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ヤンソンスに合掌・・・ゲルギエフ&マリインスキー劇場:オペラ《スペードの女王》@東京文化会館 2019.12.1

今日のオペラの感想に先立って、昨日亡くなったマリス・ヤンソンスに哀悼の意を表して、合掌! 奇遇と言っては何ですが、今日のオペラ、チャイコフスキーの《スペードの女王》がsaraiが最後に聴いたヤンソンスの公演曲目でもありました。昨年のザルツブルク音楽祭、ウィーン・フィルを振っての素晴らしい演奏でした。ヤンソンスはその前年、一昨年もザルツブルク音楽祭でショスタコーヴィチのオペラ《ムチェンスク郡のマクベス夫人》でも最高の演奏を聴かせてくれました。ロシアもののオペラでは、今日のゲルギエフと頂点を競う指揮者だったと思います。ザルツブルク音楽祭では、最前列中央の席で、ヤンソンスの指揮をすぐ近くで見たことが思い出になりました。ともかく、病気で倒れて復帰した後のヤンソンスは頬もこけていましたが、最高の演奏を聴かせてくれました。改めて、合掌!

さて、今日のゲルギエフ&マリインスキー劇場によるチャイコフスキーのオペラ《スペードの女王》についての感想です。国内で海外のオペラハウスの引っ越し公演を聴くのは実に久しぶりのことです。とっさには前に聴いたのがいつだったのか思い出せないほどです。調べてみると、6年前のトリノ歌劇場のプッチーニ《トスカ》でした。これはフリットリがトスカを歌うというので、国内でオペラを聴かないという禁を破ったのですが、肝心のフリットリがキャンセル。散々な結果でした。国内でオペラを聴かなくなったのは東日本大震災の直後のメトの公演以降です。一緒にオペラを聴く仲間だった母が高齢のため、オペラを聴かなくなったので、それ以降はオペラは海外でのみ聴くという方針にしたんです。
今回はロシアに行かないと聴けないゲルギエフ&マリインスキー劇場なので、重い腰を上げました。ロシアはsaraiが訪問する海外からははみでています。それに招聘元がNBSではなく、ジャパン・アーツだということもあります。saraiはNBSと決別していますから、NBSが招聘する公演には行きません。

その久しぶりに聴いた国内での引っ越し公演ですが、さすがにゲルギエフ&マリインスキー劇場は素晴らしい演奏を聴かせてくれました。
第1幕はもう一つに感じましたが、第2幕で全開。劇中劇ですら素晴らしい演奏で酔ってしまいそうです。オーケストラの響き、合唱が圧倒的な素晴らしさです。第3幕もさらにヒートアップ。素晴らしい公演でした。
ウラディーミル・ガルージンはゲルマン役は十八番ですが、以前ほどの声の輝きがありません。その分、迫真の演技ではありました。リーザを歌ったイリーナ・チュリロワは幕を追うごとに声が澄み切ってきて、素晴らしい歌唱。今回のキャストでは最高の歌唱を聴かせてくれました。エレツキー公爵 のロマン・ブルデンコの第2幕のアリア《私は貴方を愛しています》は素晴らしい歌唱。もっとも、このアリアはチャイコフスキーの書いたアリアの中でも特に優れたアリアです。ウラディスラフ・スリムスキーも実に安定した歌唱。アンナ・キクナーゼも見事な伯爵夫人を歌い切ってくれました。
演出はよかったと思います。内容に深く切り込んでいました。それよりも衣装が豪華だったことが印象的です。

昨年のザルツブルク音楽祭の公演といい勝負でしたが、saraiの聴いたヤンソンスの最後の演奏ということでザルツブルク音楽祭に軍配を上げておきます。(ザルツブルク音楽祭の公演は既にBDで公開されているようですね。)


プログラムとキャストは以下です。

  指揮:ワレリー・ゲルギエフ
  演出:アレクセイ・ステパニュク(新演出/2015年)
  管弦楽・合唱:マリインスキー歌劇場管弦楽団・合唱団

  ゲルマン (テノール):ウラディーミル・ガルージン
  トムスキー伯爵 (バリトン):ウラディスラフ・スリムスキー
  エレツキー公爵 (バリトン):ロマン・ブルデンコ
  伯爵夫人 (メゾソプラノ):アンナ・キクナーゼ
  リーザ (ソプラノ):イリーナ・チュリロワ
  ポリーナ (メゾソプラノ):ユリア・マトーチュキナ


最後に予習について、まとめておきます。

予習した動画(YOUTUBE)は以下です。

 スペードの女王第1幕
 スペードの女王第2幕
 スペードの女王第3幕

  指揮:ワレリー・ゲルギエフ
  演出:アレキサンダー・ガリビン
  管弦楽・合唱:マリインスキー歌劇場管弦楽団・合唱団

  キャスト

  Hermann - Vladimir Galouzineウラディーミル・ガルージン
  Lisa - Tatiana Borodinaタチヤーナ・ボロディナ
  Countess - Irina Bogachova
  Count Tomsky - Nikolai Putilinニコライ・プチーリン
  Prince Yeletsky - Vladimir Moroz
  Pauline - Ekaterina Gubanova
  Chekalinsky - Oleg Balashov
  Surin - Mikhail Petrenkoミハイル・ペトレンコ
  Chaplitsky - Nikolai Gassiev
  Major-domo - Nikolai Gassiev
  Narumov - Gennady Bezzubenkov
  Governess - Olga Makarova-Mikhailenko
  Masha - Svetlana Volkova
  Chloe - Olga Trifonova

  2006年6月2日 サンクトペテルブルグ、マリインスキー劇場

今回の公演の一つ前の演出のようです。ゲルマン役のガルージン、リーザ役のタチヤーナ・ボロディナの素晴らしい歌唱が聴けます。ゲルギエフ指揮のマリインスキー歌劇場管弦楽団・合唱団も素晴らしいです。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

ハンブルク市立美術館:ココシュカ、カンディンスキー、そして、クレーの傑作《金色の魚》

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/7回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示を見て回っているところです。

ドイツ表現派の一人、エミール・ノルデのコレクションを見たところです。この後からは名作が揃いますからね。ココシュカ、カンディンスキー、クレーと続いていきます。

オスカー・ココシュカの《娘と粘土人形》。1922年、ココシュカ、36歳頃の作品です。表現主義の画家のひとりとして、ここにココシュカの作品が展示されているんですね。虚を突かれた思いです。ココシュカと言えば、saraiにとって、《風の花嫁》(バーゼル市立美術館所蔵)がすべてです。saraiの最愛の絵画です。マーラー未亡人のアルマへの燃えるような愛が昇華した作品ですが、現実では、ココシュカが第1次世界大戦の過酷な従軍から戻ると、アルマは別の人物(ヴァルター・グロピウス)と結婚していて、彼の恋愛は成就することはありませんでした。しかし、思い詰めたココシュカにとって、アルマは永遠の恋人。その思いは奇怪な形で結実します。アルマを象った人形を女性作家ヘルミーネ・モースに制作を依頼します。化け物のような人形が出来上がり、ココシュカはそのアルマ人形に魅入られたようになります。結局、その人形との生活は3年ほど続きますが、この作品、《娘と粘土人形》はそのアルマ人形を破棄した頃のものです。この作品は女性彫刻家アンゲリカ・ブルーノ=シュミットのアトリエで彼女が堕胎した子の毛髪を植え付けた粘土人形をココシュカに抱かせようとしたときの恐怖体験に基づいているそうです。娘が粘土人形を抱えている構図はピエタを連想するものです。ココシュカの人形に向ける千々に錯綜した複雑な思いが表現主義的に描き出されている、何とも言えない作品です。

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ワシリー・カンディンスキーの《白い点(コンポジション248)》。1923年、カンディンスキー、57歳頃の作品です。カンディンスキーは青騎士時代を経て、この作品を制作した頃はバウハウスで教鞭をとっていました。青騎士からの仲間、クレーも同僚です。青騎士で抽象化を深めた彼の絵画はいよいよ、幾何学的な文様を用いた純粋な抽象絵画に向かいます。彼の代名詞でもある「コンポジションの時代」です。この作品も一連のコンポジションシリーズの一枚です。ジグザグの線、三角形、円、湾曲した形、孤立した直線が互いに接触または貫通する多数の連動要素を示しています。タイトル名の白い点は、黒で縁取られた抽象的な構成の右上隅に暗く曇った星のように浮かんでいます。作品全体は音楽のようなリズミカルな動きに満ちています。ピエト・モンドリアンと並んで、抽象絵画を確立した創設者の渾身の一枚です。

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さあ、いよいよ、この美術館の目玉のパウル・クレーの《金色の魚》です。本当にクレーの才能に満ちた作品です。暗めに抑えられた色彩感が素晴らしいです。人が全然たかっていないのも凄いです。

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1925年、クレー、46歳頃の作品です。クレーは1921年から1931年までバウハウスで教鞭をとりました。クレーをバウハウスに招聘したのは、ココシュカを失意のどん底に追い込んだアルマの再婚相手のヴァルター・グロピウスでした。グロピウスは近代建築を代表する大建築家でバウハウスの初代校長を務めていました。その傍らにはアルマがいたわけですね。ともあれ、このバウハウス時代はクレーが絵画の探求に打ち込んだ時代で、クレーの黄金時代と言えます。その時期に生み出された大傑作がこの《金色の魚》です。暗い海の中でまるで発光しているかのように存在感を発揮している魚の神々しさは圧倒的です。誰がこれだけの画力を持ちえたでしょう。もう、これ以上の感想は必要ありませんね。

クレーの作品が続きます。

パウル・クレーの《岩の多い海岸》。1931年、クレー、52歳頃の作品です。バウハウス時代の終わり頃の作品ですね。幾何学的に抽象化されていますが、そのデザイン的な構成の妙で美しい具象作品にも思えてしまいます。大きな3角や4角の構図で、画面いっぱいに小さな点が描画されているのはクレー独特の作風です。この作風をとことんまで追求した名作《パルナッソス山へ》(ベルン美術館)はこの作品の翌年に生み出されます。

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パウル・クレーの《町の中心》。1937年、クレー、58歳頃の作品です。バウハウスからデュッセルドルフに移ったクレーはナチスの弾圧にさらされます。スイスのベルンに逃れますが、銀行口座も凍結され、病に倒れます。そのクレーがようやく復調し、再び、旺盛な制作活動に戻ったのが、この1937年のことです。もう彼に残された日々は短いのですが、最後の芸術活動で幾何学的な抽象絵画に取り組んだのがこの作品です。

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パウル・クレーの《高架橋の革命》。1937年、クレー、58歳頃の作品です。上の作品と同時期の抽象的な作品です。高架橋のアーチが並んでいます。しかし、そのアーチは不規則に並び、橋脚も異様な細さで描かれています。高架橋の頑丈で機能的なアーキテクチャが破壊された姿で描かれているようです。戦争が迫る不穏な情勢を描き出すとともに、画家自身の不安な感情を表現しているかのようです。

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この後、クレーは原因不明の難病である皮膚硬化症が悪化していき、それでも創作活動を続けますが、3年後にロカルノ近郊のサンタニェーゼ療養所で不遇な死を迎えます。希代の天才芸術家は不遇な人生の中で我々に素晴らしい遺産を残してくれました。

さあ、最後にもう一度、名作《金色の魚》を見ておきましょう。何という輝かしさでしょう。

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今回の旅はクレーに縁のある旅になりました。
それでも、ハンブルク市立美術館のコレクションはまだまだ続きます。



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ハンブルク市立美術館:エルンスト、デルヴォー、マグリット、ダリ、そして、ムンクの知られざる傑作

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/8回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示を見て回っているところです。

クレーの名作を見て、感動しきりのところです。表現主義、抽象絵画に続くのはシュールレアリスム。錚々たる画家たちが続きます。

マックス・エルンストの《骨の花》。1928年、エルンスト、37歳頃の作品です。エルンストも当然、ナチスに退廃芸術とそしられた一人です。この作品ではマックス・エルンストが創造した、自然のランダムな構造から絵画制作するための技法、フロッタージュを用いています。フロッタージュでは、紙に木目をこすりつけ、その表面のでこぼこを写し取ります。 この絵画では、彼はさらに技術を発展させ、純粋に絵画的な手段で自然な構造の印象を実現しました。 浮き彫りのような線は魚の骨のように見え、一部の塗装面は大理石や貝殻を連想させます。 同時に、コラージュのような絵画は静物画にも見えます。表面は陶製の花瓶のような光沢が感じられます。

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マックス・エルンストの《人物像》。1930年、エルンスト、39歳頃の作品です。画像は人間のように見え、さらには増殖する植物や羽を広げた鳥のようにも見えます。こういう変容・変身は、マックス・エルンストの芸術の中心であり、画像の主題と実践の両面で重要です。多くの作品で、このシュールレアリストである彼は混在する存在、画像の新しい形への変容、神話、そしてキメラの両義性を扱いました。彼は鳥を特別な重要性があると考えました。なぜなら、彼はそれを人間の象徴として、また分身として理解していたからです。

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ポール・デルヴォーの《女性と石(浜辺の2人の女性)》。1934年、デルヴォー、37歳頃の作品です。ポール・デルヴォーもまた、ベルギーのシュールレアリストです。16世紀のマニエリスト達が描いたような女性像や、独自の夢とノスタルジーの世界を描いています。この作品では、浜辺で陰毛をあらわにした裸の女性たちが無機的に描かれています。saraiはデルヴォーのアトリエが改装されたポール・デルヴォー美術館Museum Paul Delvauxがあるシント・イデスバルドSint-Idesbaldを4年前の2015年に訪れましたが、その近くにある北海のリゾート地のビーチがこの絵に描かれている浜辺のイメージとぴったりと重なります。現実の風景にあり得ないような無機的な女性たちを重ね合わせることでシュールな世界を表現しています。

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ルネ・マグリットの《素早い希望(L'espoir rapide)》。1927年、マグリット、29歳頃の作品です。ルネ・マグリットもまた、ベルギーを代表するシュールレアリストです。マグリットは古典的とも言える描き方で具象的で分かりやすい画面を丁寧に仕上げますが、そこに描かれたものは摩訶不思議な光景になっています。異色のシュールレアリストです。この作品の画面には、木、雲、道、馬、地平線上の村...フランス語の言葉がきちんと書かれています。あたかも暗緑色の黒板に白いチョークで書かれているかのようです。画面構成は、画像表面に分散した5つのフォルムに割り当てられています。しかし、これらは私たちの予期するものになっていません。それらはあいまいで落ち着いた色で不気味に見え、風景全体はありえないような何かに思えます。表象とは何か、幻想とは何か、現実とは何か・・・そんなふうにこの絵を見る我々を不安定な心理状態にかりたてます。まさにマグリットの幻想世界です。

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サルバドール・ダリの《流動的恐怖の誕生》。1932年、ダリ、28歳頃の作品です。サルバドール・ダリは奇想天外とも思えるシュールな作品を数々制作したシュールレアリストです。この作品も幻想的な砂漠のオアシスが描かれています。シュールレアリスム、超現実という言葉がこれ以上相応しい絵画があるでしょうか。画面の丁寧な仕上げも超絶的です。

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この20世紀の作品の最後にぽつんと展示されていたのは、エドヴァルド・ムンクの何とも魅力的な一枚です。こんなムンクの絵があるのですね。

エドヴァルド・ムンクの《横たわる女性のヌード》。1913/14年、ムンク、50/51歳頃の作品です。これはあるいは未完成なのでしょうか。その未完成的なところもこの作品の魅力です。この頃、ムンクはノルウェーに戻り、モス近郊の建物を借りてアトリエとしていました。ムンクのアトリエを訪れた人は、彼が作品に「荒療治」を施すのを目にしました。これは、作品をあえて野外に放置し、風雨や日光にさらされたり犬が引っかいたりするのに任せ、色彩が「落ち着く」まで待つという独特の方法でした。逆に、絵にワニスをかけて保護することに対しては、絵の呼吸を妨げるとして反対しました。この作品もそうした手法で荒療治を受けて、独特の「落ち着いた」雰囲気になったものなのでしょうか。妙に心に迫ってくる傑作です。いいものを見せてもらいました。

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この後はゴシック期頃からルネッサンス期の古典的な絵画の展示が始まります。



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ハンブルク市立美術館:ゴシックからルネッサンス期

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/9回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示を見終わりました。
この後はゴシック期頃からルネッサンス期の古典的な絵画を鑑賞します。

ヒンリク・ファンホフの《頭飾り(ヘッドドレス)の聖母マリア》。1480年頃の作品です。ヒンリク・ファンホフは残されている作品が少なく、生年は不詳で1485年に亡くなった後期ゴシックの画家です。彼はハンブルクで活躍しました。この作品は彼の最も有名な作品です。とても優美で、色彩感に優れた傑作です。あまり古さを感じさせないバランス感のよい作品ですね。

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ベルトラム・フォン・ミンデン(マイスターベルトラムあるいはミンデンのマイスターとも呼ばれる)の《ハンブルクの聖ペトリ教会のかつての主祭壇の祭壇飾り(グラボウ祭壇)》。1379/83年、ベルトラム、34/38歳頃の作品です。ベルトラムは主に宗教芸術において、ドイツの国際的に知られたゴシック芸術家でした。ベルトラムはミンデンで生まれ、1367年にハンブルクで最初に記録されて以来、彼の人生の残りの間、ずっとそこに住んで活躍しました。このグラボウ祭壇画は彼の最も有名な現存する作品で、この時代の最大かつ最も重要な北ドイツの絵画です。祭壇画のパネルは天地創造と救済の歴史の場面で構成されています。24枚のパネルは受胎告知を始めとする聖書の物語の数々が描き込まれています。この祭壇画は1726年、聖ペトリ教会からグラボウのゲオルク教会に移され、1903年にハンブルク市立美術館に収蔵されました。

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同じく、ベルトラム・フォン・ミンデンの《ハンブルクの聖ペトリ教会のかつての主祭壇の祭壇飾り(グラボウ祭壇)》。1379/83年、ベルトラム、34/38歳頃の作品です。このグラボウ祭壇は彫刻作品群です。当時の芸術家は絵画も彫刻も相当の腕前だったことが分かります。この祭壇彫刻は上記の祭壇画とともに1726年、聖ペトリ教会からグラボウのゲオルク教会に移され、1903年にハンブルク市立美術館に収蔵されました。ハンブルク市立美術館で必見の作品です。

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ハンス・ホルバイン(父)の《キリストの神殿奉献》。1500/01年、ホルバイン(父)、40/41歳頃の作品です。この作者のハンス・ホルバインは有名な肖像画家のハンス・ホルバインと同名ですが、その父親のほうです。迂闊にもハンス・ホルバインに同名の父親がいるとは知らず、息子の作品と思ってしまいました。この作品は律法で定められた産後の清めの期間を終えた後、モーセの律法に従って、マリアがエルサレムの神殿にキリストを捧げに行った場面を描いています。フランドル絵画のような美しい作品ですね。ホルバインの父親もなかなか素晴らしい画家ではないですか。

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南オランダの画家(作者不詳)の《聖カタリナの神秘の結婚》。1515/1520年頃の作品です。アレクサンドリアの聖カタリナは十四救難聖人の1人で、『黄金伝説』によるとキプロス島の王家の出身で、優れた学識の持ち主だったカタリナは女王になったのち、ある隠者から洗礼を受けてキリスト教に改宗し、キリストと神秘的な結婚をしたと伝えられています。この作品は実に精緻なフランドル絵画です。その精密な描画は見事としか言えません。名もなき画家ですが、名前は伝わらなくても、この作品の魅力は未来永劫、輝き続けるでしょう。

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ルーカス・クラナッハ(子)の《カリタスの園》。1500/01年、クラナッハ(子)、22歳頃の作品です。これも親子同名の画家、ルーカス・クラナッハですが、今度は有名な父親に隠れることの多い息子のほうです。父親そっくりの画法ですが、やはり、その画力の違いは残念ですが、現れます。特に女性の顔の魅力が描き出せていないのが致命的です。

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バスティアーノ・マイナルディの《聖母子、洗礼者ヨハネと天使たち》。1495年以降、マイナルディ、35歳以降の作品です。バスティアーノ・マイナルディはサンジミニャーノで生まれたイタリアの画家でした 。彼の人生について知られていることのほとんどは、 ジョルジオ・ヴァザーリの著作、《芸術家列伝》からです。彼はフィレンツェの画家、ドメニコ・ギルランダイオの弟子で義理の兄弟でもありました。聖母子を多く描いたそうです。この作品もその一つ。ちょっと、ボッティチェリに似た画風が魅力です。

