナタもベートーヴェンの音楽の本質を描き出すものでした。これ以上のベートーヴェンを聴くことはできません。中期のピアノ・ソナタの高揚から後期のソナタの晦渋に至る、すべてがここに語り尽くされています。ああ、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲を聴きたくなりました。それを思わせる力のある演奏でした。何と魅力的な演奏だったか!

アンコールはまた、ゴルトベルク変奏曲のアリア。これは酷ですよ。絶対に全曲を次の来日で聴かせてくださいね。待てないので、とりあえず、YOUTUBEにあるBBCのゴルトベルク変奏曲の演奏でも聴きますか。
ブラームスのアルバムの小品という短くて美しい作品は最近になって新発見の作品なんですね。シフがBBCで放送初演したそうです。これもYOUTUBEで聴けます。
シューマンのアラベスクは素晴らしい演奏。これぞ、最盛期のシューマンのピアノ曲です。
最後はとびっきり美しいシューベルトの即興曲。憧れに満ちた楽想がこれでもか、これでもかと続きます。次の来日ではシューベルトの後期作品のチクルスを絶対に聴かせてください。→関係者殿

最後にコンサート欠乏症の我々に素晴らしい音楽をプレゼントしてくれたシフとカジモトに多大の感謝を捧げます。


今日のプログラムは以下です。(今日のリサイタルはペーター・シュライヤーとピーター・ゼルキンに捧げるそうです。二人ともつい最近亡くなりました。合掌!)

 シューマン: 精霊の主題による変奏曲 WoO24
 ブラームス: 3つの間奏曲 Op.117
 モーツァルト: ロンド イ短調 K.511
 ブラームス: 6つのピアノ小品 Op.118

   《休憩》

 J.S.バッハ: 平均律クラヴィーア曲集第1巻から
      「プレリュードとフーガ」第24番 ロ短調 BWV869
 ブラームス: 4つのピアノ小品 Op.119
 ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 Op.81a「告別」


   《アンコール》

    J.S.バッハ: ゴルトベルク変奏曲 BWV988から アリア
    モーツァルト: ピアノ・ソナタ第15番 ハ長調 K.545から 第1楽章
    ブラームス: アルバムの小品
    シューマン: アラベスク Op.18
    シューマン: 「子供のためのアルバム」Op.68から 楽しき農夫
    シューベルト: 即興曲 変ト長調 D899-3

最後に今回の予習についてですが、ブラームスを中心に聴きました。なお、ブラームス以外はシフの演奏を聴きました。

 田部京子 Op.117、Op.118、Op.119 2011年8月 上野学園 石橋メモリアルホール
 ジュリアス・カッチェン Op.76、Op.116、Op.117、Op.118、Op.119 1962年5月 ロンドン
 ペーター・レーゼル Op.76、Op.116、Op.117、Op.118、Op.119 1972-74年
 アンナ・ヴィニツカヤ Op.76、Op.116 2015年9月7-10日 Reitstadel, ノイマルクト、ドイツ
 ヴィルヘルム・ケンプ Op.76、Op.116、Op.117、Op.118、Op.119 1963年12月 ハノーファー、ドイツ
 エレーヌ・グリモー Op.116、Op.117、Op.118、Op.119 1995年11月 ノイマルクト、ドイツ

まずは規範となるのはジュリアス・カッチェン。この人のブラームスは別格です。ブラームスを弾くために生まれてきたとしか思えない天才ピアニストです。次いで、ペーター・レーゼルも負けていません。現代の巨匠と言えば、この人。そう言えば、最近、来日しませんね。巨匠と言えば、ヴィルヘルム・ケンプも忘れてはいけません。見事な軽みに至った演奏です。そして、美女3人のブラームスも最高です。田部京子、アンナ・ヴィニツカヤ、エレーヌ・グリモーは彼女たちの持ち味を十二分に発揮した名演です。今や、ブラームスのピアノ曲も演奏に恵まれる時代になったようです。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       シフ,  

最高のブラームス、そして、奇跡のバッハ アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル@東京オペラシティ コンサートホール 2020.3.12

母の逝去、コロナウィリス・・・2月の中旬から3月20日までのコンサートは12回の内、10回が中止になり、唯一残ったのが今日と来週のアンドラーシュ・シフのピアノ・リサイタルです。9年前の大震災のときは9分の1のコンサートでしたが、今回は今のところ、12分の2のコンサートです。12分の2であるシフのコンサートが一番聴きたかったコンサートだったというのは僥倖です。しかし、ほぼ、50年ぶりに聴く予定だったアルゲリッチが聴けないのは運命でしょうか。以前、チケットを買ったのにころっと忘れていて、行きそびれたトラウマがあるのがアルゲリッチ。しょせん、縁がないのでしょう。デビューしたてのアルゲリッチを胸の底にしまっていけというご託宣かもしれません。ともかく、シフのピアノ・リサイタルは1年以上も前から楽しみにしていたものでした。それというのも、シフのピアノでブラームスの晩年の名作を聴くのが以前からのsaraiの夢だったんです。まさか、それが実現するとは思ってもいなかったんです。何せ、シフはほとんどブラームスの作品をCD化していないんです。しかし、CDで聴けるブラームスの《ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ》ではシフが素晴らしい演奏を聴かせてくれています。これを聴いて、saraiの夢がふくらんでいたんです。

で、今日、実際に聴いたブラームスの《7つの幻想曲集 Op.116》は期待を上回る素晴らしい演奏。3曲のカプリッチョの暗い情念は深い響きのピアノで心に迫りましたし、4曲のインテルメッツォはインティメットな心の呟きが美しい響きのピアノで優しく語りかけてきました。これ以上、何も求めることはできないでしょう。今日から、saraiにとってのブラームスはピアノ独奏曲が最高のジャンルになりました。交響曲でも協奏曲でも室内楽でもなく、ピアノ独奏曲こそ、ブラームスが作り上げた最高の世界です。若きブラームスがデュッセルドルフのシューマン宅を訪れたときにピアノ・ソナタを聴いてもらって、ブラームスの音楽人生が実質的に始まり、晩年にバート・イシュルで書いたのが今日の《7つの幻想曲集 Op.116》。ブラームスは常にピアノ演奏家としてもピアノの独奏曲を書き続けていました。来週のリサイタルでは晩年の残りの独奏曲集のOp.117、Op.118、Op.119が聴けます。アンドラーシュ・シフにとって、バッハに始まるドイツ・オーストリア音楽こそ、もっとも音楽的な基盤とするところです。3年前にハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトの最後の2つのソナタを聴かせてもらいましたが、ドイツ・オーストリア音楽はシューマン、ブラームスを聴かないとその輪を閉じることができません。シューマンはザルツブルク音楽祭で幻想曲やピアノ・ソナタなどを聴きました。今回、ブラームスの晩年の作品を聴くことで一応の完結に達します。

しかし、バッハこそはシフのベースとなる音楽です。saraiがシフを初めて認めたのは彼の弾くバッハのフランス組曲を聴いたときのことでした。その頃はシフはバッハ弾きだと思っていました。これまでも素晴らしいバッハの演奏を聴かせてもらいました。ザルツブルク音楽祭で聴いた平均律クラヴィーア曲集第2巻はその頂点に立つ演奏でした。今日は初めて、シフの弾くイギリス組曲を聴きました。第6番だけですが、まさに神が降臨したような奇跡の名演でした。早めのテンポで弾き始めたプレリュードはフーガに入ると、超絶的な高速演奏。あり得ないレベルのバッハです。アルマンドも早めの演奏で聴き惚れるだけです。クーラントも高速演奏。サラバンドは噛みしめるような演奏で、中間の美しさは光り輝きます。有名なガヴォットは楽しく聴き惚れます。そして、圧巻のジーグは究極のフーガ。圧倒的な高みに達して終わります。凄い演奏でした。実はCDで彼の演奏を聴いていましたが、全然、こんな演奏ではありませんでした。シフはあり得ないほどに進化したことに気が付き、愕然としました。

ともかく、後半に弾いたブラームスとバッハは素晴らしかったんです。前半のメンデルスゾーン、ベートーヴェン、ブラームスもよかったのですが、後半に比べると、音の輝きも粒立ちもそこまでのものではありませんでした。シフにしては美しい音の響きが足りないとさえ思っていましたが、後半になり、まるで別人。後半に向けて、ためていたのでしょうか。

