今日のモーツァルトは弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K575《プロシア王第1番》。今回はハイドンセットの2曲を演奏してくれました。それも見事な演奏でした。実はこのトッパンホールで以前、モーツァルト・チクルスで彼らはハイドンセット以降の10曲を披露してくれました。その折、都合でハイドンセットの最初の3曲だけは聴き逃がしていましたが、今回、そのうちの2曲を演奏してくれて、saraiにはまたとないプレゼントになりました。今夜の第21番はプロシア王セット3曲の1曲目。これは既にモーツァルト・チクルスで聴いた曲ですが、今夜の演奏はまさに“精妙”の極み。モーツァルトの室内楽の最高の演奏を聴かせてもらいました。モーツァルトの音楽を愉悦する特別のものがそこにあったとしか表現できません。あまりに集中して聴いていたので、もう、どこがどうだったというよりもすべてが心に響いたとしか言えません。音楽って、そんなものでしょう?
ラヴェル、ドビュッシーというフランスものに続き、今夜は何とウェーベルンの弦楽四重奏のための緩徐楽章です。この曲を選択した意図はこの後に演奏するベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番の第5楽章、カヴァティーナを睨んでのことでしょう。今夜聴いて思ったのは、ウェーベルンもカヴァティーナに触発されて、若き日にこのメロー過ぎるとも思える作品を作曲したのではないかということです。マーラーの交響曲の緩徐楽章もきっとベートーヴェンのカヴァティーナに思いを凝らして作曲したのではないかと思います。そんなことをつらつら考えながら、ハーゲン・クァルテットの見事な演奏に魅了されました。エマーソン・カルテットと優劣付けがたい素晴らしい演奏でした。
ここで休憩。
最後はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130+大フーガ 変ロ長調 Op.13。西洋音楽の最高峰とも言えるベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の中でも、この第13番と第14番、第15番は特別な作品です。saraiは昔、第15番を一番好んで聴いていました。ブダペスト弦楽四重奏団の名演があったからです。その後、ブッシュ四重奏団の第14番を聴いてからは、第14番が一番の好みになりました。そして、ハーゲン・クァルテットの大フーガ付きの第13番を聴いてからは、第13番が一番の好みです。無論、終楽章が大フーガでない演奏では、第14番に好みを譲ります。ハーゲン・クァルテットもベートーヴェンの後期四重奏曲では、この大フーガ付きの第13番に最高の席を与えているようです。以前、このトッパンホールでベートーヴェン全曲チクルスの演奏を行ったときもラストに演奏したのは第14番ではなく、この大フーガ付きの第13番でした。それは衝撃の演奏でした。今回の第3夜のラストをこの曲で〆るのは、彼らの並々ならぬ思いがあるのでしょう。実際、凄い演奏でした。まず、第1楽章の凄さ。普通は内省的なパートと決意に満ちたパートが交錯するという演奏でしょうが、そんな単純な演奏ではありません。内省的な演奏に連続して、思いのたけを吐露するような決意を表現しながら、しまいには、どちらも融合していくという素晴らしい演奏です。この演奏にまず、驚嘆しました。そして、短い第2楽章もチャーミング極まります。第3楽章は実に幽玄な演奏で魅惑されます。第4楽章はまたまたチャーミング。ここまでの演奏は完璧で最高。言葉もないほどです。この楽章が終わったところで、ルーカスが深呼吸。そして、メンバーも調弦しながら、一息つきます。そして、遂に第5楽章のカヴァティーナ。その優しく、悲しい旋律に心を打たれ、息もできないほどです。この素晴らしいカヴァティーナの後には、いつものフィナーレではなく、大フーガ。そう、それしかないでしょう。このカヴァティーナの後をあっさりとしたフィナーレで閉じてはいけません。ベートーヴェンが最初に意図した通りの大フーガこそ、ふさわしい音楽です。強烈な嵐が襲ってきます。当時としては革命的であったであろう不協和音の激しい嵐です。不協和音が収まっても、嵐が静まることはありません。凄絶な精神の叫びが響き渡ります。もう、これは音楽という枠で捉えられない人間の原初的な精神の昇華です。厳密なソナタ形式を確立したベートーヴェン自身が、芸術の根本に立ち返って、音楽の規則や形式から自由を獲得して、自らの内面をさらけだしたものです。それをハーゲン・カルテットが芸術の使徒として、我々、聴衆に提示してくれます。この精神の嵐に対して、saraiはもう無防備に立ち尽くすだけ。それ以上、何ができるでしょう。ベートーヴェンの魂がハーゲン・カルテットの魂を通して、saraiの魂に流れ込んできます。魂の一体化、芸術の神髄ですね。ハーゲン・クァルテットの超絶的な演奏に圧倒されつつも根源的な意味で共感しました。
無論、アンコールはなし。出来る筈もありません。何を弾いても野暮になります。
素晴らしい一夜になりました。明日への元気と勇気をもらって、杖を突きつつも足取りが軽くなって、秋の夜の中、帰途につきました。音楽のチカラはかくもありしかという思いです。
今日のプログラムは以下のとおりでした。
〈ハーゲン プロジェクト 2023〉ハーゲン・クァルテット 第3夜
ハーゲン・クァルテット Hagen Quartett
ルーカス・ハーゲン Lukas Hagen (ヴァイオリン)
ライナー・シュミット Rainer Schmidt (ヴァイオリン)
ヴェロニカ・ハーゲンVeronika Hagen (ヴィオラ)
クレメンス・ハーゲン Clemens Hagen (チェロ)
モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K575《プロシア王第1番》
ウェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章
《休憩》
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130+大フーガ 変ロ長調 Op.133
《アンコール》なし
最後に予習したCDですが、もちろん、ハーゲン・クァルテットのCDを軸に聴きました。
モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K575《プロシア王第1番》
ハーゲン・カルテット 1989~2004年 セッション録音
ウェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章
エマーソン・カルテット 1992年10月 ニューヨーク州立大学パーチェス校、パフォーミングアーツセンター セッション録音
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130+大フーガ 変ロ長調 Op.133
ハーゲン・カルテット 2001年12月 モンドゼー、オーストリア セッション録音
ハーゲンのモーツァルトは実に端正なスタイルの演奏です。この全集は少し録音が古くなったのが残念です。再録音が望まれます。
ウェーベルンのこの作品はハーゲン・カルテットの録音が見当たりません。で、こういうロマンティックな曲を演奏させると、エマーソン・カルテットの美しい響きと最高のテクニックが光ります。手元に置いておきたい一枚です。
ベートーヴェンはハーゲン・クァルテットの最高の演奏。無論、終楽章には大フーガを置いています。
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