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古典の巨匠の作品が続きます。これからは有名な画家が登場してきます。知らない画家の作品の紹介はとても疲れます。ふーっ・・・。



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ハンブルク市立美術館:レンブラント、デ・ホーホ、ヴァン・ダイク、ルーベンス

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/10回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。ゴシック、ルネッサンスを経て、オランダ黄金時代の作品が展示されています。

レンブラント・ファン・レインの《寺院のシメオンとハンナ》。1627年、レンブラント、21歳頃の作品です。この頃、レンブラントは画家としてデビューしたてで、小さなサイズで聖書の場面を描いた宗教画シリーズを展開していました。本作もその一枚です。この作品では、預言者シメオンが赤ん坊のイエスを腕に抱えており、そこから明るい輝きが放たれているようです。その背後には、賛美するように手を広げた預言者ハンナが立っています。ふたりが幼子イエスの中に救世主の姿を見出し、シメオンが祈っている両親のマリアとジョセフに預言を発表する瞬間が描き出されています。若きレンブラントがその才能を開花させたことがこの作品で実感させれます。

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レンブラント・ファン・レインの《マウリッツ・ホイヘンス、ハーグ市評議会秘書官》。1632年、レンブラント、26歳頃の作品です。ハーグ市評議会秘書官のホイヘンスの顔の左半分と彼の黒いローブの左肩の上の白いレースの襟は上からの光で照らされ、彼の体の右半分は暗いままで灰色の背景に対してかろうじて目立つ程度です。レンブラントは、同じ年にハーグの知事フレデリック・ヘンドリクの妻アマリア・ファン・ソルムスの肖像画を描いています。おそらく、レンブラントはその縁でホイヘンスの知り合いになったようです。レンブラントは肖像画家としてのキャリアをこうしてスタートさせたところですが、既に傑出した才能は明らかです。

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ピーテル・デ・ホーホの《愛の使い》。1670年頃、デ・ホーホ、41歳頃の作品です。ピーテル・デ・ホーホはオランダ黄金時代の風俗画家の一人に数えられ、とくにデルフト時代の風俗画はデルフト派の絵画として高く評価されています。ヨハネス・フェルメールとほぼ同時代を過ごし、フェルメールの作品にも影響を与えていることでも知られています。本作もいかにもフェルメールを連想させるような画面になっています。この作品は裕福なオランダ市民の私生活からのエレガントなシーンを描いています。身なりの良い若い女性が玄関で男性を応対し、その男性は主人に代わって愛の使者として彼女に手紙を届けます。女性はドレスの膝をつまみ、恥ずかしそうにメッセンジャーを見つめますが、好奇心と期待にあふれた様子です。フェルメールの作品と同様に絵画の中に日常のひとこまのドラマを封じ込めた風俗画の典型です。遠近法や光と影の使い方など、フェルメールの絵画を見ているような錯覚に襲われます。ただ、フェルメールの作品はさらに超精密な描き方が秀逸なのですが・・・。

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アンソニー・ヴァン・ダイクの《紳士の肖像》。1618年頃、ヴァン・ダイク、19歳頃の作品です。ヴァン・ダイクは若くして、その才能がめざましく、本作を描いた頃はマスターとして独り立ちして、アントウェルペンに工房を開くとともに、当時隆盛を誇った巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスの有力な弟子の一人となっていました。数年後にはルーベンスの筆頭助手となりました。本作は未知の貴族を描いた肖像ですが、描かれた貴族は椅子の上でわずかに右に傾いて座り、こちらを真剣かつ批判的な眼差しで見ています。彼の左手は彼の足に、彼の右手はしっかりと彼の腰にかかっています。彼の立派な衣服は、彼が上流階級であることを示しています。彼は、花柄の高級シルク生地で作られた黒いローブを身に着けており、肩にも黒いケープをかけ、それは身体の周りを覆っています。レースで作られた白いラフと手の込んだ装飾が施された袖口が魅力的なコントラストを形作っています。右側の背景にある膨らんだ赤いカーテンからは、その向こうの風景がはっきりと見えるようになっています。後に肖像画家として大成するヴァン・ダイクは既にこの若い時代から才を発揮していたんですね。

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アンソニー・ヴァン・ダイクの《羊飼いの礼拝》。1632年頃、ヴァン・ダイク、33歳頃の作品です。ヴァン・ダイクは肖像画を得意にしていましたが、肖像画以外にも歴史画、宗教画、神話画などにも優れた才能を見せました。ヴァン・ダイクは1621年の終わり、22歳頃にはイタリアへと居を移し、ジェノヴァを拠点にイタリア各地で活躍することになります。その後、1627年、28歳頃にアントウェルペンへと戻り、5年の間フランドルの人々の肖像画を洗練された優美な作風で描きました。そして、イングランド王チャールズ1世に招かれて、ロンドンで肖像画家として一世を風靡することになりますが、本作はその直前に描かれたものでしょう。この時期のヴァン・ダイクは肖像画だけではなく、大規模な祭壇画など多くの宗教画を手がけましたが、この作品もそのひとつです。マリアに抱かれた幼子イエスが礼拝されている様子が描かれています。

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ピーテル・パウル・ルーベンスの《聖母被昇天》。1616年頃、ルーベンス、39歳頃の作品です。ヴァン・ダイクの師匠だった巨匠ルーベンスの作品です。ルーベンスは、ブリュッセル大聖堂のノートルダム礼拝堂の祭壇画の準備のためにオイルスケッチを作成しました。聖母被昇天は17世紀初頭のオランダ南部で最も人気のあったテーマの1つでした。この作品はルーベンスの美点がよく出た美しい絵画です。なお、このテーマの作品はルーベンスが繰り返し描いたもので、最も有名な作品はアントウェルペンの聖母大聖堂に収蔵されている作品でしょう。そのほか、ウィーンの美術史美術館に収蔵されている作品、デュッセルドルフのクンストパラスト美術館に収蔵されている作品、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館に収蔵されている作品などがよく知られています。

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次はいよいよ、楽しみにしていたフリードリヒの充実したコレクションが並びます。



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ハンブルク市立美術館:フリードリヒの本格的なコレクションに遭遇!

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/11回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。オランダ黄金時代の作品を見た後は、いよいよお待ちかねのフリードリヒです。既に地下の特別展示で数枚の作品は見ましたが、これから、本格的にフリードリヒの展示室です。フリードリヒと言えば、ベルリンの博物館島の旧ナショナル・ギャラリーAlte Nationalgalerieの3階のフリードリヒの部屋で見た合計15枚のフリードリヒの傑作群が圧倒的に素晴らしかったです。その感動は今でも忘れられません。そのときの記事はここここです。しかし、このハンブルク市立美術館でも10枚を超えるフリードリヒのコレクションに出会えるとは望外の喜びです。ドレスデンDresdenのノイエ・マイスター絵画館Galerie Neue Meisterですら、フリードリヒのコレクションは6枚だけでしたからね。

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《オイビン、教会の遺跡》。1812年頃、フリードリヒ、38歳頃の作品です。1810年、『海辺の修道士』『樫の森の中の修道院』がプロイセン王室に買い上げられ、ベルリン美術アカデミーの在外会員になって、2年後の作品です。世の中に認められて、フリードリヒのロマン主義の作風はますます磨き上げられます。本作もフリードリヒの自然の中に朽ち果てる廃墟の森閑とした静けさを美しく描き上げています。

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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《自由の戦士の墓(古代の英雄の墓)》。1812年頃、フリードリヒ、38歳頃の作品です。上の作品と同じ頃に描かれた作品です。

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フリードリヒの傑作『雲海の上の旅人』がベルリンに貸し出し中だったのは残念。とても楽しみにしていた作品でした。やはり、フリードリヒはベルリンで見ろというご託宣でしょうか。この美術館でフリードリヒの最高の傑作の筈です。

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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《流れる雲》。1820年頃、フリードリヒ、46歳頃の作品です。雄大な大自然が描かれています。珍しく人影も人の営みもありません。ただ、大自然を眺めるフリードリヒの視線のみがあります。

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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《グライフスヴァルト近くの草原》。1821/22年頃、フリードリヒ、47/48歳頃の作品です。今日でも、グライフスヴァルト市の西にある、この絵が描かれた場所を訪れることができます。そこからフリードリヒは、多少の理想化はあるものの、故郷の町のシルエットを正確に描き出しています。聖マリア教会、聖ニコラス大聖堂、聖ヤコビの塔、市庁舎の尾根は容易に認識できます。彼の作品の多くと同様に、フリードリヒは正確に風景を描いています。この作品の原型はおそらく1806年に地元で既に描いていたものです。ただし、彼の絵画は町の景色を忠実に再現することだけに限定されていたわけではありません。むしろ、グライフスヴァルトの町を対称的な構図の中心に配置しているようです。この町は地平線の上に置かれ、霞でおぼろげな印象にぼかされて、静かで青々とした緑の風景と、雲のない、光に満ちた空との間をつなぐものになっています。このように、2つの根本的に異なる存在である陸と空を相互に町の存在が仲介しています。フリードリヒにとって、自然と人間が創造したものを心象空間の中に再構成することが彼の絵画の中心的な関心事であったわけです。それこそがロマン主義のアプローチそのものでした。

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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《ドレスデン近郊の丘と耕した畑》。1824/25年頃、フリードリヒ、50/51歳頃の作品です。一見、自然の風景だけが描かれたように見えます。しかし、そこには人間が耕した田園が広がり、ここでも自然と人間の調和が歌い上げられています。これがフリードリヒの理想とする風景なのでしょう。

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まだまだ、フリードリヒの素晴らしいコレクションは続きます。



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ハンブルク市立美術館:フリードリヒのコレクションを満喫

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/12回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。現在、フリードリヒの展示室でフリードリヒの名品に魅了されています。

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《初雪》。1827年頃、フリードリヒ、53歳頃の作品です。うっすらと雪を被った森の風景です。一本の道がここを歩む者の存在を見る人に考えさせるかのようです。

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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《滝のあるモミの森》。1828年頃、フリードリヒ、54歳頃の作品です。深く暗い森の中を緩やかな滝が流れ落ちていく様が描かれています。ここには人の姿がまったく感じられません。自然そのものだけを描いたのはいかなる意図だったんでしょう。ロマン主義というよりも自然主義みたいですが、自然といってもフリードリヒの心の中で再構成された理想化された自然なのでしょう。
・・・と書いたのですが、配偶者から鋭い突っ込み。滝の横に人が立っているじゃないのってことです。そんな筈はと・・・とよくよく見ると、確かに黒い人の形があります。前言を翻さざるを得ませんね。人が美しい滝を見ているロマンに満ちたロマン主義そのものの作品です。それも控えめに人影を描いた抒情的な名作ですね。

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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《ボヘミアの山の風景》。1830年頃、フリードリヒ、56歳頃の作品です。ボヘミアの山の風景は、フリードリヒが風景を単純化・抽象化する根本的な理解だけでなく、視覚的な調和に対する彼の特別な感覚も明らかにしています。草が茂った平野、低い山岳地帯の尾根、空を漂う雲-これらの3つのスペースを含む水平に層状になったストライプから、絵画の構図が構成されています。微妙な色の調和のとれた開墾地に対するフリードリヒの意識は、トウモロコシ畑でも明らかにされます。それは、中地に狭い黄色のストライプとして現れ、平野の緑のパレットと山の鉛灰色の間を仲介します。この山脈の地形がどこなのかということを明確に特定化できませんでした。おそらくそれは、スニェシュカ山を最高の頂に持つクルコノシェ(リーゼン)山脈の一部なのでしょう。このような地形の特定の問題は、フリードリッヒの絵画でしばしば発生します。彼は自然の探求でたいていは忠実にその事実に従いましたが、絵画では異なる地域から取り出した異なる地形の断片を自由に組み合わせました。

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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《鍬の入った畑》。1830年頃、フリードリヒ、56歳頃の作品です。自然と人の営みの融合は何と美しい風景になるのでしょうか。これもフリードリヒの心の中で再構成し、理想化した心象風景なのでしょう。

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カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの《月明かりの海岸》。1835/36年頃、フリードリヒ、61/62歳頃の作品です。この10年ほど前から、時流から外れたフリードリヒは徐々に忘れられていきました。絵も売れなくなり、貧しくなったフリードリヒは、ただひたすら森や荒野を彷徨い歩いていました。1835年、61歳のフリードリヒは遂に脳卒中で倒れてしまいました。一命は取り留めたものの、麻痺が残り、油彩画は描けなくなってしまいました。本作が彼の最後の油彩画となりました。この作品がとりわけ暗い作品になってしまったことにフリードリヒのファンとして、大変、心が痛みます。

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このハンブルク市立美術館で13枚ほどのフリードリヒの大コレクションを見て、ようやく、フリードリヒの代表的な作品のほとんどを見終えることができました。フリードリヒの絵画はドイツの美術館を中心に展示されています。saraiが見たのは以下の美術館です。

 ベルリンBerlinの博物館島の旧ナショナル・ギャラリーAlte Nationalgalerie
 ベルリンBerlinのシャルロッテンブルク宮殿Schloss Charlottenburg
 ドレスデンDresdenのノイエ・マイスター絵画館Galerie Neue Meister
 ミュンヘンMünchenのノイエ・ピナコテークNeue Pinakothek
 フランクフルトFrankfurtのゲーテ博物館Goethe Museum
 ウィーンWienの美術史美術館Kunsthistorisches Museum
 ヴィンタートゥールWinterthurのオスカー・ラインハルト美術館Kunst Museum Winterthur / Reinhart
 当美術館(ハンブルク市立美術館)

フリードリヒの絵画は妙に日本人のsaraiの心に響きます。かつて、ヨーロッパに留学していた東山魁夷もフリードリヒに心惹かれた日本人の一人だったようです。
ハンブルク市立美術館の鑑賞はさらに続きます。



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絶好調の金管・・・フィナーレで高潮するマーラー ウィグルスワース&東京交響楽団@サントリーホール 2019.12.8

マーラーの交響曲では特に重要な楽器パートである金管が素晴らしい出来。東響はもともと弦が素晴らしいですが、木管も見事な演奏の上に金管まで素晴らしいのですから、オーケストラの響きは最高。ですが・・・なにか、物足りないマーラーというのが正直なところ。ジョナサン・ノットが振ったマーラーの交響曲第7番はあんなに素晴らしかったのにね。それでも第4楽章の盛り上がりは金管の頑張りもあって、凄かったです。終結部でホルン7人が立ち上がって吹き出したときは心がざわつきました。

前半のモーツァルトのピアノ協奏曲第24番はピアノ独奏のマーティン・ジェームズ・バートレットの切れが良く、粒立ちの美しい響きの演奏が冴え渡りました。ほぼ、無名のピアニストですが、なかなかやるなって感じです。それに適度の装飾音を織り交ぜて、心地よい演奏です。第1楽章のカデンツァはモーツァルトの弟子だったヨハン・ネポムク・フンメル作のものだとのことですが、これがなかなかの超絶技巧曲に聴こえます。見事なカデンツァの演奏に聴き惚れました。これからが楽しみなピアニストです。アンコールはバッハのノリのよい演奏が始まり、おっと思います。久しぶりに聴くパルティータです。saraiの愛聴する曲です。ジャズっぽい演奏ですが、これまた、聴き惚れました。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:マーク・ウィグルスワース
  ピアノ:マーティン・ジェームズ・バートレット
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:グレブ・ニキティン

  モーツァルト:ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
   《アンコール》
    J. S. バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV 826 より 第6曲「カプリッチョ」

   《休憩》

  マーラー:交響曲 第1番 ニ長調「巨人」


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のモーツァルトのピアノ協奏曲第24番を予習したCDは以下です。

 クララ・ハスキル、ヴィクトル・デザルツェンス指揮ローザンヌ室内管弦楽団 1956年6月25日、ローザンヌ ライヴ録音
 
全編、哀しみ色に塗り込まれた深い詩情にただただ聴き入るのみです。ハスキルのモーツァルトの中でも最高の演奏です。デザルツェンスの指揮もそういうハスキルの演奏にぴったりと寄り添って、雰囲気を盛り上げてくれます。ピアノ、オーケストラ、共に素晴らしい協奏曲を作り上げてくれます。どの楽章をとっても素晴らし過ぎる演奏ですが、第1楽章のカデンツァは最高の演奏です。忘れられない究極の演奏です。


2曲目のマーラーの交響曲 第1番を予習したCDは以下です。

 マイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団 2001年9月19-23日、サンフランシスコ、デイヴィス・シンフォニー・ホール ライヴ録音

9.11同時多発テロの直後に演奏された記録。何と言っても、細部にわたって、神経が行き届いた丁寧な演奏が印象的ですが、凄いのは、その演奏に聴く者を引きこむ力です。こんなマーラーを聴いたら、ほかの演奏は霞んでしまいそうです。なお、実演で聴いたこのコンビのこの曲の演奏も凄いレベルの演奏で、最高のマーラーでした。決して、それほど上手いオーケストラとは思えませんが、演奏に打ち込む姿勢と集中力が並外れています。やはり、指揮者の力は大きいですね。マイケル・ティルソン・トーマスは真の意味でマーラー指揮者です。



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最上のオーケストラ、超一流の指揮者で何ともチャーミングな魅惑のコンサート・・・アラン・ギルバート&東京都交響楽団@東京文化会館大ホール 2019.12.9

もう嬉しくなって踊りたくなるような素敵なコンサートでした。トップクラスの在京オケを超一流の指揮者が振ると、こうなるのねって感じの何とも形容のしがたい演奏。“美しい”とか“素晴らしい”という、いつもの形容詞では不足でしょう。楽興という言葉で逃げるしかありません。そもそも、プログラムが素晴らしい。アラン・ギルバートはやはり、只者ではないことをはっきりと認識させてくれるようなプログラムだったし、そのすべての楽曲を完璧に手の内に収めたような見事な指揮。その指揮にちゃんと応えられた都響のアンサンブルも最高でした。古典から現代までバランスの取れた選曲で、多分、全曲、saraiは実演では初聴きという、マニアックなプログラム。多彩な曲が並びますが、ばらばらの音楽を寄せ集めた印象もない、趣味がよいとしか言えない曲の選択に唸らせられます。もう、これ以上言うべき言葉もありませんが、一応、それぞれの曲の演奏の印象について、述べてみましょう。

まず、冒頭はリストのピアノ独奏曲《悲しみのゴンドラ》をジョン・アダムスがオーケストラ用に編曲したもの。原曲はヴェネチアでリストが亡くなる前後のリヒャルト・ワグナーを悼んだ作品。第1稿は亡くなる直前。第2稿/第3稿は亡くなった後に手を入れたものです。ワグナーの妻はリストの娘コジマですが、その結婚の経緯は不倫から始まっており、当初、リストとワグナーは絶縁状態でした。しかし、親子の縁か、いつしか、リストはワグナーと仲直りし、その死に向けても、こういう作品を残しています。リストはバイロイト通いもしていました。で、この作品ですが、リストの晩年の作品らしく、実に宗教的で幻想的なものです。それまでの派手なロマンに満ちた作品とはかけ離れています。さらにワグナーの死に心を向けたためか、暗くて瞑想的です。その曲を現代音楽の作曲家ジョン・アダムスが編曲すると、ミニマリズムの無調的な雰囲気を湛えつつも、後期ロマン派の雰囲気も残した、何とも音楽的なレベルの高い名作になりました。しかもアラン・ギルバートの手にかかると、この曲の質が格段に向上します。作曲家自身の指揮よりも目立って素晴らしく変身します。いやはや、アラン・ギルバートのセンスの良い選曲と天才的とも思える指揮、そして、一段とアンサンブルの質が向上した都響の演奏。何も言うことはありません。脱帽です。

