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束の間のウィーン:レオポルド美術館のクリムト再び、そして、シーレへ

2016年8月7日日曜日@ウィーン/7回目

レオポルド美術館Leopold Museumで絵画鑑賞中です。クリムト、ゲルストル、ココシュカと見てきました。

次はまた再び、グスターフ・クリムトです。ここにはクリムトが描いた肖像画が集められています。

これは「盲目の男」です。この手のクリムトの絵は珍しいですが、人間の内面までよく描かれています。

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これは「座る少女の肖像」です。この手のクリムトの絵も珍しいですね。ただ、クリムトらしくはないかな。精密で美しい少女の姿ではあります。

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これは名称不明ですが、先ほどの「盲目の男」そっくりですね。顔の部分をアップで描いたのかな。

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これは「少女の頭部の習作」です。

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これは「老いた男の肖像」です。

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レオポルド美術館はこんなクリムトの肖像画まで、よく収集していますね。
さて、先ほどのウィーン大学大講堂の天井画の三部作が復元展示されている部屋に戻ってきました。みなさん、さかんにカメラのシャッターを切っていて、なかなかの人気です。大変、貴重な展示です。

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いよいよ、この先はレオポルド美術館の至宝とも言えるエゴン・シーレの黄金のコレクションです。コレクションに先立って、シーレの写真があります。シーレのナルシズムっぽい写真もシーレの芸術の一つかも・・・。

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このナルシズム写真が何枚も続きます。

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見ているこちらが恥ずかしくなるようなポーズをとっています。でも、堂々とこういう自己アピールができてこそ、芸術家なのかな。

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この写真コーナーを抜けないと、シーレのコレクションを見せてくれません。挨拶がてら、じっくり、写真と対面させてもらいました。

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シーレは年代順の展示に変えられています。何となく、昔の展示のほうがよかったような気もしますが、やはり、年代順に見ていったほうが分かりやすいかもしれません。年代順に展示できるほどのコレクション量とも言えます。

最初の1枚はこの「装飾的な背景の前にある様式化された花」です。1908年、シーレ18歳ころの作品です。何となく、シーレの「ひまわり」を連想してしまいます。あれはこの3年後の1911年に描かれます。

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この挨拶代わりの作品のあとに、シーレの頭部の彫刻があります。フリッツ・ヴォトルバ作です。1917年のシーレだそうですから、シーレが亡くなる1年前ころの姿を表したものです。シーレは27歳ころですね。

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これは「膝まづいている少年」です。題名はちょっとひねってあり、ひまわりの花を少年の姿に見立てたもののようです。描いたのはシーレではなく、シーレやココシュカに多大の影響を与えたと言われているベルギーの彫刻家ジョルジュ・ミンヌです。この作品は明らかにゴッホのひまわりに影響を受けたものです。しかし、このひまわりは輝かしい花ではなく、枯れた花です。シーレのひまわりは同様ですね。シーレはゴッホに感化されつつ、さらにこのミンヌの影響も受けながら、その芸術的な感性を養ったのでしょう。そういう意味でここにミンヌの作品が展示してあるのではないかとsaraiは勝手に想像しました。もしかしたら、まったくの素人考えかもしれません。

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さて、このあとからシーレのコレクションの展示が始まります。1910年、シーレ20歳から、1918年、シーレ最晩年まで、シーレが駆け抜けていった芸術的変遷を見ていくことにしましょう。



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束の間のウィーン:レオポルド美術館のエゴン・シーレ 1910~1911年

2016年8月7日日曜日@ウィーン/8回目

レオポルド美術館Leopold Museumで絵画鑑賞中です。クリムト、ゲルストル、ココシュカ、そして、再びクリムトを見て、最後は真打ち登場です。

レオポルド美術館の至宝、エゴン・シーレです。

シーレのコレクションは年代順の展示になりました。1910年、シーレ20歳から、1918年、シーレ最晩年まで、珠玉のコレクションを見ていくことにしましょう。

「死する母Ⅰ」です。1910年、20歳の作品です。

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「晩秋の小さな木」です。1911年、21歳の作品です。

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「男と女」です。1911年、21歳の作品です。紙に描かれています。

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「モアMoa」です。1911年、21歳の作品です。紙に描かれています。踊り子モアはシーレのモデルであり、恋人でもありました。モデルの名前が絵のタイトルになっているのは珍しいですね。

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「まくれたスカートの黒髪の少女」です。1911年、21歳の作品です。紙に描かれています。卑猥ではありますが、これがシーレの前向きのエネルギーでした。このモデルもモアのようですね。

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「暴露」です。1911年、21歳の作品です。

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「死と男」です。1911年、21歳の作品です。

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「叙情詩人」です。1911年、21歳の作品です。正方形の画面です。

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「丘陵風景の中の家と壁」です。1911年、21歳の作品です。

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シーレのコレクションの展示室の中にブロンズの彫刻が置いてあります。これはもちろん、シーレの作品ではありません。20世紀ドイツを代表する彫刻家のヴィルヘルム・レームブルックの「ひざまずく女」です。1911年の作品です。シーレよりも9歳年上で、このとき、レームブルック30歳。パリに赴いていたときの記念碑的な作品です。

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このレームブルックの「ひざまずく女」とシーレの関係は分かりませんが、ふと、同じテーマで描かれたシーレの作品のことを連想しました。今日は展示されていないようですが、レオポルド美術館所蔵の「ひざまずく女のヌード」です。1910年、シーレ20歳の作品です。レームブルックの彫刻作品の前年に描かれたものです。

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さて、本日の展示に戻ります。

「カラスのいる風景」です。1911年、21歳の作品です。クルマウにあるガーデンハウスをシーレの心象風景にしたもののようです。クルマウ(Krumau)というのはチェスキー・クルムロフČeský Krumlov (チェコ語)のドイツ語での表記です。シーレの母親の出身地です。

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このカラスが登場したことについての関連説明があります。シーレはフランスの詩人アルチュール・ランボーの詩集のドイツ語訳を愛読していたそうです。その詩のひとつに「烏」Les Corbeauxという題名のものがあります。ドイツ語ではDie Rabenと訳されています。ここからシーレの心象風景は浮かび上がったようです。

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このランボーの詩は「初期詩篇」の中の最後の作品です。中原中也の日本語訳がありますので、ご参考までに。

神様! 牧場(ぼくじょう)が寒い時、
寂(さび)れたあちこちの村に
アンジェラスの鐘も鳴り止んで
見渡すかぎり花一つない時、
高い空から降ろしてやってください
あのなつかしいカラスたちを。

厳(いか)めしく叫ぶ奇妙な群れよ、
木枯らしは、君たちの塒(ねぐら)を襲撃した!
君たちは、黄ばんだ河に沿って
古い十字架が立っている道に、
溝や窪地に、
飛び散れよ、あざ笑え!

幾千となくフランスの野に
昨日の死者たちが眠っているそこに、
冬よ、ゆっくりとどまればよい、
そこを通る人々が敬虔な気持ちになるように!
君たちは慰霊の導き手となれ、
おお、わが喪服で正装した鳥たちよ!

だが、ああ、空にまします聖人たちよ、夕暮れ迫るマストのような
樫の木の高みにいる貴方たちカラスたち、
五月のホオジロを見逃してやってくれ
あれらは森の深みに繋がれて、
出ることも出来ずに草地に縛られて、
なす術も力もない仲間たちのために!


芸術家たちの偉大な邂逅がここに見られます。感銘を受けますね。

この先の展示は1912年、シーレ22歳ころになります。シーレは一段と芸術の高みに上っていきます。その人生の歩みの困難さに立ち向かいながらの一歩一歩です。



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束の間のウィーン:レオポルド美術館のエゴン・シーレ 1912~1913年

2016年8月7日日曜日@ウィーン/9回目

レオポルド美術館Leopold Museumで絵画鑑賞中です。レオポルド美術館の至宝、エゴン・シーレのコレクションを鑑賞しています。

年代順の展示されているシーレのコレクションを1911年、シーレ21歳ころの作品まで見てきました。ここからは1912年、シーレ22歳ころになります。ますます素晴らしい作品が登場します。

「隠者たち」です。1912年、22歳の作品です。モデルはシーレ自身と師匠のクリムトだと言われています。

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「喪服姿の女」です。1912年、22歳の作品です。

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「ゴルゴタの丘」です。1912年、22歳の作品です。宗教的なテーマの作品は珍しいです。

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「母と子」です。1912年、22歳の作品です。

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「揺れ動く大気の中の秋の木(冬の木)」です。1912年、22歳の作品です。

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「盛り上がった裸の肩の自画像」です。1912年、22歳の作品です。

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「枢機卿と尼僧」です。1912年、22歳の作品です。スキャンダラスな内容ですね。

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「ヴァリーの肖像」です。22歳の作品です。1912年、22歳の作品です。ヴァリーはシーレの裸体モデルを務めていた少女ヴァリー・ノイツェルです。このハチミツ色の金髪と青い目をもつ17歳の少女とシーレは1911年、同棲を始めました。紆余曲折はありますが、二人の関係はシーレが妻に迎えることになるエーディトと出会うまで続きます。

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「ほおずきの実のある自画像」です。1912年、22歳の作品です。上の「ヴァリーの肖像」と一対をなす作品です。シーレのヴァリーに対する愛情が感じられますね。

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「復活(墓場)」です。1913年、23歳の作品です。この絵は消失したそうで、これは白黒写真コピーです。そこまでして展示しているのは、この作品がシーレの転機になったものだからだそうです。1912年4月、シーレは14歳の家出少女を一夜、家に泊めたことを契機に警察に24日間にわたって拘留され、シーレの絵画も猥褻物として、裁判所に押収されるという事件が起きました。この精神的なショックから芸術家として復活したときの最初の作品がこれです。その名も墓場からの復活だとはね・・・。

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「クロイツベルクから見たドナウ川沿いのシュタイン(大)」です。1913年、23歳の作品です。同一題材で何枚かの作品があります。余程、シーレが気に入った風景だったのでしょう。

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「沈む太陽」です。1913年、23歳の作品です。正方形の風景画と言えば、クリムトの影響ですね。

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「ショールをまとった半裸の女性の後ろ姿(フラグメント)」です。1913年、23歳の作品です。

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この先の展示は1914年、シーレ24歳ころからになります。シーレの人生も残り5年しかありません。わずかな日々を駆け抜けるシーレの姿を目にしっかりと留めましょう。



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束の間のウィーン:レオポルド美術館のエゴン・シーレ 1914~1915年

2016年8月7日日曜日@ウィーン/10回目

レオポルド美術館Leopold Museumで絵画鑑賞中です。レオポルド美術館の至宝、エゴン・シーレのコレクションを鑑賞しています。

年代順の展示されているシーレのコレクションを1913年、シーレ23歳ころの作品まで見てきました。ここからは1914年、シーレ24歳ころになります。いよいよシーレの名作が登場します。

「盲目の母」です。1914年、24歳の作品です。

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「本のある静物画(シーレのデスク)」です。1914年、24歳の作品です。

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上のカンバスの裏には、「セミヌードの青年(自画像)」がうっすらと描かれています。1910年、20歳の作品です。
さらにその自画像の上に「グレイのシャツを着た裸の少年(自画像)」が描かれています。1910年、20歳の作品です。カンバスをずい分、使い回していますね。


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「海際の家々」です。1914年、24歳の作品です。

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「川沿いの家の壁」です。1915年、25歳の作品です。

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「こけらぶきの家(古い家Ⅱ)」です。1915年、25歳の作品です。

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「小さな町Ⅱ」です。1913年、23歳の作品です。この作品はチェスキー・クルムロフを描いたものですね。上の2枚もそうかもしれません。そのせいか、ここで展示順が狂って、2年前に描かれた作品が展示されています。ちなみに「海際の家々」もチェスキー・クルムロフの風景を海岸沿いの風景に置き換えているそうです。母親の出身地のチェスキー・クルムロフは恋人のヴァリー・ノイツェルと暮らした地でもあり、チェスキー・クルムロフの細い路地に並ぶ家々の風景を好んで取り上げました。しかし、決して、目に見える風景をそのまま描くのではなく、シーレの心の中で再構成された風景になっています。

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「二人の子供と母親Ⅱ」です。1915年、25歳の作品です。

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「ヴルタヴァ川に面したクルマウ(チェスキー・クルムロフ)」です。1915年、25歳の作品です。クルマウ(Krumau)というのはチェスキー・クルムロフČeský Krumlov (チェコ語)のドイツ語での表記です。

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「弓形の家々」です。1915年、25歳の作品です。これももちろん、チェスキー・クルムロフを描いたものです。

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「空中浮揚(盲目Ⅱ)」です。1915年、25歳の作品です。

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「ストライプのドレスで座っているエーディト・シーレ」です。1915年、25歳の作品です。この1915年、25歳のシーレには、彼の人生で最も重要な出来事がありました。エーディト・ハルムスとの結婚です。彼の画風もこれ以降、がらっと落ち着いたものに変わります。この結婚後、亡くなる3年間のシーレを作品をsaraiは最も愛しています。破天荒とも言えた画風が愛情に満ちたものに変わり、画面から滲み出る幸福感は見ているsaraiにも伝わってきて、ほのぼのとした気持ちにさせられます。この作品はその先駆けとも思えるものです。よほど新妻のエーディトへの愛情が深かったのでしょう。

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「母と子」です。1915年、25歳の作品です。まさにシーレ版の聖母子ですね。

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「自画像」です。1915年、25歳の作品です。自画像もどこか、精神面の落ち着きが感じられます。

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この先の展示は一気に1918年、シーレ28歳の最晩年になります。すべての作品が傑作揃いです。シーレとエーディトの若過ぎた死に思いをやると、涙なしには見ることができない作品ばかりです。



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束の間のウィーン:レオポルド美術館のエゴン・シーレ 1918年(最晩年)

2016年8月7日日曜日@ウィーン/11回目

レオポルド美術館Leopold Museumで絵画鑑賞中です。レオポルド美術館の至宝、エゴン・シーレのコレクションの鑑賞もいよいよフィナーレになります。

年代順に展示されているシーレのコレクションを1915年、シーレ25歳の作品まで見てきました。この後は一気に1918年、シーレ28歳の最晩年になります。それはシーレがエーディトとの結婚の3日後、勃発していた第一次世界大戦のためにオーストリア=ハンガリー帝国軍に召集されたことで、絵画制作活動が休止に追い込まれたことによります。しかし、従軍後、芸術家としてのシーレの経歴が考慮されて、シーレは前線に出ることはなく、この従軍期間はさらなる芸術的飛躍のための準備期間となります。1917年にウィーンに転属となると、シーレは事実上、制作活動を再開します。そして、1918年、シーレの最晩年になります。

「3人の裸の女」(未完)です。1918年、28歳の作品です。モデル(中央)は妻のエーディトですね。

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「うずくまる2人の女」です。1918年、28歳の作品です。モデルはダブルで愛妻のエーディトですね。最晩年の作品はどれをとっても傑作揃いです。

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「うずくまる2人の男(ダブルの自画像)」です。1918年、28歳の作品です。愛妻のエーディトをダブルで描いた「うずくまる2人の女」と一対をなす作品です。以前、恋人のヴァリーとの一対の作品を描いたことが思い出されます。今回はダブルで描いたことで、エーディトへの強い愛情を示しました。

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こんな風に2枚の作品は並べて展示されています。当然ですね。

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最後に見たのは「横たわる女」です。1917年、27歳の作品です。最晩年の前の年の作品です。ちょっと印象は異なりますが、これもモデルは妻エーディトでしょう。軍務の合間に描いたようです。

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最晩年の部屋は傑作の作品が並んでいて、素晴らしいです。特に妻エディットをモデルにした作品がsaraiのお気に入りです。ベルヴェデーレ宮殿Schloss Belvedereにあるオーストリア・ギャラリーÖsterreichische Galerie Belvedereに展示されているシーレ最晩年の傑作群と合わせて、シーレの最晩年の作品は感動的です。

最後の最後は死の床に横たわるシーレの写真です。第1次世界大戦のころに流行したスペイン風邪でシーレの子供を身籠った妻エーディトが1918年10月28日に死去。シーレも同じ病に倒れ、3日後の10月31日にエーディトの後を追うように亡くなりました。そう言えば、5日前がシーレの命日でしたね。そして、来年はシーレの没後100年になります。合掌!

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エゴン・シーレの展示室の様子を最後に見ながら、レオポルド美術館の鑑賞を終えます。

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ここで、もう午後2時過ぎです。あと2時間ほどで帰国のために空港に向かわないといけません。最後のお楽しみのためにムゼウムシュクヴァルティアーMuseumsQuartierの地下駅から地下鉄で移動します。

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さあ、最後はこれしかありません。再び、ケルントナーシュトラーセKärntner Straßeのカフェ・ハイナーCafe heinerに戻って、今度は美味しいケーキをいただきます。saraiはザッハートルテをミット・シュラーク(ホイップした生クリーム付き)でいただきます。カフェ・デーメルほどではありませんが、ここのザッハートルテも美味です。

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配偶者は、中央にこってりとしたチョコレートが詰まったケーキ(マルツィパンカルトッフェル)。

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紅茶は、とってもしっかり淹れてあり、芳醇な味わいです。それにポットで注文した紅茶はカップでたっぷり5杯分はあります。ちょっともてあますほどの分量です。二人でポット1つでよかったかも。

さきほどのウェートレスのおばさん(ここはみなチロル風の民族衣装を着ています)がまた来たのって感じでsaraiたちに笑いかけます。会計は今度はキャッシュでテーブル席で払おうとすると、あら、クレジットカードじゃなかったのってまた笑っています。もう、これでヨーロッパを離れるので余っているキャッシュを使ってもいいんです。全部で18.2ユーロ。2千円ちょっとです。まあ、リーズナブルな料金でしょう。

カフェ・ハイナーでゆっくりしていたので、もうすぐ4時です。ウィーンの最後はケルントナー通りを散策します。いつもこの通りは賑やかです。

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やがて、懐かしいウィーン国立歌劇場が見えてきます。そう言えば、ここでオペラを見たのはもう去年の6月のことです。ここでオペラを見るのは来年以降になります。

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右手のほうにはホテル・ザッハーが見えます。

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この夏の時期はウィーン国立歌劇場も楽友協会もお休みです。大きな横幕で、観光客向けのモーツァルト・コンサートをウィーン国立歌劇場と楽友協会でやっていることを告知しています。

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ウィーン国立歌劇場を横目に見ながら、通り過ぎます。

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来年はウィーンに来ることができるかな。ここ5年以上も毎年、ウィーン詣でをしていました。今年は束の間の滞在に終わってしまったので、来年こそはと思っているんですが。



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長かった旅も完了!! 涼しいヨーロッパから帰った日本の夏は暑かった!

