言いたいことは一言に集約できます。
「読んでおいてよかった。」
saraiと筒井康隆の関わりは50年近く昔に遡ります。学生時代、むさぼるように筒井康隆のSF小説を文庫本で読んでいました。もう題名も忘れてしまいましたが、その中の1冊のハードなSF小説を読んで、純文学を読んだとき以上の衝撃を受けたことを思い出します。当時、付き合っていた彼女(今の配偶者)にも推薦して、読んでもらっていたように記憶しています。その後も文庫本での筒井康隆との関わりは就職後も変わりなく続いていました。いつしか、仕事の忙しさの中、筒井康隆との関わりは消滅していました。彼の絶筆宣言も影響していたようにも思いますが、何故読まなくなったのかは定かではありません。
昨年末、筒井康隆の最後の長編が発行されることを知り、配偶者が是非読もうと促したことで、saraiには珍しく、新刊の単行本をAMAZONに予約注文。これは我が家では掟破りなんです。通常、新刊の単行本は買わず、半年か1年後に発行される文庫本を買うのが我が家のルール。最近は文庫本も高くて、経済的にはあまり意味はありませんが、本は文庫本で読むのが我が家の習慣。昨年12月に新潮社から発行された本は10日後くらいに郵送されてきました。しばらくは読まずにそのままになっていましたが、配偶者が先に読んでいました。そして、saraiが読み始めたのは何と1週間ほど前です。ほかに読んでいた本を読み終えて、ようやく、この本の順番になったんです。昨日まではまだ最初のあたりをゆっくりと読んでいました。そして、今日、内容の盛り上がりに大変な興味を覚えて、一気に読み終えました。読後感はまたまた繰り返しになりますが、この本を読まずして人生を終えなくてよかったということです。
以降はこの小説を読んだかたと気持ちを共有するために書いています。まだ、読んでいないかたは是非、読むことをお勧めします。もっとも、それはsaraiの勝手な思い込みではあります。
この小説は小説を超えた小説です。ストーリー性はありますが、通常の意味でのストーリーではありません。しかし、前半の裁判のシーン、後半のテレビのライブ番組のシーンでの緊迫感は小説ではなくて、まるで自分がその場面を見ているかの如く、錯覚します。現実の歴史的な場面に立ち会ったような気持ちはこの小説《モナドの領域》を読み終えた今でも続いています。もう高齢の域に達したはずの筒井康隆は若い頃にハードなSF小説を書いたとき以上に前衛的な作家活動を継続中でした。神を超える存在、すなわち、GODの語る言葉は、saraiにとっても真の神の言葉そのものに思えます。無限とは、宇宙とは、等々の形而上的な概念はまさに神の存在がsaraiに語りかけてくれるようです。宇宙の真理はそうだったのか・・・神なき時代に筒井康隆は神を創造して、すべてを解き明かしてくれました。saraiの人生における、もやもや感が一掃されたと言ったら言い過ぎかもしれませんが、今後、この筒井GOD以上の存在がsaraiの人生に登場しそうにはないと思えます。これを持って、saraiの宇宙の理解の最終版にできると信じています。宗教も科学も教えてくれなかった真の宇宙観をこの小説は語ってくれました。saraiは信じますよ!!!!
何度も言いますが・・・「読んでおいてよかった。」
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