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ルツェルン散策:ローゼンガルト・コレクション~クレーの名作 1925年-1926年

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/10回目

ルツェルンLuzernの街歩き中で、ローゼンガルト・コレクションSammlung Rosengartに立ち寄っています。現在、クレーの作品をピックアップして、ご紹介しているところです。ここまで、1913年から1924年までの作品を見てきました。
これから、1925年の作品から、順にsaraiが気に入った作品を見ていきます。なお、制作年の後ろの括弧の中の数字はその年の作品番号です。

《魚の絵》。1925年(5)、クレー46歳頃の作品です。海の底を思わせる深いブルーと薄いブルーがグラデーションした画面に魚がいっぱい泳いでいます。クレーの魚シリーズの一枚ですが、なんと美しい絵なんでしょう。この年、傑作中の傑作、《金色の魚》(ハンブルク市立美術館所蔵)も描かれます。《金色の魚》は画面の中央に大きく魚を配した作品ですが、この多くの魚が群れ泳ぐ作品は別の方向性の傑作です。

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《造花のある静物画》。1925年(24)、クレー46歳頃の作品です。ブラシで描いたモノクロ作品です。タイトルのとおり、造花を描いた不思議な静物画です。造花と言っても、紙細工で不器用に作った花がモティーフで実際にそういうものを見て描いたのか、クレーが実際の花を頭の中で再構成したものか、判然としません。saraiは後者に1票。

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《凧の上がる村》。1925年(75)、クレー46歳頃の作品です。銀色の水彩絵の具とペンとインクで輪郭を描き、水彩で色付けした作品です。長閑な村の風景がかちっと描かれています。いつものようにフォルムをべた塗りで色付けするのではなく、筆跡の残るように薄く色づけしています。リトグラフのような味わいの佳作です。

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《古典的な庭園》。1926年(1)、クレー47歳頃の作品です。縦横の直線で緻密に輪郭を描き、濃淡を変えた茶色の水彩1色で色付けしています。まるでエッチングのように見えます。庭園の丘や木々や花の描き方がとてもユニークです。クレーのこういう作品は初めて見たような気がします。

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《魚-人の顔》。1926年(30)、クレー47歳頃の作品です。これは素晴らしいですね。古代のロマンを描いた象徴主義の作品であるかのごとくに見えます。まず、画面全体の茫漠として神秘的な色彩に魅了されます。薄いブルーと薄いオレンジ色のグラデーションが何と素晴らしい色彩なのかとうっとりとします。そして、画面右下の女性的な顔の一部の美しさに見とれます。緻密に描かれた髪は装飾的な文様で、2つの切れ長の目が印象的です。目を魚仕立てで描いていますが、そんな工夫は不要なくらい、繊細で神秘的な顔です。
こんな素晴らしいクレーの作品は見たことがありません。クレーの作品のベスト10に推したい絵です。

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《寝台に横たわるヘタイラ》。1926年(57)、クレー47歳頃の作品です。これも素晴らしいですね。パッと見た目には、アラビアの王宮のシェエラザードを連想しましたが、このベッドの女性はヘタイラとのこと。ヘタイラとは古代ギリシャの教養豊かな高級娼婦のことです。ヘタイラが描かれた有名な美術作品としては、フランスの画家ジャン=レオン・ジェロームが1861年に制作した絵画、《アレオパゴス会議のフリュネ》(ハンブルク市立美術館所蔵)があります。。
その《アレオパゴス会議のフリュネ》では裁判にかけられたヘタイラのフリュネは弁護人が陪審席の前で彼女の衣服をはぎ取り、美しい裸体をさらすと、彼女はそのあまりの美しさの故に無罪を勝ち取るという伝説が描かれています。
クレーはもちろん、その作品を念頭にこの作品を描いたのでしょう。しかし、クレーは女性のエロスよりも可愛らしさを表現したようです。画面の薄い黄色と薄い赤紫のグラデーションがとても美しい作品です。

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《階段と門》。1926年(80)、クレー47歳頃の作品です。ひたすら、稲荷神社の連続する鳥居のような門とそこにある階段が画面全体を覆い尽くす作品です。よく見ると、画面の左側には小さな文字も書かれているようです。水彩の色付けはまるで染みのように描かれています。精緻な抽象画とも言えます。

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1925年、1926年の作品を鑑賞しましたが、この頃はクレーのほぼ10年に及ぶバウハウス時代の真ん中あたりで、次々と傑作を描く、いわば、中期の傑作の森の時代と言えそうです。クレーの野心的な絵画探求はさらに続きます。



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ルツェルン散策:ローゼンガルト・コレクション~クレーの名作 1927年-1929年

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/11回目

ルツェルンLuzernの街歩き中で、ローゼンガルト・コレクションSammlung Rosengartに立ち寄っています。現在、クレーの作品をピックアップして、ご紹介しているところです。ここまで、1913年から1926年までの作品を見てきました。
これから、1927年の作品から、順にsaraiが気に入った作品を見ていきます。なお、制作年の後ろの括弧の中の数字はその年の作品番号です。

《前後不覚中の小さなお馬鹿さん》。1927年(170)、クレー48歳頃の作品です。クレーは晩年の天使シリーズを始めとする線画が印象深いですが、以前より、デッサン画はもちろん、線画を描き続けていました。この滑稽な作品は天使シリーズの一面につながるものです。深刻さもこういう軽み(かろみ)も併せ持つのがクレーの魅力です。

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《セレモニーの入り口》。1928年(156)、クレー49歳頃の作品です。晴れやかなセレモニーイベントの雰囲気をあえて稚拙な筆で描いた一作です。テクニックや芸術的な深みを捨てて、幼児のような心でストレートな表現をできるか・・・クレーの真摯な模索です。

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《フェンスで囲まれている》。1928年(74)、クレー49歳頃の作品です。上の作品はあえて稚拙な筆で描きましたが、クレーが本気で描くとこんなに凄いものが生まれます。構成と言い、色彩のバランスといい、パーフェクトな作品です。この魅力に満ちた画面は天才のみによって発想できるものでしょう。抽象画で美の極致を描き出した一枚です。

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《無題》。1928年(74)、クレー49歳頃の作品です。もともと、上の作品《フェンスで囲まれている》のオリジナルな作品で、作品番号も同じです。が、どう見ても上の作品の完成度が高いですね。

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《肥沃な国の国境線(あるいはボーダー柄)の記念碑》。1929年(40)、クレー50歳頃の作品です。うーん、抽象性の高い作品で、読み解きが難しいですね。単純にこういうボーダー柄模様のモニュメントと思えばいいのでしょうか。意味の解釈を諦めて、抽象画としての魅力を探ると・・・分かりません。地柄の画面全体のボーダーの上に数枚の矩形や台形のボーダー柄のパッチが張り合わされています。じっと見るとパッチが3Ⅾ的に浮き上がって見えます。そういう絵としての遊びがこの絵の表現の狙いなんでしょうか。謎のような作品です。前年からのエジプト旅行が契機になっているような気もします。すると、肥沃な国とはエジプトか・・・。

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《結晶の風景》。1929年(75)、クレー50歳頃の作品です。クレーの作品はますます抽象度を高めていきます。風景画がこんな風ですからね。絵の構成要素を単純化して、色彩効果を主体にして、美の本質に切り込んでいくというアプローチなんでしょうか。すべてが挑戦であり、オリジナリティのあくなき開拓です。過程的な作品も完成度を高めた作品も混在します。

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《静物》。1929年(345)、クレー50歳頃の作品です。普通の静物画は具象的なモティーフをもとに画面を構成しますが、この静物画は抽象的なモティーフを画面に配置して構成しています。この作品も新たな挑戦の分野での過程的な作品なんでしょう。クレーが抽象画で多用してきた直線とか矩形が捨て去られ、すべて、閉曲線による自由図形がモティーフになっていることが注目されます。黒い矢印は注目すべき場所を指示しているのがクレーの作法でしたが、ここではさもない図形を指し示しています。中央の赤の図形を含む目立つモティーフが中心的なモティーフではないと読み取れますが・・・。例えば、全体を人物と見立てれば、この下の2本のモティーフは足にあたります。そういう地味だけれど、これは重要なパーツなんだよって、読み解けば、あまりに下らないかなあ。見るものに考えさせるところにこの作品の力点があるのかもしれません。

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《窓の背後の恐怖》。1929年(328)、クレー50歳頃の作品です。安定した創作活動を続けてきたバウハウス時代も時代の潮流に吞み込まれていこうとします。ナチスはまだ、産声を上げたばかりですが、世界恐慌の波はドイツを転落させていきます。窓の奥で何かに怯えている人物はクレー自身のような気がします。芸術家も否応なく、時代背景のもとに創作活動を続け、生身の人間として、限界状況を受け入れるしかありません。

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創作活動の根幹を成してきたバウハウス時代もあと2年ほど残すだけになり、クレーも苦悩します。しかし、最高傑作《パルナッソス山へ》はその苦悩の先に生まれることになります。芸術家は時代と戦い、己の中に道を見つけていきます。



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東京交響楽団、復活した美しい響き@東京オペラシティコンサートホール 2020.10.3

前半の曲はちょっとムードミュージック的に聴かせどころもありますが、saraiの守備範囲ではないので、特にコメントなし。

後半のシベリウス、想像の範囲外の素晴らしい演奏。saraiの音楽好きの友人にオーケストラの音響マニアがいますが、やっとその意味が分かったような気がします。saraiにとって、音楽とは人間が創造する崇高な精神世界であり、音響はあくまでもその手段に過ぎないと思っていました。でも、考えてみれば、オーケストラの音響は自然界に存在しないもので、人間の精神活動によって生み出されるものです。ですから、美しい音響はそれ自体、精神活動の証しなのでしょう。今日のシベリウスの演奏は東響のオーケストラ能力をフルに発揮した素晴らしい音響が響き渡りました。まさに“鳴っている”という感じです。とりわけ、第4楽章は弦の美しい響き、木管の冴えた響き、ホルンの堂々たる響き、それらが交互に響き、そして、最後はそれらが融合して、最高の音響で魅了してくれました。実はステージ上の東響の配置はコロナ前の通常の配置で、コロナ禍のときのような間隔を空けた配置ではなかったんです。密集した奏者が奏でる響きは実にまとまった音響になることを久しぶりに体験しました。東響のアンサンブルの復活です。

