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ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 Op.57《熱情(アパッショナータ)》の名盤を聴く

明日、ミューザ川崎で小川典子のピアノ・リサイタルを聴くので、今更ですが、有名曲のベートーヴェンのピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 Op.57《熱情(アパッショナータ)》のCDをまとめて聴くことにしました。有名曲なので、膨大なCDがありますが、名盤と言われるものはすべて聴くことにします。特に名人の演奏は手に入る限りのCDをすべて聴くことにします。
それにしても、この曲はこれまでもずいぶん聴きましたが、今回まとめて聴くと、ベートーヴェンが中期の創作力がみなぎった時期に作り上げた大傑作であることを再認識しました。彼が持てる知性と情熱を最大限つぎこんだことが分かります。中期でこれに匹敵するのは交響曲第5番ハ短調《運命》と弦楽四重奏曲のラズモフスキーです。そういう大傑作ですから、ピアニストたちも並々ならぬ気持ちで演奏に臨んでいます。平凡な演奏など、一つとしてありません。いずれも彼らが知性と情熱の限りをつぎこんで、この作品と対峙していることが分かりました。また、ピアニストたちは確固としたコンセプトでこの作品を演奏しており、それぞれの個性を発揮しています。複数の録音を残しているピアニストたちはその初期の録音と続く後の録音でまったくコンセプトを変えていないことに驚きました。時間の経過で変わったのは演奏時間が伸びることだけです。もちろん、高齢で技巧は衰えている場合もありますが、代わりに心のこもった清澄な響きで聴くものの魂に語りかける演奏でカバーしています。いずれにせよ、若い頃と年齢を重ねた頃でコンセプト自体が変わっていないということは若い頃からこの作品に対して並々ならぬ思いで作品解釈を行っていたということなんでしょう。すべての名人たちがこの作品に強い情熱を傾けていたという事実に感銘を受けました。

聴いたCD、DVDは以下です。計33枚です。全集盤からと単発盤があります。


全集盤からの1枚(計15枚)

アルトゥール・シュナーベル 1933年録音 セッション録音 モノ
ヴィルヘルム・ケンプ  1951年録音 セッション録音 モノ
イーヴ・ナット 1954年録音 パリ、サル・アディアール セッション録音 モノ
ソロモン  1954年録音 セッション録音 モノ
フリードリヒ・グルダ 1957年録音 セッション録音 モノ
ヴィルヘルム・バックハウス 1959年録音 セッション録音 ステレオ
ヴィルヘルム・ケンプ  1964年録音 ハノーファー、ベートーヴェンザール セッション録音 ステレオ
クラウディオ・アラウ 1965年録音 セッション録音 ステレオ
フリードリヒ・グルダ 1967年録音 セッション録音 ステレオ
アルフレード・ブレンデル 1971年録音 セッション録音 ステレオ
エミール・ギレリス 1973年録音 ベルリン、イエス・キリスト教会 セッション録音 ステレオ (第32番を除く準全集盤)
クラウディオ・アラウ 1986年録音 セッション録音 ステレオ
アルフレード・ブレンデル 1994年録音 セッション録音 ステレオ
マウリツィオ・ポリーニ 2002年録音 ミュンヘン、ヘルクレスザール セッション録音 ステレオ
アンドラーシュ・シフ 2006年録音 セッション録音 ステレオ

単発盤あるいはソナタ集からの1枚(計18枚)

ルドルフ・ゼルキン 1947年録音 ニューヨーク、コロンビア30番街スタジオ スタジオ録音 モノ
ルドルフ・ゼルキン 1962年録音 ニューヨーク、コロンビア30番街スタジオ スタジオ録音 ステレオ
スヴャトスラフ・リヒテル 1959年録音 キエフ ライヴ録音 モノ
スヴャトスラフ・リヒテル 1959年録音 プラハ ライヴ録音 モノ
スヴャトスラフ・リヒテル 1960年録音 モスクワ ライヴ録音 モノ
スヴャトスラフ・リヒテル 1960年録音 ニューヨーク、カーネギーホール ライヴ録音 モノ
スヴャトスラフ・リヒテル 1960年録音 ニューヨーク、ウェブスター・ホール ライヴ録音 ステレオ
スヴャトスラフ・リヒテル 1992年録音 アムステルダム、コンセルトヘボウ ライヴ録音 ステレオ
クラウディオ・アラウ 1960年録音 ロンドン、スタジオ録音 モノ
クラウディオ・アラウ 1971年録音 イタリア、ブレシア ライヴ録音 モノ
クラウディオ・アラウ 1973年録音 ドイツ、シュヴェツィンゲン ライヴ録音 ステレオ
クラウディオ・アラウ 1983年録音 ニューヨーク、エヴリー・フィッシャー・ホール 80歳バースデーコンサート ライヴ録音 ステレオ DVD
クラウディオ・アラウ 1983年録音 ミュンヘン、ドイツ博物館 ライヴ録音 ステレオ
グレン・グールド 1967年録音 ニューヨーク、コロンビア30番街スタジオ スタジオ録音 ステレオ (全32曲のうち、22曲を録音)
ウラディミール・ホロヴィッツ 1972年録音 ニューヨーク セッション録音 ステレオ
マレイ・ペライア 1982年録音 セッション録音 ステレオ
アンドラーシュ・シフ 1996年録音 セッション録音 ステレオ
マウリツィオ・ポリーニ 2002年録音 ウィーン、楽友協会 ライヴ録音 ステレオ


