連日、長時間のコンサートが続きます。今日はメシアンのピアノ独奏曲の大作、鳥のカタログの全曲です。全曲で150分ほどかかります。2回の休憩を入れて、コンサート時間が3時間半。一昨日のアンドラーシュ・シフのコンサートと同じ時間の超ロングコンサートです。ただし、今日は休日なので、コンサート開始時間が3時。終わったのは6時半。ワーグナーの楽劇に比べると、楽勝ですね。ちなみにバイロイト音楽祭での楽劇《トリスタンとイゾルデ》は2回の休憩時間を入れて、6時間でした。楽劇《パルジファル》はこれよりもさらに長い時間でした。
今日のメシアンの鳥のカタログはメシアンが実際にフランス各地を歩いて、鳥とその生きる自然を取材して、ピアノ曲にしたものです。全13曲、ヨーロッパの鳥、日本ではあまり見ない鳥を主題にしています。実際に登場する鳥たちは13種類ではなく、もっと多くの鳥たちが登場します。まず、この曲を聴きながら、saraiが思ったのはこの音楽自体ではなく、2つの事柄を想起しました。
まずはピアノという楽器のあまりの可能性の高さです。ピアノは常々、人類が作り出した実に精緻で恐るべきマシンだと思っています。今日のステージに置かれたスタインウェイのフルコンサートグランドピアノの巨大で黒光りする存在感の凄さといったら驚異的です。平均律に調律した繊細極まるマシンは演奏前、休憩中にも調律が欠かせません。常に手入れすることでその機能を発揮します。メシアンはこのピアノを使って、鳥や自然を表現するという大胆な挑戦をしました。ピアノの表現力のさらなる開拓がなされたことに驚かされました。鳥や自然を音楽と言うフィルターを通して表現する上でピアノほど適したものはなかったでしょう。ピアノの多彩な響きを聴いているだけでも実に満足できるコンサートでした。(余計なことですが、我が家の防音室の中心にもYAMAHAのグランドピアノが鎮座しています。20年以上も調律していないため、無用の長物となりはてていますが、部屋の半分ほども占める存在感だけはやはり、凄い!)
もうひとつは、この曲の成り立ちです。鳥や自然という観察対象とそれを見ていた観察者(メシアン)、そして、観察者メシアンが再創造した鳥や自然を表現する音楽を演奏する表現者(ピエール=ロラン・エマール)、その演奏するピアノ音楽を受容する聴衆としてのsarai。元々は鳥や自然という現実に存在する客体があったわけですが、作曲家、ピアニストの手を経て、聴き手のsaraiが耳で聴き取ったイメージを心の中で再創造するわけです。saraiは実際の鳥や自然を見ていないわけですから、心の中のイメージはメシアンが実際に見たものとは異なる心象風景になるわけです。さらに言えば、実のところ、具体的なイメージさえ浮かび上がるわけはないんです。ただ、saraiが心の中で勝手に想像し、創造するしかないんです。しかし、この4者はすべて造物主(神?)が作り上げたものにほかならないわけで、造物主という超自然的な存在を共通的な拠り所にすれば、saraiの思い描く心象風景もあながち、的を外したものではないかもしれません。今日、オペラシティに集まった聴衆の各々が心に描いた心象風景はすべて異なるにしても、なにかしらの共通の核はあるかもしれないとあらぬ想像を思ってしまいます。そんなとりとめのない思いが錯綜しながら、このメシアンの奇跡的な作品に聴き入っていました。
実は上記のような妙な思いには駆られたものの、今日配布されたプログラムの懇切丁寧で素晴らしい解説に曲でイメージするべき内容が書き込まれていたので、意外に聴衆はある一定の心象風景を思い描けたのではないでしょうか。解説を書かれた藤田茂氏の労苦には感謝するのみです。全13曲の鳥と自然背景の概要がつまびらかにしてありました。
ピエール=ロラン・エマールは明晰でかつ、ダイナミックなタッチでこの難曲を見事に弾きこなしていきます。自然風景の描写はスケール感のある壮大な演奏、鳥の鳴き声や飛び回る様は高域を中心とした超絶技巧の演奏。時折、低域の鍵盤を物凄い音量で叩きつけるように演奏します。頑強なピアノが壊れるほどの強靭なタッチです。