素晴らしい音楽を聴けた喜びで胸が熱くなりました。東響を応援してきた音楽ファンとしてはこれ以上のことはありません。この上はジョナサン・ノットが東響を早く指揮してもらいたいものです。いずれはマーラーの復活をコロナ後の記念演奏として、プログラムに載せてくれることを期待します。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:大友直人
  ソプラノ:嘉目 真木子
  テノール:錦織 健
  管弦楽:東京交響楽団  コンサートマスター:グレブ・ニキティン

  千住 明/松本 隆(作詞):詩篇交響曲「源氏物語」 (2008)
 Ⅰ 序曲 Ⅱ桐壺 Ⅲ夕顔 Ⅳ若紫 Ⅴ葵上 Ⅵ朧月夜 Ⅶ須磨 Ⅷ明石 Ⅸ幻 Ⅹ終曲

   《休憩》

  シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 op.43


最後に予習について、まとめておきます。

2曲目のシベリウスの交響曲第2番は以下のLPレコードを聴きました。

 ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団 1966~70年、ロンドン、キングズウェイ・ホールおよびアビー・ロード・スタジオ セッション録音

全集盤からの一枚です。素晴らしい音響、素晴らしい録音で言うことがありません。亡くなった叔父さんから、晩年にいただいたLPレコード群の中の逸品です。全集を聴き通さないといけませんね。それにしてもバルビローリのツボを押さえた指揮は素晴らしいし、彼の手兵のハレ管弦楽団は素晴らしい反応でその指揮に応えています。バルビローリはマーラーだけでなく、ブラームスもシベリウスも素晴らしい!



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ルツェルン散策:ローゼンガルト・コレクション~クレーの名作 1930年-1932年

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/12回目

ルツェルンLuzernの街歩き中で、ローゼンガルト・コレクションSammlung Rosengartに立ち寄っています。現在、クレーの作品をピックアップして、ご紹介しているところです。ここまで、1913年から1929年までの作品を見てきました。
これから、1930年の作品から、順にsaraiが気に入った作品を見ていきます。なお、制作年の後ろの括弧の中の数字はその年の作品番号です。

《選ばれた者の子供時代》。1930年(186)、クレー51歳頃の作品です。クレーは10年ほど教鞭を執ってきたバウハウスをあと1年ほどで去ることになります。時代はどんどん歩みを速め、暗黒への転落を続けていきます。クレーはバウハウス時代の残り、それまでと同様に様々な表現スタイルの拡張を図っていきます。しかし、この作品はとても暗い! 誰かの子供時代は暗闇に包まれています。選ばれし者とは誰のことか・・・ヒントは画面の左上の描かれている六芒星(ヘキサグラム)、あるいはダビデの星です。明らかにユダヤ人を指しています。クレーはユダヤ人ではありませんが、ナチスの台頭とともにユダヤ人は迫害されるようになります。そして、この3年後にはクレー自身、ナチスから、ユダヤ人の烙印を押されて、攻撃対象にされます。そのときのクレーの言葉は心に沁みます。「このような下らぬ泥仕合にかかわり合うのは私の本意ではない。仮に私がガリシアからきたユダヤ人であったとしても、私の人格と業績の価値になんの影響もないだろう。だからユダヤ人や外国人が土着のドイツ人に決して劣るものではないという私の見解を捨ててはならぬ。さもなければ私自身を永遠の愚か者にすることになるだろう。これらの権力者どもに迎合しょうとして悲喜劇的な人物になるよりは、どんな個人的な不快でも忍んだほうがましだ」
この暗い作品は自分の未来を予測していたかのようにも見えてしまいます。芸術家の直観だったのでしょうか。

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《ロマンティックな公園》。1930年(280)、クレー51歳頃の作品です。この作品もそのタイトルにもかかわらず、どこか暗い翳がさしていますね。フォルムの複雑さ、色彩の多彩さ、それを統合した素晴らしいバランスの構図の傑作です。こういう具象と抽象の狭間で、微妙で繊細な感覚の作品を描けるのはクレーと彼が敬愛していたピカソくらいしか、いないでしょう。細部のフォルムの意味を読み解くよりも、この絵画のイメージ全体の雰囲気をじっと見ながら味わうことが鑑賞者にとって、何よりもし幸せな時間になります。

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《Gitの遺跡》。1931年(155)、クレー52歳頃の作品です。この年、クレーは長年職に就いていたバウハウスを辞して、デュッセルドルフの美術アカデミーの教授の職に就きます。ドイツに滞在できる期間もあとわずか2年となります。そういう時期に、遂にこういう点描法的なスタイルが登場します。ビザンティン美術のモザイク画に源流を発するようにも思えます。古代の遺跡を描くには最適とも思える手法です。この表現スタイルは翌年に描かれる、クレーの最高傑作《パルナッソス山へ》につながります。こういう作品を描く背景には、1928年から1929年のエジプト旅行で見た古代遺跡が強烈に脳裏に残っていたことが想像されます。

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《日の出前の風景》。1931年(256)、クレー52歳頃の作品です。クレーのこういう絵は初めて見ました。印象派のモネが描いた《印象・日の出》を想起させるような作品です。モネが空気感を描いた手法を徹底すると、こうなるんじゃないかとも思えてしまいます。青い大気の中、画面中央に明るんでくるオレンジ色が滲んでいます。クレーが風景を抽象的に描くとこうなります。これまた傑作です。この路線をおしすすめていくとどんな絵画が登場したんでしょう。

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《ラグーン(浅い海)の上の町》。1932年(63)、クレー53歳頃の作品です。この年、クレーは最高傑作《パルナッソス山へ》を描きます。わずか2年のデュッセルドルフ時代はクレーにとってはナチスからの迫害も強まる辛い時代でしたが、そういうことに芸術創造は影響されずに輝かしい頂点を迎えます。この作品も以前から描いていたボーダー柄の表現スタイルの集大成ともなる傑作です。抽象的でありながら、ラグーンの町の風景が明快に見えてきます。そして、レインボーカラーに塗り分けられたボーダーの美しい色彩に魅了されます。ラグーンの町って、イタリアのベネチアでしょうか。光り輝く作品にひととき、目を惹き付けられます。

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1930年から1932年までの素晴らしい作品群を見てきました。バウハウス時代の最後の頃からデュッセルドルフ時代にかけての目覚ましい芸術業績でした。翌年はナチスにより、デュッセルドルフの職を解かれ、その年いっぱいはドイツに留まりますが、身の危険を感じて、年末にスイスに亡命することになります。激動と苦難の時代にクレーは最後の芸術創造に身を削っていくことになります。



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祝!室内楽の殿堂、再開:第1弾は澤クヮルテット@鶴見サルビアホール 2020.10.5

今や、弦楽四重奏の殿堂とも言える100席限定の鶴見サルビアホール(音楽ホール)ですが、コロナ禍の影響で2月の公演を最後にずっと、SQSサルビアホール・クァルテット・シリーズは中止に次ぐ中止。今回、日本人カルテットによる再開となりました。ほぼ8か月ぶりです。それでも、今回は席数を半減して50席だけでの公演です。極めつけの室内楽ファンが集結した感じです。

やはり、久しぶりに聴く、このホールは実によく響きます。初めて聴く澤クヮルテットはその響きを使って、美しいアンサンブルを聴かせてくれます。あまりの心地よさにモーツァルトが生きた頃のウィーンの貴族の屋敷で室内楽に耳を傾けている錯覚に襲われます。実際、今日はたった50人ほどで聴いているのですから、そう思えても当然でしょう。在りし日のウィーンにタイムスリップしているうちにふっとsaraiの意識も飛んでしまい、モーツァルトの名曲もジ・エンド。これ以上の感想は書けません・・・。

換気のためにここで短い休憩。まだまだ、コロナの影響は免れませんね。

2曲目のドビュッシーの名曲もただただ、心地よい響きに身を委ねて、在りし日のパリにタイムスリップ・・・で、感想なし。

ちゃんとした休憩後、後半のプログラム。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲 第9番 「ラズモフスキー第3」です。これも在りし日のウィーンのラズモフスキー伯爵邸にタイムスリップしますが、今度は何とか意識は持続します。これも澤クヮルテットの美しい響きが光ります。もちろん、世界の一流のカルテットと比べると完璧でない部分もありますが、このベートーヴェンの傑作の、傑作たる所以は十分過ぎるほど、心に響きます。saraiもベートーヴェンの弦楽四重奏曲の後期作品を愛する者の一人ですが、この中期のいわゆる傑作の森に書かれた作品の素晴らしさに今更ながら、驚嘆します。イ短調の第2楽章の奥深い抒情・・・残念ながら、今日の演奏は少しあっさりしていて、うっとりというわけにはいきませんが、そこは想像力を働かせながら、鑑賞します。そして、第4楽章の物凄い迫力のフーガに感嘆します。

やっぱり、ここで聴く弦楽四重奏曲は最高です。こんな響くホールで、コロナ禍ゆえのたった50席の贅沢。主催者のご苦労は分かりますが、ただただ、そのご努力に感謝するのみです。
次回は最愛のロータス・カルテットですが、日本人以外の入国は認められないために一人欠けて、ロータス・トリオ。これもコロナ禍ゆえの特別プログラム。楽しめそうです。既に50席は完売だそうです。


今日のプログラムは以下です。

  弦楽四重奏:澤クヮルテット
   澤 和樹 vn  大関博明 vn  市坪俊彦 va  林 俊昭 vc

   モーツアルト: 弦楽四重奏曲 第19番 K.465「不協和音」

   《短い休憩》

   ドビュッシー:弦楽四重奏曲 Op.10

   《休憩》

  ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第9番 Op.59-3「ラズモフスキー第3」

   《アンコール》
    モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番変ロ長調K.458『狩』 より、第3楽章 Adagio

最後に予習について触れておきます。
1曲目のモーツアルトの弦楽四重奏曲 第19番「不協和音」は以下のCDを聴きました。

 アマデウス弦楽四重奏団 1966年5月録音 ベルリン、UFAスタジオ

素晴らしい演奏とそれに音質が最高。何も言うことがありません。


2曲目のドビュッシーの弦楽四重奏曲は以下のCDを聴きました。

 エマーソン・カルテット 1984年録音

エマーソン・カルテットらしい美しい響きと最高のテクニックでドビュッシーの素晴らしさを満喫させてくれます。


3曲目のベートーヴェンの弦楽四重奏曲 第9番 「ラズモフスキー第3」は以下のLPレコードを聴きました。

 ブダペスト弦楽四重奏団 1958年録音

このLPレコードは今年、全集盤を購入し、全曲聴き通したばかりですが、また、聴いてみました。第2楽章の深い味わい、第4楽章の圧倒的な迫力、凄いですね。匹敵するのはブッシュ四重奏団の演奏くらいなものです。この予習を終えて、バルトークの弦楽四重奏曲第1番(ハンガリー四重奏団)を聴きましたが、バルトークがベートーヴェンの後期作品のように思えてしまいました。弦楽四重奏曲では、ベートーヴェンとバルトークが圧倒的に素晴らしい!



