人生は美しい。美しい音楽を聴いているとそう思えてきます。藤村実穂子のリーダーを聴いて、感動で胸がいっぱいになりました。紀尾井ホールでの彼女のリーダーアーベントも今回で5回目だそうですが、これまでの4回を聴き逃したのが悔やまれます。
シューベルトのゲーテとシラーの詩による歌曲で幕を開けましたが、藤村美穂子としては普通の出来に思えました。つまり、もっと歌えたんじゃないかという感じです。《糸を紡ぐグレートヒェン》の切迫さ、《ギリシャの神々》での美しい声の響きは印象的ではありましたけどね。
続いて、ワーグナーの《ヴェーゼンドンクの詩による歌曲》で俄然、彼女の本領が発揮されます。美しい声と類い稀なる表現、さすがに本場で活躍するワーグナー歌手です。とりわけ、楽劇《トリスタンとイゾルデ》のもととなった第3曲《温室で》と第5曲《夢》の幻想的な雰囲気の歌唱に魅惑されました。しかし、本当に素晴らしかったのは続く後半のプログラムだったんです。
休憩中にロビーで先行発売されていたモイツァ・エルトマンの7月の来日公演のチケットをゲットして、ルンルン気分になります。saraiは彼女の大ファンですからね。アムステルダムのネーデルランド・オペラで聴いたベルクのオペラ《ルル》の名唱が思い出されます。サイン会のときの楽しい会話も忘れられない思い出です。
休憩後の後半の素晴らしさといったら・・・世界最高のメゾ・ソプラノとして認定します!
ブラームスの最初の2曲は民謡調の和やかな雰囲気ですが、飛びっきり美しい歌唱です。続く《五月の夜》はブラームスの歌曲の中でも傑作の1曲。藤村実穂子はその美声を発揮して見事に歌い上げます。続く《永遠の愛》はsaraiが愛聴してやまないブラームス歌曲です。耳にタコができるほど聴いてきたキルヒシュラーガーの名唱に優るとも劣らない素晴らしい歌唱にうっとりと聴き入りました。最後の《私の恋は緑》はシューマンの息子フェリックスの10代の頃の詩に曲を付けたもので、ブラームスがシューマン家を訪れて、楽譜をプレゼントしたという逸話が残っています。そういうほのぼのとしたブラームスとシューマン一家との交流に思いを馳せながら聴いていると、藤村実穂子の温か味のある歌唱が胸に強く迫ってきます。藤村実穂子がこんなにブラームスの歌曲を見事に歌うなんて、想像外で感銘を受けました。
最後はマーラーの《リュッケルトの詩による歌曲》です。これがこの日、最高の歌唱でした。声の美しさ、表現、テクニック、すべてが完璧でした。彼女はワーグナー歌手ではなく、マーラー歌手です。そう感じてしまうほどの素晴らしさでした。最初の3曲、《あなたが美しさゆえに愛するなら》、《私の歌を見ないで》、《私は優しい香りを吸い込んだ》はとても美しくて、マーラーの美質をすべて表現し尽くたと思えるような素晴らしさです。しかし、続く《真夜中に》の深い表現の歌唱は美声とか、そういうことはどうでもよくなるような究極の芸術を感じさせられました。聴いているともう息ができないほどの緊張感を強いられて、強い感動が心の底から起きてきます。この曲を最後に持ってくればよかったのにと思いつつ、最後になる次の《私はこの世から姿を消した》を聴き始めます。多くの女声歌手が《リュッケルトの詩による歌曲》を歌うときに最後に持ってくる名曲中の名曲です。これは凄かった! マーラーの交響曲を聴いて得られる感動と同等以上の感動がそこにはありました。厭世的な雰囲気を漂わせた、この歌曲の真髄を深く抉った素晴らしい歌唱に魂を持っていかれた感じです。感動で涙が滲みます。静かなフィナーレに心は感動でいっぱいです。ここで人生は美しいと感じたんです。マーラーと藤村実穂子とsaraiの魂が奥底でつながった思いです。音楽なしには人生は実感できません。こういう時間を作り出してくれた藤村実穂子に深く感謝するのみです。
アンコールはいらないと思いましたが、これがまた素晴らしいものでした。「子供の魔法の角笛」の名曲です。前回のリーダーアーベントの本編で歌ったようですね。これはアッター湖の作曲小屋で作曲した名作です。そういえば、さきほどの《リュッケルトの詩による歌曲》は昨年の旅で訪れたマイヤーニックの作曲小屋で作曲したものですね。あの作曲小屋で交響曲第5番のアダージェットを聴いたことを思い出します。《私はこの世から姿を消した》も聴かせてもらえばよかったな・・・。
アンコールの最後はピアノの伴奏が始まるとすぐにあっと思います。そういえば、最近もそういう経験がありました。昨年のザルツブルク音楽祭でガランチャの歌曲リサイタルのアンコールのシメがこのR・シュトラウスの《明日の朝Morgen!》でした。ガランチャも素晴らしかったんですが、今日の藤村実穂子も涙が出るほど素晴らしいです。それにこの曲はsaraiが多分、もっとも愛する歌です。素晴らしい歌唱で最後を終えて、こんなに嬉しいことはありません。ちなみに昨年、ガルミッシュ・パルテンキルヒェンにあるR・シュトラウスの山荘を訪れた際にPCで聴いたのがフェリシティ・ロットの歌う《明日の朝Morgen!》でした。
