今日も
田部京子は音楽の神に選ばれた天才ピアニストぶりを遺憾なく発揮しました。シューベルトが素晴らしいのはもちろんで、もう驚きもしませんが、シューマンのこんなに素晴らしい演奏を聴くのは我が人生で初めてのことです。前回のリサイタルで聴いたベートーヴェン、ブラームスの最高の演奏とあわせると、ドイツ・オーストリア音楽では世界で最高の実力を持つピアニストであることを実感しました。そうそう、前回聴いたモーツァルトも素晴らしい演奏でしたから、ドイツ・オーストリア音楽では無敵のピアニストですね。saraiが実際に聴いたピアニストで匹敵できるのはアンドラーシュ・シフだけです。
今回のピアノ・リサイタルは
田部京子が満を持して開始したシューベルト・プラスというコンサートシリーズの第4回です。
田部京子と言えば、シューベルト。シューベルトと言えば、
田部京子です。(今日まではそう思っていましたが、シューマンの凄い演奏を聴いて、その確信が揺らいでいます。) 第1回の幻想ソナタ(第18番)は残念ながら聴き逃しましたが、第2回の遺作ソナタ、ハ短調 D. 958、第3回の遺作ソナタ、イ長調 D.959は最高の演奏でした。そのときのリサイタルの記事は
ここと
ここです。
以下に前前回書いた
田部京子の特徴についての記事を再度掲載しておきます。彼女のピアノについてはこれ以上は書けません。
------------------ここから引用開始-----------------------
いつも書くことですが、素晴らしい演奏を言葉で表現することは大変難しいことです。何とか表現してみましょう。
田部京子の演奏は素晴らしいテクニックをベースとして、実に丁寧なアーティキュレーションとフレージングの表現が見事で、聴くものがその音楽にぐっと惹きつけられます。しかし、本当に凄いのはそういうことではなくて、彼女の優しく心の襞を撫でてくれるような深い詩情、あるいは味わい(初めて経験するような感覚なので適用な言葉が思い当たりません)に満ちた演奏です。
------------------ここまで引用終了-----------------------
さて、今日の演奏をまとめてみましょう。
まず、何故か、メインである筈のシューベルトの4つの即興曲 D935が最初に演奏されます。本来は今回のリサイタルでシューベルト・プラスのコンサートシリーズでまだ弾かれていない遺作のピアノソナタ第21番 変ロ長調 D960が弾かれるべきところでしたが、それは先延ばしになって、シューベルトでは即興曲 D935だけが今回のプログラムに組み込まれました。即興曲 D935も大傑作の作品なので十分、今回のメインになる曲目なのに最後に演奏するプログラムにならなかったのが不思議です。プログラムの順番のことはさておいて、saraiの心の内では今日のメイン曲のつもりで聴き入ります。
この即興曲は名前こそ即興曲になっていますが、ロベルト・シューマンは実質、4楽章のソナタと同一視できると指摘しているほど、充実した内容になっています。とりわけ、第1曲のヘ短調のアレグロ・モデラートは構築性の高いソナタ形式(展開部は欠きますが)になっていて、田部京子の演奏も冒頭から堂々たる表現で圧倒的です。第2主題にはいると抒情的な雰囲気が醸し出されて、ロマンの香気がたちのぼります。全体に甘いロマンは排して、構築性の高さを前面に押し出した禁欲的な表現の見事な演奏です。
第2曲の変イ長調のアレグレットは抒情性の高い名曲中の名曲です。シューベルトのピアノ曲の中でsaraiが最も愛する曲です。これはとても美しい演奏でした。中間部の三連符のアルペジョも魅惑的です。うっとりしているうちに終わってしまいます。
第3曲の変ロ長調のアンダンテは劇付随音楽『キプロスの女王ロザムンデ』の有名な主題に基づく変奏曲です。冒頭の主題は格調高く弾かれます。安定したテンポ感もつぼにはまっています。第1変奏の付点のリズムが心地よく響きます。音楽の流れも美しいです。第2変奏の装飾音が宝石のようにきらきらと輝きます。ショパンでも聴いている雰囲気ですが、納得できる格調の高さの演奏になっています。第3変奏は暗いデモーニッシュな感じでダイナミックな表現で圧倒的です。第4変奏は軽く過ぎて、第5変奏の上下行する音階がきらめくような表現で美しさの限りです。最後に主題に戻って、簡潔なシメで長大な変奏曲を静謐な雰囲気で閉じます。