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ルツェルン散策:ローゼンガルト・コレクション~クレーの名作 1933年-1937年

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/13回目

ルツェルンLuzernの街歩き中で、ローゼンガルト・コレクションSammlung Rosengartに立ち寄っています。現在、クレーの作品をピックアップして、ご紹介しているところです。ここまで、1913年から1932年までの作品を見てきました。
これから、1933年の作品から、順にsaraiが気に入った作品を見ていきます。なお、制作年の後ろの括弧の中の数字はその年の作品番号です。

《文書(ドキュメント)》。1933年(283)、クレー54歳頃の作品です。クレーはバウハウスを辞した後、デュッセルドルフの美術アカデミーに2年在職しただけで、この1933年にナチスの弾圧で辞めされられます。クレーはそれでもドイツに残る方策を模索します。これはその頃の作品です。クレーは見通しのたたない未来に絶望せずに、芸術創造活動を続けます。この作品は1928年から1929年にかけてのエジプト旅行を振り返ったものですね。画面にはただ文書が描かれているのみです。文字はよく見えませんが、象形文字のような印象です。色合いなどの雰囲気が古代の文書を思わせます。不思議な作品です。

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《満月のいけにえ》。1933年(452)、クレー54歳頃の作品です。古代の陰惨な情景を描いたものです。この時期の時代状況、さらには自分自身の追い詰められた状況を抜きにしては語れない作品ですが、クレーは芸術家として、あくまでも芸術に昇華した作品を描きあげています。満月が逆説的に美しく光り輝いています。この年のクリスマス頃にクレーはスイスのベルンに逃れます。彼の銀行口座は凍結されて、亡命後も苦境は続きます。しかし、クレーは芸術家として、強く生きていきます。

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《山の村(秋の)》。1934年(209)、クレー55歳頃の作品です。スイス亡命直後の作品です。私的には苦しくても、クレーの芸術は高みを極め続けます。一点の迷いもない素晴らしい抽象作品です。暖色系のシックな色合いの中に秋を感じ、三つの黄色のフォルムが希望の光に見えて、とても印象的です。

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《町の中心 Ⅰ》。1935年(137)、クレー56歳頃の作品です。スイス亡命後、さすがのクレーも作品数が激減します。追い打ちをかけるようにこの年の夏、致命的な病気の徴候が現れます。免疫不全症の一種である皮膚硬化症です。この後は病魔やナチスの迫害と闘いながら、5年間、壮絶な創造活動を続けます。しかし、この作品はそういう外的要因を感じさせない落ち着いた雰囲気です。明るい暖色系の水彩で塗られたブロックを積み上げて、華やかな町の中心を描きあげています。

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《“Spiel-Musik”(バロック音楽の意味か?)のための楽器群》。1937年(123)、クレー58歳頃の作品です。病気の影響もあり、作品数が少なかったのですが、ようやく創作に着手します。その頃の貴重な一枚です。外的には、クレーの作品はナチスによって退廃芸術と見なされ、この1937年にミュンヘンの「退廃芸術展」に17点が展示されます。ドイツ国内の美術館でクレーの作品102点の没収も行われます。内的にも外的にも最悪の状態で描かれた、この作品の透徹した美しさはどうでしょう。白地に太い黒で描かれた象形文字らしきものの正体は楽器のようです。古楽器なのでしょう。どことなく、古代の雰囲気を漂わせて、上質の抒情が立ち上ります。

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《主に分岐》。1937年(154)、クレー58歳頃の作品です。病気や迫害に抗して、クレーが復調の兆しを見せ始めました。その頃の作品です。新たな創作への意欲がみえます。シンプルで力強い構図、パステルの落ち着いた色彩で新境地を模索するがごとくです。

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いよいよ、クレーの最後の3年間、奇跡の晩年の創作活動の時代に向かいます。ある意味、クレーの創作活動の頂点とも言えます。病んだ体で肉体が衰えるのに反比例して、クレーの精神は芸術的に冴えわたります。



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ルツェルン散策:ローゼンガルト・コレクション~クレーの名作 1938年

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/14回目

ルツェルンLuzernの街歩き中で、ローゼンガルト・コレクションSammlung Rosengartに立ち寄っています。現在、クレーの作品をピックアップして、ご紹介しているところです。ここまで、1913年から1937年までの作品を見てきました。
これから、1938年の作品から、順にsaraiが気に入った作品を見ていきます。なお、制作年の後ろの括弧の中の数字はその年の作品番号です。

《充溢》。1938年(30)、クレー59歳頃の作品です。クレーは晩年に差し掛かりますが、創作意欲は衰えるどころか、絶頂と言える状況になっていきます。この作品自体も内包するエネルギーが横溢しています。黒い太線で描かれた様々な記号などのシンボルの力強さ、背景のシックな色彩など、素晴らしい作品です。

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《リトルX》。1938年(63)、クレー59歳頃の作品です。クレーは晩年に至り、線画表現で芸術の完成を目指します。この作品はその先駆けとも言える大傑作であり、このローゼンガルト・コレクションを代表するする作品でもあります。簡潔さを極めた作品の芸術的な美しさに魅了されます。まるで達人の描いた書のようですね。一気呵成に描いた感があります。この路線は翌年の天使シリーズに昇華します。

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《操舵手》。1938年(182)、クレー59歳頃の作品です。これは木炭で描いた作品。クレーとしては珍しい? まあ、一種の線画とも言えますね。これまたシンプルな作品です。山を望む川(あるいは海?)で帆掛け船を操る人物を描いています。ベルン近辺の風景でしょうか。あるいはエジプトのナイル川も思い浮かべてしまいます。なにか、ほのぼのとした作品です。

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《ゲストのいる海岸沿いのヘルスリゾート》。1938年(185)、クレー59歳頃の作品です。上の作品と姉妹作のように木炭で水辺の風景を描いています。簡潔ではあるものの風景が丹念に描き込まれています。樹木や太陽などの自然がありありと伝わってくる作品です。わざわざ尋ねてきてくれた客人がパラソルを広げて帰っていくのを楽し気に見送っている人物が絵が描かれている心のこもった作品でもあります。

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《壁画作者のためのABC》。1938年(320)、クレー59歳頃の作品です。白い背景を壁に見立てて、ただ、アルファベットの文字を配置しただけの作品ですが、見事な抽象画に仕上がっています。何か心惹かれるものがあります。

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《冬の太陽》。1938年(413)、クレー59歳頃の作品です。冬の荒涼とした雪原の上に樹木、あるいは何かシュプールが描かれ、沈みゆく夕陽が憂愁を誘います。スイス、ベルンの冬は長く厳しいと地元の人に聞いたことがあります。病は小康状態とは言え、クレーはどのような心持ちでこの絵を描いたのでしょう。

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《仮面のコレクションから》。1938年(414)、クレー59歳頃の作品です。赤い帽子を被った女性の傍らに仮面を着けたと思しき道化が立つという不思議な構図の作品です。水彩と油彩で鮮やかに色付けした画面が強烈な印象をもたらします。こういう土俗的な雰囲気はピカソからのインスピレーションなのでしょうか。

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クレーの人生をたどりながら見てきたローゼンガルト・コレクションの膨大な作品も1939年と最晩年の1940年の2年に描かれた4作品を残すのみです。素晴らしいクレーのコレクションを締めくくるのにふさわしい名作ばかりです。



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ルツェルン散策:ローゼンガルト・コレクション~クレーの名作 1939年-1940年(最晩年)

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/15回目

ルツェルンLuzernの街歩き中で、ローゼンガルト・コレクションSammlung Rosengartに立ち寄っています。現在、クレーの作品をピックアップして、ご紹介しているところです。ここまで、1913年から1938年までの作品を見てきました。
最後に、1939年と最晩年の1940年の作品を見ていきます。なお、制作年の後ろの括弧の中の数字はその年の作品番号です。

《登山鉄道》。1939年(556)、クレー60歳頃の作品です。クレーは晩年を迎えますが、彼の創作力は絶頂を極め、この1939年には何と制作総数(デッサンも含めて)は1253点にのぼります。特に多くなったのは線画の作品です。有名な天使シリーズもこの年に描かれます。この作品は木炭と水彩で描かれていますが、一種の線画とも言えます。スイスの山岳観光には欠かせない登山鉄道が几帳面に描かれています。丸、三角、直線、矢印といったシンプルな幾何学的要素だけで描かれていますが、まるで具象画のように鮮やかに登山鉄道のフォルムを表現しています。見事な作品です。

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《もう一度希望すること》。1939年(1003)、クレー60歳頃の作品です。これはクレーの自画像なのでしょうか。自分の死期を悟りつつも希望を捨てない画家の姿に心が痛みます。水彩で描かれていますが、自分を天使に昇華させようとするようにも思えます。

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《魚の視線》。1940年(8)、クレー61歳頃の作品です。いよいよ、クレーの最晩年です。魚シリーズの集大成のようなシンプルでありながらも、深い表現の凄い作品です。水中の魚の視線の先には何が見えているのでしょうか。もう希望ではないでしょう。永遠の光を見ているのでしょう。

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《呪いの直後の聖書の蛇》。1940年(319)、クレー61歳頃の作品です。クレーは最晩年にも400点ほどの作品を制作しました。この作品はその中でも最後に近い時点で描かれたものです。黒い太線の線画ですが、天才画家にふさわしい芸術的な完成がみられますね。上からの矢印で強調した蛇の姿には邪悪な雰囲気はかけらもありません。生きとし生けるもの、すべて、世界は美しい・・・クレーの魂よ、永遠なれ!