アンコールはいつものシフのように第3部のプログラムが始まったみたいです。イタリア協奏曲は今回でアンコール3度目。よほど、お好きなようです。ベートーヴェンの葬送は何とも厳かな演奏でベートーヴェンの真髄を聴くような感じでした。ブラームスは晩年の作品群の中で一番、有名とも思えるインテルメッツォ。素晴らしい演奏にただただ、聴き惚れるのみ。来週、もう一度聴けるのが嬉しいですね。最後にシューベルトの珍しい曲が聴けて満足。

この時期に日本を訪れて、リサイタルを開いたというのはシフにも並々ならぬ思いがあったようです。アンコールではこれまで聴いたことのない彼の日本語の片言を聴きました。コロナ・ウィリスに負けずに希望を抱いてほしいというメッセージを日本人に伝えたかったのでしょう。ただただ、感謝の気持ちに浸るのみです。


今日のプログラムは以下です。

 メンデルスゾーン:幻想曲 嬰ヘ短調 Op.28《スコットランド・ソナタ》
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第24番 嬰ヘ長調 Op.78《テレーゼ》
 ブラームス:8つのピアノ小品 Op.76

   《休憩》

 ブラームス:7つの幻想曲集 Op.116
 J.S.バッハ:イギリス組曲第6番 ニ短調 BWV811


   《アンコール》

    J.S.バッハ: イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971
    ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第12番 変イ長調 Op.26「葬送」から 第1楽章
    メンデルスゾーン:無言歌第1集 Op.19bから 「甘い思い出」
             無言歌集第6巻 Op.67から 「紡ぎ歌」
    ブラームス: インテルメッツォ イ長調 Op.118-2
    シューベルト: ハンガリー風のメロディ D817

最後に今回の予習についてですが、ブラームスを中心に聴きました。内容は次回のリサイタルで書きましょう。ブラームス以外はシフの演奏を中心に聴きました。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       シフ,  

無観客コンサート 東京交響楽団@ミューザ川崎シンフォニーホール 2020.3.8

生ニコニコ動画でライヴ視聴しました。ネット中継としては、画像の遅延や音声も2~3回、途切れるという課題もありましたが、なかなかの見ごたえでした。演奏者たちも慣れないことながら、懸命の熱演でした。全体としては楽しめました。

東響は実演では弦パート、とりわけ、ヴァイオリンの美音が聴きものですが、このネット中継ではマイク配置のバランスもあったのか、女性の木管奏者の素晴らしい響きが突出していました。1曲目のドビュッシーの牧神の午後への前奏曲では彼女らの美しい響きに魅惑されました。

2曲目のラヴェルのピアノ協奏曲は初聴きの黒沼香恋のピアノのタッチの冴えと抒情的な表現力が見事で、生で聴けたら、さぞかし素晴らしかっただろうと思いました。特に第2楽章の美しい響きの高い音楽性、第3楽章のテクニックの冴えにほれぼれとしました。パーフェクトな演奏ではなかったでしょうか。バリバリと弾くタイプではありませんが、その繊細で鋭いピアニズムは彼女の将来性を期待させるものでした。彼女のピアノと絡む東響の木管と弦の素晴らしさも特筆ものでした。

3曲目のサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」は冒頭からのヴァイオリン群の素晴らしい演奏にぐっと惹き付けられます。パイプオルガンと協奏しながらの厳かな雰囲気の演奏は素晴らしかったです。これは生で聴いたら、感動ものだったでしょう。

次回の3月14日、午前11時からのモーツアルト・マチネーはチケットを持っているコンサート。今日以上に改善したネット中継を期待します。頑張れ! 東響。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:大友直人
  ピアノ:黒沼香恋(ミューザ・ソリスト・オーディション2017合格者)
  オルガン=大木麻理(ミューザ川崎シンフォニーホールオルガニスト)
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:グレブ・ニキティン

  ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
  ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調

   《休憩》

  サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」


予習はもちろん、なし。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

久々のコンサート、スタンバイOK! ただし、無観客コンサート@ミューザ川崎シンフォニーホール

ずっと、コンサートなしの状態で禁断症状気味。東響が無観客コンサートという快挙をやってくれます。30分後にネット生中継が始まるので、PCとオーディオシステムを接続して、準備OK。

「名曲全集 第155回 ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団」のniconicoでの生中継で以下の内容です。

【公演概要】
■曲目
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調
サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」

■出演
   指揮=大友直人 ピアノ=黒沼香恋(ミューザ・ソリスト・オーディション2017合格者)
   オルガン=大木麻理(ミューザ川崎シンフォニーホールオルガニスト)
   管弦楽=東京交響楽団

以下のサイトで視聴できます。

https://live2.nicovideo.jp/watch/lv324588340

感想は後でアップします。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

古楽の愉悦:バッハ・コレギウム・ジャパン@東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル 2020.2.16

バッハ・コレギウム・ジャパンのバッハを聴いて、満足しないことはありません。今日のように初聴きの曲ばかりだったとしても、その素晴らしい響きは器楽はもちろん、声楽も最上級です。

前半はまず、鈴木優人のパイプオルガンでコラール風の曲が2曲。安定した響きで心が癒されます。ファンタジアはコラール風の主題がフーガで折り重なって、妙なる音楽を形成します。激することも熱くなることもありませんが、その真摯な演奏に深い安寧を覚えます。続くコラールは短い曲ですが、祈りに満ちた音楽をしみじみと聴き入るのみです。オルガンで演奏されるコラールは今日のコンサートの幕開けにふさわしい雰囲気を醸し出します。

次はペルゴレージのスターバト・マーテルをバッハが編曲したもので、ドイツ語の歌詞で歌われます。ソプラノとアルト(カウンターテナー)の二人の歌手と小規模な室内オーケストラ(ヴァイオリン4人とヴィオラ1人、チェンバロと通奏低音)での演奏です。実はsaraiは原曲とこのバッハの編曲版の違いがあまり分からないんですが、いずれにせよ、その密やかで静謐さに満ちた演奏は心を優しく包み込みます。歌手2人の出来が素晴らしく、ソプラノの松井亜希がこんなに素晴らしいとは初めて気が付いた思いです。力みのないピュアーな高音はとても心地よく響きます。音楽的な表現も見事です。カウンターテナー(CT)のベンノ・シャハトナーは初めて聴きますが、ともかく、その声の透き通った美しさに魅了されます。sarai好みのCTです。正直言って、一声聴いて、ほっとします。意外にsarai好みの透き通った声のCTはなかなかいないので、がっかりすることも多いですからね。2人の美しい声の独唱、重唱が続き、何とも言えない心地になります。BCJの古楽アンサンブルも2人の独唱者と同様に美しい響きの演奏です。古楽の楽しみ、極めれりという心境です。最後のアーメンでこの美しい古楽は静謐に終わります。鈴木雅明の音楽構成・解釈・表現の見事さが際立っていました。

後半は鈴木雅明がマイクを持って、舞台に現れて、簡明な講義があります。後半のモテットというのは“言葉”という意味であり、カンタータ以上に合唱に重点があるそうです。19世紀には、器楽なしで合唱のみでの演奏も流行したそうですが、バッハの時代には器楽と共に演奏されたので、BCJでは器楽付きで演奏するそうです。また、本来、モテットはお葬式に演奏するためのもので、晴れやかな音楽であったとしても、それは死者が天国に迎い入れられるためということ。しかしながら、今日演奏するモテットは難しい対位法の技法を用いているので、お葬式前に急に演奏の準備をするのは難しかろうという点も指摘されました。