2016年8月7日日曜日@ウィーン~成田/12回目

ウィーンの旧市街の散策を終えます。最後にウィーン国立歌劇場Wiener Staatsoperの建物を見ながら、カールスプラッツKarlsplatzの地下駅に降りていきます。

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ほんの5時間ほどの短いウィーン滞在でした。これまでのウィーン訪問の中で、もちろん最短の滞在になります。

カールスプラッツからUバーンでウィーン・ミッテWien Mitte駅に移動します。ウィーン到着時、このウィーン・ミッテ駅のシティ・エアー・ターミナルでオーストリア航空のチェックインは済ませてあります。そのときの模様をご紹介していませんでした。これがシティ・エアー・ターミナルです。

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空いているので、すぐにチェックインできて、スーツケースを預けました。これはsaraiのスーツケース。23kgです。ベリーヘビーですね。

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配偶者のスーツケースは13kg。軽いですね。

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これはボーディングパス。オーストリア航空の色、赤で縁取られています。

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以上は朝のウィーン・ミッテ駅のシティ・エアー・ターミナルでのチェックインの様子でした。

今度はチェックイン済なので、ウィーン・ミッテ駅から直接、ウィーン・シュベヒャート空港Flughafen Wien-Schwechat行きのCAT(シティ・エアポート・トレイン)に乗ります。CATは空港行きの直行電車です。東京の成田エキスプレスみたいなものですね。このCATのチケットは既にネットで購入済です。

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このチケットは指定券ではないので、どの電車にも乗れます。予定の電車より一本早い電車で空港に行きます。30分早い電車です。車内は空いています。いつもは料金の安いSバーンに乗りますが、やはり、少し贅沢すると、楽ですね。

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地下のトンネルを走り出しますが、すぐに地上に出ます。

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しばらくは市街地を走りますが、この建物あたりから先は郊外になります。

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やがて、中央墓地Wiener Zentralfriedhofの煉瓦塀の前を走ります。

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長い煉瓦塀が続きます。塀の向こうにはずらっとお墓が並んでいます。

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たった16分ほどでウィーン・シュベヒャート空港に到着です。ずい分、早く着いてしまいました。ちょっと余裕があるとろくなことはありません。空港内のお店で、ワインやチーズを買ってしまいます。まあ、お土産はほとんど買わなかったので、この程度はいいかな・・・。
早めに搭乗口に到着。成田行きのオーストリア航空機はスタンバイしています。

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定刻に搭乗。お気に入りの窓際の席に座った配偶者は早速、窓からの写真を撮っています。お隣もオーストリア航空機ですね。

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ちょっと定刻よりも遅れて離陸した飛行機はドナウ川の上を飛びます。

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大きなドナウ川に沿って、ぐんぐんと高度を上げていきます。お天気は快晴。まさに飛行日和です。

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下に見える大平原には、無数の風力発電ユニットが並んでいます。環境立国のオーストリアらしい風景です。

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ドナウ川は蛇行しています。ドナウ渓谷のあたりでしょうか。

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どこまでもドナウ川の上を飛んでいきますが、このあたりが見納めのようです。さらば、ドナウ。さらば、オーストリア。

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豊かな大平原の真っ只中を飛んでいきます。

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やがて、山がちな風景に変わります。ドイツにはいったようです。これでヨーロッパともしばしのお別れです。また、来年の予定を立てましょう。

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食事の時間です。まずはおつまみとスパークリングワインをいただきます。

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食事はいつも通り、2種類いただいて、配偶者とシェアします。これはトマスソースのペンネです。なかなか美味しいです。

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これはウィンナーシュニッツェルならぬ、何と何とカツライスです。久しぶりに白米ご飯が食欲を誘います。一気に食べてしまいます。

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映画を見たりしているうちにぐっすりと寝込んでしまい、気が付くと、日本海に出ます。成田空港に定刻より30分ほど早く無事に着陸。お昼ちょっと前です。着陸した後、飛行機は誘導路を遠くまで移動してボーディングブリッジまで15分ほどもかかります。空港の設計がおかしいのではないかと思います。台風が来ているとかで心配しましたけど、雲が厚かった程度で何事もありませんでした。
荷物を持って帰るのも面倒なので、クレジットカードの無料配達サービスを利用して送ることに・・・。うまくすればその日の夕方には届くけど、今回は明日の午前中着ということです。別に急がないしね。いいでしょう。配達してもらう荷物を整理していると、近くで2人の男女のヨーロッパ系の外国人が、おにぎりとサーモンのお寿司を食べてます。外国人も日本に着くと、こういうものを食べるのね。我々はとりあえず、電車に乗って自宅に向かいます。自宅の最寄り駅に着いて、駅前でてんぷら蕎麦を食べます。これが日本でないと食べられない味です。成田空港から自宅へは京成・都営・京急で延々3時間ぐらいかけて、のんびりの帰宅です。これで長い旅も完全に完了です。

日本の8月は夏真っ盛り。蒸し暑い風が吹いてます。この風のおかげで、少々暑さがしのげますが、涼しいヨーロッパから戻った体には厳しいです。


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新シリーズ準備中・・・乞、ご期待

フランス/ノートルダム大聖堂・チロル・ザルツブルグ音楽祭の旅は遂に長期連載を完結。今年始めから連載を始めて、何と10か月にわたる長ーい記事になりました。お付き合いいただいた読者の方々に御礼を申し上げます。

さて、次なる連載はようやく、今年の北イタリア・アルプス・ザルツブルグ音楽祭の旅です。盗難事件に始まる波乱の幕開けの旅です。生憎の雨のアルプス、感動のザルツブルグ音楽祭、R・シュトラウス/マーラー詣で、いつもの温泉体験など、盛りだくさんな話題をお届けします。

旅の資料を整理しながら、ブログ記事の準備中です。でも、すぐに悲しいPC盗難事件を思い出します。イタリアに行くと、必ず、こういうトラブルに巻き込まれるのは何故でしょう。よほど相性が悪いのでしょうか。ともあれ、ここ数日のコンサート通いの終わった後、この新シリーズをスタートさせます。また、長ーいお付き合いをお願いします。

下にある《人気ブログランキング》への投票も忘れずにお願いします。最近、《人気ブログランキング》のカテゴリーを少し変えました。これまではヨーロッパ部門だけでしたが、新たにクラシック音楽部門も加えて、それぞれ50%の割合にしました。ご了承ください。



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感動!シベリウス:クレルヴォ交響曲 リントゥ&東京都交響楽団@東京文化会館 2017.11.8

感動しました。フィンランド独立100周年を記念したコンサートでしたが、期待を上回る素晴らしい演奏でした。まず、讃えたいのはハンヌ・リントゥのダイナミックな指揮です。オーケストラと合唱を鼓舞するかのように激しく体を動かしながら、熱く音楽を盛り上げます。それに応えた都響はあくまでも精密なアンサンブルを崩しません。まるで室内オーケストラのような緻密な響きを聴かせてくれました。ふと頭によぎったのは、ベルグルンド&ヨーロッパ室内管弦楽団のシベリウス交響曲全集です。あれは素晴らしい最高の演奏でした。ただ、残念だったのはこのクレルヴォ交響曲が全集に含まれていなかったことです。しかし、まるでそのベルグルンド&ヨーロッパ室内管弦楽団がクレルヴォ交響曲を演奏しているかのような今日の演奏です。精密で切れのあるシベリウス。そして、生き生きと躍動している音楽です。さらに第3楽章からはフィンランドからやってきたフィンランド ・ポリテク男声合唱団の澄んだ歌声が加わります。メゾソプラノのニーナ・ケイテルとバリトンのトゥオマス・プルシオも完璧な歌唱で見事です。第3楽章終盤のケイテルの歌唱には鳥肌が立ちます。クレルヴォの妹役の彼女が歌い終えて、一瞬の静寂があります。まさにこの瞬間、クレルヴォと結んではいけなかった関係を持った妹は絶望のあまり、急流に身を投げて、命を絶ったことを悟らされます。そして、クレルヴォ役のプルシオが悲痛に満ちた雄叫びのような圧倒的な歌唱で続きます。怒涛のような音楽に大変な感銘を受けました。最後の第5楽章は熱いオーケストラの響きに精妙な男声合唱が加わり、次第にヒートアップしていきます。圧倒的なフィナーレに深く感動しました。都響の精密で切れのいいアンサンブルに本場のフィンランドからの指揮者と声楽が加わった演奏は滅多に聴けない素晴らしさでした。多分、もう2度と聴けない最高のクレルヴォ交響曲でした。この場にいれて、実に幸運でした。

さらにまだ、予告されたアンコールという前代未聞のものが演奏されます。男声合唱付きの交響詩《フィンランディア》です。これは痺れました。何て熱い演奏なんでしょう。本場のオーケストラでもこういう熱い演奏はしないでしょう。指揮のリントゥと都響が一体になって熱い音楽を繰り広げます。そして、後半は男声合唱が加わり、感動的に音楽が盛り上がっていきます。未曽有のフィナーレでした。さきほどのクレルヴォ交響曲と同様の素晴らしい演奏でした。

今日のプログラムは以下のとおりでした。

  指揮:ハンヌ・リントゥ
  メゾソプラノ:ニーナ・ケイテル
  バリトン:トゥオマス・プルシオ
  男声合唱:フィンランド ・ポリテク男声合唱団
  管弦楽:東京都交響楽団

  シベリウス:クレルヴォ交響曲 op.7

   《予告付きアンコール》

   シベリウス:交響詩《フィンランディア》 op.26(男声合唱付き)

こんな素晴らしい音楽を聴かせてくれる都響に感謝します。が、都響の来年度のプログラムのあまりの魅力のなさは如何ともしようがありません。8年間続けてきた定期会員の継続は見送ることに決めました。来季からは読響と東響に鞍替えします。今年度の都響のコンサートは魅力的なものがまだ続きます。来年3月のインバルの指揮によるコンサートで永年の関係も終止符を打ちます。また、都響の会員に復帰できるようにプログラムの魅力アップに取り組んでください・・・。



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偉大なる“平凡”・・・カヴァコス、ブロムシュテット&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団@横浜みなとみらいホール 2017.11.09

ブロムシュテットは別に特別な表現をしているわけではありません。たんたんと楽譜にしたがって、音楽を積み重ねていくだけです。90歳という年齢に達して、枯れた表現になっているのではなく、彼のスタイルは以前から、こうでした。平凡と言えば、平凡なのかもしれませんね。昔のsaraiなら、こういう演奏を聴いて、格別に感銘は受けなかったでしょう。ブロムシュテットが年齢を重ねたと言うよりも、saraiが年齢を重ねたということなのでしょう。音楽に対して、受容できる幅が広くなりました。ブロムシュテットの“平凡”はsaraiにとって、言わば、偉大なる“平凡”とでも言うのでしょうか・・・その何でもないような普通の演奏の底に深い精神世界が垣間見えるような感じです。後で触れますが、もちろん、フルトヴェングラーのような超天才指揮者のあり得ないような演奏があることは分かっていますが、それでも今日のようなシューベルトはなかなか聴けるようなレベルの演奏ではありません。
第1楽章はもうひとつの感じで始まりましたが、コーダに至っては大変な盛り上がりです。ここで誰も拍手しないのは当たり前とは言え、心の中では大拍手です。素晴らしかったのは第2楽章。これこそ、タイトルの通り、「ザ・グレート」です。(交響曲第6番ハ長調が小ハ長調で、この交響曲第8番ハ長調が大ハ長調と区別するために「ザ・グレート」と名付けられていることは分かっていますが、長さだけでなく、内容的にも偉大な作品だとsaraiは思っています。)シューベルトの長大な作品に対してよく言われるように、天国的な美しさが滲み出るような素晴らしい演奏です。うっとりという気持ちを通り越して、強い感銘を受けます。第3楽章も分厚い響きで迫力のある演奏です。トリオはまた美しい舞曲が魅惑的に響きます。そして、圧巻だったのは第4楽章です。これぞ、ロマンの極みという素晴らしい演奏です。シューベルトの面目躍如たる、懐かしくも美しいメロディーが次々と現れますが、その演奏はパーフェクトです。美しさだけでなく、わくわくするような生命感に満ち溢れています。来たるべきシューマンの交響曲やブラームスの交響曲の出現を予感させるような、ロマン派の交響曲の誕生を告げる内容に心が沸き立ちます。そして、感動のフィナーレです。とっても、とっても、満足しました。

前半のブラームスも素晴らしい演奏でした。カヴァコスのヴァイオリンが美しさと精神性の両面を兼ね備えていることに驚愕しました。以前聴いたときには、もっと荒っぽい表現で外面的な効果を強調していたような記憶があります(シマノフスキーのヴァイオリン協奏曲第2番だったので、作品の印象とごっちゃになったのかもしれません。)。今日は静謐な美しさが漂う見事な演奏でした。ブロムシュテットの音楽ともぴったり合っている感じで、大満足の演奏でした。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
  ヴァイオリン:レオニダス・カヴァコス
  管弦楽:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

  
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調op.77
     ※ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(指揮:ブラームス・ヴァイオリン独奏:ヨアヒム)により1879年1月1日初演

     《アンコール》 J.C.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調 BWV1004より、第3曲サラバンド

     《休憩》

    シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調D.944「ザ・グレート」
     ※ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(指揮:メンデルスゾーン)により1839年3月21日初演


今回の予習はシューベルトは以下のCDを聴きました。

 1951年 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ベルリン、イエス・キリスト教会 セッション録音
 1979~81年 ヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン ドレスデン、ルカ教会 セッション録音

フルトヴェングラーのCDを聴いて、腰を抜かしそうになりました。フルトヴェングラーの指揮するベートーヴェンの交響曲を上回るのではないかと思うような素晴らしさで、この曲の真髄を教えられました。天才シューベルトの音楽を天才フルトヴェングラーが演奏するとこうなるのねって感じです。シューベルトの底知れぬ魅力に今更ながら、目覚めました。音質も最高です(MEMBRANのフルトヴェングラー大全集(107枚))。ベートーヴェンの交響曲第9番はフルトヴェングラーが余人の追随を許しませんが、同様にこのシューベルトの交響曲第8番も最高です。すべてのCDを聴いたわけではありませんが、こんな演奏は誰にも真似できないでしょう。
ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデンのシューベルト交響曲全集は目下、saraiの一番のお気に入りのシューベルトの交響曲のCDです。今日のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団はそのシュターツカペレ・ドレスデンに優るとも劣らないレベルの演奏だったのにびっくりです。

ブラームスは以下のCDを聴きました。

 1949年 イェフディ・メニューイン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ルツェルン祝祭管弦楽団 セッション録音
 1948年 ジネット・ヌヴー、ハンス・シュミット・イッセルシュテット指揮北西ドイツ放送交響楽団 ハンブルク・ムジークハレ、ライヴ録音
 1974年 ナタン・ミルシテイン、オイゲン・ヨッフム指揮ウィーン・フィル

フルトヴェングラーの演奏はやはり破格です。まるでブラームスの交響曲を聴いているようです。精神性の高い演奏でメニューインのヴァイオリンも格調が高いものです。世評に高いヌヴーのヴァイオリンは熱い演奏です。これ以上の濃厚なロマンはあり得ないでしょう。イッセルシュテット指揮北西ドイツ放送交響楽団も素晴らしいです。ミルシテインは彼らしい美しい響きですが、もうひとつ乗り切れていないかな。ヨッフム指揮ウィーン・フィルは美しい演奏です。

ところで、今日の演奏曲目はいずれもライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が初演したものです。凄いですね。さらに私事ながら、いずれの曲もsaraiの今年のヨーロッパ遠征で訪れた地で作曲されたものというつながりもあります。ブラームスはクラーゲンフルト近くの保養地、ヴェルター湖畔の町ペルチャッハで作曲されました。マーラーの作曲小屋がヴェルター湖畔にあるので訪れましたが、ついでにヴェルター湖の観光船に乗って、このペルチャッハも訪れました。ただ、真夏の盛りで暑かった! シューベルトはザルツブルク近くのチロルの温泉地バート・ガシュタインで作曲されました。saraiはそんなことは今日まで気が付きませんでした。単にチロルの温泉に入りたかったので訪れたんです。大変、風光明媚なところでした。いずれも偶然です。



