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ハーレム~ライデンの1日:ハーレムからライデンに向けて、バス旅

2015年6月26日金曜日@アムステルダム~ハーレム~ライデン/13回目

ハーレムHaarlemからライデンLeiden行のバスは、ハーレム駅前のバスターミナルを出発して、ケナウ公園Kenauparkの緑を横目に見ながら走ります。

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ケナウ公園を過ぎると、キンデルハイスシンゲル運河Kinderhuissingelに沿ってバスは走ります。この辺りはハーレムの旧市街です。

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しばらく運河沿いを走りウィルヘルミーナ通りWilhelminastraatに入ると、運河を離れて重厚な建物の間を走ります。やがて、カンペルシンゲル運河Kampersingelを渡ります。右手には市民劇場Stadsschouwburgの建物が見えています。

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運河沿いのラームシンゲル通りRaamsingelを走り、右折してハウト広場通りHoutpleinに入ります。通り沿いに大きな日本食レストランKANEDAが見えます。

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日本食レストランKANEDAの角でワーゲン通りWagenwegに入っていきます。

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バスは旧市街から新市街の街並みを通り抜け、ワーゲン通りのバス停ゾーメルルスト通りZomerluststraatに停車。

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この辺りは高級住宅地のようで立派な建物が並びます。三角屋根が印象的です。

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ハーレム郊外の立派なお屋敷街をバスは走っていきます。

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バスの中に乗っている人たちは、さらに郊外へ向かう人たちなんでしょうか。

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バスはハーレムの街を出て、草原の中を走り出します。実は、バスが郊外に出た辺りでsaraiはビールの酔いでぐっすりお休みタイム。配偶者はこの後も車窓をたっぷりと楽しみます。したがって、この後は配偶者の観察した様子です。

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バスがハーレムの街を抜けていったルートを地図で確認しておきましょう。

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街外れにも数棟の集合住宅が建っています。

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ヘーレン通りHerenwegをずーっと走り続けて、ベンネブロエクBennebroekの町にさしかかります。こういう小さな町にもちゃんと和食レストランがありますね。ZENという名前のレストランです。

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さらにヘーレン通りをずーっと走り、ヒルレーゴム Hillegomの町中の道に入っていきます。バス停オラーニエ・ナッサウ広場Oranje Nassaupleinで停車。

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これはヒルレーゴムの町で見かけた住宅。この辺りの典型的な家です。

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ヒルレーゴムの町を出て、再びヘーレン通りをひた走ります。周りは牧草地帯です。

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道はライゼ通りLeidsestraatに変わります。もうすぐ、チューリップで有名なキューケンホフ公園 Keukenhofのようです。

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右手には花畑らしい風景が始まります。

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残念ながら、この時期はチューリップはすっかり終わっていますけどね。

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キューケンホフ公園の案内が出てきます。まだこの先のようです。

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キューケンホフ公園が近づいても風景は一向に変わりません。

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延々と同じような風景が続きます。


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おや、並木の陰に一区画だけ紫色の花が咲いています。チューリップでしょうか。一応、これで見たということにしておきましょう。盛りの頃は素晴らしい眺めなのでしょうね。

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バスはキューケンホフ公園の手前で左折して、リッセ Lisseの町に入っていきます。リッセの町の主要な場所を抜けて、バス停ハニー・シャフトラーンLisse, Hannie Schaftlaanで停車。バス停の前には、可愛い家が並んでいます。

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リッセの町を過ぎると、またまた緑の野原。お花畑か牧草地でしょう。

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ここまでのバスのルートを地図で確認しておきましょう。

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バスは緑の野原の中をライデン目指して走っていきます。


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ハーレム~ライデンの1日:長いバス旅を終えて、ライデンに到着

2015年6月26日金曜日@アムステルダム~ハーレム~ライデン/14回目

ハーレムHaarlemからライデンLeiden行のバスはリッセ Lisseの町を過ぎて、緑の野原の中を走っていきます。

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リッセの町の中の支道ロイスホルンラーン通りRuishornlaanから、2eプールラーン通り2e Poellaanを抜けていきます。緑の野原が続いています。

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やがて、再び幹線のヘーレ通りHeerewegに復帰して、がんがん走り出します。とは言え、通りの傍らを自転車のおじさんが走る長閑な風景です。

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風景はどこまでも変わらず、花畑か牧草地なのかまっ平らな平原が広がっています。

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平原には、水路が計画的に配置されています。まさにオランダ人が作り上げた国土ですね。

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おや、やはりここは花畑だったようですね。花の摘み取り作業でもやっているようです。


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道の反対側を見ると、ここでも花の摘み取り作業中です。チューリップ以外の花も栽培しているんですね。優しいヴァイオレット色の花ですが、何の花なんでしょう。

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サッセンハイムの町に近づいたところでバスは幹線道路から右折して、町の中のパルクラーン通りParklaanに入っていきます。サッセンハイムのタウンホールSassenheim, Raadhuisのバス停に停車。目の前には綺麗な尖塔が立っています。

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サッセンハイムの町の中を走って、次のバス停のツイデル通りSassenheim, Zuiderstraatに停車。ちょっとしたショップが並んでいます。

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次は鉄道駅に寄っていきます。サッセンハイム駅Sassenheim, Stationです。

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サッセンハイム駅を出たバスはちょっと線路沿いを走った後、立体交差で線路を跨いで線路から離れていきます。オーストエインデ通りOosteindeを走りますが、周りには農園が続いています。

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まっすぐに走っていきますが、通りの名前は変わってヘーレン通りHerenwegです。緑の多い中に立派な邸宅が点在します。

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ウグストゲーステル運河Oegstgeesterkanaalを渡ります。ボートがたくさん航行する綺麗で大きな運河です。

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相変わらずバスはまっすぐ走っていきますが、通りの名前はいつの間にかワルモンデル通りWarmonderwegに変わっています。その通りも遂にリインスブルゲル通りRijnsburgerwegにぶつかります。ここでバスは左折します。

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このリインスブルゲル通りを数分走ると、バスはライデン中央駅Leiden Centraalに到着。1時間半弱ほどのバス旅でした。
ここまでのバスの走ったルートを地図で確認しておきましょう。

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ところで、このバス旅で配偶者が大変印象に残ったことがあったそうです。バスに乗るのはバスの前方からですが、降りるのは中央からです。運転手とは離れていますが、後方確認ミラー越しに、じゃーねという感じで手を上げて挨拶しながら皆さん降りていったそうです。コミュニケーションを大切にするお国柄なんですね。

バスを降りると、目の前に立派なライデン中央駅の建物が建っています。でも、こっちは駅裏のようです。

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駅舎を抜けて、駅の表に出ます。スタションス広場Stationspleinです。随分、賑やかです。

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駅前の駐輪場には膨大な自転車があります。これもオランダ名物ですね。

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駅前から、ライデン散策を開始しましょう。


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ハーレム~ライデンの1日:ライデンの運河と風車

2015年6月26日金曜日@アムステルダム~ハーレム~ライデン/15回目

ライデンLeidenは、予想よりもずっと大きな町です。レンブラントが生まれ、シーボルトが住んだ町で、ライデン大学もあります。街歩きを楽しみましょう。駅前のスタションス広場Stationspleinからスタートです。駅からまっすぐ伸びるスタションス通りStationswegを歩きます。途中で駅の方を振り返ります。白い格子上のパイプが立っているのが駅前です。

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スタションス通りを進むとすぐに運河にぶつかります。レインスブルゲルシンゲル運河Rijnsburgersingelです。運河の向こうには風車が見えます。市立風車博物館Molenmuseum de Valk(通称デ・ファルク:はやぶさ)です。1743年に建てられた風車で1964年まで実際に使われていたものです。ちょっと寄ってみたいところですが、実は市内にはもうひとつ風車があり、今はそちらに向かっているのでパスします。

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運河を渡って、今度はステーン通りSteenstraatを進みます。やがて、通りの左側にイベント会場のようなベーステンマルクト広場Beestenmarktが現れます。遊園地の乗り物が稼働中です。

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次のガルゲワーテル運河Galgewaterにぶつかります。運河沿いには運河クルーズ乗り場やレストランが並んでいます。この運河を渡ると、ライデンの繁華街の方に出ますが、渡らずにまっすぐに進んでいきます。風車を目指しています。

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やがて、運河がライン川Rijnに合流するポイントに着きます。もっともライン川のこの辺りはガルゲワーテルと呼ばれているようです。まあ、ライン川と言ったって運河とかわりばえはしません。ここで右手を眺めると風車が見えます。運河もどきのライン川沿いに散策します。

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ライデンも運河の街です。運河と化したライン川には多くの船が係留されています。このライン川沿いの通りはコルト・ガルゲワーテル通りKort Galgewaterです。

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路地も綺麗です。これはスミズ通りSmidssteegです。

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このスミズ通りの角には、ハーレムでよく見かけた煉瓦造りの切妻屋根の建物があります。綺麗ですね。

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運河沿いの通りには、バラとラベンダーとレンガの家がよく似合います。通りの街灯にはサフィニアの吊り篭が飾られています。サフィニアは日本が開発し、世界に広めた花ですよね。

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風車の手前には白い跳ね橋があります。これもハーレムで見たものとそっくりですね。

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運河(実際はライン川)と跳ね橋、そして駐輪している自転車。これこそオランダらしい風景です。

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風車の前に出ます。デ・プットMolen De Putと言う風車です。これは残念ながら中には入れません。

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この風車の前からライン川のガルゲワーテルを眺めます。美しい水風景です。

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風車の前の白い跳ね橋を渡って向こう岸に向かいましょう。

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ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。

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ライデンの散策は始まったばかりです。


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ハーレム~ライデンの1日:レンブラント生誕地とシーボルトハウス

2015年6月26日金曜日@アムステルダム~ハーレム~ライデン/16回目

ライデンLeidenの散策を続けます。デ・プットMolen De Putの風車の前の白い跳ね橋を渡って、ライン川Rijnの向こう岸に向かいます。向こう岸のウェッデ通りWeddesteegを少し歩くと、レンブラント生誕地Rembrandtplaatsがあります。公園になっていて、公園の小高いところに1人の少年が立っています。それがレンブラント像のようです。妙にリアルな風景になっています。

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レンブラント少年(青年?)が自画像を描いている風景のようです。レンブラント像の顔が見えるように回り込むと、少年ではなく青年ですね。

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1606年にここで生まれたレンブラントは25歳でアムステルダムに移るまで、実家にアトリエを構えて画業に励んでいました。彼の父は製粉業を営む中流の都市貴族で、近くのライン川沿いに製粉用の風車を所有していたそうです。レンブラントの名前、レンブラント・ハルメンス・ファン・レインRembrandt Harmensz. van Rijnのファン・レインvan Rijnという家名は、そのライン川Rijnに風車を持っていたことから来ているようです。レンブラントの生家は残っていなくて、その場所に現在は集合住宅が建っています。

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この集合住宅の壁面に、レンブラントが1606年にここで生まれたことを示す銘板がはめ込まれています。

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次はシーボルトハウスに向かいましょう。ライン川(この辺りはガルゲワーテルGalgewaterと呼ばれています)沿いに歩きます。岸辺にはハウスボートがつながれ、水と人々の生活の密接な関係が想像されます。向かいの岸辺には、さきほど見た煉瓦造りの切妻屋根の建物があります。

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岸辺のガルゲワーテル通りGalgewaterを歩いていると、傍らの建物にトンネルがあり、極めて狭い路地があります。興味をそそられますが、ここは通り過ぎます。

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岸辺の路を抜けて、コルト・ラペンブルク通りKort Rapenburgに出ます。ここで右に曲がって、この広い通りを進みます。

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通りの反対方向を眺めると、ライン川を渡る橋があります。このライデンの町はライン川が真ん中に流れています。3年前のライン川をロッテルダムの河口から遡った旅のことが脳裏に蘇ります。

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このコルト・ラペンブルク通りを歩いていくと、通りの名前がラペンブルク通りRapenburgに変わり、やがて通りの右手にシーボルトハウスSieboldHuisの建物が見えてきます。素晴らしい煉瓦造りのファサードの建物ですね。この建物は1578年からオランダの名家が住居として使ってきた由緒あるものだそうです。シーボルトは1830年にこの館を1万3千ギルダーで購入して、彼が日本で収集したコレクションを展示したとのことです。シーボルトの財力もなかなかのものだったんですね。現在このシーボルトハウスは、オランダにおける日本センターの役割も担っているそうです。Japanmuseumという表示もありますね。

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ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。

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さあ、シーボルトハウスを見学しましょう。日本語で挨拶してくれるオランダ人のお嬢さんが、受付スタッフです。流石ですね。受付を抜けて入館すると、地下室への階段の入口に日本語で《コーヒーコーナー》という表示があります。ちょうど喉も渇いているので、まずはそこで休みましょう。

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階段を降りると、そこは半地下になっていて、休憩所というよりもダイニングルームのような感じになっています。ドリンクの自動販売機のようなものがありますが、無料なのが嬉しいところ。誰もいないのでゆっくりできます。

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半地下なので部屋の隅の方は天井が低くなっていて、倉庫みたいな感じです。

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喉を潤したところで1階に戻って、館内を回ります。展示物を見る前に中庭を見学。高い煉瓦の壁に囲まれ、モダンなオブジェが飾ってあります。

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中庭からは、先ほどの半地下のコーヒーコーナーも見えています。別のオブジェも飾ってあります。狭い中庭ですが、よく整備されています。

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これはシーボルト像ですね。首から勲章のようなものをたくさんぶら下げています。シーボルトは日本から帰国後、オランダ政府から叙勲され、ウィレム1世 (オランダ王)からライオン文官功労勲爵士とハッセルト十字章(金属十字章)を下賜されたそうです。ルートヴィヒ1世 (バイエルン王)からもバイエルン文官功労勲章騎士十字章をもらったそうです。文字通り、功なり名を遂げたという感じです。

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中庭から建物を眺めます。窓が美しくて印象的です。

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それにしても、訪れる人は少なく静かです。展示物を見て回りましょう。膨大な展示物は見ていたら、きりがありません。シーボルトはいろんなものを集めたもんです。
これは蟹や喫煙具、貨幣などです。

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これは陶器や家財道具。

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これは浮世絵です。

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日本人にとってはそう珍しいものではありませんが、収蔵しているコレクションの点数は2万点以上というから凄いものです。シーボルトは究極のコレクターだったんでしょう。

この後はライデン大学に向かいます。



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マタイ受難曲、ラ・プティット・バンド@東京オペラシティ コンサートホール 2016.3.5

クイケン率いるラ・プティット・バンドのバッハ《マタイ受難曲》はやはり素晴らしい音楽でした。ピリオド奏法はもちろんですが、アメリカの音楽学者ジョシュア・リフキンの提唱するOVPP(One Voice per Part)を実践する代表格がクイケン&ラ・プティット・バンドです。OVPPとは、合唱の1声部を一人で歌うというもので、独唱者たちだけで合唱もこなします。この日も2群に分かれた4人ずつの独唱者が重唱の形式で合唱パートを歌います。少年合唱はどうするんだろうと思っていると、舞台後方に立つソプラノ歌手が一人で少年合唱のパートを歌っていました。舞台後方の別働隊のような歌手はこのソプラノを含めて3人です。昨年聴いたバッハ・コレギウム・ジャパンも独唱者が合唱に参加しており、ほとんど、このOVPPと同様ではありましたが、クイケン&ラ・プティット・バンドは完全なOVPPの形式にのっとっています。
このピリオド奏法&OVPPによる《マタイ受難曲》ですが、CDで聴いたときよりも、合唱と管弦楽のバランスがよく、ともかく合唱がくっきりとしていて、ピュアーな響きです。コラールは1曲目の第1音を聴いたときにその響きの素晴らしさに感動してしまいました。ともかく、その後もコラールが歌われるたびに大変な感銘を受けました。普通の合唱に比べて、バッハが精魂込めて作曲したコラールの和声の素晴らしさが際立ちます。《マタイ受難曲》はイエスの受難の物語を音楽で描き出していますが、その悲惨とも言える物語を優しく包み込むのが要所要所に配置されたコラールです。そのコラールの胆になっているのが和声であることに今更ながら、思い至りました。和声の安定感、それもバッハが高いレベルで完成した和声は、聴くものの心を癒し、天国的な高みに飛翔させます。この《マタイ受難曲》では、数々の素晴らしいアリアもありますし、エヴァンゲリストの見事な語りもあり、今日の演奏はそれらも素晴らしかったのですが、8人の重唱による優しく感動的なコラールが最高でした。本来は独唱者や管弦楽にも触れないといけないのですが、コラールのあまりの素晴らしさに気持ちが向いてしまったので、それらの感想は割愛させてもらいます。あー、それにしてもとりわけ、繰り返し歌われた受難コラールの素晴らしさといったら・・・・!!!

