パルティータと言えば、バッハの鍵盤音楽の中で最も愛する曲集です。思えば、今は亡き倉橋由美子の《シュンポシオン》の中でかおりさんという若い女性が桂子さんのリクエストでパルティータを演奏する場面がありました。それを読んだ頃は今ほどパルティータに傾倒していなかったので、へーっと思いながら、読み流しつつ、何となく、心の中に残っていました。パルティータを好きになったのは、クラウディオ・アラウの最後の録音《ファイナル・セッション》の超絶的に美しい演奏を聴いてからです。それこそ、毎日、通勤のお供にIPODで聴き続けていました。ただし、アラウが残した録音はパルティータの第1番~第3番と第5番のみ。第4番と第6番は残念ながら、彼の死によって、録音されませんでした。あと半年生きてくれれば、録音できたのに、かえすがえす残念です。ということで、saraiにとってのパルティータはずっと4曲でした。その頃はそれはそれでよいと思っていました。第4番と第6番は長くて、分かりづらいという印象があったんです。特に第1番と第2番を愛好していました。もちろん、これは誤解です。今は第4番と第6番に最高に魅せられています。今回のプログラムを見ると、1日目の最後が第4番。2日目の最後が第6番。アンジェラ・ヒューイットの思いも同じなのかなと想像しています。実際、今日の彼女自身の解説文を読むと、第4番のアルマンドが一番好きだと書いてあります。saraiも同じです。まだ、第6番への彼女の思いはまだ分かりません。どうなんでしょう。
で、今日の演奏ですが、前半のパルティータ第1番は綺麗な演奏ではありますが、まあ、普通の演奏。有名過ぎて、これまでも聴き過ぎて、生半可な演奏では満足できませんね。
心なしか、アンジェラの気持ちも乗っていないような気もします。次の第2番は曲としての複雑さもありますが、アンジェラの演奏も生きがよくなります。最高とまでは言えませんが、満足できるレベルです。そもそも、ためのきいた演奏になって、ぐっと惹きつけられます。最後のジーグはヒートアップした演奏で聴いているほうも高揚します。ちょっとしたミスもありますが、それも勢いでしょう。うん、なかなか、いいね。
後半はいったん、パルティータを離れて、ソナタ ニ短調が演奏されます。これって、無伴奏ヴァイオリン・ソナタが原曲だったのね。予習したときは、迂闊なことに気が付きませんでした。あんなによく知っている曲なのに、楽器がピアノに置き換えられるとずい分、印象が異なります。今度は注意深く聴くと、たしかに無伴奏ヴァイオリン・ソナタでした。第3楽章のアンダンテを聴くと、ヴァイオリンの響きが頭の中で重なります。ヴァイオリンでは最高に美しい曲ですが、ピアノでも美しい響きです。どちらがいいかなんていう比較は無用です! 第2楽章、第4楽章はピアノでばりばり弾かれると、まあ、ヴァイオリン・ソナタとは別物ですね。結構、頭の中が混乱します。まったく別の曲として、分離して聴いたほうがよさそうです。バッハのほかの曲同様、楽器を選ばない名曲です。
で、いよいよ、第4番。これは文句なしに凄い演奏でした。のっけの(フランス風)序曲から物凄い気迫で圧巻の演奏。フーガも素晴らしい勢いです。次のアルマンド。実に心がこもっていました。バッハの素晴らしさは精神性の高さだと常々思っていますが、それを如実に示すような演奏です。深く頭を垂れて、聴き入るのみでした。アンジェラの顔の表情にも感動があふれていました。ピアノ演奏技術を超えた何かがそこにあります。これこそバッハ・・・これこそ真の音楽です。次のクーラントは一転して、躍動します。音楽の喜びがほとばしります。saraiはもう幸福感でいっぱいです。短いアリアを経て、またしても入魂のサラバンド。格調が高く、しみじみとした演奏に究極の永遠を感じます。終わりのない音楽・・・終わってほしくない音楽です。でも、いつしか最後の1音で終わりを迎えます。次はメヌエットと言うには激し過ぎる高揚が沸き起こります。素晴らしい突進です。そして、最後のジーグはさらに高揚します。アンジェラの情熱は熱く燃え上がります。感動のフィナーレです。もっと完璧な演奏記録もあるかもしれませんが、ライヴで聴く最高の音楽がここにありました。この場で演奏者と共有した時間こそが何物にも代えがたいものでした。
