今日のリサイタルも一昨日のリサイタルに続き、事前に演奏曲目を発表しない覆面コンサート。演奏時にステージでレクチャーしながら、曲目を明かしていきます。今日も超ロングのコンサートになりました。
今日も
シフ教授の講義を聴きながらのピアノ演奏になります。
シフが英語で講義した内容を若い男性ピアニストが通訳する形です。それだけでも長いコンサートになります。おおよその内容は誰にでも分かるものになり、冗長になるのは致し方ありません。音楽の啓蒙も目的のひとつです。
まず、冒頭はレクチャー抜きで演奏が始まります。バッハの作品です。一昨日のアンコールで弾いたゴルトベルク変奏曲のアリアです。前回からの連続性のあるリサイタルになる模様です。それはもう美しさの限りを尽くした演奏です。鍵盤を弾くタッチは軽く触れているだけの繊細なもので、それでよく響くのですから、特別に調律されたベーゼンドルファーであることが分かります。わざわざ、ドイツからマーティン・ヘンという調律師を同道しています。演奏後、レクチャーが始まり、ゴルトベルク変奏曲全曲は弾きませんとわざわざことわって、場内をわかせます。saraiとしては、今日はゴルトベルク変奏曲全曲だけでも一向に構わないというか、むしろ、そうしてほしいと願わざるをえません。一度でいいから、
シフの演奏でゴルトベルク変奏曲全曲を聴くのが夢です。
次は詳しいレクチャーの後、バッハのフランス組曲第5番です。実はゴルトベルク変奏曲のアリアを聴きながら、どうせ、ゴルトベルク変奏曲全曲は弾かないだろうから、せめて、フランス組曲を弾いてくれないかなと心の中で願っていました。
シフのフランス組曲は絶品ですからね。実はこのフランス組曲はsaraiには思い出の曲なんです。初めてアンドラーシュ・
シフの演奏をCDで聴いたのは、友人が是非聴いてほしいとフランス組曲のCDを貸してくれたときでした。それまではバッハの鍵盤音楽のピアノ演奏と言えば、グレン・グールド、そして、クラウディオ・アラウのファイナル・セッションのパルティータ4曲、それにマルタ・アルゲリッチの若い時のバッハ・アルバムだけを聴いていました。アンドラーシュ・
シフのフランス組曲のアルバムを聴いて、いっぺんに魅了されました。すぐにパルティータのCDも購入し、聴いてみましたが、これは今一つ。後年、パルティータは新録音のアルバムが出て、大変満足していますけどね。そういうわけで、シフのバッハ演奏の原点はこのフランス組曲だと思っています。もっとも昨年もこのフランス組曲第5番を演奏してくれましたが、何度聴いてもよいものです。ともかく、最高に素晴らしい演奏でした。
続けて、モーツァルトのアイネ・クライネ・ジーグ K.574という珍しい曲も弾いてくれます。これも昨年と同様です。シフの解説の通り、まるで12音技法のセリーのような主題で始まりますが、曲としてはバッハ風のモーツァルトにちゃんとなっているのが不思議です。シフの演奏は贅沢過ぎるほどの美しさです。
次は何故か、ぽーんと時代が飛んで、ブラームスのインテルメッツォです。ブラームスの晩年の作品はsaraiが最も愛するピアノ曲のひとつです。コロナ禍で次々とコンサートが中止になる2020年、シフが強行来日して聴かせてくれたのがブラームスの晩年の孤高の作品群でした。それは期待以上に素晴らしい演奏だったことをまざまざと覚えています。
Op.117の3つの間奏曲のうっとりとするような演奏をシフの美しいピアノの響きで聴き、そして、さらに名作、Op.118の6つの小品から、第2曲。圧倒的に素晴らしい演奏です。とりわけ、中間部のファンタジーに満ちた魅惑の演奏に心がときめきます。最後はまた、最初の美しい間奏曲に戻り、静謐に終わります。何て素晴らしい演奏なんでしょう。この有名なOp.118-2を付け加えたのはアンコールの先取りみたいなものです。実際、2020年はアンコールで弾いてくれました。
前半の最後はシューマンのダヴィッド同盟舞曲集。これは長々としたレクチャーがあります。例のシューマンの中にいるフロレスタンとオイゼビウスうんぬんという話です。そして、ようやく、演奏・・・シフの弾くシューマンもいいですねー! 瑞々しくて、ロマンティックなシューマン・ワールドを満喫します。まさに心の琴線にふれる風情の演奏でした。シフは人が変わったように若々しい演奏を聴かせてくれました。saraiもこういうシューマンを聴くと、心だけは青年時代に戻ったような気になります。猛烈にシューマンのピアノ曲をこのほかにも聴きたくなりました。シューマンのピアノ曲はシューマンだけにしかない魅力に満ちています。幻想曲やクライスレリアーナといった超有名曲だけでなく、まだ、聴き足りてないピアノ曲をいっぱい聴きたくなりました。
もう、この前半だけで普通のコンサートの1回分を聴いた思いです。実際、5時に始まったコンサートはもう、6時半をゆうに過ぎています。今日も長くなりそうです。
後半のレクチャーが始まります。後半は3人の作曲家のニ短調の作品を弾くそうです。