後ろに合唱隊がずらりと並びます。最初はどういう並び方か、分かりませんでしたが、よくよく聴いて分かりました。左右に混成四部の2つの合唱隊が分かれて並び、それぞれはソプラノ3人、アルト(CT含む)3人、テノール2人、バス2人という構成です。計20名で、その中に独唱者4人も含まれています。室内オーケストラは先ほどの構成にオーボエ3人(オーボエ・ダ・モーレ(もしくはバロックオーボエ)1人とオーボエ・ダ・カッチャ二人)とファゴット1人を加えたもので、曲によっては通奏低音のみになります。
まず、器楽のみで、カンタータ《わが片足すでに墓穴に入りぬ》BWV 156より〈シンフォニア〉が演奏されます。有名な旋律がオーボエの三宮正満によって吹かれますが、いつもの名人ぶりに比べると、少し響きに精彩がありません。オーボエは繊細な楽器なので、いつも絶好調とはいかないのですね。ともあれ、美しい旋律に心が和みます。
続いて、モテットのBWV 226、BWV 229、BWV 225。それぞれ、3曲、2曲、3曲から構成される小規模な合唱曲です。たしかに複雑な対位法の合唱が左右の合唱隊が入れ替わり歌いながら進行します。素晴らしい声楽の響きにうっとりと聴き入ります。コラールが歌われると、心が洗い清められる思いです。バッハのコラールの合唱の美しさは素晴らしいです。BCJの合唱はそれを見事に表現します。お葬式でこういう美しいコラールが歌われる胸がジーンと熱くなるでしょう。

今日は珍しくアンコール曲があります。今回のコンサートは今シーズンの定期演奏会の最後なので、シーズン全体のアンコールだそうです。また、今日のCTはヨーロッパで活躍している人でBCJに初登場なので、アルトのアリア1曲だけのカンタータ BWV53をやるとのこと。もっともこの曲はバッハの真作ではないことが分かっているそうです。ともあれ、CTのベンノ・シャハトナーは美しい歌声を聴かせてくれました。


今日のプログラムは以下です。


  指揮・チェンバロ:鈴木雅明
  ソプラノ:松井 亜希
  アルト:ベンノ・シャハトナー
  テノール:櫻田 亮
  バス:ドミニク・ヴェルナー
  オルガン独奏:鈴木 優人
  オーボエ:三宮正満、荒井豪、森綾香
  ヴァイオリン:若松夏美、高田あずみ
  ヴィオラ:秋葉美佳
  チェロ:山本徹
  ヴィオローネ:西澤誠治
  ファゴット:堂阪清高
  合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン


J. S. バッハ

ファンタジア ハ短調 BWV 562
《われらの悩みの極みにありて》BWV 641

詩編51編《消してください、いと高き主よ、私の罪を》BWV 1083
      〜ペルゴレージ《スターバト・マーテル》による〜

 《休憩》

カンタータ《わが片足すでに墓穴に入りぬ》BWV 156より〈シンフォニア〉
モテット《み霊はわれらの弱きを助けたもう》BWV 226
モテット《来ませ、イエスよ、来ませ》 BWV 229
モテット《主に向かいて新しき歌をうたえ》BWV 225

 《アンコール》

カンタータ《いざ打てかし、願わしき時の鐘よ》BWV 53(偽作、ゲオルク・メルヒオル・ホフマン作?)


最後に予習について、まとめておきます。

最初のファンタジア ハ短調 BWV 562は当初のプログラムで予告されていなかったので予習なし。《われらの悩みの極みにありて》BWV 641は以下のCDで予習をしました。

 アンジェラ・ヒューイット(ピアノ版) 2001年頃までに録音
 ロベルト・ケプラー(ジルバーマン・オルガン) 1966年頃の録音 フライブルク大聖堂
 マリー=クレール・アラン 1990年9月、アルクマール(オランダ)、聖ラウレント教会

本来はオルガンで弾かれるべきでしょうが、アンジェラ・ヒューイットのピアノの抒情的な思い入れには痺れます。


詩編51 BWV 1083は以下のCDで予習をしました。

 エマ・カークビー(ソプラノ)、ダニエル・テイラー(カウンターテノール)、シアター・オブ・アーリー・ミュージック 2006年2月 Chapelle Notre-Dame-de-Bon Secours, モントリオール, カナダ

古楽の名手、エマ・カークビーのソプラノが際立っています。なお、カークビーはペルゴレージの原曲も2度も録音しています。

追加でペルゴレージの原曲《スターバト・マーテル》も以下のCDで聴きました。

 バーバラ・ボニー、ショル、ルセ指揮ル・タラン・リリーク 1999年録音

バーバラ・ボニーの美しいソプラノが聴きものです。アンドレアス・ショルのカウンターテノールももちろん、美しいです。


カンタータ《わが片足すでに墓穴に入りぬ》BWV 156の〈シンフォニア〉は以下のCDで予習をしました。

 バティアシヴィリ、バイエルン放送室内管弦楽団 2013年12月 グリューンヴァルト、アウグスト・エファーディング・ホール

ヴァイオリンが旋律を奏でる編曲版です。バティアシヴィリの美しいヴァイオリンの音を堪能できます。


モテットのBWV 226、BWV 229、BWV 225は以下のCDで予習をしました。

 野々下由香里、松井亜希(ソプラノ)
 ダミアン・ギヨン(アルト)
 水越啓(テノール)
 ドミニク・ヴェルナー(バス)
 鈴木雅明(指揮)バッハ・コレギウム・ジャパン 2009年6月 神戸松蔭チャペル

何の不足もない演奏です。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       バッハ・コレギウム・ジャパン,  

瑞々しい感性の音楽に感銘:クァルテット・ベルリン=トウキョウ@鶴見サルビアホール 2020.2.13

クァルテット・ベルリン=トウキョウの演奏は2年前からこのホールで毎年、この時期に聴いていて、今回が3度目になります。ヴィオラが前回からグレゴール・フラーバルに代わりましたが、今回は前回と同じメンバーです。ヴィオラ以外の残りの3人は創設メンバーです。

彼らの演奏は2回聴いただけですが、すっかり、本格ファンになりました。彼らはベートーヴェンとシューベルトとハイドンというウィーンを軸にした音楽を聴かせてくれますが、そのどれもが1級品。第1ヴァイオリンの守屋剛志とチェロの松本瑠衣子の外声部がしっかりとした演奏で聴き応えがあります。今日のプログラムもハイドンから始まりますが、彼らのハイドンは素晴らしく、その活き活きとした表現は聴く者の心を躍らせてくれます。いっそのこと、ハイドンの全曲チクルスを聴かせてもらいたいくらいです。まあ無理ですが・・・。それにしても、今日のハイドンの弦楽四重奏曲 第30番Op.33-2 「冗談」は見事な演奏で、その演奏レベルが高いからこそ、この曲のユーモアが楽しめました。この曲はハイドンの《ロシア四重奏曲》という作品33の6曲の中の一つですが、素晴らしい傑作です。彼らの素晴らしい演奏のお蔭でハイドンの音楽の上質さを再認識させられました。2曲目のヴォルフの《イタリアのセレナード》も美しい演奏でした。

3曲目はシューベルトの弦楽四重奏曲 第12番「四重奏断章」です。前回弾いた第15番も素晴らしい演奏でしたが、今日の演奏も見事なシューベルトです。シュトルツ・ウント・ドランクを思わせる颯爽とした演奏で、さらにシューベルトの歌謡性もたっぷりと味わわせてくれる盤石の演奏です。シューベルトの全曲チクルスも聴きたくなります。彼らの表現する瑞々しいロマンは魅力的です。

後半のベートーヴェンの弦楽四重奏曲 第14番はベートーヴェンの全作品の中で、弦楽四重奏曲 第13番と並んで最高傑作であるとsaraiは常々思っています。そういう特別な曲ですが、クァルテット・ベルリン=トウキョウは何の不満もない立派な演奏で応えてくれました。とりわけ、第1楽章の抒情的で繊細さに満ちた演奏、第7楽章(終楽章)の雄々しくて、精神性の深い演奏は圧巻でした。彼らはさらなる上を目指してもらいたいものです。もっともっと弾ける筈です。次のコンサートでは第13番と大フーガに挑戦してくれるのでしょうか。

今日も室内楽を聴く喜びを味わわせてもらいました。クァルテット・ベルリン=トウキョウに感謝です。

今日のプログラムは以下です。

  弦楽四重奏:クァルテット・ベルリン=トウキョウ
   守屋剛志(vn) モティ・パヴロフ(vn) グレゴール・フラーバル(va) 松本瑠衣子(vc)