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ローゼンガルト・コレクションのクレーの作品は1913年から亡くなる年の1940年まで、125点が収蔵され、そのほとんどすべてが地下の展示室で公開されていました。こんなに一挙にクレーの作品に接したのは初めての経験です。クレー好きの配偶者とsaraiは夢中になって、この膨大な作品群に見入っていました。こんな素晴らしいクレーのコレクションを収集したローゼンガルト父娘に感謝と尊敬の念を抱きました。

このブログで一緒にクレーの作品鑑賞にお付き合い願った読者の方々にも感謝します。終わってみれば、何と12回にわたる記事連載になってしまいました。



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ルツェルン散策:ローゼンガルト・コレクション~クレーだけではない充実したコレクション

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/16回目

ルツェルンLuzernの街歩き中で、ローゼンガルト・コレクションSammlung Rosengartに立ち寄っています。クレーの膨大なコレクションを鑑賞して、大変、感銘を覚えました。世界でこれだけのコレクションを有するのは、saraiの知る限り、ベルンのパウル・クレー・センターおよびベルン市立美術館くらいですね。計3回も足を運びました。
本来はクレーはホームグラウンドがドイツだったので、ドイツの美術館にも膨大なコレクションがあるべきなのですが、ナチスから退廃芸術の刻印を押されたクレーの作品は美術館から一掃されました。戦後、その反省に立って、クレーが最後にドイツの拠点としたデュッセルドルフはクレーの作品の再収集を行いました。前年の2018年にsaraiもそのコレクションのあるデュッセルドルフDüsseldorfのK20州立美術舘K20, Kunstsammlung Nordrhein-Westfalenを訪れました。素晴らしいコレクションを見て、胸が熱くなりました。ブログにも記事を掲載しています。

K20州立美術舘

さて、このローゼンガルト・コレクションはルツェルンの画商のジークフリード・ローゼンガルトと娘のアンジェラ・ローゼンガルトが収集し、特に気に入って、最後まで手元に置いた作品が元になっています。
クレーのコレクションのほかにピカソの素晴らしいコレクションもあります。ローゼンガルト父娘はピカソとも親しく交遊していました。これがピカソとアンジェラ・ローゼンガルトの写真です。ピカソの妻、ジャクリーヌが撮った写真です。アンジェラはピカソが作った花環、花のネックレスを身に着けています。

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また、ピカソはアンジェラ・ローゼンガルトをモデルにして、数枚の肖像作品を描いています。ピカソの親しみの感情が現れた温かさが感じられます。南仏のムージャンがピカソの終の棲家でしたが、アンジェラが1964年にそこを訪問した際に描かれました。さすがにピカソの絵画ですね。素晴らしい!

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ローゼンガルト・コレクションはクレーとピカソのコレクションが中心になっていますが、ほかにミロ、マティス、次いで、ブラック、セザンヌ、モネ、シャガール、ボナールの作品もあります。ピカソは著作権の関係で紹介を控えますが、saraiが特に目を惹かれたマティスの作品を最後にご紹介します。

《白いターバンのラウレッテ》。1916年、マティス46歳頃の作品です。この年から、イタリア人のモデル、ラウレッテを集中的に描いています。マティスが好んで描いたアラビア風の衣装をまとった作品です。このモデルの大胆な体の捻りをもとに実に見事な構図で描きあげています。女性の存在感がひたひたと伝わってきます。

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《静物》。1939年、マティス69歳頃の作品です。木炭で描いた静物画です。木炭のモノクローム作品なのに、色彩感を覚えてしまうような充実度です。名人の筆ですね。

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《レモンと花瓶》。1943年、マティス73歳頃の作品です。これは油彩の静物画。セザンヌの静物画とはあまりの違いますが、どこか、根っこに似たような感性を感じます。

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《アトリエ》。1944年、マティス74歳頃の作品です。ささっと描いたデッサンですが、一目見ただけでマティスが描いたと分かる素晴らしさです。こういうものを迷わずに収集したアンジェラ・ローゼンガットの慧眼に感服します。

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《ベールを着けた若い女性》。1942年、マティス72歳頃の作品です。これは素晴らしい。ここにあるマティスの作品で最高のものです。実に魅力的に女性の美しさが描かれています。やはり、画家はモデルで覚醒しますね。我が家に一枚欲しい!!

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以上でローゼンガルト・コレクションの鑑賞を完了します。次はルツェルン近郊トリプシェンにあるリヒャルト・ワーグナー記念館Richard Wagner Museumに行きましょう。作曲家リヒャルト・ワーグナーの旧邸を記念館に改装したものです。



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ルツェルン散策:リヒャルト・ワーグナー記念館へ

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/17回目

ルツェルンLuzernの街歩きの最後はリヒャルト・ワーグナー記念館Richard Wagner Museumに行きます。ローゼンガルト・コレクションSammlung Rosengartを出る頃には、青空が戻り、気温も上がってきました。友人のSteppkeさんと一緒にルツェルン駅前からバスで向かいます。たった6分ほどで最寄りのバス停、ヴァルテックWarteggに到着。道沿いに記念館への案内板があります。

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気持ちのよい緑の坂道を上っていきます。

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道沿いには案内板があるので、道に迷うことはありません。

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こんな案内板もあります。

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やがて、木立の間から、フィーアヴァルトシュテッテ湖Vierwaldstättersee(ルツェルン湖)が見えてきます。

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綺麗な花の咲く小道の先に大きな学校の建物が見えます。シュルハウス・ヴァルテックSchulhaus Warteggです。

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案内板に従って、先に進みます。

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saraiと友人のSteppkeさんは連れ立って、ゆったり散策です。既に坂道は下りになっています。

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道の先にフィーアヴァルトシュテッテ湖が見えてきます。

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美しい風景が広がります。

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リヒャルト・ワーグナー記念館の看板が出てきます。

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看板の中には写真が3枚。ワーグナー夫妻、記念館の建物、ピアノです。

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すぐに木立のトンネルの先にリヒャルト・ワーグナー記念館が見えてきます。

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白壁の美しい館ですね。ワーグナーはこの館で1866年から1872年まで愛妻コジマと過ごしました。その後、バイロイトに移住し、バイロイト祝祭劇場の建築を始めることになります。

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3階建ての瀟洒な館の前に立ちます。

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ワーグナーの銅像も自分の館を見上げています。

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記念館に入館する前に、前庭のテラス席で休憩します。

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記念館の先にはフィーアヴァルトシュテッテ湖の湖面が見えています。この館はフィーアヴァルトシュテッテ湖(ルツェルン湖)のほとりのトリプシェンTribschenの丘の上に佇んでいます。

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休憩した後に記念館の中のワーグナーの展示を楽しみます。



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田部京子、極上のベートーヴェン with 東京都交響楽団@東京芸術劇場コンサートホール 2020.10.11

今年はコロナ禍のお陰で日本人音楽家の演奏を例年よりも多く聴くことができます。なかでも、田部京子のベートーヴェンを何度も聴けて、saraiはご機嫌。ピアノ協奏曲第3番、第1番に続いて、今日は第4番。生憎、第5番《皇帝》は聴き逃がしましたが、これで3曲も聴けます。気が早いですが、年末にはベートーヴェンの締めとして、後期の3ソナタのリサイタルも予定されています。ベートーヴェンの生誕250周年の主役は田部京子で決まりの感があります。ベートーヴェン・イヤーとコロナ禍の重なった稀有な年、田部京子のベートーヴェンを聴く機会が重なったのは僥倖としか言えません。

今日のコンサートは都響のメンバー全員がマスクなし。コロナ禍が始まった後、こういうすっきりしたコンサートは初めてです。もちろん、指揮者も田部京子もマスクなし。田部京子のマスクなしのお顔を拝見するのは久々です。心なしか、ピアノ演奏への負担も少ないように思われます。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番はピアノ独奏から始まります。いつも通りのピアノ演奏ですが、第1楽章の終盤まではもう一つ、集中できていないようで、切れがありません。前回のコンサートでもそうでした。どうもエンジンのかかりが遅いようです。マスクはありませんが、客席の聴衆がコロナ配置で半分以下なので、ホールの響きをつかみ切れていないのかもしれません。都響のアンサンブルも同様でもう一つの響きです。しかし、第1楽章のカデンツァに入る前あたりから、本来のピアノの響きが戻ってきます。カデンツァはまだ最高の演奏とは言い難いのですが、十分に魅了してくれます。ようやくエンジンがかかってきたようです。

第2楽章は田部京子の独壇場のピアノ演奏です。オーケストラの強奏とナイーブなピアノ独奏が交互に続くベートーヴェンの独創的な音楽で、田部京子の抒情味豊かなピアノの響きが心を打ちます。オーケストラの激しい荒波に耐える一輪のか弱い花が美しい歌を歌い上げます。田部京子だけが表現できる美しい詩情に感動します。とりわけ、最後の独奏パートでの長いトリルの始まる前の絶唱には強い感動を覚えて、涙が滲みます。そして、素晴らしいトリルで音楽は絶頂を迎えます。感動の第2楽章でした。思わず、脳裏に少女時代のマルタ・アルゲリッチがクラウディオ・アラウの演奏を聴いて、この同じ部分で音楽とは何かということを初めて悟ったという逸話が浮かび上がります。アルゲリッチはその後、この曲の演奏を封印したそうです。多分、今でも弾いていないのではないでしょうか。確かに録音で聴くアラウの演奏の素晴らしさは極め付きと言えますが、今日の田部京子の美しい詩情はそれ以上にも思えます。