第1曲のキバシガラスから、エマールの真摯極まりない演奏が続きます。アルプスの風景が主に描き出されます。キバシガラスの叫び声が印象的に響きます。
第2曲のニシコウライウグイスは表題のニシコウライウグイスの美しい声が素晴らしいタッチで弾かれます。庭園のゆったりした雰囲気も素晴らしいです。
第3曲のイソヒヨドリは雄大な海の波が激しく表現されます。そして、中盤以降に登場するメシアンの旋法で南仏の地中海の海の青が美しく響いてきます。青紫(第2旋法第1転回形)、青と緑(第3旋法第3転回形)など、うっとりと聴き入ります。
第4曲のカオグロサバクヒタキはヴェルメイユ海岸に面したワイン畑を舞台に骨太のごつごつした鳥の歌が印象的です。
第5曲のモリフクロウは漆黒の闇の夜のおどろおどろさが前面に表現されて、フクロウの叫びは恐ろしいものです。
第6曲のモリヒバリはモリヒバリのル・ル・ルの美しい鳴き声が表現されます。美しいピアノの響きです。
ここで1回目の休憩。
休憩後、長大な第7曲のヨーロッパヨシキリが圧巻の演奏です。休憩のお陰でsaraiの集中力も高まり、午前0時から翌朝午前3時までの沼沢池のほとりの様子が語られる素晴らしい演奏に魅了されます。この作品の頂点と言えるでしょう。最後のヨシキリの美しく技巧的な鳴き声はピエール=ロラン・エマールの入魂の演奏でした。それにしても、こんなに難しい曲をよく弾きこなせるものだと呆れるほどです。さすがにピエール=ロラン・エマールは12歳でこの曲の初演者にして、メシアンの2番目の妻、イヴォンヌ・ロリオのクラスにはいっていただけあって、メシアンの最高のスペシャリストですね。
ここで2回目の休憩。
休憩後、第8曲から第13曲は詳細は省きますが、ピエール=ロラン・エマールの演奏はさらに冴え渡り、saraiはメシアンの世界に没入することができました。いやはや、凄い演奏でした。ピエール=ロラン・エマールの最後まで緊張感を持続した演奏は一期一会とも思える素晴らしさ。まさにメシアンの伝道者のようです。メシアンが描き尽くした鳥とその生息地の豊かな自然をsaraiの心の中に投影してくれました。
今日のプログラムは以下です。
ピエール=ロラン・エマール ピアノリサイタル
メシアン:鳥のカタログ Catalogue d'oiseaux(全曲)
【第1巻】
1. キバシガラス(黄嘴烏、Le Chocard des Alpes)
2. ニシコウライウグイス(Le Loriot)
3. イソヒヨドリ(磯鵯、Le Merle bleu)
【第2巻】
4. カオグロサバクヒタキ(Le Traquet Stapazin)
【第3巻】
5. モリフクロウ(La Chouette hulotte)
6. モリヒバリ(L'Alouette lulu)
《休憩》
【第4巻】
7. ヨーロッパヨシキリ(La Rousserolle effarvatte)
《休憩》
【第5巻】
8.ニシヒメコウテンシ(姫告天子、 L'Alouette calandrelle)
9. ヨーロッパウグイス(La Bouscarle)
【第6巻】
10. コシジロイソヒヨドリ(Le Merle de roche)
【第7巻】
11. ヨーロッパノスリ(鵟、La Buse variable)
12. クロサバクヒタキ(Le Traquet rieur)
13. ダイシャクシギ(大杓鷸、Le Courlis cendré)
最後に予習について、まとめておきます。
メシアンの鳥のカタログ、全曲は以下のCDを聴きました。
ピエール=ロラン・エマール 2017年8月 ナレーパシュトラッセ・ベルリン・フンクハウス・ザール1 セッション録音
もちろん、ピエール=ロラン・エマールが2017年に録音した3枚のCDを聴きました。録音も演奏も最高です。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