次はバルトークのヴァイオリン協奏曲第1番。これは協奏曲というよりも、ヴァイオリンソロの矢部達哉を囲むアンサンブルという感じ。特に第1楽章で初めにヴァイオリンソロが静かに弾かれて、その響きが、次第にオーケストラに放射状に広がっていく様が、都響のコンサートマスターである矢部達哉の存在感がしっかり出ている感じで、ほのぼのとしています。独奏者でありながら、都響のアンサンブルの中心にもなっている感じです。若き日のバルトークの作品を矢部達哉が弾くというのもなんだか、ぴったりとはまったような気がします。晩年のバルトーク、傑作を生み出し続けていた時期のバルトークもいいですが、若き日のバルトークも好きです。R.シュトラウスの交響詩にはまっていた血気盛んな青年だったバルトークはまだ、後期ロマン派の影を宿しています。後のバルトークの面影も既に現れています。天才は初めから才能を発揮していたわけです。その素晴らしい作品を矢部達哉は一切の力みなく、淡々と弾きますが、バルトークの音楽の本質に迫る見事な演奏です。そして、彼とアンサンブルを形成する都響も最高のバルトークを奏でます。指揮のアラン・ギルバートのさりげないサポートもさすがの腕前。いつもはバルトークのヴァイオリン協奏曲と言えば、第2番を聴くことが多いですが、第1番の素晴らしさを初めて実感できました。ところで、この作品はバルトークが亡くなった後、13年も経って、ようやく初演されたそうです。彼が愛した女性ヴァイオリニストのもとで眠っていて、彼女の死後、遺品の中から発見されたからだそうです。この名作が今日、こうして聴けるのは何と幸せなことでしょう。

休憩後、また、現代の作曲家による編曲作品が演奏されます。現代の作曲家の中で最も著名で作品の演奏頻度も高いトーマス・アデスがフランスのバロックの作曲家クープランのクラヴサン曲集から3曲を選んで、室内オーケストラ用に編曲したものです。登場した室内オーケストラはバロック風に左右の2群の弦楽5部に分かれて、オリジナルのクラヴサンの響きを彷彿とさせるような鄙びた雰囲気の音楽を奏でます。これまた、アラン・ギルバートの音楽のさばき方の絶妙なことに驚愕します。3曲目の《魂の苦しみ》の美しく、お洒落な演奏に魅了されました。冒頭の《悲しみのゴンドラ》と同様に原曲の雰囲気を残しつつ、現代性も兼ね備えて、微妙なバランスを完璧に表現するというアラン・ギルバートの天才的な指揮に舌を巻きました。

最後は何故か、フツーの古典、ハイドンの交響曲です。しかし、これが凄かった。てっきり、小さな編成で演奏すると思ったら、大編成の弦楽での演奏です。しかもそれでいて、まるで室内オーケストラのように究極のアンサンブルで透明な響きの演奏です。パッセージの細かいニュアンスも表現する凄いアーティキュレーションには、ただただ、聴き入るしかない・・・どんどんと引き込まれるような最高のハイドンに魅せられました。こういうハイドンならば、第1番から第104番まで、すべて聴きたくなります。104分の1しか聴けないことが、酷に思えるような凄い演奏でした。予習で聴いたラトル指揮のベルリン・フィルをはるかに上回る最高級の演奏に感動しました。これって、セル指揮のクリーブランド管弦楽団と同等の演奏に思えます。まさに奇跡のハイドンでした。第4楽章の定番の笑いもよかったしね。それは終わったと見せかけて、実はまだ、続くというハイドンのジョークですが、騙されたふりをして、拍手した少数の聴衆の協力もあってのことでした。2度目はさすがに誰も協力しないと見てとったアラン・ギルバートはコンミスの四方恭子とコンビで即興演技でホールの笑いをとっていました。まあ、これで笑いがとれるのは、超絶的な演奏があったればのことです。

こういう演奏を聴かされると、今週末のアラン・ギルバート指揮の都響のマーラー(6番)を聴きたくなるのは当然のことでしょう。帰宅後、すぐにチケットを買いました。多分、とんでもないマーラーを聴かせてくれるでしょう。昨日の残念なマーラー(第1番)を払拭してもらいましょう。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:アラン・ギルバート
  ヴァイオリン:矢部達哉
  管弦楽:東京都交響楽団  コンサートマスター:四方恭子

  リスト(アダムズ編曲):悲しみのゴンドラ
  バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第1番 Sz.36

   《休憩》

  アデス:クープランからの3つの習作(2006)(日本初演)
  ハイドン:交響曲第90番 ハ長調 Hob.I:90


1曲目のリスト(アダムズ編曲)の《悲しみのゴンドラ》はYOUTUBEで予習しました。

  https://www.youtube.com/watch?v=hb41SGQova0
  ジョン・アダムズ指揮ロンドン交響楽団

 
2曲目のバルトークのヴァイオリン協奏曲第1番を予習したCDは以下です。

 イザベル・ファウスト、ダニエル・ハーディング指揮スウェーデン放送交響楽団 2012年4月、ストックホルム、ベルワルドホール セッション録音
 
ファウストは禁欲的な演奏をするのかと思ったら、思いのほか、纏綿とした美しい演奏。聴き惚れました。これ以上の演奏は考えられないほどの素晴らしい演奏です。


3曲目のアデスの《クープランからの3つの習作》はYOUTUBEで予習しました。

  https://www.youtube.com/watch?v=CjWbjuWsU74
  トーマス・アデス指揮ヨーロッパ室内管弦楽団


4曲目のハイドンの交響曲第90番を予習したCDは以下です。

 サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル 2007年2月8-10,14-17日、ライヴ録音
 
ライヴ録音そのままで、終楽章は騙しのコーダで何度も聴衆の拍手と笑いがそのまま録音された楽しいCDです。もっとも、それでは申し訳けなく思ったのか、付録でスタジオ録音で拍手なしバージョンも収録されているというご丁寧なアルバムです。第88~92番、協奏交響曲が2枚のCDに収録されています。



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来年5月のウィーンの旅・・・直行便で楽々旅

29年前のゴールデンウィークが最初のヨーロッパ遠征でした。そのときは初ヨーロッパで右も左も分からず、今のような便利なインターネットもなく、そもそも、オペラハウスへ行く流儀もチケットの買い方もスケジュールのチェックも何も分からない状態。
で、個人旅などできるわけもなく、ともかく、ウィーンでオペラを見たい一心で豪華オペラツアーに大枚をはたきました。そもそも、一介のしがないサラリーマンだったので、長期休暇を取るのも、ゴールデンウィークをからめて、恐る恐る上司にお伺いをしながらの苦心の遠征決行だったわけです。

ウィーンでは、夢のようなオペラ三昧。以下のようなプログラムでした。

 チャイコフスキー 歌劇「エウゲニ・オネーギン」 ブレンデル、トモワ-シントウ、ドヴォルスキー、ギャウロフ
 ドニゼッティ 歌劇「愛の妙薬」 フェッラリーニ、ラ・スコーラ(パヴァロッティの代役)、ヌッチ、タッデイ
 R.シュトラウス 楽劇「ばらの騎士」 ジョーンズ、リドル、マレイ、ワイズ
 
さらにバルセロナに移動して、もうひとつ。

 R.シュトラウス 楽劇「ナクソス島のアリアドネ」 グルベローヴァ、ゲッセンドルフ、フライ、シュミット

saraiの40歳の誕生日はウィーンで「ばらの騎士」でした。

あれから、ウィーン詣でが始まり、気が付いてみれば、来年の遠征で18回目のウィーンになります。

と、感傷にふけっていましたが、来年のヨーロッパ遠征30周年に向けて、早く、飛行機のチケットを購入しておかないと、ゴールデンウィークのラッシュに巻き込まれて、チケット手配で遅れをとります。ゴールデンウィークの直前の運賃がまだ高騰していない日を選び、帰りもゴールデンウィーク明けで運賃が安くなる日にします。今度の旅でヨーロッパ遠征を打ち止めとしますから、最後にANAの直行便でウィーンを往復しましょう。ジャンボジェットで始まったヨーロッパ遠征も最後はB787で完了。時代の移り変わりを感じます。

で、もちろん、マイルの特典航空券などありはしません。一番、格安のエコノミー席で往復です。二人往復で約29万円・・・まあまあですね。ところが、料金支払いのページを見ると、ANA SKYコインを使うという一行が目に入ります。これは何でしょう。どうやら、マイルをこのSKYコインという金券のようなものに交換しておくと、それで料金の支払いに使えるようです、どうせ、これが最後ですから、溜まったマイルをすべてはきだしましょう。すると、何と25.5万円相当のSKYコインになります。ええーっ、最後のヨーロッパ遠征はたったの3万5千円で往復できちゃいます。やったね!

ところが、ANAの格安航空券では、座席の事前指定が窓際と通路側のほとんどが有料になっています。まあ、2500円ほどではありますが、それはいやですね。何とか、無料の窓際を探すと、往路は数席ありますが、復路はもう一席のみでした。危ない、危ない。

ということで無事、航空券は確保。ウィーンの初日はサイモン・ラトルのロンドン交響楽団でマーラーを聴き、最終の3日間はマーラーを5曲聴きます。ベートーヴェンのアニバーサリーイヤーにウィーンでマーラー三昧とはね・・・。

ゴールデンウィークを挟んで、ウィーンに2週間の滞在がsaraiのヨーロッパ遠征のグランドフィナーレになります。感慨一入です。



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ハンブルク市立美術館:ベックリン、フォイエルバッハの美女

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/13回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。フリードリヒの名品に魅了され、次はベックリンです。
象徴主義の画家アルノルト・ベックリンと言えば、《死の島》が彼の代名詞のようなものですが、意外に地味な作品も多いんです。ベックリンはスイスのバーゼルで生まれ、イタリアのフィレンツェのフィエゾレで没しました。フィエゾレと言えば、ルネサンス期にメディチ家の別荘があったところで、ギリシャ人や知的な人物が集ったプラトン・アカデミーが有名です。そのなかから、ボッティチェリの《春》、《ビーナスの誕生》も生まれました。saraiも以前、フィエゾレの丘に上り、遠くフィレンツェの眺望を楽しみ、在りし日の優雅さを思い起こしました。ベックリンがどのような思いでかの地を最期の住まいにしたのかは定かではありませんが、イタリア・ルネッサンスと無関係な筈はないでしょう。
ベックリンは人生の大半はドイツとイタリアで過ごしましたが、フィレンツェのフィエゾレで晩年を過ごす前にもフィレンツェに1874年から1885年まで過ごし、その間、傑作の数々を描きました。

アルノルト・ベックリンの《橋のあるローマの風景》。1863年頃、ベックリン、36歳頃の作品です。古代ローマを思わせるアーチ橋が風景の中心で、その橋の袂に一人の画家が絵を描いているようです。その視線の先には一組のカップルの姿が見えます。何やら、ドラマがありそうな場面が描かれています。

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アルノルト・ベックリンの《アウグスト・フラテッリの肖像》。1864年頃、ベックリン、37歳頃の作品です。ベックリンは肖像画も多く描いています。実に明晰に人物を描き出しています。この人物の詳細は不明です。

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アルノルト・ベックリンの《悔い改めたマグダラのマリア》。1873年頃、ベックリン、46歳頃の作品です。ベックリンは戸外で絵を描くことはなく、アトリエで神話、聖書などを題材に作品を作り出していました。この作品も伝統的な題材を描いたものです。それにしても保守的な作風に思えますが、そういうところがヒットラーに好まれた要因でもあったのでしょう。

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アルノルト・ベックリンの《自画像》。1873年頃、ベックリン、46歳頃の作品です。よく知られた作品ですが、この美術館にあったのですね。まあ、よく描けた自画像です。画家の自負心が滲み出ています。背景も凝っています。

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アルノルト・ベックリンの《聖なる木立》。1886年頃、ベックリン、59歳頃の作品です。神聖な木立の神話に基づいた作品です。背景の森の中の暗闇から、白い衣を着てベールに包まれた人物の行列が犠牲を捧げる石の祭壇に近づきます。焦げた供え物から紫色の煙が上がります。右側の神聖な境内は、海を隔てる壁に囲まれています。木々の間には古代寺院があり、それは明るく照らされています。象徴主義のベックリンが神話を題材として、現実世界との関わりの何かを我々におぼろげに訴えかけてくる一作です。ある意味、彼のライフワークなんでしょう。

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次はベックリンとも親交があり、イタリア芸術への傾倒で共通していたアンゼルム・フォイエルバッハの作品を見ていきます。
アンゼルム・フォイエルバッハは19世紀ドイツの絵画界で新古典主義の画家たちを牽引した存在で、彼の描く歴史画は高く評価されました。ブラームスとの交友も知られ、フォイエルバッハが亡くなったとき、ブラームスは彼の死を悼み、ネーニエ(悲歌)Op.82を作曲したそうです。


アンゼルム・フォイエルバッハの《ビアンカ・カペッロ》。1864/68年頃、フォイエルバッハ、35/39歳頃の作品です。フォイエルバッハはローマに赴いた折、1861年、アンナ・リージ(通称ナンナ)と運命的な出会いを果たし、以後4年間、絵のモデルとしました。もちろん、恋人でもありました。アンナをモデルにしたイフィゲニア、メデア、フランチェスカ、ローラなどを描きました。この作品では、彼女をモデルにして、ビアンカ・カペッロを描きました。ビアンカ・カペッロはトスカーナ大公国でフランチェスコ大公の愛人、大公夫人の死後は妃になった美女です。ここでは、彼の兄弟フェルディナンドに毒殺されたフランチェスコ大公の悲劇のヒロインとしての風貌を描いています。いやあ、モデルのアンナは凄い美女ですね。まるでファム・ファタールじゃないですか!

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アンゼルム・フォイエルバッハの《マンドリン奏者》。1865年頃、フォイエルバッハ、36歳頃の作品です。この作品もアンナ・リージ(通称ナンナ)をモデルに描いたもののようですね。モデルがよいと絵が引き立ちますね。しかし、この翌年、フォイエルバッハはあっさりと絵のモデルをアンナから宿屋の妻だったルチア・ブルナッチに乗り換えます。もったいないですね。しかし、ローマにはそんなに美女が多かったんでしょうか。

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フォイエルバッハの絵を見たんだか、モデルのナンナを見たんだか、判然としませんが、saraiは彼女の美しさに魅せられました。そもそも、この絵を見るまで、フォイエルバッハという画家の名前すら知らなかったんですから・・・。

ドイツ絵画はここでいったん終わり、この後はフランス絵画に移ります。



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鍵盤からそこはかとなく漂う詩情 田部京子@浜離宮朝日ホール 2019.12.12

この田部京子のシューベルト・プラスなるコンサートシリーズも今回で第6回となり、既にシューベルトの遺作ソナタ3曲も弾き終わり、晩年の作品は今日のD.915のアレグレットとこれから最後に弾かれるであろうD.946の3つの即興曲(3つの小品)を残すのみ。シリーズのメインもシューベルトからシューマンにシフトして、今回の《子供の情景》、次回のクライスレリアーナ(遂に聴ける!)など、シューマンの名品がピログラムに並びます。加えて、今日は若き日のブラームスの大曲、ピアノ・ソナタ第3番まで登場し、ブラームスへのシフトも視野にはいってきました。ブラームスの晩年の名作、Op.116からOp.119も是非すべて弾いてもらいたいものです(4つの小品 Op.119は既に弾きましたから、残りは3つ)。

で、今日のコンサートですが、何とも夢のような時間がゆっくりと過ぎ、田部京子の素晴らしいピアノの響きによるポエムに心を奪われました。CDでは決して体験できない贅沢な時間です。今日の田部京子は最高の状態での演奏で、弾いたすべての曲がアンコール曲も含めて最上の出来でした。田部京子も人間ですから、正直、いつも最上の演奏を聴かせてくれるわけではありませんが、今日は彼女のベストの演奏を聴かせてくれました。どんな曲にも味わい深い詩情が漂ってきます。これが田部京子だけの美質なんです。

まずはシューベルトの晩年の名作、アレグレットです。シューベルトのしみじみとした思いが込められた演奏です。こういう作品には田部京子の詩情に満ちた演奏が不可欠です。こんな素晴らしい演奏が聴ける幸せ感でいっぱいになりました。まだ、彼女はこの曲を録音していませんが、これだけはCDで聴こうとは思いません。多分、我が生涯でこれだけの演奏を聴くのはこれが最後になるでしょうが、もうこれで十分です。

次はシューマンの《子供の情景》。彼女のCDと同様に少しスローなテンポの演奏ですが、最初の《見知らぬ国》の優しい温もりの演奏で心をつかまれ、第7曲のトロイメライで魅了され、第12曲の《子供は眠る》の美しい演奏で夢の国に誘われて、終曲の《詩人は語る》のかみしめるような演奏で感動の極に達します。終曲の魂の演奏は途中、止まりそうなパウゼが何度も入り、その儚げな美しさの極みに強い共感を覚えずにはいられませんでした。最後の1音が消えて、静寂に包まれるときの感動は言葉では表せません。最高のシューマンでした。

前半の最後はグリーグのペール・ギュント 第1組曲の4曲です。これは田部京子の持ち曲みたいなもので、ほかの人の演奏は聴いたことがありません。これは楽しく聴けました。ただ、このシリーズで聴くのはなんだか物足りないような気もします。グリーグであれば、「抒情小曲集」の何曲かのほうが聴き甲斐があるかな。まあ、見事な演奏ではありましたし、こういう曲ですら、詩情を感じさせるのは凄いです。


休憩後の後半は今日のメイン、ブラームスのピアノ・ソナタ第3番です。ピアノ・ソナタ第1番/第2番と同じ頃、すなわち、20歳頃のブラームスがデュッセルドルフのシューマン夫妻宅を訪れて、長期滞在した直後に作曲され、シューマンに講評を求めて譜面を送った最後の作品です。若さゆえの情熱とロマンに満ちた大作です。田部京子の演奏は恐ろしいほど凄いもので、saraiがそのすべてを受けとめられたとは言えません。saraiの許容力を超えたすさまじい演奏でした。長大な第1楽章で聴く力を使い果たした感もあります。力強いけれども、そのロマンに満ちあふれた音楽の素晴らしさと言ったら・・・ブラームスの本質を見事に表現し尽くしていました。でも、最高に素晴らしかったのは第2楽章のアンダンテです。これまた長大な楽章ですが、静謐でありながらも芯のある音楽が熱を込めて弾かれ、saraiはすっかり心を奪われます。そして、終盤の熱い魂の盛り上がり。何という素晴らしさでしょう。最後の回想するようなパッセージを息を呑んで聴き入りました。終楽章までレベルの高い演奏が続き、saraiはついていくのがやっとという感じです。最後の壮大な頂点を聴き終え、ただただ、圧倒されました。若き日のブラームスの素晴らしさを初めて実感できましたが、決して十分に聴きとれ切れなかった自分が情けない感じです。

アンコールはそうしたsaraiの思いを優しく慰撫してくれるようなブラームスの晩年の名作です。これは文句なしに夢のような演奏で、saraiも耳馴染んだ名曲の世界で感銘の極みでした。2曲目は田部京子のファンならば、定番ともいえるシューベルトのアヴェマリア。右手の美しいタッチに感銘を覚えました。


今日のプログラムは以下です。

  田部京子シューベルト・プラス 第6回

  ピアノ:田部京子
 
  シューベルト:アレグレット ハ短調 D.915
  シューマン:子供の情景 Op.15
  グリーグ:ペール・ギュント 第1組曲 Op.46

  《休憩》

  ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番 へ短調 Op.5

  《アンコール》
   ブラームス:『ピアノのための6つの小品』Op.118から、第2曲 間奏曲 イ長調 アンダンテ・テネラメンテ
   シューベルト:「アヴェ・マリア」(編曲:田部京子、吉松隆)


最後に予習について、まとめておきます。

シューベルトのアレグレットを予習したCDは以下です。

 マリア・ジョアン・ピリス 1996年6月、7月 ミュンヘン&ハンブルク セッション録音

ピリスの最高のシューベルト演奏です。


シューマンの子供の情景を予習したCDは以下です。

 田部京子 1999年8月10-13日 群馬 笠懸野文化ホール セッション録音


グリーグのペール・ギュント 第1組曲を予習したCDは以下です。

 田部京子 2018年4月12-13日 埼玉・富士見市民文化会館キラリふじみ セッション録音


ブラームスのピアノ・ソナタ第3番を予習したCDは以下です。

 ジュリアス・カッチェン 1962年6月 ウエスト・ハムステッド セッション録音

カッチェンの不朽の名演奏のブラームス全集の中から聴きました。これほど完成度の高いブラームスはないでしょう。



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テーマ : クラシック
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       田部京子,  

ハンブルク市立美術館:コローの銀色の靄の風景

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/14回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。ドイツ絵画を見終えて、次はフランス絵画です。
まず、最初に登場するのは、自然派・写実派のジャン=バティスト・カミーユ・コローです。彼は3度のイタリア訪問を経て、風景を心象風景として捉える新たな画法を身に着けました。その描く風景画には灰色もしくは銀色の靄がかかり、独特の世界観を示しました。彼のこの戸外で描く画法は印象派の画家たちに継承されていくことになります。もっとも、ぱっと見では、とても地味な風景画にしか見えないので、彼の真の価値を探り当てるのは難しい作業になります。