今日のプログラムは以下です。

  音楽監督&ヴァイオリン:シギスヴァルト・クイケン
  ソプラノⅠ:ミンナ・ニーベリ
  ソプラノⅡ:マリー・クイケン
  アルトⅠ:ルチア・ナポリ
  アルトⅡ:リディア・ヴィネス・カーティス
  テノールⅠ & エヴァンゲリスト:シュテファン・シェルペ
  テノールⅡ:バルタザール・ズーニガ
  バスⅠ & イエス:シュテファン・ヴォック
  バスⅡ:イェンス・ハーマン
  管弦楽:ラ・プティット・バンド


  J.S.バッハ:マタイ受難曲BWV244

   1部と2部の間に《休憩》をはさみ、3時間ほどの長丁場の演奏

この《マタイ受難曲》は聖金曜日の音楽です。今年の聖金曜日は3月25日。日本では、その日には毎年、バッハ・コレギウム・ジャパンが《マタイ受難曲》を演奏する習わしになっているようです。したがって、海外から来日する団体の《マタイ受難曲》の演奏はその前に行われることになるようです。今日の公演もそのひとつ。来週は今日のピリオド奏法&OVPPとは対極にあるような聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏を聴く予定です。バッハの音楽の素晴らしいところは、色んな形態・様式の演奏それぞれで感動を受けられること。決して、こういう演奏でなければならないということはありません。それほど奥深い内容を秘めた音楽がこの《マタイ受難曲》です。今度はどんな楽しみ、発見があるでしょうか。


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ハーレム~ライデンの1日:ライデン大学を探して、ぐるぐる・・・

2015年6月26日金曜日@アムステルダム~ハーレム~ライデン/17回目

シーボルトハウスを出て、ぶらぶらと散策しながらライデン大学Universiteit Leidenを探します。シーボルトハウスの前のラペンブルク通りRapenburgを少し歩き、グルーンハーゼン運河Groenhazengrachtにぶつかったところで左に折れて、運河沿いのグルーンハーゼングラハト通りGroenhazengrachtを歩きます。

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運河沿いは人も少なく静かな佇まいです。

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運河沿いに歩いていくと、運河に架かる小さい橋の先にミニ凱旋門のような立派な門があります。この先がライデン大学なんでしょう。この門の先はセバスティアーンスドゥーレン通りSebastiaansdoelenです。

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ここには案内板が立っています。それによると、この門はドゥーレン門Doelenpoortという名前で、ここがライデン大学のキャンパスになる前の1645年からあるんだそうです。また、ライデンにあった市警団のテリトリーを示すものだったようです。門の上の彫刻は竜退治の聖ゲオルグが題材だということです。門は砂岩で作られています。案内板の絵画は、1655年頃に描かれた《ドゥーレン門の市警団》という題名の絵画です。

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ここから運河沿いにまっすぐに歩くと、レンブラント通りRembrandtstraatにぶつかります。綺麗なカフェレストランcafé-diner de Grote Beerがあり、運河に面したテラス席が賑わっています。

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この辺りがライデン大学のはずですが、日本の大学のようなキャンパスはないので、なかなか大学ということが分かりません。うろうろしながら、ようやくライデン大学の表示板を見つけます。

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大学と言っても、建物の間に道があり駐輪場があるだけのこと。別にどうということはありません。

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このキャンパス内のようなクレフェリンガプラーツ通りCleveringaplaatsをぶらぶらします。学生さんが自転車で行き来しています。

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ドゥーレン通りDoelensteegを抜けると、キャンパスの外に出ます。

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ドゥーレン運河Doelengrachtを渡って、キャンパスを離れます。

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ドゥーレン通りをまっすぐに進みます。綺麗な路地ですね。

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ドゥーレン通りを進んでいくと、また運河沿いのラペンブルク通りRapenburgに戻ってきます。シーボルトハウスが面していた通りです。ここで右に折れて、シーボルトハウスとは逆の方向に進みます。すると、立派な塔を持つ煉瓦造りの大きな建物があります。いやはや、これこそ探していたライデン大学のようです。この建物はアカデミー・ヘボウAcademiegebouwという1575年に建てられた歴史的な建造物です。ライデン大学本部にもなっています。アカデミー・ヘボウ内にはアカデミー資料館Academisch Historisch Museumもあるようですが、一般には公開されていないようです。その裏手には植物園Hortus Botanicus Leidenもあるようです。

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大学の公式行事はこのアカデミー・ヘボウで催されているようです。今日も入口は派手に装飾されています。派手な色のスーツを着たお兄さんが門番のように立っています。

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なんだか入りにくそうです。ちょっと中を見てみたかったのですが、今日は遠慮しておきましょう。

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門の横には、アカデミー・ヘボウの案内板が立っています。

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このアカデミー・ヘボウに沿って歩いていくと、ノネン通りNonnensteegを挟んだ隣の建物の壁に大きな日本語で芭蕉の俳句《荒海や 佐渡によこたう 天の川》が書かれています。以前、NHKの旅番組《世界ふれあい街歩き》で見た建物です。そのときに聞いた話では、以前ここに住んでいた天文学者が1996年に書いてもらったものだということでした。現在の住人はこの俳句の意味は知らないそうですが、日本語で書かれているのがお洒落で気に入っているということでした。ライデンでは、このように各国語で壁に詩句を書くのが流行しているそうで、150ほどもそういう建物があるそうです。TVで見たときから気になっていた建物だったので、偶然にも見つけられて嬉しい思いです。

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ここでアカデミー・ヘボウの全景を眺めましょう。ようやくライデン大学を見ることができて、満足です。

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ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。後で考えてみたら、シーボルトハウスからラペンブルク通りをまっすぐ来れば、ライデン大学本部だったんですね。まあ、お陰で綺麗な路地歩きもできたので、よしとしましょう。

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ここからはライデンの町の中心に向かいます。



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ハーレム~ライデンの1日:ピータース教会~市庁舎、そして、ライン川の岸辺は大喧噪!!

2015年6月26日金曜日@アムステルダム~ハーレム~ライデン/18回目

ライデン大学Universiteit Leidenを見ることができ安心したところで、今度は町の中心のピータース教会Pieterskerk Leidenに向かうことにします。ライデン大学とお隣の芭蕉の俳句の家を隔てるノネン小路Nonnensteegとラペンブルク通りRapenburgの角から歩き始めます。まずはステーンスウール運河Steenschuurに架かるノネン橋Nonnenbrugを渡って、クロク小路Kloksteegの鄙びた美しい路地を歩きます。路地の先にはピータース教会がもう見えています。

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教会前のピーテルスケルクホフ広場Pieterskerkhofは、緑の木々の木陰にカフェテラスとちょっとした遊園施設がありますが人影はまばらです。

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教会の中に入ってみましょう。入口を探していると、カフェ・ピーテルスケルクPieterskerkcaféがあります。そこに入って訊いてみると、今日は教会には入れないとのこと。何でしょうね。

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教会の周りを歩いて、様子を調べてみましょう。

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現在のピータース教会は、15世紀にゴシック様式で建てられた重厚な建造物です。

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煉瓦に美しい黄色いつるバラが映えています。ベンチも置かれて、午後の寛いだひと時を過ごせそうです。旅人のsaraiはあんまりゆっくりできないのが残念です。

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教会の赤い扉の前に来ると、ライデン大学の垂れ幕が下がっています。何かのイベントをやっているようです。それで中に入れないのかな。残念ですが、仕方ありませんね。

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やはり、教会の入口は先ほどのカフェのようです。ここにもその旨を告げるポスターが張ってあります。

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このピータース教会は古くて立派ですが、もはや教会ではないようです。カフェと催し物会場になっているようですね。さて、ライデンの町もそこそこ見たことだし、そろそろ帰りましょう。散策をしながら、町の様子を観察しつつ、駅の方に向かいます。
ピータース教会からは狭いピーテルスケルク=コール小路Pieterskerk-Choorsteegを抜けて、市庁舎Stadhuis Leidenに向かいます。ランゲブルグ通りLangebrugに出たところで、この路地を振り返ります。路地の奥にピータース教会が見えています。

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さらにピーテルスケルク=コール小路を進んでいきます。ブレー通りBreestraatを横切ると、路地の名前はマールスマン小路Maarsmansteegに変わります。マールスマン小路の途中の右手にカペル通りKapelstraatが伸びています。その通りの先に大きな建物が見えます。これが市庁舎ですね。

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マールスマン小路を抜けた先は、また運河。橋も架かって、その先の正面は大きな広場ですが、運河沿いに右に曲がって市庁舎の方に向かいます。フィスマルクト広場Vismarktに市庁舎は威容を誇っています。16世紀に建てられた建物です。この建物はなんだかのっぺりした印象ですが、実はこれは市庁舎の建物の裏なんだそうです。うっかりして、ブレー通りにある美しいファサードを見損ねてしまいました。

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これが見損ねたブレー通りにある市庁舎のファサードです。16世紀のオランダの栄光が偲ばれます。

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出典:Wikimedia Commons  


市庁舎前のフィスマルクト広場前には水路が流れています。運河と思いましたが、これはニーウェ・レインNieuwe Rijn、ライン川の支流です。この運河のようなライン川沿いは、何だか様子が変です。多くの船が係留されていて、皆さん宴会モードです。

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ライン川(ニーウェ・レイン)の両岸にびっしりと船が並び、賑やかさにびっくりです。

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ボートに乗っている人たちはゆったりと寛いで、何かを待っている感じです。

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ライン川(ニーウェ・レイン)に架かるフィス橋Visbrugを右手に見ながら岸辺を進みますが、この喧噪はどこまでも続いているようです。

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ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。

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この賑やかな様子を観察しながら、ライン川に沿って駅の方に向かいます。


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モラヴィアの深い響き:オペラ《イェヌーファ》@新国立劇場 2016.3.8

とても素晴らしいオペラでした。深く感動しました。ヤナーチェックの音楽、簡素で音楽志向の演出、粒よりの歌手陣、ホールトーンの響き、すべてが相俟って、最高のオペラに仕上がっていました。日本のオペラハウスがこういう成熟度に達しているとは思ってもいませんでした。

久しぶりに聴く国内でのオペラです。実は今年は4月にウィーン国立歌劇場でデノケの歌う《イェヌーファ》を聴こうと思って、楽しみにしていたんです。そのヨーロッパ遠征の計画に手を付ける直前に起こったのがパリのテロ事件。結局、計画を断念しましたが、《イェヌーファ》を聴き逃したのが残念でした。そこへこの新国立劇場の《イェヌーファ》公演の情報を知り、久しぶりに国内でオペラを聴くことにしました。そもそも新国立劇場自体、ずいぶん昔に1回聴いた記憶があるだけで、実質的に初聴きみたいなものです。

ヤナーチェックの作曲した《イェヌーファ》は悲惨なストーリーが展開される中、愛や許しについて、深く考えさせられるオペラです。ヤナーチェックの初期のオペラではありますが、モラヴィアの旋律やチェコ語の語法を感じさせるヤナーチェックらしさが満載のオペラです。こういうチェコのお国ものとも言えるオペラで日本のオペラハウスが素晴らしい演奏を聴かせてくれたのは驚異的とも言えます。チェコの若手指揮者トマーシュ・ハヌスの力量も大きかったのでしょう。チェコの若手指揮者の活躍ぶりは目を瞠るものがあります。都響の首席客演指揮者ヤクブ・フルシャ、トマーシュ・ネトピルなどsaraiが実際に聴いた指揮者は素晴らしいチェコ音楽を聴かせてくれました。ハヌスの指揮で印象に残ったのは、オペラ中にゲネラル・パウゼを多用したことです。ただでさえ、深刻な内容の音楽ですが、さらに緊張感を高めることに成功していたと思います。
さらに凄かったのは海外から公演に参加した歌手陣の素晴らしい歌唱。主要とも思えない役の《ブリヤ家の女主人》が素晴らしい歌唱だと思ったら、なんとハンナ・シュヴァルツではありませんか。まだ、歌っていたとは思っていませんでしたが、結構、お若い様子。調べてみたら。最後に聴いたのは1993年の《トリスタンとイゾルデ》のブランゲーネ役でした。ワーグナーの楽劇に欠かせない人でした。何と現在、72歳で現役なんですね。コステルニチカ役のジェニファー・ラーモアは昨年、アムステルダムのネーデルランドオペラでの《ルル》でゲシュヴィッツ伯爵令嬢を歌って、感銘を与えてくれました。サイン会でサインもいただきました。今日も第2幕での鬼気迫る歌唱は素晴らしかったです。そして、何といっても素晴らしかったのがイェヌーファを歌ったミヒャエラ・カウネです。透明感あふれる声の響きは最高。コステルニチカ役のジェニファー・ラーモアとの掛け合いでは、それぞれの声質の違いを聴かせつつ、なおかつ、透明感での協調もあり、見事としか言えない歌唱でした。男性のテノールの二人も素晴らしい歌唱でしたが、女性3人が素晴らし過ぎたというところ。ちなみにこのキャストや演出はベルリン・ドイツ・オペラで公演したものと同一で、DVDも出ています。

今日の演奏は幕を追うごとに音楽的感興は高まるばかり。第3幕終盤、コステルニチカが子供殺しを告白して村長に連れ去られたところでいったんフィナーレの雰囲気に盛り上がります。しかし、その後のエピローグ的な5分ほどの最終場面の感動的なこと。イェヌーファ役のカウネの絶唱にはただただ涙するばかりです。イェヌーファとラツァが手と携えて未来に向かって歩んでいくところでフィナーレになりますが、拍手ができないほどの大きな感動が胸にひろがりました。

今日のキャストは以下です。

指揮:トマーシュ・ハヌス
演出:クリストフ・ロイ

ブリヤ家の女主人:ハンナ・シュヴァルツ
ラツァ・クレメニュ:ヴィル・ハルトマン
シュテヴァ・ブリヤ:ジャンルカ・ザンピエーリ
コステルニチカ:ジェニファー・ラーモア
イェヌーファ:ミヒャエラ・カウネ
管弦楽:東京交響楽団
合 唱:新国立劇場合唱団

今日の公演に向けての予習は以下。いずれも素晴らしい演奏でしたが、今日の公演も同レベルの素晴らしさでした。

DVD リセウ劇場ライブ ペーター・シュナイダー指揮、ニーナ・シュテンメ、エヴァ・マルトン
CD マッケラス&ウィーン・フィル、エリーザベト・ゼーダーシュトレーム、エヴァ・ランドヴァー
CD  ロイヤル・オペラ・ライブ ハイティンク指揮、カリタ・マッティラ、アニヤ・シリア



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マタイ受難曲、トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団@サントリーホール 2016.3.9

4日前にクイケン&ラ・プティット・バンドの素晴らしい《マタイ受難曲》を聴いたばかりですが、今日も素晴らしい《マタイ受難曲》を聴きました。クイケン&ラ・プティット・バンドの《マタイ受難曲》はピリオド奏法&OVPP(One Voice per Part)という時代の最先端をいくものですが、今日のトーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団は伝統的な演奏の代表格です。何といっても、バッハゆかりの聖トーマス教会の合唱団とマタイ復活上演を行ったメンデルスゾーンが常任指揮者だったゲヴァントハウス管弦楽団という老舗中の老舗の組み合わせです。クイケン&ラ・プティット・バンドは8人の独唱者の重唱による合唱のピュアーな美しさに魅了されました。で、今日のトーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団は独唱者の歌唱が最高に素晴らしかったんです。意外なことにピリオド奏法&OVPPは団体の総合力が決め手で、モダンオーケストラ+合唱団は個人個人の個性的な表現力が決め手という違いにびっくりです。ともあれ、今日の演奏では、エヴァンゲリストを歌ったベンジャミン・ブルンスとイエスを歌ったクラウス・ヘーガーが傑出した出来でした。まあ、これまでもエヴァンゲリストが素晴らしかったことはよくありましたが、イエスのこんなに素晴らしい歌唱は聴いたことがありません。強いて言えば、CDではフィッシャー・ディースカウの歌唱は別格ですけどね。今日のヘーガーの歌唱はイエスらしい高貴さと厳粛さに満ちていて、エヴァンゲリストとイエスが交互に歌う第1部では、その迫力に圧倒されました。フローリアン・ベッシュの柔らかい歌唱もさすがでした。最後のバス独唱(旧版全集の番号の第75曲)の清々しさはそこまでの劇的な物語からのカタルシスを感じるものでした。大活躍したアルトのマリー=クロード・シャピュイもよい歌唱でした。一番の聴きものであるエルバルメ・ディッヒ、マイン・ゴット(憐れみたまえ、我が神よ)は最高とまでは言えませんが、気持ちよく聴けましたし、むしろ、その後に歌われた名曲「わが頬の涙」はケンネン・トレーネン、マイナー・ヴァンゲン・・・としみじみとした歌唱が素晴らしかったです。saraiの趣味で言えば、ソプラノのシビッラ・ルーベンスの繊細さを極めた歌唱のほうがアルトよりも好みだったでしょうか。旧版全集の番号の第58曲の「アウス・リーベ」(愛故に)と繰り返し歌われるところではうっとりとさせられました。
もちろん、聖トーマス教会合唱団の合唱も美しかったんですが、こればかりは4日前のラ・プティット・バンドのピュアーな重唱が耳に残っていて、あのコラールの素晴らしさをつい思い出してしまいます。
ゲヴァントハウス管弦楽団の強力なアンサンブルはさすがです。最初はモダンオーケストラ故のうるささも感じないではありませんでしたが、耳慣れするにつれ、その響きに魅了されました。

ということで、今日の《マタイ受難曲》はエヴァンゲリストとイエス、そして、独唱者のアリアの素晴らしさに満足しました。ピリオド奏法もモダンオーケストラもそれぞれの良さがあり、バッハの音楽の楽趣は尽きるところがありません。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:ゴットホルト・シュヴァルツ
  ソプラノ:シビッラ・ルーベンス
  アルト:マリー=クロード・シャピュイ
  エヴァンゲリスト:ベンジャミン・ブルンス
  テノール:マルティン・ペッツォルト
  イエス:クラウス・ヘーガー
  バス:フローリアン・ベッシュ
  合唱:聖トーマス教会合唱団
  管弦楽:ゲヴァントハウス管弦楽団

  J.S.バッハ:マタイ受難曲BWV244

   《休憩》:1部と2部の間



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ハーレム~ライデンの1日:ライデンのライン川は船のパレードのお祭り

2015年6月26日金曜日@アムステルダム~ハーレム~ライデン/19回目

新ライン川(ニーウェ・レインNieuwe Rijn)に架かるフィス橋Visbrugを過ぎると、旧ライン川(アウデ・レインOude Rijn)との合流ポイントにさしかかります。合流ポイントの対岸の岸辺にも多くの人が集まって、お祭り騒ぎです。その先には、左にハルテブルグ教会Hartebrugkerkも見えています。

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こちらが新旧ライン川の合流ポイントです。左側が旧ライン川(アウデ・レインOude Rijn)で聖ヤンス橋Sint Jansbrugが架かっています。右側が新ライン川(ニーウェ・レインNieuwe Rijn)でフィス橋Visbrugが架かっています。

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これは旧ライン川(アウデ・レイン)の方です。聖ヤンス橋の先は、残念ながらよく見えませんね。

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ライン川に架かるワーグホーフ橋Waaghoofdbrugの上から、ライン川の様子を眺めます。
合流したライン川(De Rijn)です。両岸にはびっしりとボートが係留されています。

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ワーグホーフ橋を渡って、ライン川の北側の岸辺のアポテーケルスデイク通りApothekersdijkをぶらぶらと歩いていきます。相変わらず、お祭り騒ぎが続いています。おそろいの派手な衣装を着たボートの一団がいます。ボートには紅白の風船がいっぱい括りつけられています。

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こちらにも同じようなボートが並んでいます。

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このボートは飾りつけの最中。どうやら、ボートの上にジャングルを再現しているようですね。

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このボートは、ボートに張り付けた布とおそろいの服を着ているようです。色々な装飾を凝らしています。

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このボートはハイネッケンビールの宣伝チームなんでしょうか。

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いやはや、ますます派手な格好の人達のボートがいっぱいです。

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どうやら、これらの船がこれからパレードするようですね。お祭りなのでしょう。それにしても賑やか過ぎます。旅人としては古都ライデンの雰囲気が感じられなかったのは残念ですが、これもライデンの1つの顔なのでしょうね。そろそろライデンの町から去りましょう。

ガルゲワーテル運河Galgewaterを渡って、ステーン通りSteenstraatを駅に向かって進みます。やがて、通りの右側にベーステンマルクト広場Beestenmarktとそこにある遊園地の乗り物が見えてきます。

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まっすぐに通りを進みスタションス通りStationswegに入ると、すぐにライデン中央駅Leiden Centraalに到着します。
ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。

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駅ナカのショップを覗いていると、美味しそうなものが目に入ります。新鮮で甘くて冷たそうですね。

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アムステルダム行の電車が出発するホームに出ます。

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もちろん、さっきの美味しそうな生絞りジュースがお伴です。いやあ、大変美味しいですっ!!

