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明日への元気と勇気を与えてくれた至高のベートーヴェンは、美を極めたカヴァティーナ、芸術の最高峰を成す大フーガ ハーゲン・クァルテットの第3夜@トッパンホール 2023.11.2

今年のハーゲン・クァルテットの〈ハーゲン プロジェクト 2023〉、3夜連続のハーゲン・クァルテットのコンサート・シリーズの第3夜です。期待通り、いや、それ以上の極上の演奏を聴かせてくれました。第1夜、第2夜とどんどん演奏の質が上がり、今夜は弦楽四重奏のこれ以上はないというアンサンブルの極み、音楽の最高のアプローチに達しました。1音、1音、頭に刻み付けるようにsaraiもこの3日間で最高の集中力を持って、彼らの演奏に対峙しました。ハーゲン・クァルテットの演奏を一言で表現するとしたら、“精妙”という言葉が頭に浮かびます。この“精妙”がどこから来るのかと言えば、無論、家族で結成したクァルテットの長年に渡る鍛錬と努力でしょうが、その結果として、第1ヴァイオリンのルーカス・ハーゲンの美しい弦の響きを基本に、驚くほど、他のメンバーの弦の響きの同質性が感じられます。目をつぶって聴いていると、ヴィオラのヴェロニカの響きがルーカスの響きと区別がつかないほどです。弦のこすりかたやヴィブラートのかけかたがまったく同じに思えます。これが最高のアンサンブルを産んでいると今夜、実感しました。

今日のモーツァルトは弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K575《プロシア王第1番》。今回はハイドンセットの2曲を演奏してくれました。それも見事な演奏でした。実はこのトッパンホールで以前、モーツァルト・チクルスで彼らはハイドンセット以降の10曲を披露してくれました。その折、都合でハイドンセットの最初の3曲だけは聴き逃がしていましたが、今回、そのうちの2曲を演奏してくれて、saraiにはまたとないプレゼントになりました。今夜の第21番はプロシア王セット3曲の1曲目。これは既にモーツァルト・チクルスで聴いた曲ですが、今夜の演奏はまさに“精妙”の極み。モーツァルトの室内楽の最高の演奏を聴かせてもらいました。モーツァルトの音楽を愉悦する特別のものがそこにあったとしか表現できません。あまりに集中して聴いていたので、もう、どこがどうだったというよりもすべてが心に響いたとしか言えません。音楽って、そんなものでしょう?

ラヴェル、ドビュッシーというフランスものに続き、今夜は何とウェーベルンの弦楽四重奏のための緩徐楽章です。この曲を選択した意図はこの後に演奏するベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番の第5楽章、カヴァティーナを睨んでのことでしょう。今夜聴いて思ったのは、ウェーベルンもカヴァティーナに触発されて、若き日にこのメロー過ぎるとも思える作品を作曲したのではないかということです。マーラーの交響曲の緩徐楽章もきっとベートーヴェンのカヴァティーナに思いを凝らして作曲したのではないかと思います。そんなことをつらつら考えながら、ハーゲン・クァルテットの見事な演奏に魅了されました。エマーソン・カルテットと優劣付けがたい素晴らしい演奏でした。

ここで休憩。

最後はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130+大フーガ 変ロ長調 Op.13。西洋音楽の最高峰とも言えるベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の中でも、この第13番と第14番、第15番は特別な作品です。saraiは昔、第15番を一番好んで聴いていました。ブダペスト弦楽四重奏団の名演があったからです。その後、ブッシュ四重奏団の第14番を聴いてからは、第14番が一番の好みになりました。そして、ハーゲン・クァルテットの大フーガ付きの第13番を聴いてからは、第13番が一番の好みです。無論、終楽章が大フーガでない演奏では、第14番に好みを譲ります。ハーゲン・クァルテットもベートーヴェンの後期四重奏曲では、この大フーガ付きの第13番に最高の席を与えているようです。以前、このトッパンホールでベートーヴェン全曲チクルスの演奏を行ったときもラストに演奏したのは第14番ではなく、この大フーガ付きの第13番でした。それは衝撃の演奏でした。今回の第3夜のラストをこの曲で〆るのは、彼らの並々ならぬ思いがあるのでしょう。実際、凄い演奏でした。まず、第1楽章の凄さ。普通は内省的なパートと決意に満ちたパートが交錯するという演奏でしょうが、そんな単純な演奏ではありません。内省的な演奏に連続して、思いのたけを吐露するような決意を表現しながら、しまいには、どちらも融合していくという素晴らしい演奏です。この演奏にまず、驚嘆しました。そして、短い第2楽章もチャーミング極まります。第3楽章は実に幽玄な演奏で魅惑されます。第4楽章はまたまたチャーミング。ここまでの演奏は完璧で最高。言葉もないほどです。この楽章が終わったところで、ルーカスが深呼吸。そして、メンバーも調弦しながら、一息つきます。そして、遂に第5楽章のカヴァティーナ。その優しく、悲しい旋律に心を打たれ、息もできないほどです。この素晴らしいカヴァティーナの後には、いつものフィナーレではなく、大フーガ。そう、それしかないでしょう。このカヴァティーナの後をあっさりとしたフィナーレで閉じてはいけません。ベートーヴェンが最初に意図した通りの大フーガこそ、ふさわしい音楽です。強烈な嵐が襲ってきます。当時としては革命的であったであろう不協和音の激しい嵐です。不協和音が収まっても、嵐が静まることはありません。凄絶な精神の叫びが響き渡ります。もう、これは音楽という枠で捉えられない人間の原初的な精神の昇華です。厳密なソナタ形式を確立したベートーヴェン自身が、芸術の根本に立ち返って、音楽の規則や形式から自由を獲得して、自らの内面をさらけだしたものです。それをハーゲン・カルテットが芸術の使徒として、我々、聴衆に提示してくれます。この精神の嵐に対して、saraiはもう無防備に立ち尽くすだけ。それ以上、何ができるでしょう。ベートーヴェンの魂がハーゲン・カルテットの魂を通して、saraiの魂に流れ込んできます。魂の一体化、芸術の神髄ですね。ハーゲン・クァルテットの超絶的な演奏に圧倒されつつも根源的な意味で共感しました。