ジャン=バティスト・カミーユ・コローの《ヴィッラ・ドーリア・パンフィーリ》。1826/27年頃、コロー、29/30歳頃の作品です。ヴァティカン市国の南東、下町トラステヴェレ地区の東側にあるヴィッラ・ドーリア・パンフィーリ(Villa Doria Pamphilj ドーリア・パンフィーリ公園)は公共の公園としてはローマで最大の面積を持ちます。ヴィッラは他の多くのローマの庭園と同じように、ローマ貴族パンフィーリ家に起源を持ちます。ローマ教皇インノケンティウス10世の甥、カミッロ・パンフィーリ枢機卿は、1630年代の初めに現在の場所に幾ばくかの土地を購入しました。園内には様々な種類の樹木が生い茂っています。数百本のカシなどが並ぶ散策道は、美しい景色になっています。若きコローはその風景を描きましたが、後年の灰色もしくは銀色の靄がかかったようなファンタジックな作品とは縁遠いような凡庸な絵画になってしまっている印象です。

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ジャン=バティスト・カミーユ・コローの《瞑想》。1855/60年頃、コロー、58/63歳頃の作品です。画面の4分の3を占める若い女性の姿は、肖像画と風俗画の間で揺れ動きます。コローの人物像を描いた作品数は少ないため、ファンタジー・フィギュアー(幻想的な人物像とでも訳すのかな)と呼ばれています。空想的な人物像で、誰かの肖像を描いたのではなく、瞑想的で内省的な態度が理想化され、非人格化された人物の画像であり、憂鬱、詩、または感覚の純粋な感情と象徴として理解するべきものです。若い女性は、不明確な風景の前で、自分の考えに迷い込んで座っています。女性の視線は明確に向けられていますが、彼女は夢想に沈んでいるようです。コローの人物像は物理的には存在しないもののように見えます。このように、描かれた人物像はそのものではなくて、まるで投影スクリーンにようになり、共感と想像力の助けを借りて、見るもの自身がイメージを作り上げます。

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ジャン=バティスト・カミーユ・コローの《バラを持つ娘》。1860/65年頃、コロー、63/68歳頃の作品です。彼の夢のように素晴らしい風景画に加えて、コローは油絵によるスケッチでも有名です。バラを持つ少女は彼のスタジオでモデルをしています。自信を持って構成された画面は、中心から端に向かって徐々にゆるやかにスケッチされています。シンプルなドレスとシンプルなジュエリーを身に着けている女性の顔は影付で暗くなっています。むき出しの肩越しに、デコルテに光が当たり、右手でドレスのネックラインの前にバラを抱きます。絵画の右端の半暗闇で、彼女はもう一方の手で髪に触れます。そこから、コローは赤いイヤリングの色のアクセントを見つめた後、中央の花に戻ります。少女の自分自身に閉じこもった態度と逸らされた視線によって、鑑賞者はこの少女に心理的に近寄ることができ、同時に少女自身が描かれたフレームを凝視することになります。

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ジャン=バティスト・カミーユ・コローの《ヴィル=ダヴレー (Ville-d'Avray)の湖》。1861〜69年頃、コロー、64/72歳頃の作品です。この作品は、コローがパリ近郊のヴィル=ダヴレーにある、両親から譲り受けた邸宅に住んでいた頃に描かれたものです。静かな湖面と遠くにある田舎の屋敷など、ありふれた風景が描かれています。
コローは風景を描くことで、描かれた光や空気の平和的な静けさにより、鑑賞者自身が自然界に溶け込んでいるという恩恵を感じさせることができました。緑、銀、黄土色の明るい調和がこの作品をより柔らかくしています。湖の手前の岸辺に座っている人物はコロー自身でしょうか。

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ジャン=バティスト・カミーユ・コローの《渡し守》。1868年頃、コロー、71歳頃の作品です。この物悲しさを呼び起こす、サンリス近郊にあるモルトフォンテーヌの沼の風景は、震えるような軽やかな筆遣い、靄のかかった雰囲気といった、1850年以降のコローの作品における特徴を表わしています。灰色もしくは銀色の靄のかかった独特の画法はコローが生み出した最終的な到達点でした。コローはアトリエで、エルムノンヴィルの近郊に位置するモルトフォンテーヌにある沼を思い描き、繰り返し、そのイメージを絵画として描きました。そこは画家が水面の反射と光の効果を研究するために、1850年以降繰り返し訪れた場所です。この作品は画家がこの地で得たイメージをもとにして、心の中に特別に再構成して描いたもので、単純な写実とは大きくかけ離れたものです。そういう意味では印象派の先駆けとなったものです。

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フランス絵画はクールベ、ミレー、テオドール・ルソーと続きます。



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自己と葛藤するマーラーを鮮やかに表現・・・アラン・ギルバート&東京都交響楽団@サントリーホール 2019.12.14

アラン・ギルバートのセンスを買って、つい1週間前に急遽、チケットを求めましたが、その期待は裏切られませんでした。第5番から第7番までの中期の交響曲はマーラーの交響曲の中では、どう演奏されて、どう聴き取ればいいのか、難しいと感じます。この第6番は都響でベルティーニ、インバルで聴いてきましたが、正直、演奏に完全に満足したわけでもなく、また、自分としても、どう向き合えばいいのか、迷うところも多い難しい音楽です。それはマーラーと妻アルマの微妙な関係に原因があるのではないかと思うところが多々あります。第5番でアルマとの愛にあふれていたマーラーもアルマへの愛が深まるにつれて、ある意味、焦燥感のようなものにかられたのではないでしょうか。永遠の愛を信じつつも、頭の片隅にある疑念をぬぐい切れない・・・後にそれは現実のものとなるわけですが、この時期はそんな兆候すらもなく、ヴェッター湖のほとりにあるヴィッラの周りの自然は美しく、山中のマイヤーニックの作曲小屋は静けさに包まれています。本当は幸福感の絶頂にある筈ですが、現代人の自我はそんなに単純にはなれません。逃げようもない死への思いもあったでしょう。現実世界ではウィーンの楽壇では困難さにつきまとわれていました。そういう感情が激情となって迸り出た作品がこの第6番ではないでしょうか。

長々と前口上を書きましたが、それはいかにこの作品の演奏は難しいかを表現したかったんです。今日のアラン・ギルバート&東京都交響楽団は見事に演奏しました。ベルティーニ、インバル以上の出来だったと思います。そうそう、忘れないうちに書いておきますが、今日の中間楽章の演奏順はアンダンテ→スケルツォの順でした。マーラーの初演のときの順序ですね。終楽章のハンマーは3度叩かれました。これもマーラーの初演と一緒ですね。
第1楽章は終始、力強いアンサンブルの響きでしたが、その暗い響きは地獄の奈落の底を眺めている風情です。一瞬、アルマのテーマで愛を歌いますが、それは長続きしません。第2楽章にはいると一転して、のんびりしているとも思える明るい表情になります。ヴェルター湖の自然の中にいるような心持ちです。しかし、後半では千々に心が乱れるとでも形容したくなる哀しい叫びが美しい自然を覆い隠します。このあたりのアラン・ギルバートの表現は素晴らしく、微妙なタッチです。
第3楽章はまた、第1楽章の動機が戻ってきて、再び、地獄の暗い表情が纏綿と綴られていきます。そして、決然として、第4楽章に入ります。ここは一番の難所です。愛や絶望など、もろもろの要素がないまぜになった精神分裂症的とも思える一貫性のない音楽ですが、ここに至って、さらにアラン・ギルバートのセンスのよさが光ります。都響のアンサンブルをまとめ上げて、きっちりと音楽を進行させていきます。難しい音楽内容を見通しよく描き出したと言えます。後半、音楽が高潮していくところで、その質の高い音楽にsaraiは深く感動しました。芸術家マーラー、人間マーラーの率直とも思える自己との葛藤の凄まじい表現に共感を覚えたからです。

期待していたとは言え、ここまでの演奏を聴かせてくれたアラン・ギルバート&東京都交響楽団に深く感謝します。素晴らしいマーラーでした。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:アラン・ギルバート
  管弦楽:東京都交響楽団  コンサートマスター:矢部達哉

  マーラー:交響曲第6番 イ短調《悲劇的》


マーラーの交響曲第6番を予習したCDは以下です。

 マイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団 2001年9月12日~15日、サンフランシスコ、デイヴィス・シンフォニー・ホール ライヴ録音
 
演奏された日付に注目!! 何とあの痛ましい同時多発テロの翌日です。そのせいかどうか分かりませんが、マイケル・ティルソン・トーマスはいつもの内省的な表現よりも激しく強い演奏スタイルの部分が印象的です。表現方法はともかく、やはり、MTTのマーラーは素晴らしいです。



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ハンブルク市立美術館:クールベ、ミレー、テオドール・ルソー

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/15回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。現在、フランス絵画を鑑賞中です。
自然派・写実派のジャン=バティスト・カミーユ・コローに続き、写実主義の画家ギュスターヴ・クールベです。

ギュスターヴ・クールベの《花でいっぱいの枝》。1855年頃、クールベ、36歳頃の作品です。クールベは後に代表作とみなされることになる《オルナンの埋葬》を既に描いていますが、この頃はまだ、一般に評価されることはありませんでした。この1855年は世界で2番目の万博がパリで開かれました。その万博に《オルナンの埋葬》の出品を拒否されたクールベは世界で初めての個展を開くことになります。そういうときのクールベが狩猟画や風景画以外の「花の静物画」シリーズに取り組み始めたのが本作です。結局、今ではあまり知られることのない「花の静物画」シリーズですが、クールベが未来に向かって、あがいていたことを知るための貴重な資料です。

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ギュスターヴ・クールベの《ルー川の洞窟》。1864年頃、クールベ、45歳頃の作品です。クールベはよくフランシュ・コンテ地方の村である故郷のオルナンの出来事や風景を描きました。代表作の《オルナンの埋葬》もその一枚です。本作は、オルナンの中心を流れるルー川の巨大な岩層と洞窟を描いています。結構、地味な風景画にしか見えませんが、対象を克明に観察し、その質感を表現した佳作です。なお、ほぼ、同じ構図の作品がワシントン・ナショナル・ギャラリーにありますが、そこには本作にない漁師の姿が描き加えられています。同じ構図に対する画家の執念のようなものが見えます。

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ギュスターヴ・クールベの《ダン=デュ=ミディ山の冬の風景》。1876年頃、クールベ、57歳頃の作品です。クールベは1870年、パリ・コミューン(コミューン美術委員会議長になっていた)に参加し、反乱に加担し、ヴァンドーム広場の円柱破壊事件の責任を問われて逮捕されました。その後、1873年にクールベはスイスに亡命します。亡命後のスイスでバレー州内に位置するサボア・アルプスの最高峰ダン=デュ=ミディ山の冬の風景を描いたのが本作です。この作品を描いたクールベの心中はいかなるものだったのか・・・単なる風景画ではなかったと確信します。本作を描き上げた翌年の1877年、クールベは亡命先で失意のうちに58歳の生涯を閉じました。

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次はバルビゾン派を代表するミレーです。

ジャン=フランソワ・ミレーの《ルイーズ・ミレー、画家の娘》。1863年頃、ミレー、49歳頃の作品です。1849年、パリでコレラが大流行したことや、ミレーの政治的支援者が失脚したことから、ミレーは、バルビゾンに移住し、先に滞在していたルソーらの仲間入りをしました。以後、農民画家として、名作を生み続けることになります。本作を描いた1863年は既に『落穂拾い』、『晩鐘』の2大名作を描き終えていましたが、まだ、世間の評価は定まっておらず、質素な暮らしをバルビゾン村で送っていました。子だくさんのミレーの第2子のレオンティーネ・ルイーズ・ミレーを描いたものと思われます。1847年生まれの第2子のレオンティーネ・ルイーズ・ミレーが描かれたものとすると、このとき、娘は16歳の少女だったわけです。ミレーはこの年に名作《羊飼いの少女》を描いて、翌年のサロンで絶賛を浴びます。それでもミレーが巨匠としての名声を確立するのは、4年後の1867年に、パリ万国博覧会の美術展覧会で一室を与えられ、傑作を展示するときを待つことになります。巨匠としての地位を得て、8年後の1875年にミレーは家族に看取られて、バルビゾンで亡くなりました。60年の生涯でした。

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次は同じバルビゾン派の有力な画家、テオドール・ルソーです。

テオドール・ルソーの《コンピエーニュの森のピエールフォンズ村での伐採》。1833年頃、テオドール・ルソー、21歳頃の作品です。彼は1833年にバルビゾンを訪れ、1836年には当地に定住します。この作品はごく初期の作品です。コンピエーニュの森はフランス、オワーズ県に位置する広大な森です。皇太子時代のルイ16世(ルイ=オーギュスト)とマリア・アントーニア(のちのマリー・アントワネット)が初めて相見えた地でもあります。

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次はいったん、ドイツの印象派を代表するマックス・リーバーマンのコレクションを見ていきます。その後、綺羅星のように並ぶフランス印象派の画家たちの作品になります。



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ちょこっと箱根:ナイトミュージアム@彫刻の森美術館

冬の気配が深まってきましたが、saraiと配偶者は一泊二日で箱根の温泉を楽しむことにしました。東海道線で小田原まで行き、そこから箱根登山鉄道で箱根湯本駅。そこから先はまだ鉄道が復旧していないので、代行バス(実際に乗ったのは路線バスですが、料金は鉄道料金で可)で強羅。そうなんです。箱根に電車で行くなんて、以前のsaraiではありえない話ですが、今年、愛車を手放しましたから、公共交通機関族になったんです。電車で行くのは意外に楽ちんでかつ、車よりも早いですね。ただ、強羅駅から急な坂道を歩いてホテルに行くのは疲れました。2時半頃にはホテルに着いたので、荷物を預かってもらって、今回のちょこっと旅の一番の目的である彫刻の森美術館に向かいます。近いので歩いていきます。
早川の支流は紅葉に包まれて、穏やかな表情です。大雨の災害がなかったような風情です。

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しかし、休止中の箱根登山鉄道は急ピッチで復旧中です。作業中のみなさん、ご苦労さまです。

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やがて、彫刻の森美術館に到着。

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ゲートを抜けて、長い下りのエスカレーターを下りました。

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早速、彫刻がお迎えです。

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その彫刻を鑑賞する前に新館1階に再度上がって、小腹を満たします。眺めのよいレストランです。

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軽くお茶するつもりが、カレーの匂いに負けて、孤独のグルメのように・・・お腹がへった!
海鮮カレーをいただきます。

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さて、再び、下に下りて、入り口前の円形広場に出ます。

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空中高くにペガサスと人間の彫刻が青空に映えます。カール・ミレス作の《人とペガサス》です。

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箱根の自然の中に点在する彫刻を眺めながら散策。
この彫刻のアーチは流政之の《風の刻印》。

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ピカソ館の前を通過。ここは後で鑑賞予定です。

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で、今日の目的の《幸せをよぶシンフォニー彫刻》の前に立ちます。18mのステンドグラスの塔です。

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塔の内部に入ると、中心の螺旋階段(2重螺旋)の周りの塔の壁面はステンドグラスが輝いています。期待通りの美しさです。

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ステンドグラスはヨーロッパの教会でいっぱい見ましたが、このステンドグラスも見事です。

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ぐるりと360度巡るステンドグラスの壁に見入ります。

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いやはや、素晴らしいものですね。ただ、夕方の弱い光のせいか、内部空間がそれほどの光に満たされていなかったのがちょっと残念。

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ステンドグラスの細部まで美しいデザインに魅了されます。

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このステンドグラスの塔の上は展望台になっています。塔の前に広がる緑陰広場には彫刻が点在しています。向こうに見える白い建物の最上階がさきほどのレストランです。

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真下には足湯を楽しんでいる人たちが見えます。saraiは後でホテルの本格的な温泉にはいるので、足湯はパス。

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螺旋階段を下りますが、周りのステンドグラスが絶景です。

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ステンドグラスに魅了されつつ、階段を下ります。

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素晴らしいステンドグラスです。

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幸せをよぶシンフォニー彫刻を出て、緑陰広場の彫刻を鑑賞。ヘンリー・ムーアの彫刻の向こうにあのステンドグラスの塔が見えています。手前の彫刻が《ふたつに分けられた横たわる像:ポインツ》。向こうに見えている彫刻が《ふたつに分けられた横たわる像:カット》。

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ヘンリー・ムーアの《ファミリー・グループ》です。量感たっぷりの幸せ感がとてもいいですね。

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でっかいおばさんが佇立しています。大変な存在感です。これが芸術かどうかは分かりませんが、圧倒的ではあります。ニキ・ド・サン・ファールの《ミス・ブラック・パワー》です。〈ナナ〉というハリボテで作られた巨大な女性像のシリーズのひとつだそうです。

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本館で彫刻や絵画を鑑賞(撮影禁止)し、あたりを散策するうちにライトアップがスタート。箱根ナイトミュージアムです。saraiたちも提灯を受け取って、ナイトミュージアムに参加します。提灯は説明だと無線の電波を受けて、変幻自在に色が変化するそうです。提灯を持つ人とライトアップされた彫刻が美しく輝きます。彫刻の光も刻々と色が変化します。

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再び、幸せをよぶシンフォニー彫刻、すなわち、ステンドグラスの塔の前に出ます。ステンドグラスは内部で発光する光で今度は外側の壁が明るく輝いています。さっきまでは外光を受けて、内部の壁が輝いていましたが、逆転しました。こういうステンドグラスは生まれて初めて見ます。素晴らしいですね。

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しかも内部の光の色が変化するので、ステンドグラスの色も変化していきます。呆然とその美しさに魅了されます。

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塔の内部に入ってみました。予想通り、今度は内部はモノトーンの世界です。うーん、凄いね。配偶者はヨーロッパの教会でもやればいいのにねって言いますが、宗教施設の教会ではこういうことはやはり、不可能でしょう。やっちゃいけませんよね。非宗教施設のこのステンドグラスの塔だからこそできることです。

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再び、外から、ステンドグラスの塔を眺めます。背景の雲にも光が映り込んで、素晴らしい絶景です。

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ピカソ館で素晴らしいピカソのコレクションを鑑賞(撮影禁止)して、彫刻の森美術館のすべての鑑賞を完了。ピカソ館の内部にはピカソの作品のほかに、ピカソの素晴らしいメッセージが書かれていました。その中の一番、印象的な言葉がこれです。


私があの子供たちの年齢のときには、
ラファエロと同じように素描できた。
けれどもあの子供たちのように
素描することを覚えるのに、
私は一生かかった。

─── ピカソ


こんな言葉が似合うのは抜群に絵がうまかった画家だけです。思い当たるのはこのピカソとパウル・クレーの二人です。

また、歩いて、ホテルに戻ります。今度は急坂を上って、ダウン。疲れた体を温泉でほっこりして、美味しい日本料理のコースを頂きます。

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これで、ちょこっと箱根の1日目は終了。



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ちょこっと箱根:ポーラ美術館賛

ちょこっと箱根の2日目。昨日とは一転して、雨模様。雨でも問題のないポーラ美術館に行きましょう。ポーラ美術館はsaraiにとって、箱根の定番。海外の美術館にも負けない日本有数の美術館です。印象派以降の素晴らしいコレクションがあります。日本人画家の傑作も数多く所蔵しています。もう、10回くらいは行ったでしょうか。最近は日本の美術館では珍しく、ほとんどの作品が写真撮影可になりました。

強羅駅から直通のバスで20分足らずで行けます。箱根の美しい自然の中にあります。いつもは車で行くので、バスで訪問するのは初めてです。エントランスへのアプローチも美しいです。

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現在開催中のテーマ展は《シュルレアリスムと絵画》。珍しいテーマです。基本的にこの美術館は自分が所蔵する作品でテーマ展を開くので、ここにはシュルレアリスムの作品も多く所蔵しているということです。それって凄いですね。
早速、展示室に向かいます。

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テーマ展に限って、残念ながら写真撮影不可だそうです。入り口付近だけが撮影可。そこの丸い穴から、中に展示されているキリコの絵が見えます。