第4曲のヘ短調のアレグロ・スケルツァンドは終曲にふさわしいアップテンポの切れの良い音楽です。最初、少し、もたついたような印象を覚えましたが、すぐにシャープな演奏になります。軽快にかつ爽快に音楽が進行し、フィナーレは壮大に急下降し、圧倒的な幕切れ。この第4曲が最高の演奏でした。
今日はもう、これだけ聴けば、帰ってもいいかなと思うほどでしたが、実はそれは早とちりだったんです。
休憩にはいったところで次回のリサイタルのチケットを求めて、走りましたが、遅れをとり、30~40人に先行されました。それでも何とか、そこそこの席のチケットをゲット。次回はシューベルト・プラスのコンサートシリーズの特別編で田部京子のCDデビュー25周年記念リサイタルなんだそうです。ともあれ、遂にそのリサイタルで遺作のピアノソナタ第21番 変ロ長調 D960が弾かれます。さらにシューマンの交響的練習曲も弾かれます。絶対に聴き逃がせないコンサートです。これで遺作ソナタの全3曲を聴くことができます。もちろん、田部京子のCDでも聴くことができますが、それらが録音されたときとは彼女の音楽的な熟成度が違います。それにライヴの素晴らしさも加わるのですから、とても楽しみです。ところでまだ演奏されていないアレグレット ハ短調D.915と3つの即興曲 D.946はどうなるんでしょう。実は来年の7月にシューベルト・プラスのコンサートシリーズの第5回が告知されました。そこで弾くのかな。因みにCDデビュー25周年記念ということで、25年前のデビューCDは何だったのか、調べてみました。何とショパンの名曲集でした。シューベルトのCDは翌年の3枚目のCDでようやく登場しています。そのCDでいきなり遺作ソナタの第21番 変ロ長調 D960が録音されました。つまり、彼女のCDは何と24年前の若き日の記録です。早々に再録音が期待されますね。
ともあれ、後半の演奏が始まります。
最初はメンデルスゾーンの「夏の名残のばら」による幻想曲という珍しい曲です。しかし、彼女はCDにも録音しているので、得意にしているのでしょう。「夏の名残のばら」というのは早い話がアイルランド民謡「庭の千草」のことです。耳慣れたメロディーが格調高く演奏されます。超絶技巧的な早いパッセージがそのメロディーに続いて演奏されます。天才ピアニストの田部京子はそれをいとも簡単に弾きこなします。演奏する姿を見ると、何とうつむいて目を閉じて演奏しています。一体どれだけ、練習したのか・・・それとも天才のなせる業なのか! 小曲ですが、素晴らしい演奏でした。
次は最後の曲。シューマンの謝肉祭です。順番から言えば、これが今日のメインの曲になります。リラックスしながら聴き始めましたが、中盤から、そのあまりに見事な演奏に唖然となります。これがあの聴き慣れた謝肉祭なんでしょうか。今まで、この曲の何たるかを知らずに聴いていた思いにかられます。シューマンらしい、ある意味、支離滅裂さに幻惑されていましたが、すべての曲、すべてのパッセージは急に生き生きと意味付けられて、何という統一性を持って、saraiの心に響いてくるのでしょう。音楽というものは作曲家が書きつけた譜面を演奏者が再現することによって成立する芸術です。優れた演奏者がその音楽の本質を理解・解釈して、我々、凡人たる聴衆に提示して、その音楽の何たるかを表現してくれるわけですが、シューマンのような、一見すると分かりにくい音楽は田部京子のような天才ピアニストの存在なしには、凡人のsaraiには決して、その本質は理解できなかったでしょう。今日、パーっと霧が晴れたようにシューマンの音楽の実像が見えた思いです。そのシューマンの音楽があり得ないほどに魅惑的なこと・・・素晴らしいです。シューベルトの素晴らしい音楽に続いたシューマンの本当の素晴らしさを初めて実感できました。謝肉祭の終盤では、気持ちが高潮して、大きな感動に包まれました。田部京子のピアノで是非、クライスレリアーナや幻想曲も聴きたいという強い思いになりました。今日のメインはまさしく、このシューマンの謝肉祭でよかったんですね。
