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プラハで音楽・美術三昧:美しいプラハ国立歌劇場でバレエ鑑賞

2013年6月16日日曜日@プラハ/3回目

久しぶりの旧市街広場を楽しんでいるうちに、プラハ国立歌劇場Státní opera Prahaでのバレエ公演の時間が迫ってきます。スタロメスツカー駅Staroměstskáから地下鉄A線でムゼウム駅Muzeumに向かいます。地下鉄に乗るためにエスカレーターに乗りますが、この駅も大変深く、どんどん下に下っていきます。プラハの地下鉄はみんな深いのでしょうか。


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プラットホームに到着。このスタロメスツカー駅から2駅でムゼウム駅です。


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ムゼウム駅に到着。このムゼウム駅は、昨日ホテルに投宿するために下りた駅ですが、そのときはどうしてもエレベーターが見つからず、重いカバンを抱えて階段を上りました。その苦い記憶が消えません。ところが、今日は下りたホームでエレベーターを発見! 実はこの駅は地下鉄A線とC線が交差する駅で、昨日はC線のホームでエレベーターが見つからなかったんですが、今日はA線のホームにいます。昨日もA線のホームをうまく探せば、エレベーターがあったんですね。プラハを出発するときは、間違えずにA線のホームを通るようにしましょう。
ムゼウム駅から地上に出ます。プラハ国立歌劇場の方を見ると、立派な建物が見えます。まさか、あれがプラハ国立歌劇場ではないでしょうね。


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その立派な建物に近づくと、国立博物館Národní muzeumと表示されています。あれっ、国立博物館って、あの重厚で堂々とした古い建物じゃなかったの?と不審に思います。実はこの建物は国立博物館の新館だったんです。新館といっても新しく建てられたものではありません。共産主義時代に政府の建物として使われており、自由化後はラジオ局「自由ヨーロッパ」が使っていました。今後は国立博物館の隣にある新館を追加することで、展示面積を3000平米以上増やすそうです。


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この辺りから通りの向こうを見ると、公園の中にエレベーター乗り場を発見。よく見ると、地下鉄C線と書いてあります。すると、C線にもエレベーターがあったんですね。ホテルからはちょっと遠回りになりますが、このエレベーターを使ってもよさそうです。


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エレベーター探しのようになってしまいましたが、すぐのところにプラハ国立歌劇場があります。


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今度は確かに歌劇場のようです。入り口の前には少し人だかりもあります。


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とても重厚なギリシャ風の古い建物です。もともとはドイツ人が「ドイツ人のための劇場を」という隠れたスローガンのもとに造ったものでした。そのときはドイツ劇場と呼ばれていました。現在の建物は1970年代にかけて大改修されたもので、名称も国立歌劇場に変えられました。今でもチェコの作品は国民劇場で上演されることが多いそうで、こちらはチェコ以外の作品を主に上演するようです。


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既に入り口は開いています。まだ急ぐ時間ではないので、建物の外観を見ておきましょう。


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左手の方から眺めます。なかなか立派な建物です。


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左側のほぼ真横から眺めます。がっちりした趣きです。起源がドイツというのもうなづけます。


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外観を十分に眺めたので、劇場内部に入ります。エントランスロビーはバロック風の華麗な装飾です。


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チケットをチェックするスタッフが待ち構えています。もう、ホールの中に入れるようです。


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チケットはネットで購入して、PCのプリンターで印刷済です。席は最前列をゲットしてあります。


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ホールの中に入ります。内部もバロック風の装飾で立派です。さすがに《国立》の名前を冠するだけのことはありますね。オペラハウスとして、ほどよい大きさです。これなら、歌手の声もよく響くでしょう。


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できれば、ここでオペラを見たかったんですが、上演日程に合わせてバレエを見ることになりました。
さらに内部を見渡します。上を見上げると、素晴らしい天井です。


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ロジェ・バルコン席も立派です。


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今日の席は最前列の中央。すぐそこがオーケストラピット。既に練習中の楽員もいます。


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この日のバレエはアメリカ人3人の振付によるモダン・バレエです。バレエの詳細はここにアップ済です。最後のバーンスタインの《ファンシー・フリー》はミュージカルのような感じで素晴らしいバレエで、大変満足しました。


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プラハで音楽・美術三昧:ピヴニッツェ&ホスポダの元祖ウ・ピンカスーでピルスナービール

2013年6月16日日曜日@プラハ/4回目

バレエを鑑賞しおえたところで、まだ時間が早いですが夕食にします。チェコは国民1人当たりの年間ビール消費量が世界一というビール大国で、ピルスナービール発祥の国。そのチェコの首都のプラハPrahaは、ビールの聖地のような街です。安くて美味しいピーヴォ(ビール)を本場の有名ピヴニッツェ&ホスポダに飲みに行くことにします! “ビヴニッツェ”pivniceとはビール中心のビアホール、 “ホスポダ”hospodaとは料理が充実したビール居酒屋のこと。 日頃はワイン好きのsaraiですが、今日だけはビールを飲みにピヴニッツェ&ホスポダに出かけましょう。ピヴニッツェ&ホスポダの元祖ウ・ピンカスーU Pinkasůというお店が近くにあり、歩いていけそうなのでそこに決めます。さすがに歩くとちょっと遠かったのですが、街を散策する感じで良しとしましょう。歩いたルートは以下の地図のとおりで、国立歌劇場Státní opera Prahaから国立博物館Národní muzeumを経て、ヴァーツラフ広場Václavské náměstíを端から端まで歩き、雪の聖母教会Kostel Panny Marie Sněžnéのあるユングマン広場Jungmannovo náměstíに面するウ・ピンカスーに到着しました。


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これがユングマン広場に面するウ・ピンカスーです。お店の前には、テラス席も並んでいます。


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これがお店の入り口。お店の名前ウ・ピンカスーU Pinkasůが黒々と描かれています。このお店はチェコビールのパブ、ピヴニッツェ&ホスポダを創設したヤコブ・ピンカスが、ピルスナービールの誕生の地のプルゼニュPlzen(ドイツ風の読み方ではピルゼン)から、1843年にプラハに進出して開いた老舗店です。ところで店名のウ・ピンカスーですが、頭のUは英語の定冠詞のTheではなくて前置詞のatにあたり、“ピンカスさんのところで”という意味のようです。チェコ語には冠詞がないのだそうで、それが音楽の独特のアクセントにも関連しているそうです。たいていのピヴニッツェ&ホスポダは店名がウ(U)で始まっています。いかにもビールを飲みながら寛ぐところという、やわらかい感じが出ていていいですね。


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店内に入りましたが、まだ時間が早いせいか店の中にはお客さんはいません。入口はさほどに大きくはないのですが、奥の方にずっとお店は続いています。


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テーブル席もがらんとしています。


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どこにいけば良いのかウロウロしていると、スタッフのおにいさんが寄ってきて2階に案内されます。案内されたのは窓際のテーブルです。


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メニューでまずはビールの銘柄をチェックします。やはり、ここは伝統のピルスナー生ビールを飲むことにします。


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すぐにビールのジョッキが運ばれてきます。チェコで有名なビールの銘柄はウルケル、スタロプラメン、ガンブリヌス、ブディヨヴィッキー・ブドヴァルなど数多いようですが、初心者としては一番有名なプルゼニュスキー・プラズドロイPlzeňský Prazdroj(世界的にはピルスナー・ウルケルPilsner Urquell)を味わいます。2大有名メーカーのひとつでプルゼニュ(ピルゼン)のビールです。ピルスナー・ウルケルという名称のウルケルは原点という意味だそうです。文字通り、ピルスナービールの原点とも言えるビール、黄金色で白い泡立ちはビールの王者の風格があります。


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窓際に飾ってあるゼラニウムの花を眺めながら飲むビールの美味しいこと。今日ばかりはビール党に転身します。


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我々だけで独占している部屋はなかなか凝った家具や調理具が並べてあります。


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こちらにもあります。


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部屋の壁には、大きな肖像画が架けられています。もしや、この人が創業者のヤコブ・ピンカスでしょうか。


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窓の外には、お店の幟がはためいています。青空に映えています。


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ゼラニウムの花をつまみにビールを飲みながら、料理が出てくるのを待ちます。


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もうすぐ料理も出るでしょう。


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プラハで音楽・美術三昧:ピヴニッツェ&ホスポダの美味しく、安いチェコ料理

2013年6月16日日曜日@プラハ/5回目

ピヴニッツェ&ホスポダの元祖ウ・ピンカスーU Pinkasůで、チェコで生まれたピルスナービール、それも有名ブランドのプルゼニュスキー・プラズドロイPlzeňský Prazdroj(ピルスナー・ウルケルPilsner Urquell)を味わっています。
ようやく、料理が運ばれてきます。
これはマスのグリル。キノコと野菜も付け合わせてあります。海のないチェコでは魚の養殖が盛んで、川魚料理は定番です。こんがりと焼かれた川マスは臭みやくせもなく、食べやすいんです。


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サイドディッシュのボイルドポテトも定番の一品です。


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これはグーラッシュ。クネドリーキ添えです。クネドリーキは蒸しパンみたいなものですが、もちもちしていてsaraiの好物なんです。このハヤシライス風のグーラッシュは、スタロムニェストスキー・グーラッシュと呼ばれるプラハの伝統料理です。


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これはソーセージの黒ビール煮込み。ちょっとすっぱくてスパイシーです。これもこのお店の名物料理です。


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料理を頂きながらビールを飲んでいると、一族のお楽しみ会なのか20人程の団体がやってきて、たちまち店内は満席状態。一挙に賑やかになりました。


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ボヘミアの家庭料理も味わって、満足の夕食となります。たっぷりと料理とビールを頂いたのに、朝食の料金よりも安い! クレジットカードで支払うときに、1割のチップをもらって良いかとちゃんと聞かれます。チップとしては常識的な範囲なので、もちろんOK。カード払いでチップも払います。

部屋から出ようとすると、ちょうど部屋の入り口でジョッキにビールを注いでいるところです。見事な腕前で、ほどよく泡立つビールを注いでいます。このビールは麦芽糖度が12°で470mlで45コルナでした。ジョッキ1杯で200円くらいですから、安いですね。


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ほろ酔い気分で階段を下りてくると、壁にはズラリとこのお店を訪れた有名人の写真が飾ってあります。例えば、右の写真はラディスラフ・ペセックLadislav Pešek(1906年10月4日-1986年7月13日)で、彼は有名なチェコの俳優で国民劇場Národní divadlo Prahaの長年のメンバーでした。


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こちらの壁には、もっと写真が並んでいます。一番右の写真はヤロスラフ・サイフェルトJaroslav Seifert(1901年9月23日-1986年1月10日)で、彼はチェコスロバキアのノーベル賞作家、詩人、ジャーナリストでした。その左下はパヴェル・ランドフスキーPavel Landovsky(1936年9月11日生まれ)で、彼はチェコの俳優、劇作家、演出家です。彼は、旧チェコスロバキアの共産主義政権下での著名な反体制派でもありました。


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ここにも見知った顔を見つけました。オペラ歌手(ソプラノ)のガブリエラ・ベニャチコヴァーGabriela Beňačkováです。実際に生の舞台で聴いたことはありませんが、CDではアバードがウィーン・フィルを指揮したベートーヴェンの交響曲第9番とかヴァーツラフ・ノイマンの指揮したマーラーの交響曲で、その美声を聴いています。


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入り口付近のカウンターのある席は、地元の人と思われる人達の立ち飲みで賑やかです。本来ならこんなとこに同席させてもらうと楽しいでしょうね。


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1階のテーブル席も賑わっています。


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お店の外に出ますが、テラス席でもビールを飲んでいる人達がいます。お店は中も外も混み合ってきたようです。


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先ほどまでsaraiと配偶者がビールを飲んでいた2階の窓際も見えます。右から2番目の窓のテーブル席です。テラス席の上を覆っている日除けには、ビールの銘柄ピルスナー・ウルケルPilsner Urquellが大きく描かれています。


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通りに出ると、特設ステージが設けられ、ジャズの演奏が始まっています。音楽を聴こうと大勢の人が集まっています。そういえば、今日は日曜日です。賑やかな夜になりそうです。


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saraiたちは早々にホテルに戻って、今夜は余裕でブログを仕上げます。が、暑い。エアコンが効かないのです。昨夜も、窓を開けた方が涼しそうなので窓を開けたのですが、窓を開けたとたんにエアコンが切れました。その時はあまり気にならなかったのですが、今朝になってエアコンを入れようとしても入りません。レセプションのお姉さんに訊くと、窓を開けてるのではと訊き返されました。どうやら、窓を開けるとエアコンが切れるシステムのようです。
エアコンからはちょっとは涼しい風が出ているようなのですが、全く部屋は涼しくならないのです。今夜も、窓を開けた方が涼しそうです。窓を開けると、予想通りエアコンが切れます。

明日からは2日間、プラハでオペラを見て、その後はウィーンに移動します。


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プラハで音楽・美術三昧:キュビズム建築探訪はリブシナ通りの邸宅から

2013年6月17日月曜日@プラハ/1回目

旅の18日目です。今日はプラハ滞在3日目です。

今日のプラハPrahaは絶好の青空・・・暑くなりそうです。朝や夜は涼しいのですが、日中の日差しがとても厳しいんです。
エアコンが効かず閉口していますが、朝はそれなりにエアコンが効きます。ともかく、夕方以降がどうしようもありません。ふと思ったのは、この部屋が南から西の方を向いているので、西日を遮れば良いのではないかということです。出掛ける時に、カーテンを閉めていってみましょう。

朝食ですが、昨日のばか高かったカフェの食事がトラウマ状態になっているので、今日はすぐ近くのバーガーキングでお手軽に庶民価格の朝食(ランチ?)をいただくことにします。ファストフードは世界的に同じ方式のようですね。ハンバーガーと飲み物(ドリンクバー)とフライドポテトがセットになっています。


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さすがにバーガーキングはハンバーガー界の王者です。なかなか美味しい。


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バーガーキングの店内から外を眺めると、そこはヴァーツラフ広場Václavské náměstíです。まだお昼前ですが、いかにも暑そうです。


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プラハは建築博物館とも呼ばれる街です。ロマネスク様式、ゴシック様式、ルネッサンス様式、バロック様式、アール・ヌーヴォー様式などの名建築の建物が街中にあふれています。なかでも、珍しい奇想の建築と言えるのがキュビズム様式です。ピカソとブラックがキュビズム絵画を完成させた1911年以降、1925年頃までにチェコだけで確立されたモダニズム建築です。プラハならではのキュビズム建築とは何なのかを見に行きましょう。
ヴィシェフラドVyšehradの丘の麓には、キュビズム建築を代表する建築家ヨゼフ・ホホルJosef Chocholの代表作が3つ集まっています。3番のトラムに乗って、ヴィシェフラドの丘を目指します。トラムのマップでルートを確認しましょう。ヴァーツラフ広場の停留所から、ヴルタヴァ川Vltavaに沿ってヴィシェフラドに向かいますが、どこの停留所で下りるのかは不明。まわりの様子を見ながら、トラムを下りましょう。


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3番のトラムは街の雑踏を抜けるとヴルタヴァ川にぶつかり、ヴルタヴァ川に沿って郊外の住宅街を走ります。どの停留所で下りればいいか悩んでいるうちに、車窓にそれらしい建物を発見。あれが目的のキュビズム建築でしょう。が、トラムはどんどん走り続け、次の停留所はずっと先です。次の停留所ポドルスカー・ヴォダールナPodolská vodárnaでいったんトラムを下ります。ヴィシェフラドの丘がずっと向こうに見えています。


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歩いて戻るのも大変なので、逆方向のトラムに乗って戻りましょう。


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ようやく、一つ前の停留所に戻ってきました。ヴィートニVytonというのが最寄りの停留所です。ヴルタヴァ川に架かる鉄道橋の袂です。


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キュビズム建築を見る前に、ヴルタヴァ川を見ていきましょう。ヴルタヴァ川クルーズの遊覧船が停泊しています。パラツキー橋Palackého mostの向こうには王宮も見えています。この辺りが、クルーズ船の発着場になっているようですね。ヴルタヴァ川もかなり水量が増していたと思われますが、今は水位も下がったようで、観光船が行き交っています。まだまだ濁流ですが、一安心です。ちょっとクルーズ船に乗ってみたくなりますが、チケット売り場が遠そうなので、残念ながら断念。


