デームスと言えば、今年のウィーンの旅で近郊の街ミュルツシュラークにあるブラームス博物館まで、彼の弾いたブラームス・アルバムを購入するために行きました。当ブログでも現在、連載中の《スペイン・ザルツブルグ・ウィーンの旅》の後半でその経緯を書くので、お楽しみに。そのときに求めた2枚組のCDは目の前にずっと置いてあります。ドイツ語のリーフレットを読もうと悪戦苦闘しているからです。

リーフレットの表紙に写っているピアノはかって、ブラームスが愛用してBachmannのピアノ。現在、ブラームス博物館に展示してありますが、デームスはこのピアノでブラームスを弾いて、それをCDアルバムにしています。このピアノの音はやはり、それなりに年代ものの響きです。ただし、それだけでは鑑賞用として寂しいので、他の1枚には現代のスタインウェイでブラームスを弾いています。やはり、こちらが聴き易いですね。ブラームスの晩年のピアノ曲の名作(Op.116~119)を網羅したアルバムになっています。
今日の演奏ですが、ブログのタイトルを見て、おやっと思われませんでしたか。デームスと言えば、ウィーンのピアニスト。当然、モーツァルト、べートーヴェン、ブラームスと言った作曲家の作品が得意の筈。ショパンって、弾いていたっけ?・・・という感じですよね。ところが、そのショパンが素晴らしかったんです。まるでフランス人のショパン弾きみたいにね。
今日のプログラムは以下です。
ピアノ:イエルク・デームス
J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV 903
モーツァルト:幻想曲ハ短調 K.396
幻想曲ニ短調 K.397
ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番 Op.27-2「月光」
《休憩》
J.デームス:ソナチネ Op.26
ショパン:前奏曲嬰ハ短調 Op.45
舟歌 Op.60
子守歌 Op.57
ノクターン第18番 Op.62-2
バラード第3番 Op.47
《アンコール》
ドビュッシー:『前奏曲集第1巻』より、《ヴェール(帆)Voiles》・・・多分?
ドビュッシー:『ベルガマスク組曲』より、《月の光 Clair de Lune 》
ショパン: 夜想曲第5番嬰ヘ長調 Op.15-2
満員の会場がシーンと静まり返る中、ご高齢のイエルク・デームスがおぼつかない足取りでステージに登場。
しかし、手がピアノの鍵盤に置かれると、その年齢からは想像もできない美しいタッチの響きが聴こえてきます。
1曲目のJ.S.バッハの《半音階的幻想曲とフーガ》。前半部分の幻想曲はしっかりした響きで自在なテンポながら、落ち着いた演奏。次第にバッハの深遠に迫っていきます。後半のフーガも落ち着いたテンポで深みのある演奏ですが、決して枯れた、渋い演奏ではなく、ためのきいた、しっかりした演奏。なかなかよかったと思います。
2曲目、3曲目のモーツァルトの幻想曲は続けて演奏されます。ハ短調の幻想曲と言えば、K.475が有名ですが、K.396も名曲です。バッハの幻想曲と続けて演奏されると、なんとなく、モーツァルトの幻想曲もスタイルが似ていることに気が付きます。ただし、モーツァルトはより自由な形式です。明快なボリュームのある響きで闊達な演奏です。この傾向はニ短調の幻想曲に引き継がれます。そもそも、このニ短調の幻想曲はsaraiがモーツァルトのピアノ曲の中で一番好きな曲なので、とても気持ちよく聴けます。しっかりした名演奏でした。
4曲目のベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」は古今東西、ピアノ曲の中でも横綱クラスの有名曲。過去の巨匠が名演を録音してきた曲で、生半可な演奏では、白けてしまいます。デームスはたんたんときっちりと演奏し、奇をてらうことはありません。ここでもためをきかせた演奏で、なかなか聴かせてくれました。最高の演奏とは言えなくても、及第点の美しい演奏でした。
休憩後は、デームス自身の作曲した作品。6曲の連作になっていて、シューマンの連作のような音楽に印象派のテイストを加えたような綺麗な曲で、さすがに手に馴染んだ演奏。前半の演奏に比べると、タッチの美しさが目立ちます。珍しい曲を聴かせてもらいました。
最後はショパンの前奏曲嬰ハ短調、舟歌、子守歌、ノクターン第18番、バラード第3番が続けて演奏されます。いずれも静かで抒情的な作品ばかりです。最初の前奏曲の冒頭のフレーズから、美しい響きとタッチ、それにショパンらしいテンポの揺れが心地よく感じます。これは真正のショパンです。何故、ウィーン伝統のピアニストであるデームスがこんな素晴らしいショパンが弾けるのか、頭を捻ってしまいます。この《ひまわりの郷》ホールがこんなに美しいピアノの響きで満たされたことはなかったのではないでしょうか。思わず、その違和感に戸惑いを感じます。saraiの地元のホールで今、巨匠が素晴らしい演奏をしていることが心底、信じられません。デームスはここで聴けるような普通の音楽家ではなくて、ウィーンとか、それなりの場所でしか聴けない類の巨匠ピアニストであることが実感できるようなショパンでした。
比較するのも何ですが、晩年のクラウディオ・アラウの美音にも匹敵するイエルク・デームスの美音でした。デームス晩年の演奏は是非、録音にも残すべきだと強く感じました。ショパン、そして、シューマンとブラームスの再録音が期待されます。
アンコールはまず、ドビュッシー2曲。これはショパンに輪をかけて、素晴らしい演奏です。これほどの美しい響きを実演で聴けるとは思いもしませんでした。ドビュッシーも録音を残してほしいですね。
そして、最後はショパンのノクターン。最高の演奏にしびれました。
素晴らしいバースデーコンサートに立ち会えて、とても幸せでした。是非、来年も来日してくださいね。
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