前回もそうでしたが、もう、アンコールは不要です。何を弾いても野暮になります。でも、拍手に応えて、田部京子はピアノの前に座ります。流れてきたのは、とっても美しい曲。聴き覚えはありますが、何の曲かは思い出せません。シューマンの交響的練習曲でした。それもブラームスが校訂した第3版で追加された遺作の変奏曲の5曲の最後の曲。これは次回のリサイタルの予告ですね。この遺作の5曲はいつも演奏順が話題になります。ピアニストの意思でどこに挿入してもよいからです。で、田部京子はどうするのか、ちょっと調べてみました。彼女の過去のCDに答えがありました。練習曲9と練習曲10の間に遺作の5曲を順序通りに挿入するようです。まとめて順序通りに挿入するというのはポリーニと同じですが、挿入場所が異なります。田部京子と同じやりかたのピアニストはいるのでしょうか。
アンコールの最後はトロイメライ。美しい演奏です。『子供の情景』全曲が想像されます。素晴らしい演奏になるでしょう。聴きたい! シューベルト・プラスの次は是非ともシューマン・プラスをお願いします。
今日のプログラムは以下です。
田部京子シューベルト・プラス 第4回
ピアノ:田部京子
シューベルト:4つの即興曲 D935 Op.142
《休憩》
メンデルスゾーン:「夏の名残のばら」による幻想曲 ホ長調 Op.15
シューマン:謝肉祭 「4つの音符による面白い情景」Op.9
《アンコール》
シューマン:交響的練習曲 遺作 変奏5
シューマン:『子供の情景』Op.15より、第7曲『トロイメライ』
いやはや、田部京子って、何て凄いピアニストなんでしょう。
最後に予習について、まとめておきます。
シューベルトの4つの即興曲 D935を予習したCDは以下です。
ヴィルヘルム・ケンプ 1965年 ハノーバー、ベートーヴェンザール
アルフレード・ブレンデル 1974年 ロンドン
マレイ・ペライア 1980年 30番街スタジオ ニューヨーク セッション録音
マリア・ジョアン・ピリス 1997年 リスボン
アンドラーシュ・シフ 1998年
アンドラーシュ・シフ 2015年 フォルテピアノ ハイレゾ
田部京子 2000年
いずれも選び抜いたCDですから悪いはずがありません。ケンプは最初からの愛聴盤。ブレンデルはそれに次ぐもの。1988年に再録音しています。今回も聴きたかったのですが、時間切れ。1974年が出色の出来なので、まあいいでしょう。ペライアはやはり美しい響きの素晴らしい演奏。ピリスは夢見る乙女のような憧れに満ちた演奏。こういう演奏は彼女だけです。とってもロマンチックです。シフの旧盤はシフにしては少し不満が残りますが、他と比べても遜色はありません。もっと弾けるはずだということです。新盤はフォルテピアノなので音が痩せています。高音の繊細さはいいのですが、日々、聴く気にはなれません。モダンピアノ(ベーゼンドルファー)での再録音が望まれます。ライヴが最高でしょう。田部京子のCDは真打ちです。素晴らしい。古いところで、シュナーベル、エドウィン・フィッシャー、クリフォード・カーゾンあたりも聴きたかったところです。そうそう、ラドゥ・ルプーも欠かせなかったですね。
メンデルスゾーンの「夏の名残のばら」による幻想曲を予習したCDは以下です。
ハワード・シェリー 2013年 ロンドン
どうだこうだと言う演奏ではありません。特に問題ない演奏です。本当は田部京子の録音で聴きたかったのですが、CDを未入手です。
シューマンの謝肉祭を予習したCDは以下です。
ユーリ・エゴロフ 2008年 ベルリン、シャウシュピールハウス ライヴ録音
なかなか独特の演奏で惹き付けられる部分も多い演奏です。全体的にはもうちょっとという感じも残ります。シューマンの奔放さと構成の妙のバランスがもうひとつです。しかし、水準以上の優れた演奏ではあります。やはり、田部京子のCDを購入すべきかもしれません。今日の演奏を聴いた後ではなおさらです。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