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大きなクルーズ船です。鉄道橋がすぐそこに架かっています。


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さて、通りに戻ります。すぐ近くにリブシナ通りLibušina uliciの邸宅がありました。綺麗な建物です。


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このリブシナ通り3番地のカヴァチェヴィッチ邸Kovařovicova vilaはヨゼフ・ホホルの作品で1912年~1913年に建てられました。


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白亜の建物で正面に8角形ファサードが突出しているのが特徴です。多面体のブロックの斜めの線を強調しているのがキュビズム的なんでしょうか。


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お庭も綺麗で、入り口の鉄柵が開いているのでふらふらと入ってしまいます。


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勢いで、建物のドアも開けて入ってみると、2人の若い女の子がソファに座ってランチを食べています。入っていいかと訊くと、にこやかにプライベートなスペースなのでダメだと断られました。オフィスになっているようです。すごすごと建物を出て、庭を歩きます。目の前にはヴルタヴァ川と鉄道橋が見えています。


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この辺りにはこの建物も含めて3つのヨゼフ・ホホルの作品があります。他の建物を見に行きましょう。


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プラハで音楽・美術三昧:キュビズム建築探訪の続きはヴルタヴァ河岸の3世帯住宅

2013年6月17日月曜日@プラハ/2回目

ヴィシェフラドVyšehradの丘の麓には、キュビズム建築を代表する建築家ヨゼフ・ホホルJosef Chocholの代表作が3つ集まっています。
まず、ヴルタヴァ川Vltava沿いにあるリブシナ通りLibušina uliciの邸宅を見ました。残りの2つも見ましょう。地図で場所を確認します。リブシナ通りの邸宅からヴルタヴァ川沿いにちょっと進んだところにヴルタヴァ河岸の3世帯住宅があります。そこから、いったん、リブシナ通りの邸宅に戻り、ヴィシェフラドの丘の麓に沿って進んだところにネクラノヴァ通りNeklanova uliciの集合住宅があります。これらを順に歩いてきましょう。


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まずは、ヴルタヴァ河岸の3世帯住宅です。これはすぐ近くです。ヴルタヴァ川沿いをちょっと歩くと、建物の端っこが正面に見えます。これは建物の横手です。なるほど、さっきのリブシナ通りの邸宅とは色合いこそ違え、似た住宅ですね。


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正面のほうに進みますが、近過ぎて、建物正面のデコボコだけが目立ちます。これは3世帯住宅の左側の2世帯分で、左側が赤茶色、真ん中が灰色です。


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もう少し、右のほうに進んでもやはり、建物正面は見えませんが、これで3世帯分全部が見えます。真ん中だけが灰色で、両側が赤茶色の住宅になっています。キュビズム建築の特徴である三角形のブロックの出っ張りはよく分かりますね。


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これが右端の部分です。最初に見た左端の部分と対称形になっています。全体のデコボコがよく見えます。なるほど、こういうのがキュビズム建築なんですね。なお、この建物は現在、一部は使われているようですが、少し荒れ果てた感じもあります。文化財保存に努めたほうがいいのではと他人事なりに思ってしまいます。


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建物正面があまり見えなかったので、通りを渡って、向かいのヴルタヴァ川沿いの土手に移動します。このあたりのヴルタヴァ川は緑が多く、のんびりしています。


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ようやく、ここから建物全景を見ることができます。


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もうちょっと、離れたところから見てみましょう。建物中央の部分はさきほどの邸宅と似た感じ。こちらの建物のほうが1階の窓などにキュビズム建築の特徴である三角形のブロックが目立ちます。三世帯にしてはとても大きな建物です。


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建物の正面にまわってみます。建物中央の部分の3階のバルコニーが装飾的です。壁にはレリーフも刻まれています。1階の扉の上部の星のような装飾も面白いですね。


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今度は左側のほうから眺めてみましょう。建物の上に、ヴィシェフラドの丘の教会の尖塔が見えます。これはヴィシェフラド民族墓地Vyšehradský hřbitovのかたわらに立つ聖ペテロ聖パウロ教会Chrám sv. Petra a Pavlaです。墓地には、チェコの多数の芸術家、文化人が埋葬されています。本当は是非とも墓参りに行っておくべきでした。墓ナンバー1の合葬モニュメントには、愛してやまない名指揮者ラファエル・クーベリック、そして、ミュシャも葬られています。指揮者と言えば、カレル・アンチェルもここにお墓があります。スメタナ、ドヴォルザーク、チャペックなど、錚々たる顔ぶれの人のお墓もあります。いつも彼らの芸術で楽しませてもらっていますので、とりあえず、この教会に向かって、合掌しておきます。


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ところで、ヴィシェフラドVyšehradというのは、この丘にあったプラハ城と並ぶ古いお城のことです。今では城跡になっていますが、かっては立派なお城だったようです。スメタナの有名な交響詩《わが祖国》の第1曲《高い城》はこのヴィシェフラドを描いたものです。続く第2曲が有名な《モルダウ》で、このあたりのヴルタヴァ川も表現しています。ということで、ヴルタヴァ川にもう一度、目を向けます。川の柵に草が巻き付いていますが、これは川の増水の名残りでしょうか。ドレスデンのエルベ川の増水はこのヴルタヴァ川からの大水のせいだったようですからね。


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ここから、いったん、先ほどのリブシナ通りの邸宅のほうに戻ります。そこから、ヴィシェフラドの丘の麓をぐるりと回り、坂道を少し上って、また下ると、ネクラノヴァ通りの集合住宅です。


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遠くから見ると普通の建物ですね。近くに寄って、よく見てみましょう。


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プラハで音楽・美術三昧:キュビズム建築探訪の続きはネクラノヴァ通りの集合住宅、そして、カレル橋へ

2013年6月17日月曜日@プラハ/3回目

ヴィシェフラドVyšehradの丘の麓にあるキュビズム建築を見て歩いています。ヴルタヴァ川Vltava沿いにあるリブシナ通りLibušina uliciの邸宅とヴルタヴァ河岸の3世帯住宅を見て、今度はネクラノヴァ通りNeklanova uliciの集合住宅です。遠くから見ると普通の建物に見えますが、近くに寄ってみると、壁や窓やドアがキュビズムの特徴の多角形ブロックの組み合わせになっています。


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1階の端はビアハウスになっています。ちょっと中を覘くと、まったく普通の内装になっています。


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この建物は2つの通りの角に建っていて、建物の角が鋭角に尖っています。右側の通りがネクラノヴァ通りNeklanova uliciで、左側の坂道の通りがブジェミスロヴァ通りPřemyslova uliciです。


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この建物はブジェミスロヴァ通りの坂道に沿って建てられており、自然に1階、2階・・・となっています。内部はどうなっているんでしょう。天井の高さが変わっていくんでしょうか。気になりますね。まあ、キュビズムとは関係ありませんけどね。


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それにしても、建物の角が尖っているのがとても印象的です。キュビズム建築に似合っている立地ですね。


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このキュビズム建築の集合住宅は見事にまわりの普通の建物に溶け込んでいます。知らなければ、気が付かずに通り過ぎてしまいます。


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これでキュビズム建築の見学は終了。何となくどんなものかは分かりましたが、ピカソやブラックのキュビズムと関連付けるのは無理があるように感じます。面白い建築ではあります。とても簡素な現代風の実用建築です。

旧市街の中心に戻ることにします。ネクラノヴァ通りの集合住宅から、すぐ前を通っている鉄道線路の下を抜けてナ・スルピ通りUlice Na slupiに出て左の方に進むと、トラムの停留所アルベルトフAlbertovに到着。ここから、18番のトラムに乗ります。


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国民劇場Národní divadlo前の停留所で下りて、ヴルタヴァ川の河畔のカレル橋Karlův most近くの絶景ポイントに向かいます。通り沿いの緑の公園に何かの記念塔が立っています。


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ここまでの18番のトラムのルートは次のようなものです。


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絶景ポイントに到着。本当はここはトラムの停留所カルロヴィ・ラーズニェ Karlovy lázněのすぐ前なんですが、逆方向行きのトラムしか停まらないんです。
一昨日もここで夜景を見ましたが、明るい陽光の下での絶景も見たくて再訪しました。ヴルタヴァ川、カレル橋、王宮、全部まとめて見ることができます。ウーン・・・綺麗ですが、夜景のほうがいいかな。


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カレル橋にもう少し近づいて、美しい風景を堪能します。


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カレル橋にも上ってみましょう。一昨日は暗かったからね。
カレル橋の前に出ました。カレル橋は14世紀後半から15世紀の初めにかけて、カレル4世の命で建造されたゴシック様式の石橋です。全長520m、幅は約10mもあります。石橋としては、ヨーロッパで2番目に古いものだそうです。ちなみに最古の石橋は、今回の旅で訪れたレーゲンスブルグRegensburgのドナウ川にかかる石橋です。今回の旅でヨーロッパ最古の石橋のNo,1とNo.2を見ることができました。


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橋の袂の旧市街塔Staroměstská mostecká věžです。青空を背景に堂々としています。この塔はカレル橋を造った建築家ペトル・パルレーシュが1400年に完成させたもので、通行料を徴収したり、橋を守るために建てられました。


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橋に上は相変わらず、観光客で賑わっています。


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橋の欄干には30体の聖人像が並んでいます。これらをすべて、カメラに収めてみましょう。


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プラハで音楽・美術三昧:カレル橋の彫像群

2013年6月17日月曜日@プラハ/4回目

カレル橋Karlův mostの欄干に並ぶ聖人像を順に見ていきましょう。全部で30体あります。左右の欄干に15体ずつ並べられています。聖書から題材をとったもの、歴史的な聖人、英雄を題材にしたものです。これらは橋の完成後、徐々に制作されていきました。17世紀から、19世紀にかけてのバロック様式のものが多くなっています。橋自体はゴシック様式です。

《聖母マリアと聖ドミニクス、トマス・アクィナス》です。これは1708年イェッケル作のコピーで、1965年に制作されました。


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《聖バルバラ、聖マルガリータ、聖エリーザべト》です。これは1707年ブロコフ作です。


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《ピエタ》です。これは1859年マックス作です。オリジナルは1695年作のもの。


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《ブロンズの十字架》です。これは1629年ヒルガーが鋳造し、1657年に建立されました。ヘブライ語の碑銘が刻まれたのは1696年のことです。十字架の両側に立つ聖母マリアと聖ヨハネの石像は1861年マックス作です。ひとつの彫像にも歴史がありますね。


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《聖アンナと聖母子》です。これは1707年イェッケル作です。


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このあたりまで来ると、もう橋の中ほどです。ヴルタヴァ川の美しい上流方向を眺めます。


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王宮も眺めてみましょう。青空には気球が浮かんでいます。気持ちよさそうですね。


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《聖フランシスコ・ザヴィエル》です。これは1711年ブロコフ作のコピーで、1913年に制作されました。ザヴィエルは彼が布教したアジアの人たちに担がれています。


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《聖キュリロスと聖メトディウス》です。これは1938年ドヴォルザーク作です。以前、ここには、1711年ブロコフ作の聖イグナチオ像がありましたが、1890年の洪水で破損しました。屋外の芸術作品は滅びの道にあります。しかし、再生の道でもあります。


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《聖クリフトフォルス》です。これは1857年マックス作です。


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《洗礼者聖ヨハネ》です。これは1857年マックス作です。


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橋の下流方向を眺めます。こちらには堰があり、それを超えて、水が勢いよく流れています。


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橋の真ん中には、レリーフの飾りがあり、みなさんが余程、触っているようで、ピカピカに輝いています。何か、ご利益があるのでしょう。


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このあたりからの上流方向のヴルタヴァ川です。マーネス橋Mánesův mostが見えています。


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《聖ノルベルト、ヴァーツラフ、ジギスムント》です。これは1853年マックス作です。


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《聖ルドミラとヴァーツラフ》です。これは1730年頃ブラウン工房作で、1784年に建立されました。


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《聖ヤン・ネポムツキー》です。これは1683年、ラウフミューラーの設計でブラウン作です。橋の上の彫像で最古のもので、また、唯一のブロンズ像です。


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この《聖ヤン・ネポムツキー》の台座部分に触れると、幸運が訪れると信じられているので、みんな、手を伸ばしています。そして、ピカピカに光っています。


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ここまでで、13体の彫像を写真に収めました。こうして見ていくと、長い間かけて、災害にも対応しながら、築き上げてきたことが分かりました。文化遺産はそういうものですね。


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マルティヌー傑作選!フルシャ&東京都交響楽団@サントリーホール 2014.9.8

今や、東京都交響楽団の看板プログラムとなったチェコ音楽。今日はチェコを代表するマルティヌーの傑作、2作品です。マルティヌーは1923年から1941年までのパリ時代の初期、その後、1953年までのアメリカ時代の中期、その後のヨーロッパ時代の後期と3つの時代に渡って活躍した20世紀の異色の作曲家です。このマルティヌーの作品を見事に表現してくれたのは、都響の首席客演指揮者のヤクブ・フルシャです。チェコ人のフルシャの指揮するお国もののチェコ音楽には毎回、堪能させられます。なかでも日本では演奏機会の少ないマルティヌーの作品はフルシャの腕が冴えわたり、音楽の素晴らしさに酔わされます。今日も中期のアメリカ時代を代表する交響的楽章第4番は納得の演奏。それ以上に素晴らしかったのが、初期の傑作であるカンタータ《花束》です。チェコの民族色に満ちたオペラっぽい音楽にはすっかり、惹き込まれ、最後はしみじみとした思いになりました。独唱の4人もプラハの国民劇場で活躍している人が主体でまことに見事な歌唱。さすがです。現在、当ブログで執筆中のプラハでの素晴らしい音楽体験を思い出しました。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:ヤクブ・フルシャ
  ソプラノ:シュレイモバー金城由紀子
  メゾソプラノ:マルケータ・ツクロヴァー
  テノール:ペテル・ベルゲル
  バス:アダム・プラヘトカ
  合唱:新国立劇場合唱団
  児童合唱:東京少年少女合唱隊
  管弦楽:東京都交響楽団

  マルティヌー:交響的楽章第4番 H.305

   《休憩》

  マルティヌー:カンタータ《花束》 H.305

まず、前半はマルティヌーの交響的楽章第4番。マルティヌーの交響曲全6曲は第6番の仕上げを除いて、すべてはアメリカ時代に書かれました。なかでも、第2次世界大戦終結時に完成した第4番は傑作の誉れ高い作品です。この作品は明るく演奏されることが多いのですが、ヴァーツラフ・ノイマンのように陰の多い演奏もある、多様性のある作品です。今日の演奏は第1楽章は明るく、新鮮な音響に満ちて、クリアーな表現。えてして、とりとめのない表現に陥りがちのところですが、実にまとまりのよい演奏で音楽構造の明確な演奏です。第2楽章は一転して、明快な推進力の音楽ですが、今日の演奏は繊細かつダイナミックな表現。中間部は穏やかで美しく、ボヘミアを思わせる音楽でフルシャが見事に演奏。第3楽章は哀切極まりない音楽が頂点に達した後、優しく終わっていきます。第2次世界大戦の悲しみに哀悼を捧げたかのようです。第4楽章はその第3楽章の気分を引きずりながらも勢いのある表現。最後は希望に満ちた音楽になり、勇壮なコーダでしめくくります。実に見事な演奏でした。引き締まっていて、響きの新鮮さに満ちて、素晴らしい演奏。フルシャと都響のマルティヌーの交響曲は第6番に続いてのものでしたが、とても聴き応えがあります。残りの4曲も是非、披露してもらいたいものです。