   ハイドン:弦楽四重奏曲 第30番 変ホ長調 Op.33-2 「冗談」
   ヴォルフ:イタリアのセレナード ト長調
   シューベルト:弦楽四重奏曲 第12番 ハ短調 D.703「四重奏断章」

   《休憩》

  ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第14番 嬰ハ短調 Op.131

   《アンコール》
    クルターク:ミハーイ・アンドラーシュへのオマージュ「弦楽四重奏のための12のミクロリュード」Op.13 より、第5番 Lontano, calmo, appena sentito
    ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第3番ニ長調Op.18-3 より、第4楽章 Presto

最後に予習について触れておきます。
1曲目のハイドンの弦楽四重奏曲 第30番Op.33-2 「冗談」は以下のCDを聴きました。

 ヴェラー弦楽四重奏団 1965~67年録音

1960年代のウィーン・フィルのコンサートマスターだったワルター・ヴェラーを中心にしたウィーン・フィル団員のカルテットが演奏したものです。非の打ち所がない見事なハイドンです。


2曲目のヴォルフの《イタリアのセレナード》は以下のCDを聴きました。

 ハーゲン・カルテット 1988年録音

ヤナーチェクのアルバムに一緒に録音されたものです。


3曲目のシューベルトの弦楽四重奏曲 第12番「四重奏断章」は以下のCDを聴きました。

 エマーソン・カルテット 1996年録音
 リンゼイ弦楽四重奏団(リンゼイズ) 1988年12月12日-15日 キャッスルトン・パリッシュ教会、シェフィールド、英国

いずれもそれぞれの四重奏団の特徴を生かした素晴らしい演奏。


4曲目のベートーヴェンの弦楽四重奏曲 第14番は以下のCDを聴きました。

 リンゼイ弦楽四重奏団(リンゼイズ) 2001年6月25日-27日 聖トリニティ教会、ウェントワース、ヨークシャー、英国
 ブッシュ四重奏団 1936年

ステレオなら、このリンゼイズ、モノラルなら、ブッシュ四重奏団がこの曲の最高の演奏だとsaraiは確信しています。その深い味わいには感銘を覚えるのみです。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

フランソワ=グザヴィエ・ロト・・・鮮やかな手腕で趣味のよさが光る天才的な指揮 東京都交響楽団@東京文化会館大ホール 2020.2.3

都響の東京文化会館定期演奏会は次々と超一流の指揮者が登場。アラン・ギルバートも素晴らしかったですが、今回のフランソワ=グザヴィエ・ロトはその天才ぶりが光ります。都響には2回目の出演ですが、前回の初登場では、ポスト・ピリオド時代の旗手として、強烈な印象を残してくれました。ある意味、クルレンツィスと共にsaraiが最も注目している指揮者です。手兵のレ・シエクルを引き連れてきた来日公演でのストラヴィンスキーのバレエ音楽《春の祭典》は凄まじい迫力の音楽でした。で、今回のコンサートですが、saraiの期待を裏切らない素晴らしい演奏でした。前半のフレンチ・バロックの精度の高い音楽、そして、圧倒的だったのは後半のラヴェルの《ダフニスとクロエ》です。1時間近い全曲を高い緊張感を保ちつつ、ラヴェルらしいピュアーな音色で魅了してくれました。saraiは初めて、この曲の魅力が分かりました。普通はこういう曲は寝落ちしますが、その演奏の魅力に惹き込まれて、集中して聴くことができました。都響もノンビブラートの美しいアンサンブルでパーフェクトに思える演奏でしたし、何より、彼ら自身が楽しんで演奏していることが伝わってきました。弦楽セクションと木管セクションの演奏は見事でした。フルートの柳原祐介の演奏には痺れました。聴きどころは満載で、書き切れませんが、《ダフニスとクロエ》第3部の何とも美しい演奏には感動しました。もちろん、終結部のまるでダッタン人の踊りを思わせる部分の大迫力は誰もが感銘を受けたことでしょう。合唱の栗友会合唱団の健闘も称えたいと思います。いやはや、素晴らしかった!!

フランソワ=グザヴィエ・ロトはこれで3回聴いたことになりますが、今年は4月末のウィーンでも聴く予定です。ウィーン交響楽団に客演して、ウェーベルン/ベルク/シェーンベルクを聴かせてくれます。絶対に素晴らしい演奏になることを確信しています。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:フランソワ=グザヴィエ・ロト
  合唱:栗友会合唱団
  管弦楽:東京都交響楽団  コンサートマスター:矢部達哉

  ラモー:オペラ=バレ『優雅なインドの国々』組曲
   第1曲 ヘーベーとその一行の登場
   第2曲 第1&第2リゴードン
   第3曲 第1&第2タンブーラン
   第4曲 未開人たちの踊り
   第5曲 シャコンヌ

  ルベル:バレエ音楽《四大元素》
   第1曲 カオス         
   第2曲 第1ルール「土と水」   
   第3曲 シャコンヌ「火」    
   第4曲 さえずり「空気」    
   第5曲 夜うぐいす       
   第6曲 第2ルール「狩り」
   第7曲 第1&第2タンブーラン
   第8曲 シシリエンヌ
   第9曲 ロンド―「愛の妖精のための歌」
   第10曲 カプリス


   《休憩》

  ラヴェル:バレエ音楽《ダフニスとクロエ》(全曲:第1部、第2部、第3部)


1曲目のラモーの『優雅なインドの国々』組曲を予習したCDは以下です。

 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮ラ・シャペル・ロワイヤル  1983年6月 セッション録音

素晴らしいとまでは言えませんが、水準以上の演奏です。

 
2曲目のルベルのバレエ音楽《四大元素》を予習したCDは以下です。

 ジョルディ・サヴァール指揮ル・コンセール・デ・ナシオン 2015年7月19日、ナルボンヌ(フランス)、フォントフロイド修道院 ライブ録音
 
これは素晴らしい演奏です。


3曲目のラヴェルのバレエ音楽《ダフニスとクロエ》(全曲)を予習したCDは以下です。

 フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮ル・シエクル、アンサンブル・エデス(合唱) 2016年録音
 ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団 1959年録音

ロト指揮ル・シエクルのCDはこの曲の世界初のピリオド楽器録音ですが、あまり、そういうことは感じさせない演奏で素晴らしい音楽を展開しています。モントゥーはこの曲の初演を行った指揮者ですが、さすがに手の内にはいった演奏は素晴らしいです。初演後、47年後の録音でオーケストラも異なりますが、新鮮な演奏で深くスコアを読み込んだことが感じられます。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!








テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       ロト,  

庄司紗矢香の空前絶後のショスタコーヴィチに驚愕! サロネン&フィルハーモニア管弦楽団@東京芸術劇場 2020.1.28

物凄い演奏! 終始、緊張感高い演奏に集中させられました。庄司紗矢香の表現する魂の声にただただ、共感するのみです。第1楽章は暗く重い表現かと思いきや、幽玄たる夜の歌です。庄司紗矢香は己の心の中に入り込んで、その魂の声を探るような雰囲気ですが、その心を我々聴衆にも開いてくれます。ショスタコーヴィチのこの音楽がこれほどの深さを持って奏でられたことがあるでしょうか。彼女とともに深い感動を味わいます。第2楽章は一変して、激しい突っ込みの音楽ですが、単なる心地よい音楽ではなく、そこにはある種の感動があります。強い気持ちで邁進していく音楽に途轍もない感動を覚えて、涙が滲みます。音楽的に頂点を形作ったのは第3楽章です。オーケストラの宗教的なコラール風のフレーズに続いて、庄司紗矢香のヴァイオリンが奏でるのは祈りの音楽です。どこか哀しみのある祈りは一体、何に対するものでしょう。祈りであり、哀歌でもあります。その音楽が高潮していくと、祈りをも超越したスケールの大きな魂の高揚に至ります。ショスタコーヴィチはこんなに凄い音楽を書いていたことに初めて気づかされます。そして、この楽章は長いカデンツァでしめくくられます。ショスタコーヴィチの魂の声、庄司紗矢香の魂の声、saraiの魂も共鳴します。バッハの無伴奏、バルトークの無伴奏にも匹敵する無明の音楽ですが、この音楽にはわずかな色が感じられます。庄司紗矢香の完璧なヴァイオリン独奏はカデンツァ終盤で頂点に上り詰めて、そのまま、第4楽章に突入します。再び、何かと戦うように突進が始まります。凄まじい気魄で庄司紗矢香のヴァイオリンは突き進みます。大変な感動の中、圧巻のフィナーレ。
これほどの感動、そして、緊張感の高い音楽を聴いたのは、生涯でも数度の経験です。もはや庄司紗矢香は世界の音楽界の頂点に君臨すると言っても過言ではないでしょう。彼女のヴァイオリンは長く聴き続けていますが、これほどの逸材に上り詰めるとは想像もできませんでした。天才が血の滲むような努力の末の結果でしょう。彼女のこういう姿を生きているうちに聴くことができて、満足感と幸福感に酔い痴れています。

