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デュッセルドルフK20州立美術舘:クレーの晩年の超傑作群に心を打たれます!

2018年8月14日火曜日@デュッセルドルフ/12回目

デュッセルドルフDüsseldorfのK20州立美術舘K20, Kunstsammlung Nordrhein-Westfalenで20世紀の名画を鑑賞中です。

この美術館の主役であるパウル・クレーの最後の登場です。クレーの傑作をとことん楽しませてもらいましょう。


パウル・クレーの《オンファロ・セントリック・レクチャー(オンファロ中心主義の講義)omphalo-centrischer Vortrag》です。1939年、クレー60歳頃に描かれた作品です。オンファロスOmphalosとは、臍のことです。アダムとイヴに臍があったかどうかが元々の議論でした。臍があれば、へその緒があったということになり、彼らは母の胎内から産まれたことになり、神の創造ではなかったことになります。臍がなければ、彼らは完璧な姿で作られなかったことになります。究極の矛盾です。神学上、哲学上の大問題です。たかが臍のことなんですけどね。そこへ、イギリスの自然学者フィリップ・ヘンリー・ゴスが創造論の大胆な仮説を提唱しました。アダムとイヴは臍を付けた姿で神により創造されたというものです。これから演繹される推論は実に大胆。地球は樹木の年輪、オウムガイや亀の甲羅の年輪、陸地の川による浸食の跡、様々な地層などが最初から全て完全に存在する状態で、神によって意図的に「古びた感じで」創造されたと言うのです。(以上はwikipediaをもとにsaraiが編集) この作品はオンファロス、すなわち、へそが宇宙の中心であるという論を絵画化した壮大なスケールのものですが、意外に優しい感じの女性が描かれて、ほんわかムードの絵になっています。イメージ的には、天使シリーズの延長戦上にある絵画でしょう。画面の下部には問題の臍が黒い丸で描かれて、存在感を誇示しています。この作品をもとにした同名の音楽作品もあるようですね。いずれにせよ、クレー晩年の大作(物理的な大きさではなく、内容の深遠さ)です。

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パウル・クレーの《英雄的な薔薇heroische Rosen》です。1938年、クレー59歳頃に描かれた作品です。クレー晩年において、爆発的に想像力が高まった時期に生まれた作品です。太い線で描かれた螺旋は迷路を思わせます。その太い線で描かれた中心には薔薇と思しきフォルムが浮かび上がります。太い線はエネルギー感に満ちた意思の力を象徴し、その英雄的な意思の帰結として、美しい薔薇が出現します。抽象的な芸術観念が自然の美しい薔薇にアウフヘーベンされるという、実に素晴らしい思索の傑作がこの作品です。クレーの芸術の到達点の高さを実感するのみです。

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パウル・クレーの《森の奥深くtief im Wald》です。1939年、クレー60歳頃に描かれた作品です。クレーにとって、自然は初期のバウハウス時代からの重要なテーマでした。特に題名からの関連では1922年に描かれた《北の森の神Gott des nördlichen Waldes》があげられます。その作品では、ニュアンスの複雑なネットワーク構造が描かれました。そして、晩年のこの作品では、すっかり、シンプルに自然が描かれることになります。画面は森を現す緑が同じ濃淡で描かれて、ただ、明るさの度合いだけが部分で異なります。植物がシンプルなフォルムで描かれますが、中心は左上の緑の花。柔らかく丸みを帯びたフォルムがリズミカルに画面を構成しています。これがクレーの行き着いた自然の姿ですが、もちろん、クレーの心象風景が投影された姿でもあります。

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パウル・クレーの《赤いチョッキrote Weste》です。1938年、クレー59歳頃に描かれた作品です。わずかな色彩と饒舌すぎるほどの線によって、この類い稀な作品は構成されています。画面中央の上部に赤いチョッキの男が画面全体を俯瞰しています。どこが赤いチョッキなのかと疑問を呈する方もいるでしょう。その疑問は当然なのです。クレーはあくまでも画家の心の中にある赤いチョッキの男のイメージを画面に描き出していて、見るものはそのクレーの心の中にあるものと対峙して、これはなぜ赤いのかということで、クレーの作品と対話していきます。結果、赤いチョッキが見えてきた方もそうでない方もいるでしょう。問題はその過程で、画面のほかの部分に錨や鳥や馬のフォルムが浮かび出して、この作品の深淵に迫ることです。実にリッチな世界がこの作品に描き込まれていることに気付かされることになります。クレーはこの時代、亡くなる前の2年、芸術家として、神の領域に上り詰めたようです。