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北イタリア・アルプス・ザルツブルグ音楽祭の旅の旅を開始

2017年7月19日水曜日~8月7日月曜日@イタリア~スイス~ザルツブルク

2017年のヨーロッパの旅の詳細編を開始します。既に3か月ほど経過していますが、新たな気持ちで書き進めます。よろしくお付き合いください。

今回の旅のテーマは何と言っても昨年に引き続き2度目のザルツブルク音楽祭に行くことです。今回もそれだけだと何なので、前半は旅を楽しみます。その旅のテーマは北イタリアの町を訪問することとスイス・アルプスを歩くことです。ザルツブルク音楽祭の間もいくつかの小旅行を楽しみます。

まずは旅のルートを地図で確認しておきましょう。

羽田空港から出発して、まずはパリ経由でミラノに到着。鉄道でヴェローナに移動しますが、ここで大事件発生。それにめげずにヴェローナで野外オペラ鑑賞。
ミラノに戻り、ミラノを起点に、トリノ、クレモナを巡ります。
次にスイス・アルプスに向かいます。ベリンツォーナに移動し、そこからゴッタルド・パノラマ・エキスプレス(旧ウィリアム・テル急行)でルツェルンに移動します。
ルツェルンからユングフラウヨッホに行き、スイス・アルプスを満喫。グリンデルヴァルト経由でメンリッヒェン山頂のホテルに移動して、宿泊。
翌日はメンリッヒェンからクライネシャイデックまでハイキングし、再び鉄道でグリンデルヴァルトへ行き、街散策。インターラーケンの町に立ち寄って、ルツェルンに戻ります。
ルツェルンでピラトゥスに上って眺めを楽しむ筈だったのですが・・・。
最後は一気にザルツブルクまで移動してザルツブルク音楽祭で音楽三昧。
途中、ガルミッシュ=パルテンキルヒェンに小旅行して、ヴィース巡礼教会、ドイツ最高峰のツークシュピッツェ山頂を巡ります。
また、バード・ガスタインで温泉を楽しみ、ヴェルター湖でマーラーのマイヤーニック作曲小屋、ブラームスゆかりのペルチャッハを巡ります。
最後はミュンヘンからパリ経由で羽田空港に戻ります。

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具体的な日程は以下の20日間の旅になります。ヴェローナ1泊、ミラノ1泊、ベリンツォーナ1泊、ルツェルン1泊、メンリッヒェン山頂1泊、ルツェルン1泊、ザルツブルグ5泊、ガルミッシュ=パルテンキルヒェン1泊、ザルツブルク5泊です。

1~2日目はミラノ経由でヴェローナ到着後、ヴェローナ宿泊。
 7月20日 ヴェローナの町を散策(の筈でしたが・・・)。ヴェローナ野外音楽祭でオペラ鑑賞。

3~4日目はトリノ、クレモナを観光し、スイスのベリンツォーナへ。ミラノ宿泊。
 
 7月21日 トリノの町を初訪問。たっぷりと街散策。
 7月22日 クレモナの町を初訪問。たっぷりと街散策。カラヴァッジョの2作品も鑑賞。その後、ベリンツォーナへ。ベリンツォーナ宿泊。

5~8日目はスイス・アルプスとルツェルン楽しみます。ルツェルン宿泊。メンリッヒェン山頂宿泊。ルツェルン宿泊。

 7月23日 ベリンツォーナの町をたっぷりと散策。ゴッタルド・パノラマ・エキスプレス(旧ウィリアム・テル急行)でルツェルンに移動し、ルツェルンの町を初訪問。たっぷりと街散策。
 7月24日 インターラーケン~クライネシャイデック~ユングフラウヨッホと移動し、スイス・アルプス初体験。その後、グリンデルヴァルト経由でロープウェイでメンリッヒェン山頂のホテルに移動して、宿泊。
 7月25日 メンリッヒェンからクライネシャイデックまでハイキングし、再び鉄道でグリンデルヴァルトへ行き、街散策。インターラーケンの町に立ち寄って、ルツェルンに戻ります。ルツェルン宿泊。
 7月26日 ピラトゥス山に登頂の筈だったのですが・・・。その後、一気にザルツブルクまで移動して、ザルツブルグ宿泊。

9~19日目はザルツブルク音楽祭。ザルツブルク宿泊。途中、数度、小旅行

 7月27日 シフ・ピアノ・リサイタル1
 7月28日 ハイティンク指揮ウィーン・フィル(マーラー:交響曲第9番)
 7月29日 モーツァルト・マチネ1 シフ・ピアノ・リサイタル2
 7月30日 ハイティンク指揮ウィーン・フィル(マーラー:交響曲第9番) モーツァルト:オペラ《皇帝ティトの仁慈》
 7月31日 ヴィース巡礼教会を見て、ガルミッシュ=パルテンキルヒェンでR・シュトラウスのお墓と山荘を詣でて、ガルミッシュ=パルテンキルヒェン宿泊。
 8月1日 ツークシュピッツェ鉄道でツークシュピッツェ登頂。夜はザルツブルクへ戻り、ソコロフ・ピアノ・リサイタル
 8月2日 シフ・ピアノ・リサイタル3
 8月3日 バード・ガスタインで温泉を楽しみ、夜はガランチャ・メゾソプラノ・リサイタル 
 8月4日 ヴェルター湖へ日帰り旅行。マーラーのマイヤーニック作曲小屋、ブラームスゆかりのペルチャッハを巡ります。ヴェルター湖の観光船にも乗ります。
 8月5日 モーツァルト・マチネ2 ショスタコーヴィチ:オペラ《ムチェンスク郡のマクベス夫人》
 8月6日 ネルソンズ指揮ウィーン・フィル その後、ミュンヘンに鉄道で移動し、パリ経由の便で帰国の途。

20日目に羽田空港に帰着。

さあ、新たな旅の始まりです。


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抒情美を極めた巨匠の《悲愴》フェドセーエフ&チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ@宮崎芸術劇場 2017.11.11

フェドセーエフ指揮チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラによるチャイコフスキーの交響曲第6番ロ短調「悲愴」をちょうど、5年ぶりに聴きます。同じコンセプトによる演奏になるのかと思っていたら、全然、違いました。5年前に聴いたときの感想の記事はここです。
今日の演奏はある意味、オーソドックスな解釈の演奏で、5年前の実に個性的だった演奏とは違っています。もう、最初の第1楽章から、抑えた表現ではなく、全開モードの演奏が繰り広げられます。その抒情を極めた美しさは見事なもので実に魅惑されます。5年前に比べて、オーケストラのアンサンブルも整っています。オーケストラの響きは前回以上にロシア的な響きを離れて、西欧のオーケストラの響きと同様なモダンなものになりました。オーケストラの配置は対向配置で伝統的なロシアのオーケストラと同じですが、低音部の響きも軽くなり、高音弦のきらめきも美しくなりました。この5年間にアンサンブルの強化が図られたようです。フェドセーエフ自体も年齢を5つ積み上げて、高齢の85歳になりました。以前の快速フェドセーエフと呼ばれた頃からはスタイルを変えて、よりオーソドックスな演奏で音楽の美しさや抒情性を追求するようになったのでしょうか。少なくとも、今日の演奏ではそう思われてなりません。巨匠の音楽の集大成にかかったのでしょうか。そういう意味では、フェドセーエフのチャイコフスキーは最終の高みにさしかかったという強い印象を持ちました。第1楽章から第2楽章は抒情美の極み、第3楽章は劇的な盛り上がり、そして、圧巻だったのは第4楽章の感涙を誘うような、精神性の高い演奏です。以前も第4楽章は絶望感だけに陥るような弱々しい表現ではなく、言わば、雄々しい雄叫びのような表現でしたが、今回はそれに磨きがかかって、胸も張り裂けんばかりの叫びが抒情性に満ちた美しい響きで表現されました。終始、強い感銘を受け続けて、感動に至りました。大変、素晴らしい演奏であったと思います。しかし、これが終着点ではないような気がします。5年後、90歳になったフェドセーエフはどんな白鳥の歌を聴かせてくれるでしょう。強い期待感を持って、待っていましょう。大変な音楽が聴けるような予感がします。

前半の最初の2曲は当初のプログラムでは告知されていなかった曲目です。これはチャイコフスキーのピアノ曲からの編曲です。saraiも原曲のピアノ曲しか聴いたことがありません。編曲は当オーケストラ(旧称モスクワ放送交響楽団)で音楽監督をしていたアレクサンドル・ガウクです。1958年にモスクワ放送交響楽団を率いて、来日したこともあるそうです。編曲は木管を巧みに取り入れたメランコリックなものに仕上がっていました。あのオペラ《エフゲニー・オネーギン》の憂鬱さを思い出させるようなもので、それをフェドセーエフは見事に演奏しました。

前半の最後は三浦文彰のヴァイオリンによるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。実は5年前に来日したプラハ・フィルとの共演で三浦文彰のヴァイオリンによるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聴いたことがあります。そのときの記事はここです。そのとき、彼はまだ十代でした。既にヴァイオリンの響きはとても美しいものでしたが、演奏はときに若さを露呈するものではありました。しかし、前途有望な可能性を秘めた演奏であったことを覚えています。それから、5年、二十代の半ばに差し掛かった三浦文彰のヴァイオリンは成熟し、響きはさらに甘さを加えて、魅惑的なものに成長。とても安定感のある演奏で、音楽性も高いものになりました。そういう彼のヴァイオリンを60歳も年長のフェドセーエフは優しくサポートし、ときにはインスパイアしながら、美しい演奏を繰り広げてくれました。とっても満足できる演奏でした。もちろん、課題がないわけではありません。これだけの魅惑的な響きを獲得した今、若い三浦文彰は安定した演奏という居心地のよい場所に身を置くべきではなく、さらなる高みを目指して、チャレンジャブルな演奏で、もがき苦しむ時期なのではないでしょうか。今日の演奏は安定した美しさに満ちていましたが、わくわくするようなスリルには欠けていたように感じます。もっと成長していく過程を見せてくれるように、1音楽ファンとしては期待するのみです。青年は荒野を目指し、世界を征服する気概で挑戦を続けてくださいね。ちなみに、彼のヴァイオリンを初めて聴いたのは彼が16歳の少年のとき。共演したオーケストラのコンサートマスター席に座っていたのはお父さんの三浦彰広でした。2009年のハノーファー国際コンクールで優勝した直後のことでした。弾いたのはサン=サーンスの《序奏とロンド・カプリチオーソ》でした。以来、何かと気になる存在です。

プログラムは以下です。

  指揮:ウラディーミル・フェドセーエフ
  ヴァイオリン:三浦文彰
  管弦楽:チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ

  チャイコフスキー:『四季』Op.37bより (アレクサンドル・ガウクによる管弦楽編曲)
             10月 秋の歌
             11月 トロイカ
  チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35

   《アンコール》 パガニーニ:「うつろな心」変奏曲 より

   《休憩》

  チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調 「悲愴」Op.74

   《アンコール》

     チャイコフスキー:「白鳥の湖」Op.20a より“スペインの踊り”
     スヴィリードフ:「吹雪」より“ワルツ・エコー”

最後に予習について触れておきます。
まず、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は以下のCDを聴きました。

 2003年9月 アンネ・ゾフィー・ムター、アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィル ウィーン ムジークフェライン ライヴ録音
 1972,73年 ナタン・ミルシテイン、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィル セッション録音

ワディム・レーピン、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ管弦楽団も聴いておきたかったのですが、これは時間切れ。ムターの演奏はこの曲に限らず、最近、結構、はまっているのですが、この演奏も彼女の個性が十分に発揮された素晴らしいものです。派手過ぎ、グラマラスというネガティブな評価もあるかもしれませんが、無味乾燥に比べて、どれだけ、耳を楽しませてくれるか、是非、一聴をお勧めしたい名盤です。ミルシテインは彼のヴィルトゥオーソぶりを期待しましたが、彼なら、きっと、もっと弾けただろうという感じが残ったのが残念なところです。愛聴盤のヒラリー・ハーン、ダヴィッド・オイストラフは依然として、盤石の地位を占めています。

チャイコフスキーの交響曲第6番ロ短調「悲愴」は以下のCDを聴きました。

 1938年 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル
 1941年 ウィレム・メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ
 1960年 フェレンツ・フリッチャイ指揮バイエルン放送響 ライヴ録音 モノラル
 1960年 エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル ムジークフェライン セッション録音 ステレオ
 
かなり、偏った予習になりました。フルトヴェングラーは戦前の録音ですが、意外に音質がよく、鑑賞には差支えがありません。彼はベートーヴェンだけでなく、ロマン派の交響曲も素晴らしいことを再認識しました。殿堂入りのような演奏です。同じく殿堂入りの一枚がメンゲルベルクです。若干、音質が冴えませんが、ポルタメントの甘さもさほど気にならず、フルトヴェングラーと双璧をなす戦前の素晴らしい演奏です。なお、1937年の演奏も世評が高いのですが、未入手でまだ聴いていません。
フリッチャイは1959年ステレオ録音のベルリン放送交響楽団とのコンビの演奏が名高いですが、今回は1960年のバイエルン放送響とのライヴ録音のモノラルCDを聴いてみました。表現は同様で溜めのきいたスケール感の大きい特有のものですが、モノラルとは言え、音質もよく、必聴の一枚です。
しかし、決定盤はやはり、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルを置いて、ほかはないでしょう。何も言うことのないパーフェクトな演奏です。これ以上、望むものはありません。1956年のモノラル録音も聴いてみたいのですが、未聴です。



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いざ、ヨーロッパへ:羽田空港を出発

2017年7月19日水曜日@羽田空港~パリ

今年もヨーロッパ遠征の旅に出かけます。真夏の旅です。昨年と同じく羽田空港から飛び立ち、パリ経由でミラノに向かいます。今回は1昨年と同様にエールフランス便です。エールフランスが格安だったので、選択しました。

今回もいつもの羽田発深夜便です。エールフランス航空から届いたWEBチェックインの招待のEメールに従って、WEBチェックインは済ませてあります。これがパリ経由ミラノ行の搭乗券。

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いよいよ自宅を出る時間が近づきます。すっかり準備完璧の配偶者。ギリギリまで旅の準備を粘るsarai。お風呂に入り、回転すしで夕食を済ませて出発するという計画は頓挫。お風呂だけ入り、ぎりぎりの時間に自宅を出ます。電車に乗って1時間ほどで羽田空港です。空港駅に着き、エスカレーターで国際線ターミナルに上っていきます。

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国際線ターミナルはそんなには混んでいませんが、バゲージのドロップオフは長い行列。出国後のエリアには回転寿司もラーメン屋もあることは分かっているので、夕食は出国した後にしたいけど、結局はドロップオフの長い行列を回避して、出国前のエリアにあるレストランで夕食をいただくことにします。どの店も、けっこう混んでいます。待たずに店に入れるのはとんかつ屋で、そこで日本最後の夕食をいただくことにします。すぐに美味しそうなとんかつが出てきます。

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板前さんの料理する様子を拝見しながら、とんかつの味をかみしめます。

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夕食を終え、今度こそ、バゲージのドロップオフの長い行列に並びます。

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ようやく、カバンをドロップオフできます。その後、出国手続きは簡単に終了。今回の旅は、saraiの姉と姪っ子が、ザルツブルクまで同行し、彼女たちはそこから一足先に帰国の予定です。搭乗待合室で姉たちと合流し、4人の旅が始まります。

搭乗待合室でもう何もすることもなく搭乗案内を待ちます。

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搭乗するのは142番ゲートです。

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出発準備中のエールフランス機は窓の外に見えています。

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やがて、搭乗時刻になり、搭乗が始まります。
搭乗はゾーン制。1から5まであります。私達はもちろん貧民のゾーン5で、最後の乗り込みです。先発隊の搭乗を見送ります。

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搭乗中のエールフランス機の様子を見ながら、我々の登場順になるのを待ちます。

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ようやく、我々の番です。ほぼ、しんがりで座席に着きます。窓際の席に座った配偶者は早速、窓の外の風景を写真に収めます。

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機内はほぼ満席ですね。

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我々はオプション料金を支払って、最後方の二人掛けのシートです。気兼ねのないフライトになりますね。

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シート前の液晶画面では、エールフランス航空名物のお洒落な機内での注意事項を案内する動画が流れます。

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やがて、問題なく飛行機は飛び立ちますが、このところの異常気象のせいか、かなり揺れます。一度ドーンという音がして、キャア~!という悲鳴が上がります。そんな中でも、CAは平然とにこやかにサービスをするのに驚きます。これぞ乗務員ですね。このCAの態度に、配偶者も心を落ち付けて食事を楽しみます。いつものように2種類の食事を二人でシェアしていただきます。
これは鱈、海老、ほたての海鮮とライス。

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これは鶏肉とジャガイモ。


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もちろん、シャンパンも頂きます。エールフランス名物?ですからね。

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飲み物はコーヒー、紅茶に加えてチョコレートの選択もできます。もちろん、配偶者はチョコレートをお願いします。配偶者はもともと福井出身。お水は福井県越前市の水。

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見る映画は『チア☆ダン』。福井弁を訊きながら、福井漬けの旅だと喜んでいます。

旅の初めは至極順調で、平穏に過ぎていきます。暗闇の中、飛行機はまっしぐらにパリに向かって飛んでいきます。



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いざ、ヨーロッパへ:パリに到着し、トランジット待ち

2017年7月19日水曜日@羽田空港~パリ/2回目

ヨーロッパ遠征の旅をスタート。エールフランス機は羽田を飛び立ち、パリに向けて、まっしぐらです。

飛行機はずっと真っ暗な中を飛び続け、シャンパンをいただいたsaraiたちがぐっすりと眠り込んでいるうちにあっと言う間にヨーロッパの上空にさしかかります。極北の空のほうはうっすらと明るみを帯びています。羽田からもう10時間ほど飛行しています。

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美しい地平線を眺めていると、機内がざわつき始めます。早くも朝食が配られるようです。もう、パリ到着の2時間前です。