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フランスの詩人アンドレ・ブルトンのシュルレアリスム宣言から展示が始まり、キリコ、エルンスト、ダリ、マグリット、デルヴォーらの作品が並ぶ、本格的なシュルレアリスムの展示でした。

最後は常設展です。ここは完全に写真撮影可です。ここですべて、ご紹介してもいいのですが、昨年、主要な作品はご紹介済なので、やめときます。
展示の雰囲気だけをご紹介しておきます。モネ2枚とスーラの作品が並んでいます。

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次は左から、ゴッホ、ルノワール、マネの作品が並んでいます。

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次は2枚の傑作。カンディンスキーとピカソです。

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前回訪問時はピカソはすべて撮影不可だったので、このピカソの青の時代の傑作は初めての紹介です。

ピカソの《海辺の母子像》。1902年、ピカソ、21歳頃の作品です。聖母子を連想させますが、モデルはサン・ラザール監獄に収監されていた娼婦であると考えれています。若きピカソが青の色調で静謐で宗教的な画面を描き出しています。このポーラ美術館の顔とも言える超名作です。

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このほか、今回特に印象的だったのはヴラマンクの作品。

ヴラマンクの《雪》。1920-22年、ヴラマンク、34-36歳頃の作品です。ヴラマンクはマティス、ドランとともにフォーヴィズム(野獣派)の作家と称されています。この作品は何ともダイナミックでもあり、美しくもある鬼気迫るような風景画です。ゴッホとはまた異なるアプローチで迫力ある画面を構成しています。もっともっと評価されて然るべき画家の一人であることを再認識しました。

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このほかにも素晴らしい絵画が並んでいます。是非、読者のかたも足を運ぶことをお勧めします。

絵画の鑑賞を終えた後は美術館の周りの自然の美を楽しみます。さらに整備が進んだ森の中の散策道をゆったりと歩きます。
赤い木肌のヒメシャラの大木が見事に並びます。

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この2本のヒメシャラの美しく、勢いのある姿はまさに芸術的でさえあります。

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いつもはこのポーラ美術館のお洒落なレストランで贅沢なランチをいただくんですが、今朝はホテルでたっぷりと朝食をいただきました。いったん、ポーラ美術館を離れて、小田原の町に下りて、そこで美味しいお鮨をいただきましょうと言う配偶者の甘言に乗り、また、バスと電車を乗り継いで、小田原に向かいます。途中、箱根湯本の町でお土産物を物色しますが、異常にこの町が観光客で賑わっています。どうしたんでしょうね。
小田原の町に着く前にスマホのアプリYelpでお鮨の店をチェック。そこで気になったお店、魚がしに直行。ここでまぐろすし、あじ生すし、上寿司をsaraiと配偶者でいただきます。リーズナブルな料金で贅沢なお鮨をたっぷりいただきました。ちょこっと旅の最後を飾るのにふさわしいグルメでした。

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となりのテーブルのお兄さん二人がアジフライ三昧をしていたのもとても気になりました。新鮮なアジが売り物のお店ですね。

かくして、ちょこっと旅は満足のうちに終了。小田原のお土産に守谷製パン店の名物、アンパンを買い求めました。10年以上も食べていませんでしたが、餡子いっぱいのアンパンの美味しさは昔よりも美味しいくらい。よいお土産になりました。



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ハンブルク市立美術館:マックス・リーバーマン、ドイツ印象派を代表するドイツ画壇の重鎮

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/16回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。現在、フランス絵画の鑑賞中ですが、いったん、ドイツの印象派、マックス・リーバーマンのコレクションに立ち寄ります。

マックス・リーバーマンの《神殿の12歳のイエス》。1879年頃、リーバーマン、32歳頃の作品です。リーバーマンはフランスの印象派に傾倒し、ドイツの印象派の代表的な存在です。ユダヤ系ドイツ人であった彼はナチスの台頭によって、ドイツ画壇の中心的存在の座から追われ、寂しい最期となったそうです。それでもクレーなどとは違って、彼の作品群がドイツの各地でこうして見られるのですから、まだしもではないでしょうか。
本作は現実の場面にキリストが登場しているので、普通の意味での印象派ではなくて、宗教性との融合を図った作品です。その真価はsaraiにはまだ理解できません。フリッツ・フォン・ウーデにも同じような意図の作品があるので、当時の流行だったのかもしれません。しかし、この作品はスキャンダルになり、リーバーマンも作品の改訂を余儀なくされることになりました。

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マックス・リーバーマンの《オランダのレースを織る女》。1881年頃、リーバーマン、34歳頃の作品です。リーバーマンはフランスのパリで勉強した後、この頃はオランダに移り絵画を勉強していました。本作はいかにもオランダ風の絵画作品になっています。

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マックス・リーバーマンの《エヴァ》。1883年頃、リーバーマン、36歳頃の作品です。上の作品と同様に本作もオランダ風の絵画作品になっています。

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マックス・リーバーマンの《庭の中のアムステルダムの孤児の少女》。1885年頃、リーバーマン、38歳頃の作品です。本作は印象派風に戸外で描いた作品ですが、随分、オランダ風です。彼はこのテーマを繰り返し描いています。そこに彼独自の作風が感じられます。

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マックス・リーバーマンの《網を繕う人たち》。1887/89年頃、リーバーマン、40/42歳頃の作品です。この作品はドイツを題材にしながらも印象派的に描かれたリーバーマンの代表作です。中央に立ち、彼方に視線を送る娘の姿が美しく表現されています。何となく、ミレーの《羊飼いの少女》を思い浮かべてしまいます。

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マックス・リーバーマンの《エルベ川のニエンシュテッテンにあるレストラン・ヤコブのテラス》。1902年頃、リーバーマン、55歳頃の作品です。この作品はパリの印象派そのもののような描き方です。ハンブルク近郊のエルベ川河畔のホテル、ルイス C.ヤコブのガーデンレストランで菩提樹の立ち並ぶテラスの風景の印象を描いた秀作です。人々の賑わいがルノワールやモネに比べると、しっとりと落ち着いているところがドイツ風です。

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マックス・リーバーマンの《アルフレッド・フォン・ベルガー男爵》。1905年頃、リーバーマン、58歳頃の作品です。この作品に描かれたアルフレッド・フォン・ベルガー男爵は、オーストリアの劇作家、劇場監督、作家でした。特にウィーンのブルク劇場の監督として知られています。ウィーンの女優、ステラ・ホーエンフェルスと結婚していました。この作品が描かれたころはハンブルクに新しく設立されたドイツシャウシュピールハウスの最初の監督をしていました。当時、52歳くらいでリーバーマンとも同世代です。その後、1910年にウィーンのブルク劇場に転身します。

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マックス・リーバーマンの《自画像》。1909-1910年頃、リーバーマン、62-63歳頃の作品です。リーバーマンは批判的な眼差しで一時的に停止した姿勢でこちらを向いています。壁に寄りかかったキャンバス、背景の鏡、白いスモックは彼の職業を暗示していますが、手はブラシとパレットの代わりにタバコを持っています。スモックの下のスーツ、ベスト、ネクタイ、白いシャツはきちんとした印象です。彼の安定した立場と地位を誇示しています。

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マックス・リーバーマンの《ウーレンホルスターのフェリーハウスの夜》。1910年頃、リーバーマン、63歳頃の作品です。本作はハンブルクで舟遊びに打ち興じる人々の眺めを描いています。3つのバージョンがあるようです。これはそのひとつ。この作品を描くためにリーバーマンは何度もベルリンからハンブルクを訪れる熱の入れ方だったようです。パリの印象派の舟遊びの作品を連想させますね。

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マックス・リーバーマンの《ゲルハルト・ハウプトマン》。1912年頃、リーバーマン、65歳頃の作品です。ゲルハルト・ハウプトマンは、ドイツの劇作家、小説家、詩人。この肖像が描かれた1912年にノーベル文学賞を受賞しました。ハウプトマンは当時、50歳でした。

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マックス・リーバーマンの《ヴァン湖の芸術家の庭》。1918年頃、リーバーマン、71歳頃の作品です。ヴァン湖は、ドイツのベルリン南西部のシュテーグリッツ=ツェーレンドルフ区に位置しています。日光浴やレクレーションスポットとしてよく知られています。どうやら、この風光明媚な地にリーバーマンの別荘でもあったようですね。彼の栄光に満ちた時代です。この2年後の1920年から1932年までプロイセン芸術院の総裁の地位にいましたが、ナチスの台頭でその地位を降り、1935年に寂しい死を迎えます。87年の生涯の最後は苦難に満ちていました。

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ベルリンにずっと居を定めていたリーバーマンはこのハンブルクも度々訪れており、ゆかりの地です。そのため、このハンブルク市立美術館には充実したコレクションがあります。次は綺羅星のように並ぶフランス印象派の画家たちの作品を見ていきます。



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来年5月のウィーンの旅・・・ギリシャ、エーゲ海へ小旅行

ウィーン往復の航空券だけゲットした状態で旅の最終3日間のマーラー三昧のコンサートのチケットは購入しましたが、後はスケジュールが空白でした。やっと思い立って、ほぼスケジュールを固めました。
今年の旅でイスタンブール(コンスタンティノープルと言ったほうがsaraiにはピッタリです)に行き、歴史の重みを感じましたが、来年の最後のヨーロッパ遠征では、ヨーロッパ文化の発祥の地、ギリシャに行ってみることにしました。と言っても、ウィーンから3泊4日の弾丸旅行です。アテネのアクロポリスの丘には行きますが、あとはエーゲ海に繰り出します。ゆったり、クルーズしている余裕もないので、サントリーニ島だけに絞って、エーゲ海を満喫します。

1日目はウィーンからLCCの直行便でサントリーニ島へ飛びます。まさか、ウィーンからサントリーニ島への直行便があるとは驚きです。2時間15分のフライトです。フィラの町のラグジュアリーなホテルに2泊し、ぼーっとエーゲ海の夕日を眺めます。
その後、LCCでアテネに飛び、アテネの町歩き。アクロポリスの丘さえ見れば満足です。アテネに一泊し、翌日の午後のLCCでウィーンに戻り、その日からマーラー三昧。

前半のウィーンはヨーロッパ遠征30周年を記念したパーティーをウィーン・フィルのメンバーのミニコンサートを中心に開くことがメインです。とは言え、最後のウィーンですから、連日、音楽三昧です。
ラトル指揮ロンドン交響楽団にコパチンスカヤが共演するコンサート、ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンのシューマン尽くし、ロト指揮ウィーン交響楽団にツィンマーマンが共演する新ヴィーン学派のコンサート。もちろん、ウィーン国立歌劇場のオペラも聴き納め。フォルクスオーパーのオペレッタも聴き納め。
ウィーンのバロックの町並み散策も欠かせません。その町歩きの途中はカフェも楽しみましょう。

ということで、すべての日程のホテル予約、飛行機のチケット予約も完了。あとはコンサート、オペラのチケット予約を残すのみになりました。

最後の旅は凝縮した2週間の短い旅です。ほぼ完成した日程表を眺めると、この10年間の旅では考えられないコンパクトさ。それを見て、配偶者が驚いていました。最後はsaraiのモットーであるシンプル・イズ・ベストで締めくくります。それでもウィーンに10泊もするのは、ほぼ最長かもしれません。



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今日も中村恵理の絶唱に感銘!@ヤマハホール 2019.12.20

今年は中村恵理のソプラノの歌声に毎回、魅了されました。今年、今日で5回目のコンサートです。今年聴いた4回のコンサートは以下です。

 中村恵理、最高のR.シュトラウスを歌う @Bunkamuraオーチャードホール 2019.5.6 N響オーチャード定期
 中村恵理、清冽な絶唱!『ラ・ボエーム』@宮崎芸術劇場 2019.5.19 第24回宮崎国際音楽祭 プッチーニの世界「青春の光と影」
 中村 恵理のリューに酔う、テオリンも絶唱:オペラ《トゥーランドット》@東京文化会館 2019.7.12
 中村恵理の絶唱に感動!@川口リリアホール 2019.11.30

因みに今年最高だったのは、『ラ・ボエーム』のミミです。saraiの最愛のソプラノ、ミレッラ・フレーニを上回る熱演に心が高揚しました。

さて、今日の中村恵理ですが、その透き通った可憐な歌声は心に響いてきました。やはり、人の声は最高の楽器です。彼女の声が最高に機能するのは、やはり、プッチーニの抒情的な旋律です。中村恵理の歌う“ドレッタの美しい夢”は初めて聴きましたが、その素晴らしさにただただ感動。今日のプッチーニはこの1曲だけでしたが、これを聴くだけでも今日のコンサートに足を運んだ甲斐がありました。可憐で純情でありながら、声量が大きく、迫力のある歌唱でした。歌曲では、R.シュトラウスの“献呈”が素晴らしい出来。今年、中村恵理の歌う、この曲を聴くのは3度目ですが、ますます、レベルの高い歌唱になってきました。

藤木大地との2重唱では、レハールの“唇は語らずとも”に心がざわつきました。CTとソプラノの2重唱でこの曲を聴くのは初めてですが、何ら違和感なく、そのロマンティックなこと、この上なし。もっとも、この曲とラ・ボエームの愛の2重唱は、いつ聴いても、心のスイッチがはいり、心がざわつくんです。いやはや、魅力たっぷりの2重唱でした。

他には、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、「ヘンゼルとグレーテル」の2重唱、アンコールの「きよしこの夜」の二人の声の響きの美しさに心を奪われました。

今年は中村恵理という不世出の日本人ソプラノの歌唱をたっぷりと聴けて、幸せな年になりました。来年も機会を捉えて、彼女の美しい声を聴きたいものです。


今日のプログラムは以下です。

  ソプラノ:中村恵理
  カウンターテナー:藤木大地
  ピアノ:木下志寿子

  H.パーセル*B.ブリテン:トランペットを吹き鳴らせ(中村恵理、藤木大地)
  R.クィルター:5つのシェイクスピア歌曲 より “恋に落ちた若者とその彼女” Op.23-3(中村恵理、藤木大地)
  J.S.バッハ:「クリスマス・オラトリオ」 BWV 248 より “シオンよ、備えよ”(藤木大地)
  G.F.ヘンデル:歌劇「エジプトのジュリオ・チェーザレ」 HWV 17 より “つれない女め、お前の頑なさが”(藤木大地)
         オラトリオ「メサイア」 HWV 56 より “その時、見えない人の目は開かれ”~“主は羊飼いのごとくその群れを養い”(中村恵理、藤木大地)
  W.A.モーツァルト:モテット「アヴェ・ヴェルム・コルプス」 K.618(中村恵理、藤木大地)
  F.メンデルスゾーン:6つのリート より “歌の翼に” Op.34-2(中村恵理)
            3つの二重唱曲 より “実りの畑” Op.77-2(中村恵理、藤木大地)
  R.シューマン:「愛の春」よりの12の詩 より “まさに太陽が輝くように” Op.37-12(中村恵理、藤木大地)
  E.フンパーディンク:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」 より “夜になって眠りにつくと” (夕べの祈り)(中村恵理、藤木大地)

   《休憩》

  G.プッチーニ:歌劇「つばめ」 より “ドレッタの美しい夢”(中村恵理)
  F.レハール:喜歌劇「ジュディッタ」 より “私の唇は熱いキスをする”(中村恵理)
        喜歌劇「メリー・ウィドウ」 より “唇は語らずとも”(中村恵理、藤木大地)
  R.シュトラウス:「最後の葉」よりの8つの歌 より “献呈” Op.10-1(中村恵理)
  G.フォーレ:「レクイエム」 より “ピエ・イエズ” Op.48-4(藤木大地)
  E.チャールズ:私の歌であなたの心をいっぱいに(中村恵理)
  H.マンシーニ:映画「ティファニーで朝食を」 より “ムーン・リバー”(藤木大地)
  G.カッチーニ*V.ヴァヴィロフ:アヴェ・マリア(藤木大地)
  A.ロイド=ウェバー:「レクイエム」 より “ピエ・イエズ”(中村恵理、藤木大地)

   《アンコール》

    グルーバー:きよしこの夜(中村恵理、藤木大地)


最後に予習について、まとめておきます。

パーセル、クィルター、メンデルスゾーン、シューマンの2重唱は以下のCDを聴きました。

 キャロリン・サンプソン(S)、イェスティン・デイヴィーズ(CT)、ジョセフ・ミドルトン(ピアノ) 2016年9月、イギリス、ウェウストルトン、ポットン・ホール

これは素晴らしいアルバム。イェスティン・デイヴィーズの素晴らしい歌唱に魅了されます。


バッハの“シオンよ、備えよ”は以下のCDを聴きました。

 米良美一、鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン 1998年1月

この頃の米良美一の美声にはうっとりします。


ヘンデルのオラトリオ「メサイア」は以下のCDを聴きました。

 アーリン・オージェ、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター、マイケル・チャンス(CT)、トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサート管弦楽団・合唱団 1988年1月、アビー・ロード・スタジオ

アーリン・オージェの美声は最高です。


プッチーニの“ドレッタの美しい夢”は以下のCDを聴きました。

  ミレッラ・フレーニ 録音データ不詳

プッチーニはフレーニを聴くしかないでしょう。中村恵理が録音してくれるまではね・・・。


レハールの“私の唇は熱いキスをする”は以下のCDを聴きました。

 アンナ・ネトレプコ、エマニュエル・ヴィヨーム指揮プラハ・フィルハーモニア 2008年3月 プラハ

これは凄いね。


R.シュトラウスの“献呈”は以下のCDを聴きました。

 エディタ・グルベローヴァ、フリードリヒ・ハイダー指揮 ニース・フィルハーモニー管弦楽団

グルベローヴァの絶唱。


フォーレとカッチーニは以下のCDを聴きました。

 スミ・ジョー、ジェイムズ・コンロン指揮ケルン・フィルハーモニー・ギュルツェニヒ管弦楽団 2000年6月 ケルン

スミ・ジョーの歌声は絶品。



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テーマ : クラシック
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       中村恵理,  

ハンブルク市立美術館:ゴーギャン、ルノワール、シスレー

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/17回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。現在、ドイツの印象派、マックス・リーバーマンのコレクションを見終え、次はフランスの印象派を中心とした画家たちの作品です。

ポール・ゴーギャンの《水浴びするブルトン人(ブルターニュ地方のケルト人)の少年》。1888年頃、ゴーギャン、40歳頃の作品です。ゴーギャンがブルターニュのポン=タヴァン村を訪れたのは1886年のことで、それ以来、度々、訪れるようになります。そのときの主要な題材のひとつがブルトン人の少年たちの水浴でした。本作はゴーギャンのポン=タヴァン時代を代表する一枚でもあります。また、この年はゴッホとアルルで共同生活を送った年でもあります。彼がタヒチに旅発つのはこの作品を描いた後、3年後の1891年になります。

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ピエール=オーギュスト・ルノワールの《温室の花》。1864年頃、ルノワール、23歳頃の作品です。ルノワールの印象派以前のごく初期の作品です。温室のガラスの壁の前には、花の咲く小さなヒナギクが植えられた木製の箱があり、その隣には花の咲く白いオランダカイウ、チューリップ、ライラック、シクラメンの鉢があります。背景は不明瞭な低木で、左上には窓の十字の横木が見えます。この作品はマックス・リーバーマンが所有していたそうです。

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ピエール=オーギュスト・ルノワールの《ブローニュの森での朝の乗馬》。1873年頃、ルノワール、32歳頃の作品です。この作品では、1850年代に広大な公園に変貌したパリ西部のかつての森林地帯だったブローニュの森で、午前中に女性と少年が乗馬をしている場面が描かれています。このように、ルノワールは裕福なパリのブルジョア階級の人気のある娯楽を描きました。この作品を1873年のサロンに応募しましたが、この作品も落選し、この年5月から開かれた落選展に出品しました。この作品に好意的な批評と批判的な批評が出ましたが、エドガー・ドガの友人アンリ・ルアールが購入してくれました。その後、1913年にハンブルク市立美術館のコレクションに加わりました。なお、本作が描かれた年の翌年、1874年に「第1回印象派展」と呼ばれる歴史的展覧会が開かれます。ルノワールは、7点を出品し、『踊り子』、『桟敷席』、『パリジェンヌ(青衣の女)』など風俗画5点、風景画1点、静物画1点でした。