それにしても、庄司紗矢香はいつもよりもふっくらした顔で、これまでの可愛らしさをかなぐり捨てた、物凄い形相でヴァイオリンを奏でました。ある意味、かってのチョン・キョンファを思い出します。見かけの美しさは悪魔にでも売って、すべてを音楽に捧げ尽くすといった究極の演奏家の姿です。彼女はこれから、どれほどの音楽的な高みを目指すのでしょう。空恐ろしいほどの予感に目が眩む思いです。

と、ここまでは帰りの電車の中で書きました。究極の演奏が心に留まっているうちにその高揚感を書き綴っておきたかったからです。少々、表現が上滑り気味ですが、ご容赦ください。

今年でフィルハーモニア管弦楽団の音楽監督を完了するサロネンについても少し触れておきましょう。凄過ぎる庄司紗矢香のヴァイオリンにふさわしい指揮をサロネンは披露してくれました。オーケストラを抑え気味に庄司紗矢香のヴァイオリンを引き立てながらも、ショスタコーヴィチのオーケストラパートも申し分のないドライブで見事な指揮でした。さすがです。

1曲目のシベリウスはまるで交響曲の第1楽章を聴いたような素晴らしい演奏。サロネンのシベリウスはいつも最高です。

プログラム後半のストラヴィンスキーのバレエ音楽『火の鳥』は組曲版ではなく、1910年原典版で全曲が演奏されました。さすがに長いし、バレエももちろん、ありませんが、サロネンの指揮は素晴らしく、フィルハーモニア管弦楽団の能力以上のものを引き出していました。特に後半にかけての迫力ある演奏は素晴らしいものがありました。言い古された表現ながら、色彩感あふれる演奏とはこのような演奏を表現するものでしょう。客席にいたバンダの演奏効果は見事でした。これでトゥッティのアンサンブルがピタッとはまっていれば完璧でしたが、まあ、そこまではね。


今日のプログラムは以下のとおりです。

  指揮:エサ=ペッカ・サロネン
  ヴァイオリン:庄司紗矢香
  管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団

  シベリウス:交響詩『大洋の女神』Op. 73
  ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 Op. 77
   《アンコール》シベリウス:水滴

   《休憩》

  ストラヴィンスキー:バレエ音楽『火の鳥』全曲 1910年原典版

   《アンコール》
    ラヴェル:《マ・メール・ロワ》より、《妖精の園》


最後に予習について、まとめておきます。

シベリウスの交響詩『大洋の女神』を予習したCDは以下です。

  パーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団 1972年 セッション録音

シベリウスはやはり、ベルグルンドが最高です。新鮮で瑞々しい演奏です。


ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番を予習したCDは以下です。

  リサ・バティアシュヴィリ、エサ=ペッカ・サロネン指揮バイエルン放送交響楽団 2010年5月 ミュンヘン、ヘルクレスザール セッション録音
  ヒラリー・ハーン、マレク・ヤノフスキ指揮オスロ・フィルハーモニー管弦楽団 2002年、オスロ セッション録音

バティアシュヴィリの美しい響きの演奏は完璧に思えました。しかし、22歳のヒラリー・ハーンの演奏を聴くと絶句します。そのクールな演奏はこの曲の真髄の迫るものに思えました。ヒラリーの青春の残像です。しかし、この2つの素晴らしい演奏に対して、今日の庄司紗矢香の演奏は遥かに凌駕するものでした。初演したオイストラフと比べてみたくなります。後で聴いてみましょう。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽『火の鳥』を予習したCDは以下です。

  フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮レ・シエクル 2010年10月2日,パリ,シテ・ド・ラ・ミュジーク、10月9日,ラン大聖堂 ライヴ録音

ピリオド楽器で演奏された驚きの録音ですが、今や、この演奏が決定盤と言っても差し支えないでしょう。素晴らしい演奏、響きです。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

       庄司紗矢香,  

「ダントンの死」の3重の意味に共感 飯森範親&東京交響楽団@サントリーホール 2020.1.25

飯森範親の東響での指揮及びプログラムはいつも超挑戦的です。今回も前半のプログラムは日本初演2曲と準日本初演1曲という凄い選曲。準日本初演になったのは、1曲目のラッヘンマンのマルシェ・ファタールですが、これは昨年の11月30日、広島交響楽団がアンコール曲として日本初演したばかりです。そのときの指揮は2018年1月1日(つまり、ニューイヤーコンサート)に世界初演したカンブルランだったそうです。ですから、本編、あるいは東京での初演は今日の演奏だということになります。
また、前回、飯森範親の指揮で東響のコンサートを聴いたのは1年半前ですが、そのときはウド・ツィンマーマンの歌劇「白いバラ」の日本初演でした。その演奏のとても素晴らしい出来に大変な感銘を受けました。そのときのソプラノは今日も登場する角田祐子です。飯森範親と角田祐子のコンビはドイツ系の野心作にいつも挑戦してくれます。それもとびっきりのレベルでね。

さて、前置きはそのくらいにして、今日の演奏内容に触れてみましょう。最初のラッヘンマンのマルシェ・ファタールですが、ラッヘンマンと言えば、難解な現代音楽の作曲家。以前、アルディッティ・カルテットの演奏で弦楽四重奏曲を聴いたときはsaraiはまったく分からなくて、手も足も出ずに完敗したという苦い記憶があります。曲名のマルシェ・ファタールですが、連想するのはファム・ファタール(運命の女)。運命の行進曲って何?と思いますが、どうやら、命がけの行進曲とか、命取りのマーチとか訳すようです。それでも意味不明です。実際の音楽を聴くと、一見、調性のあるフツーの行進曲に聴こえます。ラッヘンマンもポストモダン風に変節したのかと思いますが、さすがに色々な仕掛けがあります。実はsaraiと配偶者の席の横2席が空席だったのですが、開演前にスタッフが来て、その席をおろして座れる状態にしていきました。その謎の状況に首を捻っていたんです。何か理由があるなら、我々に一言断ってくれてもいんじゃないかと思っていました。その理由が判明したのはこのマルシェ・ファタールの演奏中のことです。指揮していた飯森範親が突如、指揮をやめて、ステージから降りてきます。その意味はプログラムの解説で分かっていました。レコードの針が飛んで、同じ個所を何度も繰り返すように、この曲も部分的に永久ループに陥るところがあって、指揮者はそのときに持ち場を離れるということです。飯森範親はつかつかと我々の席に近づいてきます。そうなんだ・・・彼が横の空席に座るんだと思った瞬間、彼は何とそこに座らずに一つ後ろの席の座面をおろして座ります。彼は座る席を間違えたんです。→ 飯森範親殿、あなたはミスしましたよ!
しばらくして、彼はご丁寧に席の座面を上げて、舞台に戻っていき、永久ループを解きました。何とね・・・。
この曲はその後、予告通り、リストの《愛の夢第3番》のテーマ、そして、ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》の愛の動機を奏でて、終わります・・・いや、終わっていない・・・飯森範親が変なおもちゃの笛を吹いて、こんな行進曲は茶番だったことを宣言して、最終完了。難解なラッヘンマンが妙に分かりやすい曲を書いてくれたのはよいのですが、複雑な思いです。ラッヘンマンは変わってしまったのでしょうか。ところでこの曲名の意味は、ナチスが戦意高揚に用いた行進曲を作曲家が命がけの思いで、ちゃんとした聴ける音楽に書き変えて、行進曲としての本来の価値をなしくずしにしたということのようです。再び、世界中に聞こえてきた戦争の足音へのアンチテーゼなのでしょうか。飯森範親がこの曲を取り上げた意味は、前回の歌劇「白いバラ」と同様に、我が日本の昨今の政治状況やナショナリズムの台頭への警鐘なのでしょうか。

