ベルギー王立美術館Musées royaux des beaux-arts de Belgiqueの古典絵画エリアを鑑賞しているところです。現在見ているのはフランドル絵画、オランダ/ベルギー絵画です。
メムリンクに続いて、フランドル絵画を鑑賞します。
南ネーデルラント派(ブリュッセル)の画家による《ジーリックジーの三連祭壇画の扉絵(フアナ (カスティーリャ女王)とフィリップ美公の肖像)》です。1495年~1506年に描かれた作品です。これは三連祭壇画の扉絵ですが、通常と違って、この扉絵こそ重要です。まあ、saraiが勝手に思っているだけかもしれませんけどね。右側のパネルに描かれた女性は誰でも一度見るとはっとして忘れられないでしょう。

女性のパネルだけに注目しましょう。何と艶やかな女性でしょうか。単に綺麗な女性かと思っていたら、実はスペインのイザベル女王(カスティーリャ女王)とアラゴン国王フェルナンド2世の娘という超名門出身なんです。フアナJuana(1479年11月6日 - 1555年4月12日)というカスティーリャ美人です。本当にこんなに綺麗なのかは定かではありませんが、saraiは信じることにしましょう。彼女は上の左側のパネルに描かれているフィリップ美公と情熱的な結婚をします。このフィリップ美公はハプスブルグ家のマキシミリアン1世(神聖ローマ皇帝)とマリー・ド・ブルゴーニュ(ブルゴーニュ公国最後の君主)の間に生まれた長男です。マリー・ド・ブルゴーニュと言えば、今もブルージュの聖母教会に眠る《美しき姫君》として知られています。その息子のフィリップですから、当然、イケメンだったようです。名門の美男・美女の結婚だったんですね。フアナとフィリップ美公の間に生まれたのがカール5世(神聖ローマ皇帝)です。ハプスブルク帝国の絶頂を築いた偉大な王です。カール5世は有名な肖像画が何枚もありますが、残念ながらイケメンではありませんね。何故でしょう? また、フアナの妹キャサリンはイギリス国王ヘンリー8世の妃として有名です。ヨーロッパの王家の輝かしい栄光がこの絵に描かれているのですね。しかし、フアナの末路はあまりよくなかったようです。母イザベル女王の死去でカスティーリャ女王となりますが、夫フィリップ美公の色恋沙汰に悩まされて、不仲となります。その夫が早くして亡くなった後は完全に正気を失い、狂女と呼ばれます。王位にありながらも40年も幽閉生活を続け、そのまま死去します。やはりイケメン夫を愛し続けていたのですね。フアナの幽閉生活の間、息子のカール5世(スペイン国王としてはカール1世)がぐんぐん頭角を現して、国力の増強を果たしますから、フアナの幽閉も無駄ではありませんでした。なお、息子のカール5世はそんな母親でもフアナを愛していたようで、フアナが崩御した後は地位と領土を息子フェリペ2世と弟フェルディナント1世に譲ります。これを持って、強大なハプスブルク帝国はスペインとオーストリアに2分されることになります。

小説にでも書けるようなストーリーがこの2枚の扉絵にひそんでいました。やはり、ヨーロッパの美術館は面白いですね。ヘンリー8世とキャサリンのスキャンダルなど書きたいことは多いですが、このへんで止めておきましょう。
初期フランドル派の画家、いわゆる聖カタリナの伝説の画家Maître de la légende de Sainte Catherineによる《聖カタリナの伝説からの場面》です。作者は氏名不詳で、この作品にちなんで、聖カタリナの伝説の画家と呼ばれるようになりました。この画家は1470年~1500年にかけてブリュッセル周辺で活躍したことが知られています。この作品は聖カタリナの伝説のうち、神秘の結婚の場面が描かれています。画面の右下では聖カタリナが幻視によって、聖母マリアに会って、イエスと婚約する場面が描かれています。左下では、現実に教会でキリスト(実際は十字架像)と結婚する場面が描かれています。後に彼女は車輪にくくりつけられて転がされる拷問の末、斬首刑によって殉教します。

初期ネーデルランド派の画家、いわゆる聖ルチアの伝説の画家Maitre de la La légende de Sainte Lucieによる《聖母子が聖女たちに囲まれている場面 (Virgo inter Virgines)》です。作者は氏名不詳で、聖ルチアの伝説の画家と呼ばれています。この画家は1480年~1501年にかけてブルージュ周辺で活躍したことが知られています。この作品は聖母子を聖女たちが囲んでいる場面を描いています。聖女たちはおそらく、聖アグネス 、聖ルチア 、聖チェチーリア 、聖カタリナ、 聖バルバラ 、聖ウルスラ 、聖アガタといったあたりでしょう。

ベルギーの画家、いわゆる聖ウルスラの伝説の画家Maître de la Légende de sainte Ursuleによる《聖アンナと聖母子が聖人たちに囲まれている場面 》です。作者は氏名不詳で、聖ルチアの伝説の画家と呼ばれています。この画家は15世紀の終わりにブルージュ周辺で活躍したことが知られています。この作品は聖アンナと聖母子を洗礼者聖ヨハネ、聖ルイ、聖カタリナ、聖バルバラが囲んでいる場面を描いています。細部まできっちりと描き込まれ、色彩も鮮やかなフランドル絵画の名作です。

ネーデルランドの画家、ロベール・カンパンの《受胎告知》です。作者は名前が特定されず謎の画家と言われて、仮にフレマールの画家と呼ばれていましたが、近年、ロベール・カンパンこそ、その人であると資料などにより解明されました。フレマールの画家という呼び名は、ベルギー南東部の町リエージュ近郊にあるフレマールという町にある修道院にあったという祭壇画にちなんだものです。なお、そのフレマールの祭壇画はフランクフルトのシュテーデル美術館に所蔵されています。この作品は緻密な画面構成、鮮やかな色彩の油彩が印象的ですが、ヤン・ファン・エイクと同時期に油彩表現・技術を確立した先駆的な作品のひとつです。作品自体の完成度の素晴らしさはもちろんですが、ネーデルランド絵画の創始者として、弟子のロヒール・ファン・デル・ウェイデンを始めとして、後続の西洋美術へ多大に貢献したことは疑いない事実です。
この作品《受胎告知》は彼の代表作の三連祭壇画『メロードの祭壇画』の中央パネルの《受胎告知》とほぼ画面構成が同じです。『メロードの祭壇画』はメトロポリタン美術館の別館クロイスターズに所蔵されています。よく見比べると、マリアの顔と大天使ガブリエルの顔の描き方がかなり異なっています。もしかしたら、このベルギー王立美術館の作品は弟子のロヒール・ファン・デル・ウェイデンもしくはジャック・ダレーの模作かも知れません(saraiの勝手な見解)。実はそれほど、『メロードの祭壇画』は素晴らしく、ヤン・ファン・エイクと並び立つほどだと感じます。実際に生で見たわけじゃありませんけどね。

参考のために、その『メロードの祭壇画』をご覧ください。

さらにその中央パネル《受胎告知》の主要部分を拡大してご覧ください。素晴らしいですね。

次はそのロベール・カンパンの弟子にして、初期ネーデルランド絵画をヤン・ファン・エイクとしょって立つロヒール・ファン・デル・ウェイデンの作品群を見ていきます。
↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね
いいね!