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眠い目をこすりながら、朝食をいただきます。エールフランス航空の朝食らしく、クロワッサンですね。

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さらに1時間半ほど飛行を続けると、パリの灯が見えてきます。

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パリの空港の上空に侵入します。

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パリのシャルル・ド・ゴール空港Aéroport de Paris-Charles-de-Gaulleに到着。ここでトランジットです。電子表示板でトランジットの確認をします。次のミラノ・リナーテ空港行きはF51の搭乗ゲートです。

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夜明け前の空港内を延々と歩いて、再び手荷物検査です。トランジットの場合でも、ここでチェックがあるのでお酒は没収されるはずですが、液体の異常なしの検査をして通過できた外人さんがいます。良かったね。我々も出来るかなあ。空港内の人気のないショップの中を歩いていきます。早朝の5時過ぎですから、もちろん、ショップはすべて閉まっています。

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白いピアノの前に座って、一人、何かを弾こうとしている青年がいます。それほどは弾けないようです。

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やがて、搭乗エリアFのだだっ広い空間に到着。

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この搭乗エリアFの先端は滑走路を見渡す展望室のようになっていますが、入場禁止のようです。外の滑走路は真っ暗闇の中です。

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搭乗ゲートF52の前に落ち着くことにします。ミラノ行きの搭乗時間まで、まだ1時間半ほどあります。

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搭乗待合室の外は真っ暗闇でしたが、やがて、空が明るくなってきます。

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まだ、出発する早朝便はないので、搭乗待ちの人たちも落ち着いたものです。

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やがて、第1便の搭乗が始まります。我々の便はまだ1時間ほど先です。

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やがて、滑走路の先の地平線が赤みがかってきます。

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雲間から太陽が上がってきます。

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搭乗時間まであと30分ほどです。



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いざ、ヨーロッパへ:ミラノに無事、到着

2017年7月20日木曜日@パリ~ミラノ

早朝のパリのシャルル・ド・ゴール空港Aéroport de Paris-Charles-de-Gaulleでミラノ・リナーテ空港Aeroporto di Milano-Linate行きの便をトランジット待ちです。滑走路の先にちょうど雲間から太陽が上がってきます。ようやく夜明けです。

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もうすぐ搭乗というときになって、事態が急変! saraiは、ミラノ・リナーテ空港行きの搭乗ゲートはF51だと思っていたのですが、同行の姪っ子にF52ゲートじゃないのって指摘されます。どうやらsaraiが誤認していたようです。早速、移動します。移動先のゲートに落ち着いて、出発を待つ周りの人の注目を浴びながら動き回る赤ちゃんの姿を楽しみながら、搭乗を待ちます。そろそろ搭乗時刻だろうとゲートに行き、ゲートを抜けようとするとエラーが表示されます。ここは違うよというご指摘です。えっ、じゃどこが本当の搭乗ゲートか、急いで案内所に行って確認すると、やはり当初saraiが思っていたF51ゲートでよかったようです。F51ゲートもF52ゲートも出発時刻がほぼ同じだったので、何とか搭乗は間に合います。良かったです。危ない、危ない。ゲートを移動後、すぐにミラノ・リナーテ空港行きのエールフランス機に乗りこみます。シートに着席し、ほっとしながら、窓からの外を眺めます。

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定刻に飛行機はターミナルを離れて、動き始めます。

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無事離陸して、点在する雲の上に出ます。

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ぐんぐん高度を上げて、地上の平原が遥か下に見えるようになります。

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やがて、雲が切れて、フランスの肥沃な大地が見通せます。

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飛行機が水平飛行に移ると、手際よく、軽食のクロワッサンが配られます。

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次いで、飲み物もいただきます。コーヒー、紅茶、チョコレートのなかからの選択。コカ・コーラをお願いしますがダメです。saraiはコーヒー、配偶者はチェコレートをいただきます。

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1時間ほどの飛行でアルプス上空にさしかかります。あいにく、雲が多く、見晴らしが悪いです。今回の旅では数日後、アルプスでハイキング予定です。天気が好転することを願います。

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ますます、雲が厚くなります。なんだか、いやな予感がします。アルプスの天気は大丈夫かな・・・。

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どこまでも雲に覆われています。

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アルプスの先は少し、雲が薄くなっています。

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イタリアの緑の平原が見えてきます。

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ミラノに近づいてきます。このあたりはよいお天気のようです。

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ミラノ・リナーテ空港に到着。ここからはバスでミラノ中央駅Milano Centraleに移動します。空港前のバス乗り場はすぐに見つかります。どうやら、予定よりもずいぶん早いバスに乗れそうです。バスの荷物格納に我々4人分分のスーツケースを入れます。

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バスのドライバーから4人分のチケットを購入。一人5ユーロです。安いですね。

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バスに早々と乗り込み、座席は選び放題。車窓からは空港ターミナルが見えます。

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色んな行き先のバスが停車中です。

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バスには次々と乗客が乗り込んできます。

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バスの発車まであと5分ほどです。ヨーロッパの旅、イタリア編がいよいよ開始です。旅が平穏であることを願いましょう・・・。



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いざ、ヨーロッパへ:ミラノ中央駅、不運の出発点

2017年7月20日木曜日@ミラノ~ヴェローナ/1回目

ミラノ・リナーテ空港Aeroporto di Milano-Linateからバスでミラノ中央駅Milano Centraleに向かいます。朝9時15分発のバスです。空港の前の道は結構、車で混み合っています。

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それでも15分ほど走ると、ミラノの中心街に近づいていきます。ここはトラムのターミナルのようで、トラムが出発の準備中です。

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30分ほどでミラノ中央駅に到着。ここからはイタリア国鉄の高速列車フレッチャロッサFrecciarossaでヴェローナに向かいますが、まだ、予定した電車の時間まで2時間もあります。せっかく食の都ミラノに着いたのですから、早めのランチでもいただきながら、休息しましょう。美味しそうなお店を探しながら、ミラノ中央駅を偵察します。電車の発着するプラットホームは駅の建物の上のほうにあるようなので、エスカレーターに乗って上がります。ちなみにこのミラノ中央駅は何度も来たことがありますが、いつもさっと通過するだけなので、あまり、よくは知りません。駅前は治安が悪いという印象があったので、あまり、長居はしないようにしていました。

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プラットホームの前に出ます。鉄とガラスの大天井が素晴らしいです。ヨーロッパの駅には珍しく、改札があります。チケットを提示しないとホームに入れないようになっています。

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この改札口の前でチケットを荷物から取り出そうとしている人がいます。ヨーロッパでは、普通はチケットなしでホームに入れるので、勝手が違うようです。

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この駅のシステムは把握できました。様子が分かったところで、また、ランチをいただくお店探しを再開します。

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駅の構内でお店を探しますが、軽食屋さんしか見当たりません。いったん、駅の建物の外に出ます。ミラノ中央駅の正面に出ますが、駅の建物の立派さに感銘を受けます。

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駅の周辺にも適当なお店は見当たりません。結局、最初のバス乗り場の前にあったカフェで、ヴェローナ行きの電車の時間まで過ごすことにします。オーダーだけは済ませて、saraiは一人で明日宿泊予定のミラノ駅前のホテルの場所を確認してきます。明日ヴェローナからミラノ中央駅に戻ってきた際に、トリノへの電車の乗り換え時間を使って、ホテルに荷物を預ける予定ですが、そのとき時間的な余裕がほとんどないので、あらかじめ、ホテルの場所を確認しておきたかったんです。ホテルは駅から歩いて10分もかからない場所にありました。これで安心です。ホテルの偵察を終えて、みんなの待つカフェに戻ると、既に料理が届いています。イタリアですから、やはり、最初はイタリアンを食べておきたいところ。まあまあのピザです。

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カフェでゆったりした時間を過ごし、時間になったので、ホームに移動します。チケットはネットで購入済です。

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チケットを提示して、首尾よくホームに入ります。電子掲示板で電車のホームを確認します。あれっ、もう出発17分前なのにホームの番号が表示されていません。

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ホームの番号が決まるまでは待つしかありません。ホームは人で大変、混雑しています。比較的、空いたエリアで待機します。

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1~2分後にホームの番号が表示されます。13番線です。すぐにそのホームに移動します。ここは大混雑です。

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13番線のホームに出ると、すぐに高速列車フレッチャロッサが入線してきます。

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さすがにこのフレッチャロッサは素晴らしいデザインでカッコいいですね。

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早速、予約した指定席の車両に乗り込みます。

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ここから楽しいイタリアの旅が始まる筈でしたが・・・グスン。この後、大変なトラブルが待ち受けていたのです。この時点ではルンルン気分のsaraiでした。



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パソコン盗難事件の顛末、そして、リカバリーはなるか・・・

2017年7月20日木曜日@ミラノ~ヴェローナ/2回目

ミラノ中央駅Milano CentraleからヴェローナVeronaへ向かう高速列車フレッチャロッサFrecciarossaへ乗り込みました。あいにくファーストクラスが取れず、エコノミーのプレミアムクラスになり、かなり混み合っています。

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シートの周りにはパソコンを入れたバッグを置く場所がなく、深い考えもなく網棚に上げます。手荷物を網棚に上げたことなんて、今までなかったのですけどね。これが不運の始まりでした。
そもそも、いつもは電車は空いているファーストクラスを使うことにしているのに、格安料金のチケットがゲットできなかったためにエコノミークラス(つまり2等車)に乗ったのが間違いでした。セキュリティ面を考えれば、少々高くてもファーストクラスに乗るべきでした。それでもエコノミークラスの中でもちょっと上級のプレミアムのシートにはしたんです。プレミアムシートの特典として、ミネラルウォーターやお菓子の詰め合わせの紙袋がいただけました。

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ヴェローナの1つ前の駅の手前で、急に電車が止まります。信号機のエラーのようです。15分ほどの遅れでのろのろと走り出し、そろそろヴェローナ到着となり、降りる準備をしようと網棚を見ると・・・あれ、パソコンバッグがない。きつねにつままれた感じで、何だかこの現状が理解出来ません。皆で網棚を探しますが、どこにもありません。周りの乗客達も、私達の狼狽ぶりに気付き、一緒に心配をしてくれます。信じられませんが、いつの間にか盗まれたようです。一体いつの間に・・・。隣の座席の男性が車掌を呼ぶ方がよいというので、saraiが車掌を連れて戻ってきます。と、後ろの席のおばさんが、彼女の隣に座っていた大きな男が持って前の駅で降りたと車掌に話しています。気が付かないうちに隣席の大きな男が横から手を伸ばしてPCバックを盗んだようです。何故か、その大男はチケットを置いて降りたようで、車掌はそのチケットにsaraiの名前を書き込み、ヴェローナの一番ホームにある警察に行けと指示して、とりあえずは電車内での捜査活動は終了。最後に、車掌さんは、ごめんなさいねと頭を下げてくれました。ヨーロッパでこんな車掌さんのような対応は初めてです。ちょっと気持ちが収まります。
頭が真っ白でよく状況が飲み込めないまま、ヴェローナで電車を降ります。パソコンバッグにはノートPC2台とIPOD、ヘッドフォンなどが入っていました。いずれも愛用の品でした。ぐすん・・・。ただただ、茫然自失になるだけます。自分の気持ちをどう整理すればいいのかも分かりません。

荷物を引いて、ともかく駅前のホテルに向かいます。駅前と言っても、結構歩きます。10分ほど歩くと、大きな泰山木のある可愛いいホテルがありました。ホテルに入ろうとすると、敷地の入り口の鉄製の扉に鍵がかかっています。前庭にいる人が扉を開けてくれて、扉を開錠するキーナンバーも教えてくれます。庭に入ると、前庭の椅子に座った3人が、ホテルのオーナーが不在で彼らもチェックインできなくて困っていると言います。Eメールでホテル到着時間も知らせてあるのに、困ったもんです。仕方がないので、姉と姪っ子に荷物を預けて、saraiと配偶者は駅に戻ります。警察に盗難届を出さないといけませんからね。

駅を見回りますが、車掌の言った警察がどこなのか、よく分かりません。駅のお店の人に、警察はどこかと訊くと教えてくれますが、それでも場所がよく分かりません。うろうろと探しまわると、ようやく1番ホームのはずれにある警察を発見。

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分かってしまえば、そういうことなのかとするりと理解できますが、文化の違う国ではなかなか大変です。ホームにある警察ですが、ホームにパトカーも停車しています。

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当然、中には先客がおり、警察の仕事はとっても遅い・・・。外のベンチに座り込んで、じっと順番を待ちます。ただただ、警察のドアが開くのを待つしかありません。

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体感的には30分ほど待った後、困ったという様子の先客の女性3人組が帰り、ようやく我々の番です。暫し待て状態を経て、ようやく話を聞いてもらえます。我々の状況は伝わったようで、それならば鉄道警察に行けとのこと。いまさらそんな事を言われて困ります。堂々巡りですからね。ここは主張すべきことは主張しましょう。既に電車の車掌にも連絡済みで、ここに行けと言われたことを説明します。すると、ようやく盗難届けの書類を作ってくれます。が、盗難状況を英作文しなければならず、大変です。もちろん、なくなったものがいまさら出てくるとは思っていないので、この書類さえもらえれば、帰国してから盗難届作業をするだけのことです。何とか、頭をひねって、妙な英語で盗難状況を書き上げます。最終的に警察のスタンプを押した盗難届の書類をもらえて、ひとまずは安心。ところで警察署の壁を眺めていると、こんなステッカーが張ってあります。まさにsaraiの盗難事件と同じ状況です。網棚に荷物を上げるときには注意ってことですね。これには苦笑するしかありません。

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警察に盗難届を出すだけで1時間以上もかかってしまいました。急いでホテルに戻ると、結局、ホテルのオーナーは現れなかったそうです。ホテルの宿泊客たちが相談して、鍵がドアに差し込まれている部屋を、困っている客達で分かち合い、勝手に部屋に入ることになったとのことです(いいのかなあ・・・)。そうすればよいとの会話をオーナーとした人がいたようです。姉が、しっかりよい部屋を確保しておいてくれました。ホテルのオーナーの無責任ぶりは腹立たしいことですが、とりあえず泊まれる部屋を確保でき、一安心。みなさんもこのとんでもないホテルにはご用心。ホテルの名前を公開しておきます。

 La Magnolia, Verona(ラ・マグノリア)

さて、パソコンを盗まれたsaraiは、パソコンなしでこの旅を続けると心が決まりますが、配偶者の意見は違ったようです。彼女から見ると、saraiはふてくされているだけで、saraiがパソコンなしの状態で旅を続けられるはずがないと断じます。配偶者はそんなsaraiの面倒を見るのは勘弁してほしいと思っていたそうです。ですから、配偶者は、パソコンをなんとしてでも手に入れる方向で心が決まっています。問題はイタリアで購入したパソコンを、saraiが使える状態にできるかどうかの一点にあったそうです。で、配偶者からイタリア仕様のパソコンを使える状態に出来るかと配偶者が訊くので、saraiは出来ると思うと答えます。では、パソコンを買いに行きましょうということになります。旧市街にあるツーリストインフォメーションでパソコンショップを探してもらいましょう。
時間もないので、夜の野外オペラを観る服装に着替えて出かけます。
また、駅前に出て、そこからバスに乗ります。途中、ポルタ・ヌォーバ(ヌォーバ門)Porta Nuovaの前を通り過ぎます。駅とホテルの中間にこのポルタ・ヌォーバがあります。

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バスのチケットはさきほど駅のキオスクで1日乗車券を購入しておきました。

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バスで旧市街のブラ広場Piazza Braに到着します。12年ぶりに訪れる懐かしい広場です。広場にはアレーナArena di Veronaが昔ながらの姿で立っています。今夜はここで野外オペラを見ます。

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アレーナの前には大きなゴミのようなものがたくさん並べられています。この正体は後で判明します。

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ゴミの向こうには、ヴェローナ市庁舎Municipio di Veronaの立派な建物が見えます。

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ツーリストインフォメーションはなかなか見つかりませんが、立派な建物の一部に発見。城壁の一角にあります。

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窓口には数人の人が行列しています。彼らの相談事が終わるのをイライラしながら待ち、ようやく順番になります。窓口のお姉さんは即答でした。即座に地図上にパソコンショップの場所を示してくれます。ここから歩いてすぐのところです。ジュリエットの家のすぐ先にあるようです。

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パソコンショップはこの1軒しかないのかもね。ツーリストインフォメーションを出て、また、アレーナの前に出ます。

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アレーナの横を通り過ぎます。

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心はパソコンショップに急ぐ気持ちでいっぱいです。果たして、適当なパソコンはあるでしょうか。



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新しいパソコンをゲット・・・気分は好転

2017年7月20日木曜日@ヴェローナ

ミラノ中央駅Milano CentraleからヴェローナVeronaへ向かう高速列車フレッチャロッサFrecciarossaの車中でパソコンが盗難に合い、そのリカバリーのためにヴェローナ到着後、新しいパソコンを購入するためにパソコンショップに向かっています。ツーリストインフォメーションのお姉さんに教えられたルートを地図を片手に歩きます。ブラ広場Piazza Braからジュゼッペ・マッジーニ通りVia Mazziniに向かいます。

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右手には、まだ、巨大なアレーナArena di Veronaが聳え立っています。

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急いで、観光客で賑わう商店街、ジュゼッペ・マッジーニ通りを抜けていきます。

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やがて、カッペッロ通りVia Cappelloにぶつかったところで、右に曲がります。すぐ、左手にジュリエットの家Casa di Giuliettaが見えてきます。以前、訪れたこともあり、スルーします。姉と姪っ子は見物に行くということで、ここで別れます。saraiと配偶者は一目散にパソコンショップに向かいます。やがて、通りの右手にお店を発見。立派で大きなパソコンショップです。家電量販店のトロニーTronyのパソコン売り場です。
このお店まで歩いたルートを地図で確認しておきましょう。