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すぐにやってきた18時12分発の電車(インターシティ)に乗って、アムステルダム中央駅に向けて出発です。電車が走り出すと、すぐに緑の草原の真っ只中に出ます。

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やがて、キューケンホフ公園 Keukenhofの近くを通過します。この辺りはお花畑みたいですが、花は終わっています。

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この辺りは休耕中の畑のようですね。チューリップの畑は毎年咲かせるわけにはいかないと聞いたことがあります。

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おっ、お花畑の上を大きな鳥が飛び回っていますね。鷹?鷲?鳶?

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20分でハーレムHaarlemに到着。バスだと1時間半ほどかかったのに電車(インターシティ)は早いですね。ハーレム散策時に歩いたヤンス通りJanswegが見えています。通りの左側に見えている塔は、ハーレムの歴史的な「ホフィエHofje」の1つ、Hofje van Staatsの建物です。1730年に創建されたものです。

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電車がハーレム駅を出発すると、すぐにスパールネ川Spaarneを渡ります。そして、川の流れの先にはハーレム散策のときに見逃してしまったデ・アドリアーンの風車Molen De Adriaanが見えるではありませんか。嬉しい驚きです!!

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ハーレム駅を出て、15分ほどでアムステルダム中央駅に近づいてきます。もっとも車窓に映り込んでいるsaraiはぐっすりと眠りこけています。結局、バスの中も電車の中もぐっすりだったsaraiはオランダの風景はほとんど見ていません。

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アムステルダム中央駅に到着。ライデン中央駅からアムステルダム中央駅までの鉄道ルートを地図で確認しておきましょう。

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アムステルダム中央駅からはトラムに乗ってホテルに帰ります。トラムではsaraiは寝ていませんよ。7時半にもなっていない早い時間にテルに到着です。

旅に出て初めてのんびり出来る夜です。お風呂に入り、配偶者は洗濯をして、ブログを書き、何だか溜まっていた宿題をすべて片付けた気分です。おやすみなさい。
明日はユトレヒト音楽祭に出かけます。この時期、アムステルダム周辺はお祭りが多いのかな。



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納得のシューベルト・・・ロータス・カルテット・リサイタル@SQSサルビアホール 2016.3.11

シューベルトの弦楽五重奏曲、特に最初の2楽章はパーフェクトな演奏。シューベルトがいかに天才であったかを鮮やかに示してくれるような演奏でした。それにしてもロータス・カルテットの豊かな響きは圧倒的です。チェロのペーター・ブックも加わっての弦楽五重奏はちょっとした室内オーケストラなみの響きがホールを包み込みます。聴衆が100名のSQSサルビアホールの小さなホールは室内楽に最適です。このシューベルトの名曲は彼の死のわずか2か月前に作曲されたもので、シューベルトらしい美しい旋律に加えて、がっちりした骨格を持っています。シュトゥットガルトを本拠地に活動しているロータス・カルテットはドイツ的な骨太の響きでこのシューベルトを演奏します。ですから、ロータス・カルテットにとって、この曲はシューベルトの弦楽四重奏曲よりも相性がよいように思えます。もちろん、第2楽章の繊細な表情も見事に表現していましたけどね。第1楽章のダイナミックな表現、第2楽章のロマンの香りがこぼれ落ちんばかりの究極の表現を聴いただけで、もうしばらくはシューベルトを聴かなくてもいいかなと思うほど堪能しました。第3楽章は乗りに乗った圧倒的な響きで弾きまくってくれます。あまりここで弾き過ぎたせいか、第4楽章は音楽的な精度がそれまでに比べて、今一つになったのは残念でした。それでも生演奏の凄さを味わえた体験になりました。期待を上回る演奏でした。予習で聴いたメロス・カルテット(師匠筋にあたるようです)&ロストロポーヴィチも真っ青のような素晴らしい演奏でした。

前半のベートーヴェンの弦楽四重奏曲 第14番も同様に豊かな響きが印象的なとても美しい演奏。十分に満足できるものでした。ベートーヴェンの最高傑作のひとつである、この作品をここまで表現できるとは、凄いカルテットです。それも正統的なドイツ音楽のがっちりした演奏であることに驚かされます。

今日のプログラムは以下です。

  弦楽四重奏:ロータス・カルテット
  チェロ:ペーター・ブック(元メロス・カルテット)

  ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第14番 Op.131

   《休憩》

  シューベルト:弦楽五重奏曲 D.956


今回、ロータス・カルテットは初聴きでしたが、今後、要チェックのカルテットです。このリッチな響きでのシューマン、ブラームスを聴いてみたいと思います。
最後に今回のコンサートに向けての予習CDをご紹介しておきます。
まず、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲 第14番。今更、予習でもありませんが、最高の名曲なので予習というより、楽しみで聴きました。

 ブッシュ四重奏団(1936年) アドルフ・ブッシュ&ブッシュ四重奏団/ワーナー録音全集
 ヴェーグ四重奏団(1973年) 新盤の仏Naive盤
 スメタナ四重奏団(1984年) DENON盤

次に、シューベルトの弦楽五重奏曲。

 ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団&ヴァイス(1950年)
 メロス四重奏団&ロストロポーヴィチ(1977年)
 エマーソン四重奏団&ロストロポーヴィチ(1990年)
 


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       ロータス・カルテット,  

三月大歌舞伎《昼の部》@歌舞伎座 2016.3.12

今日は1月に続いての歌舞伎観劇。前回の浅草歌舞伎(浅草公会堂)から所を変えて、今日は歌舞伎のメッカ、歌舞伎座です。今日も料金の安い3階席です。1階席が1万9千円なのに対して、3階席(A席)は6千円ですから、財布に優しいですね。もっとも今日は《昼の部》も《夜の部》の両方を見ますから、料金は倍になります。観劇時間も合わせて8時間(休憩時間含む)を超えるという長丁場です。

朝11時からの開演に向けて、地下鉄の都営浅草線の東銀座駅に降り立つとすぐに歌舞伎座の地下に出ます。売店の並ぶ地下は多くの人でいっぱいです。まずはタリーズコーヒーで朝食。1階玄関前のチケット預かり窓口で予約済のチケットを受け取り、3階の客席に上がります。おやつの試食だけで満足して、席に着くとすぐに開演。

まずは最初の演目、寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)です。これは前にも見たことがあるので、内容がよく分かり、とても楽しめます。要するに曽我兄弟の仇討ちに先立つ前段のお話しです。仇討ちの相手である工藤祐経の人情あふれるくだりが心に沁みる話です。曽我兄弟の弟五郎の逸る態度を制する兄十郎、2人の性格の違いも見どころです。
で、今日の公演ですが、橋之助演じる工藤祐経は今一つ、ピンときません。あえて、自分への仇討ちの機会を与える場面では本来はジーンと胸にくるはずですが、若干、セリフが空回り。ここが一番の見どころなんですけどね。松緑演じる弟五郎はそれなりに元気があってよかったのですが、勘九郎演じる兄十郎はただ落ち着いているだけで仇討ちに向けての強い内面が感じられません。まあ、それでも全体としては脇役も立派だし、十分に楽しめました。

ここで休憩。本来はお弁当の時間ですが、朝食が遅かったので、とりあえず、鯛焼きを食べます。

続いて、舞踊の女戻駕(おんなもどりかご)と俄獅子(にわかじし)。こういうゆったりした日本舞踊は苦手のsaraiです。ぼーっと見ているうちに幕。まあ、梅玉の踊った俄獅子はそれなりに楽しめました。

ここでまた休憩。今度はお弁当を求めて、館内を回りますが、見つからず、サンドイッチをいただきます。

次は、鎌倉三代記(かまくらさんだいき)、絹川村閑居の場です。これは初めて実演に接しますが、素晴らしいお芝居で、とても楽しめます。鎌倉時代の源頼家方と北条時政方の争いにまつわる男女の愛、親子の情、武士の心情を描いたものです。北条時政の娘の時姫が相手方の武将である三浦之助義村に心を寄せて、病床にある三浦之助義村の母を看病するために三浦之助義村の実家に泊まり込んでいることが物語の発端です。戦場で傷ついた三浦之助義村が実家に戻り、母の様子を見ようとしますが、母は戦場から離脱し、実家に戻った三浦之助義村と会うことを拒否します。これも子を思う親の情なんです。一方、束の間の逢瀬を楽しみたい時姫は強く三浦之助義村との一夜を望みます。三浦之助義村は敵将の娘である時姫のことを心の底からは信じられません。そうこうするうちに時姫を連れ戻すために北条時政が送った武将や腰元がうろちょろし、中でも安達藤三郎が使者として、時姫に帰還を迫ります。安達藤三郎は北条時政から、時姫を連れ戻った暁には妻にしてよいというお墨付きをもらっています。うーん、それってなんだか聞いたことのあるような話だなっと思ったあなたは日本史に詳しい人です。そうです。これは鎌倉時代の話にしているだけで実は大阪夏の陣、千姫の話なんです。歌舞伎は江戸時代、実名を出すと幕府から大目玉をくらうような話はこういうふうにして、時代設定や名前を入れ替えて、お芝居にしていました。でも、みんな、そんなことは分かっていたので、幕府も鷹揚に黙認していたんですね。これも当時の民衆のガス抜きだったんでしょう。まあ、話を戻しますが、そういう扱いを受けた時姫はもちろん、安達藤三郎の要請を撥ね付けて、父の北条時政への不信感を募らせます。それを見ていた三浦之助義村はようやく、時姫の自分への無限の愛情を信じることができて、時姫にある提案を持ち掛けます。三浦之助義村はもうすぐ戦場での死を覚悟していますが、自分の死を見届けた後、時姫が北条時政のもとに戻り、すきを見て父を殺し、その後自害せよというものです。ある意味、愛情試験のようなものですね。もちろん、父親殺しは親不孝の極致ですが、自害することで親不孝のそしりは免れるという妙な理屈を三浦之助義村は語ります。このあたりはちょっと筋書きとしては無理がありそうです。驚くことにこの提案を時姫は受け入れます。これを陰で見ていた北条時政方の武将、富田六郎がこの事実を伝えるために北条時政のもとに駆け去ろうとしたとき、いきなり、井戸の中に潜んでいた安達藤三郎から槍の一撃をくらって、殺されてしまいます。北条時政方の武将であったはずの安達藤三郎は実は源頼家方が放ったスパイの佐々木高綱だったんです。でも、それなら、この佐々木高綱が北条時政を討てばよかったのにというのはなしですよ。それじゃ、このお芝居のストーリーが台無しになりますからね。最後は佐々木高綱が大見得を切って、佐々木高綱、三浦之助義村、時姫が並んでフィナーレ。こう書くと無茶苦茶なストーリーですが、実際に名優たちが演じると、胸に響く、素晴らしいお芝居になるところが歌舞伎の醍醐味です。
今日の公演は芝雀改め雀右衛門が5代目を襲名するもので雀右衛門が時姫を演じました。歌舞伎では3姫という歌舞伎があって、時代物の姫役のうち至難とされる三役を言います。「本朝廿四孝」の八重垣姫、「鎌倉三代記」の時姫、「祇園(ぎおん)祭礼信仰記」の雪姫です。この時姫と夜の公演の雪姫(後述)を5代目襲名で雀右衛門が演じます。なかなか見栄えも声もよく、上々のスタートです。これからが期待されます。
三浦之助義村を演じた尾上菊五郎が見事なお芝居を見せてくれました。彼は胃潰瘍のために初日(3月3日)から休演していましたが、体調は決してよくないように見えましたが、今日から復帰してくれました。実生活での体調不良と役柄で重傷を負った武将というのも重なり、鬼気迫る演技です。菊五郎の素晴らしい演技を見られたのは嬉しかったのですが、まだまだ先のある身ですから、お体を大切に頑張ってほしいですね。
佐々木高綱を演じた中村吉右衛門はさすがの演技。特に最初の安達藤三郎を演じた洒脱な演技は彼にしかできない見事なものです。逆に後半の佐々木高綱の大見得はもっとスケールの大きな演技を期待していましたので、ちょっぴり不満。もっとも吉右衛門だからこその期待であって、素晴らしい演技ではあったんです。
その他の俳優も満足の出来で、今日、一番の内容でした。

最後は、舞踊の団子売(だんごうり)。日本舞踊は苦手のsaraiでも、片岡仁左衛門と孝太郎の親子共演は楽しい内容でした。特に片岡仁左衛門の芸の力に感服しました。

満足したところで今日の昼の部はおしまい。

今日の公演内容は以下です。

昼の部 午前11時~

1.寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
    工藤祐経   橋之助
    曽我五郎   松緑
    曽我十郎   勘九郎
    化粧坂少将  梅枝
    近江小藤太  廣太郎
    八幡三郎   廣松
    喜瀬川亀鶴  児太郎
    梶原平次景高 橘太郎
    梶原平三景時 錦吾
    大磯の虎   扇雀
    小林朝比奈  鴈治郎
    鬼王新左衛門 友右衛門

2.女戻駕(おんなもどりかご)
  俄獅子(にわかじし)
   〈女戻駕〉   
    吾妻屋おとき 時蔵
    浪花屋おきく 菊之助
    奴萬平    錦之助

   〈俄獅子〉
    鳶頭梅吉   梅玉
    芸者お孝   孝太郎
    芸者お春   魁春

3.鎌倉三代記(かまくらさんだいき)
  絹川村閑居の場
時姫     芝雀改め雀右衛門
    佐々木高綱  吉右衛門
    おくる    東蔵
    富田六郎   又五郎
    母長門    秀太郎
    三浦之助義村 菊五郎

4.団子売(だんごうり)
杵造     仁左衛門
    お福     孝太郎


この後、夜の部が続きます。5代目襲名で雀右衛門の口上もあります。


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三月大歌舞伎《夜の部》@歌舞伎座 2016.3.12

昼の部が終わりましたが、夜の部が始まるまでに1時間ほどあります。ぶらぶらと銀座まで買い物に出かけてきましょう。配偶者の行きつけの花屋さんに寄って、松屋のデパ地下で夕ご飯のお弁当をゲットします。そろそろ時間なので、歌舞伎座に戻ります。

夜の部の公演を見るために、歌舞伎座3階の客席に上がります。席に着いて、これからの演目の内容についてのあらすじをチェックします。そして、開演。

まずは最初の演目、双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)、角力場です。角力場は双蝶々曲輪日記の2段目で、後半の段の引窓が有名でよく上演されます。saraiも引窓は前にも見たことがありますが、角力場は初めて見ます。この段はそれほどのストーリーがあるわけではありません。実績のある関取の濡髪長五郎に新進の放駒長吉が挑戦する取り組みが背景になります。実際の取り組みが演じられるわけではなく、行司の声だけが聞こえてきますが、なかなか臨場感を味わえます。この勝負は結局、新進の放駒長吉が濡髪長五郎を寄り切って勝ちます。それぞれの相撲取りには贔屓がついていて、濡髪長五郎には大店のぼんぼんの山崎屋与五郎、放駒長吉には侍の平岡郷左衛門です。実は廓で人気の藤屋吾妻をこの贔屓の二人は身請けしようと張り合っています。恋仲になっているのは大店のぼんぼんの山崎屋与五郎のほうですが、侍の平岡郷左衛門は藩の御用金に手を付けて、お金の力で身請けしようとたくらんでいます。そして、彼らは贔屓にしている相撲取りにそれぞれ、藤屋吾妻を身請けできるように話を付けてくれるように依頼します。で、相撲取り同士が土俵ではなく、相撲小屋の前で話で勝負するわけです。その話で明らかになるのはやはり実績のある関取の濡髪長五郎は大変な実力があり、土俵ではあえて放駒長吉に勝ちを譲ったという事実です。この八百長もどきに免じて、濡髪長五郎は放駒長吉に平岡郷左衛門が藤屋吾妻の身請けを見送るように迫りますが、放駒長吉は自分に勝ちを譲られた事実に怒ります。こうして、お互いににらみあいながら幕になるということで、ほとんどストーリーに進展があるわけではありません。みどころは本来、スマートな歌舞伎俳優が大柄な相撲取りをどう演じ切るかということ。それも大店のぼんぼんの山崎屋与五郎と新進の相撲取りの放駒長吉は一人二役でどう演じ分けるかというのも楽しみなところです。
で、今日のお芝居ですが、濡髪長五郎を演じた橋之助は堂々とした相撲取りぶりでおみごと。お昼の公演での工藤祐経役での不満を一掃してくれました。一方、山崎屋与五郎と放駒長吉を一人二役で演じた尾上菊之助は鮮やかな演じ分けに大満足です。どちらかと言えば、山崎屋与五郎のぼんぼんぶりがよかったです。少々、上っ調子の声色も見事です。体調の悪い父の菊五郎ももう少し頑張ってくれれば、立派な跡継ぎになれるでしょう。まだまだ長い精進は必要なんでしょうけどね。
軽めのお芝居ではありますが、なかなか楽しめて、満足でした。

ここで休憩。銀座のデパ地下でゲットしたお弁当をおいしくいただきます。

続いて、五代目中村雀右衛門襲名披露の口上です。雀右衛門の京屋の紋がはいり、紅白の牡丹の花が散らされた幕が開くと、歌舞伎の名優たちがずらって並んで頭を下げています。中央に座していた坂田藤十郎が頭を上げて、口上の口火を切ります。次々と錚々たる面々がお祝いや叱咤激励の口上を述べていき、最後に五代目を襲名した中村雀右衛門が口上を述べて幕。なかなか華やかでいいものですね。雀右衛門にはますます芸を磨いていってほしいものです。

ここでまた休憩。今度は余計にゲットした3つめのお弁当を配偶者とシェアしていただきます。食べてばかりですが、歌舞伎の楽しみは幕間で食べるお弁当にもありますからね。

次は、祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)、金閣寺です。これも初めて実演に接しますが、ちょっと荒唐無稽かつ間延びしたお芝居で、少し不満が残ります。saraiは世話物で泣かされるお芝居が好きですから、相性が悪かったんでしょう。まあ、5代目を襲名した雀右衛門の雪姫はキュートでなかなかよかったので、それでよしとしましょう。このお芝居の舞台は京都の金閣寺です。戦国時代、将軍足利義輝を暗殺した《国崩し》の大悪人の松永大膳は将軍の母親の慶寿院尼を人質にして金閣寺に立てこもっています。雪舟の孫娘の美女絵師の雪姫も無理やり連れ込んでいます。雪姫の夫の絵師の狩野之介直信も捕らえて、夫を殺すと脅迫して雪姫を言いなりにしようとしています。細かいストーリーは馬鹿馬鹿しいばかりですが、結局、此下東吉(木下藤吉郎すなわち秀吉)の活躍で人質を解放し、松永大膳を追い詰めるところで幕になります。このお芝居の見どころは何といっても雪姫の艶やかさに尽きるでしょう。雪舟の涙で描いた鼠の故事を下敷きにした雪姫が降り散った桜の花びらで鼠を描き、木に縛り付けられていた縄をその鼠が食いちぎる場面をどう魅力的に演じるかは見ものです。また、冒頭で松永大膳が此下東吉と碁を打ちながら、雪姫とちぐはくな会話を交わすコミカルさも面白いところです。
で、今日のお芝居ですが、雀右衛門演じる雪姫が縄で縛られながら、桜吹雪の中で独演するシーンはなかなか美しいものでした。ただ、これは演出の問題でしょうが少々、このシーンが長過ぎて間延びがしたのが残念なところです。松永大膳を演じた幸四郎ですが、あえてステレオタイプの悪役ぶりを強調するあたりは名優ならではの演技でした。碁を打つシーンは幸四郎と仁左衛門が実際にちゃんと碁石を置いていったのにはびっくり。セリフを言いながら、それなりの盤面を作っていったお二人の余裕の演技はさすがとしか言えません。最後に松永大膳が悪あがきをするシーンも大袈裟な演技が胴に行っていました。
此下東吉を演じた仁左衛門もなかなかかっこよかったです。
それぞれの俳優は見事に演じていたにもかかわらず、お芝居全体にしまりがなかったように感じたのは、もともとこの歌舞伎が駄作なのか、演出がよくなかったのか、どうなんでしょうね。

