順序が逆になってしまいましたが、一昨日のダブルのコンサートのお昼の部のアンヌ・ケフェレックのピアノ・リサイタルについてレポートします。上大岡ひまわりの郷コンサート・シリーズの2012年秋編の3回目、つまり、最後のコンサートです。
このフランス人女性ピアニストは初聴きです。プロフィールによると、相当のキャリアを積んでいるようで、大変期待できそうです。
プログラムは以下です。
ピアノ:アンヌ・ケフェレック
ヘンデル:パッサカリア ト短調(鍵盤楽器のための組曲(クラブサン組曲) 第7番 ト短調(HWV.432)より)
J.S.バッハ:コラール「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV.659a(ブゾーニ編)
は(オーボエ協奏曲ニ短調より(J.S.バッハ編))
ヘンデル:メヌエット ト短調(鍵盤楽器のための組曲(クラブサン組曲) 第2巻第1番 変ロ長調(HWV.434)より)
J.S.バッハ:コラール「主よ、人の望みの喜びよ」(ヘス編)
ヘンデル:シャコンヌ ト長調(鍵盤楽器のための組曲(クラブサン組曲) 第2巻第2番 変ロ長調(HWV.435))
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 Op.27-2「月光」
《休憩》
ラヴェル:古風なメヌエット
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ドビュッシー:映像 第1集
ドビュッシー:映像 第2集
《アンコール》
ショパン:幻想即興曲 嬰ハ短調 Op.66
サティ:グノシエンヌ 第1番
このプログラムをながめると、前半のベートーヴェン以外の6曲の選曲が素晴らしいです。特にヘンデルの鍵盤楽器のための組曲からの3曲が楽しみです。滅多に聴けませんものね。
最初はヘンデルのパッサカリアです。この曲は組曲第1巻1第1番~第8番に含まれています。パッサカリアはそのうち、第7番の組曲の終曲です。たいていはチェンバロで弾かれることが多く、CDではスコット・ロスの素晴らしいチェンバロ演奏(第1巻全曲)を聴くことができます。しかし、ピアノ演奏版は意外に少なくて、今回はグルダのピアノ名曲集のCDで聴きました。ヘンデルらしく、奔放でありながら、屈託のない表情の耳に心地のよい曲です。固唾を飲みながら、ケフェレックのピアノの響きを待ちます。彼女の落ち着いた大人の雰囲気からは、叙情的な響きが聴こえてくるだろうと思っていましたが、案に相違して、しっかりと芯のある強い打鍵のダイナミックと言っていいほども響きが聴こえてきました。もちろん、曲自体がスケールの大きな曲なので、こういう風に弾くのが正解でしょう。グルダの演奏にも引けをとらない演奏で、ヘンデルの鍵盤楽器音楽を満喫できました。
2曲目のバッハのコラールもあまり抒情に流されず、しっかりとした演奏です。響きも綺麗ですが、弱音のピュアーな響きがもうひとつには感じます。これは贅沢な要求でしょう。
3曲目はマルチェッロのアダージョです。バッハがチェンバロ用に編曲したものです。とても美しい曲です。あまり、情緒的にならない演奏で気持ちよく聴けます。ここはうっとりと彼女のピアノの響きに身を委ねるのみです。
4曲目はヘンデルのメヌエットです。この曲は組曲第2巻第1番のなかの4曲の最後の曲です。第3曲はブラームスのピアノ曲の代表作である《ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ》で知られている有名な曲です。この組曲第2巻第1番は若き日のアンドラーシュ・シフの素晴らしい演奏がCDで聴けます。4曲ともヘンデルの世界に浸り込んで、うっとりとして聴ける超お勧め盤です。メヌエットも美しいこと、この上なしという演奏です。ケフェレックの演奏もとてもよかったのですが、ちょっとシフの演奏には及びませんね。ピュアーな響きが必須ですし、シフが少し、崩し気味に弾いているのが何とも言えないので、誰が弾いても対抗するのは困難でしょう。ケフェレックの演奏もとてもよかったんです。