休憩後は、マルティヌーのカンタータ《花束》。チェコの民俗詩に基づいた作品で、8曲からなります。第1部が6曲で第2部が2曲ですが、続いて演奏されます。奇数番の曲が第7曲を除いて、管弦楽のみの音楽で、偶数番の曲が声楽(独唱と合唱)を伴う音楽です。もともとはラジオ局の依頼で、ラジオ用のカンタータとして作曲されたもので、ラジオで鑑賞しても分かりやすいストーリー性のある音楽として作曲されたようです。チェコ語を解すれば面白い作品でしょうが、今回は歌詞の日本語字幕が表示されたので、チェコ語が分からなくても十分に楽しめました。
第1曲の《前奏曲》は親しみにあふれた音楽でボヘミア色に満ちています。短い曲ですが、堪能できます。
第2曲の《毒を盛る姉》は音楽だけ聴いていれば、普通ですが、歌詞の内容が実に陰惨です。陰惨な内容を淡々とした音楽で表現すると、シュールな感覚にも襲われます。歌詞の内容は、自分の行動を制限する弟に毒を混ぜた食事を食べさせて、毒殺した姉が官憲に捕らわれて、死罪になり、本人の望みで壁に塗りこめられるというものです。弟役を歌ったテノールの声量のある歌声は素晴らしいものでした。
第3曲の《牧歌》は一転して、長閑な美しい曲。オーケストラの響きにうっとりと聴き入ります。
第4曲の《牛飼いの娘たち》はソプラノとメゾソプラノの女声独唱の呼びかけるような歌声に合唱が木霊のように呼応するという独特の音楽です。ソプラノの日本人歌手、彼女はプラハの国民劇場での経歴を持っているようですが、実に美しい歌唱でした。また、曲の後半でのソプラノとメゾソプラノの2重唱の美しさも特筆ものでした。
第5曲の《間奏曲》はリズムに満ちた民俗的な舞曲です。都響の見事なアンサンブルが印象的でした。
第6曲の《家族に勝る恋人》は、ストーリー性のある歌詞が繰り返しのメロディーに乗って、歌われていきます。最後は見事に変奏されて終わります。歌詞の内容は、トルコの監獄に3年も囚われた男が家族に解放のためのお金を出してくれるように懇願する手紙を次々と、父、母、兄弟に出しますが、すべて、断られ、最後に恋人に手紙を書き、彼女に救われるという単純なストーリーですが、見事な音楽にまとまっています。
第7曲の《クリスマス・キャロル》は児童合唱で歌われるアダムとイブの物語です。歌詞はカレル・ヤロミール・エルベンの《花束》という詩集に基づくもので、カンタータの題名もこれから取られました。歌詞の最後の締めが利いていて、楽園から追放されたアダムが麦畑を耕して、パンを作ったけれども、このアダムが人類の祖先だから、人々は貧しさを受け継いでしまったのだと終わります。
第8曲、終曲の《人と死神》は、最後を飾る秀作です。満足な生活を送る男がばったりと道で死神と出会ったことから、彼の機知に満ちた言葉も通用せずに、結局は死神の矢を受けて、悲惨な死を迎えるというストーリーを荘重な音楽にしています。管弦楽の響き、合唱の響き、バス独唱の素晴らしい歌唱が重なって、素晴らしい音楽が奏でられ、さらにヴィオラ独奏、ヴァイオリン独奏も美しく、最後は4人の独唱と合唱で万人に訪れる突然の死への警告を歌い上げて、オーケストラが静かに曲を閉じていきます。感銘の残る音楽にしばし、息を止めます。

マルティヌーの初期の傑作の素晴らしさに感動するとともに驚きもありました。交響曲の多彩な響きが印象的なマルティヌーですが、初期の作品はモラヴィア、ボヘミアの民俗的な作風で大変、魅力的でした。これからもフルシャの指揮する都響のチェコ音楽には期待いっぱいです。



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この記事へのコメント

1, 寄り道さん 2014/09/09 13:01
フルシャのマルティヌー、素晴らしかったですね。「花束」の奇妙なコミカルさが良かったです。演奏自体も見事なものでした。
記事を読んでちょっと、あれ?と思ったので……。フルシャ/都響は、マルティヌーの交響曲は、第3番も取り上げています。

2, saraiさん 2014/09/09 13:51
寄り道さん、初めまして。

大切な情報、ありがとうございました。2010年12月の首席客演指揮者就任の文化会館の公演でしたね。その月のサントリーでドヴォルザークの《フス教徒》、スメタナの交響詩《ブラニーク》、マルティヌーの《リディツェへの追悼》、ヤナーチェクの《グラゴル・ミサ》という素晴らしいプログラムがあったので、文化会館の第3番はパスしました。今思えば、大変、残念です。このときがフルシャの初聴きだったので、まだ、真価を理解していませんでした。いやー、残念!!
 

プラハで音楽・美術三昧:カレル橋の彫像群の続き

2013年6月17日月曜日@プラハ/5回目

カレル橋Karlův mostの欄干に並ぶ聖人像を順に見ているところです。

《パドゥアの聖アントニウス》です。これは1707年マイヤー作です。


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《聖フランチェスコ》です。これは1855年マックス作です。フランツ・ヨーゼフ1世の暗殺が回避されたことを記念して制作されました。


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聖人像を見ながら、カレル橋の対岸近くまでやってきました。このあたりからヴルタヴァ川の下流方向を眺めます。川の流れが強くて、川面が泡立っています。


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一方、こちらはヴルタヴァ川の上流方向です。下流とは雰囲気が異なり、明るく穏やかな感じです。


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《聖ユダ・タダエウス》です。これは1708年マイヤー作です。


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《聖アウグスティヌス》です。これは1708年コール作のコピーで、1974年に制作されました。


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《トレンティーノの聖ニコラス》です。これは1706年コール作のコピーで、1963年に制作されました。


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カレル橋のマラー・ストラナMalá Strana(小地区)側の端に近づいてきました。それでも、聖人像は左右4対ずつ並んでいるのが見えます。橋の塔も近づいてきました。観光客は相変わらず、多いですね。


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《聖ルトガルディス》です。これは1710年ブロコフ作です。聖ルトガルディスはシトー会の修道女でしたが、その生涯に何度もイエス・キリストのヴィジョン(幻視)に遭遇したと言われています。この彫像はまさにその場面を表現しており、十字架上のキリストの脇腹の傷口に接吻しようとする聖ルトガルディスとそれに応えて身を屈めるキリストが表されています。橋上の聖人像のなかで最も美しい彫像です。


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《聖カイェタヌス》です。これは1709年ブロコフ作です。


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《聖ベニート=フィリッホ》です。これは1714年、ザルツブルグのマントル作です。唯一の大理石像です。


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《聖アダルベルト》です。これは1709年ブロコフ作のコピーです。


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《マタの聖ヨハネとヴァロフの聖フェリックス、聖イワン》です。これは1714年ブロコフ作です。


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《聖ヴィート》です。これは1714年ブロコフ作です。


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《聖ヴァーツラフ》です。これは1858年ベーム作です。


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いよいよ、マラー・ストラナ橋塔Malostranská mostecká věžの前まできました。塔のアーチのあたりは観光客で混み合っています。橋塔の重厚感は圧倒的です。


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アーチの先は王宮への坂道に続いていますが、大変な賑わいです。


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いやはや、凄い人出。プラハにどっと観光客が押し寄せています。


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聖人像のすべて、30体を写真に収めたつもりでしたが、この人混みに紛れて、数体撮り逃したようです。数えてみると、写真に収めたのは25体。何と5体も撮り逃しました。何たる失態。すべては後の祭りです。この時点では全部写真に収めたつもりのsaraiは上機嫌で、カレル橋の散策を続けていました。


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プラハで音楽・美術三昧:カレル橋からぶらぶら歩いて旧市街広場に

2013年6月17日月曜日@プラハ/6回目

カレル橋Karlův mostの聖人像のすべてをカメラに収めるのは駄目でした。と言うか、ミスってしまいました。 が、このときはうまくいったと思い込んでいたので、意気揚々と橋の上を闊歩しています。橋の上から下の路地を何気なく覗き込んでいると、テレビ番組でよく紹介されているマリオネット人形を制作・販売しているお店を発見。よほど、橋から下りてお店を見に行こうかとも思いますが、上から眺めるだけに留めます。


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橋の下は長閑そうな界隈になっています。しばらくその景色を眺めています。


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マラー・ストラナMalá Strana(小地区)に路地が伸びています。この辺りを散策するのもよさそうですが、時間も遅くなるので、そろそろ戻りましょう。


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もう一度カレル橋の聖人像を眺めながら、旧市街の方に歩きます。


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カレル橋を抜けて、旧市街広場Staroměstské náměstíの方に向かいます。それにしても、凄い人出です。今日は月曜日ですが、曜日に関係なしに観光客が繰り出しています。この人出に匹敵するのはベネチアくらいでしょうか。


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カレル通りKarlova uliceを歩いていきます。ちょっと後ろを振り返ると、カレル橋の橋塔、旧市街塔Staroměstská mostecká věžが通りの先にまだ見えています。


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今歩いているカレル通りは古の「王の道」の一部です。「王の道」は歴代の王たちが戴冠のときに行進したプラハの中心街を抜けていく道です。13世紀から19世紀までの間、戴冠行進は共和国広場Náměstí Republikyの火薬塔Prašná bránaから旧市街広場を経由し、このカレル通りを抜けて、カレル橋を渡り、プラハ城Pražský hradに至りました。その古の道を散策しており、感慨深いものがあります。道の左側はクレメンティヌムKlementinumの大きな建物、右側にはお土産物屋が並んでいます。


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カレル通りの正面に美しい装飾のHotel AURUSが見え、そこで通りは二股に分かれます。


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右手に続く道がカレル通りです。そちらに進むと、特徴のあるティーン教会Chrám Matky Boží před Týnemの2本の尖塔が見えてきます。


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この辺りのカレル通りは狭くなり、いったんフソヴァ通りHusova uliceにぶつかります。


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フソヴァ通りを少し左の方に進むと、美しい建物があります。セセッション様式の新市庁舎Nová radniceです。これは、プラハ市の人口が増大し旧市庁舎では手狭になったので、1909年から1911年にかけて新しく建てられたものです。


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この新市庁舎の横のリンハルツカー通りulice Linhartskáを通って、くねくねと曲がって、旧市庁舎Staroměstská radniceの天文時計Orlojの前に出ます。実はフソヴァ通りを右に曲がって、すぐ左に曲がるとカレル通りが続いていましたが、ちょっと遠回りをしてしまいました。


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ここまでのルートを地図で確認しておきましょう。

 ①カレル橋のマラー・ストラナ(小地区)側の端で路地を眺め、そこから、橋を旧市街側に渡りました。
 ②カレル通りを歩いて、フソヴァ通りまで歩きました。
 ③フソヴァ通りを北に歩き、新市庁舎で右に折れます。
 ④リンハルツカー通りを進み、U Radnice通りで右に折れ、小広場で左に折れると、すぐに旧市庁舎の天文時計の前に出ました。


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ここに来たのは実は旧市庁舎の時計塔に上がって、街の眺めを楽しみたいからです。


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プラハで音楽・美術三昧:旧市庁舎の時計塔からのプラハの街の眺め

2013年6月17日月曜日@プラハ/7回目

カレル橋Karlův mostから旧市街広場Staroměstské náměstíへ、混雑する人ごみの中を歩いてきました。

旧市街広場も大混雑ですが、それを高見の見物ということで旧市庁舎Staroměstská radniceの時計塔に上がってみます。幸い、エレベーターで上れるそうです。チケットを買いましょう。


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チケットを買うと、2軒隣の建物が入口よと窓口のお姉さんに教えられます。教えられた建物に行くと、そこはツーリストインフォメーションの建物です。そこのエレベータで4階まで上って、そこから時計塔の建物に横移動すると、時計塔の内部のエレベーターがあります。


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エレベーターのケーブルは周りの階段の中心を上の方に続いています。


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エレベーターに乗り込むと、展望階までさっと上っていきます。展望台は結構狭くて人でいっぱいです。人を押し分けかき分け、360度のパノラマを楽しみます。パノラマと言っても、時計塔はそう高さがあるわけではないのでヴルタヴァ川は見えないし、そう遠くまで見渡せるわけではありません。最もよく見えるのは、旧市街広場の様子です。人が蟻さんのように小さく見えます。

ここで、旧市街広場の地図をみておきましょう。赤丸が時計塔の展望台の場所です。


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これは時計塔の前に並ぶレストランを見下ろしたところです。


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目を上げて、プラハの街並みの屋根の連なりを眺めます。旧市街は赤茶色の屋根が目立ちます。


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旧市街広場の向かい側に建つティーン教会Chrám Matky Boží před Týnemが同じような高さで見えます。上から見ても、教会を取り囲むようにして建ち並ぶ建物が邪魔ですね。


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旧市街広場の全景です。中央左寄りにヤン・フス像が見えます。広場は人がうようよという感じではありますが、意外に人でぎっしりと埋まっているわけではありません。大きな広場なんですね。


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広場の向かい側の建物を見ます。3つの美しい建物が並んでいます。左から、ゴルツ・キンスキー宮殿Palác Golz-Kinských、石の鐘の家Dům U kamenného zvonu、ティーン教会です。その後ろには、旧市街の街並みが続いています。


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目を少し右の方に移すと、ツェレトゥナー通りCeletná uliceの先の方に火薬塔Prašná bránaが見えます。王の道の出発点ですね。後で、王の道を歩いて火薬塔まで行ってみましょう。


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今度はほぼ180度、目を転じます。ずっと先の丘の上にプラハ城Pražský hradが見えています。途中にヴルタヴァ川がある筈ですが、全然見えませんね。


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手前には、広場に面する聖ミクラーシュ教会Kostel sv. Mikulášeが見えます。白亜のバロック様式の美しい建物です。


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これは旧市庁舎の赤い屋根を見下ろしたところです。旧市庁舎の前の通りはカレル通りKarlova uliceです。すなわち王の道です。


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時計塔からの眺めは満喫しました。引き上げましょう。下りはエレベーターを使わずに歩いてみます。その通路への螺旋階段はとても狭くて下る人と上る人がぶつかってしまうので、一方通行用のシグナルが付いています。


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シグナルが青くなるのを待って螺旋階段を下ります。この狭い螺旋階段を下りて、広い通路まで行きます。広い通路がエレベーターの周りをぐるぐると周っています。


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通路に出て下を覗き込むと、一番下まで見通せます。人がぞろぞろと下りています。上ってくる人も少しはいます。階段ではなく螺旋の幅広いスロープになっているので、下りるのはとっても楽でした。


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下る途中、窓からもティーン教会が見えます。


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旧市庁舎の外に出ます。今日の観光は配偶者のお達しもあって、これにて終了。まだ夜の部(オペラ鑑賞)が残っていますから、体力を残しておく必要があります。なにせ暑くて耐え切れないほどです。今回の旅では、ウィーンにいた頃は大変な寒さでしたが、天候がすっかり変わってもう夏の勢いです。長旅の間に季節が冬から夏に変わってしまいました。

これから歩いて、ホテルに戻ります。


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プラハで音楽・美術三昧:国民劇場でのオペラの前に有名カフェのスラヴィアへ

2013年6月17日月曜日@プラハ/8回目

旧市庁舎Staroměstská radniceの時計塔からのプラハの街の眺めを楽しんで、旧市街広場Staroměstské náměstíに出てきます。先ほど上から見下ろしたところを歩くのはちょっと奇妙な感じ。今度はティーン教会Chrám Matky Boží před Týnemを下から見上げることになります。


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ここから市民会館Obecní důmまで歩いて、そこからトラムでホテルに戻ることにします。ツェレトゥナー通りCeletná ulice、すなわち王の道を歩いていくと、やがて火薬塔Prašná bránaが見えてきます。


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火薬塔に到着。これでカレル橋Karlův mostから火薬塔まで、王の道を歩いたことになります。火薬塔をくぐると共和国広場Náměstí Republikyです。


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共和国広場から24番のトラムに乗って、ヴァーツラフ広場Václavské náměstíに向かいます。途中、プラハ・マサリク駅Praha Masarykovo nádražíの前を通ります。この建物は外から見ると、とても駅とは思えないお洒落な外観です。マサリク駅は現在は近郊線が発着する駅ですが、実はプラハに最初にできた駅で昔は国際路線の駅だったそうです。ちょっと駅舎の中を覗きたいところですが、トラムに乗っているので外から眺めるだけにします。