最後は、舞踊の関三奴(せきさんやっこ)。日本舞踊は苦手ですが、それにしてもあんまり秀逸な踊りにはありませんでしたね。槍の投げ合いのようなアクロバティックなところでもあれば、楽しかったかもしれませんけどね

今日は昼の部のほうがよかったと思いますが、夜は口上が聞けたのが収穫でした。

今日の公演内容は以下です。

夜の部 午後4時30分~

1.双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)
  角力場
濡髪長五郎       橋之助
    藤屋吾妻        高麗蔵
    平岡郷左衛門      松江
    三原有右衛門      亀寿
    茶亭金平        橘三郎
    山崎屋与五郎/放駒長吉 菊之助

2.五代目中村雀右衛門襲名披露 口上(こうじょう)

芝雀改め雀右衛門
    幹部俳優出演

3.祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)
  金閣寺
雪姫          芝雀改め雀右衛門
    松永大膳        幸四郎
    狩野之介直信      梅玉
    松永鬼藤太       錦之助
    春川左近        歌昇
    戸田隼人        萬太郎
    内海三郎        種之助
    山下主水        米吉
    十河軍平実は佐藤正清  歌六
    此下東吉        仁左衛門
    慶寿院尼        藤十郎

4.関三奴(せきさんやっこ)
奴駒平         鴈治郎
    奴勘平         勘九郎
    奴松平         松緑


昼の部、夜の部の延々、8時間超の長丁場は少々、疲れました。


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ユトレヒトの1日:アムステルダム中央駅からユトレヒトへ

2015年6月27日土曜日@アムステルダム~ユトレヒト/1回目

旅の9日目です。

アムステルダム3日目。今日はユトレヒトUtrechtに出かけます。ユトレヒト室内音楽祭を楽しむためです。コンサートを2つ聴く予定です。この音楽祭はユトレヒトが誇る美人ヴァイオリニストのジャニーヌ・ヤンセンが2003年に創設し、以来、音楽監督を務め、コンサートでも中心となって活躍しています。もちろん、彼女の出演するコンサートを聴きます。
ということで、saraiにしては早起き?して、昨日と同様にトラムでアムステルダム中央駅Amsterdam Centraalに向かいます。トラムに乗る前に、行きつけのパン屋さんに寄っていきます。膨大にパンが並んでいますが、こんなに多くのパンも午後にはほとんどなくなるんです。オランダ人のパン好きは尋常ではありませんね。

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朝食のパンとゆで卵とコーヒーをゲットし、テイクアウトにしてもらいます。パック詰めの生ジュースもすごく美味しいんですが(高価です!)、今日はコーヒーにします。

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朝食を持ってトラムに乗車。トラムに乗るときにはOVチップカールトをタッチしてチェックインしますが、配偶者は車掌さんに(チケットの確認のために車掌さんがちゃんと乗車していて、車掌用の専用ボックスもある)なんだか注意を受けています。配偶者は全く何を言っているのか分からない様子。配偶者がタッチしなおすの?という身振りをすると、車掌さんはそうだよみたいな身振り。配偶者は乗るときにちゃんとタッチしたらしいのですが、仕方なくもう一度タッチすると車掌さんは納得したような表情。う~ん、ま、いいか・・・言葉の通じない悲しさと配偶者は割り切ったようです。。
中央駅に向かう途中では、トラムの窓からアムステルダムの立派な煉瓦造りのファサードの建物をずっと眺めます。こういう建物がずらっと並んでいるのは壮観です。

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アムステルダム中央駅Amsterdam Centraalに到着です。順調にユトレヒト行きのインターシティに乗れます。土曜日のせいでしょうか、混み合っています。それでも2階席に席を確保して、朝食を広げます。

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電車が中央駅を出るとすぐに、右手の水路オーステルドックOosterdokの向こう岸に異様な建物が見えます。ドックのようにも見えますね。これはサイエンス・センター NEMO(Science Center NEMO)という子供向け?の科学技術博物館です。この異様に見えた建物(ニュー・メトロポリス)は、世界的に有名な建築デザイナーのレンゾ・ピアノの設計で1997年に竣工したものです。レンゾ・ピアノというと、我が国の関西国際空港旅客ターミナルビルを始め、パリのポンピドゥー・センター、ジェノヴァ港湾再開発(テントを吊る「ビゴ」という名の構造体)、スイス・ベルンのパウル・クレー・センターなど、彼がデザインした建造物はどれもおーっ!と驚くような建物ばかりです。このニュー・メトロポリスもデザインしたのがレンゾ・ピアノだと言われれば、なるほど彼らしい建造物と納得です。

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朝食を食べているうちに、オランダらしい風景の中に出ます。どこまでもまっ平らな緑の平原が続きます。

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牧畜のための牧草地です。羊たちが草を食んでいます。

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27分でユトレヒトに到着です。アムステルダム中央駅からユトレヒト中央駅Utrecht Centraalまでのルートを地図で確認しておきましょう。

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駅に到着すると同時に、saraiがトイレに行きたくなります。レストランやカフェや施設にはトイレはありますが、駅などにはなかなかトイレはないんです。一応トイレの表示はありますが、表示に従って進んでいても見つかりません。うろうろしながら大きな駅の構内を進みます。おっ、楽器を持った人たちが前を歩いています。今日の音楽祭の演奏家でしょうか。

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自転車レースのポスターが飾ってあります。そういえば、今年のツールドフランス (Tour de France)のスタートはこのユトレヒトなんだそうです。大会開催日は1週間後。大変な騒ぎになるんでしょうね。

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おっと、そんなことよりもトイレを探さないと!! 一目散に進んでいきましょう。

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駅の構内を突き抜けて、大きなショッピングモールのホーフ・カテライナ(Hoog Catharijne)の建物に入ります。

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このショッピングモールがちょうど開店したところなので、トイレを尋ねると、2階よと教えてくれます。このようなショッピングモールの施設には、トイレは全館に一箇所くらいしかないんです。有料のことも多いです。だから出かける前に済ませてねと配偶者に念を押されますが、これだけは自然現象ですからね~。

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ようやくトイレにたどり着いて、ホッとします。

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saraiはさっぱりした途端、急ぎ足で歩き始めます。コンサートの開始までに、もうあまり時間がありません。ショッピングモールのホーフ・カテライナの建物を出ると、小奇麗な路地に出ます。

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配偶者はあきれ顔でちょこちょこ後から付いてきます。路地を抜けて、ステーン通りSteenwegに入っていきます。

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ステーン通りを進むと、前方に大きな塔が見えてきます。ドム塔Domtorenですね。その先がドム教会Domkerkのはずです。どんどん足が早まります。

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ドム塔の前に出ます。どーんと聳え立つ重厚な建造物です。

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古い石畳の道です。

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ユトレヒトの繁華街を大急ぎで歩き抜けると、ドム教会の前に出ます。今朝はドム教会でのコンサートなんです。着いたのはコンサート開始の15分ほど前で、聴衆がずらっと並んでいます。自由席なので、いい席が確保できるか微妙なところです。本当は30分前には着きたかったんですけどね。遅れたのは誰のせいかしらと配偶者がにらんでいます。

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ユトレヒト中央駅からドム教会までのルートを、地図で確認しておきましょう。

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列に並び、落ち着かない気持ちでコンサートの開場を待ちます。


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ユトレヒトの1日:ドム教会でユトレヒト室内音楽祭のコンサート

2015年6月27日土曜日@アムステルダム~ユトレヒト/2回目

ユトレヒトUtrechtのドム教会Domkerkの前で、ユトレヒト室内音楽祭のコンサートを待つ大行列に並んでいます。行列の先頭はドム教会の入口の辺りのはずですが、ここからは見通せないほどの行列です。

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このドム教会前広場Dompleinには、行列以外の人はほとんど見当たりません。行列は広場をぐるりと回り込んで続いています。

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列が少しずつ進んでいきます。ようやく行列が入口に吸い込まれていくところがみえてきました。行列の左側になんだか変な人形が見えますね。

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ドム教会に向かい合って立つドム塔Domtorenの前近くに来ました。堂々と聳え立っています。

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ドム塔と人形の間を行列は進んでいきます。

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ドム教会の壁面には教会内部の様子がドーンと描き込まれ、その前にはちょっと場違いな松明を持つ女性像があります。これって何?

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先程から側面が見えていた人形の正体は、これでした。子供がミッフィーに張り付いています。ミッフィーは、ユトレヒト出身のアーティスト、ディック・ブルーナによって生み出されたものです。それにしても、これまた場違いの場所に置いてあると思ったら、今年2015年はミッフィー誕生の60周年だそうです。「 ミッフィー アートパレード 」と題して、オランダ各地で45体のミッフィー像が展示されており、これもそのひとつ。ちなみに6日前の6月21日が、ミッフィーの60回目の誕生日だったそうな・・・。日本でも15体のミッフィー像が展示されているそうです。これら60体のミッフィー像はオークションにかけられて、収益金はユニセフに寄付されるとのことです。ミッフィーは、オランダ以外では日本で大人気なんですね。

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おやおや、この広場では樹木もドレスアップしてますね。これまた、場違いな・・・。もっとも、これがお国柄なんでしょうか。国によって、文化の違いがあるものですね。

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広場から続くミッデン・ネーデルランド・ルーテ通りMidden Nederland Routeが見えます。この通りは南に伸びており、ユトレヒトの町の骨格のようになっています。

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かなりミッフィーから離れました。列はじりじりと進んでいきます。それなりの席が確保できるか、気持ちが焦ります。

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ようやくチケットを提示して教会に入ります。これがネットで購入したチケットです。

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少し横っちょですが、それなりの席を確保。まあまあでしょう。ほっとしました。

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どんどん聴衆が入ってきます。後方にも多くの人たちが並びます。

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上方にはパイプオルガンが見えます。

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教会の最後部まで人が入っています。教会は音は響くので聴こえるんでしょうね。

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そろそろ開演の時間です。会場内も落ち着いてきました。

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開演です。プログラムはバッハの室内楽。教会の長い残響の中で初めて音楽を聴く体験になりました。無事にコンサートを楽しめて、まあ満足というところ。間近に見たジャニーヌ・ヤンセンは美人でスタイル抜群、ヴァイオリンも見事でした。このコンサートの詳細はここです。

コンサートの後は少し居残って、ドム教会の内部を見学します。ゴシック様式の素晴らしい内部空間です。

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後方には石像が横たわっています。お墓でしょうか。

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さらに見て回ろうとすると、内陣の先には何もなし。

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変だなと思いますが、実はこのドム教会はドム塔を鐘楼とする巨大なカテドラルの聖歌隊席の翼廊部分なんだそうです。カテドラルの中央部分と身廊は17世紀の大きな竜巻で倒壊して、現在のドム教会とドム塔(鐘楼)のみが残ったそうです。その倒壊した身廊の跡地が、現在のドム教会前広場なんだそうです。どれだけ凄い竜巻だったんでしょう。当時、このカテドラルはオランダ最大の教会で、ドム塔は今でもオランダで一番高い塔なんだそうです。びっくりです。そう言えば、さっき変に思った外壁に描かれた教会内部の絵は、あれで正しかったんですね。あれは外部でありながら、内部でもあるという2面性を表していたんでしょう。

ドム教会を出ると、そのドム塔が聳えています。112mの高さです。上まで上るとユトレヒトの町が一望できるそうです。

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これは昔の参事会会館として創設されたもので、現在は19世紀末にネオ・ルネッサンス様式で改装されてユトレヒト大学本部になっています。前に立つ銅像はオランダ建国の祖の一人であるヤン・ファン・ナッソーです。

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これがドム教会の全体像です。たしかにカテドラルの一部分という形ですね。

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さて、今日はオランダのお友達と待ち合わせをしています。夕方からのコンサートをご一緒するのですが、その前におしゃべりと街歩きもしようということになっているのです。待ち合わせ時間までに少し時間がありますから、ユトレヒトの町を把握しましょう。ユトレヒトはオランダ第4の町。大きな町ですが、コンパクトにまとまった町で市街地の中心から端まで15分ほどで歩けます・・・とツーリスト・インフォメーションのおばさんに紹介されました。ツーリスト・インフォメーションはドム教会前広場に面したところにありました。市内地図をここでゲット。地図を見ながら、ぶらぶらしましょう。


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ユトレヒトの1日:オルゴール博物館の後、お友達とランチへ

2015年6月27日土曜日@アムステルダム~ユトレヒト/3回目

ユトレヒトUtrechtの街歩きを、ドム教会Domkerkの前の広場Dompleinから始めましょう。

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さて、どこへ行きましょう。頭上ではずっと、教会のカリオンが鳴り響いています。ドム塔Domtorenを抜けてセルヴェト通りServetstraatを進んでいくと、どんどん人が増えて通りは人で一杯です。すぐに運河に出ます。アウデグラフト運河Oudegrachtです。岸辺までの段差があります。この深く切り込んだ運河がユトレヒト名物です。岸辺にはカップルもいます。気持ちよさそうですね。

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ユトレヒトで有名なのはミッフィーです。でも、ミッフィー博物館は街の一番はずれにあるのでパス。さほどに興味もないしね。近くにあるオルゴール博物館Museum Speelklokに行ってみましょう。マールテンス橋Maartensbrugを渡って、ブールケルクホフ通りBuurkerkhofの路地に入ります。路地から振り返ると、ドム塔が大きく聳え立っています。ドム塔はユトレヒトの町のランドマークです。どこからも見えて、これを目印にしていれば道に迷うことはありません。

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ドム塔を背にしながら、ブールケルクホフ通りを進みます。

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すぐにオルゴール博物館に到着。ミュージアムカードで無料で入れます。案内パンフレットによると、古い教会を利用した建物の2つのフロアに、オルゴールがたくさん展示されているようです。

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古めかしいオルゴールがあります。

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教会の建物の名残りもあり、パイプオルガンもあります。もしかしたら、パイプオルガンもオルゴール?

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これは円盤型の精巧なオルゴールですね。

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なかなか充実した展示です。オルゴールには大して興味はないのですが、じっくり見ると面白いかもしれませんね。お友達との待ち合わせ時間があるので、さらりと眺めたところで待ち合わせ場所に向かいます。オルゴール博物館を出ると、再びアウデグラフト運河に出ます。そこに、ミッフィー誕生の60周年記念の「 ミッフィー アートパレード 」の45体のミッフィー像の1体があります。なんだか、落書きしたようなデザインです。

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運河沿いに歩き、先ほど渡ったマールテンス橋に近づきます。きっきのカップルはまだ岸辺で語り合っていますね。

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ドム塔を抜けて、待ち合わせのドム教会前の広場に向かいます。

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すぐにお友達と出会えました。お昼をかねて、じっくりおしゃべりを楽しみましょう。ぶらぶらと街歩きをしながらレストランを探しますが、その前に夕方のコンサートの会場を下見しておきます。会場は別の教会です。またまたアウデグラフト運河のマールテンス橋を渡ります。運河をクルーズ船が航行していきます。いいなあ・・・時間さえあれば乗りたいところです。

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マールテンス橋を渡ったところですぐに左に折れて、賑やかなレインマクルクト通りLijnmarktを進みます。

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レインマクルクト通りをまっすぐに南下し、そのままアウデグラフト運河沿いのアウデグラフト通りOudegrachtをさらに南下。10分ほど歩いたところで右折してゲールテ通りGeertestraatに入ります。閑かで素敵な路地です。路地の突き当りには、目的地のコンサート会場、ゲールテ教会Geertekerkの建物が見えています。

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土曜日だからでしょうか、この路地ではご町内でお掃除をしています。

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掃除の後でランチでもするのでしょう。テーブルも用意されています。地域のコミュニティ活性化はどの国でも重要なことですね。

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夕方からのコンサートが行われるゲールテ教会に到着。コンサートが始まるのは5時ですから、まだ4時間以上先なんです。もちろん、まだ誰も来ていません。

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ここへは開演時間に戻ってくることにして、ランチをいただきましょう。お友達のご推奨のレストランに向かいます。
緑濃いスタツバイテングラフト運河Stadsbuitengracht沿いを歩いて、レストランまで楽しい散策です。

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ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。

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遂にBEST10に突入!! 皆様のご支援に感謝です!!

本日、ブログランキングの最高順位を更新しました。

何と、長い間、目標にしてきた感動の10位ですっ!!!


