この表現は実はハイティンクの言っていたことのパクリですが、ハイティンクは音楽演奏家として、ブルックナーの9番やベートーヴェンの9番やマーラーの9番は特別な曲でそうやたらに演奏するものではないという意味の発言をブルックナーの9番を演奏するにあたってしていました。
saraiもマーラーの9番は特別思い入れがあり、とてもいつも聴ける曲ではありません。そして、やはりこの日もそうでした。saraiの全存在が揺さぶられる思いでした。
第1楽章冒頭は弦楽器のため息にも感じられるフレーズで始まります。人生の深いため息です。そして、それはすぐに生の炎の熱い燃焼に変わっていきます。この楽章は炎が燃え上がったり、少しおさまったりしながら、進行していきます。
第2楽章はいったん諧謔的になり、聴いているこちらの心もいったんおさまります。が、また曲が進行していくとまた生の炎が燃え盛ります。
第3楽章はもう最初から激しく炎が燃え上がり、おさまることはありません。後半にはいるともう狂おしいばかりです。まさに狂乱。こちらの精神も狂ってしまうばかりです。そして、行き着く先の甘美な死も垣間見えてきます。しかし、音楽は美しいこと、この上なしで狂おしく身悶えするか如くです。
そして、あの第4楽章が始まります。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが美しい響きを奏でます。生の静かな燃焼に移ります。ただ美しいのではなく、実に分厚い響きで胸を揺さぶります。この静かでかつ熱く、哀しく、つらいという複合的な感情が交錯する奥深く複雑な音楽が進行し、胸がしめつけられそうです。目頭を熱くせずには聴けない曲です。そしてまた炎が燃え上がり、人生の最後の熱い感情が爆発します。
そして、響きが縮小し、甘美な死に向かいます。短いチェロの独奏の美しいことに感動します。ふいにトリスタンとイゾルデの愛の死が脳裏をよぎります。
音楽は何度も休止し、まるで甘美な死をためらっているかのようです。
そして、遂に響きが途絶えます。甘美な死が成就します。
でも、まだ音楽はまだ終わったわけではありません。
それはそれは深い静寂。この静寂はサントリーホールの観客が作り出したものです。マーラーの9番は観客が深い静寂を作り出すことで完結する音楽です。
この静寂によって、甘美だった筈の死は寂寞としたものに変容します。
そうです。これがマーラーが作り出した救いのない人生の寂寥感です。
この9番は実に奥深い名曲です。saraiの感じたままを書き連ねましたが、もちろん、ほかの感じ方も許容できる懐の広さを持っています。
マーラーの人生観、演奏家の人生観、聴衆の人生観がアウフヘーベンされて、それぞれの味わいに達するというところでしょうか。
今日の演奏は以下。
指揮:ゲルギエフ
管弦楽:ロンドン交響楽団
ゲルギエフのマーラーは実に堅苦しいものになるのかと身構えていましたが、彼のロシアの風土の根ざした暗い情念とマーラーのうら哀しい人生観が精神の奥のところでつながって、人生の狂おしい熱情や不条理感を表出させた聴き応えのある名演でした。
ロンドン交響楽団は美しくも激しいアプローチでゲルギエフの指揮に応え、胸にずっしりと響く音で魅了してくれました。弦の素晴らしさはもちろんですが、木管・金管の響きの素晴らしさにただただ脱帽。なかでもフルートの気合のこもった演奏には参りました。
曲、指揮、オーケストラ、聴衆と4拍子が超1流で超弩級のコンサートで、saraiは帰りの電車でもずっと目頭が熱くなったまま。こんなことはそうあることではありません。
今年のコンサートでも、アーノンクールのハイドン《天地創造》、プレートルの《エロイカ》と並ぶ感動の公演になりました。
saraiにとって、音楽は単なる楽しみではなく、生きる価値、人生そのものであることをしみじみと感じています。
作曲家・演奏家のみなさんには感謝あるのみです。
最後にこれでウィーン・フィルでマーラーの9番が聴けなかったことは完全に払拭されました。もちろん、ウィーン・フィルはまた別の形の演奏を聴かせてくれたことでしょうが、どちらにせよ、それはとても高いレベルでの違いにしか過ぎないと思うからです。いろんなマーラーがあるでしょうが、最高のマーラーの一つと出会えた感動で今は満足です。
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この記事へのコメント
こんにちは。
ゲルギエフは素晴らしかったようですね。
マーラーの9番は自分にとっても特別の曲です。ですのでこの秋はウイ-ンフィルで聴くつもりだったのですが・・・
ゲルギエフは10年近く前にキーロフ管との「復活」を聴きましたが、今一つの印象でした。あれから随分進化したのかもしれませんね。聴きに行きたかったですが、財政的に仕分け対象となりました。
2, saraiさん 2010/12/05 11:35
ハルくんさん、こんにちは。
今年最後の高価チケットのコンサートでした。
ゲルギエフのマーラーということで不安もありましたが、LSOのマーラーを聴きたかったので、仕分け対象外になりました。
演奏自体でいえば、あのベルティーニの最終公演も上回る圧巻の演奏でした。やはり、LSOの力が大きかったのと、ゲルギエフも大変素晴らしい指揮者になりましたね。
来年の5月はコンセルトヘボウでハイティンクがこのマーラーの9番をやるので、現地のサイトでチケットをチェックしたら、4公演すべて完売でした。