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ヴァーツラフ広場の停留所でトラムを降りる寸前にスーパーを発見。ここで飲み物を調達していきましょう。トラムを降りて見つけたスーパーに行くと、いわゆる日本で言うところのドラッグストアです。全く食料品はおいてありませんが、飲み物はちょっとあります。スーパーは外れですが、そのお隣がお寿司屋さんです。


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メニューも豊富です。


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これで、夕食は簡単に済ませることができそうです。注文すると、その場で調理してくれます。なかなか可愛いアジア系のお兄さんが、とっても上手に細巻きをまいてくれます。上手ね・・・と配偶者が褒めると、とっても嬉しそうです。お持ち帰りします。


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旧市庁舎からホテルまで戻ったルートを地図で確認しておきます。

 ①旧市街広場を抜けて、ツェレトゥナー通りを歩いて、火薬塔へ。塔のゲートを抜けて、共和国広場へ。
 ②共和国広場からトラムでヴァーツラフ広場へ。途中、プラハ・マサリク駅を通過。
 ③お寿司屋さんで夕食をゲットして、歩いてホテルに帰着。


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ホテルの部屋に入ると、涼しいです。西日をさえぎるためにカーテンを閉めて出掛けたのが良かったみたいですね。
お風呂に入り汗を流してさっぱりし、再度出かけます。

今度は国民劇場Národní divadloでのオペラ公演です。ヴルタヴァ川の河畔にある国民劇場へはトラムですぐに到着。オペラを観る前にお茶することにします。今回の旅では、ブダペスト、ウィーンでパラチンケンを食べたので、ここプラハでもパラチンケンを食べて、3都市の食べ比べをしてみましょう。有名カフェのカフェ・スラヴィアKavárna Slaviaが、通りを挟んだ国民劇場の隣です。ヴルタヴァ川沿いのテーブルにつきたかったので予約を入れておきましたが、強烈な西日がはいっているせいか、川が見えるテーブル席はがら空きで予約は不要でした。なるべく西日を避けられそうなテーブルを選びます。細長い店内にずらっとテーブルが並んでいます。結構、混み合っていますね。


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こちらは川沿いのテーブルですが、いかにも西日で暑そうです。


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saraiは柱の陰に座っています。ちょっと覗くと、ヴルタヴァ川にかかる橋、チェコ軍団橋Most legiíとその先に川の流れが見えます。


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このカフェ・スラヴィアは1881年創業で、1989年のビロード革命を議論した場所として有名です。アール・デコ様式の内装が美しく、壁には面白い絵がかかっています。チェコ人の画家、ヴィクトル・オリヴァの描いた「アブサンを飲む男」で、このカフェのシンボルになっています。アブサンを飲み過ぎたということなのか死神(といっても綺麗な女性のようですが)の幻影が現れています。この絵は本物のようです。


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パラチンケンの前に紅茶が出てきます。ポットを見ると、ドイツのEilles teeのようです。


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壁に架かっている古い写真を眺めながら、紅茶をいただきます。


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パラチンケンもそろそろ運ばれてくるでしょう。


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プラハで音楽・美術三昧:国民劇場で衝撃のオペラ・・・ドビュッシー《ペレアスとメリザンド》

2013年6月17日月曜日@プラハ/9回目

今夜は国民劇場Národní divadloでオペラ公演を観ます。その前に国民劇場の隣にある有名カフェのカフェ・スラヴィアKavárna Slaviaでお茶しています。
まず、国民劇場Národní Divadloとカフェ・スラヴィアKavárna Slaviaの場所を地図で確認しておきましょう。
カレル橋Karlův mostの南にあるチェコ軍団橋Most legiíのほとりです。ホテル近くのヴァーツラフ広場Václavské náměstíの停留所からは9番のトラムで直接、ナードロニー・ディバドロNárodní Divadloの停留所まで行けば、目の前に国民劇場があり、通りを挟んで向かいの北側にカフェ・スラヴィアがあります。


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カフェ・スラヴィアで紅茶を飲みながら、パラチンケンが運ばれてくるのを待ちます。遂に待ちに待ったパラチンケンが運ばれてきます。アイスクリーム、ホイップクリーム、フルーツなどがのせられた豪華版のクレープという感じです。こちらはイチゴのパラチンケンです。


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こちらはアップルのパラチンケン。


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タイプとしては、ウィーンのものに似ています。一番上品だったのは、ブダペストかな・・・。まあ、ウィーンもブダペストもプラハもどれも美味しかったですけどね。このカフェで時間ぎりぎりまで粘って、隣の国民劇場に行きます。

ところが、現在、国民劇場は大々的な改装中です。


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入り口が見つからず、建物をグルッと1周してしまいます。人が入っていくところを目撃して、ようやく入口に到達。こんな目立たない入り口です。ちゃんと道案内の看板をお願いしたいですね。


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エントランスロビーは古めかしい感じです。


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入口を探してモタモタしているうちに開場したようです。ネットで購入済みのチケットを取り出します。


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ホール内の通路は赤い絨毯が敷いてあり、豪華な感じ。


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ホールに入ると、昨日のプラハ国立歌劇場Státní opera Prahaと同様に、古くて重厚かつ豪華なオペラハウスです。黄金色に輝いています。


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ステージの幕も黄金色です。びっくりです。凄いですね。


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天井を見上げると、これも黄金色。その中に8枚の女神の絵が飾られています。ミューズでしょうか。


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今夜の席は最前列の中央付近です。席につくと、目の前がオーケストラボックスです。何人かの楽員が練習中です。


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これは最前列から後ろの客席を振り返ったところです。ほどよい大きさのホールです。歌手の声がよく響きそうです。もっとも、最前列なので、すぐ近くからの歌声を聴けますけどね。


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席からステージを見ると、黄金色の幕が圧倒的です。


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今日のオペラはドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》。幕間の休憩まで観たところですが、オーケストラのボエミア風とも思える素晴らしい響きと卓越した演出にこのオペラの真髄を見た感じになります。想像以上の素晴らしい出来です。後半にも期待しましょう。休憩時間中にこの初めて訪問した国民劇場を探検します。2階のギャラリー席から、ホールを見下ろします。珍しく、次の幕へ向けた舞台の準備中の様子が見えます。


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少し回り込んで、見下ろします。このあたりから観るのもよさそうですね。


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後半も素晴らしく、衝撃を受けるオペラ体験ともなりました。詳細はここにアップ済です。

終演後、トラムに乗ってホテルに帰り、夜食用に調達した巻き物をぱくつきながらブログの執筆です。

明日はプラハで3つ目のオペラハウス、エステート劇場でオペラを見ます。モーツァルトゆかりのエステート劇場で観るモーツァルトのオペラですから、期待が膨らみます。そのオペラでプラハ最後の夜を迎えます。


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プラハで音楽・美術三昧:ミュシャ作品展(イワン・レンドル所有のポスター完全コレクション)の世界ツアーのプレミエ公開

2013年6月18日火曜日@プラハ/1回目

旅の19日目です。今日はプラハ滞在4日目です。

saraiは今日も朝寝坊。起きたのは10時をとっくに過ぎた頃。配偶者は待ちかねて、呆れ顔です。でも、夜更けまでブログの執筆・整理をしている故から、配偶者からはご苦労様とは言ってもらえましたけど・・・。

今日も快晴で外の気温はぐんぐんあがっているようです。エアコンが効かなくなってきます。
今日は実質的にプラハPrahaの最終日。やり残したことをやっておきましょう。saraiが起きてくるまで、配偶者は今日はどこにいこうかと観光案内書をぺらぺらとめくっていたようです。saraiはゆっくりと朝寝をしたにもかかわらず、プラハのあまりの暑さに朝からぐったりです。このホテルには湯沸し器があるので、コーヒーでも淹れてのんびり朝ごはんがわりにしようと、配偶者に提案してみます。それもいいねっていうことになります。

次の提案は、今日は船に乗ろうよと持ちかけます。クルーズ大好きのsaraiは、昨日ヴルタヴァ川のクルーズ船を見てからウズウズしていたんです。あまりにも暑そうな外の気配に歩いての観光はうんざりの様子の配偶者も、この提案にのってくれます。

今日の予定が定まったところで、行動開始です。まずはホテルの部屋に置いてあるツアーパンフレットをチェックします。


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そのパンフレットの中で、時間的に適当なクルーズのツアーを決めます。ランチ付のクルーズとケーキ付のクルーズの2つがありますが、ランチ付のクルーズは出発時間が間に合いそうもなく料金も高いので、ケーキ付のクルーズにします。


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プランを決めたところで、ホテルのレセプションでお願いします。が、希望のコースは今日はやっていないとのことで、そのツアーに近いものを勧められます。大差ないので、お勧めに従い、1時半からの2時間コースを予約します。チケットは手書きです。料金は1人550コルナですから、3,000円くらいですね。まあ、普通でしょう。


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ツアーの集合地点は市民会館Obecní důmの前です。それならば、そのツアー開始までに、市民会館で開催中のミュシャの作品展(元プロテニスプレーヤーのイワン・レンドルの所有するミュシャのポスター完全コレクション。本当に完全かな?)の世界ツアーのプレミエ公開を見たいというsaraiの希望を配偶者に申し出て、これも了承されます。この作品展に行けば市民会館に入れるので、うまくすればスメタナホールの内部も見られるのではないかとの企みもあります。トラムに乗って市民会館に向かいますが、ものすごい暑さです。市内交通の3日間乗り放題チケットは昨日までで有効期限が切れたので、今日は24時間乗り放題チケットを利用します。これは1人110コルナです。500円くらいですね。


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市民会館に着いてミュシャ展のチケットを買おうとすると、受付のお姉さんから・・・シニアは半額よとのお申し出。ありがたいことですが、何の疑いもなくシニアだと思われたことが不満のsaraiです。配偶者には、よほど自分は若く見えると思っているようねって、からかわれます。配偶者に言わせると、saraiは十分年相応の風貌だそうです。お蔭で思いがけず、安い料金でチケットが買えました。1人90コルナです。500円弱くらいですね。本来は1000円ほどの料金です。


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パンフレットもいただきます。作品展はこの4月から来月末(2013年7月)までプラハで開催して、その後世界中を回るようです。


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これがミュシャ完全コレクションの持ち主のイワン・レンドルです。ウィンブルドンで活躍していた頃からはずい分と年を重ねたようですね。


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市民会館の正面階段から、入場。階段上から市民会館入り口を振りかえってみます。ここから先は自由に2階にある会場まで階段を上っていけます。


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会場以外への階段は入場禁止のロープが張ってあります。


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ここから階段を上っていきます。


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ところで、saraiには秘密任務があります。そう、スメタナホールです。会場の2階展示室に上がる途中で、首尾よくスメタナホールでのリハーサル風景をドアの窓から覗くことが出来ます。美しいホールですね。今度はここでプラハ交響楽団の演奏を是非聴いてみましょう(チェコ・フィルの本拠地はドヴォルザークホールでスメタナホールはプラハ交響楽団の本拠地)。


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ミュシャ完全コレクション展示をこれから見ていきましょう。


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プラハで音楽・美術三昧:ミュシャ作品展(イワン・レンドル所有のポスター完全コレクション)前篇

2013年6月18日火曜日@プラハ/2回目

ミュシャ作品展をやっているプラハ市民会館Obecní důmの2階にある会場にやってきました。会場はとても大きな部屋2つで、壁にいっぱい、ミュシャの作品が展示されています。展示されているミュシャのポスター作品は確かに凄い数で、ミュシャ美術館の展示を上回るかもしれません。パリ時代、アメリカ時代、チェコ(ボヘミア)時代に分けて、展示されています。パリ時代は圧倒的に商業ポスターが多いです。可愛い女の子と花を散りばめたポスターは何とも言えず、魅力的です。
まずはパリ時代の幕開けを飾る作品から見ていきます。女優サラ・ベルナールを描いたポスター群です。パリで画家修業をしていたミュシャは後援者からの資金援助を断たれ、経済的な苦境の中、本の挿絵を描いたりしながら、何とか生計を立てていました。その経験が商業的な絵への才能を育てたのですから、人生は何が幸いするか、分からないものです。そうした生活も6年を過ぎ、1984年のクリスマス・イブに奇跡が起きます。サラ・ベルナール主演の舞台劇《ジスモンダ》が翌年の1985年1月に再演されることになり、そのポスター制作の依頼がミュシャが勤めていた工房に舞い込みます。クリスマス休暇のため、工房に残っていたのはミュシャだけでした。そのため、ミュシャがこのポスター制作の仕事を請け負います。それがミュシャの本格的なデビューになり、大成功を収めます。このまるで、クリスマス・キャロルのような伝説は後にずい分、脚色されたものかも知れませんが、それが真実に思えるほど、デビュー作の出来栄えは見事なものです。

デビュー作の《ジスモンダ》です。1895年、ミュシャ34歳の作品です。舞台劇《ジスモンダ》はアテネが舞台になった宗教劇で、サラ・ベルナールが演じる主役ジスモンダはビザンティン風の衣装を身に着け、手には棕櫚の枝を持っています。これは舞台のクライマックスの場面だそうです。この見事なポスターを描いたことで、ミュシャは一夜にして、パリの人気アーティストの仲間入りを果たします。写真で見ると、若い頃のサラ・ベルナールは大変な美人だったようですが、このとき、彼女は既に50歳を超え、女優としての頂点は過ぎていました。ミュシャはその彼女を若返らせて、魅力たっぷりに描きました。女性を可愛く描くミュシャの才能が炸裂した瞬間だったわけですね。


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このポスターはミュシャの成功にもつながりましたが、同時にサラ・ベルナールの女優としても復活にもなりました。再び、劇場が活気を取り戻したそうです。サラ・ベルナールとミュシャは6年間の契約を結び、ミュシャはこの後、6枚のサラ・ベルナールのポスターを制作することになります。

《椿姫》です。1896年、ミュシャ35歳の作品です。これは2枚目のポスターです。ヴェルディのオペラでも有名な作品ですが、サラ・ベルナールは女優として、この役柄を好み、生涯で何度も再演したそうです。サラはこのポスターがお気に入りでこの後、アメリカ公演でもこのポスターを使用したそうです。


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《ロレンザッチオ》です。1896年、ミュシャ35歳の作品です。これは3枚目のポスターです。16世紀のフィレンツェの歴史劇です。従妹のフィレンツェ公爵のアレッサンドロを殺害するロレンザッチオをサラ・ベルナールが演じました。このポスターはロレンザッチオが殺害方法を熟慮している場面を描いています。男役を演じるサラ・ベルナールはジスモンダ役よりは少し魅力に欠けますね。ミュシャはやはり女性を描くのが得意のようです。ところで、この歴史劇は、塩野七生のルネッサンス歴史を舞台にした殺人事件3部作の第2作《銀色のフィレンツェ-メディチ家殺人事件》に詳しく描かれています。とても面白い小説です。読んでいない方はご一読を。


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《サマリアの女》です。1897年、ミュシャ36歳の作品です。これは4枚目のポスターです。この演劇は聖書からのテーマをもとにサラ・ベルナールのために書き下ろされた作品です。サラは古代パレスチナのサマリア地方の女フォティナを演じました。サマリア人をキリスト教に改宗させるという役柄です。


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《メディア》です。1898年、ミュシャ37歳の作品です。これは5枚目のポスターです。これはギリシャ悲劇の定番ですね。オペラにもなっています。腕に着けた蛇のブレスレットはミュシャが独自にデザインしたものですが、これを気に入ったサラ・ベルナールは実際に小道具として作らせて、舞台で身に着けたそうです。ミュシャの装飾デザイナーとしての才能はこの後に開花していくことになります。


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《トスカ》です。1898年、ミュシャ37歳の作品です。これは6枚目のポスターです。今では《トスカ》はプッチーニの人気オペラとして知られていますが、このときはまだオペラ化される前で、サラ・ベルナールのために書かれた作品でした。もちろん、サラが悲劇のヒロイン、トスカを演じました。このポスターは例外的に小さなサイズです。