2曲目と3曲目はいずれも「ダントンの死」にまつわるオペラ作品から取り出した音楽で、続けて演奏されます。ジョルジュ・ダントンはフランス大革命の立役者の一人ですが、同じくフランス大革命の立役者のロベスピエールが宿敵となり、ギロチンの露と消えてしまいます。そのダントンの死を扱った文学作品は多く、19世紀のドイツの革命詩人ゲオルク・ビュヒナーが書いた戯曲『ダントンの死』もその一つです。オーストリアの20世紀の作曲家ゴットフリート・フォン・アイネムが第2次世界大戦後、すぐにオペラ化して、1947年のザルツブルク音楽祭で初演して、大成功を収めました。ナチスの扇動で洗脳された社会の恐怖をフランス大革命時の恐怖政治と重ね合わせたオペラはその時、実にリアルだったようです。時は移り、21世紀は決してバラ色の世界とは言えない状況です。ドイツ新時代の作曲家ヴォルフガング・リームは再び、ビュヒナーの戯曲『ダントンの死』の最終場面をテキストとして、ソプラノとオーケストラのための情景《道、リュシール》を書き上げました。ダントンの同僚カミーユ・デムーランもギロチンにかけられますが、夫の死刑を目の当たりにした妻リュシール・デュプレシが狂気にかられていく様が描かれています。その凄まじい音楽は現在を生きる我々も限界状況にあって、扇動と恐怖によって、滅びの道を歩んでいることを告発しているかの如くです。飯森範親の卓抜なプログラムの設定によって、フランス大革命の狂気、ナチスの犯罪的な戦争と恐怖、現代の滅びの道に至る扇動やナショナリズムの狂気が3重の意味を持って、我々、聴衆に迫ってきます。ギロチン台を前にしたリュシールが最後に放つ言葉は《Es Lebe der König:国王万歳!》 革命に身を投じていたリュシールは革命に異議を唱えたのではなく、革命の持つ狂気にアンチテーゼを放ったものです。リュシール役の角田祐子はこの言葉をピアニッシモではなく、かと言ってフォルッティシモでもなく、微妙にピアニッシモのニュアンスを含んだフォルッティシモで投げかけることで戦慄を覚えさせることに成功しました。飯森範親がこの2曲で表現したかったのは、ラッヘンマンのマルシェ・ファタールと同じく、我が日本への憂慮であったことは明白です。彼の強い気持ちを汲み取りつつ、音楽のチカラが何かを変えられることを信じましょう。

このままで終われない飯森範親は後半のプログラムにR.シュトラウスの家庭交響曲を持ってきました。R.シュトラウスの晩年の名作、オペラ《ダナエの愛》を思わせる情感を感じさせるものがこの作品に芽生えていることに気づかされました。殺伐とした時代への救いは、家庭へのほのぼのとした情愛であることを飯森範親は語りたかったのでしょうか。実際、そういう音楽作りを目指しているように思えました。それにしても、日本のオーケストラもこの難しいR.シュトラウスのオーケストラ曲を見事に演奏してくれます。東響のアンサンブル力の飛躍には目をみはるものがあります。コンマスのニキティンのソロも素晴らしかったです。先の見えない社会状況ですが、少なくとも、日本の音楽力のジャンプアップだけは信じられる未来です。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:飯森範親
  ソプラノ:角田祐子
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:グレブ・ニキティン

  ラッヘンマン:マルシェ・ファタール
  アイネム:「ダントンの死」管弦楽組曲 Op.6a(日本初演)
  リーム:道、リュシール(日本初演)

   《休憩》

  R.シュトラウス:家庭交響曲 Op.53


予習ですが、ラッヘンマンとアイネムは以下のYOUTUBEで聴きました。リームは音源が見つからず、予習なし。

 ラッヘンマン https://www.youtube.com/watch?v=u-gI9u-bjHo カンブルラン指揮シュトゥットガルト州立管弦楽団(世界初演)
 アイネム https://www.youtube.com/watch?v=iDbTr6u5wis マイスター指揮ウィーン放送交響楽団


R.シュトラウスの家庭交響曲を予習したCDは以下です。

 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル 1944年1月12日、旧フィルハーモニー・ホール爆撃前最後のコンサートのライヴ録音 フルトヴェングラー 帝国放送局 (RRG) アーカイヴ 1939-45
 ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団 1964年 セッション録音
 ルドルフ・ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン 1972年 セッション録音 R.シュトラウス:交響曲・管弦楽曲・協奏曲全集

 
フルトヴェングラーの凄まじくロマン濃い演奏に圧倒されます。2018年末に出た帝国放送局 (RRG) アーカイヴのハイレゾの音質は驚異的です。ついでに聴いたブラームスの交響曲第4番はsaraiが生涯で聴いた最高の演奏です。その素晴らしさに嗚咽してしまいました。このアーカイヴは既に聴いたものも多いのですが、ハイレゾの最高の音ですべて聴き直しましょう。
セルもケンペもそれぞれ素晴らしい演奏です。何の文句もありません。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

自然なモーツァルトの響きにほのぼの・・・佐藤俊介&東京交響楽団:モーツァルト・マチネ 第39回@ミューザ川崎シンフォニーホール 2020.1.18

今日は朝11時からのミューザ川崎でのモーツァルト・マチネ。朝が弱いsaraiには結構きつい時間帯のコンサートです。でも、今日のモーツァルト・マチネは海外で活躍中の佐藤俊介の自然なスタイルの指揮とヴァイオリンにほっこりしました。一部、寝落ちしましたが、それほど心地よかったということです。

モーツァルト・マチネと言いながら、今日の前半のプログラムはモーツァルトと親交のあった作曲家の作品です。

まず、C. P. E. バッハのシンフォニアです。C. P. E. バッハと言えば、つい最近まで当ブログで書いていたハンブルク散策の中で訪れた聖ミヒャエル教会の地下に埋葬されている大バッハの次男ですね。彼の作品はほとんど聴いたことがありません。父親の大バッハとはまるで傾向の違う作品を書いていたんですね。北ドイツのハンブルクで書かれた作品とは言え、随分、イタリア風のテーストが感じられました。力強いパートと繊細で優しいパートが交互に入れかわるという感じの音楽を丁寧に、それでいて、さらっと演奏してくれました。

次はトーマス=リンリーJr.のヴァイオリン協奏曲です。佐藤俊介のさりげないヴァイオリンの演奏がバロック風の典雅な雰囲気を心地よく感じさせてくれました。短い第2楽章のしみじみとした抒情が印象的でした。

後半は10代のモーツァルトが作曲した作品です。前の2曲とほぼ同時代に作曲されたものですが、時代をリードしていくモーツァルトの天才ぶりがうかがえて、とても興味深いです。

まず、交響曲 第26番です。イタリア旅行の直後に書かれたものでイタリア風の作風になっていますが、既にモーツァルトの才が光っています。この曲を実演で聴くのは初めてです。コンパクトな作品が軽妙に演奏されました。

最後は、ヴァイオリン協奏曲 第1番です。これはとても颯爽とした美しい演奏でした。佐藤俊介のヴァイオリンの演奏が光りましたが、決して、古典の枠からは外れない節操のある自然な演奏が印象的でした。

現代はモーツァルトの作品の表現の幅が広く、色んなスタイルの演奏が楽しめます。今日の演奏はピリオド的な表現スタイルでしかも地味とも思える演奏でしたが、その丁寧で誠実な演奏は好感を持てるものでした。オランダ・バッハ協会の音楽監督として、活躍する佐藤俊介の実力が十分に発揮されたものでした。なお、彼の演奏を聴くのは今日が初めてです。


今日のプログラムは以下です。

  指揮/ヴァイオリン:佐藤俊介
  管弦楽:東京交響楽団 コンサートマスター:田尻順

  C. P. E. バッハ:シンフォニア 変ホ長調 Wq. 183/2, H. 664
  トーマス=リンリーJr.:ヴァイオリン協奏曲 ヘ長調
  モーツァルト:交響曲 第26番 変ホ長調 K. 184/161a
  モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第1番 変ロ長調 K. 207

