今日のリサイタル、一言でいえば、《満足》っていう感じです。それにしても、日本人の古楽奏者の名人芸、ヴィルツオーソぶりといったら、その素晴らしさに驚嘆してしまいました。何故、これまで聴かなかったんだろうと今更ながら、後悔してしまいました。
最初のヴァイオリンのためのソナタ ホ長調 BWV 1016ですが、最初のヴァイオリンの一音で惹き付けられてしまいます。自然で無理のない響きは彼女の師匠のクイケンを超えるとも感じます。大きな振幅の表現はありませんが、心地よい音楽に浸り込んでしまいます。チェンバロとの息もぴったり。長年一緒にやってきた者同士の阿吽の呼吸というところでしょう。大好きな第3楽章も魅惑的とも思える幽玄の世界に引き込まれてしまいます。天上の音楽というよりも、生身の人間のゆったりした精神の深さが感じられます。少しもエキセントリックなところがないのが古楽の演奏の素晴らしいところです。こういう音楽を聴くと、自分の心が解き放たれる思いがします。もちろん、saraiは古楽でない普通の演奏も好きですが、古楽は古楽のよさがあります。それにしても若松夏美さんの生演奏は初めて聴きましたが、とても素晴らしいです。名人の域に達しています。
なお、今回、予習したCDは以下のものです。
アドルフ・ブッシュ、ルドルフ・ゼルキン 1943年
ヘンリック・シェリング、ヘルムート・ヴァルヒャ 1969年
ジギズヴァルト・クイケン、グスタフ・レオンハルト 1973年
いずれも素晴らしい演奏です。ブッシュのヴァイオリンの憂愁に満ちた音色は何ものにも代えがたいものがあります。シェリングとヴァルヒャの美しい演奏は非の打ちどころがありません。毎日でも聴いていたい名演奏です。クイケンとレオンハルトは現代の演奏のスタンダードと言えるかもしれません。古楽ならば、これでしょう。
次はフルートのためのソナタ ロ短調 BWV 1030。これは菅きよみさんのフラウト・トラヴェルソがあまりに素晴らしくて、大変な感銘を受けました。saraiも若い頃に吹けないフルートで懸命に吹いていた曲でもありますが、こんな名人技を聴かされると、自分が遊んでいた曲と同じものに思えません。フラウト・トラヴェルソの素朴な味わいは格別です。相当のテクニックを駆使して演奏しているのに、音楽表現はあっさり自然なものに聴こえてしまいます。能ある鷹は爪を隠すじゃありませんが、これみよがしに技巧を見せつける演奏とは対極にあるような演奏です。感想を言うとすれば、《参った》という感じ。これが聴けただけでも今日のリサイタルを聴いた甲斐がありました。
なお、今回、予習したCDは以下のものです。
オーレル・ニコレ、カール・リヒター 1973年
フランス・ブリュッヘン、グスタフ・レオンハルト 1975年
ステファン・プレストン、トレヴァー・ピノック 1975年
モダン楽器のニコレの演奏の素晴らしさは今更、強調することもないでしょう。もっとも、saraiは日頃はランパルの2種類の演奏を楽しんでいますけどね。古楽器ではブリュッヘンが見事な演奏を聴かせてくれます。プレストンの演奏も同等に素晴らしいものです。
前半の最後は『われ天の高きところより来たりぬ』に基づくカノン風変奏曲BWV 769aです。これはオルガン独奏曲なので、演奏前に鈴木雅明さんからレクチャーがありました。バッハのカノンと言うと、後半に演奏される《音楽の捧げ物》以外にはこの曲だけなので、あえて、オルガン独奏曲から編成を変えてまでして、演奏してくれるそうです。今日はカノンがテーマだということです。
ということで、耳馴染みのない曲ですが、ヴァイオリンの若松夏美さんの名人技に聴き惚れてしまいました。ほかのメンバーの演奏も見事でした。元々はクリスマス用の単純な曲ですが、こういう風に演奏されるととても複雑な曲に思えます。
なお、予習はオルガン独奏を聴くのはあまり参考にならないので、ストラヴィンスキーのオーケストラ編曲版を聴きました。
小澤征爾指揮ボストン交響楽団