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《ハムレット》です。1899年、ミュシャ38歳の作品です。これがミュシャがサラ・ベルナールを描いた最後のポスターになりました。これはシェークスピアの代表作ですね。サラ・ベルナールはロレンザッチオに続く男役ですが、やはり、男役ではミュシャの才能がもったいないですね。ポスター下部にオフィーリアが描かれていますが、オフィーリア役をサラ・ベルナールが演じれば、いいポスターになったのにと悔やまれます。


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サラ・ベルナールを描いて人気アーティストになったミュシャですが、その成功をきっかけに、パリの名高い展覧会《サロン・デ・サン》に参加することになります。それがデビュー直後の1895年ですから、如何にミュシャの登場が爆発的なものであったかが分かります。この展覧会にはロートレックも参加しています。翌年の《サロン・デ・サン》のポスターをミュシャが描いています。

《サロン・デ・サン》のポスターです。1896年、ミュシャ35歳の作品です。これって、ヌードのポスターですね。こんなものも描いているとは、びっくりです。ミューズだから、ヌードなんでしょうか。


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同じく《サロン・デ・サン》のポスターです。1897年、ミュシャ36歳の作品です。これは先ほどの翌年の6月のポスターです。こちらの作品のほうが魅力的ですね。


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人気アーティストになったミュシャが多く手掛けるようになったのは、商業ポスターです。とりわけ、名高いのが鉄道会社に依頼された旅のポスター。ちょうど、この時期に鉄道が敷設されるようになり、大々的な宣伝が必要でした。

《モナコ・モンテカルロ》のポスターです。1897年、ミュシャ36歳の作品です。これはミュシャらしさが炸裂した見事なポスターですね。もっとも、美しい女性の姿が目立って、絵だけでは何のポスターか、判然としません。女性の背景に南仏コート・ダジュールが描かれています。女性を装飾する花輪がコート・ダジュールの春を演出するあじさいとライラックの花で表現されています。女性のうっとりとした表情が旅への憧れをイメージしているそうですが、分かりませんよね。もっとも、この一見、何の宣伝か分からない絵は現代のCMの先取りとも言えますね。


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続く商業ポスターは製品の宣伝用のものです。

巻き煙草用紙《ジョブ(JOB)》のポスターです。1897年、ミュシャ36歳の作品です。JOBは紙巻き煙草の巻紙を製造する会社で、ミュシャはこの会社のために2枚のポスターを制作しており、これは1枚目のポスターになります。これも一見、何のポスターかは分かりづらいですが、描かれた女性の美しさは素晴らしく、ポスターも芸術の域にはいったことが実感できます。デフォルメしながら、女性の美の本質に鋭く迫った傑作と言えるでしょう。


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《リュイナール(RUINART)・シャンパン》のポスターです。1897年、ミュシャ36歳の作品です。これも女性が主体に描かれていますが、手に持つシャンペングラスとそこから弾ける泡が印象的で、シャンペンの宣伝であることがよく分かります。しかし、saraiは紙巻き煙草の巻紙製造会社JOBのように、あくまでも女性のみが印象的なポスターのほうが好みです。まあ、女性モデルがJOBのほうが美人だったせいかもしれませんけどね。


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《モエ・エ・シャンドン(グラン・クレマン・アンペリアル)》のポスターです。1899年、ミュシャ38歳の作品です。これもシャンパンの宣伝用ポスターです。ミュシャはこのほかにも多くのお酒のポスターを描いています。ミュシャの魅惑的なポスターがお酒にぴったりなんでしょう。


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《ルフェーヴル=ユティル、ビスケット:シャンペン風味》のポスターです。1896年、ミュシャ35歳の作品です。LU(ルフェーヴル=ユーティル社)はナントを代表する製菓会社で、このポスターは新商品の発売時に吊り下げるディスプレイとして描かれました。パリの社交界の華やかな雰囲気が描かれています。ミュシャとしては珍しい構図かもしれません。


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《ルフェーヴル=ユティル、ビスケット》のポスターです。1896年、ミュシャ35歳の作品です。同じく、LU(ルフェーヴル=ユーティル社)のビスケットのために描かれた作品です。下の方にある半円形の部分にはカレンダーが書き込まれます。美しい乙女がビスケットをすすめてくれる構図ですね。


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《ルフェーヴル=ユティル、サラ・ベルナール》のポスターです。1903年、ミュシャ42歳の作品です。これもLU(ルフェーヴル=ユーティル社)のビスケットのために描かれた作品です。再び登場したサラ・ベルナールは演劇《遥かなるプリンセス》のプリンセスに扮しています。でも、このポートレートはあまり、サラ・ベルナールらしくは思えませんね。


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ミュシャは商業ポスターの制作と並行して、カレンダーの原画や室内装飾用パネルの制作にも手を広げます。

《黄道十二宮》です。1897年、ミュシャ36歳の作品です。これは雑誌《ラ・プリュム》のために描かれたカレンダーの原画です。これは本当に美しい作品です。パリ時代を代表する作品であるだけでなく、ミュシャの代表作とも言えます。saraiの最も愛するミュシャ作品です。そういうわけで、この作品は我が家の壁を飾っている作品(以前、ミュシャ美術館で購入し、額装してもらったもの)でもあります。我が家の作品(もちろん、複写ですが)のほうが大きいような気がするのは我が家が狭いからでしょうか?


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前にも一度、本ブログで紹介したような気がしますが、我が家のオーディオルームの壁もご覧ください。左がミュシャの複写品を額装したもの。額装費用は複写品の価格の10倍以上かかりましたが、まるで本物のように見えます(笑い)。右はトゥルンにあるエゴン・シーレ・ムゼウムの小さなポスターです。非売品をおねだりして頂きました。絵はシーレの《ひまわり》。どれもsaraiの宝物です。


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本題に戻りましょう。
《シャンプノワのカレンダー》です。1898年、ミュシャ37歳の作品です。この作品は当初、1898年用のカレンダーとして制作されましたが、あまりに美しい作品なので、様々な用途のポスターとして用いられるようなりました。シャンプノワというのは、ミュシャの作品を印刷していた会社の名前で、かなり多くの作品がシャンプノワ社によって印刷・販売されました。


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ミュシャが一番輝いたパリ時代はまだ続きます。


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プラハで音楽・美術三昧:ミュシャ作品展(イワン・レンドル所有のポスター完全コレクション)後編

2013年6月18日火曜日@プラハ/3回目

ミュシャ作品展(イワン・レンドル所有のポスター完全コレクション)を前回に続いて、見ていきましょう。ミュシャのパリ時代(1895年~1904年)を見ています。ミュシャのパリ時代はサラ・ベルナールとの出会いに始まり、商業ポスター、カレンダーの原画と続き、パリでの人気アーティストの地位も不動のものとなっていきます。並行して、手がけたのは、室内の装飾パネルです。多くは4点からなるセットでした。

まず、その4点セットの一つ、連作《四季(1896年)》です。1896年、ミュシャ35歳の作品です。ミュシャの連作の中でも最も人気のある作品です。この後も2回、同じテーマで制作の依頼を受けます。それらもこの後、紹介します。

《春》です。金髪の美しい少女が緑色の枝と金髪の毛で竪琴を作っています。


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《夏》です。ブルネットの少女がなにか物憂げな視線で物思いにふけっています。


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《秋》です。赤毛の美女が葡萄を摘んで食べようとしています。


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《冬》です。褐色の髪の少女が小鳥に暖かい息を吹きかけて温めているところです。


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次も4点セットの一つ、連作《四季(1897年)》です。1897年、ミュシャ36歳の作品です。前作の連作《四季(1896年)》の成功を受けて、印刷業者シャンプノワの勧めで同じテーマで制作した作品です。

《冬》と《春》です。うーん、なかなか、いいですね。妖精を描いていますが、モデルが美しいですね。


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《夏》と《秋》です。これはなかなか大胆なポーズです。


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次も4点セットの一つ、連作《四季(1900年)》です。1900年、ミュシャ39歳の作品です。同じテーマの3作目です。これもシャンプノワ社が印刷しました。素晴らしい名作です。

《春》と《夏》です。成熟した女性の魅力にあふれています。


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《秋》と《冬》です。可愛い女性に魅惑されます。


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次も4点セットの一つ、連作《一日の四つの時刻》です。1899年、ミュシャ38歳の作品です。ゴシック様式のステンドグラスを思わせる連作になっています。

《朝の目覚め》と《昼の輝き》です。ほっそりした美女の立ち姿が美しいですね。


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《夕べの夢想》と《夜のやすらぎ》です。横に構えた女性の横顔が美しいですね。


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次も4点セットの一つ、連作《花》です。1898年、ミュシャ37歳の作品です。女性に花をあしらった連作です。女性と花・・・最高のコンビネーションですね。ミュシャの傑作です。

《カーネーション》と《百合》です。何と美しいのでしょう。


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《アイリス》と《薔薇》です。これも言葉にならない美しさです。


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次も4点セットの一つ、連作《4つの星》です。1902年、ミュシャ41歳の作品です。4点を順に見ていきます。

《明けの明星》です。抑えた色調ながら、女性の美しさが浮き出てきます。これも珍しい女性ヌードですね。


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《北極星》です。あえて強調した北極星の明るい光に照らし出される女性の横向きの姿です。女性を光の輪で包んだ構図も見事です。


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《宵の明星》です。後ろからの明るい星の光に照らされながら、顔をそむける女性のポーズが美しいです。


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《月》です。月の輪を背景とした女性のはにかむような顔はちょっとポーズを付け過ぎかもしれませんが、むしろ、女性の美しい肢体が見事に描かれています。4作とも装飾的に絵の周辺を様式化した花で囲んでいますが、装飾パネルにはふさわしいデザインになっています。まさにアール・ヌーヴォー様式です。


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次は2点セット、連作《桜草と羽根》です。1899年、ミュシャ38歳の作品です。これもシャンプノワ社が販売した装飾パネルセットです。。

《桜草》と《羽根》です。光輪を背景に宝冠を着けた女性美はミュシャの独壇場です。


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ミュシャのパリ時代での重要な出来事は1900年のパリ万博でボスニア・ヘルツェゴビナ館の装飾を全面的に手がけたことですが、パリの人気アーティストであったミュシャはこのパリ万博の公式カタログの表紙も制作しました。1899年、ミュシャ38歳の作品です。ミュシャの装飾へのセンスの素晴らしさが如何なく発揮されています。


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1900年のパリ万博では、ミュシャはオーストリアのパビリオンの室内装飾も依頼されます。当時のチェコはオーストリア・ハンガリー帝国の支配下にありましたから、チェコ出身のミュシャは帝国内出身の著名なパリ在住アーティストとして、ウィーンから派遣された政府代表から声を掛けられました。同時にポスター制作も手掛けます。1899年、ミュシャ38歳の作品です。


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1904年のセントルイス万国博覧会のポスターも制作しています。インディアンの酋長と手を取り合っている少女が万博へ招待している構図です。パリからセントルイスまで、汽船で7日、汽車で1日の行程であることを知らせ、フランス人の来訪を呼び掛けています。航空機のない時代、なかなかの長旅だったんですね。


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その自分の描いたポスターに触発されたわけではないでしょうが、1904年にミュシャは新天地のアメリカに出発します。アメリカ時代の始まりです。1910年にチェコ(ボヘミア)に戻るまでの彼の活動はその後の《スラヴ叙事詩》へのステップでもありました。事実、次の作品はそれを裏付けるものです。

《スラーヴィア(Slavia)》です。1907年、ミュシャ46歳の作品です。このポスターはアメリカの保険会社のために描かれましたが、内容はスラヴの女神スラーヴィアで、そのモデルは後に《スラヴ叙事詩》制作の後援者になるアメリカの大富豪チャールズ・クレインの次女ジョゼフィンです。この作品をもとに翌年、油彩画《スラーヴィア》が描かれています。プラハ国立美術館(ヴィレトゥルジェニー宮殿)でも見たばかりです。


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続いて、アメリカ時代の作品を3つほど見ておきましょう。

《トライナー・アンジェリカ・ビター・トニック》です。1907年、ミュシャ46歳の作品です。シカゴに移住したチェコ人のジョゼフ・トライナーは薬用酒の製造業者でした。これは彼のために描いた宣伝用ポスターです。当時、ミュシャは基本的には宣伝用の作品は手掛けていませんでしたが、同国人のトライナーの依頼を断れなかったのでしょう。素晴らしいポスターです。


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《実用的な住まい》誌の表紙です。1907年、ミュシャ46歳の作品です。《実用的な住まい》はインテリア雑誌です。ミュシャはインテリア装飾も手掛けるようになっていました。まさに総合的なデザイナーです。


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《レスリー・カーター》のポスターです。1908年、ミュシャ47歳の作品です。アメリカ時代もミュシャのアール・ヌーヴォー様式のポスター制作は相変わらずで、アメリカ人にも好評でした。レスリー・カーターは舞台女優キャロライン・ルイス・ダッドレーの舞台用の名前で、以前、富豪のレスリー・カーター氏と結婚していたことがあり、レスリー・カーター夫人を名乗り続けていました。このポスターは彼女のブロードウェイでの芝居用に描かれたものです。


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1910年、ミュシャは《スラヴ叙事詩》の後援者を得、ボヘミアの地に戻ります。これ以降はチェコ時代になります。ミュシャは制作時間の大半を《スラヴ叙事詩》にあてるため、それ以外の作品はごく限られたものになります。友人からの依頼やチャリティ目的、民族色を打ち出した展示会用ポスター、政府委託のものなどです。

《モラヴィア教師合唱団》のポスターです。1911年、ミュシャ50歳の作品です。国際的な活動をしていた合唱団のポスターです。パリ時代の華麗な美女ではなく、モラヴィアの田舎娘が描かれています。しかし、こういう絵でもミュシャの描く女性は何と魅力にあふれていることでしょう。色彩の鮮やかさも見事です。


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《南西モラヴィア連盟の宝くじ》のポスターです。1912年、ミュシャ51歳の作品です。貧しそうな少女と泣いているスラヴィアが描かれているポスターは地域の学校制度を支えるための宝くじの購入を呼び掛けるためのものです。宝くじ1枚は1コルナだったようです。


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《イヴァンチッチェでの地方展》のポスターです。1912年、ミュシャ51歳の作品です。イヴァンチッチェはミュシャの故郷の町です。彼はここで畢生の大作《スラヴ叙事詩》に取り組んでいました。この頃、自分の心にかなうもの以外は描いていませんでしたが、これはよほど、気持ちが向かった作品だったのでしょう。


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《チェロ奏者ズデンカ・チェルニー》のポスターです。1913年、ミュシャ52歳の作品です。ミュシャがアメリカ滞在時に世話になったチェルニー家の次女ズデンカはチェロ奏者で、彼女のヨーロッパ公演用に描かれたポスターです。チェルニー家はミュシャと同郷のモラヴィア出身でした。ミュシャのポスター制作の腕は健在で、女性も美しく描かれています。この時代、ポスター制作を減らしたのはもったいないことでした。


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《第6回ソコル大会(1912年)》のポスターです。1911年、ミュシャ50歳の作品です。ソコル大会はプラハで開かれた体育大会です。ソコルSokolはチェコ語で鷹を意味し、1862年に始まった、若者の体を鍛える目的の運動・組織でした。これが次第に民族運動的な色彩も帯び、ミュシャも連帯したのでしょう。スラヴ叙事詩も連想させるスラヴ民族色の強い作品です。少女の描き方は相変わらず、達者なものです。


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《第8回ソコル大会(1926年)》のポスターです。1925年、ミュシャ64歳の作品です。若者の健康な身体を描き出しています。


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《ロシアを再建すべし》のポスターです。1922年、ミュシャ61歳の作品です。ロシアは革命のために国が荒れ、国民は窮乏状態になっていました。このポスターはロシアの飢えた家族を救うための募金キャンペーンを呼び掛けるために描かれました。心のこもった感動的な作品です。


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《スラヴ叙事詩展》のポスターです。1930(1928?)年、ミュシャ67~69歳の作品です。スラヴ叙事詩は17年の歳月をかけて、1928年に全20枚が完成しますが、その年、プラハでチェコ国民に公開されます。また、1930年にはブルノで公開されます。このポスターはそのブルノでのスラヴ叙事詩展のためのポスターです。なお、2年前のプラハでのスラヴ叙事詩展でも同じポスターが使われました。ポスター下部の文言が違っているだけです。したがって、このポスターのオリジナルの制作年は1928年で、1930年にブルノ用に作り直されただけです。ポスターの中心のハープを弾く少女はスラヴ叙事詩の第18作《スラブ菩提樹の下で宣誓する青年たち》の中で手前に描かれた吟遊詩人ルミールの部分で、モデルはミュシャの娘ヤロスラヴァです。ミュシャの人生を締め括るのにふさわしいポスターと言えます。


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これで、ミュシャ作品展(イワン・レンドル所有のポスター完全コレクション)を完了。膨大なコレクションなので、ひとつひとつすべてを詳細に見ることができなくて、とても残念です。しかし、プラハで思いがけず、この作品展とスラヴ叙事詩に出会えて、とても幸運でした。ところで、イワン・レンドルはまだ現役のテニス選手だった1982年から、ミュシャの作品のコレクションを始め、これまでにほとんどすべてのポスター作品のコレクションを完成したそうです。世界中のどの個人コレクション、美術館よりもコレクションは完全なのだそうです。偉大なテニス選手は今や、偉大なミュシャのコレクターなんですね。日本でも講談社から、このレンドルのミュシャ・コレクションを紹介する本が1986年に発行されているようですから、約30年前にはコレクションは既に相当なものだったようです。現在のコレクションはその上にさらに積み重ねたもので、レンドルのコレクターとしての努力には頭が下がります。1枚1枚のポスターも実に保存状態のよいものばかりでした。


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プラハで音楽・美術三昧:ミュシャ作品展の後、市民会館を見学。ところでシニア料金でびっくり!