まずは当然、バッハです。半音階的幻想曲とフーガです。幻想曲、すなわち、ファンタジーの素晴らしい演奏に魅了されます。幽玄な演奏がどこまでも続き、さすがに長いなと思ったところで、フーガが始まります。フーガ主題も半音階進行の旋律でゆったりしたフーガが波及するように連なっていきます。これは最高に素晴らしいフーガです。シフの演奏に魅惑されます。フーガはどこまで続いても長いなとは思いません。と思っていると、突然、フーガが終了。何とも素晴らしい演奏でした。シフの弾くバッハのフーガは絶品です。
次はメンデルスゾーンの厳格な変奏曲を弾くそうです。これには虚を突かれた思い。多分、シフの演奏を聴くのは初めてですし、あまり、聴かない曲です。まずはレクチャーでもメンデルスゾーンの不当な低い評価、それもドイツでの評価の話になり、リヒャルト・ワーグナー批判が延々と続きます。ユダヤ人差別の話です。まあ、それはともかく、メンデルスゾーンの演奏は素晴らしいの一語です。何とも素晴らしいベーゼンドルファーの素晴らしい響きでした。
最後は、ベートーヴェンのテンペストを聴かせてくれるそうです。ええっ、テンペストと嬉しくなります。saraiは無類のテンペスト好きです。シフによると、バッハの半音階ファンタジーとテンペストの冒頭のレシタティーヴォが類似していて、ベートーヴェンはバッハから影響を受けたそうです。もちろん、シェークスピアのテンペストからインスピレーションを受けた作品です。シフによると、この曲は各楽章ともピアノッシモで始まり、ピアノッシモで終わる静謐な作品だそうです。そうでしたっけ・・・。
まず、「テンペスト」の冒頭のレシタティーヴォが始まります。たしかにバッハの半音階ファンタジーとの関連を感じます。でも、すぐにベートーヴェンの決然とした世界に変わっていきます。いやはや、シフの弾くベートーヴェンの音の響きの素晴らしいこと。音楽も演奏も最高です。第2楽章のアダージョに入ります。何とも美しい歌が聴こえてきます。第2主題の気高い歌が歌われるところで、合いの手のように、低音域で不気味な響き。不安感をかきたてます。これって、シューベルトの遺作ソナタD960の第1楽章のトリルの雷鳴を想起します。終盤では、ひとつ間違えれば、そのまま、第31番のソナタの嘆きの歌に入っていきそうな気配さえ感じます。中期のソナタはもうすぐ先に後期のソナタの影が見えていたんですね。実に深く味わいのある演奏でした。そして、第3楽章に入ります。まるでソット・ヴォーチェのようにあの有名な第1主題が静謐に、そして、何とも優し気に弾かれます。ここでsaraiの心は崩壊します。じっと目をつむり、そのまるでコラールのように心の襞をいたわってくれるような、タラララ、タラララ、タラララ・・・という主題が反芻されるのを静かな感動で聴き入ります。シフの演奏はこの曲の真髄を見事に表現してくれました。提示部の繰り返しで再び、第1主題のタラララ、タラララ、タラララ・・・が戻ってきます。こんなに優しい表現でこの旋律が弾かれたことがあったでしょうか。展開部でも第1主題が徹底的に展開されて、再現部でも、またも、タラララ、タラララ、タラララ・・・。もう、saraiの心は総崩れ。そして、コーダでは、第1主題が高域に移されて、天上のような響きに舞い上がります。もう、感動で嗚咽するばかりです。
最高のベートーヴェンでした。
今日も長大なリサイタルになりました。しかし、アンコールは欠かせないのがシフです。定番の3曲を弾いて、お開き。
今日は最初から覚悟していたので、さほど、疲れず、素晴らしかったリサイタルの余韻にふけりました。また、来年も聴けるかな・・・
今日のプログラムは以下です。
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988から アリア
J.S.バッハ:フランス組曲第5番 ト長調 BWV816
モーツァルト:アイネ・クライネ・ジーグ K.574
ブラームス:3つのインテルメッツォ Op.117
インテルメッツォ イ長調 Op.118-2
シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集 Op.6
《休憩》
J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調BWV903
メンデルスゾーン:厳格な変奏曲 ニ短調 Op.54
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 Op.31-2 「テンペスト」
《アンコール》
J.S.バッハ:イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971から 第1楽章
モーツァルト:ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545から 第1楽章
シューマン:「子供のためのアルバム」Op.68から 楽しき農夫
予習はプログラムが未発表だったので、もちろん、できませんでした。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