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パウル・クレーの《調停Vermittlung》です。1935年、クレー56歳頃に描かれた作品です。さすがのクレーも1933年の亡命後の数年は創作した作品数も激減して、芸術上の危機に陥ります。この作品はシュールレアリスムの技法で内面を写した作品と考えられますが、明らかに芸術上の枯渇も感じさせられます。
この作品はジュートの上にチョークベースの下塗りをして、その上に水彩を施しています。そのフレームはクレーとしては異例に大きなもので、120,5 x 111 cm というサイズになっています。
淡い茶色の地面に絡み合った線の3つの構造が描かれています。3つの生物形態は重なり合って相互浸透し、最終的には単一の抽象的な形を生み出しています。クレーの心の苦悩によって、絵画自体が押しつぶされそうです。経済的打撃、発症した難病のクレーの苦難を思うと見ているsaraiも天の不条理に心が痛みます。

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遂に、パウル・クレーの最後の展示作品になりました。《レディとファッションDame und Mode》です。1938年、クレー59歳頃に描かれた作品です。最後を飾るにふさわしい超傑作です。この一枚は今回、この美術館で見た全作品の中で一番心を捉えられた作品です。クレーの晩年の飛躍、イメージの再構成とシンプル化がこれほど如実に現れた作品はありません。太い2本の線で描き出された2体の女性は短い線で補足され、そして、画面全体は黄土色のジュートのベースを輝かせて、香りのよい黄色、オレンジ、そして薄茶色の色合いで繊細な色彩が調和されます。右側の女性は鼻と目で顔が特徴づけられ、左の女性はsaraiの目では翼を持つ天使に見えます。シンプルな造形と明るい色彩のこの作品は強く心に何かを働きかけてきます。この絵に引き付けられて、何度も絵の前を立ち去ろうとしながら、また、この絵の前に戻るという行為を繰り返しました。すっかり、この絵に魅了されて、そして、最後は後ろ髪を引かれるようにゆっくりと絵から離れます。クレーの芸術上の頂点に立つ作品の一枚です。

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最後のクレーの展示スペースにあった、晩年を代表する作品のあまりの芸術性に深く心を打たれました。このK20美術館を見ずして、クレーは語れません。来てよかった! そういう思いでいっぱいになりました。

マックス・エルンストやダリの作品が最後に少し、残っています。



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デュッセルドルフK20州立美術舘:エルンスト、ダリ、デュビュッフェ、ジャコメッティ、フォンタナ、そして、最後はピカソ

2018年8月14日火曜日@デュッセルドルフ/13回目

デュッセルドルフDüsseldorfのK20州立美術舘K20, Kunstsammlung Nordrhein-Westfalenで20世紀の名画を鑑賞中です。

この美術館の主役であるパウル・クレーの晩年を代表する作品たっぷりと堪能させてもらいました。では、最後の20世紀美術を楽しませてもらいましょう。


マックス・エルンストの《穀物の芽のある風景》です。1936年、エルンスト45歳頃に描かれた作品です。これは風景画として描かれていますが、もちろん、具象的な風景ではなく、シュールレアリスムの風景が描かれています。風景は目の前に広がっており、同時に極端なクローズアップビューでの風景になっています。澄んだ空の前で、そのシルエットはなだらかな斜面とそびえ立つ峰で広がっています。それらの地球の形成物、渦巻く層は、解剖用ナイフによってまるで露出されたかのごとく描き出されています。対角線上に置かれているのは、1920年代初頭からマックス・エルンストが絵に描いてきたバッタのような生き物の1つです。昆虫の四肢の1つから、人間の手が成長します。動物から人間へ、人間から植物へ、植物から動物へのこの流れの変化は、画面の至る所で観察することができます。画面の最下層はすべての発芽の繁殖地であるようです。この風景画では、なじみのない、予期せぬ存在、植物やフォルムが変容することでエルンストの内面に形成されている形而上の風景を画面上に露わにしています。