色んな個人的な思い出も錯綜する嬉しいリサイタルでした。
今日のプログラムは以下です。
メゾ・ソプラノ:藤村実穂子
ピアノ:ヴォルフラム・リーガー
シューベルト
:ガニュメート
:糸を紡ぐグレートヒェン
:ギリシャの神々
:湖上にて
:憩いなき愛
ワーグナー:ヴェーゼンドンクの詩による歌曲
天使、止まれ!、温室で、悩み、夢
《休憩》
ブラームス
:セレナーデ
:日曜日
:五月の夜
:永遠の愛
:私の恋は緑
マーラー:リュッケルトの詩による歌曲
あなたが美しさゆえに愛するなら、私の歌を見ないで、私は優しい香りを吸い込んだ、真夜中に、私はこの世から姿を消した
《アンコール》
マーラー:歌曲集「子供の魔法の角笛」より 原光Urlicht
R・シュトラウス:明日の朝Morgen! Op.27-4
今回はきっちりと予習をしました。
シューベルトは以下です。
バーバラ・ボニー&ジェフリー・パーソンス ガニュメート、糸を紡ぐグレートヒェン
エリー・アメリンク&ダルトン・ボールドウィンほか ガニュメート、糸を紡ぐグレートヒェン、ギリシャの神々、湖上にて
エリザベート・シュヴァルツコップ&エドウィン・フィッシャー ガニュメート、糸を紡ぐグレートヒェン
バーバラ・ヘンドリックス&ラドゥ・ルプー ガニュメート、糸を紡ぐグレートヒェン、憩いなき愛
ベルナルダ・フィンク&ゲルハルト・フーバー 全曲
ケイト・ロイヤル&マルコム・マルティノー 憩いなき愛
ブリギッテ・ファスベンダー&エリック・ウェルバ 湖上にて
バーバラ・ボニー、エリー・アメリンク、エリザベート・シュヴァルツコップはsaraiの愛する3大歌手です。彼女たちのシューベルトは文句なしに素晴らしいです。バーバラ・ヘンドリックスとベルナルダ・フィンクもなかなかの出来でした。ピアノもシューベルトにおいては重要な要素です。エドウィン・フィッシャーやラドゥ・ルプーはさすがの演奏です。
ワーグナーの《ヴェーゼンドンクの詩による歌曲》は以下です。
アドリアンヌ・ピエチョンカ&ブライアン・ジーガー
クリスタ・ルートヴィヒ&オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団
キルステン・フラグスタート&マルコム・サージェント指揮BBC交響楽団
稀代のワーグナー・ソプラノのフラグスタートの歌唱に魅せられました。これは1953年録音ですが、1957年にクナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルとステレオ録音しているそうです。是非、聴いてみたいと思っています。
ブラームスは以下です。
アンネ・ソフィー・フォン・オッター&ベンクト・フォシュベリ 全曲
ベルナルダ・フィンク&ロジャー・ヴィニョールズ セレナーデ、日曜日、五月の夜、永遠の愛
ナタリー・シュトゥッツマン&インゲル・ゼーデルグレン セレナーデ、五月の夜、永遠の愛、私の恋は緑
アンゲリカ・キルヒシュラーガー&グレアム・ジョンソン 永遠の愛、私の恋は緑
フォン・オッターは素晴らしい歌唱。キルヒシュラーガーは愛聴しています。フィンクも安定した歌唱です。
マーラーの《リュッケルトの詩による歌曲》は以下です。
ディートリヒ・フィッシャー・ディースカウ&レナード・バーンスタイン(p) 《あなたが美しさゆえに愛するなら》以外
ジャネット・ベイカー、ジョン・バルビローリ指揮ニューフィルハーモニア 全曲
クリスタ・ルートヴィヒ、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル 全曲
アンネ・ゾフィー・フォン・オッター、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮北ドイツ放送交響楽団 全曲
クリスタ・ルートヴィヒ、オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア 私はこの世から姿を消した、真夜中に、私は優しい香りを吸い込んだ
男声ですが、フィッシャー・ディースカウとバーンスタインは究極の演奏。完璧です。ほかも素晴らしい演奏です。やはり、曲がよいと演奏も力が入りますね。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