今日はショスタコーヴィチ・シリーズの開始で第1番から第3番が演奏されます。彼らは初めてショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全曲に取り組むのだそうです。多分、これから3曲ずつ、5回のコンサートで第15番まで聴かせてくれるんでしょう。saraiはこれまで、アトリウム・カルテット、パシフィカ・カルテットで全曲チクルスを聴きましたが、いずれも素晴らしい演奏でした。ショスタコーヴィチの音楽はこの弦楽四重奏曲に限らず、交響曲でも多様な音楽表現が聴けます。ショスタコーヴィチの音楽の意味は様々な解釈がなされてきて、そのそれぞれが聴き手には面白く聴けます。どれが正解というのはないような気がします。クァルテット・エクセルシオのショスタコーヴィチ・シリーズも彼らの視点に基づく演奏になるのでしょう。しっかりと聴かせてもらいましょう。
今日の演奏ですが、緻密に練り上げられて、各声部のバランスがよくて、美しい表現でした。やはり、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は音楽的な解釈はともかくとして、このように美しい響きで聴きたいものです。そういう意味では素晴らしい演奏でした。どの曲の演奏もよかったのですが、第1番を聴いているときはこれは素晴らしいと思い、次の第2番は凄い大曲としてのさらなる素晴らしさ。しかし、やはり、今日の最高の演奏は第3番でした。とりわけ、第2楽章は精密極まりない演奏で固唾を飲みながら、聴き入りました。
簡単に各曲の演奏に触れておきましょう。
まず、第1番です。冒頭、第1楽章は音程の狂ったメロディーが響くような雰囲気を見事に表現しています。まるでハイドンのパロディーのようです。一転して、第2楽章は苦しくて遅々とした行進が描き出されていて、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲へのオマージュのように思えます。素晴らしい音楽表現です。いかにも習作めいた清新な感じがよく表出された演奏でした。
第2番はこってりとした大曲で大変、聴き応えがありました。序曲と題された第1楽章は対位法の醸し出す緊張感にあふれた演奏。第2楽章は第1ヴァイオリンがレシタティーボを模した一人舞台のような演奏を繰り広げます。saraiの趣味では、もっと突っ込んだ演奏が欲しかった感じが否めません。第3楽章のワルツは響きがよくて、攻撃的な雰囲気が表出されていて、盛り上がります。第4楽章の主題と変奏はヴィオラの提示する主題が美しく奏でられて、次々と各楽器で変奏されて、最後は主題がフラグメントに切り刻まれていくところまで、素晴らしい展開の演奏が続き、主題が回帰して終わります。何となく、この曲は全体に社会主義リアリズムの雰囲気があって、そこが良いとも悪いとも感じてしまいます。そういう解釈での演奏だったんでしょうか。
最後は第3番です。この作品も色んな表情を見せてくれます。第1楽章は屈託ない明るさに始まり、突如、高潮したり、沈んだりしながら、素晴らしい対位法の展開を聴かせてくれます。各声部が見事にこの2重フーガをバランスよく表現してくれました。第3楽章では攻撃的に激しく燃え上がります。スターリンを密かにパロディったとも言われています。第4楽章は第2次世界大戦の戦没者への葬送の音楽です。素晴らしい音楽表現で精緻な演奏を聴かせてくれました。最後の第5楽章では激しく燃焼した後、静かに曲を閉じます。やはり、第3番は名曲ですが、素晴らしい演奏で深く心に迫ってきました。
ということで、全曲演奏への上々のスタートでした。最後の第15番まで、何年もかかるのでしょうね。素晴らしく精緻な演奏が聴けそうです。
今日のプログラムは以下です。
弦楽四重奏:クァルテット・エクセルシオ
西野ゆか vn 北見春菜 vn 吉田有紀子 va 大友 肇 vc
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第1番 ハ長調 Op.49
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第2番 イ長調 Op.68
《休憩》
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第3番 ヘ長調 Op.73
《アンコール》
なし
最後に予習について触れておきます。
今回のショスタコーヴィチ・シリーズに際しては、きちんと全曲を聴いていない以下のCDを聴くことにしました。
エマーソン・カルテット 1994年、1998年、1999年 アスペン音楽祭 ライヴ録音
切れのいい演奏と素晴らしい響き。エマーソン・カルテットならでは完成度です。とてもライヴ録音とは信じられないレベルの高さです。なお、saraiのお気に入りの演奏はルビオ・カルテットのCDです。
↓ saraiのブログを応援してくれるかたはポチっとクリックしてsaraiを元気づけてね
いいね!