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このお店にはパソコン担当者が一人しかいないのにはビックリですが、逆に頼もしい人で、いろいろ相談に乗ってもらいます。

結果的に購入したのは、レノボのノートPCのYOGA 900Sです。軽量のモバイルPCはこれくらいしか販売していなかったので、選択の余地はありませんでした。イタリア語キーボードが玉の瑕ですが、ほぼ重量1kgで12.5インチの高解像度(2560x1440)のタッチ機能付き液晶、それに薄さが12.8mmの超薄型、CPUはIntel® Core™ m7-6Y75 Processor (1.20GHz 4MB)という高速CPU、メモリは8GB(LPDDR3 1866MHz)、512GBのSSDという万全の布陣、OSはWindows10です。
特別な機能として、特殊ヒンジを使っていてPCモードとタブレットモードの切り替えができます。通信系は802.11 AC (2x2) + Bluetooth® 4.0でこれも万全ですね。残念なのはメモリカードスロットがないことくらいでしょうか。この仕様では高価でも仕方がありませんね。薄さのせいか、持った感覚が1㎏以下に感じます。バッテリーも強力でヴィデオを再生しても10時間以上持つそうです。通常利用では12.1時間持ちます。

当初はもちろん、イタリア語版Windows10でしたが、これでは使えないので、まず、英語版に変更。ここまではこの販売店のスタッフが優秀でやってくれます。saraiはイタリア語はまったく分からないので手が出ません。

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この先はsaraiが英語版から日本語版に変更します。必要なソフトやデータはsaraiの自宅サーバからダウンロードしてセットアップしましょう。(ヨーロッパ滞在中、最後まで解決できなかった問題があります。それはWindowsのシステム表示が英語のままだったことです。例えば、コピー、貼付け、切取りなどは、copy、paste、cutなどです。実用上は問題ないのでほっておきましたが、気持ちが悪いので、帰国後、修正に成功。設定の地域・言語メニューで日本、日本語は選択しておきましたが、元がイタリア語仕様のため、システム表示用の日本語フォントが入っていなかったためで、日本語化セットをダウンロードすることで解決しました。)

ところで、高価なPCなので、販売店で気をきかせてくれて、免税品の処理をしてくれました。10%くらいはお金が戻ってくるでしょう。

久しぶりにゲットした最新型のPCを配偶者のカバンに入れてもらい(軽量・薄型ですから楽々入ります)、意気揚々とブラ広場に向かいます。途中、ジュリエットの家の前を通り過ぎます。やはり、観光客で大賑わいです。

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余裕でジェラートも楽しみます。有名なヴェンチVenchi Chocolate Gelatoのジェラートです。saraiは新しいパソコンをゲットして、パソコン盗難事件のショックから、すっかりと立ち直っています。単純なものですね。

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ブラ広場に戻ってくると、ようやく広場の賑わいを感じることが出来ます。ここでヴェローナの街を楽しんでいた姉たちとも合流。首尾よくPCをゲットしたことを報告して、いったんホテルに戻ります。ホテルの庭にある泰山木のことを配偶者はとても気に入っています。

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ホテルの部屋でオペラに出かけるために着替えます。オペラにでかけようとして、前庭で姉たちが出てくるのを待ちます。ホテルの建物の入り口はなかなか立派です。

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前庭と通りを隔てる鉄製の扉は頑丈そうです。

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すると、この鉄製の扉のキーを開けて入ってくる男性がいます。この扉は暗証番号でロックされているのですが、宿泊客同士が情報交換して、暗証番号を教えあっていたんです(それも変ですね)。てっきり、別の宿泊客かと思っていたら、どうやら、この男性がホテルのスタッフのようです。別の宿泊客が挨拶して、握手しています。その宿泊客は昨日から宿泊しているそうですが、このホテルのスタッフに初めて会ったそうです。腹立たしいのですが、saraiもスタッフと挨拶し、勝手に部屋を確保したことを説明します。で、握手! 部屋のシャワーでお湯が出ないと苦情を言うと、一応、ボイラーのチェックをして、問題ないはずだとのこと。でも、水しか出なかったんだよ! あまり、時間がないので、それ以上追及せずに、明日のチェックアウトについて確認します。さすがにそのスタッフは宿泊料金のことを気にします。こちらがExpediaで既に前金で支払い済だと言うと、急に興味をなくし、そのまま出ていってくれればいいとのこと。いやはや、あきれました。まるで無法地帯です。部屋が綺麗に掃除してあったのだけが救い・・・それとエアコンがあったので部屋が涼しいこともプラス。こんなホテルって、許されるんでしょうか。長い間、ヨーロッパに出かけていますが、こんなに無茶苦茶な管理のホテルは初めてです。

さて、野外オペラを見るために出かけましょう。また、駅前からバスに乗って、ブラ広場に行きます。一応、夕食をいただくつもりで事前に知らべてあったお店があるので、探しますが何としても見つかりません。ずらっとレストランが並んでいるので、別にお目当てのお店でなくてもいいでしょう。もう時間もないので、空いている席があるお店にテラス席にすわります。いやはや、膨大な人たちがこのあたりのレストランで食事中です。凄い!

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すぐ目の前にはアレーナの巨大な建物があります。

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アレーナは夕日でバラ色に輝いています。

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お店のスタッフは忙しそうでなかなか我々のテーブルにやってきません。

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ひとしきり、いらいらしながら待っています。

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ようやく、スタッフがテーブルにやってきます。彼にオペラが始まるので急いでほしいというと、ここのみんながそうだと笑われます。それはそうですね。なるべく早くできそうなメニューを選び、ようやく一息つきます。夕日に輝くアレーナを眺めながら、料理を待ちます。

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ようやく、ゆったりした時を過ごしています。今までのドタバタ騒ぎのことを一瞬、忘れます。美味しいイタリアンを食べて、オペラを楽しみ、悪夢のような出来事は忘れ、楽しい旅モードにチェンジしましょう。



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ヴェローナの野外オペラを初体験・・・途中で撃沈

2017年7月20日木曜日@ヴェローナ/2回目

パソコン盗難騒ぎも一段落し、気持ちも新たにヴェローナVeronaの野外オペラ・フェスティバルを楽しむことにします。毎年、アレーナ・ディ・ヴェローナArena di Veronaを会場として催される野外オペラです。これまでヴィデオでは見ていますが、あまり夏にヨーロッパに行く機会がなかったので、今回が初体験です。その前にアレーナ前のブラ広場Piazza Braのレストランで夕食をいただきます。夕日に輝くアレーナを眺めながら、注文した料理が届くのを待ちます。
ブラ広場は多くの人で賑わっています。ここは大変な観光地ですね。

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ブラ広場にずらっと並ぶレストランのテラス席もこの混みようです。

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まずはパンが届きます。

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次いで飲み物です。オペラで眠くなるといけないのでアルコールは避けます。それにとっても暑くて喉も渇くので、こういうときはコーラが一番。

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料理が届きます。もちろん、イタリアン三昧です。とりわけ、リゾットが美味です。

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周りを見渡すと、アレーナの周りにはオペラの舞台装置がいっぱいおかれています。先ほど大型ゴミだと思ったものの正体はオペラの舞台装置でした。置くところもないので広場に置かれているのでしょうが、これはこれで、なかなか楽しい見ものです。

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食事を終え、いざ会場のアレーナへ。チケットはこれ。野外オペラとは言え、気合を入れて、中央の前列3列目です。

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アレーナの洞窟のような入り口から入場します。

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アレーナの建物の下のトンネルのようなところを抜けていきます。

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アレーナの中に入ります。古きアレーナがオペラの観客席になっています。

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我々の席は中央のステージ前です。前方に進みます。アレーナの向こうに大きなクレーンが見えます。あのクレーンで外に置いてある舞台装置を吊り上げて、中にセットするんです。

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クッションも配っていますが、タダということはないでしょうね。座席のクッションは良さそうです。とりあえず、席に座ります。周りの様子はなかなか壮観です。

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目の前にはオーケストラ。舞台では、開演前に既にいろいろ演じられています。

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パンフレット売りは、何故か扇子をヒラヒラさせています。そこそこおしゃれをした人もいます。

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開演前ですが、突如、銅鑼が鳴ったりします。これも事前の演出のひとつ。なかなかサービスがいいですね。だんだん、あたりは暗くなり、照明の明かりが目立ってきます。

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そこそこに雰囲気を盛り上げて、いよいよ始まりそうです。

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大きな舞台にいろいろな工夫がされていて、なかなか楽しめそうです。さあ、開演です。

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大スペクタクルオペラの≪アイーダ≫を鑑賞します。意外に聴きごたえのある歌唱に惹きこまれます。やはり、ヴェルディは男声の重唱が素晴らしいです。しかし、本来はゆっくり昼寝でもして、出かけるつもりのところ、寝不足と時差ボケで3回目の休憩にはいったところで参ったという感じ。最後の幕を聴かずして撤退。まるで野球の試合で9回の攻防を前に早めに帰る観衆みたいです。残念です。それでも時刻は12時をまわっています! ヴェローナ野外音楽祭の≪アイーダ≫は長過ぎ。オペラの詳細な記事はここに既にアップ済みです。


アレーナを出て、ブラ広場のバス乗り場に行くと、都合よくバスが来ます。がらがらのバスに乗って、ホテルに戻ります。
ホテルは、シ~ンとしています。何とか無事に、皆さん部屋をゲットし休んでいるのでしょう。後で、ホテルの予約サイトExpediaからアンケートのEメールが来たので、しっかりクレームをつけておきました。
長い一日でした。何はともあれ、何とか旅の初日は終わりました。ふーっ・・・



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シューベルトの命日に輝く天才ピアニスト田部京子@浜離宮朝日ホール 2017.11.19

今日はシューベルトの命日。没後189年です。その記念すべき日に実に素晴らしい田部京子の弾くシューベルトの遺作ソナタ、イ長調D.959を聴かせてもらいました。彼女のピアノを聴くのは実質、今回が2回目ですが、前回同様、あるいはそれ以上にその演奏に魅了されました。プログラム後半のシューベルトだけでなく、前半のモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスも最高の演奏でした。彼女こそ、音楽の神に選ばれた天才ピアニストと言っても過言でないでしょう。何せ、今日弾いたシューベルト、ベートーヴェン、ブラームスはいずれも大作曲家たちの後期作品の傑作・・・これをこんなに見事に演奏できるピアニストって、そうはいません。saraiは実際に聴いたピアニストで思い浮かぶのはアンドラーシュ・シフだけです。

今回のピアノ・リサイタルは田部京子が満を持して開始したシューベルト・プラスというコンサートシリーズの第3回です。田部京子と言えば、シューベルト。シューベルトと言えば、田部京子です。第1回の幻想ソナタ(第18番)は残念ながら聴き逃しましたが、第2回の遺作ソナタ、ハ短調 D. 958は最高の演奏でした。そのときのリサイタルの記事はここです。

以下に前回書いた田部京子の特徴についてに記事を再度掲載しておきます。今日も同じ印象でした。

------------------ここから引用開始-----------------------
いつも書くことですが、素晴らしい演奏を言葉で表現することは大変難しいことです。何とか表現してみましょう。田部京子の演奏は素晴らしいテクニックをベースとして、実に丁寧なアーティキュレーションとフレージングの表現が見事で、聴くものがその音楽にぐっと惹きつけられます。しかし、本当に凄いのはそういうことではなくて、彼女の優しく心の襞を撫でてくれるような深い詩情、あるいは味わい(初めて経験するような感覚なので適用な言葉が思い当たりません)に満ちた演奏です。
------------------ここまで引用終了-----------------------

さて、今日の演奏をまとめてみましょう。

まず、モーツァルトのピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K.330です。これは何というか、やはり、名曲です。ハ長調という基本的で単純な調でこそ、モーツァルトの真髄が聴けます。それを教えてくれたのは、クララ・ハスキルの録音です。これを超える演奏はありえないでしょう。以下の3つの録音が残っています。

 (1)...54/05/05-06、アムステルダム (Philips)
      セッション録音なのですが、音質的には期待したほどではありません。演奏はハスキルらしい素晴らしさです。

 (2)...57/08/08、ザルツブルク(モーツァルテウム) (ORF)
      ザルツブルク音楽祭のライヴ録音です。とてもライヴとは思えない素晴らしい音質です。演奏も最高です。第3楽章は素晴らしいテクニックですが、少し、さめた表現の感じです。第1楽章と第2楽章は最高の出来です。

 (3)...57/08/23、エジンバラ (THARA)  
      エジンバラ音楽祭のライヴ録音です。ほぼ、2週間前のザルツブルク・ライヴと同じ表現です。音質的にはザルツブルクよりもホールの残響を感じる感じでクリアーさは足りないかも知れませんが、これはこれでよい音質だと言えます。演奏はこの日のほうが好みです。いずれにせよ、この2つのライヴで聴けるハスキルの演奏はこの曲では最高のものだし、協奏曲を含めても、モーツァルト演奏の頂点のひとつと言えます。

モーツァルトを得意にしたハスキルですが、ピアノ・ソナタで録音を残しているのは、この第10番以外には、第2番 ヘ長調 K.280だけです。よほど、この作品に愛着があったのでしょう。この録音を聴くと、それがよく分かります。

ともあれ、今日の演奏に戻りましょう。田部京子の演奏も、ハスキルのことを忘れると、とても素晴らしい演奏です。まるでモーツァルト弾きと言ってもいいほど、モーツァルトにぴったりのピュアーな響きの演奏です。第2楽章の抒情的な表現も素晴らしかったのですが、とりわけ、第3楽章のシャープな演奏は魅力的でした。今時、こんなモーツァルトはなかなか聴けません。

次はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 Op.90です。これは驚愕してしまうほど、圧倒的に素晴らしい演奏でした。この曲がこんなにロマンティックな名曲であることをこの演奏で初めて知りました。今日の彼女の演奏は古今東西、最高の演奏かもしれませんが、この曲はこれまでノーマークでそれほど聴き込んだわけではありませんから、断言は控えましょう。ベートーヴェンには失礼かもしれませんが、ある意味、この曲はシューベルトのピアノ曲を先取りしたような曲であることを、今日の演奏で初めて感じ取れました。ベートーヴェンの後期ソナタはこの曲から始まりますが、ベートーヴェンは最後の3曲のソナタで彼のピアノ曲を完成させ、シューベルトは別の道を行き、彼の最後の3曲のソナタで彼のピアノ曲を完結させます。それらの端緒になったのがこのピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 Op.90であることを実感しました。今回のコンサートで田部京子がこの曲を選択した意味が分かったような気がします。と言うか、分からせてくれるような演奏でした。この曲は今後、彼女の演奏で聴きたいものですが、残念ながら、今のところ、CDに録音していませんね。今日の演奏は第1楽章の祝祭的な気分のロマンティックな演奏が最高に素晴らしく、第2楽章のメロディアスな美しさも光っていました。ただ、曲自体の完成度で言えば、第2楽章のメロディーの装飾はシューベルトであれば、もっと見事なのになあと感じてしまったのも正直なところです。ですから、この曲はシューベルトの後期のピアノ曲の先駆けの地位に甘んじてしまうと思ってしまいました。やはり、ベートーヴェンは最後の3つのソナタの偉大さに尽きます。

前半のプログラムの最後はブラームスの4つの小品 Op.119です。ブラームスの残した最後のピアノ曲です。バート・イシュルで作曲された一連のピアノ曲の最後を飾る作品です。これらはすべて、大好きなピアノ曲です。それにしても、今日の田部京子の演奏の素晴らしいこと。こんな素晴らしいブラームスは初めて聴きました。第1曲の間奏曲のロマンティックな趣は究極さを感じます。続く2曲の間奏曲も見事としか言えない素晴らしさ。晩年のブラームスではありますが、全然、枯れたところはなく、若々しいロマンティシズムにあふれています。これまで、この曲の聴き方を間違っていたのかと反省させられてしまいます。そして、第4曲のラプソディーの祝典的な輝かしさはシューベルト、シューマンに連なるロマン派のピアノ曲の最後を飾ることを宣言するかの如くです。堂々たるフィナーレを聴いて、いたく感動しました。