いずれもベートーヴェン弾きが並んでいます。あえて、ベートーヴェン弾きと呼ぶのがためらわれるのはリヒテル、ホロヴィッツあたりでしょうか。2人は20世紀を代表するピアノの巨人ですね。そうそう、グレン・グールドは異端と呼んでもいいかもしれません。この中で存命中はマレイ・ペライア、アンドラーシュ・シフ、マウリツィオ・ポリーニだけですが、彼らも立派なベートーヴェン弾きだとsaraiは思っています。そのほかの11人は20世紀のベートーヴェン弾きたちです。全集を残していないのはルドルフ・ゼルキンだけですが、どうしてなんでしょう。商業主義に背を向けていたからかもしれません。聴けなかったピアニストもいます。代表格がワルター・ギーゼキング。何故か、縁がありません。モーツァルトとかドビュッシーでは欠くことができませんけどね。カッチェン、ブッフビンダー、ベルマン、ソコロフあたりも気になる存在ではあります。アシュケナージもいますね。そう言えば、女性ピアニストが一人もいないことに気が付きました。ピリスあたりは聴くべきかもしれません。愛するクララ・ハスキルはこの曲の録音が残っていません。彼女の《熱情(アパッショナータ)》はさぞや素晴らしかったことでしょう。残念ながら、レパートリーになかったようです。

それではピアニスト別に印象を述べていきます。ピアニストの最初の録音年が古い順でいきます。

まず、アルトゥール・シュナーベルですが、これは初めてのベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音です。1930年代の録音とは思えないほど、音質もよく、演奏も現在の我々が聴いても違和感がなく、惹き込まれる演奏です。もし、これしかCDがなかったとしても、これで十分、満足できそうです。

次いで、ルドルフ・ゼルキンです。ルドルフ・ゼルキンと言えば、これまで、アドルフ・ブッシュの若き伴奏者という印象が強かったんですが、楽器こそ違え、アドルフ・ブッシュのドイツ音楽の伝統を立派に継承している人ですね。アドルフ・ブッシュ同様、実にナイーヴな音楽を奏でます。美しいピアノの響きが耳に残ります。自然で無理のない音楽に心惹かれます。ウィーンで音楽を学んだことも底流にあるんでしょう。最近になって、彼の素晴らしさが分かってきました。1947年録音もよい音質です。1962年録音はさらによい音質なので、入手性で言えば、1962年録音を聴けばよいのかもしれません。カップリングの悲愴と月光はまだ聴いていませんが、よい演奏であることは確実でしょう。

ヴィルヘルム・ケンプのステレオ録音は昔からよく聴いてきた演奏です。変な言い方ですが、とても分かりやすい演奏です。どれか1枚と言えば、これを聴いていたら間違いないという感じに思えます。1951年のモノラル演奏もとてもよい音質の録音でステレオ録音にも負けていません。どっちを選んでも同じですが、これも入手性のいいのはステレオ録音のほうです。

イーヴ・ナットは後期ソナタを聴いて、本当に驚嘆しました。何と言うか、新鮮な演奏に接したときの喜びと感動を覚えました。今回、とても期待して聴きましたが、後期ソナタほどの出来には思えませんでした。でも、十分に素晴らしい演奏ではありました。期待が大き過ぎたのかもしれません。

逆にあまり期待しないで聴いたソロモンは何と何ととても素晴らしい演奏ではありませんか。ソロモンの株が急上昇です。

フリードリヒ・グルダのステレオ録音もケンプ同様に昔から聴いてきた演奏で、これもしっくりとくる演奏で何の文句もありません。1957年の古いモノラルの録音は今回、初めて聴きましたが、とても音質のよい録音で、演奏もステレオ録音のものと同様に素晴らしいです。勢いで言えば、古い録音のほうが上かもしれません。どちらもこれがウィーン風と言うのか、自然で肩から力が抜けたような演奏です。ずっと子供の頃から馴染んできた音楽をさらっと弾くという風情です。とりわけ、第2楽章の後半の変奏の美しさには舌を巻きます。これに匹敵できるのはブレンデルくらいかな。ブレンデルもウィーンのピアニストですね。

