さて、前半は昨年の浜松国際ピアノコンクールで優勝した若手のトルコ人ピアニストのジャン・チャクムルがシューマンのピアノ協奏曲を演奏します。期待しながら、その演奏を聴きます。その演奏は実に個性的です。ミスタッチもありますが、あまり、そんなことが気にならないくらい夢見るシューマンの雰囲気を醸し出す魅力的な演奏です。こういう個性的な音楽を奏でるピアニストをコンクールで評価した審査員の慧眼にびっくりします。何というか、この20歳を少し超えたくらいの青年でないと弾けないようなみずみずしさを湛えた演奏に聴き惚れました。第1楽章のロマンあふれる詩情、第2楽章の中間部でも詩情豊か、そして、第3楽章は特にフィナーレの熱い気持ちの高まりに感銘を受けます。最初はこの人はもっとテクニックを磨けば、さらに素晴らしい音楽を奏でるようになると思いましたが、聴き終わった後では、この人はこのまま、自分の個性的なスタイルを貫いていけばいいと思い返しました。このピアニストの将来は正直、予測できませんが、今日、このような演奏ができたことだけが評価できれば、いいのではないでしょうか。ピアノのことばかり書きましたが、東響のサポートも見事でした。美しいアンサンブルでシューマンの素晴らしさを満喫させてくれました。さらに言うと、木管、特にオーボエとピアノのコラボレーションが素晴らしかったです。いいシューマンが聴けて、心なしか、体の調子も上向きになります。
アンコールはピアニストのファジル・サイが作曲した曲で、トルコの吟遊詩人アシュク・ヴェイゼルの民謡をもとにした、トルコ風で、かつ、ロマンティックな美しい作品です。チャクムルはその長い手を伸ばして、ピアノの中の弦を押さえながら、もう一方の手で鍵盤を弾くという離れ業を見せてくれます。バブラマという撥弦の民族楽器の音を模しているそうです。なお、この作品はチャクムルのファースト・アルバムにも収められています。そう言えば、ファースト・アルバムは浜松のコンクール会場だったアクトシティ浜松のコンサートホールで録音されたそうですが、ピアノはKawai SK-EXです。今日演奏したピアノです。
後半はショスタコーヴィチの交響曲 第5番。前半がシューマンで後半がショスタコーヴィチの交響曲とは、何か変な取り合わせのプログラムですが、ショスタコーヴィチの交響曲 第5番は夏聴くと涼しいので、saraiは個人的に夏になると、よく聴いていました。で、謹聴しましょう。
いやはや、素晴らしいサウンド、音響の演奏でした。日本のオーケストラで、こんなに素晴らしいオーケストラサウンドが聴けるようになる日が来るとは想像だにしていませんでした。これまで、絶好調の東響と言ってきましたが、もはや、絶好調ではなくて、これが実力なのですね。ショスタコーヴィチの交響曲 第5番はイデオロギーとか、その真実とか、いろいろ取沙汰されてきましたが、今日の演奏を聴いてみると、そんなことは超越したところで、音楽そのものの形で存在感を放つ作品です。指揮者の尾高忠明はこの音楽の美しさを究極まで表現しようと試みたようですが、その試みは最高の実力を誇る東響の力を得て、見事に結実しました。イデオロギーの勝利とか、人間賛歌とか、そんなメッセージは一切不要の純粋な絶対音楽として、燦然と輝くような演奏でした。弦の美しさは筆舌尽くしがたいレベルだし、木管のオーボエ、フルート、クラリネットは名人級の演奏です。さらにオーケストラ全体が有機的に結合して、究極のアンサンブルに昇華していました。昨年のジョナサン・ノットがラフマニノフの交響曲第2番を振ったときのことを思い出します。もう、曲はどうでもよくて、オーケストラサウンドを聴いているだけで、音楽に酔い痴れてしまう感覚です。と、記憶の糸に何かがひっかかります。そうです。昨年はジョナサン・ノットもこのショスタコーヴィチの交響曲第5番を振ったんでした。あれも素晴らしい演奏でした。今日の尾高忠明は勝るとも劣らない演奏を聴かせてくれました。やったね! 演奏終了後、万雷の拍手が続く中、尾高忠明から異例のメッセージがありました。内容はともかく、彼としても、生涯において、会心の演奏だったのでしょう。それが滲み出るような言葉でした。
こういうコンサートを聴いて、saraiが元気にならないはずがありません。音楽のチカラをまざまざと感じました。音楽から照射されるエネルギーでsaraiの体の細胞が再生された思いです。コンサートホールに来るときは重かった足取りが驚くほど軽くなります。saraiは明らかに再生の道に転化することができました。saraiにとって、生きることは音楽を聴くこと。音楽こそが人生のすべてです。ありがとう、東響!
今日のプログラムは以下です。
指揮:尾高忠明
ピアノ:ジャン・チャクムル(第10回浜松国際ピアノコンクール優勝者)
管弦楽:東京交響楽団 コンサートマスター:グレブ・ニキティン
シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54
《アンコール》 ファジル・サイ:ブラック・アース Op.8
《休憩》
ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調 Op.47 「革命」
最後に予習について、まとめておきます。
1曲目のシューマンのピアノ協奏曲を予習したCDは以下です。
エレーヌ・グリモー、エサ・ペッカ=サロネン指揮シュターツカペレ・ドレスデン 2005年
ドイツ・ロマン派の音楽に本領を発揮するエレーヌ・グリモーはこのシューマンでも見事な演奏を聴かせてくれます。ほんのりとしたロマンの味わいも力強いタッチも素晴らしいです。実演でも聴いてみたいものです。
2曲目のショスタコーヴィチの交響曲 第5番を予習したCDは以下です。
エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル 1984年4月4日、レニングラード・フィルハーモニー大ホール ライヴ録音
この4年後に亡くなるムラヴィンスキーはこの年を最後に一切の録音を拒否します。ですから、この録音は多分、最後から2番目の録音のようです。あの強靭な鋼のような演奏は影を潜めていますが、素晴らしい演奏です。響きの美しさを前面に出したような演奏です。巨匠の思いはどのあたりにあったのでしょうか。
↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね
いいね!
