ウィーンで見るバレエです。《巨匠たちの署名》と題されたバレエですがドイツ語ではMeistersingnaturenであり、まるでマイスタジンガーのようにも誤認しそうで、ワーグナーの音楽とも思ってしまいそう(それって、自分だけか?)。実際は4人の振付家の作品を取り上げ、その作品に各振付家の署名のような特徴を見いだせるかという趣向の公演です。したがって、当然、振付家の芸術を味わうのが本道ですが、何せ、バレエ初心者であるsaraiにとっては、音楽のほうも気になってしまいます。特に後半はウィーン国立歌劇場管弦楽団も登場し、美しい音楽が流れ始めると、目と耳が互いに争い始め、鑑賞能力の主体が目に行ったり、耳にいったりします。で、最後の4つ目の演目の音楽がR・シュトラウスの名作《4つの最後の歌》ともなると、完全に耳が勝利し、オーケストラとソプラノの融合した素晴らしい音楽にうっとりとしてしまい、目でバレエを追っていくのが困難になります。《4つの最後の歌》にはもともと思い入れがあります。素晴らしい音楽であることはもちろん、これがR・シュトラウスのほぼ最後の作品であることもあります。そして、極めつけはこの作品がR・シュトラウスの死の前年、1948年に作曲されて、初演されたのは彼の死後、1950年5月22日であることです。自分の年齢を明かすことになりますが、saraiが生まれたのはまさにこの1950年5月なんです。しかも初演したのはフルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管弦楽団。独唱はかの名ソプラノ、フラグスタートです。最近、そのライヴ演奏がCD化されていることを知り、今年2月に入手したばかりです。音質は最悪ですが、自分にとっては何にも代えがたい記念碑的CDです。
過去の名ソプラノが競って録音してきた作品で、saraiも色々聴いてきました。不思議なことにオーケストラがウィーン・フィルのものは聴いた覚えがありません。調べてみると、古くはベーム指揮、デラ・カーザとか、その後もショルティ指揮、テ・カナワ、プレヴィン指揮、オジェーとか、あるようです。聴かなくてはいけませんね。ともあれ、今回が初めて、実質ウィーン・フィルで聴くことになりました。独唱ソプラノのオルガ・ベツメルトナは昨日の《ナクソス島のアリアドネ》のエコー役で聴いたばかりですが、少し硬い歌唱ではあるものの、よく声は出ており(逆に響かせ過ぎのきらいもありますが)、そこそこ、良く歌っていました。何せ好きな曲なので、良いほうにイメージを持っていって、うっとりしながら聴いていました。第3曲の《眠りにつくとき》のヴァイオリン独奏のはいるあたりからはオーケストラも素晴らしい表情。独奏ヴァイオリンのホーネックの音の響きも素晴らしい! それにつられたように、ソプラノの歌唱も抑え気味に気持ちののったものに変容していきます。そして、第4曲の《夕映えの中で》の素晴らしいこと。過去の名ソプラノに伍すことは無理ですが、ソプラノとオーケストラの融合した響きは本物です。肝心のバレエのほうは第3曲の終盤あたりからは目でも追えるような余裕ができ、ロマン・ラツィクのバレエもよく、第4曲では、ケテヴァン・パパヴァ(オルガ・エシナは直前でキャンセル)の美しい容姿と優雅なバレエにも目を奪われます。エノ・ペシの切れのあるバレエも見事です。ただ、こういうR・シュトラウスの最晩年のしみじみとした音楽、84歳まで生きてきて、喜びも苦しみも味わい尽くして、自己の死への諦念も乗り越えたような音楽、こういう音楽に振付けるバレエって、ありうるんだろうかとも感じてしまいます。そういう意味ではこのバレエは本質ではないような気もしますが、ケテヴァンの美しいバレエだけは目に焼き付きました。
今日のプログラム・キャストは以下です。
巨匠たちの署Meistersignaturen
ル・スフル・ドゥ・レスプリLe Souffle de l'esprit ~魂のため息~
振付:イリ・ブベニチェクJiri Bubenicek
音楽:バッハ(管弦楽組曲第3番第2曲エアー、いわゆるG線上のアリア)
バッハ(幻想曲とフーガ ト短調BWV542)
ホフシュテッター(弦楽四重奏曲ヘ長調Op3-5第2楽章、いわゆる、ハイドンのセレナード)
パッヘルベル(カノン ニ長調)
ほか
演奏:テープ
Emilia Baranowicz | Solistin 1
Reina Sawai | Solistin 2