今日のプログラムは以下です。
ピアノ:アンジェラ・ヒューイット
J.S.バッハ・プログラム Odyssey Ⅲ
パルティータ第1番 変ロ長調 BWV825
パルティータ第2番 ハ短調 BWV826
《休憩》
ソナタ ニ短調 BWV964
パルティータ第4番 ニ長調 BWV828
《アンコール》
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻より第5番ニ長調フーガ BWV850
最後に予習したCDをご紹介しておきましょう。まずはこれです。最高の1枚です。
クラウディオ・アラウ:ファイナル・セッションズ(第1番、第2番)
全曲盤は以下です。
マレイ・ペライア 2008~2009年
アンドラーシュ・シフ 新盤、2007年
アンジェラ・ヒューイット 1996年
いずれも素晴らしい演奏で文句のつけようがありません。ペライアは特に大曲の第4番が見事な演奏です。自然な表現でかつ感動的です。シフは旧盤では物足りなかったのですが、この新盤は圧倒的な素晴らしさです。強いて文句をつけるとすると、完璧過ぎるところくらいです。全曲盤では、素晴らしい録音もあいまって、これを超えるものはないでしょう。ヒューイットも録音もよく、素晴らしい演奏です。再録音は不要に思えるレベルの素晴らしいCDです。
単発ものは以下です。
第1番のみ ディヌ・リパッティ 1950年 セッション録音、ライヴ録音(最後のブザンソン演奏会)
第2番のみ マルタ・アルゲリッチ 1979年 セッション録音 1978~1979年 ライヴ録音(アムステルダム・コンセルトヘボウ)
第1番、第4番 フィオレンティーノ 1996年10月 スタジオ録音(ベルリン)
これはどれも聴き逃せないものばかり。リパッティは最晩年の演奏。若過ぎる死でしたが、素晴らしい録音を残してくれました。セッション録音はよほど体調がよかったのか、堂々たる演奏ですが、若さゆえか、少し意気込み過ぎの感じです。むしろ、体調の悪さをおして、無理して行った最後のブザンソンでの演奏会はほどよく力が抜けて、かろみを感じさせる見事な演奏です。ある意味、彼しか弾けないような音楽です。アルゲリッチですが、今から40年ほど前の絶頂時の演奏です。まさに天才のみがなしうる演奏と言っても過言でありません。よく言われた天馬空を往くという表現がぴったりです。アルゲリッチの数あるCDでも最高のものでしょう(セッション録音)。アムステルダム・コンセルトヘボウでのライヴもとてもライヴとは思えない完成度の高さです。同じ時期の演奏ですから、どちらを聴いても満足できます。フィオレンティーノは何故か、そんなに名前が知られていませんが、このバッハを聴けば、びっくりします。ともかく緩徐楽章が天国的なテンポで、完璧に弾き切っています。とりわけ、第4番のアルマンドは15分を超える長さに仰天します(普通は8分くらい)。そして、その素晴らしさに魅了されること、請け合います。じっくりとバッハの精神性を味わいたい方にはお勧めです。
ここであれっと思ったあなた。そうです。今回はグレン・グールドは聴いていません。彼ほど予習に向かない人はいませんからね。復習ならいいかもしれません。評判のフェルツマンも聴いていません。何とCDを持っていないんです。聴いてみたいのですが、どこかに安いCDはないでしょうか。あと、今回はピアノのみ絞りました。予習ですからね。なお、チェンバロならば、レオンハルトの賑やかな響きは苦手で、スコット・ロスの静謐な響きが好きです。と書いていると、ロスの演奏を聴きたくなりました。そう言えば、ロスも若過ぎる死でしたね。高齢のアラウがバッハの素晴らしい演奏をしたんですから、バッハ弾きは長生きをして、高齢演奏を残してほしいものです。ゴールドベルク変奏曲などは最後の力をふりしぼって、究極の美しさに至ってもらいたいものです。ペライアとシフとヒューイットには是非、成し遂げてもらいたいものです。saraiは聴けそうにないのが残念ですが・・・。
ちょっと書き過ぎましたね。もう深夜です。明日のパルティータ後半もあるので、このへんで。第6番が楽しみです。きっと凄い演奏になるでしょう。
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