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「ダントンの死」の3重の意味に共感 飯森範親&東京交響楽団@サントリーホール 2020.1.25

飯森範親の東響での指揮及びプログラムはいつも超挑戦的です。今回も前半のプログラムは日本初演2曲と準日本初演1曲という凄い選曲。準日本初演になったのは、1曲目のラッヘンマンのマルシェ・ファタールですが、これは昨年の11月30日、広島交響楽団がアンコール曲として日本初演したばかりです。そのときの指揮は2018年1月1日(つまり、ニューイヤーコンサート)に世界初演したカンブルランだったそうです。ですから、本編、あるいは東京での初演は今日の演奏だということになります。
また、前回、飯森範親の指揮で東響のコンサートを聴いたのは1年半前ですが、そのときはウド・ツィンマーマンの歌劇「白いバラ」の日本初演でした。その演奏のとても素晴らしい出来に大変な感銘を受けました。そのときのソプラノは今日も登場する角田祐子です。飯森範親と角田祐子のコンビはドイツ系の野心作にいつも挑戦してくれます。それもとびっきりのレベルでね。

さて、前置きはそのくらいにして、今日の演奏内容に触れてみましょう。最初のラッヘンマンのマルシェ・ファタールですが、ラッヘンマンと言えば、難解な現代音楽の作曲家。以前、アルディッティ・カルテットの演奏で弦楽四重奏曲を聴いたときはsaraiはまったく分からなくて、手も足も出ずに完敗したという苦い記憶があります。曲名のマルシェ・ファタールですが、連想するのはファム・ファタール(運命の女)。運命の行進曲って何?と思いますが、どうやら、命がけの行進曲とか、命取りのマーチとか訳すようです。それでも意味不明です。実際の音楽を聴くと、一見、調性のあるフツーの行進曲に聴こえます。ラッヘンマンもポストモダン風に変節したのかと思いますが、さすがに色々な仕掛けがあります。実はsaraiと配偶者の席の横2席が空席だったのですが、開演前にスタッフが来て、その席をおろして座れる状態にしていきました。その謎の状況に首を捻っていたんです。何か理由があるなら、我々に一言断ってくれてもいんじゃないかと思っていました。その理由が判明したのはこのマルシェ・ファタールの演奏中のことです。指揮していた飯森範親が突如、指揮をやめて、ステージから降りてきます。その意味はプログラムの解説で分かっていました。レコードの針が飛んで、同じ個所を何度も繰り返すように、この曲も部分的に永久ループに陥るところがあって、指揮者はそのときに持ち場を離れるということです。飯森範親はつかつかと我々の席に近づいてきます。そうなんだ・・・彼が横の空席に座るんだと思った瞬間、彼は何とそこに座らずに一つ後ろの席の座面をおろして座ります。彼は座る席を間違えたんです。→ 飯森範親殿、あなたはミスしましたよ!
しばらくして、彼はご丁寧に席の座面を上げて、舞台に戻っていき、永久ループを解きました。何とね・・・。
この曲はその後、予告通り、リストの《愛の夢第3番》のテーマ、そして、ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》の愛の動機を奏でて、終わります・・・いや、終わっていない・・・飯森範親が変なおもちゃの笛を吹いて、こんな行進曲は茶番だったことを宣言して、最終完了。難解なラッヘンマンが妙に分かりやすい曲を書いてくれたのはよいのですが、複雑な思いです。ラッヘンマンは変わってしまったのでしょうか。ところでこの曲名の意味は、ナチスが戦意高揚に用いた行進曲を作曲家が命がけの思いで、ちゃんとした聴ける音楽に書き変えて、行進曲としての本来の価値をなしくずしにしたということのようです。再び、世界中に聞こえてきた戦争の足音へのアンチテーゼなのでしょうか。飯森範親がこの曲を取り上げた意味は、前回の歌劇「白いバラ」と同様に、我が日本の昨今の政治状況やナショナリズムの台頭への警鐘なのでしょうか。