休憩後、今日のメインの演目である《音楽の捧げ物》です。いやはや、名人揃いの演奏をすっかり堪能させてもらいました。チェンバロの鈴木雅明さん、ヴァイオリンの若松夏美さん、フラウト・トラヴェルソの菅きよみさんの達人ぶりは驚異的です。見事な演奏が続きました。
演奏順は普通とかなり違っていましたので、以下に示しておきます。出版のかたまり4つを順に演奏したそうです。冒頭に3声のリチェルカーレが演奏されないので、ちょっと違和感がありました。
《王の主題による各種のカノン》
(1) 2声の蟹カノン
(2) 2つのヴァイオリンのための同度カノン
(3) 2声の反行カノン
(4) 2声の拡大カノン
(5) 2声の螺旋カノン
5度のフーガ・カノニカ
《3声のリチェルカーレとカノン》
3声のリチェルカーレ
王の主題による無限カノン
《6声のリチェルカーレとカノン》
6声のリチェルカーレ
2声のカノン
4声のカノン
《王の主題のよるソナタとカノン》
トリオ・ソナタ
無限カノン
チェンバロ独奏で演奏された2つのリチェルカーレは見事な演奏でした。ここまでの演奏になるとは・・・期待を上回りました。そして、やはり、トリオ・ソナタはヴァイオリンの若松夏美さん、フラウト・トラヴェルソの菅きよみさんの両名人が素晴らしい演奏を聴かせてくれました。バロックのお手本のような、よい意味で《ひなびた》演奏です。特に第2楽章には、しびれました。もちろん、有名な第1楽章も素晴らしかったんですが、第2楽章はもっと素晴らしかったんです。室内楽の悦びを満喫させてもらいました。
なお、今回、予習したCDは以下のものです。
カール・リヒター、オーレル・ニコレ、オットー・ビュヒナーほか 1963年
ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ヴィーン 1970年
カール・ミュンヒンガー指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団 1976年
ラインハルト・ゲーベル指揮ムジカ・アンティクア・ケルン 1979年
クイケン・アンサンブル、ジギズヴァルト,ヴィーラント,バルトルドの3兄弟およびローベル・コーネ 1994年
これらもすべて高水準の演奏ばかりです。ヨーロッパの音楽文化の底深さを感じます。ミュンヒンガーは室内オーケストラの演奏で他と一線を画していますが、音楽としての美しさは際立っています。今はこういう演奏も少なくなってきましたから、かえって価値があるでしょう。音楽性で言えば、カール・リヒターは最高です。特にニコレとビュヒナーが独奏するトリオ・ソナタはこれ以上の演奏はありえないと思わせるものです。現代では、クイケン・アンサンブルの演奏が規範となるべきものでしょう。もはや、古楽による演奏しか考えられないのが現代です。その先駆けになったアーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ヴィーンも忘れてはならない演奏です。
今日のプログラムは以下です。
チェンバロ:鈴木雅明
ヴァイオリン:若松夏美
フラウト・トラヴェルソ:菅きよみ
ヴァイオリン/ヴィオラ:荒木優子
チェンバロ:懸田貴嗣
J.S.バッハ:オブリガート・チェンバロとヴァイオリンのためのソナタ ホ長調 BWV 1016
J.S.バッハ:オブリガート・チェンバロとフルートのためのソナタ ロ短調 BWV 1030
J.S.バッハ:『われ天の高きところより来たりぬ』に基づくカノン風変奏曲BWV 769a(鈴木雅明編)
《休憩》
J.S.バッハ:音楽の捧げ物 BWV1079[全曲]
あまりの演奏の素晴らしさにイースターに演奏されるマタイ受難曲を聴きたくなりました。ただ、聖金曜日の4月3日のオペラシティでの公演は既に都響の新音楽監督の大野和士のお披露目公演が重なっています。その翌日に所沢で
バッハ・コレギウム・ジャパンがマタイ受難曲を演奏するそうなので、現在、チケットを手配中です。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