ヴィルヘルム・バックハウスは何となく相性の悪いピアニストですが、とっても立派な演奏です。でも、だから何?という印象はあります。

スヴャトスラフ・リヒテルは一連のライヴ録音を残しています。爆演かなと思って聴いたら、意外に繊細な感じもあります。モノラルのライヴ録音もそこそこの音質で鑑賞に十分に堪えます。どれも同じような演奏ですが、プラハのライヴあたりがよいでしょうか。有名なカーネギーホールのライヴもまあまあの音質で緊張感のある演奏です。素晴らしかったのはやはり、昔から代表盤として聴かれているカーネギーホールのライヴの後でRCAが録音したウェブスター・ホールのライヴ録音です。まるでスタジオ録音のような最高の音質でリヒテルらしいスケールの大きな演奏が聴けます。30年後のコンセルトヘボウのライヴ録音はさらに音質がよく、演奏時間は遅くなっていますが、とても美しい演奏です。晩年のリヒテルもこの曲のコンセプトは変わりません。プラハ、カーネギーホール、ウェブスター・ホール、コンセルトヘボウの4枚のライヴはリヒテルのファンならずとも聴き逃がせないところです。

次いで、ベートーヴェンと言えば、何と言っても、クラウディオ・アラウの新旧の全集録音がsaraiが一番好きな演奏です。ただし、この曲に関してだけはスローで溜めのきいた演奏は異質の演奏と言わざるを得ません。ある意味、聴きごたえはあるのですが、この曲の持つ颯爽としたところは微塵も表現されていません。アラウ自身ももちろん、承知の上での演奏なのでしょう。ライヴもすべて同じ表現になっています。ひとつだけ選ぶのなら、最後の全集録音が清澄な演奏で好きな演奏ではあります。ただし、じっくりと付き合って聴く覚悟は必要です。

で、問題の異端児、グレン・グールドです。これはありきたりの演奏に聴き飽きた人だけが聴くべきでしょう。第1楽章と第2楽章の天国的と言うか、歩みののろさには驚嘆するのみです。この遅さでどうピアノを弾くのか、聴いてみなければ、だれにも予測不可能でしょう。演奏はそれでも美しいんですから、やはり、天才なんでしょう。この曲の解釈は凡人のsaraiには理解不能ではあります。不思議に第3楽章だけは普通なのも変なところです。

アルフレード・ブレンデルですが、やはり、素晴らしいですね。聴いたのは2回目と3回目の全集からの演奏ですが、saraiも歳をとって、彼の素晴らしさが分かるようになった気がします。美しいタッチで正統的な演奏ですが、底流にはウィーンの音楽が流れています。ともかく、とっても美しいとしか表現できません。

20世紀の最高のピアニストだったウラディミール・ホロヴィッツはやはり、彼らしい硬質のタッチで見事な演奏を聴かせてくれます。しかもベートーヴェンを逸脱しているわけではなく、正統的な表現でもあります。録音が思ったほどはよくないのは何故でしょう。最新のリマスター盤とか、あるのかしら。

今回、33枚のCDを聴いて、最高に感銘を受けたのはエミール・ギレリスの演奏です。彼は本当に素晴らしいベートーヴェン弾きだったんですね。圧倒的な迫力と繊細さを兼ね備えた見事な演奏にはただただ、聴き惚れるだけでした。音質も最高です。この演奏を聴かずして、《熱情(アパッショナータ)》を語ることはできないでしょう。

マレイ・ペライアは本当に美しい演奏を聴かせてくれます。この繊細なタッチは何でしょう。ある意味、この曲の違った魅力を感じさせてくれます。若いころのペライアも魅力たっぷりですね。

アンドラーシュ・シフは今や現役最高のベートーヴェン弾きです。深い精神性、そして、何よりも美しい響きでシフの世界を作っています。この美しい音はどのように生み出しているんでしょう。全集盤も素晴らしいですが、古い録音はそれを上回る出来に思えます。ベートーヴェンのピアノ協奏曲のカップリングに録音したもののようですが、この時期からよっぽど、この曲を弾き込んでいたんでしょう。まあ、何を弾かせても素晴らしいですね。バッハからバルトークまで、大変なレパートリーと内容の深さを誇ります。現役最高のピアニストと言って、過言ではありません。

そして、最後は天才ポリーニです。彼は何を弾かせても凄いです。しかし、この曲の演奏はやはり、やり過ぎでしょう。リヒテルも足元にも及ばないような途轍もないような爆演です。とりわけ、全集盤はその録音の凄さも相まって、凄いの、何のって・・・。ウィーンでのライヴも凄いですが、こちらは少しはおとなしめなので、こちらがお勧めです。派手な演奏を聴きたいかたは全集盤が一番のお勧めです。まあ、saraiの趣味じゃありません。


こんなに男性ピアニストばかり聴きましたが、明日は女性の小川典子の演奏を聴きます。彼女は男性顔負けの力強い演奏をするので、どんな感じになるでしょうか。期待しましょう。



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首都圏の様々なジャンルのクラシックコンサート、オペラの感動をレポートします。在京オケ・海外オケ、室内楽、ピアノ、古楽、声楽、オペラ。バロックから現代まで、幅広く、深く、クラシック音楽の真髄を堪能します。
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