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ピエール=オーギュスト・ルノワールの《マダム・エリオ》。1882年頃、ルノワール、41歳頃の作品です。この作品では、ゆったりと椅子にかけるルーブル百貨店の大株主オーギュスト・エリオ氏の夫人が描かれています。夫人は日本の着物をドレスの上に着ています。着物は 19 世紀の中ごろになると、室内着として知られるようになっていました。また、いわゆる、ジャポニズムが絵画の世界でも流行し、既にモネが着物姿の女性を描いています(《ラ・ジャポネース(日本の女性)》という1876年にクロード・モネによって制作された油彩作品。モデルは妻のカミーユ・ドンシュー。)。

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ピエール=オーギュスト・ルノワールの《ヴィーナス》。1913年頃、ルノワール、72歳頃の作品です。ルノワールは晩年、南仏カーニュ=シュル=メールで住みました。1907年、カーニュ=シュル=メールのレ・コレットに別荘を買い、晩年をここで過ごしました。1906年にアリスティド・マイヨールがルノワールの胸像を制作したことを機に彫刻に興味を持ち始め、画商ヴォラールの勧めで彫刻を手がけるようになったそうです。この作品を制作した6年後にルノワールは78歳でこの世を去ります。

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アルフレッド・シスレーの《アルジャントゥイユ近くのトウモロコシ畑》。1873年頃、シスレー、34歳頃の作品です。シスレーは、ピサロ、セザンヌ、ルノワールおよび他の画家とともに、1873年に設立された「印象派の協会」に初めから所属していました。その同じ年、このトウモロコシ畑の絵はセーヌ川沿いのアルジャントゥイユの近くで描かれました。風景は、黄色、青、緑の3色で構成されています。明るい黄色のトウモロコシ畑が広がり、村の教会のある丘の上へ続く暗い色調の木々が、絵画を構成しています。この絵のように、シスレーのほとんどの作品はパリ周辺の風景を題材にした穏やかな風景画で、シスレーは一貫して、印象派画法を保ち続け、もっとも典型的な印象派の画家と呼ばれています。

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フランス絵画は続きます。



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ハンブルク市立美術館:セザンヌ、マネ、ドガ、モネ

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/18回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。現在、フランスの印象派を中心とした画家たちの作品を鑑賞しています。

ポール・セザンヌの《パリのベルシー河岸》。1875/76年頃、セザンヌ、36/37歳頃の作品です。この作品では、パリのセーヌ川のほとりが描かれています。画面の中央には、5つのアーチが連なるナシオナル橋の手前に、広い空に突き出ているクレーンが高くそびえています。セザンヌは、ハンブルグ市立美術館にある友人のアルマン・ギヨマンによる印象派の絵画のコピーとしてこの絵を作成したため、これは特に興味深いものです。構図はまったく同じで、色合いとタッチがセザンヌ風に変わっています。

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エドゥアール・マネの《ナナ》。1877年頃、マネ、45歳頃の作品です。この作品では、ほぼ等身大のペチコートとコルセット姿の高級娼婦ナナ、エレガントなストッキング、おしゃれな靴が中心に描かれています。鏡の前で彼女は化粧をするのに忙しく、広げた小指でパフと口紅を誇示しています。彼女の後ろで、スーツとシルクハットを着た次の顧客がソファで彼女を待っています。この作品は1877年のサロンに応募し、『オランピア』と同様、高級娼婦を描いた自然主義的な主題の作品でしたが、サロンに落選しました。この年のサロンには、『ハムレットを演じるフォール』が入選しました。

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エドゥアール・マネの《アンリ・ロシュフォールの肖像》。1881年頃、マネ、49歳頃の作品です。アンリ・ロシュフォールはフランスの政治家・ジャーナリスト。激動期のフランスで数奇な運命をたどります。この肖像が描かれたときはパリ・コミューンの首謀者としての罪を問われていたのが、恩赦が決まり、フランスに帰国、熱狂的な歓迎を受けます。第三共和政下では極左派の論陣を張り、活躍しました。

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エドガー・ドガの《女性の肖像の習作》。1867年頃、ドガ、33歳頃の作品です。ドガの初期の作品です。しかし、なかなかの出来栄えです。

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エドガー・ドガの《ジョゼフィーヌ・ゴージェリン》。1867年頃、ドガ、33歳頃の作品です。この絵画も上の作品と同様に肖像画の表現のための習作です。この習作では、ドガは顔の特徴に焦点を当てました。顔の特徴は、アーチ型の額が特徴的です。 瞳は暗く懐疑的で、非対称の唇はしっかりと閉じています。 そういう表現の中で、ドガは、理想的な美しさに関係なく、モデルの特徴を捉えようとしました。モデルのジョゼフィーヌ・ゴージェリンは、パリオペラ座のダンサーでした。

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クロード・モネの《梨とブドウ》。1880年頃、モネ、40歳頃の作品です。屋外絵画で有名なクロード・モネは、1878年から1882年まで、静物画のジャンルのみを集中的に取り組んでいました。ナシやブドウなどを構成した静物画で、彼はこのジャンルで一歩突き抜けることができしました。画面に斜めに置かれた白いテーブルクロスを備えたテーブルは、絵画の幅全体に広がり、見る人に向かって傾むいています。モネは梨、ぶどう、りんごを装飾的なシダの葉の上に置き、明るくシンプルな背景のもと、自由にキャンバス上に素材を広げました。彼はテーブルクロスを強く白い線で描きましたが、果物は細かく区別されたブラシワークと色彩の視覚的効果によって表現されています。ブドウの反射と青い影のある赤いリンゴは、印象派の特徴であるきらめく光の効果を高めています。

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クロード・モネの《ウォータールー橋》。1902年頃、モネ、62歳頃の作品です。モネは1899年秋から毎年のようにロンドンを訪れて、ロンドンを題材に100点を超える連作を制作しました。この作品で描いたテムズ川にかかるウォータールー橋も主要な題材のひとつでした。霧に包まれた光が印象的な連作は印象主義の到達点として、歴史に残る傑作です。1899年から1901年の間に、モネはロンドンのサヴォイホテルの同じ部屋を繰り返し借りました。その窓からはテムズ川を一望できます。ロンドンのウォータールー橋の眺めは、現在42のバージョンで存在しています。

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これでフランス絵画は一区切り。次はクノップフなどのベルギーの作品、ミレイ、ロセッティなどのラファエル前派やバーン・ジョーンズの作品に移ります。



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ハンブルク市立美術館:クノップフ、ルドン、バーン=ジョーンズ、ミレイ、ロセッティ・・・魅惑の作品群

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/19回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。現在、フランスの印象派を中心とした画家たちの鑑賞を終えて、次はクノップフなどのベルギーの作品、ミレイ、ロセッティなどのラファエル前派やバーン・ジョーンズの作品に移ります。

フェルナン・クノップフの《仮面》。1897年頃、クノップフ、39歳頃の作品です。フェルナン・クノップフは、ベルギー象徴派の代表的な画家です。時に絵画以外のものも制作します。クノップフの作品にはいつも刺激を受けます。この仮面の男性とも女性とも分からぬ美形にいたく魅了されます。因みにこの時期、クノップフはイングランドとの交流を深め、そこでウィリアム・ホルマン・ハント、ジョージ・フレデリック・ワッツ、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、フォード・マドックス・ブラウン、エドワード・バーン=ジョーンズといった画家たちと親交を深めるようになりました。この後にラファエル前派の作品が続くので、このあたりにクノップフの作品を展示したものと思われます。

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オディロン・ルドンの《バーク(小さな船)》。1900年頃、ルドン、60歳頃の作品です。オディロン・ルドンもフェルナン・クノップフと同様にその作品にはいつもいたく刺激を受けます。本作では小さな手漕ぎボートに乗る男女が柔らかい光彩に包まれて、幻想的な雰囲気を現出しています。象徴主義にも似ていますが、あくまでもルドン独自の孤高のスタイルを貫いた作品のひとつです。ルドンが1900年以降繰り返し用いたモチーフであるバーク(本作では手漕ぎボート)は、正確な物語や図像的な意味なしに、別れ、移行、約束を告げるものとして機能しました。ところで、日本にもルドンの作品を集中的に収集している美術館があるそうです。岐阜県美術館です。是非、訪れたいと思っていますが、未だ果たせていません。

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サー・エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズの《ヘスペリデスの庭》。1869/73年頃、バーン=ジョーンズ、36/40歳頃の作品です。エドワード・バーン=ジョーンズもその緻密で精密極まりない美しさの作品でいつも魅了されます。ラファエル前派とも深い関わり合いを持ちましたが、彼はラファエルよりもボッティチェリの影響を色濃く感じさせます。本作に登場するヘスペリデスは、ギリシア神話に登場する世界の西の果てにあるニンフたちです。「黄昏の娘たち」という意味を持ちます。ヘーシオドスによればヘスペリデスは夜の女神・ニュクスの娘たちであり、アイグレー(Aegle、輝き・明るい女)、エリュテイア(Erytheia、紅・赤い女)、牝牛の眼のヘスペレトゥーサ(ox-eyed Hesperethusa、夕焼け女)の3人姉妹で構成されています。彼女たちは不滅の処女であり、百の頭を持つ竜(または蛇)・ラードーンと一緒に、ヘラがゼウスと結婚したときに母のガイアから豊穣と愛の象徴として受け取った金色のりんごを地球の西の境界で守っています。本作の踊っているヘスペリデスの3姉妹は、ボッティチェリの春(プリマベーラ)の3美神をもとにしていると言われています。一方、バーン=ジョーンズは恋人のメアリー・ザンバコを含む実際のモデルに従って顔をデザインしましたが、何となく、ボッティチェリの絵画の女性も連想させます。ヘスペリデスのローブの美しい襞はアンドレア・マンテーニャとボッティチェッリを連想させるものです。このようにバーン=ジョーンズはイタリア・ルネサンス絵画の研究をもとに神話の世界を緻密な美しさで描き上げて、独自の世界を作り出しました。19世紀によみがえったボッティチェリの風情です。

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サー・ジョン・エヴァレット・ミレイの《メヌエット》。1866年以降、ミレイ、37歳以降の作品です。ミレイはラファエル前派を代表する画家の一人で、その代表作の《オフィーリア》は今や知らぬ者のいない有名な絵画になりました。しかし、彼はその《オフィーリア》を描いた1852年以降、しばらくすると、その人気が落ち始めます。批評家ジョン・ラスキンの妻であったユーフィミアとの結婚が世間に認められないものとなったのもその一因のようです。ミレイを寵愛していたヴィクトリア女王はユーフィミアの謁見を拒否し、以後ミレイに肖像画を描かせる事はありませんでした。苦境に陥ったミレイが復活したのは、1863年、ロイヤル・アカデミーに出品した『初めての説教』が最も人気のある作品に選ばれ、正会員として選出されたことが契機でした。この『初めての説教』でイギリスに少女画ブームが捲き起こりました。ファンシー・ピクチャーとも呼ばれる子供を描いた絵で人々に広く愛されるようになったミレイが描いた一枚が本作です。ミレイの言葉を借りると、「ただ、微妙で静かな表情のみが完璧な美と両立する。誰が見ても美しい顔を描くなら、人格が形成され表情が決まる前の8歳前後の少女が一番よい」を地で行った作品がこの一枚です。もっともsaraiはこういう作品は好みません。ラファエル前派時代のミレイを愛するのみです。

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ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの《トロイのヘレナ》。1863年頃、ロセッティ、35歳頃の作品です。ラファエル前派の共同創立者で知的なリーダーであるロセッティが、数年前からイタリアの古典詩の本のイラストレーター、詩人、翻訳者として働いた後、1859年に油絵の世界に戻りました。 寓話的で文学的な言及のある一連の女性の肖像画が登場します。本作のトロイのヘレナのモデルは彼の恋人アニー・ミラーです。アニー・ミラーはもともとウィリアム・ホルマン・ハントによって見出されたラファエル前派を具現するタイプの女性モデルで、ハントの恋人でもありました。ハントのパレスチナへの長期旅行の間にハントの意に反して、ロセッティのモデル兼恋人になったようです。この一件でハントとロセッティは不仲になります。ともあれ、トロイの陥落は、当時の英文学で人気のある話題でした。たとえば、アルフレッド・テニスンも取り上げました。本作ではハリウッドばりの金髪の美女として、アニー・ミラーをモデルにしたトロイのヘレンが描かれていますが、さすがにロセッティらしい魅惑に満ちています。しかし、やはり、ロセッティの2大モデル、エリザベス・シダルやジェーン・バーデンの美には遠く及ばないというのがsaraiの意見ですが、いかがなものでしょうか。何と言っても、この年にはエリザベス・シダルをモデルにした傑作《ベアタ・ベアトリクス》が描かれます。saraiの大好きな絵画の一枚です。

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この後は何故か、時代を遡り、ルーカス・クラナッハのコレクションになります。多分、saraiの歩いた経路がおかしかったのでしょう。ともあれsaraiの愛好するクラナッハのコレクションが楽しめます。



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ハンブルク市立美術館:クラナッハ、ボッシュ、オランダ絵画

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/20回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。これからはルーカス・クラナッハのコレクションを見ていきます。ドイツの美術館ではやはりクラナッハの作品が充実しているのが嬉しいところです。

ルーカス・クラナッハの《マルティン・ルター、フィリップ・メランヒトン》。1534年頃、クラナッハ、62歳頃の作品です。1517年のヴィッテンベルクにおいて、10月31日にルターの論文で始まった改革は、クラナッハの芸術的および個人的な生活に強く影響していくことになります。ルターの論文によって、大衆が大きな関心を寄せる人物として、ルターの肖像画の必要性は着実に増加しました。そのため、クラナッハは1520年にルターの多数の肖像画を制作し、その後、数年でさまざまなタイプの肖像画を作り出しました。彼は何度も何度も、修道士または学者としての宗教改革者を、立像または横顔で、絵画で表現しました。クラナッハの描いた肖像画が、ルターの姿についての現代の私たちのイメージを形成しています。
一方、ルター以外の最も重要な宗教改革者であるフィリップ・メランヒトンの肖像画もクラナッハの工房で生まれました。ルターの最も親しい親友の一人であるメランヒトンは、聖書を翻訳する際に彼をサポートしました。

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ルーカス・クラナッハの《子供たちを祝福するキリスト》。1538年頃、クラナッハ、66歳頃の作品です。子どもたちの祝福の表現は、1530年代からプロテスタントたちの好みの絵の主題であり、クラナッハの工房で多数制作されました。このハンブルク市立美術館の作品以外にも、別の22のバージョンが知られており、宗教改革前には独立したモチーフとして決して描かれなかったこの主題の大きな人気が窺いしれます。
キリストの周りには子供を祝福してもらうために集まった多くの母親たちが描かれ、画面の左端にはペテロとパウロを含む3人の使徒が立っています。

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ルーカス・クラナッハの《聖母マリアと使徒ヨハネに挟まれた傷ついた救い主》。1540年頃、クラナッハ、68歳頃の作品です。黒い背景の画面の中央に位置するキリストは、私たちを苦しい顔で見ています。彼の側面の傷は露わにされ、いばらの冠が彼の肉体に深く突き刺さり、彼の体は痛みで苦しんでいます。救い主はおそらく、聖母マリアと使徒ヨハネに左右で挟まれた墓石の上に座っています。カトリックとプロテスタントの両方から、痛みに苦しむキリストは人気のある主題でした。

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ルーカス・クラナッハの《フリードリヒ賢明公、ヨハン不変公、ヨハン・フリードリヒ度量公(ザクセン選帝侯)》。制作年不詳です。クラナッハはフリードリヒ賢明公により、1505年に宮廷画家に任命されました。それから約50年にわたって、ザクセン選帝侯のために働きました。彼の工房では、統治者の多数の肖像画を含む、おびただしい数の傑作が生み出されました。3連衝立画(トリプティク)としてデザインされたパネルは、連続した風景を背景として、フリードリヒ賢明公、ヨハン不変公、ヨハン・フリードリヒ度量公の3人のザクセン選帝侯が描かれています。ヨハン・フリードリヒ度量公はこの3連衝立画(肖像画)の発注主であるばかりでなく、ザクセン宮廷の紋章によっての現在の摂政として特定されています。ヨハン・フリードリヒ度量公は1532年に統治を引き継ぎ、宗教改革へのコミットメントを通じて神聖ローマ帝国の皇帝カール5世に対抗しました。

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クラナッハに続き、配偶者の大好きなボッシュも1点あります。

ヒエロニムス・ボッシュ(あるいはその弟子)の《リンボのキリスト》。1520年頃、ボッシュが亡くなったとされる1516年の4年後の作品です。ボッシュの真作か、あるいは弟子の作品か判然としません。おどろおどろしいところはボッシュに見えますが、ボッシュならばもっと細密な表現がありそうな感じもあります。なお、リンボとは、辺獄とも訳され、イエス・キリストが死後復活までの間にとどまった場所のことです。ですから、死後復活までのキリストが描かれています。現代人から見れば、シュールな作品ですね。

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次はオランダの画家の作品が続きます。

ヤン・ファン・ロッサムの《カーテンのある花の静物》。1671年頃、ロッサム、41歳頃の作品です。フランドルあるいはオランダでよく描かれた花の静物画です。写実に優れた作品です。

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ウィレム・クラース・ヘダの《素晴らしき静物》。1638年頃、ヘダ、41歳頃の作品です。ウィレム・クラース・ヘダはオランダの画家で、1620年代後半から40年代に流行した「モノクローム・バンケッチェ(モノクローム風の晩餐図)」を代表する画家です。ヘダの静物画はいつも散らかっています。これは、食事が突然中断されたような印象を与えます。それでも、絵画の構図は慎重にバランスが取れています。たとえば、さまざまな高級な中国製の磁器が、左に押し戻される白いクロスを備えたテーブルに配置されています。そのほかにも様々なガラス食器や容器、ボウルやひっくり返った銀のカップ、焼かれたホロホロ鳥、カワカマス、オリーブ、カキ、錫と磁器のプレートに部分的に皮をむかれたレモンがあります。「モノクローム・バンケッチェ」では、色の範囲を茶色、緑、灰色の色合いに限定しました。オブジェクトに光が反射することで、素晴らしいアクセントを演出しています。

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シモン・リュティックハイスの《ワイングラスとパンのある静物》。1650年頃、リュティックハイス、40歳頃の作品です。シモン・リュティックハイスはオランダ黄金時代の静物画家です。6つ年下の弟、イサーク・リュティックハイスもオランダ黄金時代の肖像画家です。シモン・リュティックハイスはさまざまな形の静物画で知られ、画家ウィレム・カルフに影響を与えました。この作品では、実に精密にワイングラスの質感が描かれ、パン屑の微細な表現は見事です。

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この後、19世紀のドイツ・フランスの絵画が続きます。ハンブルク市立美術館は多彩なコレクションを誇っています。


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あとからでいいよ・・・《夏の雲は忘れない》の衝撃

深夜、NHKのテレビをふと見ていると、BS1スペシャル「女優たちの終わらない夏・終われない夏」の再放送が流れてきた。見るとはなしに見ていると、心をがっちりと鷲掴みにされて、そのまま、全編、見入ってしまった。山口果林を除くと、みな戦前生まれの名女優たちが『夏の会』というグループを結成して、広島の原爆で亡くなった子供たちの手記を代読するという朗読劇《夏の雲は忘れない》を12年間続けてきたそうだ。その活動も平均年齢が80歳を超えた女優達の体力面もあり、今年で終わりを告げることにしたということを知った。戦争の悲惨さを訴え、平和を願う彼女たちの素晴らしい活動をリスペクトするとともに、活動の終焉を残念に思う。しかし、今日の放送を見るまで、そんな活動のことを知らなかった自分のことを恥じるだけだ。番組の途中までは若い世代の女優に引き継げばよいのにと勝手に思っていたが、戦争を知る世代の彼女たちが執念を込めて行ってきた活動だと思い知らされると、そんなsaraiの軽はずみな思いの勘違いも甚だしいことにまたも自分を恥じてしまった。悔しいのはその公演を一度も見ることができなかったことだ。番組の中で彼女たちが言った。「平和を唱える人は多いがどこか他人事のように言っている。」 猛烈に心に刺さった。平和を語る傍観者はしょせん、戦争への道を傍観するだけだろう。

「あとからでいいよ」・・・原爆で死にゆく子供が必死に母親のもとにたどり着き、一緒に死にたいと嘆く母親に優しく言った一言。深く、この言葉の重みを噛みしめている。



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ハンブルク市立美術館:レンバッハ、ドラクロワ、ドーミエ、コロー、ミレー、ファンタン=ラトゥール、ロートレック、ドガ、ブーダン、ギヨマン、ドミンゲス(キリコ)