2曲目と3曲目はいずれも「ダントンの死」にまつわるオペラ作品から取り出した音楽で、続けて演奏されます。ジョルジュ・ダントンはフランス大革命の立役者の一人ですが、同じくフランス大革命の立役者のロベスピエールが宿敵となり、ギロチンの露と消えてしまいます。そのダントンの死を扱った文学作品は多く、19世紀のドイツの革命詩人ゲオルク・ビュヒナーが書いた戯曲『ダントンの死』もその一つです。オーストリアの20世紀の作曲家ゴットフリート・フォン・アイネムが第2次世界大戦後、すぐにオペラ化して、1947年のザルツブルク音楽祭で初演して、大成功を収めました。ナチスの扇動で洗脳された社会の恐怖をフランス大革命時の恐怖政治と重ね合わせたオペラはその時、実にリアルだったようです。時は移り、21世紀は決してバラ色の世界とは言えない状況です。ドイツ新時代の作曲家ヴォルフガング・リームは再び、ビュヒナーの戯曲『ダントンの死』の最終場面をテキストとして、ソプラノとオーケストラのための情景《道、リュシール》を書き上げました。ダントンの同僚カミーユ・デムーランもギロチンにかけられますが、夫の死刑を目の当たりにした妻リュシール・デュプレシが狂気にかられていく様が描かれています。その凄まじい音楽は現在を生きる我々も限界状況にあって、扇動と恐怖によって、滅びの道を歩んでいることを告発しているかの如くです。飯森範親の卓抜なプログラムの設定によって、フランス大革命の狂気、ナチスの犯罪的な戦争と恐怖、現代の滅びの道に至る扇動やナショナリズムの狂気が3重の意味を持って、我々、聴衆に迫ってきます。ギロチン台を前にしたリュシールが最後に放つ言葉は《Es Lebe der König:国王万歳!》 革命に身を投じていたリュシールは革命に異議を唱えたのではなく、革命の持つ狂気にアンチテーゼを放ったものです。リュシール役の角田祐子はこの言葉をピアニッシモではなく、かと言ってフォルッティシモでもなく、微妙にピアニッシモのニュアンスを含んだフォルッティシモで投げかけることで戦慄を覚えさせることに成功しました。飯森範親がこの2曲で表現したかったのは、ラッヘンマンのマルシェ・ファタールと同じく、我が日本への憂慮であったことは明白です。彼の強い気持ちを汲み取りつつ、音楽のチカラが何かを変えられることを信じましょう。

このままで終われない飯森範親は後半のプログラムにR.シュトラウスの家庭交響曲を持ってきました。R.シュトラウスの晩年の名作、オペラ《ダナエの愛》を思わせる情感を感じさせるものがこの作品に芽生えていることに気づかされました。殺伐とした時代への救いは、家庭へのほのぼのとした情愛であることを飯森範親は語りたかったのでしょうか。実際、そういう音楽作りを目指しているように思えました。それにしても、日本のオーケストラもこの難しいR.シュトラウスのオーケストラ曲を見事に演奏してくれます。東響のアンサンブル力の飛躍には目をみはるものがあります。コンマスのニキティンのソロも素晴らしかったです。先の見えない社会状況ですが、少なくとも、日本の音楽力のジャンプアップだけは信じられる未来です。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:飯森範親
  ソプラノ:角田祐子
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:グレブ・ニキティン

  ラッヘンマン:マルシェ・ファタール
  アイネム:「ダントンの死」管弦楽組曲 Op.6a(日本初演)
  リーム:道、リュシール(日本初演)

   《休憩》

  R.シュトラウス:家庭交響曲 Op.53


予習ですが、ラッヘンマンとアイネムは以下のYOUTUBEで聴きました。リームは音源が見つからず、予習なし。

 ラッヘンマン https://www.youtube.com/watch?v=u-gI9u-bjHo カンブルラン指揮シュトゥットガルト州立管弦楽団(世界初演)
 アイネム https://www.youtube.com/watch?v=iDbTr6u5wis マイスター指揮ウィーン放送交響楽団


R.シュトラウスの家庭交響曲を予習したCDは以下です。

 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル 1944年1月12日、旧フィルハーモニー・ホール爆撃前最後のコンサートのライヴ録音 フルトヴェングラー 帝国放送局 (RRG) アーカイヴ 1939-45
 ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団 1964年 セッション録音
 ルドルフ・ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン 1972年 セッション録音 R.シュトラウス:交響曲・管弦楽曲・協奏曲全集

 
フルトヴェングラーの凄まじくロマン濃い演奏に圧倒されます。2018年末に出た帝国放送局 (RRG) アーカイヴのハイレゾの音質は驚異的です。ついでに聴いたブラームスの交響曲第4番はsaraiが生涯で聴いた最高の演奏です。その素晴らしさに嗚咽してしまいました。このアーカイヴは既に聴いたものも多いのですが、ハイレゾの最高の音ですべて聴き直しましょう。
セルもケンペもそれぞれ素晴らしい演奏です。何の文句もありません。



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07/08 15:53 じじい@

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久々のコメント、ありがとうございます。
哀愁のヨーロッパ、懐かしく思い出してもらえたようで、記事の書き甲斐がありました。マイセンはやはりカップは高く

06/18 12:46 sarai

私も18年前にドレスデンでバームクーヘン食べました。マイセンではB級品でもコーヒー茶碗1客日本円で5万円程して庶民には高くて買えなかったですよ。奥様はもしかして◯良女

06/18 08:33 五十棲郁子

 ≪…明恵上人…≫の、仏眼仏母(ぶつげんぶつも)から、百人一首の本歌取りで数の言葉ヒフミヨ(1234)に、華厳の精神を・・・

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