前半はワーグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》より「前奏曲と愛の死」。意外にすっきりした演奏で粘りのない表現。時折、はっとするような響きもありますが、あっさりと音楽が進行。ちょっと物足りない感はありますが、気品を湛えた演奏です。後半の《愛の死》は聴きなれたソプラノ独奏付きではなく、オーケストラのみの演奏ですが、さすがに物凄い盛り上がりに魅了されます。ちょっと違和感を覚えたのは、どうもバイロイト音楽祭で聴いた音色が耳に残っているせいかもしれません。あの祝祭劇場の響きは独特で忘れることができません。また、バイロイト詣でをしたくなってしまいます。
後半は楽しみにしていたブルックナーの交響曲第3番の1873年初稿版です。インバルはこの初稿版を世界で最初に録音した、いわば、スペシャリストですから、今日、聴けるのは僥倖です。ワーグナーの楽劇からの多くの引用がある、ブルックナーのワーグナー崇拝の原点とも言える音楽です。普通演奏される1889年ノヴァーク版第3稿はブルックナーが生涯の終わり頃に改訂したものですから、音楽自体は熟成していますが、ワーグナーからの引用はほぼ消え去り、若き日の野望に燃えた音楽とは異なるものです。さて、今日の演奏ですが、ブルックナーの野性味がたっぷりと言いたいところですが、さにあらず、実に美しい演奏でした。インバルの見事な指揮がすべてですが、それにしても都響のアンサンブルの素晴らしさに驚嘆しました。弦は高弦はもとより、低弦まで美しいのは当然としても、木管だけでなく、金管が完璧に鳴ります。ともかく、トゥッティでもアンサンブルが美しく、まったくうるさくありません。第4楽章はブルックナー休止が多用されて、ブルックナーの多彩な響きがパッチワークのように織りなされますが、強い音響から弱い音響まで、どこをとっても素晴らしい響きが鳴ります。しかもブルックナー後期の交響曲とは異なる音楽表現の多彩さに魅了されます。そうそう、第2楽章の終盤のタンホイザーの巡礼の合唱のテーマが鳴り響くところは感動ものでした。どうして、これを第3稿で除いたのでしょう。どうやら、第1ヴァイオリンのシンコペーション音型の演奏が難し過ぎたためのようですが、今日の都響はコンマスの矢部達哉以下、見事に弾きこなしていました。もちろん、懸命に演奏していましたけどね。ここが聴けただけだけでも、今日、聴いた甲斐がありました。第1楽章も勇壮かつ抒情的な演奏がブルックナー休止で入れ替わりつつ、鳴り響きました。長大な楽章でしたが、素晴らしい演奏に集中できました。第2楽章のアダージョの美しい演奏は今日の白眉。第3楽章は力強いスケルツォが駆け抜けていきました。そして、第4楽章は第3稿で495小節に切り詰められましたが、今日の初稿版は764小節の長大で複雑な音楽で聴き応え十分で、ブルックナーの原点とも思えるような音楽を堪能しました。ともかく、ブルックナー休止が多用され、終盤には、第1楽章から第3楽章までのテーマを回想するというベートーヴェンの第9番もどきもあり、コーダの高潮に大変な感銘を覚えました。
コロナ禍で曲目が変更になりましたが、インバルはとっておきのブルックナーを繰り出してくれました。終演後、ホールは大変に盛り上がり、指揮者コールは2回。当然ですね。やはり、都響はインバルが一番似合います。
今日のプログラムは以下のとおりでした。
指揮:エリアフ・インバル
管弦楽:東京都交響楽団 コンサートマスター:矢部達哉
ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》より「前奏曲と愛の死」
《休憩》
ブルックナー:交響曲第3番 ニ短調 WAB103《ワーグナー》(ノヴァーク:1873年初稿版)
最後に予習について、まとめておきます。
ワーグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》より「前奏曲と愛の死」を予習したCDは以下です。
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィル、ビルギット・ニルソン 1959年11月 ウィーン、ゾフィエンザール ライヴ録音
うーん、何とも凄い音楽です。クナッパーツブッシュの指揮するウィーン・フィルも素晴らしいですが、《愛の死》のビルギット・ニルソンも聴き惚れます。
ブルックナーの交響曲第3番を予習したCDは以下です。
エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団 1982年 セッション録音
カール・ベーム指揮ウィーン・フィル 1970年 セッション録音
インバル盤は1873年ノヴァーク版第1稿による世界初録音。もう、40年ほど昔の演奏になるんですね。インバルの見事な指揮で美しい演奏です。
ベーム盤は1889年ノヴァーク版第3稿による録音。剛直そうでありながら、ウィーン・フィルの柔らかく美しい演奏が活きています。
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