ヒラリーの演奏するバッハはその一音、一音の響きがまるで宇宙の深淵をのぞき込むような雰囲気を醸し出します。音楽芸術の究極を垣間見た思いです。ディテールは丁寧に表現され、さらにフレーズはわずかにテンポを揺らしながら、ふくよかな振幅を持って、鼓動していきます。考え抜かれたアーティキュレーションで色付けされた音楽はその構成感も柔らかに枠取りされています。自然な音楽表現にこちらはゆったりと身を預けているだけで、最高の音楽が心と体にしみわたってきます。ヴァイオリンを奏でるヒラリーは曲想に合わせて、体をゆすっています。原初的なダンスのような動きは目にもこころよく感じます。
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全6曲はすべて素晴らしい演奏でしたが、とりわけ、3曲のソナタの素晴らしさが印象的でした。saraiはむしろパルティータの舞曲の音楽が好みだったのですが、今回のヒラリーの演奏を聴いて、ソナタの胸に迫るような美しさを教えられました。なかでも今日、冒頭に演奏されたソナタ第2番 イ短調 BWV 1003の美しさは際立っていました。第1楽章のグラーヴェの静謐な美しさ、第2楽章のフーガの魂に迫るような熱さ、第3楽章のアンダンテの連続した持続音が粛々と響いてくる心地よさ、そして、第4楽章のアレグロのきびきびとした迫力。すべてがパーフェクトに表現され尽くして、深い音楽の海に心を浸している思いに駆られました。演奏が終わっても、拍手するのがためらわれるような極上の音楽でした。他の2曲のソナタも同様の素晴らしい演奏でした。もちろん、パルティータの演奏も見事でした。既に書いた通り、前回のシャコンヌには感動しました。今日のパルティータ第3番の第2楽章のルールも美しさが際立っていました。しかし、そういう素晴らしいパルティータ以上にソナタの演奏は水際立った美しさでした。
もう一生、味わうことのできないような究極の音楽体験でした。音楽を聴くということではゴールにたどりついた思いです。しかし、全曲を演奏し終わったときのヒラリーの表情は達成感ではなく、ひとつの通過点を過ぎたとでもいうような微妙な表情を浮かべていました。saraiにはゴールでしたが、ヒラリーは洋々たる未来への通過点でしょうか。saraiがヒラリーのゴールを見極めることはないでしょう。それはそれでよいのかも・・・。
今日のプログラムは以下です。
ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲コンサート 第2夜
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番 イ短調 BWV 1003
I. グラーヴェ Grave
II. フーガ Fuga
III. アンダンテ Andante
IV. アレグロ Allegro
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番 ホ長調 BWV 1006
I. 前奏曲 Preludio
II. ルール Loure
III. ロンドー形式のガヴォット Gavotte en rondeau
IV. メヌエットI-II Menuett I-II
V. ブレ Bourree
VI. ジグ Gigue
《休憩》
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番 ハ長調 BWV 1005
I. アダージョ Adagio
II. フーガ Fuga
III. ラルゴ Largo
IV. アレグロ・アッサイ Allegro assai
《アンコール》
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番 ロ短調 BWV 1002 から 第3楽章 サラバンダ Sarabanda
最後に今回の予習について、まとめておきます。と言っても、前回と同じです。
ヒラリー・ハーン・プレイズ・バッハ~無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番&第2番、パルティータ第1番 2017年6月 ニューヨーク州 バード大学、Richard B. Fisher Center
ヒラリー・ハーン バッハ:シャコンヌ(パルティータ第3番&第2番、ソナタ第3番) 1996年6月、12月、1997年3月
ヒラリーが16歳から17歳にかけて録音したデビューアルバムはその若さ故の天衣無縫の演奏が実に魅力的ですが、驚くべきことにバッハの深淵を感じさせる演奏でもあります。昨年録音した無伴奏の完結編は素晴らしい響きの演奏で最近の円熟ぶりを実感しました。と言っても、彼女はまだ、40歳にもならない若さです。厳しいバッハ演奏を聴かせてくれたヘンリック・シェリングとはまた違った魅力があります。
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