Kirill Kourlaev | Solist 1
Dumitru Taran | Solist 2
Denys Cherevychko | Solist 3
ヴァスラフVaslaw
振付:ジョン・ノイマイヤーJohn Neumeier
音楽:バッハ(平均律クラヴィア曲集第1巻より)
バッハ(フランス組曲より)
バッハ(組曲ヘ短調 サラバンド)
ピアノ:イゴール・ザプラフディン
Masayu Kimoto | Vaslaw
Natascha Mair | 1. Pas de deux
Andrej Teterin | 1. Pas de deux
Anita Manolova | 2. Pas de deux
Marcin Dempc | 2. Pas de deux
Alice Firenze | 3. Pas de deux
Dumitru Taran | 3. Pas de deux
Greig Matthews | Solo
Ketevan Papava | Pas de trois
Ryan Booth | Pas de trois
Masayu Kimoto | Pas de trois
アレグロ・ブリランテAllegro Brillante
振付:ジョージ・バランシンGeorge Balanchine
音楽:チャイコフスキー(ピアノ協奏曲第3番 第1楽章アレグロ・ブリランテ)
指揮:Vello Pahn
ピアノ:滝澤志野
管弦楽:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
Liudmila Konovalova | Solistin
Robert Gabdullin | Solist
4つの最後の歌Vier letzte Lieder
振付:ルディ・ファン・ダンツィヒRudi van Dantzig
音楽:R・シュトラウス(4つの最後の歌)
指揮:Vello Pahn
ソプラノ:オルガ・ベツメルトナOlga Bezsmertna
管弦楽:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
Kiyoka Hashimoto | Solistin 1
Mihail Sosnovschi | Solist 1
Ioanna Avraam | Solistin 2
Masayu Kimoto | Solist 2
Alice Firenze | Solistin 3
Roman Lazik | Solist 3
Olga Esina | Solistin 4
Kirill Kourlaev | Solist 4
Eno Peci | Solist 5
1番目のル・スフル・ドゥ・レスプリ~魂のため息~はポピュラーな曲を題材に、音楽をバレエとして可視化したような分かりやすいバレエ。特にフーガを可視化すると、なるほど、こんな風になるのかと感心します。
2番目のヴァスラフはノイマイヤーらしいバレエ。バッハのフランス組曲は舞曲であり、いかにも典雅なバレエに仕上がっています。もちろん、モダンなバレエがベースではあります。バレエはよいのですが、ピアノは何と言えばよいか・・・。これが大好きなフランス組曲にはとても聴こえません。しかし、お蔭でバレエに集中できたのはよかったかな。木本全優のソロとほかのメンバーが対照的な動きをしていたのが面白いです。木本全優のスケール感のあるバレエが印象的。ケテヴァン・パパヴァの美しさも秀でていました。
3番目のアレグロ・ブリランテはロシア系アメリカ人振付家のジョージ・バランシンの振付ですが、いかにもチャイコフスキーのバレエらしい古典的な感じにも思えるバレエ。はっと思える出来事もありましたが、全般的に美しいバレエでした。
最後の《4つの最後の歌》は前述した通り、いろんな意味で一番、感銘を受けた作品です。バレエのむずかしさ、限界も感じました。なお、資料によると、この作品は1977年の初演の2年後には、早速このウィーン国立バレエで取り上げられています。R・シュトラウスの音楽だからでしょうか。そのときの独唱ソプラノはグンドラ・ヤノヴィッツ。今でも彼女とカラヤン指揮ベルリン・フィルのCDは名盤と言われています。ウィーンとヤノヴィッツのコンビの《4つの最後の歌》はさぞや素晴らしかったでしょう。
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