アンコールではつい10日ほど前に聴いたばかりのバッハの無伴奏ソナタを聴かせてもらいましたが、やはり、これは素晴らしいです。モーツァルトを弾いたときには天使に思えたヒラリーがバッハではミューズの如き、全能の存在に思えます。次回の来日時には、さらなる進化を遂げていることを疑いません。
これで前半のプログラムが終わり、今回のコンサートに足を運んだ目的を果たすことができました。
後半のシューベルトの交響曲第8(9)番 ハ長調 「ザ・グレート」は失礼ながら、ある意味、おまけのようなものです。パーヴォ・ヤルヴィと相性の悪いsaraiとしては、ほとんど期待していない演奏です。
ところがです。これまでに結構、パーヴォ・ヤルヴィの指揮は聴いてきましたが、今回は最高の演奏でした。ロマン派の交響曲の幕開けとも言える、この傑作を見事に表現してくれました。ベートーヴェンが完成した古典派の交響曲を引き継ぎ、詩的な要素をふんだんに盛り込んで、新しい道を示した記念碑的な作品の歴史的な意義を十分に表現して、さらにはベートーヴェンの交響曲第7番との関連性や交響曲第9番からの発展を示してくれました。さらに交響曲史で連なっていく、シューマン、ブラームス、ブルックナーへの展望も内包したような演奏は見事なものでした。演奏内容では、とりわけ、第4楽章の喜びやロマンの躍動の魅力に満ちた演奏は最高でした。
ちなみに、このシューベルトの最後の交響曲はチロルの温泉地のバード・ガシュタインBad Gasteinに滞在中にスケッチされたというのが最近は有力視されています(つまり、幻のグムンデン=ガシュタイン交響曲の正体はこの交響曲第8(9)番 ハ長調 「ザ・グレート」であろうということです)。プライベートなことですが、昨年、ザルツブルク音楽祭に行った際、その合間を縫って、このバード・ガシュタインに温泉を楽しむために訪れました。現在、当ブログでは、その際の訪問記をちょうど書いているところです。なんだか、不思議な暗合になったようで、嬉しくなります。
また、今年は特にシューマンに興味を持った年でsaraiにとって、《シューマンの年》のような感じです。つい先日まで、シューマン研究の学徒である前田 昭雄氏の書いた著書≪シューマニアーナ≫を読んでいました。その中でシューマンとこのシューベルトの交響曲第8(9)番 ハ長調 「ザ・グレート」の関わり合いについて詳述されていました。シューマンがウィーンでフランツ・シューベルトの兄フェルディナンドを訪れ、手つかずになっていたフランツの書斎を見せてもらい、そこで埋もれていた交響曲第8(9)番 ハ長調 「ザ・グレート」の楽譜を発見して、ただちに盟友のメンデルスゾーンのもとにそれを送って、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスで初演したのは有名な話です。シューマンがほどなく、その演奏を聴き、感激して、その夜、クララ・ヴィーク(まだ、クララとは結婚前)に手紙を書き、自分の理想とすることは、クララとの結婚と自分の交響曲を書き上げることだと告げます。そして、翌年の1840年にシューマンはクララとの結婚を果たし、さらに翌年の1841年には最初の交響曲第1番≪春≫を書き上げて、自分の理想を現実にします。ある意味、シューマンの人生が一番、輝いた時期でした。その中心にあったのは、このシューベルトの作品です。それなしにシューマンの交響曲は成立しなかったかもしれません。
色んな意味で今日、この作品の素晴らしい演奏を聴いたことはsaraiにとっての必然であったのかもしれないと密かに夢想しています。
今日のプログラムは以下です。
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
管弦楽:ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 「トルコ風」K.219
《アンコール》 バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番 ハ長調 BWV 1005 から 第4楽章 アレグロ・アッサイ Allegro assai
≪休憩≫
シューベルト:交響曲第8(9)番 ハ長調 「ザ・グレート」D944
≪アンコール≫
シベリウス:悲しきワルツ Op.44-1
最後に予習について、まとめておきます。
モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲を予習したCDは以下です。今更、予習は必要ありませんけどね。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団 1964年録音
重々しい部分と軽やかな部分がくっきりと表現された落ち着いた演奏です。
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番を予習したCDは以下です。
ヒラリー・ハーン、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィル 2012年12月4&5日 ドイツ、ブレーメン
アンネ・ゾフィー・ムター(Vn,指揮) ロンドン・フィル 2005年7月 ロンドン、アビーロード第1スタジオ
ヒラリー・ハーンはいかにも彼女らしい一途な美音を通したモーツァルトです。ヒラリーの信念の先にあるベストのモーツァルトです。まだ、完成形には至っていないかもしれませんが、現在のヒラリーの精華のような演奏です。一方、アンネ・ゾフィー・ムターのモーツァルトは相変わらず、ユニークな演奏で耳をとことん楽しませてくれます。ある意味、異形のモーツァルト演奏ですが、魅力がたっぷり詰まっています。二人の演奏を聴いて、色んな形のモーツァルトがあるのだと改めて実感させられました。
シューベルトの交響曲第8(9)番 ハ長調 「ザ・グレート」を予習したCDは以下です。
レナード・バーンスタイン指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1987年10月録音
久しぶりに聴き直しましたが、安定していながら、熱情・ロマンに満ちた魅力的な演奏です。フルトヴェングラーのとんでもない名演はありますが、音質などを考慮した総合力では十分にわたりあえる録音です。
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