こんな素晴らしい前半を聴くと、必然的に後半のシューベルトへの期待が高まります。心臓ばくばくの状態で後半の演奏が始まるのを待ちます。

後半のプログラムはシューベルトのピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959の1曲のみです。本当は今日はそれだけが聴きたくて、この会場に足を運びました。今年は既にこの曲はアンドラーシュ・シフの最高の名演を聴きました。そのときの記事はここです。
今日の田部京子の演奏も名演でした。シフの演奏とはまた異なる素晴らしさです。どっちがよかったなんて、比べるようなものではありません。どっちも最高! 同じ年に2つも名演が聴けるなんて、幸せです。
第1楽章はシューベルトらしい響きが力強く、時には繊細さを極めます。1音1音に意味と魂が籠められていて、こちらも集中力を高めて、1音も聴き洩らさないように身構えて、聴きとります。また、アーティキュレーションとフレージングの表現も極限に迫り、ちょっとしたところであっと言うような聴こえ方がします。ピアノ演奏の究極を聴く思いです。これは最後の第4楽章まで持続します。まさに演奏者の天才的な演奏に聴く者も最高の対応が求められます。一瞬の気の緩みも許されるものではありません。第2楽章に入り、そのあまりの美しさに言葉を失うほどです。ロマンの極みとでも言いましょうか、気持ちがとろけるような美しい抒情の世界が繰り広げられます。こういう表現に到達するまで、ピアニストはどれほど、譜面を読み込み、鍵盤を叩いてきたのでしょう。想像を絶するような鍛錬と知的なアプローチがあったのでしょう。もちろん、それを支える天分にも恵まれたに違いありません。第2楽章の中間部のファンタジックな表現も素晴らしく、決して、はめを外さない気品の高さも持ち合わせた演奏です。そして、また、抒情的なフレーズに回帰したときのさらなる美しさはこの世のものと思えません。完全にシューベルトの魂とピアニストの魂が合体しているとしか思えません。夢のような第2楽章が終わると、第3楽章のきらめくような響きが冴え渡ります。中間部の少し渋いパートの後、再び、きらめく響きに耳を奪われます。ふと気が付くと、ほとんど休止を入れずに第4楽章の郷愁に満ちた旋律が流れ始めます。ますます、音楽は高みに上っていきます。力強い部分を経て、再び、最初の郷愁を帯びた旋律が戻ってくるあたりで、この曲の頂点に上り詰めていきます。シューベルトのピアノ曲の最高峰とも思える音楽です。そして、終結部に向かっていきます。郷愁を帯びた旋律が止まっては前進を繰り返します。まるでシューベルトがこの世への惜別の念を表現したかのような部分です。田部京子の演奏は素晴らしいテクニックと美しいタッチに基づいていますが、素晴らしいのはそういうことではなくて、詩情に満ちた音楽を奏でてくれることです。最高の音楽が最高の演奏で響き渡ります。そして、意を決したように音楽はスピードを速めて突進していきます。感動のフィナーレです。しばらくは拍手もできないほどの感動に見舞われました。シューベルトの189回目の命日に最高のシューベルトを聴きました。ただ、それだけです。

もう、アンコールは不要です。何を弾いても野暮になります。でも、拍手に応えて、田部京子はピアノの前に座ります。何と流れてきたのは、アヴェ・マリア・・・シューベルトのご冥福を祈るための演奏です。無宗教のsaraiですが、思わず、手を合わせたくなるような天国的な美しさです。これ以上、今日のシューベルトの命日にふさわしい音楽はありません。ところで、てっきり、リストのピアノ編曲版だろうと思っていましたが、前半のオクターブで高い音でメロディーを弾く部分がちょっと違います。これはどうやら、吉松隆が田部京子のためにピアノ編曲し、それに田部京子が最終的に手を入れたもののようです。CDでも出ているようですが、今日の演奏はさらに手が入っているようにも思えましたが、どうなんでしょう。これはご本人に訊かないと分かりませんね。いずれにせよ、とてもCDに録音できないような究極の美しさでした。最後のアーメンで終わるところは吉松隆のアイディアのようです。

今日のプログラムは以下です。

  田部京子シューベルト・プラス 第3回

  ピアノ:田部京子
 
  モーツァルト: ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K.330
  ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 Op.90
  ブラームス:4つの小品 Op.119

  《休憩》

  シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959

  《アンコール》

   シューベルト「アヴェ・マリア」(編曲:田部京子、吉松隆)


前回も書きましたが、今年はピアノの当たり年。アンドラーシュ・シフ、アンジェラ・ヒューイット、田部京子の3人の演奏は最高でした。アンドラーシュ・シフのザルツブルク音楽祭を含む5回のコンサート。アンジェラ・ヒューイットのバッハの連続演奏会のうち、今年の4回のコンサート。そして、田部京子のシューベルト・プラス・リサイタル・シリーズの2回のコンサート。いずれも世界最高峰のピアノのコンサートでした。しかも、田部京子とアンジェラ・ヒューイットは来年も続きます。田部京子の次回のシューベルト・プラス・リサイタル・シリーズは来年の6月22日です。今日、会場で次のチケットが先行発売されて、またも最上の席をゲットしました。次はシューベルトの4つの即興曲 D. 935 Op. 142です。また、最高の名曲です。これでシューベルトの晩年の作品はピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960と3つの小品(即興曲) D946を残すのみとなります。来年の11月19日はシューベルトの190回目の命日。まだ、アナウンスされていませんが、この節目となる記念の日にこそ、残りの曲は演奏されるべき曲です。スケジュールを空けて準備しておきましょう。そのときの最後のシメはまた、ブラッシュアップした「アヴェ・マリア」をお願いします。そうそう、ベートーヴェンかブラームスの晩年の名作も一緒にお願いしますね。



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       田部京子,  

驚異の響き・・・ツィンマーマン、ガッティ&ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団@サントリーホール 2017.11.20

いやはや、世界に冠たると言っても過言でないオーケストラ、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の響きは尋常のものではありません。最初のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の出だしの響きを聴いただけで鳥肌が立ちます。ありえないような素晴らしい響きです。後半のブラームスの交響曲第1番に至っては、サントリーホールの空気がぶるぶる震えていることに驚きます。さらには座っている椅子までも共振しています。サントリーホールでこんなことってあったでしょうか。ウィーンの楽友協会では椅子がぶるぶると響くのは日常茶飯事ですが、同様の現象が日本でも起きるとはね・・・驚愕しました。音楽は空気の波が伝わることによる物理現象ですから、まあ、当たり前と言えば、当たり前ですが、それを体感することは滅多にありません。自宅の防音室では可能ではありますが、その大音響に耳が耐えられません。
どうやら、この超振動の正体はオランダ人の大男がかき鳴らすコントラバスにあるようです。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の響きは低弦の迫力がベースになったものです。この低弦の上に、美しい高弦や木管の響きが重なってくるんです。意外に金管がうるさくないのは超一流オーケストラの証ですね。そうそう、ティンパニもよく響きます。ちなみによく響くというのと、大きな響きというのは違います。このオーケストラの場合、ピアノでも響くんです。参考のために、saraiの席は第2列目でした。後方の席ではどうだったんでしょう。

さて、肝心の演奏についてですが、この驚異の響きで奏でられたブラームスは破格の素晴らしさでした。両端の楽章はもちろん、いつもは添え物に思えてしまう第2楽章、第3楽章の素晴らしかったこと。このブラームスは重厚で堂々たる演奏・・・骨太の演奏です。その中に馥郁たるロマンが内包されています。ベイヌムがこのコンセルトヘボウを振ったブラームスの再来に思えます。60年ぶりのことです。実は今日の指揮者ダニエレ・ガッティが首席指揮者になったというので、興味津々で聴きにいったんです。結果は上々です。1回聴いただけの印象ですが、ガッティを首席指揮者に迎えたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の将来は明るいとみました。正直、ガッティが首席指揮者になると最初に聞いたときは失望しましたが、やはり、実際に聴いてみないと分からないものですね。ガッティはイタリア・オペラの指揮者という固定観念があったので、この世界超一流のオーケストラの指揮者としてはどうかと危ぶみました。杞憂だったようです。ドイツ・オーストリア音楽の本流であるブラームスをこれだけ振れるのですから、本物です。ティーレマンのようなカリスマ的な人気には欠けるかもしれませんが、よい音楽を創造してくれれば、人気はあとからついてくるでしょう。ブラームスの交響曲第1番のとりわけ凄かったのは第4楽章です。絶対音楽の場に劇的な要素を持ち込むというのはマーラーを例にとるまでもなく、一般化した手法かも知れませんが、このブラームスの交響曲であたかもオペラティックな雰囲気を醸し出したのはオペラを得意にするガッティならではの表現だったような気がします。序奏でものものしい空気を作り出し、その後の展開をわくわくしながら待たせる中で、次第に霧が晴れていくように響きを明快なものにしていきます。そして、ホルンが鳴るところから、一気に音楽を開放していきます。あの《喜びの歌》もどきでカタルシスをもたらした後、主題が展開されて、音楽の山場を作り出します。そして、いくつもの山々を越えながら、終着点を目指していきます。この過程の音楽作りの素晴らしいこと。ガッティがコンセルトヘボウを完璧にドライブしていきます。そして、途轍もない頂に上り詰めていきます。フィナーレは速度を上げて突進していくのかと固唾を呑んで、聴き入っていましたが、そうではなく、インテンポで堂々たる最後を作り上げていきます。その見事な表現に感動しました。

前半のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲にも触れておきましょう。これも素晴らしい演奏でした。ブラームスと同様のコンセルトヘボウの素晴らしい響きに支えられて、ヴァイオリンのフランク・ペーター・ツィンマーマンが見事な音楽を作り上げました。峻厳な表現の第1楽章、これはある意味、精神的な演奏とも言えました。このままの表現が続くのかと思ったら、一転して、第2楽章は優美な表情に変わります。美しい響きで空間を満たします。そして、第3楽章は清冽とも言える演奏で疾走します。天馬空を征くが如しといった態です。ツィンマーマンの自在な表現に魅了された素晴らしいベートーヴェンでした。それにしても、彼は変わっています。ソロ・パートだけでなく、オーケストラの第1ヴァイオリンのパートも一緒に弾いているんです。これではまるで、コンサートマスター兼任ではありませんか。ある意味、見ようによっては弾き振りにも見えます。で、彼は弾きっぱなしで忙しいんです。第1ヴァイオリンのパートを弾き終わったところで、そのまま、カデンツァなんて、曲芸のようなことをやっています。天下のコンセルトヘボウとの共演ですから、もっと自重したらいいのにね。もっとも音楽面では問題はありません。目を瞑って聴いていたら、分からないしね。ご苦労さま!!

そうそう、アンコールのバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタはもちろん、素晴らしい演奏でしたが、あえて、緩徐楽章ではなく、アレグロを弾いたのは、いかにも彼の個性が出ていました。変な媚は売らないんですね。何というか、そのあっさりとしたところがいいです。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:ダニエレ・ガッティ
  ヴァイオリン:フランク・ペーター・ツィンマーマン
  管弦楽:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

  
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.61

     《アンコール》 J.C.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調 BWV1003より、第4曲アレグロ

     《休憩》

    ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 op.68


今回の予習はブラームスですが、今年の5月の読響のコンサートの折り、ただでさえ、これまで色んなCDを聴いている上にさらにたっぷりとCDを聴きました。まずはそのときの記事を引用しておきます。

***以下、引用***

聴いていなかったCDをたくさん聴きました。それも粒よりのCDばかりだったんです。予習したCDは以下です。

 1950年7月  フルトヴェングラー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
 1951年10月 フルトヴェングラー指揮北ドイツ放送交響楽団
 1952年1月  フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル
 1952年2月  フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル
 1951年 ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
 1958年 ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
 1952年9月 トスカニーニ指揮フィルハーモニア管弦楽団
 1967年6月 シュミット=イッセルシュテット指揮北ドイツ放送交響楽団
 2002年9月 ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン

フルトヴェングラーは録音のよいウィーン・フィルとベルリン・フィルが素晴らしく、とりわけ、ウィーン・フィルとの演奏には圧倒されました。今回、一番の聴きものだったのはベイヌムです。今まで、ほとんど聴いたことがありませんでしたが、素晴らしいブラームスです。特に1958年の録音はステレオで音質も素晴らしく、聴き惚れてしまいました。ブラームスの残りの第2~4番を聴くのが楽しみです。トスカニーニは手兵のNBC交響楽団ではなく、伝説的なフィルハーモニア管弦楽団とのライヴ録音です。ある意味、トスカニーニらしくない、柔らかい演奏ですが、緊張感あふれる演奏でもありました。これも残りの第2~4番を聴くのが楽しみです。シュミット=イッセルシュテットの演奏は定評のあるものです。ステレオ録音ではありませんが、それを感じさせない音質です。やはり、世評通りの素晴らしい演奏でした。ハイティンクのブラームスは全集がアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、ボストン交響楽団、ロンドン交響楽団の3種がありますが、このシュターツカペレ・ドレスデンとの第1番はロンドン交響楽団との全集録音の直前にライヴ録音したものです。演奏のコンセプトはロンドン交響楽団との演奏とほぼ同じで、大変、素晴らしいです。一昨年、ロンドン交響楽団との来日公演で聴いた最高の演奏を思い出しました。

***以上、引用終わり***

で、今回は上記の中で、ちょっと気になった演奏を再度、予習がてら聴いてみました。

 1952年2月  フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル

同じものですが、実はまったく同じではありません。フルトヴェングラーのCDの場合、同じ演奏でも、別のリマスターのCDが多いんです。前回聴いたのは、DGのFURTWANGLER THE ORIGINALS COLLECTIONの中の1枚です。今回はMEMBRANのフルトヴェングラー/ザ・レガシー 107の中の1枚です。これが素晴らしいんです。印象ががらっと変わりました。ベルリン・フィルのシャープで切れ込みのよい演奏をフルトヴェングラーが鮮やかにドライブしています。その2週間前に録音されたウィーン・フィルとの1枚といい勝負ですね。
今回は歴代のコンセルトヘボウの録音を聴いてみるのもよかったかななんて、今日の凄い演奏を聴いた後に思いました。と言っても、手持ちのCDは前回聴いたフルトヴェングラー、ベイヌム2枚に加えて、ハイティンクがあるだけです。あっ、カラヤンの若い頃のCDもありますね(1943年録音)。これも手持ちと言えば、手持ちですが、あまり、聴く気がしませんね。もちろん、シャイーもあります。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は以下のCDを聴きました。

 1932年 ヨゼフ・シゲティ、ブルーノ・ワルター指揮ブリティッシュ交響楽団 SP復刻
 1953年 ヴォルフガング・シュナイダーハン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ライヴ録音

たいていのものは聴いていましたが、古いものは聴いていなかったので、これらを聴きました。クライスラーも聴くつもりでしたが、残念ながら時間切れ。
ヨゼフ・シゲティはNAXOSの復刻が素晴らしくて、音質がとても1932年とは信じられません。ヴァイオリンの高域の響きも見事に再生できます。しかし、それにもまして、シゲティの精神性あふれる演奏に圧倒されます。大変なヴァイオリニストだったんですね。ヴォルフガング・シュナイダーハンもそれに負けず劣らず、素晴らしい演奏を聴かせてくれますし、こちらはフルトヴェングラーの演奏が素晴らしいです。これもMEMBRANのフルトヴェングラー/ザ・レガシー 107の中の1枚で、素晴らしい音質です。



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遂に100枚超えのCDボックスを購入 Furtwangler The Legacy (107CD)

病膏肓に入るって言う言葉があります。saraiは決して、そんな状態ではないと思いますが、音楽好きとして、遂に100枚を超えるCDボックスを購入してしまいました。何と107枚のCDです。
AMAZONを覗いていると、気になるCDボックスが超格安価格で出品されていました。それがこれです。

Furtwangler The Legacy (107CD) MEMBRAN 6998円

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価格で言えば、CD1枚当たり、65円になります。以前は安くても1万円ほどだったので、とてもお買い得です。内容はフルトヴェングラーの代表的な録音を選りすぐったものが集められています。既に所有しているCDも多数ありますが、これまでとは異なるリマスターがなされているので、単純に同じCDであるわけではありません。しかも驚くべきことにこのCDボックスを発売したドイツのMEMBRANのリマスターは廉価盤とは言え、大変、高水準です。音質の感じ方は人それぞれでしょうが、これまで聴いた限りでは、saraiには最高の音質に思えます。
これまでsaraiの所有しているフルトヴェングラーのCDの枚数を数えてみると、200枚ほどでした。今回の107枚を加えて、300枚ほどのコレクションになりました。全部聴くのも大変な枚数ですが、これはsaraiの宝です。
今回購入したCDボックスはクラシック音楽好きのドイツ首相アンゲラ・メルケルが同じくクラシック音楽好きのローマ法王フランシスコに献上したエピソードで有名になりました。
HMVのサイトを参考にして、107枚の内容を概観しましょう。

BOX1 バッハ/ヘンデル/グルック/メンデルスゾーン/シューマン/ウェーバー/ニコライ

ここでは、バッハの1954年録音のマタイ受難曲、1953年録音のシューマンの交響曲第4番(ベルリン・フィル)が注目されます。

BOX2 ベートーヴェン

ベートーヴェンの交響曲全集はフルトヴェングラーの残した文化遺産です。無論、すべて、saraiは所有していますし、これ以外の録音もほとんど収集済です。今回はどれほど、リマスター音質が素晴らしいかが楽しみです。また、EMI録音のウィーン・フィルとのスタジオ録音が基本になっているものの、第1番(コンセルトヘボウ)、第5番(ベルリン・フィル、1947年)、第8番(ベルリン・フィル、1953年)と一部、別の録音を選択しているのも面白いところです。

BOX3 ブラームス/チャイコフスキー/スメタナ/リスト/シベリウス/ドヴォルザーク

ブラームスの4つの交響曲が何と言っても注目されます。第1番(ベルリン・フィル、1952年2月)は既に聴きましたが、素晴らしいリマスターでこれまでのDG盤を超えます。チャイコフスキーの後期の3つの交響曲も気になります。第6番《悲愴》(ベルリン・フィル、1938年)も他のCDと聴き比べましたが最高のリマスターでした。

BOX4 ブルックナー/R.シュトラウス/マーラー/ヒンデミット/ストラヴィンスキー/プフィッツナー

ここには注目盤がたくさんあります。ブルックナーの交響曲第4番、第5番、第6番(第1楽章欠落)、第7番、第8番、第9番はどれもウィーン・フィル、ベルリン・フィルとの精華の筈です。R.シュトラウスの『メタモルフォーゼン』『ドン・ファン』『ティル・オイレンシュピーゲル』『死と変容』はいずれも名盤の誉れ高いものです。素晴らしいリマスターに期待しましょう。さらに『4つの最後の歌』は初演の録音です。これもリマスターでの音質改善がどれほどか期待が高まります。マーラーの『さすらう若人の歌』は若きフィッシャー・ディースカウの名唱で知られていますが、これも音質改善に期待しましょう。

