これほどの演奏が聴けるとは思ってもいませんでした。アンジェラ・ヒューイットの実力をなめていました。恐ろしいほどの能力を持ったピアニストです。また、それ以上に音楽に懸ける情熱の物凄さに圧倒される思いです。今日の最後に弾いたパルティータ第6番は鬼気迫るような気迫の演奏でした。そして、その魂のこもった音楽の素晴らしさに思わず、涙がこぼれおちました。一生に何回かしか出会えない奇跡のような音楽・・・今日は忘れられない夜になりました。
昨日聴いたパルティータ第4番も圧巻の演奏でしたが、今日の第6番とは感動のレベルが異なります。昨日のブログでも書きましたが、今回のプログラムは、1日目の最後が第4番で、2日目の最後が第6番。アンジェラ・ヒューイットもsarai同様にパルティータの中でこの2曲を格別に愛好しているのかなと想像していました。今日の彼女自身の解説文では、第4番のアルマンドに一番愛着を感じるけれども、第6番についてはバッハに「脱帽!」したいとのことです。そして、この第6番はバッハの最高傑作のひとつであり、最高の知性と情感を備えた構想で音楽が書かれていると述べています。そういう彼女の思いが乗り移ったような高い精神性と熱い情感に満ちた最高の演奏でした。
今日の演奏を振り返ってみましょう。前半の第3番のパルティータからノリノリの演奏です。楽し気であり、美しくもあります。素晴らしい演奏に満足感を覚えます。続く第5番もさらに楽しさが増します。そして、さらに壮麗に演奏されます。終曲のジーグのフーガの素晴らしさには圧倒される思いです。昨日の前半を上回る内容に後半への期待感が高まります。
後半はいったん、短い作品、パルティータ イ長調が演奏されます。ほとんど聴いたことのない作品ですが、アンジェラ・ヒューイットのバッハへの敬意はゆるぐことはなく、丁寧に美しく演奏されます。お陰でsaraiもこの作品への親近感が増したほどです。完璧な演奏でした。2曲目のエールは特に印象的な演奏でした。2度の拍手を受けた後、そのまま舞台に留まり、最後の第6番の演奏を始めます。どうやら、第6番を演奏するにあたって、短い作品で軽いステップを踏んだようです。腕慣らしというわけではないでしょうが、第6番に向けての気持ちを高めていったのでしょう。それほど、アンジェラはこの第6番への熱い思いを抱いていたようです。まなじりを決したような表情からもそれはうかがい知れます。聴く立場のこちらも気持ちを高めます。第1曲のトッカータの自由奔放とも思えるファンタジックさと激しい鍵盤の響きには、こちらの気持ちも一気に高揚します。そして、一転して、静謐とも思えるフーガが始まります。とても素晴らしいフーガが展開されていきます。徐々に熱く高揚していき、最後はまた、トッカータに収斂します。何という壮大なスケールの音楽でしょう。続くアルマンドはあまりに美しく、そして、哀しい音楽です。その対比の素晴らしさに心が溶けそうになります。2曲目のアルマンドで既に心は金縛り状態です。アンジェラは一心にピアノを弾き続けます。saraiも今までになく音楽に集中していきます。そして、3曲目のクーラントです。輝かしい音楽が驚異的な技巧で綴られていきます。シンコペーションや超絶的に細密なパッセージが織り込まれて、ありえないような音楽が展開されていきます。唖然として、聴き入ります。アンジェラは何というレベルのピアニストでしょう。もう、恐れ入るばかりです。しかし、決して技巧のみに走るのではなく、その音楽の造形はとても見事です。天才バッハの真髄に切り込んでいくアンジェラのピアノに魅せられていきます。続くエールで一息つきます。短いノリのいい音楽です。そして、この第6番の中核とも言えるサラバンドが始まります。トッカータと同様にファンタジックでもありますが、その本質は真摯な音楽です。アンジェラの解説では、孤高のバッハが創造の神と孤独な対話を交わしているとありましたが、まさにその通りの演奏です。超絶的な精神性、あまりの格調の高さに息を呑むばかりです。遂には、感情の昂ぶりに耐えかねて、涙が滲みます。こんな音楽、こんな演奏があるのかと魂が揺さぶられます。圧倒的な音楽のチカラの前に心が崩壊していきそうです。サラバンドの高揚は長く続きました。そして、いつしか終焉を迎え、次のガヴォットに移ります。静謐なサラバンドに対して、また、輝かしい音楽に変わります。しかし、本質は変わりません。形を変えた真摯さの連続です。音楽の高揚感は続きます。そして、遂に終曲のジーグが始まります。冒頭の長いフーガに呼応するような規模の大きなフーガです。名前こそ舞曲のジーグですが、バッハのパルティータはその舞曲の枠を大きく凌駕するフーガで全曲を締めくくります。フーガこそバッハの音楽の中核であることを高々と宣言するかの如き、神のようなフーガです。圧倒的な力で迫ってくるフーガの素晴らしさに聴く者はただひれ伏すのみです。まるで音楽のミューズの巫女のようにアンジェラは鍵盤にフーガを叩き付けます。微風と嵐が交錯するように長く続くフーガも最後、スローダウンし、鍵盤のキーが長く押さえられた後、沈黙します。アンジェラの手が高々と上げられて、この素晴らしい音楽の終わりを告げます。saraiは頭が真っ白で強い感動にふけったままです。こういう音楽は生涯に滅多に出会えません。アンジェラも会心の出来だったんでしょう。彼女の表情にそれがあらわれていました。この場に存在できたことだけで、感謝するのみです。こういう音楽を聴くために自分の人生の意味があるのだと深く確信しました。
今日のプログラムは以下です。
ピアノ:アンジェラ・ヒューイット
J.S.バッハ・プログラム Odyssey Ⅳ
パルティータ第3番 イ短調 BWV827
パルティータ第5番 ト長調 BWV829
《休憩》
パルティータ イ長調 BWV832
パルティータ第6番 ホ短調 BWV830
《アンコール》
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻より第9番 ホ長調 フーガ BWV878
最後に予習したCDですが、第6番の演奏はパルティータ全曲盤のみでしか聴けませんでした。
全曲盤は以下です。
マレイ・ペライア 2008~2009年
アンドラーシュ・シフ 新盤、2007年
アンジェラ・ヒューイット 1996年、1997年
いずれの第6番も素晴らしい演奏です。とりわけ、シフの演奏は極上のレベルで完璧でした。しかし、今日のアンジェラの驚異的かつ気迫のこもった演奏の前には色を失います。第6番だけはアンジェラの再録音が望まれます。
もう、これ以上のバッハの演奏が聴けるとは思えませんが、次のThe Bach Odyssey Ⅴ/Ⅵは来年の5月22日、24日です。何と、以下のプログラムです。
The Bach Odyssey Ⅴ 平均律クラヴィール曲集第1巻全曲
The Bach Odyssey Ⅵ ゴルドベルク変奏曲
いきなり、真打ち登場です。アンジェラもさらに精進して臨んでくるでしょう。こちらも万全の準備で臨みましょう。もちろん、チケットは申し込みましたよ!
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