1曲目のスメタナの『売られた花嫁』序曲は弦の見事なアンサンブルに終始して、オーケストラの楽しみを満喫しました。贅沢を言えば、もっとピアニッシモで弦楽の繊細さを極めた表現が欲しかったところですが、安定した弦楽アンサンブルでチェコ・フィルが世界で第1級のオーケストラであることを示してくれました。
2曲目のベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」はちょっと異色の演奏だったかもしれません。オーケストラも堂々たる響きというよりも美しい響きで抑えた演奏。アリス=紗良・オットのピアノもスケール感のある演奏ではなくて、ピュアーで切れのあるピアノです。結果、重厚さよりも繊細な美を求めた演奏になります。さすがにベートーヴェンの音楽は奥が深く、多様な表現を許します。異色ではあるものの、これはこれでとても魅力的な演奏です。saraiの耳には新鮮な表現に感じられて、平凡な演奏にはない魅力を感じて、聴き入ってしまいました。アリス=紗良・オットのピアノは何か惹かれるものを感じます。まずはピアノの響きが純粋無垢な感じで耳に心地よく感じます。彼女の裸足での繊細なペダルの使い方も関係しているのかもしれません。音が濁らず、1音1音の切れがとてもいいんです。音階を弾いてもすべての音が聴き取れるほどです。そのため、少し、たどたどしく聴こえることもありますが、それが乙女チックな魅力にもなっています。誤解のないように言うと、彼女のピアノは別に弱々しいわけでなく、フォルテッシモでは体を叩き付けるようにして大音響で響き渡ります。しかし、重厚な大音響ではなく、切れの良い大音響で音が濁らないのが素晴らしいです。テクニックがどれほどのものかは、この曲では判断しかねますが、かなりのもののような気はします。音楽性について言えば、まだ若いので深みのある表現には達していませんが、いかにもベートーヴェンの音楽に没入していることはよく分かります。特に第2楽章の抒情性は思わずsaraiも魅了されてしまうほど、美しい音楽を表現してくれました。彼女の音楽への愛がはっきりと感じられました。この瑞々しい感性を失わずに、さらに熟成していけば、大変なピアニストになるかもしれませんね。また、数年後、彼女の成長した姿を見せてもらいましょう。そうそう、姿と言えば、その容姿はとても美しいですね。ヴィジュアル的にも楽しめるピアニストです。若手ではユジャ・ワンと並ぶ美形ピアニスト。どちらもアジア系というのが面白いなあ。以上はオジサンの要らぬ感想でした(笑い)。
後半のプログラムはドヴォルザークの交響曲第8番。これは思いっ切り楽しめました。先日の《わが祖国》ほどの絶対的なアンサンブルは感じませんでしたが、それでも弦の響きは最高です。やはり、ピアノでもフォルテでも響きが美しいのが見事です。第1楽章の冒頭から見事でしたが、もちろん、第3楽章の郷愁を誘うメロディーの美しさは秀逸でした。第4楽章のフィナーレの勢いと迫力にも痺れました。以前聴いたビエロフラーヴェクが指揮したときのドヴォルザークの交響曲第9番に肉迫するような演奏の出来でした。本来、そのビエロフラーヴェクの指揮する第8番が聴きたかったんですが、チェコ・フィルのメンバーと指揮のアルトリヒテルは急逝したビエロフラーヴェクに代わって、十分に役割を果たしてくれました。天国のビエロフラーヴェクもきっと満足してくれるでしょう。
今日のプログラムは以下です。
指揮:ペトル・アルトリヒテル
ピアノ:アリス=紗良・オット
管弦楽:チェコ・フィル
スメタナ:オペラ『売られた花嫁』序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」 Op.73
《アンコール》 ショパン:夜想曲第20番(遺作)嬰ハ短調「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」
《休憩》
ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調 Op.88, B163
《アンコール》
ドヴォルザーク:《スラヴ舞曲第2集》第7番ハ長調 Op.72 (B147)
ドヴォルザーク:《スラヴ舞曲第2集》第8番変イ長調 Op.72 (B147)
最後に今回の予習について、まとめておきます。
スメタナのオペラ『売られた花嫁』序曲はやはり、チェコ・フィルで聴いておかないとね。ちょっと古い録音ですが、さすがに本場ものの演奏を満喫させてくれました。
アンチェル指揮チェコ・フィル 1958年 スイスのアスコーナ ライヴ録音
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」は以下の3つ。
エドウィン・フィッシャー、フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管弦楽団 1951年2月 スタジオ録音
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、ジュリーニ指揮ウィーン交響楽団 1979年2月 ウィーン楽友協会大ホール ライヴ録音 LP
ルドルフ・ゼルキン、クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団 1977年10月 ミュンヘン・ヘルクレスザール ライヴ録音
いずれも最高の演奏。今まで聴かなかったのが悔やまれるほどの演奏です。フルトヴェングラーは堂々たる演奏で、これぞ皇帝という感じで決定的な演奏。エドウィン・フィッシャーも美しいピアノを聴かせてくれます。音質も最高です。ミケランジェリのピアノは切れ味、凄み、とても素晴らしいとしか言えません。ジュリーニがもうひとつかな。彼ならもっとやれた筈だと思います。フルトヴェングラーと比べたのがよくなかったかな。で、最高の1枚はゼルキン&クーベリックです。まず、クーベリックの指揮したバイエルン放送交響楽団の伸びやかで瑞々しい演奏の素晴らしいこと。さすがです。そして、ルドルフ・ゼルキンの美しいピアノには参りました。このとき、御年74歳ですが、まさに熟成のときを迎えていたようです。こんなに美しいピアノの響きを聴くことになるとは想像外でした。ルドルフ・ゼルキンの素晴らしさを再認識しました。これは全集盤ですから、ほかの第1~4番も聴いてみましょう。
ドヴォルザークの交響曲第8番は以下の2つ。
セル指揮チェコ・フィル 1969年8月 ルツェルン音楽祭 ライブ録音
クーベリック指揮ベルリン・フィル 1966年 セッション録音
ジョージ・セルがチェコ・フィルを指揮した貴重な録音ですが、演奏も素晴らしくて、愛聴盤です。これを超えるものはないと思って聴きました。しかし、ずっと聴かなかったクーベリックがベルリン・フィルを指揮した全集盤の1枚を聴いてみたら、その素晴らしさに圧倒されました。クーベリックの指揮が最高ですが、ベルリン・フィルがドヴォルザークをこんなに美しく演奏できるなんて思ってもみませんでした。全集盤の残りの演奏も聴かないといけなくなりました。
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