しかし、彼女はここにきて、ある意味、ピアノ音楽の王道とも言えるドイツ・オーストリア音楽に気持ちがシフトしてきたようです。ようやく、弾きこなしたモーツァルトに引き続き、遂にベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲に全力で挑戦することにしました。今日はその記念すべき1回目。これから、8年もかけて、ベートーヴェンという巨大な嶺に登ることになります。今日はその試金石になります。複雑な思いで今日のリサイタルを聴きます。もう高齢のsaraiはその演奏を聴き終えることができるかどうか、微妙です。しかし、そのsaraiの思いは今日の演奏で払拭されました。やはり、彼女は天才ではなく、超天才であることが確信できました。天才が努力と決意をもってすれば難関を超えることが実感できました。ベートーヴェンという一大障壁を乗り超えることができるということは、今日の素晴らしい演奏を聴けば、理解できました。無論、毎年、4曲程度の作品を心血を注いで、攻略していく努力は欠かせませんが、そういう内面の力と元々の天才的な実力を合わせれば、中期のアパッショナータまで、辿り着けそうに思えます。後期は別次元の世界なので、もう人間としての内面の充実ということになりそうですが、彼女ならば、新たな地平を見つけられるでしょう。
saraiが最後まで見届けるかどうかは問題ではなく、もう、楽観的な気持ちになっています。
しかし、ここで新たな問題が胸に去来します。ベートーヴェンを極めるのならば、次はシューベルトという次の大きな嶺があります。そして、さらにシューマン、ブラームスという道筋も見えてきます。田部京子に続いて、上原彩子もドイツ・オーストリア音楽を本格的に弾くことを精進してほしいと微かながら思ってしまいました。そのsaraiの期待に応えるように何と上原彩子はアンコールでブラームスの晩年の傑作、インテルメッツォをロマンティックに弾いてくれました。最高の演奏でした。ブラームス好きのsaraiが太鼓判を押せるような見事な演奏でした。ドイツ・オーストリア音楽を弾けて、ロシア音楽は超素晴らしいというピアニストの中のピアニストに上り詰めるかもしれないと心の底からの期待が芽生えました。そんな妄想に捉われて、ご機嫌なsaraiでした。
さて、今日の演奏です。ピアノは何とベーゼンドルファー。やはり、ウィーンの音楽はこれに限るかもしれません。オペラシティにあるアンドラーシュ・シフが選定したベーゼンドルファーも弾いてみてほしいですね。
最初はピアノ・ソナタ第1番。緊張して聴き始めましたが、とても素晴らしい演奏です。きっちりと指がまわっています。この後の演奏にも言えますが、ターンがさりげなく弾けていて、音階もスムーズ。古典派音楽の様式感が素晴らしく表現されています。よほど、練習したようです。何故か、この第1番はモーツァルト的な風情が少し感じられる演奏で、ベートーヴェン的な高邁さはそれほどではありません。それに高音域の響きがさらに美しければという課題も見えます。それは強いて言えばということですが、全体としては素晴らしい演奏です。
次は第2番。ここで上原彩子の演奏はぐっとギアがアップ。第1楽章から、見違えるような凄い演奏。saraiの緊張感も増して、集中して聴き入ります。第1番で課題と言ったことはすべてクリアーされています。完璧という表現は使いたくありませんが、そうも言いたくなるような演奏が続きます。上原彩子がラフマニノフを弾くときのような緊張感と集中力がこのベートーヴェンでも発揮されます。第2楽章の緩徐的な表現も素晴らしい。saraiの席からは上原彩子の鍵盤を叩く指がはっきりと見えますが、実に美しく動いています。高音域では右手の指がきっちり立っていて、鍵盤を素晴らしいタッチで叩いています。断っておきますが、saraiはピアノが弾けません。あまり、偉そうにピアノ演奏をどうのこうの言えませんが、耳では名人たちのピアノの音をたくさん聴いています。その基準で言って、とても素晴らしい演奏です。第3楽章は歯切れよく演奏し、これも完璧。そして、第4楽章の凄いこと! もう、あっけにとられるような凄まじい演奏に驚嘆しました。
休憩後、第19番と第20番が続けて演奏されます。いずれも2楽章構成の可愛い作品ですが、上原彩子が弾くと、格段の聴き映えがします。第3番と第4番の間に作曲された平易な作品でモーツァルト的な響きの作品です。今やモーツァルトを得意とする上原彩子は素晴らしい響きの演奏を聴かせてくれます。ト短調の第19番、ト長調の第20番、いずれも圧巻の演奏。第20番の第2楽章は有名なメロディーが楽しく聴けます。七重奏曲 Op.20の第3楽章のメヌエットと同じ主題です。