《ヨーロッパ(海外生活・情報)ブログランキング》

best10達成




瞬間的な記録で僅差ではありますが、まるで夢のようなランクです。今年の2月11日に11位を記録して、ほぼ1か月でのBEST10達成でした。

ブログを始めたのが2008年5月21日ですから、ここまでくるのに8年近くかかりました。

ただただ、読者の皆様にお礼を申し上げるしかありません。今後とも応援よろしく、お願いします。

もう、これで思い残すことはありません。でも、ブログは今まで通り、続けますよ。ランキングにふさわしい記事作りに励んでいきます。

ちょっとずうずうしいですが、記念にぽちっとクリックして投票してくださいね。

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ユトレヒトの1日:高級ホテルでランチ、そして、運河沿いのカフェでお茶

2015年6月27日土曜日@アムステルダム~ユトレヒト/4回目

夕方からのコンサートの会場となるゲールテ教会Geertekerkの下見を終えて、ランチのためにレストランに向かいます。スタツバイテングラフト運河Stadsbuitengracht沿いのゲールテボルウェルク通りGeertebolwerkを歩きます。緑濃い運河と瀟洒な住宅に挟まれた綺麗な通りです。もっともsaraiは、久しぶりにお会いしたお友達との話に夢中になっています。配偶者は、後ろからぶらぶらとついてきます。

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このゲールテボルウェルク通りからは、美しい路地が何本も伸びています。これはアンドレーアス通りAndreasstraatです。立派な住宅が立ち並んでいます。

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お友達に案内してもらいながら、ゲールテボルウェルク通りをまっすぐに進みます。

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また美しい路地があります。これはタイン通りTuinstraatです。行き止まりになっていますね。比較的、新しい建物が並んでいます。

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ゲールテボルウェルク通りの突き当りは、ドイツハウスHet Duitse Huisの一画になっています。昔はユトレヒト陸軍軍医学校だった建物です。日本ともゆかりがあります。幕末から明治初期に、ここから軍医20名が日本にやってきて、各地の大学で医学部の基礎を作りました。日本の医学教育は今でもこの流れをくんでいるそうです。

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この敷地内に入ります。現在はホテルとして使用されています。このホテルのレストランでランチにします。

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バラの花が美しいホテルのテラスに落ち着きます。ユトレヒトを代表する5つ星ホテルのグランド・ホテル・カレル5世Grand Hotel Karel Vです。

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テントで日陰になったテラス席は気持ちが安らぎます。

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軽いランチをいただくことにします。軽いという意味は、そんなにお高くない料金のランチをいただくということです。このホテルの本格的なレストランでランチすると、saraiは破産します。
まずはビール。オランダに来てからは、saraiには珍しくビールを飲んでいます。ホテル特製のビールです。

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これがお高くないランチのシーザー・サラダ。

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そして、オランダのランチといえばサンドイッチということらしいです。

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オランダのお友達とお会いするのは2度目なんですが、共通の話題があるというのはすごいですね。話が途切れることはありません。話の内容は、音楽の話が中心です。話が尽きないので、席を改めるために会計です。チップは・・・とお友達に相談すると、オランダは基本的に不要とのことです。そういえば、一昨日のシーフードレストランやハーレムのビール醸造所のランチでも、会計は日本のようにレジで支払う形でチップを払うことはありませんでした。
会計を済ませてレストランを出ると、ここにも「 ミッフィー アートパレード 」のミッフィー像の1体があります。これはミロ風(あるいはクレー風?)の意匠が施されていますね。

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古いドイツハウスの建物とも結構マッチしています。

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ランチの後は運河沿いを散策しましょう。スプリング通りSpringwegからマリアプラーツMariaplaatsで右折してボーテル通りBoterstraatに入ると、正面にドム塔Domtorenが見えてきます。

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アウデグラフト運河Oudegracht沿いの道に戻ってきました。ユトレヒトの運河は水面と道の段差が大きく、その段差を下がった岸辺にレストランやカフェが並んでいます。この運河河畔下にあるレストランが名物です。せっかくだから、そこでお茶しましょう。

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上の道から運河の岸辺に降りる階段がなかなか見つかりません。ようやく下に降りる階段を見つけました。下に降りて、いろいろお店を物色し、気持ちのよさそうな席に落ち着きます。Restaurant Den Draeckの岸辺水際のテラス席です。向こう岸のお店も大変混み合っていますね。ちょっと観察すると、日当たりのよいお店が繁盛しているようです。

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ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。

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しばらく、この運河沿いでゆっくりしましょう。積もる話もありますからね。


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ユトレヒトの1日:運河での安らぎの時、そして、ヤンセンの素晴らしい音楽

2015年6月27日土曜日@アムステルダム~ユトレヒト/5回目

ユトレヒトUtrechtといえば、運河が地面から5mほど下を流れています。その深く抉られた運河沿いには気持ちのよい空間が広がっています。大勢の人がそこでお茶したり食事したりしながら、素敵な時を思い思いに過ごしています。saraiと配偶者、そしてオランダのお友達もその一員に加わって、ゆったりとした時間を楽しんでいます。

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楽しい時を過ごしているのは、アウデグラフト運河Oudegracht沿いのRestaurant Den Draeckの岸辺水際のテラス席です。
個人所有のボートがやってきます。優雅なものですね。

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こんな可愛いボートもやってきます。

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まるで時が止まったような空間です。誰も席を離れませんね。このひと時を逃したら、もう2度とこういう穏やかで幸せな人生に戻れないのではないかと思ってしまう・・・皆そう感じているのではないでしょうか。初夏のような日差しの下、運河には薫風が流れています。旅人も短い安らぎの時を与えられます。最高に贅沢な時間です。

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その安らぎを打ち消すかのように無粋なクルーズ船が目の前を通り過ぎます。先程はあんなに乗りたかったクルーズ船ですが、運河沿いのカフェの静かなひと時の方がどんなに素晴らしいか、身を持って感じ取ることができます。

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穏やかな時間はいつまでも続いていきます。この一瞬一瞬は永遠の時につながる一瞬です。

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テーブルには美味しそうなケーキとコーヒー、紅茶(Slow Teeと言うんだそうです。この場にぴったりのネーミングですね。)が並びます。気持ちがゆったりとすると、自然に話も盛り上がります。

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まだまだおしゃべりは続きます。目の前を、いろんな船、ボート、カヌー、遊覧船が通過していきます。

本日2つ目のコンサートの時間が近づきました。夢のような時間はお終いです。コンサート会場のゲールテ教会Geertekerkに移動しましょう。運河沿いの散歩道を歩きます。と、後ろから自転車でやってきたうら若い女性が、saraiを抜いていきながら「チッ」と言っています。彼女の自転車走行の邪魔だったということなのかな。オランダでは歩行者と自転車では自転車優先が不文律らしいので、彼女の立場が上かもしれませんが、これって国際ルール?
ちょっと腹立たしい思いを抑えて、ゆったりとお友達と会話を楽しみます。コンサートに向かう途中、運河から何やら音が聞こえてきます。

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運河に浮かぶボート上で、器用に手回しオルガンとホルンを吹く老人がいます。なかなか音楽性に優れた《月の光(ドビュッシー)》です。

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コンサート会場のゲールテ教会に到着。ネットで予約済のチケットを提示して中に入ります。

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今度は早めに並んだので、結構、前方の席に座れます。ステージはまだ準備中です。

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と、お友達が最前列に座れることに気が付き、さっと移動します。どうやら、コンサートの関係者が最前列席に荷物を置いていただけのようです。やったね!

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これまた楽しいコンサートでした。このコンサートの詳細はここです

ところで、この教会にもカフェがあります。最近は、教会に行く人もめっきり減ってきたので教会としての機能が薄れ、催し物会場になったりすることが増えているそうです。

コンサートはハイドンの《十字架上のキリストの7つの最後の言葉》1曲だけなので1時間ほどで終わり、教会の外に出てもまだ夕方6時で綺麗な青空を背景に教会の尖塔が美しく聳え立っています。

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聴衆がぞろぞろと教会から出てきます。これでユトレヒトでの日程はお終いです。

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ユトレヒト中央駅Utrecht Centraalまで、おしゃべりと散策は続きます。そして、お友達とはいったんお別れです。実は数日後に、お友達が住んでいるマーストリストにお邪魔するのです。楽しみです。
土曜日の夜のせいでしょか電車は混み合っていますが、なんとか席を確保してアムステルダムに戻ります。

運河の街ユトレヒトでゆったりと1日を音楽とおしゃべりで過ごしてアムステルダムに戻ってきましたが、アムステルダム中央駅に着いても、こんなに綺麗な青空です。まだ7時です。

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駅前の広場は、電車に乗るために駅に急ぐ人たちが歩いています。

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saraiはもうすっかり慣れた駅前のトラム乗り場で、ホテルに向かうトラムを待ちます。

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無事にホテルに帰着。ホテルの部屋に落ち着いて窓の外を眺めますが、まだまだ明るいですね。今、8時前です。

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アムステルダムは明日で実質的に終了です。明日はまた、美術と音楽に埋没します。
今夜も、ブログを書きながら夜は更けていきます。おやすみなさい


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アムステルダムで芸術三昧:ゴッホ美術館から市立美術館へ

2015年6月28日日曜日@アムステルダム/1回目

旅の10日目です。

アムステルダム4日目。この旅で初めてのような青空の朝です。でも、涼しい。もうすぐ7月というのにね。でも、暑くなくて体力を消耗しないのは嬉しい。

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今日はアムステルダム最後の日です。お昼過ぎからは2度目のオペラ《ルル》を聴きます。実は3日前にオペラ《ルル》を聴きに行って、そこでプログラムを見て、今日の開演時刻が1時半であることに初めて気が付いたんです。大パニック! ずっと、夜の7時開演だと誤認していました。既にお昼は、市立美術館に予約を入れています。

ということで、今日は予定変更して、午前中にゴッホ美術館Van Gogh Museumと市立美術館Stedelijk Museumを駆け足で見ることにします。
ゴッホ美術館は朝1番の9時からの予約を入れてありますので、その予定を順守します。
日曜日ということもあり、美術館はものすごく混み合うだろうという予測の下、しっかり予約をしていたんです。ホテルを出て、ゴッホ美術館に向かいます。そのままホテルに戻らずオペラに行くので、そこそこの格好で出かけます。ゴッホ美術館は歩いてすぐそこですが、美術鑑賞の前に朝食を食べたいですね。でも、今日は日曜日。パン屋さんもコーヒーショップも、お店は全部お休みです。美術館の広場の周りのお店も休みなのか、まだ開いていないのか・・・店員さんはいるのでまだ準備中のようですね。

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市立美術館の先にゴッホ美術館の新館が見えています。まだ辺りは静まり返って、人影も見当たりません。

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広場の一角の芝生が丘のように盛り上がっているところがあります。実は、この芝生の丘はスーパーAlbert Heijnの入り口で、お店は地下にあります。配偶者がとっても気に入っている発想の構造です。スーパーも日曜日はお休みのはずですが、なんだか人が出入りしているような気がします。近づいてみると、お店はやっています。

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よかったね。早速中に入って、朝食を探します。

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サンドイッチと牛乳を購入。やっと牛乳が買えました。実は一昨日も牛乳を買おうとしたのですが、美味しそうなコーヒー牛乳のパックが目に留まったので、そちらを購入したのです。注いでみると、それはどろどろのチョコレートだったのでした。
ミュージアム広場Museumpleinのベンチで朝食を頂きましょう。日中はあんなに賑わうのに、まだ誰もいなくて爽やかです。

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簡素な朝食を美味しくいただきます。

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広場の中で掃除の車が働いています。やはり掃除はするんですね。というのは、アムステルダムに来てずっと気になっているのですが、とってもごみが多くて汚いのです。昨年の旅で、スペインがごみが1つも落ちていなくてものすごく美しいことに驚いただけに、逆の意味で驚いていたのです。

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そろそろ9時も過ぎたし、ゴッホ美術館に向かいましょう。ミュージアム広場の中を歩いていると、アムステルダム国立美術館Rijks Museumの前に「 ミッフィー アートパレード 」のミッフィー像がずらっと並んでいます。昨日ユトレヒトUtrechtで見たミッフィー像よりも数多く並んでいます。10体ほどはありますね。びっくりです。

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ゴッホ美術館の前に到着。どんだけ行列が長いかと期待して行ったのですが、数十人という程度の行列です。

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もちろん私たちは予約してるので、並んでいる行列の横を失礼します。

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これがネットで購入したEチケットです。ミュージアムカードを購入することを前提にしていたので、無料のチケットです。入館予約時間は9時になっています。

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Eチケットを提示して、すっと入れます。このゴッホ美術館には以前来たことがありますが、その後大改装されました。中の様子はずいぶん変わりました。真ん中が吹き抜けになった4階建てで、こじんまりとしていて、とっても鑑賞しやすいです。でも、ゴッホを年代順に整理したという感じの展示の仕方で、少々作品の展示数が少ないような気がします。もう十分ゴッホを見た!と思うくらいいっぱい見たかったな。特にゴッホの後期作品の展示が減ったような気もしますが、展示は分かりやすくはなりました。ゴッホ以外の作品も展示されるようになっていました。ゴッホのお友達の作品などです。とりわけルドンの2作品が素晴らしく、じっと見入ってしまいました。特に木の下のブッダを描いた作品はブッダの周りに描かれた花々も美しく、ルドン独特の色彩感覚に感銘を受けました。ルドンのファンになってしまいそうです。
ちょっと物足りませんが、楽しかったです。ゴッホ美術館は館内での写真撮影は禁止なので、残念ながら絵のご紹介はできません。

ゴッホ美術館は1時間ちょっと見ただけで切り上げて、お隣にある市立美術館に移動します。観光もたけなわの時間帯ですから、長蛇の列を予想したのに誰も並んでいません。拍子抜けします。

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一昨日の国立博物館も誰も並んでいなかったし、どういうことなんでしょう。昨年の春にsaraiの長男が国立博物館に行ったときは、その後移動するバスの時間も迫ってきて、鑑賞を諦めようかと思うほど並んだらしいのですけどね。分かりませんね。館内もそんなに人がいません。

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ということで、予約時間前でしたが、空いていたので何にも言われずに入館。予約時間が違っていることには気づかれなかったのかもしれません。
これがネットで購入したEチケットです。今回はマティス展をやっているので、ミュージアムカードを持っていてもマティス展の追加料金1人5ユーロが必要でした。通常は無料です。

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これがマティス展の時間予約チケットです。12時から14時の入館予定になっています。今はまだ10時半ですけどね。

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入館して、英語版のマティス展の案内パンフレットをいただきます。無料です。

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ここは嬉しいことに写真撮り放題です。
マティスの作品を中心に展示作品をご紹介していきます。それは次回で。


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アムステルダムで芸術三昧:市立美術館のマティス展(前半)

2015年6月28日日曜日@アムステルダム/2回目

アムステルダムの市立美術館Stedelijk Museumの展示作品を見ていきます。市立美術館は近現代の作品を所蔵する美術館です。今は《マティスのオアシス展》を開催しています。マティスは後年に体が弱って、油絵の筆をとるのが困難になり、切り絵で新たな表現を極めます。マティスはベッドの上で紙を切り、アシスタントがマティスの指示を受けて、その切り絵をアトリエの壁に張り付けていきました。そして、アトリエは切り絵で満たされてオアシスと化していったそうです。マティスのオアシスとは、切り絵の世界のことを指します。この《マティスのオアシス展》では、マティスが切り絵の世界にどのように至っていったのかをマティスや同世代の画家たちの作品を通して紹介していくそうです。もちろん、最後は切り絵の作品を展示します。

まずは1階に展示されているマティスの作品群36点を時代順に見ていきます。

マティスの《読書する女》です。1895年、マティス26歳頃に描かれた作品です。マティスはもともと画家の道を目指していたわけではありませんでした。親の意向に沿って、パリの法律学校を出たマティスは地元であるフランス北部の小さな町で法律事務所に勤務し、堅実に勤勉に働く毎日でした。そんなある日、マティスは病気で長期療養のため、入院生活に入ります。21歳の時のことです。母親が息子のことを気遣って、気晴らしのために油絵の道具を贈りました。それがマティスの人生の転機になります。マティスは自分の人生の意味を絵を描くことに見出します。親の反対を振り切って、画家を目指すために再びパリに出ます。マティス22歳のときです。あまりに遅い画家への出発でした。パリの私立美術学校であるアカデミー・ジュリアンに入学し、美術学校の最高峰であるエコール・デ・ボザールへの入学を目指しますが、入学は叶いませんでした。しかし、ボザールの教師であったギュスターヴ・モローの美術教室で個人指導を受けることができ、あせらずにじっくりと絵の修行に取り組みます。この作品はギュスターヴ・モローの美術教室にはいった頃の一作です。絵のセンスのよさは感じられるもののマティスらしさはまったく感じられません


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マティスの《ノートルダム》です。1900年、マティス31歳頃に描かれた作品です。色彩の使い方の後のマティスの萌芽のようなものが見られます。絵画のレベルはまだまだでしょう。


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マティスの《立っているヌード》です。1900~1902年、マティス31~33歳頃に描かれた作品です。線画なので、色彩感は分かりませんが、デフォルメにマティスらしさが十分に感じられるようになりました。完成度は低いですけどね。

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マティスの《午後の休息(サン=トロペ湾)》です。1904年、マティス35歳頃に描かれた作品です。色彩の表現が独特です。マティスの個性が目覚めました。構図に固さがありますが、こういう暖色系の色遣いはとても印象的です。


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マティスの《アルクイユの通り》です。1904年、マティス35歳頃に描かれた作品です。構図も柔らかでピンクを主体にした色彩の構成は見事です。形へのこだわりがなければ、青騎士にも通じるものがあります。


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マティスの《鸚鵡(オウム)咲きチューリップ》です。1905年、マティス36歳頃に描かれた作品です。点描法的というか、ゴッホ的な大胆なタッチで描かれていますが、注目すべきはやはり個性的な色彩感覚にあります。この年に描いた《帽子の女》はサロン・ドートンヌに出品されて、野獣(フォーヴ)的な色彩だと揶揄されて、以後、マティスは野獣派(フォーヴィズム)という名称で呼ばれることになります。この作品もまた同様な色彩表現に満ちています。


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マティスの《アンドレ・ドラン》です。1905年、マティス36歳頃に描かれた作品です。モデルのアンドレ・ドランは野獣派の仲間の一人。この作品ではピンク系で描かれた顔からもマティスの独特な色遣いが感じられますが、完成度においては《帽子の女》に比べて、あっさりめという感じは否めません。


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参考のためにマティスの絵画の事実上の出発点となった《帽子の女》を見ておきましょう。実に見事な作品です。

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マティスの《立っているヌード》です。1907年、マティス38歳頃に描かれた作品です。これは意表を突かれて、一目ではマティスと分からない作品です。ごつごつした表現。そして、あの煌くような色彩が失われてモノトーンでの人間の描き方。彫刻的な絵画表現にも思えます。新たな表現方法を模索していたのでしょうか。


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マティスの《海辺のヌード》です。1909年、マティス40歳頃に描かれた作品です。版画的なようなデフォルメ表現が印象的です。形の細部にこだわらないようになってきました。また、体を平面的に描く表現も目立ちます。ダンスをテーマにした一連の作品群にも通じるものがあります。ただ、ここにはダンス作品にあるような躍動感は見られませんけどね。


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マティスの《水浴びをする人》です。1909年、マティス40歳頃に描かれた作品です。シンプルな構図に単色系の簡素な色遣い。躍動感はありませんが、力強い動きは感じられます。ダンス作品群ともつながる作品です。


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マティスの《オレンジ籠の静物》です。1912年、マティス43歳頃に描かれた作品です。色遣いは結構、セザンヌ風ですが、もっと、対象をデフォルメしています。それなのにテーブルクロスの柄は細かく描き込んでいる対比が面白いですね。

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マティスの《ノートルダムの眺め》です。1914年、マティス45歳頃に描かれた作品です。先ほど14年前に同じテーマで描いた絵を見ましたが、いかにこの間、マティスが前に進んだか、驚かされます。とは言え、マティスがこういう抽象的な描き方をしていることのほうが驚きです。モノトーンでのお洒落な絵ですね。この方向性を極めても面白かったかもしれません。

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マティスの《オダリスク》です。1920~1921年、マティス51~52歳頃に描かれた作品です。この時期あたりからマティスはまさに円熟期にはいります。これぞ天才のみにしか描けない作品です。一言で言うと、女性と寝椅子がマッチしていて、ひとつのオブジェクトとして一体化して、非常に心地よく感じられることが一番です。まさにこうでなければならないという描き方です。そして、黒髪の長い女性の魅惑的なこと、これこそ美ですね。あえて、淡い色で構成された色彩の魅力も完璧に思えます。安定感のある構図も素晴らしいです。