2013年6月18日火曜日@プラハ/4回目

ミュシャのポスター完全コレクションを駆け足ではあるものの鑑賞でき、とても満足です。展示会場の前にはミュージアムショップがあります。今回の展示会のカタログでも買おうかと物色しますが、価格も高い上、分厚くて重そうなのでやめます。ショップには大型プリンターが置いてあります。希望するポスターを、その場で印刷するようです。今はそういう時代です。在庫はゼロで、また在庫切れもありません。いっそのこと、デジタルデータを販売してほしいくらいです。ブルーレイディスクならば、相当、高精度のポスターが格納できるでしょう。


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市民会館Obecní důmの赤絨毯の階段を下ります。


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もう一度スメタナホールSmetanova síňを覗き見します。3階席の正面からの眺めを楽しめます。


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これは、2階席脇の方からの眺めです。リサイタルの真っ最中なので、そっと外に出ます。


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再び、階段を下りていきます。


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壁には今回のミュシャの展示会のポスターが張り出されています。イワン・レンドル:アルフォンス・ミュシャ展IVAN LENDL:ALFONS MUCHAと書かれています。


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これは別のポスター。ちょっと横長ですが、同じ絵柄です。


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市民会館の内装は美しく、しばしば足が止まります。アール・ヌーヴォー様式が至るところに見られます。


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入り口正面の大階段も美しいですね。


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入り口上部はステンドグラス風のデザイン。これもアール・ヌーヴォー様式かな。


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エントランスホールからは市民会館内のレストランへの入り口があります。市民会館内のレストランには、高額な料金に懲りて近づけません。


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外に出ると、市民会館のカフェのテラス席が並んでいますが、暑い日中には誰も座っていませんね。


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外壁にもミュシャの展示会のポスターが張り出されています。料金も明記されています。子供、学生、そして、シニアは半額です。あれれっ・・・シニアって65歳以上って書いてあります! むむっ。じゃあ、saraiはまだシニアじゃありません。配偶者が年相応に見えるって言いましたが、実際の年齢よりも高齢に見られたんじゃないですか! 料金が安くなったことよりも、年寄りに見られたことが悔しい・・・。


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次は、この市民会館前からスタートするヴルタヴァ川クルーズですが、集合時間までに30分ほど時間があります。広場では市が開かれ、賑やかに食べ物も売っています。


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チェコらしい食べ物でもちょっとつまみながら時間調整をしましょう。お店を物色して歩きます。


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ソーセージとチジミのようなものをゲット。なかなか美味しいのですが、暑くてうんざりです。


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観光客の皆さんもあまりの暑さにお疲れ模様です。


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簡単な食事をしながら、共和国広場Náměstí Republikyのまわりに建つ美しい建物を眺めます。


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なかでも市民会館は美しい建物です。プラハを代表する華麗な建物です。


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とりわけファサードがとても美しいです。正面のモザイク画はカレル・シュピラー作の「プラハに感謝」という作品で、長閑な景色が描かれています。緑のドームもお洒落です。


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そろそろヴルタヴァ川クルーズの出発の時間です。


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プラハで音楽・美術三昧:ヴルタヴァ川クルーズを開始

2013年6月18日火曜日@プラハ/5回目

次はいよいよヴルタヴァ川クルーズです。
集合時間になり、共和国広場Náměstí Republikyの集合場所には参加者が集まってきますが、あまりの暑さにたまりかねて、みんな日陰を求めて待機します。プラハではsaraiと配偶者はずっと2人だけで行動していましたが、久しぶりの集団行動です。20人ちょっとのツアーです。案内人は、それなりの年齢のおじさんですが、ドイツ語と英語とを使い分けて凄まじい勢いでガイドしてくれます。暑いのにご苦労様です。まず市内をバスで観光しながら、船着き場に向かいます。船着き場はカレル橋Karlův mostから2つ隣にあるイラーセク橋Jiráskův mostの近くです。すぐに乗船。それほど大きな船ではなく、船の両弦にテーブルが並んでいます。ほかのグループも合流したので、テーブルは満席です。テーブルのひとつに相席で座りました。一緒に座ったカップルはアラブ首長国連邦から観光にやってきたそうです。


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対岸です。船は方向を下流に向けて、ぐるっと回り込みます。


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アプフェルシュトゥルーデルと飲み物を頂きながらのクルーズです。船は昨日もキュビズム建築を見るためにやってきた鉄道橋のジェレズニチュニー橋Železniční mostの辺りにさしかかります。


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ジェレズニチュニー橋をくぐり抜けると、キュビズム建築のリブシナ通りLibušina uliciの邸宅が木々の裏に見えます。船からの眺めは陸からの眺めとは違って見え、面白いですね。


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その右隣の家はキュビズム建築ではありませんが、なんとなく雰囲気が似ていることに気が付きます。船からは視界が広く、川岸の建物がよく見えます。


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今度はヴィシェフラドVyšehradの丘の教会が見えてきます。聖ペテロ聖パウロ教会Chrám sv. Petra a Pavlaです。船上からはよく見えます。


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丘の麓には、ヴルタヴァ河岸の3世帯住宅が見えます。この建物も昨日見たキュビズム建築です。


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ヴィシェフラドの丘の対岸は市街地を外れ、緑の木々に覆われています。


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川岸にビーチが見えてきます。大勢の人たちが日光浴を楽しんでいます。海のないプラハはビーチは川岸なんですね。


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パラソルを広げ、シートの上に寝そべって太陽の光を浴びていますが、暑そうですね。


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街はずれは緑ばかりで、何もありません。


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下流方向はずっと緑が続き、だんだん山がちになります。ヴルタヴァ川Vltavaはこの先ドレスデンDresdenの方に流れて、エルベ川Elbeになります。


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流石にこれ以上はもう面白いものはなさそうで、船は上流方向に向きを変えていきます。


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川は岩山に差し掛かったところです。


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これから、船はもときた上流方向に戻っていきます。


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ヴルタヴァ川クルーズは続きます。


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プラハで音楽・美術三昧:ヴルタヴァ川クルーズを完了。待望のカレル橋見物は・・・

2013年6月18日火曜日@プラハ/6回目

ヴルタヴァ川クルーズも下流方向から折り返し、上流方向に戻ります。まだ、この辺りは街はずれで緑に覆われた岸辺です。


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また、川辺のビーチが見えてきます。


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水着の男女が岸辺に寝そべっています。ビーチと言っても川岸なので、泳いでいる人は見当たりません。日光浴ですね。


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優雅にボート遊びをしているカップルもいます。


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短い夏に急いで太陽の光を吸収したいのでしょう。暑い日中、ひたすら寝そべったり座り込んだり、ご苦労なことです。


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岸辺に綺麗なクルーズ船が見えます。これは結構長い距離を走りそうです。


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市街地に近づいてきます。


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ヴィシェフラドVyšehradの丘です。聖ペテロ聖パウロ教会Chrám sv. Petra a Pavlaの2本の尖塔が見えてきます。


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ヴィシェフラドの丘を通過していきます。丘の麓には、ヴルタヴァ河岸の3世帯住宅が見えます。


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鉄道橋のジェレズニチュニー橋Železniční mostにさしかかります。キュビズム建築のリブシナ通りの邸宅も見えています。


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ジェレズニチュニー橋をくぐり抜けます。船の横では、白鳥がゆったりと川面に浮かんでいます。


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ジェレズニチュニー橋の向こうには、まだ、ヴィシェフラドの丘の教会が見えています。


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パラツキー橋Palackého mostをくぐり抜けます。残り2本の橋を抜ければ、カレル橋Karlův mostです。


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次の橋のイラーセク橋Jiráskův mostが近づいてきます。橋の向こうにプラハ城Pražský hradも見えてきます。


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ガーン! 残念なことにイラーセク橋の手前でクルーズ船は着岸。


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期待しましたが、ヴルタヴァ川はカレル橋付近は川の段差がありクルーズ船は航行不可能で、カレル橋はおろか王宮も遠目にしか見えません。結局、見えたのは、昨日行ったキュビズム建築の2軒だったのは皮肉な結果。しかも、下りと上りでご丁寧に同じ景色を2度も・・・残念。これも、このところの大水の影響のようです。いつもはカレル橋近くまで行くとガイドブックには書いてあります。この船着き場からは何とかプラハ城だけは見えています。


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クルーズ中に川風も期待しましたが、それほども吹かず、このクルーズは完全に空振りでした。まあ、そんなこともあるでしょう・・・。
クルーズ船下船後、またバスで街の中を走ります。ヴルタヴァ川沿いの通りを走るのは、クルーズが中途半端だったことの代償なんでしょうか。


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バスの中からカレル橋を見せるんでしょうか。でも、陸からはもう十分に見物済みなんですけどね。


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プラハで音楽・美術三昧:ツアーの終点は旧市街広場

2013年6月18日火曜日@プラハ/7回目

ちょっと不満足だったヴルタヴァ川クルーズを終えて、ツアーの最終コースはバスでの市内巡り。
ヴルタヴァ川沿いのスメタノヴォ通り(スメタノヴォ・ナーブジェジー)Smetanovo nábřežíをバスは走ります。すぐにチェコ軍団橋Most legiíに差し掛かります。国民劇場Národní divadloの前です。プラハ城Pražský hradはまだ遠いですね。


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チェコ軍団橋を過ぎて、スメタノヴォ通りからカレル橋Karlův mostが見えてきます。


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カレル橋の向こうにはプラハ城もよく見えます。できれば、船の上から見たかった景色です。


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カレル橋の袂に差し掛かり、旧市街橋塔Staroměstská mostecká věžの真ん前で徐行。


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カレル橋を過ぎて最初の交差点で右折し、プラトネールシスカー通りPlatnéřskáを走ってウ・ラドニツェ通りU Radniceにぶつかり、左折して少し進んだところでバスは停まります。ここは聖ミクラーシュ教会Chrám Svatého Mikulášeの裏手の辺りで、ちょっとした広場もあり、カフカの生家も広場の角にあります。ここでバスから降ろされます。


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ここからは徒歩での案内に変わります。カフカの生家の前は、現在フランツ·カフカ広場náměstí Franze Kafkyと呼ばれています。カフカの生家と聖ミクラーシュ教会の間はオープンカフェになっていて、カフェ・カフカというお店です。若い頃にカフカの不条理文学に熱中していたことが思い出されます。


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フランツ·カフカ広場を抜けると、すぐに旧市街広場Staroměstské náměstíです。連日のようにこの広場に通っています。向かいにはティーン教会Chrám Matky Boží před Týnemが見えています。


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右手には旧市庁舎Staroměstská radniceが見えます。これももうお馴染みです。


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広場には小さなお土産物屋さんも並んでいます。


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広場は暑くてたまりません。観光客もなるべく日陰を求めて広場の中央には人もまばらです。ツアーの案内人のおじさんが広場をガイドしていますが、こちらは毎日のように来ているので、あまり気持ちが乗りません。


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ツアーの仕上げは旧市庁舎の天文時計Orlojです。


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天文時計の説明を聞いて、ツアーは終了です。案内人のおじさん、達者なおしゃべり、ご苦労さま。


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いやー、暑くてたまりません。ツアー解散とともに、一目散にアイスクリーム屋さんで冷たいものをゲット。あー、冷たくて美味しい!


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旧市街広場からは今夜オペラを観る予定のエステート劇場(スタヴォフスケー劇場)を偵察しに行ってみます。ジェレズナー通りŽeleznáを南東方向に散策しながら、そちらに向かいます。


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優美な佇まいのエステート劇場(スタヴォフスケー劇場)Estates Theatre(Stavovské divadlo)に到着。エステート劇場は英語読みで、チェコ語ではスタヴォフスケー劇場です。以前からエステート劇場で馴染んでいるので、当ブログではこの表記で通します。


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この劇場はモーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》が初演されたことで有名ですが、映画《アマデウス》のオペラシーンもここで撮影されたそうです。正面から劇場を眺めます。美しいですね。


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今夜のモーツァルトのオペラの案内が出ています。モーツァルトの顔がポスターの全面を飾っています。今夜の公演が楽しみです。


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ここまでのルートを地図で確認しておきます。

 ①イラーセク橋付近の船着き場から、ツアーのバスでヴルタヴァ川沿いの道、スメタノヴォ通りを通り、カレル橋を通過。
 ②カレル橋の先で右折し、プラトネールシスカー通り、ウ・ラドニツェ通りを経由し、フランツ·カフカ広場で下車。
 ③フランツ·カフカ広場から徒歩で旧市街広場を案内され、旧市庁舎の天文時計前でツアー解散
 ④旧市街広場からジェレズナー通りを歩いて、エステート劇場へ


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エステート劇場の偵察を終え、もう少しこの辺りを散策します。


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プラハで音楽・美術三昧:プラハ観光の仕上げは2つのキュビズム建築

2013年6月18日火曜日@プラハ/8回目

エステート劇場(スタヴォフスケー劇場)Estates Theatre(Stavovské divadlo)の偵察を終えました。ここから少し散策します。
エステート劇場の左隣には、路地を隔ててカロリヌムKarolinumの建物があります。


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これがカロリヌムの建物です。建物の南側の中央にある出窓が特徴的です。カロリヌムはカレル大学の本部の建物。カレル大学は名前の通り、カレル橋と同様にカレル4世の名前によるものです。カレル4世が1348年に創設した歴史ある大学です。建物自体はバロック様式に改修されていますが、重厚な出窓は当初のゴシック様式のままです。設計したのはカレル橋、聖ヴィート大聖堂も設計した偉大な建築家ペトル・パルレーシュです。


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エステート劇場から北東に伸びる広いオヴォツニー・トル通りOvocný trhを歩きます。ここにもプラハらしい出窓の綺麗な建物があります。壁の装飾も綺麗ですね。


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オヴォツニー・トル通りがツェレトゥナー通りCeletnáにぶつかると、角にある建物が《黒い聖母の家》です。


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今日の散策の仕上げに、キュビズム建築で見逃していた《黒い聖母の家》Dům U Černé Matky Božíを見てみましょう。何度も横を通り過ぎていましたが、意識して見ていなかったんです。よくよく見ると、2階の窓枠のあたりの3角形とか、1階の窓などのガラス部分の多角形の装飾がキュビズム建築なんでしょうか。これがキュビズム建築なの?って感じです。ヨゼフ・ゴチャールJosef Gocarの設計による代表的なキュビズム建築と言われているそうです。この建物には、チェコ・キュビズム博物館Muzeum českého kubismuやグランドカフェ・オリエントGrand Café Orientがはいっています。


