ステージ上は演奏者間の距離を開けるため、ステージをフルに使った配置。最後列は2群のオーケストラが弧状に1列に並び、その前に2群の合唱隊が1列に並びます。中央には通奏低音が3列に並び、チェロだけが前列を占めるという苦心の配置です。その前に3人ずつの2群のソプラノが並んでいます。指揮者の横には、エヴァンゲリストの櫻田亮と独唱者用の椅子。鈴木雅明が考え抜いた配置なんでしょう。実際、演奏を聴いてみると、納得の響きです。問題点があるとすれば、演奏者間の距離が広がり、合わせるのが難しそうです。そこは指揮者の技量とBCJの名人たちが困難を克服します。オブリガートのソロ奏者がアリアを歌う歌手と近くに寄って演奏する場面もありましたが、これは演奏効果を狙ってのものでしょう。
その演奏ですが、一言で言えば、マタイ受難曲に人生をかけてきたとも思える鈴木雅明のこの曲にかける愛と信念がすべてです。コロナの逆境をバネにして、彼を中心に集まった日本古楽界の名人たちが実に集中力の高い演奏を繰り広げます。有名どころの名曲はもちろん、日頃は聴き流してしまいがちなパートも素晴らしい演奏で魅了してくれます。彼らはどうやら、新次元の演奏レベルに達したような感があります。誤解のないように言いますが、ある意味、完璧な演奏ではなかったんです。海外からの独唱者も参加できずに全員、日本人だけの演奏。聴き劣りのするような歌唱もあったんですが、それは彼らも承知の上。それを盛り立てようとする必死の演奏が聴けました。そういうことがあったにもかかわらず、実に内容のある高レベルの演奏が聴けたんです。
そうそう、櫻田亮の美声と気魄の歌唱は凄かった! 彼は昼の公演でも歌った筈ですが、そんなことを感じさせない素晴らしい歌唱が最後まで続きました。むしろ、後半になるほど、どんどん、彼の歌唱は激していき、高域の声がさえ渡ります。脱帽です。ペテロの否みで、“激しく泣いた”というフレーズの“ビターリッヒ”の美しく、余韻のある歌唱には、深く感銘を受けました。
凄かったと言えば、菅きよみのフラウト・トラヴェルソのオブリガート・・・第49曲のアリアの《アウス・リーベ(愛故に)》です。アリア冒頭の物悲しいフラウト・トラヴェルソの響きを聴いて、saraiの心が一気に崩壊します。ぽろぽろと涙が頬を伝わって落ちます。森麻季の独唱もよかったのですが、さざめく涙は菅きよみのフラウト・トラヴェルソの響き故です。今日一番、感動の頂点に達しました。アリアが終わって、鈴木雅明は一瞬、パウゼを入れます。指揮者の彼とて、感銘を覚えたと思われます。菅きよみはバロック奏者として素晴らしいレベルに達しましたね。
三宮正満のオーボエも素晴らしい響きでした。ソロのパートでの自在な演奏、朗々とした響きに聴き惚れました。若松夏美のオブリガート・・・《エルバルメ・ディッヒ、マイン・ゴット(憐れみたまえ、我が神よ)》のアリアでのヴァイオリンの響き、最高でした。
今日の演奏で一番驚いたのは、実は鈴木雅明の指揮です。これまで何度も聴いていますが、これまではオリジナル派の演奏スタイルで幾分、早めのきびきびした演奏であったような気がしますが、冒頭の導入部でゆったりしたテンポでの演奏に驚かされます。テンポだけでなく、ロマンティックな表現になっています。予習で聴いたリヒターほど古びた感じではありませんが、めざす音楽の根っこは同じに感じられます。saraiも古い人間ですから、こういう演奏には同調してしまいます。これまで以上に感銘の度合が大きかったように思えます。彼のマタイ受難曲にかける愛と信念の向かう先は古典の中にロマンを見出すということなんでしょうか。いずれにせよ、彼の大きな情熱のうねりにただただ、リスペクトの念を抱くのみです。演奏者もきっと同じように感じていたのでしょう。それが今日の素晴らしい最高の演奏につながっていました。
それに演奏の基軸をなす通奏低音はチェロの鈴木秀美、オルガンの鈴木優人という鈴木ファミリーがきっちりと押さえて、今日の難しい配置の演奏を支えていたことも触れておくべきでしょう。
ほかにもいろいろと書くべきこと、感じたことは多々あったような気がしますが、このあたりで終わりましょう。来年はちゃんと聖金曜日に聴けるでしょうか。アフターコロナでBCJのマタイ受難曲はさらなる高みに向かうことは間違いないでしょう。来年以降もBCJのマタイ受難曲とは長い付き合いが続きそうです。saraiの人生であと何回聴けるか、そういうことが気になってきました。それにしても今日の演奏は一期一会のような緊張感と集中力に満ちたものでした。
今日のプログラムは以下です。
指揮:鈴木雅明
エヴァンゲリスト:櫻田 亮
イエス:加耒 徹
ソプラノ:森 麻季、松井亜希
アルト:青木洋也、久保法之、布施奈緒子
テノール:中嶋克彦、谷口洋介
バス:浦野智行、渡辺祐介
オルガン:鈴木優人
フラウト・トラヴェルソ/リコーダー:菅きよみ、前田りり子
フラウト・トラヴェルソ:鶴田洋子、岩井春菜
オーボエ:三宮正満、荒井豪、森綾香、小花恭佳
ヴァイオリン(コンサートマスター):若松夏美、高田あずみ
チェロ:鈴木秀美、山本徹
ヴィオラ・ダ・ガンバ:福沢宏
合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン
J. S. バッハ
マタイ受難曲 BWV 244
第1部
《休憩》
第2部
最後に予習について、まとめておきます。
4枚組のLPレコードを聴きました。
カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団 1958年
エルンスト・ヘフリガー(T,福音史家)
キート・エンゲン(B,イエス)
イルムガルト・ゼーフリート(S)
ヘルタ・テッパー(A)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)
何も言うことのない凄い演奏です。CDでは残響の多い音質で、それはそれでよかったのですが、LPレコードはもっと自然な音質で音楽がすっと入ってくる感じです。中古レコードですが、ほとんどノイズもなく、saraiの宝物です。繰り返して聴く愛聴盤です。
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