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静謐で深遠なドビュッシー、大野和士の渾身の音楽作りに感銘 《ペレアスとメリザンド》@新国立劇場 2022.7.13

新国オペラ、今年度の最後を飾る公演です。初めて、年間を通して、新国オペラのすべての公演を鑑賞したことになります。いずれも素晴らしい公演でした。オペラはヨーロッパで、あるいは海外のオペラハウスの来日引っ越し公演を見るものと決め込んでいました。これまで200回ほど鑑賞したオペラはほぼすべて、海外のオペラハウス。新国や藤原歌劇団は数回しか鑑賞していませんでした。が、コロナ禍で新国のオペラを見ることを余儀なくされて、またまた、己の不明を恥じるばかりです。超一流のスーパースターこそ出演しませんが、新国のオペラはヨーロッパのオペラハウスの上演にひけをとりません。手軽に聴ける分、聴く側のsaraiの緊張感、あるいはハレの気分が足りませんが、それは自分の問題。コロナ禍で海外遠征ができなくなって2年半。この1年は新国に10回以上、足を運び、オペラを満喫しました。それも高水準の内容で鑑賞できて、満足でした。来シーズンも10回の公演を楽しみます。もっとも、ウィーンでもいつかオペラを鑑賞したいですけどね。ウィーン国立歌劇場こそ、saraiのホームグラウンドです。

今日のドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》、出色の出来でした。特異な演出も凝りに凝った内容ですが、やはり、心に残ったのは、大野和士の知的で洗練されたアプローチによる音楽作り。これが東フィルとは信じられないレベルの静謐で深遠なオーケストラの響きを醸し出します。まるでパリのオペラ座でドビュッシーを聴いているような錯覚に陥ります。歌手もみな素晴らしい歌唱です。冒頭だけは、【メリザンド】役のカレン・ヴルシュのがさがさした声の響きにがっかりしましたが、彼女は奇跡的にピュアーな歌声に回復し、途中からは、最高の歌唱を聴かせてくれました。謎めいた女性の茫洋とした雰囲気でこのオペラを支配してくれます。か弱さを軸としつつも、セックス願望の人間的側面もある複雑な自己を素晴らしく表現していたと思います。第3幕第1場の《私の長い髪が降る》は短いながらもとても魅力的な歌唱にうっとりとしました。【ペレアス】役のベルナール・リヒターは第1声から素晴らしい声を聴かせてくれます。とてもよく響く声で恋する若い男の心情を歌い上げてくれます。それでいて、弱い内面を持つ男の気弱さも見事に表現してくれました。【ゴロー】役のロラン・ナウリはまず、その深い響きの声に魅了されます。そして、演技の見事さ。拡大した自我の最も人間臭い役ですが、まるで、性格俳優のような渋い演技にほれぼれとします。人間失格的な自己の崩壊も見事に演じ切ってくれました。【アルケル】役の妻屋秀和は日本人であることを忘れさせてくれるような素晴らしい歌唱。ある意味、儲け役的な役どころですが、感銘ある歌唱に聴き入りました。【ジュヌヴィエーヴ】役の浜田理恵、【イニョルド】役の九嶋香奈枝、【医師】役の河野鉄平もきっちり、脇を固める歌唱。
オーケストラの素晴らしい響きとそれに重なる歌手たちの見事な歌唱でドビュッシーの傑作オペラの本質を描き尽くしました。それにしても、ドビュッシーのこの天才ぶりは凄いですね。ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》で究極の愛が描かれましたが、ドビュッシーは現代の愛の不信という形で禁断の愛を描き出しました。ペレアスとメリザンドのピュアーな愛は熱さに欠けて、ひ弱なものです。むしろ、ゴローの強い愛の不信のほうがこのオペラの基調になっているように感じます。今回のケイティ・ミッチェルの演出は全体をメリザンドの夢とすることで完結させていますが、それはそれでメリザンドの存在感が強調されて、よいのですが、ゴローの存在感が弱まって、ゴローは救われるのかという大きなテーマが今一つ見えなくなっています。このオペラでは、神がいない時代に人がどう救われるのか。女の愛によって、救われるのは、ワーグナーの楽劇までで、ゴローのように、愛するメリザンドの愛を信じきれない人間は、決して、女の愛では救われない。現代の愛の不毛とも言うべきテーマです。結局、ゴローは救われない人間として、地獄の奈落の底に落ち込んでいくしかないという面が見えなくなったというのが最大の問題点です。もっとも、男性の視点ではそうですが、女性の視点では、この演出のようにメリザンドのマリッジ・ブルーを描き出すというのが男女平等社会の本道なのでしょうか。