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2階の角に黒い聖母像が飾られているので、この《黒い聖母の家》という呼び名になったそうです。


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再びエステート劇場の前を通り、ムステク駅Můstek近くのユングマン広場Jungmannovo námestíにある《雪の聖母教会》Kostel Panny Marie Sněžnéの前に立つ街灯を見に行きます。これも有名なキュビズム様式の街灯だそうです。


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驚いたことに、一昨日、美味しいピルスナービールを飲んだピヴニッツェ&ホスポダの元祖ウ・ピンカスーU Pinkasůのすぐ前でした。気付かずに通り過ぎてしまうような街灯ですが、意識して見ると、なるほどキュビズム様式かも・・・。


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これで今日の観光は終了。ホテルに歩いて戻ります。
今回のルートを地図で確認します。

 ①エステート劇場からオヴォツニー・トル通りを歩いて、ツェレトゥナー通りの角にある《黒い聖母の家》へ
 ②《黒い聖母の家》から、オヴォツニー・トル通りを戻って、ユングマン広場にある《雪の聖母教会》へ
 ③ホテルに歩いて戻る


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ホテルに戻り、シャワーを浴びて休憩です。少しも涼しくないので休んだ気もしません。それでもちょっと落ち着いたところで、プラハ最後のお楽しみに出掛けましょう。エステート劇場でモーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》を観ます。もちろん、エステート劇場までは歩いていきます。
エステート劇場横のオヴォツニー・トル通りに面したイタリアンのレストランで、軽く夕食です。ヨーロッパはイタリアン全盛ですね。ドイツでもこのプラハでもイタリアンのお店がとても多いんです。夕方になっても暑いので、テラス席につきます。


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料理の前にまずはパン。美味しそうなフランスパンです。


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続いてミネストローネ。


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ジェノヴァ風パスタです。バジリコがよく効いています。


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ミラノ風リゾットです。


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目の前がエステート劇場なので、ぎりぎりの時間まで大丈夫です。


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近くのテーブルでイタリア語で声高にしゃべっている人がいます。イタリア人まで来るのなら、ここのイタリアンはかなり本格的なんだろうと思っていたら、それほどの味でもありません。何のことはない。このお店のオーナーがイタリア人だったようです。帰りに挨拶されました。
いよいよエステート劇場でプラハで最後のオペラ鑑賞です。これでプラハの大きなオペラ劇場3つを経験することになります。


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プラハで音楽・美術三昧:エステート劇場で感動のオペラ《フィガロの結婚》

2013年6月18日火曜日@プラハ/9回目

エステート劇場横のイタリアンのレストランで、軽く夕食を食べていると、いつの間にか、開演30分前を切っていました。すぐ目の前にエステート劇場が見えているので、落ち着き過ぎでした。
急いで、劇場にはいります。エステート劇場(スタヴォフスケー劇場)Estates Theatre(Stavovské divadlo)はとても古い新古典主義の建物です。このエステート劇場はモーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》が初演されたことで有名です。
また、この劇場では実際にモーツァルト自身の指揮で《フィガロの結婚》が演奏されたそうです。1787年1月ですから、226年も昔のことです。ここでモーツァルトが指揮したのかと思うと、感慨しきりです。
そして、これから聴くのは、その《フィガロの結婚》です。
チケットはネットで購入済ですが、平土間の良い席がとれず、珍しく、ロジェ・バルコンで聴くことになりました。


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時間も迫っているので、そのロジェ・バルコンの席に直行します。席に到着すると、ホール内部の姿が目に飛び込んできます。とても美しい内装に目が奪われます。


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かなり小さなホールですが、美しさはプラハで一番です。


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こちらはオーケストラピット。まだ、楽員ははいっていません。この席からは舞台はかなりななめ横から見ることになりますね。


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これが我々のロジェ・バルコンのボックスです。我々だけの専用ボックスです。


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2階のロジェ・バルコンから見た後ろの様子です。ロジェ・バルコンのボックスが綺麗に並んでいます。


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こちらが舞台側のロジェ・バルコンの様子です。我々のロジェ・バルコンは前から3番目のボックスです。ちょうど見易い位置ですね。


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ロジェ・バルコンには鏡も設置されています。滅多にロジェ・バルコンには座らないので、何かと物珍しく感じます。


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ホールの天井です。見事な装飾です。天井桟敷の席もずい分、高いところにあります。


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開演間近になりました。オーケストラメンバーも揃い、いよいよです。胸が高鳴ります。


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指揮者が登場し、開演です。ワクワク感の高まる《フィガロの結婚》序曲が始まります。

オーケストラが特に上手いわけではなく、歌手も国際的には無名の人たちですが、どんどんモーツァルトの最高の音楽に引きこまれていきます。第4幕の終盤では、感動の涙でした。3日間、チェコの音楽を聴きましたが、チェコの音楽家のテクニックを超えた音楽の本質への訴求の素晴らしさに脱帽の思いでした。この素晴らしかった《フィガロの結婚》の詳細はここにアップ済です。

オペラ終演後、エステート劇場は明るい照明で闇に浮かびあがり、とても綺麗です。それに清々しい感動も胸に残っています。


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明日はまた、音楽の総本山のようなウィーンに戻り、音楽三昧の総仕上げです。



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ウィーンで音楽・美術三昧:プラハ本駅・・・ウィーンに向かってGO

2013年6月19日水曜日@プラハ~ウィーン/1回目

旅の20日目です。プラハ滞在5日目ですが、プラハPrahaを発ってウィーンWienに向かいます。10日ぶりにウィーンに戻ることになります。

昨夜はひどく暑い夜でした。saraiは、効かないエアコンより窓を開けた方がましと思い、たまりかねて窓を開けて寝ます。配偶者が明け方に目覚めたときにはエアコンは切れて窓が開いてます。その時点では気温も上がってきており、エアコンの方がましと思った配偶者は窓を閉めてエアコンを入れて、また寝たそうです。それで、またまた暑くなったsaraiは寝てられずに、珍しく配偶者より先に起きてしまいます。結局、窓を開けようが、エアコンを入れようが、暑いものは暑いっていうことです。やってられませんね。

荷物は昨夜のうちに出来ています。さっさと出掛けましょう。歩いて最寄り駅のムゼウム駅Muzeumに行きます。エレベーターの場所は確認してありますが、エレベーターを利用するために回り込んで長い距離を歩くより、エイッ!と荷物を持って階段を降りた方が楽だろうということで、階段を降りることにします。まずはプラハ本駅Praha hlavní nádražíまでのチケットが必要です。自動販売機で購入しようとしますが、それを横で見ていた配偶者が大変なことを発見します。なんとシニアチケットがあるのです。大人料金の半額です。


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これまでどれだけ無駄な出費をしてしまったことでしょう。プラハはシニアに優しい街ですね。今後、また機会があったら利用させてもらいましょう。これがシニア用の半額チケット。16コルナです。


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ただ、このシニア用のチケットを利用してよいのかは明確には分かりません。いたずらに危険は冒せませんね。ところで、一回券で大きな旅行かばんを持って列車に乗るときには、荷物券が必要なのです。その荷物券をあくまでも自動販売機で購入しようとするsarai。チャッチャと駅員さんを見つけてお願いしようとする配偶者。結局、自動販売機では購入できずに、駅の窓口で購入します。窓口は改札口を抜けた先です。


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地下鉄で一駅移動して、プラハ本駅Praha hlavní nádražíに到着。4日前にこの駅に到着したときには、遅延している列車が多く、構内が旅行客でごった返していました。それに、saraiの耳元で「ユーロからチェンジするよ」と何度も囁かれました。というわけでかなり緊張しましたが、結果的には治安も良く、安全で楽しい街でした。5年前に来たときより、ずっと経済的にも安定し活気があるように感じました。若い人が多く、特に美女が多いのにsaraiは感激しました。また遊びにきましょう。

まだ乗車予定の時間まで30分近くあり、列車が入線するホームがどれなのか表示されていません。


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荷物を配偶者に預けて、プラハ本駅を偵察してきます。歴史のある駅なので古い駅かと思っていたら、最近改装したそうで、近代的な駅舎になっています。


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2階の通路に上がるエレベーター用の総ガラス張りの建物が印象的です。


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古い歴史的な駅舎を期待したのに、あれっという感じでさっさと駅構内に戻ります。立派な構内です。


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列車の入線ホームが表示されたので、ホームに向かいます。大屋根に覆われたホームです。列車はまだ入線していません。


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10時39分発のウィーン・ノイシュタットWiener Neustadt行きの列車が表示板に表示されています。


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乗り込み準備が完了したので、saraiが朝食を調達にいきます。saraiが出掛けたとたんに列車が入ってきたそうです。配偶者はみんながゾロゾロと移動して乗り込むのを見送っていたそうです。


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でも、今日はセカンドクラスながら指定席をとってあるので、慌てる必要はありません。これがネットで購入済のチケットです。


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ところで、saraiはちゃんと時間を見ながら買い物をしていたのですが、発車数分前にしか戻らなかったので、配偶者は少々焦ったようです。

急いで列車に乗り込むと、列車は定刻に出発します。空調が効いていて、快適な列車の旅になりそうです。早速、調達してきた朝食をいただきます。


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プラハは驚くほど立派な大きな街ですが、プラハの郊外に出ると、森と麦畑が続くだけです。


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時折、駅を通過するだけで、街らしい街はほとんどありません。


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駅を通り過ぎると、また草原が広がります。


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小川の近くを走るだけでも気分転換になります。それほど、何もないんです。


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ようやく、少し大きな駅を通過。


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草原の中にまばらな家々が見えますが、これも珍しいくらいです。


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この集落には牧場もあり、馬が放牧されています。


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延々と緑の中を列車が黙々と走っていきます。まだまだ、ウィーンは遠いです。


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ウィーンで音楽・美術三昧:チェコはブルノ以外は無人の草原?

2013年6月19日水曜日@プラハ~ウィーン/2回目

プラハPrahaからウィーンWienに鉄道で向かっています。これまで町らしい町はありませんでしたが、ようやく家並みが見えてきます。


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プラハから3時間近く走って、やっと大きな街のブルノBrnoに着きます。ブルノ本駅Brno hlavní nádražíです。


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この駅で若干の乗り降りがあります。


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駅からは街の風景も見えます。教会も見えます。聖ペテロ聖パウロ大聖堂Katedrala sv. Petra a Pavlaです。


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列車が駅を出て、教会もだんだん遠ざかっていきます。


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川を渡ると、ブルノの新市街です。


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ビルが立ち並びます。さすが、ブルノはチェコ第2の都市です。


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凄い現代的なビルもあります。ビルの内部はどうなっているんでしょう。


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それでも、数分後には、また緑の草原になります。


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草原には白い花が見渡す限り咲いています。綺麗ですね。でも、この辺りだけです。


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小さな街すらない草原を列車が走っていきます。


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しばらくすると、小さな街に停車。ブジェツラフBřeclavという街です。


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ずい分停車時間が長いので変だなと思っていたら、この街を出るとオーストリア国鉄側(だと思う)の検札があり(プラハを出るとすぐにチェコ国鉄の検札がありました)、オーストリアに入ったのではと推測されます。もっとも緑の草原が続くだけで国境らしきものは見当たりません。


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オーストリアだと思うと、景色もなんだか豊かになったような気がするのは変でしょうか。


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草原のなかに家々も増えてきたような気もします。


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小さな教会のある村も見えます。


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小さな川に沿って走りますが、この川も水量が多いようです。


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オーストリアにはいると、特に風力発電が目につきます。そういえば、チェコでは見かけませんでしたね。


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5時間近く走りました。そろそろウィーンも近いようです。


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豊饒の響きのR・シュトラウス:ウィーン・フィル@サントリーホール 2014.9.25

今年のウィーン・フィルの来日コンサートは今日のプログラムだけを聴きます。ポイントはR・シュトラウスの交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》です。今年はR・シュトラウスの生誕150年ではあるし、ウィーン・フィルのR・シュトラウスは格別ですからね。で、そのR・シュトラウスの交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》ですが、冒頭の有名な《自然》の動機が鳴り響くところで、もう、ぞくぞくしてしまいます。続く室内楽的な合奏の豊饒の響きの素晴らしさ。さらにそれが弦楽合奏に拡大していき、これがサントリーホールかと思う程、響き渡ります。あとはもう、この素晴らしい響きを堪能するだけです。このサントリーホールがまるでウィーンの楽友協会に化したかと思うほどの素晴らしい響きです。《学問について》あたりから、さらにアンサンブルは精妙さを増していき、《舞踏の歌》では実に濃密な表現で魅了されます。そして、美しいフィナーレ。期待通りのR・シュトラウスでした。キュッヒルのヴァイオリン・ソロもとても美しい響きで、伝統あるウィーン・フィルの伝統を立派に守っています。若きマエストロ、ドゥダメルは初聴きでしたが、意外に堅実な指揮。無理なくウィーン・フィルの美音を引き出してはいましたが、彼の表現しようとするものは何なのかは明確には見えませんでした。まあ、これからを見守っていきたいところです。
ところで、いい機会なので、このコンサートに向けて、《ツァラトゥストラはかく語りき》のCDを12枚、まとめて聴いてみました。

 クレメンス・クラウス:ウィーン・フィル、1950年のモノラル録音。ヴァイオリン・ソロ:ウィリー・ボスコフスキー。
 カール・ベーム:ベルリン・フィル、1958年のステレオ録音。ヴァイオリン・ソロ:ミシェル・シュヴァルベ。
 カラヤン:ウィーン・フィル、1959年のステレオ録音。ヴァイオリン・ソロ:ウィリー・ボスコフスキー。
 フリッツ・ライナー:シカゴ交響楽団、1962年のステレオ録音。ヴァイオリン・ソロ:ジョン・ウェイチャー
 ルドルフ・ケンペ:シュターツカペレ・ドレスデン、1971年のステレオ録音。
 カラヤン:ベルリン・フィル、1972年のアナログ録音。ヴァイオリン・ソロ:ミシェル・シュヴァルベ。
 ハイティンク:アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、1973年のステレオ録音。ヴァイオリン・ソロ:ヘルマン・クレバース。
 ゲオルク・ショルティ:シカゴ交響楽団、1975年のステレオ録音。ヴァイオリン・ソロ:サミュエル・マガド。
 カラヤン:ベルリン・フィル、1983年のデジタル録音。ヴァイオリン・ソロ:トマス・ブランディス。
 シノーポリ:ニューヨーク・フィルハーモニック、1987年のステレオ録音。ヴァイオリン・ソロ:グレン・ディクテロウ。
 クラウス・テンシュテット:ロンドン・フィル、1989年のステレオ録音。
 ピエール・ブーレーズ:シカゴ交響楽団、1996年のステレオ録音。ヴァイオリン・ソロ:サミュエル・マガド。

クレメンス・クラウスとカール・ベームは作曲家とも親交の深かった2人の演奏ですから、聴き逃せません。特にクレメンス・クラウスの演奏は当時のウィーン・フィルの響きとともに素晴らしいものです。モノラルですが、音質もDECCAの録音ですから、最上と言えます。最近、5枚組CDのR.シュトラウス・デッカ録音全集が出ています。カラヤンはsaraiの好みではありませんが、R・シュトラウスだけは別です。特にウィーン・フィルとのCDは格別です。あともいずれも素晴らしい演奏ばかりです。オーケストラもすべて超一流ばかり。ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、シカゴ交響楽団、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、シュターツカペレ・ドレスデンあたりの演奏は外せません。

休憩後はシベリウスの交響曲第2番。これまた、有名曲です。北欧らしい抒情というと、どうしてもフィンランドの本場ものを聴くしかありませんが、そう難しいことを言わずに、ウィーン・フィルの美しい響きに身を委ねました。例の第4楽章のロマンティックなメロディーは体がとろけそうになるくらい、耽美なものでした。まあ、これは名曲アワーって感じで楽しみました。本場ものは予習のCDで十分、楽しみました。