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/21回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示から古典的な絵画の展示に移りました。クラナッハ、ボッシュ、オランダ絵画を見て、この後は19世紀のドイツ・フランスの色々な絵画を見ていきます。

フランツ・フォン・レンバッハの《赤い傘》。1860年頃、レンバッハ、24歳頃の作品です。フランツ・フォン・レンバッハはドイツ出身で、貴族、芸術家、企業家などの肖像画家として成功した人物です。豊かな家の出身で「貴公子画家」と 呼ばれました。しかし、正直なところ、彼の名前は画家としてよりも、ミュンヘンの青騎士の大コレクションを有するレンバッハハウス美術館に名前を冠することのほうでその名前が知られています。少なくともsaraiにとってはそうです。でも、結構、ドイツの美術館では彼の作品を見かけることが多いことに気が付きました。多くは有名人の肖像画です。この作品は珍しく田舎の風景が描かれたものです。彼のごく初期の作品だからでしょう。ミュンヘン近くのアレシングの村からそれほど遠くない田舎のモチーフを描いた作品です。ちょっと見にくいのですが、赤い傘の陰にいるのは、手押し車の幼児と地面に横たわって、休んでいる子供です。

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フランツ・フォン・レンバッハの《作曲家フランツ・リスト》。1884年頃、レンバッハ、48歳頃の作品です。フランツ・フォン・レンバッハはこの作品を描いた2年前、1882年にバイエルン王国から功労章を受勲し、貴族の称号を与えられました。まさに絶頂のときにあったわけです。この作品を描き上げた年の翌年にはローマ教皇、レオ13世の肖像画の製作を依頼されます。そういうときに大作曲家リストの肖像画を描きました。リストは当時73歳くらいで、この2年後に亡くなります。前年に娘コジマの夫であったリヒャルト・ワーグナーが亡くなり、力を落としている時期でもありました。

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フランツ・フォン・レンバッハの《母と子》。1893年頃、レンバッハ、57歳頃の作品です。これまた珍しい絵ですね。普通、このテーマだと、聖母子を連想させるものが多いですが、これは違いますね。何か雰囲気のある作品ですが、詳細は不明です。

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ウジェーヌ・ドラクロワの《虎と蛇》。1854/58年頃、ドラクロワ、56/60歳頃の作品です。フランス・ロマン主義の大家ドラクロワの動物を描いた作品です。

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ウジェーヌ・ドラクロワの《ライオンとワニ》。1863年頃、ドラクロワ、65歳頃の作品です。ドラクロワの最晩年、亡くなる年に描いた作品です。何故、この美術館はドラクロワの動物の絵ばかりがあるのでしょう。

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オノレ・ドーミエの《初めての水浴び》。制作年は不詳です。ドーミエは19世紀のフランスの画家で、風刺版画家として知られるとともに、当時のパリ市民の日常生活などを油彩画で描きました。この作品もそのひとつ。

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オノレ・ドーミエの《救助》。1870年頃、ドーミエ、62歳頃の作品です。子供が救われる場面が描かれています。

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ジャン=バティスト・カミーユ・コローの《城》。1865/70年頃、コロー、68/73歳頃の作品です。コローの作品は既にまとめて見ましたが、何故か、1点だけ、ここに離れて展示されています。この作品も灰色もしくは銀色の靄のかかった独特の画法で描かれています。

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ジャン=フランソワ・ミレーの《掃除する農家の女》。1867年頃、ミレー、53歳頃の作品です。このミレーの作品も離れて展示されています。この作品はようやく、名声を得た頃のものです。何気ない農家の日常風景を描いています。

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アンリ・ファンタン=ラトゥールの《花のバスケット》。1875年頃、ファンタン=ラトゥール、39歳頃の作品です。ファンタン=ラトゥールは、フランスの19世紀の画家で、静物画、花の絵、友人の画家・作家たちのグループ肖像画などを描きました。この作品も得意の花の絵です。

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アンリ・ファンタン=ラトゥールの《楽劇:ラインの黄金、第1場》。1888年頃、ファンタン=ラトゥール、52歳頃の作品です。ファンタン=ラトゥールは、リヒャルト・ワーグナーの音楽の熱心な支持者であり、1876年の最初のバイロイト音楽祭で《ニーベルンゲンの指輪》のプルミエ上演を鑑賞しました。その経験で《ニーベルンゲンの指輪》の序夜《ラインの黄金》の第一場を描き上げましたのが本作です。

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アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの《横顔の女性の肖像の習作》。1890年頃、ロートレック、26歳頃の作品です。この作品のモデルは《保護者の娘》と呼ばれていますが、彼女の身元はいまだ不明です。彼女の椅子に硬直して座っている姿勢はその内面の緊張を感じさせるものになっています。彼女は完全に自分自身にのみ関心があり、内向的な存在として描かれています。

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エドガー・ドガの《鏡の前》。1889年頃、ドガ、55歳頃の作品です。ドガも2度目の登場です。ドガは、画面の官能性と色彩の明るさのために、1870年頃からパステルチョークを好んで用いました。ドガは斜め上の視点から、化粧台で髪を結んでいる女性の後ろ姿を描きました。パステル画は、ドガの晩年の作品の特徴である、さまざまな絵画技法の実験的な取り扱いがみられます。

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ウジェーヌ・ブーダンの《フェカンの漁船》。1893年頃、ブーダン、69歳頃の作品です。ブーダンは19世紀フランスの画家であり、外光派の一人として印象派に影響を与えました。特にモネとはル・アーヴルで一緒に絵を描き、モネに屋外で絵を描くことを教えました。ノルマンディーの海岸を描いた作品が多く残されています。本作もその一枚です。フェカンはル・アーヴルから40㎞ほど北の漁港です。

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アルマン・ギヨマンの《パリのベルシー河岸》。1874年頃、ギヨマン、33歳頃の作品です。この作品はさきほど見たセザンヌの同名の作品のもととなった作品です。あのセザンヌがコピーするほどですから、よほど、インパクトのある作品だったのでしょう。印象派の先駆けの作品の一つです。

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さて、いよいよ、この美術館でご紹介する最後の絵です。面白い絵を見つけました。てっきり、キリコの絵だと思ったのですが・・・

オスカル・ドミンゲスの《通りの神秘と憂愁(ジョルジョ・デ・キリコに拠る)》。1941-45年頃、ドミンゲス、35-39歳頃の作品です。オスカル・ドミンゲスはスペイン出身の画家で、主にシュルレアリスムに属するとされています。ピカソや、ジョルジョ・デ・キリコ等の作品の贋作を描いていたとも言われています。実際、この作品は同名のジョルジョ・デ・キリコの有名な作品のコピー、あるいは贋作に思えます。

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これでこの美術館の鑑賞は完了。
カンディンスキー、マルク、マッケ、ヤウレンスキーなどの青騎士の作品、ブーダン、モネ、マネ、シスレー、ルノワール、ドガ、ゴーギャンなどの印象派やセザンヌ、コロー、クールベ、ミレー、テオドール・ルソーなどのフランス絵画、リーバーマンのドイツ印象派作品、マグリット、デルヴォー、クノップフなどのベルギーの作品、レンブラント、ルーベンスを始めとするオランダ・フランドル絵画、ミレイ、ロセッティなどのラファエル前派やバーン・ジョーンズ、ムンク、クラナッハ、ベックマンやキルヒナーやノルデのコレクションも充実、配偶者の大好きなボッシュも1点、ホドラー、アンリ・ルソー、ドニ、ルドン、ドーミエ、ドラン、ピカソ、ロートレック、ダリ、ヴラマンク、ヴァン・ダイク、ベックリンなど錚々たる画家たちの作品が並んでいました。これだけ並べると、ちょっと展示がごたついていたのも仕方がないのかもしれません。

なかなか見て回りにくい展示室の並びなので、面白いものを見逃さないように、最後に確認の一周をします。

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おかげで、ボッスを見逃さずに済みました。これだけを2時間ほどで見て回り、くたくたになりました。それでも、なかなか充実した美術鑑賞になり、満足です。

ここで休憩をしたいところですが、せっかくですから、美術館のカフェでは寂しいですね。運河沿いの赤レンガ倉庫まで足を伸ばし、そこでお茶することにします。



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saraiの音楽総決算2019:ピアノ・室内楽編

今年もブログの締めくくりはsarai恒例の音楽総決算です。まだ、明日はノット&東響のベートーヴェンの交響曲第9番、大晦日はみなとみらいホールでジルヴェスターコンサートを聴きますが、今日はピアノ・室内楽編ですから、今日から音楽総決算をスタートします。なお、現在進行している2018年の旅の詳細編はハンブルク市立美術館を見終わったところでいったん休止し、続きは年明け早々に再開します。

今年は国内・海外合わせて、厳選したコンサート・オペラに計97回足を運びました(昨年の計94回、一昨年の計70回に比べて、最高記録です。これでもちょっと抑えたんですけどね。)。それらについてはすべて当ブログで報告済みですが、今回から4回のシリーズでそれらからベストのコンサート・オペラを選んで、今年の音楽の総決算としたいと思います。
今回はピアノ・リサイタルと室内楽編です。今年はこのジャンルをそれほど聴けませんでした。計25回です(昨年は計43回、一昨年は計31回)。内、ピアノ・リサイタルが13回、弦楽四重奏曲コンサートが9回、その他の室内楽コンサートが3回です。で、今年も、ピアノ・リサイタルと室内楽コンサートに分けて、ランキングしてみます。
ちなみに昨年の結果はここです。

まず、ピアノ・リサイタル部門です。ベスト5は次の通りです。

1位 究極のピアニズム! ユリアンナ・アヴデーエワ ピアノ・リサイタル@東京オペラシティ コンサートホール 2019.2.19

2位 飛翔する詩情、シューマンの幻想曲 田部京子@浜離宮朝日ホール 2019.7.26

3位 圧倒的なフィナーレ バッハ:イギリス組曲第4番~第6番ほか The Bach Odyssey Ⅹ アンジェラ・ヒューイット@紀尾井ホール 2019.10.4

4位 現代のヴィルトゥオーゾ、シューマンの狂気に肉薄 アンドレイ・ガヴリーロフ ピアノ・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷ホール 2019.6.30

5位 若きブラームスの狂奔するロマン クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル@横浜みなとみらいホール 2019.3.16

次点 河村尚子の成熟への道 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクト Vol.3@紀尾井ホール 2019.4.25

ユリアンナ・アヴデーエワはショパンも最高だし、シューマンも見事だし、シューベルトも聴き応え十分。さらにアンコールも素晴らしい。これ以上の満足はないピアノ・リサイタルでした。

うーん、田部京子のシューマン、最高! 最高の幻想曲を聴きました。来年はいよいよクライスレリアーナが聴けます。超楽しみです。

アンジェラ・ヒューイットがイギリス組曲の第6番で実に素晴らしい演奏を聴かせてくれました。今回のイギリス組曲で最高の演奏でした。アンジェラ・ヒューイットの“バッハ オデッセイ”も今年で完了です。

アンドレイ・ガヴリーロフの破格さは比類のないものだと思いました。こんな凄いピアニストが聴けて、幸運でした。シューマンの潜在的な狂気も感じました。

クリスチャン・ツィメルマンの弾くブラームスのピアノ・ソナタ第2番が素晴らしかったんです。ブラームスの若い頃の作品であまり演奏機会はありませんが、名曲であることを実感させてくれるような熱い演奏でした。

次点は河村尚子のベートーヴェンのソナタのシリーズです。ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 Op. 106「ハンマークラヴィーア」の第3楽章の中間以降の成熟した演奏の深みのある表現、さらに第4楽章の圧倒的な迫力に脱帽です。


次は室内楽部門です。ベスト5は次のとおりです。


1位 幽玄なバルトークの世界:ハーゲン・クァルテット@トッパンホール 2019.10.2

2位 インティメットな表現の極み:クァルテット・ベルリン=トウキョウ@鶴見サルビアホール 2019.2.7

3位 これぞ、ベートーヴェンの最高傑作Op.131:関西弦楽四重奏団@鶴見サルビアホール 2019.4.15

4位 バルトークは常に前衛であり続ける! パトリツィア・コパチンスカヤ ヴァイオリン・リサイタル@トッパンホール 2019.1.14

5位 渡辺玲子 ヴァイオリン・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷ホール 2019.4.21

次点 シューマンの超名演を堪能:アポロン・ミューザゲート・クァルテット@鶴見サルビアホール 2019.6.6


ハーゲン・クァルテットのバルトーク最高でした。バルトークの第3番といえば、バルトークで最も先鋭的な作品。冒頭の響きは宇宙の深淵を感じさせるミステリアスな響き。素晴らしいアンサンブルでした。

クァルテット・ベルリン=トウキョウのシューベルトの弦楽四重奏曲 第15番は圧巻の演奏でした。大曲ですが、細部の隅々までじっくりと聴かせてもらいました。パーフェクト!という賛辞を送りましょう。

関西弦楽四重奏団は見事にベートーヴェンの最高峰の音楽、弦楽四重奏曲 第14番 嬰ハ短調 Op.131を演奏・表現してくれました。まさに会心の演奏でした。

パトリツィア・コパチンスカヤのヴァイオリン・リサイタルは凄いコンサートでした。アンコール曲も凄かったし、お洒落でした。

渡辺玲子は何も文句のない素晴らしい演奏でした。とりわけ、プロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ 第1番は気合十分で圧倒的。時折現れるリリックなパートも緊張感のある美しさ。グァルネリ・デル・ジェスの名器を弾きこなす器の大きささえも感じさせる渡辺玲子の会心の演奏でした。

次点のアポロン・ミューザゲート・クァルテットの響きの美しさは格別です。そして、物凄いシューマンでした。

次回はオペラ編です。


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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

 

ジョナサン・ノット&東京交響楽団の第九は始まったばかり@サントリーホール 2019.12.28

ジョナサン・ノットの快調なベートーヴェンの交響曲も今日は遂に第9番です。これは期待するしかありませんね。
しかし、さすがのノットも第3楽章までは乗り切れていませんでした。が、ようやく第4楽章の中盤で爆発します。テノールのサイモン・オニールの高潮した独唱の後、弦楽合奏の対位法的な展開の演奏が凄まじく気合いの入った音楽に昇華していきます。一気にsaraiのテンションも跳ね上がります。この第4楽章の後半は合唱の盛り上がりを軸に人間の生を謳歌する、祝典的な音楽が高らかに歌い上げられます。終盤の独唱陣の4重唱も高揚します。ソプラノのルイーズ・オルダーの若くて、少し粗削りながらも勢いのある歌唱にも魅せられます。そして、コーダはフルトヴェングラーの如く、激しく突進して、感動のフィナーレです。ノットとしては大いに課題を残した演奏ではありましたが、ちゃんと最後では辻褄を合わせた形です。きっと、明日の演奏ではさらに熟成した音楽を聴かせてくれるでしょう。残念ながら、saraiは明日の演奏を聴きません。来年も聴かせてくれるだろうジョナサン・ノット&東京交響楽団の第九を楽しみにしましょう。ジョナサン・ノット&東京交響楽団の第九は始まったばかりです。

今日のコンサートをもって、今年のsaraiの音楽は〆にします。サントリーホールはこれで今年、22回目のコンサートでした。まさにsaraiのホームグラウンドです。また、来年も素晴らしい音楽を聴かせてもらいましょう。

おっと、今年のシメはまだ、大晦日のジルヴェスターコンサートが残っていました・・・。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:ジョナサン・ノット
  ソプラノ:ルイーズ・オルダー
  メゾソプラノ:ステファニー・イラーニ
  テノール:サイモン・オニール
  バスバリトン:シェンヤン
  合唱:東響コーラス
  合唱指揮:冨平恭平
  管弦楽:東京交響楽団

  ベートーヴェン:交響曲 第9番 ニ短調 Op.125

  《アンコール》 蛍の光 東京交響楽団と東響コーラス


演奏後の会場の盛り上がりは凄く、もう習慣となってしまった、オーケストラ退席後のお馴染みの指揮者コールです。ジョナサン・ノットをコールするのは、これで今年、10回目です。ノットとコアなファンの気持ちが通じ合う大切な時間でもあります。また、来年も素晴らしい音楽を聴かせてもらいましょう。



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       ジョナサン・ノット,  

saraiの音楽総決算2019:オペラ・オペレッタ・バレエ編

さて、前回に引き続き、今年の音楽の総決算です。

今回はオペラ・オペレッタ・バレエ編です。
今年のオペラは聴いたものすべてが大当たり。なかでもウィーンとルツェルン音楽祭でのクルレンツィスのダ・ポンテ三部作の素晴らしさといったら、saraiの音楽の価値観をひっくり返すようなものでした。

ちなみに昨年の結果はここです。

で、今年は以下をベスト10に選びました。

1位 クルレンツィスは最高の演奏で閉幕 バルトリはデスピーナでもアジリタ全開 モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》@ルツェルン音楽祭 2019.9.15

2位 クルレンツィスが目指す道 モーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》@ルツェルン音楽祭 2019.9.14

3位 素晴らしきクルレンツィスの世界、開幕 モーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》@ルツェルン音楽祭 2019.9.12

4位 クルレンツィスは進化する!モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》@ウィーン・コンツェルトハウス 2019.9.9

5位 歴史に名を刻む天才クルレンツィス モーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》@ウィーン・コンツェルトハウス 2019.9.7

6位 戦慄のオペラ《サロメ》 何とカミラ・ニュルンドが代役に立つ嬉しい驚き@ウィーン国立歌劇場 2019.9.27

7位 中村恵理、清冽な絶唱!『ラ・ボエーム』@宮崎芸術劇場 2019.5.19

8位 中村 恵理のリューに酔う、テオリンも絶唱:オペラ《トゥーランドット》@東京文化会館 2019.7.12

9位 ヤンソンスに合掌・・・ゲルギエフ&マリインスキー劇場:オペラ《スペードの女王》@東京文化会館 2019.12.1

10位 究極のバレエ作品!!エイフマン・バレエ《アンナ・カレーニナ》@東京文化会館 2019.7.21


一昨年のザルツブルク音楽祭でクルレンツィス指揮ムジカエテルナの演奏したモーツァルトの歌劇「皇帝ティートの慈悲」はsaraiの価値観をひっくり返すようなものでした。今年聴いたダ・ポンテ3部作はそれ以上にsaraiの音楽の価値観の転換を迫るようなものでした。ウィーンとルツェルン音楽祭でのクルレンツィスのダ・ポンテ三部作で今年の1位から5位までを占めることになったのは当然のことでしょう。
今回のクルレンツィスのダ・ポンテ3部作を総括すると、モーツァルトのオペラはその真の姿を現すために、240年ほどの時を経て、天才クルレンツィスの登場を待っていたということになるでしょうか。saraiはその歴史的な場面に立ち会わせてもらいました。そして、モーツァルトの天才の真の意味を知ることになりました。2人の天才にダブルで感謝することになったルツェルン音楽祭でした。

ウィーン国立歌劇場で8年ぶりに聴く《サロメ》はやはり凄かった! ウィーン国立歌劇場はR.シュトラウスの楽劇を聴く場なのでしょうか。この日の驚きはカミラ・ニュルンドが代役でサロメを歌うことになったことです。本命登場とも思えた圧巻の歌唱・絶叫でした。

今年は中村恵理の素晴らしい歌唱に酔った一年でした。昨年の蝶々夫人に続いて、プッチーニのリリックな歌を満喫しました。これ以上のプッチーニはあり得ません。7位と8位にランクさせましたが、本心では1位にしたいくらいです。

《スペードの女王》はsaraiが最後に聴いたヤンソンスの公演曲目でもありました。昨年のザルツブルク音楽祭、ウィーン・フィルを振っての素晴らしい演奏でした。そのヤンソンスの訃報を聞いた日に奇しくもマリインスキーオペラで《スペードの女王》を聴くことになりました。昨年のザルツブルク音楽祭の公演といい勝負の素晴らしい公演でした。ゲルギエフの指揮ですからね。

エイフマン・バレエの《アンナ・カレーニナ》はほぼ、4年ぶりのバレエ。ロパートキナが極上のオデットを踊ったマリインスキー・バレエの《白鳥の湖》を見て、もう、これ以上のバレエを見ることはないと思い、しばらく、バレエは封印していました。期待通りの公演で、ともかく、全編、美しいソロ・デュエット・群舞の連続で、バレエ好きにはたまらない内容の公演でした。生のオーケストラの音響が加われば、さらにランクアップしたでしょう。