5曲目はバッハのコラールです。超有名曲です。予習はピアノ編曲したヘス自身の演奏を聴きました。ケフェレックの演奏はコラールがしっかりと響き、とても素晴らしいものでした。バッハの素晴らしさを満喫できました。
そして、6曲目はヘンデルのシャコンヌ、これでバロックの名曲集の〆です。力強く、華麗にシャコンヌが響きわたります。この曲には、ケフェレックの芯のある音色にぴったりと合います。やがて、中間部にはいり、曲想が短調に変わります。実に美しい部分ですが、ここは少し物足りない演奏です。予習で聴いたのは、マレイ・ペライアの演奏ですが、素晴らしく叙情的な演奏で、うっとりさせられました。それには及ばない感じで残念です。最後は華麗に締めくくられて、見事なフィナーレでした。
この6曲はほとんど休止なしで弾かれましたが、バロックの名曲揃いで大いに楽しめました。これを機にヘンデルの器楽曲にはまってしまいそうです。まるで、ヘンデルのオペラのアリアを聴いているような感覚で、組曲が楽しめることが分かりました。
前半の最後はベートーヴェンの「月光」ソナタです。第1楽章はその標題のもとにもなった美しく、叙情的な曲です。ここまで書いてきたことでお分かりだと思いますが、彼女の演奏は叙情的な曲よりもダイナミックで律動的な曲のほうに真価を発揮します。それでも、このソナタは芯のある、しっかりした響きで弾かれても、深遠を感じることができます。ソロモンの演奏はその代表格でしょう。ケフェレックの演奏は、そこまでには達しません。まあ、この曲は名曲ですから、聴いていて、うっとりはしました。彼女の演奏が真価を発揮したのは、強く、激しい第3楽章です。乗りの良い演奏で、魂の燃焼を感じます。素晴らしいです。saraiとしては、「月光」ではなく、「熱情」とか「ワルトシュタイン」のほうを聴きたかったなと、第3楽章の熱演を聴いて、強く感じました。
休憩後の後半はラヴェル、ドビュッシーのフランス音楽です。言わば、お国ものですね。
まずはsarai苦手のラヴェルです。ただし、先日ののラヴェルは素晴らしかったので、フランス人ピアニストのラヴェルは期待できるかもしれません。
ラヴェルの「古風なメヌエット」は標題で受ける印象とは異なり、明確でかっちりした曲で叙情性はあまり感じません。ケフェレックは全然、退屈させられず、とてもよい演奏をしました。さすがにフランス人なんですね。芯のしっかりした響きは、ある意味、アンリ・バルダにも共通するところがありますが、バルダの男性的な演奏に対して、繊細さも兼ね備えた演奏です。
次の「亡き王女のためのパヴァーヌ」は叙情的で優雅な曲ですから、彼女の演奏スタイルに合うのか、心配でしたが、杞憂でした。前半のドイツ音楽とは違い、この叙情的な曲でも見事な演奏で、大変、満足できました。
圧巻だったのは、最後のドビュッシーの映像の第1集、第2集です。まるでエンジンがかかってきたように、響きが澄み渡り、細かいニュアンスの表現が見事の一語です。ケフェレックは自分の弾いたピアノの響きにじっと耳をすませながら、心の音楽を展開していきます。絵画の世界で言えば、心象風景という言葉が一番、しっくりきます。もちろん、「動き」のような曲では、切れのよい演奏も展開し、静と動、いずれも素晴らしい演奏でした。これは超一級の演奏です。後半のラヴェル、ドビュッシーには大変、感銘を受けました。
アンコールは彼女の「ショパン」という言葉とともに、幻想即興曲・・・通俗名曲といっても言い曲ですが、やはり、聴けば、耳が楽しくなります。続いて、もう、この曲でお終いよという仕草の後、「エリック・サティ」の言葉で最後のアンコール曲です。あまり、耳馴染みのない曲ですが、いかにもサティらしい曲をお洒落に演奏して、楽しく、リサイタルの幕は閉じられました。
ケフェレックの人柄も感じられる、気持ちがなごむリサイタルでした。それにしても、フランス人の演奏するフランス音楽は素敵です。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