 ベルグルンド:ボーンマス交響楽団(交響曲全集)
 ベルグルンド:ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団(交響曲全集)
 ベルグルンド:ヨーロッパ室内管弦楽団(交響曲全集)
 セゲルスタム:ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団(交響曲全集)
 ヴァンスカ:ラハティ交響楽団(交響曲全集)
 ネーメ・ヤルヴィ:イェーテボリ交響楽団(交響曲全集)
 トスカニーニ:NBC交響楽団(第2番のみ)
 バーンスタイン:ウィーン・フィル(第2番のみ)

シベリウスと言えば、ベルグルンド。3セットとも素晴らしい演奏です。しかし、sarai的にはヴァンスカとネーメ・ヤルヴィのほうが好感が持てました。第2番だけですが、トスカニーニとバーンスタインもなかなか聴き応えがありました。

アンコールは定番のウィンナー・ワルツ。これは贅沢過ぎる演奏でした。1曲目は知らない曲。アンネン・ポルカと言っても、あの有名な曲ではなくて、父親の作品です。まあ、見事な演奏に口あんぐりって感じでした。最後は『雷鳴と稲妻』。まあ、凄まじい演奏でした。これはどこのオーケストラも真似は絶対できないでしょう。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:グスターボ・ドゥダメル
  管弦楽:ウィーン・フィル

  R・シュトラウス:交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》Op.30

   《休憩》

  シベリウス:交響曲第2番ニ長調 Op.43

   《アンコール》
    J.シュトラウスⅠ:アンネン・ポルカ Op.137
    J.シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル『雷鳴と稲妻』 Op.324

R・シュトラウスの生誕150年を締め括るのにふさわしいコンサートに満足でした。ますます、R・シュトラウスにのめりこみそうです。




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ウィーンで音楽・美術三昧:ドナウ川を渡って、10日ぶりのウィーンに到着

2013年6月19日水曜日@プラハ~ウィーン/3回目

プラハPrahaからウィーンWienへの鉄道の長旅もようやく終盤を迎えます。
ドームのような大きな建物も見えてきます。いよいよ、ウィーンの郊外です。


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ドナウ川Donauに差し掛かります。これはドナウ川の運河、新ドナウ川Neue Donauですね。川の上流には、ビルが林立しています。ドナウシティDonau Cityです。


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新ドナウ川を渡りきり、中洲部分に入ります。川縁では男性と犬が川遊びに興じています。


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中洲からドナウ川の本流に差し掛かります。


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さすがにドナウ川は大きいですね。


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ドナウ川を渡ると、もうウィーンの市街です。
5時間弱でようやく、ジンメリング駅Simmeringに到着。当初はこの次のマイドリング駅Meidlingまで行くつもりでしたが、急遽この駅で下車することにします。そのほうがホテルまで早く着けそうです。
これがプラハから乗ってきた列車です。


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この列車はユーロシティ(EC)という国際列車です。


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まだ停車している列車を横目に見ながら、プラットホームを出口に向かいます。


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これはプラットホームの駅名の名票です。


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プラハからウィーンまでの鉄道移動を地図で確認しておきます。ほとんどはチェコ国内の移動で、国境を越えると、ウィーンはすぐなんです。

プラハ本駅Praha hlavní nádraží → パルドゥビツェ本駅Pardubice hlavní nádraží → チェスカートシェボウァーČeská Třebová
        → ブルノ本駅Brno hlavní nádraží → ブジェツラフBřeclav → ウィーン・ジンメリングWien Simmering


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ウィーンに着いてやることは、公共交通機関の1週間乗り放題チケットを購入することです。1週間乗り放題チケットは月曜日から日曜日までの1週間と決まっています。今日は既に水曜日ですが、ウィーンを離れるのは日曜日なので構いません。結局はこれが一番安いチケットなんです。一人15ユーロです。


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トラムに乗って、ホテルに向かいます。


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ウィーンで音楽・美術三昧:ウィーンに戻って、早速、フォルクスオーパーでオペレッタ

2013年6月19日水曜日@プラハ~ウィーン/4回目

5時間の鉄道旅を終えて、プラハPrahaからウィーンWienに到着しました。
ウィーンのジンメリング駅Simmeringの駅前に出ると、そこはトラム乗り場になっています。ここから、乗り慣れた71番のトラムに乗ります。


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駅前には豊富な野菜と果物の露店が開かれています。


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ウィーンもプラハ同様、ものすごい暑さです。71番のトラムでレンヴェーグRennwegまで行き、O番のトラムに乗り継いで、ホテルの最寄りのコルンブスプラッツColumbusplatzに到着です。定宿のホテルのAustria Trend Hotel FAVORITAにチェックインします。さあ、ホテルのお部屋で、ガンガンに冷やして休憩しましょう。部屋に入って、エアコンのスイッチを探して見つけたものは、これです。


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ウィーンはエアコンのないホテルも多いと聞いてはいたのですが・・・ガックリです。4泊2人で216ユーロですから贅沢は言えませんね。いいんですよ。石造りの建物ですから、効かないエアコンより扇風機の方がずっとましです。
部屋自体は4つ星のホテルらしく立派なもので、寝心地のよさそうなベッドです。


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デスクもきちんとしていて、使いやすいです。


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今夜はフォルクスオーパーVolksoperでオペレッタです。暑さにもめげずに出掛けます。ただし、ネクタイは持っていって、ホール近くでしめましょう。
フォルクスオーパーに着き、オペレッタの開演前に、フォルクスオーパー前のカフェCafe Volksoperで夕食をいただきます。
これはメインの付け合わせのポテト。


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メインはウィーナー・シュニッツェル。


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もう一品のメインは魚のフライ。


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食事を終えてフォルクスオーパーに入ります。これが今日のチケット。


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オペレッタは新演出の《ルーナ夫人》。ショーアップされていて、楽しいオペレッタです。詳細はここにアップ済です。
終演後、まだ空に明るさの残るフォルクスオーパーの建物です。《ルーナ夫人》Frau Lunaの看板が明々と照らされています。


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明日は楽しみにしていたR・シュトラウス最後のオペラ《カプリッチョ》をウィーン国立歌劇場で聴きます。



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ウィーンで音楽三昧:地元で人気のシュピッテルベルク地区を散策

2013年6月20日木曜日@ウィーン/1回目

旅の21日目です。この旅2度目のウィーン滞在2日目です。

昨夜は強力な扇風機のおかげでぐっすり気持ち良く熟睡し、saraiも配偶者も揃って朝寝坊してしまいました。起床、10時半。プラハでの寝不足解消です。
ウィーンの空は、雲ひとつない快晴。もちろん気温はグングン上がっています。このままホテルでグタグタしていたい気分ですが、そうもいきません。

地元の人に人気のシュピッテルベルク地区Spittelbergへ出掛けてランチをしてきましょう。シュピッテルベルク地区はムゼウム・クアルティーアMuseumsQuartierのすぐ西側にあります。ホテルから、地下鉄を乗り継いでいきます。日陰を選んで歩かないとクラクラします。エアコンの入った車両が来ます。ラッキー! 地下鉄もトラムも新型車両は空調設備がありますが、旧型車両はその設備さえありません。空調設備があっても冷えてないことも多い・・・。

地下鉄U2のフォルクステアーター駅Volkstheaterで降りて地上に出ると、そこはムゼウム通りMuseumstraßeとブルク通りBurggasseが交差しています。向かいにはフォルクス劇場Volkstheaterが建っています。


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フォルクス劇場を右手に見ながら、ムゼウム・クアルティーアの建物の外側に沿ってブルク通りを南西方向に進みます。


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ブルク通りを歩き、2本目の通りがキルヒベルク小路Kirchberggasseです。この路地にはバロック様式の美しい建物が見えます。


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ブルク通りをさらに進み、4本目の通りがシュピッテルベルク小路Spittelberggasseです。左に折れて、この路地に入ります。


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路地に入って、今入ってきたブルク通りの方を振り返ります。このシュピッテルベルク小路に綺麗な建物が建ち並んでいます。


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さらに路地の奥に進みます。シュピッテルベルク地区は49番のトラムの走る2本の通り、ブルク通りとジーベンシュテルン通りSiebensterngasseの間の数本の路地からなっていて、路地は車の入れない歩行者天国になっています。昔ながらの石畳の路地で、バロック様式やビーダーマイヤー様式の美しい建物が立ち並んでいます。この路地に一歩足を踏み入れると、全く別世界です。夜は大勢の人で賑わうらしいのですが、昼時はとっても静かです。ブラブラと歩きます。


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ギャラリーやブティック、レストランやカフェバーが並んでいます。


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ところで、これらのお店にはもちろん空調などはありませんよ。どのお店もドアが開けはなたれています。もっとも、お昼休みをしているお店も多いですけどね。


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目指すお店は、観光案内書に紹介されていた人気店のLUXです。シュピッテルベルク小路から隣のシュランク小路Schrankgasseまでの建物を占めています。


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このレストランでランチをする予定なので、建物の中に入ります。通路の奥にお店があるようです。


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通路をどんどん進んで中庭まで行きますが、どうも営業している気配がありません。


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シュランク小路まで突き抜けましたが、お店は営業していませんでした。定休日なのか夜のみ営業なのかは分かりません。


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では、他のお店でランチをいただくことにしましょう。

フォルクステアーター駅から、ここまでのルートを地図で確認します。


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この後、ランチをいただきます。


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ウィーンで音楽三昧:一押しのウィーンの隠れた名店ツル・ヴィトヴェ・ボルテで美味しいランチ

2013年6月20日木曜日@ウィーン/2回目

人気店のラックスLUXが営業していなかったので、私達が選んだお店は、シュピッテルベルク小路Spittelberggasseにある大きな木立に囲まれた涼しげなお店ツル・ヴィトヴェ・ボルテZur Witwe Bolteです。


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ハラハラと舞落ちる葉を、お店のおじさんがせっせと掃除しています。パラソルの下の席に座ります。微かに遠くで車の音がしますが、シーンと静まり返り、風の音だけが聞こえる感じです。賑やかなウィーンの一角とは思えません。緑の木陰というのは、こんなにも涼しいものなんですね。


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しかも、このお店は空いていて、客が少ないのがポイントでもあります。地元の客と思われる数組が静かに食事を楽しんでいるだけです。


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コンソメスープとコーンクリームスープ、ターフェルシュピッツとマス(Zander)のグリルをお願いします。一緒に頼んだミネラル・ウォーターはあっという間になくなります。と、配偶者の目に留まったのは、近くの男性二人が飲んでいるもの。見かけはビールみたいなのですが、ストローで飲んでます。そういえば、メニューにアイスティーというのがあります。こちらの紅茶は、お湯とティーバッグが出てくるのが定番なので、アイスティーとは、水とティーバッグか?とやり過ごしていました。なんだかとっても美味しそう。お店のおじさんに、あれは紅茶かと聞くと、この店オリジナルの紅茶だよとのこと。試しにひとつお願いしてみましょう。一口飲むと、これはフルーツティーというもので、なかなか美味しいです。saraiも一口飲んで、即追加注文。


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料理の前にパンが2種類のバターを添えられて出てきます。なかなか美味しいです。


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パンを食べながら、周りを眺めると、白壁に緑の蔦が映えて、これもお洒落。


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近くのテーブルを見ると、真っ白いテーブルクロスの上は落ち葉でいっぱいです。


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これがその落ち葉。大木から舞い落ちてきている葉っぱです。


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いよいよ料理が運ばれてきます。料理を運んできたおじさんがこれがスープだよって言って、ニヤッと笑います。えっ、これがスープ? だって、スープが入っていないよ・・・具だけしかない!


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すると、おじさんがポットを持って、スープを注ぎ始めます。なるほどね。


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これでビーフコンソメスープのできあがり。


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美味しそうなウィーン風コンソメスープです。


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コーンクリームスープももちろん、空の皿にポットからスープを注いでくれます。


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これで、コーンクリームスープもできあがり。


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これはターフェルシュピッツ。たっぷりしたビーフスープはなしです。ビーフコンソメスープも合わせてオーダーしたのは正解です。


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これはマス(Zander)のグリル。


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これはサイドメニューのポテトです。これはターフェルシュピッツには欠かせませんね。ターフェルシュピッツのソースももちろん、あります。


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料理は、いずれもウィーンの定番の料理なのに、今風なおしゃれな感じを取り入れていて、絶品です。今日からこのレストランはウィーンで我々の一押しのお店になりました。
すっかりくつろいだ気分になり、この木陰でお昼寝でもしたい気分ですが、そうもいきませんね。最後にお店のおじさんに2人の記念撮影をしてもらいます。その写真は公開しませんが、代わりにお店のおじさんの写真。ひょうきんな人でした。


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お店を出て、もう少し、この界隈を散策します。



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ウィーンで音楽三昧:古き良きウィーンを感じられるシュピッテルベルク小路の路地歩き

2013年6月20日木曜日@ウィーン/3回目

ランチを食べたレストラン、ツル・ヴィトヴェ・ボルテZur Witwe Bolteは味よし、応対よし、さらに雰囲気最高でした。パラソルの上に緑の大木がトレードマークです。


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レストランを出ると、昼下がりのシュピッテルベルク小路Spittelberggasseは光と影の織り成す古き良きウィーンの風情。少々暑いですが、情緒たっぷりです。このシュピッテルベルク地区は18世紀頃、音楽家、画家、職人たちが集まり、自由な気風を謳歌する活気ある地区で、近くには兵舎もあり娼館も多かったそうです。しかし、第1次世界大戦で敗れハプスブルク帝国が終焉するとともに、この地区も衰退していきます。1970年代に入り、この時代遅れの地区はさびれた建物を取り壊し再整備する計画が進行します。それに対し、市民から古き良き風情を惜しむ声が強く上がり、再整備計画は形を変え、古い建物のままで修復することになります。こうして、バロック様式やビーダーマイヤー様式の素晴らしい建物が修復され、往時の雰囲気を残した街が再生されることになりました。ウィーンでは旧市街にはこういう場所も残っていますが、旧市街の外側では珍しいことです。特に石畳の路地が昔ながらというのは稀有なことです。この雰囲気を活かして、映画《恋人たちの距離(ディスタンス)》というユニークな作品のロケ地にもなっています。この映画はsaraiも惹かれるものもあり2度も見直しましたし、続編も見ました。そのうち、もう一度見てみましょう。


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レストラン、ツル・ヴィトヴェ・ボルテはシュピッテルベルク小路の路地に面した広場にひっそりと佇むようなお店です。その広場は静かな緑に包まれた広場で、広場の一角にある水飲み場が印象的です。


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なかなか凝った水飲み場で、これはバロック様式なのでしょう。怪人?の顔の口から水が流れ落ちます。清冽なウィーンの水道水なのでしょうが、試飲はやめときます。


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この水飲み場の右手の方の広場のかなりの部分を占めて、お気に入りのレストラン、ツル・ヴィトヴェ・ボルテのテラス席が並べられています。


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この辺りにはギャラリーもありますが、本日休店です。


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この界隈をブラブラと歩きます。配偶者ももの珍しそうにお店を覗き込んでいます。


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有機野菜や果物、チーズや食品を扱う小さなお店を発見。BIO商店、ナトゥーアコストNaturkost Spittelbergです。BIOらしく、看板も手書きですね。


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中に入ってみましょう。野菜や果物が几帳面に並べられています。


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こちらはオーガニック系の化粧品類です。


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こちらは乳製品コーナー。


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もちろん、チーズも豊富です。


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配偶者は大きな籠を手にして、主婦のお買いものモード。


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スイカとクッキーと牛乳とワインを購入。これで、パンでも買って帰れば、今日は一日過ごせそうです。


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お店での買い物を終えて、さらに路地散策。いい雰囲気です。


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路地の一角に小さな児童公園があります。遊ぶ子供もいない遊具は静かな路地を演出するだけです。


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路地には至るところにテラス席が置かれていますが、暑い昼下がりには1人のお客もいません。夜になると賑わうのでしょうが、人気エリアの路地の一時の静けさが心地よく感じられます。


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古きウィーンの雰囲気を味わい尽くすことのできる路地散策。


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いましばらく、この佇まいを楽しみましょう。


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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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