次回は協奏曲編です。


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saraiの音楽総決算2019:協奏曲編

さて、前回に引き続き、今年の音楽の総決算です。

今回は協奏曲編です。
今年はこのジャンルは素晴らしいコンサートがとても多く、順位付けはあまり意味がないと思えるほどの激戦でしたが、その中でもアンドラーシュ・シフとカペラ・アンドレア・バルカによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲の音楽的な精度の高さは圧倒的でした。茫然自失して聴き入っただけでした。コパチンスカヤとクルレンツィスのハチャメチャの快演も口あんぐりで驚かされるばかりでした。この2つは別格のコンサートでした。
ちなみに昨年の結果はここです。

今年は以下をベスト10プラス2に選びました。

1位 西欧文化を体現する圧巻の演奏:ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲・・・アンドラーシュ・シフ&カペラ・アンドレア・バルカ@東京オペラシティコンサートホール 2019.11.8

2位 圧巻の日本デビュー!クルレンツィス&ムジカエテルナ コパチンスカヤもハチャメチャの快演 @Bunkamuraオーチャードホール 2019.2.10
   伝説に残るクルレンツィスのチャイコフスキー コパチンスカヤも最高! @すみだトリフォニーホール 2019.2.11

3位 奇跡のコンサート!ブランデルブルク協奏曲全曲 バッハ・コレギウム・ジャパン@東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル 2019.11.24

4位 鬼神のごときバティアシヴィリ、凄し! ネゼ゠セガン&フィラデルフィア管弦楽団@サントリーホール 2019.11.4

5位 美しきヴィニツカヤの飛翔・・・リットン&東京都交響楽団@東京文化会館大ホール 2019.5.28

6位 庄司紗矢香の妙なる響きに感動・・・ペンデレツキ&東京都交響楽団@サントリーホール 2019.6.25

7位 モーツァルトはオペラだけじゃない 内田光子&マーラー・チェンバー・オーケストラ@ウィーン・コンツェルトハウス 2019.9.26

8位 小川典子、圧巻のラフマニノフ 上岡敏之&新日本フィルハーモニー交響楽団@ミューザ川崎シンフォニーホール 2019.7.28

9位 天才モーツァルトと天才マーラーの最高の音楽・・・アリス=紗良・オット&インバル&ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団@東京芸術劇場 コンサートホール 2019.7.10

10位 知的で静謐、かつ日本人的な味わい・・・宮田大&小泉和裕&東京都交響楽団@東京文化会館大ホール 2019.7.16

次点 ベルクとマノンの精神に報いる素晴らしい演奏・・・ヴェロニカ・エーベルレ&大野和士&東京都交響楽団@東京文化会館大ホール 2019.9.3

次点 静謐極まりないリゲティ ジャン=ギアン・ケラス、トマーシュ・ネトピル&読売日本交響楽団@サントリーホール 2019.11.29


アンドラーシュ・シフとカペラ・アンドレア・バルカによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲は単に素晴らしい演奏だったとか、完璧なベートーヴェンだったと言ってしまっては語弊があると思うほどの高いレベルの音楽でした。聴衆がただ音楽に耳を傾けるだけでなく、音楽からの深い文化的な示唆を受けて、その理解度を試される場であったとも思えます。こういう音楽を日本で聴けたことに感謝するのみです。

日本デビューも鮮烈でしたが、翌日のクルレンツィス&ムジカエテルナは伝説に残るに違いない、最高のチャイコフスキーを聴かせてくれました。コパチンスカヤも2日とも素晴らしく個性的な名演です。この2日間のコンサートはあり得ないようなレベルの音楽で、saraiはただただ、満足にため息をもらすばかりでした。

バッハ・コレギウム・ジャパンのブランデンブルク協奏曲全曲。これが凄かった! まあ、いつものように名人揃いの演奏で素晴らしいだろうとは思っていましたが、それを遥かに凌駕する、あり得ないような奇跡とも思える演奏でした。

期待のバティアシヴィリの来日公演。期待以上の出来でした。まさに今が旬のバティアシヴィリ、渾身の演奏に鳥肌が立ちました。

難曲のプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番を完璧に弾きこなすヴィニツカヤにとって、ピアノ協奏曲第3番を弾くのはたやすそうにさえ見えてしまいました。切れのよさ、響きの美しさ、ダイナミクス、どれをとっても、そのピアニズムは見事としか言えませんでした。

庄司紗矢香が表現するペンデレツキの音楽の世界。とても素晴らしいです。作曲者自身が指揮している目の前で堂々と心のありったけをぶつけるような演奏を繰り広げる姿は感動的でした。日本人には難しかった自己表現が見事に実現していました。

現代のモーツァルトのピアノのオーソリティの内田光子はK.466のニ短調の協奏曲でピアノの響きが美しく響き渡り、最高の演奏。それ以上に素晴らしかったのは内田光子の指揮。深くて鋭いオーケストラの響きと考え抜かれた音楽表現で聴くものを魅了しました。ピアニストの内田光子よりも音楽家の内田光子が光りました。

小川典子はラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番という難曲を完璧に弾きこなし、どのパッセージでも聴き手を魅了してくれました。響き、タッチ、切れ味、どれをとっても満足な演奏でした。上岡敏之&新日本フィルハーモニー交響楽団も美しいアンサンブルで好サポート。特に抒情的な聴かせ所でのピアノとオーケストラの協奏は圧倒的でした。

会場の聴衆みんな、いや世界中の音楽ファンが体調を心配していただろうアリス=紗良・オットのピアノでしたが、その純度の高いピアノの響きでモーツァルトの名曲を最高に歌い上げました。これからはモーツァルト弾きに専心してもらいたいと思うほどの見事な出来栄えでした。

独奏チェロの宮田大の熟成した音楽を賞賛すべきでしたし、小泉和裕の見事な指揮には脱帽の感に至ります。協奏曲の指揮でここまでのレベルの音楽を聴いたことはありません。

ヴァイオリンの若手奏者、ヴェロニカ・エーベルレは何とも瑞々しいロマンにあふれるベルクのヴァイオリン協奏曲を聴かせてくれました。大野和士の指揮も大変、精度が高く、見事なアンサンブルを展開してくれました。これが最高のベルクのヴァイオリン協奏曲とまでは言いませんが、こんなに魅力にあふれた演奏に接したのは初めてです。

ケラスのチェロは決して激することなく、あくまでも優し気な静謐な響きを保ちました。リゲティ特有の宇宙空間を漂うかのような幽玄な音響空間が静かに静かに表現されて、感銘深い演奏でした。

いよいよ、次回は最終回、大賞も発表します。そして、大晦日でもありますね。


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saraiの音楽総決算2019:オーケストラ・声楽曲編、そして、今年の大賞は?

今年の音楽の総決算もいよいよ最後になりました。そして、ブログも今年の書き納めです。

今回はオーケストラ・声楽曲編です。
このジャンルは今年もたくさんのコンサートを聴きました。素晴らしい演奏が多過ぎて、選定が難航しました。オーケストラ曲と声楽曲を比較するのは難しいので、今年もオーケストラ曲と声楽曲に分けて、ベスト10を選定することにしました。

ちなみに昨年の結果はここです。


まず、声楽曲のベスト10は以下です。今年は《グレの歌》と中村恵理に酔った1年でした。

1位 ジョナサン・ノット&東京交響楽団、2度目の《グレの歌》はさらに素晴らしい出来!@サントリーホール 2019.10.6

2位 バルトリとクルレンツィス、世紀の共演@ルツェルン音楽祭 2019.9.13

3位 究極のメサイア・・・ウィリアム・クリスティ&レザール・フロリサン@東京オペラシティコンサートホール 2019.10.14

4位 中村恵理の絶唱に感動!@川口リリアホール 2019.11.30

5位 聖金曜日の感動のマタイ受難曲、再び バッハ・コレギウム・ジャパン@東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル 2019.4.19

6位 グレの歌 藤村実穂子の絶唱に感動! 大野和士&東京都交響楽団@東京文化会館 2019.4.14

7位 グレの歌に酔う カンブルラン&読売日本交響楽団@サントリーホール 2019.3.14

8位 中村恵理、最高のR.シュトラウスを歌う @Bunkamuraオーチャードホール 2019.5.6

9位 妙なる響きの教会カンタータに感動 バッハ・コレギウム・ジャパン@東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル 2019.3.3


10位 ヴェルディのレクイエム 魂の演奏 ヴィオッティ&東響@サントリーホール 2019.1.12

次点 知性的で演劇的な歌唱で魅了:ボストリッジ リートの森@トッパンホール 2019.1.22


ジョナサン・ノットの2回の演奏は究極の《グレの歌》を聴かせてくれました。これ以上の演奏はあり得ないでしょう。ジョナサン・ノットは流石の音楽作り。指揮もキャスティングも最高でした。こんな《グレの歌》はもう生涯聴くことができないほどの素晴らしさでした。

チェチーリア・バルトリとクルレンツィスの初共演でした。歴史に残る公演に立ち会えただけでも嬉しく思いましたが、その演奏たるや、驚異的なものでした。

ウィリアム・クリスティ&レザール・フロリサンは今年創立40周年とのことですが、まさに旬の時を迎えているようです。ハレルヤコーラスとアーメンコーラスの素晴らしさはもちろん、アリアや管弦楽合奏はそれ以上の音楽内容で、長大なオラトリオのすべてが最高の演奏ばかりでした。メサイアの本質的なところを表現し尽くした名演でした。

中村恵理のソプラノの美声にはまっています。オペラのアリアから歌曲まで何でも素晴らしい。彼女の公演はほぼカバーしました。来年も楽しみでたまりません。(4位と8位)

日本にいてこそ聴けるのがバッハ・コレギウム・ジャパン。聖金曜日に毎年、素晴らしいマタイ受難曲が聴けるのは無上の喜びです。そして、バッハのカンタータも素晴らしかったです。ランクに入れなかったマニフィカトも大変、感銘を受けました。来年はBCJ創立30周年でバッハの3大宗教曲が聴けるのが楽しみです。(5位と9位)

ジョナサン・ノット&東京交響楽団の2回の《グレの歌》以外にも、都響と読響でも素晴らしい《グレの歌》が聴けた嬉しい年でした。森鳩の歌を歌った藤村実穂子のパーフェクトで気魄あふれる歌唱には絶句してしまいました。カンブルランの《グレの歌》は読響の常任指揮者としての最後のサントリー定期でした。カンブルランも思い入れのある公演だったのでしょう。大編成のオーケストラ、合唱団を見事にドライブした名演でした。(6位と7位)

ヴィオッティ&東響のヴェルディのレクイエムは何とも凄まじく魂に訴えかける演奏でした。東響コーラスの圧倒的なパフォーマンス、そして、ソロ歌手陣の恐ろしいまでの気魄の歌唱がすべてでした。

現代を代表するテノールの一人、イアン・ボストリッジは素晴らしいシューマンで魅了してくれました。


で、いよいよ、オーケストラ部門です。今年はベスト10は以下です。ともかく、今年はクルレンツィスとノットに魅了された1年でした。

1位 圧巻の日本デビュー!クルレンツィス&ムジカエテルナ コパチンスカヤもハチャメチャの快演 @Bunkamuraオーチャードホール 2019.2.10
   伝説に残るクルレンツィスのチャイコフスキー コパチンスカヤも最高! @すみだトリフォニーホール 2019.2.11
   チャイコフスキーの音楽の本質を描き尽したクルレンツィス&ムジカエテルナ@サントリーホール 2019.2.13

2位 ジョナサン・ノット&東京交響楽団の一連のコンサート
   ジョナサン・ノットは現代も古典も超絶的!! 東京交響楽団@東京オペラシティコンサートホール 2019.5.18
   これがショスタコーヴィチの5番か!驚きの演奏・・・ノット&東京交響楽団@サントリーホール 2019.5.25
   今日も絶好調、リゲティとシュトラウス・・・ジョナサン・ノット&東京交響楽団@サントリーホール 2019.7.20
   Thunderbirds Are Go! ジョナサン・ノット&東京交響楽団@ミューザ川崎シンフォニーホール 2019.7.27
   なんというマーラー、ノットでしかなしえないマーラー!・・・ジョナサン・ノット&東京交響楽団@サントリーホール 2019.11.16
   リゲティ、R.シュトラウス、モーツァルトの極美の響き・・・ノット&東京交響楽団@東京オペラシティコンサートホール 2019.11.23
   さらに精度を上げたR.シュトラウス、モーツァルトの極美の響き・・・ノット&東京交響楽団:モーツァルト・マチネ 第38回@ミューザ川崎シンフォニーホール 2019.11.24
   ジョナサン・ノット&東京交響楽団の第九は始まったばかり@サントリーホール 2019.12.28

3位 最上のオーケストラ、超一流の指揮者で何ともチャーミングな魅惑のコンサート・・・アラン・ギルバート&東京都交響楽団@東京文化会館大ホール 2019.12.9
   自己と葛藤するマーラーを鮮やかに表現・・・アラン・ギルバート&東京都交響楽団@サントリーホール 2019.12.14

4位 ただただ、絶句・・・ミンコフスキ&東京都交響楽団@東京文化会館大ホール 2019.10.7

5位 ティーレマンが振るとウィーン・フィルが美しく鳴る:ブルックナーの交響曲第8番@サントリーホール 2019.11.11

6位 鈴木雅明の偉業に感銘!ベートーヴェン:交響曲第9番 バッハ・コレギウム・ジャパン@東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル 2019.1.24

7位 新常任指揮者ヴァイグレ、見事なブルックナー 読売日本交響楽団@サントリーホール 2019.5.14

8位 天才モーツァルトと天才マーラーの最高の音楽・・・アリス=紗良・オット&インバル&ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団@東京芸術劇場 コンサートホール 2019.7.10

9位 ショスタコーヴィチの交響曲の重く、感銘深い演奏 ユーリ・テミルカーノフ&読売日本交響楽団@サントリーホール 2019.10.9

10位 読響の実力が発揮されて、バルトークの難曲も余裕の演奏 ヘンリク・ナナシ&読売日本交響楽団@サントリーホール 2019.7.11

今年の1位はクルレンツィス。凄い!!!! やはり、クルレンツィスは音楽の世界を変える。初の来日公演の3日間はまさに歴史に残るコンサートでした。

2位はジョナサン・ノット&東京交響楽団の一連のコンサート。少し卑怯なランキングになりましたが、ノットの今年のコンサートはすべてが素晴らし過ぎたので、それを一つ一つ選んだら、このベスト10が成り立ちません。今年は2回の《グレの歌》を含めて、全部で10回聴きましたが、すべて、指揮者コールになるほどの絶品の演奏ばかりでした。シェーンベルク、リゲティ、マーラー、ベートーヴェン、モーツァルト・・・すべて、記憶に残るコンサートばかりでした。

3位はアラン・ギルバート&東京都交響楽団の素晴らしいコンサート2連発。もう嬉しくなって踊りたくなるような素敵なコンサートでした。アラン・ギルバートはやはり、只者ではないことをはっきりと認識させてくれてくれました。マーラーはアラン・ギルバートのセンスを買って、急遽、1週間前にチケットを求めましたが、その期待は裏切られませんでした。素晴らしいマーラーでした。

4位はミンコフスキ。この日の演奏が終わり、saraiは青ざめていました。一体、これは何だったんでしょう。いつも音楽表現が深いとか、譜面の読みが鋭いとか、分かったようなことを書いている自分を恥じてしまいました。音楽はそれ自体で成り立つもので、素人が何だかんだと言葉で表現するものではないという厳然たる事実を突き付けられた思いでした。軽々しく拍手することさえも躊躇われました。恐れ入りましたと黙って席を立つのが正しい姿ではないかとすら思えました。本当のオーケストラ音楽とはこれほどのものなのでしょうか。本来はこれを1位にランクしてもよかったかな。

5位はティーレマン。この日のティーレマンがウィーン・フィルから引き出した響きはチェリビダッケとはまた質が違いますが、恐ろしいほどの美しさに満ちていました。巨匠ティーレマン、世界最高のオーケストラのウィーン・フィルの名に恥じない素晴らしい演奏でした。これまでウィーン・フィルのブルックナーは何度となく聴いてきましたが、これほどの美しい響きを聴いたのは初めてです。さすがにティーレマンです。

6位は鈴木雅明指揮のバッハ・コレギウム・ジャパンのベートーヴェンの第九。素晴らしい演奏にただただ感銘を受けました。よほど、満を持しての公演だったのでしょう。まずは鈴木雅明の完璧なベートーヴェン解釈に賛辞を送らないといけないでしょう。そして、バッハ・コレギウム・ジャパンの名人たちの演奏の素晴らしさに感銘を受けました。

7位は読響の新しい第10代常任指揮者のセバスティアン・ヴァイグレ。彼がいよいよサントリーホールのステージに登場。素晴らしいブルックナーでした! まずは新常任指揮者ヴァイグレはどの声部も驚くほどよく鳴らせます。今までこの曲で気が付かなかったようなフレーズが浮かび上がってきます。とても新鮮で鮮やかな響きに魅了されました。

8位はインバルのマーラー。久しぶりに素晴らしいマーラーを聴かせてもらい満足しました。

9位はテミルカーノフのショスタコーヴィチの交響曲。彼はにこりともせずに気難しい顔をして、演奏。テミルカーノフは存在感のある指揮者です。指揮がうまいとかではなく、彼が振ると、音楽に深みが出て、凄い音楽になります。やはり、80歳を過ぎた指揮者は貴重です。

10位は読響のバルトークの難曲。うーん、日本のオーケストラの実力もなかなかですね。バルトークの管弦楽のための協奏曲と言えば、オーケストラ能力の試金石みたいなものの一つですが、読響は余力を残した演奏。指揮者がもっと厳しい要求をしても応えられたでしょう。


ジャジャーン!
ここで今年の大賞発表です。

 クルレンツィス&ムジカエテルナのモーツァルトのオペラ、ダ・ポンテ三部作+バルトリ@ルツェルン音楽祭

全3オペラ、すべて新しい音楽の価値観を創造する究極の演奏でした。その集大成として、バルトリも加わった《コジ・ファン・トゥッテ》の素晴らしかったこと! 文句なしの大賞です。クルレンツィスの来日公演のときのウェルカム・パーティーで意気投合した音楽ファンの《今、旬なときのクルレンツィスのダ・ポンテ3部作を聴かない手はない》という後押しのお言葉に従って、本当に良かったと思います。お名前も知らない方ですが、ここで感謝の言葉を捧げます。

大賞にはなりませんでしたが、アンドラーシュ・シフのベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲、ジョナサン・ノット&東京交響楽団の一連のコンサートも同等の価値のあるコンサートでした。


来年の感動に期待しながら、今年の総括は幕としましょう。

今年も当ブログを読んでいただいたみなさんには感謝です。また、来年も引き続き、ご愛読ください。


saraiはこれから、みなとみらいホールのジルヴェスターコンサートに出かけます。今年も音楽で年越しです。

皆さま、よいお年を!!


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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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天野さん

saraiです。初めまして。コメントありがとうございます。ブログを書く励みになります。当日は快晴で素晴らしい日でしたが、夏の陽光がまぶしいほどで暑さに悩ま

09/27 14:15 sarai

充実した心豊かなご様子に励まされます.
情報、有り難うございました.
いつか、ふらっと訪ねてみたいです.

09/27 09:23 天野哲也

昨日投稿した記事の一部に誤りがありました。ドイツ騎士団の中庭はパスしないで、ちゃんと見ていました。追記・修正しました。申し訳ありません。

08/07 00:28 sarai

えりちゃさん、saraiです。お久しぶりです。

これは昨年の9月のウィーンですが、現在のコロナ禍では、古き良き日という風情ですね。もう、ポスト・コロナでは、行けたにし

07/20 12:41 sarai

Saraiさま、
お元気ですか?
新型コロナウィルス、自粛中。
このウィーンの散策を読んでいると、なんだか切なくて悲しくなってきました。
次はいつ行けるのかな、とか思う

07/20 05:08 えりちゃ

はじめまして。ブログ拝見させていただきました。私は、個人ブログを運営しているyuichironyjpと申します。フリーランサーとして活動しており、フリーランスで稼ぐ方法や、

06/14 23:46 Yuichironyjp

ありがたいコメント、嬉しいです。マーラーのファンのかたにこそ、読んでいただきたかったので、気持ちを共有できた思いです。自然の中にこそ、マーラーの音楽の本質はあり

04/23 23:45 sarai
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