いずれにせよ、このオペラは色々なことを考えさせる性格がありますね。ドビュッシーの現代性がそこにあるのでしょう。音楽的には、大野和士の知的な音楽作りがすべてと言えそうです。彼の美点が見事に結晶していました。


今日のキャストは以下です。

  クロード・アシル・ドビュッシー ペレアスとメリザンド

  【指 揮】大野和士
  【演 出】ケイティ・ミッチェル
  【美 術】リジー・クラッチャン
  【衣 裳】クロエ・ランフォード
  【照 明】ジェイムズ・ファーンコム
  【振 付】ジョセフ・アルフォード
  【演出補】ジル・リコ
  【舞台監督】髙橋尚史
  【合唱指揮】冨平恭平
  【合 唱】新国立劇場合唱団
  【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

  【ペレアス】ベルナール・リヒター
  【メリザンド】カレン・ヴルシュ
  【ゴロー】ロラン・ナウリ
  【アルケル】妻屋秀和
  【ジュヌヴィエーヴ】浜田理恵
  【イニョルド】九嶋香奈枝
  【医師】河野鉄平
  【メリザンドの分身(黙役)】安藤愛恵

最後に予習について、まとめておきます。

以下のヴィデオを見ました。

 エクサン・プロバンス音楽祭2016
  ペレアス:ステファヌ・ドゥグー
  メリザンド:バーバラ・ハンニガン
  ゴロー:ローラン・ナウリ
  アルケル:フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ
  ジュヌヴィエーヴ:シルヴィ・ブルネ=グルッポーソ
  イニョルド:クロエ・ブリオ
  医師:トーマス・ディアー
  メリザンドの分身(黙役):ミア・シール・ヘイヴ
  召使(黙役):サラ・ノースグレイヴズ、サーシャ・プレージュ

  指揮:エサ・ペッカ・サロネン
  管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団
  合唱:ケープタウン歌劇場合唱団

  演出:ケイティ・ミッチェル
  制作:マーティン・クリンプ
  装置:リジー・クラチャン
  衣裳:クロエ・ラムフォード
  照明:ジェイムズ・ファーンコム
  振付:ジョゼフ・W・オルフォード

  収録:2016年7月7日 プロバンス大劇場(フランス)

NHKのBSプレミアムで以前、録画していたものを思い出して、視聴。今回の新国の上演のさきがけになるもので、もちろん、まったくと言って、同じプロダクションです。かなり、大胆な演出に度肝を抜かれましたが、ドビュッシーの傑作オペラを見事に上演したものです。サロネンが素晴らしいですね。もっとオペラをやればいいのにね。



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金婚式、おめでとうございます!!!
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10/07 08:57 堀内えり

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じじいさん、コメントありがとうございます。saraiです。
思えば、もう10年前のコンサートです。
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07/08 18:59 sarai

CDでしか聴いてはいません。
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クルト。ザンデルリング、ヴァント、ハイティンク
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07/08 15:53 じじい@

saraiです。
久々のコメント、ありがとうございます。
哀愁のヨーロッパ、懐かしく思い出してもらえたようで、記事の書き甲斐がありました。マイセンはやはりカップは高く

06/18 12:46 sarai

私も18年前にドレスデンでバームクーヘン食べました。マイセンではB級品でもコーヒー茶碗1客日本円で5万円程して庶民には高くて買えなかったですよ。奥様はもしかして◯良女

06/18 08:33 五十棲郁子

 ≪…明恵上人…≫の、仏眼仏母(ぶつげんぶつも)から、百人一首の本歌取りで数の言葉ヒフミヨ(1234)に、華厳の精神を・・・

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