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サルバドール・ダリの《擬人化された引き出しのあるチェスト》です。1936年、ダリ32歳頃に描かれた作品です。女性の胸は引き出しの開かれたタンスになっていて、彼女自身の内面をさらけだそうとでもしているようです。一方、この作品はまるで過去の時代の大画家の額縁に収められている絵画のような体裁を為しており、実際に描かれた画面とのギャップが際立っています。この作品は次に展示されている彫刻作品と対をなしています。

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サルバドール・ダリの《引き出しのあるミロのヴィーナス》です。1936年、ダリ32歳頃に制作された作品です。無論、ルーヴル美術館にあるギリシャ彫刻《ミロのヴィーナス》を元にした作品です。胸や腹部にある引き出しは開けられそうになっており、ミロのヴィーナスの内面の秘密が暴露されようとでもしているかのごとくです。シュールな作品ですが、よく考えてみると、ダリのロマンティシズムも吐露していますね。

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ジャン・デュビュッフェの《ジャズバンド・ブラック・シカゴ》です。1944年、デュビュッフェ43歳頃に描かれた作品です。デュビュッフェはある意味、異端の芸術家です。ルネッサンス以降の美しい芸術(Beaux-Arts)に対して反文化的ともいえる、精神の深淵の衝動が生のままでむき出しに表出されているアール・ブリュット(生の芸術)を提唱しました。その芸術はアンフォルメル(非定形の意味。1950年代に盛んになった前衛美術運動)を基礎としています。
この作品は、まるで子供がジャズバンドのメンバーの姿を幼稚に描き出したかのように描かれています。美のイメージを表出しようとする従来の美術の歴史から逸脱しようとした作品です。人が根源的にモノを描きたいという衝動こそが絵画の原点であると訴えているようです。

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ジャン・デュビュッフェの《晴れた日曜日》です。1947年、デュビュッフェ46歳頃に描かれた作品です。1947年の冬以来、デュビュッフェはサハラ砂漠のオアシスを頻繁に訪れました。彼の外国文化の集中的な研究の期間は2年以上かかりました。サハラ砂漠の風景は彼に空間の新しい感覚を与えました。その結果、この作品では、感覚的な経験による素朴で子供のような要素が、原始的で、非常識な、または芸術のない壁の落書きの表現と組み合わされています。このようにして、デュビュッフェは彼の芸術に、オリジナルの、洗練されていない、そして自発的の広い要素を取り入れました。これらの要素は彼の手の下で日曜日の詩的な魅惑的な描写に変容します。

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アルベルト・ジャコメッティの《立つ裸婦》です。1958年、ジャコメッティ57歳頃に描かれた作品です。ジャコメッティはシュールレアリスムの作家として出発しましたが、第2次世界大戦後は針金のような細い人体彫刻の作品を多く制作します。サルトルはこれを実存的芸術と評しました。この作品でも、ブラシのストロークの下に厳格な軸で正面を向く50代後半の女性の肖像画は実存主義的と評されるものの系列に含まれるものでしょう。女性の凝縮した姿が実存の強い意志を示しているかのごとく、印象的です。

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ジャン・デュビュッフェの《ルネ・ドルーアン:開いた手》です。1946年、デュビュッフェ67歳頃に描かれた作品です。ルネ・ドルーアンRené Drouinは、絵を売りたくないというデュビュッフェを説得して、初めて彼の画廊で1944年10月20日から約1か月「ジャン・デュビュッフェの絵画とデッサン」展を開催した画廊経営者です。その結果、数日で展示された全作品が完売しました。この作品はその2年後にルネ・ドルーアンをモデルに描かれた作品です。デュビュッフェを受け入れてくれたドルーアンの受容的な姿を描いたのでしょうか。