BOX5 ハイドン/モーツァルト/シューベルト

モーツァルトは『ドン・ジョヴァンニ』『フィガロの結婚』『魔笛』の全曲録音が楽しみです。そして、名高い交響曲第40番(ウィーン・フィル、1948年、第2楽章の一部は1949年)の録音もどんな音質で聴けるでしょう。シューベルトの交響曲第8番『未完成』(ベルリン・フィル、1952年)と交響曲第9番『グレート』(ベルリン・フィル、1951年)は既に聴きました。特に『グレート』は素晴らしくて感動しました。

BOX6 ワーグナー

フルトヴェングラー得意のワーグナーです。『トリスタンとイゾルデ』全曲(ズートハウス、フラグスタート、フィッシャー・ディースカウ、グラインドル、フィルハーモニア管 )は唯一の録音ですが、同曲中、最高のCDと世評の高いもの。フラグスタートに代わって、2つの高音をシュヴァルツコップが歌ったという逸話のあるCDです。リマスターの出来に期待しましょう。

BOX7 ワーグナー『ニーベルングの指環』

1953年秋のローマでの演奏会形式コンサートの放送用ライヴ録音です。マルタ・メードル、フェルディナント・フランツ、ルートヴィヒ・ズートハウス、ローマRAI交響楽団という顔ぶれです。フルトヴェングラーには1950年3~4月のミラノ・スカラ座におけるライヴ録音もありますが、これはCD2枚分の抜粋のみがこのボックスに含まれています。これは全曲を含めてほしかったですね。また、フルトヴェングラーの最後の録音になった1954年10月のウィーン・フィルとの楽劇「ヴァルキューレ」の名盤は第1幕全曲のみの収録になっています。これも全曲を含めてほしかったですね。このCDボックスの最大の不満点はこの2点です。

BOX8 オネゲル/フォルトナー/ブラッハー/ベルリオーズ

これはなかなか珍しいCDが並んでいます。


以上のように超ド級の内容です。

ついでに、これまで所有していたフルトヴェングラーの主なCDボックスについてもご紹介しておきましょう。

フルトヴェングラー/ウィーンでの演奏会1944~54(18CD) ORFEO

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 フルトヴェングラーが1944年から1954年にかけてウィーンでおこなった録音を集大成したものです。第2次世界大戦の終盤からフルトヴェングラーの亡くなる年までのウィーン・フィルとの演奏です。ベートーヴェン、ブラームスはすべて名演です。


ウィルヘルム・フルトヴェングラー/ベルリン・フィル/コンプリートRIAS録音集ボックス(12CD+ボーナスCD) AUDITE

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 戦後ベルリンでのベルリン・フィルとの演奏会のRIAS放送協会保管のテープからの集大成です。12回のコンサートから、のべ32曲が収録されています。戦後の歴史的復帰初日の演奏会でのベートーヴェンの《運命》と《田園》(1947年5月25日)から始まり、亡くなる年の演奏会でのベートーヴェンの《運命》と《田園》(1954年5月23日)に終わる7年間の巨匠の軌跡が収められています。


ヴィルヘルム・フルトヴェングラー ザ・グレートEMIレコーディングス(21CD) EMI

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 2011年、フルトヴェングラー生誕125周年を記念して企画されたCDボックスです。新たにアビーロード・スタジオでリマスターされたベートーヴェン交響曲全集とブラームス交響曲全集の計8枚を含みます。EMIからリリースされたフルトヴェングラーの代表的名演を集めた内容です。ほとんどは今回購入したMEMBRANの107枚CDボックスに含まれています。


なお、これまでsaraiが所有していたCDボックスで一番の大物は84CDでした。

 トスカニーニ・コンプリートRCAコレクション 84CD+1DVD

次いで、68CD。

 マレイ・ペライア/Murray Perahia - The First 40 Years [68CD+5DVD]

CDもずい分、安くなったものです。聴くのが大変ですけどね。



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ヴェローナからトリノへ・・・また、トラブル勃発

2017年7月21日金曜日@ヴェローナ~トリノ/1回目

旅の2日目、ヴェローナVeronaの2日目です。

今日のお天気はよし。昨夜は、いろんなことがおきた疲れから、オペラも途中で切り上げてホテルに戻り、倒れこむように寝てしまいました。

さて、昨日手に入れたパソコンは、英語モードにまでなっていますが、何とか日本語に移行しないといけません。6時に目が覚めたので、取りあえず、パソコンに言語モードの変更指示を出して頑張ってもらいます。saraiがパソコンに向かっている間に、配偶者は腹立たしいホテルの食堂の様子を見に行きます。当然、管理人はいません。食堂は、軽く食事ができるようになっています。コーヒーマシンの仕様は有料コイン式です。

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が、水やお湯は用意されています。

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食器類も自由に使えます。

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パンや牛乳・果物などは冷蔵庫に入っていて、自由に食べられます。でも、それらを食べる気はしません。今回、初めて旅に持ってきたフリーズドライの味噌汁をいただきましょう。豚汁はなかなかのものですね。これから愛用しましょう。

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saraiのPC整備作業は順調に進んでいます。管理人がいないのはとんでもないことですが、お部屋はきれいだし、食堂は自由に使えるし、なかなか使い勝手のよいホテルです。こんな形態のホテルだと分かっていれば何も問題はなかったのに・・・でも、一言指示が欲しかった。結局、チェックインもチェックアウトもなし。鍵をドアに差し込んで、さよならします。
これから、まず、ミラノに向かいましょう。黙ってせっせと作業中のパソコンを開いたまま抱えて、ヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅Stazione di Verona Porta Nuovaに向かいます。売店で朝食を買い込んで、ホームにスタンバイです。電車がちょっと遅れています。ミラノのホテルに荷物を置いたら、すぐにトリノに向かうので、ミラノでの乗り換え時間に余裕はありません。ですから遅れは心配です。我々の乗る予定のひとつ前の電車が入ってきます。これは見送ります。そして、次のトリノ行きが入ってきます。

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姪っ子とsaraiとで、せっせとカバンを列車に積み込みます。3個のカバンと姪っ子が車内にいる状態で、電車のドアが閉まります。えっ・・・ドアの開閉ボタンを押しますが、開きません。ホームにいた人が車掌に合図を送ってくれますが、大騒ぎの中、電車は出発してしまいます。どうしましょう。トリノ行きであることは確認していたので、まずは安心ですが、困りましたね。やがて、姪っ子から携帯電話が入ります。そのままミラノまで行くようにということと、チケットは持っていないので(saraiが全員分管理しています)、検札に来たら車掌に泣きついてみろと指示を出します。後で聞くと、車内でも大騒ぎだったようですが、なぜか車掌がミラノまで行っていいよと言ってくれたようです。まわりの乗客が事情を説明してくれたのでしょう。予定にないあの電車が何だったのかは分かりませんが、すぐに我々の乗る予定の電車が入ってきます。心配ですが、ミラノ中央駅Milano Centraleで無事に会えることを期待して、乗り込みます。チケットはネットで購入済です。

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今日はファーストクラスなので、飲み物のサービスがあります。久しぶりのブラッドオレンジジュースは美味しいです。

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順調に15分遅れのまま、ミラノに到着です。姪っ子が乗った電車とは異なるホームに入線したので、12番ホームから6番ホームまで迎えに行きます。人気のないホームの奥にポツンと立っている人が見えます。あまりに遠くてよくは分かりませんが・・・。めでたく合流できます。再会を喜んでいる場合ではありません。ただでさえ乗り換え時間に余裕がないので、昨日のうちにホテルの場所を確認しておいたほどなのですが、やはり、これが幸いします。迷うことなくホテルに到着できます。しかし、既にトリノ行きの電車の出発時間です。急いでホテルに荷物を預けて、駅に向かいます。駅に着き、ホームを見ると、目の前に乗るべき電車が停まっています。この電車も15分遅れているようです\(^_^)/  が、その電車を目の前にして、チケットが鞄の中でなかなか見付かりません。ミラノ中央駅は駅構内に入るとき、チケットの提示が求められます。目の前の電車がいつ出発してしまうかわかりませんが、当然、駅員は通過を許してくれません。saraiの手も焦せりますが・・・ようやくチケットを発見。改札を抜け、急いで電車に乗り込みます。目の前にいたのが幸いです。乗り込む同時と、スルスルと電車は出発します。これがそのチケット。

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ようやく落ち着いて、パソコンの整備に取り掛かります。早く使える状態にしないと、苦労して購入した意味がありません。

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配偶者は車窓を相変わらず楽しんでいます。

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今度もファーストクラスなので、またまた、ブラッドオレンジジュースをいただきます。新しく買ったマウスも真っ赤。ジュースとマウスが実にマッチしています。

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電車(フレッチャロッサFrecciarossa)はロンバルディア平原の中を走り抜けていきます。

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やがて、車掌さんが改札に廻ってきます。改札を終えた車掌さんは次の車両に移動していきます。ようやく、平穏な鉄道旅になりました。

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配偶者は車窓に張り付いています。saraiはパソコンとにらめっこ。川を渡ったようですが、saraiは外の様子も気に懸けずに作業に没頭。

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電車は大平原の中、トリノにまっしぐらに進んでいきます。

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実はこの後、また、鉄道でトラブルが起きますが、saraiと配偶者は知る由もありません。saraiがパソコンの作業に熱中していたのが原因でした。



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テーマ : ヨーロッパ
ジャンル : 海外情報

 

珍しき客人来たりて本日は休載

夜になって、突然、電話が入り、長男が出張の帰りに寄っていくとのこと。何年ぶりのことでしょうか。久々に親子3人でワインのグラスを傾けながら、よもやま話を続けているうちに深夜遅くになりました。ということで、今日のブログは休載です。体調不良とかの悪いことが原因ではないことだけをご報告しておきます。

なお、11月19日に日本初演された筈のメシアンの《アッシジの聖フランチェスコ》をsaraiも遅ればせながら、11月26日にサントリーホールに聴きに行きます。まだ、予習ができていません。5時間ほどの大作、予習ができるか、心配です。ケント・ナガノ&ハレ管弦楽団と小澤&パリ・オペラ座のCDだけは用意していますが、もう、どちらかだけしか聴けそうにもありません。新しいほうのケント・ナガノかな。何やら、予習も苦行になりそうな無調で旋律なしのようですね。音色と宗教観を味わうのでしょうか。


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テーマ : 雑記
ジャンル : その他

 

トリノへ到着・・・あれっ、間違えた!!

2017年7月21日金曜日@ヴェローナ~トリノ/2回目

ヴェローナVeronaからミラノMilanoを経由してトリノTorinoに向かっているところです。乗っている電車、フレッチャロッサFrecciarossaは緑の平原の中を走っていきます。

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線路と並行して走っている道路の料金所があります。有料道路のようです。

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また、川を渡ります。

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ずっと自動車道路と並行して走ります。このまま、トリノまで線路と道路が並行しそうですね。

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実はこの車窓の景色を眺めていたのは配偶者です。saraiは新しいPCの整備にかかりっきりだったんです。外の様子は少しも見ていませんでした。で、配偶者からそろそろトリノに到着ではないかと声をかけられて、はっとなって外の様子を眺めます。入りつつあるホームの表示を見て、トリノに到着した!と叫んでしまいます。慌ててパソコンを開いたまま抱えて電車を飛び降ります。危ない、よかったと思ったのは束の間です。とっても現代的な素晴らしい駅を出口に向かいながら、何か違和感を感じます。

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出口の表示を見ると、ある筈のトリノの通りの名前がありません。どうも変です。どうやら駅を降り間違えたかもと配偶者に告げます。よくよく駅の様子を見ても、事前に調べてあるトリノの駅とは違います。どうやら1つ前の似た名前の駅、トリノ・ポルタ・スーザ駅Stazione di Torino Porta Susaのようです。 この駅は2008年のトリノ-ミラノ高速線の開業に伴い、新たに開業した駅です。素晴らしい建物ですね。でも、感心している場合ではありません。

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駅のインフォメーションで、次のトリノ行きの電車を調べてもらいます。30分先にしか、本来行くべきだったトリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅Stazione di Torino Porta Nuova行の電車はないそうです。スゴスゴとホームへ戻ります。

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ホームにはしっかりと駅名が表示されていますね。ちゃんと見ていれば、間違えなかったのに、トリノという名前だけが目に入っちゃったんです。まあ、そもそもトリノに高速列車が停車する駅が2つもあるなんて、想像もしていませんでした。

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ガラーンとしたホームで次の電車が来るのを待ちます。

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と、ピカピカの電車がホームに入ってきます。ヌオーヴォ・トラスポルト・ヴィアッジャトーリ社Nuovo Trasporto Viaggiatoriの高速列車イタロItaloです。

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これに乗りたいところですが、イタリア国鉄とは別の会社の列車なので、乗っちゃダメですね。指をくわえて、走り去るのを眺めます。

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やがて、トリノ行の電車がやってきます。

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29分待ちでこのトリノ行きに乗車。何とかトリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅に到着します。予定よりも45分遅れの到着です。

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今日も2度もミスをおかして、大変なスタートです。

さあ、気持ちを取り直して、トリノ散策に向かいましょう。ホームを歩いて、駅の出口に向かいます。

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ホームの端まで来たところで振り返ると、今乗ってきた電車の先頭車両が見えます。

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トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅の別のホームには高速列車のフレッチャロッサFrecciarossaが停車しています。本来、これに乗ってくる筈だったんですけどね。

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大きな駅の構内を抜けていきます。



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トリノ散策:まずはピッツェリアへ

2017年7月21日金曜日@トリノ/3回目

トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅Stazione di Torino Porta Nuovaに到着しました。トラブル続きで電車で移動するのもなかなかです。大きな駅の構内を歩き、ロビーに出ます。多くの人で賑わっています。

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上を見上げると、素晴らしいガラスの天井です。

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とても美しい駅です。

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駅の様子に見とれながら、出口に向かいます。

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ポルタ・ヌオーヴァ門Porta Nuovaの出口に出ます。大通り、コルソ・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りCorso Vittorio Emanuele IIの先に緑の樹木であふれるカルロ・フェリーチェ広場Piazza Carlo Feliceが見えます。

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トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅の前に立っているところです。

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さて、少し予定より遅れて到着しましたが、どちらに向かいましょう。トリノはなかなか大きな街ですから、目的を決めて動かないと迷ってしまいそうです。まずは、腹ごしらえということで、美味しいとの評判のピッツェリアを探すことにします。駅前のコルソ・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを右手に行ったところのようです。

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通りを渡って、駅の建物を眺めますが、大き過ぎて、全体が写真に収まりません。

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カルロ・フェリーチェ広場を後ろにして、通りを歩き始めます。

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通りに沿って、大きなポルティコがあります。トリノもボローニャのようにポルティコの町なんですね。

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通りを少し進むと、ようやく、駅の建物の全容が視界に収められます。

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道の真ん中に並木が立ち並ぶコルソ・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを歩いていきます。

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大きな並木の素晴らしさに魅了されます。

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通りにはトラムも走っています。でも、今日はなるべく乗り物を使わないで、街歩きします。お洒落な町ですからね。

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通りの左手に素敵な中庭が見えます。中庭の中央には女性の像が立っています。頭の上に持った壺のようなものから噴水が上がっています。こういうものがさりげなく飾ってあるのはさすがにイタリアの古都ならではです。

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目指すピッツェリアを求めて、さまよい歩きます。



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テーマ : ヨーロッパ
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耐えきれない優しさ「アッシジの聖フランチェスコ」:カンブルラン&読売日本交響楽団@サントリーホール 2017.11.26

素晴らしい体験でした。メシアンの知性と高貴さに満ちたオペラをシルヴァン・カンブルランが余すところなく描き尽してくれました。完全に理解したなどと言うと嘘になりますが、saraiの全知性と感性を総動員して、この長い、長いオペラに集中しました。第2幕の後半の《小鳥たちへの説教》ではいったん集中が切れて、ふらっとなりましたが、それ以外は全人格をかけて、このオペラに対峙して、大変大きな感銘を受けました。宗教的な素材ですが、その根幹をなす愛と慈しみの思いは人類の普遍的な観念でもあります。メシアンは神あるいはキリスト、聖フランチェスコを重ね合わせた上に、さらに自分自身を投影させています。このオペラはメシアンの宗教的告白であると同時に彼の人類愛の告白でもあります。それも飛びっきり、苦渋に満ちた叫びでもあります。人が他者にあふれんばかりの慈悲の心を持つということがどれほど大変なことなのか、そして、そうしなければならないという必然性までを訴求するものです。メシアンはそれを音楽の力を駆使して、見事に表現しました。その伝道者が指揮者のカンブルランです。総勢240名もの演奏者をまとめあげた力量は賞賛すべきものです。このオペラを鑑賞して、己を恥じない人間はいないと信じていますが、そんなことを言うことこそが不遜な態度なのかもしれません。メシアンが聖フランチェスコを通じて、訴えかけてきたのは他者への無限の愛ですが、それとともに無限の謙虚さも求めています。メシアンの没後25年だそうですが、メシアンが全身全霊を傾けて作り上げた、このオペラは彼が人類に残した遺言です。今の時代ほど、彼のメッセージを受け留めなくてはならない時はないでしょう。