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マティスの《もたれているオダリスク》です。1923年、マティス54歳頃に描かれた作品です。これはエッチング。線だけで描かれていますが、ほどよいデフォルメが心地よい作品です。

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マティスの《小さな夜明け》です。1923年、マティス54歳頃に描かれた作品です。これはリトグラフ。精密な作品に仕上がっています。女性美の魅力も満点です。完成度が高いだけにマティスの色彩の美しさも見てみたくなってしまいます。

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マティスの《二人のオダリスク》です。1928年、マティス59歳頃に描かれた作品です。いやはや、マティスの円熟の筆は実にリッチな内容の画面を作り上げていますね。着衣とヌードの女性を描き分け、何より背景の文様の素晴らしさ。多過ぎるくらいの色彩を盛り込んだ画面もけっしてごちゃごちゃにならず、収まるところに収まっている感じです。22歳から絵を描き続けてきた成果がここに結実しています。勤勉で真面目な画家が40年近くでここまで到達したということなんでしょう。才能だけで描ける絵ではなさそうです。

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マティスの《ヴェールをかぶった若い女》です。1929年、マティス60歳頃に描かれた作品です。これはドライポイント。色んな版画技法を使い分けますね。マティスの線画も円熟の境地です。線画はこうして描くものというお手本になるような見事な出来栄えです。20世紀ではクレーの線画と双璧をなす素晴らしさです。

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マティスの《青の女》です。1931年、マティス62歳頃に描かれた作品です。もう、この時期の作品は大変な完成度の絵ばかりで、見ていて、ため息の出るような素晴らしさです。構図、色彩、形のデフォルメ具合、女性と背景の描き分け、どれをとっても完璧です。そして、ここには上質の美感があります。

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この後、円熟期から晩年にかけての作品を見ていきます。時代は暗い状況になっていきますが、絵画に埋没するマティスにとってはそれが何なのでしょう。勤勉画家マティスはどんどんと高みに上っていきます。


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アムステルダムで芸術三昧:市立美術館のマティス展(後半)

2015年6月28日日曜日@アムステルダム/3回目

アムステルダムの市立美術館Stedelijk Museumの展示作品を見ています。まず、1階にある作品のうち、特別展で展示されているマティスの作品を時代順に見ています。これからは円熟期の60代半ば以降の作品を見ていきます。

マティスの《髪をほどけた女の肖像》です。1933年、マティス64歳頃に描かれた作品です。これは鉛筆で描いた素描です。えっ、これがマティスって感じですが、あくまでも素描のスケッチですね。

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マティスの《ストライプのドレス》です。1938年、マティス69歳頃に描かれた作品です。ドレスだけが強調して描かれており、モノの形が明確ではありませんが、ふわっとした色彩の感覚が楽しめる作品になっています。

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マティスの《ダンス》です。1938年、マティス69歳頃に描かれた作品です。マティス終生のテーマ、ダンスですが、紙の上に切り貼りして構成した作品です。Verve誌のための再構成したようです。ステージ上でのダンスのように見えますね。

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ここまで何度か《ダンス》について、言及してきましたが、このマティスの代表作はロシアの富豪でマティスの大パトロンだったシチューキンの注文で描かれたものです。1909年、マティス40歳の頃です。ところがこの作品を組になる作品《音楽》と一緒に展覧会に出したところ、批評家たちには不評。それどころか、今まで崇められていたはずのピカソやブラックにまで酷評される始末。その状況で注文主だったシチューキンまでが購入を渋ります。時代は1907年に《アヴィニョンの娘たち》を描き上げ、その後、ブラックとの共同創作でキュビズムを完成させたピカソの隆盛期にさしかかり、マティスは過去の人になりかねない状況になっていました。結局はパトロンのシチューキンが《ダンス》と《音楽》を購入してくれることになり、危機は脱します。さらにはピカソのコレクターでもあったシチューキンの強いサポートも得られて、マティスは自分の道を見出すことになります。今ではマティスの代表作、それどころか20世紀を代表する作品のひとつである《ダンス》は実に危機的な作品でもあったんです。このシチューキンのコレクションだったマティスの傑作群はロシア革命でロシア政府(ソ連政府?)に接収されて、今ではエルミタージュ美術館のマティスの部屋に収まっています。
参考のためにそのエルミタージュ美術館にある《ダンスⅡ》を見ておきましょう。

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ちなみに題名が《ダンスⅡ》になっているのは、《ダンス》の絵は2枚あるからです。《ダンスⅠ》は現在、ニューヨーク近代美術館(MOMA)にあります。この作品はシチューキンに注文された《ダンス》を描くための習作だったと言われています。ついでにこの《ダンスⅠ》も見ておきましょう。ほとんど《ダンスⅡ》と同じですが、女性たちの体の色が普通に肌色ですね。やはり、赤く塗られた体のほうが躍動感があります。さきほど見た1938年の作品の中で使われているのは《ダンスⅡ》ですね。

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マティスの《赤い背景に毛皮のコートの若い女》です。1944年、マティス76歳頃に描かれた作品です。シンプルな作品ですが、何か心惹かれる魅力があります。変な言い方ですが、色気があります。

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マティスの《女の肖像(リディア・デレクトルスカヤ)》です。1945年、マティス76歳頃に描かれた作品です。これは紙の上にチャコール(木炭)で描いたスケッチです。非常に魅力的に女性の顔が描かれていますが、それもその筈。この10年ほど前からモデルをつとめていたリディア・デレクトルスカヤはマティス最愛の人となっていました。10年前に彼女をモデルに描いた作品《大きな横たわる裸婦》は傑作として知られていますが、この1枚を完成するのに毎日毎日描き続けて半年もかかったそうです。その過程でモデルのリディアはなくてはならない人になったようです。それにしても女性の内面から湧き出る魅力までも絵に描けるマティスの筆力には脱帽です。

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マティスの《ヴェネチアの赤の室内:静物》です。1946年、マティス77歳頃に描かれた作品です。赤一色に塗られた画面・・・マティス独特の個性です。何というか、統一感、落ち着きを感じます。絵画芸術も音楽芸術も究極は調和に尽きることを思い至らさられる1枚です。こういう色彩感覚は幾多の画家に影響を与えたことでしょう。

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マティスの《赤い室内:青いテーブルの静物》です。1947年、マティス78歳頃に描かれた作品です。この作品も赤の調和を主軸とするものですが、思い切った壁の文様も印象的です。それにテーブルの静物の単純化はどうでしょう。実に考え抜かれており、かつ、それを感じさせずに、大胆にも思わせる卓抜さです。

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マティスの《ヌード、猫の頭、青の横顔、赤の横顔》です。1947~1948年、マティス79~80歳頃に描かれた作品です。画家として遅い出発だったマティスも遂に80歳の大台にさしかかります。この日まで、毎日たゆまなく描き続けたマティスはもう達人の域です。この作品群は紙の上に鉛筆で描いたものです。自在なフォルムで無理なく描いています。もう焦りも野心もなく、ただ絵を描くことだけに心をくだいていることが分かるような作品です。

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マティスの《黒いシダのある室内》です。1948年、マティス80歳頃に描かれた作品です。この作品も赤を基調に丸テーブルの静物というマティスの定番のような画面になっています。顔の表情が描かれない女性が登場しているのはどういう意味があるのかと考えてしまいます。この女性が誰かによるかも知れませんが、きっと、マティスにとって大事な人なんでしょうね。マティスの人間味の増した絵だと解釈しておきましょう。

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マティスの《聖母子、ヴァンス礼拝堂の壁の装飾のための習作》です。1949年、マティス80歳頃に描かれた作品です。マティスは前年の1948年から南仏のヴァンスの町の礼拝堂装飾の仕事にとりかかります。2年かけて、1950年にその仕事を終えます。ヴァンス礼拝堂は光に満ちた実に美しい礼拝堂です。しかし、齢80になる頃にマティスは宗教的な作品をてがけたんですね。この習作は結構、描き込みが密ですが、実際に壁に描かれた絵はシンプルな線画です。それ以上に美しいのは色彩に満ちたステンドグラスでした。

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マティスの《女の肖像(リディア・デレクトルスカヤ)》です。1949年、マティス80歳頃に描かれた作品です。これは色鉛筆画です。さっきのリディアの肖像画から4年後です。相変わらず、マティスの最愛の人のようですが、4年で結構お年を召されたようですね。シンプルな線画はますます磨きをかけています。

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マティスの《ミモザ》です。1949~1951年、マティス81~83歳頃に描かれた作品です。いよいよ切り絵の登場です。この8年前、1941年に十二指腸癌の大手術を受けて、ベッドの上の生活を強いられた結果のひとつが切り絵でした。どんな状況にあっても芸術創作活動から離れることができなかったマティスの一つの選択でした。切り絵は明確過ぎるくらい色彩と形をクリアにさせます。マティスのそれまでの作品とは大きくスタイルが異なります。過去からの発展ではなく、新たな芸術表現への模索が始まります。年齢は関係ありませんね。この作品・・・saraiは残念ながら、あまり評価できません。マティスの洒脱とも思えた色彩感はあまり感じられないからです。

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マティスの《無題(青い裸婦の習作)》です。1952年、マティス84歳頃に描かれた作品です。切り絵の作品《青い裸婦》のためのスケッチです。こういうスケッチを膨大に描いて、1枚の作品にたどり着く。それが勤勉な画家マティスのスタイルでした。しかし、見事なスケッチです。もう、これで完成のようにも思えます。

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マティスの《無題(青い裸婦の習作)》です。1952年、マティス84歳頃に描かれた作品です。これもスケッチの1枚です。大変な創作活動です。頭が下がります。

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マティスの《青い裸婦、蛙》です。1952年、マティス84歳頃に描かれた作品です。これができあがった切り絵の作品のひとつです。切り絵もシンプルな構図で単色で素晴らしいレベルに到達しましたね。この《青い裸婦》シリーズはまるで版画のように何枚も作成されました。

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参考のために、スケッチと同じ構図の《青い裸婦》シリーズの1枚《青い裸婦Ⅳ》を見ておきましょう。これはニースにあるマティス美術館所蔵の作品です。切り絵ですが、何と素晴らしい作品でしょう。絵画と装飾の間にあるような高い芸術性を持った作品です。

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マティスの《赤い背景に黒い葉》です。1952年、マティス84歳頃に描かれた作品です。この切り絵も実にシンプル。作品のレベルでは《青い裸婦》が優ります。

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マティスの《小さな少女》です。1952年、マティス84歳頃に描かれた作品です。これも切り絵ですが、今一つでしょうか。

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マティスの《Verve誌のための表紙スケッチ》です。1954年、マティス85歳頃に描かれた作品です。この切り絵は以前描いていた油絵のように赤の調和を目指したかのような作品になっています。まだ、本当の美へ到達したようには感じませんが、85歳のエネルギー、凄まじいですね。

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これで1階にあるマティスの作品を見尽くしました。1941年の大病まででマティスは芸術上の頂点に達したようです。大手術後は切り絵で1から出直して新たな世界を創作していきます。2階にはその集大成の切り絵の大作が展示されているようです。

その前に1階にあるマティスと同時代のほかの画家たちの作品を見ていくことにします。マティスに影響を与えたり、逆に影響を与えらえた画家たちの作品です。


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アムステルダムで芸術三昧:市立美術館・・・ゴッホ、セザンヌ、ルドン、キルヒナー、マレーヴィチ、シャガール

2015年6月28日日曜日@アムステルダム/4回目

アムステルダムの市立美術館Stedelijk Museumの展示作品を見ています。まず、1階にある作品のうち、特別展で展示されているマティスの作品を見ました。これからはマティスと同時代のほかの画家たちの作品を見ていくことにします。マティスに影響を与えたり、逆に影響を与えらえた画家たちの作品です。おおよそ、時代順に見ていきます。


コローの《マンドリンを持つ若い女》です。1865~1870年、コロー69~74歳頃に描かれた作品です。この作品とマティスの関連はちっとも分かりませんが、マティスはコローの絵画をスケッチして、随分、勉強したのだそうです。特にオダリスクはコローの影響を受けたようです。コローは結構、印象派以降の画家に影響を与えていたそうです。分からないものです。

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マネの《読書する女》です。1881年、マネ49歳頃に描かれた作品です。まあ、これも分かりませんが、マティスはともかく初めの頃は色んな画家の作品をたくさん勉強したんだそうです。基礎を学んだというところでしょう。

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ゴッホの《モンマルトルのキッチンガーデン》です。1887年、ゴッホ34歳頃に描かれた作品です。ゴッホのパリ時代の作品ですね。ゴッホらしいタッチも少し感じられます。マティスは大いにゴッホに影響を受けたと言われています。特に色彩の自由さはゴッホから影響を受けたものでしょう。

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ゴッホの《ルーラン夫人(揺り篭を揺らす女)》です。1889年、ゴッホ36歳頃に描かれた作品です。アルル時代の作品ですね。素晴らしい作品です。ゴッホ好きにはたまらない絵です。色彩の鮮やかさ、背景の色柄など、マティスも大いに感じるところがあったでしょう。ゴッホとマティスの絵画がこんなに共通するところがあるとはあまり気が付きませんでした。

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セザンヌの《サント・ヴィクトワール山》です。1888年、セザンヌ49歳頃に描かれた作品です。《サント・ヴィクトワール山》シリーズはセザンヌのトレードマークのような作品ですね。saraiもわざわざ南仏エクサン・プロヴァンスまで、この山を見に行きました。なるほど量感のある美しい山でした。しかし、実際の山以上にセザンヌはその山の本質を抉り出すような絵を描きました。この作品も素晴らしいです。構図も色彩も完璧です。マティスもこのセザンヌを目標に絵の修行に励んだことは想像に難くありません。その結果、セザンヌを超えられたか・・・マティス自身は超えたと思ったかもしれません。saraiの判定としては、がっぷり4つで水入り引き分けというところ。セザンヌの後継者がマティスであることは間違いありません。けっしてピカソではないと思っています。

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セザンヌの《ボトルと桃》です。1890年、セザンヌ51歳頃に描かれた作品です。やっぱり、セザンヌの静物画は特別ですね。マティスもセザンヌを意識した静物画を描いていますが、こればかりはデフォルメするだけしか、打つ手がなかったような気がします。この美術館にあったセザンヌはこの2枚だけですが、これだけでセザンヌの凄さが思い知らされます。

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ルドンの《花を持つ女》です。1900年、ルドン60歳頃に描かれた作品です。これは凄いですね。こういう絵を見ると、参ってしまいます。先ほどゴッホ美術館でルドンの素晴らしい作品を2枚見たばかりですが、今日はまるでルドンの傑作を見るための日だったようです。こういう絵はもう何が描いてあるかなんてことはどうでもよく、ただただ、絵の美しさに圧倒されるだけです。今日1日でルドンの存在はsaraiの中で急上昇。ルドンの傑作を求めて、美術館巡りをしたい気分です。一番の魅力は茫洋とした色彩の美しさに尽きます。こういう絵を描ける感性は天才的としか言えません。

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ヴラマンクの《ブージヴァルの眺め》です。1906年、ヴラマンク30歳頃に描かれた作品です。ヴラマンクは野獣派のひとりです。マティスの同士ですね。この頃のマティスの風景画も似た感じではありますが、ヴラマンクは表現主義的ですね。マティスよりもヴラマンクのほうが野獣派という言葉に合っているかもしれません。

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ヴァン・ドンゲンの《老いた道化師の肖像》です。1906~1910年、ヴァン・ドンゲン29~33歳頃に描かれた作品です。表現主義的と言えば、この作品こそ、その代表みたいなものですね。なんだか、近寄りがたい怖い絵です。この人も野獣派の作風だということですが、なんだか、マティスとは相容れないような感じがあります。

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ヴァン・ドンゲンの《アンナ・デ・ノアイレス》です。1913年、ヴァン・ドンゲン36歳頃に描かれた作品です。ヴァン・ドンゲンも随分、まるくなったというか、上品になった感じですね。でもやっぱり、マティスとは相容れない感じかな。

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キルヒナーの《カーテンの後のヌード》です。1910/1926年、キルヒナー30/46歳頃に描かれた作品です。キルヒナーはドイツの画家グループ「ブリュッケ」の一員でしたが、フォーヴィズム(野獣派)の影響も受けたと言われています。この作品も大胆な色遣いやデフォルメした構図に影響がみられます。

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キルヒナーの《座っているヌード》です。1911年、キルヒナー31歳頃に描かれた作品です。これは木版画。他の「ブリュッケ」の仲間らとともにベルリンに移住した頃の作品です。何とも奇妙な作品ですね。キルヒナー独自の世界かな。論評できません。

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マレーヴィチの《水浴びをする人》です。1911年、マレーヴィチ32歳頃に描かれた作品です。マレーヴィチはロシアの画家で、抽象絵画の始祖とも呼ばれています。通常はモンドリアンとカンディンスキーが有名ですが、マレーヴィチの抽象画は大変、高額(数十億円以上?)らしいですね。この作品は具象画ですが、はっきり言って、訳が分からんですね。これこそが野獣派にふさわしいのではと思ってしまいます。マティスは上品なものです。ロシアの大地に根差した農民の土臭い姿を描いているそうです。

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マレーヴィチの《男の肖像》です。1912年、マレーヴィチ33歳頃に描かれた作品です。この作品はマレーヴィチとしては実に穏やかな作品です。マティスの《帽子の女》の路線です。影響を受けたとしか思えません。

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ここに展示されていたマレーヴィチはこれだけですが、これだけだと、マレーヴィチを誤解しそうなので、参考のために一番有名な抽象画をご覧いただきましょう。1915年の《黒の正方形》です。絵のモティーフが何であったのか、すべての痕跡を消し去ることによって、絵画の絶対性を確立しようという画期的?な作品で、市場に出れば百億円とも言われている名画です。ちなみに定規は使っていないそうです。

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シャガールの《7つの指の自画像》です。1912~1913年、シャガール25~26歳頃に描かれた作品です。これは素晴らしいシャガールの作品ですね。こんなものが見られるとは思ってもみませんでした。若いシャガールの尖った作品です。ピカソやマティスの洗礼を受けてこその作品ではありますが、シャガールの独特の個性が発揮された傑作中の傑作です。

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シャガールの《緑のドレスのベラ》です。1934年、シャガール47歳頃に描かれた作品です。最愛の妻ベラを描いた作品です。シャガールの愛情が詰まった作品です。いいとか何とか言うようなものではありませんね。ベラはこの10年後、第2次世界大戦の亡命先のアメリカで没します。

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マティスの同時代の画家の作品はまだ続きます。ピカソやブラックやモンドリアンも出てきます。



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アムステルダムで芸術三昧:市立美術館・・・ピカソ、モンドリアン、そして、マティスの切り絵