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ジャン・デュビュッフェの《鉄の風景》です。1952年、デュビュッフェ73歳頃に描かれた作品です。風景は常にデュビュッフェを魅了してきました。大きなパネルの上に厚塗りのこげ茶色の大地は高く盛り上がっていて、白っぽい天国の色調に保たれたもっと小さいゾーンと織り交ぜられています。もちろん、この風景はデュビュッフェの内面に存在する架空の風景です。これも創造への精神的な衝動によって作られた、従来型の美を拒否する作品と言えるでしょう。

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ルーチョ・フォンタナの《空間概念 期待》です。1965年、フォンタナ66歳頃に描かれた作品です。イタリアを代表する前衛芸術家、ルチオ・フォンタナの作品です。実は一色に塗られたキャンバスに切れ目を開けた作品は1000点近く制作され、いずれも《空間概念 期待》という同じ題名が付けられています。作品は従来の絵画の限界を突き破り、画面の世界に切れ目を開けることで、閉鎖された絵画平面から、切れ目を通じて、宇宙空間につながることを《期待》するという画家のコンセプトに基づいています。切れ目こそが画家の《期待》なのです。鑑賞する者も切れ目から無限の宇宙への飛躍を念じましょう。

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この美術館の常設展示の最後はパブロ・ピカソの《座る裸婦》です。1933年、ピカソ52歳頃に描かれた作品です。シュルレアリスムの時代に描かれた作品です。キュビズムの面影も残しています。モデルは当時の愛人のマリー・テレーズ・ワルテルでしょうか。まるで妊娠しているように丸みを帯びていますが、マリー・テレーズ・ワルテルが妊娠するのは2年後の1935年です。むしろ、聖母子像と捉えたほうがいいのでしょうか。

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これで遂にK20州立美術館の常設展示を見終わりました。結局、1時間ほどで鑑賞できました。久しぶりに充実した素晴らしい美術館です。クレーの膨大なコレクションを始め、ベックマン、キルヒナー、マルク、カンディンスキーなどの、ナチスご指定の退廃芸術作品もずらっと並んでいます。これは敗戦後のドイツ人の良心の証しとして、再収集された作品だそうです。ドイツは戦後、色んな意味でみそぎをしてきました。同じ敗戦国として、ドイツを見習うべきことが多いと思っていますが、必ずしも日本がそういう方向に向かっているように思えないのはとても残念だと常々、感じています。
ともあれ、この美術館にはsaraiと配偶者には、とても美味しい作品ばかりが並んでいます。これほど質の高い作品を所蔵する美術館を見たのはアムステルダムの市立美術館以来です。大変、感銘を受ける作品ばかりでした。
さて、美術館の1階ロビーに下りましょう。そこでも何か特別展をやっているようです。



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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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ありがたいコメント、嬉しいです。マーラーのファンのかたにこそ、読んでいただきたかったので、気持ちを共有できた思いです。自然の中にこそ、マーラーの音楽の本質はあり

04/23 23:45 sarai

マーラーの作品を聴きながら、ブログを読ませていただいています。
読みながら画像を見て、マーラーの過ごした風景に想いを馳せて楽しんでいます。
素敵なブログをありがと

04/23 21:47 

マーラー6番ですか・・・ハンマー打撃は勘弁してほしいものです。あったとしても、3回目の打撃だけは・・・

04/11 18:10 sarai

まさにマーラー6番な状況です笑

04/11 17:51 kico

お互い、残念でしたね。今年でヨーロッパ遠征を終わりにする予定でしたが、悲劇的な状況になりました。天はまだ我に旅を続けよというご託宣を与えたのでしょうか。1年延期

04/11 03:13 sarai

以前にもコメントさせていただいた者です。来ましたね、楽友協会からのメール。私たちはとりあえず1年延期としましたが、どうでしょうね。困っている人が多い中贅沢な悩み

04/11 00:33 kico

お返事ありがとうございます。
本当に!私もレイルジェットや美術館の手配もしているので、祈るような気持ちです。

03/10 19:06 kico
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