第3楽章は一転して、切れのよいピアニズムで進行します。そして、圧巻のフィナーレ。終わってみれば、最高のベートーヴェンでした。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲はアンドラーシュ・シフの至高の名演を昨年末に聴いたばかりですが、田部京子の演奏はやはり、彼女にしか弾けない極上の逸品です。まあ、このお二人はsaraiが熱愛するピアニストですから、こういう演奏を聴かせてくれるのは当然と言えば、当然です。去年と今年、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の名演を聴けて、幸福感いっぱいです。

後半はドヴォルザークの交響曲第7番。都響は大編成で素晴らしい響きを聴かせてくれました。想像以上の素晴らしい演奏でした。美しい旋律が満載の曲だけに、都響の弦パートの美しい響きは実に心地よく聴けます。とりわけ、第4楽章では都響のアンサンブルの響きが最高潮に達して、感銘を受けます。梅田俊明のツボを押さえた指揮も見事でした。

演奏とは関係ありませんが、東京芸術劇場のレストランもなかなかの充実ぶりです。友人のSteppkeさんとsarai夫婦で、コンサート前には、2階のカフェ・ビチェリンでイタリア・トリノの名物のビチェリンを味わいました。トリノのアル・ビチェリンの支店もしくは提携店のようで、本場同様の味が楽しめました。もっとも、トリノのアル・ビチェリンのように、ビチェリンを混ぜないで飲んでねというメッセージはありませんでしたけどね。スプーンが出されなかったので、混ぜたくても混ぜられないから、メッセージは不要なのかもしれません。三層の味を口の中でミックスする味わいは極上です。
コンサート後はそのカフェ・ビチェリンのお隣のアル・テアトロで美味しいイタリアンとスプマンテを頂きました。とてもリーズナブルな料金でコースディナーが楽しめます。お勧めですよ。


今日のプログラムは以下です。

  指揮:梅田俊明
  ピアノ:田部京子
  管弦楽:東京都交響楽団  コンサートマスター:四方恭子

  ベートーヴェン:序曲《コリオラン》 Op.62
  ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 Op.58

   《休憩》

  ドヴォルザーク:交響曲第7番 ニ短調 Op.70 B.141


最後に予習について、まとめておきます。

1曲目のベートーヴェンの序曲《コリオラン》は以下のCDを聴きました。

 ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団 1966年10月29日 クリーヴランド、セヴェランスホール セッション録音
 
セルのゆるぎない指揮のもと、素晴らしいサウンドの演奏です。ハイレゾで音質も最高です。


2曲目のベートーヴェンのピアノ協奏曲 第4番は以下のCDを聴きました。

 内田光子、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル 2010年2月20日 ベルリン、フィルハーモニー ライヴ録音
 
ラトルはモダンな表現での演奏で、内田光子のピアノも素晴らしいタッチの響きを聴かせてくれ、見事です。しかし、ここは田部京子の演奏を聴いておくべきだったと後で反省。それは復習で聴きましょう。


3曲目のドヴォルザークの交響曲第7番 は以下のCDを聴きました。

 ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団 1960年3月18-19日 クリーヴランド、セヴェランスホール セッション録音
 
セルのドヴォルザークは素晴らしいです。クーベリックと甲乙つけがたしです。ハイレゾでの音質も素晴らしいです。



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       田部京子,  

ルツェルン散策:リヒャルト・ワーグナー記念館、すなわち、ワーグナー旧邸を見学

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/18回目

フィーアヴァルトシュテッテ湖Vierwaldstättersee(ルツェルン湖)のほとりのトリプシェンTribschenの丘の上にリヒャルト・ワーグナー記念館Richard Wagner Museumの建物は佇んでいます。前庭のテラス席での休憩を終え、ワーグナーの旧邸に足を踏み入れます。すぐに上階に続く階段が目に入ります。これが見たかったんです。この階段でジークフリート牧歌が演奏されたのは有名な話ですね。ロマンティックな思いにかられます。

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1870年8月25日にワーグナーはハンス・フォン・ビューローと正式に離婚したコジマとルツェルンのマテウス教会で結婚式をあげました。そして、1970年12月25日、コジマの誕生日であるクリスマスの朝、極秘裏に準備した17名の楽団員がこの階段に並び、ワーグナーの指揮のもと、コジマが2階の寝室から出てくるのに合わせて、ジークフリート牧歌を非公開初演しました。演奏が終わった後、ワーグナーはコジマにこの曲の総譜をバースデープレゼントとして、捧げました。前年には長男ジーグフリードも生まれていました。長女イゾルデ、次女エヴァはコジマとともに何度もこの曲のアンコール演奏をリクエストしたそうです。

階段の横には古いポスターが張られています。ワーグナーの没後50年を記念して、ベルリン国立歌劇場Staatsoper Unter den Lindenで開催されたチクルスのポスターです。

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チケットを買って入館します。これが記念館のパンフレット。ドイツ語と英語が併記されています。

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日本語の2ページの説明パンフレットもいただけました。日本人のワグネリアンも多く訪れているようです。

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ワーグナーはこの地で1866年から1872年まで愛妻コジマと過ごしました。楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》もここで書かれました。その後、バイロイトに移住します。ワーグナーの芸術の完成の大きなステップはここで始まりました。その記念すべき旧邸の跡を見学しましょう。

ロマンティックな絵があります。フランツ・シュトラッセンという画家が描いた《トリスタンとイゾルデ》です。

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ここはサロンです。ワーグナーのエラール社製グランドピアノは、現在置かれている場所と同じ場所に置かれていたそうです。

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これはワーグナーのデスマスクですね。

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これはサロン(あるいはバイロイト?)にいるワーグナー夫妻ですね。

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エラール社製グランドピアノです。仕事用にはルードヴィヒ2世から贈られたベヒシュタインのピアノで作曲していました。

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ワーグナーの肖像画です。

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ガラスケースにはワーグナーの楽譜が陳列されています。

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これはコジマの肖像画ですね。

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これはコジマとリヒャルト・ワーグナーが見つめあうシーンです。コジマが椅子に座っているのは彼女が大柄だったからのようです。ワーグナーは身長167㎝と小柄でした。意外ですね。

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これはバイロイトでのワーグナーの集いです。左端に長男ジークフリードを片手で抱くコジマ、その一人置いて、右にワーグナー、中央右でピアノに向かうのはフランツ・リスト(コジマの父)、リストの後ろから覗き込むのは指揮者ハンス・リヒター(バイロイトでのニーベルンゲンの指輪の初演を指揮)など、錚々たる顔ぶれです。一番左端には画家フランツ・フォン・レンバッハもいますね。彼はワーグナーやコジマの肖像画も描いています。

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この椅子はワーグナーの椅子?

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これはマティルデ・ヴェーゼンドンクの胸像です。彼女はワーグナーがチューリヒで援助を受けていた豪商ヴェーゼンドンクの妻でしたが、ワーグナーと恋に落ち、不倫関係に陥りました。この不倫の恋は『トリスタンとイゾルデ』のきっかけとなり、またマティルデの詩をもとに歌曲集『ヴェーゼンドンクの5つの詩』が作曲されました。コジマとも不倫でしたから、ワーグナーは恩人や知人の妻と不倫を重ねたわけです。このあたりのモラル感は理解できませんね。しかし、ワーグナーはこういう不倫をばねに芸術上の飛躍を遂げたのも事実です。

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コジマとリヒャルト・ワーグナーに始まる家族の家系図です。この家族がバイロイト祝祭劇場でのバイロイト音楽祭の歴史を支えてきました。とりわけ、孫のヴィーラント・ワーグナーとヴォルフガング・ワーグナーの果たした役割は偉大でした。現在はリヒャルト・ワーグナーの曾孫にあたるカタリーナ・ワーグナーが総監督、クリスティアン・ティーレマンが音楽監督を務めています。

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最後にもう一度、有名な階段を眺めます。

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記念館を出て、フィーアヴァルトシュテッテ湖のほとりを散策しましょう。



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河村尚子のさらなる飛翔@紀尾井ホール 2020.10.13

河村尚子のたゆまない努力が大きな果実を結んだといえる、とても充実した内容のピアノ・リサイタルでした。昨年までの4回にわたるベートーヴェン・ピアノ・ソナタ・プロジェクトでも、はっきりと分かっていたことですが、彼女はピアノ・リサイタルに向けて、途轍もない準備を重ねてきています。どれだけ、練習を積み、どれだけ、曲の解釈を重ねることで、ここまでの高いレベルの演奏につなげることが出来たのでしょう。一音一音、1フレーズ1フレーズが丹念に練り上げられていて、そこはそう弾くのねって、驚きを感じながら、ひたすら、彼女のピアノの響きに引き込まれます。彼女のオリジナリティが随所に感じられて、それでいて、作曲家の意図の枠からはみ出ることのない誠実さも感じます。完璧に弾き込まれた楽譜は高いテクニックで超高速のパッセージも破綻をみせません。

モーツァルトの有名なソナタも新鮮さを湛え乍ら、心地よく聴くことができ、一切、退屈さを感じさせません。とりわけ、第1楽章の変奏曲はまるで、語り部がモノローグを語るような風情で変奏ごとに色んな表情を見せて、長大な楽章がまるで物語絵巻のように展開されます。第3楽章、トルコ行進曲はちょっと早めのテンポで心地よい響きを残して、駆け抜けていきます。