2015年6月28日日曜日@アムステルダム/5回目

アムステルダムの市立美術館Stedelijk Museumの展示作品を見ています。1階にある作品のうち、特別展で展示されているマティスの作品を見た後、マティスと同時代のほかの画家たちの作品を見ています。マティスに影響を与えたり、逆に影響を与えらえた画家たちの作品です。おおよそ、時代順にゴッホ、セザンヌ、ルドン、キルヒナー、マレーヴィチ、シャガールなどの素晴らしい作品を見ていきました。これから残りの画家たちの作品を見ていきます。


ヤウレンスキーの《チューリップ、青い水差し、黄色いコーヒーポットのある静物》です。1913年、ヤウレンスキー49歳頃に描かれた作品です。ヤウレンスキーはこの頃、ミュンヘンの青騎士の活動にどっぷりと浸かっていたはずですが、この作品は青騎士というよりもマティスの野獣派的な感じもあります。パトロンだったヴェレフキンとの不和も顕在化した時期の筈です。ヤウレンスキーとしては珍しい、鮮やかな色彩の静物画です。

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レジェの《煙草を吸う人》です。1912~1913年、レジェ31~32歳頃に描かれた作品です。これはキュビズム作品ですね。後にレジェは独自の作風に変化していきますが、この頃はまさにピカソ・ブラックもどきですね。

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ピカソの《ストローのあるグラス》です。1911年、ピカソ30歳頃に描かれた作品です。ピカソの分析的キュビズムの代表的な1枚です。この頃、分析的キュビズムを完成させたピカソはまさに破竹の勢いでした。

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ピカソの《お互いを見ている二人の女性のヌード》です。1934年、ピカソ53歳頃に描かれた作品です。分析的キュビズムももう20年も過去の話。ピカソは様々な様式を変転していきます。このエッチング作品は実に端正に描かれています。特に安定感のある構図が素晴らしいですね。マティスとはまったく別の道を歩んだピカソです。

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ピカソの《頭部》です。1943年、ピカソ62歳頃に描かれた作品です。あまりピカソらしくありませんね。

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ピカソの《茄子》です。1946年、ピカソ65歳頃に描かれた作品です。ピカソが静物画を描くとこうなるという作品です。これも論評できません。

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ピカソの《庭の前のヌード》です。1956年、ピカソ75歳頃に描かれた作品です。これは傑作ですね。キュビズムの技法も用いていますが、マティスを意識したに違いないように思えます。

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ブラックの《ナイフのある静物》です。1932年、ブラック50歳頃に描かれた作品です。ピカソとの共同制作に熱中したキュビズム時代はもう昔の話。ブラックの燃えるような時代は終わっていました。この頃、ブラックは小型円形テーブルの静物画を幾何学的に構成する絵画を描き続けました。何か、寂しいものがあります。

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モンドリアンの《コンポジション No.15》です。1913年、モンドリアン41歳頃に描かれた作品です。抽象画を極めた《コンポジション》シリーズの1枚です。素晴らしい作品です。落ち着いた色彩の構成が完璧に思えます。

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モンドリアンの《タブローIII、楕円のコンポジション》です。1914年、モンドリアン42歳頃に描かれた作品です。これは傑作ですね。華やかな色彩が抽象パターンの中で煌いています。ある意味、これまでモティーフの形が重荷だったのが、ここで解き放れて自由に飛翔しているのが分かります。これこそ抽象画のひとつの理想を極めた作品と言えるでしょう。

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モンドリアンの《青、黄、赤、黒、灰色のコンポジション》です。1922年、モンドリアン50歳頃に描かれた作品です。モンドリアンの抽象画も次第にシンプルさを獲得していきます。その芸術的頂点に差し掛かった作品のひとつと言えるでしょう。マティスとは別の道ですが、20世紀美術のひとつの到達点です。

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ボナールの《エステレル山》です。1917年、ボナール50歳頃に描かれた作品です。この作品は南仏の風景を描いたもので、明るい色彩が印象的です。この後、ボナールの絵画はマティス同様、暖色系の色彩を帯びていきます。

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ルオーの《ピエロ》です。1920年、ルオー49歳頃に描かれた作品です。ルオーは、パリの美術学校でマティスらと同期で、フォーヴィスム(野獣派)の画家に分類されますが、独自の作風を持った画家です。この作品はルオーの典型的な作品のひとつで、彼はこういう作品を膨大に生み出しました。

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1階の会場を見終わって、2階に上がります。

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マティスの大きな切り絵の作品があります。彼の芸術の集大成ですね。《インコと人魚》です。1952~1953年、マティス83~84歳頃に描かれた作品です。この美術館の宝のような作品ですが、あまりの大きさに若干、辟易しました。どうも切り絵は苦手です。

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これも大作です。《ポリネシア、空》です。1946年、マティス76歳頃に描かれた作品です。素晴らしい作品なんですが、やはり、マティスは60歳頃の頂点を極めた作品のほうが好みです。

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2階にはたくさんの切り絵が並んでいますがささっと見て切り上げます。

何故か、ポップアートの旗手リキテンシュタインの作品も展示されています。戦火を開くイメージを描いた1964年の作品《As I Opened Fire》です。

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最後はマティスの作品です。《クリスマス・イヴ》と題したステンドグラスの作品です。1952年、マティス84歳頃に創られた作品です。ヴァンスのロザリオ礼拝堂のために創った作品をもとにLife誌がマティスに委嘱した作品だそうです。これは美しいですね。

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膨大な数のマティスの作品、ピカソ、シャガール、モンドリアンなどの名作がずらっと並び、壮観でした。この市立美術館はアムステルダムの美術館では一押しです。国立美術館のフェルメール、レンブラント、ゴッホ美術館のずらっと並ぶゴッホも見ものですが、この市立美術館が一番楽しめましたと言うのが正直な感想です。
特にすばらしいマティスをたくさん見られて大満足です。
市立美術館の外に出ます。ほぼ1時間ほどで、これらの作品を見ましたが、ぎゅっと詰まった濃密な絵画鑑賞でした。

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オペラまでにまだ少し時間があるので、急いでランチをいただきましょう。



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音楽で神を再生できるのか・・・インバル&東京都交響楽団@サントリーホール 2016.3.24

バーンスタインの交響曲第3番《カディッシュ》がこんなに衝撃的な作品だったとは・・・インバルにバーンスタインの魂が乗り移ったかのごとき、鮮やかでインパクトの強い音楽がサントリーホールに響き渡りました。
冒頭はホロコーストの生き残りのサミュエル・ピサールが書き起こしたナチス強制収容所の生々しい描写で始まります。語るのは最近亡くなった彼に代わり、彼の妻と娘です。それだけでもぐっと胸にくるものがあります。人間が人間に対して行った究極の残虐行為。そして、その行為を黙認したかのごとき"神"。宗教も持たないsaraiのような人間にとっては"神"というのは、人類が共通に心の中に持っているはずの倫理観・人間性と置き換えてもいいのかもしれません。延々とこの"神"の黙認行為を攻め続けながら、信仰を失っていく気持ちが語られていきます。バースタインの音楽はその上にそれを補強するように鮮烈に響き渡ります。インバルが都響の全機能をフルに活用して、パーフェクトとも思える音楽、あるいは響きをリアルな形で表現していきます。何という作品でしょう。これは音楽芸術の名を借りて、我々自身に向けられた鋭い刃です。なぜなら、ナチスが犯した犯罪行為は我々人類全体が背負うべき十字架だからです。その時代に生まれていなかった人間であっても、直接・間接に責任のない人間もこの重い罪を自分自身の罪として自覚せよとバーンスタインの音楽は迫ってきます。昨今の大量虐殺、そして、現在、発生しているテロも決して、自分と関係ない問題ではないということ・・・この音楽が語る本質です。ましてや、現在の日本で進行している戦争への道などはたとえ自分が反対の立場であるにせよ、責任は免れるものではありません。戦争行為こそ、倫理観・人間性を根こそぎ駆逐してしまう最たるものですから。そういう強烈なメッセージを受け止めながら、被告席に座る人間のようにして、バーンスタインのメッセージ音楽をうなだれて聴いていました。第2楽章の後半では攻撃的な音楽が一転して、ソプラノのパヴラ・ヴィコパロヴァーが美しい声で子守歌を歌い始めます。子供たちがガス室で大量虐殺され、焼却炉で焼かれる・・・その子供たちへの子守歌です。美しい旋律ですが、戦慄を覚えます。ある意味、ぞっとするような音楽です。
ここからバーンスタインは性急とも思えるように強引に"神"との和解、信仰の再生に突き進みます。しかし、こんなに深刻な"神"喪失から、音楽の力で立ち直れるでしょうか。本音で言えば、立ち直りたい・・・それはsaraiが人類の倫理観・人間性を信じていきたいという希求でもあります。壮大なフィナーレの音楽が鳴り響き、大いなる感銘を受けました。それは神の再生だったのか・・・

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  指揮:エリアフ・インバル
  語り:ジュディス・ピサール、リア・ピサール
  ソプラノ:パヴラ・ヴィコパロヴァー
  合唱:二期会合唱団
  児童合唱:東京少年少女合唱隊
  管弦楽:東京都交響楽団

  ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム op.20

   《休憩》

  バーンスタイン:交響曲第3番《カディッシュ》 (1963)

インバルはこんなに凄い音楽家だったのかと再認識しました。ブリテンのシンフォニア・ダ・レクイエムは日本人にとってもいわくつきの音楽ですが、今日はカディッシュに触れるだけで十分でしょう。愛するR・シュトラウスの《皇紀2600年奉祝音楽》を思うと寂し過ぎます。今夏に聴くオペラ《ダナエの愛》を作曲中に作った作品というのも残念に思うところです。


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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

フェルメールとレンブラント展@森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ) 2016.3.24

まだ見たことのないフェルメールの作品がやってきたということで久々に美術館に出かけることにしました。六本木ヒルズの52階にある森アーツセンターギャラリーで開催中の《フェルメールとレンブラント展》です。タイトルには少し違和感があります。何故って、フェルメールとレンブラントの作品はそれぞれ、たった1点きりですからね。とは言え、saraiの目的はあくまでもフェルメールの1点狙いですから、それはそれで構いません。事前にこれまでsaraiが見たフェルメールの作品はどれくらいあるのかチェックしてみました。国内でのフェルメール展とヨーロッパの美術館で見たフェルメールです。フェルメールと言えば、アメリカの美術館に多く所蔵されているので、今後ともアメリカに行くつもりのないsaraiは見られない作品があります。ウィキペディアでチェックすると一応、フェルメールの作品数は37点ということになっています。このうち、saraiがはっきり見たことが分かっているのは23点でした。今回見る作品はニューヨークのメトロポリタン美術館からの出展なので、見逃せません。これで24点目になります。
これが《フェルメールとレンブラント展》のパンフレットです。もちろん、目玉のフェルメールがバーンと印刷されています。

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チケットは一人1600円。配偶者と二人ですから高額です。しかも見たい作品は1点のみ。

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入館して、軽くささっと展示作品を見ながら、心はフェルメールに一目散です。中ほどにフェルメール展示室があります。おおっ、意外に空いていますね。日本でのフェルメール人気も以前ほどではないのでしょうか。
ともあれ、ぐぐっと作品に近づいて、食い入るように鑑賞します。

《水差しを持つ女》です。1664年 - 1665年頃に描かれたフェルメール32~33歳頃の作品です。

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パッと見た印象はフェルメールにしては少し精密さに欠けるという感じ。しかし、じっと見ていると、その第1印象は違って見えてきます。特に女性の頭巾を透かして光が顔を照らしている美しさは何とも言えない素晴らしさ。画面全体の気品あふれる感じはフェルメールの全作品のなかでも1、2を争います。《天秤を持つ女》と似たような上品さですね。
女性の視線はどこを見ているのか、定かではありません。saraiの勝手な思いでは光の差してくる窓の向こう・・・永遠の深淵を覗いているのではないかと感じます。無論、彼女の視線を通して、フェルメールが永遠の一瞬を画面に捉えようとしています。永遠の空間にはあふれんばかりの光が輝いているのでしょう。そういうとりとめのない考えがこの絵画を見ていると頭の中に浮かんでは消え、また、新たな想念が浮かびます。
フェルメールの作品では、《デルフトの眺望》と《牛乳を注ぐ女》の2点が一番好きですが、次いで好きな作品として、この《水差しを持つ女》と《天秤を持つ女》が並ぶことになりました。

美しい作品を見て、とても満足できる時間が持てました。



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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

 

アムステルダムで芸術三昧:オペラ《ルル》を鑑賞後、モイツァ・エルトマンの嬉しいサイン会

2015年6月28日日曜日@アムステルダム/6回目

アムステルダムの市立美術館Stedelijk Museumでしっかり絵画鑑賞が出来ました。こんなにマティスをちゃんと見たのは初めてです。そろそろお昼にしましょう。ゴッホ美術館と市立美術館を急いで見たので、オペラに行く前にランチの時間も取れます。ランチは市立美術館に併設のレストランにします。広いテラス席に座ります。

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市立美術館の隣の建物は工事中。その右手に見えているのはアムステルダム・コンセルトヘボウですね。今回はコンサートを聴けなくて残念でした。

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まずは冷たいドリンクをいただきます。

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なんと生牡蠣が食べられます。まるでシーフード専門店みたいですね。とてもおいしいです。saraiは大喜びです。

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名物のクロケットもいただきます。

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立派な昼食でしょう。でも、これでおしまいではありません。

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メニューを見ていて面白いものを見つけたんです。うどん味噌ラーメン。なんだか美味しそうです。

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なかなか美味しいラーメンです。うどんという名称は何故なのか不明です。

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市立美術館に併設するレストランは非常に充実しています。

ランチを食べ終えたところで、saraiは持参していたネクタイを締めて、オペラに向かいます。トラムに乗車して、乗り換え停留所のダム広場Damに向かいます。

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トラムに乗ると、楽器のケースを持って正装のズボンをはいた人を発見。きっとロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の人だろうと声をかけると、単なるアマチュアとのこと。持っている楽器はバッソン(フランス式のファゴット)でした。音楽談義をするうちに乗り換えの停留所ダム広場に到着。そこで彼とお別れして、別のトラムに乗り換えてネーデルランドオペラの本拠地ミュージックシアターMuziektheaterに到着。ここでも楽器を持っている女性がいますが、この人はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の楽員かな?

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ネットで購入したチケットを提示して入館。

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ホールに入館すると、サイン会の告知があります。実は、今日は終演後にサイン会があるので是非サインしてもらいなさいと、昨日のお友達からアドバイスされていました。楽しみですね。

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ロビーのCDショップで、このサイン会の案内状をもらいます。

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席に着きます。今日ももちろんかぶりつきの最前列です。

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1時半から開演のオペラ《ルル》を無事、鑑賞。今日も素晴らしい演奏でした。2度目の鑑賞となったオペラ《ルル》の詳細記事はここです。

終演後、楽しみにしていたサイン会です。嬉々としてCDを買って列に並ぼうとしますが、行列がありません。日本だと、長蛇の列で大変なのにね。それでも短い行列を発見。並んでいるのは10人足らずです。

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サイン会用のテーブルが用意されています。

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10分ほどで今日のオペラで歌った女性歌手のお2人がやってきて、サイン会が始まります。

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オペラも今日が最終日なので、とてもリラックスしてサインしてくれています。

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saraiの前にはまだ5人ほど並んでいますが、間もなくサインしてもらえそうです。

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saraiの後ろにも少し行列ができていますね。

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ようやくsaraiの番になりました。カメラ目線でこちらを見てくれているのは、美人ソプラノのモイツァ・エルトマン(主役のルル)。笑顔が綺麗ですね。右に座っているのは共演のジェニファー・ラーモア。

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モイツァ・エルトマンと親しくお話しもできました。とてもフレンドリーな方です。日本からこのオペラを見るためにわざわざ駆けつけたことと、以前に日本でも彼女の歌唱を聴いたことをお話しすると、9月に日本に行くのでコンサートに来てねって言われました。ハーイ! もちろん行きますよ!

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手持ちの日本のお菓子を少々ハンカチに包んでプレゼントもしました。最後に一緒に写真に収まるという嬉しいことになり、saraiは有頂天。単純ですね。saraiはとてもお見せできないほど、満面にやついています。握手もしましたよ。

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後でお友達に聞くと、オランダは終演後にサインをもらうという習慣がなく、いつもこんな風にサイン会に参加する人は少ないんだそうです。

オランダは最後に嬉しいことになりました。


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アムステルダムで芸術三昧:レンブラント広場のアイリッシュ・パブで祝宴

2015年6月28日日曜日@アムステルダム/7回目

素晴らしいオペラ《ルル》を聴いた後にモイツァ・エルトマンのサイン会という嬉しいおまけまで付き、ご機嫌のsaraiは気分的にこのままホテルには帰れないので、どこかで祝宴を開きましょう。
ネーデルランドオペラの本拠地ミュージックシアターMuziektheaterを出て、アムステル川Amstelに架かるブラウ橋(青い橋)Blauwbrugの上からミュージックシアターの全景を眺めます。

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ブラウ橋には欄干の上に立派な街灯が並んでいます。夜景が綺麗でしょうね。

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ブラウ橋から南から流れてくるアムステル川を眺めます。マヘレの跳ね橋Magere Brugも遠方に見えています。

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こちらは橋から北へ流れ、蛇行して西に向かうアムステル川です。ハウスボートなどが係留されています。美しい水風景になっていますね。

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トラムに乗って、アムステル通りAmstelstraatを移動します。窓の外を見ていると、面白い名前のお店が見えます。ワガママWagamamaというお店です。和食レストランでしょうか。

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一停留所先のレンブラント広場Rembrandtpleinで降車。広場にはレンブラント像があります。この広場は、レンブラント・ファン・レインの生誕400周年を記念して2006年に整備されたそうです。なお、レンブラントの家はアムステル川を越えて、市庁舎の先にあります。

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レンブラント像の前には、2006年から2009年にかけて造られたブロンズ製の《夜警》の立体彫刻があります。等身大の全22体の群像が立ち並びます。

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saraiはフランス・バニング・コック隊長としっかりと握手させてもらいます。夜警と何か連帯感のような気持が起きます。もっとも、モイツァ・エルトマンと握手したsaraiはすっかり握手癖がついただけかも。ともかく上機嫌のsaraiです。

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レンブラント広場の一画にあるアイリッシュ・パブSt. James Gateのテラス席で祝宴を開きましょう。

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アイリッシュ・ビールで気炎を上げます。オランダでアイリッシュ・ビールは変ですけどね。まあ、いいでしょう。

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ビールのお伴はフィッシュ・アンド・チップス。なかなか美味です。

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祝宴も、やがてお開き。席を立ち、広場からこのアイリッシュ・パブSt. James Gateを眺めます。お洒落なレストランです。

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アムステル通りのトラムの停留所からレンブラント広場を眺めます。広場では、アート市をやっていたようです。日曜日だけ市が立つようですが、今日はもう終わってしまったようですね。

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レンブラント像と夜警の群像も見えています。横からの眺めですけどね。

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レンブラント広場は木々が茂る緑濃い綺麗な公園です。

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トラムに乗って乗り換えのスパイ広場Spuiで降りると、ここにも3日前にホテルの近くで海鮮料理を食べたお店シーフードバーThe Seafood Barのスパイ店があります。このレストランはアムステルダムに少なくとも2店舗あるんですね。ちょっとした発見です。

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スパイ広場の中を、乗り換える2番か5番のトラムの停留所をうろうろしながら探し回ります。

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ようやく停留所を発見。停留所から正面に見えている教会はシンゲル運河Singelの対岸にあるチョーク山の教会De Krijtberg Kerkです。

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トラムに乗って、ホテル最寄りの停留所ファン・バールレ通りVan Baerlestraatに戻ってきました。通り沿いの行きつけのパン屋さんBroodbakker Simon Meijssenは今日はお休み。

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ホテルに戻り、アムステルダムの夜は更けていきます。といっても窓の外の空はまだまだ明るいです。

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明日はアムステルダムを発ち、アントワープに向かいます。いよいよベルギー周遊の旅の開始です。


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束の間のアントワープ:アムステルダムからアントワープへタリスでGO!