   休憩なし


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のC. P. E. バッハのシンフォニアを予習したCDは以下です。

 カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団 1969年7月、ミュンヘン、ヘラクレスザール セッション録音

手堅い演奏。文句なし。


2曲目のトーマス=リンリーJr.のヴァイオリン協奏曲を予習したCDは以下です。

 エリザベス・ウォルフィッシュ、ピーター・ホルマン指揮パーリー・オブ・インストゥルメンツ

なかなかの好演です。特にエリザベス・ウォルフィッシュのヴァイオリンが素晴らしく美しい演奏です。


3曲目のモーツァルトの交響曲 第26番を予習したCDは以下です。

 ジェイムズ・レヴァイン指揮ウィーン・フィル 1984-1990年 ウィーン、ムジークフェラインザール セッション録音

レヴァインがウィーン・フィル初のモーツァルト交響曲全集として取り組んだもの。もちろん、とても美しい演奏です。


4曲目のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲 第1番を予習したCDは以下です。

 アンネ=ゾフィー・ムター(ヴァイオリンと指揮)ロンドン・フィル 2005年7月、ロンドン、アビーロード第1スタジオ セッション録音

ムターのモーツァルトの演奏はひそかに愛好していますが、この曲はちょっと合わなかったかもしれません。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

どこか温もりを感させるヴィルサラーゼのピアノを堪能@浜離宮朝日ホール 2020.1.17

たった1台のピアノで奏でる音楽が好きです。ピアノ・リサイタルを開くピアニストは誰でも素晴らしい音楽を聴かせてくれます。超一流のピアニストだけでなく、広く聴きたいと思いますが、まあ、そうもいきません。膨大な数のピアノ・リサイタルが日々、開かれています。今日はロシアを代表するピアニストの一人、エリソ・ヴィルサラーゼのピアノ・リサイタルに足を運びました。前から気になっていたピアニストですが、これが初聴きになります。もっともCDではシューマンなどを聴いていました。

会場はほぼ満席。sarai同様、ピアノのファンは多いですね。熟年のヴィルサラーゼが黒づくめのいでたちで登場。黒髪の彼女はピアノも含めて、漆黒の舞台を作り上げます。椅子に座ると、間を置かないで、鍵盤を叩き始めます。

プログラム前半はロシアもの。まず、チャイコフスキーの四季です。てっきり、全12曲弾くのかと思っていたら、1月から8月までの8曲だけに絞るそうです。プログラム全体の長さを考慮したのでしょう。有名な6月《舟歌》はちゃんと弾かれるのでいいでしょう。10月《秋の歌》が聴けないのがちょっと残念です。
安定した響きの演奏です。指慣らし程度の演奏かと思っていたら、きちんと熱の入った本格的な演奏です。あまり、ロシアを前面に出したような演奏ではなく、ピュアーなピアノで真摯な音楽を奏でていきます。どこか人間の温かみを感じさせる演奏にぐっと惹き入れられます。やはり、有名な6月《舟歌》は見事な演奏でチャイコフスキーの美しい旋律美を堪能させられます。全12曲でないのは残念ですが、素晴らしい8曲の演奏に満足。

次はプロコフィエフ。サルカズム5曲とトッカータが続けて演奏されます。同じロシアものと言ってもチャイコフスキーとプロコフィエフはまったく別物です。ロマンの香りのするチャイコフスキーに対して、プロコフィエフはモダンで先鋭的です。激しいリズムで超絶技巧の作品をヴィルサラーゼはなんなく弾きこなします。超絶的な演奏ではありますが、テクニシャンが陥りやすい無機的で音楽的内容に乏しい演奏とは一線を隔して、ここでも、どこか温もりのある音楽を聴かせてくれます。それでも、迫力のあるピアニズムはさすがネイガウス門下であることを思い起こさせます。カミソリのような切れ味鋭いピアノではなくて、たっぷりとしたピアノの響きを聴かせながらも怒涛のダイナミズムのピアノの演奏でした。うーん、素晴らしいプロコフィエフです。

後半はヴィルサラーゼの得意とするシューマンです。
まずはノヴェレッテンの第8曲。なかなかの大曲です。複雑な作品ですが、旋律線を明確にして、よく整理された演奏です。素晴らしいシューマンです。満足、満足。

最後はシューマンの傑作中の傑作、幻想曲。第1楽章が出色の出来でした。ともかく、ここでも明確な旋律線。シューマンでここまで明確に弾き切るのは至難の業でしょう。と言っても、シューマンらしいロマンと展開の意外性が損なわれているわけではありません。ヴィルサラーゼならではのシューマンがここでは聴かれます。ちょっと不満があったのは第3楽章です。よいところはここでも明確さですが、鳴らし過ぎの感は否めません。このあたりは趣味の問題かもしれませんが、saraiとしてはこの第3楽章は密やかに静謐に音楽を奏でてもらいたいんです。ホールの後方の席で聴けば、また、印象が違ったかもしれません。昨年聴いた田部京子やザルツブルク音楽祭で聴いたアンドラーシュ・シフの素晴らしい第3楽章のイメージが忘れられません。

と言うことで、シューマンの幻想曲の第3楽章を除けば、チャイコフスキーもプロコフィエフもシューマンも第1級の出来でした。アンコール曲は本編と関係なしに何とショパン。特に最後の華麗なる大円舞曲が素晴らしい演奏。あまりショパン好きではありませんが、思わず聴き惚れてしまいました。


今日のプログラムは以下です。

  ピアノ:エリソ・ヴィルサラーゼ
 
  チャイコフスキー:四季 Op. 37bより 1月~8月
  プロコフィエフ:風刺(サルカズム) Op.17
   ニ短調 Op.11

  《休憩》

  シューマン:8つのノヴェレッテ Op.21より第8番嬰へ短調
  シューマン:幻想曲 Op. 17

  《アンコール》
   ショパン:マズルカ 第45番(遺作) Op.67-4 イ短調
   ショパン :華麗なる大円舞曲 第2番 Op.34-1 変イ長調


最後に予習について、まとめておきます。

チャイコフスキーの四季を予習したCDは以下です。

 ミハイル・プレトニョフ 1994年1月 アビー・ロード第1スタジオ、ロンドン セッション録音

あんまり、プレトニョフのピアノは聴いていませんが、刮目するような演奏です。一度、実演を聴いてみたくなります。


プロコフィエフの風刺(サルカズム)を予習したCDは以下です。

 ヴァレリー・アファナシエフ 2017年7月3-5日 フェストハレ、フィアゼン、ドイツ セッション録音

アファナシエフの『テスタメント(遺言)』と題された6枚組の超弩級のボックス・セットに含まれた録音です。2017年にハイドン、ベートーヴェン、シューベルト、シューマンという独墺音楽のほか、ビゼー、フランク、ドビュッシーというフランス音楽、そして、プロコフィエフが録音されました。凄い演奏です。アファナシエフも縁がなく、聴き逃がしているピアニストです。一度はチケットを買いましたがヨーロッパ遠征のスケジュールと重なったため、聴けませんでした。早々に実演に駆け付けましょう。


プロコフィエフのトッカータを予習したCDは以下です。

 マルタ・アルゲリッチ 1960年7月 ハノーファー セッション録音

アルゲリッチのデビュー・アルバムの中の1曲。何と颯爽としているんでしょう。


シューマンの8つのノヴェレッテを予習したCDは以下です。

 伊藤恵 シューマニアーナ6 1995年5月 埼玉アーツシアター セッション録音

伊藤恵の重厚でしっかりしたシューマンは聴き応え十分。


シューマンの幻想曲を予習したCDは以下です。

 伊藤恵 シューマニアーナ5 1993年9月 田園ホール・エローラ(松伏町中央公民館)、埼玉県北葛飾郡 セッション録音
 アンドラーシュ・シフ 2010年6月20日-22日 コンツェルトザール、ノイマルクト、ドイツ セッション録音

伊藤恵の素晴らしいシューマン! そして、それ以上に素晴らしいシフのシューマン! もちろん、今回は聴きませんでしたが、リヒテルの名演も忘れてはいけません。田部京子も是非、録音してほしいものです。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

