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ハンブルク市立美術館:キルヒナー

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/5回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示を見て回っているところです。

次はエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの展示室です。この旅の初めにデュッセルドルフK20州立美術舘で素晴らしい作品を見たばかりですが、またしても再会します。
キルヒナーはベックマンと並ぶドイツ表現主義を代表する画家です。ドレスデンで画家グループ「ブリュッケDie Brücke」を結成して、従来のアカデミックな芸術に反抗する若手画家として活動しました。キルヒナーも当然、ナチスから退廃芸術の烙印を押され、そのショックから、1938年にピストル自殺を遂げます。退廃芸術のそしりを受けた多くの画家の中で、saraiの脳裏に真っ先に浮かぶのはキルヒナーとベックマンの二人です。ヨーロッパの美術館では、無意識のうちに、この二人の作品を探して、見入ってしまいます。そして、いかにもヒットラーに嫌われそうな彼らの作品に深い感慨を覚えてしまいます。キルヒナーの作品は、どぎつい色彩と激しいフォルムで実に表現主義的です。その作品群を見ていきます。

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの《モーリッツブルクの家》。1910年、キルヒナー、30歳頃の作品です。
モーリッツブルクはドレスデン近郊で、湖の中に建つモーリッツブルク城で有名です。キルヒナーは毎夏、画家グループのブリュッケの仲間と遊びに出かけていたそうです。saraiも10年以上前にSLに乗って出かけたことがありました。そのときにお城の前に小さな村がありましたが、この家はその中の一軒なのでしょうか。この作品はキルヒナーにしては比較的、マイルドな感じで描かれています。初期の青騎士の作品に通じるようなものを感じます。

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エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの《画家とモデル》。1910年、キルヒナー、30歳頃の作品です。1926年にベルリンからダボスに輸送中に損傷を受けて、彼自身の手で新しい描き方で修復されました。
画家グループのブリュッケにとって、女性モデルは芸術的な創造の動機となるもので、アカデミックな伝統に反して、モデルの裸の体を野性的に描きました。また、彼らのホーム・スタディオでは、そこを創造的なシェルターとして、生活と仕事の融合を目指した活動の場としました。この作品では画家がベッドから抜け出して、素早くコートをまとって、絵筆をとる姿が画面の中心にあり、ベッドに残ったモデル(パートナー)は服を着て、ポーズをとろうとしているところです。作品は原色の色使いと大胆なフォルムでキルヒナーの特徴が浮き彫りになっています。

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エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの《のんびりした女の子たち》。1911年、キルヒナー、31歳頃の作品です。
モデルの女の子たちはホーム・スタディオでのんびりした姿を見せています。キルヒナーの描き方も珍しく、装飾的です。リラックスして描いた作品のようです。

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エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの《フェーマルン島のアパート(フェーマルン島 Ⅰ)》。1913年、キルヒナー、33歳頃の作品です。
フェーマルン島はモーリッツブルクと同じく、キルヒナーとブリュッケの仲間たちが夏を過ごしたところで、バルト海南部にあるドイツのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州に属する島です。ドイツで3番目に大きな島です。ドイツ本土とはフェーマルン・スンド海峡で隔てられており、フェーマルン・スンド橋が1963年に架けられました。その島にあるアパートが描かれています。まるでファン・ゴッホの《オーヴェールの教会》のように描かれていますね。アパートの前を歩く一組の男女もいわくありげです。

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エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの《鉄の鍛冶屋》。1915年、キルヒナー、35歳頃の作品です。
珍しく彫像です。作られたのは第一次世界大戦中です。この頃、ドイツでは戦争の象徴として、多くの鉄の鍛冶屋の像が作られたそうですが、この彫像との関連は分かりません。

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エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの《白い牛》。1920年、キルヒナー、40歳頃の作品です。
キルヒナーの描いた動物とは珍しい。マルクとまた違った描き方で面白いですが、青騎士風でもあり、気になる作品です。このとき、動物を主なモチーフにしていたマルクは第1次世界大戦で戦死して、もう、この世にはいません。

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エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの《居間》。1923年、キルヒナー、43歳頃の作品です。
ここでもキルヒナーの描く絵の画面の中心は自画像です。彼は画面からこちらを覗き込んでいます。思わずキルヒナーと視線が合いそうになります。原色系の色彩はもう病的ですらあります。キルヒナーの精神がむしばまれているのが痛切に感じられます。

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エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの《人々の前のカップル》。1924年、キルヒナー、44歳頃の作品です。
裸で歩くカップルの男性はキルヒナー自身なのでしょうか。人々に嘲笑されているようです。何と痛々しい作品でしょう。楽園を追放されたアダムとイヴのようにも見えます。ブリュッケ結成時の野心に満ちた作風は一変しています。ダボスに居を移して、7年ほどですが、この14年後にナチスに退廃芸術のレッテルを貼られたことでダボスの自宅でピストル自殺を遂げます。しかし、もう、この時点でかなり、精神的な問題を抱えていたようです。繊細な彼の神経では、激動の時代の波に抗しきれなかったようです。

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キルヒナーの作品は以前、ベルン市立美術館の一室を占めていた大コレクションでも見ましたが、この美術館のコレクションも素晴らしいです。
次もドイツ表現主義のエミール・ノルデの大コレクションです。ノルデも画家グループ「ブリュッケDie Brücke」に参加していました。



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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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えりちゃさん、お久しぶりです。saraiです。

なかなか、海外渡航の見通し、立ちませんね。来年あたりはどうでしょうね。長期戦覚悟で我慢するしかありませんね。

こちら

04/10 02:37 sarai

saraiさま、
お久しぶりです!
お元気にコンサートや旅行を楽しんでおられますね!
ブログ、楽しく拝見しています。おフランス、良いね😊
私は春だというのに、仕事と用事以

04/09 05:29 えりちや

気になってたずねても 
誰にも知らんと言われなんやろ
と思いつづけて居ました❗
写真みつけてこれだと思いました❕スッとしました
教えて下さって嬉しいです
ありがとうご

02/13 22:26 みーちゃん

みーちゃんさん、saraiです。

あの謎の建物は雄琴沖総合自動観測所という施設で琵琶湖の水質を測定しているそうです。

https://www.water.go.jp/kansai/biwako/html/repo

02/13 21:40 sarai

ずーと前にうきみどうに行きました
やはり、琵琶湖の真ん中の建物が何なのか気になったままです
分かりましたか
教えてください

02/13 20:54 みーちゃん

五十棲郁子さん、コメントありがとうございます。

水道水のこと、tap waterって言うんですね。知らなかった。単にwaterで通していました。ましてや、フランス語はほとんど

02/11 00:12 sarai

フランスも地方へ行くと英語が通じないでしょう。tap water ぐらいフランス語で言えないとね。

02/10 12:54 五十棲郁子
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