今日、一番、素晴らしかったのは、シューベルトの中期のソナタです。あえて、後期のソナタを弾かずに中期のソナタを弾いた意味が分かるような演奏でした。青春の永遠の憧れを秘めたような演奏は、この曲が持つ明るさやくったくのなさの内に秘めた、シューベルトの心の内のロマンを余すところなく表現していました。特に第3楽章の充実度はいかばかりか、大きな感銘を覚えました。しかし、saraiはその演奏の素晴らしさを少し聴き逃がしていたようです。アンコールで第2楽章が弾かれましたが、これこそ若きシューベルトの永遠へのロマンそのものではないですか。シューベルトとしてはとても短いソナタですが、ぎっしりした内容の音楽をたっぷりと聴かせてもらいました。河村尚子は今後、シューベルトの後期の遺作ソナタ3曲に向けて、そのキャリアを発進させたようです。どういうシューベルトになるか、ちゃんと聴かせてもらいますよ。これからも十分な準備をふまえて、素晴らしい高みに至るシューベルトを期待しています。

後半のショパンも前半のモーツァルト、シューベルトと同様に素晴らしい演奏でした。が、やはり、ここはシューマンを弾いてもらいたいところでした。saraiの個人的な趣味ですが、河村尚子の才能はドイツ・オーストリアものにこそ、向いていると勝手に思ってしまいました。交響的練習曲、クライスレリアーナ、幻想曲・・・


今日のプログラムは以下です。


  モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331
  シューベルト:ピアノ・ソナタ 第13番 イ長調 D664 Op.120

   《休憩》

  藤倉 大:「春と修羅」(栄伝亜夜バージョン)
  ショパン:夜想曲第17番 ロ長調 Op.62-1
  ショパン:スケルツォ 第4番 ホ長調 Op.54
  ショパン:ポロネーズ 第7番「幻想」変イ長調 Op.61

   《アンコール》

    ショパン:夜想曲 第8番 変ニ長調 作品27-2
    ショパン:幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66
    シューベルト:ピアノ・ソナタ第13番 イ長調 D664 より、第2楽章「アンダンテ」


最後に予習について、まとめておきます。以下のCDを聴きました。

1曲目のモーツァルトのピアノ・ソナタ 第11番は以下のCDを聴きました。

 マリア・ジョアン・ピリス 1990年5月 ハンブルク、フリードリヒ・エーベルト・ハレ セッション録音
 
ピリスの純粋無垢な演奏に心打たれます。ハイレゾで音質も最高です。


2曲目のシューベルトのピアノ・ソナタ 第13番は以下のCDを聴きました。

 田部京子 2010年2月20日 1999年3月30日~4月2日 豊田市コンサートホール セッション録音
 
シューベルトのスペシャリストである田部京子の奥行のある演奏です。


4曲目のショパンの夜想曲第17番は以下のCDを聴きました。

 ダン・タイ・ソン 1986年9月23日~28日 福島市音楽堂 セッション録音
 
ショパン・コンクールでの優勝の6年後の演奏です。定評通りの素晴らしい演奏。


5曲目のショパンのスケルツォ 第4番は以下のCDを聴きました。

 マウリツィオ・ポリーニ 1990年9月 ミュンヘン セッション録音
 
ポリーニのスケルツォですから、文句ない演奏。意外に中間部の抒情的な演奏が美しいです。


6曲目のショパンのポロネーズ 第7番「幻想」は以下のCDを聴きました。

 マウリツィオ・ポリーニ 1975年11月 ウィーン セッション録音
 
ポリーニのポロネーズも文句ない演奏。幻想的な美しさが表出されています。



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ジャンル : 音楽

       河村尚子,  

リヒャルト・ワーグナー記念館のまわりの美しい眺めを堪能。そして、クルレンツィスの従来の価値感を破壊するような究極の《ドン・ジョヴァンニ》に感動!

2019年9月14日土曜日@ルツェルン/19回目

Vierwaldstättersee(ルツェルン湖)のほとりのトリプシェンTribschenの丘の上のリヒャルト・ワーグナー記念館Richard Wagner Museumの見学を終え、建物を出ます。建物の側面に周ると、湖のほとりに広がる草原が見えます。緑が美しいです。

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湖面の向こうには、天気も回復したので、リギ山Rigiも見えています。

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建物の側面を通って、裏庭に向かいます。

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裏庭に出ると、リギ山がはっきりと見えます。朝、こんな状態だったら、リギ山登山に行ったのですけどね。

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裏庭から、リヒャルト・ワーグナー記念館を見上げます。前側とほとんど同じデザインです。こちらは湖の桟橋からアクセスできるので、どちらが前側というわけではないのかもしれません。

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建物の入口の階段の上に立って、湖のほとりの草原を眺めます。フィーアヴァルトシュテッテ湖を望む美しい風景です。ワーグナーはこの風景が気に入って、この地を住居と定めたのでしょう。

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友人のSteppkeさんと配偶者もこの美しい風景を見入っています。

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トリプシェンの丘を下り、船着き場のほうにぶらぶらと歩いていきます。

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振り返ると、ピラトゥス山Pilatusまで見えます。ワーグナーは素晴らしい所に住んでいたのですね。

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湖と山の美しい風景に包まれた贅沢なところにワーグナーは暮らしていました。湖畔から見上げたワーグナーが暮らした家(今は記念館)です。コジマと湖で舟遊びをしていたワーグナーは湖から、この邸の姿を見て、住むことにしたそうです。

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湖畔からは何も遮るもののないリギ山の全景が見渡せます。この記念館で時間を過ごすうちに雲が晴れてきて、リギ山もピラトゥス山も顔を出しました。山の天気はそうしたものですね。

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湖面上はモーターボートやヨット、それにフェリーなどが浮かんでいます。素晴らしい景勝地です。

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湖畔のベンチでは若いカップルが愛を語らっていますね。邪魔しないようにしましょう。湖面の先にはルツェルンの旧市街が眺められます。

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そろそろ、湖畔の散策を切り上げて、記念館のほうに戻りましょう。

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記念館の左にはピラトゥス山が見えています。

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最後にもう一度、このトリプシェンからの美しい眺めに目をやります。

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ワーグナーはこの地からバイロイトに居を移して、約10年後に亡くなります。ワーグナーはルツェルンのこの家で長男のジークフリートも生まれ、コジマと正式に結婚し、とてもいい時期を過ごしました。
これで今日のお昼の散策は終了。思った以上に実のあるものになりました。

また、バスで街に戻り、遅めのランチを頂きます。2年前に泊まったホテルで教えてもらったスイス料理屋さん、ヴィルツハオス・タオベWirtshaus Taubeに行ってみましょう。既に3時を過ぎていますが、お店も開いていて、食事も提供してくれるようです。フライパンに入った熱々の料理が食べたいのですが、どう説明してよいのか悩みます。と、案内された席の近くで、そのお料理を食べている人がいます。ラッキーです。彼女の料理を指さすだけで注文完了ですからね。
まずはよく冷えた白ワインで乾杯。

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チロル風のハッシュドポテトの上に目玉焼きののったパン料理を美味しく頂きます。

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これはドイツ風の焼きソーセージです。

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ほかの客もいないスイス料理店でゆったりと遅めのランチを楽しみました。

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結果、遅くなってしまいます。急いでホテルに戻り、身支度をして出かけましょう。夜はまた、クルレンツィス&ムジカエテルナのモーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》です。

ちゃっちゃっと配偶者は着物、saraiはタキシードを着て出かけます。ぎりぎり間に合います。

今日も、素晴らしい演奏でした。ウィーンのコンツェルトハウスでもこの《ドン・ジョヴァンニ》を聴いたばかりですが、クルレンツィスはさらに完成度を高めた演奏を聴かせてくれました。ドンナ・アンナ役のナデージダ・パヴロヴァがさらに際立った歌唱を聴かせてくれ、ドンナ・エルヴィーラ役のフェデリカ・ロンバルディがウィーンとは見違えるような素晴らしい歌唱。とっても重要な役どころですから、クルレンツィスが磨きをかけたに相違ありません。さらにツェルリーナ役のクリスティーナ・ガンシュが本来の実力を発揮して、透明で美しい響きの歌唱を聴かせてくれます。これもウィーンでの歌唱を上回るものです。オーケストラもさらに鮮鋭さを増した究極の響きです。
クルレンツィスはモーツァルトのオペラの価値の転換を図り、精妙で深さのある音楽、ある意味、聴くものにとって、その中身を理解するのがとても難しい音楽に変質させてしまいました。今日の《ドン・ジョヴァンニ》だけのことを言っているのではなく、ダ・ポンテ3部作のすべて、あるいはモーツァルトのオペラすべてがそうです。そういうことを感じながら、それでも、まだ、クルレンツィスの天才はどこにあるのかをsaraiは考えさせられました。
このオペラについての記事はここに書きました。

ところで配偶者は何人もの人に着物を誉めてもらって、ご機嫌です。帰るときにも、わざわざ配偶者に声をかけてきてくれて「私たちとは違う美しさね」と言ってもらえます。

ホテルに戻ろうとして歩いていると、前を歩いているムジカエテルナのオーケストラのメンバー数人を発見。終演後、さっさと彼らの泊まるホテルに向かっているようです。どこなんでしょうね。興味津々で付いていきます。私たちのホテルと方向が同じです。彼らのホテルに着き、彼らがさっとドアを開けて入ろうとするので、配偶者がおやすみなさいと声をかけると、こっちを見て、「ありがとう」と日本語で返してくれます。ここでも、着物の威力を発揮します。ルンルンでホテルに戻り、おやすみなさい。
いよいよ、ルツェルン音楽祭も明日が最終日になります。明日の《コジ・ファン・トゥッテ》ではどれほどの演奏を聴かせてくれるんでしょう。期待で胸がいっぱいです。



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ルツェルン音楽祭・・・クルレンツィスは最高の演奏で閉幕 バルトリはデスピーナでもアジリタ全開 モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》

2019年9月15日日曜日@ルツェルン

旅の12日目、ルツェルンLuzernの5日目です。

今日は快晴ですが、昨夜、ブログ執筆と国内のチケットのネット購入のために就寝は深夜になりました。また、ルツェルン音楽祭は今日閉幕ですが、日曜のせいか、夕方4時からの公演です。どこかに出かけるほどの時間もありません。こちらは日曜は安息日。スーパーなどのお店も軒並み休業。ということで、郷に入れば郷に従えで、saraiものんびりとなにもしない休日にしましょう。