音楽的には、カンブルランの見事な指揮はもちろん、読売日本交響楽団の最高のアンサンブル、新国立劇場合唱団の美しい合唱、さらに独唱者たちの健闘が光りました。聖フランチェスコ役のヴァンサン・ル・テクシエは役に没入するような熱い歌唱でした。声も素晴らしかったのですが、何と言っても表現力が圧倒的でした。彼は6年前に一度、パリ・オペラ座(ガルニエ)で聴いていますが、今日ほどの印象はありませんでした。天使役のエメーケ・バラートもピュアーで美しいソプラノ。sarai好みの声でした。それにきらきら光る瞳が魅惑的でした。他のテノール、バリトン、バスのいずれも素晴らしい歌唱でした。コンサート形式での上演でしたが、この難しい演目はかえって妙な演出はないほうがよかったかもしれません。オペラというよりもオラトリオみたいなものですからね。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:シルヴァン・カンブルラン
  天使:エメーケ・バラート(ソプラノ)
  聖フランチェスコ:ヴァンサン・ル・テクシエ(バリトン)
  重い皮膚病を患う人:ペーター・ブロンダー(テノール)
  兄弟レオーネ:フィリップ・アディス(バリトン)
  兄弟マッセオ:エド・ライオン(テノール)
  兄弟エリア:ジャン=ノエル・ブリアン(テノール)
  兄弟ベルナルド:妻屋秀和(バス)
  兄弟シルヴェストロ:ジョン・ハオ(バス)
  兄弟ルフィーノ:畠山茂(バス)
  合唱:新国立劇場合唱団
     びわ湖ホール声楽アンサンブル
  管弦楽:読売日本交響楽団 長原 幸太(コンサートマスター)

  メシアン:歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」(演奏会形式)

日本のオーケストラがコンサート形式でのオペラ上演に積極的なのは大歓迎です。来月はノット&東京交響楽団によるモーツァルト・オペラ・シリーズの《ドン・ジョヴァンニ》が楽しみです。また、メシアンの大作の上演も続き、来年1月には大野&都響の《トゥランガリーラ交響曲》が楽しみです。音楽の楽しみは尽きません。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

燃え上がるヤナーチェク:ウィハン・カルテット@鶴見サルビアホール 2017.11.27

素晴らしいヤナーチェクでした。チェコの大作曲家ヤナーチェクが最晩年に書いた室内楽の最高傑作、弦楽四重奏曲 第2番「内緒の手紙」は後半に向けて、演奏が高潮していきました。第3楽章の美しい演奏に続いて、第4楽章は文字通り、燃え上がるような激しさと美しさに包まれていました。この作品が書かれたのは1928年ですが、音楽の雰囲気はまさに後期ロマン派の耽溺に満ちたものです。曲はヤナーチェクの38歳若い恋人への熱い気持ちが込められていて、到底、73歳という老人とは思えないものです。特に第4楽章は若い恋人への憧れとその成就の妄想が入り乱れて、美しくもあり、激しくもだえ苦しむところもあり、これがヤナーチェクの芸術の到達点であることを実感させられます。ウィハン・カルテットはチェコの歴史的なカルテットのボヘミア・カルテットの創立者ハヌス・ウィハンの名前を冠したカルテットです。このボヘミア・カルテットこそ、ヤナーチェクに2曲の弦楽四重奏曲の作曲を依頼した団体で、その結果生まれたのが、この第2番「内緒の手紙」とそれに先立つ5年前に書かれた第1番「クロイツェル・ソナタ」の2曲でした。したがって、ウィハン・カルテットには、今日演奏した、この曲への強い思いがあったに違いありません。第4楽章は彼ら4人の入神の技でした。フィナーレ近くでヴィオラが演奏した甘美なメロディーは若い恋人、カミラ・ストスロヴァーを象徴するものだそうです。ヴィオラ奏者の思い入れの強い演奏は心に残りました。
同時代の作曲家と言えば、マーラーですが、彼もアルマというミューズの力を得て、多くの名作を書きましたが、ヤナーチェクにもカミラというミューズがいたのは知りませんでした。オペラ《カーチャ・カヴァノヴァー》もタイトルロールのカーチャはカミラをイメージしていたそうです。確かにこの弦楽四重奏曲とオペラ《カーチャ・カヴァノヴァー》は共通性を感じるところがあります。
いや、とてもいい演奏を聴かせてもらいました。

前半のハイドンとモーツァルトもなかなかよい演奏でした。特にハイドンは明快で切れの良い演奏でした。ちょっとアタックが強いところが気になりましたが、そういうスタイルで弾いたんでしょう。ただし、今日は後半のヤナーチェクがすべてでした。ところで3年前にもこのホールでウィハン・カルテットを聴きましたが、そのときもハイドンは同じ曲でした。よほどお気に入りの曲なのかな。

今日のプログラムは以下です。

  弦楽四重奏:ウィハン・カルテット
   レオシュ・チェピツキー vn    ヤン・シュルマイスター vn
   ヤクブ・チェピツキー va   マチェイ・ステパネク vc

  ハイドン:弦楽四重奏曲 第43番 Op.54-1
  モーツァルト:弦楽四重奏曲 第15番 K.421

   《休憩》

  ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第2番「内緒の手紙」

   《アンコール》
    スメタナ:弦楽四重奏曲 第2番 ニ短調 より、第2楽章アレグロ・モデラート


最後に予習について触れておきます。
1曲目のハイドンの弦楽四重奏曲第43番は前回、力を入れて予習しました。

 エマーソン・カルテット(ハイドン・プロジェクト)
 エンジェルス・カルテット(全集盤)
 アマデウス四重奏団(旧盤、モノラル)

そのときの感想です。いずれも爽快な素晴らしい演奏。なかでもエマーソン・カルテットのすっきりとしたスマートな演奏は音質の良さも相俟って、心地よく聴けます。2枚組におさまったハイドンの弦楽四重奏曲はすべて快心の演奏です。
ということで、今回はそのエマーソン・カルテットを再度聴きました。実に明快でクリアーな素晴らしい演奏です。

2曲目のモーツァルトの弦楽四重奏曲 第15番 K.421は以下のCDで予習。

 ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団 1952年録音
 アマデウス弦楽四重奏団(全集盤) 1966年録音
 エマーソン・カルテット 1991年録音

この曲でもエマーソン・カルテットは見事な演奏です。響きの素晴らしさはもちろん、ニ短調に似合った哀調の滲む演奏です。でも、本命はウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団の演奏ですね。最初の1小節を聴いただけで、その魅力に引き込まれます。あるべきものがあるべきところに収まっているという感じの演奏です。充足感に満たされます。一方、アマデウス弦楽四重奏団も無理のない自然であっさりした演奏で、これまた、モーツァルトの魅力がたっぷりです。この3枚はどれを聴いても満足できるでしょう。

肝心のヤナーチェクの弦楽四重奏曲 第2番「内緒の手紙」は以下のCDで予習。

 スメタナ弦楽四重奏団 1965年録音 LP
 パヴェル・ハース・カルテット 2006年録音
 エマーソン・カルテット 2008年録音

まずはスメタナ弦楽四重奏団、パヴェル・ハース・カルテットというチェコの新旧を代表する団体で聴きます。意外にいずれもお国ものという感じが強くありません。自然であったりした演奏です。演奏レベルは悪かろうはずがあるません。見事な演奏です。何も言うことはありません。意外だったのはエマーソン・カルテットの演奏です。チェコの団体よりもモラヴィアを感じさせる演奏です。チェコの団体に優るとも劣らない素晴らしい演奏です。録音の音質も最高です。ところで作曲家の名前を冠するヤナーチェク四重奏団のCDもありますが、モノラルで音質ももう一つ。ちょっと聴きましたが、それほどの演奏に思えなかったので、いずれ、そのうちに機会があれば、聴きましょう。



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トリノ散策:ピッツェリアの裏メニュー?

2017年7月21日金曜日@トリノ/4回目

トリノTorinoに着いて、まずはランチをいただくために、美味しいとの評判のピッツェリアを目指します。それがなかなか見つかりません。福音教会Comunità protestante internazionale di lingua ingleseが通りの向かいに見えたあたりでピッツェリアの場所がまったくわからなくなります。

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仕方がないので、いったん、道を戻って、最初から歩き直すことにします。急がば回れです。駅前のカルロ・フェリーチェ広場Piazza Carlo Feliceに戻って、出直しです。ポルティコの中に壁と一体化したような本屋さんがあります。

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カルロ・フェリーチェ広場から右に折れて、ジュゼッペ・ルイージ・ラグランジェ広場Piazza Giuseppe Luigi Lagrangeに入ります。

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ここから、ジュゼッペ・マッジーニ通りVia Giuseppe Mazziniを歩きます。この通りの先に目指すピッツェリアがある筈です。通りを歩いていると、店先に黄色い牛さんが置いてあります。ほっこりしますね。

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やがて、左手に大きな広場があります。ジャンバティスタ・ボドーニ広場Piazza Giambattista Bodoniです。広場の中央には立派な騎馬像があります。アルフォンソ・フェレーロ・ラ=マルモラAlfonso Ferrero della Marmoraの像のようです。彼は軍人出身でイタリア首相にもなった人物です。

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この広場のすぐ先に目指すピッツェリアがありました。初めて訪れる町は、方向感がつかめないのです。地図で通り、通りの名前を次々に確認しながら、ようやく発見できました。結局、駅からぐるぐると30分近く歩きました。迷わずに歩けば10分ほどだったでしょう。

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ラ・スパッカナポリLa Spaccanapoliというお店です。

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店先にテント屋根のテラス席があるので、そこのテーブルに落ち着くことにします。

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ところがお店のスタッフがなかなか店の中からあらわれません。

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しばらく待つと、ようやくスタッフが出てきます。さて、何を注文しましょう。お店の名前がナポリの通りの名前になっているので、ナポリのピザを思い出します。で、ナポリで食べたブッファーラ(水牛のモッツァレラチーズ)のピザの味が忘れられないので、それはないかと訊くと、何とそのチーズでピザを作ってくれるとのことです。言ってみるもんですね。飲み物は暑いので、コーラを注文。これはすぐに持ってきてくれます。

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ところで、ヨーロッパでは、冷たい飲み物という概念がないようです。どんなに暑くても、飲み物は冷えていません。ところが、昨日のミラノでの飲み物には氷が入っていたんです。もうびっくり。最近はヨーロッパも暑いので、だんだんそんな習慣が広まっているのかしら。今日もとっても暑いので、飲み物をお願いするときに、氷を入れてねと言ってみました。すると、何と氷をアイスボックスに入れて持ってきてくれます。感激! 

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今回の旅では、アチコチで試してみましょう。
さて、しばらく待たされて、ようやく肝心のピザが出てきます。これはブッファーラのマルガリータです。

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これはベーコンと玉ねぎですが、同じくブッファーラのピザです。

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もうこれは美味しかったのはもちろん。ほっぺたが落ちます。イタリアでしか食べられない味ですね。ともかくチーズが水でジュバジュバって感じです。

ピザに満足したところで、街歩きを始めましょう。まずはポー川を目指します。ピッツァリアを出て、ジュゼッペ・マッジーニ通りをさらに先に進みます。

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ここまでの街歩きのルートを地図で確認しておきましょう。

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ずい分、無駄な歩き方をしていますが、街歩きって、こういうのが楽しいんです。強がりですけどね。



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トリノ散策:ポー川をぶらり

2017年7月21日金曜日@トリノ/5回目

トリノTorinoの美味しいピザを食べて、いよいよ、本格的にトリノ散策を始めます。トリノ散策はポー川Poから始めます。なぜポー川なのって、配偶者に訊かれますが、やはり、トリノって言ったら、ポー川でしょう。そういうイメージがsaraiにはあります。ポー川に向かって、ジュゼッペ・マッジーニ通りVia Giuseppe Mazziniをまっすぐに歩いていきます。5分ほど歩いたところで、んって感じのお店があります。

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やっぱり、日本料理のレストランです。お店の中で背中を見せている料理人は日本人のようにも見えます。店名は《東京》です。

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その日本料理店のすぐ先に綺麗な教会があります。ギリシャ様式の美しい柱が印象的なカトリック教会、サン・マッシモ教会Chiesa di San Massimoです。

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美しいファサードです。

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建物のちょっとしたアーチ形の入り口の先を覗くと、てっても素敵な空間が広がっています。こういうところがイタリアの古都歩きの醍醐味です。

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5分ほど歩くとトラムの線路のある大きな通りに出ます。コルソ・カイローリ通りCorso Cairoliです。通りの先には凱旋門のようなものも見えています。これはヴァレンティーノ公園Parco del Valentinoの門Arco monumentale all'Arma di Artiglieriaだそうです。

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この大通り、コルソ・カイローリ通りはポー川に沿った通りです。通りを渡って、ポー川を見に行きましょう。

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ポー川は緑に包まれて、大都会に流れる川とは思えない雰囲気です。

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対岸の丘の上には丸い建物が見えます。サンタ・マリア・デル・モンテ教会Santa Maria Del Monteです。

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せっかくですから、ここからポー川の川縁に下りましょう。

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川岸からは石造りの綺麗な橋が見えます。ウンベルト1世橋Ponte Umberto Iです。

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川縁を歩いて、旧市街のある北のほうに向かいます。クルーズ船乗り場がありますね。

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これがクルーズ船のチケット売り場ですが、落書きだらけで営業していないようです。ポー川クルーズっていうのもよさそうですね。saraiはクルーズ好きなんです。

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川岸に一艘のボートがつながれていますが、これでクルーズするわけにはいきません。ウンベルト1世橋がかなり遠くなりました。

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ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。

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さらに川縁を進むと、何と障害物が立ちはだかります。さあ、どうしよう・・・。



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トリノ散策:ポー川から旧市街へ

2017年7月21日金曜日@トリノ/6回目

トリノTorinoのポー川Poの川縁を散策しているところです。北の方に見えているヴィットリオ・エマヌエーレ1世橋Ponte Vittorio Emanuele Iに向かって歩いていきます。

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ところが行く手の先は工事中で、行き止まりのようです。困りましたね。

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このあたりにしばし佇み、ポー川を眺めながら、どうしようかと考えます。

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今さら、戻るのも何ですね。こんなに歩いてきてしまいました。

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悩んでいると、後ろから2人連れが追いぬいて、悠然と歩いていきます。工事現場の先に行けるのかもしれませんね。ジッと見つめていると、確かに工事現場を通り抜けていきます。我々も前に進みましょう。無事に工事現場の中の通路を通り抜けることができました。ヴィットリオ・エマヌエーレ1世橋への坂道もすぐです。その手前には階段もありますね。

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手前の階段を上って、上の通りに上がります。ヴィットリオ・エマヌエーレ1世橋とカトリック教会のグラン・マードレ・ディ・ディオ教会Catholic Parish Church Gran Madre Di Dioの美しい眺めが見えます。

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上の通りには古めかしい大きな建物があります。アパートメントのようですが、そこからはポー川の眺めがいいんでしょうね。

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ここはムラッツィMurazziと呼ばれるポー川沿いの散策路になっています。その歴史が刻まれた説明板があります。このムラッツィは旧市街の城壁の石材を使って、川沿いに作られた人工地盤のようなもののようです。1834年ころに作ったそうですから、歴史が古いですね。

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ヴィットリオ・エマヌエーレ1世橋の袂に近づきます。ポー川もこれで見納めです。

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橋の前には大きな広場があります。ヴィットリオ・ヴェネト広場Piazza Vittorio Venetoです。

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ポー川から離れて、この大きな広場の中を歩きます。

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広場の周りはポルティコが続いています。

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広場の中央は道路になっていて、トラムも走っています。

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広場を囲む建物の向こうに奇妙なタワーが見えています。モーレ・アントネッリアーナMole Antonellianaというトリノのランドマークです。この建物の中には国立映画博物館があります。これから、このタワーに向かうのですが、実はこの時点ではこの奇妙なタワーがまさか、自分の目指しているモーレ・アントネッリアーナだということが分かっていなかったんです。トリノを訪れるのは初めてですからね。

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ここまでの散策ルートを地図で確認しておきましょう。

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さて、これから、地図を見ながら、迷いつつ、モーレ・アントネッリアーナのタワーに向かいます。タワーに上って、トリノの町の眺めを楽しむつもりです。



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首都圏の様々なジャンルのクラシックコンサート、オペラの感動をレポートします。在京オケ・海外オケ、室内楽、ピアノ、古楽、声楽、オペラ。バロックから現代まで、幅広く、深く、クラシック音楽の真髄を堪能します。
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08/04 21:31 G線上のアリア

じじいさん、コメントありがとうございます。saraiです。
思えば、もう10年前のコンサートです。
これがsaraiの聴いたハイティンク最高のコンサートでした。
その後、ザル

07/08 18:59 sarai

CDでしか聴いてはいません。
公演では小沢、ショルティだけ

ベーム、ケルテス、ショルティ、クーベリック、
クルト。ザンデルリング、ヴァント、ハイティンク
、チェリブ

07/08 15:53 じじい@

saraiです。
久々のコメント、ありがとうございます。
哀愁のヨーロッパ、懐かしく思い出してもらえたようで、記事の書き甲斐がありました。マイセンはやはりカップは高く

06/18 12:46 sarai

私も18年前にドレスデンでバームクーヘン食べました。マイセンではB級品でもコーヒー茶碗1客日本円で5万円程して庶民には高くて買えなかったですよ。奥様はもしかして◯良女

06/18 08:33 五十棲郁子

 ≪…明恵上人…≫の、仏眼仏母(ぶつげんぶつも)から、百人一首の本歌取りで数の言葉ヒフミヨ(1234)に、華厳の精神を・・・

もろともにあはれとおもへ山ざくら 花よりほか

通りすがりさん

コメント、ありがとうございます。正直、もう2年ほど前のコンサートなので、詳細は覚えておらず、自分の文章を信じるしかないのですが、生演奏とテレビで

05/13 23:47 sarai
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