不安感もあり、大きな期待を抱かずに聴き始めます。まずはモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ 第27番です。これはモーツァルトとしてもシンプルな音楽です。ヒラリーのヴァイオリンは派手過ぎず、抑え過ぎずという中庸な表現で今まで聴いた彼女のモーツァルトの中ではよい出来でした。ただ、彼女のヴァイオリンの響きがもう一つに感じます。あの絶頂期の素晴らしい響きとは一線を画しているように感じます。心配ですね。
次はバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番です。これは素晴らしいです。第2楽章の長大なフーガは聴き応え十分です。ヴァイオリンの響きがどうのこうのということはもうどうでもいいです。シャコンヌと同じくらい素晴らしい音楽です。終始冷静で心のこもった音楽は終盤熱く高揚します。圧巻の素晴らしさです。この楽章の終了後、一部の聴衆から拍手があがりますが、まあ許しましょう。ここで一息ついて、第3楽章に進みます。緩やかなラルゴが静謐に演奏されます。ヒラリーの人生にも色んなことがあったのでしょう。哀しみを感じるような深みのある音楽です。心にしみじみと響いてきます。そして、本当に素晴らしかったのは第4楽章のアレグロ・アッサイです。これは究極のバッハ。パーフェクトなバッハです。シンプルなパッセージさえも何かしらの意味を持っているように聴こえてきます。完璧なテクニックでヴァイオリンの響きも冴え渡ります。終盤の熱い盛り上がりには感銘を受けました。彼女が20歳にもならない頃に録音したこの曲のCDはsaraiの愛聴盤ですが、あのころはひたすら何も考えずにバッハの音楽に奉仕していた演奏でした。それが素晴らしい演奏になっていたのはバッハの音楽の素晴らしさと彼女の若さの勢いが見事に調和したからだったんでしょう。今日の演奏はあの頃の勢いはないかもしれませんが、深い人生の哀感が音楽を高めています。
ヒラリーは現在、音楽家としての岐路に立っているような感じがします。ここを乗り越えて、素晴らしい音楽家に大成することを祈らずにはいられません。
今日のプログラムは以下です。
ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
ピアノ:コリー・スマイス
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 第27番 ト長調 K.379
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005
《休憩》
アントン・ガルシア・アブリル:6つのパルティータより
第2曲『無限の広がり』、第3曲『愛』
アーロン・コープランド:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
ティナ・デヴィッドソン: 地上の青い曲線(27のアンコールピースより)
《アンコール》
佐藤聰明:微風Bifu
マーク・アントニー・ターネジ:ヒラリーのホーダウンHilary's Hoedown
マックス・リヒター:慰撫Mercy
後半とアンコールはいずれも現代あるいはそれに近い時代の作品でした。素晴らしいヴァイオリンではありましたが、これが彼女の目指す方向なのでしょうか。
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