無論、アンコールはなし。出来る筈もありません。何を弾いても野暮になります。

素晴らしい一夜になりました。明日への元気と勇気をもらって、杖を突きつつも足取りが軽くなって、秋の夜の中、帰途につきました。音楽のチカラはかくもありしかという思いです。


今日のプログラムは以下のとおりでした。

 〈ハーゲン プロジェクト 2023〉ハーゲン・クァルテット 第3夜

ハーゲン・クァルテット Hagen Quartett
    ルーカス・ハーゲン Lukas Hagen (ヴァイオリン)
    ライナー・シュミット Rainer Schmidt (ヴァイオリン)
    ヴェロニカ・ハーゲンVeronika Hagen (ヴィオラ)
    クレメンス・ハーゲン Clemens Hagen (チェロ)

  モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K575《プロシア王第1番》
  ウェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章

   《休憩》

  ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130+大フーガ 変ロ長調 Op.133

   《アンコール》なし


最後に予習したCDですが、もちろん、ハーゲン・クァルテットのCDを軸に聴きました。


 モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K575《プロシア王第1番》
  ハーゲン・カルテット 1989~2004年 セッション録音

 ウェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章
  エマーソン・カルテット 1992年10月  ニューヨーク州立大学パーチェス校、パフォーミングアーツセンター セッション録音

 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130+大フーガ 変ロ長調 Op.133
  ハーゲン・カルテット 2001年12月 モンドゼー、オーストリア セッション録音

ハーゲンのモーツァルトは実に端正なスタイルの演奏です。この全集は少し録音が古くなったのが残念です。再録音が望まれます。
ウェーベルンのこの作品はハーゲン・カルテットの録音が見当たりません。で、こういうロマンティックな曲を演奏させると、エマーソン・カルテットの美しい響きと最高のテクニックが光ります。手元に置いておきたい一枚です。
ベートーヴェンはハーゲン・クァルテットの最高の演奏。無論、終楽章には大フーガを置いています。



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首都圏の様々なジャンルのクラシックコンサート、オペラの感動をレポートします。在京オケ・海外オケ、室内楽、ピアノ、古楽、声楽、オペラ。バロックから現代まで、幅広く、深く、クラシック音楽の真髄を堪能します。
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金婚式、おめでとうございます!!!
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10/07 08:57 堀内えり

 ≪…長調のいきいきとした溌剌さ、短調の抒情性、バッハの音楽の奥深さ…≫を、長調と短調の振り子時計の割り振り」による十進法と音楽の1オクターブの12等分の割り付けに

08/04 21:31 G線上のアリア

じじいさん、コメントありがとうございます。saraiです。
思えば、もう10年前のコンサートです。
これがsaraiの聴いたハイティンク最高のコンサートでした。
その後、ザル

07/08 18:59 sarai

CDでしか聴いてはいません。
公演では小沢、ショルティだけ

ベーム、ケルテス、ショルティ、クーベリック、
クルト。ザンデルリング、ヴァント、ハイティンク
、チェリブ

07/08 15:53 じじい@

saraiです。
久々のコメント、ありがとうございます。
哀愁のヨーロッパ、懐かしく思い出してもらえたようで、記事の書き甲斐がありました。マイセンはやはりカップは高く

06/18 12:46 sarai

私も18年前にドレスデンでバームクーヘン食べました。マイセンではB級品でもコーヒー茶碗1客日本円で5万円程して庶民には高くて買えなかったですよ。奥様はもしかして◯良女

06/18 08:33 五十棲郁子

 ≪…明恵上人…≫の、仏眼仏母(ぶつげんぶつも)から、百人一首の本歌取りで数の言葉ヒフミヨ(1234)に、華厳の精神を・・・

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