最後は第3番。これも先ほどの第2番と同様に素晴らしいレベルの演奏です。これまた、圧巻は第4楽章。凄いの、何のって、saraiの気持ちが高揚していきます。これだけ弾いてくれれば、何となく、中期のピアノ・ソナタの演奏も展望が開けてきます。きっと物凄い演奏になりそうな予感がします。
アンコールは第1番から第3番がハイドンに献呈されたので、まず、ハイドンを弾きますと上原彩子が語ってから、実に軽やかな演奏、それも超高速演奏でびっくりします。彼女はハイドンも弾きこなしたようです。そのうち、ハイドンの後期ソナタも披露してもらいたいものです。
次は何も語らず、いきなり弾き始めます。最初はこの聴き慣れた曲は何?と分かりません。あまりにベートーヴェンとかけ離れていたからです。しばらくして、ブラームスのインテルメッツォの1曲であることに思い至ります。素晴らしくロマン性の濃い演奏で、すっかり魅了されます。saraiの大好きなブラームスの晩年のピアノ曲でこのところ、アンドラーシュ・シフの素晴らしい演奏を立て続けに聴いています。今日の上原彩子の演奏はそのシフと同等レベルの素晴らしい演奏。これならば、機会をみて、ブラームスの晩年の傑作群、Op.116~Op.119をまとめて弾いてもらいたいものです。
アンコールにも大満足でした。
来年は3月上旬に第4番から第7番までの4曲が予定されています。まだまだ初期の作品群ですが、今日の演奏から判断して、かなりの聴き応えが期待できそうです。再来年は第8番《悲愴》や第10番など、有名作品が登場してきます。そして、2028年にはワルトシュタインやテンペスト、2029年には、アパッショナータという中期の傑作群が綺羅星の如く登場します。あと6年、何とか聴き続けたいものです。この中期の傑作群がこのチクルスの一つの頂点をなすことになるでしょう。無論、2032年の後期3ソナタが聴ければ僥倖です。
まあ、現実的には、来週末からのウィーンの大御所ブッフビンダーのベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲チクルス(全7回)の連続コンサートを聴きます。コロナ禍でイリーナ・メジューエワのベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲チクルスが流れたので、これがsaraiにとって、初の全曲チクルスになります。その次が今日からの上原彩子のチクルスになるのかな・・・
今日のプログラムは以下です。
上原彩子 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会 Vol.1
ピアノ:上原彩子
ベートーヴェン:ピアノソナタ
第1番 ヘ短調 Op.2-1
第2番 イ長調 Op.2-2
《休憩》
第19番 ト短調 Op.49-1
第20番 ト長調 Op.49-2
第3番 ハ長調 Op.2-3
《アンコール》
ハイドン:ピアノ・ソナタ第38番ヘ長調Hob.23 Op.13-3より第1楽章
ブラームス:6つの小品より間奏曲イ長調 Op.118-2
最後に予習について、まとめておきます。
すべて、メジューエワの最新のベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全集から予習しました。CDも所有していますが、Apple Musicの配信で聴きました。
イリーナ・メジューエワ ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集 2020年6月~7月、新川文化ホール(富山県魚津市) セッション録音
メジューエワらしい力強いタッチの演奏。まったく隙のない演奏です。
そのほか、来週のベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲チクルスに向けて、ブッフビンダーの演奏も聴いています。
ルドルフ・ブッフビンダー ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ全集 2014年8月 ザルツブルク音楽祭 ライヴ録音
ウィーンの巨匠ブッフビンダー3回目のピアノ・ソナタ全集はザルツブルク音楽祭のライヴ録音です。ともかく、高音域の美しい響きに感銘を覚えました。そして、ベートーヴェンが初期から中期にかけて、音楽的に上り詰めていく様が見事に表現されています。後期は別世界です。
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