新年は意欲的なプログラムでスタート 下野竜也&読売日本交響楽団@サントリーホール 2020.1.15

今年初めてのコンサートはやっぱりサントリーホール。昨年最後のコンサートもサントリーホールでした(みなとみらいホールのジルヴェスターコンサートは除いて)。昨年はサントリーホールに23回通いました。ほぼ月2回のペースですね。

ともあれ、今日のコンサートは実に意欲的なプログラム。ショスタコーヴィチを除けば、あまり、コンサートで取り上げられない作曲家、ジョン・アダムズ、モートン・フェルドマン、ソフィア・グバイドゥーリナという面々です。にもかかわらず、サントリーホールがそうガラガラというわけではないのが、東京のクラシックファン人口の層の厚さです。

最初のショスタコーヴィチのエレジーは、歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の第1幕でタイトルロールのカテリーナが歌うアリアをもとに弦楽四重奏用の作品にしたものです。実に哀愁あふれる作品です。今日はそれが弦楽合奏で演奏されました。2017年のザルツブルク音楽祭でこの歌劇を聴いた記憶が鮮明に蘇ります。昨年末に亡くなったヤンソンスの素晴らしい指揮でした。今日の演奏はしっとりと抑えた演奏で静謐な雰囲気が醸し出され、オペラとはまた違った感銘を与えてくれました。終盤の第2ヴァイオリン、チェロ、ビオラの首席のソロの3重奏は美しく、印象的なものでした。コンミスの日下紗矢子がリードした第1ヴァイオリンの密やかな合奏も見事で魅了されました。下野竜也の丁寧でよく考えられた音楽作りが光った一品です。

次はポスト・ミニマルの旗手であるアメリカの作曲家ジョン・アダムズのサクソフォン協奏曲。人気の若手サクソフォン奏者、上野耕平の登場です。ポスト・ミニマルの音楽は音型の厳密な反復のミニマル音楽を自由なロマン的要素を加えたものですが、この曲はミニマル音楽とサクソフォンのジャズ的な要素をかけ合わせた斬新なものです。上野耕平の見事なサックスが炸裂した素晴らしい演奏でしたが、それを認めた上で、もっとフリージャズ的な奔放さも聴きたかったというのが正直な感想です。終盤の熱い盛り上がりには興奮させられましたけどね。

休憩後の後半の2曲はいずれも日本初演という意欲的なプログラム。
まずはアメリカの作曲家、モートン・フェルドマンのOn Time and the Instrumental Factor。先ほどのポスト・ミニマルや最近のロマン的傾向の調性を感じさせる現代音楽とは一線を隔する厳しい音楽です。調性どころか、無調の音列的な要素も排除し、ただただ、音の響きと無音を繰り返し、スタティックな音場を現出させるのみ。これを退屈と見るか、修行の道と思うか、難しいところです。甘い傾向に流れがちの最近の現代音楽へのアンチ・テーゼとしては、刺激的ではあります。演奏自体は読響の優秀なアンサンブルの美しい響きが素晴らしいものでした。ただ、下野竜也のきっちり拍を刻む指揮は視覚的にはちょっと面白くない感じ。演奏上は必要なんでしょうが、どうにかならないものかな。まあ、見なければいいんですけどね。

最後は近年、その名を聞くことが多くなったロシアの作曲家ソフィア・グバイドゥーリナの《ペスト流行時の酒宴》の日本初演です。実はグバイドゥーリナの音楽を聴くのは初体験なんです。今日の演奏にはいたく刺激を受けました。冒頭の金管のモティーフが全曲に渡り、登場しますが、その変幻自在ぶりに次第に心を惹かれていきます。終盤の高潮とあっけない結末に心躍るものがありました。これまで聴いた経験のない方向性の音楽に強い興味を感じさせられました。ところで曲の後半に電子音楽(テープ音楽)がオーケストラの響きに重なってきます。とても短いフレーズが何度も流れます。指を折って、カウントしましたが、プログラムの解説通り、16回登場しました。このテープ音が違和感なく、オーケストラの響きに和しているのに驚きます。サイモン・ラトルやヤンソンスがこの曲を何度も取り上げているのが何となく理解できました。今後、世界のオーケストラの定番曲のひとつになるかもしれませんね。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:下野竜也
  アルトサクソフォン:上野耕平
  管弦楽:読売日本交響楽団 日下紗矢子(コンサートミストレス)

  ショスタコーヴィチ:エレジー(シコルスキ編の弦楽合奏版)
  ジョン・アダムズ:サクソフォン協奏曲
   《アンコール》テュドール:クウォーター・トーン・ワルツ

   《休憩》

  フェルドマン:On Time and the Instrumental Factor(日本初演)
  グバイドゥーリナ:ペスト流行時の酒宴(日本初演)

最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のショスタコーヴィチのエレジーを予習したCDは以下です。

 アレクセイ・ウトキン指揮(およびオーボエ) エルミタージュ室内管弦楽団  2004年10月 2005年2月 モスクワ演劇学校、ロシア放送局第5スタジオ、モスクワ セッション録音

独奏オーボエと弦楽合奏のための編曲版です。オーボエが歌うように演奏しています。美しい演奏です。


2曲目のジョン・アダムズのサクソフォン協奏曲を予習したCDは以下です。

 ティモシー・マカリスター(Sax)、デイヴィッド・ロバートソン指揮セント・ルイス交響楽団 2013年10月5-6日 パウウェル・ホール、セント・ルイス
 
作曲された年に早くも録音されたものです。ジャズっぽいサクソフォンの演奏が光っています。


3曲目のフェルドマンのOn Time and the Instrumental Factorを予習したCDは以下です。

 ブラッド・ラブマン指揮ベルリン・ドイツ交響楽団 2009/10年録音

この曲の初録音盤です。演奏の良し悪しは判断できません。


4曲目のグバイドゥーリナのペスト流行時の酒宴を予習したCDは以下です。

 マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団 2011年10月21日 アムステルダム、コンセルトヘボウ ライヴ録音
 
昨年末に亡くなったヤンソンスのコンセルトヘボウ管 首席指揮者勇退記念リリースのライヴ放送録音集1990-2014(CD13枚、DVD1枚)の中から、聴きました。ショスタコーヴィチを始め、ロシアものの演奏は見事でしたが、この演奏もそのひとつ。



↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね

 いいね!








テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

人気ランキング投票、よろしくね
ページ移動
プロフィール

sarai

Author:sarai
オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

来訪者カウンター
CalendArchive
最新記事
カテゴリ
指揮者

ソプラノ

ピアニスト

ヴァイオリン

室内楽

演奏団体

リンク
Comment Balloon

天野さん

saraiです。初めまして。コメントありがとうございます。ブログを書く励みになります。当日は快晴で素晴らしい日でしたが、夏の陽光がまぶしいほどで暑さに悩ま

09/27 14:15 sarai

充実した心豊かなご様子に励まされます.
情報、有り難うございました.
いつか、ふらっと訪ねてみたいです.

09/27 09:23 天野哲也

昨日投稿した記事の一部に誤りがありました。ドイツ騎士団の中庭はパスしないで、ちゃんと見ていました。追記・修正しました。申し訳ありません。

08/07 00:28 sarai

えりちゃさん、saraiです。お久しぶりです。

これは昨年の9月のウィーンですが、現在のコロナ禍では、古き良き日という風情ですね。もう、ポスト・コロナでは、行けたにし

07/20 12:41 sarai

Saraiさま、
お元気ですか?
新型コロナウィルス、自粛中。
このウィーンの散策を読んでいると、なんだか切なくて悲しくなってきました。
次はいつ行けるのかな、とか思う

07/20 05:08 えりちゃ

はじめまして。ブログ拝見させていただきました。私は、個人ブログを運営しているyuichironyjpと申します。フリーランサーとして活動しており、フリーランスで稼ぐ方法や、

06/14 23:46 Yuichironyjp

ありがたいコメント、嬉しいです。マーラーのファンのかたにこそ、読んでいただきたかったので、気持ちを共有できた思いです。自然の中にこそ、マーラーの音楽の本質はあり

04/23 23:45 sarai
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR