変容と賛美:ヒラリー・ハーン:シベリウス_ヴァイオリン協奏曲&ネルソンス@東京オペラシティ 2013.11.18
ヒラリー・ハーンの弾くシベリウスのヴァイオリン協奏曲を聴くのは、これで2度目。ちょうど、5年前に聴きました。そのときとは、ずい分、演奏スタイルが変わりました。ヒラリー・ハーンはその5年前の頃にCDを出していますから、現在との違いが明確です。5年前の実演はCDの演奏と同じスタイルでさらに精度を上げた演奏でした。
今回彼女のヴァイオリンを聴いて、最近の彼女の変化が顕著なことに驚かされます。これまでは、天才少女時代から、アイスドールとも評されることの多い時代を通じて、クールでモダン、そして、パーフェクトな演奏を貫いてきました。それが彼女の独自性でもあり、これまでのどのヴァイオリニストとも異なる個性で、それをsaraiは愛してきました。その個性が顕著に頂点を迎えたのは、今、顧みると、5年前のシベリウスのヴァイオリン協奏曲を弾いたときでした。北欧の自然を感じさせられるこの名曲を彼女は実に怜悧に演奏しました。人によっては血の通っていない音楽と感じたかもしれませんが、心の奥底で燃える情熱が外面的にストレートに出ていなかっただけで、冷たい火が燃え上がるような素晴らしい演奏でした。そして、何と言っても、その演奏のパーフェクトさは驚異的でもありました。
今日のシベリウスは、第1楽章から、人間の温かみが感じられ、熱情があふれ出るような演奏です。新しい顔のヒラリーも、やはり、saraiの愛するヒラリーです。第2楽章も静謐さよりもふつふつとたぎる情熱が感じられます。そして、第3楽章にはいると、熱情を超えて、自由奔放な演奏が展開されます。その音楽だけでなく、体全体を使ったアクションの奔放さにも驚きます。ちょっと、やり過ぎの感もありますが、とても高揚させられる素晴らしい音楽に感動を禁じえませんでした。こういったクールさをかなぐりすてた演奏スタイルでは、今まで感じてきた演奏のパーフェクトさというのも、もう、その任を解かれたような感じに思えます。これまで通り、素晴らしいテクニックですが、パーフェクト志向の演奏ではなくなった、血の通った人間の演奏に聴こえます。ただし、これらは熟成してきたヒラリーが新たに獲得した多面性とも考えらます。これまでの演奏スタイルと新たな演奏スタイルを、曲やシテュエーションで使い分けていくという新たなステージにはいったとも考えられます。実際、アンコールのバッハの無伴奏では、バッハらしい静謐な演奏。もっとも、熱情も見え隠れしてはいましたので、単に従来の演奏スタイルの継承ということでもなさそうですが、これはヒラリーらしいパーフェクトな演奏。ところで、ヒラリーのコンサートやリサイタルでは、バッハの無伴奏のアンコールがプレゼントされるのが大きな楽しみです。今夜もシベリウスの大曲1曲を聴いたのと同じくらいの満足感がバッハのサラバンドから得られました。
指揮のネルソンスですが、彼は一昨年にウィーンの楽友協会で聴いて以来です。そのときはマーラーの交響曲第1番《巨人》を熱く演奏しました。その時の記事はここ。彼の肥満ぶりもそこそこおさまっているようです。まあ、あんなにオーバーアクションの指揮で大汗をかいていますから、そんなにぶくぶくとはならないでしょうね。彼のやりたい放題のとても熱過ぎる指揮も健在です。最初のワーグナーのローエングリンの前奏曲は繊細さと雄々しさがないまぜになった力演でした。この人のワーグナーはよさそうです。本質を突いた演奏でした。久々のワーグナーを聴き、魂が震える思いでした。また、長大なワーグナーの楽劇に耽溺したい思いにも駆られる見事な演奏でした。シベリウスの協奏曲もやはり熱い演奏。今日のヒラリーの情熱的で奔放な演奏に合っています。両者、共感しあっている演奏でなかなかのものでした。これがサロネンの指揮だったら、ヒラリーの演奏も違ったものになったかもしれません。協奏曲の面白さは、そういう演奏者の組み合わせの妙というのもありますね。
休憩後は名曲アワー。ドヴォルザークの超有名曲《新世界より》です。もちろん、これもネルソンスの熱い魂のやりたい放題。時として、低弦の響きにボヘミアを感じるところもありますが、印象に残ったのはド迫力の超熱い演奏、理屈なしに楽しませてもらいました。
初めて聴くバーミンガム市交響楽団はいかにもブリティッシュ・サウンドという感じで手堅い演奏。一人一人の力量以上にアンサンブル力の確かさに感銘を受けました。
アンコールの際はネルソンスが客席のほうに振り返って、長々と英語でスピーチ。来てくれて、ありがとうとか、クラシック音楽を愛する人たちと一緒の時間が過ごせて嬉しいとか、日本語が話せなくて、ごめんなさいとか、分かりやすい発音でのスピーチでしたが、肝心のアンコール曲がメランコリック・・・としか分からなかったので、きっと知らない作曲家だろうと思ったら、後でエミール・ダージンズという人の作品だと分かりました。美しい曲でした。エミール・ダージンズというのは、ネルソンスと同郷のラトヴィアの作曲家。チャイコフスキーとか、今日も演奏されたシベリウスの影響を受けた人だそうです。道理でどことなく、シベリウスの《悲しきワルツ》に似た雰囲気の曲でした。
今日のプログラムは以下です。
ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
指揮:アンドリス・ネルソンス
管弦楽:バーミングガム市交響楽団
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」~第1幕への前奏曲
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Op.47
《アンコール》バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番から「サラバンド」
《休憩》
ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調 Op.95「新世界より」
《アンコール》エミール・ダージンズ:憂鬱なワルツ
今日はヒラリー・ハーンに夢中になる日でした。しかし、世界最高のヴァイオリニストと世界最高のオーケストラがニアミスしたのだから、できれば、夢の共演でヒラリー・ハーンのヴァイオリン、ティーレマン指揮ウィーン・フィルでベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲がやれなかったのがとても残念。今年、5月には、ヒラリー・ハーンとウィーン・フィルがウィーンで共演(何故か、それもシベリウス)したのだから、是非、やってほしかったですね。そうすれば、ベートーヴェンの交響曲と協奏曲(ピアノ、ヴァイオリン)全曲になったのにね。ついでにチェロを見つければ、トリプル・コンチェルトというのもあったのに・・・。果てしなく、贅沢発言が続くsaraiでした。
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