2015年6月29日月曜日@アムステルダム~アントワープ~ゲント/1回目

旅の11日目です。

アムステルダム5日目です。今日はアムステルダムAmsterdamを発ってベルギーBelgiumのアントワープAntwerpenで途中下車して、そこでちょっと観光をした後、ゲント(ヘント)Gentに向かいます。
今日の鉄道移動ルートを地図で確認しておきましょう。

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今朝はちょっと早めに起きて、荷物を片付けます。8時半に、予定通りこの4泊したホテルをチェックアウトします。ホテルの宿泊料金は既に事前にネットで支払済なので、支払いも何もなくチェックアウト完了。ホテルから荷物をがらがら引いて、最寄りのトラム停留所ファン・バールレ通りVan Baerlestraatに向かいます。
すっかり乗り慣れた2番のトラムに乗って、アムステルダム中央駅Amsterdam Centraalに無事に到着です。トラムを降りるとき、saraiがチェックアウト時に表示されるOVチップカールトの残額を見ると、まだ17ユーロほど残っています。配偶者のOVチップカールトの残高を駅のマシンでチェックすると、こちらも14ユーロほど残っています。まだ時間に余裕があるので、OVチップカールトに残っているお金の払い戻しにトライしましょう。OVチップカールトの有効期限はまだ3年ありますが、その間にオランダに来ることはないような気がするので・・・。
配偶者が荷物番をし、saraiが手続きに行きます。アムステルダム中央駅内の地下鉄の窓口の場所を探すのに手間取ります。地下鉄の窓口なので地下にあるとばかり思いこんでいましたが、何と窓口は中央駅前の地上にあったんです。無事27ユーロほど戻りました。少し払い戻し手数料を取られますが、まあいいでしょう。パスポートを提示して署名するだけすが、それなりに時間がかかりました。OVチップカールト自体はチャージ額0にしてそのつまにしておくので、有効期限ならばチャージして使えます。
荷物番していてくれた配偶者と合流して、駅の構内に入ります。

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インフォメーションで、これから乗車する高速列車タリスのプラットホームを確認しておきます。電子掲示板では明確には分からなかったんです。

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ネットで購入済のチケットはこれです。

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さて、朝食をゲットしましょう。いろんなサンドイッチがあるので迷いますが、今回は暖かいものにしてみます。コーヒーの購入に手間取り、高速列車タリスの発車まで5分しかありません。

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高速列車タリスのホームは15番ホームで一番外れです。少々焦りながらホームに行き駅員さんにチケットを見せると、2つ先の車両だよと教えてくれます。

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乗車口に向かいます。タリスの車両はスマートでかっこいいですね。

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と、その乗車口が大混乱です。今回は指定席なので慌てて乗る必要はありません。状況がよくわからないまま順番を待ち、ようやく乗り込みます。

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乗り込んでみると、荷物置き場から荷物があふれて通路を塞ぐほどです。これではなかなか乗り込めませんね。あららと思いながら、荷物を持って席まで移動します。こんな場合は、エイヤ!と網棚に大きなかばんを上げなければいけません。saraiはこんな日のために、腕立て伏せをして筋力UPに励んでいます。かばんを上げようとすると、後ろの人が手を貸してくれます。感謝! もう一つの大きなかばんを上げようとすると、そりゃ大変だよという表情で助けてくれ、何とかかばんを網棚に上げることが出来ました。席について見渡すと、とっても混んでいます。

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大きな荷物の旅行者が多いようですね。電車が走り出ししばらくすると・・・通路を塞いでるかばんの持ち主は片付けなさい!という厳しい声がします。車掌さんのお叱り声です。思い当たる人がすごすごと荷物を取りに行き、網棚に上げます。ようやく騒動が治まりました。

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車窓の外はアムステルダムの町の風景が流れていきます。またいつ来ることになるのか、それまでお別れです。

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今回はアントワープまでの移動が1時間ほどと短いので、節約してセカンドクラス(Comfort2)にしたので混みあったのでしょう。ようやく落ち着いて朝食を食べ、車窓の景色を楽しみます。

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豊かな穀倉地帯の大平原の中をタリスは進んでいきます。オランダの美しい大地です。

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家畜が放牧された草原の中を走ります。

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これは羊たちですね。

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広大な畑は省力化が必要なのでしょう。スプリンクラーで水を撒いています。オランダの農業生産性は世界でもトップクラスのようです。

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平原が続く中で、ときどき建物の姿が見えます。これは集合住宅のようですね。こんなに広い国土でも集合住宅の需要はあるんですね。

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環境先進国としてのオランダの姿も垣間見られます。風力発電ユニットです。昔は水車や風車だったのが、今では最新鋭の設備に置き換わっていきます。もっとも世界中、どこでもそうですけどね。

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風景を見飽きたsaraiは、タリスの車内ではネットはフリーだと思いネットをつなごうとします。が、ネットがタダなのはファーストクラスだけと分かり、すぐすごと断念。

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やがて、車窓からテニスコートが見えてきます。大きな町に近づいたようです。

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ロッテルダム中央駅Rotterdam Centraalに到着です。10分近く遅れての到着ですね。

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ロッテルダムはオランダ国内での最後の停車駅です。次はベルギーのアントワープまで停まりません。いよいよ、オランダに別れを告げます。アントワープまではあと30分ほどです。


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束の間のアントワープ:美しきアントワープ中央駅

2015年6月29日月曜日@アムステルダム~アントワープ~ゲント/2回目

高速列車タリスはオランダ最後の停車駅ロッテルダム中央駅Rotterdam Centraalを発車し、目的地アントワープAntwerpenに向かいます。
ロッテルダム中央駅前の高層ビルを通り過ぎます。

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駅周辺のビル街を抜けていきます。

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ロッテルダムの町を抜けると、ホランス・ディープ川Hollandsch Diepに架かる長大な橋梁を渡ります。ホランス・ディープ川はニューウェ・メルウェデ川(ライン川起源)とアメル川(マース川起源)が合流して流れる川ですが、ここはちょうどその合流ポイントです。つまりホランス・ディープ川はここから始まりますが、20km流れただけで別の2つの川に分岐してしまいます。

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川沿いに風力発電ユニットが並んでいますね。

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ホランス・ディープ川を渡り終えると、オランダならではのまっ平らな畑が続きます。

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そろそろアントワープかなと思う頃に車掌さんが周ってきて検札があり、慌てます。購入したチケットはシニアチケットなので、年齢確認のためにパスポート提示を求められるかと思いましたが、残念ながら年相応に見られたようで何もお沙汰はなし。

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アントワープが近づき、タリスはスピードを落とします。電車を降りる準備をします。網棚に上げた荷物をエイヤッと下します。降車口に向かうと、またまた通路を荷物が塞いでいます。車掌さん、ちゃんと指導お願いしますね。

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アムステルダムからわずか1時間ほどで、フランダース地方最大の町アントワープに到着です。アントワープは駅が凄いと聞いていたのですが、確かに凄いです。アントワープの地下プラットホームからエスカレーターの先に美しいアントワープ中央駅Antwerpen-Centraalの装飾が見えます。

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エスカレーターで1階上に上ると、アントワープ中央駅のバラ窓のある壁面と光あふれるガラスの大天井がよく見えます。

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鉄の骨組みとガラスでできた美しい天井を見上げます。緻密な模様も見てとれます。荷物を放り出して写真を撮りまくります。

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地下のプラットホームを見下ろします。地下プラットホームは2段に重なっており、一番下のホームはとても深くなっています。

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ここでの課題は、荷物を預けることです。アントワープで数時間の観光の後、ゲントに向かいます。その間、駅で荷物を預ける必要があります。コインロッカーを探します。すぐに発見! でも、なんだか様子が変です。赤ランプの付いているものが多いのですが、青ランプのものもドアが開きません。我々以外のアジア系の2人組とバタバタしますが埒があきません。

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配偶者が、駅員を探しに行き連れてきます。駅員もどうしようもないようで、壊れてるのだから他に行けばとのこと。コインロッカーを探して移動します。別のコインロッカーを発見しましたが、そこも大騒動しています。それでも、なんとか使えそうなものを見つけて確保。

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次の課題は、コインです。料金は1つ4.5ユーロ。なんでそんな半端な料金なのかしらね。4ユーロにすればいいのに・・・。今朝、枕銭を置くのに小銭を整理したばかりです。恐る恐る財布の中をチェックすると、ありました! 奇跡に近い感じで、小銭をかき集め入れます。コインロッカー2つに荷物を全部押し込みます。コインロッカーの前では、まだ悩んでいる旅行者達がウロウロしています。

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取り出し番号の書かれた紙をプリントアウトし、ほっと一安心です。この紙がキーの代わりです。

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さあ、身軽になりました。駅舎を見てまわります。まるで大聖堂のような輝きがあります。美しい駅の写真を撮りまくります。

ホールの美しさに釘付けになります。プラットホームとの間の壁面は、上部の大きなガラス窓から明るい光が差し込みます。壁面の美しい装飾も素晴らしいです。1895年から10年を費やして造られた芸術品のような駅舎です。

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巨大なホールの全景を見通すことは難しく、ぐっと下がって眺め直します。ホールの天井はドームになっていて、高いところから光が降り注いできます。

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これはホールの別の壁面です。素晴らしい装飾です。

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さらにプラットホームの反対側の壁面を眺めます。そちらにはチケットの窓口があります。

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この駅舎を見るだけでもアントワープを訪れる価値があります。次はプラットホームの方にまわってみましょう。


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束の間のアントワープ:美しきアントワープ中央駅を堪能

2015年6月29日月曜日@アムステルダム~アントワープ~ゲント/3回目

美しいアントワープ中央駅Antwerpen-Centraalを見て周っています。ホールからプラットホームの方に向かいますが、その前にホール内に設置されているチケット自動販売機で市内の交通機関のチケットを購入しておきましょう。ところが販売機がうまく動作しません。もっともsaraiがうまく操作できないだけなのかもしれませんけどね。

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ちょうど別の自動販売機はメンテナンス中です。saraiの自動販売機も具合が悪いのかも・・・。

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プラットホームに移動すると、そこでもメンテナンスの真っ最中。手入れがいいのか、それとも駅の老朽化なのか判然としませんが、どちらにせよメンテナンスは必要でしょう。

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ともあれ、プラットホームの空間は凄いです。鉄とガラスでできた芸術品です。

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今いる階層は2階です。表示は+1になっています。一つ下の1階(表示は0)を覗き込んでいます。さらに地下に2層あります。先ほどタリスが到着したホームは地下2階(表示は-2)でした。立体構造の駅に改装されています。

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1階では、自転車の移動式店舗でワッフルのようなものを売っているおじさんがいます。お客さんはいないようですね。後で見てみようなかな。

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このプラットホームと先ほどまでいたホールを隔てる壁は壮麗な装飾が施されています。ホール内の壁面以上に素晴らしい芸術品です。

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プラットホームの天井を支える側面の赤く塗られた鉄骨のアーチの連なりも素晴らしいです。

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この最上階(2階)にあるプラットホームはターミナル型になっています。つまり、この駅が始点・終点です。線路は全部で6本です。意外に規模は小さいんですね。

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プラットホームの脇には鉄骨アーチと一体化したデザインの売店があります。見事なデザインに驚かされます。

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プラットホームの素晴らしい壁面の一角には、お洒落なカフェの入り口が見えます。ル・ロイヤル・カフェという名前ですね。

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今、カフェに寄るつもりはないので、入り口から中を覗いてみます。なんとも美しいカフェですね。素晴らしい!!

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これがカフェの入り口前から見たプラットホームの空間です。すべてが建築芸術の粋のような感じです。

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うーん、カフェに入りたい衝動を抑えて、ドア越しに中を覗きながら立ち去ります。

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再び壁面にある出入り口を抜けて、ホールに入ります。最後に壁面の美しい装飾を見て、ため息が出ます。

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ホールに戻ってきました。ホールの空間も華やかです。

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チケットの自動販売機に群がっている人達がいます。ちゃんと動作している販売機は混み合っています。街の中心までは30分ほど歩くようですが、トラムには乗らずに町の観光がてらにぶらぶら歩いていきましょう。ということでチケットの購入は、とりあえずパス。

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駅の構内から外に出ます。駅前には、大通りドゥ・ケイゼルレイDe Keyserleiが町の中心に向かって続いています。

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振り返ると、美しきアントワープ中央駅が堂々として、それでいて優美な姿で青空を背景に建っています。素晴らしいとしか言えません。

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では、アントワープの街歩きを始めましょう。


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束の間のアントワープ:アントワープ中央駅~ドゥ・ケイゼルレイ~レイス通り

2015年6月29日月曜日@アムステルダム~アントワープ~ゲント/4回目

アントワープAntwerpenの街歩きをアントワープ中央駅Antwerpen-Centraalの前から始めることにしましょう。目の前には、ドゥ・ケイゼルレイ大通りDe Keyserleiが町の中心に向かって続いています。なかなか大きな建物のある近代的な街並みですね。中でも、すっくと立ち上がっているオレンジ色の高層ビルはアントワープタワーAntwerp Towerのようです。

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駅前には、レンタル自転車がずらっと並んでいます。どういうシステムなのか分かりませんが、観光用に便利かも知れませんね。でも、saraiはヨーロッパ式の自転車はどうも乗り難くて自信がないので、利用する気になりません。

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ドゥ・ケイゼルレイ大通りは中央が歩道になっているので、通りの真ん中を歩いていきます。でも、もしかしたら、歩道じゃなくて自転車道路なの?

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少し歩いたところで後ろを振り返ります。アントワープ中央駅のファサードの全景を見ることができます。ファサードの上にドームの塔が少しだけ頭を出していますが、ドーム自体はまだ見ることができません。

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ずっと歩いたところでまた振り返ってみると、今度はアントワープ中央駅のファサードとドームの全体を見ることができます。もっとも駅の建物自体がずいぶん小さく見えていますけどね。

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やがて大きな交差点に差し掛かります。この辺りはずいぶん賑わっています。ここで右に折れて、ファン・エルトボルン通りVan Ertbornstraatに入ります。

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駅前からも大きく見えていた高層ビルのアントワープタワーの下に出ます。近くで見ると青空を切り裂くように高々と聳えて立っています。24階建てで87mの高さです。もっともこれから向かうアントワープ大聖堂の塔には比べるべくもないほどの高さですけどね。

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その隣には重厚な建物があります。フランドル歌劇場(アントワープ)Opera Vlaanderen(Opera Antwerpen)です。フランドル歌劇場はゲントGentにももう一つあって、フランドル・オペラは両方の歌劇場を使ってオペラを上演しています。今回の旅ではsaraiは明日、ゲントでこのフランドル・オペラを観る予定なんです。それにしてもなんだかショボい印象の建物だと思っていたら、こちらは歌劇場の裏側でした。

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歌劇場の表側の方に回りましょう。フランクライクライ通りFrankrijkleiからフランドル歌劇場の正面を見ることができました。立派な建物です。

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その右隣にはアントワープタワーが見えています。オレンジ色に輝いています。

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元の通りに戻って、フランクライクライ通りの先に進みます。ドゥ・ケイゼルレイ大通りはここまでで、その先は歩行者専用のレイス通りLeysstraatになっています。賑やかなショッピングストリートです。

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レイス通りの入り口は広場になっていて、銅像が立っています。フランドルの画家ダフィット・テニールス (子)(David Teniers, the Younger)のようですが、saraiはこの画家のことはまったく知りません。この辺りでは有名な画家なんでしょう。この広場も彼の名前をとってテニールス広場Teniersplaatsと呼ばれています。ところでダフィット・テニールスの父親も画家で名前がダフィット・テニールス、子供も孫も画家で全く同じ名前だそうです。ややこしいですね。

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この銅像の脇を抜けて、レイス通りを進みましょう。

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レイス通りの両側には、実に凝ったデザインのバロック様式の建物が並んでいます。まるで通りのゲートのように見えますね。

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レイス通りを狭いキップドルプフェスト通りKipdorpvestが横切っています。この路地のような通りを通り越してレイス通りを進みます。

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レイス通りは、テニールス広場を過ぎると車道も復活します。広い歩道を歩いていきます。周りはお店が立ち並んでいます。アントワープで一番の繁華街です。

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短いレイス通りを進んでいきます。

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レイス通り沿いには美しいファサードの建物が立ち並んでいます。

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レイス通りの先の交差点の真ん中に銅像が立っています。この画家は知っています。フランドル出身でイタリアやイギリスで活躍したヴァン・ダイクです。

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アントワープは芸術家に敬意を持っている町のようです。それだけフランドル絵画は素晴らしかったわけですね。

ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。

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アントワープの街歩きはまだまだ始まったばかりです。


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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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お返事ありがとうございます。
本当に!私もレイルジェットや美術館の手配もしているので、祈るような気持ちです。

03/10 19:06 kico

kicoさん、初めまして。saraiです。

心配ですね。私はそのまま、沈静化するのを待っています。シュターツオーパーのチケットも購入しました。何としても行こうとは思って

03/09 22:12 sarai

はじめまして。私も同じ時期にウィーン滞在の計画をしており、楽友協会でのベルリンフィルのチケットを購入しました。が、新型コロナの件で、そもそも旅行に出られるのかど

03/09 16:59 kico

お役に立てて、なによりです。我が家では今でもメインのCDプレーヤーとして活躍しています。ただ、最近はCDはいったんリッピングしてHDDに格納し、USBオーディオでオーディ

01/18 15:18 sarai

父からアンプとセットで譲り受けたもののトレイが動かず困っていましたが、
ブログを見て自分で購入・修理することができました。
利益目的でもなくまた素人でも分かる記事

01/18 13:50 hisa

のりしんさん

saraiです。コメントお寄せいただき、ありがとうございました。
同じ追っかけ仲間、今後ともよろしくお願いいたします。
彼女の声は素晴らしいですね。

12/01 12:07 sarai

私も中村さんの追っかけやっております。昨日の演奏も圧倒的でしたね。中村さんの歌を聴いていると、なぜか涙腺が緩んで来ます。

12/01 09:39 のりしん
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