目覚まし時計をかけなかったので、配偶者は9時、saraiは11時の起床です。これは配偶者が起きたときのアパートメントからの朝の晴れ上がった風景です。

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ゆっくりお風呂に入り、サッパリして、ランチをいただきに出かけます。もう、12時過ぎです。まずはふらっとロイス川の河畔に出て、すこしぶらぶら。シュプロイアー橋Spreuerbrückeは風情があります。

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ロイス川沿いに歩きます。イエズス会教会Jesuitenkircheが見えています。

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シュプロイアー橋近くの小さな広場に水道付きの泉があります。女性が水を飲んでいますね。このあたりの水道はアルプスの水でしょうから美味しいのかな。なかなかsaraiは飲む勇気がありません。

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堰(Nadelwehr Luzern)を抜けた川の水は白濁して、勢いに満ちています。

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今日は日曜日なので、スーパーやパン屋さんはお休み。地元の人を相手にしたカフェなども休んでいるようです。いつも賑わっていて気になっていたカフェに行ってみましょう。ビストロ・クリエンブリュグリBistro Krienbrüggliです。プフィスターガッセPfistergasseとブルガー通りBurgerstrasseが合流する広場の前にあります。

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朝ごはんのメニューが黒板に書かれています。このカフェのテラス席で朝昼兼用のご飯をいただきます。

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テラス席は陽光に照らされています。見上げると、雲一つない青空です。

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これがカフェのある建物を見上げたところです。クリエンブリュッケKrienbrückeと書かれていますね。

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テラス席の前には噴水(泉)があります。観光客が見物しています。

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ブルガー通りを見ると、昨日、遅めのランチをいただいたスイス料理店タウベTaubeが見えています。

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一応、食べるのはブレックファストです。パンケーキが美味しそうですね。オムレツのセットもあります。ココアにチャイ・ラッテなるドリンク、ジュースもお願いします。贅沢な朝食兼ランチになります。
まず、飲み物が運ばれてきます。

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飲み物をいただきながら、周りの建物を眺めていると、面白いことに軒の下に絵が描いてあります。建物の壁に絵が描かれることは多いですが、軒の下とはね。

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オムレツは野菜たっぷりで文句なしの美味しさ。

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パンケーキ(チョコかけ)に添えられた果物の甘くて美味しいこと。

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日差しが気持ちよく、さわやかで、大満足の食事でした。

ホテルに戻り、お昼寝をして、最後のオペラに備えます。配偶者は一足先に起きだして、着物を着ます。saraiもタキシードでバッチリです。ちょっと時間に余裕があるので、バスに乗って行きましょう。反対側のバス停にバスのチケットを買いにいっていたsaraiが、外出用の眼鏡に取り換えてこなかったことに気づき、眼鏡を取りにいったん、ホテルに帰ります。そのため、1本バスを見送ったので、もう一つの別のバス停へ移動します。と、そこでバスを待っていたおじさまが、配偶者の着物に興味を示し、きれいだと褒めてくれます。最後には、履いているのは何なのと訊くので、草履を脱いでお見せします。で、なんと彼の行先は同じオペラ会場でした。

ルツェルン音楽祭の会場のルツェルン・カルチャー・コングレスセンターKultur- und Kongresszentrum Luzernに到着です。また、いろんな人から着物を誉めてもらい、配偶者も上機嫌です。
音楽祭最終の公演はクルレンツィス指揮ムジカエテルナの演奏するモーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》です。ルツェルン音楽祭を通して、今日の《コジ・ファン・トゥッテ》が最高の演奏でした。モーツァルトのオペラの最高峰にふさわしい驚異的なレベルの演奏です。何と言っても、3人の女声歌手が究極の歌唱を聴かせてくれました。フィオルディリージ役を歌うナデージダ・パヴロヴァの透き通った歌声。それにバルトリのデスピーナ! 彼女が今後歌う機会があるのでしょうか。バルトリはデスピーナを歌っても自然にアジリタします。彼女でないと歌えないデスピーナです。ドラベッラ役のポーラ・マリヒーは今日の歌唱は絶好調。
クルレンツィス指揮のムジカエテルナの音楽的な精度の高さはこの4日間を通じてのものですが、聴けば聴くほど、その演奏の細かいところまで磨き抜かれたところに絶句するだけです。それにモーツァルトの音楽に対してのリスペクトと愛情の強さも尋常ではなく、実に丁寧で誠実な演奏です。

今回のダ・ポンテ3部作を総括すると、モーツァルトのオペラはその真の姿を現すために、240年ほどの時を経て、天才クルレンツィスの登場を待っていたということになるでしょうか。saraiはその歴史的な場面に立ち会わせてもらいました。そして、モーツァルトの天才の真の意味を知ることになりました。うーん、無理して来て、報われました!

オペラ終了後、友人のSteppkeさんとワインを飲みながら、今回の一連のオペラの総括反省会。反省会の後、またまた、湖畔をブラブラしながら、ホテルに戻りました。
さて、ルツェルン音楽祭も無事に終了。明日はレマン湖の方に移動します。荷物をまとめましょう。当分はコンサートなしで、一泊だけの移動が続くので、当面必要のないものはまとめて開けないカバンに詰めて、日常に必要なものをまとめて開け閉めするカバンに詰めて、整理しましょう。実はこれが大正解で後で大いに役立つことになります。
アパートメントを出るので、使った食器を片付け、冷蔵庫の中に残ったものを片付けて、オシマイ。

明日は5日間滞在したルツェルンを離れ、アルプスをハイキングした後、ゴールデンパスラインの豪華列車に乗って、最愛のピアニストのクララ・ハスキルが人生の最後の住まいにしたレマン湖のほとりのヴヴェイの町を訪れます。とても大変な日程です。早朝から起きて、夜まで行動します。山の天気が良くて、アイガー、メンヒ、ユングフラウの3山がくっきりと見えればよいのですが・・・。



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アルプスをハイキング:ルツェルンからインターラーケンへ

2019年9月16日月曜日@ルツェルン~インターラーケン~ヴヴェイ

旅の13日目、ルツェルンLuzernの6日目です。と言っても、早朝にこの町を離れます。今日は超早起きして、大観光の旅に出かけます。アルプスのハイキングとスイスの鉄道の華の一つ、ゴールデン・パスラインの2本立て。それに一番大事な最愛のピアニスト、クララ・ハスキルが晩年まで暮らしたヴヴェイの町の訪問もあります。実に盛沢山な1日になりそうです。

今日は、6時過ぎの電車に乗って出発です。超早起きして(4時半)、鍵を部屋の中においてアパートメントを出ます。外は真っ暗。でも、お掃除の仕事の人は働いています。おはようと声掛けしながら駅まで歩きます。真っ暗なロイス川沿いに歩きます。やがて、灯りの点いたカペル橋Kapellbrückeが間近になります。

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駅は既に目覚めていて、かなりの人が行き交っています。まだパン屋さんもオープンしていませんが、やっと開いていた1軒のパン屋で朝食をゲットして、インターラーケン・オストInterlaken Ost行きの電車が停車しているホームの前に到着。

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出発電車の表示板には12番線から6時6分に発車するIRが表示されています。

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早速、電車に乗り込みます。まずは朝食をテーブルに広げます。コーヒー、ジュース、ホカッチャのサンドイッチです。

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まだ、6時なのにホームでの人の動きが多いです。スイスの人は働き者・・・。

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やがて、定刻になり、発車。ファーストクラスの座席はガランとしています。

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そうです。今日は一日、ファーストクラスです。1日乗り放題のセイバー・デイ・パスSaver Day Passをネットで購入済です。登山鉄道の一部区間を除いて、今日はこれでスイスの鉄道旅を満喫します。一人、88スイスフランですから、お得感があります。

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ルツェルンから、一路、インターラーケン・オストに向かいます。ゴールデン・パスラインの1区間でもあり、この電車もパノラマ車両ですが、生憎、外は真っ暗。何も見えません。ただ、真ん丸のお月さんが地平線上に浮かんでいます!

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満月って明けがたには沈んでいるような気がしたのですが・・・燦然と輝いています。

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30分ほどすると車窓は白々と明るくなってきます。

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湖畔の村の家々にはまだ灯が灯っています。山の上には満月。美しい風景です。

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スイスで見る暁の満月です。

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まだ、朝陽は登っていませんが、空は徐々に白々となってきます。

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マイリンゲンMeiringenを通過。インターラーケン・オストまで、あと30分ほどです。

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アーレ川沿いに走りますが、川の向こうには、美しい雲海のような靄が畑一面に広がり、なかなか幻想的です。

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切り立った崖からは一筋の滝が落ちています。アルプスらしい風景です。

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そうこうするうちにブリエンツ湖Brienzerseeが車窓に広がります。

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ブリエンツ湖を囲む山の一つから、朝陽が顔を出そうしてきます。アルプスの夜明けです。

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朝陽が湖面を照らし始めます。

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明るさを増したブリエンツ湖は静謐な美しさで湖面が輝きます。湖面に映る山影が旅情を誘います。

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上る朝陽が湖面に一条の光の帯を作ります。

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インターラーケン・オストへの到着まで、もう10分少々です。



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アルプスをハイキング:インターラーケンからラウターブルンネンへ

2019年9月16日月曜日@ルツェルン~インターラーケン~ヴヴェイ/2回目

ルツェルンLuzernを発って、アルプス観光の起点、インターラーケンInterlakenに向かっています。ブリエンツ湖Brienzerseeのほとりにインターラーケンの町がありますが、電車はそのブリエンツ湖の湖畔沿いに走っていきます。ちょうど、ブリエンツ湖に朝陽が上ってくるところです。

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刻一刻と湖に光が満ちてきます。

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美しいアルプスの朝陽に感銘を覚えます。

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ブリエンツ湖の西端に近づいていきます。インターラーケンはブリエンツ湖の西端にあります。

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間もなくブリエンツ湖の西端に達します。

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ブリエンツ湖の西端に着きました。

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すぐにインターラーケン・オストInterlaken Ostに到着。ここが今日の最大の難関。10分の乗り換え時間で大きなスーツケースをコインロッカーに預けないといけません。そのためにコインはしっかりとため込みました。大きなロッカーは7フラン。5フランと2フランが必要です。念の為にこの7フランのセットを二組用意して、コインロッカーに急行。駅舎のホーム側にあります。やはり、大きなロッカーでも2つのスーツケースは入らず、二つのロッカーを利用することになります。一番の問題だったコインロッカーへの荷物預けはスムーズに上手くいきます。今度はすぐに次のラウターブルンネンLauterbrunnen行の登山電車に乗り換えます。今度はベルナーオーバーラント鉄道(Berner Oberland Bahn 略:BOB)の登山電車です。乗換えに忙しくて、写真を撮る暇もありません。
ともかく、急いで登山電車に乗り込みます。セーバーデイパスのファーストクラスを買ってあるので、楽観していたら、意外にファーストクラスも混んでいます。登山電車はすぐに発車します。

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山間を抜けて、すぐに次の停車駅、ヴィルダースヴィルWilderswilに到着。

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ここで結構、人が乗り込んできます。

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BOB鉄道の登山電車の窓際のテーブルにはベルナーオーバーラントの観光マップが描かれているので、参考になります。もっとも、事前にルートは調査済みなので、見て楽しむくらいです。

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車窓には美しい緑が広がり、配偶者はその風景をじっと眺めて楽しんでいます。

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2番目の停車駅、ツヴァイリューチネン駅Zweilütschinenに到着。

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この駅でラウターブルンネンに向かう車両とグリンデルワルトGrindelwaldに向かう車両を切り離します。車窓の左手に見えている線路はグリンデルワルト方面です。我々の登山電車はラウターブルンネン方向に向かいます。

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ツヴァイリューチネンを出て、しばらくすると、アルプスの清流に出会います。ゾウス川Sousです。そして、清流の先にはアルプスの高い峰々が見えてきます。

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やがて、ラウターブルンネンに到着。ここからはミューレンに向かうロープウェイに乗り換えます。わずか4分の乗換えなので、ともかく急ぎましょう。乗客もどっと降ります。

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地下の連絡通路を通って、ロープウェイ乗り場に急ぎますが、この時点で実は登山電車が予定よりも早く着いたことが分かったので、余裕の乗り換えです。



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期待を上回るシューマン、完璧なラフマニノフ 上原彩子 ピアノ・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷ホール 2020.10.18

以前、のめりこんでいた上原彩子。その演奏の中心はロシアもの。中でもラフマニノフは素晴らしかった。一方、ドイツ・オーストリアものはいつも失望させられました。今年、久しぶりにピアノ・リサイタルに行ってみると、何と何と、モーツァルトを完全に弾きこなしていました。肩の力の抜けた美しい響きの演奏でした。で、また、上原彩子を聴いてみる気になりました。

今日はシューマンとラフマニノフ。もちろん、シューマンをどう弾くのかが期待半分、不安半分で、一番の関心事でした。ラフマニノフはどう転んでも凄い演奏をすることは分かっていました。結果、やはり、天才気質の上原彩子は凄いシューマンを聴かせてくれました。とりわけ、クライスレリアーナは上原彩子のためにシューマンが作曲してくれた感のあるような、最高の演奏。今年は聴ける筈だった田部京子のクライスレリアーナがコロナのためにコンサート・キャンセルで聴けずに残念に思っていましたが、こういうクライスレリアーナは田部京子も弾けないでしょう。田部京子はもっと詩情に満ちた演奏になるでしょうが、上原彩子は実に奔放な演奏です。特に激しいパッセージの切れのある演奏にはすっかり魅了されました。むらのある演奏で完璧とは言えませんが、それが逆に上原彩子の天才的な美質を示しているとも言えます。演奏中の恐ろしいほどの集中力には恐れ入りました。不意に最近、再放送で見た《のだめカンタービレ》を思い出しました。まるで、のだめちゃんのような演奏です。低音部をガンガン響かせるところも新鮮で、昔レコードで若いころのアルゲリッチの演奏でこのクライスレリアーナに魅了されたことも思い出しました。間違いなく、saraiが実演で聴いた最高のクライスレリアーナです。ずっとこんな演奏を聴きたかったのですが、まさか、上原彩子が聴かせてくれるとは想像だにしていませんでした。今でも脳裏に上原彩子のクライスレリアーナの激しさと抒情の交錯する響きがこだましています。
最初に弾いた《子供の情景》もクライスレリアーナほどではありませんでしたが、十分に楽しんで聴けるシューマンでした。肩の力の抜けた優しいタッチは以前の上原彩子では想像できなかった音楽です。もちろん、優しくて子供向けというレベルの演奏ではなく、シューマンのロマンに満ちた音楽に仕上がっていました。ただ、上原彩子にはクライスレリアーナのほうが向いていました。今度はシューマンのピアノ協奏曲を聴く予定です。よい演奏が期待できそうです。どんどん、シューマンにチャレンジしてもらいましょう。

後半のラフマニノフの《ショパンの主題による変奏曲》は何も言うことはありません。ただただ、完璧な演奏でした。どこかのレコード会社がラフマニノフのピアノ独奏曲の全曲録音を企画してほしいものです。フィオレンティーノがライヴで一気に独奏曲を全曲弾いた素晴らしい全集がCD6枚組で出ていますから、上原彩子も同じようなチャレンジしてくれないかな。

このsaraiの地元の小さなホールで上原彩子のピアノを聴くのが夢でしたが、コロナ禍という状況下で遂に実現し、嬉しくて、嬉しくて・・・。主催者・プロデューサーの平井さんに感謝してもしきれません。長年、要望していたことです。もちろん、最前列の中央で上原彩子のピアノの響きすべてを子細に聴かせてもらいました。残りの夢はここで庄司紗矢香を聴くことだけです。


今日のプログラムは以下です。


  シューマン:子供の情景 Op.15
  シューマン:クライスレリアーナ Op.16

   《休憩》

  ラフマニノフ:ショパンの主題による変奏曲 Op.22

   《アンコール》

    シューマン(リスト編曲):献呈(君に捧ぐ)~歌曲集『ミルテの花』の第1曲
    ラフマニノフ:前奏曲 Op.32-12 嬰ト短調


最後に予習について、まとめておきます。以下のCDを聴きました。

1曲目のシューマンの《子供の情景》は以下のCDを聴きました。

 伊藤恵:シューマニアーナ5 1993年9月8-10日 田園ホール・エローラ(松伏町中央公民館) セッション録音
 
伊藤恵のシューマン全曲録音からの1曲です。バランスのよい演奏です。


2曲目のシューマンのクライスレリアーナは以下のCDを聴きました。

 伊藤恵 2014年1月6-8日 北上市文化交流センター さくらホール セッション録音
 
伊藤恵のシューマン全曲録音の最初の録音がこのクライスレリアーナでした。これは新録音。実に27年ぶりの録音です。聴いたこともないような明解な分析的ともいえる演奏。正直、saraiが思い浮かべるクライスレリアーナではありませんが、刺激を受けた演奏でもありました。ところでこのCDで伊藤恵が弾いているピアノはファツィオリです。何とね。


3曲目のラフマニノフの《ショパンの主題による変奏曲》は以下のCDを聴きました。

 ダニール・トリフォノフ 2015年3月 ニューヨーク セッション録音
 
こういう難曲では、トリフォノフの素晴らしいテクニックが光ります。彼もこれから注目すべきピアニストです。



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テーマ : クラシック
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       上原彩子,  

アルプスをハイキング:ラウターブルンネンからグリュッチアルプへ空の旅

2019年9月16日月曜日@ルツェルン~インターラーケン~ヴヴェイ/3回目

インターラーケン・オストInterlaken Ostからベルナーオーバーラント鉄道(Berner Oberland Bahn 略:BOB)の登山電車に乗って、ラウターブルンネンLauterbrunnenに到着したところです。ここからはロープウェイと登山電車を乗り継いで、ミューレン村Mürrenに向かいます。運がよければ、ミューレン村でベルナーオーバーラント3山が眺められる筈です。

ラウターブルンネンでのロープウェイへの乗り換え時間はたった4分の筈でしたが、思ったよりもラウターブルンネンに早く着き、余裕の乗り換えです。チケットも今日の1日乗り放題チケット、セイバー・デイパスが使えます。

登山電車のホームからパーキングのある駅の東側に下ります。案内にしたがって、ロープウェイ乗り場を目指します。

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ホームの側壁に沿って歩いていきます。

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駅の西側にあるロープウェイ乗り場への地下連絡通路の前に出ます。

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地下連絡通路を進みます。

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ロープウェイ乗り場への階段です。

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階段をぞろぞろと上っていきます。

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ロープウェイ乗り場に到着。登山鉄道のホームからはたった3分の移動です。既に大勢の人の列ができています。

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すぐにゴンドラに乗り込みます。急角度のロープウェイです。

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ゴンドラ内はすし詰め状態です。

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出発まで、5分以上も待たされます。やがて、車掌さんがドアをロック。

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ゴンドラが動き始めます。

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ゴンドラが上昇すると、アルプスの峰々が顔を覗かせます。

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雪を抱いた尾根は美しい姿を見せています。

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おおっ、アルプスの峰から朝陽が顔を出そうとしています。

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次第に輝きを増していきます。

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荘厳な朝日がアルプスの空に光を放ちます。

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朝日を拝みながら、ゴンドラは早くもグリュッチアルプGrütschalpに到着。

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すぐにミューレン行きの登山鉄道、BLM鉄道に乗り換えです。

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インターラーケン・オストからのルートを地図で確認しておきましょう。

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ここまで、順調です。好天にも恵まれています。いよいよ、ベルナーオーバーラント3山、ユングフラウ、メンヒ、アイガーが見られるでしょうか。



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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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